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はてなキーワード: 強制的とは

2017-03-19

そもそも成人式って親に感謝する場メインというわけではないのに

2分の1成人式では、強制的に親に感謝する場になっているのが謎。

個人的には、↓にあるくらいの内容に留めておけばいいんじゃないのと思う。

埼玉県熊谷市の例(ハーフ成人の誓い)

http://www.city.kumagaya.lg.jp/photo_news/29_1/2017seijinshiki.html

2017-03-18

甲子園で一回戦負けすると寄付金めっちゃ余る

うちの高校場合は2000万円以上余った。

野球部がいろいろ買ってたけど、他の部に恩恵はなかった。

強制的に集めた寄付金返してほしかったな。

翌年の地方大会ベスト16にも入れなかった。

野球部には申し訳ないけど、正直ちょっとしかったよ。ごめん。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316200724

サボることを許容してる場合もあるって話だけど…

そもそも参加したくないもの強制的に参加させるような「空気」がない場合があり、そこではサボりが悪いことではなく許容される。

2017-03-15

けものフレンズが他を圧倒したのは「素直さ」

どうも、フレンズガチ勢です

今一度、けものフレンズは結局どこがすごかったか、どこがそうでもなかったのか、語りたいと思う

 

Twitter2chPixivニコニコはてブ、いたるところで予想以上の盛り上がりを見せているけものフレンズだけど

ちょっと盛り上がり過ぎじゃない?ただのブームじゃない?と思ってる方も多いだろう

  

実際のところ、けものフレンズが秀でた部分は多くない

もちろん細部は良くできているし、IPを作るために練られた膨大な設定、独特なCGなど

強みはあるのだが、他のアニメでもそれは似た話

それだけじゃここまで話題にすることは難しい

 

ただ一点

他のアニメを圧倒しているものが「素直さ」だ

 

今や子供向けアニメでさえ、一歩先の展開やセリフが読めるものが多い

これは我々オタクコンテンツを消費しすぎてしまった弊害だろう

しかけものフレンズでは「えっ?」「まさか」と思うセリフや行動が多い

我々の想像したセリフや展開を、ほんの少し良い方向に外してくる

 

これは「子供の発想」と呼ばれるものに近い

ふつうならこう思うだろう、という思考を捨て去って

わずこぼれたような素直なセリフが私達を驚かせる

 

この素直さを自然に作り上げるのは中々真似出来ないのではないかと思う

AだからB、Bが起こったらC、Cと言ったらパターンはDかEかF、みたいな予想を小さく裏切って

「すごーい!」などと言った何の裏表もない言葉を発せられると、脳が溶ける

 

この「脳が溶ける」というのはつまり

無意識で行っていた(身構えていた)予想を遥かに下回る結果を目の当たりにして

「考えても仕方ない!もう考えない!わーい!」といったような状況だ

これは例えば小動物を見ているときに近い

動物を眺めるときに、裏の裏まで行動を読むことはないだろう(無意識下ですら!)

 

この状態体験すると非常に心地が良い

無意識で身構えていた何かを強制的リセット解放され、リラックスできる

この喜びを知ったものは無邪気にそれを再現しようとミームに走るのだ(つまり中毒状態

 

また、脳が溶けることによって

丸裸の心のままストーリー純粋に楽しむことができる

今まで斜に構えてアニメを見ていたオタクたちが、純粋子供に還って視聴することができるのだ

この体験は、おっさんになるほど衝撃だろう

 

このリラックス効果が行き過ぎて、他のアニメを視聴できなくなる者さえ居る

どのアニメも非常におもしろいのに、けものフレンズに比べると身構えてしまうのだ

けものフレンズも身構えて見ようとするフレンズ大勢いるが、視聴中に強制リラックスさせられる

 何か起こると身構えても、なにも起きないのだ。どこまでも優しい話で、脳が溶かされてしまう)

 

けものフレンズは◯◯に似ている、というような話は多々聞くが

このようなリラックス効果存在するアニメは私は見たことがない

子供の頃見たアニメですら、この効果はなかった

 

以上が私の思う、けものフレンズのすごーいところだ

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313184547

消防団みたいな地方特有の形以外でも強制的ボランティアはあるっていう意味では?。

都市部でも学校でなんかやらせたりみたいなのあるじゃんか。

あとはまあ、都会だけど田舎みたいな風習やってるとこもあるっちゃあると聞くし。

どっちかというと、都市部なのに田舎者根性の人が多すぎる地域性みたいなのが問題と言われそうな案件だろうから今回の件とはちょっと違うかもだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20170313184306

自発的ボランティアするのと強制的ボランティアするの、個人的には結構違うと思うのよねぇ

まぁ、おかしい人に当たった時の気持ちは同じかもしれんね

残飯税導入につきまして

https://twitter.com/jiro_sendai1023/status/838385439404773376

自民党

公明党

民進党

共産党

日本は輸入に頼っている食の消費国でありながら、日本人は各貧困国等の実態を気にせず平和食生活を暮されているかと思われます

しかし、それらの中には、自分の食べれる量を正しくわからず、注文してしまい、自分の体の健康だけのために残してしまう、あげくの果てには、SNS写真掲載したいが為だけに、過剰な量の飲食物を注文しては、食べきれず、もしくは、食べずに残してしまうという遺憾なる行為が横行しています

これらの方にとっては、金出せば良いという考えでしかなく、食の大切さ、例えば、食を作る人、そして、食の為に意識を失われ、放血され殺される動物の命の大切さ、更には上記にも示した通り、満足な食を得ることができない貧困国に対する差別感を一切感じられていないものと思われます

これらの悪事に対しての横行を防止するために、各飲食店に対して、強制的残飯税というものを制定していただきたいと強く感じられます

具体的に申しますと、舗側の誤ちがない限り、飲食店お客様小学生以下を除く)に対して、提供された飲食物の半分以上を残したら、飲食物価格の5倍の税金を課すものです。

(ただし、救急搬送された場合は除く)

それとは別途に、飲食店側には、お客様の都合の良い量(少な目)等を新たに指導すべきと感じられます

2017-03-09

教育勅語ってのはね

教育勅語ってのはね、天皇から臣民への説教なんですよ。説諭とか、訓示とか言い換えてもいいけど、要は天皇ボスから臣民(部下たち)に対する説教なわけだ。説教はそのまま命令になる。

これをガキの時分から学校強制的に暗唱させ、洗脳する。カルト国家大日本帝国の素晴らしい洗脳教育歴史だな。ブラック企業国家大日本帝国ばんざい!

から、言っていること自体の一部がまともであろうが、根本ってのはボスから部下に対する説教命令洗脳から主権在民たる現憲法下では存在のものが相いれないものな訳だ。

稲田氏はそもそも根本理解できていないな。

[]グーグル検索順位強制下げ続々 不適切手法横行で

 ネット検索大手グーグルが、同社のガイドラインに反する不適切手法検索結果の表示順位を引き上げたとして、企業サイトまとめサイト順位強制的に下げるペナルティーを相次いで科していたことが分かった。ペナルティーは、多数の上場企業にも広がっている。

 朝日新聞は2月、IT・サービス金融、小売り、教育など検索を通じて顧客獲得を図る12業種の上場100社(ホールディングス傘下も含む)にアンケート実施。回答した72社のうち23社が最近5年間にグーグルからガイドライン違反の通知や警告などを受け、2012年7月~16年4月に順位を引き下げるペナルティーを科されていた。

 先月3日には、グーグル日本法人検索結果の順位を決めるアルゴリズム情報処理の手順)の変更を発表。朝日新聞取材では、この前後に、旅行生活のまとめ情報提供する人気サイトのうち10件超が順位を大きく落とすペナルティーを受けていた。

 生活に欠かせないツールとなった検索システムの中でも、グーグル世界日本で9割のシェアを握り、全世界での年間検索数は2兆回超に達する。

 検索上位を確保すれば消費者や他の企業の注目を集め、売り上げ増や顧客獲得に直結するため、サイトを上位に表示させる「検索エンジン最適化」(SEO)という技術を駆使し、時に不適切手法で上位を狙う企業間競争が激化。不正確な情報掲載批判を浴び、閉鎖に追い込まれたIT大手「DeNA(ディーエヌエー)」の医療サイトのように、利用者不在の手法も横行している。

 ペナルティーを受けた各企業は、他サイトなどの記事許可を得ずに転載コピー▽他サイトへのリンク数を水増し▽外部筆者に依頼して記事量を水増し――などの手法検索順位を上げたため、グーグルガイドライン違反判断されたとみられる。

 一方で、グーグルは「ユーザー利便性向上」を理由に、サイト内容の充実などで検索順位を上げる技術開発は認めているものの、アルゴリズムの内容を公表せず、ペナルティー存在を認めていない。ガイドライン違反判断基準も詳細を明らかにしていない。このため企業からは「ペナルティー基準や仕組みが分かりにくい」(金融会社)として、ルールの透明化を求める声も出ている。

 グーグル日本法人は、朝日新聞取材に対し「コンテンツ開発者の皆様には『ユーザーにとって有益であること』を第一に開発されることを強くお薦めします」と回答した。(中川竜児、村上英樹)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170309-00000008-asahi-bus_all

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170305232229

そう思うヤツは別の家に住めばいいので、何を求めているのか解らん。それこそ独居房みたいに強制的ワンルームに住まわされているわけじゃないだろう。勝手に違う所に住め。

ワンルームでもカプセルホテルでもどこでも住みたいヤツが住みたい所に住めばいいので、何他人生き方にゴチャゴチャ言っているの?としか思えない。下らない考え過ぎるだろう。どうでもいい。

2017-03-03

ニートとかけしからんな! どないかして強制的に働かせな・・・せや!

誰でも逮捕できる法律作って民営化した刑務所農業でもさせたろ!

って何年か前におじいさんが言ってました。

2017-02-28

若手アニメーターが食えないのは専門学校生問題じゃないの?

年末の速報版は記事にしてたとこ多かったけど完全版は無視ばっかというか似た内容を2回も記事にするとこなんて基本的にないけどな

http://www.huffingtonpost.jp/2017/02/25/animator-working-environment-02_n_15011282.html

さてその表の内訳として大学生実質的美大芸大生だと思うから辞めたところで食い扶持はどうにでもなるんだけど問題は半数を占める専門学校生で奴らは潰しが効かない

専門学校生でも自主制作してて1人でも完パケられる奴は潰しが効くが実習か何かの集団制作で1つの工程しか関わらない奴は卒業しても使えない奴が多いんじゃなかろうか

美大芸大生は在学中に何もしてなくても卒業制作強制的に完パケものの提出を求められるけど今までのアニメ業界は得意な工程がバラけてる奴を厄介者としてきていた

それが今や監督演出希望でなくても各工程間を理解できる奴がますます重宝されるようになってきてるみたいのに若手アニメーターが云々の話はそういうとこをちっとも取り上げない

作画内でも一原とか二原とか工程が増えてるのが問題でただでさえ予算ないわ絵の線が多いわなのに関わる人が多くて効率が悪いわ手取り減るわって話だと思ってるんだけど

こんな状況でも相変わらず手塚治虫ガーとか言ってる奴とか円盤を買うからとか言ってる奴は明後日の方向を向いててもはや手遅れだからそのまま放置しといていいかもしれない

2017-02-27

地方焼き鳥店店主だけど屋内禁煙なんて東京だけでやれって言いたい

なんで東京でやるオリンピックのために地方も屋内禁煙に巻き込まれなきゃならんわけ?頭おかしいだろ役人ども。

客の6割~7割を喫煙者が占めるんだからうちの店は大打撃っすよ、絶対近くの喫煙室設置するだろう大型飲食店に客が流れるよ…ただでさえチェーン店出典と消費税増税やらで経営が苦しいのに…廃業!?

百歩譲って空気清浄機つけろって言うならわかるよ、でも海外からの目を気にして屋内全面禁煙だってさ、あー笑える。

10万人の地方都市には東京五輪利益なんて何もないよ、東京から800kmは離れているよ?近くに空港もないか外国人観光客もいないよ?それでも全面禁煙しろだって、はぁふっざけんな死ねゴミ厚生労働省役人!!お役人所詮我々庶民ことなんてわからない。今夏もどれだけボーナスもらえるんすか?

だったら喫煙所作れよって言う話になるんだろうけどくっそ狭い店内にスペースねえよまじで。

いっそのことタバコ有害なら一箱1000円まで引き上げるべきだよ、海外からの目を気にしてるのならそれくらいできるだろ?なにJTが反対しまから出来ないって?結局大企業から圧力には勝てないってことだね。

まあ全面禁煙しろ法律が通ったところで守る気なんてサラサラありません、見せしめにまず私を逮捕してもらってもいいよ。五輪とは関係ない地方が屋内禁煙なんて守ってもメリットなーんにもありませんから

屋内全面禁煙法案は国による小規模店潰し大型チェーンを儲けさせるために政策!!!!!!

俺は思うよ、東京五輪のために様々なことが規制されるようになる。さあ次はなんだろうね、ラーメンを啜るのを規制するんかね(笑)




2017/03/05 追記

かなりの反響があり驚いていますブコメはほぼ全て目を通しています地方焼き鳥屋の店主なんて所詮このレベルだわな。だから繁盛してないんだってことに気づかないんだから今すぐ店閉めればいいのに。バカ自分商売せずに一生雇われてろっつの。」というのもしっかり見ています

さな店なら固定客数人ロストするだけでも痛いというコメントも有りましたがまさにその通りです。常連のお客さんは私の店を好きで来るのではなく気軽にタバコが吸いながら飲み食いができるからという理由で来る方が多いと思います。屋内禁煙法案が本当に法律になれば資金力のある大型チェーンは設備投資で立派な喫煙室を設けるでしょう。んでうちは喫煙室を設置する広さはないです、当然禁煙にしなければなりません。さあそのとき喫煙者お客様はどうするか、タバコが吸える店と吸えない店どっちが良いかといったら明らかに前者です。

まあとにかく五輪を口実に地方不利益ばかりをおしつけるのは良くないと思いますよ、お役人さん?東京祭り如きで海外に向けて禁煙アピールしたけりゃ東京条例で定めればいい話だよ。オリンピックで潤うのは東京東京禁煙による不利益を大幅にカバーできるくらいオリンピック利益が得られるからね?外国人観光客も多いしね。

せめて全国で強制的に屋内禁煙させるなら時間で分けるが良いと思うよ。朝7時~夜8時までは禁煙、夜9時~翌6時は喫煙可って言う具合に。どうでしょう

2017-02-24

なんで色んなサイト強制的アプリで開かせるのか

何が目的なん?

2017-02-22

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170221143329

化粧って男性社会圧力象徴以外の意味はなく、女が強制的にさせられているもの邪悪のものだと思ってた。。。

遊戯王はなぜ炎上したのか

http://anond.hatelabo.jp/20170220012819

カードゲーマー説明力の無い人が多い。


素人でも本当にわか解説を書く。


今回起こったのは、10年以上遊戯王の主役で有り続けた「エクストラデッキから特殊召喚」を根本から揺るがし、取り返しがつかなくなったルール変更である


遊戯王モンスターを場に召喚して戦うカードゲームで、様々な召喚方法がある。その中でも主役級の位置を担う融合召喚シンクロ召喚、エクシーズ召喚ペンデュラム召喚、これらをまとめて「エクストラデッキから召喚」と呼ぶ。昔は融合しかなかったのだが、世代が進むにつれて新しい召喚方法が生まれエクストラデッキから召喚」とみられるようになった。


そして今回行われたルール変更とは「新しいカードで新しい召喚方法を使わなければ、エクストラデッキから召喚を大きく制限するよ」という盛大なちゃぶ台返しである


その意図は間違いなく、カードパワーをデフレさせることだ。


なぜデフレさせなければならないのか。それは、現在遊戯王インフレがいきすぎてしまっているかである


トレーディングカードゲームにおいて、カードプールの増大と強さのインフレは不可分だ。カードプールが大きくなる(カード選択肢が広くなる)ほど、今あるカードだけでも十分なデッキを組むことができてしまう。すると、新しいカードを買う動機が生まれてこない。新しいカードがちゃんと売れるためには、既存カードよりも強く、でなければ斬新なカードでなければならない。そして遊戯王は「新しいカードは強くなければならない」という構造から逃れられず、インフレを止められない状態となっている。


その結果、アニメと違って、現実遊戯王は1,2ターンで勝負が大方決まってしまうようになった。最前線級のデッキとそれ以外とでは深い断絶が存在しており、最前線級のデッキとまともに試合をしたければ、最低でも「即死技を出す能力」「即死技を止める能力」のどちらかを備えていなければ話にならない。このような高速環境では新たに斬新さを作る余地ほとんど残っていないので、新規カードさらに強さに偏るようになる。これが何年も続いているのが今の状況だ。


数年前までは禁止制限リスト最前線級のカードを適宜入れていくことで代謝を促すことがまだ機能していた。しかしこの方式限界が来ている。なぜなら新作のカードはどれも異常に強いので、特定カード禁止するという方式現実的ではなくなってきているからだ。禁止制限リスト100種類を突破して久しい。


以上がコナミルール変更を強行するに至った背景である


では、ルール変更はインフレ解決し、健全環境をもたらすだろうか?残念ながらならないだろう。


最前線デッキなかには、本変更の影響を受けないグループ存在する。これらのデッキは「エクストラデッキから召喚」をほとんど使わないので、ルール変更前と強さが変わらない(例: インフェルノイド)。となれば、他のデッキはそれらと互角に渡り合う必要があり、新ルールが高速環境に戻るのに、そう時間はかからないだろう。


既存デッキ環境から強制的に退場させるという点で、このルール変更は事実上のスタン落ち(古いカードをまとめて使用禁止にすることで環境強制的代謝させる仕組み)であるしかしこのような場当たり的なやり方では、仕組みとして持続性がない。いずれカードプールは増大し、また現在と同じ即死ムーブ跋扈する状態になる。その度にグレートリセットを行うのだろうか?他のカードゲームの事例を挙げると、マジック:ザ・ギャザリングでは定期的にスタン落ちが行われるのだが、これは計画的に、少なくとも1年前には予定されているので、プレイヤーショップも適切に備えることができる。


ルール変更は大きな傷跡を残すことになった。


電撃的に発表された変更は影響範囲が甚大で、多くのカードを紙屑化し、その価値破壊するものだった。これは「遊戯王には高価なデッキ明日には無価値になる大きなリスク存在する」という極めて悪しき前例となった。「業界トップソシャゲーにおいて、突然既存SSレア価値がN相当になった」と例えればわかりやすいだろうか。今後同じことが起きないという保証は全くない。そのリスクショッププレイヤーに降りかかる。


遊戯王アニメ世代交代するたびに「エクストラデッキから召喚」に新しい召喚方法が生まれ、「エクストラデッキから召喚」は遊戯王の主役であり続けた。それが潰れたということは、これまで活躍したデッキほとんどが、最前線デッキのみならず、歴代アニメ主人公ほとんどのデッキまでが機能不全に陥ってしまったことを意味している。アニメカードゲームの両方に対して、過去積み上げたアイデンティティ否定されたということでもある。


アニメ面白いですね。彼らのデュエル、かっこいいですね。でも彼らがやってること、これからルール違反なんですよ。


ルール変更はインフレ解決しない。大した意味もないくせに、失ったものは大きい。


遊戯王にとって、これは本当に取り返しのつかない事だった。

2017-02-18

伝統とか文化は関わりたくない奴は関わらなくていいものにするのが筋だと思うのだが

何故一部は強制的または半強制的なのか

そんなことやってるから不要論必要論がぶつかるんだろ?

2017-02-15

友人が炎上した話

友人が某SNS炎上した。

同じ業界で働くキャリアが上の人間から議論をふっかけられ、それに便乗していろんな人間が友人に対する批判を繰り返していた。今もその批判一方的に続いている。友人は相手反論して強制的にその話題打ち切り黒幕とされる人物ブロックした。

相手の論に頷ける部分もあるし、友人の対応にもまずいところがあったのは確かだが、それを差し引いても相手陰湿さにはドン引きするばかりであるSNSでの議論なんて、場外乱闘もいいとこ。

仕事でやるべき議論をわざわざSNSで持ち出すのは、ブレイク真っ最中の友人に対する嫉妬心からだと思える。

これを言うのはルール違反かもしれないが、ぜったい相手モテないわ。

2017-02-12

清水富美加さんのこと。

清水富美加さんには、何度か会ったことがある。

といっても、業界の末端の人間なので、両手で足りるか足りないか程度の回数ではあるが。

彼女仕事でいっしょになったことのある人に、彼女のことを悪く言う人は本当にいないだろう。

そして、これも多くの方も思っていることだろうけれど、あれだけ才能のある女性芸能界から去ってしまうのは、本当に残念だ。女優としても、タレントとしても、まさにこれから!という時に。

前置きが長くなった。

幸福の科学ではないが、僕の両親もある新興宗教信者だった。

小中学生のころは、定例の儀式にも参加していた。クラブ活動や塾などの他の予定よりも、そちらを優先していた。

18歳のころか20歳のころかは忘れてしまったが、ある日、父に

「お前も洗礼みたいなの受けてこい」

と言われた。

(もちろん洗礼ではない。ホントに忘れたが、大人になったら受けるべき何かがあったようだ)

当時、遅めの反抗期だった僕は猛烈に反発した。

親の宗教押し付けるな。宗教に使う金あるなら、この貧乏生活を何とかしろ

(両親、というか父が宗教にハマったきっかけは生活苦だ)

まり強硬に反対したため、いったんは親も引き下がったが、その後も何度か同様のことを言われた。そのたびに言い合いになった(結局あきらめた)

清水富美加性格が良かったのが、幸福の科学信者のご両親の育て方のおかげならば、その点には感謝すべきかもしれない。でも、もし強制的宗教に入れられてしまっていたとしたら。本人に疑問をもたせる隙も与えてなかったとしたら。

この問題は本当に難しい。答えは出ない。

2017-02-07

上昇志向のある性格に疲れてきた

上昇志向って聞こえは良いけど、どこまでいっても満足しないという意味ではどこかぶっ壊れた人間だと思う

例えばいくら飯を食べても満足しない病的な肥満体みたいなもんだ

 

仕事は今では3つ掛け持ちしている(まだ足りないという気持ちがある)

休日は消えていき、1つ1つが達成しづらくなってくる

人間には限界があるのに、私の目標はどこまでも届かない位置にある

 

私の年収は毎年割りとすごいペースで増えているのだが

気づけばいつの間にか目標ラインが上がっている

必ず届かない位置に設定されていて、もちろん達成できないのでいつでも憂鬱

 

効率を目指さなければいけないのはわかっている

でも効率を上げる一方で、スピードや精度も上げていかなければならない

そんな強迫観念地味た思考から脱却できない

 

大学生か、社会人3年目くらいまではこれでいいと思っていた

しろ素晴らしい性格だと思っていた

一旦走り抜けて、どこでもいいから高みまでいけば逆に余裕が出ると思っていた

でも最近はこの意味不明な考え方をどうにかしないと破滅すると感じている

どこまで行っても満足感はないし、どこまで行っても「到達しなかった」という気持ちしかならない

例え何かで世界1位になっても足りないと思うに違いない(もちろんなれない)

 

最近は疲れ切って全停止する日がポツポツ出てきた

鬱にはならないと思っているが、単に心身疲れたんだろう(鬱の経験はあるがその兆候はない、ギリギリセーブしている)

スタミナがゼロになって、強制的思考ゼロになる

勉強する余裕もなければ、小説を読んだりゲームをするような気力もない

はてブニコ動徘徊する日々

 

そんなとき

けものフレンズ出会ったのだ

2017-02-06

舞台「孤島の鬼」2017版を観劇して

※私の答えが見つかったので、現在最終解答を書いています

ですが、この初見感想も非常に重要でしたので、是非お目通しいただいて推理の参考になさってください。



※表に出した最新考察と印象はこちら。初見感想の次にでもどうぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170209222825

http://anond.hatelabo.jp/20170212024356



夜明けて昨日の話。

推しの握手会が思いの外さっくり終わり、通りすがりのご夫婦に推し布教も楽しくできて、気力と時間が余ったので当日券でレッドシアター行ってきた。



とても面白かったのだけど、なんかこうすごくもやっとする原因を掴みたくて、江戸川乱歩原作の方の感想を漁り、こちらのブログに辿り着いた。

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

こちらを拝読してめっちゃスッキリしたので、スッキリしたこと前提に感想を書く。

ネタバレしまくるし、恐らく原作既読でも舞台観劇の方は先に舞台観た方が絶対面白いだろうから観劇予定のある方は読まないでくださいね



まず私がもやっとしたのが、「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」ということ。

こーゆー考察甲斐のあるタイトルや、善悪、美醜、世間自分の解離みたいなモチーフが出てくる作品だと、どうしても「果たして鬼とはなんだったのか?」と邪推してしまう。

そこでまず強烈に思い浮かぶのが主人公であるはずの『私』。

『私』役・佐藤永典さんのお人形のような美貌と、書いて字のごとく鬼気迫るお芝居、そして聞き慣れない失われた昔の日本言葉は、あまりにも『我々観客と同じ存在である共感し難い。

そもそも、主人公目線で語られる物語は、主人公感情移入させて物語に没入させることが狙いのひとつだろうに、全然『私』=箕浦感情移入できない。

ネタバレにならないことを祈って例を挙げると、演劇で観たことがあるミステリーだと『罠』『スリル・ミー』などが思い出される。)

これは『私』が作品の『語り部』であるため、強制的に観客が『聞き手』の役割を担ってしまうからでもあるかもしれないけど……

それにしたって、締めの内容からしても物語の本題が「『私』と諸戸道雄」の関係に集中してしまってならず、

そうすると、田中涼星さん演じる諸戸の執着心のおぞましさに沿ぐわない清廉でどこか儚げな美しさが、彼の一途な愛を健気で尊いものに感じさせてきて、その愛情を受け入れない『私』が何か恐ろしいもののように思わざるをえなかった。

でも、それっておかしくね?って思って。

ホモフォビアを受けることへの同情というか、同性愛差別への嫌悪感も逆手に取られているような気がする。「理由はどうあれ女の子は泣かせちゃいけない」みたいな、ずるい構図が仕組まれているように感じる。

自分が恋をしてフラれた時のこと・恋されてフッた時のことを参照すると、

いくら思わせ振りだったとしても応えてくれない相手の方が悪者だなんて絶対に思えないし、

どんなに周りから薦められてもどうにも受け入れられない相手はマジほんと無理。

目線だって絶対許せない地雷カップリングというもの実在する。

から「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」であるとは、理性的には到底思えない。

でもじゃあどうして「『私』が鬼」だと感じるような作品に仕上げてしまったのか?

これが冒頭に書いた「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」というもやもやの詳細。

この感情原作に対して正当なのか? 舞台版という二次創作であるが故の解釈押し付けなのか?

という部分が気になって、ググって辿り着いたのが先ほどのブログ

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

Wikipediaに書いてあった、「陰獣」みたいな新作をとリクエストされて執筆されたのが「孤島の鬼」らしいというエピソードから勝手妄想して、

江戸川乱歩=諸戸目線で「創作された箕浦」が『私』なのではと解釈し、舞台版にめちゃくちゃスッキリできた。

諸戸道雄の死で物語が終わるのもさもありなん。

観客は真の主人公である江戸川乱歩(諸戸)に感情移入させられて、「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」だと錯覚してしまうのではと。

田中涼星さんの白木蓮みたいな美しく一切の嫌悪感を感じさせない諸戸は、きっと江戸川乱歩ブロマンス結晶として大正解

対する『私』がエゴイスティックに語れば語るほど、それは作者(江戸川乱歩であり諸戸)の恋の哀しみの深さ、恋情の深さを伝えてくる。

女性に執心する姿がなんか気持ち悪く見える・描かれるのも作者による悋気からだろうし、諸戸に対して残酷過ぎる描写は傷付いた作者本人が語らせてるからだろう。

『私』が歪であればあるほど、「箕浦にもどこか諸戸(作者)を愛する部分があってくれ」といった願いの叫びに聞こえる。

(観ていると「箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑が浮かんでならないのだけど、『白髪になってしまうほどの生理的な恐怖・嫌悪』という動かぬ証拠は、容疑を否定してならず、この辻褄の合わないミステリーももやもやの一つだった。)

メタ推理として「陰獣」を出したのも、江戸川乱歩自身による己の殺害物語カタルシスにあるように感じられたから。自身を不幸の中で殺すことで、遺された人間へ爪痕を残すという側面も含めてね。

(愛を願いフィクションを書き綴るのに成就させず永遠片想いとして殺す……って、個人的めっちゃ萌える。)

作者による「ぼくが考えた最高に美しく残酷箕浦永遠に愛してる)」ってやつ。考えたというか、「恋愛疑心暗鬼の中で見えていた箕浦」。

しかしそれが本当に『箕浦』のすべてだったのか?



舞台「孤島の鬼」(2017)では、語り部の『私』と『箕浦』を別の役者さんが演じている。

私は原作未読であるため、同一人物であるはずの二人を別々の人間が演じるということが奇策なのか妥当なのかわからない。

でも、配役を知ったとき

美少年役もまだまだできそうな童顔の佐藤永典さんが30代で老人のような白髪姿になった『私』で、

佐藤さんより身長も高く年上にだって見えかねない美青年石田隼さんが20代箕浦過去の『私』」を

演じることが疑問だった。

いくら『私』は外見が変わってしまったといえど、あまりにも二人の外見が似ていないこともあってね。

「もう一人の自分」みたいな表現が出てくる演劇はいくつか観たことがあるはずだけど、原作未読とはい観劇前に違和感を持ったことはなかったように思う。(まあ大体そういった存在物語の核心中の核心に触れるので、配役表から対の存在公表されてることは少なそうだけども。)

しかし『私』を『諸戸が想い描く箕浦』とすると配役がまあしっくりくるし、『本物の箕浦』と役者を分けたことが大発明のように感じられる。

舞台上には二人の箕浦が同時に立ち、シーンによって他者とのコミュニケーション表現担当者が変わるのだけど(どっちが台詞を言うか、みたいな)、

諸戸と出会い親交を深めた学生時代箕浦はずっと『私』(佐藤さん)が表現し、

諸戸と別離大人になり恋人の初代との出会いから箕浦石田さん)は登場する。

石田隼さん演じる箕浦は、佐藤さんの『私』と同一人物のはずなのに、鬼なんて印象もなく何故か善良な青年に感じられていたのだけど、『私』の方が諸戸(江戸川乱歩)の色眼鏡認識された箕浦なんだと思えばこの対比はすごくいい。

 

「『私』は諸戸目線で見えていた認知の歪んだ箕浦であるため、『私』の歪さから箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑を持ってしまうが、

事実として『箕浦』は諸戸に迫られることに身体変調するほどの生理的な恐怖・拒絶を示している。

(皆さんは自分の体が深層心理拒絶反応で意のままに動かせなくなったことがあるだろうか。私はある。手から全身が痙攣してゆき、これしきのことで動じるな止まれ意識しても震えがまったく止まらない。だから私は生理的な拒絶は動かぬ心の証拠だと考えている。)

箕浦』は諸戸の性愛を受け入れることはできなかった。

しか性的に愛されないことが、『愛されていない』ということなのだろうか?

必死に求めるあまり諸戸からは見えなくなっただけで、性愛ではないけれども某かの情が、性愛にも決して劣らない尊い愛が『箕浦』にもあったのではないか

そういった諸戸の盲点が、諸戸が『私』と会話し夢中になっている時の『本物の箕浦』(石田さん)にあったのではないかと、舞台演劇となり二人の箕浦が居ることで私は考え至った。



物語としての「孤島の鬼」の作者は諸戸(江戸川乱歩)だという解釈は私が勝手にしてるだけなので、舞台版が諸々の采配をこの解釈で行ったかはわからないけど、改めて『私』と『箕浦』の登場場面の違いを確認しながら観劇したら面白そうだなぁ!

より妥当なところの分裂理由として「箕浦二面性」はあるだろうし、じゃあそれぞれの境界線舞台版ではどこだと考えられているか読み解くのも面白い

作中に登場する双生児は境目が見えたけど、二人の役者に分けられた一人の人物のメスは何処に入ったのか。

うろ覚えだけど、諸戸の告白以降は『私』が箕浦として生きているから、舞台では箕浦と諸戸は一緒に天国に行けたのだ、な~んて解釈ハッピーだよね。

(どちらかというと、諸戸が悋気を持たなければ、欲を出さなければ、あるいは悪い男になれていたら、箕浦と一緒に天国に行けたかもしれないのに諸戸が鬼の箕浦を生み出してしまった…って自己破滅エンドの方が私は好きかな。まさに疑心暗鬼を生んだ、的なね。)

(報われず自分に追い込まれ破滅した美しい男性テーマ舞台大好物なんです。)



延々と箕浦組について語って夜が明けてしまったけれども、他の役者さんや演出表現もとても良かった。

諸戸の父親最期に対して、主人公である箕浦』の感情が語られず『諸戸道雄』の感想セリフとして発せられたのも、諸戸の父親を演じていたのがまだ30前半と『私』に近い年齢の美しい河合龍之介さんで妖しい男の色気を放っていたのも、「諸戸の主観こそが語り部の『私』」であったとするならよりしっくりくる。

父親の変貌は、絶対他人箕浦よりも諸戸の方がショックな出来事だ。

父親越えなんてテーマもよくあるほど、子供から見た方が親はより巨大さ恐ろしさを増すし、親が壊れる様というのは「自分にも起こり得る恐怖」と「自分があれほど巨大に感じていたものとは一体何だったのかという虚無」感がぱない。私も父親経験たからわかる。

河合さんの怪演は本当に感じるものが多くあった。



舞台というもの面白いもので、同じ現実を同じ密室複数の人々と同時に別々の目線位置角度(物理的な意味で)から観測するものから

書籍映像物語を鑑賞する以上に「他者が見ていない『自分視点』」が感想を述べる際にものすごく意識される。

たとえ自分複数人居たとしたって、観劇した感想は同じにならない。

演出による印象操作完璧に同一にはできない。(それをぶち超えるクソチート暗殺者が『音楽』だと私は考え重要視しているけど、それはまた別の話)

から舞台は観るだけでも楽しいし、感想を言うのも聞くのも他メディアの何倍も楽しい



そんな訳でこれらの感想はすべて《私》の主観しかなく、原作者スタッフキャストが込めた意図真相はわかんないんですけどね。

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」、とてもよい観劇でした。

2017-02-05

創価学会二世の行末

しばらく留守にしていた家に帰ってきて

ふと入っているとポスト

「不在のようなので入れておきます。また後日伺います

というメモ用紙とともに聖教新聞が一部。


親が創価学会学会員から

僕は学会員2世ということになる。


中学卒業と共に半ば強制的に入信させられ

その後親元を離れ生活し、僕個人として学会には全く触れ合っていない。

信心する親を責めるつもりはないし

そのおかげ社会を全うしている親を尊敬もしている。

ただし、僕は御本尊様を信じ、勤行を唱えて生きていくつもりは一つもない。

親にもその意向は伝えているし

状況を理解してもらった上で、今の奥さんと結婚もできた。


学会に住所を教えたつもりはないんだけど

から学会側に伝わって、家に訪問に来ているんだ思う。


訪問してくる学会員に対しての

適切な対応方法は何だろう。

両親との関係悪化させたくないし

いま一緒に住んでいる家族迷惑もかけたくない。


信心しない学会二世は悩ましい。

消防団バックれ日記はじめます

本日、午前11時ごろ、夜勤で寝てるところに多人数で勧誘にきて、

半ば強制的入団されられました。

今月、下旬制服サイズあわせがあるらしいけど出席するつもりはありません。

田舎消防団団員がするべきなのは過疎地で団員を集めて負担させることではなくて、

一刻も早く消防団解散することです。

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