はてなキーワード: 頬杖とは
会社の人がいるのでtwitterでも愚痴れないのでここで愚痴らせて
隣の席の人がクチャラーでつらい
ゆるいウェブ系IT企業だからお菓子食べながら仕事するのも会社の規則的には何の問題もない
で、隣の席の人は「(朝ごはんやお昼ご飯など一定量の)食事をすると眠くなるから、こまめに食べる」と公言し、ほぼずっとお菓子を食べてる。飴とかグミとかチョコとか
で、クチャラー
飴とかグミを舐めてるときに「ちゅぱっ」って音がするのホントいらつく。なんなのばかなのしぬのこっちがしぬわばか
眠気を覚ますために伸びをする際に「うぅ〜〜〜〜〜〜ん」とか普通の声量で言う。
お菓子を食べてるせいでゲップをする。
服装が汚い。襟だるんだるんのTシャツとか着てるし、シャツもよれよれ。
姿勢が悪くて立膝をついてる。
姿勢が悪くて前傾姿勢になりがち、故に頭を支えるために頬杖をついてる。
集中しだすと独り言を言い出す。
ケータイを頻繁にいじって、いじり終わったら机に軽く放り投げるので「ガンッ」って音が響く。
貧乏ゆすりをする。ひどいときはその振動が机越しに伝わってきてこっちのディスプレイが揺れる。(私の三半規管が弱いので文字を読もうとすると酔う)
自衛策として音系はイヤホンで遮断、視界系は体の向きを変えて視界に入らないようにする(こっちの姿勢が斜めになるのでつらい)、貧乏ゆすりなどはもう離席するしかない。
はぁ。長く続けられると思ったんだけどなぁ。
7か月でした。情けないなぁ。
でも短い間だけど色々もやもやがあったので踏ん切りをつけるため最後だから少し愚痴らせてくださいね。
長文なのでご注意を。
在籍してたのは社員5~6人(変動多かったけど最大でも7人)のちっこい会社でした。
私は事務のアルバイトで入ったけど、何か突然「営業成績をとるためテレアポをやってもらう!」と言われた。
でも契約は事務なので、テレアポの人より給料凄く少ない。時給800円とかそんなもん。田舎なのもあるけど…。
それが入って1か月ぐらいの時だったかな。
(事務で正社員で働いてた時期もあったので、とる方は大丈夫だけど掛けるほうが……)
社員相手のロープレでさえも緊張して噛んで、顔真っ赤にしてああああってなってる始末。
それを見てさすがに上司が、あっコイツ使えねえと思ったのかテレアポはなくなって
電話対応・来客対応・データ入力・ファイリング等々、普通の事務の仕事をしてた。
そっちのほうが向いてたし、絵を描くのが好きだからチラシを作ったりして顧客に送ったら意外と評判よくて
まあ、電話しなくても大丈夫だなっていう感じになったので安心してた。
そうこうしてる間に、でもやっぱりテレアポしてくれる人は必要だよねと社長が判断し
事務パートより高い給料(時給1000円ぐらいかな?)でテレアポ専用の人を雇ったらしい。
1~2日でバックレる人、1日目終わった後に親から「もういけません。うちの娘がごめんなさい」と電話が来る人。
メールで「もう無理です」と送ってきた人。様々だけど大体1か月もたない。
多分、私が入って5か月ぐらいで7人は辞めたかなぁ。
原因はいろいろあったと思う。
ある人は、初日に足組んで頬杖ついて仕事してるところを社長に咎められて逆切れして辞めたし
ある人は、子供が熱出したのでお休みさせていただきます。と電話したら「シフト決まってるのに困るなぁ」と嫌味を言われたと言っていたし…
ある人は初日に「タイムカードはどこですか?給与明細はどのようなかたちでいただけますか?」って聞いて
「あー。うちタイムカードも給与明細も存在しないんですよ。ハハハ」って言われて次の日来なかった(´-`)
ちなみに、私は定時で仕事終わらせて机の周り片づけて机ふいて帰ろうとすると
「なんで定時にいそいそ帰るの?急いで帰ろうとしてる様子が鼻につく。備品でも盗んでんじゃないの?」と理不尽に言いがかりつけられて辞めようかなって思った…という出来事がありました。
(※勿論備品も盗んでないし、仕事も定時までやってからそこから片づけしてました)
タイムカードがない会社は見たことあった。けど、給与明細ない会社は初めて。うーん。
でも、もう少しだけ様子を見ようって思って年末まではがんばった。
年始からは、ちょっと私が体調を崩してしまい入院することになってしまって…
多少入院をずらすことができたので、会社の暇な時期に入院することにした。
けど、まあこれまた嫌味がすごい。
嫌味というか、多分本人は嫌味とも思ってなくて冗談のつもりだったんだとは思う。
社長に「このままクビにしたらいいんじゃないんですかwwww」と言ったり
わざわざ「増田さん大病で入院してもう帰ってこないんですよーwwwww」と笑ったり
(※大病ではないし、戻るつもりではいた)
初めのほうこそ「大病じゃないですよw」「復帰させてくださいよw」と笑ってたけど
1時間に一度ぐらいそのネタで笑いをろうとしてくるので腹立ってきた。し、疲れた。
一応「すいません病気のことは結構デリケートなこと何であんまりふれないでもらえますか」とお願いはしたけど
結局入院するまでずーーーっといじられたなぁ。
入院してからは、私も初入院だったもので緊張しまくりで入院する前より体調悪かった(´・ω・`)
緊張して肩がこってずっと緊張性頭痛?っていうのかな、頭痛くて
頭痛すぎてついには思いっきり吐くし、緊張から来るストレスでお腹壊してご飯食べられないし…
そもそも検査によっては朝ごはん抜きとかあるし、そのへんもつらかった(´;ω;`)
「入院生活どうですかwwどうせ暇でしょw仕事してくださいw」だのそういった感じのやつ。
それはまあいらいらした。そもそも何のために入院してると思ってんだと。
病院の消灯って大体9時ぐらいじゃないですか。
そんな中、23時半ぐらいに検査に備えて寝てたら社長と社員から連絡きたわけです。
三人から来るからブーブーブーブーうるさくて目が覚めたわけです。
何やこんな時間に、と思って開いたら私の大好物の食べ物の写メがあったわけですよ。
「焼肉大好きな増田さんに報告しておきます。焼肉食べますwwwwww」
思わずiPhoneぶんなげそうになりました。まじふざけんなよと。何時だと思ってんだアホども。
返信はしませんでした。
でも、その後も連絡はきました。
「いつ退院するのwwいつから来るのwwそろそろ来ないと席なくなるよww」みたいなやつ。
あとは「復帰したらあなたもテレアポ。ノルマ課す。できなければ罰金」という死刑宣告。アッもう無理だわ。
7か月ため続けてたヘイトが焼肉の写真で爆発した気がしました。
気付けば私スマホ握りしめて病院のラウンジにずんずん歩いて行って退職の連絡をしてた。
体調が思いのほか悪く復帰のめどがたたないので、温情でお休みを頂いておりましたが退職させてください。
そんで、無事退職したけど仲良くしてくれてたパートさんからさっき聞いた話。
「今までずっとニコニコしていて、嫌なことなんて何もなさそうに見えた」
「なんで辞めると決める前に俺に何も相談してくれなかったんだ。一言ぐらいあったってよかった」
とぶつくさ言っていたらしい。
パートさんは「まあ焼肉の写真は駄目でしょ。さすがに」とつっこんじゃった、てへって笑ってた。かわいい。好き。
もう社長に伝えるすべもないししゃべりたくないから言えないけど…
社長。「焼肉の写真送ったの、だめだったかな」の疑問に関する答えはYESです。
もう、そういうことやったらだめですよ。あんまりおもしろくないですよ。
以上です。
幼少の頃、よく母に怒られた。
仕事とギャンブルに毎日明け暮れる父に代わり、母は自分に対して最低限のマナーを教え込むため、しつけが厳しかった。今でもその頃の記憶を手繰ると機嫌の悪かった母がいた思い出しか出てこないくらいだ。お陰で今助かっている所も勿論あるとは思う。でも今、それは置いておいて。
子どもの頃、母に怒られたり、母の機嫌が悪くなると、決まって自分の心の中に「もう一人の自分」が現れた。
でも、心の中にいるのは、テーブルの前に座り、頬杖を付きながら母の言うことに真顔で反抗するひどく冷静な自分。
小学生くらいまでは、母に責められる度にこの小さいもう一人の自分が心の中で反抗を繰り広げていた。
だが、いつからだろうか。この反抗する自分が心の中にいなくなったのだ。
成長するにつれ、母が過度に腹を立てることも、自分が母を怒り心頭にさせることも無くなっていた。波風立てず、相手を怒らせることなく反抗なんてもっての他になっている自分がいた。
ただ、ごくたまに母が腹を立てた時に、私の心の中にはもういなかったのだ。あの時いた、もう一人の自分が。
今も昔も、自分は母に、反抗なんてしなかった。ただ、確かにあの時、心に棲んでいる反抗をする冷静な自分が叫びを上げていた。
この頃、自分を責めることばかりをしている。毎日毎日漠然とした不安に怯え、その度に「こんな自分がこの事態を呼んだ、悪いのは全部自分だ」と考え、ずっと頭の中を彷徨っている。
(1)
昔、とは言ってもだいぶ昔のことなのだけれど、僕はある町(名前もない小さい町だ)に妻と二人で暮らしていた。
多くの夫婦がそうであるように、僕たちの間にもいささかの問題があった。
他人からしてみれば些細な問題かもしれないのだけれど、妻はよくそのことで自分自身を責め、彼女が本来持つ良さを損なっていたと思う。それは2月に突然降る冷たい雨のように僕たちを苦しめた。
「あなたはどう思うの?私たちに子供がいないことについて」と妻が言った。そのとき僕たちはボンゴレ・ビアンコといんげんのサラダを食べ終え向かい合って座っていた。テーブル越しの妻はなんだかいつもより疲れているように見えた。
「ねぇ、最初に言っておきたいんだけど」と僕は言った。
「僕は特に子供が好きじゃない。それに子供がいないことは夫婦の自由な選択の結果であって、君が苦しむべき問題じゃないと思う」
妻は頬杖をついて僕の方をじっと見つめ、(あるいは僕の後ろにある流氷の写真を見ていたのかも知れない)静かに微笑んだ。まるで、そんなことを聞いたんじゃないという風に。
「明日、川に行こうと思うの」と妻はそっと言った。
「悪くない。いつ出発する?」と僕は言った。
「ごめんなさい、私、一人で行きたいの。あなたは山に行って」
「オーケー」僕は早朝のマクドナルドの店員のように努めて明るく答えた。
(2)
目が覚めると僕は洗面所に行き、顔を洗った後によく研いだ剃刀で髭を剃った。髭を剃りながら僕は晩秋の山肌を想像した。夏の頃は繁茂した樹々で彩られ緑の色深かった山肌も今ではすっかりその色を失い、淡く茶色がかった枯れ草やくすんだ赤や黄土色の落ち葉で覆われているはずだ。やれやれ、なんで山になんか行くことになったんだろうと僕は思った。
しかし、妻の言うことにはひとまず従うというのが僕のささやかな行動規範なので(僕は平穏な毎日というものを愛している)それ以上は考えないことにした。望むと望まずにかかわらず、僕はいずれは山に行くことになるのだ。
妻と初めて会ったのは、5,6年前の知り合いの結婚パーティだった。彼女は体にすっきりと馴染む黒のドレスに身を包み受付をを担当していた。僕が自分の名前を告げると彼女は手元にあるリストを丁寧に確認し、まるで5月の小川に小石を投げ込んだようににっこりと微笑んでメッセージカードを手渡してくれた。
僕がウエイティングスペースでメッセージカードを書いていると、彼女が隣に来てそっとシャンパンのグラスを置いてくれた。
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」と僕は言った。
「新婦とお知り合いなんですか。新婦側の男性って珍しくて」と彼女は言った。
「森で白い貝殻のイヤリングを拾ったんだ」と僕が言うと、彼女はくすくす笑った。それは控えめに言ってかなり魅力的な笑い方だった。
「喜んで」と僕は言った。
台所で焼きあがったばかりのマフィンに蜂蜜を塗りながら、そういえばまだダンスを踊っていなかったなと僕は思った。やれやれ、なんで今になってこんなことを思い出すんだろう。僕は不思議な気分になって壁の写真を眺めた。流氷は昨日と変わらず藍色の暗い北極海に浮かんでいた。しろくまの親子でもいるとさらに良いかもしれない。
僕がマフィンを食べ終え食後のコーヒーを飲み終わっても妻は起きてこなかった。どうも変だなと僕は思った。妻が(例え遅れることはあっても)食事の席につかないことは今までになかったからだ。
少し迷ったのだけれど、僕は先に山に行くことにした。きっと妻には食事をしたくない理由があるのだろうし、僕には夫としてそれを尊重することができる。
キャッシュが残ってる> http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:blIvDuDYfZoJ:chaiy.hatenablog.com/entry/2016/12/27/221556+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
*****
正直、迷った。この記事を公開するべきか、しないべきか。決して読んでいて気持ちのいいものではないし、ただの一個人の勝手な意見だから。でも、心にしまっておくのも限度がある。私の周りでも似たような意見を持つ人が多く見られた。どうせなら言いたいことは全てはき出してから新年を迎えたい。
この記事は「今の嵐は嫌い、昔の嵐は好き」というほぼアンチ化しているファン卒業間近の私が今の嵐について書いたものである。嵐大好き!という方は気分を害される可能性がありますのでご注意下さい。
私はグループ内での信頼や絆、目標、価値観、考え、そして思いを知るのがとにかく好きだ。その為、よくテキスト重視で雑誌を買ったりする。
どんなに大きな壁が待ち受けていようとも決して諦めず傷だらけになりながらも頂点を目指す、そんな人間味のあるグループに惹かれる。
また、ライブの演出や構成が好きな分拘りも強いし、ここはもっとこうした方がいいんじゃないかと気になる事があればすぐさま友人と語り合うほどだ。メンバーの発した言葉や行動に不快を覚えれば叩く事だってある。それほど性格も口も悪い。
これから綴る文章はそんな私の個人的な意見にすぎない。共感を求める訳でもなく、喧嘩を売るつもりもない。どう思うかは自由だ。ただ、近年思っていることをこの場に書き留めておきたい。
私は昔の嵐が好きだ。詳しく言えば10周年前後の2007~2012年。この頃が好きなファンも多いだろう。
1999年にデビューした嵐。当時5人中3人が辞めたかったと話している。チケットが売れずに悩んだり、自分がどこに向かっているのか分からなくなったり。これからの嵐について深夜遅くまで語り明かした日もある。嵐という立場の自分に大きな葛藤を抱き、悩み、苦しみ、藻掻き続けた5人は「トップになる」というひとつの夢を掲げ這い上がってきた。その小さな努力の積み重ねが形となり、2008年頃、抜群の歌唱力とトーク力を兼ね備えた親しみやすいグループとして世の中に浸透していった。
そんな嵐のことをメディアは「仲がいい」と表現した。確かに5人の仲の良さは大変微笑ましいもので、歌っている時に目を合わせて笑ったり、ふざけ合ったり悪戯をして楽しんだり。その反面やる時はやる。ファンの為に真剣に仕事に取り組むその姿はかっこいいとしかいえなかった。
嵐はアットホームな関係性で見ていて和やかな、穏やかな気持ちになるグループだ。さりげない気遣いや思いやりを持ち、5人でいることへの感謝の気持ちを忘れずに仕事をしている。お互いがお互いを必要として「嵐」であることを誇りに思っているのだ。
その純粋な思いは5人のイメージや才能を圧倒的に開花させ、国民的アイドルとまで上り詰めた。
ライブが出来る喜びや有り難さを実感しながら作り上げる嵐のコンサートは誰が見ても幸せな空間といえるものだった。一緒に楽しんで一緒に笑顔になる。きめるところはきめ、魅せるところは魅せる。何しろ飽きさせない、つまらないと思わせない。グループとしてうまくバランスがとれていたせいもあり心の底から楽しいと思えたライブができあがっていたのだろう。
しかし、近年の嵐はどうも違う。こればっかりはどうしても挑発的な言い方になってしまうがいくつか例をあげて話したい。
まず一つとして仕事に対してのやる気のなさが取り上げられる。これは特に最近になって目立つようになってきた。リハが始まる直前まであぐらをかき、スタッフに「次○○(曲名)やる?」と聞かれても「やらない」と即答。これは本人達の気分もあるだろうから仕方が無いのかもしれない。
また、一部のメンバーに限るが、収録中にも関わらず寝ていたり、頬杖をついて人の話を聞いていたり。それを他のタレントに注意され頬杖はやめても指をトントンすることから苛立っている様子が伝わった。
二つ目は態度。クランクアップした役者さんに向けて花束を投げて渡したり、ゲストの前でもだらっとした格好で座っている姿が映っている。そんな行動を一部のファンは可愛いといっているが私はそうは思わない。少なくとも花束を投げて渡すというのは非常識にも程があると思う。それでも可愛いという人は自分がその渡された役者の立場になってみて考えてほしい。
三つ目は失言。「金いらない」「いつになったら飽きるの?」「チケット争奪戦が楽しみ」分かっている。バラエティだからふざけて言ってるだろう事も、ウケを狙って言ってるであろう事も。そんなこと分かっている。けど金いらない発言は流石にいらっときた。ファンは夢を買っているのだ。歌って踊って夢を見させてくれるアイドルが好きで、応援したくてお金を払っているというのに。そんなこと言うんだったら仕事なんてしなきゃいい。申し訳ないがそう思った。
また、去年に続き今年もコンサートという場でファンにガチ切れ。そんなに言いたいことがあるんだったらいっそのことはっきり言ってほしいものだ。今の嵐はいちいち文句をつけなきゃやってられないのか。
挙げ句の果てには散々今までファンと呼んでいたのをついには客扱いされるようになってしまった。これは四つ目の点として「近年のコンサート」の話にもなるのだが、私たちファンは彼らを明るく照らし、演出の一部になり、一緒にステージを作り上げる。確かにそうだ。だが、私としては一緒に楽しみたい。例として言えば2010年、11年の「Scene~君と僕の見ている風景」や「BeautifulWould」があげられるだろう。会場が国立というせいもあるかもしれないが同じ歩幅で、同じ距離感で、同じ方向を向いていたあの頃は本当に良かった。誰が見ても楽しいと思えるコンサートになっていて彼らと気持ちを共有して見ている景色が同じだった。それが私は嬉しかった。
けれど今、私はあの頃のようには思えない。ペンライトの演出が年々パワーアップしていってるのはいいが少々拘りすぎではないか?演出に頼りすぎていないか?制御ライトの制御を強制されてる気がしてあまり好ましくない。2014年のデジタリアンで使用されたファンライトに到ってはただ演出の為だけに作られたようなものだ。だってあれ、光が嵐に向けられてるんだもの。ステージにいる者だけが見れる、つまり映像映えするように、ということなんだろう。だからファンライト(ファン=ライト)なのかもしれない。
このようなことから、私は嵐がどこを目指しているのか段々分からなくなってきていた。以前よりファンを大切にしていないと感じる人も中にはいるのではないだろうか。
更に近年の嵐について調べあげ、具体例をあげたいと思う。
・どんだけ売り上げ伸ばしたいねん
今回のアルバム発売後、事務所から通常版購入特典として「嵐から皆様へ感謝の気持ちをご用意させていただきました」というアナウンスがあった。なぜ初回を購入した人には送られず通常なのか。それは売り上げ向上の為なのだ。
実を言うと最新のアルバム、シングル共に売り上げが落ちている現状である。
◆嵐1stアルバム~現在「Are You Happy?」までの売上数
◆嵐シングル 2015年「Sakura」~現在「Power of the Paradise」までの売上数
原因としては昨年と今期のメンバーによる熱愛報道、ライブの内容、CD・DVDを買う需要制、また年齢が年齢の為、若手グループに担降りしているのが主な理由だと考えられる。先ほど書いた通り、失言の多さややる気の無さが気になって離れた人もいるだろう。
そんなこんなで今事務所は売り上げを伸ばす為に必死になっているのだ。何としてでも今までの売り上げ数に並んでおきたい、そんな概念があるように見える。だから発売から一ヶ月以上たっていても新たな「嵐クローバー」というキャラクター&CMを作り宣伝し続けていたようだ。
更には現在行っているライブのMCにてほぼ全公演でアルバムを買ったか買ってないか、買ってないなら是非お買い求め下さいと、まるでセリフのように呼びかけている。上からの指示で言っているのか本人がただネタとして言っているのか分からないが、何としてでも売りたい、そういう風に捉えられる。
11月のVS嵐にて「もう一度見たい名場面集」という企画があった。そこに第二位としてハワイで5人だけで語り合った回がランクインした。確かに素晴らしい回だった。15周年を迎えた今の彼らが本音で話し合う、それは私にとっても凄く好きな内容で、当時思っていたことや、もし嵐になっていなかったらなど5人の気持ちを知れて嬉しかった。
だがしかし、もうハワイネタはいいんじゃないだろうか。「辞めたかった」そう打ち明けられた時の2人の顔。気付いていただろうか。とても哀しい目をしていた。あんな顔、もう二度と見たくない。嵐で頑張っていこうと決意した2人にとっては、突然突きつけられた衝撃の言葉に動揺を隠せなかったのであろう。
そして、名場面集第一位はメンバー同士のキスシーンだった。何故これが一位なのか投票した人に伺いたい。赤さんが「俺らのファンきも(笑)」と思っていてもおかしくない。いや、思っただろうな、きっと。
去年のドーム公演にてある女性アイドルグループを招待し、その子達に向かってファンサービスをしていたという目撃情報がファンの間で話題になった。その公演はDVD化され、ファンサービスをする様子も映り込んでいる。これに対してファンは双方に激怒したのであった。
そして先週のドーム公演にはあるメンバーと共演した女優さんが来ていた。勿論そちらも満点のファンサービスを振る舞っていた。
毎回嵐のコンサートは招待客が多いので有名だ。共演者、関係者、更にはメンバーが連れてきている人も入っている。招待客にはファンサービスするくせに肝心のファンにはスルー。一部ではビジネスコンサートなんて言われている。共演者を見るよりも、何倍もの倍率の中やっとの思いで当選して、年に一度会えるか会えないかのプラチナチケットを手に入れてここまで会いに来たファンを見るべきではないのか。ファンサービスするべきではないのか。誰の為に行っているコンサートなんだろう。
・今更銀テの話
アリーナツアーでも話に上がったそうだが、先日のコンサートにてファンが銀テ取りに夢中になっていると「銀テじゃなくて俺ら見てよ」「取りすぎ」「1個でいいだろ」という発言があった。今更何を言ってるんだ。いちいちつっこむ私も私だが銀テ取るのも取らないのも客の勝手だろう。以前「銀テにロゴ入れ始めたのは全部客に取らせて掃除を短縮している」というのを聞いたことがある。それを取るなと?逆に銀テ発射されても誰一人取らずに嵐を見てたら。想像するとあまりにもシュールすぎる。ファンを見ないくせに俺らを見ろと。もう少しファンとちゃんと向き合って欲しい。
・回りくどいぜ兄さん
何でもかんでも遠回しに説教してくる。
例えば。「どうせネットでばらされるなら先にセットリスト公表しちゃおうか」つまり、ネタバレすんなよ、と言いたいんだろう。ならそう言ってくれればいい。某グループはファンに「楽しみが無くなるのは嫌だからツアーのネタバレは禁止」とちゃんと呼びかけている。だからファンは守ってる。何故嫌みっぽく煽ってくる。はっきり言えばいいのでは。
・調子乗りすぎ、自慢しすぎ
メンバーが特定されてしまうが、やたらと「第39回」と推してくる。正直言ってしつこい。受賞したからっていい気になりすぎじゃないか?前回の受賞者は自慢もせず何度もその話をあげることは無かったのに。
嵐のコンサートに行ったというと誰もが凄いね!という返事が返ってくる。私の職場では「宝くじ当てるのと同じくらいだよね?!」なんて言ってくる。確かに嵐のコンサートは入手困難な超プラチナチケットといわれる程大人気だ。現在の嵐ファンクラブ人数は200万超え。数字だけ見ると爆発的な人気を誇っているように見えるがこの中には退会した人も含まれている為、実際はどのくらいの人数がいるのか気になる。
肝心のコンサート内容は簡単に言えば「アルバム曲+定番曲(感謝カンゲキ、Love so sweet、Oh yeah辺り)+制御ペンライト=嵐のコンサート」となっている。ただ演出が凄い、それだけ。以前の楽しさはどこに消えたんだろう。いつもと同じ曲、同じ順番、更に説教付き。演出に頼らず、一度素で勝負したらどうだろうか。
・本当に仲が良いのか
例えば2010年「君と僕の見ている風景」特典映像の強化合宿。私はこの映像が大好きだ。ロケバスで自由に話す5人。寝るところをじゃんけんして決める5人。赤さん一人だけ皆と並んでないのが寂しくて結局一緒に並んで寝ちゃう5人。着地するときに支え合う5人。くだらないことで笑い合う5人。楽しそうにレコーディングする5人。私にとって手放せない大切な1枚だ。
その頃と比べると今は本当に仲が良いのか疑ってしまう。カットという言葉がかかれば真顔、無言。前はこんなんじゃなかった。勿論大人になったせいもあると思うが5人集まることが「仕事化」している気がして。いや、仕事ではあるんだけど。それぞれに壁が出来ている気がする。嵐はお互いに気を使っている、だから揉め事が生まれないなんて言ってたけど果たしてそれでいいのだろうか?気を遣ってると自分の気持ち、意見が押しつぶされるのでは。本当に思ってること、言いたいことが言えないのでは。こればっかりは私は一般人だし嵐でないのでわからないが。何にせよ、今の嵐でちゃんと話し合った方が良いと思う。このままじゃバラバラになっていく。
去年のツアーにて「なんだよ、原点回帰しただろ」「原点回帰の意味知ってるか?」等。そして今年はアンコールの声が小さいと怒られ「いつも出てくると思われても」なんて言われ、面白かったから笑ったのに「は?」とキレられる。
今の彼らはアンコールで出てきて当たり前、という風に思っているところがある。それに、しようがしないが、これも客の勝手だろう。アンコールするほどの価値がないと思ったらしない。この間の公演でもWアンコールを用意してたにも関わらずアンコールの声が無かった為、それにて終了となった。どうせ客としか扱ってないのなら、アンコールがどうとか、声が小さいとか、セトリがどうとか文句言わないでほしい。
他にも書きたいことは山ほどある。これでもかというくらい、次から次へと言いたいことが出てくる。
アイドルは人気になればなるほど、提供してくれるものと、こちらが求めているものに誤差が生じてくる。求められている事全部に耳を傾けるのはとても難しい事だ。
それに、嵐は世間に美化されすぎた。「嵐」の○○が好きで、「嵐」の○○だから使われて。正直、名前の頭に「嵐」をつけなきゃ誰なのか分からない。誰もが皆コンサートに行きたがるけど、結局は「嵐のコンサートに行った」「嵐に会った」そういう肩書きが欲しいだけなのでは。
もう疲れた。
どうして説教されなきゃいけないんだろう。どうして楽しいはずのコンサートで涙が出るんだろう。哀しくなるんだろう。
どうしてもやもやしたまま帰らなきゃいけないんだろう。
こんな思いをする為にファンになったんじゃない。ただ、あの頃のまま一緒に歩いていきたかったのに。ペンの指す方向に、先陣切って歩いて行くあなたたちについていこうと思えたからついてきたのに。あなたたちが見せてくれる夢を見たくて買ったのに。
どうして。どうしてこんなにつらいんだろう。
苦しい。
変わってほしくなかった。
変わらずにいてほしかった。
ちゃんと愛してほしかった。
でも。もう既に心は決まっている。
さよならまであと少し。
終電間際まで残業。俺は疲れた顔をして家までの道のりをとぼとぼと歩いていた。
足取りは重い。帰ったところで、頬杖をついて指でカツカツとテーブルを打ち鳴らしている妻か、トドのように大口を開けながらいびきをかいて眠る妻しかいないからだ。どちらを想像しても、気が滅入っていた。結婚したてのころは帰宅時にいつも玄関で出迎えて笑顔を見せてくれたのに。5年目となるとしょうがないのか、と諦めている気持ちもある。
しかしながらそんな家にまっすぐ帰る気にもならず、かといって居酒屋に入って一杯引っ掛けるような気力もなく。
せめてもの抵抗、と、コンビニの角を曲がり、遠回りをすることにした。
もう3年近く住んでいる街なのに、まったくの他人のようなよそよそしさがある。
ふと油断するとすぐに迷ってしまうようなおそろしさがある。
歩いている間に日が暮れてどこにいるか分からなくなり、もう家に帰れない気がして母に会いたくなって、大声で泣いた思い出がある。
結局、近所のおばさんが発見して母を呼んでくれた。あのとき、めちゃくちゃ叱られたっけと思い出す。
そういえば焼き芋を食べたな。帰り道で母に手を引かれて下を向きながら歩いていたとき、焼き芋屋が通りかかったんだ。
間抜けで軽快なメロディーに顔を上げた俺を見て、「夕飯もうすぐだけど、買っちゃおうか」といっていたずらっぽく微笑んだ母。
新聞紙に包まった熱々の焼き芋を半分に割り、「熱いから気を付けてね」と俺に渡す。
泣き疲れていた俺は急に猛烈な空腹を感じて、焼き芋にかぶりついた。
舌を火傷しながら芋を食べる俺の隣で、母はぽつりと尋ねる。
「あんたが無事で良かった、お母さん心配したよ。どうしてあんなところにいたの?」
あのとき俺はなんと答えただろう。
そこから先の記憶が掘り起こせない。年をとるってのは悲しいものだな、なんて自分を慰めたところで見覚えのある建物までたどり着いてしまった。
ああ、どうか寝ていてほしい。
その瞬間目に飛び込んできたのは、パジャマにダウンジャケットを着込んで靴を履く妻の姿だった。
「……出かけるの?」
こんな時間に何の用で、と続ける俺の声を遮って妻が口を開いた。
「おかえり」
キャッチボールが成立してない会話に面くらった自分を見ながら妻は言う。
「LINE見てないでしょ」
「終電もとっくに終わってるのに連絡ないし。心配したよ。何してたの?」
その言葉に、パズルのピースがカチリとはまったような爽快感が全身を駆け巡る。
ああ、そうだ。あのときの俺はこう言ったんだ。
「冒険してた」
なにそれ、といって呆れながらも笑う妻の顔が、母と重なった。
受付にいつもいる、初回講習でお世話になった人に、
慣れない中、波風立てたくなかったのでいつも愛想よく入退室の挨拶を欠かさなかったら、
(二回目に会った時、先週来てたジャージの柄を何故か覚えてて呼び始めた……)、
毎回毎回何か遠慮なく人間関係の距離詰めてきた。
そんなこんなで5回目の今日、自分が帰ろうと外履きを靴べらで押し込もうとした時、
何故か彼は後ろにいて、外履き用の袋を畳んでいた。
『増田さんってオネエですか』
あら、もっと女の子らしい仕草はない?と聞き返して軽くボディタッチする余裕もあったのに、
最近『弟の夫』のアマゾンさんのサジェストで見た表紙にそっくりの大胸筋をお持ちの方に聞かれたその時は生命の危険を感じて、
『よく周りから言われるんですけど、自分はノンケですよ。アハハ、ウフフ……』這々の態で逃げ出すしかなかった。
昨晩ニコニコ動画で上映していたのんのんびよりの第十話にだらしなく顔が緩んで、独り言をディスプレイにぼやいていたのは記憶に新しい。
あの話がのんのんびよりで一番好きなのは、実は父性ではなく母性が成していたのか。
誰も話題にしないけど、マツコデラックスのおしげもなく晒されるおっぱい授乳シーンに
ケチケチ男爵の乳首ピアスで小学校のような感想を交わしあったけど、潜在的に惹かれてたのか。
久々にやってきた春は、どうしようもなく酸っぱかった。
虫歯と無縁だった関係で歯医者に通う習慣が全然なかったのだけれど、
ガムの噛みすぎか、仕事中にストレスを感じると奥歯を噛みしめるクセのせいか、
原因はいまだ不明だが、4年ほど前のある日「なんか顎が痛いなー」と思ったら顎関節症になっていた。
生活に支障がない程度に口は開くんだけど、ハンバーガー食べる時とかに大きく開けるとバキって鳴るアレだ。
元々拳が口に入るタイプの人間だったので、それが指四本分になっても正直あまり困らなかった。
「なんかバキって言うようになった!」と調子に乗って踊りながら積極的に鳴らしてリズムをとったりして遊んでいたら、
2ヵ月ぐらい経過したある日突然、口を開けると痛くて半開きにするのもやっとという状況に急速に悪化した。
その段階でようやく調べて、自分が顎関節症になっていることを把握、半泣きで最寄の口腔外科に駆け込んだ。
ところが、マウスピースを作ってもらって、翌日受け取りに行く頃には、
医者に「あれ?全然開くじゃないですか」とか言われる程度まで症状が軽くなって、
自分より小さい医者の手だと、貫手を親指まで丸呑みにできる程度には開く感じ。
医者が作ってくれた硬質プラスチックの上の歯にはめるタイプの薄いマウスピースは、
つけて寝るように努力したものの、どうしても異物感が強くてつけている間になかなか寝つけないし、
ようやく口に入れたまま眠れてもすぐに外れるので朝になったら行方不明……ということを繰り返しているうちに、
実家の母親が地元で評判の歯医者に作ってもらって歯ぎしり対策に使っていたソフトタイプのマウスピースの存在を知っていたので、
なんとなくマウスピースが薄いのが良くなかったような気がして別の口腔外科を受診することにした。
「顎関節症用にマウスピースを作ってもらったけど薄くてすぐ外れて割れちゃったし付けづらいから、ぶ厚くて外れにくいのを頼む」
と伝えたところ、どう見ても前と同じ素材だけど上の歯の前面にもやや回り込む形状でちょっと外れにくい構造に進化した硬質マウスピースを作られた。
コレジャナイ感を感じて、ソフトな素材はないのか?と聞くと、「顎関節症用はコレだ」というので、専門家がいうならそういうものなのかと思って引き下がった。
さらに、マウスピースを作る前に撮ったレントゲンを見せられて、
「親知らずが真横に向いて4本とも生えてるから、これを何とかした方がいい。」と言われる。
確かに口の奥の方に生えかけのツノみたいなのが何本かある気がしてたけど、これ親知らずだったのか!
しかし、硬質でぶ厚いマウスピースは相変わらずつけたまま寝ろと言われても異物感ばかりで、
数週間経てば慣れると言われたのに全然つけたまま眠れるようにならないし、
たまに眠れても相変わらず起きたときにはどこかに飛んでいっているし、
なんとか眠ろうとして何度か徹夜になったり、あきらめて外してから寝たものの寝坊して仕事に遅刻したりするので使用を中止してしまった。
顎関節症の症状自体はカラオケで全力で歌うことができなくて消化不良になるのと、
サブウェイのサンドイッチを丸かぶりで食べきる頃には顎がバキバキ鳴りすぎて痛むのと、
アクビや笑ったときにたまにバキっと鳴って不快なこと以外は大して困らないし、
なんとなく望んだ治療と違う気がして、二件目の口腔外科も自分の中で信頼度が低くなってしまったので、
同僚から評判のいい歯医者の情報を集めて、割とよさそうな医者を教えてもらって行ってみた。
三件目の医者は街中で、施設も新しくて綺麗だし、医者の説明も今までの医者よりダントツに丁寧だった。
歯石取りというのもやってもらって、歯科衛生士だか歯科助手だかのおねーさんのおっぱいが云々という都市伝説が現実だったのだと知って同僚に感謝を捧げた。
それどころかおっぱいが頭にあんまり当たるというか、いっそ頭に乗る勢いなのでさすがに申し訳なくてモゾモゾ逃げようとすると、
そのことに気付いたおねーさんにちょっと照れながら「ごめんなさい、でも動かないでくださいねー///」とか言われてギュッと押さえつけられる始末。
おっぱいカバーの下側に入ってるワイヤーらしき硬質な感触と、それでは隠しきれない柔らかさと確かな重みを額に感じる。
なんだこれは、保健の効く範囲内でおっぱいを押しつけられた上にそのことを謝罪される空間なんて現実に存在していいのか!?
っていうか虫歯のある奴らは今まで「歯医者めんどくせー」とか言いながらこんなメにあっていたのか!?チクショウなんて奴らだ!
問診で経緯は伝えたものの、相変わらず「全然開きますね……」と医者に苦笑されるくらいには口が開くし、
正式に転院しているわけではないので再度レントゲンを撮ったところ、
「顎関節症も親知らずが原因かもしれないから、マウスピースは一旦置いておいて親知らずを何とかした方がいい。」と言われた。
「じゃあそれで」と返事をして治療プランを具体的に作ろうとしていたら奥から院長が出てきて、
「親知らずが真横すぎてウチの設備では対処できないので、大きな病院を紹介します。」と言われて紹介状を書かれてしまった。
結局この病院には定期的に歯石取りにだけ通うことになったのだけれど、
歯磨きを頑張っていると、おっぱいが的確に褒めてくれるという一点に絞ってもとてもいい病院だったと思う。
その後引っ越して通えなくなってしまったけれど、その間に俺の歯茎は劇的に健康になった。
俺は今もおっぱいの教えを守って歯磨きをしている。
予約を取って大病院に行ってみたところ、
相変わらず顎関節症については「開いてるじゃないですか……」と言われ、親知らずは「見事に真横ですね……」と言われる。
親知らずは、4回通って1本ずつ抜くプラン、2回通って上下または左右で2本ずつ抜くプラン、
1日入院して全身麻酔で一気に4本抜くプランを提示されたが、若干家から遠くて面倒だったので1日入院して一気に抜くことにした。
入院して、手術室に入り、看護師さんにきれいな手ですねー、爪がきれいでうらやましい、とか言われてる間に意識を失って、起きたら親知らずは無事全滅していた。
医者からは「一気に抜くともっと腫れる人が多いのに全然腫れてない、本当にあなたは運がいい。」と心底残念そうに言われ、大病院を後にした。
その後しばらくは抜糸や経過観察のために通ったものの特に問題はなく、
顎関節症についても「ウチで作っても同じタイプのマウスピースになる」
「十分開いてるし、親知らずを抜いたことでバランスが整って治る場合もあるから様子見」と言われてしまい、
一応硬質マウスピースを再度作り直してもらったけれどやっぱりイマイチなじまず、
顎の筋肉をほぐす体操を教えられてその大病院とは縁が切れてしまった。
その後、まあ実際そこまで困っていなかったので顎関節症は放置し、
前述の通り引っ越したりしたのもあって、また歯医者そのものと縁がない暮らしに戻ってしまった。
ところが、最近になって何度か開閉していると顎がすぐ痛くなるようになったり、
平常時でも顎のあたりに感じる違和感が強くなり始めて、やっぱり顎関節症をなんとかしたいと思うようになった。
しかし口腔外科は大病院でも硬質プラスチックのマウスピースだったし、
硬いマウスピースはどーも合わないし……と思うと病院探しも億劫になる。
というかもう「治したい」というより、「ソフトタイプのマウスピースが欲しい!」という気持ちになっていた。
売ってた。ドラッグストアで。
お湯につけて柔らかくなったマウスピースを噛んでから冷やせば形状記憶するというもの。
医者はどうも作ってくれないし、千円ちょっとだし、もうこれでいいや、と思って買うことにした。
説明書通りにして使ってみる。寝床に入って装着。やっぱり異物感があって眠れない。
グギギ。グギギ。マウスピースを噛みしめながら深夜3時まで粘ったものの眠れないので外して寝た。
ミントの味とか染みだしたらいいのになー、などとしょうもないことを考えた。
若干オーバーサイズなマウスピースの端が擦れるダメージにも、おっぱいの教えを守って鍛え抜いた歯茎は出血することなく耐えてくれた。
翌日も、翌々日も、同じことを続けた。
三日目の朝。異変に気付く。
あくびをしても顎が鳴らない。
思わず顎を外す勢いで口を開く。鳴らない。
拳を咥えてみる。鳴らない。
それどころか顎にずっとあった痛みも違和感もない。
ハンバーガーをチマチマかじらずに蛇のごとく縦にかじってみた。痛くない!
ヴァーティカルバーガースタイルを選べる自由を得た喜びに震えた。
足が遠のいていたカラオケに行って思いっきり歌ってみた。痛くない!
久しぶりに新しい歌を覚えたくなった。
結局のところ、どういう理屈で顎関節症が消え去ったのかは自分でもよくわかっていないものの、それ以後も俺の顎は好調そのものだ。
俺のように、治らないものだと半分諦めている顎関節症患者も多いと聞いたので、
こんな感じで治ることもあるんだということを知って欲しかったので書いてみた。
世の中には2種類の人間がいる。ニキビができやすい人間と、そうでない人間だ。
自分はもはや30代だが、10代、20代の頃はニキビがたくさんできて苦労したものだ。
脂性なのに乾燥肌、そんな自分がたどり着いた自分なりのベストソリューションをお教えして差し上げます。
(重要そうなところに★を入れたので、それだけでも実践してみてください。)
多くのスクラブ入り洗顔料は乾燥肌の自分にはまったく合わなかった。だけどスクラブ入りを使わないと小鼻のブツブツが奇麗にならない。たどり着いたのは2種類の洗顔料を使い分けることだ。朝はノンスクラブで優しく洗う。夜はスクラブ入りで毛穴汚れを意識して洗う。ただし「爽快度MAX」みたいなのは肌への刺激が強いので俺は嫌い。洗顔後に肌がつっぱるようなのはダメだ。ここ数年は男性向けで潤いを謳った商品が増えており、乾燥肌の自分にとってはとても良い傾向である。ちなみに俺は、朝は「メンズビオレ ディープモイスト洗顔」、夜は「メンズビオレ ミクロスクラブ洗顔」使ってます。
泡立てるにはコツがいるが、泡立てネットなどを使う必要はない。まず、洗顔の直前にボディソープやハンドソープで手を清潔にすることだ。洗顔前には顔を濡らすと思うが、それによって手のひらに顔面の皮脂がつく。そうすると泡立たない。なので、顔を濡らした後に軽く手を洗う。次に洗顔料の量だが、パッケージの説明には3cmなどと書かれているが、その半分ほどでよい。これを手にとり、手のひらをお椀型にして、ときどき水を加えながら泡立てていく。手のひらのシワを使い、洗顔フォームが空気を含むように混ぜていけば、ピンポン球大のキメの細かい泡ができると思う。せっかく泡立てた泡をこぼさないように注意すること。
洗顔はゴシゴシしてはいけない。優しくマッサージするがごとくだ。顔の垢を落とすような洗い方は絶対にダメで、毛穴の脂を絞り出す感覚が良いと思っている。夜の洗顔は入浴時、体を温めてじんわり汗をかくくらいにしてからスクラブ洗顔だ。
洗顔の後はちゃんと保湿をしよう。たぶん今の若者にとっては普通かもしれないが、ちょっと前まで化粧水や乳液は女子の使うものだったのだ。女モノの化粧水や乳液を買うのは童貞ニキビ面の俺にはすげー恥ずかしかったぞ。で、いま俺が普段使いしているのは「メンズビオレ 浸透化粧水(濃厚ジェルタイプ)」(ちっ、おっさんどんだけ向井理になりたいんだよ・・・。)
要するに胃に負担が掛かると肌が荒れる。一般的なことで申し訳ないが、バランスの良い食事をしよう。といっても、若いときは好きなもんを不規則に食べることも多い。そこでビタミン剤。ハイチオールだとかチョコラBBってのが有名だが、やつらは高い。俺が見つけたのはビタロークBBというやつ。サンドラッグのPBだと思うが、安いけどばっちり効くぞ。これはマジでオススメ。
授業中や仕事中に頬杖をつくことがあるが、これはできるだけ止めた方がいい。手のひらの雑菌が顔に移るから。経験的には間違いないと感じているが、これは癖の部分もあるのでいっさい止めるのは難しい。なので、頬杖ついても大丈夫なように、手を普段から清潔にしておくこと。
顔がテカってきたときは、洗顔シートで顔を押さえる。パッケージには「ゴシゴシ使える大判サイズ」みたいに書かれているかもしれないが、ゴシゴシしてはいけない。顔に押し付けるようにして使うこと。
お通じが悪いと肌が荒れるし、なんとなくイライラしたり仕事が捗らなかったりする。毎日すっきりするために、俺は寝る前にホットミルクを飲むことにしている。美味いし、睡眠導入も捗るぞ。
学生時代はタバコも吸ったし、徹マンや卒業研究やらで常に赤い目をしていた。そして常にニキビ面だった。女にモテたいならしっかり睡眠、できれば居眠りしなくても一日が過ごせる程度に眠るのが良いと思う。まぁ、マスかいてたら朝が近くなっていたってこともあるだろうが。
昔、とは言ってもだいぶ昔のことなのだけれど、僕はある町(名前もない小さい町だ)に妻と二人で暮らしていた。
多くの夫婦がそうであるように、僕たちの間にもいささかの問題があった。
他人からしてみれば些細な問題かもしれないのだけれど、妻はよくそのことで自分自身を責め、彼女が本来持つ良さを損なっていたと思う。それは2月に突然降る冷たい雨のように僕たちを苦しめた。
「あなたはどう思うの?私たちに子供がいないことについて」と妻が言った。そのとき僕たちはボンゴレ・ビアンコといんげんのサラダを食べ終え向かい合って座っていた。テーブル越しの妻はなんだかいつもより疲れているように見えた。
「ねぇ、最初に言っておきたいんだけど」と僕は言った。
「僕は特に子供が好きじゃない。それに子供がいないことは夫婦の自由な選択の結果であって、君が苦しむべき問題じゃないと思う」
妻は頬杖をついて僕の方をじっと見つめ、(あるいは僕の後ろにある流氷の写真を見ていたのかも知れない)静かに微笑んだ。まるで、そんなことを聞いたんじゃないという風に。
「明日、川に行こうと思うの」と妻はそっと言った。
「悪くない。いつ出発する?」と僕は言った。
「ごめんなさい、私、一人で行きたいの。あなたは山に行って」