2016-11-19

夜の住宅街散歩した話

終電間際まで残業。俺は疲れた顔をして家までの道のりをとぼとぼと歩いていた。

足取りは重い。帰ったところで、頬杖をついて指でカツカツとテーブルを打ち鳴らしている妻か、トドのように大口を開けながらいびきかい眠るしかいないからだ。どちらを想像しても、気が滅入っていた。結婚したてのころは帰宅時にいつも玄関で出迎えて笑顔を見せてくれたのに。5年目となるとしょうがないのか、と諦めている気持ちもある。

しかしながらそんな家にまっすぐ帰る気にもならず、かといって居酒屋に入って一杯引っ掛けるような気力もなく。

せめてもの抵抗、と、コンビニの角を曲がり、遠回りをすることにした。

夜の住宅地面白い

もう3年近く住んでいる街なのに、まったくの他人のようなよそよそしさがある。

ふと油断するとすぐに迷ってしまうようなおそろしさがある。

子供のころはよく「冒険」と称して近所を歩き回っていたっけ。

歩いている間に日が暮れてどこにいるかからなくなり、もう家に帰れない気がして母に会いたくなって、大声で泣いた思い出がある。

結局、近所のおばさんが発見して母を呼んでくれた。あのとき、めちゃくちゃ叱られたっけと思い出す。

そういえば焼き芋を食べたな。帰り道で母に手を引かれて下を向きながら歩いていたとき焼き芋屋が通りかかったんだ。

間抜けで軽快なメロディーに顔を上げた俺を見て、「夕飯もうすぐだけど、買っちゃおうか」といっていたずらっぽく微笑んだ母。

新聞紙に包まった熱々の焼き芋を半分に割り、「熱いから気を付けてね」と俺に渡す。

泣き疲れていた俺は急に猛烈な空腹を感じて、焼き芋かぶりついた。

舌を火傷しながら芋を食べる俺の隣で、母はぽつりと尋ねる。

あんたが無事で良かった、お母さん心配したよ。どうしてあんなところにいたの?」

あのとき俺はなんと答えただろう。

そこから先の記憶が掘り起こせない。年をとるってのは悲しいものだな、なんて自分を慰めたところで見覚えのある建物までたどり着いてしまった。

ああ、どうか寝ていてほしい。

そう思いながら玄関の鍵をまわし、ドアノブをひく。

その瞬間目に飛び込んできたのは、パジャマにダウンジャケットを着込んで靴を履く妻の姿だった。

「……出かけるの?」

こんな時間に何の用で、と続ける俺の声を遮って妻が口を開いた。

「おかえり」

キャッチボールが成立してない会話に面くらった自分を見ながら妻は言う。

LINE見てないでしょ」

え、とこぼして携帯確認しようとする手を抑える妻。

終電もとっくに終わってるのに連絡ないし。心配したよ。何してたの?」

その言葉に、パズルピースがカチリとはまったような爽快感が全身を駆け巡る。

ああ、そうだ。あのときの俺はこう言ったんだ。

冒険してた」

なにそれ、といって呆れながらも笑う妻の顔が、母と重なった。

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