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2024-07-15

閑静な住宅街外国人引っ越して来て町内会問題になっている

から徒歩15分くらい。戸建てが立ち並ぶ典型的な『閑静な住宅街』に俺は住んでいる。

そこの様子が変わってきた。

具体的に言うと、外国人連中が引っ越し始めてきたのである

このあたり、大体一軒の家が5000万から6000万なのだが、商売をやっている外国人からすると「安い」とのことで、そこそこの数の外国人移住してきてるというわけだ。

我が隣家にも、南米だか東南アジアだかよくわからんが色の黒い外国籍夫婦引っ越してきた。

俺は別に近所づきあいなどというものほとんどしないので、別に隣の家に住んでいるのが外国人だろうが異星人だろうがあまり関係ない。

犯罪者ちょっと困るが、引っ越しの際は挨拶なども非常に朗らかにされて、隣駅で飲食店を営んでいるとかで別に問題の無い社交性を持った人達だなーと感じた。

御多分に漏れず老人ばかりの地域において、そういった人達は大体子供が3人も5人もいて、まさしく日本の縮図であるといった様相だった。

子供たちは道路ボール遊びをし、庭に何やらよくわからん秘密基地めいたものを作って遊ぶのを俺もほほえましく見守っていた。

さて、そんなどこにでもある地域なのだが、割と早めに問題が発生したのである

町内会で「深夜の騒音」が議題に上がってきたのだ。

なんでも、深夜に奇声を発している人間がいるとのことだった。遠回しに、「「あの外国人だろ」と老人たちが言っているのは明白だった。

婉曲的にではあるが、「隣の家のお前なんとかしろよ」と言われているのが馬鹿でもわかった。

俺は悲しい気持ちになった。そういうのを差別というのではないだろうか。確かにうちの隣人の人達は庭でよくボーっと煙草を吸っていたり、

正月にはどこからやってくるのか、友達だか親戚だかが集まって来て、深夜まで道路に何台も車を止めて楽しそうに会話をしていたりする。

まあ深夜に奇声を発しながら徘徊しているのは俺だ。

そんなことはどうでもいい。それに、この町内会をどうするつもりなのだろうか。うちのはす向かい診療所は閉じたきりで、そこに勤めていたお医者さんは亡くなってしまった。

町内会長はこの前、町内会費をガメて大問題になりかけていたし、創価学会のおばちゃん自分の家の犬と喧嘩して警察沙汰になっていたではないか

なにより子供がいない。本当にいないのだ。そこそこ栄えている駅が近くにあるにも関わらずだ。この一帯が今緩慢に死のうとしているのはよく考えずともわかることだ。

そんな地域で、外国人であるからといって、証拠もないのに、騒音問題犯人にされてしまうのはあまりにも可哀想だと思った。日本人だからと言ってみんないい子なのかと。憤然やるかたない俺は言った。

しょうがないですよ、文化が違うんですもん」。

かに、確かにね、あの人達外国籍ですよ、と。子供道路でよくボール遊びしてるから危ないし、煙草だって庭で吸ってるし、犬だって庭で飼ってる。

今の日本人のマナーからしたら、ちょっとどうかと思うこともいっぱいあると思うんですよ。

でも、冷静に考えたらそれって昔の僕らがやってたようなことじゃないですか。

僕らだって若いころは道路で遊んでたし、煙草だって吸ってたし、犬も外飼いしてたわけじゃないですか。ということを、相手不快にならない範囲でお伝えした。

とりあえず、議題は今度に持ち越し、という形になった。俺は、勝手にこんなことを話されている外国人一家気持ちを考えて、少し寂しくなってしまった。

自分が彼らの立場だと思うとどうしても、悲しくなる。

自国を捨てて、言葉も通じない国にやってきて、商売で金を貯めて、子供を育てて。

ようやく買った一軒家。そこで「幸せに生きよう」としているだけではないのか。それなのに、日本文化押し付ける。

日本文化マナーってだけなら「郷に入って郷に従え」という精神でいいのかもしれないが、今のうちの町内会文化は老人による老人のための文化だ。

成熟したマナーと言えば聞こえがいいが、単に地域全体を老人用のグループホームにして、ローカルルール押し付けているだけだ。

俺はどうするべきなのだろうか。それを今、悩んでいる。

anond:20240715132314

女性はなぜ戦いを挑めるのか?

→殴り返されない立場からイキってるだけ

ポピュリスト右派ウォーク左派はどちらも自分勢力を伸ばすためにグルになっている。

今回の都知事選を考える上で、ジジェクが、ポピュリズム右翼アイデンティティ左翼が表裏一体になっていると分析しているのは重要と思う

スラヴォイ・ジジェク

左派は、性的人種的経済的排除され疎外された人たちの保護者を自任しながらも

極めて抑圧的な超自我の体系を課すことにより

特定の人や立場排除することを越え

それについての討論の可能自体をなくしてしまう。

表面上は多様性と包容を主張するが、これについての自分定義同意しない人達容赦なく排除する。

私たちの中に多様性と包容性に反対する人はいない。そのような人は既に全員追放たから』

左派は人々が規範合致しないことを咎める。

抑圧されている人達

『なぜ私があなたたちに支配されねばならぬのか』と言って遠ざかる。

このようにして、ポピュリスト右派ウォーク左派は深いところで共謀している。

これらはコインの裏表だ

これらは現在直面している根深問題回避し、グローバル資本主義に刻み込まれ根本的な敵対無視する2つの手法だ。

https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/50598.html

この雑な創作に思うところあったの?

ダメ出しばかりはどうかと思うので修正文作ってみたけど元増田無理がない?

 

もうひとつ修正作文は元増田の年齢設定をそのまま採用するので、

養父母親がとんでもない毒親で、元増田が実父の方にあり得ない夢を見ているって作文になるよ

 

 

バランスのとれた創作をするなら、養父が実の父ではないからこその複雑な感情があるになると思うんだよな

本心では養父こそ自分父親だと思っているからこその反抗心や「こうだったらよかったのに」という思いみたいな

これらの感情は、自分に対する愛情があると確信してなきゃ、そういう感情は持ち得ないもの

(自分への愛情がない事実を決定的なものにしたくなくて避けるか、このクズ(養父)の話しないでくれる?という怒りとして出る)

 

あと、養父に対する気持ちがあるからこそ、実父と関係を作ることへの遠慮が出るって展開が自然なのよ

それから母親に対しては、こうだよね ↓↓↓↓↓↓↓

 

子どもの頃は、お母さんの気持ちを察して、実の父のことを口にするのを避けていた。

でも、心の中では「お母さん、私にもお父さんに会う権利があるんじゃないかな。お母さんの気持ちはわかるけど、私はお父さんが大好きだったんだよ」って思っていた。

ただ、その気持ちを素直に伝える勇気はなかった。

今、自分が親になって初めて、母の立場が本当に分かるようになった。浮気離婚して、しか子どもを置いていったという父の行動が、母にどれほどの傷を与えたか

もし自分がそんな目に遭ったら、立ち直るのにどれだけの時間がかかるだろう。想像するだけで胸が痛む。

からこそ、今回実の父と連絡を取り始めたことを、どう母に伝えるべきか悩んでいる。

母の気持ちを踏みにじるつもりは全くないけど、自分の中にある実の父との関係を取り戻したいう思いも無視できない。

 

anond:20240715115208 anond:20240715103153 anond:20240715103606 anond:20240715133739 anond:20240715114948

anond:20240715002416

増田創作かどうかはさておき。娘の「実の父」への感情が「家庭を持つ前の増田」に近いケースの、「今の父」の立場だ。ただ、2歳でも4歳でもなく全て0歳の頃の出来事なので娘の記憶には無い。正直、私自身は最初から自分の子という感覚しか持っていない(自分で産んだわけでもないし)。妻から聞かされた「実の父」のダメエピソードから、娘が彼への嫌悪感を持っているのも知っている。「今の父」として娘の評価が高いのも有り難い事ではある。かなり頑張って育てたからな。ただ、「実の父」の弱さ故に起きた過去出来事については同性として同情する部分もある。将来、娘が会ってみたい、と言ったら、それはそれで面白いかも、と思っている。ちなみに娘は今19歳。

追記:すまん、元増田創作かどうかはどうでもいいんだ。自分とこに照らしてみて、子の立場でも、年月や環境によって捉え方が変わってくるかもな、っていう思っただけで。

ダメ出しばかりするのもどうかと思うので雑に修正してみました

父親に対する感情ゼロを言う設定に無理があったので、比較自然な形に年齢を修正しました
後ほど、別の増田で設定通りの年齢設定で修正しまanond:20240715002416

  

20年以上会ってない実の父のSNSを見つけた。

わたし小学校へ入ったばかりの頃、他所に女を作って母とわたしを捨てた父だ。

 

母はわたし小学校3年生の頃には再婚をして、兄弟もできた。

今の父(養父)を手放しに「とても良いお父さんだった」とは正直言えない、色んな思いをしたけどそれはまぁ今は割愛

奨学金自分で払ったけど、短大まで行かせてくれたし、不自由なく育ててもらった。

 

から、表面上は実の父に対する感情がないふりをしていた。無を装っていた。

中学生になるまで毎年誕生日にはプレゼント手紙をもらっていたけど、何も感じていないかのように振る舞っていた。

「ふーん。ラッキー」くらいの反応しか見せなかった。

 

実際は、心の奥底では父からの贈り物に喜びや複雑な思いを感じていたけど、それを表に出すことは出来なかった。

母や養父を傷つけたくない、新しい家族の和を乱したくないという思いが強くて、実の父に対する感情を押し殺していた。

養父わたしを実の娘のように思ってくれていることに対しての気持ちゼロじゃなくて、実の父とのつながりを示すようなことは避けていた。

そうすることで、家族の中での自分立場を守ろうとしていたのかもしれない。

  

母は時々、実の父の話をしてくれたけど、私は表面上無関心を装っていた。知らない芸能人の話でも聞いてるような態度を取っていた。

実際は、話を聞くたびに胸が締め付けられるような感覚があったけど、それを悟られないように努めていた。

ただ、母の声の調子や表情から彼女の複雑な気持ちが伝わってきて、それを見るのが辛かった。

母の心の痛みを感じ取りながらも、自分気持ちを抑え込むのに必死だった。

 

わたし結婚した時、母から実の父に、結婚式の招待状を出す?って聞かれたけど

「なんでそんなこと聞くんだろう。出すわけないじゃん」って思った。今のお父さんに悪いじゃん、って。

 

でも、子どもが生まれて、子育てにもすこし慣れてきた今。なぜか、実の父のことが急に気になった。

それで、色々探してSNSをみつけて、ブログがあったから読んでみた。

  

それからブログを読んでいるうちに、長年抑え込んでいた感情が一気に溢れ出した。

父の日常や趣味、考え方を知るにつれ、自分の中にある似た部分に気づき、知らなかった父の人間性に触れた。

そして、突然、今まで味わったことのない喪失感と同時に、やり直せるかもしれないという希望が湧き上がってきた。

自分もびっくりするくらいわんわん泣いた。今まで築けなかった関係、聞けなかった話、共有できなかった時間、全てが一度に押し寄せてきて、涙が止まらなくなった。

 

そして、その感情の中で、すごく父に会ってみたくなった。

今までもらっていたプレゼント手紙のお礼も、やっと素直な気持ちで伝えたくなった。

長年の沈黙を破る勇気が湧いてきて、SNS経由で連絡をしてみた。すると、思いがけずあっさりと繋がることができた。

 

20年以上も会ってない子どもからの突然の連絡なんて気味が悪いかな、とか、拒絶される可能性もなくはないなと思うと怖かったから、

「連絡がきて嬉しい」と言ってもらえて安心してまた泣いた。

 

そして今もやりとりが続いていて、過去の母との思い出の話やこれまでのお互いの話をたくさんLINEで話してる。

これからゆっくり距離を縮めていけたらいきたいなと思う反面、複雑な気持ちもある。

母の心情を考えると、この状況を伝えるべきか、あるいは黙っておくべきなのか、悩んでしまう。

母を傷つけたくないという思いと、実の父との関係を再構築していきたい気持ちの間で揺れている。

 

さらになって、父に会いたくなった理由について自分なりに考えてみた。

子どもが生まれて、自分も親になったことで、家族のことを考える機会が増えたのが大きいのかも。

それに、今の生活が落ち着いてきたってのもあると思う。

自分の中に安定感が出てきたから、過去のことと向き合える余裕ができたんだと思う。

もし父から会うことを拒否されても、今なら立ち直れる気がしたからだ。

 

夫に相談した時、「感動的な再会みたいなのを望んでるなら、傷付くかもしれないよ」って言われたけど、

家族がいてくれるから、どんな結果でも大丈夫って思った。

 

 

学生のころや、結婚前は、意識的に実の父への感情を抑え込んでいたんだと思う。

自分を守るためでもあったし、母や養父への気遣いでもあった。

子どもの頃から、母の気持ちを察して、実の父のことを口にするのを避けていた。

でも、心の中では「お母さん、私にも実の父に会う権利があるんじゃないかな」って思っていた。

ただ、その気持ちを素直に伝える勇気はなかった。

 

実の父との関係を築くことは、新しい家族への裏切りのように感じていたのかもしれない。

今になって振り返ると、その頃の自分気持ちがよく分かる。

でも、当時はそれが精一杯のやり方だった。

母や養父を大切に思う気持ちと、実の父への複雑な思いの間で揺れていたんだと思う。

 

今、自分の子どもが生まれて、新しい家族ができた喜びに満ちている。

この幸せ気持ちが、過去を見つめ直す勇気をくれたのかもしれない。

自分人生幸福と安定感があるからこそ、実の父との関係を考える余裕ができたんだと思う。

手放しで良い父親だったとは言えないけど、これまで育ててくれた養父への感謝気持ちも、より深まった。

  

自分が親になって初めて、両方の両親の気持ちが少し分かるようになった気がする。

特に母の立場が本当に理解できるようになった。浮気離婚して、しか子どもを置いていったという父の行動が、母にどれほどの傷を与えたか

もし自分がそんな目に遭ったら、立ち直るのにどれだけの時間がかかるだろう。想像するだけで胸が痛む。

 

からこそ、実の父と連絡を取り始めたことが、母の気持ちを踏みにじってしまうのではないか不安がある。

また、円満とは言えない養父との関係を崩さないかという不安もある。

でも同時に、20年以上越しに実の父の存在を改めて受け入れ、複雑な感情と向き合えるようになったことは、わたしにとって大切な一歩だとも感じている。

 

まだ迷いはあるけれど、長年封印していた感情の蓋を開けたことで、何か大切なものを取り戻せた気がする。

これから実の父とどんな関係を築いていけるか分からないけれど、少なくとも自分の中で何かが変わり始めた。

子育ての喜びと、過去との和解兆し。この二つが重なって、人生の新しいページを開いた感覚がある。

それは、複雑だけど、希望に満ちた、大切な過程だと思う。

 

これから人生で、私の子どもにも、両方の祖父存在を伝えられたらいいな、そんな穏やかな気持ちでいる。

ただ、それを実現するには、まず母の気持ちを大切にしながら、慎重に進めていく必要があるだろう。

この複雑な感情を、どうやって家族全員に理解してもらえるだろうか。

特に母には、私の気持ちを受け入れてもらえるだろうか。

それでも、今なら冷静に、そして思いやりを持って話し合える気がする。

これから関係づくりは、ゆっくりと、でも誠実に進めていきたいと思う。

anond:20240715020740

ニューヨークタイムズ

https://archive.md/m3u6E#selection-495.0-495.47

The Problem With Saying ‘Sex Assigned at Birth

「割り当てられた性」が採用される理由ひとつは、敬意に満ちた婉曲表現提供され、特にノンバイナリーやトランスジェンダーの人々にとっては、厳しい生物学現実のように感じられるものを和らげることができるからである。誰かが「出生時に女性に割り当てられた」と言うことは、その人が生物学的に女性であることを伝える、間接的でより丁寧な方法であると考えられている。この用語は、トランスやノンバイナリーの人々との連帯を示すと同時に、伝統的な性の理解時代遅れであるというラディカルな考えを伝えるためにも機能する。

「出生時に割り当てられた性別」の表現は、善意によるものかもしれないが、進歩ではない。私たち礼儀正しさや連帯感の表現に反対しているわけではないが、「出生時に割り当てられた性」は人々を混乱させ、生物学事実について疑念を抱かせる可能性がある。また、私たち伝統的な性に対する理解を正す必要があるから、このような表現が求められるのでもない。

そうではないのだ。セックスは、私たちの種にとって重大な結果をもたらす基本的生物学的特徴であるため、それに関する誤解を助長することには問題がある。

性差健康安全社会政策にとって重要であり、文化と複雑な相互作用をする。女性男性に比べ、薬物による有害副作用経験する確率が2倍近く高いが、この問題女性の薬物投与量を減らすことで改善できるかもしれない。一方、男性はCovid-19やがんで死亡する確率が高く、殺人性的暴行の大部分を犯す。"割り当てられた性 "が死亡数を増加させるわけではない。重要事柄に関する用語はできるだけ明確にすべきである

影響力のある組織個人が「出生時に割り当てられた性」を推進するとき、彼らは、「セックス」、「男性」、「女性」のような、社会で誰にとっても馴染み深く、性の意味合い議論するのに必要言葉を使うことで、市民が辱められるような文化奨励している。これは通常の検閲のようなもので、特定意見公的に支持することを抑制するものではない。もっと巧妙で、そもそもその意見議論するのに必要な語彙そのものを抑圧しているのだ。

より急進的な「割り当てられた性」の支持者は、生物学事実としての性という考え方そのものが疑わしいと異議を唱えるだろう。フランス哲学者ミシェル・フーコーや、最近ではアメリカ哲学者ジュディス・バトラーに関連するこの見解によれば、性とは何らかの文化生産物であり、赤ん坊に男か女かのレッテルを貼った結果である。したがって、「性別」よりも「出生時に割り当てられた性別」の方が好まれるべきであると主張する。

この立場は、人間自然の摂理から免除されていることを暗黙の前提としている。残念なことに、私たち動物である。有性生物は少なくとも10億年前には地球上に存在していたし、人類進化しなかったとしても、オスとメスは存在していただろう。セックスは、分娩室での言語儀式やその他の文化的慣習の結果というわけではない。

一部の学者によって蒔かれた混乱にもかかわらず、私たち性別二元論人間発明ではないことを確信できる。

「出生時に割り当てられた性別」の問題は、確立された生物学事実から会話を遠ざけ、政治的アジェンダを吹き込むことである私たちは、医学的、社会的、法的な問題に関して、意見を明確に述べ、最善の方針を打ち出すのに役立つ共有言語必要としている。その共有言語こそが、たとえ強い意見の相違が残っていたとしても、相互理解民主的な審議の出発点なのである

anond:20240715020740

原著 "Irreversible Damage" の内容について "科学的に否定されている" などの攻撃がしきりに行われるのですが、これは主に 米国 "ジェンダー肯定モデル" の医療を推進している主に米 "業界医師" や活動家の人々がそのように主張しているだけです(代表ハフポスト日本語版サイト書評翻訳されている医師ジャック・ターバン氏です)。

実際には精神医学専門家M.Grossman が証言しているように、この主題専門家の間で立場によって完全に見解が異なり、数年来大きな論争の対象となっています

すでに英国欧州北欧各国(最初に始めたのはスウェーデンです)の当局専門家は、先日の英国NHSの正式な "思春期ブロッカーの停止発表" のように、未成年者への思春期ブロッカーホルモン投与を当然のものとする "ジェンダー肯定モデル" についてはその多くが基本的見直しを開始しており、そのプロセスの途上にあります

米国の "ジェンダー肯定モデル" 推進派として有名な医師であるジャック・ターバン氏らの同原著に対する主張は、すでについ先日の英国NHSの公式正式決定(医学的な大規模系統レビューの結果を受けた "ジェンダー肯定モデル" の見直しと "思春期ブロッカー" の処方停止の発表)で、その主張の根幹となる前提(未成年 "肯定モデル"の医学エビデンスレベル評価)が否定されているため、主張の正当な根拠をほぼ失っています

原著出版から数年が経ち、政治医学的論争・世論メディアの状況は少しずつ動いています

米国リベラル代表であるニューヨークタイムズ紙(NYT)にもすでに、ディトランスの若者たち取材した同書とほぼ同趣旨・同主題記事が昨月掲載される状況になっています

原著の内容を間違っていると否定されるならば、NYT紙(ニューヨーク・タイムズ紙)までも出版されるべきでない "科学的に間違った新聞" や "ヘイト新聞" というようなことになってしまい、論理破綻してしまます

弱者男性男性優位社会庇護が無ければ生きられない

女性経済力発言力が増えれば増えるほど、生きづらさが増していく。

なので弱者男性立場からみると、女性の権利を封じ込めるのが、自分が生き残るための最適解となる。

そうしなければ存在自体を「いないこと」にされている喪女と同じレベルまで落ちることになるのだから

民主主義って暴力で勝ち取ったものだと思うんですケド😅

もちろんそれは極論で現代において個人的にはあらゆる暴力に反対したいし、気に入らないことがあれば暴力解決したらいいってことがまかり通ったらもうなんでもありになってしまうというのはその通りなんだけど

暴力すなわち民主主義のものへの攻撃というロジックはどうなんだと。

代議制にしてもそれを普通選挙で選ぶというのも民主主義担保するための制度にすぎなくて民主主義のものではなく、民主主義というのは国民主権があるということと理解してるんだけど、

政治家が好き放題やってむしろその民主主義担保するための制度を壊して行った時に(負けたら不正選挙だと騒いで支持者らが議事堂を襲撃するのを煽ったり、選挙に勝てば何やってもいいと三権メディアもワガグンも国有地官僚機構アンコンしたりすることが想定される)、民主主義担保する制度が信頼を失って政治国民のものでなくなり、民主主義手続きのもとで公正な意見表明、主義主張の実現ができないとなったときに、そのとき民主主義を守る」立場から暴力選択肢として出てくるのは必然じゃないかと。

色々な意味民主主義危機に瀕していることが多くの国民の目の前に明らかになっているもとでの事件であって

暴力を振るった人間個人的民主主義に挑戦したテロリストとして抹殺するということだけで本当にいいのかと思う。

はっきり言ってジェノサイドジョーと呼ばれてる現職大統領の「暴力は良くない」も、いよいよ金権腐敗が明らかな自民党政府の言う「民主主義への挑戦を許してはならない」も意味の無い空文句だし「暴力社会は変わらない」なんてのはただの嘘だし

結局「今のシステムのもとで民主主義は確かに保障されている」という"前提"を政治の側がしっかり表明し、示していくことでしかテロ非難して暴力排除していくという論理展開が立てられないはずだ。

日本語のXを見ているといま現在ある選挙制度(実際はそこにも明らかな問題点がある)を守ることだけが民主主義みたいな話が当然のようにまかり通ってるけどそれは違うよね。

長年統一教会にがっつり支配された自民党政治のもとで司法の場でも立法府の場でも統一教会被害者が圧倒的に不利でその声が潰されてきて、不公正な政治忖度のもとで名称変更まで認められた。

そのもとで起こった安倍殺しに「言論で戦え」「ちゃん民主主義手続きを踏め」と、そうはっきり山上に言える人が日本のどこにいるのかという話。

anond:20240715020740

トランスジェンダー排除すべきでは無いという立場だけど

プリクラ利用者の中ではマイノリティ(少数者)と言える男性腕力を以てマジョリティとして「合理的差別」していいとするのに

トランス女性を「合理的差別」してはいけないってのはなんでなん?

ホルモン治療していればシス女性とそこまで腕力差が無いみたいな話はあるのかもしれんが、

じゃあホルモン治療してないトランス女性排除すんのかって話になるよね?

俺は差別を前提にしないと運用できない店はプリクラを置くべきではないと思うし、ノンバイナリーのことも考えればトイレを男女別にすべきではないと思う

犯罪心配なら有料化して警備員を置けばいい

anond:20240715004005

私たちは「男女以外の第三の性別」を求めていません。(声明文)

 

声明
私たちは「男女以外の第三の性別」を求めていません。

 

  私たちは「日本性分化疾患患者家族会連絡会」と申します。

 

  「日本性分化疾患患者家族会連絡会」は、いまだ日本では誤解や偏見の多いDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)について、海外の各種DSDs患者家族会サポートグループ国際的人権支援団体の皆さんのご協力をいただき、DSDsの正確でサポーティブな情報提供する活動を行っております

 

 日本で唯一、当事者立場からみたDSDsの情報を発信している支援団体として、現在では、DSDs「臨床」専門医療・ケア関係者臨床心理職、海外人権活動に関わっている人、生命倫理研究者などのご協力もいただきながら、患者家族会連絡会として活動させていただいております。近年では、本会のホームページを見て、各種DSDs患者家族会を創設される当事者家族の方も増えているところです。

 

 性分化疾患という用語、初めて聞かれた方もいらっしゃると思います性分化疾患(DSDs)とは、外性器や内性器染色体構成など、いわゆる「体の性のつくり」が、生まれときから一部、一般的な発達とは異なる体の状態を指します。

 

 今回、アメリカでのパスポート男性女性以外の第三の性別としての「X」欄が設けられたというニュースがいくつかの報道機関によって報道されました。中には「男女両方の特徴」という誤った説明をする報道機関もありました。

 

 たしかに今回アメリカパスポートで「X」の欄を認められた人は、何らかのDSDsのひとつをお持ちの方である国際的人権支援団体からも聞いております。ですが、その方はたまたま「男でも女でもない」という「性自認」をお持ちの方でしかなく、DSDsとは全く関係なく個人の「性自認」が認められることは大切だと思いますが、私たちのDSDsの体の状態をして、「男女以外の性別」のように思われることは人権侵害に他なりません。

 

 DSDsに対しては、社会では「男女以外の性別」「男女両方の特徴」など、神話的な両性具有イメージで見られることが多いのですが、実はなによりも私たちは、自分の体の状態が、世間の人々から「男でも女でもない」「男女以外」であるかのように見られてしまうということこそを恐れて生きているのです。

 

 そして国際的当事者人権支援組織も、私たちのような体の状態がまるで「男女以外の第三の性別であるかのような誤ったイメージを広めたり、私たち身体を使って男女以外の性別欄を求めようとすることは、DSDsを持つ子どもたち・人々を他の集団の人々の道具のように取り扱うことであり、私たち生活人生に広範囲の害を与える危険性があると表明しております

 

 現実に、学校でのLGBTQ等性的マイノリティの皆さんについての授業で、DSDsを持つ人々がまるでグラデーション中間領域存在であるかのような説明をされて、不登校になった当事者女の子のケースや、男女以外に「その他」が設けられているの性別欄を見て、自殺未遂に至った当事者女性などの相談も受けている状況なのです。

 

 センセーショナルイメージではない、大多数のDSDsをもつ人々について詳しくは、人権先進国ベルギー公的機関調査報告書翻訳しております。ご参照いただければと思います

ベルギー国家機関DSDs調査報告書

 

 

 また、私たち作成した「DSDs報道ガイドライン」も添付させていただきます

DSDs報道ガイドライン

 

 

 報道各社の皆様には、DSDsに関する報道番組制作に際しては「専門家」「有識者」だけではなく、DSDs当事者経験者の声を取り上げていただきたくお願い申し上げます当事者不在、実態に即さなイメージが拡大していくことは、私たち当事者家族人生生活を脅かします。

 

 私たちDSDsを持つ人々は、そうでない人たちと同様、ただの女性男性に過ぎません。男女の中間に無理やり位置づけられ、「男女以外の性別」と言われたくありません。どうか私たちも当たり前の人間としての尊厳人権が守られるよう、皆様には深い配慮を頂きますよう、お願い申し上げます

https://www.nexdsd.com/post/we-are-not-the-third-sex

人付き合いの多さが出来た人間形成する

って最近思った。

いや、最近私が失敗しちゃってさ。

いやいや、私が馬鹿だったってだけでさ。それを認めたくなくて他の原因探してるだけだろうけどさ。

実際ちょっと思うのよ。根拠はないけど。

ちゃんと人付き合いができて、色んな立場の人と話をして、なんてできてる人の方がよっぽど客観視できるというか、ひとりの人間にのめり込みすぎると判断を誤るというか。

でも、思い返しても、そこしかなかったのかなー……なんて思ったり。自分が他の判断をできた気がしないというか……

ごめんね。こんなの第三者が読んでもよくわかんないよね。

ひとり反省会を具体的な言葉を取り除いて言語化してるようなもんだよ。

いや、その、ね? 怒られたんだ私。

それも普段優しくて、明るくて、コミュ力もあって、日陰者の私なんかよりずっと人が出来てる人で。

なのにさ、そんな人を怒らせることまでしちゃってさ。

その人はずっと正しくて、「人付き合いの多さが出来た人間形成する」って後から思ったんだよね。

私がしっかりしてればよかったのかな。下手に流されちゃってみんな不幸にしちゃった。私のせいだよ。ホントに。

私が悔いてる様子が誰かの酒の肴にでもなればいい。そうだ。それでいい。

もうまとまりがつかなくなっちゃった最初からまとまりなんてないか

とにもかくにも、これで終わるや。さいなら。

2024-07-14

知り合いのパワフル爺さん、苦労続きの人生晩年ようやく芽が出てお金持ちになり、15歳差くらいの凄い美人米国人妻と美男美女の子宝に恵まれ毎日ステーキ食うとる。肌艶よくて聞いたら「とにかく老人は肉を食べろ!」ってさ。

そんな爺さんが「俺は女だったらまず老い先短い年寄り金持ち結婚して楽な生活して遺産がっぽりもらって、次は若いイケメン結婚する。それが一番得策だ。」って言ってた。

自身老い先短い年寄りなのにこの発言できる神経強いし、若い日の写真見せてもらったらイケメンやったので、

・女の立場の俺(想像する立場)

老い先短い金持ち

若いイケメン

と全部自分で賄えるやんって爆笑したら大口開けて笑ってた。パワフル爺ちゃん強い。

ネトウヨがやってるYoutubeチャンネルを見つけたがあまりにもチー牛の弱者男性

やっぱりネトウヨってのは頭がおかしくなってネトウヨになったんじゃなく最初から頭がおかしいかネトウヨになってんだな

こんな明らかに何かの精神障害持ってるであろう連中が反反差別立場で物言ってるの笑えるわ

お前らは健常者の努力保護されるかそうでなけりゃ排除される立場だろうに

anond:20240714154507

私の場合自分とは違う立場人間想像して、過度な表現を用いて楽しく創作すると、何だかスッキリする。

子供を産まない女を叩く子持ち女ってさ

みんな教室の隅にいたような女ばっかりだな

"母親"になれて嬉しいんだろうね

やっと自分を虐げてきたカースト上位の女どもに反撃できる立場になれたか

石丸投票して良かったと思ってる

石丸投票すんじゃなかったみたいな増田があったから、逆に石丸投票して良かったと思ってる話もしたい

俺が石丸投票して良かったと思ってるのは、既存政党勢力対立構造馬鹿マスメディアを叩いてくれるから

今のところ全てやって欲しいことを全部やってくれてる

選挙後の対応がなんか叩かれてるみたいだけどさ

それはお前らが石丸の敵だから嫌に見えるだけ

都知事選で2位になる人物過小評価して、取り扱ってこなかったんだから、まずはそこを叩く必要がある

もっと得票できた可能性を潰したのはこいつらだよってのを明確にしたわけ

そもそも選挙後の話を聞くのに3流インテリタレント元アイドルを使ってる時点でメディア選挙馬鹿にしてるんだけど、そんなところにも気付けてない奴らは相当痛いぞ

んで、その言動も素が出てるわけじゃない

バズる鉄則だが、まず目立つ場面では一言物申したくなるような言動をするんだよ

ブコメでもそうだろ?

お前らが一言物申したくなるような記事バズる

実際、ぽっと出の田舎市長をお前らはどれだけ拡散きてるんだよって話

お前らにとっては印象悪いんだろうけど、それはお前らが既存体制側だからなんだよ

ウヨサヨ関係なく偉そうに選挙行けとか、政治的正しさとかで説教してる、キモいおっさんおばさん高齢者達を説教してるのが石丸って構図になってることをお前らは分かってない

石丸パワハラ気質なんじゃなくて、パワハラ気質なお前らにカウンターしてるって立場なんだよ

これが見えてない時点でお前らはもう古い脳みそだってことを自覚してほしい

普段敵を悪魔化して叩いてる側が今度は自分たちがが悪魔だと突きつけられる気持ちはどうだ?

ちなみに石丸を叩けば叩くほど、支持者たちの結束は強くなるぞ

anond:20240714212743

逆に仕切り直しをしやす立場でもあると思うので、反省して変わった様子を見せていれば何とかなるんじゃないでしょうか?様子だけだと良くないですが…。

頭の中が絵を描くことでいっぱいになっている状態から一度気分転換と思って何割か他のことにも興味を持ってみるのはどうですか?

私も絵を描く人間ですが、切羽詰まって絵のことだけ考えてしまったり絵に依存していた時って、他人気持ちがまるで見えていなかったりして後悔が多いんですよね。

anond:20240712172004

結局、逆の立場になった時のことが想像できるヤツは好かれるよねってだけの話なんだけどね

新人なんて言い訳通用するのは3年くらいだけなんだし

虎に翼を持ち上げてこなくて本当に良かった

なんかもう迷走が凄いことになってきてるよね。

センセーショナルな展開をリレー小説のごとく繋げていった果てにある文脈キメラ化。

それを「人間ドラマや。この複雑さが現実なんや」と無理に飲みこむ瞬瞬必生(瞬間瞬間を必死に生きた結果)。

最終的にはぽっと出の原作ボコられたりもしてていまいちスカっとしない中で、無理やりスカっと感を演出しているから歪みが更にひどくなる。

物語屋台骨とも言える部分さえいまや金属疲労崩壊寸前になってきてる。

このドラマを「これこそが令和の男女平等なんだ!」みたいに持ち上げてた人達は引き下がることも出来ずに苦しい立場

いやーマジで良かったわ。

「結局はいもの朝ドラでしょ?」という立場で見てて本当に良かった。

やたら褒めていたらこ最近のぐちゃぐちゃっぷりに対して頭がおかしくなってツイッターで暴れてた可能性さえある。

落ち着いてみれば邦ドラによくある「中盤中弛みによる空中分解」ですからね結局は。

邦ドラが1クール以上続いたときの見飽きたクソですわ。

大河でも毎回見させられているいつもの奴。

なんでこうなるかって言うと、1クールドラマの作りが簡単すぎて2クール以上の経験値が貯まらないせいなんですよね。

クールドラマって序破急簡単な作りでいいんですよ。

物語の始まり→地固め→最終局面シンプル構成で終わる。

でも2クール以上になるとこれをそのままやるわけにはいかない。

そうなった時のシナリオ術を学んできてないんですよねえ日本ドラマは。

アニメ業界最近は1クールばかりになってるからクール以上の構成は本当苦手。

分割4クールで作っておきながら各クールの終わりは尻切れトンボで俺達の戦いはこれからだにするとか平気でやってくる。

ま、日本映像業界レベルはこの程度ってことですわ。

映画ジャンプアニメだけ作ってりゃいいんですよ。

あっ、ジャンプアニメ作っても今はもう鬼滅やワンピみたいなダルダル引き伸ばしになっちゃうのか。

あちゃー・・・邦画アニメ以外は邦キチ案件だしなー。

終わってるわー終了。

妻が愚痴を言うが解決を求めていない

自分は今までこれを不満だと思って解決に向けて動いていたのだが、

妻がずっとその解決への行動に協力的ではなかったのだ。仮に解決してもすぐ何か違う愚痴を言う

実は妻の立場からすると、解決されると困る事だったのだ。何かが解決されるとエンドレスに不満が沸いてくるのはこういうわけだったんだ

妻の本来目的は「愚痴を言う事」そのものだったのだ

愚痴を言うためには不満がなければならない。俺がやるべきことは解決じゃなかった。離婚だった。

anond:20240714074347

本筋とは関係ないところで申し訳ないけど、

ヨーロッパ仕込の正しいリベラルを履修した増田から見て、

日本では何故か護憲改革反自由主義立場を取る人達が率先してリベラルを名乗り、

リベラルの名のもとに保守右翼無党派層有権者まで「愚民」と嘲る現状はどう見える?

純粋な疑問。

anond:20240712181832

あー、ワイ、小学校高学年のころそんな感じだったな。

従妹のお下がりちょっと赤っぽい服も来ていたから、初対面の人から女の子だと思われたこともあったな。

男子よりも女子の方がなぜか気が合ったんだよな。

二次成長してからはひげも生えそういうあいまい立場ではなくなったけれど。

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