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はてなキーワード: グラデーションとは

2021-12-20

「産んでくれなんて頼んでない!」とからいうのはバカ女子高生だけかと思ってたが、最近は男も言うんだね

ジェンダーグラデーションさね

2021-12-15

新海誠が幾億のアニメ映画を作っても、それがピークになることはない

お前のピークは、間違いなくminoriOPを作ってた頃なんだ。

俺たちはお前がイースⅡのOPを作ったとき時代の変わり目を見た。

かつてのイースⅡが各地のゲームショップOPを流しているのを見た時、当時を生きた多くのゲーマーゲームOPが変わった瞬間を目撃しただろう。

お前は受け継いだんだ。

ゲームOPだけで、コントローラーをまだ握ってもいない奴らをゲーム世界へ沈める、その文化バトンを。

お前が握りしめたままバトンを持ったまま別の世界に行っちまったから、ゲームバラバラなっちまった

進化を止め、中途半端VRリメイクに逃げ続けている。

お前は託された聖火をゲーム世界に戻さなきゃいけない。

そこで誰かの魂に託さなきゃいけない。

世界がお前を見つけたのは、彼女彼女の声かも知れない、ほしのこえで誰もがお前を才能の塊だと認めただろう。

でもお前がお前になったのは、WINDなんだ。

雲の向こう約束の場所へと続くお前のスタイルはあそこで完成したんだ。

柔らかな重さを持った日差し差し込む教室景色を、太陽の光で(青いペンキや赤いグラデーションではなく)染まったあの空を、お前はあそこで完成させたんだ。

ゲームOP映像作家としてのバトンを受け継ぎ、そのレースの中でお前は完成したんだ。

今、ゲーム業界は行く先を見失っている。

それはひいては日本二次元カルチャー全体に言えることだろう。

オタクを蔑む者たちにだけ寄り添っていては駄目なんだ。

時代の先を走ることで嗤われることを恐れない気持ち悪い奴らの向かう先へ先回りして灯火を掲げる者たちがいるんだ。

お前が託された聖火がこの冬へと向かい始めた世界必要なんだ。

帰ってこい。

あと1回でいい。

お前が捨てた世界を燃やし尽くしにこい。

その炎の中で立ち上がってきた奴らが次の時代を作るだろう。

2021-12-07

パーソナルカラーとかもインチキ極まってて笑えるよな

たいして肌色に差のない東アジア人並べてウィンターだのサマーだの

みんなまとめてただの東アジア人だよ

あれはもともと人種肌色グラデーションに幅のある集団で分けて意味があるもんだよ

2021-12-06

anond:20211206155917

リンク先の説明は半分…いや3割ぐらいはわからんでもないのだが、実際に印象が変わって見えている最大の差は彩色だと思う

読んでて陰影やグラデーション説明ないんかい、と思った

往年のエロゲーレビューサイトでは塗りを熱く語る人ばかりだったのだが

anond:20211206115019

モデル化して考えたいのは理解できる。けど、リベラル一般人という分け方は妥当ではないと思う。かなりグラデーションを持っている属性だし。

現に自分オタクかつリベラル思考がある。

2021-12-03

anond:20211202082848

漫画家山本貴嗣さんは色黒キャラをよく描くが、黒い肌に光が当たった時に筋肉の凹凸が作るグラデーション表現したいというような事を単行本のおまけページで言っていた。

そういう風に好きで描いてる人もいるんだから、十把一絡げにポリコレで無理に描かされてるように言うのはやめていただきたい。

2021-11-30

たまに部屋の中で立ち尽くすことがある

何か辛いことがあったというわけでもなく、何か衝撃的なことがあったというわけでもない。

ただただ、なんとなく部屋の中で立ち尽くすことがある。

時刻は夕刻。

日は山の向こう側に行き、空はグラデーションのように濃いオレンジ色から水色青色と変わり、黒色の夜になろうとしていた。

部屋の中は、もう日が差し込んでなく、物の陰影や色が同化し分かりづらくなっている。

この時間帯は物の区別がつきづらく、全てが統一されたかのような世界に迷い込む。

何故、立ち尽くすのか自分でも正確には分かっていない。

ただ、周りの景色の変化で感傷的になり、一日がもう終わるということを、実感として感じやすくなっているのではないかと思っている。

このような時間帯は時間にしてあまり長くない。

しばらくすれば、この世界はなくなる。

からこそ、このような時間を噛みしめるために立ち尽くすことがあるのだと思う。

2021-11-29

[] そのひゃくさんじゅういち

テューポーンーッス

 

自然が一番恐ろしく、どれだけ歴史文明を重ねても自然現象の都合で軽率生活基盤が捻じ曲げられたりしま

我々が観測できる以上の速さと大きさと強さでドドーン!と地表をカスったり地球のどこかにガッツリぶつかられたら人間達の生命活動はあっという間に終わりそうな気もするんですけれど

まぁもしかしたら無茶苦茶小さくてタフな虫みたいな奴らが生き延びる可能性も有り得なくはないかな?とは思います。でもそこからまた文明が築かれるまで何十億年かかるかわかんないですけれど。

から地球に優しくって言葉は『人間が生き易くあるために地球には優しくしてね』って意味なんだろうなぁと思っています

地球からすれば自分割れようが爆発しようが冷えて氷の玉になろうが宇宙空間をぐるぐる回っていただけな話で、その惑星の模様のグラデーションの流れでたまたま自然が豊かになった瞬間があっただけなのでしょうし。

まぁ適当言ってんすけどね。

 

ということで本日は【定期点検いか】で行きたいと思います

定期点検いか!定期点検ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

anond:20211129113836

今日ウンチに赤いグラデーションが付けられたもん!時々緑になることもあるもん!

2021-11-27

anond:20211127024418

だよなぁ。

自分も前から性別ってかなりあやふやで可変なものなんじゃないか」って思ってたから、諸々グラデーションがあるって点にはとても納得。

トイレとかも、実態を踏まえるとそもそも性別で分ける事自体が合ってないというか…足りてないんだよね。

何がどうなると問題なのか特定して、それが広く一般に納得されてる状態まで持っていくことのなんと難しいことか。

anond:20211127023106

性的な興奮」を追求した結果「心の性別」が変わっていく事例もありますし、

先天的後天的グラデーションあるので両者を区別することは非常に難しいです

トランスジェンダーの女湯女子トイレ問題も、性的興奮がトリガーになっている場合

非常に難しい問題になると思います

女装して女子トイレ自慰行為をしたい特殊性癖の男性が世の中にいっぱいいるからです

2021-11-19

レタススープ増田作る靴出す間をプースすタレ(回文

おはようございます

昨日さ

レタス買ってきてブイヨンあるから

それでレタススープ作って我ながら美味しかったのがヘルシーレタススープでよくない?

そんでさ、

なんか肉っけ欲しくなるタンパク質摂取も考えるんだけど、

ベーコンたまたま使っていないものがあって

真空パックされたものでお馴染みのベーコンなんだけど、

消費期限無限に切れていて、

でもこれ真空パックから無限大丈夫なんじゃない?って

無謀にもチャレンジしてみたのよね。

味も変か無く普通に美味しいベーコン

直でそのまま味見をしてみたけど

どう見ても普通の美味しいベーコン

わずベーコンエッグを作ってしまいそうだったけど

もうここはレタススープの口になっていたので

アメリカのようカル家庭の朝ご飯で出てくる

食べ方のよく分からないカリカリベーコンを持て余してしまいそうなほど、

今思えばあれはベーコン味噌汁として

ベーコンをお味噌汁の具にして使ってしまったらよかったのねって思ったわ。

あんまりレタススープが美味しく出来たので、

それに食欲が触発されて爆発寸前だったので、

おもわずモヤシを追加投入して

シャキシャキレタスアンドシャキシャキモシスープにして

またシャキシャキが生きているうちに美味しくいただけたわよ。

簡単

でもあれ時間が経つとどんどん火が入っちゃうから

レタスモヤシもくたくたのくたくたになっちゃうから

あれはあれでまた次回はヒヨコ豆なんか投入して

メニューリメイクしてみようと思うわ。

意外とヒヨコ豆投入してリメイク簡単だし

最終どうしようもなくなっちゃったら

カレー粉を入れたらカレースープになるから

かなりいろいろとリメイク捗るのよね。

まあ当たり前だけど

味の薄いモノから少しずつ濃い味付けにしていくt

リメイクグラデーションができて、

1つのモノなのに幾つものレシィピのように作った気分になるから

レタスをブイヨンで茹でてスープ作るだけなのに、

充実した自炊欲も満たすことが出来るし

もちろんお腹も満たすことが出来るし

一石二鳥中の二鳥なのよね。

これは鳥も追加したら良いかもねって暗示かも知れないわ。

薄味から濃い味にグラデーションリメイクがいいのよってことがよかったわ。

あんまり料理本とかよっぽど見て料理することはないんだけど、

見て料理しない割りにはいつも目分量で

非常に再現性が低い実験STAP細胞はありますぅ!って弁明したいぐらい

同じ料理を作っても同じ味にならずに別の方向へ美味しくなっちゃったりして

自分でもまたあの味を再現したい!ってなると

やっぱり水の量よ!水!

水の量をちゃんと量ってそこの基本のブイヨンは守らなくちゃって思うのよね。

あと本当はちゃんとした計量スプーンとか使った方がもっと再現性が高くSTAP細胞はありますぅ!って弁明できるかのように

ちゃん調味料も計らなくちゃいけない目分量だし、

かと言って私はそのSTAP細胞の人のように割烹着は着ないけど、

格好で味が変わるとは限らないからそこはさすがに割烹着はないわ。

まあそんなわけで、

包丁も一切使わず手ちぎりのレタススープが美味しく出来たことをまた再現してみようかなって話しよ。

こんなことな

レタス半分じゃなくて

1玉を買ってもよかったわね。

以前の私はレタスは生で食べるもの!と言う固定観念があったけど、

世間ではレタスチャーハンレタスものの火が通ったレシィピが逆におおくて、

カサの多いレタスってもしかして火を入れてカサを減らしたらたくさん食べれるんじゃない?って新たな発見とともに

この私のレタスブームキタコレ!って感じなところがいいわね。

レタス好調で美味しくていいわね。

うふふ。


今日朝ご飯

またもどってハムタマサンドね。

これはこれでやっぱり美味しいし

朝摂るタンパク質身体を温めるから

一気にシャキッとお目覚め身体が温まる温かいものとあわせていただいたら、

今日も1日いい感じで始められるからね!

デトックスウォーター

ホッツ白湯ウォーラーインルイボスティー

ホッツルイボスティーウォーラーね。

ホッツルイってことばがショッツルって感じがして似ててそれは魚醤じゃないことは確かなことは確かね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-11-16

線の話

https://twitter.com/fromdusktildawn/status/1457653213834866693

 このツイートがバズっていて、一週間も前のネタだが、正直違うんじゃねーかと思ったので書いておく。

 ちなみに、ツイート自体にはイラスト解説がついていないため、主意は想像で捕捉してみる。

 左:COP26(Conference Of the Parties)に関連するデモに参加する若者は、家庭環境的にも物質的にも、現時点で十分恵まれている。彼らがこれ以上「豊かさ」が要らないと主張できるのは、そういう背景に支えられている。

 右:一方、家族から支援も期待できず、貧困を抱えて「豊かさ」を求めている若者もいる。

 左と右を比較すると、「豊かさ」がはじめから存在して当たり前と錯覚している左側の若者想像力のなさが浮かび上がるという、そういう構図になっている(と思う。繰り返しだが、ツイートには図解が載っていない)。

 ここには一つの罠がひそんでいる。

 それは、左の若者が「要らない」といい、右の若者が「欲しい」という「豊かさ」は、冷静に考えてみると、それぞれ別のものだということだ。

 同じ「豊かさ」という言葉が一つのイラストで共有されているために、まるで、左の若者が右側への想像力を決定的に欠いた勝手人間のように見えてしまうが、そもそもテーマが違う。

 右の若者たちが求めている「豊かさ」は、物質的なアイテム資産、そして、家庭環境によって勉強の機会や将来の夢が制限されてしまう不平等是正だろう。

 一方、左の若者たちがいう「豊かさ」は何か。

 COP26が環境保護を含んだ、いわゆるSDGsに関する議論であることを考えてみる。そうすると、ここでいう「豊かさ」とは、環境犠牲にして得られる、もしくは途上国負担押し付けることで手に入れる経済成長であると予想される。

 左側が、要らないと言っているのはそういう「豊かさ」だ。

 別に、右側の「豊かさ」が必要ないと言っているわけではない。環境破壊したり誰かを搾取してまで、まだこの世界にない新たな資産を出現させなくてもいい、と彼らは言っているのだ。

 確かに、左側の若者が「もう要らない」と言えるのは、家族物質的に恵まれ環境で育ったことが背景にある可能性が高い。しかし、繰り返すが、否定されている「豊かさ」の意味が左右で根本的に違っている。

 COP26がSDGsに関する議論であることはすでに言及した。そして、SDGsの中には貧困や不平等の解消も目標として含まれている。

 つまり、COP26の成功SDGsの達成を求める立場である左側は、右側への想像力を欠くどころか、むしろ右側と協調して貧しさの是正に向かう側になる。

 SDGs富裕層道楽欺瞞であるという批判否定しないし、環境破壊の切迫さを考えると解決策として不十分である話題になった『人新世の「資本論」』でも、こうした視点が紹介されていた)、という指摘もある。

 しかし、お互いに目指すものだけにシンプルに注目すると、イラストの左右はまったく対立していないことがわかる。

 …というのが「一つ目」の罠のよけ方。

 実は、このよけ方をすると「二つ目」の罠にハマる。次にそのことを書く。

 実際のところ、このイラストにあるような単純な左と右なんて、そもそも存在しないのだ。

 右側の若者は進学をあきらめて労働に就くことで家族を養っているが、世界にはそれさえ不可能レベル貧困存在する。日本でもよく聞かれる、「自助」という概念ではどうにもならないレベルの貧しさだ。

 COP26に関連付けられる「豊かさ」をテーマに考えるなら、本来、こうした極度の貧困までも視界に入れなければならない。

 そして、(傲慢にも)最下層の貧しさの立場から見ることを許されるなら、「豊かさ」はもう要らないと主張する若者はもちろん、残酷なことだが、自力家族を養うことが可能若者でさえ「左側」となるはずなのだ

 逆のことも言える。

 例えば、もう一生労働しなくても困らないような、左側の極致のような富裕層もこの社会には存在する。

 ちなみに俺の家族はというと、両親は比較収入の高い共働きで、つまりイラストの左側ド真ん中だったわけだが(ということもあって、俺はこの件で少しムキになっている)、とてもそこまでの資産家ではない。仮に二人のどちらかが大病を患っていたら、生活レベルはまるで変わっていただろう。

 その子である俺は、まったく普通サラリーマンだ。

 今のところ不自由なく暮らしているけど、何かあったら即時右側行きだろう。こういう言い方は「右側」の人たちからすれば不快かもしれないが、俺は自分が右側の予備軍だと思っている。

 つまり本質的に、この世界に左も右も存在しない。

 ない、が言い過ぎであれば、そこには可能性も含めてきわめて広いグラデーションがあるだけで、綺麗に二分割などできない。

 しかし、このイラストはそこに一本の線を引くだけで、まるで魔法のようなことを起こしてみせた。

 見た者に無意識のうちに自分所属を分類させ、プライドコンプレックスを刺激し、仮想グルーピングによって敵意を加速させた。

 これが二つ目の罠だ。線という罠。

 そこにあるフレームに従って一方を批判するにせよ、フレームに従って自分ポジション擁護するにせよ、視覚的に線を引かれただけで、そもそも線という存在の不自然さに気が付けない。

 オチはない。

 このツイート現在、2.3万回もRTされている(そのすべてが同意ではないだろうが)。

 おそらく、

 ・世間的に口にしづらい内容にあえて踏み込んだ感を演出

 ・それが目にする者の自尊心くすぐり

 ・ちょっとトンチが効いている

 という要件を満たしたことで、主に右側を自認する人たちの共感を得たのだろう。

 俺はそこからたまたま抜け出し(たつもりでいて)、自分は左でも右でもないと思っている。

 でも、別の「線」にはきっと引っかかるだろう。そして、俺自身がどこかで、「線」を引いているはずだ(それこそ、今回のイラストに「引っかかったやつ・引っかからないやつ」とか)。

 なんだか救いのない話だと思う。

2021-11-15

anond:20211114154151

たまに口にタオル押し当てて吠えるくらいしてもいいんじゃないかというくらい、ストレスフルな感じだな…w

境界線かぁ。ないんじゃないかなぁ。はっきり白と黒に分かれるというより、グラデーションだろうから、どこからが黒かは人によって変わりそう。明らかに黒なところだけ、病名付いたりしてるだけで。

ネットで言い合いになったことがあるが(その時点で私も尻尾は生えてるんだろう)ありゃすごいよね。文章から、なんでも好き放題解釈かえて揚げ足取り放題なわけで、延々小バカにし続けられる。延々殴り続けられるんだよな。しかもそれを正義と思ってやっている。ああ、なるほどそうやって楽しくなって、人をバカにするのがやめられなくなるんだって思った。

だって全戦全勝おれつええを擬似的に体感できるんだからチート生物主人公の気分というかさ。

とまぁ、ちょっと脱線したが、そういう人も、自分は白の部類だと思ってるんだろうと思う。自分は正しい。自分は悪くない。人間って基本そう思いたい生き物だから

から、私が思う境界線は「自分を過剰に正当化しすぎず、自分の落ち度や相手の状況にも目を向けられるかどうか」ってところかな。

まぁ色々余裕はなさそうな感じも見受けられるけど「自分にも尻尾は生えてるかも」って思って、いつか虎になるかもって恐怖心まで持ってるあなたは、大分いい方なんじゃないかなぁ。

2021-11-14

anond:20211114154151

こっち側とあっち側に明確な境界はなく、あったとしてもそれはグラデーションのどこかに誰かが勝手に引いたものであって引く人や時代等々によって変わり得るんで、それを越えさせるトリガーの類があるわけではないのでは。強いてあげるなら自分にとっての境界意識することがあっち側に行かない方法か?

2021-11-04

野党共闘批判にもグラデーションがあるよねって話

全て意味がなかったんだ!選挙でも効果ないんだ!共産と組んだ時点で失敗!みたいな、ネトウヨ的な雑な立場

選挙において確実に一定の効果はあることは認めつつ、事実上政策の幅を共闘コア支持層が怒らない範囲に収めなければいけないことからくる限界(例えば、立民は改憲アリな政党ということにはなっているけど、自民改憲案への対抗策として別の"まとも"な改憲案を出すような作戦は今の距離感共闘が続く限り恐らくもう2度とできないよね)を問題視するような立場

結構違うと思うんだけど、批判するにしても擁護するにしても前者みたいなシンプル立場ばかりが目立っていてやるせなさがある。

「全部無駄だ!効果がない!」「いや効果はある!だから全部正解!」みたいな。

さらにまた違うレベルの話をすれば

・一本化も反対

・一本化は賛成だけど連合政府構想への参加は反対

連合政府構想も賛成

共闘はアリだがSNSで団結を積極的に打ち出していくのに反対

・立民がもう少し右に寄っても成立するなら賛成

とかなんとか、色々バリエーションがあるはずなので、もう少し落ち着いたら多様な議論が出るようになればいいね

2021-10-28

anond:20211028145303

今はジェンダーは何十種類もあるとされているんだから「男」の中にもグラデーションがあって当然だぞ

2021-10-26

anond:20211026174714

やっほー。変態認定された男性です。でも混んでいるトイレでは抵抗感が無いと言うと嘘になる。ごく稀に、何か知らんけど横を覗いているようなメンズがいる気がするし。でもグラデーションだよ、たぶん。なんなら全裸グラウンド中央で、寝っ転がりながら小便できる人から、個室でしかできない人までいるだろうな。

2021-10-25

anond:20211025223102

ありがとう増田です。こういう話が聞きたかった。

SNS(私の場合Twitterが主)だと極端な話がたくさん流れてきてどっちの意見も賛成しきれずに疲弊していたので。

正直他人性器なんてトイレであってもみれないし、見たくないし「性器状態」で決めようってのも現実的じゃないよなーと思う。でも見た目ってのも変な話で。宝塚男役温泉トイレで驚かれたみたいなエピソードをよく披露しているけれど、ならば彼女達は男性トイレを使うべきかと言ったら当然そんなことをする必要はないわけで。

正直理想は「トイレなんて個人プライベート空間なんだから性自認性器なんて気にせず全ての人が安心して気軽に使える場であってほしいよね」だけど、現状はそこに至るまでまだまだ距離があるよな、という印象。

女性しか入ってはいけない(一見して見た目が男性の人が女性トイレに入ったら周囲の目が厳しい)」という現状が、加害者への一種抑止力になっているのではと思うと「私たちの使うトイレに誰でも入っていいですよ」と、私は言えないんです。少なくとも現状では。『男性』の身体がそれだけで暴力のように見えてしまう瞬間が正直ある。それは私の中にあるミサンドリーなのかもしれないけど、でも少ない人が持っている感情のようにも思う。

悪用する人の実際の性別は分からない。女性女性に加害しないとも思ってないし。でも「(同じ)女性だけの空間から安心してパンツを脱いで排泄できる」という幻想によって安心して公共トイレに駆け込んでいる部分はめちゃくちゃ大きいんですよね……「それは幻想だよ」と言われてもなかなか拭いきれない部分。

○「子宮のある人」呼びは把握していますし、私自身は悪くない呼称だと思っている。

これもひどい話なのかもしれないけど「(一見した時に女性の)トランス男性安心して男性トイレに入れるのかな?それよりも女性トイレ安心って思っているなら、やっぱりそれは『男性』という身体への恐怖があるのではないかな」と感じている。身近にトランス男性の話をしている人がいなくて、その人たちがどう思っているのか知らないし、個人の数だけあるから勝手な決めつけに何の意味もないんだけど。

一言で「トランスジェンダー」と言ってしまっても、個々人でグラデーションが強くてそこをひとまとめにした最適解なんて存在しないことは分かっている。でも、集団生活する時にどうしてもそこをひとまとめにして押し込めなきゃならない場面があって「公共トイレ」はその象徴みたいな話だという認識

話を聞いてくれてありがとう。そして丁寧に答えてくれてありがとう自分の中で落とし込める問題でもないけれど、時間をかけて自分なりの誠実さでこの問題と向き合いたいと思います

anond:20211025121225

・現状は「トランスなんて存在しない」と主張しているTERFと、「(トランス)女性と名乗っているんだから女性だ」派の両極端の対立と、その間にいるたくさんの「でもさ」派なんだと思う。

「でもさ」にもグラデーションはあるけど、どちらに寄った意見かで両極端のどちらかの派閥だと認識される状況を一発で解消する言葉はないように思う。

トイレを巡る議論についても、ジェンダーが○○だから使いたい/使ってほしくない/使いたくない以上に、「性被害からどう女性を守るか」が論点になっているけど、「"本物の"女性を性被害から守ろう」派と、「”本物の”トランス女性女性で(時にシス女性より弱い立場で)性被害に合っているのだから守ろう」派で割れている。

そもそもトランス当事者の声が無視されがち。

「未オペなのに使うなんてしませんよ~」「別に無理して使いたいとは(自分は)言ってないのに……」みたいな人も多い。

自分パス度が高いから生まれた時の体の性別トイレを使うと周囲を困らせる」という人も多い。

これは本当にそうな人もいるし、そう思っているだけでどう見てもパスできてない人もいるし、その判断は見る人によって異なるし、そのジャッジトランスコミュニティ内での方が厳しいケースも甘いケースもあり、それを指摘や論点に上げること自体が難しい。

そもそも男性っぽいとされる見た目の女性もいるし)増田の言う”悪用する者”の判別を服を着た状態の外見で判断することは難しく、じゃあオペ済か否かを判断基準としようとなるが、そもそもこの議論が発生する前は見た目がどっちの性別っぽいか判断して怪しかったら通報等をしていて、全員の性器をチェックなんてしてないし恐らくこれからも出来ないので、現実的ではない。

性加害が発生してから初めて、実はトランス女性のふりをした加害者だった、とわかるしかなく、使用者判別するよりもトイレスペースをどう区切るかで議論することになるけど、「トランスなんて存在しない」と「(トランス)女性と言ったら女性だ」で議論しているから、オールジェンダートイレのみにするか女性トイレも設置することがどちらかの主張を支持することに繋がり、「でもさ」派がどちらかを支持しようとすると、両極端のいずれかの陣営に属していると見られるしかない……

sex is realを主張しているTERFは「トランス女性なんて存在しない」が起点となって「トランス男性存在しない」ことにしている。あるいは「トランス女性女性として受け入れて、トランス男性女性から排除するのは間違いだ」というトランス男性当事者意思無視した主張も多い。

トイレの話に関しては、女性への性加害が論点になっているのもあり、トランス男性議論対象になりにくい。

トランス存在しない」「する」のレベル対立の話になってようやくトランス男性の話も議論に含まれ状態

(オペの内容によって小便器が使える使えないもあるし、とはいえ便器しかない男性トイレはもう少ないし、の論点もたまに見かけるけど詳しくない。)

・サニタリーボックスの話だと、男性自認で生理子宮がある人への配慮として、主に医療に関する場では「女性」と呼ぶのではなく「生理がある人」「子宮がある人」と病気や症状に合わせて呼称しようみたいな議論も盛り上がっている。

男性自認でもそれらに関する病気や何か症状は発生するけど、女性とされる/呼ばれてしまうから病院に行けない、行きにくい人もいる、別に行けるとしても配慮のためそうしようみたいな話。

これに対するTERFの「閉経したり子宮を摘出した女性女性じゃないというのか」「女性を内性器名称で呼ぶな」「トランス男性子宮がある人と呼ぶならトランス女性ちんこがある人と呼ぼう」という主張が強い状態

全ての女性を全てのシチュエーションで「生理子宮がある人」と呼ぶわけではないし、配慮として症状の出る器官の名前で呼ぼうとしているのであって嫌がらせではない、というのを理解できないのかわざと分からないふりをしてるのかは謎だが、それだけ「ま~ん」呼びへのトラウマ根深いのだと思う。

2021-10-23

anond:20211020150320

全員が投票しても大勢への影響が極めて限定的だってのは、動かしようのない現実で、変わらないんだが。

多分、あると信じてるんだろうグラデーションによって、どのように違う現実が実現されるのか、説明してもらいたい。

他人が単純にしか現実を見ていないと否定することによって、自分がそうでないと思いこもうとするのは、ただの夢想だろうと思うのだが。

anond:20211022205638

個人的ワーキングメモリーを鍛えるのに役立ったなと感じた事を挙げる。

自分増田言及している人物と似たようなレベルだったが、これらを続けて別人レベル改善されたと思う。

まだまだこういった情報は世の中に普及してないので、知らずにもったいない人生を送っている人がたくさんいるだろう。

断捨離整理整頓

これはマジで効く。騙されたと思ってこんまりの本を読んでからいっき断捨離してほしい。

(なぜ先にこんまりの本を読むかというと、物が多いやつが自分のそれまでの考え方を引き継いで断捨離したところで捨てられないままだからだ。外部からマインドに介入する必要がある)

物の多さに専有されてた脳内メモリー解放されかなり頭がスッキリする。

何があるか、どの場所にあるか、いくつあるか、普段意識してなくても無意識に脳が使われていた諸々の情報が一気にクリアされるのだから当然だ。

ADHDから物に溢れるのではなく、物にあふれているかADHD傾向が高まるという側面も大いにあると思っている。

我々の脳は以前として原始のままで、現代適応しきれていない。だから原始脳ベースで考える必要がある。

次の食べ物にいつありつけるかわからない時代の原始のままの脳は、食べ物を見ると自動的に脳の報酬系スイッチを入れ食べたくなる。

我々は原始脳の「自動的に行われること」から逃れられない。ならばそれは環境コントロールするしかない。

物が雑然と溢れている状態は敵がどこに隠れているかからないような状態だ。

常に無意識的に周囲の状況を把握し気を配りマルチタスクが行われている。

物が多いとそれだけで注意散漫になるのだ。(※1)

(※1 参考1・https://wired.jp/2016/04/22/clutter-and-creativity/

(※1 参考2・https://studyhacker.net/what-is-dmn


これだけでかなり効果がある

マインドフルネス瞑想

これも効く。脳の灰白質物理的に増加するので効くに決まっている。

ただしこちらは即効性はない。根気よく続けることで徐々に効いていく。

自分がやってるやり方は、深呼吸だけに集中するというものだ。

最初は1分やるだけでも落ち着いていられないが、徐々に長い時間できるようになる。

20分以上が良いと言われているが、忙しさとの兼ね合いもあるので自分毎日10分やるようにしている。

先延ばししている事を片付ける

先延ばしにしている事があると、常に脳の中にその出来事キープされていて、マルチタスクをしてるのと同じ状態になる。

これはワーキングメモリーを圧迫する一因となる。

これを処理するだけでもかなりワーキングメモリー解放される。

郵便物書類、未処理のまま溜まってませんか?こいつらの有害性はすごいよ

すぐ処理するか、いらん書類は捨てよう。経費と関係ないレシートとっててもWM圧迫するだけで意味ないよ?(かつての自分へ)

全部一旦紙に書き出す

心配事や先延ばしにしていること、何でもいいので頭の中でわちゃわちゃしている事を一旦紙に書き出そう。

脳内だけで処理していたものを外部に書き出すことで、頭の中のごちゃごちゃが鮮明になりスッキリする。

GTDとかで調べるといいかもしれない。

厳密なやり方にこだわる必要はない。とにかく書き出して「全部見えるように」する。

情報の居場所を頭の中から紙の上に引っ越しさせるんだ

その他細かい戦略

とにかく選択肢を減らす事。

数十円のお得のためにワーキングメモリー台無しにするのはもっと大きな損失を被っている。小を捨て大に就こう

まとめ

睡運瞑菜+断捨離ガチで効く

あとこれは自分は試してないけど「Nバック課題」ってのが効くという噂→https://yuchrszk.blogspot.com/2016/11/2016_30.html




おまけ・ワーキングメモリー弱者オススメしたい書籍

ちなみに自分はここに書いた情報の大部分をDaiGoパレオな男さんから仕入れていたので、人間弱者こそ侮らずに両名やその他エビデンスベース人生指南に頼るといいだろう

ということでオススメ書籍も紹介しておく。どれもエビデンスベースの本なので人間性質への理解が深まり改善のヒントになるはずだ。

興味があったらぜひ読んでみてほしい

脳科学人格を変えられるか』 エレーヌ・フォックス

NHK白熱教室でも取り上げられた書籍

脳の神経可塑性、つまり脳は後天的な訓練で変えられるぞ!という内容が書いてある

脳には神経可塑性があるという事を知ってると知らずとでは、行動やモチベーションに大きな変容がある。

これを知らないと、どうせ何をやっても変わらない、何の意味もないと投げやりな人間になってしまいがちだ。

自分をマシにするモチベーションのためにも読んでおくと役に立つ。

等々

スタンフォード自分を変える教室ケリー・マクゴニガル
意志力科学ロイ・バウマイスター

どちらも自己コントロールをするエネルギーの源泉(意志力)について。

前者は平易な文章後者はやや権威的な文章で書いてある。ちなみに意志力提唱者は後者

NHK出版 『脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方』 ジョンJレイティ、エリック・ヘイガーマン

第6章からADHD運動改善できるぞ!」って事が30ページを割いて書いてある。

俗なタイトルから脳筋な内容しか連想されないがきちんと科学的なエビデンスベースの本である

等々

一部抜粋

ドーパミンノルアドレナリンが注意システムの調整において主導的な役割果たしていることを考えると、ごく大まかな説明ではあるが、運動によってADHDの症状が緩和されるのはこの2つの神経伝達物質が増えるためだと言える。それも"すぐ増える"のだ。(P200冒頭)

※ちなみにこの本で効果的と示されてるのは筋トレではなくジョギング等の有酸素運動のほうである

NHK出版 『脳のワーキングメモリを鍛える! ―情報を選ぶ・つなぐ・活用する』 トレーシー・アロウェイ,ロス・アロウェイ

この本に関しては自分が読んだわけではないがブコメで推薦されていた物。

中身の紹介を見てみたが、まさに自分がここに書いた内容が体系的にまとめられていて、とても良さそうだったので薦めておく。

他の4冊はワーキングメモリーのもの言及した内容ではないので、時間がない人はまずはこの一冊だけで良さげ。

ブコメで推薦してくれた人に感謝

http://smoothfoxxx.livedoor.biz/archives/52112063.html

追記

なんか思いの外バズったので、もしかたらこういう情報需要があるかもしれないので書いておく。

自分はこの増田を、かつての自分みたいな人を助けたい、役立ちたいと思って書いたので、もしこの記事を紹介、転載したいというメディアの方がいたらどうぞ無許可で広めてくださって結構です。フル引用も可です。

おまけのおまけのオススメ書籍 『脳が教える!1つの習慣』

「ここに書いてあることを習慣化できたら苦労してないんだよ!」という人にオススメ書籍

脳は急激な変化を拒むがグラデーションのような連続的な変化には気付きづらい。

その脳の特性理解し、自分の脳を騙して脳が気付かないくらいの小さな変化から習慣化していこうというアプローチの本だ。

自分の例でいえば、最初瞑想を1分から始め、徐々に強度をあげていった。

挫折するのは気張るから。本当にバカバカいくらいに意識の低い「しょぼい習慣」から始めよう。

歯磨きシャワー・お風呂など、日常の中の既に習慣化されている事にフックして習慣化するIf-Thenルール(If-Thenプランニング)もオススメだ。(例・朝のシャワーあがりに瞑想する等)

2021-10-09

anond:20211009013309

食事ジュースは合わない、お茶は甘いものと合わせるのが美味しいと感じるから苦味のある酒が好き。

甘いカクテルは透き通った青や紫だったりグラデーションだったりして、見た目がキレイから飲んでて楽しい。そういうのは食事と一緒に頼まないかデザート感覚

あとはイタリアンバルイタリア料理ワイン沖縄料理屋で沖縄料理泡盛、みたいな楽しみ方をするようになってから「その土地料理と酒って合うんだな〜」と思うようになった。

自分場合大人数の飲み会は好きではないから酒好きと飲み会好きはイコールじゃないと思う。

趣味としてのオタク生き方としてのオタク、あとなんちゃって世代

俺は20代後半のアニメゲーム漫画オタクオタク差別意識被差別意識の話を言語化したい。友達にこういう話をするのは俺が面白くないからお前らにするね。

地方郊外に生まれあんまりオタクとしての差別みたいなのを実感せずに生きてきたので俺の話から地方農村部に関しては盲点があるよ。

オタクって言葉辞書で引くと

特定の分野・物事しか関心がなく、その事には異常なほどくわしいが、社会的な常識には欠ける人」(広辞苑)と

「ある事に過度に熱中し、詳しい知識をもっていること。また、そのような人」(デジタル大辞泉

の二パターンがぱっと出てきた。他にもあったら教えてください。

比較的年齢の高い人は前者の「その事には異常なほどくわしいが、社会的な常識には欠ける人」を強調して使うし、当時あったコミケに対する偏見のある報道とかを念頭に話をしてる気がする。

また、当時は実際に偏見社会の大半を覆っていただろうことは想像に難しくなく、いまもその世代における人間関係ではその偏見差別が保存されていると思う。

から差別されていないって話をすると猛烈に反発をする。実際問題、そこに差別があるから。また、当時としてオタクカルチャー(と2021年にくくられる)趣味を楽しむことはすなわち生き方としてオタクであることを強いられてきたと思う。なのでこの定義を強調することは自然だと思う。

それに対して、比較的年齢の低い世代においては後者の「ある事に過度に熱中し、詳しい知識をもっていること。また、そのような人」の方を強調して使ってる気がする。少なくとも俺はそう。

インターネットの発達で、絶対的に「詳しい知識をもっていること」へのハードルが下がりソーシャルゲームVOCALOIDの発展によってコミックマーケットに集まるような趣味(どっかの大学コラムに書いてあった言い回し)が社会通念上好意的に受け入れられるようになった。

漫画広告地元在来線中吊り広告に乗ってたりするし、ややガラの悪かった同級生と久しぶりにあったときマンガアプリ名前がいくつか出てきてソシャゲに熱中してる話をきいた。 無料期間で数十巻全巻読破しちまったぜーとガチャに爆死したみたいなやつ。

まり、それがコミックマーケットに集まるような趣味であったとしても「ある事に過度に熱中し、詳しい知識をもっていること」に当てはまる人がどの層にも多いように思う。昔であれば数十巻読破してる人はなかなかのもの好きになる情報量じゃない?

それがありふれているかオタクという属性差別される気がしない。オタクカルチャーを楽しむ人であることとオタクであることはあくまグラデーションでそこに断絶があるとは思えない。オタクと呼ばれたとき社会的な常識には欠ける人」の意味を含んでいる気がしない。

社会的な常識には欠ける人」への差別やその救済の話をオタクカルチャーに対する諸問題への反応に含んでいることが比較若い世代困惑の原因かなと思う。

この話に確実にある盲点webで参照した辞書定義の発行年数を確認していないので編纂時期にずれがあるかもしれないこと、上の年代への話があくまで推測であること、社会通念上受け入れられるってなんやねんってこと、そしてn=1をクソでか主語で語ってることなのであくまで俺の意見言語化にすぎないことだ。ここは何を参照すればいいのかわからんかったから、はてな長老たちにお任せするよ。

読んでくれてありがとう。俺は満足した。

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