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はてなキーワード: ヒヨコとは

2018-02-15

LINEのClova friendsってさ

なんでクマヒヨコデザインなの?

全然スマートじゃない。

ポップ調しか選べないのクソすぎ。

もっとフォーマルモデルさないと買ってやんねえぞ。

2018-01-15

anond:20180115174813

女の162cmですら優越感を感じるほどに大抵の女性よりデカ

ピイピイうるさいヒヨコたちに挨拶してやろうか クンッってしたくなる

平均158cmとか言われてるけど絶対うせやろ

2018-01-08

付き合ってないのに

半同棲している。

仕事で色々あって辞める辞めないで揉めてた時に、諸々の事情相手こちらの家に居着くようになって、そのままズルズルと。

言うまでもなくメンタルボロボロだったので、人が家にいるという事実がとてもありがたかった。

そんなこんなでとりあえず撤収するわ〜と荷物をまとめて出ていかれる度に、異様に心細くなって、もう何年も一人で住んでたはずの部屋にいるのがしんどくなってくる。そしてそのうちこちから連絡をしてしまう。

依存している自覚はある。つらかった時に寄りかかってしまった所為で、ヒヨコ刷り込みのような状態になってしまっている気もする。

今日も「久しぶりに友人の家にいってくる」と細かく置いていた荷物をまとめて出ていった。

久々の一人の部屋に耐えられる気がしなくてずっとテレビをつけてるけど、気持ちの落とし所が見つからない。

とっくの昔にこっちは惚れてるんだけど、向こうもそんなことわかってる気がするのにあっけらかんとしてて、でもそれを伝えたら二度と相手にしてもらえないんだろうなという予感がある。

どうすればいいんだろうか。考えてるけどわからないまま増田に向かってる。

2017-11-26

自宅でヘビを飼ってると母に打ち明けたら、ドン引きされた

私は子供の頃からヘビが大好きな20代の男性です。小学生の時にアオダイショウを家に持ち帰り、両親から叱られたこともありました。大学進学時まで田舎に住んでいたので、ヘビは身近な存在でした。今は東京一人暮らしをしているので、心置きなくコーンスネーク飼育しています。彼のつぶらな瞳とチュルチュル震える舌が可愛くて仕方ありません。また、餌のマウスを丸呑みにしている様子を見ると、幸福感が全身を駆け巡ります。以前、ニコニコ動画でヘビが生きたままのヒヨコを捕食している姿を見た時には、興奮して背筋がゾクゾクしました。ちなみに私はヘビに限らず、ネコフクロウトカゲなどの肉食獣や彼らの捕食する光景が好きです。

そんなある日、私の母が電話で、来月、私の家を訪ねると言い出しました。そこで私は自宅でヘビを飼っていることを打ち明けた所、「気持ち悪い」「気味が悪い」「生理的に無理」と何度も連呼されてしまいました。ここまではある程度、予想していた反応でした。しかし、母は飼育のものを止めるように勧めてきたのです。ヘビなんか飼っていると恋愛結婚に支障が出る、わざわざヘビ好きの女性を探すことはない、というのが彼女の言い分でした。もちろんその言葉には耳を傾けず、電話を切りました。

ただ、ヘビの飼育恋愛結婚障害になるという指摘は、随分と堪えました。ジャパンスネークセンター上野動物園爬虫類館、原宿のヘビカフェでは女性だけで訪れている方も多く、ヘビを徹底して嫌う女性ことなど考えもしていなかったからです。コーンスネークを飼ってから彼女を作っていません。もし彼女が出来た時に、私の母と同様に、コーンスネーク存在を拒絶するのではないか心配です。解決策がなく、途方に暮れています

なぜ、ヘビを嫌う人は徹底して嫌うのでしょうか?こんなに温厚で優しくて愛らしい生き物なのに……?

2017-10-23

憲法で一番おかしいのって労働義務じゃね?

まず何がおかしいって、労働してない人間が多すぎるよね。

年金制度暮らしてる老人って何?

完全に労働義務真逆存在だよね。

絶対的な法典のもとに労働義務として国を運営するなら働けないなら飢えて死ねが最低ラインでしょ。

子供はまあ仕方ないよ。

将来立派な労働力となるための下ごしらえだから

卵を産ませるためにヒヨコが大きくなるまではただ飯食わせてやるって事だから

でも卵を産まなくなった鶏は殺すべきだよね。

だって労働義務なんだもの

というか労働義務とするのなら全ての国民に職を授けるべきだよね。

自由意志自由経済を錦の御旗として労働義務が完全に遂行できる社会を作ることを後回しにしてる。

日本国憲法最大の矛盾点だ。

他はともかくここだけは改定すべきだ。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529125105

馬力はないけど低速時だけ力強さのある車なら楽なんだけどな。

例えばハイエースディーゼル5MTとか、大雑把にクラッチ戻しても当たり前に走る。

ゆっくり戻せばいいんだろ、何だよその半クラって?というレベルでも乗れそうなくらい。

増田の買ったやつはヒヨコちゃんお断りの本気系マシンなので気難しいんだよ。

2017-05-28

アカデミック研究者ヒヨコもっとちゃんと躾けしとけよって話で避雷針は甘えん坊を甘やかすだけじゃねぇかな

渋は仲介だけはするけどアカデミックから全てのアカウント謝罪交渉を何年かかってもいいから行うとかならまだありかもしれんけど

2017-05-20

刷り込み

あれだよな。

高校生物教科書刷り込みの例として、ヒヨコは生まれ最初に見たものを親だと思い込むって話が載っていて、

へー、動物って下等だなーって思っていたけれど、40才過ぎて人の親になってみたり、心理カウンセリングだとかを色々と受けてみると、自分も結局は親の影響を受けていたんだなー、としみじみと思う。

母親実家禅宗で、その後で新興宗教っぽいのに入った。

から出たい出たいと思って、実家から1人暮らし結婚して共同生活をしての期間も含めて20年間以上、経った。

だけど、小学校ぐらいのトラウマとか、祖母に優しくしてもらった思い出とか、忘れないものだし。

しろ個人の力で、どうにもならなくなって思い出すものかもしれない。

  

「家族」仕事」「親戚づきあい」「結婚」みたいなものって皆、普通に使うけど。

汎用性のあることばだけに、色々な意味合いというか、文化的に違うというのか。

  

たまに、「バスタオル毎日洗うのか?」「まくらカバーはどれぐらいの頻度で換えるのか?」とかは言語化されたりするので、なんとなく違いを意識することはあると思うのだけど。

「人は過労死するものだ」とか「どこまで、嫁姑問題で耐えるべきものか?」とか、

なんか、分からないものだよな。

なんというか、親の影響なり、幼少期の影響というのは、少なからずあるし。

仕事上、どんな出会いをしてきたかで、自分パーソナリティ人格)も、随分と変容するものだったり。

ふだん、そんな刷り込みなんて意識しないで、コミュニケーション取れてる人はスゴイ尊敬するし、

ネットではそこかしこで、議論が噛み合わないってことはしょっちゅうだし。

  

人間、知性があるようで、なかなか、感情で動くものだし。

刷り込みからの脱却というか、無意識認識を改める事って、結構、大変だよな。

  

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170415230107

お祭りで買ったヒヨコを溺愛しながら育てたけどトサカが生えた瞬間からエサすら与えなくなったのを思い出した

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310003319

はてなブックマーク - 増田のブクマをしてみようと思ったけど

tydk27 増田ブクマしているのはBOT仕業なので仕方ないね

pollyanna 546件もブクマしてた(http://b.hatena.ne.jp/pollyanna/search?q=anond)。継続は力(ヒマ)なり。

RM233 ヒヨコ鑑定士みたいなのか、延髄にプラグ挿さってるんだろう。

kuzudokuzu 石に玉がまじってるならまだいいけど、基本的に糞にまじってるからな石も玉も。

akihiko810 俺も以前同じ質問したら増田ブクマカから「良くも悪くも本音から面白い」と返事が返ってきた。でも私はそれだけの為に「ドブさらいして砂金みつける」ような徒労(にしか思えない)してる人に共感はできない

ファーストブクマカはそれぞれの思いを語っているが金魚の糞以下の奴はなんでここまで増田増田ブクマカを叩けるんだろうな。

ホッテントリ増田にはスター欲しさ&叩きたくて喜んでブコメするくせに。気持ち悪い

2016-11-21

[]

図書館魔女を読んだ。エピローグがとてつもなく長くてびっくりした。珍しい外交ファンタジー小説だったけどとても楽しく読み進められました。

でも正直なところ、一巻の中盤辺りまでは退屈な小説だなあって思ってた。文飾がちょっと過剰だし、展開も遅いし、外交ファンタジーをうたっているのに外交する素振りのない内容が続いたからなんだかなあって思ってた。

極めつけに、図書館構造についての理屈詭弁に見えてしまったのが痛烈だった。問答も長いし、その帰結にも納得できなかったから読む意欲が結構そがれてしまった。

けれども、それ以降に出てくるニザマの佞臣との邂逅を描いた場面、つまり外交の一端に触れたあたりからエンジンが温まってきた気がする。

如才ない敵役が現れたことにより、それぞれがそれぞれのシナリオに則った役割を演じて体面を終えるんだけど、そのあとで腹芸の内実が一枚一枚明かされていく流れが面白かった。その後で一巻は冒険小説になるんだけれども。

魔女図書館面白さに関して、先述したような冒険小説のような側面があったり、ミステリー小説のような側面があったりすることも挙げられる。要するにいろんなエンターテイメントが含まれている小説だったわけです。

窮地から脱するアクションシーンがあれば、罠の待ち受ける敵陣へと進行していく場面がある。甘酸っぱいボーイミーツガールが描かれたかと思えば、緊迫した議会の内実が描かれたりもする。

そのどれもこれもが丹精込めて力いっぱい描かれているもんだから物語奥行きがすごいことになっていた。一方で弊害もあって、少々読みにくくなっていたし、展開の遅さにもつながっていたように思う。

二巻三巻と読んでいるうちに慣れたけど、それでもやっぱりくどいし重たい文章ではあると思う。ただ二巻の終わりがけは執拗文章構成却って切実さを演出していた気がする。

キャラクターに関しては、ラノベと見まごうばかりの配置だった。毒舌天才少女アルビノ長身お姉さん、褐色肌の闊達な女軍師ちょっとおっちょこちょいだけど母性に溢れる家政婦など、色物が揃いすぎている。

女性キャラだけじゃなくて、男性キャラクターもそうそうたる面子だった。

かわいい名前なのに有能な政治家であるヒヨコをはじめ、個性あふれる近衛兵の面々、おおらかな知の巨人たるニザマ皇帝等々、主要な人物はもちろんのこと脇を固める人物にも個性があり人格があって、みんな生き生きして見えた。

読書感としては、スワロウテイルシリーズが似通っていると思う。学術的なやり取りの緻密さや、それぞれの土地に与えられた細やかな設定が物語を土台からしっかり支えてくれていた。

スロースターターだけど、ギアがかみ合えばどんどん先へと読み進めたくなる小説だった。読み終わるのがちょっとしかったです。続きを文庫ではよ。

2016-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20160617232115

ひとりっきりになったとき

「ホァッッッッッッ!!」と短く叫んで

「ほっほっほっほ…ほっほっほっほ…」って感じで

両足をガニ股気味に地面につけながら関節だけで腰をスプリングさせて手をヒヨコポーズ

慣れてきたら好きに両手を動かしながらほっほっほっほ…腰をダンシング続ける

創作OK

これで疲れを解消できる

1人ダンス

2016-05-09

LINEキャラって無個性過ぎない?

なんであんくそみたいな没個性キャラクターがまかり通ってるのか意味がわからない。

別に韓国嫌いとかではなく、ウサギだ熊だヒヨコだのの一般的イメージをごくごく単純にキャラクター化しようとしただけで、とてもプロクリエイター仕事とは思えない。

一時の使い捨てキャラだと思ってた、らいっちょまえに横文字めいた名前であるし。似合ってねーよ。

あの無個性白人キャラには閉口したね。

なんなのあれ。特徴マジでゼロじゃん。

「あえて特徴ゼロという特徴」ではなく普通に個性でつまらない。

よくゲロ吐いてるの見るからゲロがらみででもなんか個性つけたら?

グッズまであるらしいけど、あれをキャラデザとして評価してる人いるのか?

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.06 『墓場まで45分~1999年上半期総括』

■本文。

 今年上半期の美少女ゲーム業界を見渡すと、市場の拡大に伴う、保守化の流れに向かいつつある感がある。これは、おたく業界全体が内包している問題ではあるのだが、正直な所、拡大する市場を追いかけるのは既に辛くなっている。個人的にも、久々に行った秋葉原で、ギャル絵の洪水に立ち眩みがしたのも確かだ。

 さて、コンシューマ市場肥大したが故に、一般性の高さが必然となっていった。例えば、ドリームキャストの失敗は、古くからセガファンが放つ、マニアック重力から作り手の側が脱する事ができなかったが故の悲劇とも言えるのだが、一般性ばかりを追い求める状況は、作り手の側にも不満が蓄積されていく。

 その、取り残された創作性を実現させる場所として、美少女ゲーム業界が成立したという背景がある。実際、筆者が一番面白かったのはDOSからWINDOWSへ移行する過渡期で、けったいな野心作が多く出た時期だったのだが、その後、市場として、成長・拡大すると、やはり、メディアミックスなど、資本主義的な視線が入り込んできた。

 そして、今の美少女ゲーム業界は、昨年来からレーベル数の増加と、タイトル数の増加と反比例するように、ゲームジャンル多様性が失われる傾向が生まれている。タイトル数の増加の背景に、発売サイクルの短期化があり、制作期間の短縮に伴い、システムシナリオ練り込みが薄れている作品も多い。バグなどの不具合の発生が日常茶飯事になっていて、インターネット上での差分ファイルの配布が流行している現状に至っては、もはや何をいわんかや、という感じでもある。

 不幸中の幸い、筆者はそういうゲームにあまり遭遇したことはないのだが、シナリオ練り込みが足りない上に、一時間程度で終わるゲームの為に一万近い金を出すのは、効率が悪いよなあ、という心境は間違いなくあるだろうと思われる。また、メイドもの恋愛ゲームタイトル数の半分以上を占めるという状況では、やる気そのものが起きなくなってくるのは事実だ。

 まあ、メディアミックスを基盤とした企業複合体のシステムに組み込まれ大手では、実験的な企画はほとんど通らないという話もあるし、一獲千金を狙う中小メーカーも、安全パイの企画しかさない所が増えた。市場が拡大すればするほど、ジャンルが逆に淘汰されていくというのは、当然と見るか、皮肉と思うべきなのだろうか……。

 このような、メーカー側の風潮と相互作用しているであろう、ユーザー側の意識についても、前回、「オブジェクト嗜好」と指摘したように、非常に即物的な傾向を示している。キャラクターの消費サイクルが非常に早くなっているため、自己内面においての批評的な掘り下げが生まれなくなったのだ。

 既に、ゲーム誌の編集者すら、全体を把握しきれない程、美少女キャラクターが氾濫している現在市場状況では、その心性に惚れ込むのではなく、快楽的な記号の組み合わせだけで、売れ線のキャラクターが成り立ってしまう。あまりにも多い選択肢対峙した時、人間というのは表層的で直接的な視覚イメージを優先してしまうからだ。

 ところが、快楽的な記号を積み重ねれば積み重ねるほど、どんどんキャラクターフリークス化していくし、リアル少女から離れれば離れるほど、逆説的にキャラクターイノセンスを獲得して、ユーザーヒーリングされる……といった構図になっているのだろう。多分。

 何故、おたくセックス観がリアルな肉体から遠く離れなければならないのかを考えると、それだけでこのコラムの3回分になってしまう位に深くて浅い問題なのだが、やはり、日本特殊フェミニズム環境が背景に存在しているような気がしてならない。これほどまでに、二次元美少女を消費しなければならない、内的な問題はいったい何なのかについては、また改めて書くとしても、これらの背景に、戦後日本の構築した、過剰な消費社会ターゲット若者のみに向けられ、若さの素晴らしさや、青春幻想メディアが強調しつづけた蓄積の結果であると思われる。その副作用として、「オブジェクト嗜好」も含めた、おたくの奇妙な性嗜好が構成されているようにも思う。

 これは、日本独自フェミニズム的なものに対する、無意識下での抵抗と位置づける事もできるし、その中で形成された美少女概念現実のズレが生み出した現象ともいえる。現に、美少女ゲームにおけるヒロイン像の大半が、十代中盤の保守的少女に設定されているのは、当たり前と言えば当たり前だが、不自然といえば不自然でもある。だが、少なくとも、筆者はこの状況を全面肯定できるほど、気楽にはっちゃけられないのだ。

 しかし、同じおたくの枠に括られているとはいえ、メタ的なものフェミニズム的な表現を賛美するサブカル好きなおたくと、ひたすら癒しを求めて空想世界依存し続ける昔気質おたくは、明らかに正反対の方向を向いているし、それ故に、前号の本誌「オタク定点観測」にもあったが、双方の感情的な対立も表面化している。だが、前者には普遍化させようという意志が欠けているし、後者には相対化する視点が欠けているので、おそらく、どこまで行っても歩み寄ることはないだろう。

 まあ、自分のことは棚に上げるが、本誌のコラム陣もまた、サブカル否定おたく保守の傾向が強すぎるようにも思うし、最近はあらゆる所で極端な対立が起きるので、さすがにどちらかに与して云々という気持ちも無くなってしまったのだが、おたくという言葉が生まれて、15年の歳月が経ち、その括りだけでは収まりきれない時代になっているのだろう。美少女まんがはそれぞれのニーズに応えようとして、遂に80誌を超えようかという所まで肥大してしまったが、ならば、美少女ゲームはどうなっていくのだろうか?

 加えるならば、前回の原稿を書いている時にインターネット上でぶつかった、萌え派と泣き派の思想的対立というのも、拡大する市場と、それに伴う価値観拡散に伴う混乱、そして、批評軸の喪失といった状況が、結果、ユーザー思想脆弱にしてしまったという意味では、分かりやすい例だと思う。

 快楽記号が多くてキャラクター萌えられるから良いゲームだ、とか、心の琴線に触れて泣けるから、良いゲームだ、というのは、はっきり言って、どちらも同じ穴のムジナだし、良いゲームかどうかを決めるのを、一元的価値観のみに拠って決めること自体が、ゲーム本質を歪めているようにも思うのだ。そして、作り手の側も、「時代がそれを求めている」とかい言葉で、その表層的な状況をそのまま受け入れているようでは……なんだか、ヒヨコが先か、タマゴが先か、といった話になってきたのだが、もう、この世界は良い方向へ向かうことは絶対にない、と言わざるを得ない。これは、鬱のせいばかりじゃないと思うし、美少女ゲームに限った話でもないのだ。

 批評軸の無い世界自由に限りなく拡散していくのだろう。だけども、空洞化した世界には秩序は生まれないし、結局、内面の闇から逃げる為に、無意味祭りを繰り返すのだろう。そして、絶望祭りを行ったり来たりする筆者の心は、まるで墓場酒場を行ったり来たりする沢田研二のような気分なのだダバダバダバダ(意味不明)。

■暑くて憂鬱な夏の総括。

 なんか、またゲームの話をしなかったなあ、このコラム最初普通にゲーム評をやるつもりだったんだけど、すっかり別物になりつつあります。ごめん。しかし、ゲームのことを書くと、褒めても褒め方が気に食わないと文句付けられるらしいので、いっそ全く書かない方がいいのかも知れない。まあ、これは某メーカー広報誌と化した、とあるコンシューマゲーム雑誌で書いている友達台詞なので、美少女ゲーム誌では、そんな事はないと僕は信じているけどねっ☆

2014-11-06

anond:20141106212416

日本人的にもちょっと魚がかわいそう。

ひよこサブレもそう。ヒヨコさんが、かわいそう。

2014-08-20

勉強して幸せになりたいと思うならステップに分解する力を身につけよ

あたりまえにやっているようなことでも、実は意識していないステップ(手順)がたくさんある。

論理的に考えるには、まず物事を正しく認識した方がよい。

そのため、ステップに分割する力が重要になってくる。

この投稿は下記の記事を読んだときにふと思ったことをつづるポエムである

「それなりに勉強勉強、と言われていたおかげで、いま幸せです」というお話

http://blog.jnito.com/entry/2014/08/19/095155

ステップを分解するとはどういうことか

もしあなたジュースを飲みたいと思ったら、自販機の前で以下のような行動をするだろう。

A. お金入れる → ボタンを押す → ジュースを取り出す

普通に考えて何も難しいことはないのだが、実は隠されたステップ存在することに気付く。

実際のステップは以下のように分割できる。

B. お金を準備する → お金を入れる → 飲みたいものを選ぶ → 選んだボタンを押す → ジュースが落ちてきたことを確認する → ジュースを取り出す

もちろんもっと細かくすることも出来るだろう。

このように少しずつ書き出してみると、見えないステップがないか探しやすくなる。

仕事でも分解力が試される

ちなみにプログラマでいうと、未熟なプログラマは A. のコードを書く。俗に言うヒヨコードだ。

経験のあるプログラマは B. のコードを書く。ステップが分割されると一つ一つが小さいのでメンテナンスやすく、各ステップ毎の依存関係が少なくなるのでテストやすい。

教師の善し悪し

先生の教え方が下手な場合、たいてい教えるときステップの分解ができていない。

自販機の例で言えば、ジュースを飲みたいと思ったらお金を支払うことが前提になっている。

教える時にこういう前提をできるかどうかも重要ポイント

(自分にとって当たり前だとおもっていることを、教えられる側が理解しているとは限らない)

ではステップ分解力の低い教師に当たってしまった場合はどうするか。

良い教科書を見つけるのが簡単で低コスト(塾に通う費用と比べて)に思う。

というより、実は既にあなたは持っている。

学年最初に配布される教科書結構よくできている。

私の場合教科書見た方が早いと思っていたので、むしろ授業など聞いていなかった。

(といいつつ、教科書に比べて教師が糞過ぎただけの気もするが・・・)

なんにせよ、ステップもっと分解できないかという視点を持って取り組むと、今まで以上に理解が深まるはず。

まとめ

というわけで正しい認識が出来るようになってからはじめて論理的思考について考えた方が良いと思う次第。

勉強大事だが覚えるだけにならないように注意したい。

2014-05-05

最近の子供がヒヨコの実物を見たことない件について

日天気が良かったので東武動物公園まで遠出したのだが。

東武動物公園とか、動物園遊園地が合体した東武鉄道施設なんだが、

の子動物を触れ合えるコーナーで、ウサギモルモット・そしてヒヨコを触っていた。

ウサギモルモットの手触り体験をやっている動物園は割と多い(例:あらかわ遊園板橋子供動物園)が、

そういえばヒヨコを手触りできる動物園は少ないなあ・・・と思っていたが、

の子が「初めて本物のヒヨコを見た」と言うので、びっくりした。

図鑑とかビデオではヒヨコを見たことがあるが、本物を見たことは、6年間の生涯でゼロ回だったようだ。

・・・という話を、遊園地エリアジェットコースター時間待ちしていた上の子(小5)にしたら、

こちらも「生ヒヨコは、今まで見たことがない」とのたまう。

しかし、冷静に考えてみたら、数十年前は神社の夜祭なんかで「ヒヨコ屋台

(まともなヒヨコもいれば、カラーヒヨコもいる)が結構出店していたが、

近年ヒヨコ屋台なんて、見たことがない。

あいヒヨコ屋台って、

ヒヨコという動物を、リアル子供に見せることができていた、貴重な体験の場だった」ということじゃないか?

最近お祭り屋台では、動物系の出し物は、せいぜいい金魚すくい程度しかない。

昔はカメとかサルとか、結構いろんな動物がいたと思うのだが。

それもこれも、「ヒヨコを商売に使うなんて、ケシカラン!!」という動物愛護の風潮の行きつく先だったんだろうか?

それとも、ヒヨコの雌雄判別技術進歩して、ヒヨコの雄を早期に峻別できるようになり、

早期に殺処分されるようになって、雄ヒヨコの「出品」が減ってしまったのか?

ということで、サンプル数=2で「今時の子供は、実物ヒヨコを見たことがない」という仮説が成立したが、

これサンプル数=1,000で調査してみても、「実物ヒヨコを見たことない」という子供

過半数を占めちゃいそうな気がする。

2014-04-26

ビッチを叩く奴ほどビッチに恋する

笑っちゃうほどハマる。

ビッチと言ってもタイプがあって、本当に誰かれ構わず股を開くタイプね。

ビッチを叩いてる男は、要はイケメンには出会って2秒で股開くくせに、自分には開いてくれないのを叩いてるだけだから

自分にも開いてくれるとなったら、コロッと落ちる。

そんでビッチ相手に身の毛のよだつような純愛を募らせる。

童貞から筆おろししてくれた相手を無条件に好きになるわけだ。

まるでヒヨコ刷り込みだ。

そして鳥類なみの知能を総動員して愛の言葉をささやきはじめる。

「びーびーびーびび(君と僕出会いビックバンの瞬間に決まってたんだ)」

たまには青汁でも飲もうかなって感覚で、たまにはキモ童貞でも食うかってだけなのにね。

何度もそんな話を、バカだなぁと思って見ていた。

彼らには本当の淑女が見えないのだ。

それどころか、本物の貞操観念の強い女性ビッチと罵る傾向にある。

身持ちの固い女は1回や2回デートしたくらいじゃ股を開かない。

1個や2個のプレゼントじゃ、相手にしない。

自分を大切にしてくれるかどうか、見極めないとね。

ケチくさい男はその様子を見て、ビッチビッチと罵るのだ。

あいつは気を持たせるだけ持たせて、結局やらせてくれなかった!」

そして、押しの強いイケメンに股を開くのを見て、

「女なんてバカばっかりだ!」

あー見苦しい。

一生背負う覚悟投資すれば、チャンスあったかもしれないのに。

バカだねぇ。

2014-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20140418003752

シンプルだけど本質的で良い質問です。まず双極性障害には1型と2型があります。簡単に言うと激しいのが1型、そうでないのが2型。

1型は怒りっぽくなるので対人トラブルを抱えやすいです。これは悪いことですね。また「過剰に」ポジティブになり、自分に「過剰な」自信をもちます。これは良い事のように聞こえますがそうではないです。

僕が知っているヒトだと、絶対勝てる!といって1000万借金して競馬に突っ込んだ、とか。俺なら当選する!といって突然選挙立候補しようとして家族を困らせた、とか。いろいろ。ヒヨコ300匹買ってきたとか訳分からんのもあったなあ。

2型は1型ほど激しくはないですが色々困る事はあります。怒りっぽくなるのもそうだし、観念奔逸といって色んなアイデアが頭を駆け巡って訳分からん状態、とかなります。集中困難にもなります

悪い事ばかりかというとそうでもなくて、ググると分かりますが躁病の天才というのは沢山います躁状態の時に科学研究芸術創作をすると良い結果がでる事があるようです。双極性障害のヒトの方が芸術家科学者になる確率一般人より高いという報告があります。また双極性障害患者郡はIQが健常人より高いという報告があります。唯一の「頭の良くなる」病気なのです。

躁状態は良い事もありますが、最大の問題は「躁がきたら次に必ず鬱がくる」ということでしょうか。あと躁状態鬱状態が一人の人間に同居するのでアイデンティティ確率が難しいというのもあります今日明日くるくる人格の変わる友人とは付き合いにくいでしょう?

2014-03-02

http://anond.hatelabo.jp/20140302121925

百聞は一見に如かずと言いいますし、自然科学実験と結果の学問ですし。

科学者実験のためにヒヨコをすり潰しても、問題ないと俺は思う。

そうだな。

船を家に組み直したり、

男を沼に沈めて雷を落としてみたり、

赤ん坊を白黒の部屋に閉じ込めて育てたり、

実際にやってみるべきだよな。

 

# ちなみに、マリーの部屋については色彩感覚の体得実験として猿で本当にそういう実験がされたことがあるらしい。

ヒヨコが完全にすり潰されたら何が失われるのか」という思考実験があることを聞いて

実際にヒヨコをすり潰してみた科学者が批判されているとか何とか

いや、まあ、その、貴重な命を徒に奪うことは良くないことだけどさ

ヒヨコが完全にすり潰されたら何が失われるのか」を考えるにあたって、実際にヒヨコをすり潰した経験が無いってのもどうかと思うの。

百聞は一見に如かずと言いいますし、自然科学実験と結果の学問ですし。

科学者実験のためにヒヨコをすり潰しても、問題ないと俺は思う。

2014-01-23

リョナに興奮するようになってしまった

インターネットポルノ情報を探すようにしていると、

段々感覚麻痺してきて、無意識に異常性癖に行き着く気がする。

女だがリョナ絵に興奮するようになってしまった。

綺麗なものが崩れていくさまがたまらないと思う。

色白な肌に映える乳首性器、唇の赤が魅力的に思えるように、

血液とか肉を剥き出しにしているところがエロティックだと思う。

最初は2次元限定だったがついにグロ画像もそれ目的で見るようになってしまった。

手で目を覆った隙間からつい見たくなるような魅力があるように感じる。

思い返せば小さい頃、動物の生態を追ったドキュメンタリーを見るとき

肉食獣がシマウマの腹に食らいつき、口の周りと地面を血だらけにするシーンが大好きだった。

そういう事も影響しているのかも知れない。

しかし、こんな性癖現実には認められない。。

リョナグロ画像集めが趣味だと周りの人に知れたら、確実に引かれる自信がある。

しかし興奮する。犯罪者にはなりたくないし、自分自身痛いのは嫌いだ。


このままいけば

ヒヨコから鶏を飼って育てて殺して食べるのが趣味

マウス繁殖ペットの生餌にするのが趣味」な女になってしまいそうだ

(というか、実際にやろうと計画している)

段々エスカレートして犯罪をしてしまったら困る。

異常性癖はどう直せばいいのだろう。

2013-10-31

ドラえもん鉄人兵団新旧比較

遅ればせながら、ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~をようやく見ることができた。

ハッキリ言ってこの映画、素晴らしいとしか言いようがない。近年まれに見るクオリティの高さだ。

さてこのとても素晴らしい新ドラえもんを、あえて旧ドラえもんと比較してみようというのが今回の企画だ。

野暮だとはわかっている。そんなことはとてもナンセンスでどちらも本当に素晴らしい映画なのは間違いない。

からこそというか、天邪鬼というわけでもないのだが、どちらも素晴らしいがゆえに、旧ドラえもんを絶対的に正しいものと仮定し、新ドラえもんの何が悪かったのかという思考実験をしてみたくなったのだ。

謎ではない少女リルル

さて、冒頭からもう既に新ドラは微妙だ。いきなりリルルの素性ネタバレおいおい全然謎の少女じゃないリルル。もう開始10秒で鉄人兵団から刺客であるというネタバレ

テンポの悪いザンダクロス

しずかちゃんが良くわからないままボタンポチっと押してしまって、ザンダクロスレーザー装置が作動するシーン。

旧ドラではポチ→パカ→ドーン!という一連の流れがとてもスムーズであったが、新ドラではあきらかに何か恐ろしいことがおきるという間をたっぷりとりすぎていた。

見ている人が状況を把握できないまま、そう、まさにしずか達と同じ気分で崩れ落ちるビルを眺めることになったであろうシーン。それがなんとも迫力の無いシーンになりさがっていた。

ピッポとリルル

旧ドラでは、リルルとのび太たちの心の交流を描いていた。しかし新ドラではピッポがそこに入ることで、リルルの影がかなり薄くなっている。

簡単に言うとピッポとリルルで感動が二分されてしまっている。いやどっちかというとピッポの方がメインであろう。

しずかとリルル

旧ドラではリルルがしずかの首を絞めるシーンがあった。これは二人は分かり合えるはずが無いという重要なワンシーンだ。しかし新ドラではカットされている。

しずかとリルルの確執が、リルルの「取り消しなさいビーム」のみというのが若干弱い。

のび太とリルル

のび太とリルルの最大の見せ場。ドラえもんのび太がたずね人ステッキを使ってリルルを探し、リルルが兵団と合流するのを阻止するシーンだ。

ここでの改悪はひどすぎる。「撃って!」「撃てない・・・」「いくじなし!」というお互いの立場から分かり合えない気持ちを複雑に表現した重要なシーンなのに、なんとリルルのビームピッポが受けてしまう。

これではのび太の思いも、リルルの思いも、どこへやら。全てピッポに持っていかれてしまった。

天使になったピッポとリルル

旧ドラでは最後のシーン、ハッキリとリルルが現れて何も言わずに去っていく。このシーンはとても重要で、のび太が確かに見たリルルは、映画を見ている我々も確かに見たのだ。

しかし新ドラでは、光に包まれたピッポとリルルしか写っておらず、これではのび太の戯言と言われても誰も文句は言えない。

ただこのシーンはそうするしかなかったんだろうとは思う。なぜならピッポはあくまでもドラえもんの道具でヒヨコのような姿に擬人化されただけに過ぎず生まれ変わったピッポの姿をおそらくどう表現すればいいかからなかったからだろう。

さようならミクロ

うう、ミクロス。あの無邪気で屈託の無いキャラ殺伐としたストーリー癒しを与えていたわけだが、可愛そうにピッポのせいでリストラにあってしまった。

しか旧ドラでは世界を救うためのキーパーソンとなったキャラなのに、その手柄もしずかちゃん自作自演に奪われてしまう。不遇のキャラ

さようならミクロス、ありがとうミクロ

2013-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20130723175920

どうすればいいんだろう?

私の地元飛行機の距離にあり、私自身は関東で働いている。

地元友達と話をすると、そちらや海外母子疎開する家庭は少なくなく、受け入れ体制の整備が町で動いている。離婚して母子家庭になる場合も考えられるので、その場合サポートとかね。

もし、私が関東で子を出産し、低線量の放射能晒しながら、子が成長していくのを見たら炙り焼きされているような危機感を持つ気がする。

地元に受け入れ体制はあるわけなので、子が成人するまでだけでも、そのまま仕事は辞めて離婚して、母子家庭で手当てもらいながら、そこそこ働いて、子のために未来のために畑作したり、本や音楽を作って生きていくのはとても魅力的に見える。まるでインドのオーロヴィルみたいだ。案外うまくいくんじゃないか

ただ学生の時にインドのあの町を見て、世捨て人世界、私はそっち側ではないという感覚を持ったので、そういうところが信仰の違いってやつなのかなと思う。この違和感はなんなんだろな。

子を産むリミットは限られているので、それを過ぎたら私はそっち側には永遠にいけないんだろう。

放射能について

福島を問題視して、関東に逃げ、

関東を問題視して、地方に逃げ、

日本全体を問題視して、海外に逃げ。

逃げて安全だと思っている人たちは、そうじゃない人のことをいつも心配しているけど、同じように偏見だって持ちうる。

心配のコアになっている部分と、その殻は何層にも重なっていて、上手な切り分け方がわからない。

殻ごと壁に投げつけるなんて乱暴なことはしないにしても、ある程度剥いたら折り合いをつけるしかない。折り合いをつけるというのは、殻の中が腐ろうが、ヒヨコになろうが受け入れるということだ。

結局、増田の妻は増田がどうなっても受け入れようとは思っているけど、それ以上はもう歩み寄ることはできないんじゃないかな。少なくとも子が成人するまでは。

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