はてなキーワード: 血液検査とは
弟の勧めでこのダイアリーを読みましたが、私の弟と症状は一緒なようです。
私の弟はもう1年以上似たようなことを言っています。
私は弟のそばに居ても臭いも感じないですし、咳き込みたい気持ちにもなりません。
臭いが無いことを弟に伝えてもただ「どうせ嘘をついて我慢している」と返されて終わるのです。
自身の体が臭いと言い始めた時点では一人暮らしをして大学に通っていましたが、今は4ヶ月ほど同居をしております。
同居していて我慢という発想はないだろうとは言っているのですが。
耳鼻科など複数の病院に通っていたこともありましたが、最終的には「病院の先生は本当の事を言わない」と言い何も解決しません。
耳鼻科に行っても咳き込まれる症状を診てもらうのではなく、自論で副鼻腔炎ではないかと追求しているだけのようでした。
今まで血液検査、尿検査、鼻のレントゲン等々検査しても異常がないのです。
弟の結論としてはどうせ病院の先生も人ごとにして理解してくれないから病院に行っても意味が無いらしいです。
臭いと直接言われたのか自分で勝手に捉えたのかについて追求するといつも話を濁します。
自分がおかしい人に見られるのがイヤで恥ずかしくて他人には聞けないとだけは断言していますが。
何度か行っている耳鼻科に、一度私も付き添ったことがあります。
弟が耳鼻科に行った際に周りの人が皆咳き込んでいたと私に報告してきたからです。
30人ほど患者さんがいる待合室の中に30分ほどいましたが、私は特に異常を感じませんでした。
また、3歳くらいのはしゃぐ子供が笑顔で弟の膝にタッチしたこともありました。
離れていく人もいなければ皆が皆咳をしているわけでもなく…。
とにかく、弟の説明してくる状況と実際の状況が私の目から見れば異なるのです。
しかし、一緒に行動していない時の状況をひたすら説明してくるので、根拠もなく私もどうしようもないのです。
「花粉症や、風邪、鼻炎持ちの人」と「弟の臭いの影響で咳、くしゃみをしている人」は見分けが付かないと言っていました。
他に落ちる理由があるのかもしれないのですが、初めは臭い以外を追求していませんでした。
アドバイスはしていますが、多分聞き入れていません。ほとんどの発言に対し、「それは違う」と言い返されるのです。
他、臭いことに困っていると言いながらストレス発散と言いながらゲームは良くします。
そして弟の気分が良い時に臭いの話をこちらから持ちかけても「今はその話はいい」と拒否します。
現在は何も解決していません。
弟の話を追求していくといろいろ矛盾するのです。
結局、自分に都合よく、好きなようにやっているようにしか見えません。
みんなどんなものか知らないのか、中期中絶のこと軽く考え過ぎだと思う。
まず、開いてない子宮口を無理やりこじ開ける器具を子宮口に入れ(大人でも施術中体をおさえられて泣くぐらい痛い)。
開いたら陣痛促進剤で陣痛がくるようにし(同然陣痛も痛い)、生きてる胎児を無理やり産む。
人によっては、なかなか出産に至らないし、3日くらい入院する。
大量に出血するのは、普通の出産と変わらないけど、その後火葬もして、その料金も払う。
まわりでは幸せそうな歓声が上がってる中、自分は産声をあげない子を苦しんで産むのだ。
実際、羊水検査したら異常なしだった、という例もあったというし。
中絶すればいいなんて、簡単にいうな。
羊水が何色かご存知か。私は知っている。さっき見た。
なんとまあ、鮮やかな黄色なのだ。はじめ、入れている容器にそういう色が付いているのかと勘違いしたほどの、見事な黄色である。へその下あたりに針を刺された穴のあいたまま、私はへええとひたすら感心しながら注射器から注がれるその色を見ていた。
そうだよねえ、おしっこだって黄色だもの、羊水がこんな色でなんの不思議のあるものか。でも、おしっこの色とも少し違う、ほんのちょっとだけ青か緑を加えたような、レモンの皮をもっと派手にしたような黄色なのだ。ああ、実に美しかった。
なんでまた羊水なんぞ見たかと言うと、注射器で刺されて抜かれたためで、なんのためにかと言うと、羊水検査なのである。その検査の目的はと言うと、胎児の染色体異常を調べることである。
一人目は30で生んだ。その後が中々で、再度40でやっとこ妊娠した私に、夫は「生まれる前に検査してね」と言った。ダウン症の子供が生まれても、僕たち育てられないでしょう、と理由もちゃんと言った。けだし正論である。
実を言うと、最初の妊娠の時にも言われた。その時は、私はどうしてもどうしても検査したくなくて、医者にその気持ちを話したら、しなくていいんじゃない?と言われて、何もせずに帰った。帰宅して、検査はしない!と宣言し、数ヶ月後に生まれた子供はダウン症ではなかった。
でも、今度同じことを言われて、私はそうだね、と言って逆らわなかった。だって40歳なのだ。一人目の子供にも、できるだけ負担をかけたくない。
夫は、新しい検査法が導入されたニュースを見ながら、血液検査だけでいいって、楽でよかったね、と言った。私は、それはあくまで確度の高目なスクリーニングであって、確定させるためには羊水検査するしかないんだよ、と返した。夫はへえー、と少し残念そうにしていた。
自分のことだ、私の子供のことだ。私は少しは調べたりしたんだよ。あなたは、他人事と思ってやしないかい?と思った私は、あなた、羊水検査ってどうやってやるか知ってる?お腹に針をブスッと刺すんだよ、と言った。怖がりの夫は、そういうこと言わないでよー、と怯えた。検査の影響で流産することもあるし、そこまでして検査しても、偽陽性だのわからなかったりということもあるし、わかることは限られているんだよ。障害はたくさんあって、ダウン症だけじゃないんだよ。この検査で何もなくても、生まれてから別の障害が見つかったら、あなたどうするの?もっと言うなら、上の子がこれから障害を負う可能性だってあるんだよ。ダウン症だけを恐れても、この先起こり得る悪いことを全部避けられるわけじゃないんだよ。
どう言うかな、と思ったら、それでも検査は受けてほしい。陽性なら生まないでほしい。陰性だったら生んで、他の障害があったら仕方ない、頑張るしかないよ、とボソボソと言った。
そんな訳で、今日仕事を休んで検査を受けた。手術室で医師を待つ間、担当の看護師さんが、私39歳なんですー、まだ出産したことないけど、私ももし生むならこの検査受けますー、と言った。勇気いりますよね、勇気ありますよ、とも言った。
勇気かあ、勇気かなあ?生命の選別をすることは、勇気かなあ?陽性だったら、お前を殺す、という検査だよ。超音波で胎児の居場所を探りながら、医師がその近くに針を刺して、羊水を吸い出す。いつ見ても手足を動かしている可愛い奴で、そのモヤモヤとした白黒の映像を見ながら、私の望む通りの染色体を持っていなかったら、お前は生きて私の胎内を出ることはないのだ、と考えていた。これは少なくとも勇気じゃない。ブスッと刺すんだよ、と聞いて嫌がっていた夫と同じ、怯えだ。どうか普通であってくれ、手間をかけさせないでくれ、という私の怯え。私の弱さが、結果次第ではあなたの命を奪うのだ。
針を刺される痛みは一瞬で、その後は不快な冷たさのようなものがしばらく続いた。そして、鮮やかな黄色の羊水を見た。あそこに、胎児の未来を決めるものが入っている。いや、違う。決めるのは私だ。看護師さんが、栓をしたシリンダーを胸ポケットにぽんぽんと二本入れた。検査なんかしなくていい、その黄色い水を持って帰る、と思ったけれど、言わなかった。
検査が終わった後は、しばらく安静にしていなければならない。手術室で20分、その後病室に移動して3時間。検査当日と、その翌日は安静にする必要がある。なにせ、子宮に穴があいているもんで、立ってウロウロしていたら、羊水が漏洩する恐れがあるためだ。
検査料金は12万円であった。美味しい昼食と帰りの車付きだが、どうにも高い。割引券があったらいいのに。
検査結果は数週間後に判明。どうなるんだろうな。どうするんだろうな。どうするべきなんだろうな。生みたいなあ。
飼い猫を安楽死させた時の話。
某所で捨てられていたところを拾われて、友人のつてで我が家で飼うようになってからちょうど3回目の秋だった。小柄でかわいいメス猫だった。外から帰ってきた様子が明らかにおかしかったので動物病院に運び込んだ。外傷はなかったがさまざまな検査の結果、危険な状態で即日死んでもおかしくない数値を示していた。
自力で食べ物どころか水も飲めない。エコーでもレントゲンでも内臓の損傷具合は判別できなかったが、明らかに外的ショックによるダメージが血液検査の数値に表れていた。連日の点滴と抗生物質投与、手探りの治療の日々がつづく。治療が功を奏したのか、跳ね上がっていた肝臓と腎臓の異常値はみるみる下がっていった。痛がるそぶりも見せなくなった。光明が見えた。
ところが今度は赤血球数がどんどん下がっていく。体内で出血が起こり血の絶対量が半分になり輸血をせざるを得ない事態になった。獣医さんの飼い猫からの輸血の結果、数値は予想以上に良化し彼女の様子も若干持ち直したように見えた。輸血後、自力で食べられるようになることを獣医も自分も期待したがそれは叶わぬ期待だった。ミルクを注射器で飲ましていたが、やがてそれも吐くようになった。家ではじっとして動かない。
吐く間隔は日増しに短くなっていった。吐瀉物は緑色に変化していった。胆汁ではないかというのが獣医の見解だった。点滴で栄養を補っていたがみるみるやせ衰えていった。4.1kgあった体重は3.6kgまで落ちた。彼女が吐くたびに回復への期待は薄れていった。腸のどこかが物理的に閉塞している可能性が高まった。体力が弱った状態での外科手術はかなりの危険をともなうとのことであきらめざるを得なかった。
10日目、動物病院でまた吐いた。吐いたあとは今までにないひどい苦しみ方だった。血液検査もできず点滴だけ済まして連れて帰ることになったのだが、点滴の最中も落ち着く様子を見せず非常に苦しんでいる様子がありありと伝わってきた。もうこれ以上苦しめる姿を見るのはとても耐えられそうになかった。自分から安楽死の処置を急遽申し出た。苦渋の決断だった。
奥の処置室に移動させ、獣医がゆっくりと麻酔剤を注入していく。荒かった息の間隔が少しずつ長くなって瞳孔の反応がなくなっていく。猫は死ぬときに目を閉じない。意識がなくなったことを確認して心停止させる薬剤を注入していく。ほどなく苦しそうに上下していた胸やお腹の動きが止まった。一部始終を見ているのはさすがにつらく、こらえていた涙で視界がにじんだ。
風俗嬢はフルタイム勤務出来ない子が多いので、週3とか、勤務時間が少ないことが多いです。
でも少なく見積もっても月に20人は相手していますし、一年で考えると240人。
フルで勤務している予約いっぱいの人気嬢となると、これの倍近くの人数になります。
相当ビッチな素人でも、ここまで大人数相手できる人はほとんど居ません。
膣内壁は粘膜であるため、手マンや指による洗浄行為で容易に傷つきます。
また、洗浄により膣内常在菌の乳酸菌が洗い流され、自然に備わっている防御層を失います。
その結果、膣洗浄が習慣化している女性は、その習慣がない女性に比べてHIVへの感染率が3倍。
水やお湯でなく洗剤を用いる女性に至っては感染率が4倍になることが判明しています。
嬢は頻繁に性的行為を行うため膣洗浄の機会も多く、危険度は非常に高いです。
においはストレスや疲労によって常在菌の機能が低下し、雑菌が繁殖することによって起きます。
よって、洗いすぎは逆効果。洗浄は外陰部だけにして、体調の管理と気分のリフレッシュを心がけましょう。
(あまりに酷い場合は性感染症やスソガのおそれがあるので、婦人科に相談しましょう)
風俗店に客として出入りする男性は、出入りしない男性と比べて性的モラルが低い可能性が高いです。
外国人にとって世界最大のHIV感染国タイは、性感染症を防ぐ知識が根付いていないので、
安易・安価に生本番をしてしまう風俗嬢が多く、多くの日本人、その他の外国人にHIVをうつしています。
そしてタイに売春旅行に行くような男性は、日本に居るときは日本の風俗に行きますよね…。
学校でHIV/AIDSに関する啓発教育を受けてきた若い世代よりも、
実はかえって中高年層の方が潜在的な感染者が多いのではないかと言われています。
売春旅行のような"海外で女を買う"という文化自体、団塊の世代に流行したものですからね。
中高年層の方が性感染症への意識が低く、無防備な傾向にあるのです。
素人は検査しないから危険、玄人は検査してるから安心、と主張する人が居ますが…。
しっかりと検査をしていたとしても、HIVは4週間以上経たないと血液検査してもわかりません。
感染していても「陰性」という結果が出てしまうのです。この時期を「ウィンドウ期」といいます。
その間、陰性という結果に安心してどんどん働き、感染を拡大してしまうのです。
そもそも、風俗店が月1回の検査をしているといううたい文句を信じる人は、お人よしが過ぎます。
風俗店の経営をしているのは基本的に裏稼業の方が多く、モラルよりも稼ぐことを優先します。
人気嬢のHIV感染が発覚し、クビにせざるを得なくなると、店は数百万単位で損をします。
嬢も、検査を受けるのは面倒です。そんな時間があったら、ゆっくりしたり遊びたい。
「月1回検査してるから大丈夫」という言葉は、大抵の場合、ウソです。
直接の粘膜接触があれば、HIVの感染は起こりえます。口腔粘膜は容易に傷がつくためです。
しかしHIVの感染確率は低く、オーラルセックス等で最も危険なのは「クラミジア」。
男性の30%以上、女性の70%以上に自覚症状が無いため、放置されることが多く感染力も高いので、
恐ろしいのは、女性の場合、放置すると卵管炎などを起こし不妊症の原因になります。
風俗でもらったクラミジアを奥さんにうつし、奥さんが卵管炎を起こして不治の不妊になり、
高額な慰謝料請求と共に離婚となったケースもあります。人の一生を台無しにする病気です。
「生本番さえしなければ安心」は完全に誤った知識です。
安心と言えるのは粘膜・体液接触の一切無い「オナクラ」くらいでしょうか。
やめようと思ってすぐに風俗から足を洗えるような女性は、そもそも風俗嬢にはなりません。
借金、DV、メンタルヘルスの問題、その他いろいろな事情があって風俗で働いています。
だからHIVの感染が発覚しても、お客さんを思いやって風俗を辞めよう、とはならないのです。
逆に開き直って、発症するまで生本番をウリにした嬢としてバリバリ稼ごう、となる場合も多いです。
店に病気がバレてクビになっても、他の店に転籍したり、出会い系で援助交際をするなど、
「旦那が風俗になんて行くわけがない」…などと油断しきっている女性は多いのではないでしょうか。
風俗は、心の入った不倫のように日常生活にまで影響を及ぼさないので、
カンの鋭い女性にもわからないよう、平然と日常生活を送りながら通い続けることが可能です。
日本人男性の性風俗利用率は世界的にも非常に高く、13.6%。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2263.html
旦那さん相手でも「自衛」という観点は持ったほうがよいかもしれません。
「このトシで性病なんて…」という、その思い込みが中高年の性病・HIV拡大の要因になっています。
そのお店で、その嬢からうつされたという証拠がどこにありますか?
風俗に行くお客さんは、他のお店や嬢にもたくさん出入りしていることが多いので、
感染元を特定することなんてまず出来ません。
「俺はこの店のこの嬢にしか入っていない!」…それをどうやって証明できますか?
嬢が、もし感染を知りながら悪意を持って働いていたとしても、
そういう大変な人もいるのだろうけど、だからといってその症状を「うつ」に分類する、「うつ」と称する必要ないだろうと思うわけですよ。
従来のうつ(本当はこんな表現使いたくないが・・・)は、ここ数年の啓蒙によって、多少は認知され、社会のサポート体制も充実してきた。
しかし、依然としてうつ病の基準は本人の申告とそれを基にした精神科医の診断しかない(血液検査で○○の値が異常とか、レントゲン写真で××に異常とか、客観的な根拠がない)。
そのために、詐病や甘えといった疑いや批判のまなざしを向けられているのが現状。
そこに、ほとんどの人がちょっと見ただけでは、怠けや甘えとしか見えないものを「これもうつ病です」なんて持ってこられたら、従来のうつ病への疑いのまなざしは、明らかに大きくなる。
私はそれが許せない。
考えてみると、「新型うつ」の「新型」の方も問題だ。
10年後も「新型」って言うの?
20年後、30年後は?
このたびの東日本大震災で、東北から関東の一部まで大被害を受けましたが、我が社も陸前高田の坂井宏所長御夫妻とそのご子息および、各店の所長の御家族五人、YCスタッフ一〇人がお亡くなりになりました。深く哀悼の意をささげます。また、YC店舗は全壊六戸、半壊・一部損壊一七戸という被害を受けました。
今回の震災の被害対策については、政府の対応は誠に非能率で憤慨するところ大でありますが、グループ本社及び傘下各本社は、宮本副社長販売担当のもと、労力的にも、資金的にも迅速に対応し、その報告を聞いていささか心を癒されました。今後とも被災地YCの復興に全力をあげるつもりであります。また政府の被災地全体にわたる救済、復興の不手際については、紙面で厳しく批判し、督促してまいります。
さて、震災後の五月二十六日に、読売新聞が週刊新潮の無責任なデマについて提訴した名誉毀損訴訟に対して賠償金の支払いを命ずる判決が出て、全面勝訴しました。
この新潮報道では、二〇〇九年六月十一日号で、「新聞業界最大のタブー"押し紙を斬る"」というタイトルで、「読売18%、朝日34%、毎日57%が配られずに捨てられていた」と断定しております。判決では「読売新聞においては"押し紙"が存在すると推察することもできない」として、新潮報道が全面否定されました。
新聞が二割、三割、五割以上もの紙を配らずに捨てるというような不合理な無駄をしていれば、用紙代、印刷代、輸送費及び人件費の消耗で直ちに倒産しているでしょう。
過去十年間の読売新聞の決算報告をもとに数字を申し上げれば、この十年不況で日本経済が停滞し、また新聞外のメディア、特に電子メディアの普及等もあり、販売部数が減少したことは事実であります。
しかし、二〇〇二年三月期と、二〇一一年三月期の十年間の読売新聞の収支を申し上げると、販売収入は二六四九億円から96.61%の二五六〇億円に減少、その落ち込み幅は3.39%に過ぎません。その間のABC部数は一〇一五・二万部から98.74%の一〇〇二・四万部に減少、落ち込み幅は十年不況の中で僅か1.26%であります。
それに対し、景気を最も敏感に反映する広告収入は、一五〇六・九億円から53.16%の八〇一・二億円に減少、落ち込み幅は46.84%にも達します。
それにもかかわらず、黒字経営を続けているのは資材、人件費の節減や、製造工程の近代化、合理化による節減と保有株の配当収入、不動産賃貸収入の安定もありますが、最大の原因は販売収入の減少が極めて僅かだったからであります。
週刊新潮の言うように、印刷した新聞の18%も捨てていれば、このような安定した販売収入はあり得ません。
大きく言って、読売新聞の収入構造は、販売6、広告2、不動産賃貸収入、配当収入、巨人軍等の事業収入2の割合です。そのうち二割を占める広告収入が十年不況で半減したのに、堂々たる黒字経営を続けていられるのは、ここにおられるYC所長の皆さまの日常の努力による販売収入の安定でありまして、皆さまの献身的な愛社精神と堅実な経営努力に心から感謝申し上げます。
ちなみに、最近倒産の多発している米国の新聞の広告収入依存度は、七割から八割であり、これは宅配制度の不備によるものです。
さて、原発問題と今後の日本と世界経済の問題について若干言及致します。
現在稼働中の原発もいずれ点検による稼働中止になり、このままでは来年には、日本の全原発が稼働停止になります。もし、日本の電力の29%をまかなってきた原発が動かなくなれば、日本の産業生産は縮小し、かなりの企業が倒産し、失業者が増大し、税収は減り、国家財政は破綻する恐れがあります。
菅首相は、現在9%の再生可能エネルギーを20%とか25%に増大するという夢を語っていますが、彼の言う再生可能エネルギーのうち8%は水力発電です。これを増強しようとすれば、民主党政権の言ってきた「コンクリートから人へ」を逆転させ、ダムを建設しなければなりませんが、それには五年、十年かかるし、また日本にはその適地もなく、コストは巨大になります。
菅首相の言う太陽光、風力発電は、現在全発電量の0.5%くらいで、日本の地理上、適地が少なく、風力発電は海上に巨大な浮体を作って乗せるほかなく、それも巨額な出費をもたらします。
太陽光発電は、理想としては良いのですが、実際に広大なパネルを作ろうとすれば、それも巨費を要し、一朝一夕にできるものではありません。
そうなれば、今問題になっている玄海原発のように、政府が安全を保証する点検済みの原発を再稼働させていく以外には、日本の経済、財政、産業、国民所得を維持する道はありません。
私が枝野官房長官をはじめ、関係政府要人や専門学者達に聞いたところによると、福島第一原発の事故は、地震によるものではなく、大津波によるものだということです。
つまり、地震による揺れで原子炉が破壊されたのではなく、大津波によって原子炉の冷却装置を稼働させる電源と冷却装置をつなぐ配電管が破壊され、冷却装置が止まってしまったこと、また海水を汲み上げるパイプ、そのための発動機の損傷もありました。
海面上一〇メートルの所に作られた第一原発は壊れましたが、一五メートルの高台に作られた女川原発は、津波による被害がなかったので、今すぐにでも稼働できるのです。日本海側、瀬戸内海側の原発は、二〇メートルの津波をかぶる心配はありません。静岡県の浜岡原発も、完全な防潮施設を作れば安全になるでしょう。福島第一では電源を地下に設置してありましたが、浜岡では建屋の屋上に設置してあります。
福島第一の事故で、たくさんの人災的原因が明らかになりました。この経験と知識と高度な日本の技術をもってすれば、耐震性は証明されている日本の原発に対し、さらにどんな津波が来ても、外部電源とつながる炉の冷却装置を損傷しないような防御装置を構築することは可能でしょう。震災後四カ月たっても、こういう措置を稼働中止中の原発に対して取ってこなかった政府は、一体何を考えていたのでしょうか。
ドイツが原発を中止したといっても、ドイツはフランスの原発から電力を輸入しているからできることです。
過剰な原発アレルギーで、日本の電力の三割を止め、節電とか自粛とかを連呼しているのみでは、日本はいずれ産業国家として世界三等国に転落し、貧困や失業に悩まされるのではないでしょうか。
読売新聞社は、この不況の中で、大手町の一等地に三三階の新社屋を建設します。首都直下型地震が来ても安全な耐震性、非常の時の自家発電や、交通途絶対策としての非常食の備蓄等、完壁なビルを無借金で建てます。
私が社長に就任した二年後、借入金はピークで一六四一億円余ありました。社長就任以降今まで五六五四億円設備投資しましたが、現在すでに返済し、数百億円の預金があります。つまり、二十年前に千数百億円借金をしなければ、新規設備投資ができなかったのです。しかし今、大手町に最新の建設技術の全てを取り入れた高層ビルを建てるのに、新たな借金は必要ありません。
現在の我が社の基本的な経営体力は、皆さんの努力による安定した販売力、YCの店力、全従業員の愛社精神が基軸であります。
さらに、読売新聞の主張する税制改革案を含む財政、経済、社会保障、産業政策等が、ポスト菅の内閣によって実現されれば、不況も解消し、広告収入の低落にストップがかかり、増収になり、その成果を皆さんとともに享受できるようになるでしょう。
次に今回の読売グループの人事異動について説明します。すでに新聞等に細かく報道されているので、重点について述べます。
内山前社長は昨年春、令夫人が大きな手術をして以来、術後が思わしくなく、そのショックで本人もいささか精神不安定になり、特に3・11の地震後の社務にはほとんどたずさわらないという状態になり、私宛に、夫人の看護に専念したいとの辞表が提出されました。
内山君は私の永年の忠誠な部下であり、私には万感こもごも至る思いもありましたが、新聞社として緊急非常の事態の中、その辞表を認めました。
老川東京本社社長は定年に達していたので、グループ本社の最高顧問としてグループ全体について指導してもらうこととしました。
私は依然、事実上の最高経営責任者として残りますが、八十五歳という高齢を考え、実務は白石興二郎君に、グループ・東京本社の代表取締役社長を任せることにしました。白石君は、編集局長、論説委員長、メディア戦略局長、社長室長等を歴任、社務の全般に通じており、最適任と思います。また、政策理論家として社外でも評価されている早川準一君にグループ本社の副社長兼副主筆として私を補佐してもらいます。
販売担当の宮本友丘君は東京本社副社長に昇格、私の直轄下で、東西の販売政策を指揮してもらいます。
内山君の病気のこともあるので、八十五歳という最高齢で、事実上の最高経営責任者である私の健康状態について報告しておきます。
今月、慈恵医大病院で、世界的な血管外科の大家として知られる大木隆生先生に、全身の内臓検査をしてもらいました。その検査結果の一部を読みます。
これは大木教授より読売診療所の近藤所長にあてられた報告書です。
「渡辺さんは、息切れなどの症状もなく、極めて健脚です。血液検査については、γ-GTが少々上っている以外、異常はありません。肝機能は極めて正常です。
次に、心電図と脈波検査を行いました。血圧は正常、閉塞性動脈硬化症がなく、脚の血流が良好です。
CT検査の結果、まず脳に関し驚くべきことに脳の萎縮が全く進行しておらず、頭がさえていることが見てとれます。脳動脈瘤、甲状腺、嚢胞や腫瘍もありません。心臓も肥大や大動脈弁石灰化もなく、極めて若々しい状態にあり、六十歳代くらいの若々しさと言えます。肺にはがん、腫瘍も認められません。極めて健康的な肺です。膵臓が唯一の所見のある部位で、萎縮があり、前糖尿病と言えます。腹腔動脈、上腸間膜動脈、および左右の腎動脈に狭窄はありません。
腰椎に高度の変形を認めます。腹部大動脈、腸骨動脈に動脈瘤や狭窄病変などはありません。膀胱に異常はありません。現時点で治療を行う必要はないと思われます。
内臓脂肪が多く、膵臓が萎縮していますので、一層のカロリー制限と定期的な運動を続けられることは膵臓のみならず、高血圧、痛みのある膝関節にとっても良いことです。
最も素晴らしいことは、八十五歳と高齢であるにも関わらず、脳に萎縮が全く見られないことです。人間にとって肝心な脳、心臓、腎臓、肝臓が全て六十歳代と思えるほどの若々しさです。
東京慈恵医科大学外科学教授血管外科 大木隆生 読売診療所 近藤和興先生御侍史」
以上が目下の私の健康状態なので、新社屋の完成する年、つまり米寿までは持ちこたえるでしょう。この世には小生が早く往生することを願っている人も少なくないようですが、その人達は失望されても仕方のないことです。
最後に、ポスト菅の首相が誰になるかを予想することは、巨人の勝敗の予測よりも困難であることを告白してごあいさつと致します。
1 http://anond.hatelabo.jp/20110908032311
2 http://anond.hatelabo.jp/20110909020414
ただし、気付いたのが本当に初期だったらしく、エコーなどで確認も取れなかった為、
昨日黄体ホルモン濃度を調べる為に血液検査をして、金曜日にもう一度診察予定で、
毎回毎回4000円実費とか妊娠出産マジ金かかるわーとかぼやいてたら、
さっき病院から電話があって急遽診察を今日受けて欲しいとのこと。
何それ怖い。血液検査で何が分かったの?超怖いんだけど。
どこに言う事も出来ず、どこかに吐きだしたかったので増田に書いたものの
二時間後には判明するわけで、どうしよう。
なんか、前提が全然見えないのでお前が何を言いたいのかわからん。
人間の何について何の根拠をもって4種類に分類しようとしているのか不明。
お前が、解剖学を根拠にしているのか心理学を根拠にしているのか社会学を根拠にしているかによって科学的かどうかが決まる。
「丙午」(60種)は科学的な事になる
お前が、数学を根拠にしているのか、歴史学を根拠にしているのか、民俗学を根拠にしているのか、五行や風水、陰陽を根拠にしているのか、オカルトを根拠にしているのかで科学的かどうかが決まる。
因果関係や相関関係の複雑さが分母に現われるのだから、分母に文句を言うのは非常に科学的だと思うが。
人は他のいかなる動物よりも慎重に研究されてきたが、彼らが一つの種あるいは人種と見なされるべきかどうか、有能な調査者の間にも多様な意見があり、どれもあり得そうである:2(ヴァレイ)、3(ジャッキノー)、4(カント)、5(ブルーメンバハ)、6(ビュフォン)、7(ハンター)、8(アガシー)、11(ピカリング)、15(ボリセントヴィンセント)、16(デ・ムーラン)、22(モートン)、60(クロフォード)そしてバークによれば63。この判断の多様性は人種が種として認められるべきではないと言うことを意味しない。しかし、人々は連続的に変わっていき、はっきりとした区別がほとんど不可能なことを表している。
で、ほかのレス見てるとABO式血液型分類のことを言いたいらしいが、ABO式単独では日本人の2/3ぐらいしか分類できないんだよね。
というか、ABO式だけで分類すると輸血ミスるわ。
すでに、Rh式も一般的に使われているだろ?
血液分類法が100種類以上存在する現在において、ABO式単独なんて微妙すぎるんだよ。
さらに、ABO式だけ見ても、亜型って種別が存在する。
ちなみに、俺は普段はO判定されてたんだけど、血液検査でA型に振れたことがあって、調べた結果A3辺りじゃないかな?って感じ。
タイトルのとおり
俺は現場の復旧作業のため屋外作業が多いんだ
わかっちゃうかな
今でも放射線量も高いし、水素爆発した翌日なんか、マスクなしで作業していましたよ
早く電気を届けなきゃって思っていたし
あぁ、3月は休みなしだったよ
爆発した翌々日の雨の中でも作業していましたとさ
雨合羽は着ていたけど、マスクはしていなかった
でさ、3月に実施予定だった健康診断が延期されて5月に実施されたのよ
検査結果がさ、白血球が増加していたというよりスーパーオーバー
職場の中では、口には出せないけれど、飲み会のときに、やっぱりお前もかという声も
屋外作業に従事していた連中はほとんど異常にアップ
みな体力に自身のある健康体
事務作業連中は低かったらしい
心配させたくないしね
まず、この主張はまったく個人的なものであり、厚生労働省の見解でもないし、
仲間の医系技官のコンセンサスでもありません。このことをご了承いだけますと幸いです。
私は現在、臨床現場を離れ、医系技官をしております。臨床は4年ほどたずさわっておりました。つたない経験ですが、小児の診療にかかわる機会に多少恵まれたこと、また自分自身に娘がいることから、小児診療のあり方については興味を持っているところでした。そこで、ツィッターで小児の夜間休日診療について、意見交換をしていたところ、私のツィートをYosyanさまがブログにてまとめていただきました。
URL:http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20110225
このブログは昔から注目をしているブログでしたので、御意見をいただき光栄でもあり、大変興味深く思っております。内容についても示唆に富むご指摘であり、私自身の理解も深めることができました。大変ありがとうございました。感謝しております。そこで、Yosyanさまの御意見も踏まえ、いろいろ考えてみましたので、そのことをこの日記にまとめたいと思います。
Yosyanさまの主張は2つに整理できると思います。それは次のとおりです。
① | 「一部の児の親の受療行動によって小児科医は疲労しており、制度として介入すべきである」 |
② | 「小児の緊急性の評価は不可能であるため、全てのタイミングで小児科医が対応する必要がある。しかし、実際にそのようなリソースは無いので、夜間休日診療は制度として抑制すべきである」 |
① | 「一部の児の親の受療行動によって小児科医は疲労していることには同意、共感。しかし、介入の方法には検討が必要であり、制度的な介入よりも普及啓発を重視すべき。そのためには普及啓発を促進するためには緊急性の判断の基準を示す必要がある。」 |
② | 「小児についても緊急性の評価は可能。緊急性の評価を小児科医師以外の人間にデリゲーションすることによって、夜間休日診療を適正化でき、小児科医の疲弊を防ぎたい」 |
では、次の章からYosyanさまの2つの主張に対してそれぞれ、検討をしてまいります。
Yosyanさまは夜間・休日診療を受ける児の親を以下のように分類しております。
類型 | 説明 |
---|---|
1群 | 救急の本当に必要な群 |
2群a | 親が心配して救急にかかる群(前向き群) |
2群b | 親が心配して救急にかかる群(後ろき群) |
3群a | リピーター群(社会的背景あり) |
3群b | リピーター群(親の意識に問題あり |
この中で3群(とくに3群a)の存在によって、物理的にも精神的も小児科医が疲弊をしているので、3群のリテラシーの改善が必要である。そのためには時間外料金の値上げとか、救急車有料化などの制度的な仕組みが必要であると主張されています。
まず、「Yosyanさまらの児の親の類型化」ですが、いわゆるMECEになっておらず、不思議な感じがします。1群か否かは医学的評価なのに、2群や3群やリテラシーや受療行動について類型化をしているからです。3群のリピーターの中にだって救急の本当に必要な群もいるはずです。そこで、「医療が公共財であるかどうかの認識の有無」「緊急性の判断能力の有無」にしたがって、つぎのように類型化してみました。
公共財の認識あり | 公共財の認識なし | |
---|---|---|
緊急性判断能力あり | 1群 | 3群 |
緊急性判断能力なし | 2群 | 3群 |
このように捉えれば、いわゆる「3群」に対処するには、「医療は公共財であるという」という認識を持ってもらう方法を考えればいいことになります。
つぎに、介入方法を検討しようと思います。3つの方法枠組みから考えてみました。それは次のとおりです。
ア | 法律、罰則などを用いた強制的な方法 |
イ | インセンティブ(+も-も)を使う方法 |
ウ | 普及啓発、教育を用いる方法 |
この枠組みで考えるとYosyanさまは「時間外料金の値上げとか、救急車有料化(主体は国)をすべき」と主張されていますので、主にイの方法を用いるべきと主張されていることになります。
Yosyanさまの主張に対して、私は「ウの普及啓発を重視・先行すべき」だと考えます。理由としては次の4つの点を挙げます。
・共有認識がができていない現在の状態では、アやイを導入すること自体が政治的に困難。 |
・時間外料金の値上げは病院単位で可能であり、それをしないことを病院や自治体が選択している。病院や自治体のが選択していることをを頭ごなしに国が否定するのはおかしい。 |
・普及啓発ができていない状態では、値上げをすることによって、お金さえ払えばみだりに夜間休日に受診してもよいという価値観を誘導する。 |
・普及啓発の余地があると思っていて、一番実効性があると思っている。 |
実はこの中で私がもっとも言いたいことは、最後の「普及啓発の余地があると思っていて、一番実効性があると思っている」というものです。特にこのことについて、つぎに補足します。
まず、3群の中でも、緊急性の判断ができている者(マトリックスの右上の部分)は「確信犯」ということになります。たしかにそんな方はいて、現場の先生方を脱力させているもの理解しています。しかし、3群の中では、緊急性の判断もできない者(マトリックスの右下の部分)がいて、この群は「ひたすらイノセント」な者です。実は、「確信犯」よりも「ひたすらイノセント」な方が多いのではと私は思っているのです。つまり先ほどの分類に従えば、夜間休日に外来を訪れる親御さんは、実は右下の「イノセント」な群がいちばん多いのではと思っています。
公共財の認識あり | 公共財の認識なし | |
---|---|---|
緊急性判断能力あり | 「賢い人」 | 「確信犯」 |
緊急性判断能力なし | 「遠慮深い人」 | 「イノセントな人」 |
もし、「イノセントな人」の群が一番多いという私の仮説が正しければ、普及啓発をする余地がまだあるのだと思うのです。
では、「イノセントな人」の群に対して、どのような普及啓発が有効かを考察します。普及啓発の方法は次の2通りがあると思います。それは次のとおりです。
ア | 緊急性の評価のやりかたを伝える(上を目指す) |
イ | 医療は公共財であることを伝える(左を目指す) |
私は、ア→イの順番で普及啓発するのが有効だと思います。これは完全な自分の体験ベースですが、「イノセント」な群に緊急性の判断の方法を理解してもらうと、そのまま上に行かずに、左上の「賢い人」になる印象があるからです。一方で、「イだけ」もしくは「イ→ア」と説明をしたらどうなるでしょうか。つぎのようになると思います。
イだけ説明した場合 | 「公共財なのはなんとなくわかるけど、いつ病院につれていけばいいのかわからない。なんだかんだで、夜診てくれるなら連れて行きたい」となりそう。 |
イ→アの順番で説明した場合 | 「医療が公共財といってもそんなの提供側の問題。消費者としてはしったこっちゃないよ。とってつけたように病院に連れて行かなくてもいいパターンを教わっても、それって夜間休日診療を抑制するために方便じゃないのか」となりそう |
ですから、ア→イと説明することによって次のようになってくれるとありがたいと思っています。
「なるほど、夜間休日にわざわざ連れて行く必要があるとき、連れて行かなくていいときがわかった。自分自身や子供の負担も少ないし、これで先生方にもご負担をおかけしなくてもよくなりますね。」 |
ア | 「確信犯」よりも「イノセント」群の方が多く、普及啓発の余地がある |
イ | 「緊急性の評価のやりかた」がそもそも存在しするし、小児科以外の人間も担うことができる |
というのが、前提条件となっています。Yosyanさまはおそらく、アとイの両者とも、私との見解の相違がありそうです。アについては定量的な議論が必要ですが、おそらく水掛け論になりそうな気がします。イについては、ある程度、実のある議論ができるような気がしています。この部分については次の章で論じたいと思います。
「児の親をどのように類型化しても結局どの群にも重症者が含まれているため、何かしら症状を持つ児の親は、緊急性があり小児科受診が必要である」というのが、Yosyanさまの主張だと理解しております。Yosyanさまはほかの部分でも次のように述べられています。
「それと表を良く見て欲しいのですが、2群でも3群でも重症者は確実に含みます。正直なところ実際に診察してもこれを全員確実に見抜けるかと言えば、私如き の技量では自信はありません。「発熱性疾患」で「見た目上元気そう」の保護者判断で、「2日ぐらいは様子を見る」の対応が全員に適用できるなんて事は、経験を重ねた小児科医(小児科医でなくとも)まず口にしません。ましてや電話相談で安請け合いなどしようとも思いません。」
つまり、まとめると、
小児科医でも重症者を見抜くのは不可能。ましてや保護者判断なんか意味がない。電話相談も意味が無い |
ということです。それゆえ、
重症者を見逃さないためには、24時間365日、小児科医が根こそぎ診察するしかない」 |
ので、
「実際にそのようなリソースは無いので、夜間休日診療は制度として抑制すべき」 |
Yosyanさまの主張はロジック(論のつながり)としては矛盾が無いものであると思います。ただ、私の意見との最大の違いは、議論の前提となっている「小児の緊急性の評価は不可能である」の部分にあります。私は「小児の緊急性の評価は可能」だと思っているのです。この前提から私の論を展開しようと思います。私の論の骨子は、
ア | 小児についても緊急性の評価は可能 |
イ | 緊急性の評価は小児科医師以外の人間にデリゲーションすることができる |
ウ | 夜間休日診療を適正化し、小児科医の疲労を軽減することができる |
まず、医学的な見地からの緊急性を要するものは疾患と病態の2つの軸で整理することができると思います。
疾患の軸 | :(例)敗血症、髄膜炎、重症肺炎など重症感染症、腸重責など急性腹症、、、、 |
病態の軸 | :(例)脱水、呼吸不全、意識障害、痙攣(単純な熱性痙攣を除く)、、、 |
この2軸を判断するためには結局、次のようなという3つのポイントを判断すればいいと思います。
緊急性の評価の3つのポイント |
---|
a 身体症状(水が飲めない、ぐったりしている、呼吸が速いなどのRED FLAGSの有無) |
b お母さんからみてwell doingか否か |
c 既往歴や年齢 |
なぜ、わたしがこのように理解するように至ったかというと私の初期研修医のときの経験からです。私は初期研修医を完全な北米型ERシステムの病院で過ごしました。この病院では、小児のwalkinも救急車も全ての救急受診をまずは初期研修医が対応し、必要に応じて小児科医にコンサルトする体制をとっています。初期研修医は2年間の間、小児科ローテート以外の期間もER勤務をしますので、2年間、常に小児の夜間休日診療に携わることができました。そのときに先輩から最初に教わったことが「救急外来でやることは帰宅させられるのか、小児科の先生にコンサルトすべきかを判断することであって、必要なのは正確な診断ではなく緊急性の判断だ」|というものでした。
私はたった2年間の初期研修で小児診療ができるようになったなどとおこがましいことは全く思いません。しかし、小児の緊急性を判断する方法論については整理することができたし、小児科の先生を深夜でも呼び出さないといけないときの判断はできるようになりました。この経験は3年目以降にも生きていて、しばしば小児診療をする機会にも、小児科の先生を頼るかどうかを判断することができるので、多忙な小児科の先生に丸投げしなくて済んでいました。
私はさきほど、緊急性の評価はつぎの3つのポイントに集約することができると述べました。そして、これらの判断を小児科以外の人間にデリゲーション(権限の委任や委譲)することができると思っています。
・児の親御さん |
・電話相談対応者(看護師さんなど) |
・小児科以外の夜間・休日担当医(初期研修医など) |
まず、児の親御さんについては、リテラシーを高めていただくのがいいと思います。緊急性の判断の方法論をあらゆるチャンネルから伝えるべきだと思っています。また、補助ツールも有効であり、次のようなサイトも有用だと思います。
ちなみに、このサイトの発熱はボタンを押すと、チェックリストとして次の項目が現れます。これってまさに「緊急性の評価はつぎの3つのポイント」なのだと思います。
発熱時のチェック項目 |
---|
・生後3ヶ月未満である |
・元気はある |
・無表情で活気がない |
・おしっこが出ている。オムツがいつものとおり濡れいている |
・あやすと笑う |
・1日中ウトウトしている |
電話相談も有効だと思います。「緊急性の評価の3つのポイント」は問診が必要であって、詳細な身体診察や血液検査が必要ありません。ですからトレーニングを受けた看護師さんなどの医療者であれば、電話でお話を伺いながら判断することができます。電話相談など医療職による相談でも不安がとれない場合は、「お母さんからみてwell doingでない」ということですから、夜間でも休日でも受診をしていただくのがいいと思います。ただ、この際もできれば小児科の先生が最初から診察するのではなく、きちんとトレーニングを受けた救急担当の研修医が診るようになればいいのにと思っています。
なお、初期研修のときにあまり小児の緊急性の評価についてのトレーニングを受けていない医師でも、3年目から小児科の医局に入局すれば1人で当直をしていると思います。私は、このような3年目の小児科の先生と比較すると、トレーニングを受けた初期研修医の方がより安全な医療を実践していると思っています。
アとイで述べたように、緊急性の評価の方法を小児科医以外の人間に普及啓発し、緊急性の評価の主体者をにデリゲーションすることができれば、小児科の先生は、夜間休日には本当に緊急性のある場合にのみ診察をすればいいことになると思っています。それが、私の思う「夜間休日診療を適正化でき、小児科医の疲弊を防ぎたい」ということなのです。
私は文中に述べたように初期研修の2年の間に同年代と比べると比較的に、小児診療の経験に恵まれました。また、3年目以降も、院内にPICUが無いことから小児科の先生と一緒に仕事をする機会にも恵まれました。自分自身にも娘がいるし、PALSなどを学ぶ機会がありましたので、小児医療にはずっと興味を持っています。
つたないながらも3年目以降にはオカルトバクテレミアや劇症型の敗血症、インフルエンザ脳症など経験しました。元気だった児が半日ぐらいの経過で一気に具合が悪くなり、24時間程度で亡くなるケースでした。ですから、いくら緊急性の評価をきちんとしても、半日後の転帰を100%確実に予測する方法が無いことも理解はしているつもりです。
ただ、だからこそ、受診をした際には、医療者はきちんと緊急性の評価をし、説明し、カルテに記載することが大事だと思います。また親御さんに対しては次のようなというメッセージを伝えたいと思っています。
「病院に頻回に受診さえすれば安全・安心というわけでなくて、どうやっても急性の経過をたどることがある。でも、いたずらに不安になるのではなく、知識を整理したうえで、自分自身の判断力を向上させてほしい。自分自身で判断できなくても、電話相談を受けることもできるし、いざとなれば受診もできるようになっているから安心してほしい。なにより、実は緊急性の評価はお母さん自身のwell doingがどうかの判断が一番重要であって、それを見極められるようになってほしい。」 |
私は、小児医療にはまだまだ行政が寄与できる部分がたくさんあると思っています。たとえば、ワクチンです。オカルトバクテレミアに対する最大の対策は頻回の受診でも検査でもなくてワクチンであると認識しています。このワクチンは子供を守るだけでなく、小児科の先生方を訴訟リスクから守るものでもあると理解しています。そのほかにも、自分の居住県は人口が600万人いるのに、PICUが存在しません。そんなことにも問題意識を持っています。また、大学の同級生や研修時代の仲間や先輩方にも小児科の医師がたくさんおります。みな真摯にとりくみながらも疲弊していることも理解しているつもりです。ですから医系技官という仕事を通じて、機会があれば、いつか小児医療の発展に寄与できればと思っています。
http://anond.hatelabo.jp/20090530044416
菜食主義者に聞きたい7つの質問
(1) :16歳の頃から、かれこれ10年以上ベジタリアンを続けています。
(2) :
もともと体調不良や、強い痒みを伴う発疹、不調時は嘔吐するなど、体質に合いませんでした。(血液検査で食物アレルギーも判明していたが、死に至るような重度ではない。)
その為、「好き嫌いはいけない。何でも食べないと大きくなれない」という学校や家庭の方針から、肉食を強いられてきましたが、高校に入って給食制度から解放され、体も十分に大きくなったため、自分の意志で徐々に一つ一つ除去物を増やしていき菜食へと変えていくことにしました。そしてそれは、<なんでも食べること>を美徳とした日本の社会で、時にはわがままな人間として彼氏や友人から理解が得られず…肩身を狭く感じる日々のはじまりでもありました。。
ですが、ネットで菜食レシピを探す過程で目にした『屠殺場の映像』や、大学の生物学部の授業で『世界の肉食が減少して、家畜の餌となる穀物が1割程度でも人間用にすることができれば、飢餓の問題は(カロリーベースの計算では)解決する』…と学び
『死なないレベルのアレルギーで、好き嫌いとして肉食を拒否すること』も1つの選択肢として、肯定されるのではないか…わかってもらえないことがあることは仕方ないけれど、自分は自分で続けていこう…と考えて、今も菜食の生活を続けています。
肉類、魚類、乳製品、卵類 です。 あとはアレルギー上、一部のフルーツもだめでした。
経験上、食事の場に「主義」を持ち込むだけで不愉快な気持ちをされる方もいるように感じました。ですので、初対面や浅い付き合いの相手でしたら、「軽いアレルギーですが体のことを考えて避けています。一緒にお食事を楽しめず申し訳ありません。」…とお断りして、お食事されてる隣で、お茶を飲みながらナッツをつまんだりしています。
よほど親しい方でないと、踏み込んだ話はしないですね。
(5) : 肉を食べることに対する抵抗はありますか?
何年も続けていると、体がうけつけなくなるみたいです。
(6) : 菜食習慣をする前と後とで、周りの人の反応は変わりましたか?
菜食に対しては「なんで?やめなよ!」「付き合いづらい…」「誰か芸能人のマネしてるの?(笑)」など否定的な反応が主でした。
が、アレルギー性皮膚炎はよくなりました。
(7) : 菜食主義者でない人たちのことをどう思っていますか?
それぞれ様々な理由で、(アレルギー、主義・信条、文化、信仰、好き嫌い"←私はコレ”など)、一定の割合で菜食を必要としている人がいます。ですが日本人のベジタリアンに対する認知度・理解度は、西欧諸国やアジアの他の仏教圏の国に比べて低いと言わざるを得えません。日本は、何でも食べることが美徳とされ、食に対する選択肢の狭められた社会になっています。
様々なニーズがある現実にそくし、それぞれ食事に対し異なる価値観を持つ多様な人々を許容する“懐の深い”社会として、、日本でもベジタリアンが非難されず、選択の1つとして受け入れられてほしい、と思っています。
菜食主義者でない人に、“菜食主義者になれ!”と思ったことは、本当に一度もなくて、“あなたにはあなたの食事への価値観があり、わたしにはわたしの価値観があります。”と、思うのです。。
長々とすみません。
http://women.benesse.ne.jp/forum/member/zbsss040?cid=0104010G&stno=059300&nendo=2010&keyexpr=%83%7A%83%81%83%49%83%70%83%56%81%5B&owner_id=059300
から引用
【引用開始】
(ヌーダ好き :: 2010/08/25 16:09)
精密検査のチケットをもらったので一カ月してから再検査をしてみようとおもうのですが
できるだけの事をしてやりたいと思っています。
フォローアップミルクは嫌がります。
ミキプルーンはどうなんでしょう。
何かいい食品があったら教えて下さい。
■ └ 059310フォローアップミルクに..
(小リス :千葉県: 2010/08/25 16:16)
ミロを入れるのはどうでしょうか?
長男が小さいので2歳過ぎまでフォローアップミルクを飲ませていたのですが
その時ミルク200CCに対してスプーンで二杯くらいミロを混ぜて飲ませていました.
ココアなのでおいしいのか飲んでくれましたよ.
子供達は喘息で薬の副作用を調べる為に血液検査をした時に貧血ぎみと言われました.
成長が著しいので貧血になりやすいそうです.
1歳半検診で血液検査をするんですね~
うちは保健所でやったのですがなかったです.小児科でやったのかな?
貧血,よくなるといいですね.
■ └ 059333そうですね
(気持ち :: 2010/08/25 16:51)
ミルクのかわりにホットケーキミックスにいれて焼いて食べさせてみてはどうですか?
■ └ 059338食品で
(開けない夜はない!! :神奈川県: 2010/08/25 16:58)
鉄分を多く含む食品と、鉄分の吸収を促進する食品をとり、逆に阻害する食品を一時的に除去すると良いと思いますよ。
ヘム鉄はそれ単体で吸収されやすいですが、非ヘム鉄はビタミンCと一緒に摂らないと吸収されにくくなります。それぞれの代表的な食品は
などです。
鉄分はビタミンCによって吸収を促進され、カルシウムによって疎外されます。
家の子は貧血ではありませんが、3歳くらいまでは積極的に鉄分を接種をするように言われているので、朝食時にヨーグルトや牛乳といったカルシウムメインで、夕食に鉄分とビタミンCの多いキュウイやオレンジと言ったフルーツをあげています。
特効薬ではありませんが、やはりそれぞれの栄養は普段の食事から習慣ずけることが大切なのではと思い出てきてしまいました。
参考になれば幸いです。
■ └ 059789参考になりました
(ヌーダ好き :: 2010/08/26 17:09)
とてもとても参考になりました
ありがとうございました。
ちなみに市の検診でした。
尿検査もありました~。
【引用終了】
ところで、ホメオパシーの問題点を指摘する女性は結局出現しなかった訳なのね?
これって日本学術会議のコメント発表後の会話のはずですが・・・
あと、ウィメンズパークの別のスレッドではホメオパシーが議論になっていたので、
記事起こししました。
息子がADHDと診断されてからそろそろ1年が経つ。
息子さん大丈夫ですか?と始めて言われたのは幼稚園の入園あたりからか。
言葉は遅く喃語を話して会話できているように振る舞う、パンツにうんちをしても気に留めない。
障害?ということを考えなかった訳ではないが、個性的なだけかな、と自分に言い聞かせた。
直に言葉も出て来て、オムツも外れ、所作が年相応(周りから見たら1年遅れくらい?幼児なら誤差範囲か)になってきたあたりから
息子の奇行が目立つようになってきた。このころは相当、躾や教育について、周りから善意のアドバイス、指導を多数もらった。子育ての自信喪失以外なんの役にも立たなかったけど。
小学校に上がり、1年たち2年たった。
教室からの飛び出し、級友と話がかみ合わない。すぐに手が出る。話を聞かない。
トラブルが絶えず、何度となく学校へ呼び出され、スクールカウンセラー、養護の先生、担任、副校長、校長とに薦められ、病院へ行くこととなった。
MRI、血液検査、WISC-3他、様々な検査をへて、「おそらくADHDでしょう」と言い渡された。
診断を受けた直後は、軽い絶望と、自分らの子育てが悪かったわけではないという安堵。
投薬が始まった。
でも。
何かが変わっているとは思えない。
息子の奇行は変わらないし、むしろ、周りのこの精神的な成長が順調な分、幼さが際立ってくる。
(続く)
ホメオパシーについての最近の記事を読んで、日本ではカルト療法とまで呼ばれていると知った。
人が死んだり、患者が狂信的だったりで、あまりにもひどい。カルトといわれても仕方ないと思う。
長年イギリスのホメオパシー病院で治療を受けてきて、そういった印象を受けたことがないので、私個人の経験を語ってみようかなと思った次第。あくまでも私の行動範囲内で素人視点です。(子供の頃にイギリスに移住して30年近く。日本語を書く機会があまりないので不適切な表現があったら申し訳ない。言葉が足りないところは指摘して下されば補足します。)
私の通っているのは王立ホメオパシー病院。受診するには地域の受け持ちの医師に紹介状をもらう必要がある。(この国では自分の地域の医者に登録し、 どんな病気でも救急以外はその医者にまず見てもらう。必要であれば専門医のいる病院に紹介される。)ちなみに私は通常医療の専門病院にも通いつづけていて、現在は地元の医師、専門医、ホメオパシー医の3点を行き来している状態。医師同士の連絡もできている。
王立ホメオパシー病院はNHS(National Health Service)の一部なので、他の病院と同じく診察費は無料、処方箋代のみを支払う。この病院のホメオパスは医師免許を持っていて、通常の医師としての勤務経験がある。今までに受け持ってもらった医師達はホメオパシーは通常医療を補助する形で行うもの(Complimentary medicine 日本語で?)で、医療の代わり(Alternative)ではないという立場をとっている。私はホメオパシー病院で血液検査を定期的に受けているし、専門病院で処方される薬も続けている。
私の場合、地元の担当医が紹介してくれたので王立病院にいくことになったが、個人経営のクリニックに自費で通っている人も多くいるはず。個人経営のホメオパシークリニックにはいったことがないので詳しくないが、診察料は安くはない。そして医師免許がなくてもホメオパスの資格があれば開業できると思う。別にクリニックにいかなくても、全国にチェーンのある大衆向けの薬屋でさえ基本のレメディくらいなら揃っているし、自然食品屋でも買える。
ホメオパシー病院で処方されるのはホメオパシーレメディだけではなく、ハーブ系の製品(クリームやオイルなど)、通常医療の薬(抗ヒスタミン剤、消炎剤とか軽いステロイドとか)が出されることもある。病院内には栄養士、マッサージ師がいたり、痛み専門クリニックや、瞑想クラスがあったりもする。
詳しくは書かないが、私の病気は子供の頃に発症し、完治しないとされていて、西洋医学、漢方、民間療法いろいろ試してみたが良くなることはなかった。ホメオパシー病院に通いはじめても数年は何も変わりがなかったし、聞こえはよくても実際に効果のない治療には慣れていたから、大きな期待や失望を抱くこともなかった。専門病院での治療は今まで通り、症状を抑えるため薬を処方されるが、薬に慣れてくると効果がなくなるため、新しい薬を処方されることの繰り返し。
そのうちにホメオパシーの担当医が変わった。完治しない病気だということを受け入れて、この病気と共に生きるにあたって、どうすれば痛み(肉体的、精神的)を少なく、少しでも楽に生活することができるか考えてみようと提案された。それ以来、診察中の会話は私がどのように病気に向き合っているか、に重点がおかれた。
同じ症状でも気丈な時と死んでしまいたい時があったりして、そのムラに合わせてレメディーや薬が処方されたが、医者および医療をあまり信用していなかった私にとって正直に打ち明けることができるまでに随分と時間がかかった。痛みの具合とそれに伴う精神状態などを細かく聞かれる経験は今までになかったし、そういうことに医師が興味を示すこと事態初めてのことだった。そうするうちに少しずつ病気とのつきあい方に変化が出てきた。
長い経過は省略するが、10年経った今、比較的症状が軽い状態を保つことができるようになっている。およそ30年以上この病気と生きてきた私と家族にとって、想像もつかなかったほど温和な状態であるといえる。私の場合、この医師に出会えたことが大きな転機で、その医師がたまたま王立ホメオパシー病院に勤めていたということなのだと思う。だから私の経験談をもってホメオパシーに効果があるとはいえない。
だが、現在のイギリス医療システムでは医者が患者とじっくり話す時間などない。診察時間約5分のうちに、てきぱきと処方箋を書かなければならない。たとえ素晴らしい医師がいたとしても、有意義な診察時間を持てる可能性は残念ながらないに等しいと思う。
ここまで書いて、このエントリーを見かけてなるほどと思った。