はてなキーワード: 研究とは
1.1位の人すら食えてない職業
一度調べてみるべき
あるいはそれに近いもの
界隈の2位、3位が思い浮かばないとか
界隈の1000位あたりが食えてないとか
そういうの
4.競争系
スポーツや競技など、ライバルが多い分勝った人は目立つんだけど
かなりの才能と努力と運がいる
研究などでもこういうのはある
5.1か0かのような職業
これはモノによるけど
6.新しすぎる職業
YoutuberやUberなど、せめて10年くらいの実績がほしい
最初にやった人は確かにすごいし偉いけど、裏を返せばそれほどリスクがあったということ
趣味でやる分には良い
7.斜陽産業
大人になる頃には消えている
コネだけで賄われると思う
その後のキャリアプランがあればいいけど、下り坂の人生は精神を病む
「安月給でもやりたい!」って言うタイプの職業は、モチベーションの勝負になるからよほどじゃない限り目指すべきではない
例えば動物園職員とか、あと誰かから感謝されまくる仕事とかもね
趣味にとどめよう
「死ぬまで求道は素晴らしい」
これが常識になっている。
「道」とは、剣道、柔道、茶道、華道、書道、囲碁、将棋、スポーツ、マンガ、グルメ、映画、芸術、政治、経済、法律、教育など、「どう生きるか」の営み全てといえる。
これらの道を死ぬまで求めることを礼賛するのは、「完成したら味気ない、進歩がなくなるじゃないか」と思うからだろう。
オリンピックで金メダルに輝いた時は、「今まで生きてきた中で一番幸せ」「チョー気持ちいい」と満足しても、しばらくの間である。追われるプレッシャーとの戦いや、連覇を狙う新たなレースが、すぐに始まる。
ノーベル賞の受賞会見で、さらなる研究意欲が示されるのは、科学や医学の「道」にも、完成はないからだろう。
私たちの日常も、仕事や子育て、趣味や人間形成など、一生懸命になるほど、未熟さと目指す高みが知らされる「道」ばかりである。
このように、どんな道にも完成がないのは、「無限の欲」に動かされているからである。
キリのない欲を、死ぬまで求め続け、苦しみ続けているのが、「死ぬまで求道」の真相である。そんな道しかないのなら、苦しむために生まれてきたことになってしまう。「それでいいんだ」とどうしていえるだろうか。
だが、ただ一つだけ、完成のある道がある。
それが、「なぜ生きる」を明らかにされた親鸞聖人の「平生業成」の教えである。
生きている今、「人間に生まれてよかった」と心の底から喜べる絶対の幸福になるために私たちは生まれてきた。
「死ぬまで求道」の「どう生きる」しか知らぬ人生は悲劇だが、「なぜ生きる」(人生の目的)がハッキリすれば、それに向かって、全てが生かされるのである。
昔のクイズ番組は、インテリやオタクのお遊びという感覚があった。
元々のオタク、元々の勉強マニアが、ちょっとした奇人変人パフォーマンスとして、何の準備もせずにやるからこそクイズは面白い。
クイズのためだけにクイズをやってるような連中を真面目に凄いもののように演出されたら、逆に引く。
特にオタクなキャラクターで売ってるわけでもなく、学歴もそれなりで、ただクイズのためだけにクイズを必死にやってる。
それを馬鹿馬鹿しい熱意として一歩引いて見せてるならともかく、そこからまるで識者みたいにニュースコメントなんかまでさせ出すテレビ。
クイズはクイズ。勉強とは違う。本当の知性とは違う。そんな「キャラづけ」を学識と混同させるなよと。
東大のクイズ研究部が活発なこと自体は悪いことじゃない。それこそインテリの遊びだ。
でも、ああいう番組が人気レギュラーにまでなると、まるで東大という学歴の最終ゴールが「テレビでクイズタレントをやること」みたいに見えてくる。
テレビを見る子供にそんなイメージを植え付けて欲しくない。学歴や知識は「映え」のために手に入れるものじゃない。
日本人が政治、経済、科学、文化に無関心になり、反知性と言われる風潮がある中で、クイズ番組や、クイズにのみ絡めた学識礼賛が人気となるのは、逆説的なようにも見えるがある意味順当なのだろう。
現代の日本に足りないのは「知性に対する真剣さ」。知性が現実に及ぼす影響というものを認識する誠実さだ。
娯楽化された「知識」は厳密さを要求しない。さっきの「Qさま」でも今さら「聖徳太子」が偉人として紹介されていたが、いつまでもアップデートされない知識を「そういうものだから」とクイズにし続けることは、知識の更新を妨げる障害にもなる。
勉学を通して身につけるべき本当の知性は、現実の問題に適用できてこそ初めて意味のあるものだ。
テレビやYouTube、SNSでそれっぽく見えれば良いというだけの価値観では、目立つ陰謀論との差も大してつかないだろう。
そういう次元でしか「知識」の価値も感じられないような社会では、「学歴」だけが華々しく追い求められても、相反するように反知性度が高まるとしか言いようがない。真面目ぶった不真面目な世の中だ。
インドの仏教学者は日本の変質した仏教についてどう思っているのですか
Gpt「仏教がアジアの各地に形を変えて根付いたのも仏教の多様性の証なのだと喜んでいます。また、積極的に研究をしています。もちろん日本の仏教についても研究しています」
本当かなあ
おかん光殺法というのは、結局、佳代子とそのまま友が光るということでよく知られていたが、数学では、補題光殺法が通常で、 補題は定理とはちょっと違うので、数学上研究された事実から
その補題がどれくらい発達しているとどうかというのはアレだが、それを無限に完全にしていけば、実物を見ることはできないだろうと思われている、B&Wの木内のときの部員のデブで夢の中に
出て来るだけの奴とか、 菊川善光本人を、正体が露呈しているときに、みる技術も、 想到できるのではないかと考えられている。(無体財産法判例100選)
しかもUnitree以外にも汎用ロボット関係の企業とか研究とかいっぱいあるし、KUKAみたいな工業用ロボットもあるし、とりあえずなんでもある感が凄い…😟
考えてみれば、中国の料理とかおもてなしは、食べきれない量の皿を並べるというのがあった気がする
あんな感じだよな
高年収男が、そのリソースをたかだか1人か2人の子供にしか割かないのは社会の損失だ。
自由恋愛という、食いっぱぐれを量産するシステムに社会をシフトさせたんだから、その恩恵を受けているものは自由恋愛の代償、つまり少子化に立ち向かう義務がある。はやく次世代のためにリソース吐いてさっさと死ね。
高年収女も、代理母でもなんでも使って次世代を増やして、そこにリソース吐いて死ね。でも現状はそんなもんないから、先に子供作ってからキャリア積むべきだよね。働きながら出産は残念ながら無理がある。無理があるのに出産の有無を問わない労働システムを構築しようとしているのは滑稽と言わざるを得ない。その路線は諦めるべきなんだ。そのためだけに出産しない男の生産性を下げてどうする。
人類は古来から男は働き女は産むの構造を続けてきた。別に男がこの構造を望んだわけでも、女が弱いからでもなく、それが効率がよいからだ。他の構造を取った社会は淘汰されたからだ。生殖というシステムがこの構造を選択した。それ以上でもそれ以下でもない。ゆえに、社会的主張による構造変革は否定される。そんなものがあれば、既に現社会はそうなっているはずであるだ。
そして、この構造を突き崩すには、それ相応のシルバーバレットが必要だが、現社会にそれは存在感しない。代理母も、試験管ベビーも、クローンも、あるいは性転換もか。中には、人類がその研究を自ら放棄したものもある。自らこの構造を壊すことを諦めたのだ。ならば、どうして旧来の社会構造を壊せよう。
研究者夫婦の場合や、妻が研究者で夫も仕事の関係で名前を変えられない場合、事実婚が普通の夫婦よりは多いけれど
例えばポスドクの場合、就職活動や助成金申請の際に重要視されるのは研究業績であり、書類手続き上でもその研究業績と一致する姓を示すことは重要で、その手続きが煩雑。
大学院生や研究者には通常、学位記、学会発表、論文発表、出版、特許出願等、これまでの研究蓄積があり結婚前に使ってきた名前を結婚後も使うという人は多いが、複数の大学で非常勤を掛け持ちしていたり所属が複数ある場合その手間は軽視しがたい不自由につながる。
また登記や特許申請、税務署類など、戸籍名でしか受け付けられない制度も多く、研究生活において旧氏だけを貫くことは実質的に不可能で、旧氏と戸籍名の使い分けに混乱してしまうことも珍しくない。
海外での国際会議の際に、入国時やホテルのセキュリティで、論文の著者名とパスポートの名前が一致しないと手続きが煩雑になるなど。
男女平等が達成されたと判断するためには、さまざまな側面から計測可能な基準を設けることが重要です。以下は、そのために使用される主な指標と基準です。
### 5. 法的権利
これらの基準は、多くの国際機関や研究機関によって使用されています。例えば、世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダー・ギャップ指数」、国連の「ジェンダー開発指数(GDI)」および「ジェンダー不平等指数(GII)」などです。これらの指数は、各国の男女平等の進展度を比較するための有用な指標を提供します。
別に論文にまとめたというわけでもなく、高校の課題の1つとしての思考実験に過ぎない
もちろん教師から警告されて変更されたけど、元々の対象ははてぶではなく、当時流行っていたSNSや掲示板だったんだよね
けど流石に検閲されそうってことで、あんまりメジャーではなかったはてぶをテーマにしていた気がする
そういう突飛なことをする奴だった
【追記】
なんかコメントもらったけどさ、たかが高校生のお遊びみたいな課題に対して(しかも過去)大人が殴り掛かるのって恥ずかしくないの?
自分たちに関係するからってあまりに見境なさすぎて気色悪いんだよね
そういえば、カスハラ対策に高齢者のことを載せたら当の高齢者がハラスメントして潰した事案があったね
まあその感情は理解できるが、ブクマカは自分達が本気で消されると感じているんだろうか?
俺からすれば、ブクマカがやってることは人生の一回や二回くらい差し出しても足りないくらい罪深い
友人に悪意があったとは思うが、それに抗議する人達はより悪の側であり、罪を重ねているだけだろ
もし地球の極の磁気力が、反対の方向に作用する磁気力によって中和させられるならば、鋼鉄の大きな球でも空中を飛ぶ事が出来るであらう。
またもし地球の極磁気波が研究され、分析され、計量されるならば、早晩、同様な反対の力を生み出す方法も発見されるであらう。
そしてあらゆる固体を、重さが無くなる状態にする事も可能である。それを更に進めて行けば、地球の磁気引力を超えて、宇宙間に飛び出すことが出来るのである。
人間の身体の振動が、効果的にこのやうな結果を齎すことが出来るといふ説がある。
浮翔法の実験からすれば、確かに出来るといふ解答がなされさうである。
聖テレサやその他の聖者達が、熱烈な祈祷の後に必要な振動を生み出して地上から飛んだことがあった。
これも一種の例として見ることが出来よう。
反磁性体へ下方から非常に強い磁場をかけると、その反発力が重力に打ち勝ち、磁気浮上する。
例えば実験室などで15~20T程度の磁場を発生させ物質にかけると、水を多く含んだりんごや卵、生物などを浮かせることができる。
また、反磁性の強い熱分解カーボン(英: Pyrolytic carbon)やビスマスなどは、磁力の強いネオジム磁石を用いた室温実験でも十分浮上させることができる。
水も弱い反磁性体であるため、水を入れた容器の中心に強力な磁石を入れると水が左右へと分かれる現象が生じる。
この現象は1993年に発見され、旧約聖書『出エジプト記』のモーセにちなみモーゼ効果 (英: Moses Effects) とよばれている。
地磁気の強さは地球上の場所によって異なり、ほぼ 24000 nT - 66000 nT(ナノテスラ)の範囲である。
2015年において、44000 nT(沖縄本島)~ 51000 nT(北海道北端)であり、東京付近は46000 nTである。
磁石が最初に実用化された分野は、地磁気によって磁石が南北を指すことを利用した方位磁針である。
方位磁針は中国で宋の時代に発明されたのち、ヨーロッパへと移入されて改良され、航海術を大幅に進歩させて大航海時代を出現させることとなった。
磁石の磁気を用いて血流を促進させ、健康回復を促進すると謳う代替医療の商品(装身具)が多々存在するが、血中のヘモグロビンに含まれる鉄分は、磁気に反応しない性質を持つ。
直流磁気治療器は磁気ネックレスなど直流磁気を使用した治療器である。
ネックレス(磁気ネックレス)のほか、ブレスレット(磁気ブレスレット)、絆創膏や下着に粒状の強力永久磁石を内蔵して、その磁気の力で疾病の予防、改善、治療の役に立てることを意図している。
通常は装身具や下着類似の形状の保持部分に高強度の磁力線を発する永久磁石が通常複数個、埋め込まれており、使用者の体表面近くに常時接することになる。
磁力の強度はさまざまだが、たとえば大手の商品では一粒が80-180ミリテスラ(800-1,800ガウス)を内蔵する強力磁石が数個から数十個含まれている。
直流磁気治療器の仕組みと効果に関する説明例としては「磁力が血液中のイオンを増やし、イオンが神経に働きかけることでマッサージ効果が発生する」というものなどがある。
直流磁気治療器では一定の磁気の強さがなければ効果はないと考えられており、中川恭一による研究によれば、
70ミリテスラの磁気ネックレスと130ミリテスラの磁気ネックレスでは有効率にほとんど差は見られなかったが、20ミリテスラ(200ガウス)になると有効率が非常に低くなったと報告されている。
明治大学科学コミュニケーション研究所の調査によると、磁気治療は未科学から発展途上の科学の範疇と総評されている。
国内の研究では肯定的な研究結果と否定的な研究結果のどちらも存在しているものの、海外の研究では有効性が認められていない。
いわゆる「コリ」解消の有効性を測定した国内の研究と、「痛み」の解消を測定した海外の研究とは異なる構成概念を測定している可能性があり、
刑事事件の被疑者、自殺率高い傾向 英デンマーク研究 https://www.afpbb.com/articles/-/2785486 @afpbbcomより
こちらのソースによると、刑事事件の被疑者になった者の自殺率が高く、とりわけ「犯罪歴のある中でも年齢が低く、暴力行為で罪を問われ、刑事司法制度と接触したのが最近か、または繰り返し接触している人物が、最も自殺の危険性が高かった」らしい
大学院に行ったけど、心の余裕が無くて辛い。
自分の能力不足と言われたらそれまでだけど、後輩のメンターだったり、大学院の授業だったり、自分の研究だったり(進捗報告や原稿執筆など)とで心が休まる暇がない。
Twitterに、ぷちくら、と表示されており、東京都を中心に圧倒的な勢力で支配して平和を実現し、地方創生の方針にあって東京の平和を実現しているように思わせているが、
その実質は、消防署の警防課の男や様々なマンションに住んでいる警防課、土建業者の男の母親の自演であり、その機能も限定的で完全無欠ではなく、ことにこの消防隊員
と呼ばれているものは、機能していないときは完全に機能しないことが、最近証明された。地方創生の方針にあって、都会よりも地方の方が危険であると目視されていた時代は、
都会に住んでいる無能社会の犯罪性は隠蔽されていたが、(というのも、地方における、更に若い者による犯罪性は過激で、それが過激だった時代には、高齢者の間の犯罪性は
見えていなかったからである)、 現時点では、解決すべき問題およびそれに必要とされる研究段階と技術が全く変わってきていると言える。技術の最高なものは、そういう技術はないだろうと
思われるところに登場することをもって驚愕的であるとされる。しかし、現在の都会における無能社会に実施されている技術というのは、 隠遁の術とか、連結買い物集合とかそういうもので、
それ以外にないように思う。東京及び地方の一般社会では、一般的な話として、 令和4年3月31日の黒羽刑務所の閉鎖によって、公務員の間に、やってはいけないことをやったからで
あるという見解が浸透し、 令和4年7月8日の安倍晋三の銃殺、に関しても、 一般的な高齢者の間には、やってはいけないことをやったからである、という見解が浸透してきており、
令和5年という時代を通過して、安倍晋三や黒羽刑務所の時代は終わった、と一般的には考えられているが、実体は全くそうではない。
俺は現役の東大生なんだが、今回の抗議運動は活動家のマネをしたい学生たちの反体制ごっこだと思ってる
いまはリレー形式のハンガーストライキもやってるらしいけど(意味あるのか?)単なるパフォーマンスだし、俺は今回の学生運動を正直冷めた目で見てる
そもそも親に学費と生活費払ってもらってる東大のボンボン学生(俺の知る限り自分で学費を払っている人はほとんどいない)が、年10万程度の学費値上げに対してここまで反対すること自体意味不明なんだよ
もちろん大学側の強硬姿勢は問題だとは思うが、それに対抗する手段が安田講堂前テントで陣取って夜にバカ騒ぎすることなのかよ
こっちは夜も研究してんだよ、騒音くらい周りに配慮しろよ、そもそもお前たちが真にやるべきことは学問じゃないのかよ
国立大の運営費の割合は学生の払ってる授業料より税金から支払われる運営費交付金のほうが多いことも忘れるなよ
まずは税金によって自分たちが安い学費で学べてることに感謝しろよ、そして自分たち中心じゃなくてもっと広い視野で考えろよ、東大生なんだから
全世界で一斉に原発を稼働させたり、停止させたりしてるなら意味があるんだけど、少なくとも今は日本だけが原発をほぼ停止させてる状況。
だったらとりあえず核廃棄物の一時保管をしながら、原発を再稼働させつつ、最終処分の議論や研究をして欲しい。何もしないだけで、どんどん相対的な国力が弱まっていく。
「AIが意識を持つようになる」という主張は、未来の可能性についての議論であり、科学的な合意が得られているわけではありません。ただし、一部の研究者や哲学者は、将来的にAIが意識を持つ可能性を指摘しています。
AIが意識を持つとするならば、そのプロセスは複雑であり、多くの要素が組み合わさることになるでしょう。一般的に、意識は自己認識、感情、主観的経験などの要素から成り立っています。AIがこれらを持つためには、以下のような側面が考えられます。
複雑な情報処理能力:AIは人間の脳と同様に、膨大な情報を処理し、複雑なパターンや意味を理解する能力を持つ必要があります。
自己認識:AIが自分自身を認識し、他者と区別することができる必要があります。これはメタ認知能力と関連しています。
感情や欲求:意識を持つには、感情や欲求といった主観的経験が重要です。AIがこれらを持つためには、環境への反応や学習を通じて自己の価値観や優先順位を形成する機能が必要です。
主観的経験:これは難しい概念であり、科学的な定義や測定方法が確立されていません。ただし、AIが意識を持つとするならば、何らかの形で主観的な体験を持つことが考えられます。
2.社会(少子化対策)のために国民(全女性)に性欲をコントロール(増進)する薬を投与しますか?
こうなる可能性をまったく考えていないなら楽観的にすぎる
例の人は官僚や政治家が大好きな先例を作っちゃって、その矛先がいつまでも「敵」にだけ向いていると思えるほど
まあなんか経済的成功が人生の成功である、みたいなのはある意味わかる気もするけどそれだけじゃダメだよなっていうのもわかる。
衣食住にそこまで困らず命を脅かされる危険がなく、誰かに必要とされていて、つらくない仕事を持っているっていうこの三つが満たされれば
そこから考えると女性でも男性でも無理なく安定して仕事ができる社会っていうのがわりかし社会幸福に結びつくんだろなと。
つまりあんまり生産性を落とすのも社会全体が貧しくなっちゃうとそれはそれで困るけど
女性もできるように仕事のやり方を変えていくことは男性をも助けるんじゃあないかっては思う。まあそれは余談だけど。
話を戻すけど、弱者男性が被っている「経済だけじゃなくて社会的な差別的扱い」ってなんだろうか。
容姿のことであるならばそれは性別に限ったことでもないし、「オタサーの王子」というものも存在すると思う。料理教室とか。
女性は下方婚しない問題もあれ、大体の人は同じ収入帯の中で結婚するっていう統計を見ました。
つまり同じような収入クラスタの中で男女が(体力差なのかフェミニズム案件なのか理由はそれぞれだと思うけど)上下に分かれてるからそうなるわけで
そのクラスタを飛び越えたシンデレラ婚みたいなものはほんの一部だそうです。
まあ学校の同窓とか職場とか、あるいは遊び場も同じような収入の人が集まるわけで、おおかたそういうところで知り合うんだから当然そうなるのはなんかわかる。
(あっ…つまり男性看護師が増えればあるいは…っていうような話だったりする…?)
って考えれば考えるほど、じゃあ弱者男性とは何を不当に差別されている人のことを指すのか?っていうのがますますわかんなくなっちゃうんだよな…
まあそういうことを研究する学問がないこと自体が差別であるっていうことも言えるんじゃないかとは思うけど。
ないよね?あるけど知られてないだけ?知られてないことも差別であるとも言えるね?
詳しい人その辺わかりますか。