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2019-02-24

ゲームおすすめしてほしい

新しくスマホゲーム始めたい女です。

おすすめゲームがあったら教えてほしい。

キャラ人間)の育成したい気分だから、ツムツムとかガーデンスケイプみたいなのはなしで考えてもらえるとありがたい

・今までやってたのは刀剣乱舞と文アル(文豪アルケミスト

キャラは好きなんだけどイベントえぐいのと、慣れ始めるとワンパターンプレイヤースキル関係ない)なのが少し不満

推しキャラの育成なら嬉々としてやる

RPGは嫌いじゃないけどストーリー重厚さは求めてない

しろ早くバトルさせろ!ってなるから多分向いてない

・圧倒的にセンスがないのでリズムゲームは無理

高校生育成とかアイドル育成はストーリー眩しくて辛いので無理。千銃士は画面がアイドル育成っぽくて無理だった

・同じ理由で夢展開のゲームは好きじゃない。つまり乙ゲーは微妙

↑夢100はパズル好きだったけどファンタジック夢展開に耐えられず辞めた

現実的な夢展開なら大丈夫。むしろイケメンキャラが出てきたら嬉しい

雑食だから腐展開も匂わせくらいなら大丈夫

女性キャラがいるのは全然オッケー

2019-02-16

メイドバー 逃避した先でも打ちひしがれた話

敗者はどこまで行っても負けるという話


私は恋愛市場における敗北者だ

敗北すらしていないのが本当かもしれない

30年間生きてきて今まで、市場への参加の仕方が分かっていない

市場がどこにあるのか、どうすれば市場アクセスできるかが分からない

御託は省くが、雑に非モテ男を想像してもらえば話が早いだろう


最近金回りがよくなったのでメイドバーに通い始めた

とは言っても健全に2時間普通に飲んで5000円

普通の稼ぎの独身男が仕事帰りに足しげく通っても、家計には負担にならない価格設定

酒を飲みながら従業員である女の子と話すことができる

女の子の人数は固定だから客の人数によって話せる時間が変化するもの

キャバクラみたいな店と比べても安いだろうし、価格にも自分の中で納得感はあった

ガールズバーはなんか怖いからやだった


友人がどんどん結婚して遊び相手が少なくなってきている実感があった

自分にも結婚という選択をする日がくるかもしれない

その選択の為にも女の子と話すことに慣れておいてもよいかもしれないという考えもあった

メイドバーに通うことは恋愛に関して腰の重い我ながら前向きな変化だった


最初はそれほど話せず、まぁこんなもんかという感じだった

客は「こっち側」の人間が多そうだった

緊張で遠慮がちだったのが、ある程度リラックスして女の子と話せるようになると楽しめる

キャバクラのような恋愛営業的なものはないが、推しは誰なのか?という話題で同様のことを擬似的に体験できた

数回足を運び顔を覚えてもらったかというところで、安心して行ったのが昨夜


結論から言うと二時間いて女の子ほとんど話せなかった

途中から入って来たのが、いかにも稼いでいそうな自信に満ち溢れたスーツ姿の若者だった

なんだかおしゃれな雰囲気を出していて、完全に勝者の持つ雰囲気だった

靴がとんがっていて攻撃力が高そう

帰宅(入店)して早々そいつシャンパンだかなんだか知らないが高そうな酒を大量に入れ始めた

その場にいた女の子ほとんどがそいつの卓を囲み、コールをしながら乾杯を続ける

その間自分を含めたその他の客は話し相手がいなくなる

ケイスーツ野郎は次々と酒を入れていく

女の子を侍らすシャンパンマン

黙ってドリンクを飲むしかない自分

まらない流れ


勝者による蹂躙だった

これが資本主義であり拝金主義

金を使う客と使わない客で差をつけるのは当然のことだ

金を落とす客の方が大事に決まっている

この小さな空間支配するシャンパンジャイアンを恨みはすれど店の女の子に罪はない


その場で対抗できればいいがそもそもそんな手持ちはないしそんな金の使い方はできない

あくまでも数千円で酒を飲みながら女の子と話すという想定

それが自分金銭感覚

から何もできない

自分の中で理由をつけられるものの、そこにあったのは敗北の二文字だった

子供が遊んでいる砂場乱入してきた大人をただみることしかできなかった

小金持ちがやってきて俺TUEEEEしているのをとめることはできなかった


帰り道、悔しくてたまらなかった

恋愛できないからと逃げた先で別の要因でマウントをとられ不利益をこうむる

相対的ステータスが劣っていればご褒美にはありつけない

結局逃げ込んだ先でも恋愛市場の縮図が再現されただけ

非モテが居場所を見つけたと勘違いしていたあそこも夜の店だった

キャバクラとは違う

ガールズバーとは違う

そう思い込んでいたが結局はそういう場所だった

ただ、それだけの話だった


メイドバーを奪われ、どこに向かえばいいのだろう

2019-02-09

anond:20190209133122

建築確認中間検査とか完了検査とかでは見えないところであっても施行中の写真を添付して、この建物はオッケイっていうことをするのだけど、その写真すり替えられると中間検査合格証や完了検査証をだすほうも正直お手上げ。

建築で、施主が設計事務所を噛ませて関与させてちゃん工事が行われてるかみてもらうことはある。でも低コストアパートではそんなことをする施主もいないかもしれない。

てかこっから先は推測なんだけど、図面と部材が異なるのは現地でわかるはずなので、施工した業者に渡した図面と、施主や自治体に渡した図面が異なってるのではないか

2019-02-08

知り合いの地雷人材が有名企業入社した

誰もが知ってる最近上場した会社でイケイケなところ

採用者やっちゃったなと密かに草生やした

まあその程度だ

2019-02-06

自撮りを乗せたがるwebライター

デイリーポータルZとかオモコロ記事で、画像の中に急に自撮り混ぜてくるライターいるじゃん

あれはなんなの?こっちは別にライターの顔とか見たくないんですけど

「こんな記事書いてる俺イケイケでまだ若いアピールか?無理してるおっさんしか見えねーぞ

頼むから髭くらい綺麗に剃ってくれ。画像バッチリ補正して綺麗にしてるのに、お前だけ浮いてるんだよ

anond:20190206014308

誰もが家庭の資源遺伝子に恵まれる訳じゃないんだよ。

極端な例だが、知的障害者同士のカップルからまれてくる赤ちゃんが、イケイケな富裕層カップル赤ちゃんと、放っておいても同水準に到達すると予想するのかい

2019-01-26

fate//ZEROとStayNightの矛盾点を指摘する人の気が知れない

HFが公開されたついでに、ZEROとSNを見直したりしていた。んで、snの人がわりとZEROを受け入れてないという話がちらほら聞かれるんだが、正直まったく共感できないので書き散らす。個人的に思うんだが、snとZEROをやたら違うといいたがる奴は、単にセイバーに対するキャラ萌えが足を引っ張ってるんじゃないかZEROでのセイバーの扱われ方が気に食わないか虚淵に噛み付いてるんじゃないか

セイバー騎士道馬鹿ではない

よくこういう反論を聞くんだが、これってそんなに重要ことなのか?ZERO騎士道馬鹿みたいな描かれ方をしていたことが気に食わなかった、としか読めないんだが。ZEROにおいてセイバー挫折切嗣との決定的な考え方の違いや齟齬を描く上で、彼女英雄としての立場と実際に救われる側の意識の違いは避けて通れないし、『祖国を救った救世主』が何故『民草の心が分からない人物』と評価を下されるに至ったかにおいて、十分説得力のあるデフォルメになっていたと思うけどな。ZEROでの出来事彼女に大きな影響を与え、SNでの行動になっている、という考え方を大きく嫌う理由も分からない。単に気に食わない、というだけにしか聞こえない。SNにおける士郎の謎な『女の子は守る』行動なんかよりもよっぽどZEROにおけるセイバー騎士道理念という行動基準は至極まっとうで納得できる設定に思える。それにSNでもセイバーは愚直で不器用少女として描かれていたと思う。そういう意味でも、騎士道を前面に押し出す選択が何故そこまで矛盾表現されるのかが分からない。さっぱり理解できない。

セイバーの願いが『選定のやり直し』から祖国の救済』に変わっている

これも反論としてよく効くんだが、これってそんなに(ry 実際ZEROの影響を受けてSNで変わったと考えてもまったく問題ないんじゃないの?『選定のやり直し』も本質的には祖国の救済であることに変わりはないだろう。どこに矛盾があるのか??というよりこの二つにそれほど大きな乖離があるとも思えない。ただセイバー自分自身がその役を辞すことを望んでいるというだけで、その理由も明確にZEROで示されているだろう。むしろZEROではセイバー挫折をしっかりと描いているわけで、これほど説得力のあるスピンオフもないと思うんだが。

イスカンダルギルガメッシュとの問答シーンでのセイバーの扱われ方が不満

ここはむしろZEROの良いところだと思うんだが。やっぱりセイバーに対するキャラ萌えが起こしている不満なんじゃないかセイバーの『人の心が分からない』理由は、『聖人である』ことが原因だ、という至極全うな指摘だろう。イスカンダルギルガメッシュが正しいとは言っているわけではないが、セイバーに欠けている資質をこれ以上ない仕方で言い表していたと思うぜ。実際よくあることなんじゃないか?人を大いに動かすのは夢を持つことであり、大成する人間はたいていそういうものちゃんと持っている。それは言い方を変えれば『欲望』だ。学校優等生だったからといって、世の中に出て大成するわけじゃない。優等生優等生的な生き方しかできないし、大抵そういう子は世の中に出て挫折経験してしまものだろう。重要なのは自分がどうなりたいのか、何をもってして幸福になるのかをきちんと考えることであり、いわばそれは『利己的になること』そのものだ。そこを見据えずに幸福のための『自己犠牲』と『優等生的な生き方』だけを追求してしまえば、やり方は間違っていなかったはずなのにどういうわけか息子や娘がグレてしまった親=国を救えなかった王、となってしまうことはさほど想像に苦しくないと思うし、SNのセイバー矛盾するとは思えない。

おそらくだが、イスカンダルギルガメッシュが正しい、みたいな描かれ方が気に食わなかったんじゃないか?それはあくまで作中での描写であって別にセイバーが間違っていると断罪したわけではなく、そういう受け取り方をしたのは「あくま視聴者」だろ。そしてそういう風に受けとれるような作品の作り方をしている。だってそういうコンセプトなんだもん。それを真に受けて「あんな書き方はないんじゃないかセイバーの扱いがあんまりだ」と反感を買うのは、ぶっちゃけ作者の思うツボであって、むしろそういう読者の反応を引き出すことが出来ている虚淵さんが上手いと俺は思うけどね。

セイバーエクスカリバーイスカンダルジャンプでよけたことが不満

これってそんなに(ry  こういう発言自体疑惑を抱かざるを得ない原因というか、、やっぱりsnとの矛盾点を指摘する奴らのセイバーに対するキャラ萌えから来る擁護愛がすべての根っこだと思えてならない。お前らそんなにセイバー好きかよ??

ZEROにおける『騎士の誇り』を否定する描き方が不満

これもやっぱり否定された、と思ったのは「視聴者」であって(ry 切嗣セイバーとの考え方の決定的な断絶を表す上ではこれ以上ないほどの表現であろう。セイバー切嗣は根幹は似ているけど、置かれている立場が決定的に異なるせいで、視座の違いからどうしても見解が相容れないものになってしまった。間違っているわけではないけど、結果的挫折に繋がってしまった決定的なセイバー視点の見逃をここまできっちり描いているスピンオフは明らかに原作リスペクトからくるものだし、正直この点はきのこ氏の描き方よりも虚淵氏の描き方の方がはっきり言って上手い。むしりSNも虚淵氏が書いた方が、士郎のキャラクターとしての説得力もっと増すんじゃないかとすら思う。そもそもZEROという作品は「騎士道批判している」わけではないし、別にセイバーが間違っていると断罪する作品というわけではない。ただセイバーの『実直で気品と正道を重んじる在り方』(それそのものは正しく、そしてそれがあるからこそ世界を成り立たせている非常に重要な要素)=優等生であるからこそ、彼女挫折した、という運命フェイト)についてきっちりした情報補完をしただけ( というか優等生ってのは挫折するって相場が決まってんだよぶっちゃけ。もうそれは運命みたいなもんだ。彼女別に失敗したわけではなくて、為政者としてあまり優等生であり正解を選び続けて成功し続けたからこそ、運命的にというか優等生宿命的に王として国が滅亡するという結果になったというか。そこに王としての自分のあり方はあったけど、もっとそうではない生き方についての考察がなかったというか)

なんでこういう感想(「セイバーの扱い方が不満」)になっちゃうのかというと、やっぱりキャラ愛のせいなんじゃない?「ボクのセイバーはこんな無能じゃない!!」みたいな?

切嗣セイバー関係原作SNと大きく矛盾している

これに関しては矛盾というか、印象論だと思うんだよな。だってSNであんまり切嗣の話しないじゃん。ほとんど語られていない内容に矛盾も糞もあんのかよ。

(1)三回しかしかけないなんて切嗣が幼稚すぎて、効率主義とは思えない

三回についてはSNの設定準拠だろ。というか、そもそも効率を考えるとコミュニケーション重要だ、という主張そのものが間違ってると思う。だってコミュニケーションを取れない奴って現実いるからね。コミュニケーションって言葉は基本「相手自分の言うことを分かってくれる」という思い込み押し付けから来る理想論であって、本質的に人と人は分かり合えないものだし、対立って本質的には決定的なもので落としどころを作って妥協するしかない代物だし。最終的には殺し殺される関係で結果だけがすべてを物語るという世界に生きて何よりもそれを重視してきた切嗣が、「正しさ」とか「語る」なんてまどろこっしいことするか?ぶっちゃければ軍隊みたいなもんだよ。「視聴者」として層が厚いだろうヲタクが一番大嫌いな体育会系世界理屈だよこれは。そりゃお前らには受けが悪いだろうけどさ、やっぱり問答無用じゃないと先に進まないことってあるぜ。それのどこが幼稚なのかさっぱり分からんアイリを間に噛ませることで精神的なケア軋轢をしっかりと回避しているあたりも、切嗣はしっかり妥協をしている。妥協できる奴っでのは子供じゃなくて大人代表だよ。そういう意味でも、切嗣の行動が幼稚だという指摘は受け取り手側の問題といわざるを得ない。

(2)切嗣が泣き言言い過ぎ

これって矛盾なのか???切嗣ロボットになりきれなった人間。これを見事に表現できていると思うんだが。

(3)切嗣セイバーペアが強かったと思える程の活躍をしていない

これに関しては表現問題しか言いようがない。が、別に矛盾でもないだろう。セイバーはもともと最優サーヴァントなわけで、そこにさらに「星の聖剣」を使える奴をセイバーとして召喚できたらそりゃ強いに決まってる。作品では内輪事情に踏み込んで表現されているからさほどそうは見えないが、相手からすりゃ十分脅威だったと思うし、結果的セイバー相手方のサーヴァントをきちんと切伏せているわけだからその名に恥じない活躍をしている。単に「扱われ方がセイバー推しには納得のいくものではなかった」っていうだけ。それにしたって、ZEROセイバー挫折を描くというコンセプトで作られているのだから、当たり前のことなはずだが。

(4)ケイネスを殺した後の、切嗣セイバーアイリをはさんでの会話=「英雄のせいで戦場悲惨さが覆い隠されている」という話が意味不明

なにが意味不明なのか分からない。切嗣言葉には説得力しかないと思うんだが。そもそもこの反論ってセイバー英雄馬鹿ではないとしたら成立しないのでは?彼女英雄馬鹿ではないのなら、切嗣のこの考え方に賛同してもおかしくはない。戦場地獄であり騎士道なんてもので誤魔化そうとも敗者は敗者でしかないし、そもそもいくら周りがなんといおうと本質的兵士英雄として死んでいくわけではない(※この辺は与謝野晶子でも読んどけって感じでいまさら語ることでもないだろ)このくだりを意味不明と扱うのは、やっぱりセイバー切嗣にけちょんけちょんに言われているという扱われ方不満なのであって、ストーリーの完成度というよりは単にキャラ萌え問題なんじゃないのか?

ていうかそんなにセイバーが好きか?

見ていて多分ここが決定的に違うと思うんだよな。増田別にセイバーきじゃないです。リビドーをぶつける対象ではあるけど、それ以上の目線特にないです。別に彼女のあり方とか考え方とかにはあまり興味もないし、snを通してセイバーが最終的に救われたとも特に思わない。そもそも士郎自体理解不能に描かれているので「士郎がどうにかしたいと思うセイバー」という存在にもあまり共感は出来ていないのがそもそもの原因だとは思う。ぶっちゃけセイバーENDよりもUBWエンドの方が好きだしな。。。士郎は何かとセイバー不憫に思ったり彼女を救いたいと思ったりしているけど、セイバーってそういう存在だっけ??という違和感がどうしても先行してしまう。もともとヒロイン枠で作られた存在ではなかったというだけあって、やっぱり攻略対象としてはちょっと異質なのが彼女なんじゃないかなぁ。。。

ZERO原作矛盾批判する人はやっぱりどこかsnセイバー好きな感じがあって、snセイバーものすごく神聖ものとして扱っている節があるんだけど、個人的にそれは癌だと思う。だってsnのセイバーってストーリー強度や設定で言えばかなりガバガバで無理がある存在なんだよ。あそこでキャラクター個性をFixしてしまうと、そりゃその後の作品が受け付けなくなるよな、と思う。キャラ萌えひとつ作品の楽しみ方ではあるけれど、もっと純粋ストーリーとしてのFate考察をするべきでは?

余談:snのセイバー好きの人はHFの桜とか嫌いなんじゃね?

これも結構あって、俺はわりと桜好きなんだよなー。Fate//EXTRA CCCとかのBBを見てると、桜はリビドー対象としてもヒロインとしても実に正統派だと思うんだけどどうなんだろう。HFルートはいいと思うよ、あれ。桜嫌いって言う人がわりといるんだけど、結構確率セイバー好きが混じってる気がする。そしてそういう奴に限ってsnセイバーに拘ったりする。まあ楽しみ方は人それぞれだし、別に俺はキャラ愛を誰かと共有したいとかそういう願望はないんだけど、あえてここに切り込みをいれると、おそらくこういう層の楽しみ方や考え方ってある種アイドルヲタに似てるんだよね。自分推しメンがいて、それを共有できるかできないか、みたいな思考回路なんだと思う。いいとか悪いとかではなくて、まあそういう思考回路なんだってことなんだけど。

問題なのはアイドル的な楽しみ方でFateを語るときに、そこにZEROとsnにおけるセイバーの扱われ方の確執という問題が起こっているに過ぎないのであって、決してZERO矛盾しているというわけではないということを俺は断言したい。そういう意味でもイスカンダル女体化ではなく渋い男として表現した虚淵ファインプレーと称えたいし、設定ガバガバで厨二前回の型月Fateシリーズの中で実に渋い出来栄えとなっているZEROを俺は推したい。ZEROという作品のおかげでFateキャラ萌えだけではない作品になっているし、切嗣代表とする厨二とはまた一線を画すキャラクターが織り成す絶望と儚く淡い幸福への渇望の描き方が非常に上手い、絶妙作品になっている。OPの曲もいいしね。

2019-01-24

経済規模ならカリフォルニケイション anond:20190124232229

日本ほど集中しているのがレアなので

あと増田のいう没落が経済規模ならテキサス州にもニューヨーク州は負けてる

でもワイちゃんニューヨーク行きたい🗽

あと暖かそうだからカリフォルニア!!

1位アメリカ合衆国 19兆3910ドル

2位 中国 12兆150億ドル

3位 日本 4兆8720億ドル

4位 ドイツ 3兆6850億ドル

5位 カリフォルニア州 2兆7470億ドル

6位 イギリス 2兆6250億ドル

7位 インド 2兆6110億ドル

8位 フランス 2兆5840億ドル

9位 ブラジル 2兆550億ドル

10イタリア 1兆9380億ドル

11テキサス州 1兆6960億ドル

12カナダ 1兆6520億ドル

13位 ニューヨーク州 1兆5470億ドル

2019-01-16

anond:20190116110311

一応人間には「認知」って機能があってイケイケだと「赤ちゃんができたみたい…」って言われて「OK! おめでとう!」って言うけれども鬱状態だと「ありえん…ワシの精子妊娠など…」みたいに、実際の定量的物理現象に対して判断パターンが分かれる、ってことまでは分かった。

ADHDだと躁鬱がハゲしい傾向にあるので、従ってその認知も歪みやすいって事なんだな。

なんとなく理解できたわ。

イケハヤさんがADHDかはともかく、勉強になった。ありがとう

2019-01-14

anond:20190114120435

揶揄してるのは一部のアホだけだろ。

まあ、それはいいが、起業なんて基本的地獄なんだし、ケイザイセイチョーとやらの生贄としてしかおもっとらん。

なにか儲けるネタがあればやったらいいが、それすらもないやつに勧めるなとは思うな。

2019-01-05

anond:20181225224942

よくできたまとめ。

かくいう自分はロストメビウスあたりで離れた組(※と、いいつつ結局今でもどこか目の端で作品群を追いかけている)

このあたりの解説もまさに増田の言うとおりで、作品テーマが難解になって、作者の言わんとしているところと作品読了後の自分の得たいカタルシスが一致しなくなったため。

自分ブギーポップに求めていたのは第一に『笑わない』のような多重構造ミステリーを通して語られる世界というものの複雑さと適当さに圧倒される閉塞感。

第二に『パンドラ』『ホーリィ&ゴースト』『冥王と獣のダンス』『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ』で示されるような、閉塞的な世界において個々の人生という名の運命=<試練に立ち向かう戦士>の話。

第三に、前項ふたつの要素が組み合わさって終幕を迎えた物語におけるカタルシス

初期作品は間違いなくこの三つの要素で形作られていたといっても過言ではない。

そして著者のあとがきで語られる分析考察独白みたいな結論通称上遠野節と言われる)がこのカタルシス絶妙な味を与えてくれて、二週目以降の読破にも興が乗る。

このカタルシスだが、二期後半以降かなり薄れる、

具体的にはまさに増田が触れているとおりで、ロストメビウスとそれ以降の作品群。

世界の謎要素』が強くなった二期以降のブギーポップにおいて、ロストメビウスは作品群として重要位置づけにはなりえても『戦士』よりも『世界の謎』を優先したために作品単体としての完成度が低い。

そのわりにロストメビウス以降も大筋でブギーポップ世界観に進行があったということはないので、かなり肩透かし感がある。

そして二期作品以降はこの傾向が加速して、世界観に一切進行のない肩透かし感(「結局あれはなんだったのか」)が続く。

その原因について、ブギーポップを含む作品群についてを含めてこのblogがすばらしい考察を書いているのでリンクを張っておく。

http://gentleyellow.hatenablog.com/entry/2019/01/03/135038

もともと上遠野氏の作風ストーリー自体がもともとスタンドアローンで、ストーリー同士をつなぎあわせることで全体が見えてくるというミステリーみたいなスタンスだった。

まり最初期における『笑わない』で用いられていた手法が、今度は作品群全体において用いられるというスケールアップが面白かった。

したがって、巻が進むごとに世界の謎が徐々に解き明かされるというミステリーっぽさが熱狂的なファンを生んだ。

しかし二期後半くらいから過剰になってきたために、年単位放置されてきた伏線が増えてきたことで、作者の中でネタ賞味期限が切れてきた、というのが正直なところではないだろうか。

この賞味期限の切れ具合から起こったネタ在庫整理が、そのまま上遠野氏における二期、三期の切り替えの時期に一致している感じがある。

したがってこの賞味期限切れの結果、世界の謎要素は徐々に手仕舞いしなければならなくなる。この手仕舞いが「ヴァルプルギスの後悔である

ではそれ以降のブギーポップはどうなるのかというと、作品全体を覆う世界の謎がなくなってしまったので、あとにはスタンドアローンになったストーリーしか残らない。

筆者が特にこの傾向を感じたのは「沈黙ピラミッド」あたりであり、確信したのが「化け猫めまいスキャット」あたりである

この辺になってくると、もはや世界に謎がないのでスタンドアローン作品を見ていく以外に楽しみ方がない。

もともと外伝作品スピンオフのかたまりだけで構成されていたブギーポップシリーズが、それでもシリーズの体を保っていたのはブギーポップ存在世界の謎だったのだが

世界の謎がなくなったことで(※まぁ、振り返ってみるともともとそうではあったのだが)ブギーポップシリーズが明確に単純なスピンオフの塊シリーズとなった。

類似作品としては「地獄少女」みたいなものだと思ってもらうと分かりやすいだろうか。

ブギーポップの魅力が一番詰まっているのはやっぱり原点である「笑わない」とそこに連なる初期9作品、ロストメビウス手前までの二期前半だと思う。筆が載ってた時期が一番面白かった。

個人的には「ビートのディシプリンシリーズこそ真骨頂だと思っている。<世界>と<戦士>の構図をカタルシスと共に描くことにかけては著者の作品でいまだ右にでるものがない。

時系列的にも世界の謎がもっとも沸騰していた頃だったので、ここまでは大きな流れが見えて面白かったように思う。

二期後半以降から作者はたぶんブギーポップ関係とは別作品を書き始めて、ブギーポップ位置けが自分の中で変わってしまったんだと思う。

やりたいことをやるために別の枠が用意されているなら、ブギーポップではもはやそれをやる必要はない。特にヴァルプルギスの後悔>という大仕事を終えてからはそれが顕著である

したがって初期作品に見られたカタルシス二期作品と並行で書かれた著者の別作品できちんと得ることができる。

たとえば<戦士>と<世界>の構図の代表作であれば『冥王と獣のダンス』や『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ

そして<世界の謎>=ミステリーであれば『しずるさん』『ソウルドロップ』があげられる。

まりこの辺から上遠野さんは、やりたいことがいろいろとできちまってブギーポップについてはとっちらかし始めた感じがあり、最終的にもともとそうであったようにスピンオフスタンドアローンストーリーの寄せ集めに落ち着いた感じがある。




アニメ化について

すでに二話まで見てみたが、まぁこんなもんなのか?という感じ。

個人的演出が惜しい。

もっとカットを多様してキーワードとなる台詞にはキャラクターの口元を映したり、必要なシーンを瞬間的な回想で一瞬だけ挿入させるなど、雰囲気を出すためにシャフト演出必要なのではないか

シーンごとのつながりは見た人に分かりやすいつくりにはなっていると思う。

ただ木村君を出さないのはどうかと思う。「笑わない」を読んだことがある人にはわかると思うが、通しで読むと途中までは単なる青春ストーリーしかなかったもの

木村君のチャプターから徐々にストーリーの肝へと近づいていく、いわば切り返しのチャプターなのだ

というよりそもそも三話か四話程度で「笑わない」をやってしまう今回の計画自体に無理があると思うのだがどうなのか。

聞くところによると中盤から後半は「vsイマジネーター」をやる予定らしい。

上遠野氏にとって間違いなく重要存在だったイマジネーターだが、多分筆者の雑感ではおそらくまだこのテーマは著者の中ですっきり終わってないまま放置されている。

原作がまだすっきりと終えていないものアニメ化したところで面白い話になるはずもない。

個人的監督に対する批判としては、アニメ化するなら上遠野氏の作品のなかでもスタンドアローンできれいに完結しているものを選ぶべきだった、と言いたい。

何かと話題になる『笑わない』とか『イマジネーター』ばかりに目をやるのではなく、形としてワンクールに綺麗に収めやすい初期の作品なら

ペパーミント魔術師』『ホーリィ&ゴースト』『エンブリオ侵食炎上』『パンドラ』があったではないか

初期作品の趣を正当に継承しつつ、ワンクールという短い話数でまとめやすくきちんとカタルシスを与えられるストーリー強度を持っているのは間違いなくこの四作品だ。

監督はこの中から映像化する作品を選ぶべきだった。

■三期以降の作品ブギーポップシリーズについて

三期以降の著者の作品は手にとっていないので分からないというのが正直な感想だが

懸念していることとして何点かあげておきたい。

第一に、90年代の閉塞感というものはもはやない。

少なくとも現代ジュブナイルにそういう感情はない。

成熟期~衰退期にある現在日本は、当時の熱狂からの急速の冷却時期をある種越えて、落ち着いた感じがある。

またITの広がりを受けて知識を得ることが一般かつ容易になったために、今まで知らなかった社会の謎や不満、不安が解き明かされつつある。

少なくとも「自分の感じていること」が何なのかを社会的な構造論理できちんと説明できるようになった。「何がなんだか分からなかったものから、少なくとも「原因はこれなんじゃねえか」と言えるような、手触りのあるものにまで落ち着いてきた。

そしてエヴァで示されるような自分自身の心理的問題や、ガンダムのような社会自分との対決ではなく、もっと普遍的なある種受け入れざるをえないような構造上の問題として理解されつつある。

働き方も人生に対する考え方も将来に対する展望も、今の若い人たちはよりリアル現実的だ。

自己実現の形も身近で多様になってきた今、閉塞感を主要な題材として手探りで作品を作る事は普遍的とはいえやや共感が難しい。

ある種のカウンターカルチャーから始まっているとはいえストーリー路線もっと王道的なもの回帰する必要があるのではないか

■第二に、<世界>と<戦士>の関わり方もまた時代を経て変わってきたように思う。

いまの若い子たちのほとんどは迷いがない。情報がたくさんあり、そのことに慣れているので、彼らのほとんどは過去90年代存在していたような迷いや苛立ち、先行きの見えなさというものからきちんと卒業している。

先行きが見えないレールとして見るのではなく、多くはレールを立派に相対化して統合評価し、少ない選択肢のレールの中から自分の納得のいく選択を手にして自分人生を生きている。

平凡ではあるが、意思ある存在としてその平凡さを選んでいるのだ。わけもわから梯子を登り続けた90年代を背後から俯瞰して「だいたいこんなものだ」という感覚を肌で分かっているのが00年代だ。

したがって、振り落とされて振り回される世代ではない。また将来に対する不安はあれど、道しるべや指標、解析ツールは探せば手に入る時代に、無理をして多くを手に入れようとはしない。

したがって、ピート・ビートが感じていたような不安感は、物語の没入のためには役立つが、そこに共感を感じさせる要素は見つけにくいだろう。

過去SF現実社会を映すものであり、社会の謎を解き明かす鍵があると考える読者も多かった。それがカルト信者を生んでいた一面もあった。

しか現在の若年層にとって、SF提供する社会の謎はエンターテイメントの一部でしかない。

したがって<世界>と<戦士>の構図も同様に、エンターテイメントとしての構図に終始するか、あるいはこの時代における新たな<世界>と<戦士>の構図を再度見つけなおさなければならないだろう。

一言で言ってしまえば、セカイケイはもう終わってしまって古くなった。

人々は自意識というものについての興味を、以前ほどにはもっていない、ということだ。

したがって、意識というもののあり方が大きく変わってしまった以上、<世界>と<戦士>のあり方も本質は変わらずともあり方を変えて描かざるを得ないのではないか

第三に、引用するサブカルチャーの変遷である

知っての通り、上遠野氏はジョジョ熱狂的なファンであると同時に、洋楽から多数の引用を行う。

これはあとがきに書かれている通りだ。

これはこれで悪くない選択だとは思うし、古典に学ぶことが創作の近道なのだが、現代サブカルチャーとその源流についてももう少し学んでいいのではないか

現代っ子が引用するサブカルチャーほとんどはpixivニコニコ動画が主流である

そして引用のされ方にも傾向がある。

売れ筋に寄せろといいたいわけではないが、そもそも戦場ライトノベルであるからハードな戦い方(※つまり正統的なSFミステリ)をしていても遠巻きに眺められる終わるのがオチではないか

たまにはもうすこしライトなことをやってもいいのではないか

もう立派な大御所なのだから売れるための本を書く必要はないのかもしれないが、もっとキャラクターがきちんと動くストーリーを書いてくれたっていいのではないか

ファンサービスのありかたも商業小説のあり方も変化してきたのだから、もうちょっと寄せてくれてもいいのではないか

そんな気がする。

anond:20190105030218

ケイケじゃなくても仕事になるからなあ

絵描きや物書きで表舞台に立ってるような売れっ子は、本当、山の頂点のひとつまみだよ。

ケイケじゃない大半でもお金になるんだよー。

誰でも教えればイケイプログラマになれると思ってんの?

絵や物語に置き換えたらわかる

いくら教育しても下手くそは下手くそだし、つまらん話しか出てこないのは出てこない

ケイケな絵描きや物書きは放っておいてもモノを作る人であって、教わってなんたらかんたらではない

別にトップでなくても、仕事になるレベルでいいんだから教えてくれればいいじゃん?って?

薄給で激務なアニメーターや本だけで食えないから他の仕事をしてる物書きと同じで、トップにならなきゃプログラム世界でもキラキラした所には届かない

就職なりなんなりで切っ掛けを得ても、自分の力で伸びれないなら幸せになれないからやめた方がいい

人には向き不向きがあるんだからプログラマ給料がいいからとか、職場環境がいいから。とかじゃなく、寝る間も惜しんでつぎ込めるくらいの情熱のわく所で仕事を探した方がいいとおもうな

2018-12-31

エモ女のこと

ブスへのマウントひどいなこのエモ女。

意識の高い自分たちセンターにおいてそれ以外の女性もろとも批判するという悪癖がもろに出てる。

意識高いのはいいけど今回のは明らかに勇み足だしこの記事エール送ってるやつらは全員想像力のかけらもないか

自分正義だと思って疑わないんだろうなあーやだやだやだやだ。

まるでホームレス狩りを食らった気分だわ。このエモ女デリカシーがなさすぎるし

こいついつぞやゆらぎ荘批判してた経歴詐称しまくりのクソ女と同じカテゴリだろ。そういえばあの嘘つき女今何してんの?



エモ女が絶望的に勘違いしてるのはね。

お前なんだかんだ男にモテようとしてんじゃん。

女はそういうものだと思ってんじゃん。そこからしてもう人種としての共通点ナイナイ

それがわかってないならただのバカだろ。

結論として媚びて自分を軽んじるな。ラブリーに生きろだの。

自分自分を「かわいい」と愛しんで、「かわいい」を目指す方向を選ぶやつ以外は認めないって言ってるし

それと対比してもう一つ選択しだしてるけどろくでもない選択しかない。

なんで選択肢が1と2しかないんだよ。ダブルバインドかよ。ブスの存在のもの否定してんじゃん。

ブスには他の選択肢が必要なんだよ。よこせよ。

こちからしたら、エモ女がいう1でも2でも男に媚びてんのよ。どっちも違うんだよ。

こちらの選択肢は ブスでもいいから男のことなんか気にせずに好きに生きる、だよ。

かわいいとかブスって判断基準のものから離れたいんだよ。

そういう存在ちゃんと想定できてない時点で知能指数ぜんぶモテに振り切ってんじゃんこのエモ女。

こんなエモ女のいうことに賛同するところなんてみじんもナイナイ

しょうもないこと気にするのはいいけど主語でけえんだよ。

私とあんたでは生物学的には同じ女だけど、全然別の種族なんだよ。

この際だから本音を言うと、エモ女の言ってることって

ちょっと自分のことかわいいと思ってるけどプライド邪魔して男にモテない女の嫉妬だろとしか思わないわけ。

「そういうやりかたするのはずるい」って言ってるだけじゃん。

見苦しいよ。男を気にしてる時点で、もう何を言ってもモテてる女の方が正しいし、そうでない女は負け組でしょ。

男なんて気にすんなってことが言いたいなら、「ちょうどいいブス」をそういう風に批判絶対ナイナイ

自分自分のやり方で男に好かれてモテてるって思ってる女の人は絶対にこんなダサい記事書かないし男叩きもナイナイ


このエモ女、部分的にまともなことも言ってるけど嫉妬のエモが強すぎ。

自分のことをブスとしか思えない人間存在ごと全否定していて結局女が、じゃなくて自分気持ちいいことを言ってるだけ。

ブロガーだし別にそれでもいいけど、これが女の総意みたいなこと言われたら、はいはいそこそこ綺麗な女はいいよねってなるだけ。

気持ちで何とかなる領域人間はそうしたらいいが、

からと言って素直に自分をブスって認めてる女を否定するとかどれだけイキってんの?

自分アイコンかわいいキャラクターであるちゃんにしてる時点で

自意識がクッソ高いか尿道が緩いかどちらかなんだろうけれど

なろう批判してる小説家ワナビーとおなじくらいセンスプライドナイナイ


この記事同調してる女は

自分に自信があって、男に媚びるのを良しとせず

ちょっとでも男に媚びたようなふるまいや自虐が見えたらそういうのは邪道だといって叩き潰そうとする、そういう同じエモしかない女だわな。

女を殴ったら自分が殴られる側になるから悪いのは全部男のせいにして。

一方、自分小説に自信があるけど周りから評価されずに自意識こじらせた自称正統なる小説家様たちは、

なろうは読者に媚びてるとか異世界邪道だとかしょうもない難癖付けて売れてない自分から目をそらして自分意識の高さを肯定する。

そこに何の違いもナイナイ

容姿という一面で人を誰よりも図ってるのはエモ女のほう。

ブスとか言ってるやつらは容姿以外のところで勝負することに決めたってだけなのになぜそこまで否定する。

お前らからしたら邪道であって正統じゃないかもしれないけど、正統じゃない存在からって否定すんなよ。



ほんとこのエモ女、自分こそが正しいって言ってそれ以外のものを何でもかんでも否定するけどいい加減にしろよ。

ポリコレを唱えても表現の幅は狭まらないとか言ってたおばさんが

いかに間違っているか実例がまた一つ増えただけじゃないの。本当に考えが足りてナイナイ



私はブスってのを居場所にしてる。

そこが居心地がいいのだから放っておいてほしいの。ちょうどよくないブス上等だよ。 

自分たちの考えと違うからって、それが間違ってるとか勝手に決めつけないでほしい。 

私は私で山﨑ケイにむかついてるけど怒ってる理由はエモ女とは全然別。

自分のことを「ちょうどいいブス」って書いてる山﨑ケイは同じ女の私から見ても全然ブスではない。

そういうブスでない人間がブスという言葉自分のものとして使ってんじゃねえよってこと。

居心地のいい場所侵略しておいてさらモテとか言い出すのが欲張りすぎてふざけてんじゃないよって反発はある。領土問題

一方、エモ女は自分領土侵犯されたわけでもないじゃん。なんの関係ナイナイ

自分の獲物を自分が見下してるブスに取られたくないだけだろ。

なんせエモ女はクッソ性格いからな。ブスというだけで女を見下す最低人間だもんな。

そういうエモ女からしたら、自分よりブスな人間自分よりモテようと考えるだけでむかつくんだよな。

でも直接そういうと自分性格が悪いのバレバレから取り繕った結果こんな醜い文章書いちゃうのよね。わかるわかる。

これだけ読んでもまだエモ女のことがわからんって人は知能がナイナイ


「ちょうどいいブス」批判上から目線で行われる でググってみたらエモ女の普段発言がまとめられてるから

それ見て、このエモ女のどす黒さを見抜けなかった己の目の節穴ぶりを反省しようね。

2018-12-29

anond:20181227131051

実はそういう人が多くて視聴率番組全体であのコーナーが低く、局内評価的には『モンスターハウスは失敗作』と認識されていたらしい。

TBSは騒ぎが起きたから失敗が帳消しになるような局では無いと思うなぁ。イケイ時代フジテレビとかならともかく。

2018-12-26

関心の無いキャラが強いと好きになる

カイリューマルチケイルを手に入れた瞬間好きになった

・「男だしなぁ…Zeroも見てないし」と思ってたけどFGO諸葛亮孔明を引いたらウェイバー君が好きになった

レインボーシックスシージで新オペレーターが来る度好きになって、弱体化の後また無関心に戻る

ギルティギアはずっとソルが好きを貫いてきたがGGXrdREV2で「声がいいから」とジョニーを好きになる

カービィシリーズが好きなのはスマブラで強いか

 

クズであり、厨キャラ好きであり、すんません…。

2018-12-25

ゾンビになる夢を見た

職場の給湯室でモーガン・フリーマン注射されてゾンビになり、ニコラス・ケイジと戦うという意味不明な夢だった。

最終的にケイジが私に噛まれゾンビ化して私と2人で雄叫びを上げるシーンで幕を閉じた。

妻に話したら、「変な薬とかやってないよね?」と言われた。

anond:20181224235659

けど、有名大企業だけど、マネジメントが腐ってもはや新しい良いものを作る力がなくなってる会社だと本当に威勢だけだろうけどな。

そうして、そんなゾンビみたいな会社でも客を掴んでいれば生き延びられる。

けど、世界中企業競争しているのだから海外のポットでた企業にあっという間に市場を奪われて滅びる。

新しい良いもの構造的に作れなくなってようが、自社の市場海外のポットでた企業に奪われようが、そのとき大企業の平社員なんて何もできない。

ただ、本当に危なくなる前に、元大企業という肩書を持って別会社にすることはしやすいだろう。

それこそ今まさに市場を奪おうとしてるその海外同業種のイケイ企業転職するとかな。

2018-12-23

老健施設利用者を戦中派と戦後派で分けるべきだな

物心ついた頃には敗戦してた世代

気づけば戦争してたイケイケゴーゴー世代では分断がある

anond:20181223091357

関係ないけど、イケイケ男の恨みをオタクで晴らすのが女の本質からな。

2018-12-22

anond:20181222081418

実行力が有ると言って、出来もしないことを一杯やっても意味がないんですが。

本来尺度は多数あるんだけど、それを一つの尺度で語ろうとするからおかしくなる。

多くの尺度ありすぎてわからん!ってやつのために一つの尺度で語ろうという風習が生まれた+深刻な上位層の劣化現在の状況を招いているのだと思う。

それは、現場としての能力が優れてるがために、マネジメント理解せずイケイドンドンでやるやつを評価せよ!と、大量に上位層に昇進させたつけ。

例えば、アメリカなんかだったらMBA持ちじゃないと管理職になれないという。MBAの「知識」はそうたいしたものじゃないけど、

マネジメントにはマネジメントスキル必要だと理解されているからだとおもう。

2018-12-19

anond:20181219111538

当時の朝日新聞などを読み返してみると、国民をイケイケにしたのはこいつらだろと思う。

もっとも「煽られてそれに乗っかる方が悪いのか」という問題も出てくるけど。

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