はてなキーワード: 段取りとは
パワハラなんて言葉が一般的じゃなかった時代もそうだし、現在でも現場は怒号が飛び交ってるよ。
ひとつは土方が働くような現場は、大卒で日本語が通じて、1を聴いたら10を知るような人間が少ないということだ。昨日、アレをするなと注意しても、翌日になったら忘れている人もいる。昨日とは違う人間がくることもある。新規入場者に対する教育は、必ず行うことになっているが、教育を行う方の立場になれば、もう還暦も近いおじさんに毎日毎日、同じことを言い聞かせてるので、自然と言葉が荒くなる。
言い聞かせることも、何も難しいことじゃない。挨拶をしろ。安全確認をしろ。手をつける前に監督に一声かけろ。問題や事故が起こったら、隠さず申し出ろ。ゴミ捨てるな。タバコは決められた場所以外で吸うな。デカい声で私語をするなetc…こんなのばかりだよ。言う方も言われる方も嫌気がさしても当然じゃないかな。
ふたつ目は、やはり危険作業が多いからだ。いくらヘルメットや安全帯をつけていても、頭の上を鉄の塊が通過したり、そこかしこに鉄筋が飛び出ていたりするのが現場だ。一般の人が安全に過ごす前の段階で働いているんだ。ヒヤッとしたら、そりゃ怒鳴りたくもなる。安全に安全を重ねているつもりなのに、この前渋谷の再開発工事で鉄骨落としていたでしょ。絶対安全なんてないんだよ。
それに土木や建築は、工場の中で生産なんかしていない。現地で組み立ててるんだ。雨が降ればずぶ濡れになるし、鉄板や足場は滑る。せっかく掘った穴が崩れる。地面よりしたの区画は排水が追いつかなければ泥水のプールだ。雨で見通しが悪くなると、安全確認をしている人さえ一瞬見えなくなる。突風がいつ、どの方向から吹くのか予想できる人なんていないんだ。そんな現場でできる安全対策の中に、大声出して確認するのが重要になるのはわかるでしょ
それに大規模な事故が起これば現場は止まる。止まってもよその現場がすぐにあればいいが、そんなに都合良くはいかない。死者が出れば、警察が現場検証を行うまで何もできない。でも警察に現場の状態を聞くために呼び出されたら行くしかない。その間は金も出ないのに拘束されているようなものだ。一番避けたい状況でもある。
みっつめは、末端の作業員は今でも日当で働いているからだ。今日作業がなければ給料はない。だから事故や怪我で現場が止まれば、ご飯が食べられない。自然と危ない予感がすると声を荒げるようになる。
組み立て作業が多いということは、段取りが重要になる。自分が今日行う予定だった作業の、前の段階の作業が終わってなければ、作業ができない。つまりお金がもらえない。だから前の段階の作業が遅れていてら、そいつにも、現場監督にも怒鳴る。俺が稼ぐ予定だった時間を無にしやがって!てね。自分の作業を終わらせて、さっさと帰りたいのに、物事には順番があるから進まない。そしたらチンタラしているヤツに怒号が飛ぶ。理不尽だけど当たり前だ。
理由はもっとあるし、複雑だけど、だいたいこういうことが主な原因だ。怒号が飛ぶ現場は、パワハラばかりだと思うかもしれないし、自分も半分ぐらいはそうだと思っている。でも命懸けの仕事ってそういうものがつきものだから、もしこれを読んでいる人間で、そういう環境で仕事をしたくないと思っているなら、家でパソコンひとつで、人にも合わなくて食べていける職業を選んだらいいと思うよ。個人トレーダーぐらいしか思いつかないけどね。
言わんとしてる事はわかるけど、ワイが細かくお金管理出来てないから、支出多いんよね…
仕事もあるから専業やってるパートナーにお願いしたいんだけど、やりたがらないので、であれば安牌に倒すしかないよなーと考えてたらコレなので頭抱えてる
●結論
精神科に行って薬出してもらって3ヶ月様子見ろ
●本論
まず初めに言っておくと俺は「うつ病」認定されて精神障害者保健福祉手帳持ってる(3級)
昔の仕事関係でうつ病発症してから2年くらいニートしてたけど、貯金がヤバくなったから派遣バイトから始めて今は契約社員で年収200万代だけど働いてる。
通ってる病院の医者からは「お前は労務不能状態だから仕事すんの無理。市役所にもお前の診断書送って『生活保護受けられるように段取りしておいて』って伝えてあるからすぐ市役所行け」って言われた。
(生活保護だけは嫌だったから申請取り消しのための書類とか書いた。国は生活保護者減らそうとしてるんじゃないの?なんで俺が預かり知らないところで申請通ってるの?とは思う)
・気分が落ち込んでるからといって何もしない
・人によっては仕事する時間帯は気分が落ちるけど終業後は元気(非定型うつ)
大体この3つのうち1〜3点に当てはまる。(俺調べ)
俺も出勤前にドアの開け方が分からなくなって欠勤した経験とか、スマホや小説の文字が滑って読めない、文字が浮き上がって部屋中に飛んでいった経験もあるし。
でも程度にもよるけど、うつ病患者って365日24時間うつなわけじゃないんだ。
わりと体動かせる日もあるんだ。
周りの自称うつ病の話聞いてると「こいつ頭湧いてんのか」って何回も思った事ある。
整形外科とか行くよな。
39℃の熱が出たらどうする?
内科行って解熱剤とか諸々薬貰ってくるよな。
「精神病扱いされたくない」「精神科行くのが恥ずかしい」「プライドがあるから俺は行きたくない」とかなんかしら理由をつけて行かない。
もちろん診察を受けようとして電話した人も中には居た。
でも今って精神科の受診者が多いから「新規の人は2週間〜1ヶ月後になりますね」って言われて、そこで心折られて諦めちゃう人もいる。
でも何とか初診の予約が出来て予約日に病院行って診てもらって薬まで出してもらった人も居るんだ。
「もっと自分がどれだけ辛い思いをしたかっていう話を聞いて欲しかったのに全然聞いてくれない」
「薬だけ出して薬漬けにしようとしてくる」
みたいな文句つけて2回目から精神科に行かないし貰った薬も飲まない。
これは知識として
という事を知らない人が多すぎるせいだと思う。
「自分がどれだけ苦しい思いをして来たか」っていうのを聞いてくれる(いわゆるカウンセリング)のはカウンセラーとかが居る病院だったり施設だったりするわけだ。
何故なら精神病は「本人の自己申告」に対して「医者がどの精神疾患なのかを推察」して薬を出してるからで、躁うつ病の人にうつ病の薬出す事もあるから。
しかも抗うつ薬なんかはたくさんの種類があって、その中から自分に効果のある薬を見つけないといけないから。
そして2回目の診断で薬が効いたか、前に比べて落ち着きを取り戻したかなんかを判断してまた薬を変えたり量を増減して投薬するわけだ。
「精神科まで行って薬も飲んだのに良くならない、つまり俺はもう治らないんだ」
そんでTwitterで薬の写真載せて「俺は薬漬けにされて苦しんでる」とか呟く。
筋トレで例えると1日30回腹筋した翌日、鏡を見て
って言ってるようなもん。馬鹿か?
自分に合った精神科医と薬を見つけて、最低3ヶ月は様子を見ないと効果は出ない。
ただTwitterでは鍵をかけたりつけたり裏アカ作ってその事仄めかしてしんどいアピールしてる。
今お前が手に持ってるもんは何のためにあるのかマジで考えて欲しい。
自分自身の中だけでやっていけるやつは一生自称うつ病やっててもいいけど、そいつらは人に構ってもらおうとする。
例え相手が仕事中の時間でもそんなの関係無しでLINEやらメール送ってくる。
そして10〜20分返信がないと不安になってまたうつツイートやらリストカットする。
頼むからマジで「あれ、最近不安な気持ちが晴れないな」って思ったらすぐに精神科行ってくれ。
足をしたたかにぶつけてドス黒く変色してる、骨が飛び出てるような奴で「最近なんだか足が痛いんだよな〜」とか言って普通に仕事してるやつが居るか?
そしてお前らみたいなのが居るから、俺のような「うつ病である事を認識し、一生付き合う覚悟をして社会に出てる」人間が割を食う羽目になるんだ。
お前だけが辛いんじゃない。
私も同じ様な病的な感覚で仕事していてある時せっぱ詰まっているのに全くやる気がなく間に合わなくなって破綻した。
急いでした仕事の品質は良くないので評価があがらない、年とともに能力は落ちるので間に合わなくなる等、苦労してないといいが破綻するときまで頑張ってほしい。
今までの人生を振り返ると映画や公演は開演時間、電車の発車時刻ギリギリに到着するように行動してしまう。自分の中で限界のタイミングがあってそれを越えないと行動に起こせない。
仕事の段取りを細分化して、締め切り時間から逆算して余裕を見て行動しようとしたがなぜか頭痛が起きる。ストレスが溜まるみたいだった。そうやってるうちに時間的余裕がなくなりやばくなると尻に火がついて作業し出す感じだった。
所謂ショットガンマリッジなのだが若くして私を育て上げ、持ち家まであるというのは尊敬に値するだろう。
まあ離婚理由がしょうもないのでプラマイゼロ、むしろマイナスなのだが。
私の職場にいる人、取引先、友人等様々な人が私の周りにいるわけだが、手放しに尊敬できる人、一生尊敬できないな、と思う人など様々な人がいる。
仕事の段取りの良さ、立ち居振る舞い、知識量、身に着けている物、雑談のセンス等から尊敬に値するか判断しているのだが、直属の上司が一生尊敬できないほうの人間なのである。
私より知識もあり、仕事は出来るしそれなりの役職についている、もちろん妻子もある。頭髪は温水洋一よりマシ、といったところか。
尊敬できない理由を私なりに分析したのだが、人間としてのコミュニケーションが壊滅的という結論に落ち着いた。
例えば、私に何か頼むときも、おい、コレやっとけ、ならまだマシな方である。
これで私を動かそうとするのである。
お茶やボールペンくらい自分で用意してほしいし、掃除は共用部なのだからせめて半々でやるのが筋ではないか?九割は私が掃除していると思う。
私だけではなく周囲の人間も、上司の言い方は少しおかしい、といったような意見が出るあたり、部下の私だけではなく他の部署の人にも同じような言葉遣いをしているのであろう。
おい、お茶。って言われたらお茶用意するお前にも問題があるだろwという意見もあるだろう。
しかし事なかれ主義、出来るだけ平和に暮らしたい私はここで愚痴を吐く程度のうっぷん晴らししかできないのである。
私の両親と同じく持ち家もあり、子供を育て上げ、離婚もしていないのに、人間としてのコミュニケーションが壊滅的というだけで尊敬の土俵に上ることすら出来ない。
自分の中で本当に大切に思っているものが相手に刺さらない、ましてや受け入れてもらえなかった時に、自分を裂かれたような気持ちになり、それを克服しきれないまましっかり大人になってしまった。
のちに自分の好きなものは確かに万人受けするものではないが、極限られた人のみの嗜好傾向という訳でもない事を知った。私のプレゼンが下手なだけだったのだ。それが分かったところで、自分の心を開示する恐怖はさほど和らがなかった。
高校生の頃から好きなアーティストがいる。知ったきっかけは忘れたが、HMVのサイトで30秒ほどの視聴を擦り切れるほど繰り返し、意を決して地元のタワレコに買いに行った事を思い出せる。
さんざん繰り返した視聴の先を聴いた瞬間の感動は忘れない。予想しなかった方向に転調して度肝を抜かれた。
そのアーティストが、引退からまさかの復活をすることを知った。そのCDが今日届いた。CDをパソコンに取り込むのはいつぶりだろうと思いながら、データの取り込み時間を記憶よりも長く感じていた。
ようやく視聴の段取りができ、家事も済ませ、さあ心して聞こうとイヤホンをセットすると、さっきまで遊びに熱中していたはずの子どもがめちゃくちゃ喋りかけてくる。イヤホンでシャットアウトしていると子どもが何を言っているか分からない。泣く泣くスピーカーに切り替え、「ね〜ママー?ね〜〜ママーー??」のコーラス付きで聴き始めた。
引退から時間は経ったはずなのに聴き馴染みのある変わらない歌声、新しいエッセンスを取り入れたアレンジの曲が響き、比喩でなく痺れて力が入らなくなり椅子にもたれ掛かる。
やっと手に入れたCDを聴いて震えた高校時代の遠い記憶と今とがリンクした感覚があり、言葉にもできない深い感動に浸ってじーんと痺れていた。
この瞬間、私の人生の別レイヤーだったものが重なり合った感じがした。高校の頃からずっと好きで心の支えだったヨエコさんが今新しい音源を出している。それを、めちゃかわいくて大好きな私の子どもが、好きだと言っている。
私はこれまでの人生で、自分の好きなものは人には刺さらない、だから言わない、というのが凝り固まりすぎて、無意識に疑いようのない事実となっていた。
好きな人が好きと言ってくれる、受容してくれる感覚を久々に味わったように思って、それからしばらくフワフワとした多幸感に包まれていた。
そうこうしていたら「おどろ!」と言い出した。キレのないもちゃもちゃした動きで、しばらく親子2人で踊っていた。
それはギター。
しかしギターは一人でも楽しめるし、人と一緒でも楽しめるという点でもとてもいいと思う。
さすがに会社で弾きまくるは無理だけど家の中ならちょっとした隙間時間の遊びにちょうどよい
今まで隙間時間の遊びといえばスマホでゲームしたりネットで動画見たりが多かった。
これだと頭も体もなかなか休まらない。
ギターだと体の使う場所が変わるからか、すごくリラックスできるしいいリフレッシュにもなる。
これは好む音楽スタイルにもよるんだが、俺の場合目指したいのは一人でそれなりに上手く弾くことだ。
完全に自己満足だし誰に聞かせたいとかもないが、こんな風に弾きたいという目標があるので少しでも上達したらそれだけで嬉しいし楽しい。
俺自身はギターコレクター的な考えもその資金もないけど、色んなタイプのギターがほしいなとは思う。
見た目が好きなギターってずっと見てられる。見ててうっとりしちゃう感じは車のそれと似てるかもしれないが、車よりはずっとコスパがよいし場所も取らない。
ギターはまあそれほどいじるとこはないんだけど、好きな人はこのネックの木材は~でとか、ここのパーツは変えてこっちのにしたとか、
色んなこだわりでカスタムする人もいたりするらしい。
またアンプやエフェクターなんかも揃えだすとさすがに沼る可能性高いが、自分の場合はギターで出したい音は限られてるのでちょうどいいバランスになりそう。
爺さんになってどのくらい弾けるのか分からないけど、たまによぼよぼ爺さんが弾いたりもしてるの見たことあるのでまあいけるんじゃないか。
逆にギターやっとけばボケ防止にもよいんじゃないか。あとギター弾いてる爺ってかっこよくないか。
ちなみに今までハマってきた趣味として、カメラ(及び写真)、テニス、自転車、キャンプ、登山などもある。
いずれも細々と続けてるといえば続けてるんだけど、以前ほど散財はしなくなったし、たまにキャンプとか行ければそれでいいかなくらいの熱量。
ギターに関してはとにかく練習が必要なのだが、他の趣味がスケジューリング、新しい機材などへの気移りなど煩わしい面があり、
その点ギターに関しては恐らく最初に1本それなりのものさえ変えば、少なくとも今後1~2年くらいはそのギターを弾きこなすという目標だけでやっていけそう。
そしてアウトドアではないので来月のこの辺の週末を狙って予定してとか段取りも必要ないのも良い。
まあギターにかぎらず楽器演奏みたいなことならピアノでも管楽器とかでもだいたい当てはまりそうだけど、お手軽さで言えばギターはかなり始めやすい部類だと思う。
スピードが違う人がいると難しい。
夏休みの宿題を早々に終わらせるタイプと、中盤になってから終わらせるタイプ。そもそも夏休みの宿題はラストにやるタイプ。一緒に生活していて合うわけがない。
ラストにやるタイプの私はなんでもギリギリでやるので、早々に終わらせるタイプの人間からしたらグズらしく「なんではやくにやらないの!ああもういい!」と怒鳴られ、そのままやっていってしまわれる。こうやって自分で何かをする機会を奪われていき、何かをやろうという自発的な気力されも多分持っていかれたんだと思う。私がやらなくてもやっていくんだろうな〜って。そのせいで時折というかまあほぼほぼ毎週のどこかしらで理不尽に怒られたりしている。あまり気にしなくなってまたこの人わからないで怒ってるな〜って思っている。直接的に言ったことはあるんだけれども、でも待とうとしてくれなかったし、私の段取りの悪さにイライラしちゃってすぐ手を出す。どうしようもなくて笑って過ごしていたらヘラヘラして!って言われてもうどうしようもない。まあ私が上手くできないのが悪い。何考えてるかわからないと言われるけども常に死にたいな〜って思ってるなんて言えない。どうしてこんな簡単なことができないの、いつも言われる。本当になんでだろうね。こんな何もできない私が生きていて申し訳ない。
金沢駅前の鼓門は、金沢の人たちの来県者に対するおもてなしの気持ちが具現化したものだって聞いたことがある。 <h3>o- ********</h3>
704 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
北陸三県の県民性の違いを言い当てる言葉に、 「越中強盗、 加賀乞食、越前詐欺師」 というのがある。
生活に窮した時、加賀百万石・金沢の人は、 なすすべもなく乞食になってしまう。
越中富山の人は、強盗を働いてでも…越前福井の人は、詐欺まがいの行為をしてでも… 生残ろうとする。実際に強盗や詐欺を働くというのではなく、最後の最後まであきらめずに、 しぶとく生きようとする県民性を例えたものです。
富山といえば「配置薬」。戦前、常備薬の産業化に成功し、中国や東南アジア、中南米へも輸出するようになった。
相争う中国の軍閥双方に常備薬を売り付け、 負けた方から集金できないことを計算に入れて、しっかり利益をあげていたという…軍閥を手玉に取った話です。
一方の石川県人…「能登はかわいや土までも」と言われるように、 能登の人は純朴なことで知られる。
金沢の人は「おっとりしていて、お人良し」…直ぐ人にだまされる。
昔、 ねずみ講が北陸に入ってきた時…或はトヨタ商事事件の時…加害者側も被害者も一番多かったのが石川県…。
新しいことに直ぐ飛びつき、 友人や知人が持ち込んでくる話を、何の疑問もなく信じ込み…断れない。
災害に見舞われなかった石川県人は、苦労知らず…人を疑うことを知らない。
見栄っ張りでお金使いが荒く、派手好み。 家庭ゴミの量が” 日本一” というのも、 うなずける…。
ヤンキースの松井選手の故郷小松は、 表と裏の顔が違って見える。
同業者が足を引っ張り合い、 時折内部告発で悪事が表ざたになる…市場が狭いゆえでしょうか。
福井県に隣接する大聖寺は、十万石城下町のなごりでしょう…気質が金沢に似て、純朴でやさしい。
いよいよ竣工お引渡しのとき、能登の人は、 問題ケ所を箇条書きにして、誓約書を入れたら、その場で残金全額支払ってくれます。金沢の人は、誠意をもって問題ケ所を処理したら、支払ってくれます。
ところが高岡の人… 指摘されたクレームを全て処理しても、 新たに問題ケ所を出してきて、「何とかしろ!」と言う。そうこうするうちに、 「納期が遅延した」「引越しの段取りが狂った」と、 値引きを請求されたり、残金を踏み倒されるという、苦い経験をしている。
子どもの頃、 父親がよく愚痴っていたものです…「高岡の商人は、 仕入れる時に散々値切っておきながら、支払う時、更に端数を値切ってくる。
それに対して金沢の商人は、支払いはきれいだ… 端数を値切ることはめったにない」と…。
今日のモヤっとした嫌なことを考えてしまうのをやめたく、逆に良かったことを無理矢理さがしてみる
仕事の連絡や取り回しについて、今日の段取りはなかなか良かった気がする、我ながら
新人さんのフォロー案件も順調に進んでいる こちらの準備もうまくできたし、新人さんもよく気づいてくれてうれしい
お客さん部署の担当さんとは最近よく通話するが、コミュニケーションがより円滑になったというか、率直な話ができるようになってきたと感じている
自分の誕生日プレゼントにと買った香水がとても良く、癒される 寝る前にもリラックスできて心地良い
こんなにたくさん良いことがあった
今年の4月。
念願叶って非正規から正規職に転職した某私立院卒の26歳、社会人3年目。
だが、転職して4ヶ月が経った今、仕事を通して生きる目標を見失った。ここ数日、平日の朝を迎える度に「自分はなぜ、この仕事に就いたんだろう」と自問自答を繰り返し、「仕事に行きたくない」という思いばかりが頭に浮かぶ。
別に仕事が激務な訳ではない。残業なんて今のところ忙しかった時期でも月20時間程度、現在はほぼノー残業で、定時上りもザラな職場だ。
では、人間関係やパワハラ上司に嫌気がさしたのか?というと、そういう訳でもない。確かに直上の上司は少し厳しいところはあるものの、決してパワハラをするようなタチの人間ではない。むしろ僕の目線では、それなりに自分の事を思って仕事を指導してくれる良い上司だと思っている。職場の人間関係も若返りを図っているためか、自分を含め20代の若い人が多いので、比較的良好だと感じる。
傍から見る分には「なんてホワイトな職場なんだ!」と思うだろう。実際、僕も今の職場はホワイトだと思っている。
だが、それでも生きる目標を失うに足るほどの辛いことがある。それは、「仕事に対する重責に自分自身が耐えられない」ということだ。
あまり具体的には書けないが、現在、僕がいる部署は(その手の業界では)日本でもそこそこの知名度を誇る。
業界人に「今、◯◯◯で働いています」と言うと、「えー!◯◯◯で働いているんですか!?凄いですね!」とそれなりのレスポンスが返ってくるレベルの部署だ。
だからこそ、特に幹部クラスの上の世代には「ここで働いている自覚とプライドを持ちなさい」という意識が強い。
それがハッキリした形で僕に返ってきたのは、転職して2ヶ月後の忙しくなりつつあった頃。
その時、僕ともう一人の若手(1年上の先輩だが、年は僕より下)が仕事を進める上で失敗し、そのザマを見ていたトップが、
「あの子たち、仕事が出来ないね」と、こぼしたのを直上の上司が聞いたらしく、鬼の形相で事務所に飛んできて、二人共々こっ酷く怒鳴られた。その後、さらに上の上司から「アンタらは◯◯◯の担当なんだから、その事にもっと自覚と責任を持って仕事に取り組んでください(要約)」というお気持ちメールが届いた。
この時は、自分の不甲斐なさに反省しつつ、「もっと頑張らないとな…」と思った。
だが、徐々に仕事に慣れつつある中で、仕事でのミスは一向減る気配は無かった。先輩から頼まれていた仕事は忘れる始末で、これを書いている今日とかも、上司から「仕事の段取りをもっとちゃんとしなさい」と怒られた。僕自身、注意される度に「次は気を付けよう」、「忘れないようにしよう」と思うのだが、どこからか気持ちが抜けるのか、中々思うようにいかず、その度にいくら気を付けても改善できない自分が嫌になり、自己嫌悪に陥る。
「オイオイ、まだ入りたてなんだから、そのくらいのミスは誰でもあるさ」、「若いうちはミスして当然」というのは簡単だ。だか、一応2年間の社会人期間もあり、院卒としてのプライドがあるので、そうした割り切った気持ちよりも先に「なんでうまく仕事が出来ない、回せないんだろう」というモヤモヤする気持ちの方が強く出ててくる。そして、段々「この仕事、やっぱり合って無いんかな」と思えてきて、
遂に「面接の時に『◯◯◯をしたいんです!』と言い切ったあの時の思いは、受かりたいが為の啖呵だったんだな」と気付いて、仕事での目標を見失った。
だが、こうして目標を失った今に思い返せば、そもそもの話、「この仕事が好きじゃない」ってところに行きつくのかもしれないと思っている。
少しばかり話はズレるが、今の仕事は学生時代からやって来たことをそのまま"プロ"として仕事にした感じである。だから、両親や周りの人からは「好きなことで仕事しているんだから、羨ましいことだよ」と度々言われる。じゃあ学生時代どうだったかたいうと、あまりいい思い出が多いとは言えないなぁと思う。勿論、それで院まで行って論文を書いたのだから、それなりの偽らざる感情は持ち合わせていたとは思う。だが、思い返せば辛いことの方が多いなと。
院試を受ける前はあまりにもの出来なさに焦り、やる気のある真面目なゼミの同期とも対立して人間関係が拗れたこともあって、「本当にこの道でいいんだろうか」と思い悩んで、精神的に追い詰められてカウンセリングを受けた。院進後には、自分の院生としての自覚の足りなさから、やる気のある学部生の後輩から突き上げられ、指導教官の部屋で後輩同席のもと教官から説教喰らったこともあった(特に説教された件はかなりのトラウマになってる)。
結局、こうした過去を今も引きずったままだから、仕事にしている今が1番辛く感じるのかもしれない。
そして話は元に戻るが、こうやって目標を失った今、どうしたらいいんだろうかと思う。
業種を変えようにも、異業種のスキルも経験も全く持ち合わせてない。何か新しく身に着けようと思うが、なかなか体も心も動かない。では今の仕事を耐えて続けるのが最善かと言われたら、それはそれでプレッシャーに耐えきれなくて発狂する未来が容易に想像できるし、自分の本心を偽ってでもしがみ付くのも違うかなと思う。
本当にどうしたらいいんだろうか。
実に頭の悪そうなタイトルである。私もそう思う。だが、このタイトルの行動はが私の先日実際にしたことである。
以下大いに不健全な内容が含まれるため、18歳未満と見たくない方にはブラウザバックを願いたい。
なお、エロという文字列から期待されるような官能的な内容ではないとも書いておきたい。生々しい人間というものを描写したというのが最も適切だろう。
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この世の中は需要と供給で回っている。これは普段の購買活動にしても、タイトルにもした詐欺にしてもそうだ。
人間の三大欲求、食欲・睡眠欲・性欲はこれらの購買活動を駆動するだろう、するに違いない(睡眠欲はそれを阻害する需要が大きいのかもしれないが)。
人間の欲求は果てしない。例えば人間はやたらと(ギリ)食べられそうなものを食べようとする。エデンの園の知恵の実に始まり、近年ではダイオウイカを食べてみたりもする。
性欲の果てしなさでいえば、性欲を抱えた人々によるこの世の終わりのような空間がとある場所には広がっていたりもする(これは所謂性産業従事者を揶揄したものではなく、インターネット上の掲示板の類について書いたものである。むしろ、性産業従事者の方々には頭が上がらないとまで私は思っている。)。あの空間には大量の性欲を抱えた人々が集まる。そして、相手の欲をそそる様なメッセージを書いて待機し、繋がったお互いを性的消費し、空間全体でみると需要をだんだんと満たしている(ただし一方的な消費も少なくない)。さて、この空間は基本的にはユーザー数が男性⋙女性であることから男余りが激しいのだが、こうした状況がそこに存在すれば、これを利用する人間というものが現れるのだ。これが今回触れるような人間の欲求による需要を利用した詐欺をする人間だ。
需要があれば人はそれを利用し金銭を稼ごうとする。これは資本主義的な考えだと思う。
例の掲示板を初めて知ったとき、私は好奇心からそこをしばらく(というか複数日にわたって)眺めていた。性的欲求の存在は否定しないが、それ以外にも好奇心があった。そう、それはそこを利用するユーザー、そして金銭を稼ぐ場として利用する人間に対する好奇心だ。性欲に燃える人間は想像以上に生々しいし、冷静に見ると面白いものでもある。この好奇心は動物園で珍獣を見ているときに通ずるようなものなのだろうか。それはともかく、そこには性に飢えた男性を誘い、金銭を得ようとしているユーザーの姿があった。これで遊んでみるのが今回の主題だ。様々な意味で大人のおもちゃだと思う。
この空間で異性を誘うときにも多様な売り文句があるわけだが、大きく分けてチャットで楽しむものと商売系のものに分けられる。前者は官能的なやり取りをチャットで楽しむこと、後者は対価の提供の代わりに金銭を要求している。後者に関しては女性ユーザーが男性ユーザーをターゲットとして行うことがほとんどである。この後者、商売系の中で6割程度がきちんと売り文句にある"対価"(その掲示板では女性の自らの生まれた姿の画像、女性が自らを慰さめる行為の動画、男性の自らを慰める行為のサポート(通話)などが見受けられた)を提供していて、4割程度が詐欺師もしくは業者なのではないだろうかと思った(勝手な予想だが)。
好奇心が抑えられなくなった私は、ドブに金を投げ込むようなことをしてでも一度取引してみたくなってしまった。詐欺師に引っかかってみたいと。押すなと言われたら押したくなるように、関わるなと言われたら関わりたくなる。まあ私も性的欲求を超越した人間ではないため、運が良ければ満たされたい、そのくらいの軽い気持ちで行動をした。性欲も好奇心もまた人をアホにする。幸い労働をしていて独身のため、投げ捨てる金はあったし、さすがに犯罪に巻き込まれるようなことはないだろうと踏んだ(というよりは犯罪に巻き込まれなさそうな純粋な詐欺師または女性ユーザーを選定した)。
もちろん多額の金銭を捨てることは厳しいため、1000円で自分を慰める行為を通話で手伝ってくれるという女性ユーザーAの誘いに乗ってみることにした。最低賃金程度であれば捨てても諦めがつく。今回ここで画像や動画を送ってくるようなユーザーを選ばなかったのはある種のリスクヘッジだ。当該ユーザーがもし未成年であることを偽っていたとしたら堪ったもんじゃない。あの空間は未成年であるか否かを調べる術はないため、絶対にこういうことは気にしたほうが良い。お前は賢者なのかアホなのかはっきりしろと今となっては思う。
Aが言うには1000円でこちらが自分を慰めることを最初から最後まで通話で手伝うらしい。念のため年齢を確認すると、Aは18歳と言っていた。男は年齢層が上がっても10代20代が好きという話はよく聞くので、10代、特に18歳を名乗ることは彼女たちからしたら合理的なのだろう、本当に18歳なのかもしれないが。何かとやり取りをして、このドブに金を捨てるぞと覚悟を決めたところで、向こうの指示に従って通話のツールと決済手段を用意した。中略するが、一度通話確認をしたあとで決済をした。あと通話確認の時の声が気になった、かなり声を作ってるか、男の娘概念までありうるようにも聞こえた、これはあくまでも推測の域を出ないが。
決済完了を確認次第こちらに掛けてくるとのことだったが、半ば予想通り掛けてくることはなかった。ちゃっかりと金銭を受け取って、あとは飛ぶというわけだ。
やや悔しいといえば悔しいのだが、1000円でこのような詐欺に引っかかってみることができたのは少し面白かった。段取り含め予想していた手口を丁寧になぞっていたのは興奮した(決して性的ではない興奮)。これはさすがに組織的犯罪の資金源にはなっていないと思いたい。お金が欲しい女性の金蔓になったのであればまだいい、小遣いくれてやろうの精神だ。貴重な体験ができた。
最後に、私はこれを二度としたくない。今この記事を読みながら好奇心のみで詐欺に掛かり、金をドブに捨てている自らの愚かさにドン引きしている。
そしてこれを読む男性諸君には、本当に性的欲求を満たしたいならこのような場で同じことはしないほうが良いと伝えたい。というかあの類の空間は男女問わず立ち入らないほうが良い。女性は女性で搾取ともいえる性的消費の対象とされるかもしれない。
埼玉県内のセブンイレブンでおにぎりにゴキブリ混入というニュースを聞いた瞬間「わらべや日洋大宮工場」だと確信したが案の定。
今見たらgoogle mapsから丸ごと消えてる(吉野原ってとこにあったはず)。俺の口コミもあったのに。
とうとうゴキブリさんが天誅を下した。誰がどうしようとも改善できなかったあの最悪の現場に、ゴキブリさんが引導を渡したのだ!!!!
底辺労働してる時行ったことあったけどここは本当に凄かった。社員同士連絡もできてない、毎日同じような作業してるはずなのに、毎日段取りができてない、それでキレてクソ毎日怒鳴ってる若手がいた。上役?っぽい連中は事務所で澄ました顔してて、助けてやればいいのに何もせず。
社員全員異常に非協力的ですごかった。感じ悪いの最上級。話しかけたら100%損する。だから話さなくなるし最低限の連絡ができなくなる。
俺が行ってた時もおにぎりを711の指示通り作ってなくて、勝手に工程端折ってるのがバレて711から査察が入ってる時だった。