はてなキーワード: 末っ子とは
もともと日常に何かあるわけでもなし、かと言って特別感情の起伏があったわけでもなし。ま、あるにはあるんだけどあまりに私的だしただの私怨だし、聞いてて楽しいものでもないし言いたくもないから割愛。要はただただ鬱だどうこう言うのを封じられるともうほんとに何も言うことがなくなる。
相変わらず自分の稚拙さに苛々する以外は特に。どうしてこうもおこちゃまなんだって自覚はある。
先日久々に某ねずみの国の会社のアニメ映画を見た。人魚姫のだ。前までは普通に可愛い〜と思って見てたんだけど、最近になって見直したら彼女の末っ子っぷりに苛々してしまう。アナ雪が流行った時もそうだったんじゃあなかろうか。
年下っていつもそうだ。
今日あったことで妹と弟がすごく苦手になった。元から苦手意識あったけど。
年下の兄弟がいない友達と話すと「なんで?年下の子って可愛いじゃん!」とか言われるけどそうでもないよ、ほんと。
いや、憎くはない、憎くはないけど可愛いと思えることは少ない。
先述のアナ雪だとかちびまるこちゃんだとか、年下の子メインの物語って、まあ作品は嫌いじゃないんだけど「年下のこういうとこ苛々するよね〜わかる」みたいに思える。そして年下キャラがやってることに他人事なのにハラハラしちゃう。
逆に年下の人が見れば「姉/兄のこういうとこウザいよね〜」って感じるのだろうか。
そんなわけでロリショタ属性が嫌いじゃないけど萌えない。小さい子、なら可愛いんだけどお兄ちゃん/お姉ちゃんがいる、媒体によっては自分が年上で扱われるのがなんか萌えない。
めっちゃ可愛いロリ少女に「おにーちゃん♡」とか言われても「はあ…」としかならないと思う。ショタに「おねーさん♡」と呼ばれるのもならないなあ。うーん。
まあそれはどうでもよくて。
まあここからはシャンシャン誕生によってパンダ沼にハマった超ミーハーの戯言を続けていくね。シャンシャンは現在約8ヶ月18.3kg体長不明さんで、リーリーとシンシンの間に、上野動物園では初自然交配で誕生してすくすく育ってるメスのジャイアントパンダっていうのは基本情報だよね。この時点で超かわいい。体長不明なのはイヤイヤして飼育員さんが計れないからだよ!かわいいでしょ〜〜!まあ、そんなことはインプット済みだと思うので、生シャンのやばさはみんなもう体験したかな?首都圏に出てこられない方には、ueno panda liveっていう素晴らしいサイトで、リアルタイムシャンが見られるのでオススメ。生シャンに戻るけど、超寝てる。もうすごい寝てる。先述のUPLで見切れてるとき、だいたい4カメにあるオキニの木の上で実みたいになっておねんねしてる。おねんね写真はSNSとかにいっぱいアップされてるから、シャンシャンもしくは#シャンシャンをチェケラ。で、動いてる生シャンに会えたそこのあなたはラッキーメン。ガラスの近くにいた?超ラッキーメン!えっ、ぬいぐるみ以上のかわいさが歩いておる…遊んでおる…うんこしておる…ハァ〜ぬいぐるみ以上よ、あの造形。シンシンさんも美形だし、リーリーさんもイケてるから当然といえば当然なんだけど、あの口角!目周りの模様のタレ具合!横顔の美しさ!耳の配置と形!足の若干内股で短い感じ!カァ~ッ最高!大してうまくないパンダ団子人間用もおいし〜く感じちゃう。いやまあ、ここまで早口めに打ちこんできたけど、実際、熊っしょ(笑)?パンダ意外と可愛くないよね(笑)みたいな人こそ、動く生シャンにハマるぞ。ハマといえば、白浜の浜家(浜系)。和歌山県にあるアドベンチャーワールドっていう総合たのしみ施設にいる5頭の大家族さん。5頭だよ、ヤバくない?かわい〜!しかもめっちゃ近くで、ガラス無しでも見れるという環境。永明(エイメイ)さんと良浜(ラウヒン)さんのあいだに、桜浜(オウヒン)桃浜(トウヒン)結浜(ユイヒン)のかわいい3姉妹という構成。末っ子の唯一訓読みする結ちゃんは頭にアンテナがぴょこっと生えてて超キュート。一方、ダンディズムあふれる永明さんの貫禄たるや素晴らしい。全パン分書いてるとかわいさが溢れてすごいので割愛。このアドベンパンダ一家のスペシャリテといえば、パンダラブツアー7000円。ちなみにアドベンの入園料は4000円超え。シャンからはしごするなら西武観光バス(確か)のパンダバスが夜行バスオッケーな方ならオススメ。もとに戻って、このラブツアー、なんとパンダに餌やりできちゃいます♡ラブ♡しかも飼育員さんの詳しい解説と写真撮影タイム付。フゥー客寄せパンダ!いつもお仕事ありがとうございます。まあにわかなので桜桃しか会ったことないんですが、近くで見てもパンダ。腐ってもパンダ。かわいい〜〜〜!!シャンは絶対この距離じゃ見られないからね。っていうか息遣いとか聞こえちゃうし、ほんとに生きてるんだ…っていう。子パンの次に成パンの良さに気づいた方はゼヒご参加いただきたいですね。ちなみに浜系の枝分かれで生まれたのがフランス初の赤ちゃんパンダの円夢(ユアンメン)。巻毛がキュートなあの子!今年のジャイアントパンダアワードっていうので1位になりました、おめでとう〜〜〜!2位は我らがシャンシャンだよ!はぴはぴ!
なんかまだまだ続けたいんだけど眠くなったのでおやすみシャンです…無念なり…まちがってるとことか王子動物園の旦旦(タンタン)さんの情報とかパンダマニアの方追記してください…シャンシャンの目周りの抜け毛が良くなることを祈りながら眠ります。
11月の元smapのホンネテレビを3夜連続でずっと見ていたら、CMが多くてそのほとんどが東方神起のCMで、
うっかりホンネロスになりつつもcm曲(why)が頭にこびりついてsmapのベストと一緒に東方神起のCD借りて東方神起ばっかり聞き込んでしまった。
自分としては超熱く語っていてこっぱずかしくて表立って語れないから匿名にすることにした。
また若いと顔の見分けがつかないので30代ぐらいからのグループから知っていきたいと思う。
東方神起は特にダンス曲が好きなんだけど、好きな曲を調べたら全曲ユ・ヨンジン先生の曲だった。
とにかく曲のリズムが良くて、あの独特なシンセサイザー使いとかオリエンタルな感じが最高だ。
でも曲が新しくなるにつれて先生の曲が少なくて聞いたことあるぞって感じのアメリカのダンス曲みたいな感じで、それなら元々聞いてる洋楽に戻るとなる。
ユ・ヨンジン先生の情報がほしくてネットの情報とか見たけど、まとまったものがほしい。
韓国音楽の書籍で先生の特集とかのものがあるなら手に入れたい。
■ファンが熱く厳しすぎる。
完璧さを求めすぎているというか。アイドルというのは拙さを愛でるものではないのか。
ユ・ヨンジン先生の提供曲からあるグループに辿りついてニュースを見たら、
メンバーの一人の既婚者が今回のCD発売にあたりグループ参加しないというニュースを見たんだけど、
辿ると結婚時の対応に失望したファンがグループから出て行ってほしいという声明を出したというニュースを知った。
情報を追うだけだと個人的には嫁超大事にする男らしい人だからその人のファンはとても人を見る目あるなと。
そのメンバーにやる気があるならもう一度チャンスをあげたらと思う。活躍するのをまた見たいファンもいるだろうし。
パフォーマンスだけじゃなくて生活態度とかファンへの誠実な対応とかも入っててどれも完璧にやらないといけなんて無理だよ。
事務所ももっと守ってやれや。大事な時の言い回しとか検閲すれや。
ジャニーズでも言えるんだけど、求めているファンサイトにたどり着けない。
ネット検索だと情報が個人が思うすっごい素敵なところを書くわけだからピンポイントで魅力的すぎる。
(歌唱力、リズムキープ力(歌唱力に含めても良い)、ダンス、ルックス、魅力、仕事情報、人となりがわかるエピソード)
顔と名前と能力が一致しないから年度ごとにレーダーチャートとかで表か数値化したサイトがあれば見に行きたい。
例えば前年より歌唱力が向上+2とか売れて美味しいご飯がたくさん食べられるようになり大きくなったので魅力-1とか
兵役が大きなポイントみたいだからメンバープロフィール欄に名前の横に兵役前中済免除がついてるといい。
マンネ=末っ子という言葉を知った。マンネは愛嬌があるらしい。愛嬌ってなんだよ。
そして日本だと長い年月をかけて作り上げるデブキャラをデビュー時に完成系で提供するkpopの懐の深さよ。
■激しいスキンシップ
中国では普通の男性でも同性でのスキンシップが激しいと昔本で見たことがあったけど、韓国もそうなのかと。
かわいそうすぎるのでくっつくの嫌だけどファンが喜ぶからやるみたいなのではなければいいな。
■言葉がたどたどしいとグッとくる
はじめて末っ子と付き合ってる。因果関係は推測でしかないが、人からもてなしてもらう 人をもてなす ということへの差が激しいと感じる
わたしが長子なので、かなりの偏見と羨望混じりだが、末っ子は全て用意されて、はいこれね とお膳立てされてるイメージ。
長子は、ゴールはなんとなく見えてるが自分でなんとかたどり着くかんじ。勉強の仕方とか親もわたしも右往左往していたが、妹はわたしの後についてきたかんじ。
末っ子の彼氏は、そのためなのか自分で考えることを意識的でないとできない。もてなすという、概念がほとんどない。
具体的に伝えても、結局自分に負荷がかからないことだけしかできない。
重たそうな荷物をもつ、夜遅い時駅まで見送る、は言ってもできない
ご飯食べる時に奥に座らせる はできるようになった
以前勤めていた某役所に、1人で3人分の仕事をこなす事務のおばちゃんがいた。
なのに、役所がその部署の人員を一向に拡充しないうえに、彼女の異動も見送りまくった。
今や彼女がその役職に就いてから、実に15年が経過しようとしている。
結果、昔でも2人分の仕事量だったのが、彼女が自身の仕事をしやすくするよう徐々に権限を強化していったため、気がついたら3人分の仕事量になっていた。
でも旦那が単身赴任かつ3児の親ということもあり、仕事はめっちゃ速い。15年の積み重ねが仕事の速さをブーストしていることは言うまでもない。
ほぼ必ず定時で上がっている。
そんな彼女には自慢の息子が3人いるわけだが、そのうちの1人、末っ子が高校生にして超絶リア充なのだ。
…まあとにかく「凄い」の一言に尽きる。
この母親あってこの息子ありと言っていい。
勿論「誰にでも優しい」ことが引っかかる人(特に一部の女子)はいると思うが、そういう手合でさえ「憎めないやつ」くらいの位置を確立してそうな勢いである。
しかし、教師の中にはそんな彼を快く思わず、目をつけている教師もいるのだから世の中分からない。
しかも彼が一番苦手な「自分を嫌っている人間がいる」ことをハッキリ示す叱責で責めてくるとか、指導者失格というか人でなしじゃね?
今の御時世「仕事の問題≒人の問題」なのだから、それを率先して解決できる素質を持っている、彼のような若者を潰そうとするとか、どういう了見なのか。
町医者に前立腺癌の疑いがあると大きな病院での検査を勧められて癌が見つかりました。
昨日再検査を済ませ近々結果が通知されるのですが、家族の付き添いに選ばれたのが自分でした。
なぜ末っ子の自分を選んだのかわかりませんが、父いわく家族の中で一番常識があるからだそうです。
増田ではいつも非常識なことばかり書いてはブクマを集めていることを父は知らないようです。
父とは月に一度くらい会うともなしに会っていました。
自分の家族と仕事で精一杯なので、いついなくなっても気づかないくらいだろうと思っていたのですが、やはりいざ癌と診断をされると思いの外ショックを受けている自分がいることに気づきました。
父はある程度覚悟をしているでしょうが、おそらく兄弟の中で一番やさしい言葉をかけてくれるだろうことを僕に期待しているのだと思います。
もし今のような心理状態で、父親の余命がそれほど長くないことを聞いてしまったらどんな言葉をかけたら良いのでしょうか。
それに、父親の余生について、病院ではどんなことを聞いておくべきなのでしょうか。
治る見込みのない治療を延々とさせられて、自由と治療費だけを奪われるような余生は過ごさせたくありません。
増田ではネタを提供する側だと割り切っていたのですが、もしよければブクマカさんや他の増田さんからお知恵をお借りできなたら幸いです。
やっと本性がわかったと思う
この人は自己評価が低いと周りに見せつけておいて実は自己評価がとても高いタイプだということに。
八方美人をするのもそれ、媚びへつらいかたの上手さ、悲劇のヒロインや病弱アピールなども込みで以下のような人物像ではと見抜いた。
そして相当幼少期からちやほやされて甘やかされて育ったと思う
学生だった頃は告白されまくり(女子中高出身)だった等の供述とか述べていたこともあり、
他方、教職だった親との軋轢からか自己評価が低く振舞うようになったのだろうと予測する
なぜこの人が
自分で調べる必要が無く「だれかにきけばわかる」という人になったのかもここから予想できた。
また、教えてくれる人への感謝などぞんざいに扱い「おしえてくれるひとなんてたくさんいる」のような考え方も納得がいく。
私も同じで分からないことは自分で調べて問題を解決していく自力解決が当たり前という
職人的な人だと見て覚えろとかいちいちきくなとかそういう意識というのでしょうか?
どこかそういうものがあるかもしれません。
ですが、問題解決の手段として多くの方法があると便利ではあるわけで、
当然、誰かにきくというのも間違いではないのです。(問題を解決する手段のひとつ)
ですが、それが「あたりまえ」になっているかどうかという点について疑問がありました。
私が挙げた女性は、
「わからないことはきけばいい」
「シングルマザーでさびしい!さびしい!アピール(厳密には旦那とまだつきあいある)」
こんな感じで、わからないことをきかれて教えてあげたりすると
「そうなんだ、ほかの人にもきいてみるね」
といういい草をするし、そもそも周囲にはおしえてくれる男(異性のみ)が何人かいる人です。
つまり、「わからなければきけばいい、きいてもわからなければまた他のひとにきけばいい、なお自分でしらべるつもりはない」
これです。
生育暦も考えてみましたが、おそらくちやほやされて生活してきたのでしょう。
確か兄がいるようなので末っ子ということでちやほやされたのかもしれません
また、いわゆる八方美人の人ですしそういう点(多くの人にコンタクトをとる)は得意なのでしょう。
もしかすると私が間違っているのではという思いもあり書いてみたわけです。
国は違えど…っていうか。
メンタリティーほぼ一緒じゃん? やることも、たぶん思考も。欧米のテイストをどのくらい取り入れてるか…って部分の違いだけで、兄弟のように似てる。
て感じ。でも、根っこのとこでは発想が同じぽい。だから、何となく分かる気がする。
自分のついた嘘に酔い始めたら、あれは行くところまで行く。
冷静にしたたかに交渉する気だ、とかいう人は、極東メンタリティを
おおよそ30年間の内、痩せていた時期がない。
自分自身、太っているのはよく分かっているし、それが美しくない、などという曖昧な表現に納まらず、ストレートに申し上げれば醜いことも理解している。風呂上りに鏡で見る裸体は掛け値なしに本当に醜いと感じる。美醜という点でも、健康という点でも、「出来るなら痩せていた方が良い」ということは重々承知している。この「出来るならば」が曲者なのだ。私が思う痩せたい/痩せた方がいいという理解と判断と気持ちは、分かりやすく表現すると、宝くじを買っていないのに「あ~3億円の宝くじ当たらないかな~」と夢見るようなものでしかない。解決する気、つまりやる気がないのである。ちなみに私は宝くじを買っていないのによく宝くじ当たらないかな~と口にする。
このやる気がないことはありとあらゆることに繋がっている。デブという体系以外の服飾や美容や化粧というものにもやる気がない。服飾や化粧や手入れでドブスがブス、ブスがまぁちょいブスくらいには変わるものなのかもしれないが、いたずらに耳目を集めるような汚さ/臭さ/奇抜さがなく、最低限の清潔感さえあればいいやと、仕事でもプライベートでも家でも全てユニクロを着ている。
デブであることも運動や食事療法、生活習慣などを見直せば当然痩せるだろうが、努力してまで現状を変えようというガッツがない。美味いものを食って美味い酒を呑み、ろくに運動せずだらりと過ごすのが好きだ。
幼少期から今に至るまで、テロメアに異常でもあるのだろうかと思うほどに運動が苦手であるが、克服しようという気がない。苦手なものは苦手なままでいいや、積極的に関わろうとしなければいいや精神だ。
学生時代は学業はそこまで悪くはなかった、ストレートで中の下といったそこそこの大学へ進学し、ストレートに卒業した。努力をすればよりレベルの高い大学に進めたろうし、今だって勉強すれば知識は増えるだろう。でもそこまでやる気がない。
料理や掃除スキルもない。部屋は乱雑でごちゃごちゃしているし、未だに実家に暮らしている上、母が料理が得意なので全てまかせている。家事スキルというのは人間として高いに越したことはない。どちらも経験を積めばある程度はレベルがあがるし、努力すれば身につくものだ。でもやらないで過ごしている現状が楽だ。
人とコミュニケーションを取り交友関係を広げていくことは、トラブルに巻き込まれることもあろうけれども、悪いことではない。でも一人が気楽だ。
当然、若いころは周囲も若かったのでデブスであることを積極的にからかわれ、なぜ自分はこうなのかと考えたこともあるが、デブスであることは純然なる事実であったし、特に顔を真っ赤にして怒るようなことでもなかった。なによりそのころにそういったストレートな事象で人を罵倒するタイプの子供というのは、悲しいことに得てして馬鹿だった。本当にごく一般的で、大した事のない自分よりも学校の勉強すら出来ない馬鹿の言葉を気にして反応する必要はない。そうしてなぜか無駄なほど高飛車に形成されていた心の強さにより、そういった罵倒を全て無視した所、まぁ当然嫌がる反応を見たいからこそ投げられる暴言だ、頻度が酷く減っていき、気付けば自分も周りも大人になって、そういった言葉は投げかけられなくなった。
本を読むこと、音楽を聴くこと、歌うこと、映画を見るもの、絵画を見に行くこと、そういったことは昔から今に至るまで好きだ。好きだからこそ努力していない。努力は必要ない。それぞれでプロを目指している訳でもなく、自分が楽しいと思える範囲しかやっていない。学生時代はかなり厳しい部活動に所属して自分を追い込んでいたし、結局やめることなくきちんと務めきったが、その経験から精神を病んだり苦しんだりしながら努力を重ねるほどやりたいことではないなと思った。当然アマチュアレベルだしプロを目指すほど上手くはない。
人と深く交流することも面倒で、必要最低限で済ませた。一人でも楽しめる趣味に世界は溢れていたし、十分楽しいのだ。
こうやってぐだぐだと思考を重ねていくことも好きで、SNSはtwitterだけやっている。趣味の話をする友人…と私が思っている対象もそこそこいる。
そんなやる気もガッツも一切ないデブスなので、当然交際経験もない。処女というと性行為をしたことがない意味になるが、そもそもの交際経験がないのだ。異性の友人もいるが、友人として成り立てるということは、価値観が近いということで、そりゃデブスに興味はないのである。見目麗しくなく、得意なスキルもなく、努力を重ねる高い精神性もない人間と、一体誰が好き好んで深い関係になりたがるというのか。自覚があるし理解もある。
利益があるから好きになるんじゃない、というのが恋とか愛の定説だろう。きっとそうなんだろうなと音には聞く。他人事なのは特別好きになった相手もいないからだ。齢30を手前にして、恋とはどんなものかしら~なんて考えているなんて大笑いである。しかもそれが美しい娘が窓際で歌う小鳥とハーモニーを重ねるのではなく、ユニクロを着たデブスが乱雑な部屋で光る画面を見つめながらだ。
承認欲求は人と同じほどあるし、彼氏/彼女は正直欲しい。女なのだろう?彼氏じゃないのか?という部分に関しては、正直どちらでもいい、両刀/バイやⅩジェンダーなのか?と聞かれても困る。なにせ交際経験がないからだ。より正直に言えば、男/女/LGBTに関わらず、別に動物でもいい。哺乳類以外も好きだ、爬虫類などね。虫は苦手だが蜘蛛は好きだ。でもまぁ彼氏/彼女と並べるなら変温動物よりは恒温動物がいいな。じゃあペットを飼えと思われるだろう。ペットに憧れはあるが中途半端に繊細なハートの持ち主なので、いわゆるペットロス…ペットに先立たれることに耐え切れないのが目に見えているし、やる気がないのだ。
寂しいときに甘えられ、向こうが甘えたいときに甘やかしたい。そんな欲求ゆえに彼氏/彼女/恒温動物が恋しくなる。でもそれはつまり都合の良い相手が欲しいというだけで、苦労し努力してほど捜し求めたくない。ここでもやっぱり結局、やる気がないのだ。
死にたい訳ではない、楽しいことは沢山ある。まぁ嫌なことも多いけれど。あと、まだ30歳前であるが、今後死に際も一人かと思うと猛烈に怖くなる。私は末っ子だ、不摂生が祟って早死にしなければ、身内と呼べるコミュニティの中では最も遅く死ぬことになる。じゃあ早死にしたいか?というと、絶対嫌だ。出来る限り楽しく生きたいとさえ思っている。じゃあ不安解消の為に努力をするか?といえば、やる気がないのである。
自分は別に特別な人間じゃない、ということはよくよく分かっている。つまりはこういうやる気のないが人寂しい人間というのは一定数確実にいるのだ。そういう人同士が寂しさを埋めるように体温を分け合えばwin-winじゃないかと思う。需要と供給が成り立っている。でも実際そういう人間を探そうというやる気が私にはない。多分まだ見ぬ同じような存在もやる気がないのだ。
出会えば幸せになれるかもしれないが、出会おうとするやる気がない同士なので出会えない。無気力のジレンマとでも名付けたい。
私は生まれながらの天然培養デブス処女、年齢はアラウンドサーティン。寂しい、評価されたい、愛されたい、愛したい、頼られたい、良く思われたい、楽に行きたい、尊敬されたい、etcetc…欲望はつきない。でもその欲望をかなえるべく努力はしない。やる気がないからね。
心配だ
といったら嘘になる
俺は人でなしだろうか、サイコパスってやつだろうか
元は5人家族だったが2人で暮らすようになってからなぜか一切話はしなくなってしまった
むしろ一家の三男、末っ子として甘えに甘やかされたくらいで愛情を注がれた記憶しかない
しかし、苦しんでるであろう母親の咳を聞いても一切心配ではない
あまりの怖さから、一応市販のうがい薬イソジンをダイニングの目につくところに置いておいた
風邪で咳が止まらなくなった時は塩うがいで直す信条を持った母のことだ
おそらくなんの疑いもなく塩うがい一択であろう
原因は分からんが咳が出るなら、塩よりイソジンがいいのは間違いない
俺が怪物になる日は近い
私の父親は長野に生まれた。8人兄弟の末っ子だと。父の父も8人兄弟らしい。まさにサマーウォーズの世界のようで、お盆になると皆が帰省して、長テーブルで揃ってご飯を食べていた。これだけいると、正直従兄弟もたくさんいすぎて会ったこと無い人もいる。しかも、父は養子に出されて奈良の田舎に嫁いできてたので余計にだ。私の従兄弟には布袋寅泰の後ろでギターを引いていた人もいるらしいのだが、正直布袋寅泰もあんまり知らないのに、その後ろの人となるといたのかどうかすら定かではない。氷室京介ではないと思う。
奈良の田舎からお盆の時期に毎年長野に行くのは、子どもなりに楽しかった。でも今思うと、見知らぬ兄弟の中で大量の食事の準備を手伝わされていた、母は大変だったんだろうなーと思う。
(明日に続く)
10年前、私が子供の頃に死んだ父のことについて、私はあまり泣かなかった。
嫌いなわけじゃなくて、むしろ大好きで、いつも父の部屋に遊びに行っていたぐらい。
死んでしまったと言われたときも、葬式のときも、焼けた骨を見ても、頭では死んでしまったとわかっていたし、病気がちだったから覚悟はしていたし、自覚出来なかったのは、ただその日を生きるのに精いっぱいだったからかもしれない。
父がいなくなってから母への負担は増え、働きながら、片親で、成人前の子供たちを面倒みる余裕はなくなって。
でもいつかそんな暗い毎日も過ぎて行って、兄妹も皆大人になって社会に出て。
父の事を忘れていたわけじゃないけれど、思い出す事も減ってきて。
私は実家暮らしなのだけど、元父の部屋を譲ってもらえることになった。
一応、譲ってもらう前は母が寝室にしていたのだけど、あまり使わなくなったからと言って。
仕事の日記で、私のまったく知らない父の様子が書かれているとともに、病気のことも少し書いてあって。
正直書いてある内容の半分もよくわからなかったんだけど、これを書いた人はもういないのだという実感がふつふつと湧いてきて、一人で、ボロボロと泣いてしまった。
もう10年も前のこと。忘れていることばかりだけど、覚えていることもあって。
なんだか急にとてもつらい。その人は死んでしまっても、いつか記憶から少しずつ消えてしまっても、やっぱり生きていた跡が確かにあるということが、とてもつらい。
私は生まれた時から大学生になるまで新興住宅地の一軒家に家族で住んでた。4人兄弟の末っ子で、私が高校生になる時には上の兄弟3人はそれぞれの理由で実家を出て行った。私が大学生になり地方の大学に通うことになり私は大学から近くのそこそこ綺麗なマンションの一室を借りて住むことになり、実家に両親2人が残ることになった。しかしリタイア間近だった両親にとって庭の維持や家の掃除が苦痛になったので駅に近いこぢんまりとしたオートロック付きのマンションを買った。今年大学を卒業して今両親が住んでるマンションに一緒に暮らしているのだけどマンションに暮らしてみて思うのは、一軒家の暮らしって怖くないか?ということである。巨大な屋敷や大金持ちの人の場合ではない普通の人の一軒家というのは門の鍵をかけていない家が多いと思うんだけど、それって不審者や部外者が入り放題だったんだということを考えて一軒家って怖いなって思った。
高校時代、私は遅刻して、ある種半晒し者として私以外全員着席している教室で先生から怒られたことがあった。
その時の私は、もちろん遅刻は良くないとわかっていたし、まあ先生も規則を破ったら怒るだろうなァと思って、最大限に"反省してます"感を出して教室の前方に立ったまま怒られてたわけだが、友人からは「(私が)今にもブチ切れそうだったからヒヤヒヤしたよー」と言われた。
えっ。と思った。
いや、普通に、反省してたし、まあ遅刻常習犯ではあったけど、こっちが十割悪いし、そういう気持ちだったんだけど。私は。
たぶん先生にもそう思われてたのかなー。わかんないけど。
つまり、怒られて、ブチ切れたり突然泣いたりするわけではないんだけど、なんというか、「はあ……」としか思えないのだ。
それが、態度としても「チッ反省してまーす」になって見えてしまうのだと思う。
自分で言うのも何だが、小さな頃から優等生で、怒られることなんかほとんどなかったし、末っ子で、いろいろ見て育って、怒られるようなことはしたくなかったのでしないで生きてきた。
だから、子どもの頃は、怒られると本当にビックリして、「ええ、私!? 何が!?」という感じだった。
いわゆる、人がやっていて、怒られるようなことはしてないのに、怒られて意味がわからなかった。
それが、成長して、私のやったことも怒られることもあるというか、怒られることのパターンっていうのは私の思う以上にたくさんあるんだなァと思うようになると、「これは、怒られるヤツだったか……」と思うようになった。
個人的には、怒られることリストが潤い、次は気をつけよう、と思うのだが、その場でうまいこと"すみません"な態度が出せない。
いや、出してるつもりなんだけど、たぶんその怒る側の人の求めてるものが出せてないんだよね。
本当に、誠意というのはお金のことですかじゃないけど、土下座しろと言われればするし、泣いて詫びろと言われれば泣くし、罰金払えと言われれば払うくらいのつもりではいる。
なんていうか、適度に、すまなさそうな雰囲気を出すというのが駄目なのだ。
言われなきゃわかんない。
怒られるのに慣れてないというよりも、怒られてうまいこと反省の空気を出せてどうにかなった、という空気に慣れてない。
そりゃ、失敗も恐れるし、うまいこと反省の空気を出せた試しがないから、また更にうまいことやれなくもなるということ。
子どもの頃から、ワルガキみたいなクソガキだった人は、うまいこと反省感を出して許される憎めないキャラになるのがうまいんじゃないだろうか。知らないけど。
ずっと母乳育児をしてきたが、最近末っ子もあまりおっぱいを飲まなくなって来て、いつ卒乳してもおかしくない感じ。
私は母乳の出る量の減少と共に、産後から無尽蔵だった食欲が減退してきて、年相応の食事量で充分満足出来る様になってきた。
が、酷く偏食な子供達の残り物をつい勿体なく感じて、満腹なのにそれを無理に食べてしまい、常に胃もたれしている今日この頃。
皆様におかれましてはいかがお過ごしですか?
私は逆流性食道炎をぶり返しそうです。
あと、近頃身体が重く感じて、立ち上がる時につい「どっこらしょ」って言ってしまう。
きっと、母乳が出なくなりかけている事による消費カロリーの減少と残飯処理のせいで太ったのだろう。
あーあ、と思っていたところ、子供が通うスイミング教室の待合室の片隅に「ご自由にお使いください」と貼り紙されている体脂肪率測定機能付き体重計があったので、乗ってみた。
43kgしかなかった。
この身長でこの体重だと、鶏ガラボディーに近いと思う。適正体重はたしか51kgくらいだったはず。
昔、大学時代に困窮極まりない時期があって、その頃に44kgまで痩せた事があったが、その時期は真冬で、三ヶ月のうちに三回もインフルっぽい高熱で寝込むなど、体調が悪くて悲惨だった。あの頃よりも軽いって。
これは女性としては普通で健康的な部類なのではないかと思う。けれども、どちらかといえば病的な痩せに近い体重で(見た目も結構ショボくれてしまっているが育児で疲れてるのでやつれているだけで体重は関係ないと思っていた)、しかし20%の体脂肪率とはこれいかに。
体脂肪率は体重以上に長らくはかっていなかったけれども、記憶によれば学生時代の困窮するよりも以前は体重48kgで17%位だったんじゃないかと思う。
ちなみに、私にはバイトの賄いで昼は豚カツ夜はカツ丼を食すへヴィーな日々を送った経験もあるのだが、その期間は体重が最高で57kgにまでなり、しかし体脂肪率は具体的な数値は忘れたけれども肥満の領域にはかろうじて届いた事はなかった筈だ。
若い頃の私は、運動音痴だったわりに筋トレ大好きだったから筋肉質で、骨密度もやたら高かったので、意外と体重が重くて体脂肪率は低かったのだ。
それが長きにわたる運動不足と、もしかしたら授乳で、筋肉と骨が減少してしまった模様。
逆に脂肪は増えているのだ。自分で見て分かるところには余分なお肉はついていなさそうだけれど、一体どこに?贅肉はついているのだ。
夫にサクッと断言されて、私涙目。
筋肉はしょうがないとしても、カルシウムは毎日欠かさず摂取していたので、骨がスカスカかもしれないというのはかなりショックだ。
私の知り合いに、40歳の時に咳やくしゃみをしたら肋骨が折れたという女性が二人もいるので、そうならない様に努力してきたのだが……。
奥さんと腹を割って話せ、もっとよく相談しろというコメントも多いが、腹の底を晒してもそれを相手が受けとめられるか、どう受け止めるかは相手に余力があるかどうかで、例えば育児で限界を2周くらい突破してるような状況でははっきり言って無理ゲーだと思う。
どれだけ早く帰ろうが、朝から夕方まで子供の面倒を見るだけでも余裕で限界突破という場合もありえる (この辺はもう人によるとしか言えない) ので、増田の努力が足りてるとか足りてないとかは分からないが、努力でどうしようもないケースもある。
それこそ育児休暇を取って1年くらい、参加や手伝うといったレベルでなく、「旦那が主体的に育児をする」とかでもしない限り。
気を使ってお土産を渡しても、「お土産買ってくる余裕があっていいわね」みたいにヒネた受け止め方をされるのであれば裏目だし、個人的な経験で言えば、「仕事があって外に出られていいよね、私は一日中家から一歩も出れない」みたいなことを言われたこともあります。もはや難癖そのもので、そう言われましてもどうすれば……という。
なので、おれは奴隷なのか!? どこにも逃げ場はないのか!? と思い詰める増田の気持は分からなくもない。
詳しくは書かないけどウチも数年前は本当にひどい状態だった。
会社の月一のレクリエーションどころか、同僚の送別会に至るまで、全部欠席してたぜ!
カミさんの機嫌一つで、一週間家に入れなかったこともある!(たまたまカギ持ってたので車に寝泊まりした)
一つだけ言えるのは、仮にそういった状況が奥さんをそうさせているのであれば、子供が大きくなるにつれ、状況は良くなるはずだよ、ということ。今は辛いかもしれないが、家族と離れ離れになる辛さをよくよく考えて、あと数年耐え忍んでほしい。
増田も限界だが、恐らく、奥さんはもっともっと限界なんだよ。そして、その辛さやストレスをぶつけられる相手はきっと増田しかいないんだ。と考えてみて欲しい。つまり、奥さんは増田に甘えているのだよ。(もちろんこれは気休めだ!)
見当違いだったらスマンが、これからもずっと子供の成長を見守ることができるのなら、数年「奴隷」に徹しても、十分おつりがくると思うよ。
自慢して申し訳ないが、末っ子(娘) もようやく幼稚園にあがり、家の中と心には以前より大分平穏が訪れ、飲み会にもたまには行けるようになり、娘がかわいくてかわいくて仕方ない毎日だ。