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はてなキーワード: 夜勤とは

2024-11-18

メディア中の人が感じていることを書くよ

マスメディアが負けたとか、SNS勝利だとかいろいろ言われている。

いちおうメディア業界20年ほどいるので、いま感じていることを書いてみるよ。ちなみに某放送局で、主に制作側の仕事をしている。キー局ではない。在阪局でもなく兵庫県民でもないので県知事選挙有権者判断に何か言いたいわけでもない。

メディア側の人は悪意がないことが多い

個人的にはこれがいちばん厄介だと思っている。中には思想的に偏っていたり政治的意図を持って番組を作る人もいるかもしれないが、自分観測範囲では多くの人が公平に不偏不党報道をやってる、と自己認識をしているように見える。

その割に、例えば選挙では明らかな泡沫候補は扱いが小さかったり、そもそも触れなかったりする。

「主な候補」の演説内容を報道するときは、「秒数を揃える」ことで公平性を保っている、ということになっている。ところが、当然ながら演説している候補者はそんなに都合よく同じ分量でスピーチをしないので、結果的に「印象的だと制作者が判断した部分」を切り貼りしてなんとか秒数を揃えている。切り貼りの結果、意味のわかる文章に整っていればまだいいが、よくわからないところで切れていたりする。秒数を優先するとそういう編集になることも多い。この切り取り方に意図が介在しないわけがないのだが、こういう手法をもって「自分たちは公平に報道を行っている」と思っていたりする。

秒数の話は一例だが、編集によって意図が介在していることに無自覚で、形式的公平性法令遵守していることにして、自分たちを省みる機会が少ない。

「わかりやすくしてあげている」という意識がある

庶民よりのコメンテーターを起用したり、大きくデフォルメしたイラストや図表を用いるのがこれ。実際、肌感覚としてもう若者ほとんどテレビにもラジオにも触れていないので、どうしても中高年層から上の世代に向けた放送になる。選挙みたいな話題だとどうしても解説役を置くことになるが、それもできるだけ「わかりやすく」「庶民の関心があるテーマで」という方向の力学がはたらく。単純に言えばそうしないと数字が取れない。思ったように数字が上がらないと、「もっとわかりやすくしなければ」という方向で検討されてしまう。視聴者庶民バカにしているとまでは思わないが、中には「どうせ難しいことを言っても視聴者はわからない」という意識を持った制作者もいたりする。

ネットメディアを下に見ている

メディアには序列があって、囲み取材などでも発言の順番に不文律がある(決められている場合もある)。いまだに、新聞テレビはこの序列の上位にいるという意識が強い。その根拠として、「ネットメディア素人が発信していて信頼性が無い」と思っていたりする。それはまあ当たっていなくもないと思うが、さらに「信頼性の面で、自分たちのほうが支持されて当然」という認識からネットメディアを軽視する傾向が強い。その割に、制作コストも乏しく人も足りないので、番組制作ネットコンテンツに頼ろうとする。視聴者が減ってる自覚もあるので、自社でもSNSだとかYouTubeだとかいろいろやってみるが全然見られず、制作現場無駄な手間だけが増えていたりする。

とにかく人手が足りない、カネがない、若者に人気がない

構造的に夜勤もあれば臨時時間外の仕事もあったりするのでブラック化しやすく、どんどん人が辞めていく。特に制作現場ノウハウ継承されない。その割に全社的に人が足りてないので熟練スタッフを突然異動させたりもする。新規採用もやってるが、若者に人気がない。ネット他の媒体広告費を取られて収入も減り、さら制作コストが乏しくなっている。少ない人数で多くのコンテンツを作らないといけないので、クオリティも下がる、という悪循環。最低限の規定演技をこなすことに忙殺されていて、遊び心のある企画をやってみよう、というような余裕がない。報道についても「秒数を揃える」みたいなルールを守って「怒られないようにする」が精一杯なんじゃないかな。チャレンジングな取り組みはより一層やりにくくなっている。

 

業界外の人が感じていることとそんなに大きくは違わないかもしれない。中にいると楽しいことややりがいも感じてこなかったわけではないが、このまま業界が変わらなければどんどん面白く無くなっていくなあ、と思っている。

2024-11-16

ああまたアレ作らなきゃなんない夜勤が始まるよ…

株式会社フューチャーなんとかなんて名前しっかりしてるけど、現場の俺らのことなんて考えてないからな。

朝5時半に工場入って、まず機械チェックから始めるけど、昨日直したはずの混合機がまたエラー出してやがる。

エラーコード112…112ってなんだっけ?マニュアルどこだよ、あれ?無くなった?

もうさ、最初から壊れそうな中古買ってんじゃねえよ、これ。

で、なんとか混合機直して、6時半から原料投入スタート

冷凍エビイカ、合わせて480キロだぞ。そんな重いもん毎日作業で運べっておかしくね?腰壊れるわ。

で、次は衣付け工程。あの、パウダーかける機械、また詰まったんだけど?

一昨日もメンテ頼んだのに「大丈夫ですよ、調整済みです」って言ってたあの整備のおっさんマジで適当すぎるだろ。

結局俺が手動で直してさ、時間30分ロスだよ…あとで上司に怒られるの俺じゃん。

昼休憩になって、やっと弁当食おうと思ったら、今度は新人のS藤くん

すみませんライン止めちゃいました…」って泣きそうな顔で来るわけ。

やらかしたかと思ったら、揚げ油のフィルター交換忘れてて油が全部溢れてるじゃん。

ああもう、俺の唐揚げ弁当の油まで抜けていきそうだわ。

昼休憩も10分で終わり、掃除と修理に駆り出される俺。フィルター交換って前も言ったじゃんかS藤くん

午後は午後で更にひどい。包装機が動かないとか言い出して、技術部呼んだけど

来るの遅すぎるから自分たちで直そうとしたら今度は電気バチンって火花飛ぶし、俺の手焦げるし。

あああ…誰だよ安全確認したの。こっちの命削ってまで作りたくねえんだよ!

で、夜8時になってやっと終了…かと思いきや、今日製造数1200個のうち30個が不良品だとか言われて

全部作り直し?は?ふざけんなよ。家帰れないじゃん。

もう疲れた。俺、なんでこんな仕事してんだっけ?情けない、泣きそうだわ…でも辞められないんだよな。

家賃払えないし、S藤くん放置したらもっとライン滅茶苦茶になるし…

でもさ、もっといい未来あるって信じてた俺、どこ行った?

なんで俺、揚げ油の臭いまみれで28歳迎えてんの?分かんねえよもう…。

2024-11-14

市原ホテル殺人典型的な身勝手弱者男性による女性への暴力の極みという感じでひでーが、

夜間に女性を一人勤務させるホテルもひどいし、普通女性生活のために夜勤しなくてはいけない今の自民党政治もひでー

弱者男性からもっと税金とって女性に再分配すればこういう事件防げると思うんだけどね

なんでできないんだろ?

2024-11-13

小中不登校高校中退大学中退

自分は駄目な人間だった。小学校の高学年のとき心因性頻尿になって外に出られなくなった。

金曜の、ピアノ教室の直前だった。その日突然トイレが近くなって、結局家の周りをぐるぐる車で回った挙句に帰った。

それからの日々は地獄だった。家から出ることすらできなかった。私自自分に何が起こったのか理解できなかった。

学校は、授業は嫌いだったけど友達は好きだった。学年みんな友達だと思っていた。みんなの名前と顔を覚えていた。

学校に行けなくなった。

学歴主義権威主義の父は、私のことを人間じゃない何かを見る目で見ていた。

私は当時の記憶があまりない。ただ、下手くそに隠された不登校に関する解説本や、

リビングで両親が自分について語り合ってるのを察するのがつらかった。

そのあと数ヶ月してから学校に復帰したけど、結局私は中学校不登校になって、高校も退学した。

大学受験は当然するものだと思っていたので、高校退学前に高認を取って、

中退後は勉強のやる気が出るまで少し時間をもらった。結果的には一浪という形で

MARCHの少し下くらいの大学に通うことになった。みんなが最初受験をしていた年は、何も勉強していなかったが。

田舎を出て、東京で姉と二人暮らしをすることになった。

大学に行き始めて数ヶ月でやっぱり行けなくなって、2年ほど休学した。

自分は何故生きているんだろうとよく思った。死ぬ勇気は無く、事故で死なないかな、と妄想していた。

復学後は配慮申請をして、出られなかった授業のプリントを貰ったりしていた。

私の時代不登校発達障害時代最先端社会問題で、まだ数が少なく、学校大学側も対応に苦慮していた。

体調が悪くなりやすいので、保健室を使う許可をもらい、授業の隙間はベッドで寝るようにしていた。

大学地獄だった。面白い授業もあったと思うが、何の目的もなく社会学勉強し、

ヴェーバーやデュルケム、フーコーマクルーハンなどを習った。個人的にはヴェーバーが好きだった。

大学時代地元に帰ったときに暇で仕方なく、日経ネットワーク初心者用のTCP/IP解説本を買った。たまたま立ち読みして面白そうだったからだ。

それから何冊か自分ネットワークに関する本を読んだ。面白かったし憧れたが、

自分文系だし人生に夢も希望もなかったので、これはただの遠い憧れだな、と思いながら過ごした。

しばらくして、最初に買った日経ネットワークの本以外ほとんど捨ててしまった。読んでも意味がないと感じていた。

大学も結局中退した。3年にやっと上がれるという冬の試験で、起き上がれなくなった。

毎日天井を見て過ごした。今日は○○の試験だったのに…と思って、泣きながら過ごした。

ここで単位を落としたことで、卒業まで想定より1年だか2年かかりそうだなと自分計算し、心が折れた。

何度目の挫折か数えるのも嫌になっていた。

大学中退後は、大学時代にできなかったことをしようと思い、

画家さんの絵の手伝いに行ったり、フォトコンに応募したりしていた。絵と写真けが自分が唯一続けてきたものだった。

それも当然上手くいかず、暫くして、父から障害年金手帳をとるように言われた。父には逆らえなかった。

父に逆らえる人は家族の中で誰もいなかった。とても怖い人だったから。

父は節税になる!と喜び勇んで説明し、私は、やっぱり自分は道具なのだなと思いながら、そのまま手帳年金を取得した。

初めて自由に使えるお金を手にした。20代後半で、初めて自分家具を買っていいことに気づいた。

家の中を、好きだった祖父母の家を模すような感じに作り変えた。

友人が美術館バイトを紹介してくれたので、小さな美術館で週3日のバイトをすることになった。

が、その直後にコロナ禍になって、半年ほど美術館は閉鎖することになった。

休業補償?だか何だかで、一応もらえた。その年の秋から再開した美術館スタッフを少しやって、年末年始地元に帰った。

両親に、戻ってくるように言われた。

父の会社が上手くいっておらず、母方の祖父母から大変な額の借金をしていた。

利益なんて10年ほど出ていなかったらしい。元々何をしているのかわからない

人に説明するのが困難な父の会社だったが、父はとにかく経営センスがなかったらしく、酷いことになっていた。

私は一度地元に戻る決意をしたが、やはり怖くて直前になって無理だと母の前で泣いた。

地元に戻っても居場所はないと感じていた。東京にもなかったけど…。

それからバイトを増やしたが、結局駄目になって初夏に辞めた。

すぐに次のバイトを探したが、それも2ヶ月しか続かなかった。秋からまたバイトを始めた。

小さめの不動産会社事務をしていた。年始にまた、今度は以前より強めに、帰ってくるよう説得された。

私はすぐに市の生活相談窓口に駆け込んで、就労移行支援ギリギリ間に合ったコロナ関連の貸付金を紹介してもらった。

課税世帯なので、返済する必要はないか安心して、説明された。

自分決断は、生活保護になってでも東京にい続けるというものだった。コロナの貸付金で一時的に数十万のお金が手に入ったので、

それを使い生活保護でもやっていける物件引っ越しをした。不動産も一人で回ったし、引越しの手配も手続きも全て一人でやった。

就労移行支援は少し通ったが、この時間バイトをした方がマシに思え、すぐに辞めてバイトを探した。

並行して勉強を進め、基本情報技術者試験合格した。その後障害者雇用で小さなコンサル会社資料作りのバイトをし、

その間にMOSExcel Expertを取った。お金をかなり切り詰め、貯金を始めた。結局生活保護にはならなかった。

翌年バイト契約終了になったので、ネットワーク仕事チャレンジすることにした。

人生で初めてのフルタイムバイトだった。倒れる前提で、駄目元でやってみることにした。

柄谷行人の『探究』で読んだ、暗闇の跳躍だか飛躍だかを思い出した。

価値は、価値がついたあとにしかその意味を読み取れない。価値がつくには暗闇を跳ばなきゃいけない。

それから3ヶ月ほどは、毎日法人向けのNW開通をしていた。

薄給の上に業務量がえげつなくて、人がすぐに辞めていく環境だった。

ある程度初心者ができるように自動化されていたので、1ヶ月を過ぎる頃には一通りの業務を覚えていた。

毎日現地作業員電話を繋げながら、色々な試験をし、NWを開通した。たまに撤去もあった。

障害を隠して仕事をしていたが、ある日電話中にパニック発作が出て、電話を保留にした後しばらくトイレにこもって薬を飲んで休んでいた。

ここでもこうなるのか…、とトイレの中で泣いた。結局その職場も居づらくなって辞めてしまった。

ネットワークエンジニアになりたかった。

諦めきれずに、次の仕事を探した。ベンチャー企業で、またネットワーク仕事をやることになった。

今度は客先常駐仕事に出る前に第一陸上特殊無線技師資格を取った。

高校数学赤点だったので、選抜試験養成講座も地獄だった。何年振りかの座学だった。

そのあと1時間半ほどかかる場所夜勤をすることになり、私はすぐに壊れた。

夜勤明け、ふらふらになりながら漫喫に入ってひたすら寝続けた。またパニック発作が出て、帰ることができなくなっていた。

心が折れて、障害者雇用仕事を探し始めた。

大手IT企業の子会社で、採用仕事をした。面接はいずれIT仕事を回してくれると言っていたが、

一向に果たされる気配がなく、半年で辞めた。ここまでの失敗で辞めた後に空白期間があるとメンタルに来ることはわかっていたので、次の仕事はすでに探してあった。

障害者雇用契約社員として、またIT企業に入った。1ヶ月の待機期間の間にCCNAを取って、

今はそこで仕事を続けている。何故かPython人員になってしまったので、毎日ツールを作っている。

ChatGPTのおかげでなんとか仕事ができている。

今の案件は年内で終了するらしい。

数週間前に正社員登用の話があり、面接を受けた。周りからは多分行けるんじゃないかと言われている。

貯金はやっと130万ほど貯まった。将来は…できれば健常者として生きていきたいが、まだ暫くは難しそうだ。

まだ何も安心できない。実家の父母は離婚問題でめちゃくちゃになっているし、

リモートから仕事ができているのでは?という懐疑が常にあって、次の案件でどうなるかわからないと思っている。

私は障害について色々思うところがあるが、30ぐらいの時にはっきりと

自分は才能が無いのだから、せめてコミュ力を伸ばそう。自分は一人で生きていけると思えない。

から、人から助けてもらえる、助けようと思ってもらえる人間になろう」とずっと考えてきた。

今の時代障害者健常者に関わらず、みんなにとってつらい時代だと思う。

何かを抱えているのはみんな同じだと思っている。そんな時代に、

マイノリティ自分を救ってくれ!と叫ぶことはとても怖いことだと思っている。

社会に余裕がなくなれば、一番最初に切り捨てられるのは自分たちじゃないだろうか。

今までたくさん人に迷惑をかけたけど、少しでもそうでない自分になりたい。生きていていい自分になりたい…。

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私は今もたくさんの問題を抱えているし、色々上手くいっていない。

人生を呪っているし、楽しくはない。たまに楽しいこともあるが。まあしかし、こうやって足掻いている人間もいるよ、と思って書いてみた。

特定されようが、もうプライドなんて無いからどうでもいいのだ。

私を見下して、自信をみんな持って欲しい。こんな見苦しくみっともなく足掻いてる人間もいるのだから

小中不登校高校大学中退でも、なんとか生きてるよ。

…まあ今後どうなるかはまだわからんけど。

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追記

思ったより反響があって驚きました。

タイトル自分人生象徴するような言葉ですが、実際そういう境遇にある人間がどのように生きていくのだろう?という

素朴な疑問から読んでくださった方がいるのかなと思います。あるいは下層にいる人間の惨めな人生を期待した方もいるでしょう。

励ましの言葉アドバイス叱咤を下さった方、それぞれありがとうございます。全部読んでます

わーっと書いてしまったのでちょっと読みにくかったかもしれませんね。申し訳ないです。

障害については一応ASD…ということになってます。診断が下りたのは大学生のときでした。

ご存じの方も多いと思いますが、当時はアスペルガーと呼ばれていて、空気が読めない・人の感情がわからないだとか、まあ散々なことが書いてありました。

カサンドラ症候群の話もありますし、今でもややADHDよりASDの方がイメージは悪いのかも、と思うところはあります

高校生の頃にWAIS-Ⅲを受けた際には、言語IQ動作IQ結構な隔たりがありました。

当時の記録だと言語理解111、知覚統合99、作動記憶105、処理速度84。PARSの結果は幼児期が25点、思春期成人期が34点です。

一昨年だかにWAIS-Ⅳを受けたときは色々マシになっていて、言語理解119、知覚推理107、ワーキングメモリー117、処理速度111という結果でした。

今は人から障害を持っているようには見えないとよく言われます。体力がないのは相変わらずですが…。

慢性疲労症候群の診断も下りていて、当時医師からは「あなたは将来生活保護か専業主婦しか生きていけないと思います」という

大変メンタルに来る言葉をいただいていました。それから一気に体調が悪くなり、何も自信が持てなくなった後に

自分はそんな未来を信じないし、絶対にあの言葉を覆してやると決め、もう一度立ち上がりました。

大学でも発達障害中退した人たちの予後が悪い、まともに働けていないという話を聞かされていたので

これについても、だったら最初の一人になってやる、と思った記憶があります

自分は女ですが、文章が怖いと言われることもあったので、その辺も徹底的に直しました。

人を観察して、絵文字顔文字ちゃんと使って明るく取っつきやすイメージを持ってもらえるよう修正し、

見た目もパーマをかけたりと柔和な雰囲気を心掛けました。そういう仮面は、今は自分の皮膚のようになって

人格の中に融合されたのかな、と思う部分もあります

人の気持ちがわからない、共感性がないという部分については、周囲から指摘はそこまでなかったのですが

とにかくできるだけ人のことを想像するようにしました。自分を取り巻く多くの人たちや、ニュースになっているゴシップエッセイなどからたくさんのことを学べたと思います

お金があっても、賢くても、健康な体を持っていても、それでもみんな裏では色々あるのだな、と。つらいのは自分だけではないと言い聞かせてきました。

まれて見える他者が、実は苦しんでいるという話をちゃんと覚えておくようにしていました。

人生が大変だと、どうしても被害者意識が強くなってしまものですが

そのように思う瞬間はあっても、絶対客観性を失わないようにしようと常に思っています

同時に、自分自身をあまり障害者として扱い過ぎないようにも心掛けました。単純に、心がすり減るので。

自分もまだまだこれから乗り越えなければならないことがたくさんあります

同じように大変な境遇の方の励ましになったらいいなと思います

2024-11-05

anond:20241105233241

俺は学生の頃、コンビニ夜勤バイトをやってたからな

一晩でだいたい8000円だったから、週3で入ると余裕でオーバーするよ

から店長シフトを上手くコントロールしてた記憶がある

anond:20241105232348

コンビニ夜勤バイトをやってると、割とすぐに超えそうになるから

下痢の原因

俺はそこそこお腹がゆるい。

・ペースは2週に1回

アイスファストフード牛肉などを食べると3割くらいの確率でやられる

こんな感じで軟弱であるが、ある条件下において胃腸強靭になっていると最近気がついた。

それは休み(ダラダラしてる時間)が少ないときである

高校時代部活(バスケ)と勉強で忙しく朝は4時半に起き、就寝は0時過ぎであった。部活年末年始に2、3日休みがあるくらいで基本的練習漬けだった。なかなかハードであるが年に3、4回くらいしかお腹を下さなかった。食生活男子高校生らしく肉ばかり。昼は大きめのタッパーにご飯を敷き詰めてその上にありったけの揚げ物やウインナーをのせていた。夜はスーパー惣菜弁当を最低3つ、もしくはすき家牛丼メガ盛り?を2つ食べていた。

社会人になり、緩めの肉体労働を6年やった。ほぼ毎日定時には帰れた。あれだけ強靭だった胃腸も弱まり冒頭に述べた通りになり、食生活配慮するのがだるかった。

この仕事が物足りなくなり、月300〜400時間現場仕事転職した。日勤→夜勤→日勤のような早死にスタイルで働いた。食べる量も増え、高校時代並みにドカ食いをした。とにかく肉をモリモリ食べた。いかにも胃腸がやられそうであるがそんなことはなく、お腹を下す気配が全くないのだ。

原理不明。もしかしたら理由別にあるかもしれない。ちなみにほんとに死にかけたのでこの仕事は辞めた。また以前の貧弱な胃腸に戻った。終わり。

2024-11-01

なんか160万完済してた【追記した】

追記

自分自己破産しなかっただけど、当時は両親が働いてて(割とお偉いさん)、地元官報に載ったら、役所勤めの人から洩れたりするのいやだなーも思った。実際バレるかどうかは知らないが、自分地元を信頼してないので。

親は自分クレジット事故ってるのは知ってて、10万以下くらいを建て替えてくれたこともある。でも流石に100万超えはアウトだろと思って言ってない。察してるかもしれないけれど、親も言ってこない。

弁護士事務所に依頼して任意整理したけど、弁護士もいろんなところあるから無料見積もり複数した。事務所にもいって相談して、話をしっかり聞いてくれるなーとか、電話対応が雑じゃないなーっていうところを見て、結局自分はそんな有名ではないところでやってもらった。相性もあるし、時には「すみません、今月は苦しくてこのくらいしか払えません……」みたいな相談することもあるから、長い付き合いになるし合うところを探してみてくれ。

あと自分場合、返済途中から体調を大きく崩して、それまでは夜勤もしてて着実に返済出来てたのが、途端に苦しくなったこともあった。それを相談できたのもよかった。なので何回かは「すみません……」って電話もしたなー。

とはいえ、まだ細かい借金はあるからそれは返済していく。

あと今後引っ越すとき保証会社使えないから、それがめちゃ心配ではある。クレジットヒストリーに事故歴つきまくってるから厳しいんよな。

クレヒス事故ありで引っ越した人とか、やっぱり現金で家を買ったりしたのかな……はてな経験者いたら知りたい。

追記終わり】

弁護士から手紙来てて、なんだ?と思ったら、任意整理のうち、100万ちょい借りた分の弁済済んでるよ(遅延損害金で60万くらいプラスされて、合わせて160万くらい)という案内だった。

あと自分が気付かずに弁護士の口座に振り込んでた分があるから、それは振り込まれるとのこと。

マジでびっくりした。

自分借金、もう返せないかと思ってた。

というか、100万借りたのが1.5倍くらいになってて笑った。笑ったらいけないけど、みんなはちゃんと返そうね!

自分100万も借りたのは、生活費が足りない……ってキャッシングしてたからなんだけど、ボーナスも出なくてバイトか?バイト以下じゃね?っていう給与だったら、少なくとも都心部では、さっさと転職した方がいい。親に頼るの恥ずかしいとか、みっともないとか思わなくていい。仕事やめても、家賃を区が出してくれるところもあるし。福祉どんどん使ってこうな。

あーー20代自分にいってやりたい。

自分奨学金もないし、車もかってないし、100万単位借金かさんでも平気とか絶対に思うな。一度撤退して実家に頼るか、仕事やめて福祉に頼れ。

2024-10-31

天気予報士でもとるかーと思ったけど

以外と就職先が少ない

あと気象予報だと夜勤休出普通にある

まあ考えてみたらそうだよな…と思うけど

2024-10-26

投票所って24時間空いててよくない?

夜勤からふつうに行くのつらいんだけど、期日前とかより何時でもいいよ〜にしてほしいわ

2024-10-25

夜勤健康診断(2回目)

監視作業夜勤に入ったところ、健康診断を年2回受けないといけないと知った。

そして明日勤務明けにそのまま行くんだが……おなかすいた!

10時間食っちゃいけないのは知ってるけど、仕事してたらお腹すくじゃん!

水がぶ飲みしてるけどかえって不健康な気がしてきた。

2024-10-23

駅のトイレ

昨日は駅で一昼夜勤務だったんですけども。

終電が行った後に客が残っていないかをチェックするわけです。

男子トイレに行って誰もいないのを確認

女子トイレに行くと個室が閉まってる。もう終電が行って15分が経過してる。そろそろ出て欲しい。

扉をノックして「もうシャッター降ろしますよ」と伝える。

「あ、すみません」と男性の声。「よろしくお願いします」と言い返す。

トイレの前で5分ぐらいしてから、うん?男の声だったな。と思ってトイレに戻った。

間違えて入ったんだって

駅員の仕事も大変だなぁって思います

2024-10-20

中国の奇妙な現象田舎に戻って寝そべり族化すると人生詰む

https://anond.hatelabo.jp/20240921093915

失業者は日増しに増え、収入の道が途絶える一方で、家賃光熱費生活費など生きるための最低限の費用は賄っていかなければならない。多くの人々が大都市から脱出し、田舎の町に帰って「寝そべり族」化することを選択している。激しい不景気の波にさらされる中、田舎の町は、まるで時が静かに流れる安息の地を思わせるようだ。

その一方で、私の従兄が逆に田舎の町から大都市最近「逃げ戻った」のだ。

この二つの対照的選択果たしてどちらが現実的なのか? 

気になって、家族グループチャットで聞いてみた。以下は、親戚が教えてくれた田舎の町の最新情報だ。

  • 通りには配達員の数が増え、以前なら夜9時以降は自分バイクを走らせないと夜食を手に入れられなかったが、今では深夜1時でも配達員が動いている。

親戚たちがちらほらと送ってくれた田舎の現状を見て感じたのは、大都市よりも田舎の方が経済的に苦しいということだ。公務員ですら蓄えを切り崩しながら生活している。大多数の「普通」の人たちは、実家から支援も受けられず、だからこそ大都市に留まって奮闘している。一度大都市を離れ、田舎に戻ってしまえば、仕事が見つかるかどうかも怪しい。仕事が見つからなければ、家に引きこもるしかない。そして、経済問題家族関係の渦に巻き込まれじわじわと沈んでいく――もう二度と立ち上がれない。人生そこで終わりだ。

かに大都市生計を立てていくことは厳しく、生活費も高い。しかし、チャンスが多く、公平でもある。田舎リソースほとんどが上層階級に独占され、普通の人たちには生き延びるためのわずかな資源しか残されていない。発展なんて望むべくもない。だからこそ、苦しい時こそ大都市に留まるべきなのだ。少なくとも、大都市では利害が全てだ。そして、金の前では皆平等だ。

追記田舎上層階級について、親戚たちの話を聞くと、どうやら新たな権力の再編が進んでいるようだ。この件についてまた詳しく書いてみようと思う。なかなか興味深い話だ。

2024-10-19

anond:20241019195716

まぁなんにせよ夜勤はやめたほうがええわ

病気で生き地獄状態になっても安楽死できる環境ちゃう

anond:20241019195407

もっとも世の中に多くいる夜勤コンビニとかの労働者かもしれないが医療関係者やなんらかの保守業務夜勤も多い

まあリベラル特有底辺創作ポルノでも読んでりゃウシジマくんばりの悲惨な末路でも見れてオナニー出来るよ

anond:20241019193719

まぁ日本人口減っていくからどんどんロボットに置き換えていくことになるとは思うわ

経済も縮小して客も少なくなっていくし

最近も深夜営業やめようとか24時間営業やめようみたいな動きあるもんな

そう思うと夜勤は突然リストラされるリスクもあるという事やな

でもそうなったら今夜勤で働いとる様な人らはどこに行くんやろ

なんも専門知識無くてただでさえ日中仕事に受からへんから夜勤やっとる人もおるやろうに

海外出稼ぎする様になったりするんやろか

anond:20241019194452

夜勤寿命が削られるからこそ良いことなんだよ

寿命っていうのは削られなきゃいけないんだ長生きなんてのは昭和生まれ特権なんだよ

からこそ高齢者揃いのリベラルたちが年金システムを維持したいんだろうけどな

anond:20241019193449

調べたら夜勤寿命10年も削れるっていう研究結果が既にあるらしい

http://irouren.or.jp/test_html/publication/pdf/nakamen1.pdf

これ多分健康寿命もっと短くなるな

それやったら一部の人以外も普通に健康になれるお日様の当たる場所での仕事をした方が圧倒的にええわ

多分健康に生きられるのは優良な遺伝子持っとる極一部の奴以外は30代前半が限界やろ

anond:20241019192826

そもそも労働自体奴隷やろ。

夜勤か日勤かなんて耳クソと鼻クソくらいの違いしかないわ。

anond:20241019193449

清掃員、警備員介護士トラック運転手なんか、夜勤がなかったら社会は回らへんのや。

 

もし回らなくなったらロボットが即座に開発されて

その仕事は消えるから

夜中に働く連中のせいで世の中が停滞しているともいえる

 

技術革新は不足と需要からしか起こらないか

 

そいつらが働き続けるばっかりに

過酷夜勤は消えんということや

anond:20241019192826

なるほど、夜勤についての批判健康リスクの話をしてはるんやな。

かに夜勤にはデメリットがあるのは事実やけど、一方でそれを選んで働いてる人もたくさんおるんやで。

反論として、いくつかのポイントを挙げてみるわ。

1. 仕事自由選択メリット

夜勤が合う人もおるんや。例えば、夜勤の方が静かで集中しやすかったり、日中の混雑を避けて過ごせたりする。さらに、夜勤の方が給与が高めに設定されてることも多いから、それを選ぶ人も多いんや。自分ライフスタイルニーズに合わせて、働き方を選ぶ自由は大切やで。

2. 健康リスク管理

かに夜勤による健康リスクはあるけど、それをしっかり管理して働いてる人もたくさんおる。例えば、適切な休息や食生活の工夫、運動によって、健康を保ちながら夜勤を続けてる人もいるんや。「夜勤健康被害」という一方的結論ちょっと極端やと思うな。

3. 社会必要職業

夜勤で働いてる職種、たくさん挙げられてるけど、どれも社会にとって欠かせん仕事ばっかりや。清掃員、警備員介護士トラック運転手なんか、夜勤がなかったら社会は回らへんのや。誰かがその仕事をしてくれてるから私たち安心して生活できてるんやで。

4. 多様な働き方の尊重

夜勤はやめとけ」と言うても、それぞれの事情理由夜勤を選んでる人がおるんや。留学生ダブルワークの人にとって、夜勤がなければ生活が成り立たへんこともある。それを「人間構造に逆行してる」と一方的批判するのは、ちょっと失礼やと思うで。多様な働き方があってもええやんか。

5. 個人選択尊重しよう

「命を削って仕事してる」って、確かに過酷な面もあるかもしれんけど、全員がそう感じてるわけやないんや。自分健康仕事バランスを取りながら、夜勤を選ぶ人もおる。大事なのは自分に合った働き方を見つけて、無理せず続けることやと思うで。

まり夜勤は全て悪いもんやないし、働き方や環境によっては、ちゃん健康を保ちながら夜勤をこなすことも可能や。

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