はてなキーワード: パチンコとは
そんなん、「恋愛」でも同じ。たとえば1年付き合ったらもう「最初のトキメキ」みたいなものは相手から得られなくなるでしょ。それだったら「一生風俗に行っとけや」という話ですよ。結婚ってそうじゃない。一生かけるってのはそーゆーことじゃない。So you?
「一生かける」ってのはね、「一生を懸ける」という時間的な意味だけでなく文字通り「一生を賭ける」って意味でもあるんだよ。ギャンブル? ノンノン。1,000円、2,000円を取り合うような小バクチの話じゃない。一生が懸った「何か」を賭けるとき、ソレはもう「人生」になるんだなあ。想像もできないだろうが、まあ想像してみ。「カイジ」とか読んだことないか? 明らかに自分が一生かかっても稼げない額の金をやり取りするとなると、面白いとかスリルとか通り越して、そこにはその人の「人間そのもの」みたいなモンが姿を現してくるんだよ。そうなってからが本当の「賭け」だ。リアルな「賭け」なんだ。そして、そーやって自分の一生を掌に載せて「賭ける」とき、それはもう「人生」なんだ。イッツイークォールトゥユアオウンライフ。リアルライフ,オーケー?
受験もそう、就職もそう。誰だって「自分の一生」ってやつをタネ銭として、一生賭けて何かを選ぶときがあんだろ。そのとき「このあとどうなるんだろうなあ」とかそんな牧歌的なこと、呟いてるひまがあるわけねーの。そんなのどーでもいいよ。そのときその一瞬、いっときがすべてなんだよ。そこに人生があり命の燃焼ってやつがあるだろ? 「結婚」もそれと同じなんだよ。こいつ!って相手と出会って結婚するまでの怒涛の流れってのは、もうまったくそんな感じ。それに比べたら「トキメキ」とかそんなお子様の快楽なんて、遊びだし余暇だよ。余暇。
たとえば、パチンコばっかやってる奴は「パチンコ楽しー」って思ってるだろうし、実際暇があって金が無いときはパチンコも楽しいしそれが人生かけたギャンブル?みたいな気分にもなるよ?でも10億握って自分の人生賭けて投資してる奴からしたら、鼻で笑われるような「遊び」に過ぎない。悪いけどな。大げさだけど、お子様の恋愛と結婚ってヤツとの違いってのは、まあそんな感じだ。「ステージが違う」んだよ。そんなレベルで勝負してないんだよ。人生賭けてんだ。まして万が一子供ができたりしたりなんかしちゃったら、その子らの人生まで賭けることになるんだぜ? うひゃー!ってヤツだ。
まあパチンコで10,000すっただけでうちのめされる程度の子チンコには、まだ早ぇー話だがな。まずは自分の人生賭けた大勝負の一つもこなしてから出直してきなさいってこった。
ソフトに金を払って使うのは当たり前だと思っていたのだが、スマホゲーに移行してからは無料で充分遊べるゲームが多すぎて、課金する人意味わからんと思うようになった。
Twitterで見かける人たちは課金は現実の金をゲームに両替する感覚とか、3000円で欲しいキャラが手にはいる激安とか、10万突っ込んだけどまだ出ないとか恐ろしいことを言っている。
なんかパチンコに何万も突っ込んでる人を見ている気分で、いつからゲームはこういう風にアホから金を巻き上げるやくざな商売になったんだろう。
まず「大半」を強調しておく、もちろん尊敬に値する素晴らしい人も「まれに」いる。
かつてインフラ系とフロントエンド系のエンジニアを職業としていた。
いまはまったく別の職種、ユーザー側として常駐しているSEにリクエストを出すこともある
今の立場になり他者として技術者と対面すると、SEをしていた時は気づかなかったことが、いろいろ見えてきたこともありまとめておきたい。
最後にもうひとつだけ。下記にあげたものは職務遂行能力とは直接関係ない。技術職・事務職を問わず職務遂行能力はあって当たり前であり、なければ配転や契約打ち切りとなる。ここにあげるのはどちらかというと社会集団的あるいは企業文化的の枠組みでなぜIT技術者が軽く扱われるかについて考察している。前置き長くてすまん。
これはよく言われるので一例のみ。質問に対し字句通り答える。質問の言外の意味を察しろとは言わぬまでも質問の上のレイヤーさえも推測しようとせず字句にそのまま答えるので相手にとり会話の流れをつくっていくことが非常に困難となる。
たとえばシステムやアプリケーションの不具合について質問すると「これはこうこうこうでこうなっています」(話のすじみちはとおっている)と答える。仕様についても「仕様ではこうなっています」と「こうだからこう」ではただ「こうなっている」と解決策を示すこと無く今の状態を記述する。何か規定されたルールを絶対の所与のものとして、過去にそれがどのような目的のもとでつくられたかに関する想像力が及ばない。「こういうことをしたいのだけど…」と聞いたら「それはこうなっています」と答えることのある種の異常さに気づいてない。現在時点を中心に狭い範囲の時間軸しか認識・理解できないという意味では猫や犬などの動物に近い。
見方を変えればモノ(ソフトウェアやシステム)をつくる職種が徹底的に「as is」ベースの思考というのも何が深い原因があるのかもしれない。
興味範囲外のことについて広く知識収集せよとまでは言わないが、興味が無いことについてバッサリと切ってしまうので話が広げにくい。たとえば営業系の社内システムを保守しているのに営業の職務内容については自分に関係の無い話としているなど。そうした指摘をしても我関せず、えてして自分の雇用契約(派遣契約、期間雇用契約)などを理由に理論武装しているが個人的に考えたくないのが見え見えである。
一部前項とも重なるがここで言う教養とは業務知識やいわゆる(公務員試験などの)一般常識レベルのことではなく社会人になってからの学び、つまり文化・芸術や歴史に対する理解が低いの。せいぜいゲーム、アニメ、マンガ、あるいはテレビのバラエティなどのサブカルチャー方面に造詣が深い程度である(もちろんこうしたサブカルチャーを馬鹿にする意図はないよ)。
そう言ってしまえば文化資本が家庭環境、周りの環境が云々と言い出すひともいるが、自分はこうしたものを身につけるのはむしろ社会に出てからと思っている。よく言われる「うちの職場は休憩時間にはパチンコや風俗の話しかしない奴ばかり」と言うのは自らの選択の結果であり親や周囲の人間のせいではない。
ここであげるかどうか迷った。というのもこれは技術者にかぎらず日本の社会人の多くに共通する問題かもしれないから。
もちろん過去の自分もこれにあてはまる言動をした可能性があるのでそれについて弁明はしない。
一般に日本のIT技術者は他国のそれに比べて低所得と言われているがそれもむべなるかな、現在の待遇は不思議でもなんでもない。
なお、ここであげたIT技術者は、自身の経験から企業や団体の中の情報システム部門、ユーザー支援のために外部から雇用あるいは派遣されているSEなどを対象にしている。開発委託先や運用委託先のシステムベンダーの担当者、などについても一部当てはまるかもしれない。
便乗して書く。
http://anond.hatelabo.jp/20151225040420
色々叩かれてるけど頭を整理するには良い企画なんで定期的にブームになるといいな
・人気のないゲーム機を買ったことを後悔するのは無駄。数年に一回くらいしか出ない数万円のものはおっさんになったら全部買える。
・見逃したアニメを後悔するのも無駄。円盤買え。お布施にもなる。
・ただし漫画は買うな。特に雑誌。部屋がどれだけ広くても足りなくなる上に、大掃除のたびに休憩と称してお前の手を止めるトラップと化す。読んだら捨てろ。
・食欲・性欲はペナルティではなくチャンス。昼夜くらいしかお腹空かない、数日に一回くらいしかお客様が来ないとなると、少ない欲求を確実に満たすために美食家になる。
・メガネを気に病むな。年をとったらファッションとして楽しめる。
・天パを気に病むな。髪があるだけで勝ち組になる年齢がいつか来る。
・夜型人間なのを気に病むな。そのうち長く寝てられなくなって自然に朝型になる。
・漫画・アニメ・ゲームしか趣味がないことを気に病むな。家庭を持てば「パチンコ競馬よりマシ」程度の趣味として扱われるだけだ。
・というか非モテも気に病むな。30後半あたりから、女より男のほうがモテるようになる。その時初めて、20代までの女が口にしていた「気のない相手から好意を受けるのが面倒」という気持ちがわかってくる。
人付き合いがかき乱されて大変エネルギーを使うんだ。そういうわけでこの年代の女の愚痴は大目に見て、あまり女叩きをしないでやってほしい。
・クリアな頭でいつづけるには健康が一番重要。大食い、大呑み、徹夜は全然かっこよくない。運動はかっこいい。
・間違わないで行動し続けることはほぼ不可能なので、いつでも謝れるようにしとこう。
・本やネットの情報・知識だけで正しく判断するのは無理なので、周囲に手本となれるような人間を見つけることをおすすめする。
若い間は周囲の大人がだらしなく見えたり、逆に変に凝り性すぎるように見えて完璧な人間はいないように見えるけど、ちょっとレベル下げればそこそこ参考になる人間ってのは結構いるもんだ。
・祖父母や親戚が亡くなるようになると、悲しさや寂しさというより、「あれ、もう次俺の番がくるんじゃね?」という恐怖感のほうが先に来る。
この感情を緩和するのは、今のところ子供を作るくらいしかない。周囲の友人に聞いて見た限りでは大体同じ答えだった。
とうとう大手新聞にまで取り沙汰されたので何が違法かを解説する。
ただ、内容の性質上どうしても一般的ではない概念が必要になる。
そういう人は「整理して比較」の部分まで飛んでも差し支えはない。
1.通常時の玉の戻り
3.大当たり時(確変中も含む)の出玉の増加
この3つだ。
なぜなら、大当たり確率、確変突入率、平均連チャン回数などは店側が手を出せない予め決められている内容だからだ。(スロットは逆に大当たり確率が変更できる。ここで遠隔という人間はこれ以降を読んでも時間の無駄である。)
パチンコをやる人間なら気にするであろう「1000円でn回まわった」というのは、じつは1と2の要素によって決まっている。
例えば、250玉(1000円分)あたり50玉戻ってくる場合と、100玉戻ってくる場合では、最終的に打ち込める玉数が変わってくる。
当然多く戻ってくる方がお金の減りが少なくなるというわけだ。
例え玉が多く戻ってくる台を見つけたとしても、そもそも抽選しなければ大当たりはない。
どちらも1000円分打ち込んだとして、300玉打ち込んで18回抽選した場合と、350玉打ち込んでも17回しか抽選しない場合では、前者の方が優秀と言えるのだ。
(前者は100玉中の抽選回数が6回。後者は100玉中の抽選回数が約5回)
それは、それだけ大当たりまでの投資金額が少なくなるからにほかならない。
例えば大当たり確率1/240の機種を遊んだ場合、前者は平均して約13000円(240÷18回×1000円)で大当たりするのに対し、後者は約14000円(240÷17回×1000円)が必要になってしまうからだ。
1000円あたりの抽選回数は、普段の玉の戻りと、始動口回数によって決まるわけだ。
そうしてやっとのおもいで獲得した大当たり。
もし、大当たりまでの平均投資金額換算よりも、大当たり出玉が上回ればシメたものだ。
その台を打ち続ければ、出玉は増え続けるということを意味しているからだ。
逆に大当たり出玉が平均投資金額換算を下回る場合、大当たりを重ねる度に追加投資が必要になることを意味している。
この場合の大当たり出玉とは、大当たり一回の獲得玉数ではなく、平均連チャンを終えた時の一連の出玉を指している。
(1回の大当たり出玉×スペック上の平均連チャン回数+確変中の出玉増減)
この計算にも、先ほどの1000円あたりの抽選回数が関わってくる。
前者であれば3250玉(13000円÷4)を超えればよいのに対し、後者であれば3500玉(14000÷4)を超える必要がでてくることがわかる。
この点においても、前者の方が優れていることが証明されるわけだ。
少し乱暴な説明ではあるが、これがいわゆるボーダー理論を考える上での基本的な計算方法でもある。
今回の報道を要約するとこう書いてる。
「テストの状態よりも、始動口が開けられ、一般入賞口が締められていた。」
つまりこれは、先ほどの前者、後者を比較した状況になっていたといえる。
それぞれ、前者は一般入賞口が締められ始動口が開けられた状態であり、後者は一般入賞口が開けられ始動口が閉められた状態だ。
今回問題とされているのは、検定時に後者で認定を受けたにも関わらず、販売時には前者の状況で利用されていたということになる。
しかも、それをホール側の責任と調査を開始したにも関わらず、なんとメーカーがホールに販売する段階で行われていたというのだから驚きだ。
あまり知られていないことだが、パチンコの玉の打ち出しには制限がある。
それが1分間に100玉までということだ。
つまり、どれだけ頑張ろうとも1分間に100玉以上の玉を打ち出すことはできない。
打ち出すことのできる玉の上限が決まっていれば、時間あたりに投資できる金額が決まるからだ。
では大当たりまでの時間はどうだろう。
前者と後者とを比較した場合、1回の大当たりまでに必要な時間は、それぞれ前者は40分(大当たり確率240÷100玉あたりの入賞回数6)であり、後者は48分(大当たり確率240÷100玉あたりの入賞回数5)になる。
つまり前者の方が短時間で大当たりする=ギャンブル性が高いということになってしまうのだ。
ここで記事に戻ると10分間に数十個の入賞が求められるとされている。
仮に50個だとすると1分間に5個だ。
1回の入賞辺り払い出しが10玉だとした場合、1分間に50玉の払い戻しが必要になる計算になる。
つまり、1000円を投入すれば少なくとも375玉(250玉+2.5×50)が打ち込める必要があるということになる。
通常であればここにさらに始動口入賞の払い出しもあるので、おおよそ400~450玉の打ち込みが可能になる計算だ。
仮に450玉とした場合、この状態で先ほどの前者と同じボーダーに設定すると、1分間あたりの始動口入賞回数は4回(前者の1000円あたりの抽選18回:450玉あたりの抽選回数)になる。
つまり、同じボーダーに設定した場合でも、大当たり1回あたりに必要な時間は60分まで拡大するのだ。
ここまでの内容を整理してみる。
どちらも共通して1000円あたりの抽選回数が18回だった場合
1分間辺りの抽選回数6回、大当たりまでの平均時間40分、1時間に負けられる最大金額2万円、1日の平均初当たり回数約10回、獲得可能な平均出玉32500玉
1分間辺りの抽選回数4回、大当たりまでの平均時間60分、1時間に負けられる最大金額約1万3千円、1日の平均初当たり回数7.5回、獲得可能な平均出玉24375玉
これにより、Aのほうが圧倒的にギャンブル性が高いということがわかってもらえただろうか。
つまり、違法とされているのはギャンブル性が高くならないようにBで許可をしたにも関わらず、現実的にAで利用されていたことにあるのだ。
しかし、ホール側がそれほどまでに極端に釘を曲げていたかというとそれはノーだ。
盤面に対して概ね垂直に打たれるべき釘の状態でBだったから騒ぎが大きくなっているのだ。
そもそも検査の時はどうなっていたのかという疑問を残したままである。
今回問題視されているのは、あくまでギャンブル性が高いことにあるということをお忘れなく。
業界を擁護するつもりはないが、計算して比較したとおり勝敗という面において不利益があったわけではない。(負けやすくもあり勝ちやすくもある状態だった。)
しかし、昨今の業界を取り巻く問題に依存症問題がある以上、ギャンブル性が高い=刺激が高い状態を法を破ってまで保とうとしていたことは問題であり、それ故、早急の解決が求められているというわけだ。
楽しいことがなにも無いってわけじゃない。ゲームはおもしろいと思うしツイッターも見ててニヤニヤしたりするし、スポーツやるも気持ちいいと思う。
でもそのために生きてるかというとそうじゃない。好きは好きだけどそこまでの熱量は無い。休日にゲームして「明日からもがんばれる」とか思わない。これらが明日からできませんと言われてもそこまでショックを受けないと思う。休みの日でもなにもせずぼーっとしてたら一日が終わるのも珍しくないくらいだし。まあこれは疲れが抜けにくい体だってのもあるけど。
仕事上、人と雑談することが多いんだけど、趣味の話とかになるとおれはゴルフとパチンコをよくやるってことにしてる。実際ほとんどやったことないけど好きなおっさん多いから話がひろがりやすい。
でも今日、俺なんでこんな嘘ついてんだろうって思ってしまった。やっぱりみんな好きなことの話になるとそれなりにイキイキするんだよね。でもおれはそんなことない。話すときは頑張って演じるけど。
おれがおかしいのかな。それともみんなこんなもんだけど、俺がこじらせてるだけなのかな。
しかし、内容的に増田にしか書くことができないのだということをわかってほしい。
立場を明かして書くこともできなければ、書いたところで誰かが得をするものでもない。
とうとう死体蹴りプロ山本一郎氏にまで言及されたパチンコ業界。
それを認めんとしないがために起こってしまったのが今回の不正釘問題といっても過言ではない。
つまりもう、そうでもしなければこの業界は成り立つことができない状態にまで陥っているのだ。
滅びの始まりはミリオンゴッドが社会問題として取り沙汰された頃だ。
ミリオンゴッド自体が巻き起こした社会問題もさることながら、過度なギャンブル性を抑えるために適正な検査が行われているという前提に疑いの目が向けられてしまう最初の大きな事件だっといえよう。
それ以前から業界の中では検査体制がザルだということは周知の事実だった。
そこを最低限の損失で切り抜けることができたのは、あの時まだ多くの既得権者によって業界が守られていたからだ。
それから時間をかけて少しずつ是正が行われたものの、その当時、ミリオンゴッドを始めとした一部の機種を回収したのみで他の問題へと言及が進まなかったのは、様々な方向からの配慮があったからにほかならない。
パチンコ業界が存続することによって守られる既得権のための配慮だ。
多少乱暴な物言いにはなるが、それは即ち既得権の崩壊でもあった。
単純に、パワーバランスが崩れたことによりパチンコ業界を守ることによって得られるものより失うものが上回ってしまう状況に変わってしまったということである。
この時、事実上パチンコ業界を各方面からの圧力から守っていた後光は失われたのだ。
そこに止めを刺しにかかっているのが、新勢力であるカジノ部隊だ。
単純に言えば、彼らは新しい利権をつくり上げるために過去の既得権を崩壊させようとしているのだ。
しかし、そのためには事実上既存のギャンブルと言えるパチンコによる依存症問題などの社会問題を解決する必要がある。
既得権を奪うよりも新たな利権を作りあげることで既得権を崩壊させる。
つまりはこれを盾に業界縮小を迫るということは一石二鳥な戦略といえるわけなのだ。
しかし結局はどちらに転ぼうとも消費者を無視した利権争いでしかない。
消費者を守るためなどと言いながらも、消費者や民間企業とその労働者達がどうなろうとも彼らには関係のないことなのだ。
この動きをいち早く察知した業界の一部メーカー、ホール企業は、もうすでにカジノ運営やマシンの開発に乗り出している。
そのことも、業界の未来が明るくないことを示唆するに十分な証拠と言えよう。
そうした利権争いに挟まれている間に、パチンコ業界は大きな見込み違いをすることになる。
それがスマートフォンの普及からなるソーシャルゲーム業界の台頭だ。
パチンコの魅力=「刺激による中毒性」と考えていたパチンコ業界は、ソーシャルゲームから得られる自己承認欲求という中毒性を軽視しすぎていた。
父親世代がパチンコで騒音と煙草の煙にまみれながら散財していく姿を見ていた若者たちはその存在を忌み嫌い、しかし抗えない中毒性を求めソーシャルゲームへとはまっていった。
そこにパチンコの既存客の奪い合いが激化したことによる高単価が進んでいくことで、若者たちの獲得はより困難になっていったのだ。
パチンコの来店動機で常に最上位にある動機を知っているだろうか。
それは「立地」だ。単純に家から近い店を選んでいるにすぎないのだ。
当然それだけではない。設備や快適さ、信用度などが加わって最終的に利用する店が決まる。
しかし、アンケートをとってみれば常に最上位にあるのは単純に「通いやすい」という理由だけなのだ。
このことはパチンコを経営する人間であれば、企業努力の全てを無駄と思わせかねない認めざるをえない周知の事実だ。
いわばパチンコとはそれだけ気軽で身近なレジャーと言える存在なのだ。
それなのに皆が総じて見落としたのだ。もっと気軽で、もっと身近なレジャーと言える存在を。
インターネットさえつながることができればどこにいてもいつにおいても刺激と自己承認欲求を満たすことのできる存在を。
いや、言い換えればはじめから打つ手がなかったのかもしれない。
パチンコで自己承認欲求が満たされることに対して違和感をお持ちだろうか。
ならば問うが、パチンコで最も得たいものは果たして大金といいきって良いのだろうか。
当然、参加者全員が儲かってしまえば業界そのものが存在できない。
一部プロと言える人間をのぞいて、大半は単なる1ファンが支えているのがこの業界だ。
つまり、負け続けても通い続けるファンによって支えられているのだ。
単純にお金を失いたくないのなら、貯金箱に入れて定期的に引き出せば良い。それで満足できる金額を得られるはずだ。
しかし彼らはそうはしない。
なぜなら、そこに自らの運の強さという自己顕示欲を求めるからだ。
つまり、10万というの金額を得たいのではなく、10万というの金額を得ることのできる自らの運の強さを実感したいと言えるのだ。
普段生活をしていて、半日程度の労働で10万円という対価を得られることがあるだろうか。
当然、普通はない。
ギャンブルに参加するという行動が伴うことによって、それだけの価値を得ることができるという自らの能力としての実感を引き連れてくるのだ。
このことと、ゲームを圧倒的に優位にしてくれる1/1000のレアを引き当てた瞬間の運の強さを実感することとどこに違いがあるというのか。
これこそがパチンコ業界の多くの経営者が見落としている、ファンが求める自己承認欲求の部分である。
当然誰もがそのことに気づかなかったわけではない。
一部のメーカーがそうした要素を取り込もうと努力をしたのも事実である。
しかし、残念なことにすぐに規制によって廃止せざるを得なくなってしまった。
その道を進むことができなかったことは、つまり業界がすでに後光を失ってしまったことを再確認したにすぎないことだったのだ。
大半の業界人が予想している通り、今回の不正改造問題についてこの業界が少ないダメージで切り抜ける方法はもう残されていない。
今の今まで、とっくに失われていたはずのギャンブル性だけで業界はこの規模を維持し続けてきたのだ。
しかし、それを失った今、残された道は縮小だ。
射幸性を失ったことにより去っていくファンをつなぎとめることはもうできない。
そうして業界全体がこれから払うべきツケは新規客の獲得を疎かにし続けたことだ。
ポケットの中にいつでも気軽に得られる自己承認欲求を持った人間の足を、騒音と煙であふれる実店舗に向かわせるという余りにも困難な命題を抱えているのだ。
このことを詭弁というのは構わない。
しかし、業界が緩やかに縮小していくであろうと言う予測も、最早欺瞞だ。
経営者はそのことを少しでも早く認め、今の人材たちに未来を準備する責任がある。
これこそが今回最も言いたいことの一つでもある。
なぜなら、これは何もこの業界に限った問題では無くなっていくからだ。
ある程度の年齢、ある程度の家族を持つ、他の業界では流用の効かない知識・技術をもった人間が世の中に溢れ出るのだ。
これは、労働に携わった人間だけに責任を求めるべき問題ではない。
例えばソーシャルゲーム業界が突如規制によって崩壊したらどうなるか。それとなんら変わらない問題なのだ。
このツケだけは、業界だけでは払いきれないということだけは皆に理解していて欲しい。
一人の日本国民として切に祈っている。
パチンコが合法になるように法律をつくってるだから合法に決まってるだろ。パチンコが違法になったら、間違ってるのは法律だから、法律を書き換える手続きがされるだけだ。
ただ叫ぶだけだと、パチンコで負けた腹いせとの違いを立証できないんだ。
ほーら臭くなってきた
パチンコ中毒の患者が「パチンコは違法だ!なくせ!」なんていうかよw
そうそう。そういうこと。
社会的悪影響とパチンコの因果を数値的に証明していかないかぎり、もしくは風適法の不備を具体的に指摘していかないかぎり、違法という糾弾は無意味だと言いたい。ただ叫ぶだけだと、パチンコで負けた腹いせとの違いを立証できないんだ。
パチンコだけが許されるのか条文上に規定とか言ってる時点で風適法理解してなさすぎ。
パチンコの害を指摘することと違法性を叫ぶことを分けて考えるべきと言っているに過ぎないのにそうやって絡む輩がいるのが迷惑だと言っているのだ。
何か遊戯の結果で賞品を出す事が許されている業種が少ないゲーセンとかパチンコくらい)ので、3店形式で他のカジノを営業しようとするのは、ほぼ無理です。特別にパチンコだけが(実質)許されているので、これを他に適用しようとするには、かなり難しいと思われます。
換金の手順にすら明らかな欺瞞があるのに何言ってんだ。
何故パチンコだけが許されるのか条文上に規定があるなら説明してみな?
パチンコの害の指摘なんて
ハッタリで無知な奴相手に「パチンコは合法なの!」と刷り込みたいだけの何者かだ
ということだけ伝わってくる。
大変申し訳ないけどw
パチンコを潰したいって思ってるなら、最低限このことは理解してくれ。
でないといつまでたってもバカが騒いでる扱いから抜けることができないんだよ。
ギャンブルが日本では違法っていいたいのはわかるんだが、日本の中において全てのギャンブルが違法っていうわけではないんだ。
それも国営にかぎらず、民営でも合法なものはあるということを知ってもらいたい。
たとえばゲームで負けた人間が参加者全員分の食事代を払うってテレビ番組とかだ。
テレビであれだけ大々的に流しておいて違法でしたなんて話になったら大変だろ?
あれが許されているのは「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまる場合」は賭博にならないってことが明記されているからなんだ。
次に賞金の出るゲーム大会。それに企業主催の懸賞なんてのもある。
これだって賞金が参加料と無関係でなくてはいけなかったり、参加にあたって商品の購入が必要な場合は賞品の限度額が決まってたりととかなり細かい規定をクリアしているから違法ではないんだ。
当然パチンコも同じように、賭博にならないようにするために色々と細かいことが風適法ってものに規定されている。
大変申し訳無いのだが、その規定から大きく逸脱しない限りは全て合法といえるのが法律なんだ。
当然風適法そのものが善良な風俗環境を守るために作られているものだから、法に不備があればその都度見直しがされている。
猶予期間が設けられて、その間に経営側が是正すれば違法にはならないというわけだ。
問題があるごとに是正され続けているが、基本はどこも許可を得て営業をしているんだ。
風適法っていうは、「世の中を駄目にする危険性のあるものに制限を設ける」ためのものだ。
それを守っている限りパチンコは少なくとも合法だ。もしそこに問題があるとしたら、許可をする側である警察に問題があるということになってしまうのだ。
別に法律に詳しくなくっても、このくらいのことは理解できるだろ?
やれこういう話をすると政治家との癒着がとか始まるがそれこそ妄想と言われてしまえばそれまでだ。
そんなことを言っている限りパチンコがなくなるどころか無知なバカだと見下されるだけだからな。
3店営業も賞品の買い取りも、現時点でそれ自体が違法なわけではない。だからこのことをいくら違法と叫んでも無駄だ。
それに当然それぞれを違法にすれば他の買取業にも影響が出るだろう。
もしこれを違法としたいなら、例えばこれらが組み合わさった時に違法と定めるほかないのだ。
大切なことは問題を数値化してパチンコとの因果をしっかりと結びつけることだ。
そうして風適法を適正に導いて、やつらを無毒化していくことしかないのだ。
久々にプレイして、改めて「なんとFXは恐ろしい魔物なんだ」と痛感した。
プレッシャーと先の見えなさに耐え切れなくなり、FXから足を洗い、それなりの職についてまあまあの人生を送っている。
足を洗ったとはいえ、仕事柄マーケットの動きは抑えているからだ。
これは・・・くる!
そう思って貯蓄の大半を慌てて証券会社にぶち込み、朝からトレードに励んだ。
結果は40万負けたあと、130万の儲け。
他のどんなギャンブルもこれほどの全能感を与えてはくれない。
なぜならばパチンコや競馬と違って、FXは自己決定権の余地が限りなく高い。
一瞬一瞬どこでもエントリーできるし、降りることも出来る。
プログラムで最初から勝つ台・負ける台が決まっているわけでもない。
そして破壊力も凄まじい。
パチンコで数万勝ち負けしたなどという話を聞くと、口では「すゴいッス!」など言っているが、腹の中では笑ってしまう。
証拠金の規模にもよるが、FXは1日で20万の変動などザラだからだ。
一瞬一瞬の自分の行動に全てが託されているがゆえの勝った時の全能感。
勝ち方も負け方も一般的なギャンブルとは比較にならないレベル。
なんとスリリング・なんと魅力的なんだろうか!
知らない方が幸せだったのか?
おそらくイエス。
俺にとってFXとは、知恵の実だった。
ギャンブル中毒という病気にかかってまで、アドレナリンを全快に出したいのだ。
これからも俺は時に勝ち、時に負けて、たまには断末魔コピペでも見て気を引き締めながら、死ぬまで市場に搾り取られていくのだろう。
あーあ。
ここで、質問したいことがある。
ドラクエや FF では「すごく感動した」という声をしばしば聞いた。
では、ソシャゲでは、そのくらい感動したことはあるのか?
ラブライブでも、アイマスでも、艦これでも、パズドラでもいいが、同じぐらい感動できたのか?
ラブプラスのキャラに嵌まるように、ソシャゲのキャラに嵌まった人はいるのか?
ブコメで、ソシャゲ廃人になった人がいるそうだが、それは長期にわたってのめりこんだというだけ。量的に大きいだけ。(課金額も大きい。)
私が話題にしているのは、質的に深く感動したことがあるかどうかということ。
「ラブプラスのキャラに嵌まるように」というのも、のめりこむという意味ではなくて、生身の人間を扱うような感じがすることがあるのか、ということ。1対1の対話性があるのか、と言ってもいいが。
sisya まず「ゲームは感動のみをもとめるものなのか」という疑問が生じる。ソーシャルゲームは射幸心と達成感を煽る傾向になりがちなので、求める方向性が違うのだと思う。
そうだよ。それが私の言いたかったこと。
以前のゲームは感動を与える対価として金をもらった。
今のソシャゲは単にユーザーから金を取り上げることばかりを目的としている。収奪体質。
そして、それにのめりこんで金を奪われる体質になったのが、今のユーザーだということ。
きみたちは、昔は優良なお客様だったけど、今は金を取られるカモになっているだけだよ、と言いたい。
それを言ったら、射幸心を当てにしているバクチやギャンブルやパチンコや競馬だって、金を得ることを目的としている正当な業務だ、ということになる。そんなわけないだろ。
ソシャゲは、ユーザーを中毒にして金を得ることを究極の目的としているのであって、普通の商売とはかなり違う。麻薬販売や煙草販売が普通の商売と違うのと同様だよ。
あなたの主張は、ヤク中をカモにしている麻薬業者の言い分と同じだよ。
少なくとも「自分は廃人になった」と自覚しているソシャゲ廃人の言葉でも聞いた方がいい。彼は少なくとも自覚している。あなたは自覚していない。
cider_kondo 「以前のゲームは感動を与える対価として金をもらった」なるほど、増田のいる世界線では俺のいる世界線と全然違うゲームが流行っていたらしい。べんきょうになるな。
fut573 インベーダーゲームで感動した人ってどれくらい居るのだろう
勘違いしているようだが、私が言っているのは、冒頭で述べた RPG ゲームのことです。ドラクエと FF のこと。おまけで、ラブプラスが追加されている。従来のゲーム一般のことではない。インベーダーやぷよぷよは関係ない。そんなことは、当り前だと思うんだが。インベーダーゲームで感動したなんて、私はまったく言っていないんだが。
わかっていて意地悪で曲解しているんだか、それとも、まったく文意を読めないんだか。どっちかな?
kawacchosan 追記見る感じわかってなさそうなので補足するけど、その理屈だと感動するドラクエやFFはいいけどインベーダーゲームはゲームとして認めないって言ってるのと一緒ですよ
私は単に言及していないだけです。それを勝手に被害妄想で曲解するとは。これをゲーム脳というのか?
私の見解を言っておくと、ただの暇つぶしで無課金のものは、良くも悪くもない。ただの暇つぶしにすぎない。どうでもいい。
ミリオンアーサーには平均すると一か月に五千円くらい使ったと思う。
これは模範解答ですね。今のソシャゲは、すごく良いというほどではないが、かなり良いものもある。ただしその良さを味わうためには、たっぷりと金を払って、養分となる必要がある。肥やしの見解としては、模範解答でしょう。
外部サイトだが、次の話がある。
ソーシャルゲームの本質「面白いかどうかは二の次、どうすれば課金したくなるかがキモ」
最後に
「ソシャゲで感動する人っているの?」
という質問です。
その質問に対して、「感動したよ」「こんなのただの金儲けだよ」というような
さまざまな意見が寄せられましたが、そういう多くの意見が聞きたい、というのが私の狙いでした。
私の意見を言いたいのではなく、みなさまの意見が聞きたかっただけです。
ご意見をお寄せくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
『ドラゴンボール』は作者の鳥山明氏が拒否しているためパチンコ台にならない、と聞いたことがある。ネットで知ったことなので真偽の程は定かではないけれど「子ども向けの作品だから」「自分の作品がギャンブルに使われるのがイヤ」という理由だそうだ。パチンコが嫌いな私にとっては、胸のすくようなエピソードだ。
一方で(私の住んでいる熊本県だけかもしれないが)、悟空たちの声優さんがパチンコ店のCMでナレーションをやっているのだ。
どういう仕事をするかは本人や所属事務所の裁量だから、他人に咎められる筋合いでないのは分かる。
また、CMに悟空たちはもちろん、ガンバや怪物くんが描かれているわけではないので、あくまでも野沢雅子さん(あ、書いちまったよ)としてのナレーションだ。
幸い(?)最近は悟空のクズっぷりに呆れており、クリリンの方が好きなようで、そのCMに興味をもつようなことはないのだがね。