はてなキーワード: 月見とは
hagexが殺されたのは低脳先生が所持してたナイフで滅多刺しにした結果失血性ショックを起こした結果心肺停止し生命活動を停止したからだ。
結果的に「死亡」という検死されただけだ。
低脳先生がいくら可哀想な生い立ちで、hagexや周りが彼を侮辱してたのかに関わりなく純然たる事実としてあのモンゴル力士のような髪型の自称炎上評論家は今息をしていない。
そう、原因と事実は実は関係ないんだよ。まずこれはお前ら大原則の前の大原則だから覚えておけ。ほんとにここでつまづくと生きている価値は無い。
俺たち人間は葦だ考える葦だ。いうても葦を手を引きちぎるのは結構大変だぞ。ススキに近いんだが、月見の時にススキを刈りにいった経験はあるか?ハサミが無いと結構厳しいぞ。
つまり経験と考察ができるんだ俺たちは俺たちは孤独じゃ無い。たとえ一人でも脳みそがある。考えられるんだよ。
人間って実は三大欲求を死ぬまで我慢できるんだよ。即身仏なんて普通の生物じゃありえないだろ。つまりそういうことだ覚えておけ。
話を戻そう。hagexは低脳先生に殺された。死んだ。これはまぎれもない事実ださっき話した通りだ。
俺たちは高度な社会性を持つ動物だから社会を維持するために低脳先生は裁かれないといけないんだよ。それが彼の責任だ。
更生するかは分からないし正直個人的にはどうでもいい。一般化できないからだ。
同時にhagexは彼の責任に加担している。原因を... おっとここで騙されるな。
原因と責任は別だって言っただろう。お前らは人間だからいかに自分が愚かであるか知っているよな。
つまり無知の知って奴だ。全能ならこのページを閉じていい。いや閉じろ今すぐにだ。そして社会から出ていけ。参加するべきではない。
愚かであることは重要じゃない。愚かであることを知っているか否かが重要なんだよ。わかるか?学校のお勉強で習っているはずだ。つまり無知の知だ。
たまごマンの朝は早い。レンチンしてアツアツになった冷凍ご飯をお茶碗にあけて箸で真ん中をほじほじってしてそこに生たまごを割り入れる。はじめは白身だけごはんと混ぜて(絶対に黄身はつぶさない)醤油をぽたりと垂らしてずるずると食べる。ごはんがあつあつなのでそうこうしてるうちに黄身は徐々に固まりやややや半熟に。そこでようやく箸でぷっつと黄身を割る。どろりとしたところに再度醤油をぽたりぽたり。米・たまご・醤油・熱の作る芸術にしばし恍惚となる。
たまごマンの昼は適当。忙しいからね。立ち食い蕎麦がデフォ。昔、食券買うタイプの店で月見そばの券とたまごの券を買ってカウンターに置いたら受け取ったおばさまから「あ、月見というのはたまごの入ったおそばのことよ?」というカウンターパンチを食らって(カウンターだけにねってやかましわ)それ以降たまご2個のせ蕎麦の夢はまだ叶っていない。でも!!人の夢は!!終わらねえ!!終わらねえけど2個たまご注文できずにふつうの月見そばを、先述した黄身つつかないで温めソッドで食べる。
たまごマンの夜はたまごマンだって飲みたい夜はある。家で酒を飲む。ここはふつうに宝焼酎ハイボール。エッグノッグとかは飲まない。ちびちび飲んでるとつまみが欲しくなる。家にはたまごしかない。なので常に目玉焼き。たまご一個分ちょうど焼けるちいさいフライパンでじりじり焼く。はじめからずっと弱火。油はほんの少し。3分くらい弱火でじりじり。そうすると下がカリカリになってひっくり返しやすくなるのでさっと反転する。黄身がつぶれないように慎重に、でも大胆に。2、3秒焼いたらすぐ皿に。ちょっと表面が固まればいい。これによってまた箸でぷっつと黄身を割ることができるのだ。どろりとした黄身を箸で白身にまぶす。醤油をぽたりぽたり。
せっかくなので、昔話をさせてください。
彼女の夢に向かって諦めない姿が大好きで、一緒に彼女の夢をたくさん叶えたい、と思っていました。
CDデビューをして、舞浜でライブをして。ワンダフルマジックの衣装を着た彼女を見られなかったのは少し残念でしたけど、ウサミンが人気を得ていくのを見るのはとても嬉しかった。
当時就活やその後の仕事のストレスで病んでいたこともあり、菜々ちゃんには精神的にだいぶ救われました。彼女がこんなに頑張っているのに、私が折れるわけにはいかない。そう思っていました。
サブ担当としてかな子ちゃんも担当していましたが、彼女のアニメにおける担当がいわゆる武内Pであること自体は、それほど拒否反応はありませんでした。プロデューサーのほとんどは男性でしょうし、赤羽根Pとの差別化を図りたかったであろう意図もわかります。
アニメの世界の菜々ちゃんには、楓さんやまゆちゃんの様に、担当するプロデューサーがいました。
菜々ちゃんのメイン回。菜々ちゃんの担当Pが上司に逆らえず、菜々ちゃんにウサミンを捨てさせる決断をしたのは、私にとってひどくショッキングなストーリーでした。
まるで、貴方では菜々ちゃんをシンデレラガールにはできない、と言われているようで。
最終的に、菜々ちゃんは担当するプロデューサーの元を離れ、武内Pのプロデュースにより舞踏会で活躍します。
自意識過剰なのはわかっています。けれど私はその日から、菜々ちゃんの担当を名乗る自信がなくなっていました。
菜々さんの話題で盛り上がる担当の方々を遠巻きで見ながら、私は気がつくとシンデレラガールズそのものから距離を置いていました。
お月見ウサミンもニューイヤーウサミンも手放して、思い出だけが残って。
最近、手が届くところまで来ている、という噂を聞きました。
街のレコード屋さんは
でも今年はその横にひっそりと
林田健司コーナーもあって
なんか盛り上がってるわ。
そう言えばさ、
十五夜ならぬ
十六月見でも凄いんじゃない?って思うの。
生卵10個ジョッキ一気飲み芸を青コーナーで披露するロッキーもビックリよね!
滋養が付きすぎるわ!
お店も玉子増し増しでトッピング料金で儲かると思うんだけどなぁ。
そんな野暮なことをそば屋の店主に聴いたら、
玉子が二つ以上入ると
なるほどなーって!
表には出ないって話よ。
当たり前のように玉子そば・うどんはあるぜ!って言うの。
まかないの意味でね。
でもその裏メニュー今度頼んでみようかしら?
大晦日おまえ張り切って年越し蕎麦食うのかよって見透かされちゃうから、
うふふ。
せっかくなので生玉子ウォーラーにしようと思ったけど、
今気付いたわ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
今日12月25日はTYPE-MOONにとって特別な日であろう。
原初の聖杯を生み出すセイヴァーの生誕の日、かの魔術の王が英霊の座から永久に消え去った日、愛を知らぬ獣が『人の王』となった日。そして、
オルガマリー・アニムスフィアの命日であり、私がFGOというゲームから限りをつけるターニングポイントとなった日である。
私と型月との出会いはZeroアニメだった。そこから転がるように世界観に傾倒していき、レアルタ・ホロウ・らっきょ・月姫(漫画版チェンゲだが。リメイクはよ)等々沈みこんでいった。
私はキャラクターよりもそれを取り巻く「世界」に好意を抱く人間だ。そこで積み上げられた世界観を不特定多数で共有したい、そんな思いからネット上の聖杯戦争を下敷きにしたTRPGセッションによく参加していた。
所謂月厨がよい印象を持たれないことはよく分かっていたので、そのセッションと型月板以外では大人しくしていたと思う。それが周りから見て「いいファン」たりえてたかは、今となっては分からないが。
そしてFate/Grand Orderがサービスを開始した。あのメンテ地獄をどう乗り切ったか、既に忘却してしまったのだが、きっと同じ境遇の掲示板上の同好の士が支えてくれたのだろう。
長いメンテが終わった先にあったのは、初めて抱いたキャラクターへの好意だった。
いつか「所長目当てにFGOを始めたら誰も彼女が死ぬことを教えてくれなかった。愉悦部だ」といったツイートが流れてきた記憶があるが、それはどうだろうか。所長の魅力は彼女の死に対して最も輝いていたと思うのだが。
閑話休題。
ともかく序章が終わった時点で私のFGOへの一番のモチベーションは所長になった。
その後も所長のみを求めて本編・イベントを進めていった。自身の形質もあってか、幸い「推しを引かねばならない」という焦燥感に駆られることなく、『「好きなキャラを引く」ではなく「引いたキャラを好きになる」(当然そこにあるのは「愛情」ではなく「愛着」だが)』というスタンスで進めるという割と健全なプレイをしていたのではないかと思う。(結局課金は16年の福袋のみに徹した。余談になるが、私は意識高い系として散々弄られた庄司Pの「ゲームの価値は顧客一人一人が決めるもの」という発言だけはマーケティングのいち真理だと考えている。今となっては喧嘩別れのようなかたちで引退した身であるが、払った金額ぶんだけの価値はあったと思うし、そこに後悔はない)
恋の続く期間のひとつの区切りは3ヶ月だ、などという話をよく聞く。私の所長への一方的な恋は、その区切りを何とか乗り越えることができた。
しかしその恋心に対してFGOは残酷であった。マスターの皆様方ならお分かりであろうが、月見イベント以降シナリオ上で所長に関する言及がぱったりと途絶えるのである。
型月の世界観は愛していた。しかしその時の私はそれ以上に所長に対しての思いが勝っていた。
そんな私に与えられたのが所長の情報の断然だった。そんな状態で、所長への思いは潰えない代わりに型月世界観へのそれが立ち消えていくのは時間の問題だった。
きっかけが何だったのかはもう不明瞭であるが(戦闘が面倒だとか案外そんな今更な理由だったのかもしれない)、メインシナリオへのモチベーションが第六章の途中ですっかり折れてしまい、数ヶ月間に渡ってログインと必要最低限のイベント周回を行うのみになってしまった。パーソナル・レッスンは当然限凸したが。
時は流れ、2016年冬。そんなモチベーションの転機となったのが終章前のキャンペーンであった。適当な自己分析ではあるが、その時の思いは「所長・石30個への乞食感情・『リアルタイムならでは』という言葉に対しての勝手な勘違い(恥ずかしながら、『終章そのものが期間限定である』と思いこんでしまっていた。この齟齬がどう影響するかは後に話す)」であったと思う。その時の私は、単純計算でも半分以上義務感でシナリオを進めていたに過ぎなかった。(6,7章のシナリオこそ読み飛ばしはしなかったが。それでもなお最近のエレシュキガルフィーバーに「遠坂凛である、以上の湧き上がる理由がわからない」と言ったらモグリ扱いされるのだろうか、といった程度の読み方しかしていないが)七章まで終わらせたのは終章開始ほんの数日前、だったように思う。
そして終章。そこで待っていたのは「素材激ウマクエストを周回する権利」という自業自得な裏切りであった。これに関しては100%私が悪いのでFGOに対してどうこう言うつもりはない。モチベーションの柱がひとつ折れた。
マーリンは引けず、柱がもう一つ折れたなか、魔神柱は必要最低限の各一回のみ倒し、追悼動画なんてものをどこか冷めた目で見ていた。
もはや私に残されていたのは「最後に所長に関する言及があるかもしれない」という曖昧な希望だけであった。
そして来たる2016年12月25日。最後の魔神柱陥落の知らせを受けた私を待ちうけていたのは、純粋なストレスであった。
勝てない。
勝てない。
勝てない。
休止期間中に溜まりに溜まった林檎を齧り、手を替え品を替え鯖を替え礼装を替えても勝てない。羅刹王の効果がなかったのは未だに許していない。
その時の私は確実にスレていた。「聖晶石は『未来を確約するモノ』なのだからコンティニューは恥ずかしくない」なんて文章を見てしまったため、意地でも石を割るものか、と思ったほどだ。結局その意思すら割れてしまったが。
人理は修復された。そこまでのストレスと差し引いたらどうかとは思うが、悪い終わり方ではなかった。所長に対する言及さえなければ。
人理修復を達成したマスターならばここで疑問に思うだろう、終章にはオルガマリーのオの字も出てこなかっただろう、と。しかし言及はあった。あってしまったのだ。
そう、「語られない者」、二百名の「その他大勢」として語られてしまったのだ。
ただただ放心した。奈須きのこの中には、既にオルガマリー・アニムスフィアという存在はいないものなのだと、そう感じた。
言及されない、ということも覚悟はしていた。しかし現実に突き付けられたのは、「きのこは所長を覚えていない」という実質的な死刑宣告であった。私の中で、もしかしたら復活するかもしれない、という希望が立ち消え、最後の柱が折れた。
一回忌。
SNS上で多くの人間がFGOに対して感謝を述べるなか、漫然たる義務感と所長への思いだけで一年半継続してきた私は取り残されてしまった。
そこで私と他マスターとの間に大きな亀裂が生じてしまった。妬ましいのだ。
何で俺が救われていないのにお前らは救われたんだ、感謝の言葉を言えるんだ。そんな身勝手な、醜い嫉妬。
そんな思いから一気にFGOへの思いが覚めてしまい、止まってしまった私は先達を気持ち悪い内輪ネタとしか思えなくなってきた。
その後も惰性でログインとイベントだけ続けていたが、その惰性すらチョコ礼装のテキスト「いつかこれに乗って、""四人で""颯爽と聖地の荒野を渡る事を天才は夢見たのかもしれない。」に心折られ、近しいうちに引退した。
引退後は徹底的に自衛を行った。私の心理状態はアンチのそれに近しいものだっただろう。ただ、それを行動に出すのはみっともない、そうも考えていた。
「嫌なら見るな」とはよく言うが、本当にその通りだと思う。見えなければ怒りは湧いてこないのだ。そして、作品に対するアンチ行動は作品そのものではなく「その作品を楽しんでいる人間」そのものに向けられていることも理解した(私が特殊なだけかもしれないが)。
一年が経ち、作品そのものに対する不満は引いてきた。それを取り巻く人間に対しての嫉妬への対処は、まだもう少しだけ時間がかかりそうだが。
そして、この文章は一年という澱みに対する気持ちの整理である。一年前では良くも悪くもここまで冷静に物事を見れなかったであろう。
ただ、身勝手な望みでしかないのだが、願わくば所長には復活してもらいたくない。創造主から一度忘れさられたものをサルベージされたならば、それはもう菌糸類からのキャラクターへの愛情ではなく只のビジネスだ。
好きでもないキャラクターをビジネスとしてピックアップさせ、好きでもなかった人々から「ずっと待ってた」などと空虚な言葉をかけられ性的非性的に搾取される。
そんな未来は、きっと耐えられないだろう。
反応ありがとうございます。
ソラウリベンジ
悲惨な末路をたどるのは十分予想できたことであり(ぐだおでもネタにされてましたし)その「悲惨な末路」があったからこそオルガマリーというキャラクターに惹かれたのは先に記した通りなのでそこに文句はありません。
ただ、その「悲惨な末路」が作中だけでなくメタ的な扱いにおいてもそうであったというのが只々残念であるのです。
2部
今になって言及されても「2年近く言及をしてこなかった」という疑念は拭えませんし、プレイヤーに対する心証の悪さ(悪目立ちしてるのはほんの一握りだというのは理解しているのですが)はまだ癒えていないので再開してもストレスにしかならないでしょう。加えて引退において後腐れないように引き続きコードを電子の海に放出したため所長がどうこう関係なく面倒なので復帰の予定はありません。(スマホのスペック的にも去年はプレイに支障がなかった程度だったがそこから一年経って諸々追加されたらもうダメそう)
うちは母子家庭で、母親は父の死後、半官半民で退職した公務員が天下りしまくってきているような小さな会社で正社員として働いていた。
そんな会社だからいろいろと理不尽な目に遭ってきたのだが、中でも理不尽だったのは祖父が亡くなったときだ。「相続でお金が入るだろうから」という理由で近々に予定されていた昇給がなぜか数ヶ月見送られ、ボーナスまで減らされた。数年前のことだが、今考えても何だったのかと思う。
急にこんなことを増田に書く気になったのは、https://togetter.com/li/1180855 とか、ほかにもいくつか、発展途上国の人たちをこの国の一部の人たちが、低賃金で奴隷のように働かせている事実を書いた記事を読んだからだ。
そういう現代の奴隷制を敷いている人たちの理屈はきっと「相続でお金が入るだろうから」に近いんだろうなと。「君たちの国とは物価が違って、こちらでは差額でも本国に遅れば大金になるのだから」というような考えなのだろうと。同じ労働内容であれば、この国で普通に働いている日本人たちと同じ対価を、外国人にも払うべきなのに。
(一度思う所があって昨日消しましたが、また思う所があって再び投稿しました。ごめんなさい。)
あなたはとても優しくて頼りがいのある人だったよ。
大学の福祉ボランティアの児童館グループで、初めて会ったんだよね。幼児教育学科以外の人も取れる科目だったからかな、楽単狙いの人がほとんどで・・・・・・でも、あなたは図書館で関連する本を1人で読み込んでいたよね。所詮学生の付け焼き刃、と言う人もいるけど、1回きりのことに真剣に取り組んでいる姿には、はっとさせられたよ。
実際の実習でもあなたは、積極的に参加していて、子供の缶ジュースがズボンにこぼれた時も、なんでもないように笑って許していたよね。ロリコンだとか冷やかす人もいたけれど、私にはもっと何か大切なもののように感じられたんだ。
告白したときのことは、とても緊張してて今でもよく思い出せないけど、それから、お付き合いして色々なところに行ったよね。
春にはお店の窓越しにお花見をしたし、6月にはホタルも見に行ったけ。実際にホタルを直接見たのは、初めてで新鮮で「こんな世界があるんだ!」ってちょっと大げさに思えるかもしれないけど、そう思ったよ。夏には海に行ったよね。一番最初の彼氏のときには、夏まで付き合いが持たなかったから、男の人と2人で行く海は初めてで、ビキニを選ぶのにとても苦労したんだ。「大胆すぎるかな」と何度も友達と相談して、ちょっとお金を奮発したりして。海であなたに「かわいい」って言われた時には、とってもとっても嬉しかった。秋には読書の秋ということもあったし、あなたが図書館好きだったのもあって、随分と大きい図書館にも行ったよね。図書館なんて学校図書館しか行ったことがない私には、最近の図書館は綺麗で、カフェもあって・・・・・・びっくりしちゃったな。帰りには、レストランでお月見もできたね。
冬には・・・・・・と書き出そうとしたけど、涙が止まらないよ。
その1年だけではなくて、それからも私の世界を広く、豊かにしてくれたね。なんだか両親よりも信頼できちゃって、もうすっかり家族という気までして、うっかり「結婚楽しみだね」ってLINE送っちゃったんだ。
「結婚する気はないよ」って返信が来て、正直何が起きたのかわからなかった。
その後、私に詳しく説明してくれたよね。
・処女に比べて浮気確率は、婚前経験人数1-3人で4倍。4人以上で8.5倍。(加藤司 『離婚の心理学』)
・それに加えて、自己コントロール能力(自我消耗)が低く、結婚生活を運用する技術も持っていないし、そういった事態を改善させる努力もない。
・「知らなかったから」では、結婚には向かない。結婚に限らず人生はイベントや式典ごとに「お知らせ」や「チュートリアル」が提供されるものではない。
あなたが私の友達から過去の交際歴を聞いていたのを知らず、つい焦って「私は処女だよ」って返信して、墓穴も掘った。「大切な場面で嘘を言う人は、信頼できない」って返ってきた。
最後に確かこう言ってたね。
「あなたは結婚の適性はないけど、結婚願望はある。かわいそうな人。だから、私が破綻させておいた。これでもう、あなたは私を原因にすることで、結婚を諦めることができるんだよ」
それは違うよ。
私は見る目がなくて、軽率で、嘘つきで、すぐ不安になってスマホをいじる根性なしで、相手が何かしてくれて当たり前だと思って、その癖自分からは何もしない、他人の足を引っ張ることしかできない、生きていく適性のない人間だと気がついたから、結婚を諦めることができるんだよ。
クリスマス→大晦日(年越しそば)→正月(おせち・お雑煮)→節分(恵方巻)→バレンタイン(チョコレート)
3月の行事といえば、ひな祭りにちらし寿司、ホワイトデーにマシュマロ、というくらいか。
4月なら、たとえば花見の季節には桜飯だとか、そういう工夫が今後は求められてくるだろう。
フランスではエイプリルフールに魚の形をしたパイを食べるらしい。
花祭りもきっかけがあれば定着するかもしれない。要チェックだ。
5月に入ればこどもの日(ちまき・柏餅)があるけど、母の日にも何か行事食が欲しいよな。
6月には、最近だと夏越ごはんというのがある。もっと推してほしいね。
近年ではうなぎに対する反発が強いから、次なる行事食が求められるところ。
今後はこの期間をどれだけ盛り上げるかが勝負となるだろう。
近年はハロウィンが定着しつつあり穴が埋まった感がある。
仕事ができないというか、
技術的なことが高くない
(7年ほどの経験者ということで入った中途さんけど、肌感としては技術は中の下ぐらい)
っていうのは確かにそうなんだけど、
なんていうか、外部との待ち合わせに遅刻したり、
その連絡がこっちから連絡するまでなかったり、
返事が「ほーい」とかでなんか甘かったり、
私に敬語使わなかったり、
フレックスとはいえいきなり社員の中でいちばん遅く出社してきたり、
クチャラーだったり、
雑用ぜんぜんしなかったり
(零細企業だから掃除とか備品整理とか雑用もけっこうしなくちゃ会社がなりたたない)
デスクの上がめちゃくちゃちらかっていたり……
あとなんか、なんていうか……全体的にダサい。
服とか髪型だけの話じゃなくて、言葉のセンスもないし、会話のセンスもないし、
そういうちょっとした生活音もでかくて、なんかぜんぶスマートじゃないんだよね。
3ヶ月見てて思ったのが、
「見てても、話してても、一緒に仕事してても特にメリットがないからあんまり関わらないようにしよう」。
自分がフロントに立ってる仕事で遅刻とか小さいミスをされると困るので、
なるべく一緒に仕事したくないと上司にも話してある程度納得はしてもらっている。
もちろん社内の空気が悪くなるのは困るので、その人含む全社員にはそういう態度絶対に見せないし、
普通に話すし、何かやってもらったら「ありがとう」とか欠かさずいうようにはいしてる。
でも、
正直、私はあんまり人のことこんな風に思ったことほとんどないのでびっくりしている。
嫌味な人もそれはそれで楽しんできたし、服とかダサいとかってだけで人を嫌いなったことはない。
なんでこんなに最悪な印象を与えるんだろうってちょっと観察してみたら、
周囲の人間に対する気遣いとかリスペクトがまったくないんだよねこの人。
「トイレ使って汚したら後の人が困るよね」とか、「この汚れを誰が掃除するのか」とか考えないんだろうし、
「なぜ10分早めに集合することになったのか(エレベーターがめっちゃ混む高層ビルだからだ)」は「10分遅れても平気」って思ってそうだし、
「遅刻したときに私が嫌味言われてる」とか絶対に想像もしないんだろうし、
「仕事の提出がギリギリになったら上司に迷惑かけるよね」とか思わなんだろうし、
「汗臭いシャツ着てたら周囲に迷惑かけるよね」とか、なんかそういう配慮が一切ない。
だいたい今まで接してきた人たちって、
汗かきなら着替え常備していたし、万が一遅刻するにしても事前に報告をくれるし、
上司の確認が必要な仕事なら上司のスケジュールを聞いた上で自分の仕事をこなしていた。
なんていうか、23歳なら「教えてあげればいい」とか思うんだけど、
申し訳ないけど、そんな風に思ってごめんね。
私はオタクをやめ、腐女子をやめ、xxクラスタをやめます。今日、持っていたxxの同人誌を、とある同人誌ショップで買い取っていただきました。
本当にxxが好きでした。愛していました。大好きでした。四、五年くらい。xxで生きてきました。これがあったから楽しかったし、幸せだったし、自分に自信を持てるようになりました。青春でした。楽しかった。ありがとうございました。本当にお世話になりました。
☆どこかのxxクラスタさんへ
私がxxで生きてこられたのは、xxを支えたあなたのおかげでもあります。xxを好きでいてくれて、ありがとう。お世話になりました。
もしあなたがxxの本を求めているならば、今日売った本たちが、あなたの元に届くことを願います。
オタクの女の手垢が付いているかもしれない、中古の本ですが、よかったら受け取ってください。
あなたが好きなジャンルのこと、カップリングのこと、本当に好きで好きでたまらない人はいます。同士はいます。だから周りにいないと絶望しないでください。あなたにいい出会いがありますように。
今後も楽しくオタク活動ができますように。何より健康が一番なので、睡眠と食事はきちんと取ってください。美味しいものを食べたりして、きちんと自分を甘やかしてください。
元気でね。立場上、オタクのことを堂々と応援はできませんが、「オタクだった」私として、最後まで皆さんの幸せを祈ります。
☆オタクをやめたい人、オタクに疲れた人へ
オタクって永遠にやめられないと思うじゃないですか。
オタクはやめられます。やめていいものです。周りの考えに縛られないで、自由にやめて大丈夫です。
すぐに全部を断ち切るのは大変だから、ちょっとずつやめていったら良いかと思います。
私はツイッターを3日見ない、一週間見ない、一ヶ月見ない、という風にちょっとずつ慣らしていってみました。ツイッターやめてから、pixivやめる、という風に、段階的に界隈から身を引いていきました。
今でもまだ、焼却しきれていない部分があります。これから変えていくところです。だから、もしオタクをやめたくてもがいている方がいるなら、一緒に頑張りましょう。
意外と、やればできます。最後には。
ここからは独り言です。
リュックに薄い本を詰めてお店まで行ったのですが、一般人に見せてはいけないような本を隠しながら町を歩くの、背徳感があってちょっと楽しかったです……。ホモを背負い歩く私、それを知らずに通り過ぎる人々。めちゃめちゃウケるな。
あと、いくら薄い本でも束になると重い……。ずっしり重量感でした。「これが腐女子の業の重さか……」と思いながら背負いました。(実際はもっと重い罪だと思うけど……。)
あ〜〜っすごいスッキリした!!!ハッピーバースデー私!!!ありがとう昔の私!!!!バイバイ!!!!!おやすみ!!!!!!愛してた!!!!!!
もういつからかハンドルネームが私の名前になってたんだよ。でもハンドルネームの私は死んだ。本名をやっと、私として受け入れられるようになりました。本来の私になりました。なんかクサいけど。そういうわけでハッピーバースデーという言葉を使いたい。オタクだった過去は否定しないし、否定したくない。大事な思い出です。その上で、オタクをやめて大人の階段を登ります。私はシンデレラ。
朝食代わりに月見そばを食べる習慣が5年ぐらい続いてる。
そんなある日、
毎朝、コロッケそばを食べていることに気がついた。
遡って考えてみれば、ここ半年ぐらいは続いているだろうか。
さすがに昨年末ぐらいからは、お互いを顔見知り程度には認知しており、
忙しくそばをすすりながらも、
「あ、また会いましたね!」という感じで軽く会釈をするようになった。
ところで、わたしは毎朝月見そばを食べているが、コロッケそばなるものをたべたことがない。
たまに気分を変えてもせいぜいきつねそばか、きざみそばぐらいだろう。
どうやって食べるのかと思い、ちらりと横でたべている彼女の様子をみてみると、
食べている途中から割り箸でコロッケの真ん中を突き刺し、コロッケをぐてんぐてんにして、
どろどろの汁にしてから、すすっている。
なるほど。美味しそうだが、なんか嫌な気もする感じだ。
そういうわたしはいつも月見そばを頼むが、でてくるとまず、月見をありったけのそばで汁の中に隠す。
そうすることで、そばを半分ぐらいすすり終わった時に、月見がいい感じに熱が通っているようになる。
その後で、黄身に割り箸を突き刺し、汁と流れ出た黄身とそばをあわせて食べるのが好きだ。
そして、そうこうしているうちに汁がどろどろの感じになってくる。
あーそういえば、月見もコロッケそばもさいごにでろでろになるのは大差ないのかなー。
そんな風にも思えてきた
おもいきって、明日の朝はコロッケそばを頼んでみようかな……とも思う。
彼女から「ふふん、わたしの食べているコロッケそばを美味しそうに思ったのでしょ?」
と思われるかもしれない。それはそれで悔しいのだ。
しばらくしたら、いつものように彼女がやってきて、驚いたことに月見そばを頼んでいた。
「いつも美味しそうに食べておられるので……」