はてなキーワード: 体感とは
生きてる時間を人間の感覚でいうところの幸せで過ごさせようっていうのが目的だろうからね
命の数や時間でいえば命がない状態のもののほうが圧倒的に多いわけだから命になったものより命になるものと命だったものについて慮るべきだと思うんだけどね
命ってものが存在するわけじゃないしそれも永遠じゃなくて一時的な状態なわけだから 命そのものより命を形成するものとか命だったものの記録が命の価値を決めると思うんだわ
幸せって状態は生きてる状態そのもの自体を感じることだと思うので生きるためにほかの生命の状態に干渉したり命になる前のものとか命だったものの扱いについてかかわりのない状態のことなんじゃないかな
それって生きてるって状態自体を示して意義をなしてるっぽいけど命はないところからあったということへ移っていくことだという意味を失ってるよね
面倒で苦しいってこととか生きてたことがだれかの生きる事になるのを命あるうちに経験するのは苦しみってことになると思うんだけど
大昔の宗教でもそれは否定してなかったりむしろ推奨してたように感じるね
なんのために生きるかってことにたどり着いちゃうと特に意味がないというか生きてるから生きるってゆう「死を選ばない理由」が体感できる大前提としてあるのにそれを生きてる意味だと感じない人も多いもんね
生物から生きる意味を奪って生きてるってこと自体の人間の定めた意味である幸福という「生命の否定」を押し付けることが動物にとってしあわせだろうって思う事は かなりエゴいね
5〜6人で集まって結婚とかの話になったとき、子供欲しいっていう奴は1人か2人くらいしかいない
あとの4〜5人は、出産育児ってキツそうだよね、働くだけで精一杯、カネねえし、こんな世に子供産んでどうすんだ、つか産んだら死ぬじゃん、みたいな話をして、とりあえず子供はいらねえなあという雰囲気
俺もそう
もう、結婚してなくて子供もいないような奴はキモくてヤバい、的な風潮は全然ない
むしろ逆に、結婚してて子供いるような奴は人生エンジョイしててすげーな、って感じ(その「すげー」は、別に羨ましいって感じでもなく、たとえばエベレスト単身登頂5回しました!と言われたのに対するような「すげー」だ)
このままじゃ日本という国がなくなる!→なくなっていいんじゃねえ?どうでもいい
インフラがやべーことになる!→まあ仕方ないっしょ、なるようになるっしょ
子孫を残したくないのか?→別に……
こんな感じで、もうダメだ
子供が好き!という内在的な理由がなきゃ、わざわざ子供を作る動機が足りない
好きな人がいて、かつ法律婚で得があると思うならすればいいし、そうじゃなかったら全然不要
安〜い月給で、YouTubeかなんか見たりしながら、人生ってクソだな〜と思って生きていき、なんらかの理由で苦しんで死ぬんだろうと思う
次世代にバトンを渡さないのが、いちばんの"次世代への気遣い"だよなあ、と思ってる
まあ、ほかの人はそこまで生を呪ってはないと思うけどね
ただ何にせよガチ非婚化・ガチ少子化で今後はもっともっとメチャクチャになっていくだろうな、というのはいち若者として周りの雰囲気を見る中で結構感じてるんで、正直、すげえ楽しみではある
なんか書いたけどクソ長いから外国の精神科措置病棟が気になるやつは下までスクロールしてくれ。
お前らは精神科に入院したことはあるか?俺は一回もなかった。でも精神科/心療内科に通院はしてた。俺はADHDだから、毎日ストラテラを飲まないと仕事にならない。ストラテラは処方薬だから医者に行かねば貰えない。毎回医院に行って1分話して処方箋貰って金払うだけ。
ある時、俺は海外に一身上の都合で引っ越した。医療制度というのは国毎に大幅な差異がある。引っ越した先の国では生憎ストラテラは18歳以下のみの保険適用だった。やっとのことで見つけたクリニックの先生は、ビバンセを勧めてきた。言うには最新の作用機序でリタリンよりODの不安もない。そして保険適用。かつてコンサータがまるで駄目な方にしか効かなくて3日でやめた記憶もあったものの、軽い気持ちでスイッチしてしまった。
ADHDにはニ種類の薬がある、と俺は思ってる。集中力を高める薬と、気が逸れにくくする薬である。似たような響きだがまるで逆だ。後者が俺の相棒であるストラテラ、前者はコンサータ(どちらも先発名)。コンサータは薬というと聞こえはいいが、どちらかといえばヤクと読むべき、ほぼ覚醒剤である。もちろん患者が薬物依存になるとまずいので、徐放剤といってガツンとキメないように調整はされている。先生の勧めてきたビバンセもこの覚醒剤サイドで、違いといえば覚醒剤原料が体内で覚醒剤に変わるというところである。ビタミンAじゃなくてカロチンなのかくらいに俺は認識していた。間違ってたら教えて。
そうして薬をビバンセに変えたら途端に寝れなくなった。初日なんて考えてるだけで夜が明けた。今思えば当たり前で、覚醒剤なんだから眠れなくなるのは当然だ。でも俺は一日の睡眠が減っても活動できると喜んでいた。季節は夏。高緯度の日照も相まってたいそう便利だった。
しかし季節が進むにつれ、困ったことが出てきた。まとまって考えることができないのである。仕事の都合上ゆっくり腰を据えて考えられないのは致命的だ。家族にも最近まるで話ができないと呆れられている。俺は薬が足りないのだろうと考えた。先生に相談して薬は一日40mgから徐々に増え、ついには120mgまで達した。高緯度では夏昼が長いかわりに冬がとことん暗い。俺史上で最悪の冬が迫っていた。
冬になると俺の考えはいよいよまとまらず、出前一つ頼むにも1時間かかるレベルになっていた。仕事でも当然頭は微塵も回らない。上司は進捗の無さに苛立ちを隠せず、俺は完全に途方に暮れていた。家族は心配してるものの俺にも全く見当がつかない。しっかり薬を飲んでるのに…俺は焦って更に薬を飲んだ。そうして寝室に籠もって考えると、ふと人生とは詰んでいる気がしてきた。人生とは詰んでるから人生は詰んでるのだ!ただの循環論法、小泉進次郎も逃げ出すくらいのアホくさい"証明"だが、当時の俺にはQEDと思えた。そして俺は一切の社会活動をやめた。
俺は恐怖に怯えて布団にこもる。世界は詰んでるから何をすべきかわからない。俺は何日も何週も寝てないように感じた。もはや家族もこの世界を詰ませた陰謀の一角に違いない。俺は家族の一人をその首謀者と断定し、他の家族と俺は囚われているから処分しなければならないと画策した。幸いこの企てはすんでのところで失敗し、家族は俺を行きつけの精神科に連れて行った。そこでも俺は先生に向かっていかに家族が俺の世界をダメにしたか語った。診断は統合失調症、なんか薬を処方されて俺はそれを飲まざるを得なかった。そして俺は意識を失った。
意識を取り戻すと俺は大変なことに気づいた。家族は俺を陥れるのに成功し、完全に俺は世界から分断されてしまった!行動するのは今だ、そう思った俺は誰かに家族の陰謀を告白するたった5,6行のメールを2時間かけてしたためて、覚悟を決めて救急車を呼んだ。俺はこの内容を見せて告発するんだ。しばらくして警察が家に来た。俺はぱっと玄関に出た。あれ、俺は鍵かけて閉じ込められてたんじゃなかったのか?それに警察?でも俺が家族に嵌められてることを説明するには誰でもいいか。そう思い俺は警察官についていった。本当は俺が傷害罪の犯人っぽいから警察署に連れて行かれたんだけど、俺は家族が悪いと信じて決めつけている。警察官も通訳挟んでもまるで話が通じない東洋人にさじを投げたのか、救急車で措置入院と相成った。
救急車は外国っぽい青いライトを光らせて夜の山道をひた走る。救急車に本人として乗るのに怪我一つしてないのは不思議なもんだなと、妙に冷静なつもりの俺は思っていた。どれくらい走ったか、救急車は薄暗い建物の前に止まった。俺は促されるとおり建物に入った。石造りの古い建物で、照明もロクにない薄暗い廊下を右に折れて、15人位入りそうなでかい部屋に通された。巨大な机の向こうに何人か人がいて、書類に何通かサインさせられた。正直何喋ってるのか全然わかんなかった。部屋が暗かったのか、その人たちは顔だけ真っ黒に塗りつぶしたように見えた。その後は夜も遅かったこともあり、すぐ相部屋の寝室に通された。枕元にはスーパーで一番安い炭酸水のボトルが置かれていた。一杯だけ飲んで徐々にせり上がってくる不安に蓋をした。途中同房の人にトイレの場所を聞いたところ、寝ているように見えたもののすぐ教えてくれた。でも何言ってるか分かんなかったから自分で探した。
次の日起きて俺は焦っていた。なんで精神科に入院してるんだ…言ってる意味が全く分からないと思うが、マジで焦っていた。
朝起きたら何もすることはない。みんなおもむろにロビーに出たり朝飯を食べている。それがまず気に食わない。生産的ではない気がする。周りのやつの目が全部死んでるように見える。ここにいたら俺は終わりだと思った。なんのことはない、家族を仮想敵に仕立ててたのが精神科になっただけだ。なんだけど、俺は自分の危機的状況に最悪なリアクションを取った。錯乱だ。
まずはでかい声を出して職員を探した。しかしまるで相手にされない。そのまま逃げようと思って大声を出しながら雪の上を素足で走った。しかし、精神科だけに柵がある。逃げ場はなさそうだ。少しだけの理性で俺は柵をよじ登るのを諦めて戻った。すると職員が騒ぎを聞きつけて何人か集まってきた。外に出れるチャンスか?俺は必死に自分はまともだからここから出せと迫った。しかし職員はつれない態度ですぐ俺を元のロビーに戻して対応をやめようとする。なるほど、騒ぎを大きくすればするほど対応する職員も増えるんだな。それを学習した俺は更に声を荒らげて職員を捕まえた。
彼は俺にこういった。あなたがまともなら、それでいいじゃないですか。俺は焦った、こいつはこのまま話を終わらせようとしている。逆を言えばいいのか?そう思って俺は自分がサイコパスだから危険だから病院から追放したほうがいいと逆張りしてみた。そうすると職員はサイコパスかどうかは血液検査しないと分かんないですねと返してきた。んなわけないだろ、その時の俺ですら分かった。分かったが、検査を受けないと何も変わらない気もしていた。なので必死にサイコパスだね俺は危ないねと話を合わせ、とうとう採血までされるに至った。
しかしどうだろう、検査が終わったら彼は、はい用済みと言わんばかりに俺をロビーに戻すではないか。これまでの会話で勝手に検査=退院と思い込んでいた俺は完全に頭にきて、いよいよ本気で暴れた。そうすると複数の職員が外国語で(当たり前だ)何か言いながら迫ってきた。それがちょうど進撃の巨人の普通の巨人みたいに見えた俺は恐ろしくて走って逃げた。ロビーから裏の通路を通って行き着く先は袋小路。ドアが閉められたとき、俺はそのドアにドアノブがない事に気がついた。
入った部屋は6畳くらいで、日本人の感覚で言えば十分な広さだった。床はリノリウム、壁はクリーム色一色で、はめ込みの厚い窓が冬の寒々しい景色を切り取っていた。部屋には唯一つベッドが置いてあった。退院するために暴れてたのに閉鎖病棟に入れられるだって?冗談じゃない。俺はドアをバンバン叩くがまるで開けてもらえなさそうだ。覗き窓からゴミを見るような職員の顔がちらりと見える。次に俺は窓を開けようとした。割ろうとも思ってこちらも叩くがなかなか頑丈でヒビひとつ入らない。この時点で俺は寝たら廃人になると思い込んでいた。ここ10日寝てない(体感)から、寝たらパソコンのRAMのように頭に入ってる記憶知識知恵すべてが失われ廃人になるに違いないと。しかし体は完全に疲労困憊していた。トイレに行きたいが行かせてくれる気配もまるでない。いよいよ俺は錯乱して部屋の中で小用を足した。これがもしかたら窓の外から目に止まり救出されるのではと思ったが、あとから思えばもし見えたとて重度の精神病患者が暴れてるようにしか見えないだろう。ともかく俺は疲れ果てて寝落ちした。
どれほど寝ただろうか、気がついたら閉鎖病棟に寝ていた。さっきの部屋だ。少なくとも廃人というには認知能力や記憶の連続性は失われてなさそうだった。あと、漏らして寝たはずなのに服やシーツは取り替えられていた。それには少なくとも満足した。
しかし俺はあまりの空腹と便意ですぐ耐えられなくなった。部屋は暗く時間も何日たったのかすら分からない。とはいえ2大欲求が充たされないことには始まらない。俺は再度ドアを叩いた。しかし飯が全く出されない。トイレも連れて行ってはもらえない。刑務所の部屋にはトイレがついてると聞いたことがあるが、この部屋はベッドしかない。ドアをひたすら叩いてようやく職員から得られたものは、おまるですらない用を足すお椀であった。このとき俺は完全に人権を失ってることを理解した。その後しばらくして食事も与えられた。ツナと冷たいジャガイモを混ぜた犬のエサレベルのもので、俺はさらに人権がないと思って涙をこぼして食べた。こっちはよくよく考えると、実はただのメシマズな賄いだったのかもしれない。ともかく起きた日は俺の人生でも指折りの人権のない日だった。
次の日俺はまたトイレの交渉をしてみた。ダメ元だ。しかしあっさり外のトイレに連れて行ってもらえた。人は一度酷く当たられると、多少でもマシな扱いをされた時いいことをしてもらったのではと勘違いする。その時の俺はまさにそれで、トイレに行けただけで感謝した。同時にトイレに行けない可能性に恐怖した。何も口答えする気がなくなった。そしてその日はパンとバターだけ食ってたまにトイレに出て終わった。
次の日は更に良くなった。部屋の扉を常に開きっぱなしになるように、食事も他の患者たちと取るようになった。もちろん俺はクワイエットルームに逆戻りしたくないから何も口答えはせず唯々諾々と従った。病棟全体には10人ほど入院していた。そのうち数人から閉鎖室に入れられるなんて可哀想にと同情されてしまった。そうして開かれた閉鎖部屋に何日いただろうか、ほどなくして相部屋に移された。
相部屋の相手はまともな学生さんに見えた。挨拶もするし自己紹介もしてくれた。ただ、虚空に向けて話し出すときと、段ボール箱をラジオと称して実際には携帯で音楽を鳴らすときだけはヤバい奴だと思った。実際彼は軽症なのか、一週間ほどで退院していった。他の患者は古株そうに見えた。分かんないけど。常に冷蔵庫に自分の食い物を入れては食べてるおばあちゃん、常に食洗機を回すおばあちゃん、常に電話してるトルコ人の女、2chにいそうな青年、偶数日はクレオパトラ級のゴリゴリメイクで奇数日はサロペットの地味子になる女の子、みんなそれ相応に精神を患ってそうに見えた。
部屋から出られるとはいえ閉鎖病棟で自分のいる階から外には出られない。と言っても中で暮らしていくのは暇な事以外何も不自由はなかった。朝昼晩三食食事は出るし、キッチンで持ち込みの食事を作るのも自由だ。途中から家族に文明IT機器を持ち込んでもらってからは暇潰しも簡単だった。社会に触れるのは怖かったから、オフラインのゲームだけを黙々と遊んだ。ゲームは時間を埋める作業か、あるいは順序立てて行動する訓練のように思えた。ゲームでもいいから何か進捗がないと人間としての価値がなくなるような切迫感を感じてプレイし続けた。
夜は就寝時間があり、あまり遅くまで起きていると当直の人にハロペリドールを飲まされた。すごく頭が鈍くなって好みではなかったが、あの部屋に戻りたくはないから諦めて飲まざるを得ない。
先に書いた通り閉鎖病棟から俺は一歩も出られなかった。当たり前に聞こえるけど、俺だけ外出が禁止されていた。他の患者たちは毎日午後一時くらいにお散歩に出かけていた。たまには俺も外に出たいと思って参加していいか職員に尋ねたが、あなたのズボンと靴がないんですと残念そうにみな口を揃えた。自分の足で歩いて入院したのにズボンと靴が無いことがあるだろうか?しかし何度聞いても埒が明かないので、ズボンと靴は汚れて捨てられたのだろうと解釈した。家族に頼んでズボンと靴を差し入れしてもらった。そうしてズボンと靴が揃ってもなんやかんやと言い訳して外に出れず、入院して2週間たちようやく外に出ることができた。
散歩は病棟の唯一外に出る玄関を職員が開けて、その引率でぞろぞろと歩いてついていく。まず、俺が最初にいた病棟を通った。驚いたことに、この病棟は外の道路からなんの障害もなく行き来できるようだ。柵があって出られないと思っていたが、反対側は正面の入口に繋がっていた。はじめにもう少し理性があったら閉鎖病棟に連れて行かれなかったのにと思う反面、理性がないから入院したわけだし、あの錯乱状態で外に出たら車にはねられてそうだなとも思った。
この散歩、想像していたものよりずっと大規模だった。30分から一時間位精神病院の周りの住宅街を黙々と歩いて回る。歩き電子タバコに歩き火タバコで吸い殻を投げる精神病患者達に近隣住民から苦情は来ないのか、非喫煙者としてはヒヤヒヤする。患者同士しゃべりながら歩いていて、小学校の遠足くらい伸びた列を定期的に立て直す。そしてなぜおばあちゃんが冷蔵庫に食品を蓄えてるかも分かった。多分自分でスーパーに買い物に行ってるのだ。そうなってくると家なんだか閉鎖病棟なんだかよく分からない。散歩で外の空気を吸えるのは嬉しいが、また俺はここにいたら駄目になると思った。今度こそ話で退院に持ち込まねばならない。
職員はのらりくらり退院の話を誤魔化し続け、医師の診察もろくになく、どうなってるのかと思い始めた、入院一ヶ月後。小原ブラス似の職員の引率で卓球とテーブルサッカーを遊んだ帰りに唐突に俺は数日後の退院が告げられた。退院する支度中に、その職員が「あ~ここにあったわ〜」みたいな猿芝居をしながらロッカーから俺のズボンと靴を出してきたが、既に俺にはツッコミを入れる気力は残されて無かった。彼らからしてみたら、話の通じない患者にどうやって秩序を与えるか、自分の気が狂わないか考えた結果がその猿芝居なんだろう。
そうして退院して数ヶ月はものすごく不安で仕方なくどうなるかと思ったけどその後はすっかり元通りになった。相変わらずのADHD、薬を飲まねば仕事にはならない。先生も上手いことストラテラを保険で落ちるようにしてくれた。ビバンセは少なくとも依存性は無かったようで、リタリン系の薬を飲みたいとも思えない。元々飲んでキマってた訳では無いからかもしれない。そのあとめちゃくちゃ面倒なことになったんだけどそこは割愛。勝手に敵に仕立てて迷惑一方的にかけたのに見捨てない家族には感謝の言葉しかない。
表では言わないけど
>女性スペース関係の人達から「心は女性と言いながら結局なにも女性のことを分かってない」みたいな反応がすごかった。
それで女は楽だと思ってた、女にならなければ良かったとかほんとは女じゃなかったと言うなら叩かれて当然だと思うけど身体が女になったら突然被害に遭うようになったという差別の体感の話に女のことわかってないなんて性自認で苦しんできた人に言うことじゃないし、男性の身体や社会の立場からは確かに見えないものがある、でいいじゃん
自分の体の性が自己認識と違う苦しみなんかわかりっこないくせに男が女の苦しみを理解してないことへの逆恨みを他の苦しみを抱えた人間にぶつけるなよ、元男の人間だから男に対して直接ぶつけられない気持ちを理解してくれる(というか女になったんだから既に同じである)人間にぶつけて男に憂さ晴らししてるような気になってるんだろ
………というようなことを思う
強い意見を言うのが怖いわけじゃないんだけど感情で動いててなんとなくフェミな人な人はもやもやした気持ちで動いてるから真っ向から感情を逆撫でする意見を言えない部分がある
ブクマスクショや創作のバックアップ多いのめちゃくちゃわかる。小説書くときいまいちで切り取った部分を末尾に貼り重ねるせいで文字数があるべき量の数倍にかさむ。
メモ多い、Evernoteのポスト数1.6万ある、一つのノートに同カテまとめたりもしてるのに。笑いが取れたりもする(自分は失言のが体感多いので進んでしゃべらないが)。 調べ物に凝りすぎて昨日というか今日は出勤日のくせに六時まで起きてた。わかる。
自分の中でしゃべってるって、独り言にはなってないの? 自分はもはや独り言発さないと仕事できないくらいある。でも常に喋ってる感じではないかも。
論理的に出されたものへの苦手さ、上滑りや空回りは、自分はそこまで洗練された職場にいないからわからないけど、MPで瀕死してるときには起こりやすいなと思う。
書いてあること見た感じ、周りとの速度のギャップが大きそうだし、それで消耗してんのかもなって印象受けた。
人付き合いの問題はなさそうだなっていうのも。処理速度低いって、まあ自分がそうだからなんだけど、他人との会話についてけないとこあるイメージで、だけどあなたは社交に苦手意識なさげだもんな。それから努力ができるってことで、人に好かれる余地がめっちゃあるんだなあと思った。仕事もできてそう。
でも仕事て、完璧主義における仕事てさ、自分が根詰めてやることで成立させてる横で、そんな真面目でもない人がなんとなくやりながら普通に成立させられてるんだよね。
それから、管理できなさ。わかる。と思う。散らかって、そして自分に嫌気がさすやつ、わかると思う。
今どう過ごされてるんだろ。自分が言えるのはれしちんとおめがすりーとびたみんびーみっくすはいいぞってことくらいだ。エーエスディーっぽさはなさげだからあえんはそんなに必要ないかも、自分はあえんマストなんだけども。かるのしんもおすすめだよ、MPすり減ってるときに効く。
努力家を続けられてるのが一番だけど、もし逃げたり隠れたりしててもめげてないといいな。
勝手にリプっちゃってごめん。
批判されるレベルの文章とは思わないし平均よりだいぶレベルが高いと思うけど、一文目はちょっと引っかかったわ
気象予報するには予報士受かった程度じゃ全く足りず大学で気象学なり地学専攻してないときついと前スレにあったけど、逆にそのあたりの学士どころか博士さえ予報士資格を確実に取れるかといえばかなり微妙なところあるんじゃないの?と思う
ここね
(1) 予報士資格を取る < 地学専攻 <= 実際に予報する
という順ではないかという疑義が挟まれる 個人的には(1)が納得感のある順序なので、全く何の根拠もなく納得感もない(2)が唐突に提示された時点でフラストレーションを感じた
後半を読むとようやく順序の問題ではなくそれぞれのカバーする範囲が違う(=順序をつけることができず、地学専攻だからといって予報士資格を取れるスキルを持っているとは限らない)という話であると分かるが、一文目で脱落する人はそれなりにいるだろうと思った
文章は書き出しが重要なので後ろは多少テキトーでもそれっぽく読み飛ばしてもらえたりするけど、一文目に引っ掛かりがあると体感的な文章のわかりやすさが大幅に下がってしまう気はする
最近は信号のない横断歩道で歩行者優先!ということがよく言われているような気がするのだが、俺は正直おかしいと思ってる。
なお、法律の話がしたいわけじゃない。法で定められてるから、とかそんなのはどうでもいい。
それに免許も持ってないので、ドライバー側の感覚はわからんのであしからず。あくまで一人の歩行者としての意見だ。
まず、普通に止まられると申し訳ない。俺としては車が途切れるまで待ってわたるつもりなのに、停車されると申し訳なく思う。会釈しながら小走りで渡るのは面倒くさい。
それに、反対車線が止まるとも限らないし、停車した奴のせいで無駄に後続の車が待たされるのは、正直馬鹿じゃねぇのと思ってる。もっと空気読めよ。
後はエネルギーな。止まるよりは止まらないほうがエネルギー効率がいいんじゃねぇの?車1台が止まるならまだしも、2車線で数台が止まるとエネルギーの無駄だとしか思えない。最近の車はブレーキのエネルギーを回収してるとか聞くけど、それだって限度あるだろ?低炭素社会とか言うなら、歩行者待たせたほうがいいんじゃね?車に乗らないのが一番だとは思うが……
社内では誰もが知る「要注意人物」。
以下、案。
うちは労組絶対加入で、組合運動も活発なので何かしら相談に乗ってくれる可能性はある。
数年前はストライキしたらしい。
共●党系なので、まぁ左寄りだけど、悪い人たちではないので仲良く接してはいる。
まぁ、考えているだけでは何も進まないのだが。
最近は心理的安全性に配慮した職場づくりを経営側が意識するようになってきた。
(ただし、当の上司はついていけていないが)
ただ、通報したものの軽い懲戒だけで、逆にこちらが不利益を被る場合も無きにしも非ず、、、と危惧する。
でも、部下にパワハラしていた上司が実際に懲戒処分された事例もあるので会社は本気で取り組んでいる。
IT職なんて(特に実務経験があれば)他社でもひっぱりだこなのは体感で知ってるから。
ただ、部長にはお世話になってるし良い人だし、同僚とも仲が良い。
業種、業務内容ともに本当に理想通りの仕事だから、すぐに事を起こして退職もしたくはない。
ぶっちゃけ、それでもいい。
寝る時間も惜しんで働くなんて、別に普通にやってるし、楽しいし。
うーん、難しいな。
日本国内にいる中国人は大抵お前らと同じように日本語圏の情報に接しているわけで、中国の情報操作だけが届く状況はありえないから笑ってあまり拡散もせずに終わりだよ
胃痛が1週間続いていた
食事などで胃に物が入るとそこそこ治るのが幸い
酒を飲む習慣がない、食事ができている、下痢便秘などがない、吐き気はあるが嘔吐はしていない状況ではあった
昔、看護師のエッセイであまりの苦しさに患者が自ら胃カメラの管を引き摺り出してしまった一例を読んだ事がある
診てもらう病院の待合に
口と比べて90%の人が苦しくないと
アンケートで回答!
エッセイを読んだのはだいぶ昔だったので
謎の安心感を得たので
胃液の泡消しの為のに薬をたっぷりと飲まされる
薄まった粉っぽい葛湯のような味
あとなんか注射したような気がする
ベッドに横向きに寝かされる
視界に入るようにモニターが置いてある
胃カメラの管にイメージしていたのはLANケーブルくらいの細さ
実際にやってきた医者の手にあった管はタピオカストローのようであった
初めての事に身体の芯が強張っていた
麻酔が入っているので痛みはなかった
喉や食道に潤滑剤のひんやりとした感覚が
体内のどこに管があるのかをしっかり教えてくれる
管が胃に到達したら撮影が始まる
胃壁の様々な場所を撮るために管を動かすと
喉や舌にあたり嘔吐反射を起こした
食事を取らずに挑んでいるので
ゲロ吐く事はなかったが
ゲップが無限に出てくる
オエーゲープププゲップを繰り返す
吐く時の胃が持ち上がるあの感覚はそのままに
目をつぶると余計苦しいよーと
従うことは出来ず
モニターを見る余裕はまったくなかった
はちゃめちゃに苦しいじゃないか
どいつもこいつも大嘘吐きやがって!!と今ならブチギレられる
ひとしきり撮影をした後
管を引き抜く時はすごい速度で引き抜く
潤滑剤のおかげで体から出る何よりも早く
管は体外へ出ていった
最中の苦しんでる様子を察し
「腫瘍もポリープも傷ついてる様子もありません。きれいなもんです」
とありがたいお言葉をいただいた
胃液の分泌を抑える薬を2週間分処方された
これを服用しているうちに胃痛の症状はなくなった
原因はよくわからないままであった
おわり
誰しも「昨日まで20歳だった気がする」のか?
お母さんと話してたら、四捨五入で70歳だよ!?信じられん、昨日まで30代だった気がする!って言ってた
昔、お父さん(当時60歳すぎ)と話してたら、東京駅かどこかで、懐かしいな18歳で上京してきて…あの時は不安だったな…もう60代なんて嘘みたいだと言っていた
誰か忘れたけど芸能人のインタビューで、その人はもう80代らしいけど、もう80代なんて嘘みたいだって書いてあった。信じられないって。
私今30代。昨日まで20歳だった気がする。あっっっという間に30代半ばまできた
1年間、体感数ヶ月って感じ。昔は1年経つのがとてもとても遅かった…
家でぼんやり仕事して、別に仕事自体は楽しいんだけど、仕事のこと考えて、生活のこと考えて、推しのことや趣味のこと考えて…あっっという間に1日がすぎてゆく…
さっき起きたのにもう夕ご飯食べてるなってよく思う。
60代から見たら、25歳も35歳も一緒だからやりたいこといっぱいやりなさい!仕事なんかしてる場合じゃない!ってお母さんに言われた。
珍しくすっごい刺さって、本当にそうかもなって思った。
なんか周りの友達も結婚していって話が合わなくなって、だんだん疎遠になって、今もう友達がいない。
ずっとテレワークで人と話す機会はほぼない。
やりたいことはそれなりにやってきて、今もう特にやりたいことがなくなっちゃった。
ダラダラ趣味の絵は描くけど、なんかそれだけ。
もう出てないな。あの頃ほどの熱量がない気がする。オリジナルも二次創作もやり尽くした感じ。
すごくハマってるジャンルはあるけど、読み専で、前みたいにどうしても自分で描く!ってあんまりならない。
気軽ならくがきでも仕上げまでやる気がしない。
他に何かやりたいことがあるんだろうか?
わからない。
ある程度の承認欲求は仕事で満たせてて、それ以外の欲求なんかあるっけな…
仕事のスキル上げたい!ってタイプでもなくて、全部がそこそこで中途半端になってきた。
映画とか舞台とかも観に行くし、推しのライブも行くけど、1人で行って楽しかったー!ってなってそれで終わり…
あっという間に40代になるんだろうな。そして50代60代70代に。
他に何かやりたいことあるんだろうか?
本当にわからない。
人と関われ、ってお母さんに言われて、まぁそれはそうかもって思うけど人と関わってなさすぎてやり方がもう分からない。
Twitterも全部壁打ちだし。
なんだかな。
目標とかも特に無くなっちゃったな。夢だった大学入れて、夢だった仕事につけて、あとはもうダラダラ。
こっからどうしようかな。
世の中の人は何してんだろ。
人生とは何だ………