2023-02-12

anond:20230212173332

生きてる時間人間感覚でいうところの幸せで過ごさせようっていうのが目的だろうから

命の数や時間でいえば命がない状態のもののほうが圧倒的に多いわけだから命になったものより命になるものと命だったものについて慮るべきだと思うんだけどね

命ってもの存在するわけじゃないしそれも永遠じゃなくて一時的状態なわけだから 命そのものより命を形成するものとか命だったものの記録が命の価値を決めると思うんだわ

幸せって状態は生きてる状態のもの自体を感じることだと思うので生きるためにほかの生命状態干渉したり命になる前のものとか命だったものの扱いについてかかわりのない状態ことなんじゃないか

それって生きてるって状態自体を示して意義をなしてるっぽいけど命はないところからあったということへ移っていくことだという意味を失ってるよね

面倒で苦しいってこととか生きてたことがだれかの生きる事になるのを命あるうちに経験するのは苦しみってことになると思うんだけど

大昔の宗教でもそれは否定してなかったりむしろ推奨してたように感じるね

なんのために生きるかってことにたどり着いちゃう特に意味がないというか生きてるから生きるってゆう「死を選ばない理由」が体感できる大前提としてあるのにそれを生きてる意味だと感じない人も多いもんね

生物から生きる意味を奪って生きてるってこと自体人間の定めた意味である幸福という「生命否定」を押し付けることが動物にとってしあわせだろうって思う事は かなりエゴいね

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