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はてなキーワード: 震災とは

2014-07-21

震災ネタにして税金をむさぼり喰う企業被災者

日本で最も安全内部告発先は増田だと思っているので"原発賠償の内情"をここに書きたい。

まず被災者へ賠償を続けているのが東電。もう震災から3年以上経つのに、大量の賠償請求が日を置かず来る。

で、実際に賠償業務を担っているのが凸版印刷関連会社(以下、凸版)。東電は業務のほとんどを凸版に投げている。

さらに凸版はBPO企業人材派遣会社に業務を投げている。

早い話がピンハネだ。

凸版はいくつかの書類にサインするだけで、業務を投げるだけで利益が出る。その利益は表向き東電から支払われるカネだが、実際は国民税金。酷い。

次に被災者

地震とは全く関係ない、例えば「居酒屋で飲んだビール代」なんかを平気で請求してくる。ご丁寧に領収書東電に送ってくる。

被災企業も酷い。「え? おたく被災してないよね?」という企業が、放射能(魔法言葉だ)にかこつけて無理無体な賠償請求をしてくる。一例を挙げれば、風評被害(これも魔法言葉)で売上げが落ちたと言い、放射性物質など少しも被っていない会社が賠償を要求してくる。火事場泥棒だ。

個人・法人から来る賠償請求を、東電は唯々諾々と飲んでいる。揉め事になればさらなるイメージダウンは避けられないし、何よりも自分のカネではないから懐が傷まない。

こんな理不尽なことが3年以上続いてる。酷い。本当に酷い。

http://anond.hatelabo.jp/20140721113247

いきつけの弁当屋が震災1年後あたりから福島産の米だと自ら宣伝して売ってるけれど、わりと繁盛してるよ。

そもそもが旨いというのもあるかもしんない。特に病気が増えた、なんてのもない。

2014-07-19

76歳老母のホンネ

半年ぶりぐらいに独居の老母宅を訪ねる。

テレビを見ながらいろいろ世間話

若い人間から搾り取る政策ばかりで少子化は止まらいね』オレが零すと

「今の若者は恵まれてるくせにぜいたくばかり。昔は生きていくだけで大変だったのに」

震災は大変だったろうけど、戦争に比べたら全然たいしたことない」

「今の若い世代仕事を選り好みするから悪い。苦労が足りない」

「30年40年後はどうせ私らいなくなってるからどうなっても知らん」

「私の友だちはみんなそう言ってる」

世代繁栄を望まない老年世代のために高い社会保障費を負担することが

本当に馬鹿らしく感じるね。

2014-07-15

右翼左翼の両方と敵対する「ファクト勢」

政治でもなんでもネットでは白か黒かという極端な意見が多く、

敵対する勢力の良いところは1つも取り上げずにひたすらケチつけまくる人だらけ

1つの立場自分を当てはめることで、本当は複雑で難しい利害関係を考える手間を省いているってことなんだろう

 

そうやって自分立場から意見を述べる勢力を右翼左翼と呼ぶとして、最近はもう1つ勢力が存在する

それが「ファクト勢」である

この勢力の人間が物事を判断する基準は、政治的立ち位置ではなく、事実か否かである

すなわち、右翼左翼人間が相手を批判する際に持ち出してきた出来事ニュース事実に基いているか?ということにしか興味がない

自分意見を持っていたとしても、極端に偏っていることは稀である

極端な意見を持つ人間が複雑な現実単純化することで物事を考えなくなるのに対し、

彼らは複雑な現実を複雑なものとして見てはいものの、それ以上のことを考えるのは面倒で、結局物事を考えないタイプである

 

彼らにとって事実こそ正義である

デマや嘘に対しては徹頭徹尾批判を与える

事実こそ正義であるからデマや嘘を広めた人間に対しては際限なく批判して良いと考えている

よって右翼左翼人間にとって、彼らは敵であり味方でもある

敵に回すと厄介だが、味方にしても価値はない

批判だけをしたがる、要は2ちゃんねらーのようなものである

 

こういった勢力が表に出てきたのは東日本大震災の頃からのように思える

震災原発についてのデマや噂が飛び交う中、それを訂正するためのアカウントすらも幾つか生まれる中で、、

情報リテラシーが高く、広める前に裏を取ることのできる人間の一部が「ファクト勢」になっていくのを目の当たりにした

彼らにとっては右翼左翼の両方が攻撃の対象であり、下手に考えが偏っていない分だけ攻撃性が高いとも言える

 

もし「ファクト勢」の方がこれを読んだなら、1つ思い返してみてほしいことがある

それは自分の頭で考えているか否か?だ

確かに事実に基づいて意見を述べることは非常に大事である

正しいことである

しかし確実に正しいと言える範囲で考えることをやめてしまってはいないだろうか

複雑な物事を読み解き考えた結果、間違えた意見を出してしまうことを恐れてはいないだろうか

それを恐れないことだ

本当に価値があるのは考え抜いた意見である

批判のための批判自分意見を終わらせないように心掛けよう

株式会社ラジオ会館について

最近秋葉原界隈の企業店舗に、以下のような文書が出回っている。

前略 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます

 さて、当社は、昭和37年からJR秋葉原駅前に地上8階建てのビル秋葉原ラジオ会館」(通称:「ラジオ会館」)を所有し、ビル賃貸業を営んでまいりました。

 平成23年6月、当社は第三者のご要請を受け、当該第三者が中心となって新設した別会社株式会社ラジオ会館」(東京都千代田区外神田一丁目2番13号、代表取締役篠原弘美)に一部出資をし、以後、同社に対して当社の登録商標である世界秋葉原ラジオ会館」「秋葉原ラジオ会館」「ラジオ会館」「ラジ館」などの名称を使用して商品を製造・販売し、電子商取引をすることなどを許諾する商標権使用許諾契約を締結いたしておりました。

 しかしながら、当社は、このたび事情により、平成26年1月21日をもって「株式会社ラジオ会館」との間の上記商標権使用許諾契約を解除いたすとともに、直ちに上記当社登録商標の使用の禁止を同社に通知いたしました。

 つきましては、もとより当社(「株式会社秋葉原ラジオ会館」)と「株式会社ラジオ会館」とは全く別個の法人ではありましたが、上記商標権使用許諾契約が終了いたしましたことをご通知申し上げ、当社と「株式会社ラジオ会館」とを混同されることが今後もございませんようご留意いただきたくお願い申し上げる次第です。

 当社は、現在、上記ビルの建替工事実施しており、お取引様及び関係者の皆様にはご迷惑をおかけしておりますが、7月20日グランドオープンの予定ですので、今後ともよろしくご交誼の程お願い申し上げます

 まずは取り急ぎ用件のみにて失礼いたします。

一部の人間は「秋葉原に流布された怪文書」として楽しもうとしているが、これは誰かの陰謀でもなんでもなく、秋葉原に四半世紀以上に渡って居を構え、秋葉原好きなら誰もが知っている「秋葉原ラジオ会館」の所有会社株式会社秋葉原ラジオ会館から出された正式通達だ。

この文書から分かるのは、ここには、長い歴史を持つ「株式会社秋葉原ラジオ会館」(以降、本家とも呼ぶ)と、3年前に設立された「株式会社ラジオ会館」(以降、分家とも呼ぶ)の二つの異なる会社存在し、今年の頭までは本家分家に対して商標権使用許諾を与えていたが、これが解除された、という状況と、どうやら本家は、分家の行っている活動を「迷惑」だと感じているようだ、ということ。

今月、「ラジオ会館」は建替工事を終了し、7月20日にはグランドオープンを控えている。何故この状況で、上記のような通達がなされたのかを考えてみる。

文書にもある通り、今から52年前の1962年、「秋葉原ラジオ会館」は秋葉原最初高層ビルとして秋葉原駅前に誕生した。

詳細な経緯は要望があれば書くが、秋葉原の古いイメージである電子部品屋のメッカ秋葉原」は、戦後の混乱に乗じて乱立した多様な露店の集合体、いわゆる闇市の延長線であった。この集合体には、他の類似する地域コミュニティと同様に、日々発生する様々な面倒事を解決するために不可欠な「元締め」という存在必要だった。この物理的な力を持つ「元締め」と、金銭的な力を持った、ある「資産家」が出会いGHQが露店の排除命令を出して限界を迎えていた秋葉原を、今度は「縦」に展開する秋葉原初の高層ビルラジオ会館電化ビル」構想が立ちあげられた。これが「秋葉原ラジオ会館」の歴史の始まりである

ちなみに、ラジオ会館と言えば、周囲の景観を損ねるとまで言われつつ秋葉原の顔として定着した巨大なネオン看板が有名だが、あれは2001年8月に初めて設置されたもので、同8月に、有名な「パーソナルコンピュータ発祥の地」のプレート設置も行われた。ラジオ会館歴史を語る上で重要アイテムだが、その長い歴史の中では二つとも比較的新しい部類に入る。

そして、設立から50年以上、「秋葉原ラジオ会館」は秋葉原に在り続け、ラジオ無線パーソナルコンピューターアニメフィギュア興隆と、日本の文化成長に合わせて目まぐるしく変わっていく秋葉原に、時には保守的に、時には攻撃的に対応し続けて来た。多くの秋葉原ファンからは、「今の秋葉原を凝縮している」「秋葉原に来た際はまずここに来る」という評価を得て、今現在でも秋葉原象徴する必須存在となっている。

しかし、秋葉原ブランドの最たるもの、という評価も受けながら、本家株式会社秋葉原ラジオ会館」は、賃貸業者以外の何者でもなかった。日本ポップカルチャー世界から注目され始め、アニメ、ホビー商品が溢れる秋葉原が「ポップカルチャー聖地」と呼称されるようになっても、秋葉原象徴する存在であるラジオ会館」は、ただそこに在り続けるだけだった。

そこに目を付けたのが、上記文書に「第三者」と書かれている人間だった。

当初、「第三者」は別の目的本家アプローチしていた。その目的は、老朽化したラジオ会館ビルの建替工事の受注だった。ラジオ会館ビルの建替の必要性は、実は、ある理由で相当昔から発生していたのだが、ここも詳細は省く。しばらくして「第三者」は、本家からの依頼を受け、ラジオ会館テナントに対し、ビル老朽化を理由に退去要請を始めた。2010年9月には、一部マスコミによって、老朽化を理由にした「ラジオ会館」の建替工事計画が報じられている。

さて、不動産関係者なら分かるが、不動産の業務の中で最も難しい部類に入るのが、こうした雑居ビルテナントに対する退去要請であるビルの建替工事には付き物の業務だが、様々な状況にあるテナントの説得には、非常に高いスキル必要だ。昔、バブル期に暗躍した地上げ屋が起こした様々な事件が、その難度と複雑さを物語っている。一時引っ越し先にいくら良い物件をあてがっても、急な変化に対応するにはテナント側に手間と時間はどうしてもかかってしまう。それが何年もの間、そこに店を開いてきたテナントなら尚更だ。退去要請に全く応じないテナントに「第三者」は頭を抱えていた。

しかし、2011年3月11日、14時46分18秒、マグニチュード9.0の東日本大震災が発生。

東北で発生した地震にも関わらず、都内の古いビルにも結構な被害が発生する。秋葉原ラジオ会館の柱や壁にも大きな亀裂が入った。それでも、実は、ラジオ会館が受けた被害は、緊急建替が必要なほど大きなものでは無かった可能性が残されている。いずれによ震災被害という大義名分は、「第三者」のテナント退去要請に弾みを与えた。壁に入った大きな亀裂と、それを補強するように貼られたべニア板でさらに誇張された「被害」を見せられ、残っていたテナントは退去要請に続々と応じていった。震災の翌月、2011年4月16日には、ホワイトボードにお別れメッセージを残していく「ラジオ会館さよなら!!ウォール」イベントも開催された。

そして、様々なテナントとの話し合いを通じ、「第三者」はある構想を固めていた。

実は「第三者」は過去アニメマンガフィギュアなどの文化に一切触れたことが無く、秋葉原という街、そして、秋葉原を訪れる人々を深くは理解してはいなかった。ここも詳細は省くが、「第三者」は、テナントの退去要請を続けている際、大量に売れるフィギュア書籍、異様な熱気を帯びた各種イベント、街中を闊歩する奇妙なオタク集団などに触れ、ただただそこに「何か物凄い力」を感じていたようだ。これは、秋葉原初心者最初に必ず感じてしまう「アキバ熱」のようなものだ。過去、「アキバ熱」に触れたビジネスマンたちの中には、これをコントロールして金を生み出そうとチャレンジする者が何人もいた。そして、殆ど人間が失敗してきた。その姿は、熱によって生まれる蜃気楼に戦いを挑む滑稽な道化師と同じだった。秋葉原の住人達は、そうした道化師が発生する度に、冷やかな視線を送っている。

話を元に戻そう。ある時から第三者」は「ラジオ会館は金になる」と考え始めるようになっていた。

ひとつきっかけは、ある有名企業代表冗談で発した言葉にもあった。

「建替工事が終わって新生ラジオ会館が出来たら、しばらく入場費を取っても良いぐらい注目されるはずだ」

そして、イベントで集まったラジオ会館ファンの感動的なメッセージ群。

そして、閉店セールに集まって来た大量のオタクたちと、飛ぶように売れて行く在庫

第三者」は、退去要請の傍ら、ラジオ会館ブランドを使ってビジネスを始めるべく、本家の説得を始めていた。

東日本大震災から3ヵ月後の2011年6月分家である株式会社ラジオ会館設立された。

初期の株式会社ラジオ会館を構成したンバーについては省略する。ただひとつ言えるのは、「第三者」はビジネス成功させるべく、様々な分野から実績のあるプロフェッショナルを引き抜いて来たらしいのだが、役員を筆頭に、殆どメンバーが、アキバってどういうところ?オタクって気持ち悪い!みんな結局は金儲けがしたいだけでしょ?という、いわゆる秋葉原的な人間とは相反する人々だったようだ。「第三者」には、ラジオ会館、そして、秋葉原の一体何が人を惹きつけるのか、重要な部分への理解が欠けていたように思われる。

株式会社ラジオ会館は、設立後、様々なサービスの展開を始めている。ラジオ会館テナントを中心にしたECモールラジオ会館オンライン」、フリーマガジン「ラジ館」、ニュースサイト「ラジ館プレス」などなど。大抵のプロジェクトが「第三者」の思いつきで始まっていたらしい。中には評価すべきものもあるが、ここでは詳細を紹介しない。

さて、設立から数年、株式会社ラジオ会館内部では様々な試行錯誤が繰り返されていたようだ。イベント企画や大型LEDビジョンの設置と声優番組企画など、華やかな企画も定期的に実施されていたが、売上は低迷していたらしい。そして、その予算殆どは、本家である株式会社秋葉原ラジオ会館から出されていたらしい。

第三者」は、「ラジオ会館」という印籠を使い、ビジネスを拡大し続けようと画策していた。短絡的な企画の中には、株式会社ラジオ会館が中心となって秋葉原店舗をまとめ、一大ネットワークを作ろうとしていたものもあったらしい。その中身は、会員になって分家の言うことを聞け、というお粗末なものだったらしいが、我々はラジオ会館から秋葉原のみんなは言うことを聞くだろうと「第三者」が考えていたことに少し寒気を覚える。さらに、本気で新生ラジオ会館で入場料を取ろうとしていたらしく、その企画が本家逆鱗に触れた、という話も聞いた。一向に上がらない売上、増え続ける予算ブランドを利用した強引な営業、荒唐無稽な企画、本家が怒るのも無理は無い。

秋葉原界隈の人々には、香ばしい噂も流れている。ある企画で生じた損失を無関係人間補填させようとしたり、何度も支払遅延を繰り返したり、社内では秋葉原店舗オタクへの悪口のみならず、ラジオ会館テナントの悪口まで言い合っている等など。最近では、本家との契約解消に伴い「本家が営業を邪魔している」などの暴言まで出ているとの話も聞いた。一応書いておくが、これらはあくまで噂だ。しかし、そうした社風に嫌気がさし、今年に入って大量に人材が辞めたという話も聞いた。

そして、今年に入って、ラジオ会館の仮囲いを使っていた広告枠営業は本家管轄に移行、3月にはラジオ会館1号館に設置されていた大型LEDビジョン「ラジカメVISION」が撤去され、事業の核とされてきたECモールラジオ会館オンライン」は今月7月末で終了予定となっている。残るはフリーマガジン「ラジ館」とニュースサイト「ラジ館プレス」。そんな折、本家から出された契約解除の通達は相当な痛手に違いない。

何故、今年の1月契約が解除されても、依然として株式会社ラジオ会館は「株式会社ラジオ会館」であり、フリーマガジン「ラジ館」やニュースサイト「ラジ館プレス」は、その名前を使い続けているのかというと、「ラジオ会館」や「ラジ館」は確かに商標登録されているものの、社名は同意の下で命名された経緯があり、フリーマガジンニュースサイト商標区分が異なっているので問題無いそうだ。また、裁判沙汰になっても係争中は名前を変える義務は無い、とのこと。

そうした状況を踏まえ、本家7月20日新生ラジオ会館グランドオープン前に、どうしても公私ともに関係性をクリアにしたかったのだろう。

通達も出たことだし、未だに株式会社ラジオ会館を、秋葉原の老舗のラジオ会館だと思ってお付き合いしている店舗さん、企業さんは居ないですよね?

以上、伝聞と類推だらけだが、株式会社ラジオ会館について、でした。


  1. [追記1] ご指摘の通り、露店商の総元締め的な人が野村誠一氏、資産家が七條兼三氏である。どちらも息子が後を継ぎ、野村氏は今現在ラジオセンターに隣接した野村ビルを所有。七條氏は現在株式会社秋葉原ラジオ会館を所有している。秋葉原を創った彼らには大量の逸話が残されているが、それはまた別の機会に。
  2. [追記2] ちなみに、「パーソナルコンピュータ発祥の地」のプレートは、関係者によって廃棄処分になる予定だったところ、建替工事が決定してから、あまりにも多くの人々が記念撮影に訪れたため、「どうやら価値があるものらしい」と急遽保存が決まった。もちろん新生ラジオ会館にも設置される予定。
  3. [追記3] 未だに秋葉原界隈は賃料安いだろうと考える方がいるようだけれども、駅前の坪単価は他の地域比較しても異常に高い。ラジオ会館の一部のテナントは零細に見える店舗もあるが、実は非常に優秀な売上を上げている会社ばかりだ。退去に応じた某ホビーショップも、一見良い場所移転したが、売上は下がっている。某書店が早々に新生ラジ館に戻る決定をしていることを見ても、如何に秋葉原駅前という立地が素晴らしいかが分かる。
  4. [追記4] 突如としてタイムマシンラジオ会館ビルに突っ込ませ、秋葉原の人々を魅了した「シュタインズ・ゲート」とのコラボ企画は、この「第三者」の発案に依るもの。「ラジオ会館さよなら!!ウォール」のイベント時、白衣を着た集団が多いのに気づいてスタッフに理由を尋ねた後、版権元に突然電話をかけて「ラジ館に爆弾落としませんか?」の第一声で相手を混乱させた話は有名。
  5. [追記5] 正確には、現在ラジカンマネジメント株式会社秋葉原ラジオ会館物件広告取扱をしている。これは本家である株式会社秋葉原ラジオ会館の子会社。また、本家によるラジオ会館ウェブサイトはこちら。http://www.akihabara-radiokaikan.co.jp/ グランドオープンに合わせてオリジナルグッズも販売予定で、イベントも開催されるが、このあたりは分家であった株式会社ラジオ会館が仕切る予定だった。今後、秋葉原ラジオ会館ブランディング戦略は、ラジカンマネジメント株式会社実施していくことになるだろう。
  6. [追記6]ラジオ会館保守性を代表するエピソードは、今は誰もが知っている超有名フィギュアメーカーテナントになった際、美少女フィギュアなども取り扱っていたので「(家電PCに比べてチャラチャラしたイメージがある)あんたみたいなところが表に出てほしくない」とテナントに対して言い放ったという話。某店長は未だにそのことを根に持っているらしく、建替工事で退去させられた際にも「こんな僻地に移動させてどういうつもりか」とTwitterで憤っていた。
  7. [追記7] @akibablogさん、通達の配布時期が異なり、内容の異なる文書があるらしいです。残念ながら、そのバージョンは入手出来ていません。

2014-07-14

長期間震災ボランティアやってた

というと、大抵の奴が

価値観変わった?」とか「成長した?」

言ってくるんだけど、ボランティア目的って別に自己啓発じゃないんだけど。

価値観は常に変化するものだし、どんな時でも成長はできるだろうから別に間違ってはいないんだけどさ、釈然としない。

自分探しの延長でボランティア(笑)をやる若者っていうイメージが大きいんだろうか。

ボランティアを通して自己啓発するのは行動を起こす原動力として「なし」ではないけどそれがスタンダードだと思われたら嫌だ。

与えられた環境でみんな好きに生きればよいのだ

 震災ボランティアとして特にスキルが無い人が被災地に行くことをとても気持ち悪いことだと思っていたけど、やらない善よりやる偽善だと無理やり納得したり、メディアに向かって一人でも多くの人に現実を知ってほしいって言ってる人を見て、役に立たなくても行って自分の目で見ることが大切なんだって考えたり、元気をもらったって語る人がいる一方無秩序ボランティア迷惑と怒る人の映像が流れる。とても気持ち悪かったけど、この状況って各々が気持ちよく生きようとした選択の組み合わせで実現しただけであって別に誰が間違っているとか誰は正しいという問題じゃなくて、ただ被災地を消費している個人同士のぶつかりでしか無いのだと考えると、なんだ与えられた環境でみんな好きに生きればよいのだと納得した。

2014-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20140712140003

なんとなくわかる。あれって一種のエンタメだった気もするんだよね。

ライフライン全部断絶してて映像で見たのは本当に後だったけど、今思い出せば津波をこの目で見て数日間体育館生活して三日間何も食わずってすごくリアルエンタメだった。我が身に起きたことだけどすごく面白かった。

友達と一緒だったかちょっと違うけど修学旅行的な楽しさはどうしてもあった。あれを映像で見れたんだとしたら対岸の火事で更に面白かったろうなって思うよ。

そもそも避難中の会話も、数年後ショタロリの前で震災の話をするために呼ばれるのかなみたいな話ばっかりだった。それって面白そうだよねって。

その脳内アドレナリンだかなんだか大放出状態終わってみればただただ呆然としたけどあの瞬間はものすごく面白かった。

荒浜に二百から三百の死体が流れ着いたってラジオ放送だって何故か笑えてきてたし、電気が全部消えてるおかげでものすごくきれいな空だったのも面白かった。とにかく面白かった。多分頭壊れてたんだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20140713050653

共感力の高低云々という話もあるが、共感後の再・他人事化という逆向きのベクトルの話もあるわけで、俺が増田に「共感」してしまったのは、深読みなのかもしれないが、事象を体験した後の他人事化(心理的な切り離し)について、それなりに考えた上でやや露悪的に書いているんじゃないかと思ったからだ。

が、今読み返すと当事者に寄り添う意識はあまりなかったようだ。どちらかというと俺は増田の友人のクリエイターのほうに近いのだろう。

そもそも俺自身クリエイターとはぜんぜん違う社畜界の人間なので、その意味ではこの増田クリエイターさんに「共感」できる下地がどの程度あるか分からない。

災害の起きた場所親族・知人の縁がなく自分安全なら、身につまされることなく「最初から最後まで」他人事感覚で見ることも難しくはないだろう。それを口に出すべきものかどうかは(道徳的に、あるいは本人のメリット的に)別として。

それより、はてな住民からバッシングに近いブコメを見て思うのは、正義感あふれる書き込みをしている人の中には人は「当時自分がどう感じていたか自分に都合よく忘れてしまった人もいるんじゃないのか」ということだ。

震災の一次的被害者でなかった南関東の住民として書くと、いつ終わるともしれない余震原発がどうなるかにおそれ慄き、停電実施に怯えつつ、それと同時に、震災東京で起きたのか、と思うくらい、東京現在ばかりを伝えるメディアに軽く怒りを覚えながら、それでいて何か非日常感に心踊る自分に戸惑ったことを覚えている。「この高揚感は何なんだ」と、思った人がそんなに少ないとは思わない。

そもそもトップからしてそうだった。

3月12日の夜、一日たってようやく公式に姿を見せた首相国民向け演説を見て、その自己陶酔ぶりに異様さを読み取った人は多いはずだ。あの夜、この人は自分しか関心がない人に見えて不安だった(そして後にその不安は的中する)。

見ていた俺もそれほど変わらない。

何かこの国の形が変わるような重大発表があるのだろうと、1945年8月15日の「玉音放送」を聞く日本人自身を重ねるような気持ちでテレビの前に座ったことを覚えている(どちらも発表があること自体は事前に伝えられていたので緊張感をもってその時を迎えた人は多いはずだ)。

その後、しばらくして歯の浮くような言葉流通し始めた。

被災地支援を語り(ダシに、とまではさすがに書かない)、自己満足にすぎないと自ら語っているボランティアの方々などの例外を除けば、自分利益しかならないビジネスをやっているだけなのに、自分は善いことをしていると自己洗脳することに成功した人は身の回りにたくさんいる。

この辺は自分の心にとどめておくべきで、決して、このような形で書いちゃダメ領域なんだろう。「正義派」のスイッチを押してしまう(その意味では、これを書いた俺もクリエイターさんと同様にタブーを犯しているんだろう)。

クリエイターさんがどういうジャンルの方なのかわからない(アニメ系の方?)が、

あまちゃん」で太巻がいった「売名行為だよ」という発言で、勇気づけられたエンタメ系の人も多いんだろうと思った。実際、あの劇中人物の発言で、悩みが吹っ切れた人がいるという話を聞いた。

自身は、いまだに吹っ切れていない。

直接の形では自分に起きなかった不幸、しか自分が立ちすくむ程度には影響を与えた出来事をどうハンドリングしたらよいのか、今も分からない。

自分の心の内側から出ているとは思えない言葉を使って、日常をやり過ごしていることへの罪悪感は隠し切れない。

……と、このように書くこともまた綺麗事だよな。無限ループは続く。

http://anond.hatelabo.jp/20140712140003

おいらが考えたのは、「あの震災で死んだ人達の多くは、あの日の朝、起床した時に「今日自分死ぬんだ」などとはまったく思っていなかっただろうな、ということ。

そしてあれ以来、自分今日死ぬんだ、と考えながら生きるようになった。朝、目が覚めて、死んでいなければラッキーくらいの感覚

2014-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20140712140003

事実小説よりも喜なり。

震災エンタメという気持ちすごく分かる。


阪神大震災の時は、

うほっ?!

揺れてる?揺れてる!

やべぇぇぇ。揺れが止まらねぇぇぇ

マジ?いま、家つぶれたら、俺死ぬの?

って体験する側だったけど、久しぶりに心躍ったのはよく覚えてる。


東日本大震災は、完全に見てる側になっちったけど、

Youtubeで見た壮大な津波の様子は、

今までに見たどの映画よりも迫力を感じられた。

自分の命を犠牲にして、最後まで津波避難放送をした

女性の話しは心から泣けた。

チリ津波でも被害を受けた爺さんが

再建がんばろうって笑顔で言ってたのにはほっこりした。

東日本大震災を振り返って

先日、クリエーター系の友人と東日本大震災が与えた影響について話した。影響と言っても創作界隈に関する話に限ってだ。

一応、立場を明かしておくと僕ら二人はどちらも震災による被害(計画停電を含め)は全く受けない地域にいた日本人だ。

友人曰く「311」がクリエーター精神に与えた影響は凄く大きくて、震災前、震災後で明らかに作風が変わってくるであろうし、時代を分けるべきだ、とまで言っていた。

友人の言うところによると、震災津波原発事故はまさしく震災前に想像された世界の終わりであって、SF作品が書いてきたものだった。しかし、現実には世界は終わらなかったし、被災地以外では何一つ変わらない日常が続けられていた。そのことでSF作家というのは衝撃を受け、あの程度で世界は終わらない、と彼らが描く未来というのは決定的に変化してしまった……、まあそのようなことを言っていた。

その友人は震災というのを大きく受け取っていて、震災の当日や原発爆発の映像、連日の報道は「世界の終わり」に感じられたそうだ。津波動画を見て涙を流した、と言っていた。

僕はまったく逆で、震災を小さく受け取っていた。友人の前ではそれに同調するように悲しいことだったよね、怖かったよね、と僕は言っていたけれど、内心は違った。僕はあの大震災ドラマを見ていた。僕にとって震災エンターテイメントだった。最高に楽しく、ドキドキとわくわくの非日常提供してくれる見世物にすぎなかった。世界の終わりなんて微塵も感じなかった。次の日も普通に日常が続いてたからね。動画を見て涙を流すという感覚が分からなかった。当事者以外にとっては対岸の火事だろうと思った。まぁ、こういうのはサッカーの日本代表が負けて泣いちゃう感覚と似ているんだろうと思う。僕の友人はそういうスポーツとかに感情移入するタイプだったから。僕にはスポーツを見てるだけの面白さがわからないので、津波動画で涙する感覚もわからなかったけど。

初日津波が全てを洗い流したところに言い知れない高揚を覚え、原発が爆発している動画を見て思わず破顔した、これからこの国がどうなっていくのだろう、という期待感があった。ネットお祭り騒ぎで、日本中がニュースにかじりついて浮き立っていた。その雰囲気を楽しみながら僕は極めて健全コンテンツを消費していた。それには、どうせ僕には関係ないという、あくまで観客としての視点があった。僕と友人は被災地はいなかったという環境は同じにも関わらず、こうも受け取るものが違っていた。友人はどこまでも日本人としての当事者意識があったのかもしれない。僕には日本の遠い一地域であった非日常な、それも歴史的にも珍しい10単位しか見れないだろうというようなビッグイベントとして見ていた。

その後は日本人政府による茶番劇が始まって、この国はもう根本的なところで駄目になっているんだなとせせら笑って、楽しんでいた。そしてこのつまらない日常が帰ってきた。残ったのは日本という国に対する絶望だけだった。そういう意味で、震災は確かに影響があったかもしれない。直接的な影響なんてせいぜいFPS水浸しステージが増えたぐらいにしか感じられなかった。

震災エンタメだったなんて言えば、人格を疑われるだろうからきっと言えないし、おそらくこのような考えを描いた創作物というのは10年経っても出てこないだろう。僕も自分作品の中でこんな話はおそらく持ち出さないだろう。クリエーターの端くれとして、この感情創作に取り入れたい、面白いとは思っているけれど、絶対に世に出せないだろうし、出しても正義感の強い方たちに袋叩きにされてひどい目に遭うだろう。それどころか、少なくとも2011年から5年ぐらいは震災を『ネタ』((題材、あるいはインスピレーション元ネタ、設定の一部としての利用、様々な意味で))にしたエンタメ作品ルポや感動の復興物語!以外の作品)というのは不謹慎だというので作られないだろう。だから、友人にはそのようなことは一切言えなかった。僕は情の深いふりをして、この場面に僕も胸が引き裂かれるようだったと言った。

創作に携わっていた人間なら、あるいはもっと広く、コンテンツ提供している人間であれば誰しもが、あの震災ネタになると確信したに違いない。現にどこかのアフィサイト管理人だかが上手いこと震災お金儲けしていたし、投資家会社員だって、あの震災を利用しておいしい思いをした人は多いはずだ。とあるポンプ会社社員は、震災復興需要で業績もいいよと嬉しそうに僕に語ってくれた。あの一大イベントに皆が興奮していた。メディア関係者視聴率ニコニコして、震災報道するとき歴史に残るような大きな出来事に携わり、自分業界に入った理由を思い出しながら、使命感と臨場感、そしてちょっぴりゲスな気持ちでわくわくしていたはずだ。東北を救おうと盛り上がっていた皆が、日本の団結するときだと、あの雰囲気に、非日常に酔っていたに違いない。不謹慎ネタネットに書き込み、他方でニコ生電気をつけてる配信者電気消せ、pc消せ不謹慎だろ、と書き込んでみたり、そうやって楽しんでいたはずだ。

僕はあの震災で絆だ、不謹慎だなどと喚き散らしたこの国の人々にもう何の愛着も沸いていない。元からそんなものはなかった。愛国心愛郷心なんて一度も持ったことはなかった。これは僕だけじゃないはずだ。

さあ、もう一度、来てくれ。今度はこの国を吹き飛ばすぐらいに大きな地震を僕は待っている。

滅ぼそうぜ、世界

ブコメ返しとかしたことないので勝手がよくわからないんですが、いくつか返事しておきます

  • マジギレしてる人

あなた正義感の強い人で、僕は確かに間違っているかもしれませんが、死ねとか言ったり人格否定するのはやめてください。上でも書きましたが人前では常識的対応をしてます事件現場写メとかとりません。たぶん、この人たちと僕は理解しあえないんだなぁと思いました。

この国が吹き飛ぶぐらいの地震が来たら僕も喜んで巻き込まれますよ。もちろん、被害に遭ったときは泣き叫ぶかもしれないし、恐怖に震えるかもしれません、でもそれは僕が自殺願望を持っていたとしても、殴られれば泣いてしまうし、ナイフで脅されれば怖くて動けなくなるのと同じことなんです。実際に遭遇したときの反応と、願望は全く別のところにあると思います。夢を見すぎているかもしれませんが、全てが崩壊した退廃的な光景というのを生で見てみたい、この国なり、世界が滅びる瞬間が見たいっていうのは、現実的かどうかは置いておいて、多少願ってる人もいるんじゃないかなぁ、と思っていたんですけど、世界滅ぼそうという賛同全然得られなかったのでした。

僕一人じゃなくてよかったーと思いました。

今後の参考にさせていただきます。皆様のクリエイティブ人生を心よりお祈りしております

911に触れてる方、鋭いです。残響のテロルを見終えた後、911ネタにするなとマジギレしてる人を見て、創作に使って何が悪いと思ったのが、この記事の発端です。阪神淡路大震災エンタメ創作物でたまに見かけるのに、東日本大震災ネタになってはいけないのはなぜか、とか事件はいからネタにされてよいのか、東京マグニチュード震災後、自粛され扱いが変わったこと、ピングドラムモチーフサリン酒鬼薔薇なんかを使っているが好意的に受け止められていたことなどを友人と話しているうちに3.11創作に与えた影響という話に辿り着きました。

ほんとは個別で拾ってみたいブコメもあったのですが、慣れてない上に長くなりそうだったのでこのへんで。

2014-07-04

大地震に備えて

東北大地震があった時、茨城に住んでいた。

ライフライン最初に復旧したのはたしかガス(翌日?)で、母親が作ってくれた炊き加減のイマイチおにぎり家族で食べた。

作ってから時間が経っていて、冷めていたがトラウマになるぐらい美味しかった。その次が電気ネットも復旧したので外とのやりとりが出来るようになった。

電気が復旧したあたりでコンビニに行ったら、普段のように立ち読みしてる人がいて非日常の中に日常を感じて笑えた。

水は住んでた地域の復旧が特に遅くて、結局10日以上復旧しなかった気がする。なにはともあれトイレ関係がキツかった。

食料は思ってたよりスーパーやら近所の飲食店やらで手に入りやすかったので苦労した記憶はない。寿司屋が販売してた海鮮丼が安くて美味しかった。

とにかく水があれば大丈夫だと感じた。個人的にはトイレを流せないのが本当に苦痛だった。

飲料水自衛隊が配りに来てくれるのだが、たしか一人一日4リットル?ぐらいだった気がする、ウンコ一回流すと全部無くなってしまうぐらいの量だった。

本当は毎日浴槽に水をフルに貯めて生活するのがいいんだけど、なかなか難しい。

今は一人で東京に住み始めて、とりあえず水を12リットルは常に置いているが、気休めだろう。

またウォシュレット派の私は震災時に使えなかった苦労から旅行用のウォシュレットを購入した。

2014-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20140626174602

話の流れ的に、子供が「居るか居ないか」ではなく

「居たけど震災で死んだ」が正解であろう。

とは言え、津波で流されて遺体も見つかっていないなら、

本人も心のどこかで生きていてほしいと願っているわけで、

自分の口から「死んだ」とも言えないだろう。

それを一言も言わずに察しろというのはESP能力要求しすぎだけど、

ヒントをもらってなお聞きほじるのは趣味が悪いよね。

http://anond.hatelabo.jp/20140626174602

友人嫁は地雷

友人嫁の親族地雷

揉めるから真実を問いただせない友人は最も地雷

実際どうだったとしても増田がなにか助けてあげることなんて何もないと思うけど、

変なことに巻き込まれないよう、少し距離おいたと思うよ

それなりにいい年してるくせにそんなロマンチストなこと言ってる男にろくな男はいない

つか、本当に知りたいんだったら手っ取り早く興信所使ったほうがいいと思うけど

そういう時のために興信所ってあるんだから

うちは中学からの相手と結婚したけど、それでもお互い興信所使ったよ

震災で大変な目にーとか言ってるけど、なんか子供がいて日銭に困って風俗とかに手を出してる気がしなくもない

親戚が探ろうとするとブチ切れるってのも。

まぁ別に風俗で働くことは悪ではないし、お金がないんだったら仕方ないけどさ

2014-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20140624073000

事が起きると待ってましたとばかりにネット文章を上げる奴がいるじゃないですか。

TwitterブログはてブYahoo!ニュース個人で2ちゃんで。

うっかり首を突っ込んで加齢臭を漂わせちゃった人達なんかは可愛いくて、

「事」を土台に持論をゴリゴリ展開させちゃったり嫌いな人間

攻撃しちゃう輩とか精神異常者がいますよね。

民主政権下における民主党叩き、震災後の原発従事者への過剰な攻撃、

在特会とかしばき隊周りの迷惑プロレス

イケダハヤトかいう禿げたオジさんの若者代表ヅラ

なんなんでしょうね。

2014-06-23

芸能人思想信条なんて公表しないで欲しい

地震の後、特にだと思うのですが、音楽家などが自分政治信条みたいなのを語るようになって、正直ウンザリなんですが。昔は、そういのはあえて黙っておく美学みたいなものがあったような気がするんですが。

政治信条を持つな!っていう訳じゃなくて、黙っていて欲しいわけですよ。別に公明党支持でも、共産党支持でもいいんですよ。自由なわけですし。ただ、聞かされたくはない訳ですよ。具体的な支持政党でなくても、twitterレインボーアイコン系、デマブログ系、ネトウヨ系のコメントRTしたりされるとガッカリなんですよね。

震災後、考えが変わりました。自分自身の意見を言っておかなければならないと思います」みたいなのから始まるコメントのガッカリさと言ったら無いわけですよ。

2014-06-19

労働者家畜化用に労基法すらも無視できる法案をどんどん出す政府、一方NHK

NHKは職員平均年収が1000万円を大きく超える1126万。

公務員震災前に戻ったとはいえ、3万円以上の昇給

生活保護に関しては今では箝口令すら敷かれて守られてる始末。

こうやって国機関で働く人間や国の援助で生活してる人から票を得てるんだからズルい世の中になったよ

正直者が馬鹿を見る社会日本にはあります

2014-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20140615070715

横だけど、きみの横柄な紋切り発言は「ネット楽しい場所しかるべきだから震災の話しかしないやつらはくるな」とかいう類いの人に似てる。

確かに震災を盾にしたビジネスの人たちの「アアカワイソウ飯うまですなぁ」はウザくって私も嫌いだけど。本被災者にはどーなのと。

2014-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20140611200907

トラウマっちゅうのは、一度とてつもなく怖い思いをすれば心に沁み付いてしまうもんなんだよな。震災後、警報音が怖いと思う人が増えたみたいだな。ググった情報だけどね。

2014-06-05

会社ごと福岡移転したらPM2.5の方が東京放射能よりやばくて人生詰んだ

震災後、

東京終わりや、

ってんで、福岡にみんなで逃げたんだけど、

PM2.5まじで辛すぎわろた。

しか東京放射能より、確実に害があることが証明されちゃってるので辛い。

10年後とかに病気発症しなければええなあ、と祈願してます

http://anond.hatelabo.jp/20140605174658

震災復興支援財源で、退職金が20%カットかなんかになって、400万減ったと言っていた上司がいた。

今年で退職される。

てことは2000万くらいなのかな?

ようわからん

2014-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20140531121302

お前自身が書いてるけどさ、左利き人間差別克服するコストなんてのは大した額じゃないし、自助努力でどうにかなるレベルなの。

社会をお前のわがままに付き合わせるな。

お前のレベル差別なんてのは「甘えんな」で切り捨ててしまって構わない。より救済されるべき人間に多くのリソースを費やすめにもね。

当然コレはトリアージ的考えにもとづいている。震災で擦り傷程度で済んだ人間が喚いてんじゃねーよ、他にお前以上に救われるべき人間が山ほどいる中でお前ごとき差し出すリソースなんざムダだっつ―話。お前自身が他人を救え。

2014-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20140530105358

同じだよ。

現地の人は、「フクシマ」というカタカナ表記で、日本都道府県の一つでありこれまでもずっと存在しこれから存在する福島県という地域を、いつまでも震災事故とに結びつけられたレッテルで切り取られ印象づけられ活動家お祭りのダシとして消費され続けることにウンザリしてるんだよ。実際抗議も来ているだろ。

フクシマ表記=「やーいおまえんち汚染地域」なんだよ。そういう風に機能していることを知れ。

2014-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20140525201444

様々な形態で利用されているエネルギーが既に海外依存なのに、電気だけの自給率低下を騒ぐのは、食料自給率ガーと同じぐらいアホ

エネルギー安全保障なんてホルムズ海峡封鎖がすべてで、そうなったら終わり。原発の有無なんて意味のない安心料。

もとから海外依存しか成立しない日本エネルギーの中で電気限定して震災前でも30%、今は0%でしかないもので、電気なんて民間企業商品しかなく今更もう国が出てくる必要なんかないよw

安全保障いうなら福島野ざらし原発ノドン打ち込まれるとか、セキュリティ的に防御できない原発国内に抱えているほうが余程リスクだろ

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