はてなキーワード: 無趣味とは
ほとんど無趣味だったので、プログラミングとか絵とか小説とか始めてみた。
ついでに、もともとネット中毒だったので、せっかくならとそれぞれの趣味のコミュニティも覗いてみた。
しばらくして気付いたのは、どうも「プロ=偉い」と思っている人が多いことだ。
プロの話なら、ほとんどその趣味と関係ない話でもして良いと思っている。
例えばプログラミングなら、会社の愚痴、絵ならSNSでの宣伝法、小説なら出版業界の動向という感じ。
ひどいのになると、初心者の質問スレで、初歩的な質問に対して、「そんなことも自分で調べられないならプロになれない」
とか言い出す奴が出てくる。
就活でも職場でも、「趣味はなんですか」と聞かれることが多い。
多いけども、毎度毎度答えに困る。
平積みの本を見て買って読んだり、入門書を実践してみたりするが、趣味:読書とするにはあまりにライトすぎる。
神保町の古書店に通ったりするほどでもないし、月に何十冊も読むほどのビブリオマニアでもない。別にレビュー書いたりもしない。
映画もよく見る。撮ったりはしないが、ああここから第2幕で、ここらがミッドポイントだな、とか思ったりはする。
だけど別に映画.comにレビュー書いたり、試写会に行ったりするほどでもない。人食べカエルとかメタルマンの人ほどの影響力もマニアックさもない。
なんというか、趣味といえば極めろ、部活は3年間続けろ、会社は新卒で入ったら定年までとどまれ、みたいな「やり抜け思想」が強いな、と思う。
そもそも趣味なんてたかだか気晴らしだし、ましてや他人の趣味に成果を求めていたりするのは高慢というか、何故そこまで強いるのか、その神経質さは何だ、と聞き返したくなる。
就活でもそうだ。
それの趣味はうちの業務にどう結びつきますか、という意味不明な問い。(研究内容でも学科の内容でもなく!)
別にたかだか気晴らしなのだから、内容や取り組み方を聞いた所で人間性が見えたりはしないし、
「とりあえずやってみた」程度のことでも趣味と言ってもいいように思う。
思うけれど、やっぱり趣味と言うには自分のはライトだなぁ、俺は無趣味だな、と自分でも感じてしまうあたり、俺も変わらないんだなぁ。
増田さんの危機感というか不安というか、それの本質が何なのかにもよると思うな。
本をよく読んでおられるようなので趣味はたぶん読書でしょう。立派な趣味だと思います。つまり無趣味なわけではない。読書いいよね。
休日の間ずっと家の中にいるのは気が滅入る、ということが課題なら、文庫本一、二冊持って外出すればよろしい。喫茶店、図書館、公園、ロケーションを変えると本を読む気分も変わります。ついでに一本映画を観るとか。お出かけの足を自転車にすれば軽い運動にもなって一石二鳥かも。
非リア感に漠然と危機感があってキラキラOL気分になれさえすればよいならカルチャースクールとかでいいでしょう。ただしOLの習い事は短スパンで流行りすたりがあるので、毎年習うものを変える、〈何でもいい何か〉を習うのが趣味、くらいの割り切りは必要かもしれません。
気分ではなく本気で出会いを求めてるなら男女比の適当な運動系サークルとか男のいそうな料理教室とかに飛び込めばよいのかもしれませんが、そうした切迫感はあまり文章からは感じませんでした。
出会いは求めていないが孤独感に圧倒されかけているのなら手軽なのはやっぱりカルチャースクール。受講生が中高年主体の講座を選べば人間関係がラクなはずだし若いというだけでチヤホヤされるし年長者の話は面白い。
まあ、今何かを「市民向けに開かれたスクール」で習おうとするとどこもかしこもヒマを持て余した老人だらけなのでその点はあらかじめ覚悟しておくのがよいかと。
勘違いさせてしまった献血ルーム側も悪いかもしれないけど、基本的に、200ml献血は
罪悪感とか、恥ずかしい気持ちとか、それをルームに転嫁させて少し憤慨しているような、そういう気持ちがあると思います。
でもそれらは抱く必要はありません、献血は、(たとえ募集してる人がどんなに必死だったり強い言葉で叫んでいても)、
やりたい人、かつ、できる人が、できる時にやることだからです。
だから、200を断られた増田がそれならやりませんということは、なんら悪いことでもなんでもありません。
それをまず認識してください。
あのですね、献血ルームはそもそも牛丼屋のように「お客様」が「並、大盛り」を選べる場ではありません。
「やりたい人」と「必要なもの」があって初めてできるものです。
しかも「200を用意しておくな」などと文句を言う筋合いも君たちにはありません。
仮に新生児が200人単位で事故にあったりすれば、もしかしたら200の需要が急激に高まるかもしれないですし、もしそれがなくとも、それを変えるのはあなたがたの「文句」ではなく、日赤が医学的根拠に基づき必要があれば変えることです。
日赤の日々の医療への貢献と比べて、あんたらのブコメがなんの屁の役に立ってるのか少しは考えてみてはいかがでしょう。
まぁ、日赤にとっても献血って儲かるんですけどね、それは別の話として。
200を現在必要ないのに採れば、血液の提供者にはそれだけ負担もかかるし、針を刺すことで指に麻痺などの障害が残るリスクがあり、また看護師含めスタッフの人件費、ディスポーザブルの器具のコスト等がかかります。だから断られます。
来てやったのに断られた!と憤慨する必要はないので、(今知ったかのように憤慨するということは今まで献血に興味も持たなかったのでしょうし)、何も知らないのに献血ルームのネガキャンをするのはやめなさい。
その前に、自分の無知を恥じろとは言いません、自分を一度振り返ることくらいはしてみてはいかがでしょう。
私は一介の献血好きですが、16歳になって意気揚々と200mlをやりにいったら18歳になってからと断られ、
今も血管の細さや貧血で毎度のように断られ、血管が細いため血液を「返す」ことが難しいので、成分献血はできず、うまくいっても400ml献血しかできません。
そんな献血好きの私が、「よいルーム、よいスタッフ」にあたるコツを最後に少しだけお教えしましょう。
これが大間違いです。いや、増田は悪くない、それどころか、呼びかけに応じて入ってくれて、とても良い人です。
その善意を活かすなら、今度は「大声で献血を募集している献血ルーム」または、「その日だけ来て血を集める献血カー」は、避けましょう。
どうせそこを避けていい献血ルームにいっても、困るのは患者ではなく当該のルームだけです。
県内で一括して集めるのだから、どうせなら、いい待遇で安心して献血しましょう。
「穏やかに協力者を募集している献血ルーム」または、「協力者を募集していない献血ルーム」へ行くのです。
新しく、きれいで、少し混んでるくらいのところがいいです。
そういったところでは、「献血できないのに来るな」などという扱いはほぼ受けません。
仮に検査値が満たなかったり、こわくなってやめたとしても、ビスケットやポカリスエットなんかを持たせて、にこやかに送り出してくれます。
献血カーなんかより広々、清潔で、お土産やサービスも豊富です。
看護師も腕のいい人が多いです。
一度でも嫌な思いをさせて献血離れを加速させる一部の献血ルームスタッフはもちろん良くないです。
しかし、一度嫌な思いをしたくらいで、避けるには献血は勿体ないですよ。
きれいな看護師さんに優しくされ、お医者さんに心配され、献血ルームのスタッフ全員に入った瞬間から出る瞬間まで感謝され、献血ルームによっては美味しいコーヒーが飲めたり新刊のマンガが読み放題だったり、献血自体もなんとなくデトックスになったりする。
帰りにお米とか歯磨き粉や洗剤がもらえる。
(私は何回かでけんけつちゃん×ハローキティ×横浜赤レンガ倉庫の謎コラボタオルをもらいました、あまりにシュールな品で、かつ何回か献血しなければもらえなかったので、その達成感もあいまって今も宝物です)
また、巡り巡ってどこかでそれが助けになってる難病の患者さんがいる。
私は針を刺されるのがとても苦手です。針を刺されるとき、刺さっている腕、絶対に見れません。
なので解剖学的構造を理解している、信頼できる看護師さんにされるのがいちばん安心します。
そういった看護師さんは、いくつかルームをまわらないとなかなか見つからないですが、それもまたルーレットのようで楽しいです。
いいルームでは、難しい血管は上手な看護師さんにすぐに代わってもらえます。
こわい旨は素直に伝えましょう。
そういったオプションではなく、本質として「血を抜かれる」ことも、昔は「瀉血」として治療法とされていました、今は医学的効果は否定されてます、ですがやはりスッキリするのでそれも私は好きです。
お帰りの際は立ちくらみにはくれぐれもご注意ください。
小綺麗でも、必ず安心できるいいルームとは限りません。それに関しては、いくつか回ってみることが必要です。
のやり方をもっとフィードバックする必要があるかもしれません。
でも、自分にとって行きつけの献血ルームができたら、数ヶ月おきにそういった「2~3時間の空き時間」をとても有意義に使うことができますよ!
正直、どんなにうまくいっても女性は年に2回しか全血の献血はできないので、男性や体格のいい方、健康な方や血管がクッキリ出ている方がとても羨ましいです。
この歳で派遣だし普通に大卒企業勤めの知人らに比べて収入なんて雲泥の差だし、数少ない友人も結婚したし、なんかもう自分が惨めだから(主に収入面で)自らすすんで疎遠になった。
無趣味だから酒飲みながらニコ動のアニメ一挙見るのが休日の唯一の楽しみ。
こんなクソみたいな休日なら無い方がマシだからまだシフト入れてくれると助かるんだけどな。
暗いこと考えずに済む。
何もしてないときのほうがよっぽど悲観的になる。
ほんと生きる理由がないなあ。
それだけはさせたくないな。
これからもしも親が病気になった時とか介護が必要になってしまった時は、帰郷して今の仕事辞めざるを得なくなるだろうし、年齢的に再就職も難しいだろうから、せめて少しでも親が安心して死ねるように、貯金をしてようと思う。
しかし、ほんと生きてて楽しくねえなあ。
これからどんどん不健康になって満足に仕事も生活もできなくなってくんだろうなあ。
今のところ特に不調はないけど、夜勤だからいつか突然ガタがきそうだなあ。
だからと言って別に友達や恋人がほしくてたまらないってわけでもない。
関わるめんどくささの方が先立ってしまうし、そもそも作り方わからんしな。
それにしてもこれから身体壊して孤独死しか待ってないことが分かってて、ただ生きてくってのは相当しんどいな。
さて夜に備えて寝るか。
「「「.................」」」(思い出したようにビールに口をつける)
となるバッドエンドにしか辿り着けない。
というかよく考えたらこれまで自分はきちんと他人と会話してきたのかな??
「ボケ寄りの行動とる」→「周囲にいじられる」というスタイルに頼ったコミュニケーションをしてきたので、
穏やかな会話の仕方がわからないことに気づいた。
まあでも聞き手でいても良いなら、なんとかやれるかも。
話し手は無から有を生み出さなきゃいけないから大変だけど、聞き手はあんまりそれがないからラク。
あと自分に主体的に考える力がないので、大抵の発言に「なるほど!すごーい!!」と思えるから。
なるほどすごいマンでいることも、反応乞食みたいなボケで場を繋ぐことも、
卒業しなきゃなあって思うんだけど。
あと不安なのが、年代まちまちの人たちと会話しなきゃいけないこと。
年代が違う人との会話って、なんかいづさ(※東北の方言。しっくりこないみたいな意味)を感じる。
特に20歳差くらいから感じる。通用しない冗談の幅がグッと広まると思う。
で、この違和感キャッチすると、なんかもう会話するのがやんだくなる。
そして相槌マンと化した私は、正しい反応を狙う博打をするのみ。
汎用性高い、野球やサッカーの話ができればよかったが、どうしてもスポーツには興味持てなかった。
(スポーツの会話できる人は強いと思う。)
というかスポーツに限らず、何か首ったけになれる趣味の一つでもあれば、会話の入り口要因くらいにはなれたかもだな。
また浅く広くでもいいから、見聞が広ければ、他人の発言にもっと適切に共感できたのになあ。
一般的に解釈すれば、この落ち込みようはひとえに私の恋愛経験の乏しさに尽きるのだが、すべてを失った私にはもう生きていく理由がないように思える。
世界各地で今この瞬間にもカップルは誕生し、また別の場所では破局している。
そんな卑近なはずの現象が、まさか自分たちの身に降りかかるなんて思ってもみなかった。
永遠なんてないとは言葉の上では理解していたつもりだったが、それでもこの関係が一生続くと思っていた。
「好きという感情がなくなった」
私にはまったく理解ができない。
彼女は普段からあまり不満を口にせず、悩みを溜め込む傾向にはあった。
しかし私は今回の件で、突然別れを告げられるような落ち度があったように思えないのだ。
愛が伝わっていなかった?
言葉が足りなかった?
そんな平凡なミスは侵していない。
今までも、そしてこれからも、二人で順調に楽しい思い出を作っていけるはずだった。
たしかにこの1ヶ月ほどのあいだは些細なことからギクシャクした雰囲気になることもあった。セックスもレスだった。
しかしこんな停滞期はなにも珍しいことではなく、3年という年月のあいだに何度かはあって、それも二人で一緒に解決してきたはずなのに。
会う頻度だって今までと変わらず、何気ない日常がずっと続いていたはずなのに。
なぜ今回に限って、突然の終わりを告げられたのだろう。
はじめは電話で話を切り出されたが、直接会って話し合う日を設けることにした。
彼女への変わらぬ思いを、こんなギクシャクした空気は過去に何度も一緒に乗り越えてきたことを、今回だって近いうちにまた元通りにできる希望が十分にあることを、突然すぎる提案を受け入れることは私には耐えられないことを...
後悔だけは残したくなくて、きっと彼女の気持ちを取り戻せると信じて、私は伝えたいことをしっかりと整理してから話し合いに臨んだ。
話し合いの当日、私は彼女にまず思いの丈を語った。後半、私は泣いていた。
男泣きのカッコ悪さなんて、彼女を失ってしまうリスクに比べれば塵みたいなものだ。
しかし話し始めてからしばらくもしないうちに、私の言葉が彼女の心にまったく響いていないことを悟る。
彼女は私の気持ちを聞いて泣いているけれど、私の愛はすでに十分伝わっているけれど、それでも彼女は私のことが好きでなくなってしまっているのだ。
そこに理屈はない。そして彼女のなかではすでに私たちは終わっているのだ。
口にしてくれなかっただけで、彼女は自分のなかですっかり整理がついている。もう何を言っても遅いのだ。
どうして彼女はその結論を出してしまうよりも前に、もっと話し合いの場を設けてくれなかったのか。
こちらは相も変わらず絶好調に愛していたのに、なぜ貴女は気持ちがゼロになってしまうまで黙っているのか。そんなのズルいじゃないか。
私の何がいけなかったのか。
そんなことを彼女から聞き出したところで、この破綻を修復することはできない。
私にはこれ以上、何も言うことができなかった。
フる側とフラれる側でこうも気持ちに差が生まれてしまうんだな。
涙が出過ぎて喉が乾く。
「今までありがとうね」
と言った。
そんなありがちな台詞が言えるほど、彼女のなかでは気持ちの整理がついているのだ。改めて実感する。
私は視線を落として、せめてそのふざけた空気感にだけでも抵抗しようと思った。
双方合意の穏便な別れ話を済ませたつもりなんだろうな。
私にとっては晴天の霹靂、これまで生きてきて一番残酷な時間だったのにもかかわらず。
信じがたいほどの気持ちの隔たりを感じてしまって、また涙が吹き出した。
私はこの先立ち直ることができるのだろうか。
彼女は私のすべてだった。
私は彼女に生かされていた。
友達が少ないのも、無趣味なのも、仕事が退屈なのも、彼女のくれた無償の愛のおかげで、自分はこれで大丈夫だと思えた。
友人に愚痴を聞いてもらっているはずが、気づけば在りし日々の彼女との惚気話を披露している始末。
思い出は美化されるから引きずってしまう、とはいうが、私にとって彼女と過ごした日々は、良いことも悪いこともすべてがすべて大切な宝物だった。
道を行き交うカップル、コンビニに流れるラブソング、ワイドショーの芸能ニュース...
本当に、何がいけなかったんだろう。
あのときああしておけばよかった、そんな後悔はまるで思い浮かばない。
少なくとも1か月前には百点満点の幸せな関係がそこにあったはずで。
心臓の半分を抉り取られたような、この喪失感は何に代えても埋められない。
何も手元になかった3年前の状態に戻っただけ、そんな風にはとてもじゃないが割り切れない。
今は思い出の品を段ボールに詰めてはまた開封し、彼女のLINEをブロックしてはまた解除し、「失恋 立ち直り方」でググって質問サイトの経験談を読み漁ってはまた号泣している。
ただし、病気が無く貯めようという決意があればの話。
よくダイエットは収入と支出の差でしかないと言われるが、貯金も同じだ。
「貯めたいな〜」なんてぼんやり思ってるだけでは貯まらない。これもダイエットと同じだ。
1.よほどの収入がある
2.無趣味やミニマリストなど買うものが無かったり、買わない主義。
のどちらかだ。
なお貧乏性も貯金しやすいが、貧乏性のひとは貯めたくて貯めているというより、不安だから貯めている。
2年で100万円貯めるのは簡単だ。20ヶ月毎月5万円貯金すればいい。
アホな事を言うなと言われそうだが、これしかない。
貯金をするには、生活を切り詰めるか、収入を増やすか、どちらかしか無いのだから。
生活はこれ以上切り詰められないけど貯金したいという人は収入を増やせ。
生活も切り詰められないし収入も増えないという人は貯金を諦めろ。
長くてゴメンね。
増田と同じ様に悩んでいる友達が昔いたよ。高校の同級生。クラスの声の大きい女子をいつもバカにしてた。
メイク無理、お洒落な服とか興味無い、古く臭いジェンダー観に迎合してるみたいでバカみたいって長年言ってて、「へーそうなのかぁ」と淡々と聞いてたら
20代の終わりかけに貴女と同じ様なことを言ってきて、、じゃあ一緒にやろうよと誘っても、百貨店に引っ張っていっても「やりたいけど・・・」だけ言って結局やらずじまいだったな。
お母さんの望む大学に進学して、お母さんの望む会社に就職して。お母さんが「貯金はしておきなさい」と言うからって、裕福な実家暮らしなのに給料の殆どを貯金してるって言ってた。
趣味も持ってみたいらしいけど結局は「お母さんが悲しむから」と、ずっと無趣味。用途もなく、使う気もあまり起きない貯金を何百万も抱え込んで、週末はボーッとしてる。
「私はあなたのことが好きだよ」「自分に自信を持って」と声を掛けても、難しいんだよね。その人の受取り方によるし、結局は自分でどうにかするしかないから。それに追い詰めてしまいかねないから、、でも「自分に自信を持って」としか、言いようがないし。これはこっちの話だけどさ。
なんかブコメにもトラバにも色々アドバイス書いて貰ってて、どれも有意義だと思うけど、柄じゃないこと始めるのって怖いじゃない?
とりあえず自分と似た境遇の人の話に触れてみるところから始めてみたらどうかな。実家から離れられない人の話とかさ。適切な検索ワードが私には分からないけど…ごめんね。
何か楽になれるヒントが見つかるかもしれないよ。
化粧しなくても人生楽しんでる人いるし、化粧しなくてもできる仕事もあるし。
でも「1度もしたことがない状態でしないのを選択する」のと、「したことはあるけど自覚的にしないのを選択する」のとでは、自信のつき方がグンと違うよ。人生自分で操縦してる感というか。
1歩踏み出せたら良いね。
ミニマリストに憧れて色々と断捨離してみたが、結果としてみると余裕だった。
というか、最初からかなりミニマルな生活をしていたことに気付いた。
人付き合いが少なくて、しかも男なのでもともとモノがあまり必要ではない。
無趣味だが、娯楽はネット回線さえあればなんとでもなる。唯一の贅沢は光回線の契約だ。
一般人よりも本は持っているけど、引っ越し時に段ボール1箱分までと決めて所有している。
そもそもマンガや小説、雑誌類を読まないので、ほぼ実用書と専門書だけしかない。
服も限られたベーシックな服を着回ししているので、クローゼットが要らないくらいだ。
PC環境も仕事の都合で外付けモニタを使っているが、いざとなればノートPCだけでも何とかなるかも。
家具も最低限。折り畳み机と折り畳みマットレス。ソファはない。テレビもない。
自宅にあるモノで一人で持ち運べないのは洗濯機だけだ。
ちなみに2,3点の大型家具しか持ち運ぶ必要がない場合、引っ越し屋に頼むより、
地域の便利屋(Benryとか)を使った方が圧倒的に割安だったりする。
自分は地方在住なので車がないとかなり詰む。仕事にも使うので必須だ。
とはいえ、軽自動車でもミニバンタイプなので、引っ越しのときは、
自分が気付いたらミニマルな生活をしていたのは、ぼっちだからだ。
仕事以外では人付き合いもないし、休日は部屋の掃除と筋トレ、ネットサーフィンで終わる。
(というか仕事柄、休日も自宅で仕事を片付けていることも多い)
思うに、荷物の量は人間らしさのバロメーターじゃないだろうか。
多分、ていうか間違いなくどうでもいいし、こんなことを長い間気にしている私が悪いのであろうが、でも誰かに相槌を打って欲しくてここにきた。だから痴呆のおじいちゃんの話を聞く気持ちで読み流してほしい。
高校の時、ある女子アイドルが好きな友達が居た。その子はセーラームーンやCCさくら、おジャ魔女どれみなんかも好きで、漫画もたくさん読んでたから普通の女オタクがたまたま特定のアイドルも好きだったって感じなんだと思う。
その頃の私はびっくりするほど無趣味で、好きな友達と学校が離れたことからすごく塞ぎ込んでいた。今思うとなんで友達になったんだろうってぐらい暗かった。何にも楽しいことがない日々を憂鬱に過ごしていた。
ある日、話の流れでその友達が好きなアイドルの話になった。テレビで見たことはあったから「楽しそうでいいよね」って言った。別に嘘ではなかったけど社交辞令みたいなもので、特段そのアイドルに思い入れはなかったけど友達が好きな人達ではあったから褒めておいた。ら、異様に食いつかれて物凄い勢いでダイレクトマーケティングされた。次の日には「いつ返してくれてもいいから!」ってDVDを2本渡された。
正直引いた。引いたってかびびった。怖かった。
それでも、毎日暇だったしせっかく友達が貸してくれたんだからと思って見た。
結果、どハマりした。正直言うと後半は泣きながら見た。
見た次の日にその子に報告しに言った。そのアイドルたちがどんなに素敵で美しくてかっこよくてかわいいか教えてくれてありがとうの気持ちでいっぱいだった。近くに同じアイドルを応援するファンがいなかったらしい友達はハマったことをとても喜んでくれて、分かち合える人がいてくれて嬉しい、一緒にコンサートに行こうね!って言ってくれた。私も嬉しかった。
毎日ぶすったれてたのが自然と笑顔になった。そのグループが出る番組は調べて全部予約してた。推しが出ててレンタルできるDVDは全部借りた。最寄りのツタヤにあったやつはほぼ見たと思う。結果、生きるのが楽しくなった。推しが同じ世界にいる、それだけで幸せになった。
そうしたら、いろんなところに良い影響が出た。
ニコニコしてるだけで友達は増えたし、いろんなことが上手く回るようになった。アイドルとその友達に感謝した。、
そうして1年ほど経った頃、アイドルの繋がりで出来た友達から「そういう雰囲気が好きならこのアイドルもどう?」とまた別のアイドルグループを紹介された。名前は言わないけど、ジャニーズのあるグループだった。
その女子アイドルも変わらず好きだったけど、このグループも魅力的で素敵だった。
そしてある日、軽い気持ちでその子に話した。進級してクラスは違ったけど、廊下で会えば雑談をする仲だったし、アイドルの話もかわらずよくしていた。今、このグループも好きになってきてるんだよね、と。
ドン引きされた。
「ジャニーズ?」って言われた。「私、そんな男の人に興味ないから…」って軽蔑しきった目で言われた。
彼女はその女子アイドルの妹分にも手を出していたから、別に他のアイドルが嫌いなわけではないのだと思っていた。
だから、ハマってくれるとまでは行かなくても話ぐらい聞いてくれると思ってた。
変な間が空いたから、男の子のアイドルの何がいけないか分かんなかったけど、ごめんって言った。
「ううん、いいのいいの…でもあたし、芸能人の男の人に興味ないから」って言われてそうなんだって相槌を打ちながらショックを受けた。これって軽蔑される趣味だったんだなと思った。
結局、私はそのジャニーズのアイドルを好きなことをもっと近しい友達や親友と家族にしかしないまま高校を卒業した。
春のコンサートが決まっていたから、どこの公演に行く?って聞いてみたんだと思う。
そしたら「もう会員期限切れちゃったからチケット取ってない!あ、余ってたら呼んでね!」って返された。
寂しかった。でも、この人にはもっと楽しいことができてしまったんだなあ…と感じただけだった。
嘘です。
バカみたいに金かけてたファンクラブのダッセェグッズどうすんだろうなコイツ…今回の倍率知ってんのかお前…と思ってました。
事実私の3倍以上はかけてたと思う。言っても、私も高校生にしては結構頑張ってた方だと思うから金額は察して。
んで、大学へ進学したのが去年の春。
大学進学を機にリアルでもツイッターを始めたら、彼女からフォローが来た。別段フォロリクを拒否する必要もないので許可した。
ら、
若手俳優オタになってた。
ズゴーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なんなん?!?!なんなんお前?!?!「芸能人の男の人に興味ないから…」ってあの女オタクにありがちなアピールはなんだったんだ!!!!!!!!傷ついた私の気持ち!!!!!!!!!!!!うおーーーーーい!!!!!!!!!!!!Hey,Siri!!!!教えて彼女の考えの変化!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
めちゃくちゃ脱力した。しかもその子が応援してる俳優さんはほぼほぼ2.5次元舞台にしか出ていないらしい。四捨五入したら30近いんじゃないかその人。今その段階で大丈夫なの?まあ私の知ったこっちゃねえし私に言われたくもないだろうけどよ!!!!
「男」を応援した私をバカにした彼女は今、その若手俳優さんにほぼリア恋っぽい。
なんでそんなことがわかるかというとツイートから多々恋心がにじみ出ているからである。特定されないようにそれについては記述を避けるが、その他にも「出待ちしちゃった…(><)」「今日は学校休んで当日券狙う!」とか大変香ばしいツイートを垂れ流している。
正直めっっっっっっっっちゃ面白い。ヤラカシ、自ジャンルにいたら最悪だけど他ジャンルにいたら超面白いんだな。
どう考えても、自担の方がその若手俳優さんよりファンいるしお金持ってるし権力も持ってるし演技力もビジュアルも歌唱力もあると確信できるぐらいに成長しているから、こんなにうじうじする必要はないんだと思う。それに彼女が降りてからの女子アイドルはメキメキ成長して見違えるようであり、それをもったいないとすら思う。
なんでこんなにモヤモヤしてるかって、女として見下されたからなんだろうと思う。
ジャニーズを応援するなんて、バカな女だ、と彼女の瞳は物語っていた、
自担が貶められ気がしたし、私の株もドトーンと下がった気がした。けどそんなことない。
相手がジャニーズだろうと若手俳優だろうと女子アイドルだろうと応援する気持ちに序列はない。良いも悪いもクソもねえよ。
男だろが女だろうが応援したいと思える人が素敵なことに変わりはないんだから、別にそれをバカにするのはおかしい。
その人が大切にしているものをバカにするってことはその人の完成をバカにしてるのと一緒だって早く気づいた方がいいよ。
あと、その出待ちとか絶対にその好きな人に迷惑かけてるからやめなよ。学校は好きにしたらいいけど。金払ってるのお前の親だし。
めんどくさくてしつこいオタクだなあとは思うけど、いじめられっ子の執念深さに免じて許してほしい。
つーかアイドルだろうと俳優だろうとなんだろうとファンになったら負けだよ!その人に感情も財布も握られてんだから!
なんか長い文章になってしまった。ここまでウンウンしてくれた人がいたらありがとう。
それでは、彼女から定期的にくる「東京おいでよ!時間が合えば一緒に舞台でも見ない?」って言うラインに「ごめんね、今月は忙しくて…」って返信しながら昨日のMステを編集します。あーあ、早くコンサート決まらないかな。
最近、会社でコミュニケーションの促進とか助け合いの精神が大切とか
言われるようになって、いろいろな企画がうたれるようになった。
なんか休日集まろう(セミナー)とか、偉い人と話そう(飲み会)とか、
コミュニケーションだけを目的としたイベント(BBQ等)開催とか。
そういうことをやられる度に、会社での居心地が悪くなる。
そもそも無趣味だし友達も少ないから、仕事以外で話すことがないし。
でもそんなこと思っているのは自分だけで、みんなちゃんと仲良くなっていく。
みんなが仲良くなるにつれ、
本当に自由な気分になれた。
すごい楽しかった。
少しぐらい頑張ってたって、その程度できる人は幾らでもいるし、
仕事してるからあまり人間関係構築に労力をかけたくありません、
なんて、そんな奴は要らない。
そんな風に変わってきたんだろう。
うちの会社だけかもしれないし、世の中の流れがそういう方向なのかもしれない。
学生時代からオタクっぽいと言われてきたし、よくオタクっぽいヤツが同類だと思ったのか話しかけてくることも多かった。
でも自分はオタクじゃなかった。まったくオタクじゃなかった。マンガもアニメもゲームも声優も特撮もプロレスも何もかも知らなかった。
見た目がオタクっぽいからリア充な友人はできなかった。そしてオタクじゃないからオタクな友人もできなかった。
一度オタクな人にアニメを薦められて見たけど、全然面白くなかった。とあるオンラインゲームを勧められてやったけど面倒なだけだった。
自分は一言で言えば無趣味だった。学生時代は大学と自宅を往復するだけで満足だった。
今思えば好奇心や意欲と皆無の人生だった。服装にも関心がないからオタクっぽくなるんだろう。
本を読むのは好きだったけど、何かを語れるほどでもないし、趣味は読書といっても無趣味の代名詞と思われるだけだ。
そもそも自分は小説やフィクションの類は読まない。というかバカバカしくて最後まで読み切れない。
マンガやアニメもバカバカしくて辛い。ゲームは面倒。アイドルや芸能人なんか興味持ってどうするんだって思う。
そうして自分にはついぞ友人ができなかった。小中高は幼なじみが何人かいたが、彼らみんな高卒で就職してしまった。
自分が不思議に思うのは、この世の大半の人たちは趣味を持っていて、そうした趣味で集うことができるのだということ。
趣味を持つこと自体が意味がわからないし、ましてや趣味で集まるってどういうことだ?