はてなキーワード: ペーペーとは
俺を22・23のひよっ子だと舐めてるとしたら、すぐ評価変えたほうがいいぞ。俺は、その場その場で合理的にサボったり、真面目にやったりをやってる人だからそこらへんはちゃんと分かったほうがいいぞ?(ムラがあって使いにくい?いや、シグナルを送るためにわざとやってるんだから、読み取れよ)
つーか、個人的に言うと、社会舐めてる若者は好きだけど、結局のところ何者かになろうと思ったり、志した時に「段取りを踏まないとそうなれない」ってことを知らないまま社会舐めてるガキは大っ嫌いなんですよ…。自分の若い時も含めてですが
とかなんとかいう人多いから言うけど、それ入り口の広さとのトレードオフやからね?
男なんて20代前半で学歴もなく体も強くない時点で、底辺の仕事するか病んでオタクっぽいところに行くかしかないわけだが、そうなりたいわけ?舐めてる
吉本の会見…「僕の悪いところなんですけど」連呼になってるの…バイトやペーペーのだったら殴られるやつじゃん。
大学時代にプログラミングをかじったら楽しくて、これを仕事にできたらいいなと考えて IT 業界を志望し、
でも Goole とか Amazon とかのイケてる企業に入る実力も到底なかったので、とりあえず大手の SIer に入った。
研修を終えて某大企業に常駐して働くことになったが、労働環境はひどいものだった。
IT ベンダが集まるベンダ部屋みたいなところにぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
PC のディスプレイは当然 1 枚しかなく(プログラミングするには 2 枚ほしい)、メモリも足らず、
セキュリティの問題からネットには繋がらなかった。何か調べるときは自分の携帯を使う必要があった。
新卒でもいきなり下請け企業のメンバが下についたが、ペーペーの私から見ても信じられないくらい能力が低く、その人たちのフォローでも時間が取られた。
そうでなくてもプロジェクトは山火事のように燃え続けていたため、仕事量はあまりに多く、だいたい毎日終電まで働いていた。
実際の残業時間は当然のごとく毎月 120 時間をゆうに超えていたが、法律上申告できない部分はサービスとしていた。
ある時、客先のマネージャーに、「このタスクいつ終わるんだ?」と言われ、
私は「(無理して)2週間くらいです」と答えた。 1 週間でやれ、と言われた。
私に残された手段は、1 日で 2 日分働く以外になかった(当時はいい子だったので、バックレるなど考えられなかった)。
終電ではなく逆方向の"始発で帰る"ようになった。シャワーだけ浴びに家に帰って、1 時間くらい寝てすぐ出勤した。
それでも 1 週間ではタスクが終わらず、そいつからは罵声を浴びせられることとなった。
なぜこんな頑張っているのに怒鳴られなければいけないのかと、その日は帰りの終電に乗りながら世の中の理不尽さに泣いた。
数年経って、たまたま割と余裕のあるプロジェクトに移ったので、積もりに積もった会社への恨みを晴らすときだと思い、転職活動をはじめた。
(ハードすぎるときは転職活動をする余裕など到底ないのが皮肉なものである)
自身の技術力が磨けそうで、魅力的なプロダクトを作っていそうなスタートアップ企業を受けて、内定をもらった。
辞めると言ったときには偉い人たち含め、いろんな人から引き止められたが、聴く耳は持たなかった。
(皮肉なことに、上記の厳しい環境でも死ななかった経験からサイヤ人のように戦闘力が高くなっており、評価が高かったらしい)
スタートアップに転職し、前みたいなひどい労働環境はなくなった。
同僚も概して優秀だし、給料も残業がない分は下がったが、もともとそんな金は必要ないので問題はない。
しかし、今となっては SIer はそこまで悪くなかったかもしれない、と思ってしまう。
なぜかというと、今の会社のプロダクトがあまりにクソだと知ってしまったからだ。言ってしまえば "この世に必要のないもの" だった。
現在の弊社が掲げる誇大広告に騙され、入社して内情を知るまでは見抜けなかった。うかつだった。
この世に必要ないプロダクトを作るのは苦しい。自分が世の中に貢献しているという実感が持てないから。
ベンチャーなので営業にも行ったりもしなければならないのだが、その時に「うちの製品は素晴らしい」と思ってもない嘘をつかなければいけないのも苦しい。良心の呵責を感じる。
SIer にいた頃を思い返してみると、作っていたものは世の中に明らかに価値を生み出している大企業の、明らかに必要なシステムだった。
もちろん、SIer だって世の中に必要ないシステム(誰にも使われないシステムとか)を作っているケースもあるのを知っているが、概して数は多くないのではと思う。
今の会社も黒字化など到底無理そうなので、潰れる前に転職しようと思っているが、SIer に出戻るのも悪くないかなと思わないでもない。喉元過ぎれば熱さを的なやつ。
まぁ SIer よりも外資のイケてる企業に行けるならその方が良いし、誰かいきなり 10 億円くれたりしたらもっと良いのだけど。
プログラミングしてて、ある条件のときだけ処理をしてそれ以外は初期値を返す様な関数を作るとき、俺はif文で関数の中身全体を括ってしまう。その方がどんな条件のときに処理をするのかが分かり易いから。
これだったら処理をしない条件をifに書いてその中で初期値を返し、それ以外のところはネストを浅くした方が読みやすい、と言うのがレビュアーの主張だ。
まぁ俺はペーペーだしレビュアーの指摘なので、ド・モルガンの法則を使って処理をしない条件を書くのだけれど、使ってる言語がPHPなこともあっていまいち!の効力を信じきれないし、処理をしない条件を書かれるより処理をする条件を書いた方が読みやすいと思うんだよな。
ネストが浅い方が読みやすいってのは、ループ文のネストだったらまだわかるんだけど(ループ文のネストは処理時間的にも避けた方がいいし)if文でそれを言われるの(3重くらいになってたら言われるのも仕方ないが)あまり納得がいかない。
しかもそのために処理をする条件の逆条件を書くの、スッゲー分かりにくくない?
この世界じゃまだペーペーですが「信用」について語らせてください。
金を貸す・借りるというこの業界でとても重要なワードのひとつです。
昨日、そういえばツイッター社って、どうやって収益上げてこんなシステム維持しているんだろうという話になりました。ツイッターは個人情報の宝庫ですから、そこから無数のカテゴリーのビッグデータを吸い出して、それを情報として売っているんじゃないですかという説に一同納得。
これは大学で教鞭も執る某・仏文学者さんによる3年前のツイートです。結構バズりました。
この発言、みなさんどうですか? 私はひっくり返りました(笑)。
結論から言うと私はこのツイートひとつで彼への「信用」がゼロになりました。
私が培ってきた職業倫理的に言語道断な認識・論考・発言だからです。
Twitter社のランニングコストに着眼したのはまだいいです。
しかしそれを開示資料にも目を通さず、無根拠に収益源を推測し、
私の業界からすると「こんな顧客はイヤだ!」の筆頭格です(笑)。
「無数のカテゴリーのビッグデータを吸い出して」という書き方からも、
大学教授を務め社会に出る直前の学生を指導していると思うとゾッとします。
面接に来た学生が「この先生の研究室で思想を学び…」とか話し始めたら、
正直「ウッ………」となりますし、もしこんな話の進め方をする経営者がいたら、
「社会的通念の共有ができない要注意人物」として上と共有すると思います。
ただ「無知であること」、「間違うこと」だけで信用がゼロになるわけではありません。
「裏取りができることの存在を知りもせず」「残りを憶測で補完し」「他者に危害を与える」ということ。
このトリプルパンチを無自覚に行っていることを示す上記ツイートが、
私の中で「信用」の失墜、及び今後の回復も絶望的であるという判断に至りました。
今金融商品の取引は1000分の1秒単位でアルゴリズムが行っています。だから、経営者たちは当期より先のことは考えなくなりました。
という荒すぎる暴論を前提根拠として国や政府を論じる記事がありました。
「信用」のルールを放棄して経営者や金融業界を愚弄する記述だと思いました。
ルーツとなる家庭や文化も異なる他者同士が力を合わせる社会の中では、
「信用」のルールに基づいたコミュニケーションが建設的なゴールへの必須条件であると、
ペーペーながら会社勤めの経験とこんなツイートのおかげで学んだ、というお話でした。
(余談)
医者数年目のペーペーが医療に関して偉そうに語るのは、医師の大多数の先輩方からしたら生意気以外のなんでもないと思う。が、いくつか病院を移動して研修する中で思うところがあったのでここで吐かせてくれ。
一般的に医学部5,6年生になると、初期研修2年間を過ごす病院を自分で探して見学、面談をするようになっている。今は市中病院志向が強く、大学病院はあまり人気がない印象。どちらも一長一短があるので、自分が求める研修のできるほうを選べばいいと思う。
まずは、医学生がよく気にするが、ぶっちゃけどこでもそんな変わらんっていうポイントを書いていく。
よく聞くのは、ハイパー・ハイポという評価軸。忙しいか暇かという意味だ。先生によっては、医師人生で最初の2年間での経験は大きいため忙しい病院で多く経験を積むべき、と言う人もいれば、自分で勉強できる時間を取れる研修が良い、という人もいる。これも当人が医師としてどういう研修が良いか、というところによるので、一概には言いにくい。実際働いてみないとどちらが向いているのかわからないし。
あと、給料がいくらもらえるか。これもその人の価値観で選べば良い。給料の高い低いと研修病院としてのレベルの高い低いには、そこまで関係がない気がする。
他には手技ができるかどうか。ここも医学生としては結構大きなポイントとして思う人が多い。が、研修医ができる手技なんて内科医・外科医になったらいつだってやる機会がある。CV、Aライン、ルンバール、マルク、挿管。パッと思いつくのでそんなところだろうか。むしろ思うのは、手技ができることを売りにしている研修病院に、その指導体制も整っているかは全く別問題という点である。まともな先生ほど、侵襲的な手技は必ず監視する。その時怖い指導をする医師もいるだろうが、指導があるだけ本当にありがたいと最近思っている。
で、結局なにが言いたいかって言うと、働くスタッフの意識が高いか低いか、レベルが高いか低いかで選んだほうがいいよ、という話。
意識が高いというのは、知識でマウントを取るとか、やった手技の数や経験の早さで競い合うということではない。患者に対して前向きかどうか、だ。特に、コメディカルの人々が、だ。
高齢者が入院した際、DNARを取得することはよくあることだ。だが、DNARは急変して亡くなった時の免罪符ではない。治療がそれなりに奏功していたのに突然呼吸状態が悪化して亡くなることは確かにある。だが、それを高齢だからという理由だけで片付けられてしまっては、治療方針を日々検討して最善を尽くしてきた身として正直やるせない。DNARはあくまでも、終末期に際して人間としての尊厳を尊重するために、胸骨圧迫や気管挿管をしないというだけに過ぎない。必要な治療を放棄したりおざなりなケアをしたりするために取得するものではない。
それすら分かっていないコメディカルが中にいることがある。ただ急変時の仕事を減らすためや、患者家族との後々の衝突を避けるためだけに取得していると思い込んでいるやつがいる気がする。治療の見込みがあって進めているのに、はなから緩和みたいな対応されると腹が立つ。DNAR取得は急変したときに延命措置をしないで夕方の申し送りを時間通りに始めるためのものじゃないんだよ。定時に帰るよりことよりも目の前の患者に向き合うことを考えろ。
この意識の高い低いは、自ずとレベルの高い低いにつながってくる。いわゆる三次救急病院でER研修をした後に、二次救急病院で当直をすると、看護師のレベルに本当に差があることを強く感じる。もちろん人による、し、私が研修した病院がそうだっただけの可能性はある。だが、三次救急の病院で研修をすると、看護師の当たりは強めかもしれないが、助けてくれるという安心感が間違いなくある。患者を見てるし、必要な道具がすぐ出てくるし、無駄話しないし、助言をくれるし、看護師同士で勉強している。三次救急病院で研修医生活を送った人は、二次救急病院に行った時にそのレベルの高さを実感すると思う。これはICUなどの急性期病床もそう。
で、愚痴をいろいろと書いたが、医学生が研修病院を見るときにそのレベルの高さを見るのに何を見たらいいか。一つ思いつくのは、カルテを見せてもらえるなら、看護記録を見ることだ。対応した時刻と実際に記載された時刻のラグが少なくて、こまめに書かれているかどうか。
あとは、実際に病棟を回ってみて、スタッフが無駄話をしていないか。どこどこの職員がどうこうだとか、あの先生はどうこうだとか、そんなどうでもいいことをたらたら突っ立って喋っているやつがいるところはだらだらと仕事をしている。もちろん、雑談はコミュニケーションとして重要である。が、それが明らかに無駄になっているところは見ていたらなんとなくわかる。かもしれない。
あと、見学に行くとERを見ることが多いだろう。その時、来ている患者の症例を見ることに目が行きがちだが、そこで働くスタッフの機敏さを見たほうがいい。おそらく、基本的に三次救急が機能している病院のERは概してレベルが高い。二次病院はまちまちな印象。だが、特に、救急車が入ってきてスタッフがすぐ来るか、医師の指示にすぐ対応するか、バイタルはすぐ取るか、患者が見える範囲にいるか、そういうところを見たほうがいい。
忙しい病院は、walk in と救急車の患者対応が多すぎてスタッフの手が回らないことはある。それはどうしても仕方ない。だが、僕が驚いたのは、だらだらと雑談するスタッフのいるERもあるということ。それでもって一晩に大した数を見てない割に、ほら、うち忙しいでしょ、という顔をする病院は実際にある。それは患者対応で忙しいのではなく、スタッフの対応が遅いから仕事が溜まってるだけだ。
ペーペーじゃそんなにもらえんぞ
梅雨も終わりに近づき、一年の折り返しである。新しい環境にもそろそろ慣れてくる頃だろう。新入社員は三ヶ月強、まだ少しぎこちないだろうか。
私も4月に初めて後輩ができた。新卒の男の子だ。(子と言うと怒られるかもしれない)
彼について、思うことが積もってきたので吐き出させてほしい。
かなり長い。ごめん。
4月、うちの会社はコロナの影響がそこまで大きくなく、彼は私と同じフロアに配属されて、ごく当たり前に仕事がスタートした。
AもAで癖が強い人で、彼に対してかなり嫌味っぽく、パワハラまがいな言葉を使う。
似たミスをした私には「これは間違いだけど、皆やりがちなことだよ。次から気をつけて」なのに、彼には執拗に原因を追及したり、他にも『彼にだけ特別』キツくあたっているようだった。
彼は日に日に笑顔をなくしていて、焦っているから余計にミスも増える。社内の人との日常会話すら、できない精神状態にあるんじゃないかと思えた。
心配だった。周りの人と上司に相談して、配置替えをしてもらった。
私が教育係になった。
「分からないことはまず増田に聞いてね。増田の勉強にもなるから」という役割だ。
業務内容が全く同じではないので、つきっきりで何かを教えることはないが、彼が質問しやすいように、と席は隣にしてもらった。
ここで本題に戻る。
どうもその彼が好きになれないことに気づいたのである。
初めは、Aにいじめられてこんなに怯えて可哀想に、と思った。大丈夫だよ、肩の力を抜いて仕事を覚えていけたらいいね、と、Aの手前口には出せないが、心から思っていた。
仕事の進みはかなり遅かったが、プレッシャーにならないよう親切に声をかけていたつもりだった。
なんか、ずっと貼り付けたような笑顔だな。
喋り方もバカに丁寧だ。
お客様や社外の人への言葉遣いは確かに大切だけど、社内の人にまで同じ話し方をする。もうゴリゴリに一線を引いている。
Aは彼にネチネチ横から口を挟んでいたため、私は同じことをしないでおこうと思っていたが、質問されないので彼がどこまで理解して仕事をしているのかわからない。
私も自分の仕事を抱えているので、ずっと見ているわけにもいかない。
たまに「心配なことない?」「さっきの仕事、大丈夫だった?」と聞くと、「今のところは大丈夫です!」と返される。シャットアウトするような貼り付けた笑顔で。
何を言っても、笑顔で「はい、はい、ありがとうございます、わかりました、ありがとうございます」と目を見て返される。最後に会釈なんかもされる。
目なんか見なくていいのに。そこに丁寧さを出さなくていい。「あっなるほど!」とか「それってこういうことですか?」みたいな相槌の方が100倍良い。
全部理解できると思ってない。疑問が浮かんだら質問してほしい。説明が苦手な自覚もあるから。
キャッチボールがないのだ。私が一方的に喋って終わる。暗に拒絶されているみたいだ。説明をするのがストレスになってきた。
初めは失敗して当たり前、と思っていても、彼が私の目を見て相槌を打ってきた内容でミスしているのを見ると、「ほら見たことか、分かってないじゃないか」と思ってしまう。
数人で食事に誘っても、笑顔で「ありがとうございます」とは言うが、全くありがたくなさそう。実際行きたくないんだと思う。
誘う前に逃げるように消えることもある。(昼食とか)
職場の人間関係なんてそんなもの、と言われたらそれまでだけど、なんというか、そうじゃない気がする。
一匹狼になるにはタイミングが早すぎる。まだ何も知らない年次なのに。
緊張からの遠慮や、まだ強張っているんだと思っていたが、だんだん彼の元の性格がこうなんじゃないか?と考えるようになった。
言葉遣いは丁寧、素朴で大人しく、彼なりに真摯に振る舞っているだろうその態度が、どうしても引っかかる。
言動にプライドの高さも垣間見えて、接しづらい。(元教育係Aからの指摘にはビミョーに不満気な返事をするとか)
Aのパワハラまがいな言動は絶対に間違っていたけれど、気持ちはわかる、と思ってしまった。
そんなわけで、日に日にモヤモヤが溜まっている。
この間はついに、彼のミスにブチ切れる夢を見た。夢でよかった。
周りからも「彼が何を考えているのかわからない」と心配の声が上がっている。あとは、抱え込んでないかな?つらくないかな?とか。(優しい)
側で見ていない上司からは、彼は仕事の覚えが悪い、ちょっと問題有りな新人、と評価されているようだ。
庇う気持ちもなくなっている。私は嫌な先輩だ。
正直もう、彼の成長を別に願っていない自分がいる。教育係じゃなかったら無関心を決め込んでいただろう。
いっそ「本当にわかってるの?」と叱責したり、おどけて「そんな固くならなくてもいいよ〜!リラックスしよ〜!」みたいに言えたらどれだけいいかと思ったこともあるが、そこまでしたいと思えないのが、私の本性なんだろうな。
初めの配置替えの対応から察しの通り、職場は良い人ばかりで、こんな黒いことを吐き出せる相手がいないので匿名で書かせてもらいました。
自分も恐くて失敗しても誰も死なない仕事に就きたいと思ってた。
保育教育は点呼とる自信ないから交通事故や保護者でない人に引き渡しとかしそう。
親が捩じ込んだ会計事務所で死にそうになった。
他人様のお金を扱うわけで、しかも仕事のお金だから桁が大きい。
(お金と言っても金勘定で、出納帳や経費の扱いを確認するので現金そのものでなかったからまだ良かったけれど)
何か失敗したら赤字になったりして、銀行さんが運転資金貸してくれなくなったらどうしようとか怯えてた。
勿論、簿記勉強中のペーペーなんで使い走り程度の事しかできないから、全部先輩や上司が見てて問題は起きないけどこわかった。
そんなペーペーが保険代理店業務の勉強して簡単に合格しちゃうから、
お客さんに法人向け保険契約営業もしなければならなくなって、ますます苦しくなった。
今は会計事務所ではないけど、失敗しても人が死なない仕事ってたくさんありそうだけど就職までたどりつけなかった。
今も失敗はしてる。誰も殺したくないからただ祈ってる。
自分も恐くて失敗しても誰も死なない仕事に就きたいと思ってた。
保育教育は点呼とる自信ないから交通事故や保護者でない人に引き渡しとかしそう。
親が捩じ込んだ会計事務所で死にそうになった。
他人様のお金を扱うわけで、しかも仕事のお金だから桁が大きい。
(お金と言っても金勘定で、出納帳や経費の扱いを確認するので現金そのものでなかったからまだ良かったけれど)
何か失敗したら赤字になったりして、銀行さんが運転資金貸してくれなくなったらどうしようとか怯えてた。
勿論、簿記勉強中のペーペーなんで使い走り程度の事しかできないから、全部先輩や上司が見てて問題は起きないけどこわかった。
そんなペーペーが保険代理店業務の勉強して簡単に合格しちゃうから、
お客さんに法人向け保険契約営業もしなければならなくなって、ますます苦しくなった。
今は会計事務所ではないけど、失敗しても人が死なない仕事ってたくさんありそうだけど就職までたどりつけなかった。
今も失敗はしてる。誰も殺したくないからただ祈ってる。
弊社は産業機械を製造している会社なのだが、最近製品の品質がまずいことになってる。
製品をお客さんの工場に納品して、お客さんのテスト稼働中に重大な不具合が出る。
ほぼ全部の試験を1からやり直しになったとかのうわさも漏れ聞く。
経営層はかなり危機感を持っているようで、実験計画法の教育を始めた。
効率的に「実験」する方法であって、実験結果を設計へフィードバックするためには有効だから、
今と同じ量の実験で、効率的に問題を見つける=同じ開発期間で品質問題の出ない製品ができる。
・・・はず。
そもそも、どんな会社どんな商品であっても、製品を設計して、試験をして、問題があったら設計を修正をして…というサイクルを繰り返して
試験の項目がたくさん増えて、発売日に全然間に合わないから実験計画法を使いましょう。というのは理解できる。
でも、試験項目が増えたのは、お客さんの工場から製品送り返されて、ちゃんと動くまで納品するなと怒られた後なのだ。
製品開発の担当者はなんで試験をしないのか。当然それにも理由がある。
ペーペー社員であっても製品開発の仕事の流れは何とか理解できる。おおまかにこんな順番である。
4.組み立てる
5.試験をする
6.完成
担当者はこんなもんですかね。みたいな感じで、試験で問題があっても大丈夫なスケジュールを立てる。
問題は管理職である。管理職がスケジュールを確認する会議に出たときに、修正が入る。期間を短くする方に。
「うーん自分が担当だったらこの三倍は時間がないと無理だな~」
この時点ですごくやな予感がする。
そのあとは設計が始まって、案の定スケジュール通りに終わらない。期間が短すぎるんだ。
管理職:「そうじゃない、元のスケジュール通りに進めるにはどこを縮めるか考えるんだ!」
むりだろそれ。
当然ながら、試験では「なにも問題は起こらなかった」という結果でないと間に合わない。
あるいはモジュール毎に行う試験は省略する。全体でうまく動けばいいよね?
結果は一番最初に書いた通り。
何も問題なく完成したはずの装置は、出荷前の最終試験や、お客さんの工場でやる受け入れ試験
だけしか通っていないので、お客さんが用途に合わせて使おうとすると「なんか変」とかいう話になる。
ちなみに、この管理職が問題なのだとは思うのだけど、別の製品の会議で見る、ほかの管理職でも
同じようなことを言ってるので、会社の文化なのかもしれない。あるいはそういうことばかり言ってる人が
というわけで、皆さんも根拠のないスケジュールを立てちゃだめだぞ。
えっ?お前はどうしてるんだって?
ペーペー社員は最初の会議で「どう頑張ろうとこのスケジュールでは時間が足りないので時間をください」といったので
担当をはずされたのだ。
自分が入社したてでペーペーだった頃にお世話になった上司がいた 直属の上司では無く隣の部署の課長だったのだが、厳しい反面で面倒見が凄く良い
「仕事を舐めてんじゃないよ!」と怒鳴られることがあっても、その後「まあこの件は俺が良いようにしておくから次は気を付けて」とフォローしてくれるので
自分と同じように他の部署の若手なども直属の上司に相談しないでこっそりとこの課長に相談しているケースも多々あった
4月末にこの課長の関連会社への異動が発表されていた 当社の異動時期は年度末が基本なのでこの時期に異動が出るのは異例
しかも行先は関連会社なので事実上の左遷だ 何かやらかしたのかなと思ったがそれなら懲戒処分が出たあとで異動が出るのですぐ分かる
過去に家庭の事情(両親の介護等)で自ら関連会社行き(毎日定時退社が可能&有給も自由に取れる)を選んだ人も居たのでそういう事情なのかと勝手に思っていた
先日人事部の同期に「増田はあの課長知ってるよね 若手男性社員に対するセクハラで左遷されたんだよ」と事実を知らされて愕然とした
自分「それってされた側が過剰反応しただけじゃないの?軽くボディタッチされただけとか」
同期「2年目の社員がやばいミスしちゃって課長に泣きついたら“うまく誤魔化すからその代わりにちんぽ舐めさせろ”って言われたんだって 人事にすぐ相談があって発覚した」
そりゃこんなの絶対に表に出せねえわ 公表したら社内通達が薄い本になっちゃうだろ…
しかも“しゃぶれよ”じゃなくて“舐めさせろ”なんだ 課長受けなのかよ…
若手社員をフォローするだけじゃなくてフェ…もしようとしてたのか 駄目だろそれは
関連会社への左遷で済んだってことはLGBTに対する配慮…それとも課長が何か裏工作したのか そういや課長島耕作でもゲイの同僚が居たね確か
今後課長に会う機会があれば激励がてらにこう叫んでやろうと思っている 「ちんぽを舐めてんじゃないよ!」
「あああああ、あ、あ、あのででででですね。
ここここここ、こ、このところが、こここまままままっててですね。」
こんな感じになる。
時々言葉がスムーズに「あのですね、このところが困っててですね。」と言えることもあるけれど
言い出しの時にドモってしまう。
「そそそそそそそうです」と言われるだけ。
「ありがとうございます」とか「お疲れ様です」もドもったことないなぁ。
でさ。そのドモりってさ。すごく可愛いと思うの。
こっちも一生懸命聞いてしまうんだよね。さすがに本人に「可愛い」なんて言わないけど。
私も良くドモったりするんだけど、同じように「可愛いな、緊張してるんだな」とか思われたいな。
俺→20代 入社3年目、配属1年目の時、上司(係長)が変わった。その上司が50代、なおかつアスペ傾向が強く、自分のやりたいことしかやらない。また、まったくの未経験で配属されたので業務知識もない。
業務が回らないのでさらに上の上司に相談したら「それはAさんがうまく上司マネジメントしろ、お前の能力が足りない、お前の仕事だから」と言われてしまったので2年間頑張ったが未だに上司は業務知識はほぼ付いておらず、英語学習で言えば三単元のsもわかってないレベルである。
当然その業務はほぼ俺が被った。
その後体に異変が出るようになったため、健康に悪いと判断し転職先を決めて辞めることにした。
その後俺の補充は来ないで、正社員は上司のみになるので当然派遣さんとかからクレームが上がったのでその上の上司に文句が言ったようだが
「そうだよなー、俺も上司はひどいと思ってたんだよなあ。どうしようもないよなぁ。派遣さんがマネジメントやってよ」とのコメントだったらしい。
お前、どうしようもない奴の世話をペーペーの俺にさせておいて自分だけ良いやつ気取りかよ。おまけにどさくさに紛れて正社員雇用を餌に派遣さんに介護頼むんじゃねーよ。
例の条例が成立しそうとのことで、いてもたってもいられずこの記事を書き始めています。
私は今、いわゆるゲームプランナーという仕事をしている人間です。
本当はゲームが作りたいんだけど、自分の家だったり、自分の学校だったりから、ゲームについて遊ぶ時間を制限されている皆さんに対して伝えたいことがあります。
残念ながら私はまだ新卒2年目のペーペーなので、以下の内容はベテランのゲーム業界の人達からすると馬鹿げていたり、ツッコミどころがあったりするかもしれません。
でも、一応紛いなりにもプロとして仕事でゲームを作っている人間として言いたいことを言おうと思います。
と言っても、言いたいことは一つだけです。
「ゲームで遊んでいない人間はゲームが作れなくなります。だから、ゲームを遊ぶようにしてください。」
あなたが本当に面白いゲームを作りたいならば、周りの人達がゲームに対してなにを言おうと、ゲームを遊ぶようにしてください。
絶対にそれはあなたの力になります。それを信じて遊んで、その場から抜け出したあとのための準備をしておいてください。
なぜこんなことを書き出したかというと、僕はゲームを遊ばなかった結果、ゲームを作るときに本当に本当に苦労しているからです。
少しだけ背景を話させてください。
実はわたしの実家はゲーム禁止家庭でした。どれぐらい禁止かと言うと1週間に1時間しかゲームを遊ぶことができませんでした。
もちろん、親がいない間にこっそりゲームをプレイすることはありましたが、1本のゲームをエンディングまで見るために2,3ヶ月かかるのは当たり前でした。
当然もっとゲームで遊びたかったのですが、親がとても怖く、自分の部屋にいることは禁じられ、親にものを壊されたことが何度もあったので、僕はゲームで遊ぶことを諦めていました。
そんなだったので、僕はゲームで遊ぶときはいつも簡単な難易度でしか遊びませんでした。
高難易度は時間がかかってエンディングまで遊ぶまでに時間がたくさんかかるからです。
そんな家から出て、ゲーム業界に運良く入ることができた私ですが、
高難易度のゲームを遊ばなさすぎた結果、高難易度のゲームを作ることができなくなっていました。
というのも、高い難易度のゲームを遊んでも[楽しい」と思うことが全くできなくなっていたからです。
なんでこんな煩わしいことをしないといけないんだ、つらい、苦しい、と思って、そこから楽しいにつながることがなくなってしまったのです。
これはとてもわかり易い例ですが、実際はもっとたくさんのゲームを作るときに苦労することがあります。
ゲームづくりは、ゲームを通して遊んでいるお客様にどんな感情を提供するか設計するものです。
さっきの高難易度も、遊んだ人が「難しいけど楽しい」という感情を持てるようにしたい、ということを考えて作ります。
周りのゲーム業界の人達は、ゲームを通してたくさんの感情を持った経験がある方ばかりなので、
今書いたようなことは教わらなくても知っていて、そういう感情をつくるのがとても上手なのですが(このあたり何を言ってるか分からないですね、結局僕はまだ理解できていないです……)、
なので僕は、自分だけ泣くことを知らないアンドロイドになったような気分で毎日仕事をしています。
もちろん、実家を出てから今までよりたくさんゲームをするようになりましたが、そんなものは雀の涙です。
会社の同期ですら20年以上ゲームを遊んでいた人たちです。勝ち目なんて全くありません。
同期はどんどん出世して、ゲームづくりの重要なポジションを担っていっています。いわゆるディレクターというやつです。
こいつはゲームで与える体験に対して責任を持つ、という役割なので、そういう役割を持つということは、一定以上ゲームで体験をつくることができるやつ、と会社に認められたということです。
僕も名目上出世っぽいことをしましたが、ゲームづくりの能力を認められたわけではなく、単に雑用をたくさんやってくれて優秀!お前いいやつだな!って感じです。
もちろん会社に認められたという意味で、これは嬉しいことのはずですが、もっとゲームをうまく作れるようになりたいと考えている人間にとっては、全く嬉しくないものです。
そして僕が雑用をしている間、ディレクターの同期は新機能の開発会議に呼ばれ、ゲームづくりに関する決定権を持って仕事をしています。
もっというと、実はゲーム会社に入ることすらすごく大変でした。
集団面接で「人生で一番遊んだゲームは?何時間?」と聞かれて、僕だけプレイ時間が4桁いっていませんでした。当然その会社は落ちました。
このとき僕は面接の後にぼろぼろ泣きました。なんでこんな気持ちになってまでゲームの会社に入ろうとしているんだろうと思い、悲しくて涙が止まりませんでした。
そんなのを何回もやった結果、今の会社に運良く拾ってもらいました。
ごめんなさい、なんだか途中から話がそれてしまいました。要は、昔ゲームをしていなかったことが原因で、僕は今とても苦労している、ということです。
大人がなんだかんだ言ったのに従った結果、僕は今とても苦労しています。皆さんにはそんな苦労はして欲しくなくて、この記事を書いています。
だから、やっぱり言いたいことは一つです。
「ゲームで遊んでいない人間はゲームが作れなくなります。だから、ゲームを遊ぶようにしてください。」
この記事を読んでいるみなさんはきっとゲームを作りたいと思っているんだと思います。
だとしたら、できるだけゲームで遊ぶようにしてください。僕みたいにならないように、ゲームで遊んでください。
もちろん、遊びすぎは良くないです。香川県の人たちが言うことも、全部間違っていると僕は言いません。
ゲーム以外にも面白いものは世の中に本当にたくさんあります。そういうのに触れるのもすごく大切です。
でも、ゲームを遊ばなさすぎると、おとなになってゲームづくりをするときに私みたいになっちゃうかもしれません。
できれば皆さんは、私みたいにならないようにしてください。
最後に、なんだか苦労していることばかり書いていると、「ゲームを遊ばないでゲームづくりをするとすごく辛そう。僕はゲームを遊んでこなかったからきっと苦労する、だからゲームづくりをするのはやめよう」と思っちゃうかもしれません。
実際辛いことは確かです。自分がつくるものは、周りの人がつくるものよりだめなんだってわかりながら仕事をするのは、本当に本当につらいです。
そんな状況でも僕がゲームづくりをしているのは、そんな辛さよりもこの仕事が楽しいと思えることが多いからです。
実際に色んな人が遊んでくれて、楽しいと言ってくれているのを見るのは本当に嬉しいです。
人生で初めて自分の作ったものが世の中に出たときは、嬉しくてちょっと泣いてしまいました。僕は泣いてばかりですね。
僕がつくるゲームはだめだめなので、上司に見せたときに渋い顔をされるのもしょっちゅうですが、
でもそういうことを繰り返して、だんだん自分が作れるものが面白くなっていく、色んな人に楽しいという感情を与えるものになっていくというのは、本当に嬉しくて、幸せなものです。
それと、これは関係ないかもしれませんが、ゲームを作ることが上手い人は、人の感情を作るのが上手い人です。
僕の会社は当然ゲームづくりが上手い人ばかりなのですが、そういう人たちは一緒にいて楽しい気持ちにしてくれる人が多くて、
そういう幸せな体験を仕事にすることを諦めるのは、もったいないと思います。