はてなキーワード: プロスポーツとは
某プロスポーツが好きで、数年前からとある選手を応援している。
小さな体にみなぎるガッツ、抜群の身体能力、ありえないタフさ。
決して主力選手とは呼べない地味な存在だが、気がついたら目で追っていた。
あるとき、遠方の試合会場でその選手の横断幕を振り回している男性を見つけた。
自分以外に、その選手を応援している人などついぞ見たことがない。驚いた。
驚きのあまり駆け寄って声をかけた。
話を聞くと、父親(以下選父)もまた、遠く離れた故郷から応援に駆けつけたという。
遠征までするファンに遭遇したのは初めてだと、それはそれは喜んでくれた。
固い握手を交わし、連絡先を交換し、ついでに何故か記念撮影までして別れを惜しんだ。
以後、試合のたびに選父と連絡をとりあっている。
自分が戦況を伝え、選父がこれに応じ、勝てば「乾杯」、負ければ「次は勝つぞ」と〆る流れ。
試合日以外に連絡することはまずない。
が、翌年の元日に年賀状が届いたときはさすがに驚いた(慌てて郵便局に走った)。
稀に、機嫌よく酔った選父が電話をかけてくることもある。
選手との面識が一切ないまま、選手本人をすっ飛ばして、その親族と懇意にしている。
冷静に考えてみると、まあまあ奇妙かつおもしろい状況だと思う。
念のため補足しておくが、選手本人とお近づきになりたい等の願望はない。
そりゃあ、もしもばったり遭遇することがあれば当然嬉しいだろう。テンションだって上がるだろう。
しかし「いつも応援してます」「ナイスプレーをありがとう」「頑張ってください」以外に伝えたい言葉がない。
試合の場で選手を見るのが狂おしいほど好きなだけで、他はわりとどうでもいいのだ。
むしろ、素は知らないままでいたいとさえ思う。観戦の妨げとなりうるノイズは可能な限り排除しておきたい。
このあたりの感覚を、選父が理解した上で大らかに接してくれているのだとしたら光栄に思うが
おそらく何も考えていないだろう。そういう飾らなさが大好きだ。
こんなにも熱く、そして暑苦しく選手について語れる相手はどこにもいない。
こんなにも嬉しそうに話を聞いてくれる相手は、選父しかいない。
なんと選父もやって来るそうだ。飛行機を乗り継いで。
この町に選父を迎えるのは初めてなので、とても楽しみにしている。
選手の出番はあるだろうか。あるといいな。勝てるといいな。
乾杯したい。エアじゃなく直に。
プロゲーマーと、プロスポーツ選手に線を引こうとしてる人たちのほうが俺は理解できない。
ルールが変わるなんてのはいつでもあることで、同じルールの元で戦って勝てないなら、なんか変な政治力でルールが変わってても黙って耐えるのが日本のプロスポーツ選手の美学だ。鈴木大地にしても、岩崎恭子にしても、浅田真央にしてもみんなそうだ。
ウメハラなんかメインキャラはカプコンの調整によりクッソ弱体化されたが、今使ってるキャラは最強と言われている。それで勝てないならプレイヤーがクソなだけだ。同じキャラを使っているアメリカのプレイヤーは去年世界一になり、二日前の大会にも優勝した。ルールの問題でなくプレイヤーの問題でしかないのだ。
http://anond.hatelabo.jp/20170424015206
元増田は「プロスポーツで相手チームを罵る人が苦手」という話なんだけど、もっと苦手、というか「こういうのを放置しておいてNPBは大丈夫なのか?」と思うことがある。
具体的に言うとラミレス監督を「煮卵」と蔑称で呼んでるようなの。
よく知らんけどラミレスが板東英二のゆで卵みたいに煮卵好きっていうエピソードあるんならそれでいいよ。
じゃなかったら明らかに人種差別だろこれ。
こういうのをヤフコメとか匿名掲示板に巣食う連中に言ってもしょうがないことだけど、ツイッターでアカウントを持ってスタジアムに行って
そこからツイートしてるような野球ファン、つまりいくらでもその気になれば特定可能な連中が言ってるのがヤバいと思う。
ヨーロッパのサッカースタジアムだったらつまみ出されて出入り禁止レベルの人種差別発言。
ダニエウ・アウヴェスに向かってバナナを投げ入れたファンが防犯カメラで特定されて一生涯の入場禁止処分になったのは有名な話だし、
エバートンのバークリーをゴリラに喩えたTHE SUNの記者も出入り禁止になった。
他のチームにもこういうのがあるのかどうかはよくわからん。
例えばプロ野球で、応援してるチームがあって、9回まで勝ってたのに抑えが打たれて逆転された!とか、相手の好守備に阻まれて点入らなかった!とかあるじゃん。
俺はプロ同士の、素人には到底できないすげープレーが見たくて来てんのに、そういうすげープレーした人間に対していくら敵チームの選手だからって
「余計なことしやがって」とか「卑怯者」とか「ふざけんな死ね」とか声に出して言う意味がわからない。
ジョークで「おいまじかよー!◇◆めっちゃムカつくわー!笑」くらいはわかるけどここで言ってるのはそうじゃなくてガチでブチ切れてるやつ
そりゃ逆転されたりそのまま負けたりしたらあちゃー!と思うし、うわー悔しいな〜と思うけど、
でもあの場面で逆転ホームラン打つ◯◯はマジでスゲーな!あれをファールにさせずスタンドインするとかあいつの技術どうなってんだ!?今日はもうしゃーないけど次は抑えてくれよ△△!とか、
あの球が抜けてたらなぁ〜サードやべーな、あいつなんて名前だっけ?あー●●か!ていうかルーキーかよ!!とか
http://anond.hatelabo.jp/20170206102543
これを読んで懐かしくなった。
高校までエスカレーターの私立幼稚園で。周辺の3つの市くらいから金持ちが集まり、お母さんが派手な美人が多い。親が元女優、プロスポーツ選手、ヤクザ幹部みたいな人も多い。
受験対策というのはほぼ無いので、親の職業、年収、寄付金なんかで決まる。
受験でしたことと言えばちゃんと記憶にあるのは面接。多動気味だった僕は面接中にもう全身が痒くなって大暴れしたのを覚えている。一応それ以外にも先生と遊ぶ時間もあったから、そこでも見られていたんだろう。
うちは普通のサラリーマン家庭だったがバブルで潤っていたこと、母方の祖父母がそれなりの中小企業の社長だったこともあってか合格。
袖の下も渡したらしいという話は後から聞いた。
キリスト教系だったので、様々なクリスマスやハロウィン、ミサなんかを味わえたのはいい経験。
エスカレーターで上がれるところを、親の意向で母の母校を受験することに。(幼稚園は人気高いが小学校は頭がわるいイメージの強いところだったので、50%くらいの園児が別の小学校に進学する)
受験対策として塾に通わされる。もちろん塾と言っても勉強ということではなく、マナーとかお作法とか創造力があるか、といった試験をクリアするためのもの。
ひたすら折り紙の練習や、箸を正しく持って小豆を皿から皿へつまんで移動できるか、面接で受け答えできるかの練習。
そして迎えたお受験日。事前の練習通りやったし、面接もなんとなくだがよく喋れた記憶がある。しかし、結果は不合格。後の親の感想によると、サラリーマン家庭であったことと年収。
小学校は公立に入ることになった僕だが、小2から学習塾に通い出す。小3の夏期講習をきっかけに進学塾へ。
小5の終わりまでは灘クラスにいたものの、常にその中の最下位だったのでワンランク下のクラスへと変更。あと、僕自身の二度と受験したくないという意向を受けて大学までエスカレーターの中学を第一志望に。
エスカレーターは高校までの滑り止め中学に合格したものの、第一志望は不合格。
正直なところ第一志望は余裕で問題を解けていたが、珍しく内申点を重視する学校だったことが仇になったんじゃないかと見ている。なんせ受験反対派の先生のクラスで受験のために小学校休みまくっていたので。
先述の通りエスカレーターのため無し。
普通にすごしていたものの、怠けまくったせいで中学受験の第一志望だったところ大学がD~E判定という状態で高3を迎える。まぁ一年留年するか〜と思っていたところにネットでAO入試を知り先生に相談。
さすが私立高校ということで当時は珍しかったAO対策室みたいなところがあり、そこの指導のおかげで、中学受験第一志望だった大学と同ランクの大学へ合格。
元々行きたい業界は決まっていたので、ちゃんと早めに3年の夏のインターンから就活を開始。3つほどインターンに参加し、そのうちの第一志望だった会社からかなりの早期に内定をもらう。
通常の就活より相当早めのいわゆるインターン裏枠選考だったため、そこで就活終了。なのでちゃんとした就活はしないまま終わった。そして、今も最高の会社だなと思いながら働けている。
想像してみて欲しい、プロ野球で、選手が全員外国人登録(日本人選手も)で、試合出場4人までの制限が無く、シーズン中どころか毎試合でも自由に移籍可能な状態を。(つまりドラフトとか関係無く自由に入団し自由に移籍できるって事ね)
これに近いフリーランスの天国状態が実現されているのがプロのアニメーターだ。
プロ野球の1軍は12球団しか無いけど、アニメ会社は野球よりもサッカーのJ1・J2・J3に張り合えそうなくらいの数はあるし。
それで全国に数千人?くらいのプロアニメーターが、移籍の超流動性による人材プールを形成している。
現状は、アニメーター側から見れば仕事は選び放題。上手い人順というヒエラルキーはあるが。
発注側(雇用側)から見ると、番組作る為にはとにかくアニメーターの人数確保が大切。だが強い引き留めは諦めてる状態。どうせみんな掛け持ちで仕事してるから。(保険も掛けて分割発注する結果、番組にクレジットされる原画の人数が増える増える)
会社に社員として所属する事による労働法制的な保護こそ無いが、国家が保護している訳でも無いフリーランスの集団が市場経済的にこんなに強い立場なのは凄い事だと思う。海外アニメ会社とCGアニメ会社、という新興勢力の存在で仕事の単価こそ青天井という訳にもいかず抑えられてはいるが。
この環境に問題点が有るとすれば、上手いアニメーターにとっては天国でも、入ったばかりの新人が仕事を選べるレベルにまで成長するのは大変な事と、アニメ制作会社にとっては新人をプロにまで育てるインセンティブというか利点がほとんど無いという事だ。
結局育てても育てても上手い人から順に上記人材プールに入ってしまうので。
現在新人アニメーターを育てる余裕のある会社は、定着率の低さに目をつぶる余裕のある会社とほぼ同義だ。
それでも採用する会社が有るのは、社員アニメーターも若干名は必要な事とか、業界に貢献したいとか色々動機は有るかと。社員にしても社会保険が有っても、辞めるときには辞められちゃうのですが。
個人的には新人の育成なんて、給料がゼロで食住だけ会社が面倒みる徒弟制度でいいだろう、とも思うのですが、アニメーターも成果物を納品する製造業でありその労働者でもある、という性質上難しいのでしょうか。同じ理由で移籍とか保有とかのプロスポーツの仕組みもちょっと使いにくそうです(あれも選手を労働者と思うと凄い仕組みですが)。
新人が会社入ってから苦労しない為には、大学や専門学校がプロ原画レベルまで仕上げてから会社に送り込んでくるのが一つの案ですが、たぶん学費が高くなるのと、脱落のふるいにかかるのが学校の中とか入試に移るだけなんじゃないかという問題も。
これ、アニメーターに限らず高度な知識と技能を持った人材を欲しい業種はみんな抱えてる問題なのではないか。医師なんかは、就職後の収入も養成学校の学費も高いのが社会的に許容されてる訳ですけれども。マンガ界はpixivや同人誌で、学校教育よりもアマチュアの集団の蓄積が非常に大きい事が人材供給源として機能しているので、アニメ界も学校の部活やネット上のUGCを支援するといいのかなー。
なんでみんな努力次第で何でもできる、みたいに思ってる節があるのか不思議でしょうがない
だってさ、世の中には必死に必死に努力して、それでも全く報われないって人が掃いて捨てるほどいるじゃん?成功者よりもずっとずっとさ
そういう人たちに努力が足りなかったね、なんて残酷なことを言える人たちはサイコパスかなんかなの?サイコパスだらけなの?
そりゃ努力は必要だし、すれば過去の自分と比べて上達もするよ?
だけど、人と比べてどうか、ってことになるとこれは全然別問題だよね
よく努力の才能、とかなんとか言うけどさ、これもなんか違う、というか…
ちょっとメジャーで、競争者が多いジャンルだったらさ、みんな死ぬ気でやるっしょ
人間に与えられた時間は等しく有限、1日は平等に24時間でさ、努力の総量でそんなに個人差が出るわけ無くない?
それなのにアウトプットに凄い差が出るってのはさ、やっぱり才能がすべてなんだよ
イチローより努力した人、なんて山のようにいるんだろうけど、イチローはただ一人だよね
まあ作家とかプロスポーツ選手みたいに競争相手が多くて、ほんのトップしか成功(生活)できない、って分野はそんなにないし、たとえばネジを回すだけ、みたいな才能も努力もクソもない分野でも一応食っていけるから大した問題にはならないけど、さ
レスリングは地味。
プロとして興行やっていけるだけのポテンシャルが競技にないとまではいわないけれど、注目されて、プロ化するより前にプロレスが出来てしまった。
ここで、ある仮定をしてみる。
アマチュアはテニスをし、ルール無用の格闘技であるところのテニヌについてはプロ競技として成立するであろう。
そして増田に書かれるんだ。プロテニスだけルールが違いすぎると。
詳しく知らんけど、なんか時空をゆがめたり、相手にボールをぶつけてKOしたり、分身したり、ルールが違いすぎると。
プロゴルファー猿とかも一緒。旗つつみとか、百舌鳥落としとか。ヌンチャクドライバーとか。
ファンタジースポーツ漫画にはフィックションがもろもろ採用されている。
プロレスラーが凄いのは、プロスポーツなんてあんまりなかった時代に、
人間としてできる(一般人には無理な)技をどんどん開発していったこと。
単に、レスリングに打撃と関節技(ともに他の競技で既にあったもの)を取り込んだというだけだろうけど。
冒頭にテニスを挙げたが、やはり接触系のスポーツのほうがプロ化(プロレス的な)は向いていると思う。
だけれども、そこには既にプロレスが存在していて、その壁を超えるのがきつい。
追記:こちらにコメントへの回答など書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20160801132452
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取材に3万円のギャラを要求した吉田沙保里選手の記事に対するブコメが見るに堪えないので、マスコミと呼ばれる業界の隅っこにいる者として、みなさんの説得を試みたいと思う。
http://b.hatena.ne.jp/entry/news.livedoor.com/article/detail/11825985/
残念ながら、マスコミが取材対象に謝礼を払うという習慣はこの業界にない。そういう予算の枠もない。せいぜい喫茶店のコーヒー代とか、遠方から来てもらった場合に交通費を渡すくらいだろう。
理由は簡単。取材対象とメディアは常に対等な関係にあるからだ。記事を書くにあたって、取材対象にお金を払うことはないし、逆にお金を受け取ることもない。件の記事にある「記者倫理」というのは、このことを指している。
じゃあメディアがちょくちょくステマに手を出し、バレて叩かれてるのは何なのよと思うかもしれない。なぜステマは叩かれるのか? それは「メディアの記事を金で買うことはできない」という前提があるからだ。金で買われた記事はそう分かるように、「PR」や「広告」などと表示しなければならない。
もちろんプロに業務として仕事をしてもらった場合には、相応の対価が発生する。たとえばプロスポーツ選手で無理矢理たとえるなら、よその試合で事故かなにかが起きて、その道のプロであるスポーツ選手に解説を求めた場合、謝礼というか、ちゃんとしたギャラを払うことになるだろう。実際、評論家の先生からコメントを取った場合にはギャラを払っている。評論家はコメントするのが仕事だからだ。
別の観点では、マスコミは商売に使うネタを仕入れるのに、相手に謝礼を払わないのはおかしい、と怒る人がいるかもしれない。それはもう、そういうビジネスモデルだからとしか言い様がない。マスコミはそういう商売なのだ。そうやって金儲けをすることで、絶対に採算が取れないけど社会正義のために必要な取材(紛争地の取材とか)のコストをまかなっている。うん、そうなんだ。嘘くさいけどマスコミって社会正義を実現することが使命のひとつなんだよね。
話を下世話なほうに振ると、芸能人の密会写真なんかを週刊誌に持ち込めば、謝礼をもらえるかもしれない。でもそれは買い取りだ。プロスポーツ選手の話を買い取ることができるとは思えない。「そのエピソードはうちが買ったので、他のメディアでは二度としないでくれ」などという契約は現実的じゃないだろう。
では取材を受ける側は、取材で拘束された時間分だけ丸損なのか? もちろんそうではない。まず、取材を断ること自体はまったく構わない。特定のメディアや記者を選んで取材に応じるのでもいいし、とにかくメリットがありそうだなと思ったときだけ応じればいい。「取材に応じる代わりに自著のタイトルと表紙画像を必ず入れてくれ」といったバーターも交渉の余地がある。
とはいえ、取材を断りたいという目的で謝礼を要求するというのは、あまりにも常識外れで業界のことを分かってない素人的な対応といえる。3万円という金額も生々しい。馬鹿にされたと感じて怒り出す記者がいてもおかしくない。それをエンタメにして下品に取り上げたのが件の記事だろう。
みなさんのご指摘の通りマスコミの中にはおかしな特権意識を持っている者も多く(特にテレビ)、取材現場で他のメディアを恫喝したりするのは日常茶飯事だ(特にテレビ)。だから「マスコミは何様のつもりなのか」と反感をもたれるのもよく分かる(テレビ屋は何様のつもりなのか)。
ただ、取材対象とマスコミの間には、ビジネスとか金銭のやりとりを抜きにした対等な関係が前提としてあって、ほとんどの真っ当な取材記事はそうした関係性の中から日々作られているのだということは覚えておいてほしい。
例1
詳しいことは知らないんだけど、プロのゲーマーみたいな人がいるらしい
日本のそういう人たちは家賃や生活費を援助してもらっているけど、海外には完全にその収入だけで生活している人もいるという話をニュースでやっていた
その日本人が言っていたのが、
「今メジャーなスポーツなども最初の頃は少ない人たちが細々とやっていた
それが今ではたくさんの収入を得ることができる
だからプロゲーマーも絶対将来は人気が出て収入を得ることができる」
例2
それを受け銃規制の声が上がる
しかし日本でアイドルがファンにメッタ刺しにされた事件を引き合いに出し
そこではなく、ファンと芸能人などとの距離が近すぎるのが問題だ」
これって、どっちも間違ったことを言っていないようで、結局自分の言いたいことを言うために
事実を都合よく使っているだけだ
自分が今やっているプロゲーマーを将来性があるように言いたいから、成功したプロスポーツを例に出す
しかしその裏には人気が出なかったり経営がうまくいかなかったものが山のようにあるはずだ
銃規制をさせたくないために、銃以外のもので起きた事件を取り上げる
しかしその裏には、銃を使っていなかったら犠牲者が減った事件も、銃を使っていたら被害者が増えた事件も、いくらでもある
例に挙げる話が明らかに間違っている場合、受け手は鵜呑みにせず疑ったりすることは簡単にできると思う
このブログが、人気だ。
「「京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか」
http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352
京大を出たが、就職したり、研究者になったりせず、専業主婦になったことに対して、他の人からその行為を「もったいない」と言われたという話だ。
http://anond.hatelabo.jp/20160524012315
一方で、高等教育もコストが掛かるんだよという意見をいう人も居る。
http://anond.hatelabo.jp/20160524045830
それは、「天賦の才能は神から与えられたもので、返す必要がある」という指摘だ。
これはもしかしたら、上のブログでもったいないと言ったという話に繋がるかもしれない。
東大京大に入る程の頭脳は神から与えられた天賦の才能だ。天賦の才能を持つ人は社会にその才能を還元する義務があるのではないかと考えている。例えば、プロスポーツ選手は単に試合をするだけではなく子供にスポーツを教えたりする。それは単に人気取りの為だけではなく、彼らが与えられた天賦の運動能力を社会に還元させるという目的もある。
ハテブの中にノブレス・オブリージュの話が出ていたが、優れた能力を持つものは、より多く社会に貢献すべしという主張に通じるのかも知れない。
京大を出て専業主婦をする人のエントリーに関して感じる違和感は、「天賦の才能」に対する意識の欠如だ。彼女の頭脳は彼女の努力の賜物ではあるが同時に、神から与えられたものでもある。その意識が低いように感じる。
研究者になったり企業人にならず、専業主婦を選ぶことも立派な人生だ。それでも、自分が「天賦の才能」を与えられていることを時々は思い出して、例えば自分の子供だけでなく、貧困層の家庭の子供に勉強を教えるとか、恵まれない人にも何かを教えるとか、与えられた才能を活かす方法を考えてみてほしいな。
ちなみに私は、ソフト開発に天賦の才があったようで、良いソフトウェアが書ける。
だから私は仕事としてのソフトウェア開発だけじゃなくて、休日にgithubにソースコードを上げたり、qiitaにコードを書いて検証した結果を上げたりしている。
自分に優れた能力があると思っているのなら、その能力を自分一人に独占するんじゃなくて、他人や社会に還元する方法を考えてみてはどうだろう。
ごく一握りの人間しか体験できない心情というものは非常に興味をそそられる。
移籍一つでも色んな答えがある。
村田は巨人に移籍した際は、勝ちたいという自分の気持ちに嘘はつけない、と自分の気持ちを率直に吐露し、
逆に落合は清原の加入により玉突きになった際、清原に負けるとは思わないがどちらを使うかで悩む監督の顔は見たくないと微妙な発言をしている。
新井さんは、まあ、いいや。
とにかく、かつての夢や現状への不満、今までのチームへの恩や移籍先からの歓迎の声と言った多くの感情が渦巻く中での発言は
最近では武藤がハットトリックを達成したにも関わらずチームが引き分けた試合後、
自分が4点取って勝ち点を3取れればもっと素晴らしい一日になった、と若者らしい非常に野心的な台詞が聞かれた。
知的で非常に礼儀正しい彼だが、超一流のストライカーになるためには常に貪欲でなくてはならないと、
自分に言い聞かせている部分もあるのではないだろうか?
今シーズン輝きを見せる香川は、昨シーズン中に過去の自分と現在を比較された際、
過去は過去、と言って自らを取り巻く幻想を振り払う覚悟を見せた。
発言通り香川は全盛期と言われたかつてとは違った、よりゲームメーカーらしいプレイでチームを牽引している。
各メディアの壮絶なプレッシャー、バッシングに晒される中で自分のプレイスタイルを変える決断は簡単ではなかっただろうが、
その決断ができた彼だからこそ、再び輝きを見せることができているのだろう。
もし自分に移籍のオファーが来たらどんな決断をしどんな言葉をファンに伝えるか、
自分がスランプに陥った際はなんとメディアに伝えどうやって自分を奮起させるのか、
そして優勝インタビューや引退会見でどんなシーンを思い出し、涙を飲みながらどんな言葉を言うのかいつも夢想する。
不特定多数にモテるのと、誰かのオンリーワンになるのとは全く違うし、狙った人の恋人になるのと、出会った人の中からよさげな人と恋人になるのも全く違う。
一人でも恋人できたらモテとか、結婚できたらモテとか、こじらせてる人はともかくとして、恋人がすぐできる、切らしたことがないってのは、そりゃ限られた何パーセントだ。
確かに努力で参入することも出来るけど、それをライフワークとするか、最低でもオタクと呼べるくらいの趣味にするくらいの気概でやらないとなれない。
ナンパテクニックを磨き、振られてもめげない鋼メンタルを身につける、死ぬ気で金を稼いで大金持ちになる、ファッションに気を遣い、女にまめに心配りをする……みたいなとにかく能力値を上限まで努力で爆上げしていく方法だ。
そうでない、大概のモテる人間はコミュニケーション能力がやたらと高いか、元々の容姿プラスアルファ分がやたら高いかのどちらかで、どちらも生まれもった能力を損なわずに育てた運の良い人たちだ。
もうね、プロスポーツと同じです。才能の無い人間でも努力すればある程度は行けるけど、努力した才能のある人間にはかなわないみたいな。
オンリーワンになる、気の合った人と結婚するとかいうことなら、そういうスペックみたいなのはそこまで上げる必要ない。
まあ別れないで関係を継続させる為には若干のコミュニケーションを取る努力と、性格の良さみたいなのはあった方がいいけどな。
余程運が良い人は別として、普通の人は黙って座ってても幸運はつかめないので、なるべく出会う確率を上げる為に多くの人と会う努力をしている。
場所を選び、機会を逃さないというところは知識で勉強できるかも知れないけれど、結局は運と人間性だよね。
前記のモテ出会いは多くなるので、生来容姿が良かったりコミュニケーション能力が高かったりした人間や、↑のようなモテ努力をした人間が結婚できる可能性はそれなりに高くなる。継続できるかどうかは本人たち次第だけど。
ので勘違いするけど、気の合う人を探すだけなら本当に出会いの確率を上げるだけだからな?
気にしてる時点でコミュニケーション能力に大きなハンデ背負ってるからな?