はてなキーワード: ハードルとは
我が子を連れてママ友のおうちに遊びに行った。ママ友の家には我が子より少し大きいお子さんがいる。みんなでごはんを食べた。めちゃくちゃ楽しかった。
食後おもむろにママ友がお子さんに向かって「ほら、ごちそうさまのチュー♡」と言って口をちょんと突き出した。するとお子さんはママ友のお口にチューをした。お口にチュー!!!???子どものお口のチューはその子がいつか出来るであろう好きな子とのファーストキッス用に取っておくもんじゃないのか!!!???とビックリした。
とか言いつつ、私もお口はやらないけどほっぺにはチューとしてしまうので、それを気持ち悪いと思う人もいるだろう。でもマウストゥーマウスはハードル高ぇなと思い続けてしまっている。各ご家庭はどこまでオッケーなんだろうか。
緊急家族会議を開いて、絶対に1円も課金しないと一筆書かせた方がいい
600円くらいで買える月間会員パスみたいな課金要素があって最初の課金ハードルが低く設定されている
次に、2000円くらいで一回限定で買えるゲームを楽に進めるパックや、30連くらいガチャを回せるパックが販売されている
最後は最低100円くらい、最高1万円位のいわゆるガチャ石パックがあって、
これは大体初回購入時限定時で、ガチャ石の数が1.5倍から2倍になるボーナスが設定されている
月間会員パスを買わせて課金への心理的ハードルをぶっ壊した上で、
徐々に高いパックを買わせるように設計されていて、
最後は何のボーナスもないガチャ石パック購入へと簡単にエスカレートする
「月間会員パスだけ買って微課金で遊びます」って言ってる奴らは、
ソシャゲの課金要素は、元々素養のある人間なら絶対に逃げられないよう設計されいるので、
素養のある人間に課金させない為には、最初の課金を絶対にさせないようにしないといけない
「これくらいだったら」と許したが最後だぞ
10年前
年収400万
ホットペッパーのクーポン見てやりたいメニューご安い美容院を選ぶ。新規客向けクーポンが多いので同じところに通うとかあんまりない
ペットボトル飲料はなんか高いからあんまり買わないし飲み物買うならスーパーで安い選ぶ
年収800万は給与水準や能力が高くてなるのが難しそうと思っていた
年収800万
贅沢できるとは思ってないけどスーパーでは値段見ない
マックは好きなの食べる
ホットペッパーのクーポンはちょうど使いたいのがあれば使うけど行くところは変えない
喉乾いたら自販機で買う(金銭感覚のほかに電子マネーもハードルを下げている)
自分の能力がたいしたことないので年収800万もみんな簡単に達成できるレベルな気がしちゃう(都内だから実際そうかもしれないけど、昔の感覚とのギャップにまだ慣れない)
自分より家事も稼ぎも思いやりもない相手とは離婚して1人で子育てするほうがラク=相手に家事か稼ぎか思いやりが上回れば意味が出てくる
種映画に感じる物足りなさ、パイロット一人一人の深掘りみたいなのがもっとされてほしかったんなって思った
アニメリアタイしてただけだし、他メディア展開まで追いかけてるわけじゃないから、アニメとして出されてる内容しか知らない人間には、映画一本じゃ足りない…!一人につき一本だしてくれ!!今回キラ回だったんなら、アスラン回やシン回やマリュー回もくれ!!なんならクルー一人ずつの回もくれ!!!!
アニメしか見てないから、漫画や小説があるのも今回のネタバレ考察してる人たちのTwitter見るまで知らなかった(そういう展開のされ方があるという認識がなかったし、とかに追いかけていたわけではない)当時のアニメイトすらない田舎の中学生には入手ハードルが高いんだよ…!!!
カップリングなんてもう20年近く経ったらなんだって良いから公式の提示する最強のカップルもっとください!!!!おねがい!!!!!
メガネ型のディスプレイが普及するためには、このハードルを超えなければならないだろう。
Appleは据え置き型のコンピュータと置き換えるものとして高価なヘッドセット端末を開発したようだが、おそらくそれは間違いだ。
考えて欲しい。
スマートフォンがこれだけ普及してもPCというものは無くなっていない。
大抵のことはスマートフォンで代替可能であるのにも関わらずだ。
これらの装置を使って作業することがスマートフォンを利用するよりも快適だからだ。
このオープンで汎用性が高い環境をメガネ型ディスプレイが超えるのは非常に難しいだろう。
我々は目の前に高性能なコンピュータがあるのに電卓を使ったり、メモ用紙を使ったりしたがる生き物だ。
なのに閉鎖的で没入型のヘッドセットディスプレイが現行の環境を置き換えられるだろうか?
メガネ型ディスプレイを発売するのであれば、iPhoneと連携させるべきだ。
Apple Watchのようなフットワークの軽い製品を目指すべきだ。
そういうものを開発するべきだ。
例え白黒で解像度が低くても、
電車の中でLINEの内容を覗き見されないための製品には需要があるはずだ。
もちろん化粧は必要だ。
「外国人が犯罪に巻き込まれないように」埼玉・川口市で在留外国人の安全確保パトロール実施 埼玉県警
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/979097
これについて、「外国人限定か! 日本人を守らないのか!」みたいな意見があるが、それは(このイベント限定なら)ある意味で正しく、ある意味で間違ってることをメモ書きしておく。
これはある意味で正しい。ただし、日本人を蔑ろにする意味ではない。
外国人というのは(日本に限らないが)ただでさえ、不安定な身分となる。周囲からは好奇の目で見られるし、何より外国人自身も、日本社会の一員という自覚があまり持てない(来る前に日本語を猛烈に勉強してたなら別だが、基本は言葉もあまり通じないし、選挙にも行かないし、家族が日本にいるわけでもない)。
日本人に例えるなら、大学の4年間だけ住む街のような状態だ(卒業後、地元に帰るつもりの人なら、住民票を移してない人も多いだろう)。
そんな状態だと、いざ自分が犯罪にあった時でも、「警察に駆け込む」という選択肢が取れないことがある。
「警察に行って、まともに取り扱ってもらえるか」「そもそも自分が犯罪にあった事が、相手に正確に伝わるか」という不安は、外国人は日本人の比ではない。日本人ですら、日本の警察に行くというのは、なかなかに第一歩が踏み出せないのだから、外国人なら尚更である。
だからこうやって、警察自ら「外国人も、遠慮せずに我々警察を頼ってください」とアピールするという事は、日本人が想像する以上に外国人に刺さるのである。
そういう意味で、「外国人限定」というのは間違っていない。しかし、それは日本人よりも外国人のほうが「警察を頼るハードル」が高いから、引っ張り上げてるだけであり、別に日本人を蔑ろにしているわけではない。
これは間違い。
日本に定住する外国人は(もちろん例外も様々にあるが)基本は、言葉もなかなか通じず、文化も違うし、友人や家族もほぼいない状態で生活をスタートさせる。
そんな人は、かなりあっさりと外国人マフィアに転んでしまう可能性がある。
日本でも、大学生を狙って特殊詐欺グループがSNSで勧誘したりするが、それと全く同じことが外国人にも言える。
言葉もなかなか通じず、不安やストレスの多い生活の中で、フレンドリーに接してきた同郷の人間に、油断をしてしまうのはどこの国の人間でも同じである。
こうして外国人マフィアの構成員となった外国人は、当然ながら日本人にとっても脅威となる。
そうなる前に「外国人にとっても頼れる警察」をアピールしておけば「あれ、何かこの友達、もしかして悪い人?」って外国人が思ったら、通報してくれる可能性が高くなるだろう。
Win98の頃になけなしの小遣いで購入した商業ゲームのことを思い出した
体験版に購入したIDを入力したら正規版になる仕組みで、OSが逝ったら復旧不可というものだった(はず)
こんな代物でもパテントか何かのせいで個人が利用するのはハードルが高かったのだろうな(大手メーカー以外が導入したらユーザーに優しくないと非難囂々で潰されかねないという事情もありそうだが)
予め言っておくが、自分は「安楽死反対派」である。それもかなり強く反対している。
ネット上ではたびたび安楽死に関する法整備を求める意見が見られる。
経済的な理由による安楽死は論外として、病気による耐えがたい苦痛を避けるための安楽死を求める意見は一定の支持があるようだ。
だが、主張は結構なことだが「国家によって安楽死を認める」ことがどれほど重大なことか理解していない意見が多いように見受けられる。
あくまで自分の意見だが、「安楽死を認める要件」として最低限以下のようなものがあってしかるべきだと思う。
安楽死とは、要するに医師などにより生命活動を停止させること、即ち「殺人」に他ならないのは疑いなく事実である。
即ち、「安楽死を法的に認める」ということは「国家によって殺人を承認する」ことに他ならない。
国家によって認められた殺人と言えば、「死刑」もそれに相当する。死刑の判決を言い渡すのは言うまでもなく裁判所だ。
当然殺人を法的に認める以上、安楽死についても裁判所による手続きがなければならないと考える。
医師によって、患者がもはや死を避けられない状態であることの証明が必要だ。
主治医はもちろんだが、感情的な選択を避けるためには利害関係のない複数の医師による中立的な判断がなければならないと考える。
当然、安楽死を「行う」医師がどれほどいるかという問題もある。
これが難題である。
その意志が、短期的な抑うつ状態や、周囲や「世間」の圧力に左右された一時的なものでないかの証明が非常に難しい。
2019年の透析中止死事件では、透析を続ける苦痛のあまり透析中止を決断したとされるが、終末期に至って透析中止を撤回したいと言いながらも助からなかったとされる。
本人の意志とはこのように揺らぐものであり、かなり長期間の意志確認は必須である。中立の公証人による証明があってもいいかもしれない。
同様に、安楽死を決めたものの直前になって「生きたい」と意志表示したならば即座に安楽死を中止しなければならないだろう。
また、周囲や世間の圧力でないことを証明するためにも、「安楽死」を美談にしないようにマスコミやSNSには厳重な自制と規制が求められるだろう。
特定の病気になったら安楽死するべき、なんて世論が広がることはあってはならない。
なまじハラキリ文化の日本であり、「潔い死」が受け入れられやすい社会的素地があるのはかなり危うい。
「安楽死を法的に認める」ためには、「安易な安楽死は認めない」という国民の意識改革がなければならないという矛盾がある。
これらの議論を進められるだけの十分な社会的な理解が日本にあるかというと、正直言って「ない」と言わざるを得ないのではないかというのが自分の意見である。
特にマスコミやSNSに関しては、現状ではほぼ絶望的なのではないかと思われる。
なお、昨今の安楽死議論の中には「終末期患者を生かし続ける社会的コスト」に言及するものがあるがこれは論外で、
憲法25条の生存権を見れば明らかなように、国民には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」し、
国には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とされている。
国民が生存を望むならば国は生存を保障しなければならない憲法上の義務が存在する。どれほどのコストを支払ってもだ。
つまり、一番手っ取り早い方法は憲法25条の改正と言うことになる。
当然自分はこのような憲法改正には賛成しないし、国際人権A規約にも反する。ハードルは極めて高いと言わざるを得ない。
いくつかコメントが来ていたので補足。
繰り返すが、自分は「安楽死反対」の立場からこれを書いている。
これくらい厳しく要件を掛けなければ、恣意的に運用されかねないという強い懸念があってのことである。
コメントにあるように「経営者が労働者に家族の安楽死を要求する」なんてことが起こりかねない。
裁判所の決定を要するとしているのも、時勢に強く左右されかねない行政ではなく、常に法の番人たるべき裁判所が決定すべきと言う考えからである。
実際、裁判によって決定した死刑囚の署名を時の法務大臣の意志で停止した過去の例もある。
そしてこの程度の要件をクリアできないのであれば、そもそも安楽死を法制化するべきではないというのが主旨だ。
国民の生存を保障するためにある国家が、それに相反する法制を行うことがどれほど困難なことかということについて、頭の片隅にでも残れば幸いである。
個人的には本人の自由意志が確認できなくなった段階で安楽死を認めるべきではないと考えている。
「本人の自由意志がなければ生存権を行使している」と見なすべきであり、当然国家はそれを保障しなければならない。
この時点で「本末転倒だ」と思われる人は多いかもしれないが、安楽死法制化は終末期医療のコスト削減策「ではない」。
あくまでも本人の自由意志によって死を選択する自由を与えるための法制であるべきであり、
医療コスト削減が目的にすり替わるのであればそもそも法制化の目的を見誤っている。
なお、現行法制でも積極的安楽死ではなく、延命治療終了による消極的安楽死は行われており、この手続きで不備があるとは思えない。
「ついでに付き合ってくれる人探してるんだけど今週末1時間だけとか空いてる?」っていえばいい
即解散って思うと相手の心理的ハードルも下がる(ワンチャンホテルされると激萎えだから男側が忙しそうなくらいが最初は好感度高い)
初対面の人間にこんなこと言われても困ると思いますが、話を聞いてくれるとうれしい
この日記を読んで本当にびっくりしてしまって、返信をするためにはてなのアカウントを作りました
こんな言い方をすると恩着せがましく聞こえると思いますが、恩を着せたいわけではなくて必要を感じたからです
道を歩いてて急にぶっ倒れた人がいたら声をかけて、必要があれば救急車を呼ぶでしょう? それと同じ
あなたはそれくらいやばい状態って分かってもらいたくてわざわざ書きました
ごめん、糾弾したいわけではないです
日々のしんどさを麻痺させるために自分で見つけた最適解が今のその生活なのだと思う
自分なりの最適解を見つけて頑張って生きてるのはすごくえらい
でもあなたは本気で困窮してないって言ってるけど、慢性的にキャッシング枠を使い切ってその生活をしている状態は本気で困窮している状態です
相談するのは恥ずかしいという気持ちはわかる、こんなの困ってるって言っても自分の気持ちの問題だし……くらいに思ってるかもしれない
でも本当に手遅れになってしまう人は、あなたみたいにその瞬間まで自分が本当に困窮していることに気づかないんだよ
あなたの大切な人(家族や友人でもいいし、もしそんな人思いつかないというのであれば「もしいたとしたら」って想像でも全然いい。大切な親友や恋人とかね)がもしそんな状況に陥っていたらどうする?
大好きな彼女が毎月キャッシング上限まで使って服買いまくってそれですり減ってるとかさ
耐えられなくない? 今すぐ助けなきゃ本気で手遅れになる、って思いませんか
わたしはあなたに対してそう思ってるよ。ものすごい依存症ですよ。重い精神疾患です
責めたいわけじゃなくて、例えば大怪我して血を流しているのにそんなに痛くないし手当しなくて平気って自分で思ってる人みたいな状態ってことです
今のうちに、恥ずかしくって相談できないな、これって寂しいよなぁ、くらいに思えているうちに人に相談してください
たぶんもっと症状が進むともっと相談するのが怖くなる、億劫になる
とは言っても家族や友人に相談するのはすごくハードルが高いと思う
まずは「(自分の住んでいる)都道府県 依存症に関する相談窓口一覧」とかでググってみてほしい
具体的には精神保健福祉センター、保健所、依存症対策全国センター、ASKなどのNPOとかかな
どこに相談したとしても無碍にはされないはずですよ
もしあなたの症状はその機関では対応できないということであっても適切なところに繋げてくれるはず
それができなければそれはその機関の問題で、あなたが恥ずかしいことをしたというわけではないです
依存症に困ってる人を手助けするって名目のくせに出来てねーじゃんダメ機関だな、くらいの話です
頼むから人に相談して、適切な対処をして依存症から抜け出してください
そして幸せに生きてくれ
バカじゃねえのか
増田もはてなもかつて殺人事件の現場・トリガーとなったサービスだよ
〇〇先生殺人事件は私怨のエスカレートの範疇だが、こういう匿名掲示板に情報を晒すのは殺せって言ってるようなもん
はてなブックマークのホッテントリを少し眺めれば分かるだろうに
美容室行けってよくアドバイスされるけどなかなかハードル高いよね。
俺は運よくバーで合う人が個人経営の美容師で「かっこ良くしたるからこいや!」という感じで行ってた。
そういう偶然の縁の無い人はどういう感じで探したんだ?
婚活は明確に男性の売り手市場!!!! ※人口比で男性が多い地域除く
どんな婚活コンテンツでも「女性は受け身をやめろ」と言われているのに、8割以上の女性が受け身!!!
努力しないまま素敵な男性と出会えるのは、婚活してない人も含めた女性全体のトップ層だけだ!!!
いわゆる女性が言う「普通の男性」みたいな人とか、女性から見て魅力的だと思う男性は恋活で遊べるんだぞ!!!
遊びながら見極めればいいんだから真面目な婚活の場ではSSR!!!
初対面でしっかり会話できて清潔感があるぐらいの男性でもR!!!
そういう相手に婚活で受け身!!???ただでさえ男性の売り手市場なのに?????
しかも、男の「付き合う」と「結婚を前提に付き合う」はハードルの高さが全然違う!!!
今まで付き合っていたランクの男性と結婚できる男性のランクは違う!!!
というか女性は「真面目なお付き合い」と思ってて、男性は「遊び相手」と思ってることも全然あるぞ!!!
まずは清潔"感"を身に着けろ!!話題はたくさん準備していけ!!!
いいか?ピンチはチャンスとよく言うが、逆にチャンスはピンチなんだぞ。
チャンスが巡ってきたときに、それを掴める自分じゃないといけない。
別にやりたくなきゃ辞めればいい。いい人がいないと嘆くのもいい。
ただ、マッチしたとき、会えたとき、男女ともに「親密になる」という第一目標に向かって頑張れ。
相手任せにするな。
結婚相手を探しているんだぞ?前提として何十年も連れ添う相手だ。
相手探しのときに「受け身の人がいいです」「清潔感のない人がいいです」なんて言う人はゼロに近いだろ。
まあでも、婚活コンテンツ見て努力してる人なんてほんと一握りなんだよな。
頑張ってもチャンスがいつ巡ってくるかわからないし。
諦めてペット飼うのもいいと思う。
あ、途中で「無いな」と思っても練習として頑張ってあげてね。
相手がかわいそう。
"24/1/28 「生成AIの『学習』は学術用語だ」ということをそろそろちゃんと説明した方がいい"
https://saize-lw.hatenablog.com/entry/2024/01/28/210053
いまだにこのレベルの内容がバズってるのを見ると少し辟易させられるが
考えてみると、ちゃんと技術を理解してる人間すらこのレベルのことしか書けないのは
対話の場がなくお互いの言葉尻をとらえてる状況が悪いと思うので少し整理して書こうと思う。
・著作権をめぐる法理が日々変化しつつあることが理解されていない
という二重の難しさにある。
単に概念的に難しいというだけではなく、日本においては法制度の実装レベルですでに混乱が生じている。
とくに生成AIと著作権を語るにあたっては「フェアユースという発想に賛同するか否か」という観点が必要不可欠なのだが
一足飛びに機械学習だけ著作権法30条の4によってフェアユース的発想が導入されているという
非常に奇妙な状況になっている。
フェアユースとは何か、というのは非常に難しい。
「一定程度の公正さがあれば具体的な類型を列挙しなくても著作権を制限できるという考え」
とでも要約できるが、これだけでは意味不明だろう。
英国にフェアディーリングというものがあるが、こっちの「公正さ」はわかりやすい。
「非営利かつ研究や教育目的、批評、報道などの場合は著作権は制限される」ということ。
たとえばこれがなければ公営の学校や図書館は莫大な支払いに追われ成立しえない以上
「公正さ」のために著作権を制限してよいという発想はわかりやすく
近代以降の文明国でこれを否定するような法理はまず存在しえないだろう。
フェアディーリングそのものではないが、EUの情報社会指令第5条なども同じように
「公正さは基本的に非営利や少なくとも公益目的、かつ具体的にあらかじめ列挙される」という発想である。
「営利でも、今までに判例がなくても、抽象的な議論で公正さを主張できれば新しく著作権を制限できるケースを創れる」
ただし、元の著作権者の利益を「不当に」害さない範囲で。何が不当か?それはよくわからんので最高裁まで争いましょう。
一見すると無茶にも思えるが、現代人の多くはこの法理の恩恵を受け、著作権を制限することで利益を得る側だ。
フェアディーリングの発想だけでは、検索エンジンのサジェスト機能すら著作権的にアウトということになる。
それを「フェア」にしたのは、米国著作権法に組み込まれたフェアユースの発想なのだ。
サジェスト機能だけでなく、情報技術を用いた新サービスが興るたびに多くの裁判が発生している。
ただし問題点は、それがフェアユースだと認められたとしても、EUの法理で「いや、この機能は著作権的にアウトだ、金払え」ということも現時点ですら可能であるということだ。というか実際にそういう判決はそれなりの頻度で発生している。
だってフェアユースはあくまで米国を含む一部の国でしか確立していないのだから。
しかし、現実問題として、それなりに有用なwebサービスを立ち上げようと思えば、まずフェアユース的発想に頼らざるを得ないだろう。
そこでいわれている「引用」は基本的に紙媒体で実名の人物が著作で相互引用する低速で静的な状況を想定しており
インターネットでアルゴリズムやボットを含む様々なエージェントが高速で動的に情報をやり取りする状況は考慮外だ。
もちろん、法の運用上はそれらに解釈を加え、少しずつ判例を積み重ね、法的に許される状態を少しずつ拡張していくわけだが
その結果が「サジェストは権利侵害です」となるのと、「フェアユースなので許可」となるのとでは、新サービス市場の発展速度が圧倒的に違う。
これらは基本的に著作権侵害であるが、訴訟を起こす利益などが小さすぎるため放置されているに過ぎない。
しかし例えば、訴訟が大幅に簡素化・自動化され、二次創作やミームが不可能となる社会を人々は望むだろうか?
究極的には、「どちらを選びたいか」という話になってくる。
もちろん、自分でどちらかを選びたいからと言って、それが自分の国の法理として実装できるかというと、大抵はそれは別問題だ。
フェアユースの発想を頑として認めない米国民がいたとして、如何なロビー活動の天才でも、死ぬまでに合衆国法典第17編第107条を改正するにこぎつけるのはまず不可能だろう。
逆に欧州の新進気鋭の政治家がEUの現状を憂い情報社会指令第5条を全面撤廃・改正してフェアユース的発想を導入できるだろうか?
全政治生命を賭したとしても、やはり死ぬまでにやり遂げるのは無理だろう。
すでに著作権法30条の4が存在しているというのがそれを端的に示している。
しかもそれほど政治的な紛争もなくぬるっと成立した、としか言いようがない成立過程である。
これは「元の著作物に表現された思想又は感情の享受」以外なら、営利目的でも無許可で機械学習を行っていいとするものだ。
ただしここにはやはり「フェアさ」は必要で、その条件は「元の著作権者の利益を不当に害さない」という抽象的なものだ。
現時点では確固たる判例はないので、大型の訴訟が起きてから決まることになるのだろう。
前述したとおり、日本の著作権法にはもともとフェアユースの発想はない。
それにもかかわらずいきなりこれがぬるっと成立するというのは、ある意味特殊な日本の政治状況、法体系の面白さというほかない。
ぬるっと成立した以上、ぬるっと撤廃されることだってありうるのだ。
ともかく、日本においてはいろいろロビー活動の余地、法改正の可能性、政治闘争で結果が変わる余地が多分に残されている。
だが以下は整理しておくべきだろう。
・フェアユース的発想を認めたとして、生成AIの利用はどのような具体的なケースでどうフェア・アンフェアなのか?
これは非常に難しい問いだと思う。私が答えるなら
(1)
フェアユースは認める。そもそもインターネット時代にそれ以前の著作権法を解釈と判例でそのまま運用する発想は無茶。
二次著作物の利用や検索エンジンなどのwebサービスを「基本はアウトだが、訴訟コストが支払えないから事実上セーフ」という現状はいびつすぎるのはもちろんのこと、訴訟コストが簡素化されてそれらが制限される状況が公正とも思えない。
(2)
生成AIにおいて元著作物と生成物の市場での利用形態が完全に競合する場合はフェアユースを認めたとしても「不公正」といえる。そもそもフェアユースはあくまで「新しい市場の開拓」という米国的な大義名分があって初めて成立する。
イラストを売っている販売元と同じようなプラットフォームで再販売するような場合は市場拡大していないし不公正だろう。
逆にそうではないケース、元データの市場と新データの市場がバッティングしない場合にはフェアユース的発想で公正とされると思う。
というあたりになるだろうか。
自分: 地方でその地域に住んでるMensaの人たちと交流ある程度。公式例会みたいな東京で会員集めて色々決めるみたいなのは行ったことないし、委員会みたいなのもかかわったことないレベル。
少なくとも変なテストで高得点出した人っていうフィルタをした割にはやばいやつ遭遇率は普通の社会と大差ない印象だった。
ただいないわけじゃないし、昔委員会で色々トラブル起こしてる人もいたみたいだし、人間関係のトラブルはあると思う。
その辺は人がそれなりに集まればそうよねという感じ、超少数の地方とかでなければ避ければいいだけなのでそんなに問題ないかなという印象。
理系じゃないから知らないけど理系の人が多いし、落ち着いてる人が多い感じがする。
自分は体育会系だったので言えるけど、少なくとも体育会系のノリみたいなのはなかった。
例えば県外から出張できたMensaの人を交えて飲み会するとか、定期的にそういう場を提供してくれる人とか。
ただこれはそもそもMensaでの集まりのほとんどはMensa運営が企画するわけじゃなくて個々人がやることなので、集まるのが能動的に人と関わりたい人になるからかもしれない。
実際オリエンテーションで見かけた人たちの8割ぐらいは見なくなった気がする。
自分にとってのMensaはほぼボドゲを遊ぶための場になってる。
個人的にボドゲカフェみたいなところに単身突撃して入れてもらうみたいなのハードルが高すぎるので、ボドゲ遊びたい人にはいいコミュニティかもしれない。
連休でみんなで泊まり込みで重めのボドゲしようといっても集まってくれる人がいたりするので本当に助かる。
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結局のところただの人の集まりでしかないので、共通の趣味をうまく見つけて遊べたら友達もできるし楽しいという感じ。
Mensa会員という話はリアルでは誰にもしていないし、運営側にもかかわる気はないので、うまく使えば友人が作れたり趣味を共有できたりする便利コミュニティというのが自分の印象でした。
ただ個人的にこれはすごく大きくて、社会人になってから家に遊びに行ったりするレベルでの友人はMensa経由でしかできていないので入ってよかったなと思います。
職業の幅も広かったり趣味の幅も広かったりでいろんな話がきけるのもいいです。印象深いのはお坊さんの話と世界一周した人の話かな、研究者の人とかもたまにいるけどむずすぎて何言ってるかわからないという。