はてなキーワード: 結果的とは
で自民叩きを選んじゃうのがはてなーなんだなってこのブコメ見てわかったわ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/this.kiji.is/683325868763546721
この人達アファーマティブアクションって知らないのかな?
クォータ制は?
あいトリでは開催前に「参加アーティストの男女比を半々にする」ことが事前に宣言されたんだけどそれはご存知?
はてなってもうちょっとマシかと思ってたんだけど、結局差別是正より左翼”男性”のホモソーシャルを優先するしょうもない場所だったんだなって目が覚めました
優秀な人を選んで結果的に女性だったら問題ないとか言ってる奴は頭がおめでたすぎるので妊娠検査薬の使用をおすすめするわ
女性が理系や情報分野へ進もうとすると親が反対したり、某医大の様に男性が下駄を履かせられたり、そもそも選出する人間が男性であれば選出対象の性別も偏る等の問題がある事を知っていれば
そんなおめでたい発想は出てこないはずだよね?
「予め女性と決め打ちして選ぶ」方法が悪いのではなく、そんな方法を選ばないといけないくらい今の日本の状況はゴミなんだってことを自覚したらどうなんだ?
もし仮に、情報分野に関して女性の方が優秀な人材が少なかったとすれば、まずその偏りが何故生じているか、それを是正する為にはどうすれば良いのか、
そして、だからこそ女性をトップに据えて社会の意識を変える必要がある、ってことくらい、思い至らないものかな?
あと、この記事の中身をちゃんと読んで「平井氏はデジタル庁のトップに民間人を起用したいとの意向を示している」事を知っている人はどの位いるんだろうか?
大多数であって欲しいが、民間人から選ぶんだから専門家で優秀な女性なんていくらでもいるんだよ
それとも「デジタル庁のトップにふさわしい女性など日本には一人も居ない」とお考えなのかしら、とんでもないセクシストですね
ちなみに私は男性で、フェミニズムにある程度批判的な立場を取る事もあるが、現在の社会の男女の賃金格差や役職における不均衡は問題だと感じているし、
アファーマティブアクションは必要だと考えている
はてなは右傾化が著しいとはいえ、もうちょっとマシかと思っていたが、今回非常にがっかりした
トップブコメやそれにスターを押した人間一人一人を確認した訳では無いが、左翼・リベラル側の人間も自民叩きに目が眩んで女性の社会進出を邪魔してしまう、そういう縮図がこのブコメなんだろうなと思う
尚、自民擁護の為にこのアファーマティブアクションも擁護している人間は、まぁいい
自民擁護したいがアファーマティブアクションが気に入らないのでこの件は批判してる奴は何重にもカスなので消えてくれ
今後、自民党が今回の様なアファーマティブアクション的な選択をする事も出てくるだろう
そして、私の悪い予想が当たるなら、あなた達はその度に自民叩きのためにそれを叩く、何かしら理由を付けて
叩く理由があるから叩くのだとあなたは思い込んでいるだろう、だがそれは勘違いである、理由はなんでもいい、とにかく何か理由を見つけて叩く
あなたがどう考え、どう言い訳しようが、結果としてそうなる、と予想しておく
そしてそれは、政府与党におけるアファーマティブアクションこそ(野党でのそれより)重要であるという観点から言って、本当に最悪な予想である
病気なら病気だということをもっと主張するべきではないか。人が人を励ましたりするのは意図あってのことだと考えて、鵜呑みにしてはいけない。学費を出す親も、入学させた学校も、我が利益のためにあなたに関わっているように見える。頭が良くてもそういうことに気づかないと知らないうちにレールを敷かれ、それを自分で選んだ道だと思わされるかもしれない。
自分も女性なのに親からの期待度が高く、事実上自分で進路を決めることができず、大学卒業後は結果的に転職を繰り返した。自分が貰い事故で死にかけたり友人が死んだり、あれこれ人生うまく行かないなと思っていた。いつの間にか、ほとんど支援してくれない親から年金型生命保険をかけられていたことも分かった。将来は金に困ろうという大義があろうとも自分は知らされていなかったわけだ。解約させたら気分的にはややすっきりした。
それで様々な不幸どこぞの金融機関が被保険者の長命を嫌って環境工作をしているのだと思うようにしている。政治すら左右しかねない会社がある。生活保護制度も意味あっての制度だ。
あと自分の先祖の系譜を調べることも薦める。自分は先祖にいとこ婚の夫婦がおり、そもそも身体や精神が弱くなるリスクがあったらしい。そのいとこ婚も日本法ではいまだ合法なのだから。
M2なんですよ。
で、ありがちなことに投げ出して引きこもっていたんですよ
原因について言語化したくなくて考えないでおいたんですけど増田にならできる気がするので書きますね。
・今年はコロナの影響で3月-5月は学校侵入禁止だったんです。だから研究ができないから雑誌会をめっちゃやろうかということで月1本くらいやることになっていたんですね。本来は就活が終了した人から大体7月くらいにやるんですけど。
・ついでに自宅で就活をする必要があるではないですか。でもちっとも進まなかったんですよ。自宅なんて寝る用のスペースしか用意していないのに、部屋は妹と同室なのに、自己管理ができないからコアタイムがちがちの厳しめな研究室にしたくらいなのに、説明会も会場に行くのではなく自宅で好きな時間に見るようになってこれまた自己管理の必要性が出てきて、そもそも友達がいないし、まあこの辺は言い訳なのですが、ESが出せない出せない。うっかり期日を過ぎた企業が多数で、何とか出せた数社も締め切り数時間前に滑り込みだし、まあそんな感じでグダグダしていたんですよ。それを横目に数少ない友人は内定を決めてくるしね。
・とはいえ思ったよりも自己を律せられなかったなと思う。1月から発狂したように就活をしていて体力が無い癖にその体力の無さを認められず把握せず管理せず休みもほとんどなく体力的に疲れていたというのもある。コアタイム中に実験をサボって就活をしているというのが快感で、就活をしないのだったら実験をしなくてはならないというのが一応のプレッシャーではあった。これが急に無くなってサボろうと思えば私だけの不利益でサボれてしまうんだもの。
・そんな中雑誌会もしなければならないじゃないですか。私そんなに成績いい方じゃないし本当下から数えたほうが早いし有機化学も得意じゃないしでもまあ実験は好きだから研究室来たんですけど手を動かすのは好きだけど得意とは言っていないのですけど、
で、だからこれまで雑誌会は本当に締め切りのめちゃくちゃ前からゆっくりじっくりやるのが好きだったんですよ。でも就活(やっているとは言っていないが)の合間を縫ってやるのが本当に進まなくて。1つ目は締め切り1週間遅れで無理やり仕上げたけど自分の目で見てめちゃくちゃクオリティ低いし。っていうか普通雑誌会が出来たら発表する前に先輩や同僚に見せるのが慣例なんですけどそんな暇もないし。
・というかね、うっかりもうM2なんですよ。つまりね、後輩の面倒を見なければならないということなんですよ。でもここ2年で全然成長していないし本当成長が遅くて。正直私より後輩の方が普通にできるし。だから私に雑誌会の添削を頼んでも大したこと言えないと思うのよね。というか添削本当に苦手なんですよ。普通に頭悪いし本質を理解せずにパターン丸暗記の段階だから応用が効かないし。ああ私勉強できなかったんだな分かっていたことじゃないか。でもそうすると5人もいる後輩をもう一人の同期がほとんどすべて面倒を見ることになるじゃないですか。同期はまあ面倒見がいいし要領がいいし文句はめちゃくちゃ言いつつもやれると思うんですけどそれは申し訳ないし何より悔しいじゃないですか。でも私事実後輩の面倒を見るの得意じゃないしできないし苦手なんですよ。こう、できないのにできるふりをして無駄に高圧的に的外れなことをいう典型的な悪い上司ムーヴをしてしまうんです。まあ言い訳なんですけど。
(今考えると結果的に投げ出しているので後輩指導を同期に丸投げしていることになっている。意味がない。)
・で、二つ目のも無理やり仕上げたんですけど本当クオリティ低くて。というか2つくらい難しくて分からないけど調べ方が分からなくて。これを晒して後輩に笑われるのが怖くて。恥ずかしくて。
・で、提出を投げ出してすべての連絡を絶って引きこもったんですね。
就活もちょうどいいから投げ出して。推薦で行く予定だった最終面接も投げ出して(これは本当に、後輩に申し訳ない)、ほかもろもろ投げ出して。
引きこもっていた期間の行動や心理については、父が音読してくれたこのブログとほとんど同じである。どのブログだろう。探せなかった。
https://note.com/kazuaki3280/n/n95ea3a34bc06
私の現状を知った父に引っ張り出され無理やり研究室に行かせられているのが今日である。
・まあ今年の、同級生にありがちな就職は厳しそうだろうなというタイミングだから諦めもついたというのもある。
・正直私は今でも退学したい。恥ずかしい思いをする場から逃げ出したい。
ただこうやって当時の心理を言語化すると感じるが、本当に視野が狭いし、中島敦の「臆病な~」を送りたい状態だな。今もそうであることは否定しないが。
就活でハイになって、先輩もいなくなって、自分の期待値を上げたのが悪かったのかもしれない、敢えて悪者を作るとすれば。
・他の同僚に受け入れられるかという話ですが、みんな意外と優しいので私がヘラヘラしていたら受け入れてはくれるし排斥はしないと思うし、そこはあまり心配はしていないのだけど、普通に受け入れられた後に普通に研究を続けた後普通に研究とかのコミュニケーションでうまくいかなさそうでそれは心配。
・多分留年すると思うんだよね。前期の研究の必修の単位落としたし。
就活どうしよっかな、いっそ別の分野で文系就職をした方がいいのかしら。でも他にとりえもないしコミュ力が無いからこの分野(化学系のメーカー)で就職したいとM1の時に思ったのであって、文系就職の方が苦戦しそうな気がする。
でもなあ、研究室で私がうまくやれていたかというとそんなことないので、きっと雰囲気や求められている資質が同じな化学メーカーの研究職に行ってもどうせダメな気がするなぁ。
そこは迷わないと決め打って就活をしてきたんだけど、こうなった現状迷ってしまうな。じゃあ他の分野と言われても何、って感じだしな。どうやって調べたらいいかすら分からないな。就職イベントとかに行けばいいのか?インターネット苦手だな。
分かんない。どうやって決めたらいいのかわからない。自分で決めて自分で自分の責任を取るのが怖い。
・M2になってさ、できる人にならなくてはならないという思いはまあめちゃくちゃあったよね。そこは諦めたほうがいいんだろうなと言う思いは持つことにした。
・うちの研究室の5年前くらいの卒業生に似たように3年かけて卒業した先輩がいることは知っている。隣の研究室で私の2つ上の先輩に留年した先輩がいることも知っている。前例がいればいい訳ではないが、まあ事実として少しの安心材料にはなる。
・研究についてですが、そもそも個人テーマだし、ちょうど芽が出ないから他のテーマやりたいですと言っていた時期だったし、その意味ではあまり問題は大きくない。
12月に学会に行くと言ってしまっていたので、それをどうするかは教授と相談しなくてはならない。多分振り込みはしたが申し込み書類は書かずに投げ出したし事前のなんちゃらも何もしていないのでどうしたらいいのか教授と相談しなければならない。
・教授はいい先生だと思う。比較的手厚いし、生徒を気にかけているのは感じるし、私に心配のメールを送ってくれていることからもその辺は豆である。
ただ優秀な人には嫌われがち。管理したがりだし、厭味ったらしくはあるし。
・ただ事実として毎年のようにドロップアウトする学生が続出しているのは先生が可哀そうだなと思う。私みたいな学生をうっかり取ってしまって本当に申し訳ない。多分お情けで取ってくれたのは知っているし(私の年は偶然定員オーバーしていなかったから落とされなかったが他に人がいたら落としていたとは思う。似たようなことは取るときに言われた。)、本当はた迷惑な学生で申し訳ない。
母が言っていたが、だとしても取ってしまった以上卒業まで面倒を見るのは仕事なので教授の義務らしい。知らないがアメリカならとっくにクビなのではないだろうか。
その辺は日本の大学の古くて有り難い部分だと思って権利を行使するべきなのだろうか。定期的に頭の中の私が「私にそんな権利ない!やめるべきだやめたいし!」と叫ぶ。
でも父も母も口を揃えてやめるなと言うのでやめない方がいいのだろうな。
・せめて雑誌会をさ、クオリティ低いものを提出するか、せめて「間に合いませんごめんなさい次週でいいですか」の連絡くらいするべきよね。別に就活も投げ出して私生活も投げ出せば許してくれるわけではないから。先生は私がこんな感じなのは十分知っているのだから優しくも「無理そうですか?」というメールもしてくれいていたのだし。
当時は鬼の形相のメールに見えたが今読むと全然そんな事なくてむしろ優しい文面で驚く。
・最近、先生が、なよい学生が増えたから緩くなったよねと言われていて、その一翼を私も担ってしまったのが悔しい。
(悔しいと思う箇所がずれているとはよく言われる。これもそうなのだろうか。多分本当に悔しいことは他にあって、でも言えなくて、まだ言えそうなことになすっているような気がしている。)
・ねえそういえばこれファーストコンタクトを教授にしたけれどさ、普通は同僚の学生とか他の研究室の懇意にしている先生とかに相談すべきだったのだろうか。
もうちょっと書きたいことがあるのだけどまた書いて再投稿します。
【9/29 0時 追記】
とてもあたたかいコメントが沢山ついていて本当に驚きました。ありがとうございます。涙が出ました。
那須川天心の反応の良さとトップスピードが皇治を全く寄せ付けてなかった。
ただ、あんだけまともに膝食らって倒れない皇治も武尊戦並の耐久力を見せた。
正直どっちも普通じゃないなこれという。
内容的に言って皇治のCMがうまくいって、多分今後も那須川天心にフルラウンド耐えた男という箔がついて行くことだろう。逆に天心はKOできなかったこともあって以前から言われたとおりまるでメリットのない戦いになってしまった。性格的に煽られて引き下がる人でもないし、まあうまくのせられたなと。やっぱ売り込みのうまさって人気商売では大事。
下手。そりゃ何もやってない一般人より強いけど、打撃の技術レベルが二人とも1~2年程度の動き。非常に緩慢で、回り込んでフットワークを使うこともない。スダリオは本来十字、肩固めに移行するポジションでパウンドにこだわったが、普通の選手にはあの古いファイトスタイルでは通じない。真面目に試合のレベルが低くて、20年前の総合レベル。
ぶっちゃけ矢地選手はジークンドーではなく普通に教わったボクシングテクニックを使ったほうがいいと思う。体型が黒人選手のようなしなやかな筋肉のつき方で、武術系のカチカチした動きをするのに向いてない。部分的にジークンドー的なテクニックが見られたものの、違う意味で硬くて、こなれていない感じがした。むしろ変わった格闘技ならカポエイラとかそういうバネを生かした技が使える方にいったほうがマシになるかと。大原選手あまり試合見てないけど、DEEPトップとは言えムラっけがあってすごい強い選手でもないし、このへんで苦戦するようだと厳しいなあと。矢地さんチャンネルは面白いんだけど。
昇侍はDEEPの試合見てもそんなに上手い選手じゃない。コンビネーションもそれほどでもなく反応も悪く、足も使えてない。まあこりゃカマセでしょう。始まる前から朝倉海の勝ちが決まってた試合。
ロープ際で北岡がギロチンチョークにこだわりすぎてるせいで対応されてしまい、延々と塩試合。そもそもギロチンって体の自由を奪ってから締めるバックチョークなんかと違って、上手い人は割と簡単に外しにゆく。実際久米選手はリング際でローリングして二度ギロチンを外していた。打撃は久米のほうがうまいのは明らかだったし、結果的にポイント優勢は目に見えた試合だった。かつての盟友青木真也ならこういう不完全な技は他の保険を考えながら使うと思う。
ほんといい闘い。フロントスープレックスの豪快な投げが決まってホイホイ転がされるかと思っていた試合だったけど、蓋を開けてみると川名選手の体重移動の巧さが光って終始武田に投げを決めさせない。そればかりかリング際でちゃっかり休みながらグラップリングするというベテランぶり。対して武田は若さあふれるゴリゴリのファイトで無尽蔵のスタミナを見せつけた。破れたとは言え修斗王者すげえレベル高いと思った一戦。地味で華はないけど川名選手本当にいい選手。
少なくとも中韓関係の物事は、国内の事象をそらすだけのものだから完全無視で大丈夫だぞ。
ガーガー文句いうだけで仕事やった振りができる楽な代物だからな。
それより経済こそが大事。特に政府の緊縮財政と、金を貯め込む企業の放置により、景気を落とす新自由主義をどう廃するかが課題ではあるな。
最も、反新自由主義といっても「じゃあ何をするのか?」の解がないやつは結果的には新自由主義の追随でしかないが。
新自由主義の根っこは政府が何もしないのが理想的という考え方。
政府が何もしないのと、役に立たないことをするってのは似た結果になるってこと。
「全ユーザーの発言を見比べてエコーチェンバーを防ぎつつ集合知を得たい」
と思っているなら君が行くべきはヤフーニュースだ。いまやヤフーニュースのコメント欄ははてななんぞとは比べ物にならんほど多様な人種が揃っており、結果としてその最大民度も最低民度もはてなとは段違いだ。
また、はてな如きが発掘する話題は他のSNSやニュースサイト、とりわけTwitterやねとらぼがはてなのちんけなコメント欄以上の規模や深さで掘り進めており、わざわざはてなを使う意味は薄い。
更に、はてなのブログ文化は長年放置してきた互助会とコメ欄非表示勢の手によっていまや完全に下火となっている。IPお洩らしのリスクを負っても本当に面白い記事がかける人はnoteの方を使っていて、いまのはてブは時代に乗り遅れた出涸らしだらけなのが現状だ。
ならば、あえてはてなを使う意義とは?
これはもう、意図的なエコーチェンバーの生成、自分の見たいものだけを見たいからに他なるまい。
自分の見たいコメント欄を手軽に生成するための非表示機能を使いこなさないのならば、はてなを使う意味なんてない。
非表示機能を使って困ることなんてブコメの内容が被っているか確認できないことと、トップブコメにいっちょ噛みできないことぐらいだ。まあ、はてなのどうしようもない奴らから面白くて誠実な人という評価を得たかったり、他人のコメントの内容にとやかく言い合いたいのならそれもいいだろう。確かに、そういった行為はヤフコメではやりにくいし、Twitterでやったら炎上しすぎて酷いことになる。中規模かつ低民度でアイコンやHNによる個体認定がそこそこに機能しているはてなならではの遊びではあろう。
しかし、そういった遊びを繰り返すと、脳がおかしくなっていく。結果的に見れば、そうやってはてなを楽しむのは、長期的にははてなには向いてないと言える。ネトゲをやりすぎる人は、ある意味でネトゲに向いていないのと同じだ。相性の良し悪しとは、短期的なものではなく長期的な視野を持って考慮すべきだ
一見V系かパンク系かのバンギャかと思うような派手な見た目であったが、物怖じしないというか、1人称は名前だし、初対面で普通にタメ口を吐くような子で、そこに特段悪印象を抱いたわけでもなく、とても話しやすい子ではあった。
中でも特に印象に残った内容は
・コロナ禍で大学の授業や研究がほとんどリモートで満足に設備を使えないのに学費は通常と変わらずなのはちょっと腑に落ちない
・通っている大学は私立のためかアルバイトなんてしなくていいお金持ちの子もいてカルチャーショックを感じることがある
・奨学金で進学したためどっちにしてもお金はかかるし、就活も終わった今できるだけアルバイトしないといけない
・それでいてネイルとか女子らしいこだわるところはちゃんとこだわっている
私は話を聞きながら、初対面時派手な見た目から勝手に彼女の人となりを想像していたことを恥じた。
もちろん初対面で彼女のすべてを判断できるわけではないが、聞く限りではしっかりと考えて行動している子ではないかと思い直した。
人を見た目で判断してはいけないと思い知らされたのと同時に、自分の学生時代を振り返っていかにぬるい環境にいたのかを改めて思い知らされ、今もここまで考えて生きているだろうかと自問自答し、結果的にもやもやが強まり自己肯定感が下がったような気がした。
札幌に家があれば、こどおじのまま北大で大学に残ってどこかのF欄の教員ってのも(経済的、能力的に内地には出ていけなくても)上級道民ぽくて結果的にそんなに悪くないとは18歳の時には想像できなかったなあ
そいつは等身大で二次元的ではなく三次元的なキャラ作りと評価していたが、正直今の創作物からそれらがすっぽり抜け落ちてるだけなんだよね。だから今になって80年代回帰が緩やかに起こると、かつての表現が非常に新しく見えてきてしまう。それらはかつて90~2006年代の属性(ツンデレ・ヤンデレ・妹等)の多出によって失われたテクニックの一種なんだけど、今になってリアルな人というものそのものが見直されてきて、スポット的に人気になった。みんなそろそろ、というかようやくテンプレ的なキャラに飽きが来てしまっているのではないかと。とはいえかのかり作中にも十分あテンプレキャラやパターンはあるし、80年代だってテンプレとパロディの宝庫だった。多分グイグイ来る女とか見ている男たちが気持ちのいいテンプレは残ってゆくんだろう。個人的にはあんなグイグイくる女や妙に女房めいた決断や決意を迫る女がいたら疲労感を感じるが。
テンプレがなくなれば映画や邦画と変わらなくなってしまいかねないが、全くやってないことをやる土壌は年々失われていると思う。競争激化で冒険することができない。結果的に王道はある程度踏襲される。今はただ巡ってきてるだけかなあと。人間味という測れないパラメーターを重視するのは個人的には好きだけどね。テンプレのツンデレとか連発されるよりいい。
近くの公立中学校、制服のズボンとスカートどちらでも選べるようになったが、その名目を「LGBT等の生徒に配慮し」と公言したために、生徒の間で「女なのにズボンを履くと、LGBTと思われる」と敬遠され、結果的に男子はズボンを選び、女子はスカートを選ぶ、と何も変わらない地獄が発生したとのこと。
https://twitter.com/traveling_dwarf/status/1306202865824743425
LGBTトイレもそうですけど、「利用するとLGBTだと思われそうだから嫌」って普通に差別だし傷付くのでやめてほしいですね。
LGBTを穢れだと思ってるってことでしょう?
隠れ差別主義者を炙り出せたという点ではよかったと思いますが、当事者としては複雑な気持ちです。
というかこれ
が真の原因じゃないでしょう。
話をそらさないでくださいよ。
そういうとき、どうするのがよいのだろうか。頭の中をぐるぐる、あのときこう言ったのはだめだったんじゃないか、などと回っているが、建設的に反省や今後への対処法などを思考できているわけではなく、断片的な感情がぐるぐる回っているだけだ。かといって、何かしようとしても何も手がつかない。ぐるぐるしているだけでも頭が疲れてくるし、何より時間が無駄だ。
少し前から瞑想アプリで瞑想を始めていたが、一回そのようなグルグル状態のときに瞑想をしたところ、心が落ち着き、他のことが普通に手がつくようになった。これは便利だと思った。これでよいのだろうか。瞑想アプリは「過去ではなく今に集中することが大事だ」という。
心が落ち着かなくて何も手がつかない状況のときでも、人との摩擦の中で「そうじゃなくて私がしたいのはこう!」など、具体的な思いが強い怒りや焦りとともにあるときなどは、逆にその感情を静めるのではなく、うまく利用するのも手だと思っている。やってみようか、でも、、などと一歩躊躇うようなことをそのときの勢いを利用して始めてみるとか。
でも、結果的になんか今一つ盛り上がらなかったことから、もしかしたらあれがダメだったか、これがダメだったか、などと考えても仕方がないから、これはもうこの時間削除してもよいんじゃないか。あるいは、モーニングページのように一晩たってから冷静に考えた方がよいのかもしれない
white_rose 「多様性の尊重」を誤読しておかしな主張をしているのはもっぱらネトウヨだし、ホリ氏はそれを避けるためにスローガン変えようくらいしか言ってなくない?左派批判キタ!だとキャッキャしてる増田が不思議
ほり先生はたぶんこちらの意味を多分に含んで元のnoteを書いている。というのも、noteのTOP画像がアレであり、文章の構成でもその例を強調して取り上げているので。
とはいえ文章のみを読めば、むしろガンガンに最近の左派、最近のはてなーに当てはまってしまう。ほり先生がさほど力点を置かなかった学校の制服問題の例示みたいなことがそこかしこで散見されてしまう現実があり、普通に一部の左派(というワードで一緒くたにされたくないので、ファッション左派とかにわか野郎とかブクマカーとかで呼称されてほしい)への批判として機能しまくっているんだよ。
ほり先生のパーソナリティを加味しても元増田の言うように、左派批判として書かれたものではないと想像はできるけど、現実に照らした結果昨今のニワカ左派批判と捉えることには特に異論できるものではないと思う。個人の尊重というイシューベースで議論を完結させたほり先生が素晴らしく、結果的に党派色が消されたからこうなったのだろうとは思う。
この辺りが弁別できないことが、元増田が引用したコメントに星をつけるような人たちを「党派性で動いている」と揶揄する所以なんだろうなと思っている。
ある日、ビデオの中から貞子が出てきた。とはいえ今はオンラインの時代だ。
俺はとっさに一時停止ボタンを押し、貞子を止めてみた。
もしやと思いブラウザのタブを閉じてみると貞子は消えてしまった。
俺はタブを複製して貞子がどういう動きをするのか確認したくなった。
三枚のタブを開いてアクティブになっていない貞子はタブの隙間から滲み出るように実体化するようだった。
俺は貞子が取り憑いた動画をダウンロードすると、メディアプレイヤーを10個開いて均一に並べた。
そしてスクリプトで貞子動画を走らせる。再生はループに設定し、貞子が止まらないようにした。
翌日、動画をすべて一時停止にした俺は、秋葉原にダイナモと鉛筆削りのようなローラー部品を買いあさりにでかけた。
そして家に帰ると貞子の出現する場所に10人の貞子を遮るようにローラーを設置して遮ってみせる。
たちまち貞子は大量に出現して目の前のローラーから部屋に出てこようとする。
唸りを上げて発電するダイナモ。一緒に買ってきたバッテリーの残電池容量がみるみる増えてゆく。
やった、ついに俺はやったんだ。永久機関SADAKO TYPE-100が完成した。日本風に貞子百式でもいい。
こうして貞子発電の第一人者となった俺に多額のライセンス料が振り込まれ、マスコミが駆けつけるようになった。
しかし困ったことが起こった。貞子はコロナウィルスに感染してある時大量死を始めたのだ。
俺の財産はあっという間になくなり、今日もYoutubeで貞子を探している。
そういうわけだ。
どういうわけなんだと思うだろうが、そういうわけだ。
使い古された概念が半ばインフラ化したというだけで、増田の判断も別に間違ってない。
正直仮想空間内で云々なんてものは2000~2006年付近の一大ムーブメントであって、やがて仮想空間ガジェットで何を訴えるか、どんなふうにその仕組を利用するかにシフトした。
今は案外と現実に馴染んでいない事がわかり、結果的にVRも流行ってない。
ARはこれからだが、本格的な流行をもたらすには裸眼でホログラフィックが見えるようになることだと思う。
物語上の思考実験はともかく、人間という動物として仮想空間は不健全な感じがする。
ちなみにSAOのフラクトライトの概念は昔ファミ通(ファミコン通信時代)でそれに似た小説が書かれていたし、そんなに珍しいものではないと思う。というかあのファミ通の記事ですら多分何かのSFの模倣かもしれないけど。高度に発達した何かが宇宙を生み出すとか神になるとか割と誰でもたどり着きそうな話ではある。