はてなキーワード: Sfとは
その上でいろんな価値観や人生があるんだよってことをおしえてくれるような作品を教えてほしいです
これらは読んでハッとなることが多くておもしろかった
こんなにコメントもらえると思ってなかったのでおどろきました
みなさんありがとうございます
『違国日記』、『鬱ごはん』は気になってたけど読んだこと無かったのでチェックします
他にも色々と教えていただき大変うれしいです
『きのう何食べた?』、『僕の小規模な失敗』、『家栽の人』、『メタモルフォーゼの縁側』、『海街diary』、『明日、私は誰かのカノジョ』、『逃げるは恥だが役に立つ』、『路傍のフジイ』、『つきあってあげてもいいかな』、『氷の城壁』、『今夜はすきやきだよ』は既読かつ好きで、増田好みのチョイスありがとうございました
青野春秋作品もすごく好き(スラップスティック再開してほしいなーでも無理はいえないなー)
『エチカの時間』は昔読んで面白かったのは覚えているんですが詳細を忘れてしまいました。どちらかと言えば日常というよりSFよりの設定だったような
『失踪日記』は読んだ記憶あるけど内容をぜんぜん覚えてない…。また読んでみます。アル中と関連して『だらしない夫じゃなくて依存症でした』はよかったです
アフロ田中はほぼ全巻読んでます。納得できるようなそうでもないような、でも妙に説得力のある例え話が好き
『君と宇宙を歩くために』は第一話が完成されすぎていたので自分の中で終わらせてしまってました。続きも読んでみます
『ヨコハマ買い出し紀行』はたしかに日常ものだけど!
言いえて妙
前者は男性の性欲を抑制することで社会から性的なハラスメントを撲滅するべきであるという文脈で使われる。
後者は少子高齢化に対する対策として女性の性欲を向上させることで計画外の妊娠を促すという意味合いで使われる。
男性の性欲を抑制する効果がある薬はどうやら存在するようである。
だから、後者に関しては完全にSF・ファンタジーの世界、仮定の話になる。
もちろん、前者も完全に仮定の話になるのだが。
どちらの場合でも、その性欲をコントロールする機関なるものの存在が必要になるのでは?
全国民の性欲をコントロールするべく、コロナワクチン摂取イベントのようなものを定期的に実施するべきであるという主張とも言える。
後者の場合は、少子高齢化対策として機能して人口が増加するようであれば国力の上昇につながるならば経済的にもとは取れるかもしれない。
そのような話の前に、そもそも国家が国民に対して、公衆衛生的な目的と乖離した目的で定期的に薬剤を投与するようなことが許されるのか?という話をしなければいけない。
おおよそ、そのようなことが許されるわけはないのは言うまでもない。
だから、性欲をコントロールする主体が国家を想定しているのであれば、かなり頭の悪い人の言動ということになる。
あるいは、なんらかの自主規制として社会がそのような暗黙の了解を形成するべきという理論なのだろうか?
個人が自主的に性欲を抑制したり、上昇させたりすることを期待しているのであろうか?
例えば、喫煙という行為は社会的プレッシャーにより大幅に抑制されている。
そのようなものを社会的合意を形成するべきであるという主張なのだろうか?
前者の場合、セクハラやあるいは性的な暴力を抑制する目的のための手段として主張されている。
もしも男性がその性欲を抑えることをした場合に与える社会的な変革のうちの瑣末事でしかない。
まず子どもの出生が減るのは間違いない。
これにより国力は現在より更に低下する。
そして上記にも書いたように国家が何らかの形でそれに関与するならば、そのような国家は意図的に国民をコントロールする術を手に入れることになる。
そのような権力を行使する国家とは極めて自由のない国家となりえる。
おそらくは合意の取れたパートナーがいる場合に限り、性欲の開放は許可されることになるのであろう。
そのようなパートナーがいない場合には、その性欲は有害であると判断されてその性欲は否定される。
このことは性産業、さらには性風俗産業にたいしても壊滅的なダメージを与える。
これは結果論としてだ。
男性に性欲がなくなれば、女性に対して性的な魅力を感じなくなることになる。
このことは女性に対して有利に働くケースもあるが、不利に働くケースもある。
一方で性的な魅力を失った場合にも、女性が社会的な地位を現在同様に維持できるのかは予測がつかない。
おそらくは女性にとっては不利に働く。
ものすごくハンサムな男性が何らかの事故などによって顔面に激しい損傷を受けた場合にも今までと同様に生きていけるか?という問題を想像すればわかりやすいかも知れない。
女性は性的な魅力を失うことで、そのゲタはなくなることになる。
そのときにより厳しい局面を迎えるのは、能力のある女性ではなく、能力の低い女性である。
結婚や風俗産業が経済的にその女性を救うことが難しい社会が形成される。
そのための社会福祉が必要なるが、そのような予算が捻出できなければ、国家はその女性たちを男性にあてがうことになる。
全体として国家が男性の性欲を抑制した場合、あまりハッピーな方向へと向かわないはずだ。
おそらくは、その国は滅びる。
そもそもがすべてファンタジーの世界の話であり、真面目に考えるような話でもない。
また
裏返しであり
前者を主張する人間は
そのことを自覚せずに前者を主張するような人は馬鹿とはいわないが少し考えが浅いと判断できる。
僕はその概念がプログラミングにどう関連しているのかを理解するのに時間がかかった。
しかしベクトル空間と行列の操作がコードの中で美しくシンメトリーを描く瞬間を発見した時の驚きは、シュレディンガーとハイゼンベルクの式が同じ結果を示していたことを知った時のそれに似ていた。
現実と理論が一致するその感覚は、あのときの僕の混乱とシンクロしていたのかもしれない。
デバッグ作業の合間に僕はふとネットサーフィンに耽ることがある。今日もそんな日だった。仕事に行き詰まり何気なくSNSを眺めていた時、ひとつの広告が目に入った。
聞いたこともない小説だった。ただ何となくその本のタイトルに僕は興味を引かれた。
普段は本など読まないプログラマーの僕が、なぜかその小説に惹かれたのだ。クリックすると古びたオンライン書店のページに飛び、その本の概要が表示された。
SFとミステリーの融合、奇妙な登場人物たち。そして何より、レビューは一切なかった。誰も知らない小説、誰も語らない物語。
そんな時、妻がリビングから現れた。彼女の顔には疲れと苛立ちが混じっていた。夫婦生活はすっかりすれ違っていた。彼女は朝早くから仕事に出かけ、僕は夜遅くまでコーディングに追われる。二人の生活リズムはまるでパズルのピースが合わないかのようにぎくしゃくして、欠けてしまったパズルのピースを探すほどの元気もゆとりもなかった。
仲違いの理由は妻の不倫関係にあった。僕はそのことを知っていながらも何も言えずにいた。
ある夜、僕が帰宅した時、妻は知らない男と電話していた。僕がその会話を聞いてしまった瞬間から心の中で何かが壊れた。
「またネットで何か探してるの?」彼女は僕を見下ろしながら冷たく言った。
「ただの小説だよ。何か面白そうだったから」と僕は言い訳がましく答えた。
彼女はため息をつき、何も言わずにキッチンに向かった。その背中を見送りながら僕は自分の無力さを感じた。すれ違いはいつの間にか深い溝となり、その溝は埋まることなく広がり続けていた。
デバッグ作業に戻るとふと机の片隅に一本の指の模型が目に入った。かつてあるハッカソンで作った人工指だ。触覚センサーを内蔵し人間の感覚を模倣することができる優れ物だったが、結局プロジェクトは頓挫しその模型だけが残った。何かを触れ何かを感じるために作られたものが、今ではただのオブジェクトとなっている。それが僕自身の姿と重なって見えた。
ある日、三毛猫のミケが窓辺に座っていた。ミケは僕たちの唯一の癒しだった。僕がミケを撫でると、彼女は満足そうに目を細めた。猫の可愛さは、まるで不確定な世界の中で確かな存在感を持つシュレディンガーの猫のようだ。そんな時、妻が外から帰ってきた。手には一束のたんぽぽを持っていた。
僕は驚きながらも、そのたんぽぽを受け取った。
デバッグ作業の合間に、僕はふとネットサーフィンに耽ることがある。今日もそんな日だった。仕事に行き詰まり、何気なくSNSを眺めていた時、ひとつの広告が目に入った。「聞いたこともない小説」そう銘打たれたその本のタイトルに僕は興味を引かれた。
普段は本など読まないプログラマーの僕が、なぜかその小説に惹かれたのだ。クリックすると、古びたオンライン書店のページに飛び、その本の概要が表示された。SFとミステリーの融合、奇妙な登場人物たち。そして何より、レビューは一切なかった。誰も知らない、誰も語らない小説。
そんな時、妻がリビングから現れた。彼女の顔には疲れと苛立ちが混じっていた。夫婦生活はすっかりすれ違いがちだ。彼女は朝早くから仕事に出かけ、僕は夜遅くまでコーディングに追われる。二人の生活リズムはまるでパズルのピースが合わないかのようだ。
そして、僕たちの仲違いの理由は、妻の不倫関係にあった。僕はそのことを知っていながらも、何も言えずにいた。ある夜、僕が帰宅した時、妻は知らない男と電話していた。僕がその会話を聞いてしまった瞬間から、心の中で何かが壊れた。
「またネットで何か探してるの?」彼女は僕を見下ろしながら冷たく言った。
「ただの小説だよ。何か面白そうだったから」と僕は言い訳がましく答えた。
彼女はため息をつき、何も言わずにキッチンに向かった。その背中を見送りながら、僕は自分の無力さを感じた。すれ違いは、いつの間にか深い溝となり、その溝は埋まることなく広がり続けていた。
デバッグ作業に戻ると、ふと机の片隅に一本の指の模型が目に入った。かつて、あるハッカソンで作った人工指だ。触覚センサーを内蔵し、人間の感覚を模倣することができる優れ物だったが、結局プロジェクトは頓挫し、その模型だけが残った。何かを触れ、何かを感じるために作られたものが、今ではただのオブジェクトとなっている。それが僕自身の姿と重なって見えた。
やけになった僕は、深夜の街をさまよい、風俗に足を運ぶこともあった。そこでは、まるで別の世界が広がっていた。虚無感と欲望が交錯するその場所で、一瞬の逃避を得るためだけに時間と金を費やした。
ある日、三毛猫のミケが窓辺に座っていた。ミケは僕たちの唯一の癒しだった。僕がミケを撫でると、彼女は満足そうに目を細めた。猫の可愛さは、まるで不確定な世界の中で確かな存在感を持つシュレディンガーの猫のようだ。そんな時、妻が外から帰ってきた。手には一束のたんぽぽを持っていた。
僕は驚きながらも、そのたんぽぽを受け取った。
夜、僕は届いた小説を読み始めた。ページをめくるたびに物語は奇妙に絡み合い、現実と夢が交錯する。登場人物たちの葛藤や喜びが僕自身の感情とリンクしていく。やがて僕は一つのことに気付いた。その小説は僕たち夫婦の物語と重なっていたのだ。
翌朝、僕は妻にその小説のことを話した。彼女は驚きながらも興味を示し、僕たちは一緒にその物語を読み進めることにした。ページをめくるたびに僕たちの心は少しずつ近づいていくように感じた。
たんぽぽが咲き誇る春の日、ミケは僕たちの間でくつろいでいた。僕たちの生活は完全には戻っていないが、少しずつ、確かに何かが変わり始めていた。それは一本の指のように繊細でありながらも、確かな感覚を伴っていた。
覇権ゲームをやるのに忙しくてここ数年アニメはまったく見てないわ
特に少年漫画原作アニメ、異能バトルみたいなやつは作風も絵柄も好みに合わんのばかりだったしな
最近の流行りはそっち系の女子好みそうなもんばかりで辟易してる
ググったらなんかこれも女子好みしそうな恋愛ものっぽいな?いや男がまじってるけど女子メインのアイデンティティこじらせ系か?
SFテイストのやつなら見るかもしれんがなあ。まあ俺も青春っぽい劇場アニメならここさけとか好きだったけど
テレビアニメなら色づく世界の明日からみたいなふんわりした雰囲気のなら好きだけど
これは小説版の表紙絵とか見る限り拒否反応でるタイプのドロっとしたやつだと俺のセンサーが感知した間違いない
こういうの女子の露悪趣味に付き合わされてる感じがして嫌いなんだよな
アニメよりリアルタイムで長期間神展開を見守っていくもんだからせいぜい3ヶ月で旬が過ぎるアニメよりも思い入れの厚みが違って心が豊かになるぞ
むしろお前のような臆病者こそ他人をそういうダメなヤツだと思い込みたがる
だがガチのオタクが現実の人間に期待をしないのは臆病だからでもコンプレックスがあるからでもない
ただ純粋に2次元キャラクターが見せるイデアのビジョンや、物質に縛られないサイバーな電脳社会で人格的進歩を遂げる精神主義社会が素晴らしいと思っているからで、SFのように肉体や生殖を超越した環境でこそ人はやっとアニメキャラのように純粋なアバターとして振る舞えるようになると信じているからだ
ライトノベルという名称が生まれた時点でコバルト系の小説ははっきりと含まれてたってことはもう少し知られてもいいとは思う
ライトノベルに少女向けレーベルは含まれるのかの議論になると明らかにこのへんを事実誤認のまま語られることが多いから
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%AB
「ライトノベル」の命名は、1990年初めにパソコン通信ニフティサーブの「SFファンタジー・フォーラム」において、それまでのSFやファンタジーから独立した会議室を、会議室のシスオペであった“神北恵太”[注 1]が「ソノラマ・コバルト」などのレーベルからの出版物に「ライトノベル」と名付けたことが始まりであるとされる[23][24]。
言いたいこと:「少女小説をラノベに含めても無視してもボコボコに叩かれる」という難しい状況がある。
いま、ライトノベルのオールタイムベストを選出する作業が進められている。
ラノベが社会に認められるためには、売り上げだけが唯一の評価軸である現状では差し障りがある。文化としての成熟には体系化と批評の存在が必須であり、その一歩としてたいへん意義のある活動と言えるだろう。
あくまで叩き台であり、作品数的にもより拡張した形を目指していくようだが、現時点でも各年代に目の行き届いた、ラノベの歴史の流れを俯瞰できる内容となっている。
ただ、この手の企画はどのような基準で選んだとしても、あれがないこれがないという不満はどこかから出てしまうものだ。ラノベ150選も例外ではない。
その中で今回特に目についたのが、「女性向け作品がない」という声だ。
これに対する企画者の返答は、女性向け作品については単独のガイドブック等が先行して存在しているから、というものだった。
合理的な判断だと思うのだが、これでも納得していない人は多い。少女向けをないがにしろにするのか?と憤慨し、容赦なくボッコボコである。
増田は、ライトノベルや少女小説(もしくは「女性向けライトノベル」)の歴史そのものについてはともかく、ライトノベルと少女小説との関係性についてはちょっとした知識がある。
今のままでは企画者氏があまりに不憫なので、これについて簡単に解説しておこうと思う。
ニフティサーブのSFファンタジー・フォーラム内で増えてきたある種の若者向け小説の話題を別会議室に独立させるにあたって、管理人の神北恵太氏が命名したものである……
もちろん名前はそうでも、ジャンルとしてのラノベ自体が90年に突然生まれたわけではない。起源をいつとするかは諸説あるものの、ラノベ的作品はそれ以前から存在していた(存在→命名の順であってその逆ではない)
そのようなラノベ的小説群は「ライトノベル」が定着する以前には、個人やコミュニティごとにさまざまな呼ばれ方をしていた。そのうちの一つに、ジャンルの代表的なレーベルから取った「ソノラマ・コバルト系」というものもあった。
言うまでもなく、コバルト文庫は少女小説の代名詞というべきレーベルである。つまり、命名の時点では「ライトノベル」は少女小説(の少なくとも一部)を当然に含むような形で規定されていたということだ。
(ここでの「少女小説」とは当時のコバルト文庫やティーンズハート文庫などのことであり、たとえば吉屋信子や創刊直後のコバルトシリーズなどは当然ながら想定していない)
以後、他メディア化の機会などの関係で男性向け作品の方が存在感はあったものの、ライトノベル(的なもの)は女性向けを含めたひと塊のカテゴリとして扱われていく。
2000年代に入り、語としての「ライトノベル」が一般に定着して以降も、この認識はそれほど変わっていなかったはずだ。
この状況に大きな変化をもたらす出来事が、2010年代前半に起こった。
まずは2013年、とある文学研究者がツイッターでこのような発言をしている。
少女小説・ラノベそれぞれのジャンルについての価値判断を含んでいるとまでは言わないが、これが少女小説の側に立った発言であることはまず間違いないだろう。
それまでの一般的なラノベ定義・史観を覆す、非常に大胆な主張である。
ただ、一部のラノベ読者が過敏に反応はしたものの、この時点ではアカデミシャンとはいえあくまでいち個人の主張に過ぎなかった。
それが正式な形で世に出たのは、2014年のことになる。著書としての刊行である。
この本で研究者氏は丹念に事実を積み重ねた論証により、まさに「少女小説が歴史的にライトノベルではない」ことを証明してしまったのだ。
詳細は省くが、
少女小説は戦前からの少女文化独自の伝統を直接的に受け継ぐ文学ジャンル、ライトノベルは戦後のマンガ文化等の影響から新たに生まれた新興の娯楽であり、その出自からして全く異なる別物である
ということだ。
この、市井のオタクではとうてい太刀打ちできない完璧な形の少女小説≠ラノベ論の出現により、少女小説⊂ラノベ派の多くは白旗を上げて沈黙することとなる。逆に、少女小説がラノベの枠内で扱われることに不満を感じていた少女小説業界関係者・読者は、我が意を得たりと快哉を叫んだ。
日本文学研究者による恐らく初めての本格的なラノベ論ということもあり、この本はもともとラノベや少女小説に興味のあった人間にとどまらず、幅広い層の人々に読まれていった。今やラノベ関連の研究ではほぼ必ず参照される一冊となっており、アマチュアでもラノベの定義や歴史を語るなら必読と言っていいだろう。
これによりパラダイムが決定的に転換し、少女小説をラノベに含めるような人間は、もはやそれだけで時代遅れな「分かってないやつ」の烙印を押されるまでになったのだ。
(フェミニズム的な意識の高まりにより、女性文化(少女小説)の功績を男性側(ラノベ)が都合よく収奪してきた、という構図に気まずさを強く覚えるようになったのも、この傾向を後押しした)
この空気の変化は以前/以後と呼んでいいほどに劇的なものであり、刊行から10年経った2024年の現在にいたっても、更新される気配は特にない。
お分かりだろうか。
つまり、少女小説は「ライトノベル」ではない、というのは、もともと少女小説サイドが言い出した主張なのだ。
現在では、ラノベの定義・歴史との関連で(特に男性の論者が)少女小説に触れる際には細心の注意が要求されるし、実質的にはほぼタブーに近い。
企画者氏がラノベ150選から女性向けを除外したのも、世間のその暗黙の風潮におとなしく従ったという側面がやはりあるのではないだろうか。
加えて企画者氏の場合は、かつて不用意にレジェンド少女小説作家を「ライトノベル作家」と呼んで、少女小説側から激しい批判に晒された当事者でもある。そのため今度は、なおさら慎重に配慮したつもりだったのだろう。本人としては。
結論として今回の件は、気遣いがすれ違ってしまった悲しい事例ということになる。
少女小説読者といっても一枚岩ではないし、自分はそんな配慮ぜんぜん嬉しくない。多数派がどれだけ否定していても自分は少女小説もラノベに含めるべきだと言い続けるぞ。という人もいるだろう。その気持ちもよく分かる。
分かるが、少女小説をラノベに含めても無視しても必ずどちらかからボコボコに叩かれることになる、板挟みの苦しい立場のことも少し考えてみてはもらえないだろうか。
オールタイムベストの企画者氏は現在、文化としてのラノベ保全のため「ライトノベル図書館」の設立計画を進めており、クールジャパン予算を獲得すべく自民党の国会議員に働きかけている。ラノベオールタイムベストはその陳情の材料にもなる予定らしい。
こうした活動の文化的な意義を踏まえた上で、できれば多少の意見の相違は呑み込み、振り上げた拳をどうかそっと下ろしてはくれまいか……
長え! 一番言いたいことを最初に置いとけよ。
追加しときました。
核心部分が何で匿名やねん
「ラノベのルーツの1つは少女小説である」と「少女小説はラノベである」は意味が全然違うと思うが(後者を主張してる人いる?)
“ラノベのオールタイムベスト”に、ある少女小説を推すとした場合、(少女小説全体やレーベル全体ではなく)少なくともその作品は「ラノベ」で(も)あることが自動的に前提となるのでは。
逆に言うと、ラノベではないがラノベのオールタイムベストに入れろ、は通らない。
排除ではなく、少女小説の側がラノベに括られることを拒否した運動があった、という話です。
クール・ジャパンから公金を引っ張るために少女レーベルや未分化期を無視するのは仕方ないキリッ されて、納得は出来ないですけど………
リストから少女向けを除外した理由(と思われるもの)と、批判のトーンをなるべく抑えてほしい理由は、別々に書いたつもりです。
wikipediaより「1990年初めにパソコン通信ニフティサーブの「SFファンタジー・フォーラム」において〜「ソノラマ・コバルト」などのレーベルからの出版物に「ライトノベル」と名付けたことが始まり」コバルト入ってるやん
はい。
その話を本文に書いています。
その、とある文学研究者って誰だよ。名前を出してくれないと分からないよ。2013年の事なら記憶にありそうなものだが思い当たる人がいない。
ツイートの件はともかく、著書の話を見ても心当たりがないなら、たぶんそもそも知らないんじゃないかな……
その「知らん研究者のお気持ち」が定説化して力を持ってしまっているという現実があるのです。
たとえとして適切か分かりませんが。
ナンパを不快に感じるA子さんと、女をナンパしない男は無礼だと信じるB子さんがいるとします。二人のナンパに対する意識は、事前に外からは判断できないものとします。
映画は基本興味ない。
でも「豪快アクション」とか「ラブコメ」とか「スリリングなサスペンス」みたいな作品は常時求めてはいて、基本的にピッコマとかの漫画アプリでその欲を満たしてるよ
で、そういう状態だから映画やドラマのポスターで「これはこういうアクション映画です」とか「こういうカタルシスがあります」てわかりやすく説明されてると、あー見たいかもって思うもん。週末ちょいお出かけして行くかなってなる
マンガアプリでいいマンガないかなーて検索するとき、自分は「ラブコメ」「SF」「ミステリ」みたいなジャンルごとのランキングを見てサムネ画像タイトル見て決めるから、その延長。
確かに、元のポスターのほうがカッコイイなって自分も思うんだけど、自分はポスター愛好家んじゃなくて映画の中身がどうなのか知りたいから、情報は多ければそりゃ助かるし見たい気持ちも膨らむ
つうかさ、最初舐めてた相手が実は強かったときの落差に弱すぎるよね。
イコライザー系耐性-200%っていうか。
最初舐めてる→叩くために群がる→意外と面白かったぞ→未だにこの作品をバカにしてる表面しか見てない雑魚と違って俺達の凄さ(ニチャァ
所詮エロゲだと思っていたら真っ当にSF純愛モノ出てきただけで大絶賛みたいなのさ
お前らって、本当に単純だよな。
一見大したことなさそうな作品が実は凄いことを知ってる自分たちのことを自慢したいだけなんだろ?
プリキュアや仮面ライダーを馬鹿にしない俺達マジカッケエみたいな消費の仕方、いい加減やめろよ。
作品はさ、コンテンツはさ、消費によってアイデンティティを構築するための手段じゃね―のよ。
お前らは評論家を気取れてる気なんだろうけど、実際には知育玩具をただ普通にクリアしただけの園児と大差ないんだよ。
ねるねるねを普通に混合できただけなのに、自分が偉大な科学者になったと勘違いしている幼稚園児なんだよ。
勇気が1000倍のアンパンマンもあることを知っているからって、それはお前が他の園児より優れていることなんて1ミリも意味しちゃいねえよ
インタビュー動画:https://youtu.be/76X-haviyIk
A.若い頃は作家になれるとは全然思っていなかった。(※菊地秀行氏は作家になる前には翻訳を手がけている。)処女作の『魔界都市〈新宿〉』の増刷が出たときに、作家でやっていけると思ったのでなろうと思った。学生時代に渋谷の手相見にあなたは作家になれる、と言われたこともある。
Q.初めて読んだ文学作品は?
A.僕の子供の頃は、僕の好きなホラーやSFは図書館にも本屋にも置いてなかった。学校で言えば、子供向けのポーやスティーヴンスンの『ジキルとハイド』シェリーの『フランケンシュタイン』を読んでいた。
純文学作品は殆ど読んでこなかったので、あまり他の作家とはそういう話はしないようにしている。
A.日本では山田風太郎。この人がもうトップ。SFだとレイ・ブラッドベリ。ホラーだとラヴクラフト。
漫画だと貸本が好きで、ダントツに才能があるなと思ったのは水木しげる、白土三平、楳図かずお、小島剛夕。
(続く)