はてなキーワード: 自己完結とは
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この理由は
1.各話が面白い
2.まだ続きがある
で
だからだ
これが終盤(終わる2話くらい前)は
2.続きがない
「終わった」ことではなく「終わりそう」なのがストレスなんだ
中盤の満足感が「まだ続く幸せ」に支えられている場合は終わる前にすげーテンションが下がる
これは強化学習(Q-lerning)における報酬の仕組みに似てる
年をとるほどに「ああそろそろ終わる」が早まってくると思う
これを回避するには
・中盤を抑えて尻上がりにする
・「まだ続く幸せ」を抑える
くらいだろうか
「次回どうなっちゃうんだ!?」で止めてもストレスを感じない。酷い。
ちなみに全部終わってから一気に見たりする
そしてリアルタイムで見ればよかったと後悔する
10話あたりいっつもそんな感じ
そういや魔法陣グルグル止まってたな・・・あんなに盛り上がったのに
今期もそろそろツライ
マリッジブルーなんじゃないの?
そう言われて納得できるとは思ってないけど。
別れても別れなくても後悔するのはわかってるでしょ?
他人に相談なんてできないし、できたとしても呆れられるだけなのはわかってるでしょ?
今の彼女と別れても、これほど相性のよい処女と巡り会えるなんてことはまずないのはわかってるでしょ?
だったらあなたは単に人生の岐路を前に逡巡してるだけなんだよ。
何でも思い通りなんてことはあるわけがない。これからの人生、随所で何かを諦めることは必要。
その不安が「処女」って一点に象徴的に出てるだけなんだよ。今まで五年付き合ってきてなんとか妥協できてきた悩みが急に肥大化してきたってのはそういうこと。
あなたの悩みがつまんないものではないにもかかわらず、他人からボロカスに言われてしまう形でしか表出できないってことはそういうことなんだよ。あなたの心の奥底にある不安、それが悩みの正体。そのに向き合わなきゃいけない。
大丈夫。そんなの誰でもあるし、一旦結婚してしまえばまず間違いなくそんなことどうでもよくなる。
結婚はいいもんだよ。それまでの人生なんて人生じゃなかったくらいの気になる。
客観的に不満がないなら、諦めて飛びこんじまいな。
二次創作マイナージャンルを歩き続けて三千里、ついに公に発信すらできないような界隈のオンリーワンCPにたどり着いてしまった。
同志がいない。自分が生み出す以外の供給は皆無。イベントは孤独。ひとりでひたすら耐える空間。原稿も孤独。自分との対話。
想像の5億倍えげつない世界だ。前世で何したんだろう。ほんとごめんなさい。悟りを開きたい。極々たまに頂くことのできる有難い言葉や感想、差し入れなどを糧になんとか生き永らえている。それだけが救いであり自分の居場所だ。
冒頭に辛いと書いたが自分が生み出す作品は最高に萌えるし、この素晴らしい解釈を形にして世の中に送り出すことのできる私は天才か神か形容できない最高の存在である。救世主と書いてメシアと読もうか。本という形にした後自らの本を100回以上読み返しては胸をいっぱいにしている。そこには自CP解釈全一致同人誌が存在しているからだ。
自己完結してるなら幸せじゃねえか乙と思った方はどうかはじめの方に書いた「自分が生み出す以外の供給は皆無」の一文をもう一度読んで私を憐れんで欲しい。憐れな人。憐れで構わない。憐れなのだから。この世界で呼吸をするには、生きるためにはこうするしかなかったのだ。本当に一つの例外もなく私の作品しか存在しない。気の狂った誰かが適当な二次創作の名前の部分だけ変えてアップしてくれただけでもその作品を10年は啜るかもしれないがそのようなことは起こっていないので実際そうなったら私がどのような行動に移るかは誰にもわからない。自分の作品しか読んだことがないのだから。こんなことがありえて良いのだろうか。私だけがこの素晴らしいCPの二次創作を独り占めして良いのだろうか。可能であるなら早急に人々と分かち合いたいと思っているので頼むから皆創作活動に打ち込んで欲しいが現実はそう上手くいかない。活動を始めてもう一年が経った。今日もまた現実という壁にただひたすら打ち込むしかないのだ。やはり辛い。そこには自分の同人誌しか存在しない。だが私にとっての理想が詰め込まれているし、創作活動は楽しいのだ。
そう言うと、マナーは大事だろうが!って突っかかる人もいるかもしれないけど、マナーが大事じゃないとは一言も言ってない。
口に物が入ってる時に喋らないとか、迷い箸しないとか、そういう、当たり前のマナーは前提の上で。
食事マナーってそもそも、一緒に食事をする人を不快にさせない為のものでは?
いちいち食べる順番がーとかお皿の置き方がーとか箸の持ち方がーとかやかましいわ!
その指摘で飯が不味くなるし不愉快にさせないためのマナーで不愉快にさせてどうするんだ本末転倒だろう。
親が子供にしつけで〜とか、接待でお偉いさんが〜ってっていうんだったら必要なことだと思うけど。
箸の持ち方が適当だからって、それで困るのは当人だし、気に食わないならこいつとはもう飯を食わん、って自己完結すれば良いのに、当人どころか同じテーブルの人、更に全然関係ないこっちのテーブルの人のご飯まで不味くさせないでくれたまえよ。
食事は楽しく、って教えてもらわなかったのかな?マナーに拘り過ぎるあまり大事なことを忘れちゃったのかな?
指摘してくれる人がいるのは良い事なんだけどさ。無関係のこっちのテーブルを巻き込まないでくれ。気まずい空気のまま食べて店出たわ。
そりゃね、お箸ちゃんと持てて美しい配膳で整った順番でぴしっとした姿勢で楽しく食事できればそれが一番なんだろうけど。
まあ価値観だよね。いきなり説教始めるような人と箸の持ち方適当だけど楽しくご飯食べられる人なら後者の方が良いや。困るのはこっちじゃないし不快にもならないから。
タイトルの通りです。
自分は今24になるのですが、人間関係構築の能力のなさに本当に嫌気がさします。
小学校の時には少しいた覚えがあるのですが、多分今はそういった人が多いのでしょうか、
中学、高校、そして大学と進学する事に人間関係をブチる癖みたいなのがあって、
要するに自分から他人に絡みにいけないくせに(寂しいと思うことはあるのに)、
今も大学5年で狭いコミュニティの学科に属しているのですが、そういった環境で5年も過ごしていれば
仲良い友人の1人や2人は誰でもできると思います。ですが自分はどうもその手に才能がないというか、なんというか。
所謂ASDなのでしょうか。自分が属する学科では就業前にパーッと卒業旅行に行くのが慣わしなのですが、
多分行かないと思います。
昔ギャグマンガ日和の「あなたと私は友達じゃないけど、あたしの友達と、あなたは友達」ってOPの歌詞にあったと思うのですが、
本当にそんな感じです。俺を一番に仲良いって人がいない。宿痾なのか。
後輩に少し私用でラインをしてみたら全く既読がつかず、どうやらブロックされているようで。
他人から嫌われるような行動を無意識の内にとってしまうようで、
人間関係に関しては本当に後悔ばかりです。なんでもっとうまくやれないのだろう。
全然IT関係じゃないからわからないんだけど、ちょっと発達入ってるので日程とか簡単に無視するしやばいなーと思ってる
wunderlistってのが良いと聞いたんだけどMSに買収されてたよね
基本的には手帳でスケジュール管理しているのですが、なんだかんだ言って通知されないとすぐに忘れるしやらない
だからせめて何処の環境でも使い続けられるリマインダーが欲しい
あと、ゲーム仲間と旅行の計画立てる際にそういうの活用できないかなーと思ってる
ふわっとしてるよね
色々迷ってるけど、MSTodoはそこそこUIがいいので使ってみようかなと思ってます。
何かおすすめのやつや使い方あったら教えてください
ツイッターすらROMだ。
何も生み出さないので誰にも認めてもらえない。
創作をしていなくても褒めて欲しい、あと同志とコミュニケーションをとってみたい。
ファンです、と話しかければいいのかも知れないが、拗らせている。
病気かと思うほど、いろいろ拗らせている。
承認欲求というのだろうか、とにかく寂しい。
構ってちゃんと化してはや数年…いまや他人様に迷惑はかけない常識がある。
そんな私のマイブームは、ツイッターで匿名の感想を送ることだ。
何せ、相手に喜ばれる。
私ごときが送る拙い感想で人が喜ぶさまを見ることが出来るのだ。
趣味を続けるも辞めるも個人の自由だが、他者からの評価がもらえないという理由でジャンルを去られてしまうのは何となく悲しい。
自己満足で自己完結できれば最強だが、そういう逞しい人は少数派かも知れない。
私も構ってちゃんなので、承認欲求については理解があるつもりだ。
②考察、感想、イラスト、漫画…何かつぶやかれると飛んでいき(ここまでも、いつも通り)
こういうサイクルが定着した。
勝手にうぃんうぃんだと思い込んでいる。
私は楽しい!
もしかすると私の好きな人も嬉しいと感じる(少なくともツイッター上では礼を言ってくれる)
こんなにも皆が幸せになれるであろうストーキングを発明してしまった私は天才ではないだろうかと自画自賛しつつ
今日も大好きなあの人たちに言葉を尽くすため語彙を駆使している。
まあ大抵の人は真っ当に絡みに行き仲良くなるのかもしれない、そして、その方が健全で、何より、やっぱり羨ましい。
真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。
お気に入り数の多い有名ユーザーが突撃しているというケースもあるだろうが、もうひとつ可能性があるな。
『スター連打』だ。
スターは1人のユーザーにつき1個までしかつけられないなんてことはなく、やろうと思えばありったけのスターを1つのブクマ(ブコメ)に対してつけることが可能だ。
試しに適当なエントリに、ブコメで「スターください」と書いてみるといい。
1人でも酔狂な輩の目にとまれば、ほぼ似たような現象が起きるはずだ。
自分で書いた記事に、自分がブクマ(セルフブックマーク、略してセルクマ)してコメントを書き、そのブコメに自分でスターをつけるなんてことも。
その疑問については半分YESで、半分NOだな。
基本的に人気ブコメ欄はスターの多い順に並ぶのだが、これは厳密には「多くのユーザーから星を貰った順」なのだ。
10人のユーザーから1個ずつスターを貰ったブコメと、1人のユーザーから10個のスターを貰ったブコメなら、前者が上にいくというわけだな。
人気コメ欄でスターが少ないブコメが上で、多いブコメが下に位置していることがあるのは、そういったケースであることがほとんどだ。
その点では、1人のユーザーが1つのブコメにスターを連打しただけで人気コメ欄を意図的に操作することは難しい。
スターを誰が、どのようにつけたかというのは、各ブコメの★マークのアイコンにカーソルを合わせるなりクリックなりすれば容易に閲覧できる。
だが大半のユーザーは他人のブコメについている星を、誰がどのようにつけたかなんていちいち閲覧しない。
ホッテントリの人気コメだけ見て、満足するような人たちもそこそこいるだろうな。
「うーん、この問題の是非について大した関心もなければ、言語化するだけの含蓄もないなあ。でも、ちょっといっちょ噛みしたい衝動に駆られるなあ。あ、この人気コメ。これだけ星が多くついているってことは、それだけ支持されているってことだよな。自分の持っている漠然としたイメージと近い意見のように見えなくもないし、迎合の意味を込めて僕もスターつけよーっと」
今回、学ぶべき教訓は「『いいね!』が玩具の宝石なら、星は石ころ」だ。
まあ、有り体に言えば無価値だ。
それ自体は人間の性だが、ふと俯瞰して見たとき「やっぱり無価値だ」と我にかえる冷静さが必要だな。
少なくとも、そのスターの価値を担保しているのは誰か、くらいは知っておけば損はしないだろう。
通貨と一緒だ。
余談だが、一昔前のはてブは人気コメ欄の影が薄い、影すらないといっていいデザインだったんだ。
人気コメ欄が今のように出しゃばってきたとき、仲間たちはかなり反対していた。
私が傭兵をやっていたという話すら信じてくれない。
なりきりって知ってますか。
キャラクターとして話すアレです。
あれな、めちゃくちゃ面白い。
実を言うとかんこな系の話をツイッターの本アカウントで話したくなったものの、この話だけは本アカウント含めて話せる場所がなかったので初めてはてな匿名ダイアリー使ってます。
というのも、私はなりきりアカウントでツイートとかをしているような人だからです。
いや、ほんとあれ、面白い。
そのキャラクターでプレイすると決めたらあとはアカウントとって呟く。これだけ。
厳密にはあくまでツイッターなりきりがそれなだけでチャットとかメールとか色々あるらしいけどそこは管轄外だから割愛させてもらいますが。
いやね。これ本当何が面白いって「会話」だけでキャラクターを表現するの。
これね、ソシャゲのストーリーみたいなもんだけど結構小説と書くときの手癖みたいなのが違う。すごい。
まず、キャラ解釈がそのままアカウントに出る。ぶっちゃけ解釈で何回か身バレしてる恥ずかしい人間なんですけど、これ本当に自分がそのキャラのどこに重きを置いてどこを魅せたいのかが如実に出る。これはもう小説の比じゃない。だってそこにはストーリーも背景もなくそのキャラクターしかいない。裸一貫なんですよ。雰囲気や関係性も、視点を変えたり景色で表現したり出来ない。だから「この人はどう話すのか」それだけを考え抜かないといけない。すごい。これが本当面白い。
さらにこれ、自己完結できるときもあるけど、私の手から広がっていく二次創作でね。リプライが来るんですよ。相手がなりきり同士なら「そのキャラクターと話すなら?」「このシチュエーションは何か?」「でも相手には別に後ろの人がいるからその人がどこまで許容できて、どんな解釈で、どんな対応が好きか」考える。すごい。深い。中には仲良くしたい人もいれば殺伐したい人もいる。これを読み取る。
ただここまではリレー小説でもできるんだけど私個人は所謂「一般」とのやりとりがとても好き。一般とはなりきりをしていない人のこと。このキャラが、ごく普通の他人から話しかけられたら、または馴染みのフォロワーなら普通の世界の友人とどう話すか。フォロワーさんが面白い人ならどこまでバカをやって楽しませられるか、フォロワーさんが頑張って話しかけてくれた人ならどう話すとほっとするかとか。たまに相談をされたら、相手にとってプラスに働いて、それでもってキャラクターらしい答えをに何時間も悩んだりもするけど、これがキャラ観広げてくれるからメインでの二次創作にも役立ってくれていてありがたい。しかもお相手の役に立てると、小説や絵だとなかなかない、自分の二次創作が役立った喜びがわかりやすく目の前に現れる。これ、例えば主人公で人助けするキャラだとめちゃくちゃ嬉しい。好きなキャラだと尚更。悪役でも、結構微妙なラインの見極めが楽しいんだけどここは意見分かれそうかなとも思ってる。いや、そもそもこれは人により分かれる話なんだけどね。なりきりの中には世界観維持のために一般NGの人もいるし。こういう人の解釈の塊アカウントもまた美しいんだ。
あのね、これの面白さがね、「感想」は滅多に来ないんですよ。でも反応されることで、なりきりという二次創作に厚みが出るというか。それがすごくワクワクするんですよね。自分の書いた解釈の塊が、誰かの元でまるで生きているみたいになる。この感覚がたまらない。
フォロワーさんいつもありがとう。設定あわせてペアアカウントにしてくれている友達愛してる。アイコンくれるフォロワーさん、絵からの身バレが怖いから本当に助かる。他のなりきりさんたち、あなたたちのおかげで幅広い解釈への許容と面白さを知ることができました。
私がやっているアカウントは好き!と叫ばないシャイなやつなので、でも本アカウントで話したらあのキャラクターが存在しているかのように付き合ってくれている人たちの世界を壊すので、ここで匿名でいうね!すきです!これからもよろしく!
私も腐女子。今までああやって典型的な腐女子を客観的に観察するなんてことなかったから、驚いたことがいくつかあった。まず、彼女らのような典型的な腐女子というのは、非常に内向型で自己完結型の生き方をしていること。自己完結というワードは語り手の腐女子さんからも出ていたけど、いやほんとに、内向きで自己完結型だった……びっくりした。他に気になった点は
・職場の男性が腰が痛いと言ったのに対し、思わずえっ何で?と言ってしまう
いやこれ笑い話になってるけど糞セクハラエピソードでしょ。でも内向きで自己完結型だから自分では気づかない。男女逆だったら大炎上だよ。この腐女子さんだって男性の同僚からセックスを想定して「なんで?」って言われたら、しかもそれがネタにされてたら、どう思うんだろう。これあの悪名高きホモソーシャルってやつじゃん
女からログアウトじゃなくて、社会性や人間性からのログアウトだと思う。盗撮やプライバシーの問題といった社会的な縛りや罪悪感から逃がれ、究極の自己完結装置になりたい。それが壁でありホコリになりたいであると私は考察する
ワケあって新卒で研究者を諦めて高専教員になってみたものの、夢を諦められないでくすぶっていたんだ。
そんなときにコンビニバイトから youtube dream を掴んでポストを得た「のじゃロリおじさん」を見て元気をもらったよ。
のじゃロリおじさんが書いた3DCGに関する手記を読んで、専門的なことはさておき報酬が自己完結することの大切さを改めて教えてもらった。
研究もそうだよね。
誰のために、なんのために研究するのか、論文発表するのかって問い詰めたときに自分が楽しくなきゃやってられない。
それを、胸に刻んでいく。誰にも依存せずに自分で、「楽しい」を手にすることができることを目指すよ。
ねこますさん、ありがとう。あなたは僕の希望です。フィールドは違いますが、お元気で。
P. S. こんなことろで匿名でつぶやいたってねこますさんに届くかどうかわからないけれど、僕は言葉にせずにいられなかったので書いておきます。
日本の文化性と精神性は明らかに外国の人に喧嘩売ってるとしか思えないですよね。いくら国民性の問題だとしてもちょっとこれは理解されないんじゃないのかと。
欧米の感覚でも中韓の感覚でもそうだと思います。しかし、日本のセンスではオタク萌えやヤンキー精神がアリになるんですよ。それが子どもの頃はよくわかんなかったんですが、30代になってだんだんと理解できるようになりました。
日本は経済大国ならイメージすぐありますが、文化大国イメージってアメリカや中国などの影響強すぎて外から見るとなぜ急に日本になるのかをまず先に噛み砕いてからじゃないとそれすっとばしても何だかよく分からないかもですね確かに。理屈をすっ飛ばして精神に訴えるんですよね。「島国根性」「ヤンキー精神」の土地です。あなたが外国人ならば気付きやすいですが、学校とかでもインテリが妙にマッチョイストだったり。変な意味での夢を見たがるんです。カルチャーショックもありますよ。
むしろ台湾や韓国の人のほうがうまくできていると思います。マッチョイストじゃないし、理屈が合って相互がそれを精神にまで受け入れられる過程が文化でもよく表現されています。工業製品も日本よりしっかりしています。
あとイメージ的に昔でいう「ハングリー精神」のようなノリが日本にはないと思います。新しい産業とかに行っても妙に首を洗って待っている感じですし、だらだら残業とかしている感じ?
世代と人種が違うのかも知れませんが、20年前東洋でよいイメージの人間といえば日本人でした。いつの間にか中国・韓国人がそのポジションに居座ったわけですが、いつの間に替わったのだろう?その理由は日本社会の成熟と中韓の躍進でしょうねえ。それと、長期不況を日本が経験したからなのではないでしょうか。
根性論は外国人が一番理解に苦しむやつですね。急に想像で会話をやられてるみたいで結果が末恐ろしいです。
外国人から見ると、日本人の言っていることがわけわからないことが多くて謎だったんですが、そう考えると腑に落ちるでしょう。外国人は論理の話をしていても、日本人は感情として判断されてしまう。アウトプットだけ示して肝心の道のりを提示しない…などなど。数学をイメージするとわかりやすいです。
でも、いずれにしても文化も仕事も学問もゴールではなく、途中過程を示すことにこそ価値があるわけですよ。そのへんの推し方が弱いのが日本人かなと。
あと日本各地で愛国ポルノまがいの感情論が蔓延していますが、それは外国人は理解できないことだから、最近の東北の米CMよろしくに一人よがりすぎるじゃん。自己完結感が極端すぎると思うんですよ。
ただ一言「日本の○○がすごいよ!」だけ云うても、そりゃたとえば車や二輪車は世界各地多数あるわけでその中で日本のそれらはどういった特徴があってさらにどういうメリットがあってその結果良いのかってのが分からないとただ「とにかく良い!」いうてもなかなかそそられませんからね。
誰も聞いていないのに、独り言の様に、永延と話をする
会話のキャッチボールらしきものが無いからか、自己完結した話だからか
たまに妹とか母、祖母が話すぐらい。
あ、その話4,5回は聞いたよっていうのもある
他の家族交えて話続いたなって思ったら
じゃあ祖父以外の家族は無口なのかと言われたら、そうではなくて
祖父がいない時はめっちゃ喋る、いや本当にめっちゃ喋る。俺は喋らないけど
と思って祖父は話していたのか
あるいは認知症に通ずる何かの病だと思うのだけれど。
こんな環境で育ったからか食事の場では黙るという習慣がついてしまった
今はまだ学生だから何とかなっているが(なっていないのかもしれない)
「食事の場での話し方」みたいなスキルが明らかに乏しい気がする
こんな感じの環境で育ったので食事しながらの会話が苦手、給食とか特にそう
同じような環境で育って、食事しながら話すの苦手じゃない人いたら教えて下さい
「静かやなあ」
って言ったのが印象的でした
最初そのニュースを見たとき、ふーん、おめでとう、とおもった。
でも時間がたってきて、驚くほどに動揺している。
豊崎さんといえば、何年か前に熱愛スキャンダルが発覚して、そのときはもう熱狂的なファンが多かったものだから、嘆くファンのコメントが気持ち悪すぎるというので語り草になっている、というのは声優ファンの間では有名な話なのである。
あのころとはファンの層もだいぶんかわったのだろうし、ファンの反応は概ね暖かい祝福コメントばかりである。そんななかでも、チラホラと見かける、いわゆるガチ恋勢といわれる人の嘆きのコメントに心がゆさぶられている。また、そういった人に対する他の人の反応にも。時間もお金も、人生の大部分をひとりの声優に注ぎ込んでしまう人たちを馬鹿にする人はおおい。それみたことか、と、叩いて嘲笑する風潮があるように思われる。
嘲笑コメントによくありがちなのが「ファンをやっていたからって結婚できると思っていたのか、そんなわけないだろう、バカじゃないのか」というような、至極まっとうといえばまっとうな指摘の主旨のものがおおい。
自分が声優にガチ恋なのかはよくわからないが、ひとこと言わせてもらえば、そんなことはこちとらわかりきっているのである。
ひとりのひとに猛烈にそそぎこんでいるというのは、けっこう自分とのたたかいである。
自分がいなくなったところで、その声優が困ったり悲しんだりすることなどないと、わかりきっているのだ。
自分の人生と真剣に向き合うのであれば、今すぐオタクなどという不毛なことはやめたほうがいいのだと、本人が一番、痛いほどにわかりきっているのである。
それでも好きで、好きで、仕方ないのだ。
恋と崇拝のはざまのような不思議な感覚のなかで、お金を払えば、時間をかければ、好きな人との接点がもてるという沼にずぶずぶとつかってしまう。
なんだかこうやって書くと、甘えているみたい、現実逃避しているみたいだよな。でも、そうじゃないんだよな。けっして現実逃避で好きなわけじゃないんだよなあ。それだけは自信をもって言える。
あんなに苦しいのに、それでも笑顔が一目みたくて、イベントに通いつめる、みたいな、あんな他者に対する憧憬を今まで知らなかったし、今後も他の人に同じような感情を持つとは思えない。
声優ファンってのは、どこかで、自分の推しが結婚する瞬間にむけて、心を準備しているようなところがある。
だから、わかっちゃいたけどってやつなんだよね。
自分の場合。妙なプライドがあったもので、好きが高じて迷惑なファンになるのがいやだったから、逃げ出した。
しかし、地球の裏側まで逃げ出したが、それでも忘れられず、相も変わらず推しに焦がれているのである。
ここまでしたのに「推しとの良い距離感」をつかめないのだとしたら、あとは本当に死ぬくらいしか思いつかない。まあ、声豚なんぞという害悪はさっさと死ねよとか言われるんだろうな。目に浮かぶ。
まずは、外の世界から隔離した場所を造り、そこへ人間達を住まわせます。
飲むだけで空腹が満たされ、若さを保ち、健康でいられる”湖”をつくりました。
その水は、人間だけでなく、植物を潤し、空気もきれいにします。
身体にかけるだけで、汚れが取れ、傷が治り、とても良い香りに包まれます。
しかし、何ヶ月か過ぎると、人間達は不満を持つようになりました。
神様は、人間から男女の種別を無くし、その原因を取り除きます。
そして子孫を残せない代わりに、永遠の命を与えました。
調べてみると、綺麗な者が醜い者を虐げていました。
https://anond.hatelabo.jp/20171022210553
少し追記する
人間の英知とは、自身で出来ることの増加ではなく、環境を変えることへの志向から生まれた
例はいくらでもある
利便性と効率の追求によって、職人は消え、仕事は消え、人は人と仕事をしなくなる
人は欲求阻止体験を抱え込むことから解放されつつある。しかし苦悩場面を体験しないで済むということは当然その時発動される自我の防衛・工夫などの鍛錬をしないことに通じる。
人は言葉を使って考えることで世界を内的に再構成すると言われるが、欲求満足や快感が保証される社会では、個人はそうした作業負担を免れる。人格はその構成を拡散させたままでも生存できる方向に向かっており、人は欲求とその満足というパターンを得ているうちは良いが、そうでない時には著しく脆弱な反応を見せる、「考えない」存在になっていくことが懸念されるのである。
事実、対人関係だけはこうした欲求一満足という即物性を欠いている(人をモノ化した際には成立するが)。
現代人に残された難物がコフートの言うように周囲の人間との関係性に悩むことであるかもしれず、またそれも情報機器の助けによって容易に自己完結的な引きこもりへの道が用意されていると言えよう。
この「人をモノ化した際には成立する」というのが、今の日本で行われつつあるのではないだろうか
「現代のオタクは少女をどこまで「破壊」すれば安心するのだろうか」で書いたように
キャラクターとはそもそも、人間性を破壊しモノ化した対象を指す
また、現代における現実の人間関係がそもそも、葛藤回避的である印象もある
お互いに不快な思いをさせないよう、生ぬるい表面的な関係とやり取りに終始する傾向にあるのではないだろうか
その反動としての「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」や「とらドラ!」の存在が持て囃される一方で
彼らの世界には葛藤はなく、それを表現した作品への希求はなく、ただただ苦痛な体験をアニメ媒体を通して追体験させられているように感じられるのではないだろうか
そこにきて「Re:ゼロから始める異世界生活」において主人公が陥るような自己肥大と自己嫌悪といった葛藤に直面化させられると
「主人公が気持ち悪い」「かっこ悪い、見てて苦痛」という感想しか持ちにくく、自分と相対化してみることができなくなる
ネットにおいて「自分がその段階を通過していないから、スバルに対して"ああ、自分もこういう時期あったな"とみることができない」という指摘がしばしばみられるが
自分起業して、周りで起業してるのみてるが、申し訳ないが、「自分がこれやりたい」といってる連中は最初のステージにすら立ててないなと感じることは多い。
最初のステージとは「誰かが足りない何かを満たすために金を払う」ってことを理解するってこと。
「誰もお前がちやほやされることのために金払ってくれねーよ」ってこと。
だけど、大概のものは「満たすために既に商売をやってるやつ」がいるんだから、どうしても世の中の隙間になる。
今までないものになる。いろいろ聞いてみて、行けるかいけないかの試行錯誤の積み重ね。
はずれの可能性のことが多い。
だけど、起業なんかするやつは多少なりとも自分の技術や知識に自信がある。
その自信を傷つけられることを恐れる。とすると独りよがりなものになる。最悪なパターンが「世の中はわかってくれないだけなんだ!」と自己完結すること。
起業家に一番必要なのは「恥かく覚悟。恥かいても平然としてる面の皮の厚さ。でも、それをもとフィードバックして改良できること」
ましてや、目立ちたいために起業するやつは、うまくいかなかったら嫉妬して他のやつ邪魔するからほんまに起業なんかするな。人に迷惑かけるなと思う。
でも、世の中社長になったらちやほやしてくれると勘違いしてるんだよねー。
まあ、起業したってだけで一応はちやほやしてくれるんだけど、あんなもの役所に20万つみゃ誰でもなれるんだし。
一方、軌道に乗ると、まねたり商売を奪いに来る奴もいる。それを乗り越えて、自分の手元で売り上げと利益を上げ続けなければならない。
ま、ほとんど失敗するね。僕もそうかも。
やとわれって楽よ、やとわれてて、言われたことやってる限りは金もらえるし食ってけるわけだしな。ブラックや人間関係は注意しないとならないけど。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/NBD/20121026/238610/?ST=pc
で、これを読んで、それでもなしたい何かがあるやつだけイカレタこっちの世界に来い。
とくに、外部資本を入れないスモールビジネスならともかく、外部資本を入れて、大きな何かをなることを視野に入れるベンチャーだと、
悪魔にも等しい誰かに自分の商売の一部を切り渡して、それでも何かを得られるか?という話になる。
えげつないやつ世の中多いしね。