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2012-02-13

幸せ人生を得る為の要素

29歳女。

特に努力した覚えもないし、

何か才能があったわけでもないし、

容姿に至っては人並み以下だ(った)し、

仕事人間でもないし、

家庭的でもない。

でも、いますごく自分人生に満足している。

どうやって満足できる人生を手にいれられたの?と聞かれたら、

ほんとつまらない答えだけれど

「色々な要素がちょっとずつ作用してちょっとずつ変わっていった」としかいえない。

その「色々な要素」は端からみれば悪いことだと思う。


要素1.いじめられてた

不細工と暗さとセンスの無さが理由だった(と思う)のでうふふであはは青春とは無縁だったが、

からこそ別の魅力(武器)を見つけなきゃなと漠然小学生のころから思ってた。

頭いいと不細工でもイケるかなとは思ったけど特に必死勉強せず。

とにかく頭よさそうな有名大なら何学部でもいいやと思って適当受験して合格

外国語学科だったので二か国で交換留学



要素2.大学院受験失敗

留学から帰ってきて、とりあえず一番頭良さそうな大学院にいこうかなと思ってたら願書の期限忘れてて不戦敗

恩師の教授に推薦してもらったり大学院教授と会わせてもらったりしてたのに我ながらアホすぎ。

合格間違いなしだと言われて浮かれてた親に縁切られそうになる。

4年の冬なので就活もできず、とりあえずボランティアと称してお金からない方法海外にしばらく逃げる。


要素3.就職失敗

帰ってきて就職先を探すも、大手狙い過ぎてことごとく不採用

新卒でもないし、二か国語資格をもっているだけでは箸にも棒にもかからず。

とりあえずバイト(派遣)で事務を半年経験

居易かったし時給も悪くなかったけど、やはり就職たかったので

今度は中堅どころで応募。

中堅企業Aに採用される。

派遣契約が切れる3ヶ月後まで待ってもらうことに。

就職間際になって、Aのトップセールスマンに

「君はここじゃなくてもっといい大手に行くべき。絶対採用するとこあるから

と力説される。


大手大好きな親から

最初に大手いかなきゃ一生いけない」

と説得されていたので結局3ヶ月待ってもらったのに失礼ながら採用を断る。

名刺作って待っててくれたのにごめんなさい。

また派遣に戻る。

今度は語学いかしたいなぁと思って大手の緩そうな翻訳通訳派遣に切り替える。

でもやっぱり就職したいので半年経とうか経つまいかくらいの時

「そろそろやめたい」と話をしたら総合職採用のはなしが。

大手だし語学使えるしユルいからいいか就職

現在

総合職になったら全くユルくない&出張づくし&厳しくて時に泣きそうだが、

やりがいあって福利厚生悪くなくて年収600万以上もらってるので文句いえないかなと思う。


要素4.不細工

いじめられるのがイヤで高校デビューを狙って初整形(二重)。

整形後も別にもてなかった。

大学入学時に今度は鼻整形。

別にもてなかったが、徐々に自信がでてきて大学卒業時にはそこそこもてるようになった。

帰国してから仕事の合間みて整形をくりかえす(顔4ヶ所計10回)。

現在

だいたいの初対面の人に「美人ですね」と言われる様になった。

綺麗になったからもてるようになったのではなく、

綺麗になって自信がでたからもてるようになったのだと思う。


要素5.出会いがなかった

ブスとネクラが奏して二十歳まで恋人なし。

留学しているときに現地人の年下初彼ができるが

べったりされすぎてめんどくさくなり1カ月で別れる。

帰国して年上の金持ち実業家と付き合うが

メンタル病み男&放置されすぎて1ヶ月で別れる。

付き合いたい人が見つからず高校時代の悪友とつるんでたらそのうちの一人となんとなく付き合うことに。

実家からたかったので二週間後には同棲することに。

付き合って一年後、結婚願望が全くないのに勢いで6000万の港区マンションを購入したついでに結婚

(わたしの収入だけでは買えなかったので)

結婚してみたらこの上なく相性が良いことに気付き、年月がたてばたつほどバカップル化。現在結婚三年目。

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毎日仕事やら接待やらで帰ってくるのが遅くてろくに家事できない。

仕事はそれなりに頑張ってるけど「のぼりつめてやろう!」とか思ってない。

そこそこでいい。さっさと帰って夫とイチャイチャしたい派。

振り返えれば振り返るほど、悪い要素が良い人生を作ったのだなと思う。

私みたいなコンプレックスネガティブの塊だったら

もっと収入やりがいのない仕事を日々淡々とやって、

誰もいない狭い寂しい部屋に戻ってくる人生でもちっともおかしくなかったと思う。

結婚は30過ぎるまでしたくないとか恋人いないときから豪語していたくせに、

してみたら早く結婚して本当に良かったなと思ってる。

(寂しがり過ぎてメンタルが弱いため)

大学まで仲が悪かった両親とも仲良くなり、

わたしのことを凄く誇りに思ってくれている。

(ふたりとも私がきっとひどい人生を送るものだと半分諦めてた。

両親はずっと職に恵まれず貧乏だったので今の私の人生を羨ましいといってくれる。)


結論:人生万事塞翁が馬

2012-02-10

なぜ高専に入ろうと思ったか

高専在学中, OB, OG人達高専に入ったきっかけとか、どういう系統のことが好きなのとか詳しく知りたいからできれば高専関係の方はブログに書いてほしいなーとかチラッと思った #kosen_opportunity


なんていうのがTLに流れて来てたので暇つぶし高専入学志望動機を思い出してみた。

なお、当時書いたであろう入学志望動機は現存してないのでやっぱり記憶を。

中2当時はご多分にも漏れ

人と違う何かをしたいとかそんなことを思ってたようで

漠然普通高校行きたくないな とか考えてた。

中3で

理科先生から高専存在を教えて貰う。

普通高校行きたくないし 電子工作好きだし 高専にしよう。

当時電子工作がすごく自分の中で熱くて

パチンコ液晶買ってモニタにしたり

old macを安く買ってPLLの定数変更してクロックアップに勤しんでみたり

そんな中学生でした。

住んでるのが東京なので育英高専と航空高専受験

育英高専普通に合格

育英合格の日に航空高専の願書提出

育英決まった時点で受験勉強なんてものは一切せずに

航空高専不合格

ということで育英高専入学あいなりました。

ってのが育英に通うきっかけでした。

ちなみに志望学科

育英が電気工学科→電気工学

航空が電子工学科→航空

にしたような。機械とかあんまし興味なかったですしね

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120206094259

確かに韓国ではプチ整形というなの立派な整形が流行しているようだが、自分場合は整形には激しく抵抗がある。

からもらった体に傷をつけたくはないし、なによりその行為によって自分自分を完全否定するような気になる。

だけど周囲からの評価は低かった。親も兄弟比較すると劣っている自分のことをそれとなく認めていた気がする。

外見がダメなら内面能力、他の面で何とかなるものはないだろうかと必死になった。一応一人でも食っていける。

最近までそんな事は思い出さなかったが、当時の音楽を何度も繰り返し懐かしいなあと思って聞いていたある瞬間。

思い出してしまった。

もてなくて片思いばかりしていてふられてばかりで、それ以前もかわいいとは言われたことが無く過ごした幼少期。

から

子供自分と同じ苦労はさせたくない。

すごく分かる。分かるけど、そういうのって親不孝なんだろうなと漠然と思う。けどどうしようもない。自分では。

もてない苦しさはどこかで連鎖を区切っていいんだと考えてしま自分が居る。非モテは産まなくてもいいんだと。

2012-01-27

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利己的な遺伝子リチャード・ドーキンス

・われわれは生存機械--遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ。この真実に私は今なおただ驚き続けている。私は何年も前からこのことを知っていたが、到底それに完全に慣れてしまえそうにない。私の願いのひとつは、ほかの人たちを何とかして驚かせてみる事である


・「乗り物」(普通個体)とのその中にいてそれを運転する「自己複製子」(実際は遺伝子)の間の区別について、わたしが明確な考えを持ち始めたのは、ようやく1978年になってからだという事情がある。

自然淘汰単位として競合する遺伝子個体の間の見かけ上の論争(故エルンスト・マイアを最後まで悩ませた論争)は解消されている。自然淘汰単位には2種類があり、その二つの間に論争はない。

遺伝子自己複製子という意味での単位であり、個体ビークルという意味での単位である。両方とも重要なのである

・「利己的な遺伝子」のもうひとつのいい代案は「協力的な遺伝子」だったかもしれない。それは矛盾してまったく正反対のように聞こえるが、本書の中心的な部分は、利己主義的な遺伝子の間におけるある種の協力を主張しているのである

このことは遺伝子のあるグループ自分たちの仲間を犠牲にして、あるいはほかのグループ犠牲にして栄えるということを意味するわけでは断じてない。

そうではなく、各遺伝子は、遺伝子プール-ひとつの種内で有性生殖シャッフルの候補となる遺伝子のセット-に含まれるほかの遺伝子が作る背景のもとで、自己利益を追求しているとみなされる。こうしたほかの遺伝子は、天候、捕食者や獲物、生命を支える植物や土壌細菌が環境の一部であるのと同じ意味で、それぞれの遺伝子が生き残る環境の一部なのである



ローレンツの攻撃、アードリーの社会契約、アイブアイズフェルトの愛と憎しみ、もこのような問題を論じているといえようが、これらの本の難点は、その著者たちが全面的にかつ完全に間違っていることである。彼らは進化の働き方を誤解したために、間違ってしまったのだ。彼らは進化において重要なのは個体ないし遺伝子利益ではなくて、種ないし集団の利益だという誤った仮定をおこなっている。


・ダーウィニズム理論の現代的説明の驚くべき結果のひとつは、生存の見込みに対するささいな作用進化に多大な力を及ぼしうることである。これはこうした作用が影響を及ぼすのに使える時間たっぷりあるからである


・おそらく群淘汰説が非常に受けたのは、ひとつにはそれが、われわれの大部分が持ってる倫理的思想や政治的思想と調和しているからであろう。

進化を眺める最良の方法は最も低いレベルに起こる淘汰の点から見ることだ、というわたしの信念について述べなければならない。

・複数の誤りが進化に必要不可欠だという説と、自然淘汰が忠実な複製に有利に働くという説は果たして両立するものだろうか?われわれは自分進化産物であるがために、進化漠然と「よいものであると考えがちだが、実際に進化したいと「望み」ものはないというのが、その答えである進化とは、自己複製子(そして今日では遺伝子)がその防止にあらゆる努力を傾けているにもかかわらず、いやおうなしに起こってしまう類のものなのである

化学的手段を講じるか、あるいは身の回りたんぱく質物理的な壁をもうけるかして、身を守る術を編み出した。こうして最初の生きた細胞が出現したのではなかろうか。自己複製子は存在を始めただけでなく、自らの容れ物、つまり存在し続けるための場所をも作り始めたのである



・海中を気ままに漂う彼らを探しても無駄である。彼らは当の昔にあの騎士のような自由を放棄してしまった。今や彼らは、外界から遮断された巨大なぶざまなロボットの中に巨大な集団となって群がり、曲がりくねった間接的な道を通じて外界と連絡を取りリモートコントロールによって外界を操っている。彼らはあなたの中にもわたしの中にもいる。彼らはわれわれを体と心を生み出した。


遺伝子が決定論として批判されるような強い意味でのその創造論制御したりしないことは、誰にも理解できることだ。われわれは避妊手段を用いるたびに何の努力もなしに(そう、かなり簡単に)、それらを否認しているのである

2012-01-20

言葉表現しようとするには感覚的、だけど可視化された実感




最近思うのは、正解とか不正解とかっていうのはあんまり関係ないのかなぁと。

知識も意見も思想も、誰かと繋がるための触媒なのであって、

繋がろうとする時の”摩擦”を起こすのが何よりも大切であっ

て正しさとか納得ってことよりまずはことばのやりとりによって、存在を認め合うことが最優先の目的だと









<h2>アルテイスト?</h2>



なんだろう、この全部が一つの円の中に入るんじゃないかって言う感覚

それぞれが異なった領域にあって、全く関連が無いように思える事象であっても、

なんだか全てが繋がっていて孕んでいる本質は全てに共通しているんじゃないか?という

漠然曖昧、でも確信めいた感覚。点と点が線になり線で織り成す集合体は

円になるような感じ。









私たちはチャンスをつかむためではなく

チャンスを逃さないために日々研鑽を積んでいる。

どこから訪れるかわからない、

訪れていることに気づける自分であるために。



無駄時間を過ごすためにある場面では無駄を省き効率的に進むことを

求める。



そして、むだにだらだらする時間存在がやる気と

ちょっとサボってしまったという罪悪感を呼び、

さらなる効率的にすごそうとする意志に変わっていく。









点と点が結びついて線になる瞬間は

本当にフレイクスルー!!って感じがする。

そことそこが結びつくのか、とか

そんな分野にヒントがあったなんて!って思う。


悲しいけれど私たちには

点と点を結ぶ方法はない。

点と点のお見合い成功させる仲人にはなりえない。

結ぼうとしても無理。

唯一できるのは点を増やすことだけ。

線の材料になる

点を増やすことだけ。








別々の場所にあって独立した存在であるはずのものたちも

本質的には全部同じものであって、

切り離して考えると損をしてしまうような気がしてならない。

全てが繋がっていて、

全部一緒なんだと思う。


見えてる形とか表現の仕方は違っているけれど

それぞれの領域で最終的に行き着く本質

どれも一緒なんじゃないかと思う。



誰もが自分の虹に辿り着ける。

そんな感じ。

2012-01-15

お前ら、将来の夢ってあるか?

将来の夢って持っているだろうか?

サラリーマンとして仕事をしていて会社の都合や目先の出世のためにやりたくもないことをこなしている日々。

夢があれば今やってることも動機付けができているだろうし、辛いことがあっても納得してがんばれることが

できるだろう。

夢って例えば家族幸せに過ごす、とかそんな漠然としたものじゃなくてもっと具体的な何かが欲しいけど

何も出てこない。何も考えずに人生が終わるのを静かに待っているようなもんだ・・・・・・

2012-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20100730153231

横だけど


俺は一人暮らしを始めて半年になる大学生だ。

事実淡々と並べただけで主人公なのにまったく印象がわかず感情移入できない




しかし余りの部屋の汚さに、様子を見に来たおふくろが絶句

しかし」がどこにも繋がっていない、一人暮らし半年でこんなに汚いのか!という意味であればもっと描写が必要





掃除洗濯料理全てを、コンセントでの充電のみでこなしてくれる美少女型のロボットだ。

シックな正統派のメイド服を着た、非の打ち所の無い完璧美少女が、

淡々事実を述べるだけでは羨ましいともスゴいとも思えない、この文章の一番の見せどころは『これはまるで理想彼女のようだ』なのだからここはもっときちんと描写した方がいい

テキパキと機械的に家事をこなす表現だけではすでにオチが見えてしま




俺は突然、猛烈にイラついて、美優の頭を瓶で殴りつけた。

ここも見せ場なのだからもっと情感たっぷり狂気を演出した方が盛り上がる


あと語尾が全て「~だ」で変化が無く飽きる

どこにも感情移入できず、ただダラダラと長ったらしく妄想を垂れ流しているだけで




これはまさしく垂れ流された「文」であり、小説ではないので評価するには厳しい

見た目が理想でもやっぱり心が通じ合ってなきゃ!みたいな漠然としたテーマ面白いけれど見せ方が下手

2012-01-01

恋人にふられました。1年くらい付き合ってたかな、遠距離で。

正確には半年前に別れを告げられていたのですが、吹っ切れずそのまま引きずって今に至り、

恋人に新しい恋人ができたことを最近知り…という具合。

風の噂や付き合ってた頃の様子を思い返すと自分と付き合ってた頃から

恋人に惹かれてたんでは?と思うのだけど、それも今となってはね、

どうしようもないし。つまるところ自分の魅力がなかったのだし。



こういう事書くと「恋人がいた時代があっただけ良いだろ元リア充め」とか思われそうだ。

でも、一度は自分を必要としてくれた人の心がある時から離れて行くのを実感するのって結構キツイです。

何だ、自分って結局いらない人間だったんじゃんって思います

こんな思いするならもう恋愛とか真っ平ごめんだねって思うよ。

輪るピングドラムの最終話見て「愛を分け合うってイイナー」とか

漠然と思ってたら自分はこういう状況だったよ。何てこった。

グズグズしていても向こうは新たな恋人とよろしくやってる現実は変わらない。



でもここまで来てもまだ好きな気持ちはあるんだよね、困ったことに。

初めて人と付き合ったからなぁ。

恋人いる相手に接近する趣味は無いけど。かと言って相手が別れるのを

待つってのも人の不幸を待ってるみたいで何だろう。

何にしてもどうして振られたのかってのを考えなくちゃいけないよな。

今後恋愛するしないに関わらず欠点があるなら直さないと。



しょっちゅう思い出してはあの頃は幸せだったなぁと思います

末永く幸せに、と思う反面黒い気持ちだってある。悶々としますね。



今後どうするかはこれからゆっくり考えようと思う。時間はたくさんあるのだし。

2011-12-30

私が転職を決めるまでの考察

年末で落ち着く時間ができたので書いてみる。




私事ながら、この冬に転職をすることにした。

「新しい分野に挑戦をする」

これが私が転職の公の理由である

役員仕事をしないで遊んでいたこと

役員3.11震災の翌週に社員へ何も告げず遠く離れた地方避難していたこと

そういった不満は多々あったが、今回は個人の人生としての働く意味をまとめてみたい。




今までの会社IT系零細企業で、業績は横ばいだったがその状況に満足している会社であった。

業績が上がり仕事が増えれば人員が必要になるので横ばいを目指していたのかも知れない。

技術要員は自分一人であった。

会社として新しい技術採用せず、過去の安定した技術運用をしていた為回すことができていた。

社員の人数が少ない為に技術以外の経理や営業、総務仕事も行なった。

これは会社を回す基礎知識を知ることができて良い経験になった。

そんな会社で私は3年程満足して働いていた。

個人が会社へ貢献していることが実感できたし、会社からもそれ相応の報酬を与えられていた。

しかし、ある時からその働き方に満足できなくなってしまった。




そもそも、人が働くことの何に喜びを感じるかを考えたところ "個人・会社・世の中の3つ全てに貢献すること" なのでは無いかという結論に達した。

「世の中に貢献する」

漠然とした言い方ではあるが、少なくとも今までの会社は世の中に貢献できていないことはわかっていた。

私自身、いずれは起業するつもりでいた。

しかし実際に起業をした周りを見てみるとWeb制作会社アプリ開発会社など "そのネタ起業をして何が楽しいのかわからない会社" を作っていた。

"何が楽しいのかわからない" ことが今まではぼんやりとしていたが今回明確にすることができた。




世の中へ貢献できない会社には在籍したくない。作りたくない。

そう考えると、

今までの会社にいる意義はないように感じ、

転職したい会社もなく、

世の中へ貢献できる会社を作る自信もなかった。

そんな悶々とした日々を過ごしながらも、遂に世の中へ貢献できるであろう会社を見つけることができた。

その会社に個人が貢献をし、会社から報酬を得る。

良い循環の中に入ることが私の喜びであった。

世の中に貢献できれば、現職でも、起業でも、転職でも何でも良かった。

今回は目的を達成する最適な手段として転職を選択した。




会社に入り、会社に貢献をし、相応の報酬をもらい、満足するはずなのに満足できない。

そんなあなたは "世の中への貢献" を欲しているのではないだろうか。

2011-12-28

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。

僕の一番古い記憶は、二歳のときものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶

その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。

ただ、この祖父との夏祭り記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているかであるふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称記憶ではなく、三人称写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭り写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。

祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎ひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。

僕の話に戻ろう。祖父との夏祭り記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみ男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。

僕は自分マイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。

その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。

だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供である野球サッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識マイノリティのままだったのである

スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。

これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系人間だったので、僕の原体験を共有できるもの勝手に思ってしまった自分が悪いのであるスポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。

子供時代の話に戻ろう。

僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホーム国道鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。

他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。

断章

2011-12-25

認められたい相手

表に出そうとすると、そんなことはない!と認めず引っ込んでしまうけど、

恥や世間体を取り払った裸の私が求めてるもの




前の恋人からの「承認




生きていると、いろんな欲がある。

自分がこうありたい姿になりたい、自分を敬って欲しい、無病息災無事に過ごしたい、など。

私はというと、ただ漠然と認められたい欲があり、仕事に精を出し、社内外から認められるよう、何かに向かってがむしゃらに頑張っている。

社内で一番の評価を受け給与が一番だとか、業界で一目置かれる存在になりたいとか。


それも叶わぬ間を埋める役割は、ネット世界

SNS理想や主張を書き込むことで、小さい欲を満たす。

そうすることで、自分を保っている。

その先にあるはずの、大きな「承認」を期待して。




でもね、そのゴールが違う事を、もうとっくに知っている。




よく知らない人たちに認められても、それでは欲求は消えない。

給与が上がったとしても、昇華されない。




もう知っている。

ただただ、あの人に認められたいだけだと。




同情でもいい。

引かれてもいい。




今、この自分を認めて欲しい。




想い続けている、それだけを認めて欲しい。




ただそれだけなのにね。

2011-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20111224180443

漠然としてないし特定企業を狙い撃ちもしてないしお前の目が節穴なのか頭がカラッポなのかどっちなんだ?

未成年射幸心を煽って商品を後払いで買わせる事が可能なシステム」が危険から規制しろと言っているの。

他の有料コンテンツとは話がまったく別だし、所謂マイクロトランザクション採用したゲームともまた違う。

自分に影響のあるものに矛先が向いてくることとか考えないんだろうか。

がお前の本音なんだろ?それに対して意見を言えばいいのに下らない事に固執してるからバカにしか見えないんだよバカ

http://anond.hatelabo.jp/20111224180134

実態のわからない漠然としたイメージだけで特定企業を狙い撃ちして規制しろなんて恐ろしくないか

たまたま自分の嫌いなものが対象だから攻撃してるんだろうけど、自分に影響のあるものに矛先が向いてくることとか考えないんだろうか。

虐殺器官 リマインダー

一度虐殺器官を読んだ人(=自分)が内容を思い出すためのもの

第一部

 

 死者の国の夢と、そこに現れる死んだ母さん。

 僕は「濡れ仕事屋(ウェットワークス)」として、二〇一〇年代後半に頻発する内戦をおさめるため、「レイヤーワン」を殺してきた。レイヤーワン――罪の多寡とは無関係に、それを殺すことでもっと効率的に争いを終結させられる標的。

 仕事で殺してきた数多くの(時に罪のない)標的のことは少しも心に留まらないのに、プライベートでの、母に対する医療行為打ち切り決断したことで、僕は気を病んでいる。


 仕事で、二人の標的AとBを殺すように命じられ、異国に入る。標的Bについての情報は、上司から与えられているはずなのだが、それが上司意図により隠されている。

 標的Aはその国で虐殺行為を率いていた為に、ぼくの手により暗殺される。

 ぼくは標的Aに、なぜそのようなことをしたのかをきくが、彼はしきりに「わからない」と繰り返す。

 標的Bはすでにそこにはいなかった。

第二部

 仲間のアレックス自殺する。

 彼はしばしば「地獄は頭の中にある」と言っていた。

 ぼくの父も、かつて自殺したのだった。

 家の天井に散った父の血を拭き取ったのは誰なのだろう?

 標的B――ジョン・ポールを追って、僕らは殺しを繰り返してきた。彼は内戦から内戦渡り歩いているようだった。

 だが、ぼくらが暮らすアメリカは、「ドミノ・ピザやペイムービーリピート平和」か支配し、戦火とは無縁だったのだ。

 ペンタゴンに召集される。

 そこで「ジョン・ポールは軍とは無縁の文人学者でいる」、「しかし、彼が関わった国は決まって内戦が起こる」と聞かされる。

 彼は今度、ヨーロッパに入ったらしい。

 ぼくの新たな任務は、チェコで彼を追跡すること。

 死者の国の夢――「死体物質にすぎない、生きた人間も」と母さん。

 幼少時、僕は家の中で母さんの視線を感じ続けて育った。その視線から逃れるために、「濡れ仕事屋」を始めたのだった。

 視線と、認証との類似性。

 ジョン・ポールと関係を持つらしい女、ルツィアと接触する。チェコ語講師をしている彼女の生徒として。

 ルツィアに、「言語進化によって獲得された『器官』である」という話を聞かされる。

 チェコプラハ行方くらませた人間(ジョン・ポールもそうかもしれない)のIDの追跡可能性はゼロらしい。

 9・11のテロとの戦い以後、認証を繰り返さなければ買い物も交通機関を利用することもでしないのに。

 ルツィア曰く、「ジョン・ポールはもともとMIT学者だったが、いつからDARPA研究(ぼくが使う武装、SOPMODを作ったのもDARPA)をするようになった」

 それは上司からは当たられていない情報だ。

 ルツィアの部屋からの帰り、若者におそわれるが返り討ちにする。おそらくは、ジョン・ポールの協力者。

 彼は、指紋と虹彩とで、認証されるIDが異なる。

 サラエボの核クレーター

 IDトレースによれば、かつてジョン・ポールとルツィアが密会していたとき、彼の妻子はサラエボで核に吹き飛ばされた。

 ――彼が関わった国で虐殺が起こるようになったのはそれから

第三部

 死者の国の夢――夢の中のプラハでは、例の虐殺が発生していた。

 その夢でも、母さんが現れる。

「母さんは意識はなかったけど、内蔵は動いていた。そして、ぼくが医療行為の中断を認証した。

 ……母さんが死んだのは、ぼくが認証イエスと言ったときだったんだろうか?」

あなたは、任務での殺しでは「それは政策が決めたことだ、自分が決めたことじゃない」と、責任の重みから逃れられた。

 でも、医療の中断の責任からは逃れられない。あなた自身の決断から

 ……そう思っている。もしくは、中断をする前から私は死んでいたと信じたがっている。

 けれど、本当は、私だけじゃなく、あなたがころしてきたすべての人々が、あなた決断によって死んだ。

 私を殺した罪を背負い込めば、あらゆることが帳消しになると思っているの?」

 夢の虐殺後の静けさとは裏腹に、プラハのあるクラブには、生き生きとした騒々しさが満ちている。

 そのクラブでは、ID認証せずに支払いできる紙幣(みなくなって久しい!)を使うことができる。

 クラブオーナールーシャス曰く、

「プライヴァシー(認証されない)自由と、テロの自由からの恐怖はトレードオフ。自由の選択の問題」

 クラブでの、ルツィアの告白

 

 ジョン・ポールの妻子がサラエボで核の熱で蒸発したとき彼女はジョン・ポール不倫し、セックスを楽しんでいたという罪の告白

 罪悪感の対象が死んでしまうということは、いつか償うことができるという希望を剥奪されること。

 死者は誰も許すことはできない。

 ぼくの告白――もちろん、仕事の部分はルツィアに隠しながら。

「濡れ仕事」で数々の骸を見、中央アジアからワシントンに帰ってくると、母さんは事故で死んでいた。が、彼女心臓は再び動き出した。――危険軍隊へ行ってしまったぼくへの復讐として、ぼくに生き死にを決断させたかたから?

 決断材料を探す為に、母さんのいえ――ぼくの生家でもある――に行く。

 かつてそこでも母さんの視線を絶え間なく感じながら、ぼくは育った。

 見つめられることの安堵は、(認証され続けることの安堵は、)息苦しさの表面にすぎない。

 結局、母さんの残したログは見ずに(ロックがかかっていて、他人が見ることはそもそもできなかった)、ぼくは母さんの「死」を決断する。

 ――母さんの視線の「気圧」から逃れたくて、ぼくは母さんを「殺した」んじゃないのか。

 僕の告白に対してルツィアは、

人間生得的に善ね利他行動を行える。あなたの、お母さんを「殺した」決断も、本能による利他の行動。だからあなたは許されるべき」

 ルツィアとの帰り道、気を失う。

 ジョン・ポールによる電撃を食らって。


 とらえられた僕は、ジョン・ポールと会話をする機会を得る。

 ジョン本人により、虐殺言語の詳細が語られる。

 虐殺言語は、僕の装備を作ったDARPAが協力した研究により生まれ、僕の殺す対象を選ぶのと同じシステムを利用してる。

 ジョンの協力者によってつれていかれた先は、ルーシャスの店。

 ルーシャスは、〈計数されざる者〉という、ポールの協力者集団の一人だったのだ。

 〈計数されざる者〉は認証を嫌う。プライバシー平和トレードオフの関係にあるはずなのに、実際は、認証をすればするほどテロが増加している。

 それは、世界の人々が、自分のことにしか興味がないから。ドミノ・ピザビデオクリップ平和に浸っているから。すぐに手にできるはずの現実に手を伸ばそうとしない奴らばかりだから

 ジョンとルツィアは去る。

 僕はルーシャスに殺されかかる。その寸前のところで、ウィリアムズに助けられる。

四部

 旧印パ国境地区。そこにいるらしいジョンをとらえるように命じられる。

 痛いと「感じる」ことはなくても、痛いと「知覚する」ことはできる。人をためらうことなく殺せても、その殺意自分のことのようには感じない――僕は「濡れ仕事」をこなせるように、DARPAによって、そのように調整されている。

 ――「殺される」前の母さんと同じ、希薄意識だ。僕が「濡れ仕事」をするために必要な、意識希薄さ。

 この殺意は、本当に僕のものなのか、僕が「殺す」前、母さんが本当に「死んで」いたのか、僕にはわからない。


 仲間のウィリアムズとリーランドとともに、インドに入る。

 ジョンを文化顧問として雇った、ヒンドゥー原理主義国、ヒンドゥーインディア。

 その少年少女の兵を、「他人の殺意」で殺しながら、ジョンのもとにたどり着き、彼をとらえる。

 ジョンを輸送する列車

 ジョンは、

「私が行っている「虐殺言語」と、きみが施されている「「他人の殺意」による殺人」は同じだ。どちらも、良心抑制する」と。

 ぼくは、

「あんたには内通者がいるな。政府部内に。僕らの面子か、もっと上のほうだ」

 ぼくらアメリカと同等の技術を持った敵によって、列車が襲われる。ジョンは僕たちによる拘束から逃れる。

 僕たちも敵も、痛みを「知覚」するが、感じない。体の部分が吹き飛ばされても、戦闘は続く。お互い、「ハンバーガーになるまで弾と火薬をたたき込むしかない」。

 リーランドミンチになりながら、死の間際まで、冷静で希薄意識で戦い続けた。


第五部

 インドミンチになったリーランドは、商品と違ってメタヒストリーを持たないから、つなぎ併せて一つにして、棺に納めるだけでも一苦労だった。

 それでも、ミンチにさえならなければ、認証によるメタヒストリーを僕らは持つ。母さんもそうだった。

 母さんのメタヒストリープロテクトされていなければ、僕は母さんを「殺す」か否かの決断を、認証の蓄積によるライフログを手がかりに探すことができた。

 リーランドミンチになった戦いがきっかけで、ジョンとの内通者が発覚する。

 発覚した情報を手がかりに、ヴィクトリア湖へとジョンを追う。そこは、誰も追おうとしない人工筋肉メタヒストリーの行き着く先。

 〈ヴィクトリア湖沿岸産業同盟〉は、人工筋肉利権を得るために、独立しようとしている。

 ジョンはそこの文化顧問だ。

 ジョンがいるはずのゲストハウスにルツィアを見つける。

 ルツィアを探してゲストハウスに入ると、ジョンが待ちかまえていた。


4(物語のコア)

 ジョンは、

虐殺利他も、進化によって得たモジュールという点で同じ。むしろ両立すらできる。生存のための大量虐殺というのもありうる。たとえば、食料を多部族から奪って自部族の仲間を生きながらえさせるためだったり」

 ルツィアは、

あなたは、サラエボの奥さんや子供を失って絶望しているか虐殺言語をばらまいているのね?」

 ジョンは、

「いや、愛する人々を守るためだ」

 ――そうだ。ジョンがいたどの国も虐殺に見回れていたはずなのに、彼の過ごしたアメリカチェコでは、それが起きていない!

5(物語のコア)

ジョンは、

「人々はみたいものしか見ない。だから、いくら認証しても、テロはなくならない。

 ならば、テロで爆発するはずの憎しみがこちら、アメリカチェコといった先進国に向く前に、彼ら同士で憎しみあってもらおう。――そのために、虐殺言語をふりまいた」

 ジョンは、ぼくらの世界へのテロを未然に防ぐため、虐殺の旅を重ねた。

 ルツィアは僕に、ジョンを殺さずに逮捕するように言う。僕らの世界平和は、ジョンによる無数の死者の上に成り立っているのだと、みんなが知るべきだと。

 と、ルツィアがヘッドショットを決められて死ぬ。

 ウィリアムズによって。

「なぜ殺した」と僕。

「妻と子のためだ。彼女らは、この世界虐殺の上に成り立っていることを知らなくていい。

 ドミノ・ピザ認証で受け取る世界くそったれの平和世界を、俺は彼女らのために守る」

 ウィリアムズはジョンを殺したがっているが、僕はルツィアの最後の言葉の通りに、ジョンを生きてアメリカにつれていき、証言の場に立たせたい。

 ジョンとともに、逃げる。

オリジナル

「おまえを逃がせばまた、虐殺言語を振りまくのだろう?」と僕。

「いや、死んだルツィアの望んだ通り、世界真実を知らせよう」

 タンザニア兵と合流しようとするが、それはタンザニア兵になりすました、僕の「濡れ仕事」の仲間だった。

 彼がジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。

エピローグ

 僕のもとに、母さんのライフログ権利譲渡される。

 ……僕は、プロテクトがあるためにライフログを見られなかったのではない。ただ、漠然とした恐怖があって、ライフログの閲覧を申請しなかっただけだ。

 僕は幼いころ、常に母さんに監視ID)されているような気でいたが、母さんのログを読んでみると、必要最低限にしか、僕の存在記述されていない。

 母さんの記録の中に生きていたのは、圧倒的に父、自殺したはずの父だった。

 僕は、ジョンからもらった手帳を元に、虐殺言語を語る。虐殺言語でもって、ルツィアの願い通り、真実を世に知らせるのだ。

 そして、世界にとって危険な、アメリカという火種を、虐殺に突き落とす。

 僕はこの決断を背負う。ジョンがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。

☆改変版

「お前はまた、虐殺言語をばらまくのか?」

 ジョンは、

「いや、私は米国内の後ろ盾を失った。深層構造原理を知られれば、たか言葉だ。応用されるのも時間の問題だろう。マスコミ政府公報で、いくらでも虐殺言語を打ち消せるさ。

 だが、私は〈計数されざる者〉という新たなバックアップを得られた。認証に対して憎悪を抱く、世界的な組織だ。この力を使えば、私たちのすむ「こちら側」を静寂に保つことができる」

「なにをするつもりだ?」

 僕の「濡れ仕事」の仲間が、僕がジョンの答えを聞く前にジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。


エピローグ

 僕はジョンに、「真実」が書かれたテキストファイルを渡されていた。

 それを世界に知らしめ、僕たちが虐殺の上にたっていることをみんなが理解することがルツィアの願いなら、僕はそうするべきなのだろう。


 公聴会で、ぼくはジョンの件で見聞きしたものを語る機会を得る。

 ジョンから渡された「真実」オルタナに浮かべて話そうとする。

 すると、僕が見ずにいた、母さんのライフログオルタナに突きつけられる。――これが、〈計数されざる者〉、ジョンが最後に得た力か。

 幼少の僕は、母さんに監視ID)され続けていたと思っていた。しかし、母さんのライフログには、あまりにも父ばかりがいる。彼の死語ですら。

 それを皮切りに、次々に、アメリカの全議員、いや、オルタナをつけているすべての人々の視界に突きつけられる、真実ログ世界からアメリカ憎悪の数々が向けられているという真実。〈計数されざる者〉のルーシャスは言っていた。プライバシー提供と、テロとのトレードオフの不均衡は、みたいものばかりを見ることによって起こると。認証の中に閉じこもり、ドミノ・ピザビデオクリップ平和の外を知ろうとしないことで起こると。

 ふと、アメリカはもう死んでいるのだと思った。母さんに視線を返せない、父さんのように。憎悪を浴び続け、しかしそれを無視しているアメリカは、死んだ父さんと同じだ。

 ……だが、アメリカ憎悪を向ける小国とて、自分の窮状をしらしめようと騒ぐばかりで、他の小国を知ろうとすらしていないのだ。僕が母さんのログを見ようとしなかったように。

 ジョンが行った、〈計数されざる者〉の力の改変。それは、小国の内部で争いを起こす虐殺言語よりも規模が大きなものだった。互いに無視しあっていたずの、小国小国視線をぶつけ合わせる。そして、小国同士で戦争を起こすことで、「こちら側」の平和を保とうとするものだった。

 ジョンの考えと僕の考えは違う。

 母さんが僕を見ないのは、父さんというすでに存在しない項があるからだ。アメリカから存在しない視線小国が期待するように。

 存在しないものを、存在しないと意識させること。僕にはそれができる。ジョンから得た「真実」の欠片、虐殺言語と、僕のマザータンアメリカで語られる英語によった。

2011-12-14

楽しい仕事にしよう かあ。。

今、目の前にあるもの勉強)をがんばれば、そしてそこで抜きん出ていれば未来は自ずと開ける

学生時代漠然と思っていたな。。。

そうして今、結局ごくごく平均値人間しかならなかった。

将来何になりたいとか考えたこともなかった。

大人になってこういう仕事をしたいなんて考えるセンスがなかった。

お金があってマンガがたくさん読めたらそれでいい、くらいの意欲しかなった。

それ、今も変わってないけど。

楽しい、が高度だよな。こういうこと言う人って。

会社作ったりとか。難しくて怖いことを、楽しいって言う。すごいと思う。

その「楽しい」を持つノウハウを教えてくれよって思う。

2011-12-12

就活スポーツ恋愛などにたとえて話をするのをやめないか

こういうことをされると就活ぶっ壊せとか言いたくなるという話

毎年、就職活動の時期になったら現れるのが、

自己PRで、どのように長所を大きく言って、どのように短所を小さく言うべきだろうか」

などと悩んでいる学生です

はっきり言って愚問です

何かの本を読んで「長所は良いように言って、短所はなるべく柔らかに」なんていうテクニック的なことを学んだらしく、

短所は『ひと筋になりすぎることです』などと言ったら、逆に集中力があることをアピールできる」

など、小賢しいことを考え始めます

そういう小手先のテクニック意味がないというか、採用担当者長所プラス短所マイナスという風に捉えているわけではないのです

むしろ言うなれば、小賢しいテクニックを使わない正直さがプラス

小賢しいテクニックを使おうとする狡猾さがマイナス、というぐらいです

単純に、面接官はその人の個性を見たいためであり、こんな長所があり、こんな短所があるという個性を見ているのです

長所を誇張して短所を隠すといったことをやっても、 それだけリアル個性ではなくなるので、

「こいつ、なんか変な奴だな。信用できないな」

と思われて終わりです

ここまでだったら別にいいんです別に間違ったことを言ってるとは思わない。



ただ、これをやられるとキレそうになる。

分かりやすく、スポーツで喩えてみましょう。

あなたは、サッカーチームの監督で、これから入部する選手面接していると思って下さい。

入部を希望する選手に対して、「あなたは、どんな選手なの?」と尋ねた時に、

自分フォワードとして積極的に得点へ結びつけます。そしてディフェンダーとして守りもかなり固いと言われます

 また、ゴールキーパー経験も1年間ほどあります短所を挙げるなら、練習をしすぎてしまうということでしょうか」

などとその選手が言ってきたら、どう思いますか?

「こいつ、良く思われようとしてるだけだな」と思いますよね。

というのも、サッカーはチーム戦ですから、いろんなポジションがあるわけで、

自分はどの位置でも活躍ができます短所はありません」などと暗に言ってくる奴よりも、

自分は攻撃が得意です。守備が苦手です短所ちょっとスタミナに自信がないことです

と、端的に正直にきちんと申告してくれる選手のほうが、「なるほど、ではこういう場面で使えるな」と判断できますよね。



会社も、スポーツと同じです。正直に話せばそれでいいのです。「自分はこういう人間です」と正しく伝えるべきなのです

へー、就活ってそんなフェアな世界なんだー。

ポジションとそれに求められる能力がそんな明確に決まってて、それが開示されてるんだー。





ちなみに、私も割と就活は楽勝だったからかれの言いたいこともわかる。

ちゃんと考えて調べれば、ここいらのことはわかるようになってる。

就活会社から与えられる情報にはほとんど価値はなく、

どちらかというと自分フィルタのほうが大事で、そのフィルタを通して情報を整理すれば大して苦労しない。

考え方次第で、就活の難易度はスポーツと同じどころか、それよりずっと下まで下げられる。

でも、そのやり方がわからんからみんな苦しんどるわけやろうが。


スポーツは予め向こうがフィルタを用意していて、それに合わせて努力するもの

就活自分でいろんな挑戦をしていく中で、自分フィルタ気づき、見つけ出し、そこから会社を観察することを学ぶもの

全く別のものを一緒にして語るのって、「すでにわかってる人」向けのアピールではあっても、

「わかってない人」向けの説明としては最悪だと思う。 やめたげてよぉ!




私は現在就活自体が「能力がある人」以外にとってはもう異常なものだと考えています

将来的に「正常なあり方・自然なやり方」になったときには、彼のような意見はとても貴重だと思っています

ただ、今のところは、企業が「漠然とした能力がある人のイメージ」を求めている以上、学生がそれに適応すべく偽りに近い形で演出せざるを得ない状況について、学生だけを責めるのはアンフェアだと思います

こういう話をするなら、まず「就活自体が一部の人間以外にとって異常である」というのを認めてあげた上で話しをすべきです

まして、正常な世界比較して、就活自体を正当化するようなことをすべきではないと思います

(書き手の人間は「正常な状態など何時の時代もない、自分が何とかするしかない」という考えなのか、この部分をそもそも語るまでもない、と扱っているのでしょうが自分がじっせんするならともかく、他人に語る場合、それはどうかと思う)

http://anond.hatelabo.jp/20111211162955

なんだかめんどくさいけど、結論として、あなたは「遠距離恋愛でいいんじゃね?」ってことを伝えればよかったんじゃないの?

遠距離だけどこういった方法(定期的に帰国or彼女来るorスカイプor…)で、彼女とは連絡を取り合って愛を深めるぜ!

ってわけじゃないんだよね。「一生海外になるかもしれない、軌道に乗って、住む所決まったらついてきてほしいな」でもないし。

彼女漠然としてるけど、あなた漠然としちゃってたからそういった応答になったんじゃないのかなあ。

でもさ、結局自分生き方ってのが一番大事なんじゃないの?誰でも。

彼女でも彼氏でもパートナー不安定な職だとしても、行き先がどこかだとしても、一緒に居たいとおもったら、自分でなんとかできることはないかって思わないかな。

・・・って思うのは俺だけかw

2011-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20111210151827

大阪だけじゃないんだよね。基本的には神奈川東京愛知以外は遅かれ破綻する。

むしろ神奈川東京あたりから破綻していくと思うが?

名古屋はもしかしたら生き残る可能性がある)

人口こそキープできるものの、2030年頃には首都圏高齢者率が今の鳥取とか島根とかのレベルになるんだぞ。人口が集中しているところほどその負担は大きい。

高齢者の急増に対応するためのインフラ費用もかさむ。

これは君だけじゃなく、そうやって漠然東京大丈夫だと思っている人が多いから、財政破綻したときの混乱は大きいだろうな。

2011-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20111209185614

それを言うなら出産育児経済負担を親に負わせることがまず間違っているだろう。

子育て費用社会全体で負担して、どうしても足りない分を親が払う、くらいが妥当

なんで?好きで産んで育ててるんだから自分で払うの当然でしょ。経済負担を負いたくないなら産まなきゃいいだけ。

それに今だって出産費用出産一時金として40何万もでてるよ。子供手当だってでるし高校無償化だってあるし十分すぎるぐらい。

貧乏貧乏いってる親に限って家の電話使わず携帯長電話したり、パチンコいったりして子供手当て使い込んでる。


社会保障を維持するなら、そのための子育て費用も全体で負担すべき。

これも、子育て社会保障(って具体的に何?漠然としてよくわからない)の関係性が明らかになっていない以上、そんなこと言ったって賛同する人は少ないよ。

[] 「精神論ではない仕事を速くこなす技術」のfromdusktildawnさん添削Ver

http://anond.hatelabo.jp/20111208222023  についてふろむださんより以下の指摘あったので並べ替え

1から順番に上から今の仕事適用していってはだめ。これを2→5→7→6→4→3→1の優先順で今の仕事適用して見直すのがお勧め


作業をやるな

 仕事とは作業をやることではない。仕事とは目的を達成することだ。だから、相手から頼まれた方法が必ずしもベストなやり方ではない。相手の目的を達成することが重要だ。だから、その仕事誰のために、何のために必要で、ゴールは何がどうなっている状態なのか、をしっかりヒアリングすることが大事。ゴールを聞いて、それを達成するための近道を常に考える事。


意思決定者を意識しよう

 ほとんどの僕ら社畜にとって、仕事とは「関係している一番偉い意思決定者が満足するものをつくること」だ。だから、誰がその仕事の成果を評価する役割を担っているかを常に追いかけて、彼のニーズ・評価基準を見つけ出そう。これをするだけで、後からひっくり返されることがなくなる。


いから捨てちまえ

 全てを完璧にしようとすれば時間なんていくらあっても足りなさすぎる。だから、その作業の中で「適当にしていいもの「絶対に抑えて置かなければならないもの」をヒアリングをして見つけ出し、手を抜けるところは徹底的に手を抜こう時間内に求められたアウトプットを出すことが仕事目的で、誰もが見惚れる配色のパワーポイントをつくることは僕達の仕事ではない。完璧主義なひとほど完璧から遠ざかる。捨てるべきは捨てよう。


10分の1の状態で見せること

 作業をする方向性の大枠が決まったら、その状態で見せるとムダな差し戻しが防げる。たとえば、パワーポイントを作る作業なら、アウトラインと主なメッセージが決まった時点で見せる。相手がダメ出しをする部分を先に出し尽くせば、ムダな差し戻しなく作業ができる。


遠慮無くパクれ

 組織の大抵の仕事前例があるものだ。たとえば、コンサルタントの提出する資料のかなりの部分が既存の資料の使い回しかアップデートだったりする。すでにあるものを再度創りだすことほど馬鹿な事はない。遠慮無くパクろう。とにかくパクる。で、自分よりもっとうまいやり方をしている人がいたら、躊躇せず彼の秘訣を聞き出す。とにかく、パクろう。


1分だけやる

 重いタスクほどすぐに着手するべき。なぜかというと、人間には認知的不協和というのがあって、着手したものが終わっていないと気持ち悪いと感じる心理があるからだ。着手したら終わっているべき、という認知があって、それが解決されていない状態は気持ちが悪い。だから、解決しようと集中して作業できるように心が動く。重い作業ほど、とにかく1分だけでいいので着手しよう。きっと1分は一時間になっているはずだ。



時間を区切る

 「時間をかけて頑張って解決しよう」と考えている時点で、あなたは最も効率の悪い仕事のやり方を選んでいるといえる。なぜなら、「時間で解決しよう」というのは、創造的な解決方法放棄していることだからだ。たとえば、「象を3秒以内にかけ」といわれたら、誰でも象を表現するために最適かつ短時間で終わる方法を考えだそうとする時間による制限は人の創造性を引き出すシンプルかつ効率的方法だ。だから、「イマイチ効率が悪いやり方をしているようだな」と感じるなら、自分がどれだけ時間を区切って作業できているかをみなおそう




こういうことは本来は誰もが理解しておくべき基本中の基本なのだと思いますが、そうはいってもその基本をわかっていない人がいた時、この基本をどう伝えるかというのは結構大事だと思います

ネックになりそうな部分から潰して行って、「時間を区切って仕事をする」ことができる様になる状況を作る。

そうしないと、「時間を区切ってやる」と思っていても、いろんな都合でだめになってそのうちヤル気がなくなる、そういう問題を防ぐ、と。なるほどなー。

日頃からライフハックは役に立たないわけではないが、できない人間が実行できるようになる過程をを念頭において書かれていない点について批判的な氏ならではのご指摘といえるかと。








以下私が思ったこと。

フロムダさんがこういうことを書いているわけではないので注意。

要するに、みんな「時間を区切ってやる」ことの重要性はわかっていても、それを実行することの困難さを十分に認識していない。

できる人なら当たり前にできるから番手においてくるのだけれど、それができるようになるために、ステップを踏んで行こうという事だろうか。


また、業務の遂行には言うまでもなく意思決定者の存在、意向が先にたつわけで、それは本人が必ずしも自由にできるわけではない。

その部分が明確でない、伝わっていない、という問題は、双方向の問題だろう。この部分を、MBAで学んできて、マネジメントを志す人間が軽視しているというのはダメなんじゃないか

数字効率だけで物事を測り、働く人のことを理解せず、自分の思い通りにならないことはただ嘆くだけ、というのは頭でっかちで融通がきかなさすぎるだろう。


さしずめ、プレイヤーとしては優秀だがマネジメントができない上司の3要素、とか並べると

理屈論理的に説明できてもけれど、部下を納得させて動かすことができない。

欠点を指摘するだけで、改善案は示さない

マネジメント上の問題もすべてその人のやる気や自己愛の問題に還元して自分の問題とは考えない

で、結論としては「自己愛がない」に対して「部下への愛がない」とか「自分がうまく行ってる限り現状に疑問を抱かない」=unlearnできないいう感じになるだろうか。

お互いがunlearnできないから、デッドロック状態。ホント職場地獄だぜフーハハァー!




上司はつらいよ

繰り返すけれど、↑は私が勝手に思ったのでフロムダさんはこんな事言ってないですので誤解のないよう。

フロムダさん自身はこう書いてます

ライフハックとか自己啓発とかの記事の中には、単に昔から上司が部下に教えてきた「普通仕事常識」のポイントをまとめたものにすぎないものも多くって、それって、どこが啓発でどこがハックなんだよ、単なる新入社員教育じゃん、みたいなところがある。

能力の高い上司が丁寧にやり方を教えても、能力不足の自分のやり方に固執して仕事ができない部下は、自分よりも能力の高い人間能力の高さを認識する能力がないかプライドが高すぎて自分能力不足を認められない人。前者だと絶望的。後者だと生き方を変える必要があるがそこまで上司役割なのか?

まり、元々の記事とほとんど同じ事をお考えです

元記事は伝え方がダメダメだったのと、それに対する対処を投げ出しているような印象を与えたために批判を受けただけで、考え方自体は間違ってないんだろうなぁ。

上司が部下に踏み込み過ぎるとすぐパワハラとか言って逆ギレすることが許されかねない時代に、上司にどこまで責任を持てるのかってのは考えてみると難しそう。

早川教授の問題と含めて考えたい。 もうそんだけ部下が仕事もできなかったり迷惑をかけておきながら自分権利だけは一丁前に主張して指導を拒むのであれば、

もう面倒見切れないから全部自己責任いいんじゃないかな、と思う上司の方がいても責められないかも。

こういう時代だと、上司が部下の期限をとってまで気持ちよく仕事をやらせるなんてのは不可能だ。

部下の側からすれば、なんとかして上司リソース自分から模擬取りに行く必要がある。

ならば、本当に学ぶ気概があるなら積極的に部下の側から上司にその姿勢を示し、役に立つことは受け入て実行するところを見せるべきだろう。

そういうのを漠然表現すると、素直さが必要だ、って話になるんだろう。

ただし、部下側が上から見たら「素直な」態度を心がけるのは「自分が生き残るために必要だから」だろう。生存戦略だ。

生きるための必要に応じて自己変革するのであって、それは性格の問題ではないと思う。選択の問題ですらない。これができないやつは生存本能が壊れているとすら言えるかもしれない。そのくらい言い切っても良いのではないかと思う。

性格の問題にしてしまうと、むしろあきらめや反発を招く。

きちんと現実を示して危機感を持ってもらった上で、態度は心構え次第で変えられるし、ヤル気のある部下には上司も応えるよって姿勢を示す必要がありそうだ。




って偉そうなことを書いてはみたけれど、難しいなー。私も役職持ちではないけれど、後輩の指導でよく悩むのと、昨日「灼熱の小早川さん」読んで色々思う所があったのでだらだらと書いてしまいました。

2011-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20111130004727

漠然としてるな…。

「そろそろ準備を」なんて言うからもっと具体的な話なのかと思った。

2011-11-28

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/11/post-372.php

 ですが、それだけではないと思います。今回の圧勝のもう一つの要因は「余りにもお粗末な敵失」でしょう。民主自民の既成政党の動きは、例えばアメリカティーパーティーに対抗している民主党(米)とは比較にならないほどの低レベルでした。

 まず、橋下新市長が「どうして日の丸君が代にこだわったのか?」という戦術を全く理解していないという「大バカ、大間抜け」ぶりにあります。あれは非常にシンプル戦術なのです維新の人たちは、別に戦前日本に戻したいわけでも「たちあがれ」的な形で高齢者カルチャーに寄り添いたいのでもありません。

 そうではなくて「日の丸君が代」で攻めれば「敵はきっとイデオロギーから反発して感情的になる」だろうというのが彼等の「狙い」なのです。そうして「庶民の生活レベルの話や、大阪全域の経済再建」などの実務的な、具体的な政策論を説く代わりに、イデオロギー的な橋下批判に彼らが専念すれば「シメシメ」という作戦です

 イデオロギー的にカッカすることで、「反独裁」とか「反ファッショ」などという絶叫しかできない場所に追い詰められ、それが正義だと我を忘れた「反橋下」陣営を見ていると、中間層は選挙戦の展開を見ながら、これでは自分たちの民生向上にも閉塞感打破にも「全く役に立たない」という風に見てしまったわけです

 こうなると完全に橋下氏の「思うツボ」です。一旦自分たちがモメンタムを獲得してしまえば、反対派が「反独裁」を叫ぶということは「漠然と橋下支持を固めた中間層」に対して「お前たちはバカだ」と見下しているということになり、「叫べば叫ぶほど票が逃げていく」無限の循環に陥るからです。まんまと罠にはまったわけで、以降は全く勝負にならなかったのです。弁解の余地はありません。

橋下が本当にそんな戦略をとっていたかはさておき、敵失の分析妥当な所だと思う。

日の丸君が代」なんて、大半の有権者にどうでもいい部分に彼らは拘りすぎた。

もっともあれは「黙認される公務員サボタージュ・命令違反」の象徴だからどうでもよくはないんだけれども。

2011-11-17

満足度が高い社会 = 動機がスポイルされる社会認知協和を起こす社会

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111116dde012040015000c.html

西尾維新の「難民探偵」思い出したわ。「下流志向」とか「下流社会」でもいいけど私は内田樹三浦展も嫌いなのでこっちは取り上げない。



職もなく、その日暮らしの生活のはずが、ネットカフェ結構贅沢な環境を享受し、明日モチベーションスポイルされている人達を見て主人公二人が交わす会話の部分。

泥のように甘やかされるその場所で、危機感を持ち、立ち上がらなければ・・・堕ちていくばかりなのだ。

格差社会なんて言って、上流であればもちろん、下流でも、そこそこセレブな生活を送るっつーか・・・・危機感を抱きにくい。

 生きて暮らせる。

 だけどそれは錯覚で、本当は坂道を転げ落ちるように追い詰められれているにもかかわらず、

 飢え死にするその直前まで、討ち死にするその直前まで、自分だけは大丈夫だって思えるシステムが組みあがっちゃってるのさ」

「いいこと・・・なんですよね?弱者にやさしい社会なんですから

「程度によるよ。甘やかしは、自立心を損なうだろ?」

「まぁ。そりゃ、わたしも経験しましたが・・・でも、それを理由に放り出されても敵いません」

「そうだね。だけど、保護が行き過ぎると、過保護になって、弱者に甘い社会となって・・・頑張る気をなくしちゃう。」

考えてみればお恐ろしい話だ。政府が、労働国民の義務に位置づける理由も、わからないじゃあなかった。・・・人間の欲望の中にはそもそも労働欲なんかないのである

認知協和を起こしますよね・・・明日の稼ぎも明日暮らしも分からないという現実と、ネットし放題マンガ読み放題、ドリンク飲み放題という現実

 すれ違うどころか、衝突するでしょう。どんな折り合いをつければいいのやら」

「ソレでいいという妥協もあり得るだろうけれどねぇ

 十年後、同じように暮らしていられるかが分からないという漠然とした不安だけは、拭いようはないさ・・・って他人ごとのように言ってるけど、これは俺本人の話だな」



(私は多分・・・おじさまだけじゃなく、いろんな人達から甘やかされていて、

 社会から甘やかされていて

 そして生かされている

 生きているのではなく、生かされて・・・・否。

 生かさず殺さず・・・・か。)          (「難民探偵」 P262)


難民探偵は、ミステリーとして読むと不満な人が多いらしい。Amazonの評価は激低い。しかし、殺人事件以外の部分はすごく面白いと思うよ。

ミステリーは謎を解決するもの、じゃなくて、謎を解決する際に、あるいは謎を解決した後に残る解決不能な問題を提示するもの、って発想で書かれているから。

少女不十分」とセットで読むととても面白いと思うよ。



さあ、皆様、謎は全て解いて差し上げました。後は問題に、如何様な解決をお与えになりますか?  (「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん5 欲望の主柱は絆」 P162)

殺人事件は解決しました。でもその途中で見た様々な問題は解決されません。

そもそも殺人事件は私の問題ではありません。

私の問題は一歩も進んでいません。

物語は終わっても、問題は終わりません。

そもそも、現実にはドラマティックなことなんて何もありません。

地道な現実しかありません。ドラマを求めてもいいことなんてありません。

さあここまでわかった上で、どうしますか?

いわゆる「健常なキミはいつまでもドラマに浸ってないで現実に帰れよ君」的な嫌がらせのようなお話なわけで。

まぁ「西尾維新にはこんなこと言われたくない」という人には何を言っても気に入らないのだろうけれど。

西尾維新はもともと、普通な人やら、青春を過ぎた大学生に優しくするつもりなんて微塵もないということをわかってない読者が悪い。



ちなみに私が内田樹が嫌いなのは安楽椅子探偵気取りで冤罪事件をしょっちゅう起こして問題を有耶無耶にし、そのことに自覚がないから。

下流社会での主張は「学ばないのも、働かないのも、自分を「消費者」と位置づけているからだ、という主張」ということであり、それに対して嘆くだけ。

お前は大カトーさんかと。はやく滅ぼすべきカルタゴを持って来い。

http://anond.hatelabo.jp/20111116150501

結婚は諦めたほうがいいというのは、私のスペック(女・28歳・貯金850万・フリーターバツイチ)にたいして仰っているのでしょうか。

それに悩んで増田相談したので、貴重な意見として受け止めます。有難う御座います




>愛されれば自分は変われると思ってはいませんか?



思っていないです

逆に自分が変われば愛される可能性が出てくるのではないかとは思っています

それで色々勉強してみたいなあと漠然と思っています



殴られて、ハっとして、

結婚してもらいたい・相手に頑張ってもらいたいという受動的(?)な思いから、

自分が変わらないと結婚してもらえない、という能動的な考えにやっと変わってきました。





私も配偶者友達は必ずしも必要だとは思っていないです

皆が結婚していくから結婚やっぱりおいしそうと思ったり、取り残されて寂しかったり、そういう一般的な独身女性が感じるありきたりな悩みを持っているだけです



それを「科学的な事実ではない」から諦めてたら廃人みたいなので、私はなりたくないです



科学的な事実ではないか配偶者友達なんていーらない、と言ってしまうのは、寂しいのを抑圧しているようにしか見えなくて痛々しいので、それは私にとっては最終手段ですね。

私が40歳になっても50歳になっても結婚出来なかったり、対人恐怖が直ってなかったら、そう思う事にしようと思います

2011-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20111116180736

お金を信用という違う尺度で捉えたのは面白いね。だけどちょっと机上論すぎるね。

僕はお金のほうが信用よりはリアルだと思う。

信用=金ならば、約束を守ったりして信用を上乗せしていけばお金がもらえるってことになる。それってちょっとおかしくない?

さらに君は信用を漠然的な概念として捉えているようだけど、社会的に言う信用とは何か。僕がパッと思いつくのは「ローン」なんだ。銀行はその人がきっと返してくれると信用してお金を貸すわけだ。ここで銀行がこの人が信用できるかどうかを決める尺度はその人の年収であったり、家族構成だったりするわけ。決して会話のキャッチボール云々じゃない。

元々は信用からお金が生れたけど、現在では信用の尺度としてお金が使われているんだね。

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