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はてなキーワード: きもいとは

2017-03-26

2ちゃん大学スレではキモオタ学生として話題にされてて

自分もそれにのっかってあいきもいよねーとか書いて遊んでたのに

爆サイにはスルーされてしまうのか

日本女性はもう少し賢くなるべきだと思う。

かわいいスイーツや、お洒落ファッション流行コスメ最先端流行スポット自分らしいライフスタイル婚活彼氏のこと旦那のこと、いいけど、いいけどさ。


ほかにも大事なことはあるんだよ。


ほんとにね、馬鹿女性が多いの。

勉強ができるできないはおいといて、中学生のまんまおっきくなった女性が多いの。年齢とか職業とかすんでる場所関係なく。


30間近の普通に社会にでて働いてる女性が、本も読まず社会情勢にも関心がなく、顔が変わりすぎるアプリ可愛い自分写真をたくさん撮ってSNSにあげて「あっフォロワー増えた♥」とかいってはしゃいだりさ。少女漫画原作実写化した中身スッカスカのラブストーリーとか観ちゃってさ。とにかく精神年齢がこどもすぎる。

それともさ、国とかメディアぐるみで、女が賢くなったら権利を主張するだけで面倒になるから馬鹿のままでいさせよう、子供を産み育てる、これだけやってりゃ知性を磨く必要はなしって考えなのか?だからあん低俗テレビばっかして女性馬鹿にしてるのか?

あん稚拙な内容の番組ばっかりだから、この国で女性として生きるのに、賢くなる必要はないんだって女性が思い込んじゃうんだろうが。

女性空気に敏感だから、賢くない人が多くいれば、やがて賢い人も、退行して多数派に流れちゃうんだよ。

読書もろくにしないから語彙力に乏しくてむかつく~きもいヤバイ~うける~しか言えないあほ女性

ネットニュースの表面的なことしか知ろうともせず他人評価を気にしてSNS依存する女性

若くて美しい自分が一番大事から綺麗でいることに固執する女性

キャバクラで働くこと水商売ステータスだと感じてる下品女性

男のことで頭がいっぱいで男に好かれる女を演じ続ける女性

結局は稼ぐ旦那を捕まえるのが女の最上級幸せだと信じて疑わない女性

結婚する旦那スペックで張り合う既婚女性

子供けが生き甲斐で過干渉ぎみな女性

こんなんが8割。あとの2割は賢いはずなのに少数派だから日陰者。

なんて視野が狭い生き物なんでしょう。

しかし。その生き物から自分も生まれたことも事実


男もさ、日頃からニュースについて話題に出して意見を言い合うとかさ「日本の政治終わってんな~」とか言って終了、じゃなく、どうしたらいいんだろうって一緒に考えて、もうちょっと彼女とか奥さんの知性の向上に努めるべきだと思う。

もちろん男も馬鹿じゃいけないと思う。スマホゲームばっかしてちゃあいけない。


女性が難しい話よくわかんないとかぬかしたら、わかる努力をしようって言ってあげなきゃいけないし、

自分が話してる内容に対して、よく知ってるね!すごい!とか言ってうんうん聞いてるだけなら、それだけで悦に入らず、あなたはどう思う?って意見を言う機会を作ってあげようよ。

キラキラしてること、興味のあるものだけ見て生きるのはだめだよ、もっとちゃんと知っておかないと、歳をとると、どんどんどんどん見えるものが狭まって、(今よりもっと)お馬鹿さんになっちゃうからねって。

一緒になって視野ちょっとずつ広くしてあげようよ。そんで分かってもらおう。


かわいくいるために傍観者でいたり、賢くないふりをする必要はないって。

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325141049

俺は、自身キモくて金のないおっさんになる可能性が充分にあるので、そういう人でも生きていける社会になったらいいなと思う。

ただ、そういう人たちに対して何か言ってあげられることがあるかと考えたとき、何も思い浮かばないんだよね。



「まずは家賃を下げろ、金が全部尽きる前に引っ越しを考えろ」「パソコンは今数万円で買える」「スマホは月額2千円で持てる」「コンビニ飯より食事宅配の方が結局は安上がりだ」「ぶっちゃけPCさえあればなんとでもなる」

ホームレスになりそうなら最後資金で凍死しない南へ移動しろ」「段ボールと空き缶拾いは競争率がめちゃ激しいか作戦をちゃんと立てろ」「きもい?どうせ俺は人と会わないか大丈夫

とか、自身が落ちに落ちたとき用の想定とかを考えることはあるけど、これも結局「今までパソコン自由に使ってネット情報を集めてくることができる生活だったから」という情報強者立場から言える。この助言はずーっとずっとお金がなくパソコンなんて自由に使えない人が採用できる案ではない。



そのような「特に特技はない」というか「本当に何もない」人でも生きていけるように「セーフティーネット」というものを整備してほしいと思ってる。生活保護だとなんやかんや審査が通らないので「ベーシックインカム」がいいなと思う。

ハテナ民はセーフティーネットベーシックインカムに協力的だろ。それはキモイおっさんにも手を差し伸べてると言えるんじゃないか




とここまで書いてみたけど、あらためて「当事者意識をどこまで持てるか」というのも対応に差が出る一因だろうな。

たとえば「差別」について。差別ってのは当人にはどうしようもない事柄理由迫害を受ける。出身地とか国籍とか性別とか。そういう「本人の能力に何の問題もなかろうが、迫害理由はなんとでも、後から付けられる」となると、自分もいつだってその当事者になる可能性が出てくる。

他方「キモくて金のないおっさん」であれば「俺はさすがにキモくて金のないおっさんにはならないし…」という希望的観測を持てる。「キモいのはおっさんが清潔にしないからだ」とか「金がないのはおっさんギャンブルなんてするからだ」とか「それは自分努力でなんとかできただろう。当人にはどうしようもないことではなかったはずだ」なんて理屈を付けることができる。

でも人間何が起こるか分からんよな。急に借金が降ってくるかもしれないし、ストレスで気が変になることもあるだろう。なによりキモイおっさん底辺の人たちだって望んでそうなったわけではない。子供のころから容姿キモイと言われ続けていれば性格にも影響して清潔にしようと思う気すら起こらなくなるかもしれない。http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170325141715 にも書かれてるが

倫理道徳といった概念を身につける以前に生きていくだけで精一杯

という環境だったんだから




キモイおっさん」の話から爆サイを見るような層」の話にずれてきてしまって悪いが、もう少し続ける。

色々なことを頭に入れてもなお「あまりあっちの世界については考えたくないなぁ」と思う理由の一つは「自身があちらの世界の人から過去迫害を受けたことがある」からのような気がする。

彼ら弱者は驚くほど弱者に対して冷酷でもあります

とも書かれている通り、ヤンキー、ウェーイ系、いろいろな輩(ヤカラ)は自分より弱い相手攻撃する。いじめられた側は「別に相手謝罪してほしいとかじゃなくて、二度と目の前に出てきてほしくない。二度と考えたくない」と思う傾向がある。キモイおっさんから痴漢された女性おっさんの生い立ちなんて知りたくもないだろう。

では、そういう弱者から暴力脅迫を受けた私はどうなのか?寛容でない?恨んでますよ。でも、考え方の理解はできた。救済する団体現場も知ってるし、辟易とさせられることも多かった。何か違うアプローチ必要

こういう意見が出るのも頷ける。でもこの人も言っている通り、理解を拒んでいるわけではなくそ努力をしようとする人は少なくないと思う。

アメリカ大統領選挙からこちら「倫理的に正しいとされる物事が必ずしも選ばれるわけではない(正しくないと思う人たちを無視していては自分の思う正しい世界は来ない)」と分かってきたし、今回の爆サイみたいにまた知らないことを誰かに教えてもらって学べばいいんだよ。



それにしてもやっぱり「衣食足りて礼節を知る」だよなと思う。イジメ虐待ヤンキー風俗も「そこでしか生きていけないから」という面が大きいんじゃないだろうか。ベーシックインカムがあれば、親から風俗の元締めから暴走族から抜けてどこへでも行けて助かる人が多いと思うけどなぁ。現状みたいに本人分を搾取者が奪っていきそうだけど。何かいアプローチいかなぁ。

2017-03-24

猥褻物陳列罪

こういう日記とかツイートとかふとあとで見返すとほんときもい。夜のテンションとか関係なくていつでもきもい。そのとき完璧だ…ってなっててもあとで見返すときもさが増殖していてほんときもい。だからツイ消し日記消し頻度がはんぱない。そしてこれを繰り返すきもさ。きもいきもいばかり言ってて申し訳ない。

2017-03-20

カレーライス混ぜるとか混ぜないとかの話で納得いかないところ

カレーライスを混ぜるかどうかクリームシチューを飯にかけるかどうかってたまに話が盛り上がるけど、

まず、マナーとして定式化してもおらず他に迷惑も掛からない部分での他人の飯の食い方なんて本来どうでもいい話だろう。

 

そのうえで、他人が混ぜてるのが気持ち悪いとか感じるのはまあ仕方ないんだけれども、

そのきもいという「生理的感覚」をわざわざ表明したり(ブコメで得意げに発表してるやつ大勢いるよな)、どこか自分の信念か何かのように誇ったり、あまつさえ自分感覚から外れた人間を見下したりするのはいったい何なんだ?

 

普段のいろいろな問題についてはこういう対応普通にNGだろうに、

例えば「こんな顔のヤツは気持ち悪い・近づきたくない」とか表明するのは差別とすれば、同様に「こんな食べ方をするヤツは気持ち悪い・一緒に食べたくない」とか表明するのも差別なんじゃねえの?

 

ただの人間同士が同じテーブルで同じもん食ってるだけなのに、食い方一つでなんで相手キモい信じられない苦手とか言ったり思わなきゃいかんの?

そんな感覚は誇るんじゃなくて恥じろよ。

 

 

http://anond.hatelabo.jp/20170318231901

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170318231901

http://anond.hatelabo.jp/20170320150139

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170320150139

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170317155716

はてなには実際にロリィタをやっていた人間は少ないだろうから、何か書いてみます

自分が一番ロリ服着ていたのは2000年頃〜、今は着てないけどまぁまぁ監視してる感じの30代。

今も残っている初期の写真は服も顔も見るも無残だったけどなんやかんやで雑誌に載ったこともある、そんな増田です。



元増田さんは中学生の時から今まで、ネット上でよくある完璧もの以外許さない系書き込みを真に受けすぎかぁ



確かに、太って化粧もまともにできてないような人間ロリィタ姿を晒すのは、ただえさえ肩身の狭いのにイメージを落とすからやめろ

というような声はずっとありますが、それって努力痕跡もないような人を指しているのであって、

まともなコーディネートで清潔感適当な化粧と髪型があれば非難されるほど否定されることは無いです。

ロリィタ着てなくてももちょっと考えた方がいいんじゃないですかね…という感じの方が、割といらっしゃるので

そのような方を指すことがほとんどです。



約束だってごっこ遊び延長戦で「この方がロリィタっぽくね?なんかかわいいから言っておこう」みたいなロリィタネタも沢山あるし

オバロリにしたって非難するときに使うというよりは、自虐ネタ寄りだったりする。

若いロリータの方が人口多く見えるとしたら、それは成人はネットで年を隠すからです。

(今一番の問題は年齢と考えてるんだろうけど25歳はメーカーアイテムちゃんと選べば本当に大丈夫。全く大丈夫

そう言った本音というか、日常側の感覚って実際に人と触れ合わないとなかなかわからなくて、

ネットで調べれば調べるほど、彼女たちがネットで演じてる「かわいいロリィタごっこ」が全てに見えてきてしまうように思います



雑誌ネットで目立っているような上のロリィタには成れないかもしれませんが、

中の下レベルあればロリィタのお友達を作って仲良くなるのには問題はないです。




あと元増田さんは他のロリィタさんからの目を気にされているようですが、ロリィタ自体嫌いな人は一般人は多いので

どんなに可愛い子でも、街を歩けば「ブサイク」「きもい」などと言われますので、気にしてはいけません。

基本的に好奇の目で見られるような行為です。そこにロリィタとして可愛いか可愛くないか若いか若くないか関係ないです。




元増田さんはメルカリ中古を買おうとしたと書いていますが、もし買ってみるという一歩が踏み出せるのなら

絶対にお店に行って試着して全身コーデしてもらって買ってください。

たとえ、家で着てみるだけで外に着て行く気が無くても、です。

衣装じゃ無くて洋服ですから、ちゃんと合うものを着ないと当たり前ですが似合わないし可愛くないです。

似合わない服を買ってロリィタが似合わないと判断するのは間違いでしょう。

普段着ロリィタ服を買いに来る人は全然珍しくないですし、予約制のショップもあるので

元増田さんのことはお客としか見てない店員さんに、誠実に服を選んでもらうことができます

できれば10万くらい用意して、アンダーから靴まで完璧に選んでもらえれば、失望しないで10年の思いに応えれる姿になれるんじゃないでしょうか。

「私かわいいいい!」じゃなくて「以外と普通だな」って思えたなら、それはちゃんと着こなせてるってことです。

(安物代用品は着慣れてて解ってる人じゃないと危険




ロリィタ服は金を出せば買える、楽しくて可愛くてバカみたいでおかしな目で見られる服です。

思い詰めるほど崇高でも特別でもないです。



元増田さんはロリィタ以外にも色々押し殺してしまってそうだから、ぜひとも一歩踏み出して欲しいです。

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317172613

ありがとうは言わないけど言う人に対してきもいなんて思わない。

なんにも悪くない人をインターネット匿名を利用して批難する人はきもい

2017-03-09

はてなってオタクが多いじゃないですか?

あ、前もって言っておきますが、オタクきもいとは思ってませんよ。

国立新美術館ミュシャ展が始まったじゃないですか?

始まるよってはてなニュースオタクがはしゃいでて、うわぁ…なんで?って思ったんですけど、

私ってオタクじゃないじゃないですか、だからなんでミュシャオタク受けいいのかわからなかったんですよね。

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303221958

知り合いに絵に描いたような脂ぎったきもいおっさんがいるんだけど

子供は清楚な女子中学生

会うたびに人間ってほんと不思議だなって思うわ

2017-02-28

園児園長先生支持政党知りたくなかった」「親がやれっていうからやった」

  「食事と保育で言い負かされた」「しつけがたんまりだった」「どこの家庭でもあること」「特別ひどいってわけじゃないと思いたい」

  「将来の夢ですか」「かねがなくてきもいおっさんになりたいです」

2017-02-23

森友学園系列幼稚園について2ちゃんねらー視点

国有地格安売却問題で揺れる森友学園だが、世間では初めて知る人も多いらしく「えっ、こんな幼稚園あったの?」という感想も多いが、ネットでは10年以上前から政治的に有名な幼稚園だった。

初めて知る人の場合、「国有地格安売却」→「安倍昭恵名誉校長」→「園長夫妻のヘイトスピーチ」→「教育勅語を暗唱する幼稚園」という順番で事実を知っていき衝撃を受けるのだろうけど、ネットでは順番が逆。

15年前くらいにすでに軍歌を歌う幼稚園として批判的なニュースネットで知れ渡っており、10年前くらいに教育勅語を暗唱させる時代錯誤幼稚園としてネット民に完全に認知されることとなった。

ただし、10年前は嫌韓ネトウヨ勢力ネット言論の大部分を占めており、マスコミいくら批判的にニュースにしようとも、「軍歌何が悪い」「教育勅語のどこが問題なのか」と全く意に介さず、むしろ幼稚園教育正当化する意見ばかりだった。

それが転換し始めたのは2013年辺りから

森友学園YouTube園児課外活動として自衛隊イベントなどで日の丸旭日旗を振らせるビデオをアップし始めて、2chの一部の板でそれを嘲笑的に取り上げるようになった。

2015年から安倍昭恵幼稚園訪問したことを産経新聞記事にするようになり、園児たちに「安倍総理はどんな人?」と聞いて「日本を守ってくれる人」と答えさせるなどしていると知られ「権力とずぶずぶやないか」と呆れ始めていた。

その後、2016年12月ロイター記事で、安倍昭恵名誉校長小学校開設が知られ、「うわ~きもい」ってなってたところに、この土地売却問題報道され「ああ、さもありなん」と納得して追及する側に回ることとなった。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211125646

何か元増田ブクマきもいポエムばっかで吐き気がするな

そもそも母親側に何も問題がないなんてことは全く保証がないというのに

はてなってマジで母親甘やかしてんなーと思うわ

まあとりあえず社会的弱者「と思われている者」を擁護しておけばお手軽に意識高い系を気取れるから楽ちんなんだろうが

結局のところダメ父親とヤってしまったという原罪からはこの母親である元増田は逃れられないのだから

どこまで言い訳せずに子供に対して誠意を持った子育てができるかにかかっているな

要は「私も被害者なんだ」という立場に逃げたら必ず子供から復讐される

ブコメゴミはてなーみたいな連中に甘やかされると、その危険性は遥かに高まるということだけ言っておこう

どれだけの価値があるの?


名簿から勝手電話番号を調べて

後ろの席に座っているのにメールしてくる

60越えたジジイ





あのさぁ、自分の娘よりも年下の女性社員に『ご飯いきませんか?』ってどういう気持ちで言ってるんですか?


なんでコソコソしてるんですか?

仕事終わりに『飲みにでもいくか』って軽く声かけられないんですか?

どうして二人きりなんですか?


自分にどれだけの価値があると思ってるんですか?

ありがたいお言葉でもいただけるんですか?毎日暇そうにボーッとしてるだけの再雇用天下りあなたから



何が楽しくて自分父親より年上のジジイと二人でコソコソご飯行くわけ?

お金もらってでも行きたくないのに、少し払おうとしたら『こら!ここでお金だしたらもぅ誘ってあげないよ!』

は?願ったり叶ったりなんですけど。




お前は若い子とご飯食べて話できて楽しいんだろうけど、え、私は?ジジイくそつまんねぇ話聞くだけでどこに楽しみあるわけ?

そういうの考えられない誘えるわけでしょ?きもいんだよ。



こっちは毎日会社で顔合わすし一応は上司なんだから笑顔相手してやってんだよ真に受けて『俺のこと慕ってんな』って勘違いしてんじゃねぇよ病気かよ。

2017-02-09

主婦ポエムきもい

ポエムってる暇があったら子供お受験とか家のローンとか夕飯のおかずでも真面目に考えてろよ

印象。考察なし

http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

寝落ちしそうだし消えると悲しいか更新かさねる


率直に書く。総合的な感想考察は落ち着いたら書くつもりだけど、壁打ち悲しいから書かないかも。(というか他作品観劇したらもう書けなくなるだろうから、勢いつかないと現実的に厳しそう)

トゥルーエンドではないけどグッドエンドはもう前回観れたから、推理の旅を終えていいようにも思っている。あとやはり証人が足りない。私の観たルートより先の話が展開されないと推理が苦しいし淋しい。



初見と印象が違いすぎる。

何が変わった? 私が変わった?

私のライフは零である。救いがまったくない。ほんとつらい。

今回はまったくもやもやしなかった。ただあるがまま受け止めてほんと苦しい。

今作はもうずっと『諸戸と簑浦』の話しかしていない。だからうつらい。世界に二人しか居ない。つらい。

嗚呼明日原作既読の友人にいろいろ質問しよう……



時系列順に。

ちなみに『私』と『箕浦』と《わたし》と《みのうら》と簑浦が出てきます



冒頭。諸戸屋敷にいる『私』。これめっちゃ幽霊に見えた。

手記の内容は、すべて完全に諸戸についての内容。つらすぎ。

『私』は諸戸を「哀れ」と評す。まじかよ。

奥さんがお茶を入れてくれてそれを飲んだはずなのに、誰かいませんか?的なことを言う。え、やっぱこの『私』お亡くなりになってない?

そして諸戸登場。語り部の『私』と会話する。おかしくない?

登場キャラクターが天の声に話しかけたりしなくない?

から最初は『私』も諸戸も亡くなってて、死後の世界に見えてならなかった。

てゆか、今日見た諸戸がこわくてこわくて、ずっとすごいこわくて。諸戸の亡霊みがやばかった。成仏してない霊感

初見は王子様のような諸戸だったのに、何が変わった? 私が変わった?

『私』と諸戸は二人で一緒に過去を振り返る。

諸戸との最初の決別、夜の告白の時、聞いてる時の『私』はものすごく悲しそうな切なく美しい顔をする。嫌悪の色ではない。

『私』は諸戸に「性愛には応えられないけれど一緒に遊んだりした友情には感謝しているし君もそれを喜んでいるように見えた」的なことを言うのだけど、これ少なくとも2回目撃している。隠喩だったかそのままだったか…どこだっけ思い出せない丈五郎と道雄だっけ…? すごいつらい。

あのね『私』と『箕浦』が互いに演じた《わたし》と《みのうら》、《わたし》は未来をすべて知っているようで(諸戸の死を含む)、《みのうら》は生きてるからすごく生命力のある反応をする。『私』が《みのうら》になって井戸出たときなんて、それまでとのギャップちょっとびっくりした。

ここで振り返ったのは過去から未来ではないけれど、どうにも諸戸から時間を感じない。(ミスリーみあるけど)

似てきたなと私が感じたのは、この冒頭の『私』と諸戸、諸戸親子、諸戸と吉ちゃん。親子はアフタートークでも言われていたけど…というかあの世界は「諸戸と簑浦に関すること以外すべてカット」されているので、全部が諸戸であり簑浦であってくるしくて無理。常にライフ削ってくる。

大人になってから。『箕浦』は「ここからは僕が」と言って登場する。おかしい。どうして語り部の語る内容にキャラクターが介入できる?

から私は、ああこれは『演劇なのだな、と気付く。原作では簑浦が口頭でこの物語を語ってくれるのだっけ?それとも小説? ここではその語り口が『演劇なのだと。

箕浦』は『私』が初代に渡そうとした指輪意気揚々と奪ってくる。《みのうら》演じている『箕浦』は本当に生命力に溢れてる。

嗚呼だめだ寝落ちたらもう思い出せない…『箕浦』だけは「諸戸と簑浦に関すること」が何もない存在だったようにも思えてくるけど、もう私の記憶証人として使えなくなってしまった。



『私』は決して初代を「美しい」と言わなかった。まわりくどく魅力を説明する。その形容自体違和感は無いが、乱歩が連載初期から意図的言語を使っていたのなら、初代を「美しい」と表現しないのは変だ。簑浦にとっての初代の価値が軽すぎる。

箕浦』は何についても「美しい」と言わなかった。やはり簑浦は矛盾や歪さを抱えていないか? それを『私』と『箕浦』で同時成立させていないか。『私』と『箕浦』は別々の役割をもった役者


初代は証言する。正面を向いて淡々と切々と語る。あれは諸戸のことではなかったかしら。初代だけに存在する追加情報の時だけ『箕浦』を見て『箕浦』に話しかけてやいなかったか

『私』のかんばせが本当に何の欠点も無いようなほど美しく、そしてとても表情豊かで観客をガンガン見てくる。目が合うとかじゃなくて、観客の目を見てくる。後方でも目を見てくる。つまり語りかけ度がぱない。あいつはメッセージを発している。

対して『箕浦からはそんな様子を受けない。《わたし》を演じる時間が短いからかもしれないし、セリフが少ないせいかもしれないし、ずっと座っているから私の座席位置がかすらずそう見えなかっただけかもしれない。

いや、ほかの『役者』もそうだった。わざわざ観客の目を見てきたりしない。あれは『私』だけだ。



箕浦』はハッキリと「ぼくは幸せだよ」と胸を張って言う。

(正確な表現を思い出せない…2時間以上の空間を丸暗記してそれを体験した自分心理思考記憶して寝落ちリセット回避はこのセリフ量だと流石に無理ゲー過ぎ…でも記録に残すならちゃんとしたい…)



初代が亡くなった時に現場での出来事にしっかり対応していたのは『私』。泣き崩れてずっと耐えているのが『箕浦』。

深山木を訪ねてからは、未来を知っている《わたし》役の『私』は度々悔しそう・つらそう・悲しそうな表情をする。

『私』には彼を救えないから? ねぇ、これ『私』にもそういった感情がちゃんとある描写だよ。



初代と深山木さんを亡くしてから場面転換の際にオープニング曲しか聞こえない音楽が入る。唸りをあげて悶絶する『箕浦』。あ、ここ襲いかかる諸戸の唸りと重なる。



諸戸に関係ないところでも、疑心暗鬼セリフはすべて『私』が言っていたように思ったけど…いやこれは断言して大丈夫では。

しかし確実に《みのうら》の口から「諸戸を疑っている」主旨の言葉が出たときは『箕浦』が発言するし、

諸戸から「君は疑っているんじゃないのかい」といった疑心暗鬼を抱いている主旨の言葉が出たときに対面しているのは『私』と、徹底していた。



諸戸と『箕浦』が家で初めて会話している時、諸戸を見つめる『私』がくそやばい。愛憎ぶちこんだ流し目破壊力軽蔑目線でもあっただろうか?嗚呼ほんと駄目だ脳がリセットされて正確に思い出せない!

ああ、でもここで諸戸を見つめる『私』は、『私』を見つめる諸戸に似ている。それは性愛を込めた時じゃなくて島で秀ちゃんに夢中になってる『私』を見ている時のそれ。


子ども残酷」って諸戸が説明したとき、めちゃくちゃ学生時代の簑浦思い出した。


しかし諸戸の話題が《みのうら》への愛についてから事件推理パートに移ってからはクソつまんなそうに家ん中ブラブラして諸戸の推理聞き流してる風に壺にしなだれかかってる『私』だるえろかわい過ぎだった。「ねぇ~まだぁ~?」してる子猫ちゃんかよ。たぶん唯一私が萌えれて心を緩められたシーン。


ずっと『私』は推理パートつまんなそうにしていたのかなと思いきや、だるえろかわいいのあそこだけで、曲技団に刑事と行った時とか身を乗り出して聞いていた。

いや、あれは『箕浦』の代わりに演じていたのか?

あそこ本当に諸戸が『箕浦』のことを狙っていた。すごくこわい。じわじわ距離詰めてくる。こわい。あれなんであそこにそんな描写入れたんだろう。あの時の話題は何だっけ…おとっつぁんについて?



深山木からの荷物を受け取るのはこの後だったかしら。

秀ちゃんの手記。まじつらい。ぜんぶ諸戸と簑浦の話でつらい。

ぜんぶ諸戸と簑浦の話であるから、『手記の秀ちゃん』に母親が居ないから、この舞台での諸戸にも母親が居なかった。(正確に言うと丈五郎母親の話をするが、諸戸は母親の話を一切しない)

原作未読であるので自分確認できないのだが、諸戸が母親について告白する場面はそんなにカット必要位置にあるのだろうか?

諸戸が母親から性的虐待を受け、それによって女性嫌悪感を持ち女性は愛せなくなったこと。親から愛情が与えられず性行為でだけ情を向けられたから、諸戸が簑浦へ向ける愛情性愛以外の多様さをみせられないこと。これらは諸戸の歪な愛を単なる超自我とイドのせめぎあいにさせず、諸戸が『かたわ』と比喩できる大きな理由となっていると思う。

それがカットされたというのはものすごく重大なのではないか

ここにある諸戸は性的虐待を受けていない世界線の諸戸?



手記の後に諸戸がどちらと会話をしていたか覚えていない…記憶の砂が零れ落ちていくの恐ろしい…

おそらく『箕浦』と話している? 系図帳から暗号見つけるのはここか?

島へ行く途中の列車?船?の中、諸戸が「疑っている?」と問いただすのは『私』で、その話題が終わるとすぐに『箕浦』に入れ替わる。

だめだここですべきは事実の羅列ではなく印象という目撃証言を残すことだ。



島に着いた夜。寝ていた『私』と『箕浦』。『私』だけが起き上がり、秀ちゃんと出会う。

そこに現れる諸戸。

私はここにめっちゃ違和感感じて、それまでの流れでやっぱり諸戸も登場人物なのかな…って思ってた気持ちが吹っ飛んだ。なんでここに諸戸が居るの?って思った。『私』と同じ次元存在から

で、原作既読の友人に確認してもらったら、原作ではここに諸戸は居ないししばらく諸戸と合流しないって……

それから呑気に毬遊びをする『私』と『箕浦』を見て、ここでも彼らは『役者』として並列であるめっちゃ感じた。対話をすることはあっても、物理的に直接交流するシーンはここが…あ、いや初代の指輪を奪ったね。そことここだけのはず。二人存在しないとできない行為から

まだ全然考察とか感想にまで至れていないけど、直感だけの変な話しだけど、

諸戸と『私』が同列であることと、『私』と『箕浦』が並列であることは、次元が違っているのですよ。だから諸戸と『箕浦』は同列ではない。

あ、それが《わたし》と『私』か。

わたし》と諸戸は同列。『私』と『箕浦』は並列に役者



五郎に帰れと言われてから、諸戸を助ける決心をして、諸戸からメッセージを受け取っているところも、井戸の中も、『箕浦』はずーっと冒険譚の主人公だった。キラキラクワク輝いていた。秀ちゃんへの恋とか初代の復讐とか諸戸への心配とかじゃなくて、冒険に夢中だった。

諸戸からメッセージを読むのは『私』で、あいつまた俺に変な気を起こしそうでいやだわ~的な愚痴をこぼし、『箕浦』もそれに乗っかる。「同性愛理解できない」ってまた言う。「頭では理解してるけど全然わかんねー」って言うのはどこだっけ。いやほんとに『箕浦』には友情以外まったく無い。微塵もない。清々しいほどに無い。脈ナシにも程がある。

前述した「諸戸も登場人物なのかな…って」考えに変化しかけたのは、同じく前述の事情聴取のシーンで《みのうら》を演じる『箕浦』をそれこそ蛇のような視線で諸戸が見つめていたから。スポットライトの当たらないところで。その時『私』はスポットライトの中で刑事事情聴取を聞き入っている。(時系列ぐちゃってごめん。でも記憶が蘇ったものをとにかく書いて残す)

ひえええあんな完全無欠の究極ノンケみたいな『箕浦』に言い寄っても絶対無理だよ諸戸なんで気付かないんだよ異常だろ…ってぐらい怖かった。対してワンチャンありそうに見えるのは『私』。否定してるんだけどなんか匂ってならない。なんか否定だけを信じられない。

あれか? 「『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』」ってやつか?

(初見感想で書いた「《みのうら》も実は諸戸を愛していたのではないか?という容疑が浮かんでならない」のは、完全に『私』のせい。これは初見からそう。私はこれを初見で「諸戸カンチガイ乙‼」みたいに感じていたから、こいつは諸戸の疑心暗鬼が見せる簑浦だなと思っていた。)

諸戸は『私』を探しさまようラブファントムなのかと思っていたけど、全然《みのうら》演じてる『箕浦』も狙ってくる。

『私』と『箕浦』はだいたい一緒に舞台上に居るんだけど、諸戸が《みのうら》よりも『私』を優先して見つめたのは、

  • 箕浦』演じる《みのうら》が諸戸の手を握り返さなかった時
  • 箕浦』が寝ているところを抜け出して『私』が秀ちゃんと出会った時
  • 井戸の中で『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた時

諸戸は簑浦を探しさまようラブファントムという印象に落ち着く。



水責めから『私』はもがき出す。水喰らって噎せるし《みのうら》と諸戸に水ぶっかける。

序章でも鬼との出会いを思い出してる時に喉を掻くから原作にも白髪化がいつか描写されてないそうだし諸戸生理的拒否られてない可能ワンチャン…!?って一瞬思った。違った。

箕浦』ずっと脅えていて本当にかわいそう。諸戸に抱き締められてもノンケ過ぎて嫌悪感すら無い様でだだ死の恐怖に脅えている。…って、そうだ。『箕浦』は諸戸の性愛嫌悪感すら返していないわ。性愛なんてもの存在しないようにしか見えない。

ホモフォビア過ぎて逆に男性とキャッキャする現象」が何か科学的に存在しているのですか?(そんな感想を見かけた。)気になるので詳しい方に教えていただきたい。

そーいや江戸川乱歩同性愛を「研究」していたんだよねえ…



それまで『箕浦』を抱きしめて必死告白していた諸戸(この時の諸戸何故か記憶してない。零れ落ちた感覚もない)が、『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた瞬間、逆鱗に触れられたように(地雷ぶち抜かれたみたいに)目を見開いて、そのまま『箕浦から手を離し、表情も目線も変えず亡霊というか亡者みたいにゆらぁりと『私』の方に移動していき、「ああ、嫉妬している」と答える。

これほんとめっちゃこわい。ラブファントムこわい。ホラーフィクションでよくある悪霊に追いかけられていたのが御札を持った瞬間にこちらが相手から見えなくなってあっさり追いかけられなくなる・あるいは逆に結界崩壊してそれまで見向きもしなかった悪魔が突然こちらに向かってくる、あれ。完全にあれでこわい。ほんとこわい。



諸戸を否定して死んでたまるかと逃げ出す『私』。諸戸は唸り雄叫びを上げてから『私』を追いかけたっけ?

確かここ最前列目の前に諸戸が来たのに私は目をそらしてしまった。それまでずっと三人の内をを覗きこんでいたけど、目の合うところに居る諸戸の瞳を覗きこむことはできなかった。

そして遂に『私』を捕まえた諸戸。手を掴み上げ触る。

なんというかね、性的意図をもって犯そうとする時って、例えば、頬を触る(唇を奪おうとする脅迫)、腿を撫で上げる(局部に侵入しようとする脅迫)、みたいな仕草がイメージやすいんだけど。諸戸は手なんだよね。いや、手を撫でられるのも十分性的な接触になりえるし、手を撫でてくる痴漢とかクソ質悪いと思うんだけど(あれって痴漢に該当するの?冤罪増えそうだから流石に法的には該当しなさそうだよね?まじきもい腹立つ)、もっと分かりやすセクシャル表現にしても良かっただろうに、なぜしなかったのか。手なのか。

同じ手でも手を舐めるとか頬擦りするとか自分身体に触れさせるとか、方法はいろいろあるのに。

あ、そうだ。秀ちゃんは吉ちゃんの手を取って自分の胸に触れさせていた。超嫌がってたけどあれは同じ手の使用でも犯されている感がわかりやすい。

あえて手であることがわかりやすいのなら、それは何か。



井戸の中での死についてのくだりも、秀ちゃんの手記で隠喩されたまんまでほんとつらい。もう死んでしまいたいという諸戸の叫び

そうだここ『箕浦』も死んでしまいたいと絶望して挫折して復唱していたのに、『私』が水を挿したんだよね…亡霊を呼び起こしてしまった。

諸戸が嫉妬していることを認めたのが、《みのうら》と秀ちゃんが結ばれてしまうかもしれないことについてなのか。(そう明言してた気もするけど)

それとも「本当はかたわものではなく、簡単な手術で醜い自分を切り離すことができること」なのか。

醜い自分を殺したいけど、殺したらきっと自分も死んでしまうと思ってる諸戸…まじ…



助六さんに「生きたくなかったの?」って聞かれた時に、「世間に顔向けできない」と言った諸戸まじ魂抜けてた。心ここに在らず。ライフが0。助六さんに心の内を回答する必要いか大正解しかしイドの超自我破壊自我乗っ取りを止められなかったことは、この時の諸戸の回答もあながち嘘じゃないなと。



あれ?と言うか水嵩が増さなくなったって表現、昨日あったっけ?

私は水嵩が増さなくなったことを知ってるから、初見ではセリフがあったはず。

『私』と襲いかかる諸戸の図を見ている『箕浦』の表情は、「死者を冒涜せぬよう省略」と『箕浦』が言った場面しか見えなかった。

と言うかこのセリフ初見では聞き逃してたかテラびっくりしたんだけど!

【今】はいつだよ!?って疑問が再浮上した。

初見のとき、序章で『私』が「なお、現在では差別用語となる言葉が登場するが、当時のなんちゃらを変えないためそのまま使用します」云々言ってて、「えっ!?『現在』っていつ!?『当時』っていつ!? 『私』が執筆したとき? 乱歩執筆した時? 私が観劇している今? ねえあなたは『いつの人』なの!?」って、超混乱した。

やっぱ諸戸亡霊なのかあああ??????って。

まだ決めていない。

少なくとも、丈五郎を目にした諸戸や、井戸を出た時の諸戸は、『登場人物の諸戸』だったから。



それにしても《みのうら》になった『私』の生命力

佐藤さんの『私』は表情がくるくる変わるしよく動くし観客の目をガン見してきて語りかけ度がぱないけど、アクティブなのにどうにも《わたし》の時は幽霊っぽかったの間違いじゃなかったんだな。ってめちゃ思うぐらい「生きてるかどうか」がなんか明確に違うんだけど。演技力?すごない?やばない?

わたし》になった『箕浦』と、《みのうら》になった『私』も言葉を交わす。「語り忘れたことあるかな?」

ラストは『箕浦』が読んで、『私』が諸戸の訃報を初めて知ったような顔をしている。井戸で《わたし》役になってからの『箕浦』は、諸戸が鬼籍であることを既に知っていた。

箕浦』はあまり『私』も諸戸も見ない。助六さんと井戸脱出しようとした時から、『箕浦』は正面向いてどっしり座って痛ましそうな顔をしている。あれ…顔背けてるのかな…

座ってラストを読んだあと、やって来て『私』に手を伸ばす諸戸の手を宥めるように下ろさせる。

ああそうだ、『箕浦』に向き直った諸戸の表情は見えなかった。

そしてこの物語の語り部は諸戸を憐れにも思っていると序章で明言している。


諸戸の訃報を握り潰すところ。あれね《みのうら》の憎悪というよりも、醜い半身へのやりきれない憎しみに見えた。悔し泣きみたいに表情を潰すところは正直感情が読めなかったよ。ある意味復讐燃えていた『箕浦』の様子にも近かった。



今回は推理するために三人をずっとガン見するつもりでいたけど最前列譲っていただけたのでピクセルに余裕できて他の演者さんもかなりしっかり拝見できた。

2017-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20170208013153

役得って書いたとおり、いっぱい勉強してたご褒美にそれくらいのものはあっていいと思う。

底辺生存権保障するのはまあ勝手にすればいいけど、進学校に通って旧帝大入って国政に携わり続けて天下りありませんって、無慈悲すぎる。

というか他のトラバすんのめんどくさいからココに書くけど、生産性低いとか茶啜ってるだけとか、どうでもいい。

そういう奴らよりトータルで使えてこれなかったのが悪口言ってる連中なんだよな。

底辺嫉妬まじきもい

ガキの頃に勉強しないで甘ったれてばっかりでボーナスステージ使い切ったくせに、壮年期にボーナスステージ始める人達を叩く資格なんかないから。

最低でも旧帝大主席卒業してから文句言ってくれる?

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

追記。8日ソワレの当日引き換え券を購入した。前回視力的に見えなかった部分を補完できるよう前方列の上手~中央の席をご用意いただけると良いのだけれど。



観劇にむけ、注目したい点など備忘録



白い鞠?は唯一『私』よりも先に舞台上に存在するので、高次元存在である可能性や何かの表現であったりしないか



秀ちゃんと吉ちゃん、初見では(誰しもそうだろうけど)双生児ではなく比喩としての『醜くコントロールできないもう一人の自分』の話だと思っていた。

エグい描写が続いていたので、比喩と見せかけて実際の奇形の話であったというオチにまんまと流されてしまったけれど、

この物語が諸戸の視点であるならば、箕浦と秀ちゃんの恋愛描写は雑で蔑ろであったのに(彼にとっては箕浦他人恋愛なんてどうでもいいからだ。箕浦物語視点であるならばこの恋はもっと尊く丁寧に描写されているであろう)、妬ましい秀ちゃんの手記はいやに丁寧に描写している。

これは秀ちゃんと吉ちゃんの存在が、諸戸ないし箕浦隠喩からではないだろうか。



諸戸本人の感覚というよりも、より高次元な作者・超自我としての感覚で、『諸戸から箕浦への愛』に対し、『美しいものであって欲しい』という望みと、『どんなに消されても消えない愛の炎と欲望は醜い』と卑下する気持ち二面を抱えているように見えるのだけど。

自分の愛は醜い』と卑下してしまうのは、受け入れてもらえないことが唯一で絶対理由だと思う。箕浦が諸戸の愛を受け入れてしまえば、もうそれは醜いものじゃなくなる。

でも箕浦はどうしても『性愛』を受け入れられない。

諸戸の二面性は彼の超自我によるものだと私は考えるけれども、ある意味箕浦が愛せた諸戸と受け入れられない諸戸の二面でもある。

吉ちゃんに凌辱される秀ちゃんとは、愛欲をコントロールできず捕らわれ続ける諸戸であるなと。



箕浦はまさしく舞台上にて『私』と『箕浦』の二つに分かれている。

同一人物であった二人が切り離されたように見えるのは、井戸の中での諸戸の告白辺りから。……それ以前、島に着いてからもかなり二人の差が「目について」くる。異様に見えてくる。

井戸を出た時の諸戸の表情が座席位置関係で見えなかったのだけど、彼は箕浦に何を見たのだろうか。



私は諸戸に対して全くもって嫌悪感がなく、むしろ清楚な色気すら感じていたのだけれど、ラストセリフ・親御さんから手紙の内容を聞いたときに唯一初めて諸戸のことをきもちわるいと思った。

諸戸本人からの求愛であったならまた印象は違ったのかもしれないけれど、第三者から告げられたそれはすごくきもちわるかった。

(これは私が『告げ口』というものに異様な嫌悪感を持つために抱いた感情なのかもしれないけど、あれだけフッたのに他人からまだアイツお前のことが好きだってと言われるなんて、しかもそれが息子を失った親御さんから訃報でだなんて、最悪すぎるし気持ち悪過ぎると感じるのですが……これで意中の相手が振り向いてくれることなどあるのでしょうか?)

から、実はラストシーン佐藤さんの反応を見逃すまいと凝視してしまって。

私は諸戸すげーきもいと感じるけど、『私』はどうだろうなと。

そのせいで他の要素を見逃している可能性が高い。

あと、どうやら原作ではそれなりに諸戸の好意きもちわるいようなのだけど、舞台では健気で美しい印象の方が強かったので、それは私が田中さんの美しさ・色気に当てられて誑かされていたからなのかどうかもしっかり見極めたい。


更に追記

ラストシーン手紙から受けた『諸戸きもちわるい』って印象、この手紙を読むのが井戸の中で消えた箕浦役の石田さんが担当しているからって可能性もあるのかも。

あのセリフを言ったのが箕浦かどうかはまだ考察できないけど、『消えた自分』にそんなこと言われて亡霊度がめっちゃ高くて不気味だったような気がしている。

怨み言や呪いのように聞こえた。

こちらも改めて確認したい。



更に追記

諸戸が箕浦を好きになった理由原作からも明らかにされていないらしい。

しか口説文句に「君は美しい」とあるそうで、これは他の人も言ったセリフである気がする。

作品中において『美しい』と評されることの意味は重いはずなので、

誰がいつ何を『美しい』と評したか、その評価意味を捉えていきたい。



更に追記

「『私』が白髪になるほどの恐怖」とは何であったのか原作でも名言されていないらしい。

解釈余地があることの意味検討したい。

また、どうしても視覚情報の伴う舞台では白髪になったターニングポイントが「見えて」しまうため、原作にならい解釈余地を生ませるよう演出されているのだが、それでも舞台上に起きた出来事はどんな解釈でなされていたか、芝居の息遣いをしっかりと感じておきたい。

○○ママって自称する女嫌い

コミュニケーションの一環だとわかってるけど○○ちゃんママって自称したり相手に呼んだりする女が嫌い

ついでに言うと○○パパって自称する男も嫌い

幼稚っていうかはっきりいってバカに見える

なんか森ガールとか天文女子とか女子会とかそういう気持ち悪さ

ママって自称することで同類意識っていうか連帯感とか感じちゃってるのかな

それとも子供母親ってことに自分存在感役割見出そうとしてるのかな。依存っぽい

プレママとかも気持ち悪い。妊娠中じゃだめなのか

そういう親に限って非常識ベビーカーの使い方とかママなんだからって開き直るんだよな

とにかく○○ママって自称する女とその子供ととかかわると厄介事に巻き込まれそうだし単純にきもいから近寄りたくない

2017-02-06

のんのんびよりかばらかもんが美化されすぎててこわい

前者は原作漫画アニメも本編はまあいいが、ED歌詞の「小さな話でも みんなが知ってる」ってところがこわすぎる

なんでこんな歌詞入れたんだホラーだよ

後者原作漫画の今でてる後半らへんで「お前もようやくよそものじゃなくてむらのなかまいりしたな」みたいな話を目が笑ってない笑顔おっさんに言われるシーンがあって、ほんらい感動シーンっぽくかかれてるんだけど、ぎゃくにぞーーーっとした

まじで村文化きもいしこわいし絶対やだわ

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