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はてなキーワード: スタンスとは

2017-05-22

スクエニソシャゲは質が悪い

スクエニソシャゲは質が悪すぎる。

数撃ちゃ当たるというスタンスでやっているのか、1年で次から次へと出していく割に生き残れるのはほとんど無いという悲しさ。

これが名作を数々出してきたゲームメーカーと思うと泣けてくる。

ソシャゲの開発をして回収できない程度で終わるなら、もっとコンシューマーに目を向けたら良いんじゃないかなと思うが

世の中はそう甘くないんだろう。

でもね、スクエニソシャゲは質が悪いよ。面白くない。課金をするほどの魅力を感じるようなものもない。

今年もいくつソシャゲが消えていくんだろうね。

2017-05-21

若手俳優推しと繋がりたいけどつながれない

新規2.5次元若手俳優を好きになってそろそろ半年経つ。

3次元にハマる予定のない2次元オタクで生きて来たから周りも2次元オタクが多い。そんな感じだから周りは2.5次元で盛り上がっていても俳優までは別に…という人がほとんど。

1人で行動するのは慣れてるけどそろそろ同じ推しの人と繋がって楽しみたいなと思うようになってきた。

イベントで誰かと一緒に楽しそうにしてる人見てるとうらやましくなったし。終わった後に良かったね〜とか言ったりしたいし。

はいTwitterを見ても応援スタンスがあわない。

ガチ恋ではないかガチ恋の人の熱量におお…?としか思えない。すごいけどちょっとわからんなって感じ。

からといってめちゃくちゃ推しにお金を注ぎ込んでいるわけじゃないから、すごく応援している人から見られたらド新規お金を落とさないくせにって思われても仕方がない。

デブスだから同担同士で「きれいな人とつながれて嬉しい♥」みたいなのを見ると影で笑われそうだなと思って気が引ける。

そもそも半年しか経ってない新規から古株には目障りと思われててもおかしくない。

イベントも何回か行って楽しかったけど、周りの子の綺麗さや推しに対しての思いの強さや長く応援してる人を見てしまって「自分がここにいるのは場違いなんじゃないか」と思うようになってきた。言われたわけじゃないし牽制されたわけでもない。勝手に気落ちしてる。

生活に響かない範囲お金は落としてる。演技で好きになったから参加する優先順位イベント舞台になりがちなところはある。だからこそ舞台は何が何でも行く。原作知らない舞台でも、興味がなさそうな話であっても。推しの演技が見たいから行く。演技が見れる機会が増えるならお金どんどん落としたい。めっちゃ応援してる!!!!!!俳優活動頑張って!!!!!!!!でもちゃんと休んで!!!!!!って思いながら押しを見てる。

できれば自分と同じ熱量で推しを応援してる人と繋がりたいけど、色々悩みすぎて友だちがいないままになった。

根底にあるものとして、女特有仲間意識感が怖いっていうのがある。

2次元オタクであっても仲間意識はある。2次元オタクですら容姿マウントとかあるから笑う。自分も含めてオタクって時点でどんぐりの背比べなのにそんなんでマウント取られてもって感じだ。それ以外にもマウント取られるものあるけど。

ハブりもひどい。陰口もひどい。やる側にもやられる側にもなりたくない。ただ作品だけを好きでいたくても界隈の人格破綻者のせいで地雷になったものが沢山ある。別に作品は悪くないのに。表立って言わないけど正直自分関係なくても見てるだけで気分悪くなるからやめてほしい。

からこそ、楽しみたいだけじゃなくて自衛意味も込めて顔見知りを作りたい。でも顔見知りを作れる要素を何も持っていない。古株や熱心に追っかけてる人から最近よく見る人」って思われるレベルにならないとダメな気がしてる。それがいつになるのかわからないけど。

まあまずはデブからブスになるところかな。

見た目よくしないと何も始まらない。

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516002322

まり、君は「アニメ絵は描いてるけど、自分キモヲタクラスタじゃない!」というスタンスなのね?

うむ。

いい感じに出来上がってんね。

2017-05-13

文章とか、お金とか。人とか。

この長さの怪文書を投稿することにためらいはあるけれども。

偶には、言いたい事を思い切り言ってもいいかなと思う。

商品」としての文章

まず自分のことを書くと、稀にしか更新しない覚え書きのようなブログをやっている。あと好きな文章を書く人は結構な頻度でチェックしているくらい。

自分新参だけれど、新しいタイプブロガーの人が使う、押しが強めの手法がじゃっかん苦手である

新規ブログを始めた際、こちらのブログは全く読まずに(本人には割と分かるものです)、宣伝のためにスターを付けてくる人が一定数いる。まあ当然、興味を持たれる文章を書けないこちらに非があるわけですが、「貴方のことは気にならないけど私の書いた文章はぜひ読んでくれ」と受け取ることもできる。

露出を求めて「記事お題」を引用し、全く関係のないことを書く人も多い。例えば「雨の日グッズ」というお題を引用しておいて、いつもの調子日記を書く。露出したいのは分かるけれども、そのばあい読者が読みたいのは傘や長靴の話であって、職場愚痴とか趣味の紹介とかではない。

あと、リクルートの適職診断、またはリクナビNEXTのグッドポイント診断を薦めるエントリ。MIIDASの適正年収診断、dTVの紹介。日常会話みたいな感じでお勧めされるんだけれど、あれは紹介料が入るからやっているのだそうで。道理で数が多いと思った。…あれはステマにはあたらないのだろうか。「PR記事」とかの表記がない分、「選挙前にさりげなく電話をかけてくる友達」みたいな感じがして、個人的には警戒してしまう。

CGMは、そのコンテンツの持つ価値判断が難しい、とは思う。それは人によって違うし、ネットでの人気には「親しみ」も大きな要素である

ただ分かりやす基準として、例えば、寄稿出版の話が来る人にはそれだけの実力と、その人固有のブランドがあるわけで。

なので余計に、「とりあえず100記事書きましょう」「SEOを勉強しましょう」「PVを稼ぎましょう」と、クリックしてもらうことに血道を上げる風潮がどうもよくわからない。読み手客観的価値提供できているのかな?と、不安になることはないんだろうか、と。(言うまでもないことだけど、価値がある/ない、という話ではない。「価値のものさしはどこにあるのか」という話)

ここで、いやらしくも。商業文章出版物の話をする。

はてなの人なら、自分なんかよりよほど熟知されていることと思うけれど。執筆され、編集の手が入り、校正されてデータ印刷所に渡り、取次を経て本屋に巡ってきたり電子書籍になる、それだけの手がかかった、色々な「出版物」は本当に凄いなと思う。

個人がもっている「有益情報」には限界がある。取材して一次情報にあたるプロに、正確性や量で比肩するのは正直、むずかしいのではないだろうか。

比肩しなくてもいいけれど、そこから発生する「収益」は最大限にしたい、というなら、それはインターネットが役に立たなくなるわけだと思う。

媒体が紙でもネットでも同じことで、例えばキッコーマンサイトを見ると、料理の基本から旬の料理から詳しく載っている。歯の健康について知りたいときは、クリニカ辺りのサイトが役に立つ。商品の紹介記事しろエッセイしろ企業がやっている媒体掲載されている文章をみると、何歳ぐらいのどんな経歴の人が書いているんだろうと思う。

コード料理商品になるように、文章もまた商品として存在することは確かだ。ただ、コード個人お金にするにはそれなりの手順が必要だと思うけれど、文章はなぜか、個人ネットに上げるだけでも「儲かる」。

他にも、ネットにアップするだけで儲かるものは色々あるけれど、合法かつ元手がかからず、特に技術習得をしなくてもできる「稼ぎ方」として、「文章を書く」というのは確かに適しているのだろうとは思う。

個人メディア」ができること

ここまでを踏まえて。「商業クオリティ情報量には敵わないが(※ケースバイケース)、読んだ人に満足を与えるような文章を書き、お小遣い程度の利益を得られる、Win-Win取引(読者が読む時間によって「収益」を発生させるなら取引みたいなものではと思う)」を考えてみる。(ものすごく飛躍しているような気がするけど気にせず進めます

商業ではなく、市井個人が書くことに意味がある文章とは何か。

それは、「その人にしか書けない文章を書く」ということではないだろうか。

別に個人情報を晒せということではない。出身地職業家族構成は確かに、その人を知る大事情報だけれど、同じような属性を持った人が世の中にはごまんといる。

他者から客観的に見た自分」と、「自分演出したいキャラクター」には、往々にして懸隔がある場合が多いと思う。シニカルに渋く決めているかと思えば、愚痴悪口を書いてしまったり。写真にお洒落な加工をしていても、背景がどうも決まっていなかったり。「本当の自分らしさ」は、他者からの反応や自省によって得られるもので、見たくもない自分を見せられることも多いし、自分評価されたい項目と他者から評価される項目が違ったりもする。

それでも。「自分の良いところ、推せるところ」を見つけて、「それによって他の人を満足させ、楽しませる」ことが、「個人としてメディアをやること」の強みなのではと思う。

その人にしか言えない言葉、できない話。培ってきた価値観文章テンポ言い回し自分なりの軸による知見や考察。人によってはイラスト作品。例えブログ名や使っているテーマを変えても、文章ならば増田に書いても、「ああ、あの人だ」と分かってもらえるかどうか。

「その人にしか書けないブログ」こそが、個人ブログ存在意義なんじゃないだろうか、と。

商業に出来なくて個人ブログならできること」は多くある。言及合戦ボールの打ち合いもそうだし、商業の連載や肩書を背負ったブログと違って、思ったことを好きなように、題材も自由に書ける。

日記を見ると、今日したこと、最近興味のあること、生活感情の移り変わりを感じることができる。例えば料理写真ブログであっても、書いている人のキャラクターが違えば、受ける印象は全く違う。

「その人らしさ」が感じられるなら、面白くないブログなんてひとつもない。どんな個性でも、ネットに上げれば一人くらい、それを楽しんで、好きになってくれる人がいる。それがCGMの良いところで、インターネットが普及した利点であると思う。

さらに言えば。有名ブロガーの人たちを見ていると、やっぱり「読者を楽しませること」にとても力を入れているなと感じる。

スタイルは人によって様々だけれど、重い段落がつづくとその人のやり方で空きを入れたり、ボケてみる。自分の愛されている分野以外のことはあまり書かない。反応がよかったらまた掘り下げる。とか。(まあ、こうやって分析されるのも嬉しくないのかもしれないけれども。)

当たり前に、お互いがWinWinになっている関係で。それは愛されるよなあ、と感心したりする。

交流勢について

互助会」という言葉について書くにあたり、ブログをやっている人を便宜的にタイプに分けます

A)古参はてダ時代からやっているような人。総じて文章が上手い。更新頻度は低め。交流はあまりしない。

B)新参。好きなことを書いてあわよくば若干の収入を得たい感じ。更新頻度が高い。交流が好き。

C)アフィリエイター。以下のようなタイプがあるように見える。

ガチのアフィの人。それなりの戦略があるタイプ。「かわいい画像!」とか「速報・芸能ニュース」とかそういうやつ。よくダッシュボードの右に載っている。他にも色々やっていると思われる。

・何を考えているのかよく分からないタイプ。ほぼ中身のない記事にひたすら広告を貼る。偏狭そうな人が多い。

・「ブロガーとして」明確に互助を目指し、ブクマ不正している、らしい。偶に増田告発されているけど割とスルーされている印象(興味がないのでよく知らない)。

よく見かける「互助会」という言葉は、B)に向けて使われる。「お互いのブクマコメントブクマ数を稼いでいるんだろう!」というやつ。

でも、実際のところ。「当たり障りのない敬語コメント」は、「相手好意をもっていて話しかけたいから」「交流が楽しくて」やっているのだと思う。

その証拠に、「スターブクマフォローしたけど返してくれなかった!PVが伸びない!」なんて愚痴を書いている人は誰もいない。(このクラスタは素直な人が多いので、そういう気持ちがあったらたぶん正直にそういう記事が書かれ、誰かの目に留まるのではないかと思う)

ブクマしてほしい」という気持ちももちろん多分にあるだろうけれど、自分リアクションするにあたっては、利益を期待してやっているんじゃない、と思う。

嘘だと思ったらそのへんの、自分が「互助会」と呼んでいるブロガーに聞いてみたらいい。相手言葉をなげかけるのが楽しいから相手のことが好きだから。たぶん、思うより多くの人が、そう答えるのではないだろうか。

そうはいっても、はてブ的には馴れ合いコメントは確かに鬱陶しいだろうと思う。では、コメント欄を使えば解決する話ではないのか、とも。

そう考える人はもちろんブログを書いている側にもいて、読者に向けて「ブクマでなくコメントで交流しませんか」という提案をするブロガーもいる。読者が何百人レベルになってくると、はてブ側に気を遣ってのことだと思われる。

Twitterとの連動など、利点はあるようだれど。言葉をかけたいだけなら、ブロガー本人が「互助会」と叩かれるリスクをとる必要もないのではないかコメント欄もっと気軽に使っても良いように思う。

もうひとつ別にお互いに便宜を図っているわけでもないのに、「互助会」と呼ばれるのは何だかおかしい気がする。「交流会」「ひつじ会」とかのほうが実態を表しているのではないだろうか。(「ひよこ会」とかでもいい。何かかわいい名前がいい)

マネー勢について

で、じゃあ「スターブクマフォロー利益を得ることを目的とした行為」はないのか!というと、うんざりするほどある。

C)のアフィリエイター系。これが本当にしつこい。見るからに書いていて楽しくなさそうな、NAVERまとめ的なブログからリアクションがそこそこの頻度で来る。凄かったのは、同じ記事に2度3度つけてくる人。無言でそれをやられても、ただ気味が悪いだけで、何かを返したいとは思えないのだけれど。

相手の人格や思いを無視して、金銭のためにブクマをつけて何が楽しいのか、と。他人の顔が札束しか見えていないような、うわべだけの文章を読みたいとは個人的には思わない。まして広告クリックなんてしない。

これは自分に矛先が向くことを恐れているとか、好きな人擁護したいとかでもなく、単純にクラスタの分類として。交流勢よりも、こういった「機械的な無言のリアクションによって、露出や返報を期待する」アフィリエイター勢のほうが、真に「互助会」と呼ばれるに相応しいのではと思うのだけど、どうだろうか。

ネット上で、文章で稼ぎたいのは勿論、悪いことではない。でも、個人的に読みたいのは、誰でも書ける情報のまとめとかではない。

アフィリエイトをやっている人であれば、どうしてそれを始めたかとか。情報収集はどうやってしているかとか。ライバルはいるかとか、作業するときにかけている音楽とか。その人にしか言えない言葉面白い話。そういう文章が読んでみたい。

「読む側」としてのスタンス

はいえど。面白かったり為になる文章無料で読みたい、というのもある意味、何というか難しい話だとは思う。

医学辞典なんて手元にないかネットでいいや、とか。先述のように、企業宣伝のために作成しているページを利用する、とか。「ネット」と書いたけれど内訳は、キュレーションサイト個人がアフィ目的で作ったサイト質問投稿サイト個人ブログのどれかが引っかかることが多いのではないだろうか。

それが確実な情報源でないことは、もちろん周知の事実である。それでも取り敢えず適当情報がほしくて検索する人がいるから、それにあわせて少ない労力で情報を供給し、利益を得ようという流れが自然に出てくる。

「分かりやす出所の確実な情報」ならば、上述のように、出版業界商品に頼るのが却って近道ではないかと思うことが最近増えている。「集合知」は確かに無料だけれども、「文章」にクオリティを求めるならば、書籍を買うか図書館に行けばいい。紙が面倒ならデータの形で入手すればいい。

商業としての出版を信頼しているから、例えば某警察官やめたブログ暴露されていたように、CGMのふりをして売名する商業があるとしたら個人的には少し悲しい。プロとして作り上げたものプロモーションされたものに、正当な敬意を払いたい。

…ここまで書いてきて心配になったのだけれど、出版業界の回し者ではなく、ごく普通の読書好きのオタクが書いています。信じて欲しい、としか言えないけれども。

逆に言えば、ネットで、商業ではなく個人が発信するとき、それは受け取る側となんら変わらない、「普通の人」なわけで。文章を発信する側は全ての責任とリスクを負うべきで、受信側は何を言っても良い、ノーリスクハイリターンな立場である、とは自分には思えない。

ネットを使っている人であれば誰でも、ある程度の文章は書けると思う。たまには「発信側」になってみるのも、悪くはないんじゃないかと思ったりする。

同じ人間が一人としていないならば、誰にでも、「その人にしか書けない文章」があるはずで。私はそれが読みたい。

色々書いてきたけれども、これが正しい見方であるとは自分で思っていない。誤りや偏りの指摘も含めて、議論一助になればと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170513101143

そんなもの夫婦それぞれのスタンスだろ。

金さえ入れてくれれば別にいい、という夫婦だっている。

要は、それは契約であって、「愛」などではないということだ。

「愛」は与える自由はあっても、他人要求する自由はない。

http://anond.hatelabo.jp/20170512225247

柔道とかボクシングとかレスリングみたいに筋肉や心肺機能の上に技がある世界の苦しい競争を避けて

なんか神秘的な技術で軽々とそういう人達の上を行きたいっていう邪念が動機としてかなりありますよね。

逆にあなたは何発想で言ってるんですか?

私も中学生の時に、現代体育よりずっとうえのすごい技術アクセスして

現代体育で頑張ってる人を吹っ飛ばす超人になりたいと夢見ましたよ。

いや全然の思ってないし。じいちゃんは喧嘩では勝てんだろうなあ、とはっきり言ってるじゃん。

それにじいちゃんが人転ばせてたってのは間違いなく筋力のみならずテクニック依存するところだし。

まあ身体の使い方としてとしてあるんでしょうと。

俺はあの人がどうやってんのかさっぱりわからなかったけど、

俺を腕力で転がしてた、当時同じくらいの年齢のにーちゃんが逆にコロコロ転んでたよね。

おじいちゃんの微量な動きだけでしたよ。

で、黒田先生ビデオは何度も見たし、甲野先生ビデオあんまし見てません。

ナンチャン深夜番組ナンだ!?』で見ていて「へえ、面白いな」位。

ただまあじいちゃんの例で本物はいるもんだなと思ってたので大きくは疑ってませんでしたね。

で、この態度が体験上に基づくものを早くも一般化した、というならば、

あなた自身も私に対して「甘えた態度」など早計な言葉を何度も投げかけちゃってるわけです。

こちらは別に武術としてそのまま存続する、というスタンスには立ってないにも関わらずだ。

それどころか現代体育らしきものなんか経験知識もなく、実際にやったらむしろドベの方の人じゃないですか?

これもとてつもなく余計で、そのコンプのこじらせ具合からあんたはスポーツで苦労したのでしょうね。

無論推論です。

なぜならうちの道場に本物がいたか甲野善紀一般化して本物に違いないと判断した自分も迂闊ですし、

他人への決めつけの激しいあんたも同じくらい迂闊だからですよ。これくらいの推論は許されるでしょう(w)。

でもねえ、こっちはそもそも武芸百般にもさほど興味がないし、スポーツも嫌いなんすよね。まあその程度のモチベーション

たまたま剣術に取り組まなきゃならない奇妙な事情が発生したので学んでただけで。

その結果本物がその道場にいて良い経験になったし、あの技術は残してスポーツ転用できはしまいか、とは考えるわけです。

まあ至って普通の発想かと思いますが。

なぜ全力で侮辱されなきゃならんのか首を傾げるばっかですな。

あと、聞いた話だと甲野善紀先生ほとんど体を動かさず、思いついた用法だけを再現できれば後は研究、というスタンスだそうで。

まあ研究家としてはそれでいいんじゃあるまいかと俺は思いますけど。

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170511125649

間違いなく進学資金プールしたほうがいい。

ギリギリ月謝払えるぐらいだと後々しんどいよ。発表会に先生への謝礼に用具や衣装類、

お金だけじゃなく、親の時間たっぷり取られる。

もっというと自分奨学金をちゃんと返そうよ。返した奨学金は将来の奨学金の財源になるんだよ。

日本がどうこう言う以前に、自分社会の一部だということをきちんと認識してほしい。

習い事は、子どもが「どうしてもやりたい」って泣いて頼んだら考えるぐらいのスタンスがいいと思う。

親の趣味で始めさせても、辛いことがあった時に続かないし身にもつかないから。

子どもが頑張ってる姿を見るのが可愛い」とかいう親のエゴじゃなくて、

思春期にさしかかるころに、子ども自身がどんな選択肢を選んでも「お金がない」って

諦めさせることがないよう今がんばらないと。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510141904

切捨ててコンパクトにしたって、またその都市部の中でも重要地域に集中したほうが効率的ってことになって外縁が切捨てられ、結局ごく一部だけが生き残るようになるだけ。

社会を全体として長生きさせようと思ったら、効率ではなく、カネをまんべんなく散らして、多様性が生まれるまで待つしかねーんだけどな。

何にせよ、集中と選択ってのは失敗したときクリティカルダメージがくるので、短期的な利益をもとめる集団ならともかく、国のように永続性を前提とする社会を維持するときにはあまり適しないスタンスなんだよね。

http://anond.hatelabo.jp/20170510101037

スタンスってか民主党外交安保政策?を実現するだけのノウハウの蓄積が官僚になかったのでは

ずいぶん民主党官僚と揉めたってのはたぶん脅しと懐柔に弱いと思われる官僚の知恵がそもそも足りないのでは

まあ妄想で物言って申し訳ないが

ペドフィリア権利(deviltruck2010氏への批判

こんなツイートを見ました。

正直、辟易します。

確かに「批判すら受けない権利」を要求しているような語り口の人もいるでしょうがペドフィリアにも不当な批判に抗議する権利は当然あるでしょう。

しかし、本当にペドフィリアは不当な批判に晒されているのか?」

はい

こういうのがまさにそうです。

ペドファイル男性っていわゆる「ネット右翼」みたいなもので”

パンチラインですね。

「主張の極端さ故に」って、そもそもペドフィリアは主張ではないし、ペドファイル男性というのは思想集団とかではないんですが、何を仰るんでしょうか。

いや、実のところ言いたいことは想像がつきます

ペドフィリアは主張ではありません。ただし、ペドファイル公言するのは悪であるという主張には一定からの支持があります。であれば、ペドファイル公言することもまた「ペドフィリア公言することは悪ではない」という「主張」として機能し得るというような捉え方は可能です(「私は悪だ」というスタンスペドファイルも中にはいるでしょうが)。恐らくは、そのような意味での「主張」が、マジョリティから忌避」されつつも「擁護」されるという話だろうと思います

ここでは「ペドフィリア公言するのは悪であるという主張」自体の是非は論じません。個人的見解はあるのですが、まとまっていないので。

それよりも指摘したいのは、デビルトラック氏がペドファイル男性ペドファイル“を公言している”男性を同一視しているということです(それ故に、言葉通りに読むと「ペドファイル男性」が皆「主張」をしているかのような奇妙な文が出来上がっている)。

氏のツイートからは、氏がペドファイル公言否定的立場であるか、又はその立場一定正当性があると見なしていることが伝わります

その上で、「ペドファイル男性」と「ペドファイル公言する男性」を混同した文章を書くのは、非常に悪質です。

要は公言しようがしまいが「ネット右翼みたいなもの」として一緒くたに叩くということなので。

デビルトラック氏に限らないのですが、ペドファイル公言するべきでないという立場に立つ人(氏がこの立場なのかははっきりとはわからないけど)のうち一部に、

ペドファイル公言する人は××(批判文句である」と書くべきところで「ペドファイルは××である」と書く人がいるのですが、

それは結局「ペドファイル公言してはいけないけど、公言しなかろうが公言しているペドフィリアと一緒くたに攻撃する」ってことですよね。

勘弁してください。

(なお「私は内心に留めているペドファイル批判する」という立場の人に対しては上の批判は当たりませんが、今書いたのは、デビルトラック氏のように内心に留めてるペドファイル公言するペドファイル混同してものを言う人の話です。)

2017-05-09

「内容の無いコミュニケーション馬鹿にしている人は、何もわかっていない」は何もわかってない

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20170507/1494144000

個人としては社会人経験も長いので、それなりのことはやってきた。

ただ、この文章自体イマイチだ。著者のスタンスが、「俺は内容のないコミュニケーション大事だと思ってる」という「意見」に過ぎない。「人望」という尺度を持ち出しているが単なる好き嫌いだろう。

事実としては、「内容のないコミュニケーション大事だと思ってると思ってる人は一定数居る」ということだ。だから、私はそういう人とも付き合うために、合わせてきた。

一方で「内容のないコミュニケーション」を無意味だと思ってる人も一定数いる。著者はその存在を忘れている。大企業にいると、偉い人への「表敬訪問」ってのがある。まさに内容のないコミュニケーションだ。表敬訪問大事だと思ってる人とそう思ってない人のすれ違いは不幸を生む。「表敬訪問は嫌われる」で検索すると記事がいっぱい出て来る。嫌われてんだよお前ら。人望のある偉い人が「表敬訪問嫌い」って言ってるの。

挨拶でもなんでもいいから、コミュニケーションとること自体が、「私は敵意はないですよ」というメッセージになっているというのは事実。それは知ってる。ただし「敵ではない」というだけだ。敵ではないということと味方であるというのは全く別。味方になりたかったら「私は役に立ちます」ってことを言え。無害のアピールのために時間を奪うな。

男女の付き合いの中でも、コミュニケーションの濃淡には温度差がある。男性女性からの連絡の内容の無さに「要件は何?」て態度をとってすれ違うってケースはよくある話。「女の子といちゃいちゃしたかったら、内容のないコミュニケーションでもいいから、とにかく接点を持ち続けろ!」ってのは、ハックとしては正しい。

私自身は、言葉大事にしたい。聞き流すようなこととはしたくないしできない。意味のない質問ストレスだ。「最近どう?」っていう質問は嫌いだ。「ぼちぼちですわ」と即答するほど脳は停止してない。実際にはめちゃくちゃ考えた上で結局は「ぼちぼちですわ」とは言う。考えるだけ無駄だった。どうせ相手は聞いてない。

同じようなすれ違いは、アナウンサーアスリートの間でもある。「勝ちました!いかがですか?」って質問。それは質問なのか?何を聞かれているかが分からない。期待されている答えは「みなさんの応援のおかげです!ありがとうございました!」って言うのが正解だけど、まぁ内容はない。オシムなら「ちゃんと質問しなさい」ってすげー怒るはず。

2017-05-08

野党支持者に聞いてほしい

この文章目的は「右と左のギャップを埋める」こと。考え方と、コミュニケーションのとり方と、支持率も少し。


僕のスタンス

僕は「とりあえず自民党を支持している」成人。

ロシア中国からちょっかいをうけてスクランブル発進しまくりという身内の情報から、身近な平和のために「軍を保持すべき」で「憲法改正も第9条第2項含めて支持」と考える。北朝鮮などの国家への抑止力として「核武装すべき」。でも日本地震多くて核施設保有のものリスクからもっと環境に影響の小さい抑止力があったらそっちがいいとも思ってる。同じ理由原子力発電も別手段代替していくのが日本にとっては理想だと思う。

現時点で上記の僕のスタンスに一番近くて政治経験がありそうなのが自民党から支持している。もっといい支持先があったら教えて。


なぜ民進党を支持しないのか

野党、主に民進党を支持しないのは上記スタンスの前に、民主党時代の強烈な韓国押しに恐怖を感じたから。産経新聞以外のほとんどのマスコミ反日民主党を褒めちぎりながら韓国をプッシュしているように見えた。

その不信感から当時は民主党韓国のものが心底嫌いだったけど、冷静に考えたら韓国のことは僕自身韓国人との接点が無いのでよくわからん。いま韓国という国に日本と争う余裕と必要がなさそうだし、若者はまだ思考も柔軟なんじゃないか。なのでもはや「韓国特別嫌いなわけではない」。好きでもないけどね。

一方民主党時代不安記憶はいまだに消えない。「日本にいながら反日だったり韓国中国に媚びる勢は嫌い」。舛添は豪遊なんてどうでもよかったけど降ろされて嬉しかった。民進党も、ただ与党と反目するだけじゃなく日本のために政治してるっていうイメージに変わらない限り投票先にならないと思う。今一番気持ち悪いのは沖縄翁長知事周辺。


なぜ自民党を支持するか

これは「少なくとも日本のことを考えてそうだから」。

どんなに権力を牛耳って自分の都合の良いほうに進めようとしても、なんだかんだ一応日本という国のために政治しているように見えるから経済的政策成功してるかはわからんけどやることやってるように見えるから

僕は特別熱心に愛国心を抱いている人ではない。ただフツーにそこそこ住みよい日本という長年住んだ土地愛着がある程度。それでも、なんかよその国が日本をいいように操ろうとしていると想像すると怖い。ちょっと前の執拗韓流押しが怖かったし、今はやっぱり中国、じつはアメリカちょっと怖い。もっと自立して、どこに対しても対等な関係を築けたらいい。

その意味日本以外を優先するイメージのある政党は怖いし、軍は必要だと思う。戦争をはじめとする命のやり取りは少ないほどいい。そのために日本にも軍隊必要だと思ってる。

でも教育勅語とか大日本帝国回帰する必要はぜんぜんないし、むしろ違和感しかない。与党にはそこを一緒くたにしないでほしい。


僕は論破されても動かない

政治議論したことはリアルでもネットでもないけど、たぶんそう。

だって論破されてることはわかっても気持ちイメージは納得しないから。これは何でもそうだよね。

自分意見を主張するのはどんな場合もある程度の勇気が要る。その勇気出した先で小難しい言葉過去の事例を持ち出して論破されても一切納得する気にはならないだろうし、むしろ反感が募るだけ。

から自民党のマズさや与党支持者の意見破綻理論立てて指摘するより、自民党にはマネ出来ないような理想を示してくれたほうが断然読む気になる。どうすれば実現できるかも含めてね。

そこに「具体性とわかりやすさと身内感」があるほど僕は揺らぐ。ぜひ参考にしていただきたい。


ネトウヨ」はやめなよ

この言葉曖昧なのに侮蔑的文脈で使われているから、見かけると「ネット好きでわりと日本好きな自分」も含めてバカにされている気がしてくる。そんな意見を見かけるほど「野党と隔たり」を感じる。

便利な言葉なのかもしれないけど、それは意味がフワッとしていて相手一方的に見下せるからじゃないの?そうやって人にレッテルを貼って区別することがあなた理想なの?

これに限らず過激曖昧レッテルって簡単に争いを生む危険がある。言葉大事に使っていきたいね


終わりに

頭悪いなって思ったかもしれないけど、これが僕から見えてるイメージ。俺はイメージ投票先を決めている。

でもここで大事なのは、よくわかんないかイメージ投票先を決めたり大多数に従う、という人も結構いるんじゃないかということ。

そういう人を見下して切り捨てるか、それとも汲んで拾い上げるかどうか。それが今の少数派にとって大事なんじゃないかな。

以上、与野党それぞれの支持者の断絶と不毛なやり取り、与党一強による独裁化が気になったので。

自分のために生きることに飽きた

40歳独身男です

いままで好き勝手に生きてきました

ひとりでいることは寂しくないタイプです

人肌恋しいとかそういうのじゃなくて

なんかこうモヤモヤが晴れないというか

ひとりで完結してしまっていることの虚しさというか

これは承認欲求なんだろうか

ボランティアでも始めればいいのか

それとも婚活

こんなスタンスじゃ迷惑かな

若い頃には想像もできなかった心境ですよこれは

死ぬまでひとりで面白おかしく生きていくと思っていたのに

中身のないコミュニケーションで親しくなれるのは事実だけど、それが正しいコミュニケーションとか死ねよって言う感じだよね

多数派をかさにきて俺に合わせろって言ってるだけのクズ行為なんだけど自覚ある?

http://b.hatena.ne.jp/entry/336136959/comment/shima2tiger

shima2tiger 仕事内容だけで信頼を築けるから雑談不要、なんて言い切れる人は、きっと仕事ができる人だろうから良い。この場合は、仕事はそこそこって人に向けて書いてるんだろう。

仕事ができない人間苦痛に思えても我慢してヘラヘラして周囲に好かれないとダメだ嫌なら死ねという多数派様はさすが!

http://b.hatena.ne.jp/entry/336136959/comment/t_massann

t_massann コミュニケーションって双方の間で交されるものから相手から「こいつはコミュニケーションが取れない」と判断されるとそれだけで、現実コミュニケーションが難しくなる

おれのコミュニケーションは正しいコミュニケーションってスタンスでいる人って、おなじ日本人からおなじコミュニケーション取るのはあたりまえ!とか勝手に決めつけて押しつけてるだけだよね。

違うコミュニケーション手法を見てコミュニケーションが取れないってみなすことにちょっと自覚的になる経験したほうがいいよねw

batti-8 正論だが、なぜ精神科医ともあろうものが、ここまで断定口調で。少し恐怖を感じる。

シロクマ先生マッチョ思考からね。適応さえできればはい問題解決できないならおまえに罪があるという多数派を優良とみなすタイプエリート主義を全力でふりかざすタイプの前時代価値観内面化した精神科医なので、根性がない患者とはマッチしないよねw

2017-05-07

アマゾンの「バックオーダー発注廃止は、正味戦争宣戦布告である

結論:

 アマゾンの「バックオーダー発注」廃止は、流通改善に名目を借りた正味戦争の宣戦布告である。この戦争に敗北し、多くの出版社個別直接取引(e託)に応じてアマゾンのみに特恵条件を与えることは、破壊的な状況をもたらす。

 また、直接取引をしたところで流通が改善するという保証はない。アマゾン依存度が上がるほどに、苛烈な「ご提案」に逆らえない状態となる。

 在庫ステータス管理の問題は、業界が抱えつづける課題ではあるが、このアマゾンの施策とはほぼ関係ない。

 長くなってしまったので、結論を先に書いた。これに納得できた人は、この先は読まなくてもいい。そうでない人、「僕と契約してe託出版社になってよ」と囁く声に揺れている人に向けてこれを書く。

 その提案書には、いくつもの重要な点が省かれているからだ。

取引正味の現状

 現在、出版業界の正味標準は以下のようになっている。

 出版社から取次への引渡 69%(-2~+10数%)

 取次から書店への引渡  77%(-5~+数%)

 一般に、老舗ほどよい条件を持っている。(大手がすごくいいというわけでもなく、特に正味が高いのは法学・医学などの高額専門書出版社である

 正味以外にも新興出版社は上記条件のほかに歩戻し(新刊委託手数料)を支払い、新刊の代金支払いは納入の7か月後、さらに3か月から1年の支払い保留を課されるケースもある。

 一方で、老舗出版社新刊でも搬入翌月に代金の半額の内払いを受けるなど有利な取引条件を有している。

 かつては出版社ごとの正味の違いは書店への卸正味に反映されていたが、取次間の書店獲得競争の結果「一本正味」が増えている。その結果、老舗出版社の高額商品を卸すと取次が赤字になるという「逆ザヤ」も生じている。

 大手出版社が取次の株式を保有しているという背景もあり、こうした取引条件が改定されることはめったにない。

 アマゾン直接取引(e託)は、これを年会費9000円、正味60%の直接取引に一本化しようという提案である

https://www.amazon.co.jp/gp/seller-account/mm-product-page.html?topic=201463220

 ある意味平等に見えるが、背面では個別に違った取引条件が出版社に持ちかけられている。漏れ聞いたところでは66%の提示までは確認したし、中堅以上からはそれ以上の条件で取引しているという示唆も受けた。

 しかし公式以外の取引条件はあくまで特約であり、アマゾンの提示する「条件」が守られなかったと判断された場合は一方的に破棄される。また、契約書をよく読んだ人は、その条件が数年間の時限であることに気づいたはずだ。

 アマゾンはこれまで(おそらく)73%くらいで仕入れていた本を、60%で仕入れるようにしたい。まずのところ、「取次に在庫を置いてもらえていない本」から。いきなり60%と言っても受け入れてもらえないから短期的には優遇条件や集荷などのエサを出す。

 これが今回の提案の一番の眼目である

なぜこのタイミングで言ってきたのか

 アマゾンアフィリエイトにしてもマーケットプレイスにしても、市場占有率が上がるにつれ、取引条件を何度も改定してきた。取次からの卸を「73%」と推察したのも、天秤をかけられている取次がギリギリ呑めるラインを推察しての話だ。日本上陸時の大阪屋との取引正味が75%で、そこからコンマ5%刻みで4回、計2%下げただろうというのが筆者の読みである。取次のアマゾンに対する態度が「あんな条件では積極的には欲しくない」に年々変わってきたというのが傍証となっている。

 それにしても今回の「バックオーダー発注廃止」は急で乱暴な施策に見える。通告メールの文面にも焦りが垣間見え、「3月期の利益が取次対応の遅れによる売り逃しで毀損された」からだと主張している。

 3月は新刊が多く、セット搬入等も含めラインは輻輳する。アマゾンと日販の蜜月が終わり、日販が「こんな粗利のところに便宜を図っていられない」と気づいたのもあるかもしれないが、今日に始まったことではない。

 より説得的な答えは、「配送料の値上げにより利益が圧迫されるので、別途利益を上げる見込みを立てて早急に本社に報告しないと、日本法人の評価が下がるから」だろう。

 アマゾンは、租税回避配送・資材・仕分の業者を徹底して継続的に買い叩くことに不断の努力を払い、設備投資の源泉を得てきた。そうした抜け道は徐々に塞がれてきたが、その間に無視できないシェアを得た。その買い叩きの対象が、いよいよ本格的に出版社にまわってきたということだ。

アマゾンで品切が頻発する理由

 さて、「話題になった本がアマゾンに行ったら品切になっていた」が、なぜ頻発するかの考察に移る。

 アマゾン発注の仕組みは以下の記事に詳しい。

アマゾンのバックオーダー発注の件について小零細出版社が考えるべきこと

 このバックオーダーの発生してからのこれまでの流れについては、以下の5年前の記事が(ちょっと出版社が鈍すぎだが)おおむね正しい。そして、この流れは一般書店も変わらない。

amazonの本の補充はなぜ遅いのか

 精力的な書店は、発注出版社に直接行ない入庫処理も迅速なので、出版社在庫があるもののバックオーダー後の入荷はアマゾンより4営業日以上早い。

 このバックオーダー発注を7月1日から「取次を介してやらない。e託しない出版社の取次に在庫のない商品は扱いを中止する」というのが今回の通告である

 そして、高島氏の言うように在庫状態を開示して搬入を早くしても、問題は解決されない。

 ベンダーセントラル(VC)でチェックするとわかるのだが、アマゾン発注は間歇的になされる。たとえば、週に10冊需要のある本は、2か月に1度、100冊の注文が来る。

 その冊数の在庫を日販が準備していなければ、大阪屋栗田在庫を見に行って、それでなければ翌日繰り返す。そんなことをされたところで、それに対応して発注される可能性のある品目を網羅的に取次が在庫することは不可能である。日販にしてみれば、その照会は大阪屋栗田で充足されたかもしれず、明日発注されるかもわからないのに、その数を即仕入れろというのも無理な話だ。

 なぜコンスタントに補充をやらないのかという疑問が起こるだろう。在庫が少ないタイミングで受注の波が来たら、アマゾンにしても機会損失になるからだ。

 しかし、実際にこの十数年、定番書であっても同じアイテムの「バックオーダー発注」の短冊が数週間に一度、同じ日に何枚も「市川13,6,4、小田原9,5,2、堺20,7、鳥栖6,5,2」というようにまわってきて、その前後アマゾンで品切になり、回復まで10日間というような事態が繰り返されてきた。

 ベンダーセントラルを見ると、受注は多少の波はあれどコンスタントであり、アマゾン自身の「需要予測」もおおむね頷ける値になっている。しかし、発注だけがすさまじく間歇的なのだ

 最初は倉庫の入荷オペレーションのためかと考えていた。しかし、倉庫が各地に増えた現在では、各倉庫の発注時期をずらせば、品切を回避できるはず。アマゾンの優秀な人たちがそれに気づかないはずはないが、折に触れてその点は提案してきた。

発注時期を倉庫毎にずらせませんか」「バックオーダーの発注を版元に直接送りませんか」

 しかし、そのたびに返ってくる返事は「当社独自の計算にもとづき、在庫量・発注時期は最適なかたちでおこなわれています」「流通にご不満がある場合は、e託契約をご検討ください」だった。

 いま筆者が持っている仮説は2つ。

「倉庫ごとに時期をずらすと、北海道発注が佐賀に飛ぶような高コスト事例が頻発しかねないので、各倉庫の在庫平準化したい」

在庫についてつねに不安定にすることで、出版社と取次に対して取引カードにしている」

 それが穿ちすぎであるにしても、アマゾン在庫が過小であり、それを解消する意思がないのはあきらかだ。

過少な在庫量と倉庫の人手、発注遅延、そして入荷時期への過大な要求

アマゾン在庫が過小だ」と指摘すると、返ってくるのは「市川小田原川崎に、あんなに巨大な倉庫を持っているのに、あれ以上投資しろというのは無理」という反応だ。

 しかし、あの倉庫は流通のためのスペースが大きく、書籍以外のものも大量に扱っている。書籍の在庫量が売上に対してひどく少ないのは、厳然たる事実である

 業界紙新文化』 の2017年1月12日号に成毛眞氏がアマゾンキャッシュフローについて述べている(以下リンク小田光雄氏の要約)。

http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20170201/1485874803]

 それによれば、顧客から代金を回収し、納入業者たちに支払う期間のキャッシュコンバージョンサイクルはマイナス18・86日だという。仕入は月締め翌月払いの平均45日サイクルとみて、顧客回収サイクルはどんなに短くみても10日あるだろうから、平均在庫期間は17日、年間在庫回転数21強ということになる。この値は、筆者が複数出版社から確認しているVC上の在庫/売上比とも整合する。

 これは、書店としては驚異的な値で、駅売り雑誌スタンドかと見紛うばかり。ちょっと話題になるだけで「品切御免」となるのも、致し方ないことだ。

 話題の週刊文春が売り切れだからスタンドを責める人は、まあどうかしている。アマゾンは、そういう在庫量でやっていくことを選択しているということだ。

 そして、取次から入荷後に出荷可能になるまでの期日も遅い。通常の書店でも、入荷後に配架担当者がいなくて1~2日寝る場合はあるが、アマゾンは入荷から出荷まで3日寝るのがデフォルトである。これは、現場の人員と設備慢性的に不足させて、100%以上の稼働率を維持しているからだろう。そのため、繁忙期や天候不良時には業務がさらに停滞する。

 アマゾン発注判断は遅い。判断に人間を介さないため、需要が急激に伸びた場合にもその要因がパブリシティなのか、ネットのバズりなのか、その需要はいつまで続くのかという読みを外部情報に求めることをしていない。したがって、自サイトでの顧客の行動を見て、「売り逃し」が続いてから発注を増やすという行動になる。

 この入荷遅れと発注遅延という行動様式は、e託を導入しても基本的に解決しない。

「いま寄越せすぐ寄越せ、寄越さないならペナルティだ」とクレームする先が、取次から出版社になるだけである

 在庫ステータス22(重版中)のものも、アマゾンは同様の行動様式発注する。即出荷できないものは発注せず、11になったら最前列に割り込ませろと言う。割り込ませなかったら、特恵条件は破棄される。

新刊については改善しつつある

 問題がここ1年で飛躍的に改善したのが新刊である新刊については、情報が出てから発売までに時間があるので、アマゾンの遅い発注判断でも、じゅうぶんな量の入手が可能になる。そのうえ、アマゾンも「新刊の追っかけ発注は入手しにくい」ということを学習したのか、発注量も多くなった。

 新刊委託配本をしない出版社でも、取次とコミュニケーションを密にとれば発売即品切れを回避しやすくなった。

 とはいえ、発注タイミングはやはり遅い。「発売前重版」になるような本がアマゾンで入手できず、一般書店には平積みになるようなことは多い。それは、書店としてのアマゾン能力が低いということの証左だ。発売4週間前に発注しても入手できない個人書店事情とは問題のレベルが違う。

現在のアマゾン情報弱者相手の草刈場

 一方で、アマゾンの利用はどんどん広がっているし、検索順位は高い。話題書をスマホ検索して即注文しようとすると、アマゾントップに出てきて「2~3週間後出荷」となっている。そういうときに出てくるのが転売業者だ。

 マーケットプレイスで3倍程度の価格をつけ、「希少品につきプレミアム価格です」と説明している。そして、その業者のページを見ると、数十万点の出品物がある。もちろん商品仕入れているわけではない。受注があってからhonto紀伊國屋ヨドバシ発注し、届いたものを転送するのだ。

 商品登録から値付けまですべてbotを活用した、「他の書店を探すのが面倒な人」から無知税を搾り取るためのビジネスモデルである

 転売業者栄枯盛衰が激しいが、いまは「ブックマーケティング」や「メディアフロント」が勢いがあるようだ。関心ある人は探してみてほしい。

 彼らの最大利益を追求する商魂や、ネガティブコメントを即流しにかかる熱意など、学ぶところは多い。

 トップ企業であるということは、いちばん情報に疎い人がやってくる場だということでもある。だからアマゾンを偏愛する利用者は他の書店利用者より平均的に無知で、流行に流されやすく、堪え性がない。したがって配送関係でトラブルを起こすことも多い。発送に時間がかかれば、カジュアルキャンセルしてくる。この層を相手にするのはコストがかかる。だからアマゾンはそのコストの負担を要求しているのである

 そういう人へ売り伸ばすのは商売の勘所でもある。

 だからアマゾンの提案に乗るという判断もありうるだろう。

どこまでやればいいのか

 アマゾンの要求は単純だ。「扱ってほしければ情報を出せ。情報を出したらカネを出せ。カネを出したらもっと出せ」ということだ。

 出版社ディスカバー21の干場社長証言がある。2014年10月のものだ。

>https://newspicks.com/news/654047>

「これまでは大型パブや広告がある場合、前持って出版社の方で手動で在庫を増やすように指示できたのですが、10月1日より、今後、全てそれまでの平均売り上げによる自動補充にするという通知が10月を過ぎてからただ1通ポーンと送られてきました。

それが嫌なら、去年からアマゾン出版社に持ちかけているパートナー契約を結べと。つまり年間600万円以上の契約料を払えと。

それはアマゾンによる一方的評価基準により価格が決まるもので、売り上げに準じたものではない。今回の処置は、パートナー契約を結ばない出版社への締め付けとも受け取れます。」

<<

 この書きぶりからすると、ディスカバー21はおそらくe託を利用しているのだろう。というか、取次を利用せず書店直接取引するのが、柳原書店破綻以降の同社のスタンスである。「在庫を増やすように指示」などが出来たところからすると、導入当初はあるていど優遇されていたようだ。

 しかし、依存度が高くなったとみると掌を返す。大変合理的な行動だ。e託の正味60%もいつまでも固定されるとも限らない。

 こうした「パートナー契約」によってサイト内の表示順序も左右されているのが現在の状況だ。

都合が悪くなったら出口があるのか?

「e託で条件が切り下げられたら、取次取引に戻せばいい」。そういう意見もあるだろう。

「みんながそうやったあと、取次は数年後も残っているのか」という問題はまず措く。

 それにしても、アマゾン裏切り者を許さない。海外での事例は、反目した出版社商品に対して注文ボタン撤去検索結果への非表示など、アマゾンが自社サイトの優位性を最大限に活用した実力行使を辞さず、読者の利益を損ねることをものともしないことを我々に教えてくれる。

「e託やってたんだけどさ、不利になってきたからやめたよ。e託しなくてもそんなに不都合ないよ」などと公言する出版社の存在が、アマゾンの戦略にとってどれだけ目障りかを考えてみよう。個別取引合理性などかなぐり捨てて「アマゾンから離れた出版社倒産した」という事例をつくりにくることは覚悟しなければならない。

 複数出版社でこの問題を訴えようにも「e託契約」も「パートナー契約」も、すべて明細は秘密保持契約(NDA)の向こう側にあり、その訴訟リスクが情報共有と連帯を阻む。今回、筆者が匿名で書かざるを得ないのもそのためだ。

 現在でもアマゾンは不定期にポイント付与率の上げ下げを実施している。対抗馬のhontoもっと派手にポイントバラまいているので、日本出版界はそれを非難することもできない。

 現在のe託では販売価格の主導権は出版社にあるが、市場を更に占有したところで契約更改は再販廃止が条件となり、「プロモーション」「正味下げ」「値下げ」の3点セットの「ご提案」がつぎつぎに舞い込むことになるだろう。

 アマゾンで買えばほかより安いとなれば、消費者はなお雪崩を打ち、発言力はさらに高まる

 電子書籍では、入金額分配契約の出版社の場合、「アマゾンで本を買うと、他の手段より著者への支払いが少ない」という事態は、すでに起きている。これから紙の本にも普及してくる可能性が高い。

 アマゾン1社を優遇するなら、出版社縮小均衡の果てに「アマゾン制作部門の下請け」となる道を選ぶしかなくなるだろう。

 もうひとつの解は、アマゾンの条件を呑むのなら、その条件をオープンにし、他の書店にも同様の扱いをするということではないだろうか。60%条件ならば書店を起こせる人は多くなる。1社独占になりさえしなければ、安すぎる正味だとは思わない。本の価格は上がるだろうが、この正味戦争に建設的な出口を探すとすれば、そういう方向しかない気もする。

アマゾンは破壊的イノベーター

 アマゾンがやっていることは、「すべてのお客様のために」ある。アマゾンが考えるお客様希望は「手軽で安価な入手」だ。だから、「手軽で安価」な入手に協力する者は優先するし、それに協力しない者を悪く見せるために努力をいとわない。

「ほかの書店はともかくアマゾンで品切れするなんて」「売っていないなんて」という読者と著者の態度が、それを後押しする。

業界が絶望へ相転移するときのエネルギーを利益に変えている」と言ってもいい。

 だから、折りに触れ現れ、「僕と契約してe託出版社になってよ」と囁くあの提案書を追いかけまわして、「そいつの言うことに耳を貸さないで!」と叫ぶ。

 あなたが、すべての絶望を希望に変える奇跡の道を見つけるまでは、契約してはいけない。

  • 2017.5.20--追記

思いのほかたくさんの反響いただきました。

ありがとうございます

匿名の身ですので、本記事は「CC BY 4.0」転載・再配布・翻案自由とします。

とだけ宣言しに舞い戻ってきたのですが、せっかくなのでもう少し蛇足を。

取次の擁護ウザい。

→擁護していない。取次が硬直的な差別取引出版社が新しく出てくる芽を潰していることは既述の通り。

資本主義消費者利益なので残当

→まっぱだかの資本主義が野蛮で不合理な結果をもたらしてきたということくらいは、10代のうちに学んでおこう。消費者利益もエシカルでなければ持続可能にならない。いいからパンツくらい穿け。見ているこっちが恥ずかしい。

独禁法と公取は仕事するべき。

アマゾンは公取と密接に連絡を取って、アウトにならないギリギリの線を見極めて活動している。そして、紙の本はもちろん、電子書籍においてさえアマゾンは圧倒的な独占を未だ手にしてはいないので、公取は様子見。まあ、ケータイ相手コミック商売をしている国内勢がまだ大きいからなのだが。

パトレイバー後藤隊長みたいな言いかたになるけど、役所が動くのは常に手遅れで犠牲が多数出てからだし、そうでなくてはならない。文化的な公害のおそれには予防原則を持ち込むべきではない。

国内勢力を糾合して対抗するべき。

→それこそ公取の出番になる。出版界は笛吹けど踊らない者が多様にいるからこそ、自由でいられる場。そのメリットを手放すのは下策。テーマは変わるが、軽減税率ほしさに政府に嘆願する業界団体は恥を知れ。おまえら出版界全体を代表してなんかいない。業界が一丸になどなったらあっという間に規制され、規制団体に天下りを送り込まれる。

流通を改善しないで吠えるな。正面から戦え。

流通は改善している。アマゾンで入手できるような本なら、たいがいの書店でさほど待たずに注文できる。アマゾンが1週間以上になっているならば、多くのケースで書店コンビニのほうが早い。というか、ド田舎以外で入手を急ぐならまずはhonto withでチェックするべき。

書店で取り寄せできないと書店のせい、アマゾンで取り寄せできないと出版社のせいにする読者をネット上で散見するが、実際は逆。アマゾン出版社に連絡をする労すら惜しむ。

はいえ、取り寄せを渋ったり、TONETSやNOCSの在庫情報の見方を教育されていなくて「この本は取り寄せできません」とウソをついたりする書店員も、たしかにいる

http://anond.hatelabo.jp/20170507033732

いやいやオナニーに例えるほうが失礼だよw ビジネスのための作品から純粋な作者の作品ではない物が多い。特に日本改悪が多い。映画好きや音楽好きの人はなんでも見るから足を運ぶ。でそういった改悪や改変を見せ続けられたらどうなるか。そういったスタンスに変わっていったんじゃない?

モノを見るときスタンスってそうなの?

映画とか音楽もそうだけど、批評するときの基本スタンスってなんで上から目線になるの?

大多数の人ってなにも作らないし、生み出せない非生産的なニンゲンほとんどだから不思議に思う。

お金を払うと業界全体を批評してよいってことなのかな?

自分は、お金を払って作品を拝見させていただく、拝聴せていただくが基本スタンスなのかなって思ってた。

だって映画とか音楽って作者の究極の公開オナニーShowじゃないですか。

わざわざそれお金払って見に行ってるって、見る側も相当キチガイじみてるよね。

人のオナニーみて、いやいやそのやり方じゃ全然気持ちよくないはずだとかさ、おかずにそれはないとかっていってると思うとシュール

いや、日本人オナニーダメだ、やっぱ海外だよねってまじめに言われてるように聞こえるから個人的不思議に感じました。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505022252

今まであまり自覚的でなかったのですが、

おっしゃって下さったとおり、仕事を任されたり高めの肩書を得たりすることにも

(悪い意味で)強いプレッシャーを感じがちでした。

(任されたら任されたで、頑張り過ぎるくらい頑張るのですが。)

今はまだペーペーなので大丈夫ですが、今後の事を考えると仕事にも支障をきたすかもですね…。

率先して何か役割を担うことが本当に苦手で、その辺も自分恋愛観と関係しているのかもしれません。

恋愛に関しては「まあ、しょうがいかなぁ…。」くらいのスタンスでしたが、

仕事が絡むとなると、ちょっと改善していかないとまずいな、という気がしてきましたね…。

貴重な気づきを与えてくださり、誠にありがとうございました。

仕事恋愛、双方で改善策を練りたいと思います…。

2017-05-04

ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の女性蔑視

200時間プレイして個人的に感じたのは、セクハラオッサン臭というか、女性蔑視

具体的にはいろいろあるんだけど個人的にまったく納得いかないのが、

ゲルド族(腹筋もりもりの屈強な女性だけの民族、町は男子禁制)と、

大妖精(装備を強化してくれる)の描き方。

ゲルド族

女性だけで政治経済防衛もやってるのになんで「恋愛」だけはとことん無知に描くのか……。

制作側の「だがそのギャップがいい」みたいな価値観が透けて見えてキモい

例えば、ゲルド族の恋愛講師(35歳、男性経験なし)主催恋愛学校での会話:

・「どんなリクエストにも笑顔で応えるのがステキヴァーイ(ステキガール)になる一歩」

・Q「男性が近づいてきたらどうする?」A1さりげなくハンカチーフを落とします」A2「足をくじいたふりをします」

・「豪華で手の込んだもの料理)を作れるよりも残り物でパパッと作れるほうが好感度 UP」

・「ヴォーイ(ボーイ)は完璧なヴァーイ(ガール)を求めつつちょっとオッチョコチョイなのがいいらしいぞ」

(ちなみに恋愛講師日記での発言

・「妖精さんに憧れ清い身を守り続けて35年、そろそろ妖精さんからのお迎えがきてもおかしくないのである」)

ほかにも詳細わすれたけど「守ってくれる強いヴォーイをみつけるんだぞ」的なセリフもあった(町の入口付近)

(繰り返すがゲルド族は腹筋もりもりの屈強な戦士

いやそこは自立した女性を描けよ任天堂世界ゲーム業界リードしてくれよ。

しかいないんだから、むしろ男がいなくても全然 OK でよくね?

恋愛要素入れるにしても、「男は全員狼」的なスタンスでもよくね?

なんでゲルド族の女に「男って実はバカから恋愛テク簡単に落とせる」みたいなことやらせるのか。

ゲルド族は完璧女性に見えても実は……というギャップを作りたいのは理解できる。

でもそのギャップを「恋愛無知」って設定で表現ちゃうのが……。

大妖精

各所に防具を強化してくれる大妖精(ケバいキャバ嬢みたいなやつ)がいるんだけど

ケバく書くのは別にいい。時オカ・ムジュラ(N64時代の名残だから

でも今回はよりケバくなった上になぜか"ふくよかさ"と"オバサン感"が足されてる。

これもまだいい。

問題は、防具強化のとき演出で、なぜかこのふくよかおばさんキャバ嬢

リンクセクハラキスとか抱きつくとか)をする」こと。

参考:https://www.youtube.com/watch?v=9A1-FDokSMo

その演出いらなくね?なんでその演出要るの?

おばさんって若い子と大胆なスキンシップとりたがるものだよねーってことなの?

リンクが半裸になると女キャラが恥ずかしがるという定番演出も、

(https://www.youtube.com/watch?v=P9o1tBtNr9k)

リンクがなにを言っても受け入れてくれそうな幼馴染キャラ異人種)の存在も、

若くしてゲルド族の長を任された幼女キャラ存在別にいから、

マジでこれなんとかしてくれ。


ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のセクハラオッサン

http://anond.hatelabo.jp/20170503114057

2017-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20170502104102

ライブみてないんだとこういう話題どうでも良いだろという感じはするけど、

アイマスは確かに石原Dの頃はどっちでも良いと言うスタンスだったかと思う。

ライブでもバリバリやってたのは若林さんくらいで。

ただ衣装最初からゲーム再現なのでその辺をもってコスプレ前提といえばそうかもしれない

はてな民フリーブックスについてわかってなさそうなので書く

フリーブックスがはてなブックマークでバズっていた。

俺はGW旅行中だったので完全に話題に乗り遅れ、ブックマークコメントを読み漁っていたのだが、

普段色々知ってそうなはてな民が、意外と理解できていなさそうなので、

フリーブックスを見てわかった部分を書いてみたいと思う。

フリーブックスのデータについては、既にバズっている別の増田にゆずる。

 →フリーブックスとは一体何なのか?

運営元について

あくまで、その疑いが強いというレベルの話でしかないが、

今回の運営元は元々書籍違法アップロードを大規模に行っていた某サイト(ここではHとする)だろう。

このサイトは身内でデータ提供を募る形もとっており、

よくあるtorrentからデータを引っ張ってくるだけの違法サイトとは、少し毛色が違う。

よくある違法サイトとは

torrentサイトから違法データを引っ張ってきてアップローダに保存し、

違法ダウンロードユーザが、アップローダからダウンロードすることによって、

小銭稼ぎをしているサイトのことである

データダウンロードされると、アップロード者に手数料が入るシステム



建前なのかなんなのか、Hから出されるアナウンス

利益を得るというより、みんなでデータを共有しようというもので、

ダウンロードしてる時点で同罪で、アップロードしてないか大丈夫などという理屈言い訳にすぎない」

というスタンスだったと記憶している。

(この意見にだけは賛成ではある)

これも疑いでしかないが、Hはアップローダのもの運営していたように見えた。

一つ、疑いが疑いの域を出ない理由として、

Hは、ダウンロードするだけのユーザを嫌うあまり、身内を囲って篭る傾向にあったのに対し、

フリーブックのような開放の方向に舵をきるだろうか、という思いはある。

ただ、閉鎖的な雰囲気は出しつつ、ばら撒いている事実は変わらないので、

篭る傾向も建前に過ぎないのかもしれない。

…と、ここまで書いて気づいてしまったのだが、

H系列サイトからフリーブックスへのリンクが張られてしまっていた。

これはもう確定ということで良いのではないかと思う。

データについて

今回の件に限らないのだが、

torrentに流れていないファイルを扱っていることを不思議に思う人たちは、

一度中華系のサイトに触れてみると(嫌な意味で)新鮮な気分になるのではないかと思う。

中華系には、自分たちデータ化して共有する小さなファイル数は全然小さくないが)フォーラムが山のように存在している。

数年前に、日本官公庁の機密ファイルが大量に保存されているフォーラムはてなでも話題になったのを覚えている人はいないだろうか。

あいったもの漫画版ゲーム版のようなフォーラムが無数にあると想像してもらえれば、わかりやすいと思う

最後

最後に軽く自己紹介をすると、

webコミックサイト発注を受けた際、違法アップロード実態自主的調査することがあり、

素養として知っていたから気づけたという感じ。

中国語理解できると、torenntなど表層でしかないと思わされてしまう。

某アリバ○が運営していたサイト違法音源だらけだというニュースが、

はてなブックマークでもトップニュースになったことがあったはずなのに、

なぜかまともな企業のように報道されていることを指摘するはてなユーザがいないのが

逆に不思議なくらいだったりする。

2017-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20170429163520

http://anond.hatelabo.jp/20170429142848を書いた増田だけど

結局「育児は全部他人がやってくれて当たり前」って意識なんだと思うよ。

保育園ではPTAなんかなかったし、0歳から預けっぱなしにしてれば育児も躾も小学校入学準備教育保育士が全部やってくれたし

親参加の行事も全部親に配慮してくれた、

それが当たり前なのに何で小学校教師はやってくれないの?サボってるの?

何で保育士みたいに朝早くから夜遅くまで薄給子供の面倒全部見て土曜も出勤してブラック労働してくれないの?

教師が無理なら何で他の専業主婦が色々やってくれないの?暇なくせに何で私たちの為に働かないの?」って感覚なんだよね、彼ら。

(実際は保育園でも保護者会ある所もあるけどさ、無いと勘違いやすいだろうね)

小学校教師保育士とはまた違った所で忙しくてこれ以上負担やすなんて無理なのに。

他の専業主婦だって働く親の尻拭いする為に専業やってるんじゃないのに。

そもそも、小学校保育園と違って託児施設でもなければ福祉施設でもなく教育施設だし、

教育施設が親にも協力を求めるのは当たり前なんだよね。

やはり家庭の協力がないと良い教育はできないからね。

塾や習い事だって、やれ宿題出すから家で親がやらせろとか、参観や保護者面談するから出ろとか、

発表会やるから親は下準備した上で決められた日に子供連れて出ろ、その為の練習も家で親がやらせろとか求めてくるもんで、

親は丸投げノータッチOKな所は少ない。

大体熱心でレベルが高い所ほど、保護者の協力も求めて来る。

生徒のレベル上がらなくても金さえ払ってくれればどーでも良い、って所ならぬるいけど、

小学校教師もそのスタンスになったら、熱心親の子放置の子格差が広がるだけだしねえ。

習い事なんかは所詮趣味から格差あっても問題ないけどさ。

(まあ本当の放置親は学校が何言おうが何もしないけどさ)

2017-04-26

オリラジ中田氏転売屋対策について言いたい

とある地方ホール運営に関わる者です。この記事を読みました。

オリエンタルラジオ 中田 公式ブログ - オリラジ中田、転売撲滅の画期的システム発表! - Powered by LINE

ちなみに最初に書いておくと、転売問題は「①価格の初期設定を高め、転売屋の利ザヤを薄くする」「②本人確認を厳格にし(公式コントロールする部分を除き)転売ビジネスが成り立たない方策模索する」という両面から解決していくべき、というのが僕のスタンスです。

記事にはポイントがいくつかあると思うので、ポイントごとに書いていきたいと思います

主催者側の「見えない」損失

要するに主催者にはほぼ損失がないのである。ここがポイント

よくアピールされる「売る方は損してない」というのは主催者のことだ。

から主催者がなかなか声をあげなかった。

本格的にコストのかかる対策を取らなかった。

と元記事では主張されているが本当にそうでしょうか?

記事の冒頭で「高額転売しても買う客がいるということは値段の初期設定が間違ってるだけ」という意見否定的に取り上げられているが、実際問題として「2万円の価格設定をしても売れる(需要のある)チケットを4千円でしか売らない」というのは、明らかな機会損失です。

公式転売屋レベル価格設定しろ」とは思わないが、取るべき収益を取り、取った分はコンテンツの質の向上を目指すのが本筋じゃないの? とも思ってしまます

もちろん、そうしたチケット価格設定には「お金のない若年層にも楽しんでもらえる金額に」という高邁な思想がある、ということは知っていますしかし、公式転売屋価格設定を近づけていくことは、転売屋の利ザヤを薄くすることにもつながるはずです。

主催者が取るべき利益を取らない影響は、会場サイドにも影響を及ぼしています

昨今「ハコが足らない」、いわゆる「ライブ会場不足」の問題世間を賑わせていますちょっと古い記事ですが、

ホール・劇場不足、「2016年問題」はなぜ起きた?|エンタメ!|NIKKEI STYLE

ホール劇場が相次いで閉鎖されていくことには理由があります。この記事中では「公共ホール民主党政権による事業仕分け対象になったこと」が挙げられていますが、そもそも元を辿れば、原因は「ホール劇場は稼げない」ということです。

ホールは稼げません。民間ホール劇場が次々と閉鎖に追い込まれる原因はそれです。

自主公演を打つ劇場ホールを除き、大部分の施設は外部利用者から施設使用料を主な収入源としています施設使用料の原資はイベント主催者側の売上です。イベント主催者側の売上――つまりチケット販売売上になります

例えば500人キャパの会場で入場料4千円のイベントを打つとします。

主催者側の収入は4,000円×500人=200万。諸々の経費や出演者へのギャランティーは、その収入から賄わなければなりません。施設使用料にあてられるのは、イベント規模や出演者側の備品、裏方の人員数などにもよります

ホール経営は本当に厳しいです。首都圏のように高額の施設使用料を取れる施設ならいいかもしれないけど、地方ホール使用料収入では到底黒字にはなりません。赤字のままでは施設の改修や建替えなどの再投資すらままならない、という現実があります

民間運営場合劇場ホール単体で黒字を出している施設は少ない。たとえば三越日本橋本店内にある三越劇場のように、百貨店集客装置としてメリットがあれば、改修のために費用を投じる理由もある。だがそうでなければ、大規模改修が必要になった段階で閉鎖せざるをえないというのが、多くの施設が抱える実情なのだ

2016年、ライブ会場は本当に不足するのか | 週刊東洋経済(政治・経済) | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

現状、基本的には劇場ホールは「赤字事業」です。結果として、赤字を抱えていられなくなったホールから潰れていきます主催者側の設定する入場料の安さは、その遠因の一つだと僕は思っています

取るべき人が取るべき利益を取らない(適切な価格設定をしない)ということは、結局回り回ってそのコンテンツ産業自体を足元から細らせていく、ということも考えてもらいたいところです。

本人確認」は間違った施策

ここで最もおそろしいのが、往々にして主催者が取ってきた対策大間違いだったということだ。主催者が今まで取ってきた最もオーソドックス対策は「本人確認である

転売屋から購入したチケット無効化するために現場本人確認を行い、購入者と別人であれば入場を拒否するというシステムである。これは、間接的に転売屋チケットを防ごうとしているものだが、結果としては来場者の負荷を高めているだけなのだ

先ほどのダブルバインドが、さら悪化するだけ。

「高額転売を買わないかライブが見られない」と「高額転売で買ったがライブを見れないかもしれない」の二択にしているだけだ。

この主催者の間違った対策が生み出した地獄スーパーダブルバインドこそが、この転売問題の闇の底だ。

本人確認は来場者の負荷を高めているだけ」とあるけど、「いやいやそんなことないでしょ」と思ったのは僕だけですか?

「(公式を通さない)転売チケットを買う意味を失わせる=売る意味を失わせる」ということで立派に転売対策になってるじゃないですか。買う側のリスクを増やしているかもしれませんが、「間違ってる」とまで言われなければならない対策とは、僕には思えません。

入場時の確認作業の手間が増えるとのことですが、実際に顔認証システムはありますし、導入されている事例はないわけではありません。今後普及して行けばそれらの手間を減らすことは十分に可能と考えられます

従来は顔写真付きの身分証明書と会員証で確認していたが、運転免許証などを持っていない会員はパスポートなどを用意しなければならず、会員に負担を強いることになっていた。また、コンサート当日に身分証明書を忘れるなどのトラブルのほか、会員証と証明書の貸し出しとともにチケット転売を行うケースも発生していた。そこで同社は、NEC の顔認証システム採用。14年7月に行われた、ももクロ日産スタジアム公演で導入し、12月さいたまスーパーアリーナ公演で本格的な運用スタートさせている。

ライブ「本人確認システム」チケット転売防止に効果 | ORICON NEWS

記事のこの部分に「主催者側の手間やシステム構築に投資必要でそれを負担できないよ」という本音が透けて見える気がしますが、それならそれで確かにわからなくはないです。

キャンセル料は交渉する?

チケットが売り切れているから高額でも買うのだ。

売り切れなければどうだ?

人気がないから売り切れないのではなくて、人気に応じて「売り切れない」状況。

まりキャパティが注文の数だけ広くなる」というライブならばどうだ?

3万の会場を4万にはできない。会場候補がないからだ。

でも、500の会場を800にすることはできるんじゃないのか?

都内からアクセス圏内場所ならその広さの場所はたくさんある。

(中略)

まずはチケットを売ってみる。

初動を分析し、全体の予測を立てる。

それをもとにキャパの違う3候補の会場をキャンセル料なし交渉のうえでの仮押さえ。

無料仮押さえの限界を迎える中間期の動きで1つに絞り、来場者のためにエリアを発表。

さらに最終期で席数を決めて詳細場所を発表する。

(中略)

それを両立したのはチケットを売り始めてから場所を選ぶ仕組みだ。

チケットを先売りして席数の増減が可能な会場の3候補無料仮押さえし会場を後決めするシステム

ジャストキャパティシステム」!!

全ての人は救えない。

しかしこれなら、キャパティ1000以下のライブを救うことができる。

ほー。

まぁネタマジレスもカッコ悪いですが、一応都内にある多目的ホール規定を見てみましょうか。

まずは「ヒカリエホール」。渋谷ヒカリエ内の多目的ホールホールAとホールBがあって、ホールAのキャパは約1,000人です。

ホールについて | Hikarie Hall | 渋谷ヒカリエ/Shibuya Hikarie

ホール使用料金」のところに施設使用料が出ています。→料金・設備・備品 | Hikarie Hall | 渋谷ヒカリエ/Shibuya Hikarie

使用規約も合わせてみると、予約受付時に使用料金の50%を支払う必要があり、使用開始日の31日前までのキャンセルはその50%全額取られることになります

ホールAの本番日料金は全日190万円。この50%は95万円。1日だけでこれ。搬出入やリハのためにさらに日数を増やすと、どんどん使用料はかさみます。これを交渉して無料にすると。へー。キャンセル料をホール側に丸被りしろって言うんですか?  へー。

次に、「日本橋三井ホール」。こちら日本橋にある多目的ホールですね。キャパは大体700名程度です。

日本橋三井ホール|イベントホール|東京都中央区日本橋|COREDO室町

まず、規約の第5条4項

利用者は、仮押さえ期間内(仮押さえの意志表示より7日以内を「仮押さえ期間」とする)に、使用契約締結の意向について運営者に連絡しなければならない。予約申込みより7日以内に使用契約の締結に至っていない場合には、特に運営者が認めた場合を除き、申込みは無効になる。

仮予約期間はたったの7日間です。これは出来るだけ長期間無効にさせない方向で交渉しないといけませんね。

そして、キャンセルについては第10条。

1.利用開始日より61日前までのキャンセルときは利用料(基本会場費・時間使用場合時間使用料)の50%。

2.利用開始日より60日前から31日までのキャンセルときは利用料(基本会場費・時間使用場合時間使用料)の75%。

3.利用開始日より30日以内のキャンセルときは利用料(基本会場費・時間使用場合時間使用料)の全額。

4.利用期間中使用契約が終了したときは利用料(基本会場費・時間使用場合時間使用料)全額。

61日前までにキャンセルしても基本会場費の50%以上を負担する必要があります。これも交渉必要ですね! ちなみに全日使用料は120万円です。

もう一つくらい見ておきましょうか。港区の「ニューピアホール」。こちらは800名程度のキャパです。

NEW PIER HALL 使用規則と料金表をご参照ください。

キャンセルとその料金

使用申込承認の日からキャンセル対象となります

使用日の61日前までのキャンセル 基本使用料の25%

使用日の60日前から31日までのキャンセル 基本使用料50%

使用日の30日前以降のキャンセル 基本使用料100%

こちらも全日使用料は120万円台です。

もうあほらしくなってきたんでやめますが。

なぜホールがこのような予約体制にしているかというと、当たり前の話ですが、出来るだけ稼働を取りたいからです。

「たった1日や2日いいじゃないか」と思われるかもしれませんが、そのたった1日の予約のせいで、1か月以上の長期に渡るイベントがいれられなくなるかもしれないリスクホール側は抱えています(そのため短期イベントの予約は長期予約よりも直前にならないと取れないホールもあります)。1~2日の公演、しかも高確率キャンセル見込み、なんて予約は可能な限り避けたい、というのが本音です。

稼働が下がればダイレクト収入に影響します。それは、長期的に見ればホール自体の存続に響いてくることは前述したとおりです。

そもそもホールとは本当に赤字と隣り合わせの事業なんです。大規模修繕必要設備改修もままならないホール地方に山ほどあります。それは、比較的高額な施設使用料が取れる都内だって、多かれ少なかれ同じ悩みを抱えてるはずです。

ここまで書いてきたんで正直に言いますが、元記事ホール運営蔑ろにした提案には、率直に言って腹が立ちました。

ふざけんじゃねえよ。お前、ホール運営なんだと思ってんだよ。馬鹿にすんのやめろよマジで

しかしたら本人はネタのつもりで言ってるのかもしれませんが、少なくとも僕は中田氏を嫌いになりました。

ブコメを見る限り、中田氏は大層好感度が高いようですので、多分この増田は叩かれるでしょう。でも、この提案が皆様に「素晴らしい提案だ!」と受け止められていそうな状況を見て、どうしても一言言いたくなって書きました。彼の提案ネタであることを祈っています

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