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2017-01-19

早野龍五のアウトリーチとやらはどちらかと言うとニセ科学である

http://anond.hatelabo.jp/20170109214808 のつづき

増田マークダウンに対応してほしい…。書きづらい…。

はじめに

前回の記事を書いて、数日はセルクマ+netcraft3さんのブクマだけだったので、うーんはてなでもこういうの受けが悪いのかと思っていたのだけれど、久しぶりに見たら結構伸びていた。どうせ批判コメしか本質関係ない、放射能アレルギー的なもの)にあふれていると思ったが、意外や意外、肯定意見建設的な批判が大半で、まだまだ日本インターネッツも捨てたものではないななどと思ったりした。

その中でも、common批判と、その他目についたコメントに対する返信をしたい。


また、以下の返信については、あくまでもコメントに対する返信であって、コメントをした人に対する(人格攻撃のつもりは一切ない。そう見えたのなら私の文章力問題だし、そもそもミスリーディング文章を書いたのが問題だろうと言われたらそれまでである。すいません。

(これだけ書いても多分ある程度の人は攻撃されたと感じてしまうのだと思う。文章力のせいだろうか。ちょっと申し訳ない)

Disclaimer

この文章は、あくまでも彼の主張の問題をつくだけのものである福島安全かどうかというのは全く別の問題であり、ここではそれに関する議論は一切しない。

これでも噛みつかれそうなので一応書いておくが、別に私自身は特に何かを避けているとかはない。単に面倒だからだ。

と書いたら、id:reijikanさんから『「単に面倒だからだ」ということだけれども、早野さんはその面倒なことをやっている。』というコメントを頂いてなるほど書き方が悪かったなと思った。

単に(面倒くさくてw)一言で面倒と言ってしまった私が悪いのだが、これは後半でも書いているように、「私は私の責任でもって積極的には気にしない」という選択肢を取っているということである。したがって、例えば乳幼児の親が放射能汚染に敏感になっていることを批判することは私には決してできない。そもそも上で挙げた資料には、誤差すら書いてないので原理的に批判はできないのであるが…。

また、早野氏がどれだけ何をしていようと、(これも語弊を招くかもしれないが)私には一切関係ない。また、彼の行っているその「アウトリーチ活動」とやらは科学世界と一切関係のないものであるというのが先の文章の主張である

TOC

科学者政治をしてはいかんのか

これは一番星を集めていたid:IkaMaruさんやid:njamotaさん、また「牧野さん政治発言繰り返してるじゃん…」とのトラバなど、結構たくさん頂いた指摘である

結論から言うと、もちろん科学者政治をするのはまこと結構なことである有馬氏など、日本科学行政にも科学者あがりの人は実際に何人かいる。政治発言にしたって、牧野さんが政治発言tweetするのも結構だし、M川さんが天皇制に反対するのも結構だし、xxさんが毛沢東と会って公安監視下に置かれたのもどうぞお好きにやってもらえればいいとしか言えない。外国でも例えばロシアのサハロフさんなんかは大変有名である(こう書くと業界極左ばっかのようだが、まぁそんなことはない) 。

というかそもそもよく考えたら私のこの文章だって見ようによっては部分的には政治的であると言えなくもないかもしれない。



私が問題だと思うのは、「科学発言の皮をかぶった政治発言である。そりゃあ(直接面識もないのにこんなに例に出しまくって申し訳ないが)牧野さんが集団的自衛権に反対しているのを見て「あぁなるほど天文学的には日本国9条を保持すべきなのか」と思う奴はこの世にいないだろう。こんなのは誰がどう見たって個人思想信条発言したに過ぎないと思うわけである。翻って見るに早野さんが「躊躇なくイエス」「どこにもない」「自信を持って言える」「間違っている」と繰り返したらどうか。(あぁ、http://bzfd.it/2jkl8zc からコピペしてめまいがしてきた…。)これを見て政治的発言だと思うやつは相当ひねくれているか科学知識を持っているかのどちらかである

もっと別の例を出そうか。いわゆるニセ科学、例えばなんとか水やなんとか菌のたぐいであるが、これにはほぼ必ずと言っていいほど「~博士」「~名誉教授」の肩書を持った人のコメントが寄せられている、ような気がする。人は一般に、そのような肩書があれば科学的に中立発言としてそのコメントを見てしまうということの証左であろう。「水素水で若返りました(65歳男性)」とは発言の重さが違うのだ。



(どうでもいいが、改めて上の記事を読んでみたがこれは本当にとんでもない記事である。『その批判、一部は当たっているんですよね。「あなたたちは、全員を測ったわけではないでしょう」「安全な人だけ選別しているのではないか。きっとどこかで高い人がいる」という点は特に当たっている。その通りだと思いました。』なんてバイアスがあるって言われただけなのにあたかも「とんでもないいちゃもんつけられたのに真摯対応するワタクシ!」みたいな感じに読めるし(というか下の論文読むまでこの文章が何言ってるかわからなかった)、そもそも「思想を語っているわけじゃない」とまで断言している。早野さんはサイコパスなんじゃないだろうか。正直言って恐怖を覚えた。)



私も、早野さんが(65歳男性)として発言する、あるいは「これはあくまでも政治的発言ですが」と断って発言するならば一切何も言わない。どうぞ好きにやってくれればいい。しかし、「科学者」の肩書を使って「絶対」というような非常に強い政治的発言を繰り返すのは看過できない科学者として発言するならば科学言葉を使わなければならない。



以上のような早野さんの言動は、日本インターネット界にいわば「放射脳叩き」をもたらした。そのせいで、親が我が子を心配するといったような基本的権利ですら危機に瀕している。少なくとも今私がここに書くくらい、公の場で福島関連を言うことははばかられるようになってしまった。このような恐ろしい事実鑑みるに、やはり私には早野さんの政治スタンスを認めることはできない。

論文を読むべき、バズフィードだけ見るなよ

私が前の記事で言いたかったのはあくまでも「アウトリーチ」としてのあり方なので、論文には言及しなかった。もちろんなにか「動物のふしぎ」だとか「宇宙のふしぎ」みたいな啓蒙書に対して統計要求するのは流石にやりすぎであるしかし、福島のような問題に対しては、アウトリーチですらも科学立脚した発言でなければならないと私は思っている。なぜなら、目に見えない不安に対抗する術として人類が編み出した方法こそが科学に他ならないかである。まずは、自然100%はないことから理解しなければ中世から進まない。



ところでid:njamotaさんが挙げてくださった論文 https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjab/89/4/89_PJA8904B-01/_pdfせっかくだからとさっと見てみたが、どうやらこれはあくまでも生データをそのまま載せた論文であるようで、そこから先の議論はなかった。正直これで論文になるのかというのは私も少し驚いた(おそらく、やはり前回の予想通り、疫学調査では統計議論できるほど数がないからであろう。別に分野が違うから驚いただけで、ケチをつける意図はない)が、それ以前にそもそもSrに関してはmentionすらされていない。アンダーコントロール汚染水を垂れ流している以上、チェルノブイリ基準では問題ない、という結論で良いのかどうかはわからない。



(ただやっぱりFig.3, 5, 7にエラーバーがないのは絶対おかしいと思う。早野さんだって東大理物の学生実験でこんなグラフ見せられたら突き返すと思うよ…)



このレベル調査絶対安全という結論を導き出すのは、私には不可能である。ググったところこの論文聖典のように扱われているが、正直一体何がどうなっているんだ…という感じが拭えない。(しつこいが危ないと言っているわけではない。ただわからないと言っているだけである。)もっとも私は疫学など露とも知らないので、まあこれがどこまで確からいかconcludeすることはできないのだが、少なくともある種の統計分布仮定して有意性を出す、という(少なくとも私にとっての)conventionalな科学の枠内では捉えられなかった。有識者意見を聞きたい。

匿名で言うのはヤジにすぎない

おっしゃる通りだと思うが、私は牧野さんや押川さんほど社会的地位も無ければメンタルも強くないし、早野さんやそのゆかいな仲間たちほど厚顔無恥ではない。

おわりに

idコールしてごめんね。増田埋もれちゃうんで…。

あと日本語の読解間違ってたらすいません。やさしく教えてください。

他にも何かご意見感想あればブクマトラバで教えてね。

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118174512

商業高校工業高校にもないし

アホ学校理系の授業が成り立たないとこもあるし

半数の生徒が大学エスカレータで上がる学校にもないよ。

かなり極論だけどね。

人格実績がなかったり

理系指導に適した先生がいない学校もあるんじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20170103012644

お父上はお酒を召し上がりますか?下戸ですか?

酒を飲まない人間は、酔って普段出ない性格が出るということを非常に嫌います

人格統一性が損なわれることに恐怖を感じます

自分の妻が飲み会に行くということ自体に恐怖を感じているのでしょう。

下戸にとっては身内が酒を飲みに行くというのとドラッグをやっているというのと変わらないんです。

SNS距離感

SNSの使い方のスタンスが合う人はだいたいリアルであっても気が合う気がする。

……と書いてて思ったけど、オフであってると楽しいのにオンだと人格を疑うような場合もあるな。この場合ネット上が本心なのか。さら自分定義した前提を覆すと、オフとオンでどちらが本音か建前かも人によって違うよな。私はにちゃん全盛期・ブログ個人サイトが溢れていた頃によくインターネットをしていたので(インターネットをしていた、というのも変だけど)オンは公の場派で発言にはかなり気を使うタイプなんだけど、逆にオン=SNS友達との身内の輪でありそこでだけ素直な自分を出す、という使い方の人もいるんだし。

あ、やっぱり最初結論に落ち着きそう。SNS距離感が似ている人は価値観も似ていることが多い。

口開けばずっと愚痴ばっかりの親を捨てたい。

実家ママンがやってる趣味が、セミプロでもお金はかせげていなくて、やっぱり趣味なんだけど、世間体はずっといいけど、家族からみると同人よりずっと迷惑なんだ。数百本の無農薬バラにかこまれていないと生きていけないなんて、バラ農家に嫁ぐしかなかったのに、どうしてサラリーマン結婚したの。家族にとっては、家をド辺鄙でクソサムなところに構えさせられて、いくら広くても馬糞とトゲと害虫だらけの庭で、キャーッて逃げ出してもおかしく無いと思う(成人するなり全員逃げた)。そして父は図書館読書趣味で家も指定のところに立ててやって金銭的には母をめっちゃ甘やかしてるのに全く母は気づいていない。そこが一番つらい。着るもんもブランドにこだわりあって「いいもの」を買うため年行ってからネットオークションにハマったりしてる。もう感覚が違う。たぶん昭和あの世代は全員ブルボン王朝の出のお姫様なのだと思う。こんなことで凹んでもうしわけないけどこの年になっても親がつらい。自分で好きで背負ったことに自分愚痴いってくる家族つらいです。

仕事しながら「好きでやってる同人だ」ってだれにも愚痴わずがんばってる若い人のほうが尊敬できると思うのは年齢バイアスなのかね。いや、若い人も散々愚痴いう人はいるんだけど、親のよりあんまり不愉快に感じないの。いっぱい背負いこみすぎんなよっていったらちゃんと通じたり、情熱があるからかなあ。距離感かも。遠慮しぃしぃおっしゃるし。

どでかい趣味を背負い込んでそれを第一人生大事なところを決めておいて、プロにはならないのなら、家族にはもうちょっと遠慮して。支えてくれた人が倒れそうなら感謝しながら支えようよ。なんか感覚がほんとおかしい。ガッシャガッシャン割り続ける陶芸家かよ。陶芸家には失礼なたとえだけどさ・・どんなにわがまま陶芸家でも「大きな窯がついている老人ホームなんか存在しないから端から引っ越す気がない、病院いくのも大変、弱ったお父さんにあいたければ子どもたちがこっちに会いに来なさいよチラッチラッ」とか言わないと思う。父はそれで人生を納得しているのか無口すぎてもうわからん(母のことを、ボケ前兆として人格が変わってきたのだとおもってる節がある)。かなり諦めてるとは思う。あと、何かを察知したのか、遺産は片親が死んだらもう片親に全部行くって直筆遺書かかせたんだって。父が先に死にそうだから遺産全部母に行く。

これどうしたらいいの。虐待じゃないのか。

2017-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20170117211852

おばさん。

また別人格で書いてるの?

気持ちいからやめて。

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115003047

そういった一面的見方をしない、人格的に優れた同士がカップルになって

お互いに満足している幸せな家庭を持ち、子供健全に育っているよな

しかもこういう奴らに限って高収入

http://anond.hatelabo.jp/20170115015637

とにかく「役者に愛があるかないか」というとんでもない妄想基準なのがわかり、評価軸が全く意味をなしていないランキングだということがわかった。

自分の好きな俳優がなんか雑に扱われてる!!」という先入観から全てを決めつけて粗探しをしているのだろう。

監督能力批判するわりにそこに具体性が一切無い上に人格批判や素行批判が多く、どのように役者が映えてないか役者ファン自称していながら全く指摘出来ていない。

あと、意味のない伏せ字からして投稿者ネットにたまにいるめんどくさいタイプだということがわかる。

憧れの同僚

自分もこうなりたいなと思うような能力人格を持つ同僚がいるので、その人の特徴を良い・悪い関係なく全部挙げたいと思う。



1. 冷静である

2. 温和である

3. おとなしいが人懐っこく愛嬌がある

4. 他人どころか無機物に対してさえ悪口を言ってる所を見たことがない

5. 怒ったこと無さそう

6. 反論批判をする時は最大限攻撃的にならないようにしている(無意識?)

7. よく笑い、笑う時は控えめにフフフと笑う

8. 謝る時は謝る(けど普段から謝るようなことをしていない)

9. 新しいことはなるべく試してみる

10. 突然おかしな事をしたり相手の不意を突くことをしたりしない

11. 若いからベテランまで色んな人に相談されている

12. ご飯は同僚と一緒に食べる事が多い

13. ファッションには無頓着

14. 奥さんや子供の話をするのを恥ずかしがる

15. 背が高く少しやせてる

16. 議論の場では積極的発言する

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170112234708

なんか自分の事ばっかり書いてるけど子が自分と別の一つの人格であることすら考えてすらいないようなガキが子を作ろうとするなんざ1億年早いわ

結婚すれば子供作るのが当然だと思った?

お前のその安直で考えなしの愚劣なエゴに振り回されるのはお前でもお前の配偶者でもなく誰でもない生まれてくる子なんだけど

離婚して再婚しようが何しようがお前のような低知能は一生子を作るな馬鹿出産はそれだけで子に対する虐待

苦痛の分類

①嫌なことをする過労や痛みへの苦痛

人生人格を損なわれる苦痛

③失うことへの苦痛

④できないことをさせられる苦痛

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170113221322

離婚しそうな人格破綻者気味の人しか加入する動機がないか保険料クソ高くなると思うよ

http://anond.hatelabo.jp/20170113174209

違う

「表面だけそれを装って内心不満で一杯」

だったらそれは全然良い人格じゃないじゃん?

悪い人格破滅を招くのであなたにとっても危ないこと




怒らない理屈と言うのがあって

結局どんなことでも自分には怒る権利なんかないんだと納得することが大事なんだけど

ここで説明出来るほどには短くない




要するに仏教の話をしている

慈悲の瞑想インスタント人格は向上するし

怒りや欲望自分で気付く訓練は別の瞑想で出来る




瞑想をしない人は心がけでなんとかするしかないけど

瞑想に比べるとかなり低い場所限界があるとおもう

結局我慢して押さえ込むだけになりがちだし

http://anond.hatelabo.jp/20170113172817

分別があること

分別と言うのは自分立場や執着から離れて物が見られること




これは他人事って意味とも違う

だってネットでは他人事で怒り狂う人も一杯いるでしょ

あれは自分感情を当てはめて見てるし、その感情に身を任せてる




逆になんでもすぐ怒ったり

その怒りを持ち続けて頭おかしくなったり

なんかえらいもの欲しがって

それ手に入れるために変なことしたり、手に入らないから落ち込んで暗くなったり

っていうのがよくない人格




自分立場感情に身を任せてると

どんどん頭悪くなるし人格も悪くなる

でしょ?




自分が怒ってることにすぐ気付いてそれをその場で客観的に見て消す

というのが人格の向上

「俺が怒るのは当たり前なんだだってあいつがだってこれが」

って怒りでグルグルするのが人格の下降

http://anond.hatelabo.jp/20170113172236

横だけど、差支えない範囲で教えてもらいたいのですが、

人格って何をもって向上した、或いは完成したと言えるものなの?



まれ持った人格って、中学生くらいでもう完成というか固定化されている気がしてならないんですが。

そういうものとは違うものなのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20170113171034

歳を取ると丸くなるというのはもしかして逆なのか。中高年ほどキレやすいと言うし。

それは当人次第だよね

人格を向上しようと心がけて精進して来た人なら中高年で人格が完成に近づいてるだろうし。

そういうのなくただ生きてきた人なら脳の加齢劣化による制御力低下が表に出るだろうし。

http://anond.hatelabo.jp/20170112234708

見る限りモラハラDV男。まだそこまで追い詰められてなさそうだけど、人格否定や存在否定もしてくるタイプに思う。マジメにDV相談センターに行ってみることをすすめる。深刻化しないフットワークが軽い内にとりあえず相談してみるのが手だと思うよ。

そういう男は一定数いるし、結婚前には決してわからないもの。これに関しては男を見る目がないんじゃなくて、クジ運が悪いだけ。

倦蟄者言ふ様

不労所得とか、所得格差とか、職場環境格差とか、そういうものを全て、働く働かないに矮小化して、バイナリーに自分は優れていると思い込もうとしている。

その過程で、自分が周りに迷惑をかけたり、自分他人に劣後したり、自分がどれほどつまらない人生を送って来たか、全てを棚に上げている。

道徳の際限や客観性恣意的に設定して、憂さ晴らしの道具に貶めている。

逆になぜそこまで可笑しいのか理解できない。頭おかしいとしか言いようがない。人が職を持たないことがそんなに可笑しいというのが理解できない。隠棲隠遁隠居、そういう熟語を知らないんだろうか?それくらい当たり前に人は厭世だとか世をはかなむだとかして浮世から遠ざかりたがる。それがそんなに可笑しいというのは、非常識だし、普通感覚ではない。自分感覚おかしいのを棚に上げて普通他人をそこまで笑えるというのは、自意識が寡少な異常人格者だ。

可笑しいし、そこまで構う理由も分からない。いじめ心理だとしか言いようがないし、その善悪を判じたり論じたりすることのできない道徳心の欠如に気づけないことに、呆れざるを得ない。

劣等感が無いはずがない。その裏返しとしてやけに大きな態度に出たりする奴はいるかもしれんが、劣後することは客観的事実で、恰もそういう自認をしていないかのように人格攻撃するというのは、立派なヘイトスピーチにほかならない。

自己嫌悪が止められない

失敗したときに過剰に自分を責めてしま

反省してどうすれば良かったかを考えたらそこで終わりでいいはずなのに、無意識のうちに自分人格否定するような独り言を言ってる

もっと自分を好きになりたい

2017-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20170112225801

タイトルに「仕事を信用できない」と書いておきながら、仕事じゃなく人格批判

仕事の中身の話なんてこれっぽっちも書いてない。

ただ感情的に嫌いなことを、雪にかこつけて理由付けしてるだけ。

[]

今回はガンガンオンライン


魔法陣グルグル2 第51章

アニメ化かあ。

あの頃特有体験はあの頃のものとしてそのままにしてきたから、私にとって待望の、ってわけではないけれども。

ただ、時期的には『グルグル』を当時体験していない新たな世代が、この新たなグルグルに触れる機会ができたということ。

それって俯瞰してみるとコンテンツというものが長く続いていることを加味しつつ、私のような立場人間はまた特別体験ができるとも解釈できる。

これはリメイクでもあり、リブートという意義も持つということなので、まあ面倒くさいだけの古参にはならないよう、このコンテンツがどうなるか見守っていきたいところだ。

余談はここまでにして、今回の話。

相変わらずキタキタが要所要所で意味不明活躍をしつつ、さすまたが大活躍

穴掘りにまで活用するとか、さすまたを無理やりにでも活躍させるという強い意志を感じる。

そして何やかんやでボスは倒したんだが、オヤジ邪魔消滅の瞬間が見えない。

これに対しての反応が「やったか!?」っていう失敗フラグセリフなのが個人的にツボだった。

ああ、そういう「やったか!?」の使い方もあるんだなあ、と。

ダンジョンボスの謎が明かされたのだが、中々に興味深いね

初めはちょっとした小休憩的なエピソードかと思いきや、今回のラスボスであろう魔王ルーツが秘められていたっていう展開。

現在魔王のものが語るのではなく、過去痕跡や思い出から人格を読み取るって構成が好きなんだよね。



月刊少女野崎くん 連載5周年記念アンケート企画番外編

千代の弟主体エピソード

前提となる解釈が間違ったまま話を続けるせいで、どんどんおかしなことになる、っていうズレたやり取りを楽しむのが本作の基本的スタイルだが、今回は事情を全く知らない登場人物主体になることで、改めて関係性や設定の妙も含めて楽しむ、っていう構成ね。

まあ、明らかに不自然なのに、途中で解釈方向性を変えないまま話を進めるあたり、この弟も大概ではある。

そこまで目新しい展開はないけれども、所々セリフの尖り方は見所あるね。

特に弟の「お姉ちゃん気持ち悪いって事しか伝わって来ない」とか、「すごく目に優しい!!!」とか、「サインくそダサいけど」とかキレがある。

http://anond.hatelabo.jp/20170112110737

増田も、ここの増田連中にだいぶ毒されてると思うけど

全く同じ人間はこの世にいないように、全ての人に通用する理屈はない

ということを努々忘れず、常々覚えておいて欲しい

どうかこれだけは忘れないでほしい

 

・A→BでCを行うと喜ばれた

というケースがあるとして

BがCされるのが好きなことで成り立つ話を

 

・A→DでCした場合は嫌がられる

DはCされるのが嫌いであから成り立つ話

 

これはどちらもまるで別の話であって同じにすることはできないし

AがBに対してCを行った事を批判される理由にもならない

 

もっと端的にいうと辛党の食べるカレー辛口にしたことを

甘党の人なら怒ってると別人格を持ち出されても、

それは仮定しかすぎない上に、その行為非難する理由にならない

 

人間は1人1人別人格を持っているという事実ポリコレは決して見つめようとしない

僕も、あなたも、増田ではなく一人の別人格であり、

竹山もマエケンマエケンのお父さんも葬儀に同席した人たちもそれぞれ一人として同じ人はいない別人格

からこの話で笑えなかったという意見を持つことに間違いはないし、

笑ったという意見も決して間違いではない

本当に間違いというのは個々人の振る舞いを、別人格として尊重せずに何かに統一しなければ気が済まないという歪んだ正義感の、それである

僕らは1人として同じ人間がいないということをもっと強く自覚するべきだと思うし、

そこに誇りをもって生きるべきだと思う

正解が一つしかないのだとしたらそれはそれぞれ違いがあり、決して同じものなど存在しない

皆が同じになれないし同じ物を見れないのは歴史上の偉人たちが証明してくれた

僕らは別々の者としてしか生きれないしそれこそが僕らの本当の姿だ

そうやって生きてきた総ての人間に敬意を払い僕らは違う者として生きるべきだ

どうかそのことを忘れないでほしい

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170110135358

散々突っ込まれてるが、離婚したいけどそのまま言うと増田がウンと言わないか

偽装離婚という事にしたいって意図なら奥さん策士過ぎ



入れ知恵している間男がいるはず、と決めつけているブコメ

「女がこんな策士なわけがない」と言う発想なんだろうか

それとも「女が間男がいないのに離婚したがるはずがない」と言う発想なんだろうか

妻をバカ扱いする夫(増田の)の人格、「妻は5時台に早起きして朝食と弁当を作り、洗濯のあとパートに出かける」事を強いられた生活

これだけ見ても妻が離婚したいであろう理由はよく分かるんだけども

正直なところ、野沢雅子老害だと思う

かつて田中真弓付き人だったという野沢さん。

事あるごとに「田中真弓は手下」感を出してくる。

そうやって、大御所だという立場を誇示する。

確かにあの御年であの声は素晴らしいと思うし、研鑽を重ねているのは分かる。

でも、悟空の声はもうおばあちゃんじゃん!

多くの声優さんが、彼女に気を遣って投票したと思われる。

だって投票しなかったら、後でいびられてしまいそうだもの。真弓さんみたいにさ。

そんな野沢さんを堂々と粉砕した山寺さんは、本当にすごい。ここは確かに文句なし

あと、野沢さんについて、もう一つ許せないことがある。

それはCMアテレコで、特にドラゴンボールと関連がない部分で、

ドラゴンボールキャラクターと分かるイントネーションで声をあてていることだ。

これは旧ドラえもんの人について、某ラジオパーソナリティーが言っていたことだけど。

いまは野沢さんがこれにあたるんじゃないかと思う。

悟空の声は確かに野沢さんだけど、悟空人格野沢さんのものじゃない。

2017-01-10

ガッキー可愛いに辿り着いた2016年

あんまりドラマとか見ないんだけど

何本か出演作を見たことはあった

正直なところ特段何ということな

普通キレイ女優さんという印象

何であんなに可愛い連呼されるのか

持ち上げられすぎ?と疑問だった。

 

ひとつ目の転機は、たまたま見てたお昼番組

よく覚えてないけど、メレンゲとかそっち系

初めて役を演じていない素の新垣結衣を見た

既に好みじゃないという先入観があったので

無理に可愛くないと思いこんでしまったけど

今思えばあのガッキーは確かに可愛かった。

ながら見だったはずなのについついコーナー

最後まで見てしまったくらい引き込まれてた

 

で、トドメになったのが例の紅白ダンスシーンだ。なんだよ、あれ。メチャクチャ可愛いじゃん。ガッキー可愛い。マジ可愛い!語彙が貧弱なのが歯がゆいけれど、とにかくガッキーは可愛かった。ひと目でヤラれた。一級品は人から言葉を奪うというのは本当だと思う。ガルパンはいいぞガッキー可愛いぞ。

 

そうして、ようやく気付いた訳です。

ガッキー可愛いが、その肝はビジュアルではないのだと。

ガッキーの可愛さのポイント。それは「仕草」です。

女優である彼女には悪いけれど、役を演じているときガッキーは可愛さにリミッターが掛かっている。

監督脚本家が考えた空想上の人格に収まっているときガッキーの真の魅力は発揮されないのだ。

 

2016年も色々なことがあったけど、最後に辿り着いた結論は、やっぱりガッキー可愛いということだった。

新しい年に向けて、最良の教訓を持ち越すことができたと思う。

2017年もこういった巡り合わせがあることを期待したいと思う。

そして、素晴らしい出会いを与えてくれたNHKにも心から感謝を伝えたい。

ありがとうNHK

ニホンブロードキャストアソシエーション

 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170110-00000556-san-soci

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