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2017-04-28

シールズの成果

活動したリーダー知名度を獲得して

いい大学院に学歴ロンダできたこと

これが目に見えた成果ではないだろうか

シールズ活動

みんなが応援してくれたおかげで

リーダーメディアに注目され

いい大学院に進学ができた

本当に頑張ったかいがあってよかったなとみんな思っているんじゃないだろうか

これをモデルケースに大学名がそんなによくなくて自信を失っている学生

政治活動ワンチャンを狙ってみてはどうだろうか

2017-04-23

25歳で脱童貞したイキりオタクの話

下ネタ注意】

25歳にしてやっと脱童貞できた。

どこで読んだ話か忘れたが、年齢を重ねれば重ねるほど脱童貞できる確率は小さくなるらしい。

25歳で負のスパイラルから脱出できた俺は運のいい方なのだろう。

自身大学生の時は「早く脱童貞しなければ!」という焦りがあった。

色々あって一度職を失って以来、そういう焦りも消えたのだが。

焦れば焦るほどうまくいかないのはなんでだろうな。

必死さは人を遠ざける。

さて行為全体を俯瞰すると、てんでダメな出来だったと思う。

うまく入らなくてグダったし、入ったら入ったですぐ限界来たし。

相手あんまり経験ある方ではなく、スムーズいかないのは当然の結果だった。

それなのに。

それなのにだ。

翌日を迎えた俺の全身には妙な達成感があった。

男は肉体的な快楽を求める生き物らしい。

それは否定できるものではない。

だが今の自分感覚、この四肢に行き渡る充足感が性欲の残滓であるとは到底思えない。

性欲と呼ぶにはあまりに柔らかく、滑らかな感触だった。

俺は長年異性に対してコンプレックスがあった。

今でもコンプレックスじみたモヤモヤは消えていない。

一応これまでも彼女ができたことは何度かあるが、長続きしたことがない。

自分を受け入れてもらえる自信もなく、肉体関係を結ぼうと試みたことすらなかった。

今回はどうして勇気を出せたか、というと単に俺が歳を重ねたからだろう。

中身は相変わらずクソガキだけれど、クソガキなりに成長した部分もあるってところか。

ぎこちない俺の所作を受け入れてくれる相手に恵まれたのも一つ。

彼女身体は固いんだか柔らかいんだかよくわからなかった。

あとなんで女性行為に入るとあんなに表情が変わるんだろう。

昼間無邪気にサンドイッチを俺に押し付けてきた女性とは別人のような笑みだった。

25歳で脱童貞できることもあるよ!

お前らも希望を捨てるなよ!

とか言いたいわけではない。

そんな無責任なことは言えない。

誰にでも等しくチャンスが来るとは思えないしな。

女性関係についての経験値爬虫類以下の俺だが、そこそこいい大学を出て恥ずかしくない仕事にも就いている。

容姿全然優れていないが、どうすれば楽しくおしゃべりできるかは色々と研究した。

努力せずにここまで漕ぎ着けたわけでもない。

努力方向性を間違えたことも一度や二度ではない。

それでもその度軌道修正してきた。

大事みたいに書いてきたが、彼女ができないとか行為する相手がいないとかで死ぬほど思いつめる必要はないんじゃないかと思う。

気持ちはわかるけどさ。

自分にできる努力を最大限した後は、焦らずのんびり構えてりゃいい。

チャンスは向こうから寄ってくるものだ。たぶん。

童貞して大きく世界が変わったかと言えばそんなことはない。

相変わらず俺は自分を好きになれずにいるし、名前も知らない他人の舌打ちに怯える日々だ。

仕事には行きたくないし、リア充オーラを放つ人間は怖い。

相変わらず家族仲はボロボロから実家には帰りたくないし、6畳の部屋が広くなったわけでもない。

それでもまあ、前よりは生きやすくなったような気がする。

気のせいかもしれないが。

2017-04-19

学歴社会

日本において学歴就職活動では大事です。

学歴関係ない。本人次第」なんて言える人間は本当の天才かドアホぐらいで、企業学歴を重視する。

それはなぜかというと、人を計る上で一番簡単単位から

底辺大学から天才を見つけるのは至難の業だ。なぜなら天才は頭がいいのでもっといい大学に行けるし実際行っているからだ。

では東大から天才を見つけるのは?難しいことではあるが底辺大学から天才を探すよりはずっと簡単だ。

それは確率論の話で、ゴミから金を発掘するより金山から金を発掘した方が早いという話だ。

それを理解もせずに自分努力してるだの、社会理解してくれないだの、甘えことを抜かしているやつはさっさと現実を見ろ。

企業もアホの相手をしている暇はないんだ。面接をすればその時間給料が発生するし、面接をした相手がそんなこともわからない低能ならその給料無駄になる。

それでも納得がいかないなら今すぐ学歴フィルターに弾かれないだけの大学に行けばいい話。それだけの頭脳があるなら簡単な話だろう?

ま、そんな戯言を抜かしてるようなドアホは真っ当なところに就職できないだろうけどな。私のように。

2017-04-18

誰が安倍首相を操っているのか

このところ自民党政府のやりたい放題で胸が痛い。

今更なのだが、安部首相父親や他の政治家比較してあまりいい大学を出ていない。

まり、彼らと比較してそれほど頭が良くないか東大早稲田慶應に入るべく努力して勉強をする気が無かったかのどちらかなのである

また、妻の昭恵氏に至っては大学すら出ていない。

オバマ元大統領夫妻などが素晴らしい学歴をもっていたのとは非常に対照的である

となると誰か頭の切れる人物がこの夫妻を、ひいてはこの国を裏で操っていると考えるのが自然であろう。

それは誰なのだろう。

それとも安倍首相は自らの資質でもってこの国を率いてるのだろうか。

それはそれでやばくないか

2017-04-15

家庭もって子ども育てることのハードル

どんなかわからないって独身の頃は思ってた。そりゃそうだ。誰だってからないよね。自分の子ども?どんなだろう。育てたらどんな大人になるんだろう。

運よく家庭向きの相手を見つけた。結婚した。夫婦だっていい。

結婚3年目で子どもできた。妊娠10か月から仕事辞めた。勤めてたのが弱小なところだから産休とかそういう選択肢はなかった。それに、保育園とかに預けずに子ども育ててみたかった。それは、無知ゆえの選択肢でもあったんだけど、理想じゃん。赤ちゃんとお母さん。ずっと一緒に、ゆったりと子育て。そんな漠然としたイメージに期待して。

子どもまれた。育児が始まった。全部初めてのことだらけ。全く予想外の反応をするふにゃふにゃした小さな生きものに、戸惑いながら子育て

でもやっぱり想像してたのよりはるかに大変だった。ちょっと慣れてきて一番最初に強く感じたのは「なんて不自由なんだろう」

都心に住んでたこともあり、出かけることのハードルの高さが想像してたのよりずっと高かった。電車が怖すぎる。荷物が多すぎる。祖父母は両方とも遠くに住んでいた。頼れない。子ども病気になったら?自分病気になったら?初めて親の近くに住んでたらよかったと思った。旦那は割と融通がきく仕事だったからそれ頼み。それさえなかったらと思うとぞっとする。追いつめられるしかなかっただろう。

そんな子育て環境にも少しずつ慣れ、二人目もでき、幼稚園に入り、上の子小学校入学した。

そのへんで今度は頭を悩ませられるのがお金問題保育園?入れて働こうとしたら無理って、調べてみて問い合わせてみてわかった。うちはまだ、そこまで経済的に窮してはいなかったので、子どもがもうちょっと大きくなったら働こうと思った。

でも最近は、上の子小学校中学年になってきて、この先どうしていこうって思う。何かにとかかるのはお金子育てで一番必要なのはお金公立のみでよい教育が受けられる環境もごく一部の優秀な子どもにはあるかもしれない。でもそれは一部の優秀な子にだけ。

それなりに頑張ってきた。図書館に通って本もたくさん読ませてきた。習い事もできるだけさせてきた。でもこの先に、テンプレ通りな日本の子どもを目指していくならこの先いい大学、いい会社に入って立派な社会人になるコースを歩ませるという道にそって、多かれ少なかれやっていくしかないんだろう。そしてそれは受験戦争いかにして勝つかというところに集約されていくんだろう。そしてそれもやっぱりお金必要だよね。ごく一部のものすごく優秀な子どもを持つ親以外に選択肢は、お金をたくさん、めちゃくちゃたくさん、かけて自分教育を受けさせろってことだよね。

それってすごくハードル高くない。育児の悩み事、子ども周りの人間関係の悩み事、その他に教育などのお金の悩み事。子どもがいなかったらそういう悩みもないのかと思う。

自分のことはなりふり構わずに、家庭を維持するのに精いっぱいでここまでひた走ってきたけど、核家族母親役としてよく感じるのは

もうちょっと楽にお母さんが働ける社会があったら

もうちょっと受験戦争対応した教育が等しく受けられる環境があったら

ということです。

http://anond.hatelabo.jp/20170415012742

受験とか大学進学とかはもろ家庭環境が影響するのは事実から

頭いいやつが全員いい大学にいけるわけじゃない

あと、頭がいいってのは周囲の空気が読めたり、気遣いができたり、正確にちょっと先を予測して対策しておくなんかの行動も含まれ

あとは創造性とかもね

論理性や情報処理能力だけじゃない

しかし、大学受験論理性と情報処理能力記憶力で突破できる

そういう意味では、本当の意味で頭がいいやつじゃなくてもいい大学に入れるのも事実

情報処理能力記憶力が低いと入れないけどね



結局、当たり前だけど、いい大学出てても中卒でも、頭いいやつも悪いやつもいる

ただ、いい大学出てた方が頭いいやつは多いし、低学歴は頭悪いやつが多い

単純な話

勉強ができるのと頭が良いのは別」理論を振りかざしてくる高卒ベンチャーおじさんへ

最近、正確に言えばここ一年説教クソ社会人にクソバ理論(「勉強できる奴って、社会に出たら使えないことが多いんだよな〜笑」)を食らうことが異常に多いんですよね。

だいたい高卒あるいはFランおじさんで、ベンチャー率が高い。

しかに私は、早稲田大学に通いながら、将来選択に迷って留年をして、現在5年生です。

きっと自分の軸を持って将来選択をし、キャリア信仰し、明確な目標を持って「社会人」を勤め上げてきた貴方たちは、私に「教えてあげたいこと」が山ほどあるのでしょう。

私は実際、学生の身ですから反論できることなど何ひとつありません。

そこで、

これは早稲田大学に通う22歳からの、社会に対する切実な啓蒙ですが、

やめてもらえませんか?

高卒あるいはFランおじさんが学歴のある学生に偉そうにするの、やめてもらえませんか?

勉強すらできない大人が、勉強のできる学生に対して「勉強ができても笑」などといった謎の経験則を振りかざすの、やめてもらえませんか?

受験という、誰もが平等に実力を試される時期に適切な努力をしてこなかった人が、他人の「適切な努力」を馬鹿にするの、やめてもらえませんか?

勉強ができる奴は」とか「いい大学出たって勉強ができるのと頭が良いのはまったく別」みたいな100万回言われてきたクリシェを1時間かけて説くのは、せめて、自分会社新入社員にしてもらえませんか?

学生相手に、「社会に出ないとわからない」ことを説いて強者のツラをするのは、さすがに暴力的ではないですか?

勉強なんかできなくても大丈夫」などと言うのは、持たざる者の哀しき遠吠えではないですか?

英語も、お金も、教養も、学歴も、「そんなのなくても大丈夫!そんなのがすべてじゃない」と言うのは、いつだって持たざる者ではないですか?

私は、持っている者が「持ってなくても大丈夫!」と言うのを聞いたことはありません。

少なくとも私は、学歴はあってよかったと思うし、教養のない人生など想像ができない。

からこそ、英語だってできるようになりたいし、お金だってあったほうがいいのだと思う。

人が経てきた努力を、学歴という成果をバカにするな。

勉強ができることを悪みたいに言うな。

勉強ができる奴は打たれ弱い、指示待ち人間だ、融通が利かない、などのクソみてえな経験則を捨てろ。

飲みの場で高卒が熱弁を振るう中、勉強ができる側の人間はあえてそれを論破しようなどと思わないでしょう。

持たざる者には持たざる者人生があり、持っていたかもしれない人生など、想像もできないでしょう。

もも高卒だったら「勉強のできる人間は」などとほざいていたかもしれないけれど、学歴があるので、「もし高卒だったら」などと想像することもできません。

語りえぬことについては、沈黙すべきなのです。

沈黙してください。

学歴がないというハンデ(自業自得です)を背負いながら、人並み以上の努力をして、正社員として人並みの生活を手に入れたかもしれません。

からといって、受験期に人並みの以上の努力をして学歴を手に入れて、人並みの努力でそのまま社会に漕ぎ出そうという学生を、どうして見下せるのでしょう?

私は高卒でないので、想像もできません。

とにかく、やめてください、と言うほかないのです。

高卒のおじさん、学歴の話をするのをやめてください。

だいたい学歴の話をするのは、低いほうです。

「どこ大?」「早稲田です」「おお〜頭いいねえ、俺なんか高卒Fラン)だからさあ」

から始まる会話が苦痛すぎて、私たちは神経をすり減らしているのです。

誰も幸せにならない会話です。

高卒あるいはFランは二度と学歴の話をしないでください。

そして、学歴自虐から始まる努力話あるいは説教をやめてください。

これは切実なお願いです。

学歴で人を判断するのは、だいたい持たざる者の側なのです。

卑屈になるのは勝手ですが、こっちの肩身を狭くするのをやめてください。

語りえぬことについては、お互い沈黙しましょう。





学生しか説教できねえ大人クソダセエな、これ以上恥を振りまく前にさっさと声帯とるか死ぬしろクソカスどもが

2017-04-10

ADHDわたしと親


勉強よりも日常的なことができないと大人になって困る、勉強は基本放任・なによりも日常生活を、というのが両親の方針だった。まともだ。

幼い頃からちょっと理屈っぽく、勉強が好きで得意な子供だった。だから色々な人に頭が良くてしっかりしてて偉いね、と良く褒められた。

親とは仲が良かったけれど、褒められたことはほとんどなかった。遅刻癖、忘れ物が多い、部屋が片付けられない。やる気に波があって、何かにのめり込み込むと周りが見えなくなる。こんな有様だったので、勉強できても大人になってこれじゃ困ると怒られらことが多かった。

中学テストで1番をとったときも「良かったね、でも朝起きれなきゃ。いくらいい大学出ても就職してから困るよ。」と言われてなんだか嫌になってしまった。親は真っ当なことを言っているんだけど、でも褒められたかった。

だんだん勉強が好きじゃなくなって、高校適当に入った。後にやっぱり色々上手くいかなくなって、アイドル馬鹿みたいにのめり込んだり、犯罪に手を染めかけたりして(これは100%自分が悪いんだけれど)、高校は辞めた。

しばらくしてADHDなんじゃないかと親に相談した。「自分意識問題。みんな自分解決してるよ。甘えじゃない?」と言われた。なんかよくわかんないけど涙が出た。

別の用件でカウンセリングを受けた時に思い切って相談をして、検査を受けることになった。結果はADHDということだった。複雑な気持ちになった。

なんて昔話。

お互い嫌いじゃなくても親子でも合わないってあるんだよなぁ。難しいね

2017-04-01

「女叩きは非モテ底辺」では済まされない

「女叩きは非モテ底辺」と言うと女叩き側から怒涛の嘲笑罵倒が返ってくる

「女はクソだから本当に嫌われてるのに自分価値を高く見過ぎ!非モテ底辺ってことにして安心したいんだろ!モテても地位が高くても女叩きしてる!これだから女は!」

挙句自分達は真剣男性差別に反対してるのにモテないと揶揄される被害者だ!と喚き出す

残念ながらこれは事実

旦那彼氏が女叩きにハマり出した」というまとめを見るし、ツイッターじゃ高学歴(東大生とか)の女叩きを見る。あのレイプした東大生だって被害者女性を「頭が悪いから」と見下してレイプしたではないか

前「12人の怒れる男に、身近の黒人は立派だと言う人種差別者がいた」というコメントを見たが、彼女持ち、既婚者の女叩き厨も似たようなものだろう

性差別者は負け犬、という研究結果は出てはいる。が、それはあくまで傾向にすぎないし、今の日本インターネットでは地位の高い低い、モテるモテないに関わらず女叩きに染まる、というのが現実だろう。

同じくニート底辺というイメージがあったネトウヨも、むしろ高学歴というデータがあったような気がする

底辺ということにしたい、非モテということにしたい、だがそうとは限らないから厄介だ。

もう一つ厄介なのは若い人が多いということ。若い新時代性差別者たちがいい大学を出てこれから日本の根幹を担う。それが怖い

2017-03-29

自己否定拗らせたメンヘラは最終的に彼氏をフるって話

要するにただの自分語り

高校一年とき、ある男と知り合った。

2つとなりのクラス学級委員長をやっている、見るからにまともではなさそうな男だった。

聞けば1年生になって少しして、すぐバスケ部をやめて少し噂になっていた男らしい。

そいつちょっとしたきっかけで夏に連絡先を交換して、1ヶ月くらいして告白されて付き合い始めた。

そいつにも私にもメンヘラの気があったのもあり、そりゃもう頭の悪そうなカップルになっていたと思う。

けれど私にとっては人生で一番幸福時間だった。

放課後に人目の少ない道を選んでは手を繋いで帰ったし、休日はだいたい彼の家に行って遊んだセックスしたりしていた。

行事ごとのたびに贈り物もしていたし、毎晩のように電話をしながら値落ちしていた。

もちろんメンヘラ同士であるのですぐぶつかり合った。私も彼も気持ちを伝えるのが壊滅的に下手くそだったし、自虐的物事を捉えるのが上手かった。

彼が自虐的に物を捉えて悲観するたびに私は彼に「あなたは素晴らしいひとだから自信を持ってくれ」と言い続けていた。

彼が私の言葉で元気を取り戻してくれるのが何よりも幸福だった。

彼は私の書いたひどい絵をLINEアイコンにしてくれた。

私の知らないところでも私のことばかり話していたそうだ。

私達が付き合い始めたあと、彼は学年全体でも20位くらいの成績だったのがメキメキと伸びはじめ、模試があるたび毎回のように1位を取るようになっていた。

2年生の前半までは私もそれなりだったので、彼と一緒に1位と2位を抑えることもしょっちゅうだった。

本当に楽しかったし、幸福だった。

彼は、彼の自虐癖に対して少しずつ改善兆しを見せていたし、友達がいなかった筈がいつの間にか友人達と良く話すようになっていた。

けれど私の自虐癖は治らなかった。

高校二年の後半に差し掛かるにつれて、彼と私の実力差は目に見えるようになっていた。

別にそれは全然構わなかったしむしろかなり嬉しかったのだけれど、彼は国立大を目指していた。

それも理系結構レベルの高い、いわゆる宮廷と呼ばれる大学だった。

私も最初の頃は彼と似たような大学を目指していたが、ある日ふっと私の学力じゃ努力しても行けないなと気づいてしまった。

私は行けない。そもそも学問にそこまで熱中できる人間じゃないし、おそらく地方ほとんどF欄みたいな国公立に行くことになるだろう。この学校で上位を取れていたのもこの学校が基本バカ高校からだ。

対して彼は本当に頭がいい男だ。このまま努力すれば絶対第一志望くらい余裕で行けるだろう。理学に対する情熱だってある、だってあんなに楽しそうに数学を教えてくれるんだから

じゃあ私はきっと彼の足を引っ張ることになるんだろう。そう思った。

そんな思考半年ぐらい突き落とされて、結局3年生の5月に、適当理由でっち上げて彼をフった。

その半年あいだ、彼と心中してやろう妊娠してやろうとこっそりゴムを捨ててセックスしようとしたり、自殺することで彼の足枷にならないように、かつ彼の心に大きな爪痕を残せるようにしてやろうとしたりもした。

でも結局無理で、いい大学にちゃんと行くべきである彼が合格できるようにするためには私を忘れてもらうしかないとフった。

その後卒業するまで、ちょこちょこ彼から連絡が来た。

でも秋の私の誕生日電話が来たときに、私はひどい態度でそれすらも拒絶した。

その結果、彼は無事に大学に受かったらしい。

噂で聞いた話ではあるが、まず間違いなく受かっていると思う。かくして私の気付きは正しかったらしい。

対して私は受験した大学に全て落ちた。

浪人もやめた。就活こそしているが、4月になれば正式ニートだ。

なんで落ちたかって、彼と別れて一年、ずっとべそべそ泣き続けていたからだ。好きあらば自己嫌悪に溺れて布団の中で一日を過ごした。起き上がることもできなかった。前だったら悲しくなったら彼に電話をかければたちまちに元気になれたのに、ねだればいくらでも撫でてもらえたのに、という具合で。

その生活は未だに続いている。

私の判断絶対に正しかった、でもその代わり私は二度と彼に顔向けできない。

彼は今後の人生でまた恋人を作り、妻を貰い、子を育てることになるのだろう。

私には絶対に無理だ、どんな男に対しても遊びとしてしか付き合いを持てなくなった。

からもう私はこれから死ぬまで、彼のくれた贈り物や写真をたまに眺めては罪悪感と喪失感でべそべそ泣いて生きるのだと思う。

今も、彼のLINEアイコンが、なぜか私が書いたあのひどい絵に戻っているのに気がついて、ぐずぐずに泣いている。

あんなフりかたしかできなくてごめん。ごめんなさい。

お願いだから忘れて、希望をもたせるようなことしないで。ごめんなさい。

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316154259

いい大学出てるならまちがいなく常識的性教育は受けてる訳で

そいつらがゴムつけないのはあんたへの思いやりがないだけやぞ

つか極論すると、なんで子供が欲しくない相手セックスすんの?

ゴムをつけなくていいと言ってるんではない)

2017-03-13

就活がつらい話と世間での考えとの違いについて

去年一年就活を行ったが、内定が得られず、また3月から行っている。

この一年くらいずっとつらかったし、「就活は糞」とずっと思い続けているのだけれど、なんか世間就活うつとかの印象と自分で思った思想とかに食い違いが見られるので書き起こしてみる。

前述として:

私は旧帝大理系所属しており、今年院卒になる。つまり、18年採用には既卒

学歴は悪くないと思うが、理系で忙しかったり何たりでインターンとか、留学とかはできていない。

就活がつらいひとっていうのは主に「自分に自信がない人」である

この、自分に自信がない人が就活をするっていうのは、料理の才能がない人が「今日からあなた他人が作ってくれたもの食べれません。なお、つくった料理についてはプロ料理人にすべて採点してもらいます」と言われているに等しい。

毎日毎日不味い料理しか食べれないとそれだけで吐き気がするのに、その上、不合格不合格と数か月にわたって評価されると、かなり精神的にくる。

その点、意識高い系というのは自分能力に問わず自分の作ったどんな料理もおいしい!と言える人である

私はこの料理が下手な人だった。自己PRと言われても、自分長所が何かわからず、一日ずっと考えても何も思い浮かばなかった。下手なりに頑張った料理にて、「こんなまずものよく作れるね。なんでこんなのだそうと思ったの?」なんていちいち言われると、かなり精神的に病んだ。

いろいろネットを見ていると、「就活ぐらいで精神を病むなんておかしい」とか書かれているし、面接官に言われることを真に受ける必要はないとか出てくるけど、就活が苦手な人って、そういう自分が苦手なフィールドで戦わなければならないっていうハンデを背負ってる負い目があるので、うまくいかないんじゃないだろうか。

ちなみに、私自身、自分コミュニケーションが苦手であること、また自己PRが苦手なことは10年くらい前から自覚していた。そんな自分がそこそこの会社でそれなりの生活をするにはどうすればいいのか考えた結果、いい大学にいくしかないと思って中高でそこそこ勉強してたし、バイトサークルも頑張ってきた。

進路指導の人から受験でうまくいってても就活は別なのよね」とか、今まで人生うまくいってる人を一回叩き潰そう的な言葉を投げかけてくるけれど、逆だ!逆!なんで最初から自分が持っている相対的価値もつ長所みたいなところをつぶそうとするのもまたつらいのでやめてほしい。

しか就活なんて自己申告なので、「今まで本当は何してきたのか」よりもどれだけうまい虚言をはけるかが勝負なところもある。

知人に「特技はお菓子作り」っていってる人がいるけれど、全部目分量で作っているし。メシマズでも自分で「おいしい!」と思っとけば勝利!みたいな図も好きじゃない。

あと、就活サイトで「就活自分をどれだけごまかしても、働いててつらいだけだからね」とかいうのをしばしば見るけれど、内定を一つももらえなかった自分としては、live or deadの就活でそういうことをいうのは社会人詭弁という気がする。

そういうことを言う前にまず、服装自由とかから始めてほしい。

3年ほどスーツ必須職場バイトしていたけれど、就活ファッションの人とかいなかったよ。女性なら私服オフィスカジュアルの服とか用意できるので、自分を出して!とか訴える前に、服装自由とかから始めたほうが個性ができる気がする。

以上。

2017-03-10

都会の中で地方出身と告げる負い目(学生バイト

「あっ○○の出身なんですね」

出身を聞かれてるだけなのに、実家貧乏であることを白状させられてる感じ、嫌いだ

というか東京実家暮らしで楽に入れるけどある程度名の通る大学学生やりながら余暇バイトしてるこいつらに憎しみを覚える


地方には仕事がない、ふさわしい大学もない

マイルドヤンキー高卒社会人)になるつもりがなければ必然都市部大学に進学するのが地方の常だ

東京大学生をやる為の生活費がそうして実家からは出て行く


一人暮らし大変ですもんね」

貧乏人は大変だな、とすら聞こえる

大した労力ではないが毎日家事リソースが減っていく

生活費の為に時間を切り売りさせられ、勉強時間が足りない

ぬるい文系にでも進めば良かったのかもしれない、と信念を曲げた後悔もしたくなる


自分自分なりに頑張って実績ある大学に入ったからそれでいいじゃないか、とも思う

だが東京出身者はその大学に至るまでで、自分学力に合った環境いくらでも選べる

東京出身者は人種サラダボウル、低収入の見本市たる公立中で生活をしなくていい

アホに合わせて勉強をしなくていい


地方にはそもそも公立中学高校しか存在しない

私立は学区に一つ、公立に落ちたときの受け皿という程度でそもそも併願という概念がない

東京私立でも細かく段階的に学校があるし、公立と合わせて同じ学力帯でも選択肢が多い


子供東京へ送り出すのに必要費用で、習い事をさせてもらえたかもしれない

音楽スポーツ語学その他諸々

やったからと言ってプロになれるわけでもないだろうが、やった分だけ色んな場面で世界をほんの少し楽しみやすくなる為の踏み台にはなっただろう


用意された環境で伸び伸びと世界を満喫してるこいつらと、何かを拗らせて世界をつまらなくしてる自分

東京出身者の通ってる大学を聞くとこの先の就職で俺が逆転することもなさそうだ

もし東京出身だったら…

ほんの少しいい大学に通えて、ほんの少し楽しく毎日を過ごせたかもしれない


中高一貫だったんでー」

日常会話を重ねるたびそのほんの少しが心底恨めしい

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-03-04

貧乏低学歴彼氏のいる院卒アラサー女は私だ

職場出会った業者男の子と付き合っている。顔が好みで、若いのに仕事も良くできるところに惹かれて私からアプローチした。

彼氏は謎の大学を出ている。全然いたこともない名前だったので検索したら、偏差値35だった。

彼氏実家貧乏だ。むかーし父親離婚してから母子家庭団地暮らし

それ聞いても、「ふーん」としか思わなかった。話していて機転も効くし身なりもきれいだった。

でも、付き合ってそろそろ1年ぐらい。戸惑いを隠せない。

彼の家族や親戚はみんなブルーカラー。彼も高校定時制に行って働くつもりだったけれど、節目節目でお母さんに「普通科高校に行きなさい」「大学に行きなさい」って言われて、底辺私立高校Fラン私立大学に推薦で入ったらしい。

一方、両親が地方公務員の私は、兄の背中を見て自然中学受験して田舎トップ校に行き、東大目指して浪人までして、東大実戦も東大オープンもA判定無双してたのに、本番では早稲田まで落ちて都内国立女子大入学。一生もの学歴コンプレックスを負った。大学院東大にいったが、所詮ロンダリング

勉強していい大学出ないと貧困連鎖は止まらいから、私が彼なら遮二無二机に向かうだろうし、せめて地方国立大に行くんじゃないだろうか。高校公立を目指して努力するだろう。彼の人生選択が、ほんとうに想像付かない。

案の定、いまわたしはダラダラ公務員やって、彼のほうがよっぽど忙しくて難しいことやってるのに、収入はたいして変わらない、というかいずれ私のほうが稼ぐようになる。

私なんか東大でも早慶でも国公立医学部でもないか友達の中ではダントツ低学歴だし、大学院の同期の中でも一番の低収入なのにおかしな話だ。

私の実家では、夜遅くテレビ禁止だったし、家に本棚がいっぱいあって、そこから好きなものを選んでは読んでいた。今も図書館に行くのとAmazon書籍を買うのが好きでテレビはそろそろ捨てたい。

彼氏の家に行ったら、本棚がなかった。世帯用みたいに大きなテレビが鎮座してて、彼は帰るや否やスイッチを入れる。しかも何を見てるわけでもない。久々に覗かされた番組からは、無駄な雑音とポリティカルコレクトネス概念存在しないかのような悪意のない差別が垂れ流されていた。テレビの前のふたりの会話は、断片的で、どこかに流れていった。

政治観も私も私の友達もみんなゆるやかな左派なのに、彼はネウヨだ。「そんなのは教育のない人がいうことだよ辞めて。」ってたしなめそうになって、言いようもなく虚しくなった。

友達からは「何でその層と出会ってしまたかなぁ…」って呆れられた。私も、生きてる社会レイヤーが違うなぁって時々思う。「深入りする前に別れなよ。どうせ話のつまらなさに我慢できなくなるよ。」「将来、子ども受験のことで揉めるよ。」とも言われた。

それでも離れられないし、愛おしい気持ちが溢れるのは、彼が優しくて、しかも何の遠慮もいらないから。

私もそうだけど、言葉ラリーで遊んでる人間は、たいてい表面だけ合わせて裏では舌を出してる。気遣い言葉に心がこもってないのは、高度な脊髄反射と言ってもおかしくないレベル趣味とか生活スタイルとか、変なとこには拘って逆に常識から無頓着

彼のことばはとき愚鈍とき陳腐だけど、私を値踏みせず受け入れてくれて愛情深い。私が提案したことに「いいね、すごいね」って賛成してくれる。友達といるときみたいに笑いすぎて死にそうになる事はないけれど、穏やかに甘えさせてもらっている。そして、家事をそつなくこなしたりパソコンを直したり、彼にしかできないこともたくさんある。私が女性からという理由でサブに回らせたりも、絶対にしない。

具体的に話せば話すほど、私が彼をワカラナイとしてるところも好きなところも、知識基盤社会を盾にした弱者への差別とその合わせ鏡ではないかと情けなくなる。

大学院社会科学を齧り中道左派を気取って、格差社会とか子ども貧困とかに心を痛めているはずだったのに。大好きな日本国憲法にも差別ダメ絶対って書いてたのに。彼の環境にも人生選択にもほんとうに想像が及ばないのだけれど、それって、心理的に橋をかけるべきところに壁を作っているのは、私だ。

逆に彼は、正論を吐くふりをして、素朴にヘイトを連ねる私といて息苦しくないのだろうか。

私には兄がふたりいる。次兄は東大卒で、長兄は知的障害者だ。親は、長兄について差別された悔しさを下のふたりへの教育に注ぎ込んだ。もちろん金銭的にも。次兄の中学受験成功から、周囲が掌を返したと親は言う。家族の長兄への当たりは厳しく、私も長兄が可愛そうだと思いながらも生理的嫌悪感を拭えないし将来への重い負債に見える。地方のとても歪な家庭である

から大学時代から東京でたくさん出会ってきたほんとうに何不自由なく育ってほんとうに自然に一流大学に行ったリベラルインテリ・シティボーイには引け目を感じて、結婚での家族ぐるみでの付き合いを考えると踏み出せなかった。

結局、私の周りには差別が幾重にも絡まり合って、がんじがらめにされているのだ。私の偏見まみれでしなやかさを失った精神は、そこからすり抜ける術を持たない。

彼はもうすぐ私を実家に呼んでくれるらしい。私は学歴至上主義の親に彼氏存在すら伝えていない。こんなに素敵な彼なのに。

逡巡しているうちに私には30歳の足音が聞こえてくる。

2017-02-28

プライド意識だけは高いが学力が伴ってない進学校出身の人、

高校時代同級生を焚き付けまくって東大京大入るきっかけを作りまくりながら

自分は頭足りずにいい大学いけてないってのを聞いて

ギャグマンガオチかよと思った。

つかそんなやつの焚き付け程度で東大受験を決心したぐらいのもの普通に東大行けてしまう人がいるってのが恐ろしいなあと思った。

2017-02-27

普通」の社会に過剰適応しないでほしい

残業規制にまつわる借金玉氏の言説に非常にモヤモヤしていた。というか、この頃考えていたことをまとめる良い機会になったので書いてみたい。

私もADHD自己診断をするとそれなりの数の症状に該当するうっかり者ではあるものの、たぶん薬を処方されるレベルではない。それでも例の「出力が安定しない」問題は大いに共感できる。

しかし私は効率が悪いながらに懸命に勉強し、「いい大学」に入り、希望の会社に就職した。効率が上がらないグズであると同時にそこそこの努力家でもあったと思う。とにかくここまでは良かった。

就職先では私と同じ職域の女子社員が極端に少なかった。ここで私は自分が「優れた女子なのだ勘違いした。

優れた女子なのだから、当然男の同僚とも対等に渡り合えるはずだ。むしろ女子の方が応募に対して選抜数が少なかったのだから、大半の男連中よりは優秀なつもりだった。男性より気が利くんだから、その分有利なはずだとさえ思っていた。

ある意味ではそれはその通りで、研修中の成績も上位に食い込み、周りからは大いに期待され、ここでもまた希望部署へ配属された。

問題はそこから。男の同僚連中は何かあればしょっちゅう深夜3時の残業明けに上司と一杯ひっかけてから帰る。すると次第に彼らの間にはなんとも言えない友情が芽生えていく(ように見えた)。そして年度末の評価や配置に微妙な影響が出る。もしも私に悩みがあったとしても日中の別室に上司を呼び出すしかない。そして上司の貴重な業務時間を圧迫し嫌な顔をされる。女の上司はいないし、いたとしても深夜3時に一緒に飲んでくれるわけがない。

私の気持ちだんだん腐っていった。

とにかく仕事残業まみれで、残業した方がえらい風潮の職場だった。土日も全部仕事に使うやつがえらい、責任感がある。えらい。

それでも数年間は私も皆と同じように働いて、深夜にラーメンを食べに行ったり雀荘に行ったりする男連中を横目に帰宅しギンギンに冴えて空回る頭を持て余しながらなんとか数時間眠ってまた働くという生活をしていた。しかしついには生理が止まり睡眠障害摂食障害がどうにもならない状態となり、30を数える前に死体同然の状態になってしまった。私は負けたのだ。

そこでようやく、私は自分と同じ仕事を選ぶ女性が極端に少ない理由が分かった。

こんな所で勝負しても、割りに合わないのだ。

私は自分が選ばれた人間だと自惚れて、戦ってはいけない場所にかじりついて死んだのである

正直言ってこうなる前は、仕事はそこそこに結婚して家庭を大事に…なんて人生はつまらないと思っていた。今となっては、そういう人生の方が100倍幸せだったに違いないとも思うが、排卵の止まってしまった私にはもう手に入らない可能性が高い。二兎追うものはなんとやらで、そっちの「普通」も今の私には望むべくもないのだ。何度考えてもまだそのことはまだ整理がついておらず、心がヒリヒリする。

とにかく、会社は男が作った場所から、男に有利にできている。同じように、健常者が作った場所から障害がある人には不利にできているとも言えるだろう。

普通」に仕事をするのが難しい人たちに言いたい。無理して「普通」の土俵勝負する必要なんかないはずだ。どこまでいっても、体力があって健康で育ちのいい人が勝つ。無理して心身をズタボロにしたりして、そんな自分だけを肯定するのはやめた方がいい。

自分人生を「普通」の人と同じ価値観断罪して、無価値だと思ったり、失敗したなんて思わなくていいはずだ。苦労するのが当たり前だなんて思わないでほしい。

そういう意味で、私は会社員残業規制に反対する人には反対だし「じゃあ死ねっていうのかよ」って言う人に考え直してほしい。残業がないと死ぬって言っている人たちは、もし自分残業できない体になったら自分死ねって言うのだろうか?そうであってはほしくない。

適応できない理由がなんであれ、弱者区分することほど愚かなことはない。私たちは何者であれ、「普通からはみ出ている者であるという一点で連帯し、互いの事情を汲んで居場所を作り、食い扶持を探し、多様性を許す社会、再配分する社会を求めていかなくてはいけない。そうしない限り、社会私たちにとって苦しい場所のままだ。そのためにはまず、既存価値観人生の成否を決めないことが必要だろう。当時の私みたいに自分だけは特別なんだなんて思いながら死ぬほど苦労して「名誉強者」たらんとすべきではない。それは立派なようでいて、安直で愚かな道だ。そういうことを、少しでも多くの人に考えてもらいたい。

そんなことを思いました。

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223151435

一部の良い高校ならともかく、一般的いい大学不登校でも点数取れれば行けるのが現実だぞ。

日本大学は入ることが出ることより重要視されるから、そっから先行って無くても高学歴高学歴なんじゃないの

少なくとも自分にはそう感じるし、そういう感覚人間低能には多いことはわかっておくべきなんじゃないか

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220203620

来ないよ。

そんなとこ覗いてるザコ労働者のお前の労働環境改善してもメリットないもん。

いい大学出て、いい会社入ったのになんで過労自殺なんてせにゃならんのだというムーブメントなのだから

浄化対象は優秀な労働者であって、間違いなくお前ではない。

2017-02-15

遺書

私は女叩きに絶望して自殺する。

冗談だと思う?本気です

ネットをやめればいい?でもネットの向こうにいるのは現実人間ネットの外でも女叩きする男の情報をいくつも読んだ。

女叩きしない男なんかほとんどいない。特に若い男は。

彼らは捏造をし、自分たちが常に被害者であると喚き、気に入らない女にはすぐに「これだからま〜んは」と顔を晒し嘲笑し、女が被害者でも女が悪いと喚き、反発すると「ま〜ん笑」と嘲笑しまくった。

バンクーバー日本人女性が殺された時、見るも絶えない下劣被害者叩き、女叩きが溢れかえった。反発するコメント嘲笑され、被害者叩き、女叩きが当たり前で正義だと彼らは言っていた。その時、日本女性に生まれるということは憎悪嘲笑性的搾取サンドバッグになるということだと知った。

女叩きを見ないサイトなんかない。はてなだってそうだ。

若年層ほど、ミソジニーに毒され救いようがなくなっていく。

そしてその若年層が、やがて政治家になり法律家になり「女尊男卑是正」の元に女を苦しめるだろう

こんな日本未来はない

女叩きを否定するコメント(できれば男性の)が見たくてネット中回った。そのたびに女叩きを目にする羽目になり傷ついた。ひどさは際限がなかった。絶望しきったと思っても、さらなる絶望に落とされた。

私はすっかりミサンドリーに侵された。ミソジニーが野放しなのミサンドリストたちは執拗攻撃されまくった。昔は男性差別にも憤っていたのに、今は男がどんなひどい目にあおうとざまぁしか思えない(だって女性被害にあうとま~んが悪いとかキチョマンとか言われるんだから)。女叩きを嫌というほど見すぎて脳に損傷ができたかもしれない。頭から離れない。笑えない。日常生活に支障が出て、いい大学に通っていたのに、立派な未来を夢見ていたのに、道も踏み外してしまった。男が怖くて就職もできない。

男の人と結婚して子供を産みたかった。でも男嫌いの私にはもう無理。万が一素晴らしい男性を見つけて結婚しても、子供は産めない。男の子なら虐待しそうだし、女の子ならこんな国で生かせるのがかわいそう。

私がこの遺書を残して死ねば、少しは女叩きは社会問題化されるだろうか。韓国の様に。日本ミソジニー軽視のされ方は異常。みんな同意してるんだろうか。

でもミソジニーどもには響かないだろう。自分たちが人を殺したとは考えもせず、「ま〜ん笑、メンタル弱すぎ」「男性差別のホーガー」「俺らのほうが差別されているのにマンコは甘やかされているからこんなことで死ぬのか(さんざん自殺率の高さを男性差別根拠にしておきながら)」「ま〜んが自殺するのは望ましいからどんどん女叩きしようぜ」ってなるに決まってる。

さようなら日本。次に私が生まれ変わる時までにはもうちょっとマシな国になるか、でなきゃ滅べ

2017-02-12

鉄道文化がここまで衰退した理由

週末に親切な大人と会話する機会があったので聞いてみたが、車文化しろバイク文化しろ、一回ボロボロになったのは珍○団といったクソどものせいだと嘆いていた。

私が小学生高学年以来当時趣味の1つにしてた鉄道趣味が滅びつつある理由がまさにそれなんだよ。

無秩序人口が増えたせいで暗黙の了解崩壊した、珍カスならぬDQNオタク名乗りをするようになって、やがて自治がうまくいかなくなった結果、

一般人から企業もろとも白い目で見られるようになり、結果、趣味が衰退していっている。

2000年代前半にはすでにそういった問題が起きていて、2010年代特に東日本大震災以降の車・バイクオタク消費旋風が引き金になって鉄道趣味はひどく腐敗した。

話変わるけど、私の小学校時代で今住んでいる神奈川北東部引越す前の大阪高槻在住時代の思い出を思い出そうと思う。

友人から忘れるように言われたので覚えていないが、今や引越し後とは比べ物にならないように貧しかったのかよく家に引きこもっていた。

1994年以前と言う(私が今年で32才になるから)あまりに昔のことなのか、引きこもり時代趣味について漫画小説アニメ以外覚えていない。

実は両親は以前からつい何年か前まで共働きで、父親地方公立大卒業の中堅か底辺作家で、引越し後はつい十年前前後まで公務員(定年退職)だった。母親は準勝ち組的な職業(定年退職かつ無転職)だったが、いい大学卒業生とは思えないほどのスケバンか不良体質で、男勝りの性格なのか偏差値のいい高校に通っていたときでさえいじめられていたこともある。(無論、不良になったり、なんとか院のお世話になったこともない)ちなみに転校はしていないと言う。

事実小学生時代にまともなドラマの代わりに不良・アウトローものアニメドラマビデオ一家全員で見ていたりしていた。内容は決して小学生に見せるべきものでなかったと思う。父親も内心呆れていたのではないだろうか。

記憶違いもあるかもしれないが、家にある当時の手記を読む限り、2000年代価値観でもオタクといえるほどに一家全員がサブカルにはまっており、ゲームオタク向けアニメなんかは神奈川引っ越した直後から見ていたと思う。

私や妹(1才違い)の幼少期と青春時代もそれで、まともな大学かつ偏差値の低くない高校(ちなみに小学校中学校偏差値はかなり低かったと思う)を出た人とは思えないほど中高生時代ある意味やさぐれており、中二病とかこじらせるような年代とかになれば同級生学校に隠れて所謂不良やギャルサー交際していたりもしていた。(一方的偏見を持たれた母親とは違って私と妹の場合中学生高校生時代の不良によるいじめに便乗したのに何も咎められていなかったというのが不思議。乗り気でなかったから救われたのか?)

要するに、元キ○ガイの子は元キ○ガイだったということ。

ちなみに、私は数年前に自ら当てたギャンブルの当たり金(両親側も過去大金を当てたにもかかわらず)を巡って家庭内トラブルになり、お金と引き換えに住む家を追い出されている。初めは1キロしかその家とは離れていなかったが、旧年の年の瀬に両親側がURに転居したようで5キロも離れてしまったようだ(別居しているだけであって、帰ってくるのは問題ないようだ)

2017-02-05

美少女とドブスが勉強すべき理由

美少女場合

 美少女いい大学に行った場合将来有望な、生涯賃金の高そうな男と出会うことができる。体育会系の爽やか系のコミュ強者英語喋れる男がいい。そこでさっさと股を開いて男をゲットしておく。有望そうなのを複数キープしておくことも大事。そして男がいい会社に入ったらさっさと中出しさせて結婚させる。自分はさっさと寿退社して専業主婦というイージーモード突入。もしいい大学に行かない場合生涯賃金の高そうな男と出会うことがそもそもできない。人生イージーモードにしたいならいい大学に入っていい男に股を開くべきだ。

 また、大学で知り合うことがなかった場合でも、いい大学に入っておけばいい会社に入りやすい。というか美少女かついい大学なのだからいい会社に入れる。男性社員結婚相手要員として。入ったら将来出世しそうな男を探し出してさっさと股を開く。そして妊娠して結婚させる。寿退社。これで人生イージーモード突入できる。

 とにかくいい大学に行けば金を稼ぎそうな男に出会える確率が上がるし、いい会社に入れば生涯賃金の高い男に出会える。そいつらをゲットしたら人生イージーモード突入して、あとは家事育児をしながら暇つぶしに小遣い稼ぎでパートでもすればいいだけ。子供大人になって自立したらあとは死ぬだけ。人生イージーモードでうらやましい。毎日奥様たちと2000円のランチしながら夫の愚痴を言ってればいい。


ドブスの場合

 ちょいブサなら需要はあるが、ドブスに需要はない。したがって自分で稼いで生きていかなければならない。寿退社という奥義は使えないのだ。

 ドブスが一生働いていこうと思うならいい大学に入っておかねばならない。もちろん高卒でもパートは見つかるが、それで一生一人暮らしはかなり生活がきつい。ドブスは一生孤独なのを若い段階で悟って、努力していい大学に行くべきだ。そしてまあまあの会社に入って出世もせずに淡々と働いていく。

 親が死んで一人になったらペットでも飼うといい。ペットを飼うにはお金必要だ。そのお金を稼ぐためにはまあまあの会社で働いている必要がある。高卒パート独身ではペットは飼えない。ドブスが勉強していい大学に入るのは当然のことだ。


顔面偏差値40-60程度の連中の話

 お前らは勝手しろ。どうせ適当に生きて適当死ぬんだからイージーモードに入りはしないが、かといってベリーハードにもならないだろう。適当にくだらない男見つけて適当結婚して適当ブサイク子供産んで適当死ぬ。そういう人生だ。お疲れさん。

[] 「なんで勉強するのか」

http://anond.hatelabo.jp/20170204225930

この手の議論は「勉強はしなければならないものである」という結論ありきのものになりがちで、それが原因で不毛な議論に陥りやすい。

けれど、この結論絶対のものではない。聖書の教えによれば、勉強は必ずしもすべきものではないし、その内容によってはかえって有害としているようにも読める。

その理由はいくつか考えられる(聖書には明示されていない)が、①勉強した人はしていない人をどうしても見下してしまうことが多く、これは愛の理念に反するからとか、②社会的成功のためには勉強必要である学歴スキル)が、キリスト教では社会的成功高収入であることが必ずしも正義ではないからとか、説明される。

これらの理由からすると、人生の慰めとなったり、信仰資するような勉強以外は大して意味がないということになるだろう。

ちなみに数学者パスカルはこれを分かっていながら確率論に惹きつけられてしま自分を自嘲する文章を著書に書いている。

ただここでは別にキリスト教の教えを説きたいわけではない。

上記のキリスト教の考え方を踏まえた上で、改めて「なんで勉強するのか」という問いを立ててみると、勉強をするかどうかというのはそこから生じる利益不利益考慮した上での一種決断に過ぎないことが分かる。

まり、上述したような不利益と、得られる利益いい大学に行ける、知的好奇心を満足させられる、自分のやりたい仕事につける等々)を天秤にかけた上での決断なのだ

勉強をしなければならない」が一つの決断に過ぎないとすれば、それを押し付けられれば当然娘さんのような反応になるだろう。

元増田はせっかくいい経験をしているのだから自分勉強をしてきて良かったこと、悪かったことを直截に伝えてやれば良かったのではないか

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