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2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316154259

いい大学出てるならまちがいなく常識的性教育は受けてる訳で

そいつらがゴムつけないのはあんたへの思いやりがないだけやぞ

つか極論すると、なんで子供が欲しくない相手セックスすんの?

ゴムをつけなくていいと言ってるんではない)

2017-03-13

就活がつらい話と世間での考えとの違いについて

去年一年就活を行ったが、内定が得られず、また3月から行っている。

この一年くらいずっとつらかったし、「就活は糞」とずっと思い続けているのだけれど、なんか世間就活うつとかの印象と自分で思った思想とかに食い違いが見られるので書き起こしてみる。

前述として:

私は旧帝大理系所属しており、今年院卒になる。つまり、18年採用には既卒

学歴は悪くないと思うが、理系で忙しかったり何たりでインターンとか、留学とかはできていない。



就活がつらいひとっていうのは主に「自分に自信がない人」である

この、自分に自信がない人が就活をするっていうのは、料理の才能がない人が「今日からあなた他人が作ってくれたもの食べれません。なお、つくった料理についてはプロ料理人にすべて採点してもらいます」と言われているに等しい。

毎日毎日不味い料理しか食べれないとそれだけで吐き気がするのに、その上、不合格不合格と数か月にわたって評価されると、かなり精神的にくる。

その点、意識高い系というのは自分能力に問わず自分の作ったどんな料理もおいしい!と言える人である


私はこの料理が下手な人だった。自己PRと言われても、自分長所が何かわからず、一日ずっと考えても何も思い浮かばなかった。下手なりに頑張った料理にて、「こんなまずものよく作れるね。なんでこんなのだそうと思ったの?」なんていちいち言われると、かなり精神的に病んだ。

いろいろネットを見ていると、「就活ぐらいで精神を病むなんておかしい」とか書かれているし、面接官に言われることを真に受ける必要はないとか出てくるけど、就活が苦手な人って、そういう自分が苦手なフィールドで戦わなければならないっていうハンデを背負ってる負い目があるので、うまくいかないんじゃないだろうか。


ちなみに、私自身、自分コミュニケーションが苦手であること、また自己PRが苦手なことは10年くらい前から自覚していた。そんな自分がそこそこの会社でそれなりの生活をするにはどうすればいいのか考えた結果、いい大学にいくしかないと思って中高でそこそこ勉強してたし、バイトサークルも頑張ってきた。

進路指導の人から受験でうまくいってても就活は別なのよね」とか、今まで人生うまくいってる人を一回叩き潰そう的な言葉を投げかけてくるけれど、逆だ!逆!なんで最初から自分が持っている相対的価値もつ長所みたいなところをつぶそうとするのもまたつらいのでやめてほしい。


しか就活なんて自己申告なので、「今まで本当は何してきたのか」よりもどれだけうまい虚言をはけるかが勝負なところもある。

知人に「特技はお菓子作り」っていってる人がいるけれど、全部目分量で作っているし。メシマズでも自分で「おいしい!」と思っとけば勝利!みたいな図も好きじゃない。

あと、就活サイトで「就活自分をどれだけごまかしても、働いててつらいだけだからね」とかいうのをしばしば見るけれど、内定を一つももらえなかった自分としては、live or deadの就活でそういうことをいうのは社会人詭弁という気がする。

そういうことを言う前にまず、服装自由とかから始めてほしい。

3年ほどスーツ必須職場バイトしていたけれど、就活ファッションの人とかいなかったよ。女性なら私服オフィスカジュアルの服とか用意できるので、自分を出して!とか訴える前に、服装自由とかから始めたほうが個性ができる気がする。



以上。

2017-03-10

都会の中で地方出身と告げる負い目(学生バイト

「あっ○○の出身なんですね」

出身を聞かれてるだけなのに、実家貧乏であることを白状させられてる感じ、嫌いだ

というか東京実家暮らしで楽に入れるけどある程度名の通る大学学生やりながら余暇バイトしてるこいつらに憎しみを覚える


地方には仕事がない、ふさわしい大学もない

マイルドヤンキー高卒社会人)になるつもりがなければ必然都市部大学に進学するのが地方の常だ

東京大学生をやる為の生活費がそうして実家からは出て行く


一人暮らし大変ですもんね」

貧乏人は大変だな、とすら聞こえる

大した労力ではないが毎日家事リソースが減っていく

生活費の為に時間を切り売りさせられ、勉強時間が足りない

ぬるい文系にでも進めば良かったのかもしれない、と信念を曲げた後悔もしたくなる


自分自分なりに頑張って実績ある大学に入ったからそれでいいじゃないか、とも思う

だが東京出身者はその大学に至るまでで、自分学力に合った環境いくらでも選べる

東京出身者は人種サラダボウル、低収入の見本市たる公立中で生活をしなくていい

アホに合わせて勉強をしなくていい


地方にはそもそも公立中学高校しか存在しない

私立は学区に一つ、公立に落ちたときの受け皿という程度でそもそも併願という概念がない

東京私立でも細かく段階的に学校があるし、公立と合わせて同じ学力帯でも選択肢が多い


子供東京へ送り出すのに必要費用で、習い事をさせてもらえたかもしれない

音楽スポーツ語学その他諸々

やったからと言ってプロになれるわけでもないだろうが、やった分だけ色んな場面で世界をほんの少し楽しみやすくなる為の踏み台にはなっただろう


用意された環境で伸び伸びと世界を満喫してるこいつらと、何かを拗らせて世界をつまらなくしてる自分

東京出身者の通ってる大学を聞くとこの先の就職で俺が逆転することもなさそうだ

もし東京出身だったら…

ほんの少しいい大学に通えて、ほんの少し楽しく毎日を過ごせたかもしれない


中高一貫だったんでー」

日常会話を重ねるたびそのほんの少しが心底恨めしい

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-03-04

貧乏低学歴彼氏のいる院卒アラサー女は私だ

職場出会った業者男の子と付き合っている。顔が好みで、若いのに仕事も良くできるところに惹かれて私からアプローチした。

彼氏は謎の大学を出ている。全然いたこともない名前だったので検索したら、偏差値35だった。

彼氏実家貧乏だ。むかーし父親離婚してから母子家庭団地暮らし

それ聞いても、「ふーん」としか思わなかった。話していて機転も効くし身なりもきれいだった。

でも、付き合ってそろそろ1年ぐらい。戸惑いを隠せない。

彼の家族や親戚はみんなブルーカラー。彼も高校定時制に行って働くつもりだったけれど、節目節目でお母さんに「普通科高校に行きなさい」「大学に行きなさい」って言われて、底辺私立高校Fラン私立大学に推薦で入ったらしい。

一方、両親が地方公務員の私は、兄の背中を見て自然中学受験して田舎トップ校に行き、東大目指して浪人までして、東大実戦も東大オープンもA判定無双してたのに、本番では早稲田まで落ちて都内国立女子大入学。一生もの学歴コンプレックスを負った。大学院東大にいったが、所詮ロンダリング

勉強していい大学出ないと貧困連鎖は止まらいから、私が彼なら遮二無二机に向かうだろうし、せめて地方国立大に行くんじゃないだろうか。高校公立を目指して努力するだろう。彼の人生選択が、ほんとうに想像付かない。

案の定、いまわたしはダラダラ公務員やって、彼のほうがよっぽど忙しくて難しいことやってるのに、収入はたいして変わらない、というかいずれ私のほうが稼ぐようになる。

私なんか東大でも早慶でも国公立医学部でもないか友達の中ではダントツ低学歴だし、大学院の同期の中でも一番の低収入なのにおかしな話だ。

私の実家では、夜遅くテレビ禁止だったし、家に本棚がいっぱいあって、そこから好きなものを選んでは読んでいた。今も図書館に行くのとAmazon書籍を買うのが好きでテレビはそろそろ捨てたい。

彼氏の家に行ったら、本棚がなかった。世帯用みたいに大きなテレビが鎮座してて、彼は帰るや否やスイッチを入れる。しかも何を見てるわけでもない。久々に覗かされた番組からは、無駄な雑音とポリティカルコレクトネス概念存在しないかのような悪意のない差別が垂れ流されていた。テレビの前のふたりの会話は、断片的で、どこかに流れていった。

政治観も私も私の友達もみんなゆるやかな左派なのに、彼はネウヨだ。「そんなのは教育のない人がいうことだよ辞めて。」ってたしなめそうになって、言いようもなく虚しくなった。

友達からは「何でその層と出会ってしまたかなぁ…」って呆れられた。私も、生きてる社会レイヤーが違うなぁって時々思う。「深入りする前に別れなよ。どうせ話のつまらなさに我慢できなくなるよ。」「将来、子ども受験のことで揉めるよ。」とも言われた。

それでも離れられないし、愛おしい気持ちが溢れるのは、彼が優しくて、しかも何の遠慮もいらないから。

私もそうだけど、言葉ラリーで遊んでる人間は、たいてい表面だけ合わせて裏では舌を出してる。気遣い言葉に心がこもってないのは、高度な脊髄反射と言ってもおかしくないレベル趣味とか生活スタイルとか、変なとこには拘って逆に常識から無頓着

彼のことばはとき愚鈍とき陳腐だけど、私を値踏みせず受け入れてくれて愛情深い。私が提案したことに「いいね、すごいね」って賛成してくれる。友達といるときみたいに笑いすぎて死にそうになる事はないけれど、穏やかに甘えさせてもらっている。そして、家事をそつなくこなしたりパソコンを直したり、彼にしかできないこともたくさんある。私が女性からという理由でサブに回らせたりも、絶対にしない。

具体的に話せば話すほど、私が彼をワカラナイとしてるところも好きなところも、知識基盤社会を盾にした弱者への差別とその合わせ鏡ではないかと情けなくなる。

大学院社会科学を齧り中道左派を気取って、格差社会とか子ども貧困とかに心を痛めているはずだったのに。大好きな日本国憲法にも差別ダメ絶対って書いてたのに。彼の環境にも人生選択にもほんとうに想像が及ばないのだけれど、それって、心理的に橋をかけるべきところに壁を作っているのは、私だ。

逆に彼は、正論を吐くふりをして、素朴にヘイトを連ねる私といて息苦しくないのだろうか。

私には兄がふたりいる。次兄は東大卒で、長兄は知的障害者だ。親は、長兄について差別された悔しさを下のふたりへの教育に注ぎ込んだ。もちろん金銭的にも。次兄の中学受験成功から、周囲が掌を返したと親は言う。家族の長兄への当たりは厳しく、私も長兄が可愛そうだと思いながらも生理的嫌悪感を拭えないし将来への重い負債に見える。地方のとても歪な家庭である

から大学時代から東京でたくさん出会ってきたほんとうに何不自由なく育ってほんとうに自然に一流大学に行ったリベラルインテリ・シティボーイには引け目を感じて、結婚での家族ぐるみでの付き合いを考えると踏み出せなかった。

結局、私の周りには差別が幾重にも絡まり合って、がんじがらめにされているのだ。私の偏見まみれでしなやかさを失った精神は、そこからすり抜ける術を持たない。

彼はもうすぐ私を実家に呼んでくれるらしい。私は学歴至上主義の親に彼氏存在すら伝えていない。こんなに素敵な彼なのに。

逡巡しているうちに私には30歳の足音が聞こえてくる。

2017-02-28

プライド意識だけは高いが学力が伴ってない進学校出身の人、

高校時代同級生を焚き付けまくって東大京大入るきっかけを作りまくりながら

自分は頭足りずにいい大学いけてないってのを聞いて

ギャグマンガオチかよと思った。

つかそんなやつの焚き付け程度で東大受験を決心したぐらいのもの普通に東大行けてしまう人がいるってのが恐ろしいなあと思った。

2017-02-27

普通」の社会に過剰適応しないでほしい

残業規制にまつわる借金玉氏の言説に非常にモヤモヤしていた。というか、この頃考えていたことをまとめる良い機会になったので書いてみたい。


私もADHD自己診断をするとそれなりの数の症状に該当するうっかり者ではあるものの、たぶん薬を処方されるレベルではない。それでも例の「出力が安定しない」問題は大いに共感できる。

しかし私は効率が悪いながらに懸命に勉強し、「いい大学」に入り、希望の会社に就職した。効率が上がらないグズであると同時にそこそこの努力家でもあったと思う。とにかくここまでは良かった。

就職先では私と同じ職域の女子社員が極端に少なかった。ここで私は自分が「優れた女子なのだ勘違いした。

優れた女子なのだから、当然男の同僚とも対等に渡り合えるはずだ。むしろ女子の方が応募に対して選抜数が少なかったのだから、大半の男連中よりは優秀なつもりだった。男性より気が利くんだから、その分有利なはずだとさえ思っていた。

ある意味ではそれはその通りで、研修中の成績も上位に食い込み、周りからは大いに期待され、ここでもまた希望部署へ配属された。

問題はそこから。男の同僚連中は何かあればしょっちゅう深夜3時の残業明けに上司と一杯ひっかけてから帰る。すると次第に彼らの間にはなんとも言えない友情が芽生えていく(ように見えた)。そして年度末の評価や配置に微妙な影響が出る。もしも私に悩みがあったとしても日中の別室に上司を呼び出すしかない。そして上司の貴重な業務時間を圧迫し嫌な顔をされる。女の上司はいないし、いたとしても深夜3時に一緒に飲んでくれるわけがない。

私の気持ちだんだん腐っていった。

とにかく仕事残業まみれで、残業した方がえらい風潮の職場だった。土日も全部仕事に使うやつがえらい、責任感がある。えらい。

それでも数年間は私も皆と同じように働いて、深夜にラーメンを食べに行ったり雀荘に行ったりする男連中を横目に帰宅しギンギンに冴えて空回る頭を持て余しながらなんとか数時間眠ってまた働くという生活をしていた。しかしついには生理が止まり睡眠障害摂食障害がどうにもならない状態となり、30を数える前に死体同然の状態になってしまった。私は負けたのだ。

そこでようやく、私は自分と同じ仕事を選ぶ女性が極端に少ない理由が分かった。

こんな所で勝負しても、割りに合わないのだ。

私は自分が選ばれた人間だと自惚れて、戦ってはいけない場所にかじりついて死んだのである

正直言ってこうなる前は、仕事はそこそこに結婚して家庭を大事に…なんて人生はつまらないと思っていた。今となっては、そういう人生の方が100倍幸せだったに違いないとも思うが、排卵の止まってしまった私にはもう手に入らない可能性が高い。二兎追うものはなんとやらで、そっちの「普通」も今の私には望むべくもないのだ。何度考えてもまだそのことはまだ整理がついておらず、心がヒリヒリする。


とにかく、会社は男が作った場所から、男に有利にできている。同じように、健常者が作った場所から障害がある人には不利にできているとも言えるだろう。

普通」に仕事をするのが難しい人たちに言いたい。無理して「普通」の土俵勝負する必要なんかないはずだ。どこまでいっても、体力があって健康で育ちのいい人が勝つ。無理して心身をズタボロにしたりして、そんな自分だけを肯定するのはやめた方がいい。

自分人生を「普通」の人と同じ価値観断罪して、無価値だと思ったり、失敗したなんて思わなくていいはずだ。苦労するのが当たり前だなんて思わないでほしい。

そういう意味で、私は会社員残業規制に反対する人には反対だし「じゃあ死ねっていうのかよ」って言う人に考え直してほしい。残業がないと死ぬって言っている人たちは、もし自分残業できない体になったら自分死ねって言うのだろうか?そうであってはほしくない。

適応できない理由がなんであれ、弱者区分することほど愚かなことはない。私たちは何者であれ、「普通からはみ出ている者であるという一点で連帯し、互いの事情を汲んで居場所を作り、食い扶持を探し、多様性を許す社会、再配分する社会を求めていかなくてはいけない。そうしない限り、社会私たちにとって苦しい場所のままだ。そのためにはまず、既存価値観人生の成否を決めないことが必要だろう。当時の私みたいに自分だけは特別なんだなんて思いながら死ぬほど苦労して「名誉強者」たらんとすべきではない。それは立派なようでいて、安直で愚かな道だ。そういうことを、少しでも多くの人に考えてもらいたい。

そんなことを思いました。

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223151435

一部の良い高校ならともかく、一般的いい大学不登校でも点数取れれば行けるのが現実だぞ。

日本大学は入ることが出ることより重要視されるから、そっから先行って無くても高学歴高学歴なんじゃないの

少なくとも自分にはそう感じるし、そういう感覚人間低能には多いことはわかっておくべきなんじゃないか

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220203620

来ないよ。

そんなとこ覗いてるザコ労働者のお前の労働環境改善してもメリットないもん。

いい大学出て、いい会社入ったのになんで過労自殺なんてせにゃならんのだというムーブメントなのだから

浄化対象は優秀な労働者であって、間違いなくお前ではない。

2017-02-15

遺書

私は女叩きに絶望して自殺する。

冗談だと思う?本気です

ネットをやめればいい?でもネットの向こうにいるのは現実人間ネットの外でも女叩きする男の情報をいくつも読んだ。

女叩きしない男なんかほとんどいない。特に若い男は。

彼らは捏造をし、自分たちが常に被害者であると喚き、気に入らない女にはすぐに「これだからま〜んは」と顔を晒し嘲笑し、女が被害者でも女が悪いと喚き、反発すると「ま〜ん笑」と嘲笑しまくった。

バンクーバー日本人女性が殺された時、見るも絶えない下劣被害者叩き、女叩きが溢れかえった。反発するコメント嘲笑され、被害者叩き、女叩きが当たり前で正義だと彼らは言っていた。その時、日本女性に生まれるということは憎悪嘲笑性的搾取サンドバッグになるということだと知った。

女叩きを見ないサイトなんかない。はてなだってそうだ。

若年層ほど、ミソジニーに毒され救いようがなくなっていく。

そしてその若年層が、やがて政治家になり法律家になり「女尊男卑是正」の元に女を苦しめるだろう

こんな日本未来はない

女叩きを否定するコメント(できれば男性の)が見たくてネット中回った。そのたびに女叩きを目にする羽目になり傷ついた。ひどさは際限がなかった。絶望しきったと思っても、さらなる絶望に落とされた。

私はすっかりミサンドリーに侵された。ミソジニーが野放しなのミサンドリストたちは執拗攻撃されまくった。昔は男性差別にも憤っていたのに、今は男がどんなひどい目にあおうとざまぁしか思えない(だって女性被害にあうとま~んが悪いとかキチョマンとか言われるんだから)。女叩きを嫌というほど見すぎて脳に損傷ができたかもしれない。頭から離れない。笑えない。日常生活に支障が出て、いい大学に通っていたのに、立派な未来を夢見ていたのに、道も踏み外してしまった。男が怖くて就職もできない。

男の人と結婚して子供を産みたかった。でも男嫌いの私にはもう無理。万が一素晴らしい男性を見つけて結婚しても、子供は産めない。男の子なら虐待しそうだし、女の子ならこんな国で生かせるのがかわいそう。

私がこの遺書を残して死ねば、少しは女叩きは社会問題化されるだろうか。韓国の様に。日本ミソジニー軽視のされ方は異常。みんな同意してるんだろうか。

でもミソジニーどもには響かないだろう。自分たちが人を殺したとは考えもせず、「ま〜ん笑、メンタル弱すぎ」「男性差別のホーガー」「俺らのほうが差別されているのにマンコは甘やかされているからこんなことで死ぬのか(さんざん自殺率の高さを男性差別根拠にしておきながら)」「ま〜んが自殺するのは望ましいからどんどん女叩きしようぜ」ってなるに決まってる。

さようなら日本。次に私が生まれ変わる時までにはもうちょっとマシな国になるか、でなきゃ滅べ

2017-02-12

鉄道文化がここまで衰退した理由

週末に親切な大人と会話する機会があったので聞いてみたが、車文化しろバイク文化しろ、一回ボロボロになったのは珍○団といったクソどものせいだと嘆いていた。

私が小学生高学年以来当時趣味の1つにしてた鉄道趣味が滅びつつある理由がまさにそれなんだよ。

無秩序人口が増えたせいで暗黙の了解崩壊した、珍カスならぬDQNオタク名乗りをするようになって、やがて自治がうまくいかなくなった結果、

一般人から企業もろとも白い目で見られるようになり、結果、趣味が衰退していっている。

2000年代前半にはすでにそういった問題が起きていて、2010年代特に東日本大震災以降の車・バイクオタク消費旋風が引き金になって鉄道趣味はひどく腐敗した。



話変わるけど、私の小学校時代で今住んでいる神奈川北東部引越す前の大阪高槻在住時代の思い出を思い出そうと思う。

友人から忘れるように言われたので覚えていないが、今や引越し後とは比べ物にならないように貧しかったのかよく家に引きこもっていた。

1994年以前と言う(私が今年で32才になるから)あまりに昔のことなのか、引きこもり時代趣味について漫画小説アニメ以外覚えていない。

実は両親は以前からつい何年か前まで共働きで、父親地方公立大卒業の中堅か底辺作家で、引越し後はつい十年前前後まで公務員(定年退職)だった。母親は準勝ち組的な職業(定年退職かつ無転職)だったが、いい大学卒業生とは思えないほどのスケバンか不良体質で、男勝りの性格なのか偏差値のいい高校に通っていたときでさえいじめられていたこともある。(無論、不良になったり、なんとか院のお世話になったこともない)ちなみに転校はしていないと言う。

事実小学生時代にまともなドラマの代わりに不良・アウトローものアニメドラマビデオ一家全員で見ていたりしていた。内容は決して小学生に見せるべきものでなかったと思う。父親も内心呆れていたのではないだろうか。

記憶違いもあるかもしれないが、家にある当時の手記を読む限り、2000年代価値観でもオタクといえるほどに一家全員がサブカルにはまっており、ゲームオタク向けアニメなんかは神奈川引っ越した直後から見ていたと思う。

私や妹(1才違い)の幼少期と青春時代もそれで、まともな大学かつ偏差値の低くない高校(ちなみに小学校中学校偏差値はかなり低かったと思う)を出た人とは思えないほど中高生時代ある意味やさぐれており、中二病とかこじらせるような年代とかになれば同級生学校に隠れて所謂不良やギャルサー交際していたりもしていた。(一方的偏見を持たれた母親とは違って私と妹の場合中学生高校生時代の不良によるいじめに便乗したのに何も咎められていなかったというのが不思議。乗り気でなかったから救われたのか?)

要するに、元キ○ガイの子は元キ○ガイだったということ。



ちなみに、私は数年前に自ら当てたギャンブルの当たり金(両親側も過去大金を当てたにもかかわらず)を巡って家庭内トラブルになり、お金と引き換えに住む家を追い出されている。初めは1キロしかその家とは離れていなかったが、旧年の年の瀬に両親側がURに転居したようで5キロも離れてしまったようだ(別居しているだけであって、帰ってくるのは問題ないようだ)

2017-02-05

美少女とドブスが勉強すべき理由

美少女場合

 美少女いい大学に行った場合将来有望な、生涯賃金の高そうな男と出会うことができる。体育会系の爽やか系のコミュ強者英語喋れる男がいい。そこでさっさと股を開いて男をゲットしておく。有望そうなのを複数キープしておくことも大事。そして男がいい会社に入ったらさっさと中出しさせて結婚させる。自分はさっさと寿退社して専業主婦というイージーモード突入。もしいい大学に行かない場合生涯賃金の高そうな男と出会うことがそもそもできない。人生イージーモードにしたいならいい大学に入っていい男に股を開くべきだ。

 また、大学で知り合うことがなかった場合でも、いい大学に入っておけばいい会社に入りやすい。というか美少女かついい大学なのだからいい会社に入れる。男性社員結婚相手要員として。入ったら将来出世しそうな男を探し出してさっさと股を開く。そして妊娠して結婚させる。寿退社。これで人生イージーモード突入できる。

 とにかくいい大学に行けば金を稼ぎそうな男に出会える確率が上がるし、いい会社に入れば生涯賃金の高い男に出会える。そいつらをゲットしたら人生イージーモード突入して、あとは家事育児をしながら暇つぶしに小遣い稼ぎでパートでもすればいいだけ。子供大人になって自立したらあとは死ぬだけ。人生イージーモードでうらやましい。毎日奥様たちと2000円のランチしながら夫の愚痴を言ってればいい。




ドブスの場合

 ちょいブサなら需要はあるが、ドブスに需要はない。したがって自分で稼いで生きていかなければならない。寿退社という奥義は使えないのだ。

 ドブスが一生働いていこうと思うならいい大学に入っておかねばならない。もちろん高卒でもパートは見つかるが、それで一生一人暮らしはかなり生活がきつい。ドブスは一生孤独なのを若い段階で悟って、努力していい大学に行くべきだ。そしてまあまあの会社に入って出世もせずに淡々と働いていく。

 親が死んで一人になったらペットでも飼うといい。ペットを飼うにはお金必要だ。そのお金を稼ぐためにはまあまあの会社で働いている必要がある。高卒パート独身ではペットは飼えない。ドブスが勉強していい大学に入るのは当然のことだ。




顔面偏差値40-60程度の連中の話

 お前らは勝手しろ。どうせ適当に生きて適当死ぬんだからイージーモードに入りはしないが、かといってベリーハードにもならないだろう。適当にくだらない男見つけて適当結婚して適当ブサイク子供産んで適当死ぬ。そういう人生だ。お疲れさん。

[] 「なんで勉強するのか」

http://anond.hatelabo.jp/20170204225930

この手の議論は「勉強はしなければならないものである」という結論ありきのものになりがちで、それが原因で不毛な議論に陥りやすい。



けれど、この結論絶対のものではない。聖書の教えによれば、勉強は必ずしもすべきものではないし、その内容によってはかえって有害としているようにも読める。

その理由はいくつか考えられる(聖書には明示されていない)が、①勉強した人はしていない人をどうしても見下してしまうことが多く、これは愛の理念に反するからとか、②社会的成功のためには勉強必要である学歴スキル)が、キリスト教では社会的成功高収入であることが必ずしも正義ではないからとか、説明される。



これらの理由からすると、人生の慰めとなったり、信仰資するような勉強以外は大して意味がないということになるだろう。

ちなみに数学者パスカルはこれを分かっていながら確率論に惹きつけられてしま自分を自嘲する文章を著書に書いている。



ただここでは別にキリスト教の教えを説きたいわけではない。

上記のキリスト教の考え方を踏まえた上で、改めて「なんで勉強するのか」という問いを立ててみると、勉強をするかどうかというのはそこから生じる利益不利益考慮した上での一種決断に過ぎないことが分かる。

まり、上述したような不利益と、得られる利益いい大学に行ける、知的好奇心を満足させられる、自分のやりたい仕事につける等々)を天秤にかけた上での決断なのだ



勉強をしなければならない」が一つの決断に過ぎないとすれば、それを押し付けられれば当然娘さんのような反応になるだろう。

元増田はせっかくいい経験をしているのだから自分勉強をしてきて良かったこと、悪かったことを直截に伝えてやれば良かったのではないか

2017-01-31

子どもを作った理由

http://anond.hatelabo.jp/20170131134233

費用

夫婦ともに大学受験経験者だったので、2ch大学受験板とかをリサーチして、大体この予備校のこの教師の授業を取って、この参考書やらせれば受かるだろうな、というのが見えていた。

世間でよく言う高い教育費用ってのは知識リサーチが足りないことによって予備校業界に騙されてるだけだと思う。

都内なら、中学受験では5年生の夏からSAPIXに入れて大量のプリントを親がきちんと管理してやれば中堅私立ぐらいなら簡単に受かる。

大学受験では高校2年生の部活引退から代ゼミトップ講師の授業を取らせてやれば早慶はだいたい大丈夫

いい大学入れたいだけなら、公◯とか、明◯義塾とか、高い金払って行かせなくても大丈夫だよ。

他の理由ならともかく、教育費用のために子ども作らないってのはホントもったいないと思う。



病気障害

夫婦ともにクリスチャンだったので別にそれはそれでいいんじゃないかと思っていた。大変だろうけど、それで人生が思い通りにいかなくなっても、そういうもんだろうという感じだった。

結局病気障害は持たずに産まれたので言葉に重みがないけど。



時間

本が読めなくなったり映画が観れなくなったりってのは確かにその通りなので、それが絶対嫌だとかなら子供作んない方がいいと思う。



介護

小津安二郎東京物語』とか黒澤明『生きる』を観てて、子どもに老後の世話とかを期待しちゃいかんな~と思ってた。キリスト教の教えでも、子供に期待しすぎちゃいけないってのがあるので、覚悟はしている。



メリット

ここまで元増田の挙げたデメリットについて書いてきたけど、メリットを挙げるなら、身近に自分と違う価値観人間がいるってのはいいもんですよ。

競争社会にまみれてない子どもと話していると、自分価値観いかおかしくなってるかが分かります聖書の読み方とか変わってきますホントに。

そういう子供受験競争にぶち込んでるのはどうなんだって話ですが、将来の夢聞くと大学行かせないとダメそうなんでやらしてます何だかバカみたいですが。

2017-01-29

働いてる奴ってどうみてもうつ病なわけだが何で自殺しないの?

一部の人気の優良店舗は別

そうではない官公庁とかマスコミといった

オワコン企業で働いてる奴はうつ病以外の何物でもないが

何が生き甲斐で生きているのだろうか。ちょっとだけ高い年収

さえ確保できれば、バファリン飲みまくりながら仕事してても

報われるのか?

幸せとは思えないし、そんなものになるために小さい頃から

勉強していい大学出たとかアホとしか思えない

2017-01-28

どうすればいいんだよ

彼女高学歴地元進学校主席卒業し、いい大学に入り、いい企業就職して頑張って働いている。

俺は低学歴Fラン私立に入るも、在学中に父が亡くなり、お金が無くなって就職した。高卒だ。

家族のために必死で働き、妹を大学に入れたが、そこで会社が潰れた。無職でいるわけにはいかないと就職活動の傍らバイトを昼夜入れた。そのバイト出会ったのが彼女だ。彼女大学2年の時。

それ以来付き合いは続いている。続いてしまっている。

さっき、つまり夜の11時に、彼女友達との飲み会から帰ってきた。なんで俺は行ったんだ。なんで俺を誘ったんだ。

彼女友達は要するに高学歴で、いいところに勤めているわけだ。そりゃもう震えが来るくらいの大企業だ。俺はもうそ企業について「あそこは駄目だな」とか言えねぇ。俺のようなクズがな。完全に借りてきた猫状態だったよ。借りも借りられ、宮廷に迷い込んだ呑百姓という風情さ。人の世に 生まれしころより 呑百姓…な俺だし、とにかく金がないから、着て行くコートも…なんだろ、これ、もう5年前に「こんな感じのコートが良かった気がする」みたいな感覚で選んだものを、ひじのあたりがだいぶん貧しいことになってるやつを、着て行くしかなかったしな。来年は妹の成人式だ。女の子成人式ってすげぇよ。着物だなんだかんだで80万とかするんだぜ。妹はそんなのいらない、行かないって言ってくれてるが、何かしら写真くらいはあるべきだろうしな。それでも10万だぜ。俺の…年代物のコートは3980円だしな…無常を感じる。

圧倒的な身分の違いを感じながら俺は楽しく・・あろうと、なんとか、やっていたんだよ。でも自然、無理だろ。俺の良く知る企業の話しか出てこないのに、俺の全く知らない、口の出せない会話内容だぞ?酒…飲むしかないけど、料理も食べるしかないけど、ひたすら飲んで食べても、呑百姓ぶりを晒すだけだろ(農家の方やご先祖様、両親を悪く言うわけじゃないよ)。彼女同級生の男の彼女の超優しく恐ろしい視線を俺は忘れられねぇ。料理死ぬほど美味かった。でもきっと味はわかってなかった。

彼女は言いたいことをはっきり言う性格だ。聞いていて痛快だし、今日の集まりメンバーも、彼女の鋭い意見を聞きたかったみたいな顔をしてた。みんな社会人2年目くらいだし、ちょうど鬱憤たまるころだろうしな。7年目の俺は「なるほど」「すごい」「それはつらい」「そうだったんですか」で3時間しのぐしかねぇ。いったい俺が何を言える?バイトから社員になって家と職場を往復してベッドに倒れ込むだけの生活だ。家事母親と妹に依存している。何かを学ぶこともない。どこかに通うこともない。話題が、知識が全くないってことを突き付けられたよ。

そんな飲み会から、俺はトイレでしのぐしかないだろ。トイレに立ったら5分は戻れねぇ。はてブホットエントリーはすべて読みつくしたぞ。ブコメで偉そうなことをかける心理状態じゃなかったけどな。っていうかブコメ高学歴高収入多くね?彼らのほとばしる上流オーラは俺のMP削るよ。俺に効くよ。トランプ万歳に転じるしかねぇよこのやろー。

で、俺がトイレに行ってる間に会計が済まされるだろ。驚くべきスマートさだよ。こういうところからしてすでにモノが違う。店を出るとき、俺はこう言うわけだ「あ、え、お会計…あ、うん、ありがとう…」てな。わかっちゃいたよ。彼女の友人Bがすごいスマートさで会計から戻ってきたのを俺は見たからな。かっけぇよ。わかっちゃいたけどどうすりゃいいんだよ。俺の二倍、下手すりゃ三倍稼いでる彼らにさぁ。何をしてもアウト感あるだろ。神は俺に何を望んでいるんだよ。

二次会は無理だろ。「明日仕事なので」で退場だろ。酔った彼女に「えーーーーなんでーーー?」と絡みつかれてもそこは、丁重彼女のことを託して去る。

イケメンBが会計から戻り、「何、何の話?」と個室に戻った時のことを思い出してみろよ。俺はすぐに戻るとイケメンBの気遣い台無しにするかと様子をうかがってたんだよ。イケメンBにイケメンA応えて曰く「なんで(俺の彼女)はあの人と付き合ってるのか聞いてた」だぜ。カウンターにいる店員さんが俺を憐れんだ目で見ている視線を感じたよ。彼女はなんて答えたんだよ。「うわ」とイケメンBがおどけながら興味津々に扉を閉めたからな。聞こえねぇよ。この場合、どうすべきなんだ?何より恐ろしいのがイケメンABの彼女たちだな。俺はもう、あんなやさしいもてなしは受けたくない。

まぁ言えばな。彼女あんまり男に好かれないタイプなんだよ。美人てわけでもないしな。俺は好きだけど。それも自信がなくなってきた。彼女、すげぇ威勢がいいんだよ。威勢っていうか、勢いっていうか、すごいポジ。で、本人は気づかぬままに相手の男のコンプレックスを刺激してしまタイプ。付き合い始めたきっかけも、バイトの中で完全に孤立した彼女に俺が近づいたのがきっかけだし。一般的に「バイト女の子」には媚と愛嬌を求めるからな。彼女はそれを全部はねのけ、結果孤立するもそれを意に介さない人だ。付き合い始めてから彼女高学歴だと知った。多分あれ、店長彼女学歴のことに含みがあって孤立誘導してたな。まぁその気持ちもよくわかる。自己防衛みたいなものからな。

俺はもはや彼女と別れるべきなんだろうな。ずっと前から思ってたけど。

なんでかっていうとさ。

学歴釣り合わなさとか、圧倒的な経済格差とか、家庭環境とかというよりは、俺が持たないからなんだろうな。なんか、このままだと、復讐のために彼女を拘束して結婚しそうだしな。俺と付き合い、結婚することで、彼女は友人家族から「なんであの男と?」とずっと言われるわけだろう。それに喜びを覚え始めていると気づいてしまたからな。そりゃ俺も彼女にふさわしい男になりたいよ。しかしどうやら俺は、年に100万貯金するのがやっとな人生がこびりついてしまった。5年前の398のコートを着て彼女の友人に会いに行く男であってしまった。つれえ。マジでつれえ。泣きてえ。

彼女高校同窓会から帰ってきて、俺に言った愚痴がいてえ。「いい大学出ても、人の気持ちを察せないならそれはだめだよね」みたいなことを暗に言われたんだと。でそれに対して彼女が思うには「努力して得たものバカにして、見下して、『人間として』とかいい気になって説教とか、お気楽な娯楽を楽しめてうらやましいわ」ってな。俺はなんて答えりゃいいんだろうな。彼女努力して手に入れた。俺は努力してない。俺も楽しんでしまうかもしれない。いや、すでに楽しみ始めている。

俺は家事もできないからな。母と妹に頼りっきりだ。専業主夫ってわけにもいかんしな。なんか、何もできねぇな。金稼ぐっても、病気でもしたらそれで終わるしな。俺は何なんだろうな。彼女でなく、もっと、こう、普通の、いや普通なんて高望みじゃなく、女の子と付き合ってればよかったってわけでもないんだろうな。生きてて、働いて、年に100万貯金する…。もう不安しょうがねえよ。

とか書いてたら彼女からLINE来た。3jかいか。行ってらっしゃい。気遣ってくれてありがとうな。

みんなこんな日記読んでくれてありがとうな。いい週末にしてくれな。

2017-01-25

母と母の両親で暮らす一軒家に父親が婿入りする形で両親が結婚

私と下の兄弟が生まれるも、何かと折り合いが悪く、私が小学校低学年のころ父が家を出ていく。

数年後同居が再開するも、両親はいがみあい喧嘩が絶えず、私が高3の時に再び別居。

その際、母は「もうこれで出て行ったら、二度と元には戻れないから」と言ったらしいけど、それでも出て行った。

これを人に説明すると「お父さん可哀想」と言われる。

でも父は本当に勝手な人だった

「親のいいなりになるなよ」と言うくせに私が予備校に通わないことに対してずっとネチネチと怒っていたし

テレビを見ているとすぐ「こいつ在日」とか「草加だよ」とかいうし

ツイッター陰謀論リツイートしまくったり、政治家に対して「氏ね!」とか言ってるヤバい感じの人になっていった。

年末年始勝手に一人で実家帰ったりしてたし

家族旅行しててもいきなり電車に乗ってどこかへ一人で行ってしまったりした

私はもう、我々が家族揃って暮らすことは無理だと思ったし、父親が出ていくことを止めなかった。どうぞさようならと思った。

そんで、母はメンヘラ化するわ、父は全く人の話を聞き入れないわで関係がズタズタになってしまっているにも関わらず、父方の祖父母も、母方の祖父母も全く離婚を許さない状況。

母は新しい彼氏がすでにいて、毎日ずっと彼氏電話している。私と二人で出かけていても。

どうしたらいいのかわからない。もう自分気持ちも分からなくなった。

少なくとも母の味方でいさせてほしいのに、さすがに彼氏がいたらまずいだろうと思う。堂々とするのは離婚してからにしてくれよ。まじで勘弁してくれ。

とにかく早く家を出たいということだけ。一人で暮らしてみたい。

でも、そしたら母親彼氏が家に住み着きそうで嫌だなと今は思う。

祖父母は私に家や土地を継がせる気マンマンで、なかなか逃れられそうにない。

とりあえずいい大学入ったけど、就職しくじってもう一年やることにした。

なんかもう疲れた死にたい

多分今の所お父さんのおかげで一応生活できてるのがまた申し訳なくてつらい。

生きててごめんなさい。

2017-01-11

ヘイトクライムに走りやす日本人と「負の国際化」

日本人ヘイトクライム賛同する人が増加しているニュース

こういうのを見ると反射的に「品がない」と思ってしまう。

差別好きな人って、どういう人生を送ってきているんだろうか?

自分の周りに、差別好きな人はいない。差別と言ってもゆるいいじめみたいな程度だ。

周りにいないどころか、ヘイトにはしる思考もわからない。

憎悪に走ったところで、何も解決しない。疲れるだけで、コストに見合わない。

そもそもそれほどの怒りが湧いてこない。

それは自分いい大学、いい会社、いい家庭、いい故郷という人生を送ってきたからんじゃないかと思う。

ヘイトクライムに走る人がいるのって、底辺だったり、元不良だったり、やはり暗い世界を感じられるところだ。

環境の差、教育の差、生活の余裕の差だと思う。

となるとこれは、排外感情が既に日本人が輸入してしまったと言うことなのかもしれない。

私の記憶する限り、排外運動はここ数年日本で発生したばかりのことだ。

国際化が進む一方で、心が荒んだ人間が、ヘイトに走るようにある。

十分な生活ないし教育を受けていないと、自然科学的な論理思考が出来ず、ヘイトに走るようになってしまう。

そう考えるとヘイトクライムをしている人っていうのは「国際化問題当事者」であり、外国人差別を見ると、社会の歪みが見えてくる。

2017-01-09

子ども学費は何のため?

いい大学を出て、道を踏み外すのは幸せか? という話

http://blogos.com/article/204980/



最終的に家を出て自立するであろう子ども学費を親が出す意味なんてあるの?

費用対効果とか考えるなら、そもそも親の、子どもに対するゴールってなんだろう。

2017-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20170104091828

還元する義務とか、本気で言ってるならやばいよね。

自分社会的信用を維持するために言ってるのであって、本心ではないと信じたい。

働きたくて働いてるやつなんていないと思うんだが、やっぱ頭いい大学のやつらは考え方が違う人種なんだろうか。

2017-01-01

東京はいい街だ

東京に来て、私の人生は何もかも変わった。

東京暮らし始めるきっかけは、大学進学だった。あんまり頭のいい大学じゃなかったけど、第一志望だった。

私は実家を出たかった。両親は私のことを本当に大切にしてくれていたけれど、だからこそ家を出たかった。

でも、家を出て大学に行きたいけれど、どこに行きたいとかは特になかったのだ。やりたい勉強もなかったし、そもそも勉強ができたわけじゃないから、大学を選ぶという意識よりは入れる大学を探すという意識が強かった。

そうして大学を探していると、やっぱり東京には大学が上から下まで数多くあって、私はその中で一番入りやすそうな大学第一志望にした。だから東京にこだわりがあったわけでもなかった、最初は。

両親も特に反対はなく、私を応援してくれた。そんな両親の気持ちがありがたかたから、私はますます家を出たくなった。

そして第一志望に無事合格し、東京に行くことが決まった。両親は、心配からと言ってちょっと無理をして防犯マンションを探してくれた。ただただ家から出たいだけの私はなんだか申し訳なくなったけど、そこは両親に甘えることにした。

そして上京して、私の人生は激変した。

細かく語ると本当に長くなるからやめておくけど、価値観グルグルした。3分待てば次の電車が来るのとか、新宿高層ビル群とか、表参道ブランド店街とか、それまで私の世界になかったものが次々に目に飛び込んできた。この世界には私の知らないものがある、って、初めて本当にわかった。

から地元にはなさそうなバイトを選んで、いろいろやってみた。何かの店員さんみたいなバイト絶対にやらないって決めて、その代わりドラマエキストラ役とか、イベントコンパニオンとか、綺麗なオフィスインターンみたいなバイトをたくさんやった。Facebook友達はどんどん増えていって、しか結構すごい人もいたりとかして、本当に自分の知らない世界が見えたし、自分キラキラしてるって本当に思えた。まるで生まれ変わったみたいに。

就活の時だけ、ちょっと両親とぶつかった。私はこのまま東京就職するつもりでいたけど、両親は地元に帰ってきて欲しいみたいだった。

その時に両親から、なんでそんなに東京にこだわるのか聞かれた。

それでパッと思い浮かんだのは、東京キラキラしている、ってことだった。でもそんな理由で納得はしてくれないと思ったから、東京で夢が見つかったって言った。嘘ではないと思う。でも、そう言ったら納得してくれた。

就活は私の大学くらいのクラスだと苦戦するよ、って高学歴な知り合いの人達が教えてくれたし、確かにエントリーシートとか通らなくて大変だったけど、最終的にはつながりのあった人からの紹介で就職が決まった。これは本当に運が良かったと思ってる。

本当に、私は東京でたくさんのものを手に入れた。もしも家を出たいと思わず地元大学に行っていたら、今ほど私の人生キラキラしてなかったと思う。

東京には、私の人生になかったものがたくさんあった。だから東京はいい街だと思う。

ねえ、お父さんお母さん。

この街で私は本当に変わったと思う。

大嫌いだと思っていた自分を好きになれた。

きっとこれは、家にいたままじゃできない変化だったと思う。本当に最後まで、ありがとう

2016-12-31

えらい人

親の知り合いの子が、毎日1時間かけてチャリ高校に通っていたらしい

雨の日も風の日も毎日毎日

うちでは何かあると、毎回その話を聞かされて

「○○さんとこ子は毎日自転車学校通うくらいえらいの、あんときたら…」

とかなんとか愚痴られる

マジで意味わからん



バス電車も通ってるのに、わざわざチャリ学校行くことがえらいのか?

親の負担が減るからかもしれないが、学生の本分は勉強することだろう

の子が通ってるのはそれなりの進学校

じゃあ、勉強頑張っていい大学に入ることが、一番親のためにならんか?

それが一番えらくないか

チャリ無駄な体力使う余裕があったら勉強しろ

スズメの涙ほどの交通費を浮かして何の得がある



どこの大学受かったとか聞いてないから、大した大学は行ってないと思う

結局、その子はただ毎日チャリに乗っていただけ

からしたら勉強してないただの怠け者だ

それをえらいという神経が分からん

2016-12-30

うそろそろ親の期待に応えられなくなってきた件

5歳くらいまではかなり我儘と反抗で親を困らせていました。自分のやりたいことを正確に伝えることが正しいと思っていました。

6歳になったとき、親の言うことに対して素直に頷けば楽になることを知りました。物分かりのいい子になりました。

小学生になるとテストの点数や運動神経について求められるようになりました。あまり頭は良くなかったけれど、何とか名の通った中学に入ることができました。

中学生になるとさら学校の成績について求められるようになりました。授業のレベルが高くついていけないことも多かったし、何より自分努力が足りなかったこともあり、成績は悪かったです。エスカレーター式で高校にそのまま入学することができました。

高校生になるとだんだん要求に応えられなくなりました。1つは理系に行かなかったことです。本当に興味を持てませんでした。今でも言われ続けている叶えられなかった要求でした。そしてもう1つ、大学受験に失敗してしまったことです。文系ですらいい大学には入ることが出来ませんでした。

親は私にたくさんお金投資したのに私はその期待に応えることができなくて申し訳ない気持ちになりました。でも勉強ことなら、期待に応え損ねてもやり方があるから解決方法があるような気がしていました。

ところが大学生になると今までとは全く違った要求をされるようになりました。女性らしい服装、しぐさ、愛嬌や異性関係などです。自分の着る服はセンスがなく、体型もだらしないのだそうです。交際積極的にするよう言われましたがやり方が分からないでいます。今まで応えられなかったことがあるからこそ何とかこの要求に応えようと思って大学時代過ごして来ましたが難しそうです。交際も出来ないのに今後、結婚子供などどんどん応えられないことが溜まっていくと思うと先が暗いです。

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