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はてなキーワード: 忌避とは

2017-05-27

隷属的被差別者忌避被差別者

※どう言ったらいいのわからないので造語だらけです

世の中の差別には2種類ある(と思っています)。

1 「おい、焼きそばパン買ってこい」という、隷属的な労働強制させる隷属的差別

2 「お前が触った焼きそばパンなんて汚くて食えるか。自分で買ってくる」という、忌避的な差別

私は学生時代忌避差別にあってきました(比較的弱め)。

そして、社会人になると、「労働」を強いられます

そこで問題なのが、今まで散々「お前が触ったものは汚い」扱いされていたので

物を触る、仕事内容に手を付ける、コミュニケーションをすることに対して

「私めが触ってもいいのでしょうか?いやよくない」と躊躇してしま

「何故やってないんだ!」「運んでって言ったよね?」と怒られてしまうことがしばしば。

私がサボっているのだと見られます

結論:早く隷属的被差別者になりたい

(書きかけ)

2017-05-26

801お姉様方にとって創作センシティブかへの返答

まりは何か? 801お姉様がたにとって自分の書いた作品は「個人の病歴」に匹敵するセンシティブ情報だと。まあ一種病気かもしれんが……に対するいち腐女子見解です。

id:t-tanakaさんの、https://togetter.com/li/1113822 こちらの記事トップブコメです。

個人の病歴に匹敵するかはともかくとして、センシティブであることは、一部の腐女子にとっては、その通りです。

私に限って言えば、幼い頃から、私が男女の恋愛に興味を持つことに対して、親がとても否定的でした。少女漫画を読むと「あんたもそういうのに興味を持っちゃうのね〜」と失望言葉を投げかけられました。

アニメキスシーンは、「こういうの好きなの?」とからかわれました。

恥ずかしかった。悪いことをしたようで、恥ずかしくてたまらなかった。

たぶん私だけの極地的な話でなく、女の子は、男の子より、「性と愛」を抑圧される傾向にあると思います

男の子は、母親に部屋を掃除されたらエロ本あいうえお順に並べて本棚にあった、なんて笑い話になるけれど、女の子はなかなかそうもいかないですよね。

いま、社会人になって、もはや親に趣味を鑑賞される年齢でもありません。でも、今でも、男女の恋愛に対する忌避感は引きずったままです。

そこで私が見出しユートピアBLでした。

私自身の「女の生臭い身体」と無縁の世界キスセックスも、そこには自由がありました。

夢中で創作しました。ある種の開放感がありました。

みなさんにはないでしょうか。それが幻想であることを前提に、心が癒される空間って、ないでしょうか。

その世界に無機質なメスを入れられて、解剖されるのは、私はつらいです。

論文分析された文章を読んで、悲鳴をあげそうになりました。私のユートピア病理)はもはや観察され解剖され研究対象とされてしまったのです。

もちろん、どの腐女子もそうだとは言いません。この研究の是非も私にはわかりません。

なぜ一部の腐女子忌避感を示すのか、その一例として書いてみました。

2017-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20170525144624

確かに、男性の比ではないくらい弱いね

恋愛脳は男性の方が圧倒的に多いし、その程度も強い

エリート女性にとっちゃ結婚のものは面倒が増えるだけでデメリットばかりってのは他増田が言ってる通りなわけで、

なのに彼女らが結婚したい動機ってのは大方「地位結婚子供も手に入れた勝ち組女になりたい」というものなわけだよ

なので無能イケメンなんかじゃそんなのは満たされない

結婚においても勝ち組になれないなら、つまり他の女性から羨望の目で見られるようなエリート男性との結婚でないのならやる意味ないの

他の女に忌避されるような男と結婚したって「いくら仕事出来ようが、結婚あんなのとしか出来なかった喪女だろ」扱いにしかならん

そうなるくらいなら独身の方がまだ「最初から結婚に興味なし」という恰好がつく

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519121713

から心ある紳士たちが、痴漢をすることによって、女性電車への忌避感を与え、少しでも満員電車を解消しようとしているのではないの?

この条約が締結される頃の東アジア世界は、近代国際法を掲げながら、実際には弱肉強食を旨とする西欧列強が浸透してくる時期にあたる。当時朝鮮は清の冊封国であったが、鎖国政策を国是としていたため、国際交流は非常に限られていた。しかしそのような朝鮮にも1860年代以降国際化の波(外圧)が押し寄せ、海上から西欧諸国が訪れるようになる。朝鮮西欧列強との出会いは、概ね芳しいものではなかった。たとえば1866年にはフランス軍キリスト教徒虐殺事件丙寅迫害)の報復として軍艦7隻総兵力1000人で朝鮮江華島攻撃占領する丙寅洋擾が発生し、1871年にはアメリカ合衆国ジェネラルシャーマン事件1866年発生)の報復として軍艦5隻総兵力1200人艦砲85門で朝鮮江華島攻撃占領を行っている(辛未洋擾)。丙寅洋擾と辛未洋擾は朝鮮通商を行うための侵略であったが却って斥和碑を建てるなど攘夷につながった。

当時朝鮮政権を担っていたのは高宗の実父興宣大院君である清朝から西欧列強情報を得ていた大院君は、断固として鎖国を維持する姿勢を貫いた。これは中国における西欧側の非道を知ったこともあるが、朱子学以外を認めない衛正斥邪という思想政策積極的に推し進めたことから分かるように、大院君は中華思想的発想の持ち主であり、その点から西欧諸国夷狄視していたことも理由の一つである。その強い姿勢は「西洋蛮人の侵犯に戦わない事は和議をする事であり、和議を主張することは売国行為である」と書かれた斥和碑を朝鮮各地に建てたことに窺うことができる。このように当時の朝鮮では攘夷熱が高まっていた。

また朝鮮では、文禄・慶長の役時に、中国朝鮮を守ったため、今回も中国朝鮮を守ってくれるに違いないという立場であり、小島毅は「中国東アジア全体にとっての親分だというのが朝鮮認識ですから親分である中国自分を守ってもらおうとするわけですね」と述べている[2]。

日朝間の懸案:書契問題[編集]

他方、西欧列強が迫っていた東アジア諸国の中で、いちはや開国明治維新により近代国家となった日本は、西欧諸国のみならず、自国周辺のアジア諸国とも近代的な国際関係樹立しようとした。朝鮮にも1868年12月明治政府樹立するとすぐに書契、すなわち国書対馬藩の宗氏を介し送った。江戸時代を通じて、朝鮮との関係は宗氏を通じ行われてきたためであるしか国書の中に「皇」や「奉勅」といったことばが使用されていたために、朝鮮側は受け取りを拒否した。近代的な国際関係樹立は、はなから躓いたといえよう。

この問題は、日朝双方の国交に対する思惑がすれ違ったことが原因である日本側は従来の冊封体制的な交隣関係から条約に基礎づけられた関係へと、日朝関係を変化させることを企図したのであるが、一方朝鮮側はこれまでどおり冊封関係にとどまり、その中で日本との関係位置づけようとしていた。前近代における冊封体制下において、「皇上」や「奉勅」ということばは中国王朝にのみ許されたことばであって、日本がそれを使用するということは、冊封体制の頂点に立ち朝鮮よりも日本の国際地位を上とすることを画策したと朝鮮は捉えたのである

なお近代以前の日朝関係については朝鮮通信使に詳しい。

征韓論を唱えた西郷隆盛。ただし江華島事件及びその後の日朝修好条規締結に対して義に悖ると批判していた。

1868年以来、何度か日本から国書がもたらされたが、日朝双方の思惑の違いか両国関係は円滑なものとは言えなかった。書契問題を背景として生じた日本国内における「征韓論」の高まりに、大院君が非常な警戒心を抱いたことも一因である。また釜山においては日朝両国官僚同士が険悪となっていた。長崎出島のごとき釜山倭館限定した国交を望む朝鮮側と、対馬宗氏から外交権を取り上げて外交を一元化し、開国を迫る日本との間に齟齬が生じたのである釜山倭館朝鮮側が日本特に対馬藩使節商人を饗応するために設けた施設であったが、明治政府対馬藩から外交権を取り上げ、朝鮮との交渉に乗り出そうとした。その際、倭館をも朝鮮側の承諾無しに接収日本公館としたことから事態悪化したのである。結果、必要物資供給及び密貿易の停止が朝鮮から宣言される事態となった。

日本側も単に国書を送りつけるだけだったわけではない。版籍奉還という日本国内の難問を無事に乗り越えた1870年朝鮮との国交交渉を有利にするため、冊封体制の頂点に立つ清朝と対等の条約日清修好条規を締結した。これにより冊封体制の維持を理由に国交交渉忌避する朝鮮を、交渉テーブルに着くように促したのである

1873年に対外強硬派の大院君が失脚し、王妃閔妃一派が権力を握っても、日朝関係は容易に好転しなかった。転機が訪れたのは、翌年日清間の抗争に発展した台湾出兵である。この時、日本朝鮮出兵する可能性を清朝より知らされた朝鮮側では、李裕元や朴珪寿を中心に日本から国書受理すべしという声が高まった。李・朴は対馬藩のもたらす国書に「皇」や「勅」とあるのは単に自尊意味するに過ぎず、朝鮮に対して唱えているのではない、受理しないというのは「交隣講好の道」に反していると主張した。これにより朝鮮側の対日姿勢がやや軟化した。

条約締結までの経過[編集]

国交交渉[編集]

国交交渉再開の気運が高まり1875年交渉が行われた。日本側は外務省理事官森山茂と広津弘信、朝鮮側は東莱府の官僚交渉テーブルに着いたが、やはり書契に使用される文字について両者の認識に食い違いが生じた。この他森山洋服着用など欧米スタイルを貫こうとする姿勢朝鮮側が嫌悪感を示したことで交渉ははかばかしくなかった。交渉の停滞に業を煮やした森山4月には砲艦外交を行うことを日本政府に上申した[3]が、三条実美の反対があり、川村純義の建議により日本海軍砲艦二隻(雲揚および第二丁卯)が5月派遣され朝鮮沿岸海域の測量などの名目示威活動を展開した。その後雲揚は対馬近海の測量を行いながら一旦長崎に帰港するが、9月に入って改めて清国牛荘(営口)までの航路研究を命じられて出港した。

江華島事件[編集]

詳細は「江華島事件」を参照

9月20日首都漢城に近い江華島付近で、雲揚所属の端艇が朝鮮砲台から砲撃を受ける事件が発生した(江華島事件)。雲揚は反撃し、永宗島要塞を一時占領、砲台を武装解除し、武器旗章楽器等を戦利品として鹵獲した。この事件における被害は、朝鮮側の死者35名、日本側の死者1名負傷者1名(のち死亡)であった。事件朝鮮側が日本海軍所属軍艦と知らずに砲撃してしまった偶発的なものとされ[4]、この江華島事件の事後交渉を通じて、日朝間の国交交渉が大きく進展した。

条約交渉における日本側の基本姿勢[編集]

ボアソナード

明治政府のお雇い外国人ボアソナードは、事件を処理するために派遣される使節への訓令について、以下を決して朝鮮に譲歩すべきではないと具申した。

釜山・江華港を貿易港として開港する。

朝鮮領海航行の自由

江華島事件についての謝罪要求

またこれらが満たされない場合軍事行動も含む強硬外交姿勢を採ることをも併せて意見している。これらの意見ほとんど変更されることなく、太政大臣三条実美を通じて訓示に付属する内諭として使節に伝えられた。さら朝鮮に対する基本姿勢として、三条はこの江華島事件に対して「相応なる賠償を求む」べきとしながら、使節団の目的を「我主意の注ぐ所は、交を続くに在るを以て、・・・和約を結ぶことを主とし、彼能我が和交を修め、貿易を広むるの求に従ひときは、即此を以て雲揚艦の賠償と看做し、承諾すること」だと述べていた(強調、加筆者)。これは欧米列強干渉を招かないよう配慮すべし、という森有礼の言が容れられたものである

さらボアソナードのいう軍事行動も含む強硬外交姿勢も、日本は忠実に実行に移している。使節団一行には軍艦兵士の護衛がつき、威圧効果朝鮮側に与えようとした。また交渉が決裂した場合に備え、山縣有朋山口県下関に入り、広島熊本両鎮台の兵力をいつでも投入できるよう準備していたのであるさらにいえば、日本砲艦外交姿勢は無論朝鮮の屈服を促すものであったが、同時に日本国内の「征韓論」を唱える不平士族の溜飲を下げることも狙ったものであった。

ただこのように軍事的高圧な姿勢を表面上見せながら、当時の日本は軍費の負担という点からいって、戦争が好ましいとは考えていなかった。また戦争の発生がロシア清朝の介入を許すきっかけになるかもしれず、その点からも極力戦争は避ける考えであった。

以上をまとめると日本側の交渉の基本姿勢は、以下の二点に集約される。

砲艦外交を最大限推し進めながら、実際には戦争をできるだけ回避すること。

江華島事件の問罪を前面に押し出しながら、実質的には条約を締結し、両国の懸案で長年解決しなかった近代的な国際関係樹立すること。

また対朝鮮政策は、実質的には朝鮮宗主国である清朝政策でもあり、清朝干渉をなくすべく事前に清朝の大官たちと折衝を重ねることも日本は行っている。19世紀欧米列強アジア侵略に対抗するため、清朝朝鮮ベトナム琉球などの冊封国保護国化あるいは併合することによって皇帝を中心としたアジア伝統的な国際関係をそのまま近代国際関係へと移行させて清の地位と影響力を保持しようとし、冊封国に対して保護国化、モンゴルチベット新疆などの保護国に対しては植民地化を強めようとしていた。

この時期の東アジアは、日中朝そして西欧列強の間における複雑な絡み合いが相互作用する場が形成されつつあった。日朝間の国交交渉再開もその結果としてもたらされたものであると同時に、また別の歴史事象の原因でもあったのである

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

2017-05-10

ペドフィリア権利(deviltruck2010氏への批判

こんなツイートを見ました。

正直、辟易します。

確かに「批判すら受けない権利」を要求しているような語り口の人もいるでしょうがペドフィリアにも不当な批判に抗議する権利は当然あるでしょう。

しかし、本当にペドフィリアは不当な批判に晒されているのか?」

はい

こういうのがまさにそうです。

ペドファイル男性っていわゆる「ネット右翼」みたいなもので”

パンチラインですね。

「主張の極端さ故に」って、そもそもペドフィリアは主張ではないし、ペドファイル男性というのは思想集団とかではないんですが、何を仰るんでしょうか。

いや、実のところ言いたいことは想像がつきます

ペドフィリアは主張ではありません。ただし、ペドファイル公言するのは悪であるという主張には一定からの支持があります。であれば、ペドファイル公言することもまた「ペドフィリア公言することは悪ではない」という「主張」として機能し得るというような捉え方は可能です(「私は悪だ」というスタンスペドファイルも中にはいるでしょうが)。恐らくは、そのような意味での「主張」が、マジョリティから忌避」されつつも「擁護」されるという話だろうと思います

ここでは「ペドフィリア公言するのは悪であるという主張」自体の是非は論じません。個人的見解はあるのですが、まとまっていないので。

それよりも指摘したいのは、デビルトラック氏がペドファイル男性ペドファイル“を公言している”男性を同一視しているということです(それ故に、言葉通りに読むと「ペドファイル男性」が皆「主張」をしているかのような奇妙な文が出来上がっている)。

氏のツイートからは、氏がペドファイル公言否定的立場であるか、又はその立場一定正当性があると見なしていることが伝わります

その上で、「ペドファイル男性」と「ペドファイル公言する男性」を混同した文章を書くのは、非常に悪質です。

要は公言しようがしまいが「ネット右翼みたいなもの」として一緒くたに叩くということなので。

デビルトラック氏に限らないのですが、ペドファイル公言するべきでないという立場に立つ人(氏がこの立場なのかははっきりとはわからないけど)のうち一部に、

ペドファイル公言する人は××(批判文句である」と書くべきところで「ペドファイルは××である」と書く人がいるのですが、

それは結局「ペドファイル公言してはいけないけど、公言しなかろうが公言しているペドフィリアと一緒くたに攻撃する」ってことですよね。

勘弁してください。

(なお「私は内心に留めているペドファイル批判する」という立場の人に対しては上の批判は当たりませんが、今書いたのは、デビルトラック氏のように内心に留めてるペドファイル公言するペドファイル混同してものを言う人の話です。)

2017-05-09

 

日本同性愛忌避されだしたのって西欧価値観が入ってからじゃないのか?ここ200年とか?

西欧同性愛に寛容になってきてるのに、もともと寛容だった日本が厳しいままって何か変な話。

http://anond.hatelabo.jp/20170509003508

倫理」なんていうわけの分からないものを持ち出さざるを得ない時点で整形がいけないという客観的合理的根拠存在しないのは明らか。

ただ嫌悪感を感じるのは分かる。おそらく人体に直接改良を加えること(そしてそれを商品にしてしまっていること)に強い忌避感を感じるんだろう。化粧は皮膚の上に乗っけてるだけだしな。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505004443

期待されるのが嫌な性分なら仕事にも支障が出そうだが

仕事を任されたり将来昇進することには忌避感無いの?

2017-04-27

ポリコレ丼はよ

ますとどんで一番求められているのはポリコレ丼だろう。

こいつらはまず閉じた場所でよくよく考えて推敲してからアウトプットをすることが求められる。

この人たちは、散々他人アウトプットケチをつけては追放運動やらかしておきながら、自分たち他人不快にするアウトプットをしても責任を取らないことで嫌われて来た。

オタクですらリア充化していく中で、ネットしか場所がなく、かつ誰かを批判する形でしか自己表現できない彼らは、彼らが嫌いなもの汚物のように穢れとして扱い続けるうちに、自分たち脳内しかない空想汚物まみれになって、いつしか自分達が批判していた汚物より汚い存在になった。今では彼らこそ忌避されるべき穢れとなっている。最初は綺麗だったかもしれないが、もうそ面影はない。姿を見ただけで人が嫌がるような存在である天使のような傲慢さと欺瞞で自らの悪魔所業正当化する最低最悪な集団とみなされている。

この人達必要なのは、一度俗世間のいざこざから離れて自分たちを清める場所だ。自分たちヘイトが回り回って自分に跳ね返って来て内も外もヘイトまみれに染まっていく悪循環からの脱却だ。

閉じた場所で散々毒を吐き切って、ちょっとスッキリしたらまた冷静に他者との会話を試みるがよろしかろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170426151001

書き方が悪いのは認めるけど、頑張るのはレタッチだけじゃなくて、撮影時もだよ。撮影でいい絵が取らなきゃレタッチしようがないからね。

あと、あの単語フォトショップ連想するのはフォトショップ写真レタッチについてなんも知らない証拠

というか2.5万で「フォトショッパー」とやらに定義されるぐらい修整に時間なんてかけられないよ!ましてや奥さん!?

リバーサルかじった世代忌避反応起こしてるのか知らないけど、撮りっぱ至上主義には辟易カメラ内部で色いじってること知らんのかな?

あと本当の撮りっぱってRGB各色モノクロなんだけど、、、

というかフォトショッパーはフォトショッパーですげえから

2017-04-24

LGBTには人権があたえられるが、ロリコンには人権すらない

LGBT病気治療しようとかもなく、尊重される概念だが

ロリコン病気なので治療しようみたいな施策すらなく、ただ忌避される存在

 

世の中で法で禁じられた欲望が、衝動的に沸いてきて、

それを抑えたり、なだめたりしながら普通の人のふりをして生活してる。

 

ロリコンだとバレたら、

いくら衝動我慢して無害であろうとしても迫害されるから隠して生きるしかない。

ロリコンだってロリコンを治せるなら治したい。そう思う人だっているだろうに。

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170420024153

それは、「自分テンション高い時でないと仕事が進められない」ことと「高いテンションは長時間持続させられない」こと無意識が思い知っていて、

テンションを高める理由がない、せっぱつまってない時にアクセルふかさないようにしてるんだと思う。

「何か要対処状態対処済みの状態にすること」は何気に熱力学的に(=無意識に行うにはあまりにも)難易度が高いことであり、

早期に前に進められるだけのリソースを投入することにはリスクがあるのだということについての理解が、あまりにもあなたの表層意識理解されていないから、

思いと裏腹に体が動かないように思うのだと思う。

リソースには複数の種類があり、同時に投入することには高いテンション必要なので、テンションが高くない状態でのリソース投入は戦力の逐次投入として無意識忌避される)

なにが言いたいかというと、もっと自分内面に耳を傾けるといいよ、ということと、睡眠時間はしっかりとれよ、という事に尽きる。

 

2017-04-19

対日核攻撃の誘惑

まず、戦術的にも後背地を襲撃するのはセオリーだ。彼らの唯一の戦訓は朝鮮戦争のそれで、すなわち緒戦に奇襲を以てすれば劣悪な装備でも南側蹂躙でき、増援を断てばそのまま勝利できたはず、という代物である増援の出撃基地は今も当時も日本なわけだ。ここを直接に叩き潰す誘惑は捨てがたい。

戦略的には、第一日本が「弱い鎖の輪」であることだ。日本は異常に戦争忌避が強く、かつ自発的第五列が何の見返りもないのになぜか反戦活動をすることが十分以上に期待できる。さらに法的な問題もこれあり、交戦・反撃能力はない。つまり攻撃を加えるにあたって一番リーズナブルなのである総力戦時代にあっては敵国の世論破壊することも十分に戦略目標たりえる。出血強要によって厭戦気分を盛り上げて日本を対北連合から脱落させれば、後背地を無力化するという目標は十分に達成できる(日本はほぼ唯一戦略爆撃のみによって降伏した国でもある)。

第二には、史上核戦争が起きていないこと。まあ当然なんだが。

核保有国同士では核の投げ合いになって両者死ぬから基本的には自制が働くし、それはコンバットプルーフを得ている(印パを見よ)。しかし、いわゆる「核の傘」はどうか。これは実証されたことがない。ましてや米は米自らも民主国家である。ゆえに、数百万の自国民を掛け金にして他国同盟国とは言え)のために核戦争を起こすことが果たしてできるのか。ましてスイッチを握るのは自国優先を唱える男だ。

第三には朝鮮半島南北は一応同一民族たまたま南北の反対側は叛徒が制圧しているのであって、住んでいるのは成分最悪であるはい国民であるという建前があるうえ、北韓南鮮さらにはその後背に控える中共反日国家だ(現状の政策はもちろん、建国神話反日であって路線修正はあり得ない)。最低限の大義名分は立つ上に、南に対する強力な正統性アピールとして使えるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170417224755

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418150807

そういったのを忌避して、匿名は育まれていったからな。

精々が黒木ルール(著名なハンドルネームであれば許す)が限界だろうな

オタク左派リベラル忌避するのは裏切られたという感覚があるからだ。

保守層は確かに敵だ。だが敵であれば、戦ったり、利害を調整したり、和平を狙うといった戦法が取れる。

リベラルは違う。裏切り者だ。にこやかに歩み寄っても、袖に隠した刃が目に見えるのだ。

肉屋を支持する豚揶揄して悦に入っているかもしれんが、

お前らは豚を飼育すらせず無為に殺す強盗だと思われているのだ。

まずはそこを認識して欲しい。

久方ぶりにコンビニで昼飯でも買おうとレジに並んだら、店員のおばちゃんに話しかけられた。買ったのが新商品だったので、それについて美味しいんだよみたいなことでね。さすがにそこでドモるほどコミュ障ではない。適当談話して早めに切り上げた後、帰り道、汗がひどくて風が異様に寒かった。

見た目がいくらかアレで平均値をいささか下回るので、見知った人間でもない限りあまり長話をして顔を見られたくない、という忌避感はある。吹き出物があるので、それを注視されたくない、気づかれたくない、とか。

この汗と寒さは、おそらく俺の一生を縛り続けてきたのだろうし、これからも休まず縛り続けてくるのだろう。

2017-04-12

最近学生PCも使えない」論

エクセルが使えない学生に憤怒する企業人みたいな話を見たが

そういう若者大学なり専門学校なりで「きちんと」エクセルを学んでしまうと

今度は手計算ではなく完全にエクセルで全部計算するようになったりして

逆に怒る人が出てくるんだよな。

マクロは手抜きだとか、表計算は信頼置けないか検算しろとか。

PCの「素養」はあって欲しいけど、完全にできるというレベルには達してほしくないという難しい要求

やっぱり学生入社前の勉強自分でどうにかできるものではないと思うし

社員教育をしっかりやるしか無いと思うんだよ。

会社によってどの程度のレベル要求するのかもかなり違うと思うし。

勿論、社員教育の段階で教えてるのに出来ない新入社員文句言われるのは基本仕方ないことだとは思うが

この件で大学がなってないから云々騒ぎになってるのはお門違いだと思う。

大学で教えるような本当にきちんとした学問なんて、むしろ企業からしたらうっとおしいばあいもあるわけで、

それを忌避している人すらいるわけで。

http://anond.hatelabo.jp/20170412150052

しか増田書き込みは、悩みを書き込むことによって沸くおかし人間忌避したいといったようなものに見えたんだがのう…

2017-04-10

バイブを買っている

買ったではなく買っている。手続きを済ませ家に届かんとしている。

今は風呂に入っている、25歳前後処女である処女。付き合ったこともキスも手を繋いだこともないまっさらさら処女である。25歳前後

別に男に興味がないわけではない。ゴリゴリ腐女子であり男性は大好きである。男の体にはめちゃめちゃ興味がある。とても触りたい。

そして性的なことにも興味はある。小のころから父親エロ本をこっそり読んでいたし、読みながら脚を組んで股間をギュッとすると気持ちいいことを発見した。ソロプレイ高校からで栗メイン。ボールペンは今でもよくつっこむ。

ただもう身の回り男性に全く興味がない。興味がないというか、自分が色恋沙汰に興じたり性的なことをするのを忌避している。気持ち悪いむり絶対できない。私に興味を抱く男気持ち悪い理解できない。いわゆるこじらせ処女である

ただ最近めちゃめちゃソロプレイをする。それはもうする。休みの日は朝起きたらして、昼飯食ったらして、ソシャゲしてからして、みたいな。すごいのだ。

処女も捨てたい。そろそろ人間としてやばい彼氏の1人や2人捕まえたい。し、いざことに及んだとき処女とかやばくない?怖くない?

という性欲と恐怖からバイブ購入にいたる。キャンペーンで1本無料で2本届く。ただ太めなので入らなかったらどうしようかなと思う。

とりあえず明日届く。

2017-04-08

息子が俺より先に脱童貞した(っぽい)

http://anond.hatelabo.jp/20170408112916

結婚後も童貞な男は、なかなかいないだろうが、ここに一人いるよ。いや正確には「いた」だが。

少し前のことになるが、10代中ごろになる息子が、無事に脱童貞を果たしたようだ。俺はその時は童貞だった。

息子がいるのに童貞ってどういうことよと思うかもしれないが、つまり奥さんの連れ子ということだ。で、俺はこないだまで奥さんとはセックスはしてなかった。キスハグはしてたけどね。

奥さんは比較的若くして息子を生んだんだけど、当時の夫がまさに教科書通りのワル。で、まぁ、本当にひどい性的虐待を奥さんに対して加えていたんだよ。それで、奥さんのほぼ唯一の、夫のコミュニティ外の友人が俺で、そのことで相談というか緊急避難を受けたのがきっかけで、離婚手続き後に結婚をした。ずいぶんと長い時間かかったけど。

奥さんはとにかく性的なことがトラウマになってるので、夜は一緒に寝るけどセックスはしてなかった。「トラウマを思い出させない男性」という貴重なポジションを獲得していたのが俺だったので、そこで俺から手を出すと奥さんが壊れてしまうから。爆発しそうになった時は、「急な仕事の呼び出しで」と称して漫画喫茶でいたしていた。すまない。多分奥さんは全部知ってるだろうな。あまりにもタイミングおかしかった。奥さんが風呂から上がったところで急に「会社の戸締り忘れた!」とかやってたし。家でしないようにしてたから、なかなかハードな性生活だった。風俗とか行く勇気ないし。

それで、息子が中学校になってから彼女ができた。

いつかはこの時が来るよと奥さんと話し合っていたんだけど、やっぱり息子が、こう、オトコノコになっていくと性的ものと無縁ではいられなくなる。息子がPC使った後に履歴消すとか、ゴミ出しと掃除は全部俺がやるとか、いろいろと先回って対処していたが、彼女を家に連れてくるというイベントはさすがにどうしようもない。「家じゃなくてホテルへ行け」とはさすがに言えまい。

しかタイミングが悪かった。たまたま俺が土曜出勤で家にいないときに、急に彼女を伴って帰宅してしまった。奥さんは何とか平静に勤め、無事に「彼氏のおばさん」をやりとおしたらしいが、俺が家に帰ると青い顔をしていた。まぁ、父親のようなことをしはじめたらどうしよう、みたいな不安でいっぱいだったんだな。

それで、二人で長いこと話し合って、抑圧したり忌避するのは成長に差し障るだろうということになって、息子も交えて「付き合う際の心構え」みたいな家族会議をして、やっとなんとか、性的ものを緩く受け入れられるようになってきた。映画セックスシーンとか、鬼門だったからな…。

その時の「息子の性生活尊重する」という話の中で奥さんが「ずっと我慢を強いてごめんなさい」と言ってくれたのをきっかけに俺も脱童貞を果たした。奥さんとセックスはしたかったが、かといってこの年で初めて行為を行うというのもキモかろうし、何より俺の我慢を解消するために奥さんに我慢をさせるのはどうなんだというのもあって、かなりの葛藤があった。だからまり誇れるようなものでもないし、悦べるものではない。ただ、その後奥さんとはとても親密になっている。奥さんは自然と俺にくっついてくる。息子からするとキモいだろうが。

そういうわけで、似たような状況の夫婦がいたとしたら、可能性はあるんじゃないか

2017-04-04

アニメ亜人ちゃんは語りたい感想

遅ればせながら、「亜人ちゃんは語りたい」を全話見終わった。

物語として大オチはなく、単なる日常ものとして「これからも続く――」として終わったのは、悪くなかったものの、別段いいものでもなかった。

個人的最初に頭に浮かぶ感想は、3人のデミちゃん生徒達よりも、サッキー先生幸せになってほしい、と思う気持ちが一番強い。

宇垣の回想でサッキー学生だったころのシーンが挿入されるが、恋愛経験のないサキュバス学生時代から自己抑制を続けて来た女性、という2つの意味で、他のデミちゃんたちよりも境遇がよくなかった、と感じる。

中の人・日笠さんにはこれまで、よくもわるくも印象に残るキャラを(寡聞にして)知らなかったので、今回このサッキーで少し見方が変わった。気軽に鉄男に話しかけ親密になるデミ生徒ちゃんたちを羨む演技など、違和感なくすんなり受け入れられたし、このアニメでは一番グッときたのがメインの3人ではなくサッキーだった。

各種ヒロイン(というより主要女性キャラ)について。

1.ヴァンパイアひかり。この中の人、たぶん俺は初めて(今期けもフレで改めて自分の中でアニメ熱が再燃した)。失礼だろうが、平野綾っぽいね。元気キャラなので叫ぶシーンが多かったようだが、なんら違和感なく観ていられた。

ただ単純に高校生としては、芯があまりに通り過ぎていて、アニメ中つまづくことすらなかった(あくま物語主題になるようなツマヅキとして)ので、そこはデキスギテル感が強かったかな。

2.デュラハンマッチー亜人というモン娘に近いジャンル(ちなみにどちらも個人的には忌避感皆無で受け入れられる)をする上では、たしかデュラハンビジュアルアドバンテージはあったのだろう、だが終盤の大学での講義はあまりいらなかったように思う、あと男が女の子デュラハンの頭を抱えるという行為は、少なくともイチ視聴者でありモン娘系にある程度なれてる俺だとフェ○チ○が即想起されるので、下ネタありとしてもちょっとうーんと思わされた(小鳥遊家ハウスハズバンドの親父さんがマッチーの頭を抱えるシーンがあったが、むむむという忌避感は実際少しあった)。巨乳キャラというのはまったくもってけしからんぐらいにイイのだが、逆にいえばそういう追加要素を加えねば独り立ちできないという判断だったのだろう。

3.雪女・雪。この子マッチーと同じく「ギャグ好き」というアディションなしには独り立ちできないと思われてたのだろうと勝手に察知している。そもそもデミちゃんとしての能力視覚的にもパワー的にも乏しいので、単にデミちゃん3人衆としてまとまる上では問題ないが、必要だったか自己内部で考えてみると答えはNOと返ってくるくらいのデミちゃん(あくま物語構成する上で。別に嫌いなキャラではない)。

4.サキュバスサッチー

上にある通りなので省略。

基本的マンガエロゲもいわゆる「ハーレムものは好きなのだが、このアニメは珍しく主人公である鉄男の中の人諏訪部の声のよさに惚れ惚れし、笑わされた(3話だったかの「セックス…(セックスセックス…)」のエコーとか)。女性向けって俺は男だから「演らされる男声優は大変だなー」ぐらいに思ってたが、こういう声の使い方できるのはある種の積み重ねなのかもしれんね。

宇垣とクルツは、あまり必要なかったと思う。とくにクルツは1話分しか登場しないし、原作みてる人向けのサービスなんだろうね。

日常ものライトな「亜人(≒モン娘)」系としては、個人的に79/100くらいのアタリだったと思う。

あと自分語りもアレなので最後にしたが、どれくらいモン娘系に慣れてるかというと、Vanadisのゲームはいくつか知ってるぐらいです。

お粗末様でした。

2017-03-26

彼女を、彼女元旦那寝取られた話

彼女旦那はひどい男だった。まずその話をする。これが発端だからだ。

彼女とその旦那学生時代出会い就職後に結婚した。結婚後も、二人は幸せだった。(この段階では俺は一切登場しない。登場したら不倫になってしまう)しばらくは子供を作らないと決め、多趣味旦那にくっついていく形で彼女もいろんな経験をしたそうだ。文字通り地球の北から南まで、様々なところへ旅行へ行った。お金もあったし、旦那大企業現代において、最良の結婚といっていい。その頃の写真には、まさに人類幸せというものを教えてもらった気がする。とにかく、素晴らしい夫婦だった。

だった、ということはつまり、どこかで亀裂が入ったということだ。ここで登場するのが俺…というわけじゃない。俺はもう少し後だ。

旦那は栄転した。そこに転勤するということが選ばれた幹部候補の証であり、旦那意気揚々と赴任地へ向かった。週末は彼女のもとへ帰り、月曜朝一の新幹線で出勤する。まさにエリートしかしやはり、そういう生活はきつい。幹部候補ともなれば、その業務は半端じゃない。

この辺、長々と書く意味はないので省略するが。つまり旦那は現地で女を作った。週末になかなか帰らなくなり、帰ってきたら来たで服の趣味彼女の知らないものになっていたり、スマホロックがかかっていたり、まぁ、そういうありがちな話しが長らく続く。

俺はその頃に彼女と知り合った。SNS上で、共通趣味を通じて。ありがちな展開だけど。

で、悩む彼女に俺はいろいろとアドバイスをした。最初は単なる悩み相談から、徐々にキナ臭い方向へ。旦那が寝てる間に指紋認証突破しては、とかね。

それで、旦那スマホからは、まぁ、お察しの通りのモノが大変な量出てきた。すごかった。正直すごかった。圧倒的な幹部候補セックス札束丸めて突っ込んでるとか、Vシネかよ。見たことないし多分そんなシーンないと思うけど。童貞の俺には手に余るシロモノだった。そういうことで、落ち込む(というレベルじゃないけど)彼女を励まし、勇気づけ、興信所を手配したり法テラス手続きしたり、抜け殻の彼女身の回りの世話をしたりして、彼女旦那離婚した。まぁ、俺が彼女の周囲にいることは彼女に取ってめちゃくちゃ不利だったんだけど(旦那からもそう指摘された)、証拠の内容が内容だし、浮気相手女性を二回妊娠させていたりと大変なことになっていたので、俺の件は相殺された。

実際のところ、俺は彼女とはセックスしていない。セックスしてなけりゃいいのかという問題ではあるけど、キスなんかも彼女結婚してる間はしていない。

ここで、俺の話をする。

俺は長身で痩身の雰囲気イケメンの男。神木隆之介っぽいとはよくいわれる。我ながら結構、いや相当いけると思う。彼女と知り合ったとき25歳で、今は32。

しかし俺には巨大な欠点が二つあった。

この二つの要因によって、俺はいまだ童貞

ちんこ、これはとても重要だ。太っていたころは、「大丈夫、腹の肉に埋もれているだけだし」と言い訳もできた。しかし痩せて行くにつれ、現実が腹の下から現れだしたのである

ちんこが、小さい!

俺のちんこは…これが…これが俺の真のちんこだったというのか…!?

最大に、フルに、マキシマムにさせてもその全長7cm・・・いや、正直に言うけど、5cmである。5cmである。5cmなのだ。5cmさ。握れない。つまむのがやっと。

AVを見ていて、ぶっかけ要因の汁男優が列をなす場面があるだろう。それを見てて、やっぱり中には、すごく小さい人もいる。俺はそういう男性がいるととても安心して、オナニーをすることができた。しかし、己のちんこに向き合ったとき、思い至った。ちんこが小さい汁男優は、その後の本番の場面には参加していないという事実記憶の限り、脳内でわが友たちの姿を検索しても、やはり、ちんこが小さいフレンズは本番には存在していなかった。もちろん、汁男優あくまで汁専門。その後の絡みに関係することはないが、汁男優が本番に参加する企画AVでも、ちんこの小さい男性は姿を消している。俺の脳をちんこ差別の電撃が襲う。AV映えしないという理由なのか。そんなにも視聴者マグナムを求めているのか。

いてもたってもいられなくなった俺は、スマホを手に取った。

ちんこ問題に関して、ネットは信用できない。どいつもこいつも、ちんこがそれなりにでかいことを当然のこととして話をしている。包茎に関しても、まるで仮性包茎レアであるかのような物言いだ。これは欺瞞だ。男同士でも、ちんこの大小はアイデンティティにかかわる問題なので、通常話すことはしない。銭湯確認しようにも、俺は生粋メガネ民族。湯気たちこめる銭湯では、真のちんこを見極めることができない。

俺に残された手段は…人力検索

かのレオナルド・ダヴィンチ実践していたという、「その道のプロに尋ねる」という究極の人力検索を俺は敢行した。

頼むぜレオナルド、俺に勇気を、そして安寧をもたらしてくれ。

祈るように俺はデリヘルを手配した。

プロを待つ間、俺は立ったり座ったり、掃除をしたり瞑想をしたり、1分が数時間にも感じた。これほどの焦りは「俺は糖尿病なんじゃないか」と病院の待合室で脂汗を流して以来だ。

プロが到着した。むっちりした女性だ。プロをもてなす。お茶を出したが、さすがはプロ。口を付けない。何か変なもの入ってたら困るしな、と俺は初めて思い至った。

「それじゃあ…」とプロが言いかけるのを「あ、いや」と制止し、悩みを打ち明けた。

俺のちんこサイズは、一般的にどの程度なのか…本当のことを教えてほしい。

世のあらゆるちんこを、ペニスを、男根を見てきた彼女ならそれがわかるはず。呼吸を抑えてパンツを脱ぐ。「みんなこんなもんですよ」の声を期待しながら。

脱いだ時、空気が変わるのを感じた。俺は死んだ。

あー…みたいな彼女の表情にすべてをあきらめた俺は、「いかがですか…」とちんこさらにちいさくして、聞いてみた。

プロはしばらく逡巡したのち、「あの…ちょっと…あのぉ…歴代最小っていうか…」と答えてくれた。

俺は彼女のお尻に顔をうずめながら泣いた。最高に気持ちよかった。

帰り際、プロは「大丈夫大丈夫ですよ!」と励ましてくれた。それほどまでにちいさかったのかもしれないが、とても感謝している。

ちんこが小さいのはギリギリ挽回できるとしても、やはりネックはかつて死ぬほど太っていたことだ。

中学大学まで、体重の増大に歯止めがかからず、一時は130kgを超えた。5分歩くだけで大量の汗をかく。そんなキモい身体から当然友達恋人もできない。コミュ障の出来上がりである。おまけに心臓肝臓ダメージが残った。今も血圧の薬を毎日飲んでいる。心臓細胞が入れ替わらないから、「治る」ということはないらしいな。この肥大した心臓と一生付き合っていかなくてはならない。最盛期は、うつぶせに寝ると心臓の鼓動で体が上下するくらい、肥大していたから。

就職後、さすがに死を感じてダイエットした。肉が落ちる快感とともにちんこが姿を現すという絶望も味わったが、やはり体が軽いのはいい。単純に服を着る楽しみができたし。ちんこがちいさいかスキニーパンツも全く、もう本当に全く問題なく着こなせる。ははは。ははははは。

同窓会に出席するのはもう本当に楽しみだった。上記のように、俺はなかなか顔もよかったし、背も高い。ちんこ脂肪を捧げてこれらを授かった俺は、同窓会でめちゃくちゃモテた。肥満による死の恐怖ブーストされた健康志向によって、ちんこ以外の体の部分もケアしていたから、同級生男性たちより格段にかっこよかった。ちんこけが問題だ。…いや、正確には、思春期瀕死デブとして過ごしてしまった俺には、コミュ力が一切なかった。会話ができない。何を言えば面白いのかわからない。話題がない。結果、「それにしてもやせたね!」「かっこよくなったね!」以外の言葉はもらえず引き出せず。仕事に関しても、「何してるの?」「町工場的なところで働いてるよ」のやり取り一発で終わった。官僚になったN君の周りは最後まで人で群れていた。二次会は行かなかった。あの後きっと笑いものだったろうな。

プロによるちんこショックと、同窓会ショックで完全に男としての欠陥を認識した俺は、趣味世界に走った。

はいえ、町工場的なところで働く俺である。金はない。だからお金がかからない、かつ、健康的な趣味をやることにした。バードウォッチング天体観測(どっちも双眼鏡で事足りるからお安い)、山歩きで見つけたハーブハーブティハーブティから発展して漢方やアロマ

もうすっかり脱線したけど、冒頭の彼女とは、この趣味を通じて出会った。

彼女は素晴らしい女性だった。…もちろん、同情心が俺にそう感じさせたのかもしれないが。

離婚後、3年付き合った。彼女の両親にも会った。感謝もされた。この人を幸せにしたいと思った。俺はちんこ的には全く及ばないが、ちんこ的なもの忌避感が生じた彼女とならうまくやれるのかも、とか漠然と思った。キスはたくさんしたし、オーラルな行為もしたけど、童貞はそのままだった。それでもいいと思った。

それで、去年、彼女スマホロックがかかった。

この時が来たか、と、俺はロックを解除した。以前彼女アドバイスしたとおりに。

いやぁ、ちんこのパワーってすごい。

ちんこトラウマを抱えた彼女が、どういう経緯で自らちんこを求めるのか。しかも、元旦那である。よくわからないが、ただ一つ納得できることは、俺のちんこは小さく、元旦那ちんこAV映えするモノであるということだ。これはまぁ、もうしょうがないな。無理だったな、俺のちんこ。すまなかったな。

しかし、いったいどういうことなんだろうな。あれほどの行為をした男の元に戻るというのは。要するに、あの写真のようなことを望んだというわけだ。すごいな。何を言わせてるんだろう。何を言ってるんだろう。あの写真のようなことを「私にしてほしかった」「お前にしたかった」とか、どうなればそうなるんだ。

ちんこには勝てなかった。俺と、俺のちんこでは太刀打ちできなかった。

先日、彼女が元さやに納まった。泣きながら俺に感謝言葉を述べる彼女しかし一方で元旦那ちんこ下品言葉で切望する彼女エロゲかよ。エロゲはどいつもこいつもちんこでかくて、やりきれないけど。そういうエロゲもあるはずだ。

なんかもう、俺にはよくわからないな。そもそも、いくら生物多様性はいっても、これほどのちんこ存在は子孫を残せないだろう。ぶっちゃけると、5cmはもう限界いっぱいまでサバ読んで5cmなんだよ。定規を思い切り中のほうにまで埋めて、ちんこの根っこっぽいところまでをギリッギリで測ってそれだぜ。ドラゴンボールの初期の孫悟空ちんちんみたいな感じだ。タマのほうが圧倒的にでかい。タヌキかよ。

いくら配られたカード勝負するしかないのが人生はいってもさ、ここまでする必要があったか

ちんこサイズを気にしない女性はいる。という声はある。しかし、その結果があの彼女だぞ。何も信じられないだろう。どうだよ。この有様は。

facebook彼女投稿を見てしまう俺も俺だが、なんというか、俺と歩いた山道普通に元旦那にして現旦那写真を撮っているのを投稿するなよ。そこで「私にしてほしかった」ことをしてもらったのか?

あーーー。

神よ、俺にあと2cm与えたまえ。

2017-03-25

堕落と上昇

 人は環境によって成長し、環境によって堕落する。

 特にコミュニティの中位以下に身を置く人間は、環境から多大な影響を受ける。己の能力に見合わないコミュニティに身を置くことは、それが上であれ下であれ苦痛を伴う。しかし下の階層に馴染むほうが上の階層に馴染むより早くまた苦痛も少ない。堕落はとは容易なのだ

 何かの間違いであるいは弾みで属することになった下位コミュニティから、脱することは並大抵のことではない。下位には下位の秩序があり、それに適応できなければ更に下位へと落ちざるを得ないという現実がある。しかしなま適応してしまえばそれなりに居心地が良く、受け入れたコミュニティ価値観念頭に置いて行動する為、成長が望めなくなる。下位コミュニティ中の下層を忌避こそすれ、上・中位にいればそれで満足し、上位コミュニティを自ら己と切り離してしまう。

 己を上位コミュニティへ押し上げるのは、上位への憧憬と下位への軽蔑である。(2012.1.23

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