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はてなキーワード: 想像力とは

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430043434

なんかね、1対1で話す分には全然問題ないんだって。むしろすごく好印象を持ってくれて、それで期待値を上げてしまうのだと思う。バイト面接でもそうだった。あと、教授との対話でも。ある具体的な話に対して、それについて1対1の状況で話すと「凄くまともな人」「人当たりの良い、感じの良い人」「ツーカーで話が早い」んだって

そんな仕事、何かあるかな…。臨床心理士

でも、他の人も言っていたように、やっぱり個人でやるような仕事?…って何だろう。想像力が無くてごめん。

2017-04-27

今村大臣発言倫理学理論

「言い間違え」が問題となっているけど、本質功利主義的な視点から震災被害の「結果」を天秤にかけたところが問題ではないか義務論的な視点から批判すべきではないかという話。

マスメディア報道する「単なる言い間違えでは済まされない」という批判には「言い間違えであっても被災者を傷つけた」という被災者に対する情や思いやりといった「想像力」が問題とされている。この視点大臣資質という点において、もちろん大事ではあると思う。

ただ、「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」という発言、「首都圏に近いようだったらもっととんでもない災害になっているだろうという意味で言った」と釈明について「想像力の欠如」だけではなく、倫理学的な批判もできるように思われる。

今村大臣発言(釈明も含む)には、一貫して「東北」と「首都圏」を天秤にかけるという視点が見受けられる。すなわち、「結果として、どちらの方が甚大な被害だったかということである」。これは倫理学理論でいう「功利主義(帰結主義)」的な解釈であるといえる。

ただ、この「天秤にかける」ということ自体問題視されなければならない。今回は功利主義的な量的な比較必要なかったかである

震災被害はどこで生じたとしても「ここで良かった」と結論づけることはできない。こうした倫理的な正しさ自体について問う場合には、功利主義的な視点バツが悪い。(もちろん、功利主義有効場合もあり、功利主義自体批判している訳ではない)

今回は「義務論」的な視点から批判することが必要であったのではないか。「正しさ」とは何かを考えた上での批判、「天秤にかける」視点自体への批判必要であるように思われる。

発言撤回、最終的には辞任となったが、今回の騒動から功利主義」と「義務論」という倫理学理論について学びとることは有意義であるように思う。

2017-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20170425173916

子供の顔がおちょなんさんだったら納得できる 皆想像力なさすぎ

クロノトリガーの時の最果ての元ネタ

がある気がして検索したら同じこと考えてる人が知恵袋にいた

でも結局見つけられなかったようで私も気になっている

個人的にはミヒャエル・エンデ作品に出てきそうな気がするんだが

エンデ説教臭さがどうもダメモモも途中で挫折してしまった

っていうか海外の昔の児童書全般説教臭いよね

チャーリーとチョコレート工場とかテレビ見るな想像力が枯渇するから本を読めだもの

映画ではそのくだりはさっくり削除されてたけど

2017-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20170423115210

予算作品なのにとにかくスケールの大きな話にしようとしてて

そのために観客の想像力に頼った余韻や余白が多い映画なんだよな

オ倦怠感とも緊張感ともとれるオーソン・ウェルズ特有長回し活用したカメラワーク

書割を駆使して表現された無駄にだだっ広い豪邸のシーンが好き

面白くて印象に残る映画にはオペラのシーンがあるよねフィツカラルドとか

2017-04-22

反出生主

絆の幻(男と女は愛し合わなければならない、子どもを作らなければならない、家族形成しなければならない)が解体されていけば、自然に反出生主義っぽくなっていくのかもしれない

と思う一方で、人間は千年前から大してやることが変わってないとも思う

きっと一時的に出生数が減っても、何かのきっかけで起きた経済活性化とかで、出産率が高くなりそうな気がする

反出生主義が広まっても、単なるブームで終わるんじゃないか

人間は猿から進化して以降、言語想像力に押しつぶされて、肉体の進化全然追いついてない気がする

自然にヒトが生殖能力を失うように変化(進化?)するまでは、まだまだ…気の遠くなるような時間がかかりそう

人間の肉体って進化してんのかな

もし脳の情報コンピュータインストールして、バーチャル思考回路とか人格再現できるようになったら、その時は生殖も生き残るための攻撃性も不必要になるのか

肉体より優れた不老不死生殖必要ハードウェアを、人類は開発できるのか

そんでもって、それを手に入れた時、人類は何をして過ごすのか

五感をすべて失ったら…と想像してみようとしたけれど、難しい。全然わからん

ラジオを聞くのが苦手

なんか集中して聞き続けるのが難しい。

放送大学面白そうな講義ラジオだとがっかりする。

こう書くと人の話をぜんぜん聞いてない人のように思われるかもしれないが

映像や対面で人の話を聞くのは問題ない。

人の話を聞く時に、目や口の動き、表情やしぐさと合わせて判断しているのだが

声だけだと情報が足りなくて、想像力で補いながら聞くから頭を使いすぎて疲れるんだと思う。

頭の悪い人の想像力の無さに驚く

http://anond.hatelabo.jp/20170422041028

やっぱり氷河期世代就職できなかったら「自己責任」で片付けられちゃうんだな。

まぁ氷河期世代ベビーブーマー世代で、正社員になれなかったか

税収も減るし、年金も納められないし、このまま生活保護突入していく人が

山ほどいるんだけど、自称自己責任論者がそのツケを払うことは

分かっていないみたいだね。

まぁ氷河期世代以降の努力して正社員になった皆さんは僕たちのために税金

沢山納めて下さいね

2017-04-20

とりあえず身内の話。説明力が足りないか想像力が足りない者に悪意を感じる。

彼らの「耳当りは良いが曖昧な話」にただ引きずり込まれないためには、曖昧な点を見つけ出し逐一確認する努力必要だ。

今の環境では、想像力説明力を持ちかつ善意の者の出現を期待することは、自分がそうならない限りは困難だ。

悪意の対象になり易い身分存在するということを自覚せねばならない。ぶっちゃけ相手にしなければ良いのだが。

2017-04-19

進撃の巨人最新刊めちゃくちゃ面白かった

ここからネタバレになるから独語人間のみ読んだ方が良い。

 

今まで敵だと思ってた巨人同胞たちの成れの果てで、

自由があると思ってた先が人間同士の戦争という非情な答えだったということ、

そしてそれでも進み続けなければいけないという記憶バトンエレンに託されたということ。

 

今まで出た巻の中でエレンの悲しみが短くも強烈に描写されてる。

これから迎えるであろう悲惨未来にどうエレンアルミン・ミカサたちが立ち向かっていくのか。

それが今から恐ろしくも楽しみである

 

進撃の巨人のここがすごいよ】

他の漫画を引き合いに出して悪いが、アイアムアヒーロー駄作だった。

完結後、再び全巻読み直して落ち着いて出した結論駄作だった。

ライブ感とか毎週楽しませてくれたからというのはやはり作品総評をする際に適切ではないと思う。

単に考えてませんでした、で済む言い訳からだ。

世界崩壊系、パニック漫画ラストが尻すぼみや雑な投げやりされる理由は、

既存世界崩壊した先にある新たな社会形態を作者が想像創造)しきれないからだ。

増田は嘘だと思うかもしれないが、人間想像力には限界がある。

時間空間を超えた次元人間イメージする術がないように、

体験し想起し再現できないものは頭の中でも思い描くことは不可能

実現可能なのは予測できる範囲内の事象に延長線上を引いたものであり、

からこそ人間想像できることは全て実現可能であると言われる所以である

 

漫画小説アニメ…というのは舞台設定を異世界世界改変とし、

世界の有り方そのものテーマに据えた場合、作者の頭脳演算能力に対して要求されるスペックが跳ね上がってしまうことが多々ある。

そうなった際に作者ができることは投げっぱなしにするか、夢オチ、爆発オチ、とってつけたようなオチしかない。

漫画登場人物は作者の頭脳を超えることはできないのと同じように想像力限界に突き当たってしまった漫画

そこで先に進めなくなり見えない壁にぶつかり、幕を下ろすしかなくなる。

それがアイアムアヒーローであり、20世紀少年であり、ドラゴンヘッドであり、数多のゾンビパニック映画オチだ。

とにかく異世界整合性を保って作るにはミニチュア宇宙新生させるに等しく、要求の脳スペックが高くなる傾向にある。

最後まで整合性を保ちながら物語を盛り上げ、終極させカタストロフィを見せるというのは

サッカーでいうとハットトリックを全部オーバーヘッドシュートで決めるくらいの高難易度技法であるサッカーよく知らないけど。

 

なので終わり方が雑魚いのは全部単なる作者の技量不足であり、

作者にパニック物の終局地を書ける力量さえあれば問題ないのだ。

そうやって終わらせた作品は数多あるけどそれを当たり前だと受け取ってきた結果、尻すぼみエンドが目立ってきた次第だ。

 

話を戻して、進撃の巨人は初期から最後までのプロットができているという発言が作者本人のインタビューで分かっている。

まり連載開始時点である程度世界を完成させてしまっているのだ。

実際書き始めながら着地点を探しているのではなく既に脳をまわして宇宙構成した後に書いている。

からこそ支離滅裂になったり伏線が回収できなくなったりしないし、本筋の中で意味のない寄り道をせずに本編を進めていっている。

1話1話無駄な話がないのだ。

からこそ面白い

単純に、1話ごとに重要エピソードを詰め込んで読ませてるから面白くないわけがない。

本来昔の週間連載がやっていた毎回読者をハラハラキドキさせるということをやりつつ、

あとから通してみても楽しめるという理想的漫画を描いているだけなのだ

この当たり前のことをどの漫画家も目指しているが大半の作家はそこに至らないが、

連載はじめての作品で既に両立させているという点が驚愕するべきところだろう。

 

一言でいうと

進撃の巨人面白い

2017-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20170411224538

コレに怒ってる連中はこういう賛否両論ゴミTopicが如何にネット汚染してるか想像力を働かせろ

不快感の表明が意味のないばかりか害悪であることを理解しろ

つっても衆愚はこういう容易に叩いたり擁護できる話題が好きすぎだからしょうがない

全く俺はどこまでも寛容な人間だな

菩薩かよ

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410135233

このくらい物事に対する想像力が低いと色々生きやすいんだろうなって思う。

2017-04-09

「もし自分が無実で自白強要される立場になったら?」なんて想像力はいらないよ

だって「そうなったら仕方がない」とみんな思ってるもの

同性カップル里子について母子家庭育ちが思ったこと

男性同士のカップル里子を養育することになったというニュースを聞いた。子供を引き取って育てる、いいことだと思う。これがニュースにならない世界になればもっといいんだろうなと思う。

それはそれとして、SNS勝手なことを言う人たちに、なぜだかどうしようもなく腹が立った。それをうまく言語化できずにいたのだけど、なんとなくまとまってきたので、今回書いてみようと思います

私は母子家庭育ちだ。実の父親の顔も名前も人柄も生死も知らないし、自分ルーツへの興味もあんまりない。母は聡明で美しく、私を中高、そして現在大学四年生になるまで私学に入れて育ててくれた立派な女性だ。母に恋人がいても、私が「今さら父親はいらないから会う気はない。親の都合で苗字が変わるのも耐えられない」と突っぱねたのを母は尊重してくれたので、知らない男に家庭へ介入されることはなく現在まで育った。だから家をいやだと思ったこともなければ、自分を不幸だと思ったこともない。また、私の時代にはシングルマザーというものは既にそれなりにいたのもあってか、母子家庭からといっていじめられたり偏見を持たれたりしたこともない。

今回の件で「子供いじめられそう」「かわいそう」という意見に対して「かわいそうなんて視野狭窄」「いじめる方が悪い」というツイートがたくさんされていた。それは正論だと思った。私は悪意に満ちた人間なので、この人たち正論ふりかざして「自分理解がありますよ」って顔して気持ち良いんだろうなとも思った。

いじめ偏見もないほうがいいし、あってはならない。けれどもこの人たちは、いじめ偏見さえ取り除けば子供が不幸にならないと思っているように見えた。そんなことはないだろう。いじめ偏見けが子供を傷つける。その浅はかさと想像力の欠如に私は腹を立てているのだと思う。

私は同性カップルに育てられたわけではないから実際のところ何が起きるのかはわからないけれど、少なくとも母子家庭育ちで惨めな思いをすることはあった。「どうしてお父さんがいないの?」となんの悪意もない同級生に聞かれたことは一度や二度ではない。私は自分父親がいない理由は知らないから答えようがないので、そういう時は内心「こっちが知りたいなあ」と思いつつ、いつも曖昧な笑みを浮かべていた。「お父さんがいない」って言うと面倒なことになるから、お父さんは遠くで働いてることにしようとたかだか5歳の子供の浅知恵で嘘をついたこともあった。それが嘘だとばれたときの気まずさといったらなかった。「お父さんについて作文を書きましょう」と言われた時に「お父さんがいません」と言い、仕方なくお母さんについて書き、発表したこともある。そういう時、私はどうしようもなく惨めな気持ちだった。そういうことまで想像した上で、いじめ偏見がどうこうあなたたちは言ったんですか。いじめられたわけでもなく偏見を持たれたことがなくても、ちょっとの子とは違う家庭で育った子供が傷つく機会なんて、あなたたちが思っている以上にある。子供時代ってそんなに単純じゃないよ。

「お母さんは立派にあなたを育ててくれたんだし、お父さんがいないことを恥ずかしがる必要ないよ」と言う人がいる。はい正論ですね。でもうるせーよ。お前は私じゃないんだから、私が何かを思う自由くらい持たせてくれよ。

同性カップルの子にも、そういう圧がかかったらそれこそかわいそうだと思う。たとえばその子いじめられたとして「どっちもお父さんなのはべつに変なことじゃない。胸を張りなさい」みたいなこと言う人、いるだろう絶対。は? お前に関係ねえだろ。その子が何を思って、どうするかはその子自由だ。胸を張りたいならお父さんたちと一緒に胸を張ったらいいし、家庭の事情を隠しておきたいならそれだって全然責められることじゃない。私は、必要に迫られた場面以外では母子家庭ですなんて絶対に言わないで生きてきた。

そもそもなんだけど、どうして同性カップルの子供だったら幸せなんだろう。「同性カップルなら」ってそれがすでにあらゆる方向への差別なので、そういうことを言ってる人を見ると片腹痛い。すべての家庭には色々な問題や不幸が多少はあって当然で、同性カップルの家だろうと何だろうとまったく同じだと思う。同性カップルの家だったら365日24時間幸せというほうがよっぽど怖い。大体「いじめられそうって言うやつは視野狭窄!」「かわいそうじゃない!」と主張しているあなたたちは一体何? 子供自身でもないどころか、子供大人たちの好奇の目にさらされても、無邪気な同級生に家庭について聞かれて傷ついても「それは間違ってる! 差別はなくなるべき!」とせいぜいSNSで言うだけで実際にはなんの責任もとれないくせに、ずいぶん簡単に言うじゃないか

同性カップルとその子供はべつに日本国内セクシャルマイノリティ問題が一歩前進したことの象徴としてあるわけじゃない。ただの家庭の一つでしかない。おおきく取り上げてSNSであーだこーだ騒ぐ。結局それが差別になってんじゃん。自分は誰も差別しないって言うなら、同性カップル里子もらうなんてフツーだよって顔しとけよ。

ただまあ、顔も名前も知らないカップルとそこに里子に行った子が幸せになったらいいなというのには同意する。まわりが何を言ってきても、自分たちが納得する形で生きていけたらそれがいい。ということで終わります

http://anond.hatelabo.jp/20170406112050

俺既婚で家庭は何も問題なくやってるけど、結婚とか別に無理にしなくていいと思うぞ。

やたらと勧めてくる奴の方が想像力がないっていうか思い込みが激しいだけなんじゃねって思うわ。

2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408230205

君の頑張りを否定するつもりないよ

自分にできることとできないことを捉えて

その上でどうやって社会に順応していくか

自己実現をなしていくかを

考えている人を僕は否定するつもりなんてない

でも「発達障害から優しくするのが道理でしょ」っていう態度の当事者

やはり周囲からするといい気しないし

そんなんじゃできることもできないじゃない?

障害関係なく基本的なところで頑張る姿勢大事だし

できないことを誰かに肩代わりしてもらうってことは

誰かに負担をかけているってことだから

負い目を感じる必要はないけど

やっぱりある程度気にはかけてほしいな

って思うわけよ

想像力があるからレアケースを想定して断定せずあやふやな言い方になるんだよ

あくまで「こう思う」っていう個人的心情だから

気に食わないならさっさと忘れたほうがいいよ

こんなの読んで気分を害する価値もない戯言だから

http://anond.hatelabo.jp/20170408225029

どうにかしようと毎日模索して金も時間も使ってる発達障害者の私は

気がするとか多そうとかをソースダメ出しするだけのあなたを見てとても嫌な気分になったよ。

あなたも十分想像力が欠如しているから、診てもらえば。

http://anond.hatelabo.jp/20170408144506

発達障害者って想像力にかけてるから

発達障害の診断がくだされたせいで

周囲からあらぬことを影でいわれたり発達障害ってだけで排除されたりする現実に気が付かず、

「やったーこれで周りに合わせようと頑張らなくていいーみんな優しくしてくれる!」みたいな能天気なこと考えてる人多そうだよね

できない原因がわかってもね、どうそれをカバーするか考えなきゃいけないのに

社会的不具合が生じさせても許される免罪符か何かだと勘違いしてるんじゃないかって人が多い気がする

自分と向き合って適正や嗜好を明らかにして、自分にあった社会生活のあり方を模索するってことは

障害のあるなしに関係なく万人が避けて通れないことなんだよ

定型発達者でも自分のことをよくわからないまま自分に合わない職についたりしたら色々うまくいかないことがでてくるよ

逆にいえば発達障害の診断がなくても自分の適正をある程度見極められていれば自分マッチする生き方イメージできるし

障害という枠組みに囚われて自分がどういう人間なのかを考えようともしないような奴は

診断くだされたとしてもしみったれ生活を続けるんだよ

「だめな奴」から「関わると面倒くさい障害者」に周りの目が変わるだけだ

そう考えると診断のあるなしなんて大したことじゃないと思えてこない?

障害をすんなり受け入れられることが一概に聡明だとは言い切れないと思う

自分は頭がいいけど障害のせいでうまくいかず苦労してます」みたいなことを本気で考える人間ならばそれは愚かなものだろう

安倍けものフレンズ共通点は単純さ

http://anond.hatelabo.jp/20170408014818

この増田が思っているように、安倍’(反知性総理)とけものフレンズ(反知性アニメ)は日本の汚点となった。

厄介なことに安倍危険性には気づいているのにけものフレンズのんきに「すごーい」と楽しんでいる人間が少なくないのは現状だ。

早く安倍けものフレンズ、幼稚な価値観想像力という点で共通していることを見抜かないと日本死ぬ

2017-04-07

俺は想像力貧困から人の気持ちが分からない。

例えば、「身内が死んだら悲しい」とか。これも経験してみないと分からなかった。身内が死んだ友人を優しくいたわったりしたけど、これは「人は身内が死んだら悲しむもの」という前提知識がまずあって、じゃあ「悲しむ人には優しくしてあげましょうよ」っていう幼い頃から刷り込みで行動してるだけだった訳だ。

差別だって、よくないって口では言うし、そのつもり律して来たけど、やっぱり自分被差別側になるまで分からなかったことは多かった。そちら側の人らは自分とは姿形は同じ人間だけどよく分からない化け物だった。いつの間にか自分がその化け物になってしまったのは何だか不思議な気分だ。

万事がこの調子から困る。優しさなんてただの機械学習しかないのか。

もしそうだったとしても別にいいんだけど、最近は悲しみの機械学習に困ってる。

めでたくとある事情を抱えてしまった自分はもう結婚は諦めてしまったんだけれど、あれ程未婚に対する風当たりにフーンとしか反応を示さなかった自分がいざそうなってみると辛くなってくる。何でだろうな。悲しい境遇になったのだから悲しむべきだという呪いは重いな。

もう優しいとか悲しいとかが本当に自分感情なのかよく分からない。カラッポだったってことなのかな。

2017-03-31

人が機械代替されていくことになぜ危機感を覚えないのか

なんでみんなもっと騒がないの?

例えば生活保護バッシングの時に必ずと言っていいほど「明日は我が身」ってコメントが出るのに

機械自分代替されるって思わないの?

機械化が進めば自分にとってメリットがあるからそれは別にいいってことなの?

機械代替されるような無能は去れってこと?

でも無能が切り捨てられる世の中はダメってみんな言ってなかった?

あとBI論も必ず出てくるけれど、BIの社会保障的な有効性以前に、

今の世界でそれが実現される可能性がどれだけあると思ってんの?

ってか安倍自民長期政権なっちゃうような日本でBIなんかありえると思ってんの?

人が機械技術システムなっちゃうととたんに想像力が欠如しちゃう残念な人が多すぎて最近かなり気が滅入っている。

2017-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20170330010157

全然おかしくないよ

そういって欲しいんだろ?

お前含めて家族愛に恵まれて真っ当に育んでる連中ってのは

想像力配慮が足りなすぎる。

あんまり酷いと恨みを買うから気をつけろよ

http://anond.hatelabo.jp/20170330001235

渋谷凛「…知らなくても想像力で補えば大体何とかなるよ。そこは、ホストしようとする心次第かな」

2017-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20170329121019

これに限らず分からない厨って見るたびに本物のアホなんかなって思う。

アホというか想像力が足りないとか知見が狭いとか知能が欠けてるとかそういう感想

○○○が分からない、こうすべきだ厨。

いっちゃなんだけど本当に社会と隔絶した自室からまったく外に出てなくてコミニュケーションネットだけっていう人なんだろうなって思う。

今あるものにはちゃんと理由がある。

最低限、問題提起する事柄について一通り調べてから問題提起しよう。

2017-03-27

愛はハーゲンダッツストロベリー

たとえばデパートで手に入るような高級なものではなくて。はたまた有名なパティシエが手掛けた感じのブランドものでもなくて。

きみが心から欲していた“幸せ”って、本当はハーゲンダッツみたいなものだろう。

きみの求める幸せなんて、近所のコンビニエンスストアで買える。そんなことにはもうとっくに気付いていたくせに、わざわざ遠回りをして、遠くで見つけたものほど価値があるんだって錯覚していたんだ。

遠くへ遠くへ彷徨った挙句に疲れ果て、長旅に気が済んだ人から順々にここへ帰ってくる。いらっしゃいませ。おかえりなさい。


他のアイスクリームに比べると確かにちょっと高価かもしれないけど、手が出せないような値段ではない。高価だから好きってわけじゃないし、広告イメージがカッコいいから好きってわけでもない。

ただ単純に、それを口にするだけで無条件に幸せになれたんだ。そんな体験がきみにもあっただろう。きみの頭が憶えていなくても、きっときみの味覚が憶えている。今はただ、思い出せないだけで。

手を合わせて何かを祈ることが宗教だというのなら、きみもまた何かの信者だといえるだろう。

誰かがきみのためハーゲンダッツを買ってくる。それは、きみのことを考えて選ばれたストロベリー味かもしれない。きみのためストロベリー。きみだけのストロベリー。愛の発明とはその特別さに気づけるかどうかだ。

付加価値自分自身で見いだせる。物や感情事象に、特別価値を付け加えるのは自らの想像力だ。そしたらもう誰にも騙されないよ。先生にも、広告代理店にも、教祖さまにも。

<愛はコンビニでも買えるけれどもう少し探そうよ>

あるシンガーがそんなふうに歌ってから20年が経った。

この20年で、きみは一体いくつの愛を見つけることができただろう。一体いくつの愛を見過ごしてきただろう。

きみの愛はここにある。

愛はハーゲンダッツ

愛はハーゲンダッツストロベリー

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