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はてなキーワード: 原理とは

2017-05-01

自殺コスパ悪すぎ問題

自殺したら死ぬけど、強盗殺人しても100パーセント死刑になるわけじゃないから、原理的には自殺よりも強盗殺人のほうがコスパいいよね

2017-04-29

HKにうつった教授いるけどさ

実は10位前から流出は始まってる。

日本のみならずロシアにしても中国にしてもインドにしても一流でないが三流でもない二流国には、そこそこの人材がいるけど給料が低い。

こう言った二流国では上流階級は恐ろしいほど金持ちだけど上流の中でも下の方、つまりこの教授医者エンジニアみたいな人材はあまり給料が高くないことが多い。

から2流国からはこう言った人材流出する。これは経済原理で変えられない。防ぐには海外渡航禁止するしかない。

さらに、給料だけでも不利なのに、日本には儒教があるから労働者は働きにくい。

から日本企業だと給料数割りましじゃないと働きたがらない外国人も多い。

から儒教廃止したところで手後れ。

暫くはアベノミクスだなんだで一時的回復するだろうけどその後に又酷い凋落が来る。

2017-04-27

じゃあ逆に掃除機は何で空気を吸い続けられるの?

あれは扇風機の裏側に負圧がかかるのと同じ原理と思っていいの?

俺が優柔不断になったわけ

俺は自分ことなら悩むことなんて全くないよ。

自分のことでなくても、無理にでもロジックを見つけて決断して、もし間違ってても、その時の材料ならいつでも俺はその決断に至ったって納得できることを知ってるから決断に対して後悔したこともないよ。

こんな考えでずっとやってきたか自分優柔不断なんて考えたこともないし、決断するために考えることはあっても悩んだことなんてほとんどない。

でも、君からしたら俺は優柔不断に見えるのか。

俺の中の君AIの精度の問題かな。

俺がいろいろ悩むのは、これまでの生活で構築した君AIが俺がどっちの選択をしても悪い結果しかさないことを知ってるから

ある選択をしたら怒られた。

そこで俺は君AI動作原理学習した。

ある時、同様の事例で逆の選択をしたのに怒られた。

俺は前の事例と合わせても矛盾の生じない君AI動作原理を構築した。

ある時、その原理に則ったのにやはり怒られた。

俺は全ての事例に対して矛盾を生じない動作原理を構築した。

多少は無理があるかもしれないがこの原理なら説明可能だと自分を納得させた。

ある時、その原理に則ったのにやはり怒られた。

ある時、その原理に則ったのに・・・

俺は優柔不断になってしまったのだろうか。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170421215211

仏教その他のオール宗教だって、成長過程では社会との様々な軋轢経験してきた。

キリスト教だってテロどころか大虐殺や、国家間戦争引き起こしてきた。決して「安全」な教えではない。

ユダヤ教からみれば、キリスト教イスラム教も、同系列新興宗教だ。

ただ彼らオール宗教には、「どうにかこの社会とそれほど揉めずに折り合いをつけてきた」この数百年の歴史がある。

そこが、たかだか100年以内の歴史しか持たない新興宗教との違いだ。

宗教は、人に、既存社会システムとは異なる原理を与えることで、そこから零れ落ちる思いや悩みを救済する側面がある。

から社会にとって危険でないもの宗教ではないし、あるいは、宗教社会システムが結びつきすぎると、社会自体ヤバい方向に行く。

両者は、仲良くできないものなんだ。

成熟して社会と折り合いをつけることは、見ようによっては宗教の「堕落」かもしれない。

だが「堕落」してない宗教は、社会的には危うさをはらんでいるんだ。

宗教は「堕落」することで何とか社会と折り合いをつけているのだ。

オール宗教増田の感じる安心感新興宗教に感じる不安感て、そういうものだろう。

2017-04-20

つい本音ポロッと漏れ大塚拓財務副大臣

国会ウォッチャーです。

 野党戦略として、現状武器が日程闘争しかないと以前書きましたが、これは国会議論をしないようにする、というマイナスの面がありつつも、日程制限があることで、多数政党提案する法案についても、その議会通過の粘着性(viscosity)の高さゆえに、逆説的に国会に権能を持たせているところがあるのが問題を複雑にしているのです。これを単純に日程闘争による議会粘着性を問題視して、議会粘着性を失わせれば、多数を持っている政党党議拘束が強い現状を考慮すると、行政抑制が難しくなってしまうことにも注意が必要です。たとえばイギリス日本と似ていて、会期性を取っていますが、会期は最低ほぼ1年あり、かつ造反議員への懲罰もそれほど厳しくはないようです。単純に会期を長くすればいい、というものでもないでしょう。野党が現状持っている唯一の武器を奪ってしまうだけになってしまます。まぁ現与党による永遠施政を望んでいる人にはそれが望ましいのでしょうが。ですから国会の権能を確かなものにするためには、野党にちゃんと戦うための武器を与える必要があります。もちろん政権を打倒するための武器ではなく、行政監視するための武器です。つまり国政調査権です。

日本国憲法上、国政調査権を持っているのは「両議院

日本国憲法第62条「両議院は、おのおの国政に関する調査を行ひ、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」

これも森友学園加計学園日報隠蔽問題解決を妨げているものひとつです。日本国会では、この国政調査権委員会実質的分掌していますが、委員会は、証人喚問等には全会一致を、その他の国会法第104条に基づいた(これも主語は各議院委員会からね)記録等の請求に対しては、委員会による多数を求めています。これが問題解決を妨げている原因のひとつです。つまり完全に委員会で多数を占めている政党にとって都合の悪い調査は、行わないことができるということです。たとえばドイツでは少数調査権が保障されており、4分の1の議員による動議で、調査委員会(Untersuchungsausschusse)を設置し、証人喚問を行うことができます。こういった機能を持たせないと、野党に、十分な行政監視機能をもたせることができていないことが、まさに、いわば、現状明らかになっているところであろうと、このように考える次第でござます。つまり現状、与党自身から形成されている内閣に対する国政調査権というものは、良心にの依拠しているというところを加味して今日共産党辰巳孝太郎議員への大塚拓財務副大臣の答弁を見ると味わい深いものがあると思います

大塚拓財務副大臣与党理事相談するのは普通のことではないかと思いますけど」

森友学園の、土地値引きの根拠になった試掘調査データを出すのに、なんの個人情報もないのに、なぜ民間業者許可が要るのかとつめてます。まぁ前半も大事なところですが、何回も何回もやってるところなので省略。まぁ基本的には杭をどこに何本打ったかがわかる資料を出せ、とそれが値引きの根拠なんだろ、とこうやっているわけです。

辰巳

「審議に必要資料がまったく出てこない。これも問題です。刑事訴追とは無関係一般的資料提出もない。たとえば国交省この間、有益費のこの中身について、先ほど少し言っていただきましたけども、補償した項目をすべて、資料として出すように私は求め続けてまいりました。ところがこれらの資料について、国交省財務省は、”与党許可がないと出せない”とこういってきたわけであります理財局長、行政機関が、1政党許可を得ないと、国会議員資料を出せないと、これ法的根拠を示していただきたい。」

佐川

「お答えいたします。あの、本件森友学園に対する国有地処分に関しましては、二月以降報道をはじめとして、国会でもさまざまな議論をいただいております。それ以降ですね、議員の方々から説明、あるいは資料の提出、多数ご依頼いただいてございます。こうした中、ご依頼に対してましては、多忙な中、可能な限り、ご説明申し上げ、確認を行ったうえでの資料の提出について対応させていただいているところでございます。従いまして、資料に関しましては、不開示事由の有無の確認等の事務が生じますが、こうした対応を丁寧に行う上で、一定のお時間を賜りますことについては、ご理解を願います。そして、先ほどご質問いただいた事項でございますけれども、えー予算委員会理事会協議事項とされているもの承知してございます。いずれにいたしましても、我々、提出に向けての作業を進めさせていただきたいと思います。」

辰巳

「答えてないですよ。私は予算委員会で、理事会で求めた以外のものも、一般的資料の提出を求めてるんです(レクでの資料提出依頼のことだろうね。)。それも与党許可なくしては出せない、とこういってるんです。それの法的きょんこ(かんでてかわいい)示してください」

佐川

「えー、委員ご指摘の資料につきまして、私ども、委員とその、財務省職員との間でのやりとり委細承知してございませんので、いずれにいたしましても、予算委員会での理事会協議事項となっている資料につきましては、当然のことと承知してございますので、委員と所定のやりとりをさせていただいているところでございます。いずれにいたしましても、我々、提出に向けての作業を進めさせていただきたいと思います。」

辰巳

副大臣副大臣、どう思いますか。これ。行政機関が、1政党である与党許可なくしては資料さないっつってんですよ、三権分立観点からもコレおかしいと思いませんか。」

大塚副大臣

「えー本件相当政治的問題になってますから一般的与党理事相談するのはこれ普通のことじゃないかなと思いますが、これ(場内どよめく)えっそうですかね。たとえば(ヤバイか?ちう顔をしていらっしゃる)まぁいずれにせよ(ごまかした)国会審議、私も予算委員会決算委員会などでいろいろお伺いしておりますけれど、ま可能な限りー、契約書(海苔弁なー)、評価書、など鑑定資料もー、お示しをするとともに国会審議の中でも丁寧にご説明させていただいていると思っております。いずれにせよ、不開示事由、これは個人情報の有無、等を含めて間違いがあってはいけないところですので、これはきっちり、間違いのないように、丁寧に、作業を進めていると伺ってございます

辰巳

「今、問題発言ですよ、問題発言ですよ。かつて年金問題ときに、野党から資料請求に、与党への事前報告を求めたことがこれ、大問題になったことがありました。しかし今回行われているのは、それだけじゃないんですよ。与党許可が出ないと、野党には提出できないと、こういってるんですよ。これ与党議員による、事実上検閲であり、国会審議の形骸化ですよ。国会国権の最高機関であり、唯一の立法府である、私は国会自殺行為やと思います。これ副大臣もっかい答弁してください(やさしいね)」

大塚副大臣

「その担当者がどのようなお話をさせていただいたか、詳細には私は存じませんけども、通常の資料要求に対して、通常にお答えするのであれば、不開示事由があったらいけませんけども、そういうところきっちり精査をした上で、丁寧に対応させていただいているという風に思っておりますけども。まぁ事前検閲とかそういうことではないと思いますけど。」(チャンスをいただいたのにフイにする副大臣。でも”私の責任で出す”とかいちゃうと、松本洋平内閣府副大臣みたいになっちゃうもんねー。大変だね、同情はしないけど。)

辰巳

検閲ですよ。具体的には、理財局国有財産企画課長に、文書の提出を求めると、”与党議員に聞かなきゃなんない。アポが取れずに許可が取れないので、資料の提出は待って欲しい”と私に再三述べてまいりました。またこれ決済文書のですね、一部、これ黒塗りのところだけでもいいから出してくれと、求めると、これは”与党許可が出ない”と拒否をし続けたわけです。こういうことが起こってるんですよ。国交大臣国交省でも同じようなことが怒ってるんですよ。このようなあり方は、三権分立形骸化させるものではないですか。」

石井国交大臣

委員が今、同じようなとおっしゃいましたが、同じではないんですね。私どもの職員が、委員とどのような対応をされたか私は承知をしておりません、仮に、そのー与党議員の云々と発言したとするならば、その発言趣旨はおそらく、要求された資料公表するかしないかが、理事会協議事項となっている場合に、資料公表にあたり、関係する委員の皆様に説明する必要があることを申し上げたのかと思います

辰巳

理事会協議以外の資料もそういって出してこなかったんですよ。この間、私はレクの中でですね、貸付料の滞納があるんではないかということを聞いてまいりました。これ理事会協議にも予算委員会でもなってないですよ。これ与党許可がないから出せないんだ、こういうこと言っていたのは国交省なんですよ。これ大臣知らないんですか。局長どうですか」

佐藤航空局

「貸付料の件ですが、日時は覚えておりませんが、委員がご質問される前日のレクの際に、提出をさせていただいたと記憶してございます。」

辰巳

「私が提出を求めてから2週間も、3週間も提出してこなかったのは国交省なんですよ。それで質問する前日になってやっと出してきたんですよ。こういうことがね、森友問題では起こってるんですよ、これね、与党行政機関と一緒になって森友疑惑隠蔽すると、こういうことですよ。これ、絶対許せないと。事前検閲絶対許せないと申し上げて、私の質問を終わります。」

いや大塚さんの言ってることは官僚の行動原理はちゃんと説明してて、「政治的問題」(マルセイ案件というらしいですが)を官僚許可なく野党に出すことをビビッて忖度してるか、与党が命じてるか知らんけど、まぁ実情は把握されてんだろうねぇ。

バナー広告見たいときには無い問題

ネットバナー広告普段は全く気にしてないのだが、

週いちくらいの頻度でページ遷移中に「あっこれ見たい」と思っても

踏むより先にページ移動が済んでしまって、

あわてて戻るボタンで元のページに戻っても、

そこにあるのはクソ興味もない別のバナー……という事態に遭う。

 

要するに、ページ本体の内容に興味があって見てる間は

広告存在がまったく目に入ってなくて、

リンク踏んだあととか戻るボタン押してリロードしてる間の暇な時間

一旦コンテンツへの集中が切れているタイミングで、広告に目が行くのだ。

しかしご存知のように、バナー自体独立したランダム表示のため、

一度表示されたページに戻っても、同じ広告が出るとは限らない。

ゆえに一瞬注目を引いたバナーが踏まれることはない、という状況と思われる。

広告に目が行くのはページ遷移中」という原理無視しているがために、

広告主には機会損失を、ユーザーには気になった広告が追えないという不幸を、

それぞれ与えているわけである

一種のLose-Lose状況である

 

私は悲しい。

神様バイキン説

人間やなんてロマンチックものじゃなく、基本的エラーから発生した歪みなんじゃないかと思ってる。

ゆらぎも何もいない状態から、なんかよく知らんけど均衡が崩れて宇宙が開闢したわけでしょ。

もし何もない場所にそういう原理が発生したとして、神様のものが膿かバイキンみたいなもんだと思えるわけ。

我々という存在基本的神様模倣品なわけじゃないですか。生活の中に宇宙の相似形も発見できる。

すると神様ってつまりは不完全じゃねえの、と思うの。

何かを生む意思とかそういう人格神的なもの以前に、ボウフラとか池の藻だとかそういうやつ。

ボウフラと池の藻が高い知能をもっててRNAかなんかに記憶を貯蔵してるとか(オカルト)、当人が知ったらどうすんだろうね。

いやまあ知能がないけど。しかし彼らは望んでそうなったかとか計画的にそうなったとはちょっと思えない。

蚊は花の蜜を吸って細菌媒介するけど、他の生態系でも良かったわけだし。

ざっくり言って偶然じゃないですかねー。宇宙開闢。

2017-04-19

昔の自転車ライトの発電方式電気自動車の発電方式

昔の自転車ライトってさ、円形のやつがタイヤに当たってぐるぐる回って自家発電してたけど、電気自動車も同じ原理で発電できないもんなのかね。

2017-04-17

はてなブックマークというサイト自体はただのランキングサイトからニュースサイトとしての価値は薄いんだけどここ数年ニュースを知るならこれ!という顔で迫ってくるから馬鹿なんじゃないの?っていう反応が多くなるのは当たり前でたとえばふぁぼったーツイッターを知りたいならここ!みたいに紹介されたら馬鹿なんじゃないの?って言われたと思うんだけどこの例えはもうあんまり通じないかもしれない

こういうこと書くと僕らはただブックマークしてるだけだよみたいなコメントがついてさらに星を集めたりしてるから原理的な話と実際的な話を一緒くたにすることがウィットだと思ってるような頭の軽い人たちが遊びあってるだけでもうランキングサイトとしても価値がなくなってるんだなあというのがわかるし

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170415214559

元増田です。

出世、したいねえ。

ただちょっと不安なのは職場に「こういう人になりたい」って管理職がいないことなんだよな。明確なビジョンが無いっていうか。

どこの会社でもそうだけど、モノづくりの現場人間って、知識が乏しいんだよね。検査とかしてても、それが何のための検査なのか、誰も分かってなかったりする。

モノづくりの現場でも、そういう原理的なことが分かる人がいた方が上手く回る気はしてて。出世とは別だけど、そういう人になりたいかなぁ、俺は。

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170414185733

日本にゃ米軍本国のどの基地よりでかい第7艦隊本拠地があるんだよ、横須賀にね

西太平洋からインド洋まですべてに睨みを効かせる第7艦隊があるんだ

日本には韓国駐在している倍の規模の米軍がいて、朝鮮半島での戦略展開には日本後方支援が不可欠になっている

横須賀に核撃つくらい、全然おかしくない合理性がある

後方支援阻害のための、日本国内テロ活動はめちゃくちゃあり得る

被害は何万人じゃなくて何百人かもしれないけどね


そう、何かあっても数か月で落ち着くだろう

でも、何百人から何万人かの犠牲と、国内一部地域の数か月の混乱は、防ぐ必要懸念する必要もないほど、どうでもいいことか?

ねえよw

横須賀を壊滅させればアメリカは恐れを成して逃げるのか?逆だろ

増田理屈なら、そもそも核も兵器も持ってないんやで

使うから持ってるわけで、横須賀に1発撃って次は沖縄に撃つ、横田に撃つ、って言ってもアメリカは何も気にせず突っ込んで来るのか?

金さん捕まったとして、横須賀横田に1発ずつ撃たれたら、アメリカ不利益の方がでかいだろ

金さんの行動原理は保身だけじゃないぞ

国内でのメンツが立たなきゃどの道死ぬし、刺し違え狙ったり、長期化で世論萎えを狙ったりもするぞ

理屈をつけて、ないない笑って思うのは簡単だし楽だが、事態はそんなに単純じゃない

増田が思うほど単純なら、北朝鮮アメリカ中国外交なんか適当にやっても問題ないって話になるぞ

現実はどこまで起きるかわからんし、俺も心の奥ではまさかって思ってるよ

でも、何が起きてもおかしくないとだけは頭には入れておかなきゃいけない事態なんや

突っ込んで来るに決まってるだろ

軍事だけじゃなく政治も考えろよ

まあ、安心したいならそれでいいけどな

差別区別差別なのか?

差別とはその対象構成する何らかの身体的特徴,性格出自思想,その他肉体/精神を問わない何らかに対しそれをあげつらうことだとする。

一方,区別はその対象は同じだが,そこに線引きをする,ということに差別との違いがある。

たとえば,遊園地におけるアトラクション身長制限安全上の「区別」であり,これを「差別」と捉える人はまず居ないだろう。

また,男女でトイレを分けることも,身体的特徴からくる排泄行為の違い,及び盗撮などの各種犯罪行為抑制するための「区別」と捉えることができる。


しかし,差別区別を分ける本質的な線引きは存在しない。なぜなら,何らかの発言措置をどう捉えるかは個人によって大きく異なるからである

たとえば,(文脈にも依存するが)「バカ」と言われて喜ぶ人もいれば,烈火の如く怒る人もいる。電車バスにおいて席を譲るにしても,

「私がそんな年寄りに見えるか!」と怒る人は少なから存在する。

では,なぜ男女でトイレを分けることが「区別」で,人種によってトイレを分けることが「差別」とおそらく一般には広く認識されているかと言えば,

それは圧倒的多くの人,つまり世間がそう考えているからに過ぎない。世間時代が変わればその境界は大きく揺らぐだろう。

たとえば低身長でも完全に安全アトラクションが導入されたとして,そのアトラクションに対し「120cm未満の身長のお子様はお乗りになれません」という

ルールがあれば,119cmの兄は121cmの弟を逆恨みし,これは差別だと断じるだろう。


ここで重要なのは,ある発言を「差別」と受け取るか,「区別」と受け取るかはそれを言われた本人にしか決定できない,ということにある。

まり,「ヘイトスピーチ」が世間構成する人の殆ど差別的だと捉えたとしても,「ヘイトスピーチを行う人は差別主義である」という発言

ヘイトスピーチを行う人がその発言差別だと認識する限りにおいて,「差別は常に行うべきでない」という前提があるのであれば,

ヘイトスピーチを行う人は差別的」だからと言ってそれを「差別」することはできなくなる.ここにパラドックスが生じる。


これらから導かれる1つの思想は,「他者危害を加えない限りにおいて,あらゆる思想言動は許されるべきである」という自由主義的発想である

この思想に従えば,「他者危害を加えない限り」ヘイトスピーチも,反ヘイトスピーチも共に許容されるべきである

ここで,「他者危害を加える」ということがどこまで含むかをよく考える必要がある。

仮に,「反感を覚える」ことまでも「危害を加えられた」と定義する場合,反感を覚えるかはやはり主観によるため,

原理的にあらゆる思想言動規制することが可能となる。従って,ノイローゼになったとか,躁鬱病になったといったような

より別の基準を設ける必要があると考えられる。ここにはまだ議論余地がある。


そもそも,なぜ議論必要かというと,人間の発想・思想は不完全であり真理ではない,という理由が挙げられる。

従って,あらゆる批判相互に許し,良いところは伸ばし,悪いところは修正を図ることで真理に近づくことができる,というのが

自由主義の考え方であるしかし,自由批判を行うためには論理的思考能力,互いの尊重感情的発言の極限までの抑制などが

必要となる。それらの能力はどこでどのように身に付けるべきなのか。


義務教育において教え込むことで,非常に長期的視野に経てば数世代交代する頃には「大多数」がそのような能力を身に付けることが

可能になると考えられるが,そもそも,論理的思考能力を身に付けるべきというこの自由主義的発想そのものも常に正しいと言えるのか,

批判対象でなければならない.そのような対象義務教育によりある意味では洗脳のように教え込むことは,所詮多数派による

体制の維持に繋がる行為であり,自らその必要性を強く感じ,そのような能力を獲得することが望ましい。

しかし,その必要性を感じるには,論理的思考能力必要である。それはどこで身に付けるのか。


最近,このようなことをずっと考えている。


2017/04/14 10:52 Typo修正劣化ミルというよりも完全にミルの考えそのもの


2017/04/14 10:52 ミルは『自由論』において多数派小数派を多数決で圧殺することを無効化するため,

立場によらず,是々非々相互批判可能にするために「他人危害を加えない範囲であればどのような自由も許される」という原則提示している。

ただし,この前提として「分別がある」ということを挙げ,子供発展途上国はその例外から教え込むしかないと言っており,

この前提はたしか現実的な前提ではあるものの,私は懐疑的立場を取っている。

分別」はどこで付くのか.たしか小学校の頃はないとしても,大学生ならついていると言えるのか。高校生はどうか?

また,この自由主義が「多数派」にもしなったとき教育によりその体制を維持するというのは自由主義による「圧政」ではないのか?


2017/04/15

追記した。またね

http://anond.hatelabo.jp/20170415091825

2017-04-06

男が踏み出すべきという風潮が気に食わない

男が踏み出すべきという風潮が気に食わない。

「もう少し押してくれたら(なびいたのに)」という話を女性から聞いたとき気持ちがあるなら自分が動けよ、とイラッとした。

これは悪い例かもしれない。

でも、女本人は気があり態度にはチラつかせつつも明言せず、男に言わせる行動させるという原理世間にあるようにみえイラつく。

ずるいのは、女は態度をチラつかせつつも明言しないことで、男側の行動を促し、

いざ女本人にとって気に食わなかったり関心が無くなったり旗色が悪くなったりすると、

女本人は明言していないことを下敷きに、男が一方的に求めたような状況を作ろうとしているようにみえるところだ。

明言した人の気持ちが変わるのは悪くない。

でも、実は女本人には男に気があり暗に促しておきながら、女本人にその気はないのに男だけを何か一方的に迫った人に仕立てるようなまねはやめろ。

しかけ誘って反応がなければ朴念仁とくさし、逆に想定外や想定以上の反応を受けると勘違い野郎だの犯罪者だのと怖がってみせる。

態度を明言しなければ、自分にとって好ましくない男の対応はいかようにも叩けるフリーハンドを得られる。

そのフリーハンドには社会的制裁も含まれる。

でも、「いつキスしてもおかしくないその距離を作るまでが女の仕事ペットボトル1本分の距離を保つ。女からキスしたら男に恋は生まれない」、

という理屈も分かるような。もどかしい

2017-03-31

菊池誠どうしてこうなった

菊池誠という人がいて、一時はてな論壇においてそれなりの存在感を放っていた。

現在では一山いくらネトウヨおじさん程度にしか認識していない人もいる。もはや過去の人であると断ずる向きもあるだろう。

しかしながら、彼について再考することで、論壇で今も跋扈する科学非科学という対立軸を新たに捉え直す機会を持てる気がする。

というわけで彼の言説とその評価の変遷を追っていきたい。

菊池誠とは何をしていた人なのか。

2000年代後半。ニセ科学批判という社会運動が産声を上げた。

これは、自然科学に関する嘘をエビデンス棍棒で殴打するというシンプルかつ大変に社会的意義のある運動で、その倫理的な正しさからはてな市井で好評を博した。

この運動には様々な人が加わり、皆それぞれの専門分野に関する多種多様な嘘デタラメを殴り倒していた。

また専門分野のない人は、非専門分野に関する言説の妥当性をいか評価すべきかということについて学んでいった。

よくわからんという人はid:NATROM先生がたくさんいたと考えてください。

当時その運動の中心にいたのが菊池誠である

ニセ科学ニセ科学批判

ニセ科学とはなにか。誰が、なぜ吹聴するのか。このあたりは先人の素晴らしいテキストが山程あるのでそちらを参照するのがよい。私も一応書く。

ニセ科学とは自然科学に関する嘘である

ニセ科学批判対象となったニセ科学は多岐にわたる。多岐にわたるがざっくり2つに分ける。

証明されていないことを証明されたと言うか、証明されたことを証明されていないと言うか、である

科学的知見というものは往々にしてひっくり返るので、この宇宙を縛る法則から演繹していった時に実はニセ科学が正しかったということは有り得る話である

しかしながら個人霊感で獲得した宇宙の真理よりも、定められた手続きを踏んで得られた結論宇宙的には間違っていたとしても)の方を評価するというのがニセ科学批判スタンスだ。

ニセ科学主体も様々である

営利企業大学教授特定肩書のない個人的ブログ政党や国そのものである場合もある。

彼らは何故嘘をつくのか。その動機を大きく4つに分ける。経済的利益金銭)・社会的利益名誉)・思想利益党派性)・倫理的利益善意の施し)である

どのニセ科学もこのいずれか、もしくはそれらの組み合わせから生み出されていると分類できるだろう。

例えば近藤誠武田邦彦動機は金と売名だし、安倍晋三下村博文共和党言動党派性の発露であり、有象無象ブログ代替医療他人の癌を根治しようと試みるのは無知に基づく善意による。

ニセ科学批判はこれらの動機や背景を問わずに殴りつける。

ニセ科学批判党派性から最も遠いところにいるとは菊池誠言葉であるが、定義上これは正しい。

また、個々人のレベルで見ればその批判対象選択において党派性が働くこともあるだろうが、運動総体として捉えればそれは働かない。

組織を持たない草の根運動であるため、一貫した思想により運動員を抑えつけるということが原理的に不可能からである

運動自体に対して外部から党派性を見出す人は多々いるが、それは往々にして自身党派性を表明しているに過ぎない。

例えばid:finalventにはニセ科学批判左翼的活動に見えるそうだし、反原発派の中の放射能デマを吹聴するクラスタから当局におもねった保守的運動である批判されている。

ニセ科学は大きくデマという概念内包される。デマの分野を自然科学に絞り、真実性の判定に科学手続きの有無を利用している場合それをニセ科学呼称すると言い換えても良い。

ここからニセ科学批判方法論を他分野のデマの払拭に利用できるのではないかと考えられる。特に人文科学系や社会科学系等の他分野の学問においてはその応用が容易いだろう。

例えば歴史学における歴史修正主義である

ニセ科学人文科学社会科学系のデマとは地続きの問題であり、ニセ科学批判ニセ科学だけを取り扱うのは、単にそれが自らの領分からというだけである

ニセ科学批判参加者自然科学系以外の言説に対して取るべき態度は、専門分野外の自然科学系の言説に対して取るべき態度と同一でなければならない。

そうでない時、その価値判断には先の4つの動機のいずれかが作用しているのである

「えー、じゃあさじゃあさ、なんで菊池さんはネトウヨおじさんなんて扱いを受けるの?だってさ、人が科学事実を前にした時にどういう要因が認知を歪ませるのか、またその考え方は自然科学分野以外でも応用できるってことを誰よりも分かってるはずでしょ?ネトウヨなんてポジショントークが凝り固まって人型を成しているような存在じゃん。おっかしーぜ、それ。一個人党派性から逃れることは出来ないにしても、自覚を持っていてその都度自己補正に努めればそこまで極端なことにはならないでしょ。オレ、納得できないなー」

そうだね、たかし君。じゃあ次の章では菊池誠の言説とその捉えられ方の変遷を時系列に沿って見ていこうか。それから菊池誠言動が本当にいわゆるネトウヨ的な物なのかということもちゃんと検証してみよう。

kikulogとtwitterから見た菊池誠

さて、ここから菊池誠とその周囲の言説を掘り返し、断片的な事実を拾い上げ、時系列を整理し、推論を検証し、STS辺りも総括し、ニセ科学批判史とも絡め、最初テーマに関して結論を出さなければならない。

でもなんか今週入ってから超体調悪くて、鼻は詰まったり止めどなく流れたり、体はとにかく熱っぽくて横になっているのも辛い。

よく考えたら私は菊池誠親族でも知人でも生徒でも何でもないわけで、果たして病体にムチを打ってまでこの駄文執筆に労力を割くべきなのだろうか?ここは潔く挫折する。

でもこのテーマ自体は割と意義があると思うので誰か調べてまとめて書いといて欲しい、個人的にはid:ublftboさんが適任かなと思う。でも多分やらないだろう。面倒くさいし。

(4/2追記)

どうやらこの記事の続きは執筆されないことが確定したため、以下に執筆時の構想諸々を記しあとがきに代えるものとする。

・7年ぶりくらいに菊池先生名前を目にしたら、なんか凄い扱いになっていたので驚いて、矢も盾もたまらなかった。

菊池誠に対する周囲の評価の変化点は2つくらいありそうだと思ってる。震災それから1年以上後。

2009年から現在に至るまで菊池誠ネトウヨおじさんではない。ただ看過できない発言は多々あるし、愛想を尽かす人もいるだろう。これは年を追う毎に悪化しているように見える。今の立ち位置id:hazumaちょっと似てる。

2009年頃と現在で、周囲から投擲される評価は明らかに変質しているわけだけど、それは菊池誠と周囲のどちらかあるいはその両方が変わった/変わっていない結果なのかという大枠の問いがあって、これは菊池誠が変わったというよりは、周囲に今までいなかった(少なかった)人種が現れたからだと思う。

・逆に言うと震災以前にもある種の題材を絡めてその手の人種と邂逅する機会があったら、今よりもっと早くこうなっていたと思う。今の状況はなるべくしてなったと言える。

どうしてこうなったかは意思疎通が上手く行かなかったから。上手く行かない原因は個人でなく構造求めないと仕方ない。専門家と非専門家の間にはクッションが必要になると思うんだけど、IKEAが布にガラス片を詰め込んでこれはクッションですと言い張ったり、あるいはクッションそのものを用意しなかったりするから専門家自身が夜なべしてクッションを作らないといけない。彼らは裁縫専門家ではないので、その出来は個々人の技術によって大きくムラが出る。ところでIKEASTSである

STSとは、何の生産性もなく相対主義ぶって科学者を腐してあてこすりで飯を食ってる人間の屑が集う旗印である、というのがこれまでなんとなく聞いていた印象なんだけど、いくらなんでもそんなものが何十年も学問として存続するわきゃないと思う。思うので、この際ちゃんと調べて、その社会的役割と意義と実際のところを自分の中で明らかにしておきたかった。震災時に(震災時でなくとも)彼らが求められる役割を十分に果たした結果がこれなのか、あるいは十分に果たせなかった結果がこれなのか。またそれはなぜなのか。

・つまり不幸な例であるところの菊池先生の件を足がかりにして、自然科学分野における専門家と非専門家とのディスコミ問題をアレできるんじゃないかと思ったというところが発端です。

ブクマニセ科学批判ってもっとからあったでしょと言う指摘があったんだけど、前出の"ニセ科学批判史とも絡め"というところで今現在ニセ科学批判とされる運動の形はいつごろ成立したのかも調べておきたかった。書籍で探すと、訳語としてニセ科学を当てはめてる物は結構からあるんだけどこれは定義が今と違っていて、今使われている意味でのニセ科学という用語webだと2004年が初出だと思う。ニセ科学批判についてはgoogle先生になんとなく尋ねるレベルでは天羽さんとかid:kamezoさんの2005年位のログしか出てこない。水伝での田崎さんと天羽さんは運動の拡大に大きく貢献したよねとか海外情勢(主に米キリスト教福音派系の)はid:Kumicitさんの忘却からの帰還が強かったとか、ニセ科学批判史は最終的に年表にしたかった。

以上が主観的になんとなく思いついた推論なので、これらを補強あるいは反証する材料を沢山探して、結果何かがまとまる予定だったのだということを言い残したかっただけの年度末だった。

2017-03-28

1984』はソビエト監視社会の話ではない

1984というと一般には全体主義監視社会という観点で語られがちであるが、実のところ、かの世界でテレスクリーンによる監視を受けているのは全体の20%にも満たない中上層階級だけである

では残りの80%――プロレと呼ばれる労働者階級――はどうしているのか

教育は与えられず、ニュースピークにより思考方法は奪われ、代わりに無害な娯楽(プロフィードと呼ばれる)と党のプロパガンダが与えられる。そうして実際には党からひどい搾取を受けながらそれに疑問を抱くことはなく、二分間憎悪熱狂し、B.Bを熱愛する

こうして政治的去勢されたプロレは、もはや体制に脅威を与えうるものではないと見做され、永遠の窮乏と抑圧の中でほとんど"放し飼い"にされているのである

昨日のプロパガンダ今日プロパガンダ齟齬があっても彼らは気にしない。より上位の階層であればそのような認知的不協和を解消するために二重思考を用いるのであるが、プロレはそんな面倒な(そして高度な)方策を用いるまでもない。彼らは今日与えられた"真実"を今日真実としてただその中に生きている

このような社会では中層階級が立ち上がり下層階級と手を組んで社会転覆することは起こりえない。立ち上がる可能性のある中層階級に釘を刺すために監視は行われているが、しかしそれは党の支配原理の中枢ではない

党の支配原理はむしろ現実認識思考コントロールにこそあり、またそれがこの物語主題でもある

そう、1984は "一億総ネトウヨ" の世界なのだ

2017-03-26

納豆原理的にも腐ってるし部屋も腐臭で一杯になるしで、理解できない食い物の一つだ。

高校時代無理やり先輩に食わされてまずかった記憶もあって利点が見いだせない。

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324224917

法律勉強ってやればやるほど人格が歪むんだよな。

徹底的な自己責任自由競争原理支配する価値観の中、違法でなければ何やっても良いっていう世界から。あとはもう金、金、金、金。

弁護士とか、金と実力さえあれば何やっても良いみたいな価値観の人結構多いよ。

子どもなんてコロッと染まっちゃうんじゃないかなぁ。

学校で教えるならその辺を省いて説明することになるけど、そうなるともう浅薄な授業しかできなさそう

その話が前提なら人間アプリオリを越えられないか原理には到達できなくない

水が器の外に出ることはできない

同様に、すべてのもの世界を成り立たせる原理を超えることはできない

水が器の形に従うように、すべてのもの原理に従う

すなわち、原理を知ればすべてのものがどのように動くかを知ることができる

2017-03-22

向井秀徳当事者性による二重性批判


「俺がそこにいた!」

初期ナンバガ歌詞を振り返るとこういう文体が多い
omoide in my head』の「17歳の俺がいた」もそうだ

これは一人称の文に見えるが、実は三人称
俺“は”ではなく俺“が”と書くためには
「俺」という登場人物第三者視点から見る必要がある
まり三人称視点登場人物としての「俺」を描写していることになる

だが、この三人称の語り手は客観的ではない
いた、ではなくいた“!”と主観をむき出しにする
語り手もまた“俺”であることを忘れてはいない
まとめると語り手「俺」が登場人物「俺」を主観的記述した三人称、となる

自分自身物語内の登場人物として捉え直すのは、メタ的だ
向井映画監督を目指していたそうだが、
カメラファインダーという隔たり越しに登場人物描写する手法もうなづける

だが、メタ視点から正確に写そうとすればするほど、対象からは離れてしま
その対象が持っていた熱や存在感当事者性はどんどん薄まるだろう
そのメタ的な隔たりによる当事者性の薄まり向井は冷たいと感じた
そういった客観性集合体こそが「冷凍都市」であり
それを攻撃するための当事者性の象徴こそが「性的衝動」となる

語り手の俺が登場人物としての俺や少女描写する、という二重性
正確に描写しようとカメラの精度を上げるほど当事者性が薄れるジレンマ
こうした二重性を自覚した上で破る矛として性的衝動を用いたのが
初期ナンバーガールの詩の原理なのではないか

ではザゼンだとどうなのか
カメラ技術進化すれば、もはや人の目で見ているのと変わらなくなる
そうした現在において「メタフィクション批判」はもう古い、リアリティもない
向井秀徳カメラ技術もこなれてしまった
だが、世間当事者性は弱まるばかり、性的衝動を用いて復権させなければいけない
(よみがえる性的衝動
性的衝動は二重性を攻撃することでこそ、その強さを示せるのだ
から語り手/登場人物という入れ子構造を使わずに二重性を作らなければいけない

そこで向井リフレインに注目する
同じ場所言葉を何度もダブらせることで、反復が差異を生む
フィルムの一コマコマを切り分けるのと同じだ
(繰り返される諸行無常
こうして場所を移すことなく二重性を生み出すことに成功した
ナンバガ時代の二重性が
登場人物としての俺を乖離させることで生み出す客観的二重性だとすれば、
ザゼン以降の二重性は、単独で生み出せる主観的二重性といえるだろう
向井カメラシャッターを切らず、
ただ自分の目のまばたきでフィルムを切り分ける方法を見つけたのだ

はいえこ主観的二重性は『omoide in my head』の時点で芽生えている
思うに、福岡時代当事者性=性的衝動の強さを無根拠に信じていられたのではないか
カメラを手にしたばかりの少年にとってはどんな景色自分のものに思えるように
だが東京に来て、描写対象性という問題に直面して当事者性を鍛え直す必要が生じる
そうして鍛え上げた結果、福岡時代のような信頼を取り戻しつつあるのが
現在ザゼンボーイズでの素朴な描写に至るのではないか


ブログツイッターもやってなくて書く場所も聞いてくれる相手もいないのでここに
誰かツッコミ入れてくれ

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321021910

端的に言えば、飯をレンジで温めるのに必要時間は、主に温める前の飯の温度に依存しているので、

外観から判断不可能な点が問題を難しくしていると思う。

レンジで温める以上、原理的には飯の水分量もかなり重要だが、食べる前提の飯であれば、水分量は大きく変わらないはず)


科学的には、飯の重さと温度を事前に計測すれば、何秒で温めるのが適切なのかグラフ化することができるだろうけど、

実用上は、そんな計測をせずに30秒ごとに温まり具合を見たほうが素早く適切な温度に出来るのだと思う。

2017-03-20

STEAMバンドルサイトってどういう仕組みなんだ?

ちょっとあり得ない値段でゲームを売っている裏には一体何のからくりがあるのだろうか。

スチームで目一杯大安売りされてるときでも1個200円や500円はするようなゲームが5本入って1ドルとかどういう原理なのか理解に苦しむ。

何で沢山買って値段が下がるんだ……。

2本分の値段で10本買えるとかならとんでもなく良心的な福袋とでも考えられるが、中身が分かってる商品セール時に1本買うよりもずっと安い値段で複数買えるってのは意味がわからねえ。

パッケージじゃなくてDL販売からソフトの元手がいらないからここまで安くしてもいいって事なんだろうか。

何がどうなってるんだ本当に。

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