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はてなキーワード: 嘔吐とは

2017-03-12

毒親持ちのシステムエンジニアSC合格するまで

こんにちは

私(♀)は今、北日本のどこかにある某システム会社システムエンジニアをしています

20歳就職し、今年で5年目になります

小さいときからパソコン電子工作が好きで、高校卒業後は情報系の専門学校入学しました。

飛びぬけて優秀というわけではありませんが、進学の推薦に困らない程度の成績は維持していました。

卒業がせまったときに進学か就職かを決めることになりました。

私子ちゃんの成績なら進学なんでしょう?」「私子は進学のほうが向いてるよ」と周りからは言われました。

私も進学したいという気持ちがありました。

親に相談したところ、母は「ダメとは言わない。進学するなら奨学金を借りてほしい」と言いました。

父は「四大を卒業した女はすぐに結婚して辞めると思われる。四大なんて女が行くところじゃない」と言いました。

父が言うならそうなのだろうと思いました。

奨学金を背負うだけの覚悟もなかったので、就職を選びました。

今のシステム会社入社し、同期の1人と一緒に運用系の部署に配属されました。

学生時代はCやJavaの基本について学んではいましたが、その部署ではプログラミングをすることはほとんどありませんでした。

代わりにLinux,TCP/IP,ネットワーク構築の技術が求められました。

LinuxTCP/IP,ネットワーク構築は初めて見る知識で先輩が教えてくれる業務をこなすの必死でした。

一緒に配属された同期は性格の明るさと器用さでどんどん仕事を覚えていき、私と差がついていくのがわかりました。

のし我が家

同期と差がつけられるのが悔しかった私は、勉強をはじめました。

とりあえず応用情報(AP)を取得しようと思いました。

基本情報学生時代に取得済み)

そのころ、我が家祖母介護めぐりよく父と母がけんかしていました。

母が「殺せ!殺せ!私を殺せ!」とはさみを持ってよく叫んでいました。

私と弟が母親をよく羽交い絞めにして止めました。

祖母は、父に対しかなりの毒親っぷりを発揮&クソトメであったため、介護も大変だったようです。

家族喧嘩を見つけたら止めなくてはいけなかったので、

喧嘩を見なければいいと思った私はよく図書館勉強していました。

その秋のAPは落ちました。

パワハラおばさんとの出会い

配属されて1年ほどたったころ、私はある女性40代、既婚)の下で働くことになりました。

ほぼ男性部署で、私が入社する前は部署唯一の女性でした。

以下おばさんと呼ぶことにします。

「なぜわからないの?」「かんがえたの?」「もう1回調べて」とよく言われたので、言うとおりにしました。

厳しいなぁと思いましたが、私の成長を思ってしてくれているのだと思いました。

自分なりにがんばってみるものの、つき返される日々がつづきました。

そのうちに、夜眠れなくなりました。

おでこにきびで埋め尽くされました。

出社前に嘔吐するのが日常になりました。

毎日倦怠感がありました。

仕事 がんばる 方法」「仕事 落ち込み 立ち直る」でぐぐることが多くなりました。

いろんなにきび治療方法を試したので、にきび治療に詳しくなりました。

元気出す系のドーピングアイテムにも詳しくなりました。(レッドブルからプラセンタまで)

ある日、おばさんが言いました。

あなたを見てるとイライラするのよ。あなたの成長なんて知ったこっちゃないのよ。さっさとやってよ。」

その後、うつ病と診断され、1ヶ月会社休みました。

うつ病になってから

我が家うつ病理解があるとは言いがたい家庭です。

土日出勤・給料未払いというブラック企業勤めの弟が居たので、相対的ホワイト企業勤めの私がうつ病、ちゃんちゃらおかしかったのでしょう。

夕食のときに、父が「会社を休むのなら学校にでも行け」といいました。

私はおもわず泣きました。

「飯がまずくなる」と父にしかられたため、自分の部屋で食べました。

休んでいる間の家族の目がつらかったので、1ヶ月で仕事に復帰しました。

「つらかったら半日で帰ってもいいんだよ」と上司男性、おばさんとは別人)に言われましたが、家に帰ってもろくなことがないので、定時まではたらきました。

そんな中、弟が交通事故で重傷を負いました。

弟は障害者手帳を持つようになりました。

弟の日常生活を、家族サポートするようになりました。

ある日、私が自分と弟の夜ご飯を作るよう言われていましたが

用事があり作りませんでした。

弟は帰るなり私を殴り、「なぜ俺の飯がないんだ」と叫びました。

さすがに理不尽だと思い親に訴えました。

母は「あの子やかんみたいな子だからね。すぐに沸騰するのよ」といいました。

その後親から弟にお叱りがあったようです。

弟は私に会うたびににらむようになりました。

親に言いつけたことへの報復が怖くて、夜は自分の部屋の扉に、机やいすでバリケードを作って寝ました。

一人暮らしをはじめる

APは5回ぐらい落ちました。

親の怒号や弟の報復におびえることな勉強できる場所がほしいと思いました。

実家暮らしで、うつ病趣味もなくなっていたので、お金はありました。

親は、一人暮らしをすることについては何も言いませんでした。

引っ越したのは大通り沿いの木造アパートでした。

隣の部屋のおじさんの声、車の音がうるさかったですが、親の怒号や弟におびえた日々に比べたら天国でした。

好きな時間にご飯が食べられる。

好きな時間勉強ができる。

好きな時間に帰ってこられる。

家事料理も楽しくて苦になりませんでした。

引っ越しからAPに受かりました。

調子に乗ってSCも受けたら、受かりました。

以上です。

2017-03-09

体育で何が一番嫌だったって

怠けてる、ふざけてるって言われることだった

小中学生の時は日頃の行いが良い生真面目な増田くんで通っていたので

ちょっとくらい何か失敗してもお咎めなしだったが、体育の時「だけ」周りが別人のように冷たくなるのがキツかった

正直どう見たって誰よりも息切れしてゼエゼエハアハア言って嘔吐寸前、毎時間死にかけてたのに

あいつは怠けていると白い目で見られ、聞こえるように悪口を言われた

別に走る距離を短くしてもらってたなんてこともないし欠席もしてなかったけど

「凄く息切れしてるね、大丈夫?」なんて先生にもクラスメイトにも一度も言われず成績は五段階中ずっと二だった

高校大学底辺からかだいぶゆるくて楽だったな

小中学生の時には一切なかった競技ルール説明指導もしてくれたし

ちゃんと出席してるからってそこそこの成績をもらった

最近では、左右の目で視力が大幅に違うのに黒板の字は読めるからという理由眼鏡なしで生活していたり

脈拍が人より速めで血圧も低め、扁桃腺も常に腫れ気味で喉が詰まっている、空間把握能力も低いのが

ボールをうまく追えない・すぐに息切れする原因ではないか?と分かってきたので

今なら自分なりに対策を練ったり、自分はこういう体質だからしょうがないと諦めがついたり

周囲に説明したりもできるのだろうが

子どもの頃はただただわけもわからず苦しくて辛くて死んでしまたかった

体育があると思ったら子どもの頃になんて絶対に戻りたくない

2017-02-28

趣味も考えも合わない人間イギリスに行った

二週間ほどイギリスに行ってきた。

久々の海外であり、初ヨーロッパであった。

寒かったし、水も油も体に合わずに帰りの飛行機嘔吐しっぱなしで素敵とは言えない。

旅を共にしたのは高校時代に仕方なく一緒にいた豚みたいな顔をしたネトウヨ批判するネトウヨである

彼とは趣味も考えも微塵も合わず自分から話して口論になったり別行動が多くなった。

旅程の都合で彼と戦車博物館に行った時は、苦痛だった。

彼の趣味で行ったのだが破壊兵器戦車が好きではないし、そんなもののために田舎に連れてこられて疲れていたのだ。

実際に乗ればいいじゃんと彼に言うとそれは違うといい、それなのに戦争万歳的な考えであるのに呆れた。

他にも女王陛下が乗っていた船やらの見学の時には、立憲君主制を維持するか云々で口論になる。

システムを持たせるために云々という。

正直顔が悪くてマクロ的なものに走るものほど虚しいものはない。

一番呆れたのは、ホテル野党は緊縮がーとか言い始めた時だった。

彼は財政緊縮意味はあまりわかってなさそうだし、大好きな党が何をやっているか直視していない。

結局は自民党が好きで、あれこれ理由をつけていたとしか思えない。

肉屋を支持する豚である

最終的には、食事をしているところが家畜食事をとっているようにしか見えなくて不快であった。

なぜ、自分がこんなに考えが合わないやつと旅行に行ったかといえば、自分の顔がひどく醜いからだろう。

容姿が悪いもの同士でいるだけなのだ

自分が顔がよければ、こんなやつと旅行に行かないで済んだし自分もっと楽しく過ごせるのだろう。

お顔がよく生まれマナカちゃんは慶応大学に通いながら自己実現に専念してペニスをしゃぶり楽しく過ごせたりするのだろう。

あぁ、自分も顔がよくなりたい。

美容整形外科では自分免疫抑制剤を飲んでいるという理由から断られた。

もう、彼とは連絡を取ることはないだろう。

2017-02-24

いままでで一度だけ景色に対して本気で感動したときの話

以前よし死のうと考えて、何やらある市販薬がそれなりに低用量でイけるという情報を入手した。

その情報によれば体重1kgあたり1錠で召されるでしょうということで、念のためその倍の量を用意し

用法用量(前述)を守らずにご使用

緊張しつつ少し経つと強烈な吐き気が襲ってくるがここは根性で堪える。

だが更にもう少し経つと今度は泥酔なんて目じゃないくらいに頭があっぱらぱーになるのがわかった。

自制心はあっという間に吹っ飛び即嘔吐。そして人生最悪の悪寒

夜が明けると頭がおかしいので家にいる家族に全て説明しなければとその時は考えたのでそうした。

顔真っ青で悪寒に震え呂律が回らない状態だったからたぶん違法クスリをやったと思っただろうね。市販品ですよ!

会話の内容はあんまり覚えてないけど、

「いや、割とすぐ吐いたか大丈夫だと思う」「たぶん全部」と6回くらい言った記憶がある。

今思うと病院連れて行けよと思うけど、その後は部屋で暖かくして静かにしていた。

完全にラリってる状態で(椅子に毛布掛けなきゃ!)とか考えながらうつ伏せに寝てたかな。

お昼くらいになると父親自分を連れ出して車でどこかに向かった。寝かせとけよ。

しかし頭がおかしいので当たり前のように付いていく。そこに疑問はなかった。

車は山の方に向かい、着いたのはダム湖




...残念ながら人間の闇!みたいな恐ろしい展開はないです。

キレイダム湖が見渡せる食堂があるような休憩所で他の車も結構いた。平日だったと思うんだけどね。

その日は晴天だった。

その時見た(はず)の湖面の輝きとその辺の雑草の眩しいくらいの緑が人生一番美しく印象に残っている景色

頭がおかしかったからかな。本当にこの世のものとは思えない美しさで「死ぬのはやめよう」と思ったものです。

その後はそろそろ行くかと他人の車に乗り込もうとしたり(頭がおかしいので)

昼飯にラーメンを頼むも1口すすってお腹いっぱいになったりして帰りました。

そこから2, 3日の記憶がないんだけどまあどうでもいいだろう。

以前から誰かに言いたいなーと思いつつ話せる内容でないのでここに書きました。

2017-01-27

主張したいことがないと論文かけないなら博士課程なんて辞めてやる

だって大学院入ったばかりの頃はもうちょっと希望に溢れてバリバリがんばるぞ!とか思ってたはずなんだ。

工学部機電系就職も恵まれてたのにそれを捨てて理学系に来たんだ。当然そのつもりだった。

研究室セミナーで数々のマスハラをうけても、進捗報告で「それは違う、君の言ってるここはおかしいでしょ!」って毎回のように炎上しても、それでもちゃんと耐えていられると思ってた。



甘かった。



いつ頃からか、毎週の報告会が近づいてくると脈拍がおかしくて胃がひっくり返りそうな感覚で何度も嘔吐するようになってた。

たぶん酸蝕のせいか前歯が欠けていることも、言われて初めて気がついた。

精神安定剤睡眠導入剤は一度それに頼るようになると増えることはあっても減ることなんてない。

ただでさえ立派な肩書きのついたおじさんってだけで私にとっては威圧感を感じるのに、私のためだけに一対一で圧迫面接を毎週やってくれるのだ。こんなに効率的に削られる環境もそうそうないだろう。



処世術を身につけた私は、報告会の時にはなるべく断定的なことをいって詰められるより、ボスの気分を害しないよう曖昧な返答に終始するようになっていた。

詰められるかわりに今度は「何言いたいの?意味がわからないんだけど。」と言われる回数が増えていった。

でもあからさまにマスハラ受けるよりはそっちの方がずっとマシだ。ボスよりずっと私のことをよく知ってる友人たちにもよく言われてることだし、たぶん自分でも言ってる意味がわかってないことのほうが多いから。なんで間違ってるか自分でもわからない詰められ方してる時より、そうだよなあやっぱりわかんないよなあ、って自分でも納得できたから。

D進するかどうかは悩んだけど、親類縁者で理系大学院にいくのなんて私が初めてで両親はそんな私を誇りに思ってくれてた。研究テーマが決まってなくて学振すら出せなかったけど、それでも両親は支援してくれた。まだいける、まだいけるはず。



療養のために半年休学したりもしたけど、なんだかんだで3年乗り切ってきた。幸いなことに後輩の卒研指導などの役割分担からは外されていた。自分のことだけで精一杯な現状に引け目を感じつつがんばって、なんとかようやく原著論文投稿にお許しをもらった。レフェリーコメントが帰ってきた。introduction からなかなcriticalな指摘がきてる。進捗報告の時に改定案を見せなきゃ。



見せたところで帰ってきた返事は「言ってる意味がわからない、つまりどうしたいの?」。いつものことだ。昔の私じゃない。こういう時はどうするか?ボスがどのように理解したがってるかなんてこっちは知ったこっちゃない。こちらが取りうるほぼ唯一の戦略はどうとでも取れる玉虫色の返答をジャブとして繰り出して、相手の出方に応じて適切な返答を作る。即興ながら官僚の作る国会答弁問答集にだって負けないぞ!私の頭はキレッキレだ。

いつものこと、どう返事したかなんて細かいことは覚えてない。その代わり、呆れ返った声で彼が返した言葉はジャブどころか私に向かってストレートに投げつけられてきた。

「あのねえ、◯◯さんがこの論文でどういう事を主張したいのか、まずそれをはっきりさせてくれないことにはこっちだってアドバイスしようがないんだよ」

なんで今更そういうことを言ってくるんだ。私が何を主張しないべきかだけはあれだけしっかりわかってるくせに。辛い。苦しい。私は何を主張したいべきなんだ?わからない。わかってたらもっとはっきり自分意見を今までも言えてきたはずだ。でも私が知ってのは、ただただ「私は何をしないべきか?」。それだけだ。



「何をしないべきか」を彫刻刀で一つづつ削っていったら、版画みたいに「何をするべきか」がネガとして浮き上がってくる、そううまくはいってくれなかったようだ。

私は何をしたいべきなんだろう??最初論文の主張の話だけだったはずなのに、考えれば考えるほど、この問いに人生のものまで絡め取られていってる気がする。

何をしないべきか?逃げ出すことが敗北なのはわかってる。ボスだけじゃなく共著者みんなに対しても無責任なことだ。中退なんて高校だけでもうたくさんだ。でも、いくら「何をしないべきか」を潰していっても、どこからも「何をするべきか」は浮かび上がってこない。あとどれだけ「何をしないべきか」を潰していけばこの暗闇の中から一筋のネガが見えてくるんだろう。



疲れた。来週もまた研究室に行ける気がしない。レフェリーへお返事書く期限もたぶん間に合わない。「何をしないべきか」だけははっきりわかる。もっと別のことを私はわかりたかった。とにかくもう疲れた

2017-01-18

インターネットにも吐き出してきたけど

人を拒絶する気持ちから嘔吐するようになった

2017-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20161231224550

治療お疲れ様

闘病記って伝聞の部分はいい加減になるので注釈いれてみた。



 小児の片頭痛はどのように診断するか(周期性嘔吐症、腹部片頭痛

 http://www.jhsnet.org/GUIDELINE/7/7-2.htm

 岡山大学での新規片頭痛治療

 http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id300.html



医者は恐らく筋緊張型頭痛だと考えられるが、念の為頭部MRIを撮るかと言ってその日のうちにMRIを取ることになった。MRICTと違い放射線ではなく磁気で人体内部を走査するもので、1回に40分ほど、1万円くらいかかった。



 3テスラ以上の機械で行うMRIは1600点である。単純計算で4800円である

 この日は初診料、採血なども加わったので1万円程度になったと考える。



そこで初めて医者から「未破裂脳動脈瘤」という単語を聞かされることになった。



 未破裂脳動脈瘤:どんな病気

 http://www.sankikai.or.jp/tsurumaki/disease/brain/miharetu.html

 絵で見る脳と神経の病気(未破裂脳動脈瘤

 http://neurosurgery.med.u-tokai.ac.jp/edemiru/miharetsu/

 未破裂脳動脈瘤について

 https://square.umin.ac.jp/neuroinf/medical/102.html



動脈瘤の原因について尋ねたが、未だによく分かっていないらしく、先天的に血管の壁が薄いところがあって、そこが年を経ていって膨らんでいくというふうに考えられているということだった。



 知られているリスク

 家族歴:1親等以内の2人以上に脳動脈瘤がある場合一般の人の4倍程度

 高血圧糖尿病高脂血症喫煙

 多発性嚢胞腎では10%程度

 40歳以下の若い時の脳動脈瘤

 歯周病https://medicalnote.jp/contents/160216-002-PZ



関東では全身麻酔でやることが多いらしいが、関西ではカテーテルを入れる入り口であるもも付け根に局所麻酔をするだけが多いらしく、関西病院だったので局所麻酔だけだった。



 治療中にどこに血栓が飛ぶかわからんから全国どこでも目が覚めたままでやると思うけれど。



くも膜下出血を起こしてからでは遅い。MRIを撮ったことがない人、特に片頭痛に悩んでいる人は一度MRIを撮ってもらうことをおすすめする。



 こういうお勧めはどうかなと思う。今回は片頭痛とは違う痛みだから医師判断でやったわけでしょ。(たぶんAVMのほうを除外したかったと思う)医者に任せよう。

 むしろ頭痛がある人は頭痛日記つけて、頭痛専門医にかかろう、ってアドバイスが良い。

 http://www.jhsnet.org/dr_medical_diary.html

 片頭痛と言われてますっていうけどそうじゃないひと結構いるよ。

2016-12-26

婚活女が「男の年収は800万」と言ってて、吐きそうになった。あとあかひげ薬局教えて #婚活

こないだ遅い夕飯を食べた後、食休みしようと思ってTVをつけたら、「マツコ会議」という番組で、相席居酒屋での30代以上婚活パーティーをレポしていた。

そしたら婚活女(見た目肌年齢から30代後半?)が「希望する男性年収800万」て言ってるの。

それ見て、なんかその女の気色悪さに「おぇぇ」とさっきの夕飯をえづいて嘔吐いてしまった。テレビ見てて本当にヘドが出たのは初めてだった。

とっさにチャンネルを回したら、テレ玉ピーチ9という番組(あかひげ薬局スポンサーの今時珍しいAV女優が出る番組)だった。

「私のおしりでおっきくなって」というおしりピストンで風船に空気を入れるコーナーだった。

まったく勃起しなかった。

ツイッターマツコ会議感想を見てみると、当然のごとく「だから結婚できないんだろ」「自分の顔と年齢みろよ」という意見だったが、

なかに女性が「あーもう仕事なんて休んで南の島にバカンスに行きたいレベルの、現実逃避まじりに言ってるんだろね」というコメがあったのだが、

本当にそんなものなのだろうか?

私も30歳になり結婚したいのだが、彼女がいないので、結婚相手を探すとなったら婚活するしかないだろう。

しかし世の婚活女性が全員とは言わないがあんな感じの事を内心思っているのなら、私は結婚できないだろうし、そんな相手とは正直したくない。

目の前で「年収は800万希望してます!」と言われたら、私は気色悪さに本当にゲロ吐くだろう

婚活経験ある女性諸氏(男性でもいいです)は婚活でそういう体験(痛い女、男に会ったとか)をしたことがあったら教えてほしい。

あと、最近勃起(持続)力がないので、あかひげ薬局に行った方がいいのか、何かオススメ品はないか教えてほしい。

今の所オナニーしか予定ないけど

2016-12-25

婚活女が「男の年収は800万」と言ってて、吐きそうになった。あとあかひげ薬局教えて #婚活

遅い夕飯を食べた後、食休みしようと思ってTVをつけたら、「マツコ会議」という番組で、相席居酒屋での30代以上婚活パーティーをレポしていた。

そしたら婚活女(見た目肌年齢から30代後半?)が「希望する男性年収800万」て言ってるの。

それ見て、なんかその女の気色悪さに「おぇぇ」とさっきの夕飯をえづいて嘔吐いてしまった。テレビ見てて本当にヘドが出たのは初めてだった。

とっさにチャンネルを回したら、テレ玉ピーチ9という番組(あかひげ薬局スポンサーの今時珍しいAV女優が出る番組)だった。

「私のおしりでおっきくなって」というおしりピストンで風船に空気を入れるコーナーだった。

まったく勃起しなかった。

ツイッターマツコ会議感想を見てみると、当然のごとく「だから結婚できないんだろ」「自分の顔と年齢みろよ」という意見だったが、

なかに女性が「あーもう仕事なんて休んで南の島にバカンスに行きたいレベルの、現実逃避まじりに言ってるんだろね」というコメがあったのだが、

本当にそんなものなのだろうか?

私も30歳になり結婚したいのだが、彼女がいないので、結婚相手を探すとなったら婚活するしかないだろう。

しかし世の婚活女性が全員とは言わないがあんな感じの事を内心思っているのなら、私は結婚できないだろうし、そんな相手とは正直したくない。

目の前で「年収は800万希望してます!」と言われたら、私は気色悪さに本当にゲロ吐くだろう

婚活経験ある女性諸氏(男性でもいいです)は婚活でそういう体験(痛い女、男に会ったとか)をしたことがあったら教えてほしい。

あと、最近勃起(持続)力がないので、あかひげ薬局に行った方がいいのか、何かオススメ品はないか教えてほしい。

今の所オナニーしか予定ないけど

2016-11-30

子供ができたときに気を付けたいと思った3つのこと

同僚(38才・6歳と3歳の子持ち・時短)の先輩を見てて思ったこと。

自分が将来、もし同じ立場になったら気を付けようって思ったこと。

忘れないようにメモ



言われて不快だったっていう、ただの愚痴なんだけどね。

からこそ言わないって、こころに決めた。

2016-11-17

ライブ

祖母某国民的アイドルファンで、ファンクラブにも入っている。

奇跡的にドームチケットが当たり、私と一緒に参戦。すばらしいアリーナ席

ペンライトうちわも持ってノリノリで楽しんだ。途中までは。

コンサート中盤、近くの席の人が、具合が悪くなったらしく嘔吐。服とかカバンとか汚した様子。

しばらく自分で処理した後、それでもやっぱり彼女最後まで見たいのでしょう、座ってそのまま観戦。

嘔吐して気分も良くなったのか、途中から立ち上がったり座ったり。まあまあ元気そうだった。

でもね、嘔吐って匂いがきつい。本当にきつい。

私も祖母も口には出さなかったが、吐き気との戦いの後半となった。

そりゃ、せっかくのアリーナ席最後まで見たいのはわかる。

でもさ、匂いまき散らしながら動くのやめてほしい。彼女が動くたびに、私たち匂いで死にそうに。

MCもあったし、いくらでも退席するタイミングはあったのに。なんで帰らないの!?

てか、動くな。立ち上がるな。あなたが動くたびに、後方に匂いがすごい。。。。。

祖母、年齢的にもたぶんコンサートラスト

終わった後に「つらかったわね・・・」とつぶやいていた祖母

なんていうか、コンサートいくなら、体調管理はしてほしい。無理しないでほしい。帰る勇気を持ってほしかった。

2016-11-01

6年間待ち続けたアニメブルーレイの予約をキャンセルした。

2008年、僕はその世界に恋をした。

そう、あれは今から8年も前のことで、僕はまだ大学生だった。軽い気持ちで入ったオタサーに所属しており、新作アニメで目についたものを、取り敢えず視聴するのを習慣にしていた。それらの内容について、サークルメンバーとうだうだ語るのが日課だった。とはいえ、ぬるま湯めいたモラトリアム生活にそろそろだれ始めたまさにその時、破格のアニメ既存の枠組みをぶちこわすような、エポック世界観をもったアニメシリーズが放映され始めて、僕は瞬く間に虜になった。アニメ一期の遥か前からOVAや企画などの展開があって、物語の背後にとてつもない情報量を含んだ異世界が広がっているのを知って、沼にはまり込むようにその世界へ沈んでいった。DVDを買い、マンガを買い、小説を買い、ゲームを買い、記事の載っている雑誌を買い、ドラマCDを買い、同人誌を買い、SSを読み、ラジオを聞き、イベントに足を運んだ。絶叫上映会で吠えた。自分がこんなに深く、何かに夢中になれると初めて知った。

就職活動をして、社会人になり、いつの間にか新作アニメを追う習慣が失われていっても、そのアニメに対する想いは失われなかった。劇場版ライブイベントに、欠かさず足を運んだ。声優イベント歌手ライブアニメ会社イベントもだ。補給が何度か途切れそうになっても信じて待ち続けていた。だからイベントで、テレビアニメの第3期制作が発表された時には狂喜乱舞して、夜、サイゼで仲間と祝杯をあげた。

1期、2期、劇場版、OVAと違って、今回からは新キャラたちの物語になるのだけれど、大した問題ではなかった。もう一度あの世界がテレビで観れる、と考えるだけで多幸感に満たされた。 第3期の第1話はまず先行上映会で観た。少し引っ掛かる部分はあるにはあったけれど、その場の興奮や、長い時間を経てようやく新作を観れた感激が、不安を押し流した。先行上映会の帰りに、アニメショップで即座にBDを予約した。第1巻にはイベント参加チケット付属していて、早めに予約しないと参加券が無くなるという危惧もあった。 その後、第1話をとうとうTV画面で観ることになり、少し引っ掛かっていた、違和感めいたところが更に目立つようにはなっていたけれど、それでもまだ、この世界をもう一度TVで観れたという喜びが上回った。録画を何度も視聴し、次回を待つの幸福時間だった。

その1週間後、第2話が放映され、地獄に叩き落とされるまでは。

第2話の大半を占め、物語全体でも重要な転機となる戦闘シーンが、正視に耐えない代物だったのだ。いまや流行りのアニメを多少追うくらいの超ライトオタクに過ぎない自分が、耐えられないほどの惨状だった。1期、2期、劇場版、OVAと、8年続いてきた映像魔法が、一夜にして解けたようだった。海面は水色の板になり、艦船は書き割りになり、航空機は張り子になり、キャラクターは棒人形になった。画面を覆っていたのは、僕を釘付けにした踊るようなキャラの動きではなく、素人でも稚拙と分かるCG人形遊び、ハリボテの継ぎはぎだった。これがいわゆる「作画崩壊」ならまだ救いはあった。円盤での修正に望みを繋げばいいのだから。でも、そこには欠片の希望も残されていなかった。CGでボロを出さないようにするためだろう、一定距離を置き続けた、単調で臨場感皆無のカメラワーク物語世界観や戦いのリアリティを根こそぎ崩壊させるコンテがそこにあったからだ。万一円盤に修正が入ったとして、コンテから切り直されることはないだろう。

そこからの1週間は、うってかわって、処刑を待つような気分で過ごした。まともな第2話が放映される夢を2回見て、2回とも、目覚めた後、激しい悲しみに襲われた。そうして迎えた3話は、ストーリーに集中することさえできなかった。前話のことは何かの間違いだったのでは、と、祈るような気持ちで画面を見つめ、もう一度裏切られた。戦闘シーンに移るたび魂が削られ、どうかもう日常だけ映していてくれ、と思った瞬間に、突然、反射的にテレビを消した。そしてもう一度電源をつけることも、続きを見ることもできなかった。電源を落として真っ黒になったテレビ画面の前で、リモコンを握り締めたまましばらく金縛りにあったように動けなかった。激しい動揺が自分の中で荒れ狂っていた。

たかCGが壊滅していたくらいで、自分が、もうこの世界実在を信じていないのだ、と、気づいてしまって、もはや、続きを見ることはできなかった。

驚いたのは、自分の中にこんな逆鱗があったと気付いたことだ。自分のようなライトオタクとしては、キャラの絆や誇りさえ美しければ良いとまで思っていたし、このアニメについて他人に紹介するときも、世界設定や関係性の話ばかりしていて、戦闘シーンがカッコいいから観て、と言ったことはなかった。そんな自分不見識を心より恥じたい。あまりにも当然のように実現されていて意識にのぼっていなかったが、この世界や、キャラ喜怒哀楽といったものは、戦闘シーンを含む特殊な動きのリアリティによって説得力をもたされていたのだ。それに以前は、一般論として「作画に比べてCGダメ」と言われているのを見ても、老害迷信に過ぎないと考えていた。あの戦車アニメCGは凄いし、あの劇場アニメCGは格好いいじゃないか、などと思っていた。今なら分かる。CGは、舐めて使う連中、省エネを考えて安易に利用する者たちの手にかかれば、作品抹殺する、世界を絶命させる力さえあるのだ。

円盤キャンセルすると決めた理由は、最初は怒りだった。この世界をこんな風にした連中に、一文たりとも落としてやりたくない。あり得たはずの3期を奪った奴らに、免罪を与えてはならない、と。アニメが壊れていても、まだ小説マンガは次々出る予定がある、そう考えて、自分を慰めようとした。これまで集めた小説マンガを読んで、心を鎮めようとした。 しかし、駄目だった。かつて僕の心を満たした幸福も興奮も甦ることはなく、ページをめくるたびに、奪われたものの大きさが実感され、胸を絞られるような痛みが襲った。もうこの世界は壊れてしまったのだ。いま僕の本棚に収まっている無数の物語は、かつて確かに存在した、けれど既に潰えてしまった世界の残骸でしかなく、僕の心は、死者の生前の姿を眺めて安息を得られるような、鈍感な構造をしていなかった。やはり耐え切れなくなって本を閉じた時、怒りよりもずっと深い悲しみが僕を包んで、ああ、きっと僕はもう、この物語円盤どころか漫画小説も何もかも楽しむことはできないのだろうと悟った。

僕より度量の広いファンは、「この程度で円盤を買わないというのなら、お前はファン失格だ」と言うかも知れない。だが僕にとっては、円盤を買ってこの作品を認めてしまったら、その時こそ僕は、ファンとして死ぬのだ。

シリーズも、爆発的にではないだろうが、そこそこ売れるはずだ。昔から視聴者でも僕より大らかな人間は、作品に満足し、あるいは満足しなくてもお布施として、ソフトを買うだろう。当初目標とされた売上からは大きく落ちつつも、まだ戦える、と、制作側は思い込む。既に戦争は最悪の形で終わってしまったことにも気づかずに。 そして4期なのか劇場版なのかOVAなのかが既定路線的に作られ、しかし売り上げはジリ貧となり、遠から作品を閉じることになるだろう。そうなったら、なぜコンテンツが死んだのか犯人探しが始まり、新しいキャラや新声優シナリオ濡れ衣を着せられ、いわれなき誹謗中傷を受けるかもしれない。その時のために、だから、僕は、宣言しておく。

CGだ。あのCGを作った連中が、翼を折り、魔法を潰し、少女たちと世界の息の根を止めた下手人なのだ

今考えれば、電話などで済ませられたのかも知れないが、円盤キャンセルなどしたことのない僕は、予約したアニメショップまでもう一度赴いた。ここまで辿り着いたのに踏ん切りがつかず、広くて階層もあるアニメショップをうろついて、このシリーズ小説新刊が目立つように並べられているのが目に入ってしまって、出し抜けに嘔吐しそうになった。声優結婚が発覚して吐いた、みたいな、よくある都市伝説が、自分の身に起きかけると思わなかった。すっぱいものが、何の前触れもなしに体の奥、心臓のあたりから、とがった感じでせりあがってくるのだ。それを無理やり押しとどめなくてはいけなかった。ほとんど破れかぶれでレジに向かった。キャンセルをしたいという僕の説明が下手で、BD予約に来たと勘違いしたらしい店員が、一旦は、新たな予約申し込み書とイベント参加券を渡そうとしてくれた。ああ、急いで予約したのに、まだ余っているんだな、とぼんやり思った。あまりにも、精神の均衡が狂っていた僕の説明が要領を得ず、店員さんにキャンセルの旨を伝え、イベント参加券を返却して、前金を返してもらうだけの行為に、20分もかかってしまった。

すべてが終わって、地下鉄に揺られている間、これまでの8年間で堪えていたたくさんの悲しみが、走馬灯のように蘇って、一挙に僕に襲い掛かってきた。イベントアニメの発表がされなかったときトラブルコミカライズの終了が決まったとき小説を書いてくれた作家が亡くなったとき世界が壊され、死んでいくのを看取ったとき。週末の夕刻、都営新宿線座席で、ぶざまに泣きじゃくっていた三十歳近いキモいオタクを目撃した人がいれば、それは僕である

さようなら、僕の愛した世界。8年間、たくさんの楽しい時間をくれて本当にありがとう。そして、あなたが死んでいったときに、何もしてあげられなくて、本当にごめんなさい。

2016-10-30

父に一生寝てろと言われた

父は昔から働かざる者食うべからず」という思考の人だった。

父も母も高校卒業してからずっと働いているし、

おそらく私と兄が奨学金を借りてでも進学したいと言ったこと、母が子供がやりたいならそれを応援すると進学することを応援したこと。すべてが気に入らなかったのだと思う。

兄は私が高校に入るころ、無事に就職し遠方だったので家を出た。

私は専門学校卒業したが就職難で就活がうまくいかず2年ほどフリーターを経て、ようやく去年就職した。

フリーターの間の父の風当たりはとても厳しかったし、休みの日に朝7時まで寝ているだけで早く起きて家事しろと蹴り起こされることもあった。

父に就職したことを報告すると「絶対に、辞めるな」その言葉が返ってきた。

結果として、私は1年半で退職してしまった。

初めて就職したその会社パワハラがひどく、残業代が出ないのにも関わらず長時間残業

7時前に家を出て帰るのは23時頃。

先輩は仕事のことで質問すれば殴るし、会社強制飲み会に行けば飲めないのに無理やりお酒を流し込まれトイレにかけこむことになり

炎天下の中放り出されて雑用をさせられ、環境の美化のためと車道に落ちている吸殻を拾わされた。

今日終電に間に合ったと一息ついた後「なんで私こんな会社に来ちゃったんだろう」と泣いた、

胃腸もほぼ動かなくなり、毎日下痢嘔吐が続き髪もごっそりと抜けた。

それでもあの日の父の「辞めるなよ」という言葉や、1年もたたずに辞めるなんて…という気持ちから1年半は耐えた。

それでも、やっぱり今まで大事大事に手入れしてきた髪がごっそりと抜けたのを見たとき「もう嫌だ」と思い、退職した。

同僚には「どうせ病気なんか嘘だ」とののしられ社長には「病気ならそのまま死ね」と怒鳴られながら帰った。

父にことのあらましを説明すると「2日間だけ時間をやるから、その間に体調を整えて家事をするように」と言われた。

それから3か月母に手伝ってもらいながらも、毎日家事をしていたがやはり体調が悪いこと、ハローワーク失業保険手続きに行くことなどで家を空けることもあり完璧にはできなかった。

それが父はとても気に入らなかったらしく、烈火のごとく怒りだした。

まだ仕事は見つからないのか、失業保険はいつ終わるのか、なぜ家事ができないのか。

家の者は皆、8時間働いているのにお前はただ家にいて情けないと思わないのか。

私もさすがに悲しくなり「体壊して辞めているのに、そんな言い方はしないで」と反論してしまった。

それも父は気に入らなかったのか「体調が悪いなら一生寝ていろ、部屋から出てくるな。それぐらいしてから体を壊したと言え」と怒鳴った。

うまく言葉にはできないけれど、とても悲しい気持ちになった。

から父のことはあまり好きではなかったけれど、やはり父親から就職してお金を貯めたら何かプレゼントたかった。

辞めるなよと言われて、父のためにも頑張ろうと死に物狂いで働いた。

でも、父には何も伝わっていない。

私が体を壊したこと、精神的にも病んでしまったこと、今とても悲しいこと。

何一つとして父には伝わらない。

目の前の男性が父ではなく全く知らない人に見えた。

ただ、私はお父さんに「だいじょうぶなのか」と言ってほしかっただけなのに。

ただ、お父さんに心配してほしかった。情けなくて、涙しか出てこない。

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めっちゃブコメとかトラバもらってる…ありがとうございます

ブコメ読んでたら、甘え上手だからっていうのがあって、事実末っ子なこともあって甘ちゃんなんですけど、

文章でわかるんだすげえ…!と今真剣にふむふむ…と読んでます

何でプレゼントかというとあと数年で父が還暦なので、

兄も「還暦になったら二人で旅行ぐらいプレゼントしよう。いくら父が嫌いでもそれぐらいは」とずっと言っていたからです。

兄が一緒に何かしようと毎回言ってくるので毎年何かしら買ってたんですが…

まあ、今回の件でその気も失せたので貯金はすべて家をでるお金に使おうと思っています

来年結婚が決まっていて今は不動産屋を回っているというのが現状です。

勿論、結婚して体調が回復したら何かしら働く予定ではあるのですが相手方も「少し休んでていいよ」と言ってくれているのでお言葉に甘えようと。


あと、吸い殻の件ですが、私一人でやりました。

新人二人で草むしりするように言われていて、もう良いから帰ってこいと言われ

帰りに「あ、あんなところに吸い殻があるわ!我が社の環境美化のため~」と命令され拾いに行くということが

4~5回ありました。毎日毎日ではなかったんですけど、個人的にはつらかったです。


母親は、まあ守ってくれるのですが父親がキレたら暴れたり

大事な物(家の鍵など)適当に捨てたりおにぎりを投げたりするので

もう基本的に口答えはしないでおこうねと決めているので、今日こういうことになりました…(’・ω・`)


今まで、何度裏切られても誰かの「でも親なんだから」って言葉にそう思わなきゃいけないって思って

苦しんでるところがあったんですが、

今回トラバとかブコメ読ませてもらってて、あーそう思わなくて良いんだなぁって目が覚めた気持ちです。

皆さんありがとうございます

2016-10-25

とあるアル中回復記録

東京在住の30代男だがアルコール依存治療開始から六ヶ月が経過し、一定回復をしたのでその過程を記録してみたい。

数字で示すと治療開始時から約六ヶ月で

γ-GTP 589→69 AST 84→31 ALT 106→68 TG 1015→178

まで回復した。

数字で言われても大多数の人はさっぱりわからないだろうから単純化すると入院レベル人間がとりあえず正常な体になったと思ってもらえればいい。

さて多くの文章がそうであるように、大抵の人は最後まで読まないだろうから最初自分なりのこの文章結論を書いておくと

アルコール依存から抜け出したいのなら自分の抱えた問題アルコールに限らない)を率直に話す事ができる相性が良く優秀な精神科医を見つけ、よく話し合いながら治療を進めるといい。ただそれがあなた人生を良くするかはわからない」という身も蓋もないものになる。できることなら「まだアルコールで消耗してるの?」「アル中精神で克服できる」とか頭の沸いた自己啓発本でも出して一儲けしたい所ではあるが、残念ながら現実というやつは概ね散文的で面白みがない。

確かに肉体の調子は非常にいい。自分という存在からここまで充実感を感じ取れる日が来るとは思わなかった。

だが同時に精神面では未だに様々な問題が噴出している。

アルコール依存を抜けだした僕自身が未だに「抜けだしたのは良かった事だろうか?」と自問自答を続けている。だから他者断酒を勧めたりはしない。この文はあくまでひとりのとあるアル中回復記録として、参考程度に読んで頂ければ幸いです。

自分アル中定義

まずこの文章を書くにあたって自分がかかっていたアル中定義をしておきたい。アル中貧乏旅行なんかと一緒でγ-GTPの高さでマウンティングする人もいるし、wikiなんかでも色々と書かれているが、自分場合は「アルコールによってQOLが下がっている」というシンプルものにする。世間アル中イメージ吾妻ひでおマンガのように連続飲酒をし、手が震え、幻覚をみたり暴れたりしている人のイメージが強い。

しか自分はそれとは全く異なるタイプだったので自身アル中であるという自覚すらなかった。仕事普通に行き、帰宅するとビールの500ml缶を一日6~8缶淡々と飲み、翌日二日酔い仕事へ行く、という事を繰り返していて入院レベルまでいった(似たような壊れ方をする小説人物からとってユージーン型と呼んでいる)。世の中には様々な不幸な家庭があるようにアル中にも様々なタイプがある。

医師選択について

20代の半ばから不眠に伴う飲酒量の増加により、何件か精神科に通っていたが、自身の抱えた問題を率直に打ち明けられる医師に中々巡りあうことは出来なかった。

マッチョイストだのミソジニストだの差別主義者の豚野郎と言われればそのとおりなのだが、性格的にどうしても同年代医師や、女性医師に悩みを打ち明けられなかった。基本的精神科医患者情報当人発言から得る部分が多いので、深刻な問題を抱えていても話せないとどんな名医でも対処が難しいのではないだろうか。

今回僕は精神科に通い始めてから八人目の精神科医先生であたりを引いたわけだが、もし相性が悪いと思ったら拘泥せず別の医師を頼った方がいいのではないかと思う。

この先生は四十代半ばの男性学校教師を経て精神科医になった異色の経歴の持ち主で、僕よりも遥かに精神的な地獄を抱えているが、持ち前の頭の良さでそんな自分にすら醒めているような超然とした空気をもった人で非常に問題を話しやすくてありがたかった。

■基本戦

とりあえず入院拒否し、通院で治療選択。基本戦略は抗酒剤シアナミドの服用により飲酒可能自体排除アルコールに対する身体的な欲求は断酒補助剤レグテクトで抑える、いままでアルコールに頼って来た睡眠睡眠導入剤で、アルコールごまかして来た精神面の色々は精神科でぶちまけつつストレスを減らし、抗不安薬で抑えるというスタンスを取った。そしてこれらでどうしようもなくなった時は先生から勧められたレボトミンを飲んで長時間寝倒す「寝逃げ」を行っていた。これも自分の置かれた状況から選択したものなので、人によってはちゃっちゃと入院して治した方がいい場合もあると思う。

■登場薬品について

これも精神科医様相性によって全く評価が変わるので自分に合っていたものを挙げるが、これらの評価は全て自分体感だし、当然の事ながらそれが他の人の適解であるとは言えない。シアナミドにしてもアレルギーによって服用できない人はいるらしいし。とりあえず相性が悪いと思ったら我慢せず、状況を報告できるような関係を築けるような人を担当医として選ぶといいと思う。

本編の主役にして宿敵 

アルコール

一応は由緒正しい歴史を持つ薬でもある。精神、肉体両面に凶悪依存症を持ちながらもコンビニ行けば変えてしまう恐ろしいドラッグ歴史上の薬物による死の統計をとれたらヘロインコカインなんぞ足元にも及ばないぶっちぎりのトップになるだろうが、同時に文化的な面やコントロールできる人にとっては素晴らしく、評価が難しい方。政治家でいうならロバート・ムガベとかだろうか。自分は後述のゆれ戻しの時にアルコール自分の肉体と精神を徐々に蝕む代償としてどれだけ精神深くの暗黒から目をそらさせてくれたかに気づかされたので愛憎半ばしている。

抗酒剤 

シアナミド

簡単に言ってしまえば人を強制的に超下戸にする無味無臭の液体の薬。持続時間は人によって異なるが朝夕食時の一日二回の服用が基本。アルコールを飲むという選択肢自体をなくしてしまうので自分のような意思の弱い人間には非常にありがたい薬だった。僕の場合仕事の後の飲酒欲求が強いので二度目の服用はまだ気力のある15時にしていた。懲罰効果によって飲酒を止める薬である以上、罰がどの程度の効果かわかりたかったので一度7時に服用した後、15時にビール1Lを入れてみた。効果は覿面で、悪寒、動悸が早くなる、湿疹、なにより全身の細胞が一斉に反逆を起こしたような気持ちの悪さで立ち上がる事すらできなくなり嘔吐をぶちまけた。寄生獣後藤最期の気分や喧嘩稼業で梶原さんに屍を入れられた工藤の気分を味わいたい人はやってみるといいかも。死んでも知らないけど。

断酒補助剤 

レグテクト

脳に作用し、アルコール依存で高まっている神経活動抑制することで「飲みたい」という飲酒欲求をおさえるお薬との事。初期は有り難みを感じなかったが、二ヶ月目くらいから地味に効果自覚。なんだかんだで大変役に立ってくれていた。地味だけど。

睡眠導入剤 

サイレース

影の主役。元々不眠からアルコール依存になった人間なので飲めば確実に眠れる安心感は何にも変え難かった。先述したように薬は人それぞれ相性があるが、以前の別の精神科で処方されていたマイスリーよりもこちらの方が朝、遥かに快適に目覚められた。

レボトミン

本来向精神薬だが、睡眠導入剤の効き目を強くする効能もある。自分は、先述した「寝逃げ」用にサイレースと一緒に服用していた。その効果は絶大で昼に飲んでも落ちるように眠り、翌朝まで目を覚まさなかった。ただし朝のダルさと眠気が非常につらく、飲酒欲求が高まりすぎた時や、ネガティブ精神状態に呑まれそうなとき、そして翌日が休日である時意外はなるべく服用しないようにした。

抗不安薬系統

ホリゾン 

一番軽度の抗不安薬事務作業などに与える影響はほぼなし。自分ボクシングのジャブのように「とりあえずホリゾン」な感じの基本として使っていた。メタルギアソリットで狙撃時の手の震えを抑える為に出てきたアイテムのジアザパムでもある。

エビリファイ

やや強めのお薬。事務作業においては能率が約20%低下する印象。

ワイパックス

かなり強めのお薬。事務作業の能率に関しては50%以上低下する印象なので特に精神的につらい時、仕事終了後に服用していた。

治療記録

第一期(治療開始から一ヶ月目)

最初断酒補助剤レグテクトによる治療を試みるも、精神依存が酷かった為にあまり効果が感じられず失敗。一週間目でシアナミドを処方してもらう。使用開始から三日間は常に頭の中身を酒が占めているような状態だったが、「飲む」という選択肢自体がなくなっている為に飲まずにいられた。ちなみに肉体的なアルコールへの依存断酒から三日目で、精神的な依存は約三週間である程度消えた。この時期は全ての気力を「酒を飲まない」につぎ込んでいたので基本食事外食、もし家で食事する時は洗う手間を省く為に使い捨ての紙皿を使うなどして乗り切った。バランスのとれた食生活なんてする気力も残っていなかったがとりあえず楽に摂取できるリンゴキウイなんかは食べるようにしていた、

・第二期(一ヶ月目~二ヶ月目)

断酒継続により心身ともに調子が良くなり、ハイになる。この時期は今思い返すと穴に入りたい気持ちになるが、友人に酒のない生活の素晴らしさをドヤ顔で語りウザがられていた。定期的な飲酒欲求はあったものレグテクトと気力で無事やり過ごすことができた。代わりといってはなんだが、甘いものに対する渇望が極めて強くなり、体重はそれなりに増加した。

・第三期(二ヶ月目~三ヶ月目)

NHKの集金のように頼まれもしないのにある日唐突に今までとは比較にならない負の感情が襲ってきた。ハイになっていた揺れ戻しと精神にかかっていた霧のようなものが晴れた事で自分アル中になった根本の原因である家族への憎悪」がどれだけ強烈だったを自覚する。全て投げ出してアル中に戻ってしまいたい誘惑に何度も飲み込まれかけた。もし家族ブチ殺しても罪にならない世界だったら本当に殺しかねなかったと思う。この時期はいままで週1ペースだった通院が最大で週3になり、薬の量も増え、診療時間中ずっと先生に対して家族への憎しみをぶちまけ続けていた。王様の耳はロバの耳ではないが、この時期の先生サポートがなければアル中に戻るか、ムショ行きにでもなっていたかもしれない。アル中から回復は三ヶ月がひとつの山らしいが、とにかくこの時期は本当につらかった。

・第四期(三ヶ月目~四ヶ月目)

揺れ戻しが終わったのか精神面の憎悪は小康状態に落ち着きある程度楽になるが今度は代わりに虚無感が強くなり、「なんで自分はさっさと対策をとらずこんなに人生無駄使いをしていたのか」といった大量の「たられば」 に捕らわれることが多くなり、第三期ほどではないが飲酒欲求が高まるときは多かった。通院はほぼ週一に戻ったが、今度は先生に対して「たられば」の話ばかりしていた記憶がある。ただ小旅行をする気力くらいは戻ったので休日は鎌倉に行って観光するでもなくひたすら海を眺めていたりした。

・第五期(四ヶ月目~六ヶ月目)

「たられば」状態が少し落ち着いてきて気力もある程度戻った事もあり、これまでは考えもしなかったペットを飼うという選択肢を思いつく。僕個人に関してはこの選択はとても正解で、無聊が大分慰められ、大いに助けてもらった。自分のような一人で夜を過ごす時間をもてあますタイプには犬や猫、小動物でも爬虫類でもなんでもいいが、余計な事を考える時間を減らせる存在大事なのかも知れない。そして大分生活も落ち着くようになった。家族への憎悪も「できるなら殺してやりたい」から夜寝る前に朝起きたら携帯警察からあなたのご家族がみんな死にました」という連絡が入ってくれますようにと願う程度には整理された。体調に関しては非常に良く、生活も充実している。時折強烈な負の感情が出てきているがなんとかやり過ごしつつ今にいたる。

■まとめ

アル中回復して以来、めんどうくせえ事に友人知人に「アル中の事ならあいつに聞くといいよ」な感じで広められ、たいした面識もない人から相談を受けるようになったが、正直言ってこちらに言える事なんぞ冒頭に書いた「アルコール依存から抜け出したいのなら自分の抱えた問題アルコールに限らない)を率直に話す事ができる相性が良く優秀な精神科医を見つけ、よく話し合いながら治療を進めるといい。ただそれがあなた人生を良くするかはわからない」 という結論くらいしかない。世の中には「アルコールに逃げるのなんで心が弱い証拠、他人のせいにせず自分人生を見つめなおし、責任は自分自身で追うべき」なこの糞馬鹿はよほどおめでたい人生を生きてきたんだろうなと思わせてくれる発言をかましてくれる人もいるが、もし自分人生に率直に向き合ったら他殺や自殺に行く人間なんざざらにいると思し、その人の人生に責任を負うことも自分にはできないので積極的お勧めはしない。自分に関しても肉体は問題なく健康になったが、精神面に関しては断酒前には起きることがなかった唐突に強烈な憎悪がとまらなくなるという事態が未だにある。ただ、自分家族に全く愛情を感じた事がなく、憎悪しか持っていなかったという事に気づけたのは自尊感情回復に非常に役にたってくれたし、これから自分人生にとって何よりの収穫であったとは思う。とりあえず、アル中から回復したいと考える人々がいい医師出会え、回復して楽しく人生を送れるようになってくれるよう元アル中の一人として願っています。長文にお付き合いありがとうございました。

■おまけ

読んだ本

・「禁酒メソッド

禁煙メソッド」でも有名なアレン・カーによる著作。もの凄く端折ると「酒は凶悪ドラッグなのだから自己管理するなんて無理。味が美味しいと思うのも広告会社宣伝やら依存症状によりそう思っているだけ。断酒の禁断症状なんて少し耐えれば治ります。さっさとやめましょう」というある種の極論。周りにもこれを読んですっぱり酒を断ち切った人がいたが、その人は肉体的な依存はあっても精神面には深刻なトラブルを抱えていない、というかむしろ鋼鉄メンタルを持った人だったので、そういう人には役に立つ本かもしれない。ただ精神面に問題がある自分のような人間にとって、医師に頼らずこれ読んで一人の力でで禁酒しようとすると、第三期の時のような強烈な揺れ戻しの時にいささかならずやばいことになるのではないかと思う。

2016-10-15

http://anond.hatelabo.jp/20161015103104

ジャック・ラカン - Wikipedia

言語活動現実界

 ~中略~

どうがんばっても言葉では現実のものを語ることはできない。「言語現実を語れない」のである。ところが同時に、人は「言語しか現実を語れない」。

 ~中略~

したがって、人は、より的確な言葉を探したり、より多くの言葉を重ねていくことによって、少しでも現実に近いものを描き出そうと奮闘する。

この誠実さは、評価されるかもしれない。しかし、それでも言語活動現実となる瞬間はない。これが象徴界現実界が分かたれる一面である

あなたがどうか「嘔吐しませんように

2016-10-14

リアル女性を助けた

終電間際の電車で、酔いつぶれているOLさんだった。

ドア付近にもたれかかり、本当に苦しそうにしていた。

その時僕はまだ高校生でなかなか声をかける勇気を持てなかった。

どうしようと視線を泳がしていると留学生っぽいアジア系外国人と目が合った。

彼も行動に移す勇気を持てずにいるようで、二人は無言のままにうなずきあった。

次は僕の最寄り駅だ。

二人で女性に近づき、「大丈夫ですか?」と声をかける。

返事もなく今にも膝から崩れ落ちそうだ。

次の駅で下ろそうと決断したときに、女性は軽く嘔吐した。幸い床が少し汚れた程度だ。

電車が駅に到着してドアが開く。

留学生らしき彼と、両脇を抱えて女性を目の前のベンチに座らせる。

僕が片言の英語ジェスチャーで「it's OK. this is my station.」というと、彼は理解したのか電車に戻る。

火の付いた正義感にまかせたまま駅の階段を改札めがけて駆け下りると、そのままの勢いで駅員さんに言い寄った。

「大変です!女性が苦しそうにしていて!少しもどしてしまっているんです!今、ホームのベンチに座らせています!」

そんな僕の姿を見ても駅員さんは冷静だ。

「わかりました。ありがとう。君はもう帰って大丈夫だよ。」

はい!!」

言われるがままに勢い良く改札を抜けると駐輪場まで全力ダッシュ。

その瞬間は確かに青春ハイライトだった。

ところが駐輪場でふと我に返り、あれ?駅員さんと一緒にベンチまで戻ったほうが良かったんじゃね?っていうかここまで全力ダッシュする必要なくね?と冷静な疑問。

その直後、誰もいない深夜の駐輪場で自らの謎の勢いを思い出し、一人真っ赤な顔で頭を抱えてもんどり打ったのは今からもう20年以上の前の話。

その後の一週間程度は掲示板にお礼が書いてないかなんて期待なんてしてねーし。その女性とその後大人なおつきあいなんて妄想とか夜な夜なしてねーし。

2016-10-12

摂食障害かもしれない。

休日お腹が張ってつらくても食べ続ける。嘔吐はない。

食べた後はすごく後悔して、次の日に食事を抜いたりする。

太ってしまうのが怖くて、極端に食事を抜くのも良くないんだろう。

そしてまた過食してしまう。



前は「ちょっと食べ過ぎたな」くらいだったのに、だんだんエスカレートして相当食べるようになってしまった。


今日も動けなくなるくらい食べたあとに、なんとなく摂食障害サイトを見ていたら、すべての症状に当てはまることに気付いた。

ていうか摂食障害治療って心療内科なんだな…知らんかった…

2016-10-07

私が実践している二日酔いからの最短回復

私は酒を飲むのが好きだ。飲み会も好きだし、調子に乗って飲みすぎることもしばしば。

だが私は会社員なので、どんなに飲み過ぎても翌日には会社に行かないといけない。

なのであの手この手二日酔いを治そう、もしくは悪化する前に進行を止めようとする。

そうしているうちに、なんとなく必勝法というか最短で回復できるやり方みたいなもの確立してきた。

なので、覚え書きとしてここに記しておく。

◾︎吐き気がする場合は吐き切る

これは鉄則。

◾︎その後、水とビタミン剤(私の場合ビタミンC亜鉛)を飲む

アルコール摂取するとビタミン破壊されミネラルは尿とともに排出されやすくなると聞いたため。

◾︎味噌汁を飲む

インスタントでも何でもいい。

アルコール摂取嘔吐によって、体内の塩分ミネラル分もかなり失われている。

適度な塩分をとらないとダルさが抜けないのでこれも必ずやる。

◾︎出勤中の電車などで、5分でも10分でもいいので寝る

睡眠回復力はすさまじい。ここまでくればだいたい治る。

以上。ちなみに今日もこれをやって治った。

2016-10-05

社長の怒鳴り声が頭にこびりついてる

退職して2ヶ月がたった。

1年半の勤務で痛めつけられて消化不良がデフォルトだった胃腸も毎朝止まらなかった吐き気も、

家を出ようと靴を履くと止まらない足の震えも抜け毛も少しマシになったし、

日曜の夜になると怖い怖いと泣きじゃくることもなくなった。

ただ、まだ退職間際の社長の声がぐるぐる巡ってて消えてくれない。

社長は私に数分間怒鳴り散らし、最後に大声で「死ね」と言った。


ストレス胃腸炎悪化して診断書を書いてもらい、

会社半日有給を使って実費で受けた健康診断(しかも受けた後「休んでたんだから!」と4時間以上の残業押し付けられた)の結果は

ストレスにより赤血球が増えていますと書かれてあったので、

それも一緒に持っていって「もう、身体限界です。就業規則に則り来月末で辞めさせてください」と経理部長に言いにいった。

その後、社長から明後日で終わりだ。2日で引き継ぎをしろ」と連絡が来た。


専門学校卒業し2年ほどフリーターしながら就活し初めて就職できた会社社員は30人ほどの中小企業

周りの女性は全員40代。一人20代の私はとにかくいじられた。職場に行けばブスだ、とろい、クソガキ、仕事向いてない。などと毎日

まあ、いかんせんデブなので仕方ないのだけど会社の(強制)飲み会に行ってサラダを食べていると食え食えとご飯をよそられたり

逆に、全く食べさせてもらえなかったり先輩の気分によりまちまちで、つらかった。

(強制)飲み会の後、強制カラオケに行くとおっさんに肩を抱かれる、抱きつかれる、キスされそうになる、無理矢理酒を飲まされる。

もちろん、デブなのと上記のいじられキャラなこともあって別に色っぽい展開に持ち込みたいわけではないんだろうと思いながらも

私も一応20代女の端くれ。正直、すごく気持ち悪かった。

通勤に1時間かかる中、終電まで返してもらえずたまに終電を逃し実家の兄に泣きついて家まで送ってもらったことも1度や2度じゃなかった。


朝は6時半に家を出て、帰るのは10時や、11時。

デブデブなりに肌に気を使っていたつもりだったのに気付けば吹き出物だらけでボロボロ

新人なんだから、当たり前だろう」と毎日20キロぐらいある荷物を無理矢理持たされたり

胃腸炎になりお腹が痛い中上着も着せてもらえず、外の草むしり強要され倒れてしまったこともある。

この件については、ゆとり教育の弊害か?最近のコは身体が弱いわねぇ、と言っていたのが聞こえた。

先輩から休むなんて社会人失格だと電話が来たので嘔吐しながら出勤した。


寒いのはまだ耐えられたけれど、7月中旬カンカン照りの真夏日

いつも通り仕事をしていたら「新人なんだから外に草が生えてたら走って向かいなさいよ」といつも通り嫌味を言われたので

ペットボトルを持っていこうとすると「そんなもの必要!?すぐ終わらせて帰ってきなさい!」と水分も持たされず外へ放り出された。

先程から何度も書いているけれど、私はデブなので(汗かきじゃない人がいたら、ごめんなさい)汗かきである

草をむしりながら、滴り落ちる汗、汗、汗。

結局誰も手伝いに来てくれないまま、2時間がたち「そろそろ戻ってきたら」と言われ戻った。

帰り際に「あっ、車道のところにタバコが落ちてる。あれもウチの敷地内なの。拾ってきて」と車がビュンビュン走っている道路に落ちているタバコを拾わされた。

多分、私はその日にプツンと切れたのかもしれない。

家に帰って、カバンを置くなり母に抱きついて泣きじゃくった。

何でそんなことばかりするのとか、私だって人間だだとか、そういうことを言いながらとにかく泣いた。

そして2日後、退職を申し出た結果、先程書いたように社長に「死ね」と言われた。


退職を申し出て次の日、朝礼で一言ますださんが辞めることになりました。今までお疲れ様身体には気をつけて」と、常務

一緒に働いていた営業さん、先輩たちはもちろん、何も言わなかった。

朝の挨拶仕事の引き継ぎの件で話しかけても無視されたし、もう辞めるからどうでもいいやという気持ちでこちらも話しかけなかった。

さすがに礼儀だと熨斗をつけて、菓子折りを持っていき「また皆さんで召し上がってください。短い間でしたが本当にお世話になりました」と頭を下げると

「じゃまになるから捨てて帰って?」と言われ中身を無理矢理個々の机に配り、熨斗はわざと見えるようにゴミ箱の一番上に放り込んできた。

最後最後までこれかぁ、と笑うしかなかった。


そんな扱いだったけれど、私が辞める一週間前に入ってきた中国人の女の人だけは何も事情を知らないので、

社長に「死ね!」と言われる私を見てぎょっとしながら「大丈夫?どうして泣いてるの…?」と背中を撫でてくれて給湯室からお茶を入れて持ってきれくれた。

しゃくりあげながら軽く事情説明すると「かわいそうに」と抱きしめられてドキドキした。天使に見えた。

あ、これ私男だったら惚れてる。いやデブから相手にされないけど。と思いながら、いい匂いする…とドキドキしていた。

(私は汗かきなので、悲しいことに身体を拭くシートの匂いしかしない)


初出勤の日、社長に言われた言葉がある。

「うちの会社は、8割が3ヶ月で合わずに辞めていく。

そんなくだらない奴らは切り捨てて、残ったのが今会社に残っている猛者たちだ。

君たちはそんなくだらない奴らのように成り下がらず、我が社に貢献してくれたまえ」

初めて就職できた、と喜んでいた頭にもガツンと響くパワーワードだった。


3ヶ月後、試用期間が終わり先輩たちに「試用期間が終わりました。これから何卒宜しくお願い致します」と報告しに行った。

ある人は「3ヶ月も続くなんて…増田さん、すごいね!」と驚いた。

ある人は「マジで辞めていく人多すぎだしせっかく20代入ったんだから辞めないでよー」と肩を叩いてきた。

だって猛者になれる!がんばる!と同期と鼻息を荒くしていたけれどそこから1年3ヶ月後私はあえなくリタイアすることになってしまったが。


私と同じくつらい思いをしていた同期は「先抜けずるい!!」と怒っていた。

「1年半で辞めちゃうとか、やっぱりゆとりだよー」と嫌味を言われたので腹が立って

「そうですね、同期さんはこの会社でずっとずっとがんばってくださいね」と笑顔で言ったら

「いや?私は今年中に寿退社するから♡」と返され、ここにハリセンがあったら全力の「どないやねん!!」を御見舞してやるのにとぼんやり思った。

会社を出る時、もう一度「短い間でしたが、大変お世話になりました。ありがとうございました」と頭を下げた。

数人、積極的にいびってこなかった先輩が小さく小さく手を振ってくれたのを確認して少し嬉しい気持ちになりながら退社した。


幸い、今は母も少しゆっくりしなさいと言ってくれているので

家にお金を入れつつ家事をしているが、合間にこうして日記を書いたりと休ませてもらっているので、

上記の通り体調不良はましになった。

ただ、社長の怒鳴り声が、目を剥いて怒りに身を震わせながら「社会人失格だ!!死んでしまえ!!」と連呼する様子が頭から消えない。

昨日も夢で、先輩が早く会社来て!!遅刻だよ!!と私の腕を引いて走り出そうとして「私はもう辞めたんです!!」と泣き叫ぶという夢を見た。

すっかりとトラウマになってしまったのか、日常生活を送っているとガツン!と思い出すので正直、しんどい

正直腹が立ちすぎて、会社名前をぶちまけてあそこは新人イビリが横行している会社!!とここで吐き出したいぐらいだ。


ただ、傷付きすぎて何があったのか思い返せないぐらいだったのに

吐き出したら楽になるかも!とこうして文章にできるぐらいなのだから、少し回復したのかもしれない。

早く脳内社長が消えてくれますように。


***

初めての日記なので仕様がわからないのですが何かマナー違反とかあったらすみません

吐き出して少し楽になりました。長文ですみません


ブクマコメ拝見してて、とても嬉しかったのでここでお礼を言わせてください。

よくがんばったね、カウンセリングをうけてはどうか?などなどありがたいお言葉をいただいて、泣いています

本当にさっくりと突然の退職でしたし、1年半のみの勤務だったのでそのような言葉をなかなかかけてもらうこともなかったですし、

今もう「そろそろ次の仕事探せよ」と父にはせっつかれているので、少し息が詰まっていたので

本当にブクマコメでいただいたお言葉に救われていますありがとうございます

正直、ハローワークで何社か紹介してもらい履歴書を書いたり面接したりはしていたのですが、どうにも次に進むのが怖くて。

カウンセリングを受けることも視野に入れております。皆さん、ありがとうございます

2016-09-14

指示待ちのひと

3歳の長女がうんこ漏らした。

家では胃腸風邪がはやっている。

裸にしてトイレに座らせ、服を洗い、床をふく。

長女がトイレで引き続きだした白い下痢便を携帯撮影し、

シャワーで体を洗い着替えさせる。

床はマイペットで再度ふきあげる。

1才の次女が本日5度目の嘔吐をしそうなのを察知し、

タオルで大部分をキャッチ

次女も着替えさせて、吐き気止めの座薬をイン。

洗面台でさっとあらっといた2人の服とタオルを、洗濯機にいれてまわす。

機嫌の悪い次女はまだびーびーと泣いている。

ここで、ソファに座ってスマホいじりながら、

「ねーねー、なにかすることあるー?」と聞いてきた旦那

することだらけだったわ!!!

2016-09-12

お残しを許さな学校給食はクソ

外食について、メシを残したっていいだろと書いた増田を見かけて思い出したので書く。

一般論というより、ただの自分語りである。汚い話を含むので、ダメな人は読んではならない。

私は小学生の頃、授業は普通に受けつつもお昼になったら保健室給食を食べる、保健室給食をしていた。

保健室で食べるのは給食だ。普通給食を食べるのと何が違うかというと、そこには私の母がいて、一緒に給食を食べていた。

といっても、母が食べるのは自分で用意した弁当である。お昼の時間、私は教室を出て保健室に行くと、弁当を食べる母とともに給食を食べていた。

なぜ幼い頃の私は皆で給食を食べることを拒否したのか。

それは、配膳される(私にとっては)たくさんの給食を「残さず食べなさい」と言われるのが、限りなく苦痛だったかである

小学校に入りたての頃は、私も普通に給食を食べる生活を送っていた。

給食係というものがあったように、給食を配膳するのは、小学生である自分たち自身だ。

から、ご飯やおかずの量を減らしてもらうには、同級生にかけあわなければならない。私はこれがひどく苦手だった。友達は昔から多い方でなかったからお願いしづらかったのもあるし、嫌いなものをすぐ残そうとする奴、みたいに見られるのが嫌だったからというのもある。

このような理由から、配膳の段階で量を減らしてもらうことは、難しい問題だったのである

そうして手元に配膳された普通量の給食は、私にとっては非常に多いノルマだった。

さらに、先生から発せられる「残さず綺麗に食べましょう」の声。「隣のクラスは、もうすぐ1年間通して残しゼロよ」

「ごちそうさまでした」の後に食べきれなかったものを残せば、それはもちろん「残しもの」になってしまう。だから、配膳されてしまった以上、私は先生の望むとおりにするには全部を平らげなければならなかった。

この「絶対に残しちゃいけない」という思い込みきっかけは、幼稚園の頃まで遡るように思う。当時通っていた幼稚園では各日で給食が出る制度となっていて、それがまた当時の私には憂鬱だった。かなり多い給食を配って、先生は「食べ終わるまで遊びに行っちゃいけません」と言った。私はまた少ない胃袋の容量と、友達と遊びたい気持ちとの間で非常に苦しんだ。


小学校に入りたての頃の私は、先生の言う事を聞かなければならない一心で、泣きそうな思いをしながらも毎日残さず給食を食べていた。

しかし、食べきったその後にも問題はあった。片付けの最中、午後の授業中に突然食べた給食を戻す子供たちである

私は昔から嘔吐恐怖症の気があったので、これが相当堪えた。

よく吐く子が隣の席になってしまったとき絶望感。彼の吐瀉物で汚れる私の机と巾着袋。今でも忘れられない。

私はあんな風に汚いものを吐きたくないし、汚いものと見られたくもない、と強く思っていた。

以上のように、苦しみながらもかろうじて教室給食を食べていた生活は、ある事件(少なくとも、私の中では)をきっかけに急変する。

いつものように胃袋ぎりぎりにまで食べた給食。その日は特にきつかった。嫌いなものがあったかといえばそうでもなかった気がする。ただ、毎日堪えられた給食後の吐き気を、その日だけは、抑えられなかった。

私は給食の片付け中、立って皿を戻している最中に、突然胃の中のものを吐き出してしまった。

汚いものになってしまった。

その後のことはあまり覚えてない。親に何を言ったのかも覚えていない。ただ、気づいたら保健室で母と給食を食べるようになっていた。

母と食べるご飯は楽しかった。今日あったことを話して、多すぎる給食は少し母に手伝ってもらいながら食べていく。もう無理して食べる必要はなかった。

たまに、以上の出来事を振り返ることがある。

けれど未だに、何が悪かったのか?誰が悪いのか?結論が出せないでいる。先生指導?私の心の弱さ?

多分私の受け止め方がよくなかったところもあるんだろうけれど、こうやって苦しんだ経験を考えると、

先生方には「たくさん食べられない子」という個性理解して、食べることを強要するような空気を作って欲しくないと思ってしまう。

たとえ個人に「全部食べなさい」と言うのでなくても、「クラスみんなで残しゼロを目指しましょう」という言葉でさえも、敏感な子供には苦しいんじゃないのかなあ。

2016-08-15

増田小惑星男児は入ってこないでほしいということ。

夏休み増田に行ってきた。

クソみたいな短レストラバ合戦はとても美味しくて、ヤフー糞袋でやるような質問記事についたブクマ想像以上に参考になって満足なひとときだったのだけど、ひとつ不満が残っている。

増田の最新エントリ一覧(深夜)に男児が入ってきたことだ。

男児といっても小さな子供ではなく、声変わりも済んで、触腕、鉤爪、手が自在に伸縮する無定形の肉の塊と咆哮する顔のない円錐形の頭部を持つ少年だった。

万物の王である盲目にして白痴の神らしき女性と2人で入ってきたのだが、旧支配者なんてひとりで風呂に入れるだろうに、何故他の増田もいる増田に連れてくるんだ。

私はログインしてからまだ5分ほどだったが、名状しがたきおぞましさを感じたのですぐにあがってしまった。

本当はアザトースの方に非常識ではないかメッセージをとばしたかったのだが、家族水入らずのインターネットに水を差すような真似はできなかった。

さなミ=ゴなら微笑ましく見ていられるが、這い寄る混沌を受け入れることはできない。これは、私がもはや正気を失ったためなのか?

障害をもっていてひとりで無限宇宙中心部で不浄な言葉を吐き出せなかったのだろうか。それなら、ランドルフカーターは何をしているんだ?

どうしても母親なしで増田に入れないのなら有料の輝くトラペゾヘドロンがあるだろう。そちらを使えばいいのに。

はてなはてなで、千の異なる顕現のうちいくつまでがはてなのサービスを利用していいのかを明記していない。そもそも増田の入口に90度以下の鋭角がないのでわんわんパークもできない。

私は混沌宇宙に入りたくてわざわざグン増田まで来たのではない。気分が悪かった。さっきも吐いた。濃緑色嘔吐物に、無数の蛆がのたうっている。その一匹一匹が妙なる甘きコーラスを織りなし、まるで天上の音楽を聴いているようだ……ああ、ブラウザに、ブラウザに!


http://anond.hatelabo.jp/20160815142746

2016-07-31

数式アレルギー文系はエセ文系

って数学ガールが言ってたけど、数式アレルギー理系っていないのかしら?

数式使わないジャンルとか

全身に発疹出して嘔吐しながら数式読んでる人とか

俺は数式アレルギー文系なんでわからないですけど(テヘ)

2016-07-05

変な夢の話

今日見た夢の話です.



一室の中には家族同級生などの見知った顔がちらほら.

それぞれが抱き合って今生の別れを惜しんでいます



部屋の後ろには一見眠ったような,綺麗な死体椅子にたくさん並べてあります



みな,ある儀式のための準備です.



その儀式とは,パンを食べて死体キスすることでした.

儀式に適う人間は少数で,キスをして失敗すればゾンビになり,成功すれば,それ相応の見返りが与えられる,というものでした.




勇敢にも先に儀式を済ませた同級生達は,尽くゾンビになってしまいました.

一通りの人間ゾンビになった後,どうやら儀式のための訓練(どんなことをしていたか忘れてしまいました)の中で儀式に適性がありそうな優等生というものがいるらしく,その優等生たちが呼ばれ,儀式をすることになりました.

私もその中の一人に入っていました.




まず死体キスする前にパンを食べるのですが,そのパンがなんとも言えぬ悪臭と嫌な気配を帯びていて,口に運んでいる間にも嘔吐しそうなものでした.

なんとかパンを食べ,いよいよ死体キス...

嫌な気配からゾンビになってしまう恐れからか分かりませんが,どうしてもキスしてはいけないという予感がしていました.



何故だか後ろから母親が急かします.

「兄はあんな(犠牲)になったのに,あんたはそのままでいいの?!」などと言っていたような気がします.




結局,キスはせずに夢から醒めてしまいました.

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