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2017-05-27

今日夢精

どえらい快感に見舞われながら、ついさっき目が覚めた。

久しぶりに夢精をしていた。

夢の中身はすでに朧げなのだが、

女子高生変装するために女性メイクをしてもらう、という内容だったと思う。

直接的に性器を触ることをしていなければ、淫語めいた言葉を囁かれたわけでもない。

メイクをしてくれた女性は、昔付き合っていた女性だった。波瑠に似ている美人だったな。

40歳

自分自身、まだ知らない性癖を持っているのだということに驚嘆すると同時に、自分自身ですらこれなのだから、人と人とが完璧に分かり合うなどということは遥か至難のわざであるよなぁと、

今、紫煙を燻らせながらぼんやりと考えている。

パンツを取り替えたらまた寝ます

おやすみ

俺の母は幼い 精神年齢がだ

母は70をこえてなお仕事をしており、同年代と比べてもかなり元気な方だ。脳みそもはっきりしていてそこそこの知性はある。ボケてもいない。しかし、精神年齢はそれとは対称的だ。精神疾患専門用語を避けると「精神的に未成熟」と言っていい。心は子供身体は老人。

具体的な例をあげようとしてもうまくいかないのはしかたない。自分自身で母の言動表現しきれるのは無理だと思っているからだ。ただし会話をしていると以下のような傾向が見れる。

あげるとキリがない。古臭い表現では自己中となるだろう。とにかく怒りっぽい上に論理的な話が殆ど通じず、言葉暴力相手ねじ伏せることしか頭にない。客観的事実相互理解ではなく、自身主観こそが何よりも正しいと思っている。そのくせ警察等の公権力客観的事実には勝ち目がないとわかっているらしく、それらを避け続けている。

彼女が爆発するのは特に家の中だった。私の祖父母を持ち前の言葉暴力によって完全に支配し、実質的家庭内ヒエラルキートップであったのだ。手を出せば噛まれると知って、不用意なことをしなかったので彼女はずっとその地位にいた。

彼女の夫であり30年近く連れ添った理解者であり家族であり、つまり私の父親は「彼女出会った当初から精神年齢が)幼い様子だった」と語ってくれた。つまり結婚する前から彼女にはその性質があった可能性があるのだ。半世紀も前にこんな怪物が街なかで今よりも元気に活動していたと思うと悲しくなる。

彼女の弁護をすると、彼女は嫁ぎ先である我が実家借金返済のために多額の財産を手放したと聞く。それは父親も認めており、幼かった私自身もそのゴタゴタに巻き込まれものだ。だから彼女が嫁ぎ先とその人間をよく思っていないのは物心ついた時からわかっていた。

なにせ、彼女自身旦那さえも名字で呼ぶのだから高橋家ならば「高橋さん!」と呼ぶ。激高すると名前を忘れるらしく、息子である私さえも「高橋くん!」呼ばわりだ。

彼女にとっては、自分と家の人間は完全に区別されるものらしい。

はいっても、母の言動は極めて異質だ。モンスタークレーマーモンスターペアレンツ典型例を犯したこともある。機嫌が悪いという理由レストラン店員小一時間も怒鳴ったのは今でもおぞましい記憶として残る。

つい先日も野良猫の餌に関して母はトラブルの渦中にあった。野良猫に餌を与えている女性を母が注意(※本人談)したのだが、母は猫のエサ以上に自身侮辱した相手女性言動の方が気に食わないらしい。私が相手を泳がせて情報を聞き出そうとしても、その様子を自身への裏切り行為と捉えたらしく激高していた。自分が気に入らないことはなんでも食って掛かる。どんなにコンセンサスを取ろうとしても自分主観を曲げることは決してない。わがままも1時間となえれば通じるとおもっているようだ。

彼女は強い。自身主観で捉えたことを徹底的に相手押し付け喚き散らすこと。これが彼女の唯一の武器であり、誰も崩せない鉄壁の防御だ。論理的攻撃もなにもかも捻じ曲げる。自身が不利になれば悲劇のヒロインを演じて相手を別の角度から侮辱する。誰も攻略できない。

だが、問題は私の方にある。

そんな母なので心療内科に通わせることは不可能だ。明日天皇制王政になったほうがまだ現実的だと思えるくらいに。だからそんな母に対しては、周りの方が適切な距離感を持って接する必要がある。相手が変わらないならばこちらがどうにかするしかない。相手の安い挑発に乗って口喧嘩に発展してしまうことが最も危険行為なのだ

それが自分にはできていなかった。血脈なのか私も母のような性質を受け継いでいるのか、冷静で理知的なことができない場面が多い。

どうしたらいいのか。

朝、目が覚めると自分の姿を目の前にして天に昇っていたらいいのにと思っている。

2017-05-26

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ヤンデレって実際に存在するんでしょうか。

それなりに波乱万丈な人生を送ってきた私も良くは知らないな。

私が出会ってきた人間は、ほとんど分かりやす暴力的な奴らばかりだったから。

覚えている範疇でそれっぽいのは、「愛佳俺の嫁彼女はまだ知らないだけだ」みたいなことを言った人間かな。

愛佳って人物が誰かは私には分からないが。

まあ「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない」みたいなものだと思うので、話半分で聞いていたが。

Q.自分が今までで体験した間抜けな怪我は何ですか。

玉乗りに挑戦していたんだが、飛び降り着地するときに勢い余って顔から地面に突っ込んでしまってね。

地面も砂利の混じったグラウンドから、これが痛いの何のって。

なぜ顔から突っ込んでしまったのか、なぜ玉乗りなんぞをやったのか、今でも自分自身ことなのに理解に苦しむよ。

次点だと折りたたみナイフをたたむ時に、刃の部分を指で押し当ててたたんだことだな。

すぐには血は出てこないんだよ。

時間差で親指がパックリ開いた瞬間を見たね。

それでもテープ絆創膏を貼ってるだけで、傷も残らず治るんだからすごいよな。

おかげで酒の席で語れるような武勇伝がないのが個人的には悲しいところだが。

誤解なきよう言っておくが、あくま子供の頃の話だからな。

Q.幸運の女神は自分に向かって微笑んでくれたと記憶しているのですが、そう言っている人間が周りにも多くて混乱しています。僕の気のせいだったのか、それとも周りが間違っているのか、どちらなのでしょうか。

両方正解だ。

幸運の女神は誰にでも微笑むビッチであることは有名だからな。

或いは、マンデラ効果か平行世界での記憶混同たかのどちらかだろう。

死にたい

毎日寝る前に一生目が覚めなければいいのにと思いながら目を閉じる。夜に自分のふとんの中にいるときが一番好きだ。目を閉じるとすぐ次の日が来てしまうのでできるだけ目を開けていたくて夜更かしする。

事あるごとに自分のどうにもならないことに悲しくなって辟易する。生まれ変わったらなりたいものをたくさん考えている。常に死にたいと思いながら死ぬ勇気がないからまだ生きている。

道を歩く人を見ながらこの人は日本自分がどうなっても全く気にしていないふうに動いていくんだろうと思う。自分自身も今どこかでとても苦しんでいる人のことなんか知らずに生きている。

2017-05-25

本物の孤独を感じる時とは。

自分自身絶対正しいと思っていることが、誰にも同意を得られない時。

多分この見解にも同意を得られず、さら孤独増田

ひとり語りとマネジネント

マネジメントはとかく孤独になりがちである。ひとりでいる時間自分自身に語りに語って得た結論は、自分自分で読む程には、自分経営面白くないからさ。

外に出るの大事工場見学ゼミ対抗プレゼン大会など、ふだんの授業とは違った学びを体験。慣れないプレゼン最初不安を感じましたが、資料のつくり方や発表の仕方など、実践的なスキルを学ぶことができる。

そう、マネジメントマネジネントではなくてマネジメント

お見捨てなくお付き合い頂ければ幸いである。

無題

ダイエットは辛い。

一番辛いのは食事制限でも運動でもなく、太ってしまった自分自身の心だ。

ダイエットを本格的に始めて、まだ数週間。食事制限運動糖質制限もしてタンパク質しっかり取ってお菓子食べずに生活することには慣れた。

しろやらなきゃという気持ちが先行して積極的に出来ている。

でも、数週間やったところで体重の変化は1,2kgだし見た目も変わらない。

そりゃそうだ。何年もかけて太ったのだからすぐに痩せるけがない。

でも、ダイエットしてる中で周りの人と自分を改めて比べると自分身体が太ってどれだけ醜いががわかる。

周りの人はダイエットをしようがしてまいが太ってる今の自分を見てる。

それが辛い。

今の身体が辛い。

こうなってしまったことが辛い。

それと同時に過去のいっぱいご飯を食べて不摂生してた自分自身否定してる気がして辛い。

太ってしまった自分可哀想にもなる。

痩せたい。

色々考えるけど結局は痩せればいいのだ。

頑張ろう。

2017-05-24

就職氷河期世代復讐があるとすれば

就職氷河期就職状況について、興味深いブログがありました。

(参照:豚猫大好きぶーにゃんの社会的弱者研究所http://sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp/entry/2017/03/06/173930

当時の就職企業説明会がどのようなものだったかが記されており、就職氷河期中小企業でさえ就職するのがいかに難しかたか理解できるかと思います

私は就職氷河期世代なのですが、病気療養のため同世代と同じ時期に就職活動することができませんでした。

ですので、自分自身就職氷河期就職活動経験したことがありません。

しかし、ときどき体調の良い時に大学に行って就職課の求人を見ることがありました。

例年なら満杯になっているはずの掲示板に半分くらいしか求人情報が張っておらず、給与正社員でありながら手取り15万円にも満たないものが多かったことを記憶しています

また、同年代の知り合いからは、いわゆる“カラ求人”も多かったと聞いています

聞くところによると、一斉に企業採用をやめたので求人倍率が低くなり、あまりの厳しい数字厚労省が「これはまずい」と思って、“採用しなくてもいいので求人を出して欲しい”と企業にお願いしたことがあるとか、ないとか…。

企業求人を出して、さんざん面接をやって、結局1人も採用しなかった…なんて話も聞いたことがある時期でした。

世間で知られている就職氷河期求人倍率も、このような“カラ求人”の分を除けば、もっと低かったんじゃないか、という意見も聞きます

さて、そんな就職氷河期世代、または団塊ジュニア世代もも40代~30代後半。

もう、企業も受け入れが難しい年齢ですし、私は「このまま我々の世代は見捨てられていくんだなぁ」と悲しい気持ちでいました。

ところが最近八代尚宏先生などの本を読んでいて、「あれ?もしかして就職氷河期世代は見捨てられるどころか、これから影響力が強くなるんじゃないか?」と思うことがありました。

なぜか。

それはこの世代の“票”の数が多いからです。

去年から“シルバー民主主義”や“シルバーデモクラシー”という言葉が取り上げられるようになりました。

これは、相対的に数が多い高齢者世代自分たちの都合の良い政策を実行する党に投票するあまり、若年世代にとって不利益が多い社会になってしまう…というものだったと思います

この代表格がいわゆる団塊世代であったわけですが、彼らも近年続々と75歳以上という後期高齢者突入しています

いろいろ指摘されているように、団塊世代の人も75歳以上になると健康的な問題投票に行けないことが多くなり、徐々に彼らの政治的影響力は弱まってくると考えられるのです。

「そんなことにわかには信じられない」と思われる方も多いでしょう。

しかし、医療機関で働いていると、75歳を境にしていか人間が弱くなるかが良くわかるのです。

人間は75歳も過ぎると、大きな病気にかかるとなかなか回復しません。

ちょっと病気ですぐに足腰が弱くなるので、外出も少なくなります

また、認知症にもかかりやすくなり、認知症の影響で自力での健康管理ができなくなると、体調が崩れやすくなり、あっという間に亡くなる方もいらっしゃいます

そもそも認知症になったら、判断能力が低下するので投票できなくなると思われます

そういうことを考えながら、人口ピラミッドを見ると、否応にも団塊ジュニア、いわゆる就職氷河期世代の数の多さに目が行きます

彼らは経済力が乏しく、社会的地位も低いことが多いです。

でも、投票権は他の世代と同じく1人1票持っています

八代先生などによると、年代が上がるにつれて投票率も上昇するそうです。

まり、これから団塊世代政治的影響力が弱まると同時に、団塊ジュニア、つまり就職氷河期世代政治的影響力が強まってくると考えられるのです。

しかし、他の方がさんざん書かれているように、この世代社会に出てこのかた、ちっとも良い思いをしていません。

新卒就職活動した時は、不況の影響でどんなにがんばっても正社員として就職できませんでした。

就職してもブラック企業で、過労死したり、精神的疾患を患って退職を余儀なくされる人も多かったです。

仕方なく非正規雇用で働いても、“非正規”という身分差別のため正社員と同じ仕事をしているにも関わらず、給料は少ないままほとんど変わりませんでした。

社会保険にも入れてもらえず、老後の貯蓄もできず、がんばっているにも関わらず「甘えている」「自己責任」と言われる始末です。

一昔前であれば、過去政治的出来事は時とともに忘れ去られることが多かったと思います

でも、今はネット就職氷河期ドキュメンタリー映像や当時の政策の記録が残っています

こうした状況を考える時、「これから就職氷河期世代がどういう投票行動を取るのか、どのような政治的影響力を及ぼすのかわからないな」と思うのです。

昨年、与党はにわかに就職氷河期世代支援策を打ち出し始めました。

この背景には減り続ける社会保険収入や税収を増やし、生活保護受給者を減らす目的があるんじゃないかと思っていました。

しかし、団塊世代の次に票をたくさん持っている年代を考えた時、団塊ジュニア世代、つまり就職氷河期世代に注目が集まったのではないかとも考えられるのです。

就職氷河期世代企業にとって魅力のない年齢になったのかもしれません。

でも、投票という視点で見ると、まだまだ若い世代です。

彼らは少なくとも、あと30年間は投票に行けるのです。

今後、就職氷河期世代政治的にどのような選択をするのでしょうか…。

もし、本当に就職氷河期世代復讐があるのとすれば、“揺るぎない絶大な投票数”という形で現れることもあるのかもしれない、と思った次第です。

久しぶりに某パクリゲーに関して言及するツイートを見て少し泣きそうになってしまった。

私は、炎上した際にパクリのことを知り、その後の運営対応失望しやめていったユーザーだ。正直、ただ普通にプレイしていたユーザーではなく、心の底から大好きで「私はずっとこの作品ファンで、ずっとずっと応援していくんだ」と密かに誓った数日後にパクリの話を知った情弱ファンだった。

知った時は「は?なにそれ?」という感じだったし、パクリよりも蔑称の方が目についてしまうような典型的ファンだった。でも、自分で調べてみると、擁護しきれないようなものがどんどん出てくる。多くのカードの構図が被っているのだ。

おかしい、これはあからさまにおかしいぞ、と思った。ひとつひとつを見れば、良くあるポージングやよくあるアングルなんだろう。でも、それが全く同じものがこんなに存在する。よくよく調べてみれば、法に触れるとは言えないらしい。それでも、これはおかしい。

他のパクリ事案も知った上でも、まだ私はファンだった。悪いことや許されないことをしたのならきちんと発表し、権利元の方たちに謝罪してほしいと。大好きだったから許せないファンはもちろんいるだろうけど、私は大好きだったから、これからを信じたいし投資したいと、そう思っていた。そして、出てきたお知らせに絶句した。嘘だろうと思った。悔しくて悔しくて泣いたし、すぐにアプリを消した。

ここまでうざったい自分語りをしておいて何だけど、ここからが本題。

なんでこんなブログを書こうと思い立ったかと言うと、パクリを知っててなおプレイしているユーザーが「コンテンツ最期を見届けたい」とか言うのずるいよなということ。

確かに、パクリ案件を知ってなおプレイするのは自由だと思う。私の心が狭いから、目に入れたくはないが自由だとは思う。だけど、「コンテンツ最期を見届けたい」という一言は「パクリは許せない」という言葉を孕んでいる。これが本当にずるい。

その一言パクリ自体容認していない気になっているんだろうけど、それ、ただの誤解だからね。そのコンテンツあなた容認していないパクリの上に成り立っている。「最期まで見届けたい」とかあまっちょろい言葉を吐きながらも、コンテンツは十分楽しむ。なにそれ。ふざけてんのか。あなたがそのコンテンツプレイするなら、楽しむのであれば、あなたパクリを許さざるを得ないんだよ。

キャラを嫌いになれないことと、プレイすることは同義ではない。パクリが許せないならきちんと行動で示せ。これからパクリを許さないんじゃなくて、今までのパクリだって許すな。今までのパクリを許してる時点で「コンテンツ最期を見届けたい」なんていう言葉は吐けないんだ。

プレイをやめるのか続けるのか、それを決めるのは自分自身プレイしている人を否定することはできない。だけど、「パクリは許せない」といいながらプレイしている人間言動矛盾が生じている。もう一回言うぞ。パクリが許せないのであれば行動で示せ。

先に明記しておくけど、これはパクリ案件が真っ黒だと判断した人間が書いたブログであり、あれを見て白だと疑わない人間と論争がしたいがために書いたブログではない。白黒論争は他所でやってくれ。

パクリゲームパクリゲームだと知らない人間幸せだと思うし、可哀想だと思う。

ファンに「パクリじゃない」とか「法に触れてないんだったら問題ないでしょ」みたいなことを言わせるコンテンツが今後増えないことを祈る。

見極めきれなかった自分に非があれど、オタク人生を誓った作品でこういうことが起きると好きという気持ち不安が生じてしまい、オタク人生が楽しめなくなってしまったという私怨を抱えて生きているよ。

最近好きな人のことを本当に好きだなあと認識してとても幸せ気持ちになる。くだらないことで笑って未来を語る彼が好きで好きでたまらない。何年先のことなんだ?っていうことも、不確かじゃない私たち未来も、想像を膨らませて楽しそうに話してくれる彼とこの先もずっと一緒にいたいと今の段階では思う。彼と話しているといつも新しい発見があり、自分自身も見つめなおすことになる。そして大好きな彼が大好きな私のことも大好きになるし、お互い好きが積もり過ぎて世界一ハッピーになるんじゃないかと、馬鹿みたいなことを思うくらい好きだ。はやく会いたいなあ毎日会いたいなあ。見られてたら恥ずかしいけど見てないだろうなあ。

エリート女子ホストにハマらないのか?

http://anond.hatelabo.jp/20170523181252

確かにステータスの換金という視点はなかなか面白い

では男が性的もので換金することに対応する女のものってなんだろう?

と考えた時、すぐに思い当たるのはホスト

でもまあ一定数は存在するんだろうが、どうもむしろ例外のような印象がある

エリート女子だとホストにハマるのがありがちという統計がもし仮にあるなら、

ワイドショー女性誌などがここぞとばかりにそういった特集を組むはずだ

そうすると、エリート女子はじゃあ何をゴールに生きてるのか?ということになる

実はエリート女子たち自身も分かってないんじゃないか

男は成功ロールモデルがある程度確立されているから、

そのモデルに沿った自己実現をすればまあ満足は行く

だがエリート女子はそのモデルがないから、

それすらも自分自身で築き上げるしかない

だが女はそもそも男以上に世間で受け入れられることに価値観を置きやすい生き物だから

独自生き方を貫くってのは実は相当ハードルが高い

バリバリキャリアウーマンみたいなモデルまではマスコミが用意してくれていたが、

その先は実は行き止まりというか崖というか、

子ども持てないし幸せで平凡な過程も目指せないし、

かといってでは50、60でもエリートっぽさを保ちながら生きていける女の成功モデルも見当たらないし、

(蓮舫とか丸川珠代みたいなのが良いか?まあアレが女なら憧れる生き方、ではまずないだろうし)

どうすればいいの?

という状態なのではないか

から要領のいい狡猾な女子フェミニズムの美味しいとこを取りながら、

男との関係旧態依然マッチョイズムの価値観の中に逃げ込む戦略を取り始めている

フェミニズムは本当はこういう女を攻撃したいのだが、

内部分裂するのが恐ろしいからか、こういう女を無視して、こういう女が出現すること自体も含めて男のせいということにして攻撃性を増してきている。


フェミニズムの行き詰まりは畢竟、

エリート女子ライフプランを描ききれずに挫折した点にあるのではないだろうか?

ドクハラは言い過ぎかもしれないけれど・・・

ちょっとアレな医者に関わってしまった話

これ以上被害に合われる方が出ませんように

 

 

病状の説明は、当然だが患者に対して行うものだろう。

なのに、この医者はずっと検査データの写ったパソコンモニター検査用紙を見たまま話しているのだ。

データを見ながら話さなければならない部分も当然あるだろうが、この人は「意識的に」患者である自分と目を合わせようとしていないことが感じられた。

一方でマシンガントーク饒舌で、時には難解な用語を用いてしゃべり続けている自分自身に酔っているような様子でもあった。

ムダな重複も多く、要領を得ない説明も多かった。

簡潔に、分かりやすくという視点が感じられない。

伝えよう、分かってもらおうという気持ちが伝わってこない。

久しぶりに会った親戚のオバチャンの、特に要点もない話につき合わされた気分だ。

こんなにダラダラしゃべって、次の患者は待っていないのか・・・

 

そして、私は最後検査の時にちょっとした失敗をやらかす。

具体的には省略するが、要は仰向けにという指示の時に、ついうつ伏せになってしまったのだ。

同様の失敗をついやってしまったことがあるが、普通はうっかりミスに関しては「そっちじゃないですよ~」と優しく誘導してくれることがほとんどだ。

だがこの医者は違う。

故意ではないことは明らかなのに、この医者は「そういうことをされるとね、〇〇が××で・・・」と素人が決して理解できないような用語を並べ立てて説教をしてきた。

診察に協力してくれ、という要求ではない。

イラっとして、弱い立場患者専門用語で威嚇し、患者の恐怖を煽って従わせようとしていることは明白だった。

 

ただ、こういう感情的になっている人間はなだめるのもチョロい。

「ごめんなさい、ついクセで。本当にすいませんでした」と素直に謝って反省している姿を演技して見せれば良い。

こういう人間は、本当に医療を通じて人に貢献したいと思って医者になったわけではない。

から尊敬され、崇められたいだけなのだ

自分自身や、自分意見無視されることや大切にされないことが死ぬより怖いだけなのだ

 

この医者、結局は自分が一番大事なのだ

目の前の困った患者ことなんかどうでもいいのである

  

 

(続く) 

2017-05-23

自分の髪くらい好きな色に染めさせろ

ツイッターにてとあるツイートを見かけた。

男性から見て、女性の髪色は

黒髪が好き:茶髪が好き=8:2

というツイッター上でのアンケート結果。

それに

日本人女性のみなさん、殿方の本音をご覧ください」という文言まで付随していた。

女の私からすれば

「だからなんなんだ??」

と感じる。

黒髪の方が茶髪に比べて好み、ということに関しては、個人趣味からあいい。人の好みを否定はしない。

だが自分の好みを他人押し付けようとするな。



殿方の本音?知るか。そもそも顔も名前も知らねえ男共の好みに女がハイそうですかって従うわけねえだろ馬鹿か。

女がみんながみんな、男の気を惹きたい一心で生きてると思うなよ。自分の髪一番見てるのは、周囲の男でもなんでもなく、自分自身のものなんだよ。自分の好みの色に染めるに決まってんだろ。

百歩譲って自分好きな人の好みに寄せたりすることはあると思う。だがその人以外の大多数の意見など知らん。最低でも顔も知らんような相手意見など知らん。

これは私の主観だが、

黒髪信仰処女信仰は似ている気がする。

黒髪が良いんじゃない、要するに処女性を求めているんじゃないか

黒髪しろ処女しろ、それを相手の「個性」ではなく「ステータス」としてしか見れない男は、残念ながらもう周りから敬遠されてると思う。

相手を一人の人間として受け入れるのではなく、相手自分好みに仕立て上げる方向にしか頭が働かないんじゃ、女どころか誰も近づかないんじゃないか…。


話がかなりズレたが、つまり私が言いたかったことは、

男ウケなどと言って自分意見をあたかも周囲の総意のように見せかけて押し付けようとするな

ということだ。そんなに黒髪が好きなら黒髪女優が出てくるAVでも見てオナニーしててくれ。

エリート女性婚活話でいつも思うこと

友達の友達の話。知り合う前からずっと婚活している。

色白でスラッとしててしか高学歴都心の有名企業(ただし女子比率が高いらしい)に勤めている。

街コンパーティの前には必ずネイルマツエク

彼女は少し理想が高いんだろうなと思う。女性社会進出男性の側が追いついてないとも思う。

ハイキャリアないわゆるエリート女性婚活話でいつも思うんだけど

うまくいかないのは要求の高さのせいではなく要求方向性のせいちゃう


大体そういう女性って自分と同じぐらいの学歴・職歴・収入の人を求めてるじゃん

それでそういう男性からの反応が思わしくなく苦戦して愚痴っぽくなっていく感じ

自分と同格のエリート男性を求めるのは高望みでないはず。何故??」ってなる。

東大主席卒業のすごい頭いい女性弁護士自分婚活問題でこれ言ってた。


まず気付いて欲しいことは

そんなエリート社会に1パーセントも居ないので

そういうのを求める時点でものすごい競争率の買い札出してるんだってこと。

自分自身もその1パーセントであっても。


そして、そんな不合理な買い札出してるのはエリート女性だけだよ。

エリート男性は「僕と同じぐらいのエリート希望」って買い札は出してない。

もしエリートエリート結婚相手を求めるなら

エリート女性エリート男性から引っ張りだこで飛ぶように売れてなきゃおかしいよね。

女性のほうがまだまだ少ないんだから

でもそうなってない。


まりエリート性とか高い収入ってのは2枚セットで揃えても効用が低いんだよ。

少なくともエリート男性はそう思ってる。

自分仕事に傾いてて収入高いなら、配偶者はその逆のほうが互いに補える。

仕事能力収入求めないぶん別のことを求めることが出来る。

若さとか、美貌とか、家事能力とか。


これは家父長制とは関係ない。

自分の手持ち資産相手の手持ち資産を見比べて良い組み合わせを考える、

合理的マッチングの話だ。


自分に十分な収入があるほど配偶者候補経済力要素の魅力は減っていく。

これは合理的感性だ。

自分高収入エリートなのに結婚相手に同じこと求めるエリート女性の選好がおかしい。

少なくとも生活の為の実用性はそこにはない。

そこにあるのは単に自分が打ち込んできたジャンルへの執着心であり、虚栄心だ。


まり

自分より歳や収入が下の異性を視野に入れて

経済力がなく性格がよく家事能力があり、容姿フィーリングが好みの異性を選べばいいのだ。

経済力を張り合える「同格」の相手より、自分経済力を素朴に尊敬感謝してくれる異性を選ぶべきだ。

エリート男性が昔からそうやってるように。

http://anond.hatelabo.jp/20170523004502


追記

sktknko 私はエリートじゃないけど、自分より稼ぐ見込みのない人に魅力感じないから付き合えないし、単純に尊敬出来ない。

リンク2017/05/25

出ました。

この人はいいよ別に

これは非エリートの低収入な貧しい女は言ってもいい。

貧しい女達が「自分より稼がない人はダメ」って言うのはいいの。

だって貧しい同士でくっついたら詰むだけだし。

女が収入を得られない時代ライフハックとして開発された価値観や選好としてならいい。


でもこれエリートとかバリキャリ女性も言ってるの。アホかと。

こういう発言って「旧弊価値観に脳を冒された反動分子」が言ってるんだよね?

早く総括して、自分の稼ぎで配偶者を養うことに喜びを感じる正しい価値観を受け入れて欲しい。エリート男性と同じように。


ただもし、

自分より稼がない男に魅力を感じないし尊敬できないのは女の本能」っていうなら

それはつまり……女は社会進出すればするほど、稼げば稼ぐほど、

人に対するキャパティが狭まっていくってことじゃん?

もしもそれが本能なら、そんな本能を持った生物あんまり稼がない方が幸せなんじゃないの?とすらおもってしまう。


こんな発言男が言ったら大問題だよ。

「俺は自分より稼げない人間は好きじゃないし尊敬しないんだ」って言って炎上を免れる男はいない。

「うちの家内には家事と親の介護全部やらせてるけど家内に対する尊敬は無い。

  あいつは稼げないから対等でないし愛も無い。」って言ってみ。絶対社会から許されない。


でも

sktknko 私はエリートじゃないけど、自分より稼ぐ見込みのない人に魅力感じないから付き合えないし、単純に尊敬出来ない。

リンク2017/05/25

この人は性別逆なら社会から抹殺されるレベル発言をしつつ、

危険発言不適切発言をしてるつもりは全然無いわけ。

ここに女性を取り巻く不可視の分厚い障壁があるよね。

それ以上の所へ出て行けない柵にもなってるし、守ってもらえるガードレールにもなってる。


でもこの発言してくれてありがとう

この人1人の人格をどうこういう気は全くない。女性全般この傾向なんだもん。

しかったところに八百長をせずにその発言が得られたおかげで言いたかったことのもう半分が言えた。

http://anond.hatelabo.jp/20170523015737

読んだことないなら村上春樹でも読んどけ。

ひとつ読んだ結果自分村上春樹が好きじゃないとわかったけど、

なぜ自分はこの作品が好きじゃないかとか考えると自分自身発見になる。

そのためにはリアルに近い人物が詳細に内省してる作品がいい。

ラノベにもそういうのがあるかもしれないけど、萌え全然リアルじゃないよね。

生活感とかずる賢さとか嫉妬とか障害とか野望とか、そういう人間リアルさを追求している作家ラノベには珍しいんじゃないか

熟女のすゝめ

俺のおかずスタンダード熟女。5060喜んで。

なぜ熟女なのか。熟女は汚れきっているからおかずにはうってつけなのだ

自分自身セックス未遂体験からセックスは汚いものという想いが染みついている童貞の俺には。

ちなみにセックス未遂に加えて今まで三回のキス経験がある。飲み屋店員の目の前で「お前でオナニーした」という奇妙奇天烈宣言をした直後べろべろに酔った俺に無理やり舌をねじ込んできたあばずれ女と、一生に一度は経験としていこうと思っていた風俗に「二度と行くものか」と決意させることになったイソジンの強烈な味のキスというトラウマを植え付けたピンサロ嬢と、「セックスセックスセックスオンザビーチ!」の鳴りやまないゴミの掃きだめみたいなクラブでべろべろに酔った俺を無理やり壁に押し付けて口の中を蹂躙してきた渡辺直美似のクソブスの三人だ。すべてディーーープなキッスであった。悲しいことに。

理想と相反する圧倒的現実に身も心もグチョグチャに汚されてしまったのも熟女さらに駆り立てられる要因だったのだろう。

若く綺麗な女性に対する幻想を捨てきれないか熟女へ向かうのだ。悲しいことに。

しかし、AVにおける若さは時として甘えになる。若い女、特にJKモノとかだと「JK」というブランドに頼り切って肝心要の演技がドヘタだったり、レーズンみたいな乳首だったり、ブスとは言わなくても中途半端顔面だったりする。それで何度落胆したことか・・・

若さに頼ってんじゃねえ。舐めんな。

そして若いそこそこにかわいらしい女の子のぐちゃぐちゃに汚れている局部肛門を見ているとなんだか悲しくなって途中で萎えしまうのだ・・・

最もそれを超越するレベルの美しい顔立ちや美ボディや技術の持ち主であれば話は別だ。今日おかずにした北野のぞみなんかはそうだ。そこまで来ると超次元存在から、「こいつはプロだぜ・・・」となるか、理屈抜きの天国超特急行きに乗車するかのどちらかだ。

熟女熟女というだけの価値では生き残るのは不可能だ。だから彼女らは年老いてもなお美しい顔、弛んだ、しかし魅力的な豊満ボディ、超絶技巧、股間に響き渡る素晴らしい喘ぎ声を持ち合わせている。淘汰され生き残って来た一部の美人のみが大手を振って出演出来るのが熟女というジャンルだ。もちろん俺だってその辺にいるかぼちゃだかなんだかよくわからんブスとして生きて来てブスとして死んでいくようなブスがただ歳を取っただけ、みたいな形態のクソババアには興味が無い。

老い美人の「私まだまだイケてるでしょ・・・?」「女としてもう駄目だと思ってたけど、まだまだ私もイケるじゃない・・・!」みたいな様を見るのは最高に興奮するし、その人の歴史を想って胸が熱くなる。

歳を取って美人から悲しき変貌を遂げるようなのもいるけれど、真の美人死ぬまで美人というのが俺の持論だ。

美しいが、汚れきっている。だから安心して興奮できる。彼女らはもうそれ以上汚れることなど無いのだから

安心安定のクオリティ提供する、それが熟女というジャンルなのである

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521185910

「まとも」なんて目指すな。そんなもんは世間様が勝手に決めたことだろ。

お前の人生はお前のもんだろ。お前が満足出来りゃそれでいいんだよ。

もちろん世間体とか社会通念とか、いろいろしがらみもあるだろうよ。他人への気遣いとかも必要だろうよ。

ただ一つ言えんのは、そういうのを気にして縮こまってるやつは、大抵魅力がない。

だいたいにおいて、自分自身すら満足させられない奴に、他者幸福にするなんて、できんわ。

http://anond.hatelabo.jp/20170521170158

日本語支離滅裂で何言ってるかわからんが、何が無駄かなんてその人次第。あと、お前言うことが極端すぎ。白か黒かしかないんかい

絵のうまい下手の話なんかしてない。絵から人間性垣間見えるから、(上手い下手関係なく)自分で描いた絵をアイコンにしたらいいのに、他人が描いた絵をアイコンにするとか勿体無いって言ってんの。(プロフィールなんだからある程度正確に自分自身表現しろよって話。)

あと、年収の高い低い=人間性というわけじゃない。金持ちクズみたいな妄想全開ステレオタイプ思考は嫌いだが、金持ってるクズだって居るわ。金稼ぐ為に努力たからって、人間的に立派とは限らんよ。

2017-05-20

うまく生きたい

今日人と話していると、自分の態度のことについて話題が移った。

どうやら自分の態度は、周りから見ると消極的かつ鬱屈しているということだそうだ。自分自身を振り返ってもそのとおりだと思う。

そもそも自分はなにもできないと思っている。今こうしていることは殆ど奇跡によるものだと思うし、正直自分には何がどうするだとかこうしたいとかがない。

というよりも自分がこうなりたい・こうしたいというものを持たなかったり、そういったものがわかなかったりするのが自分だと思っている。

そんな物が湧いたとしても、自分が思うようにできるまでに挫折自分自身への裏切りなどがあり上手いこと行かないし、周りに働きかけようとも自分意見など通らないという現実を知ってしまっているということもある。期待してもどうせ思い通りにはならないし、思い通りになるように力をつけるには自分は少々歳を取りすぎている。そう思っているのである

しかしそんな人生に対して後ろ向きで僻んでいるような態度はどうやら社会的にはよろしくないようだ。通りで過去行ってきたアルバイト店長上司と話が合わなくそのままフェードアウトしていくわけである

どうやら世間的には自分はまだ若いらしくそんな風にしているのは良くないとのことだ。

だがどうやったら世間に対して僻まないで、なおかつ自分に対して悪くないじゃないかという態度でいられるのだろうか。希望を持てるのだろうか。

自分ダメ人間であるということは、学生生活社会生活を見ていて要領が悪かったり勉強仕事ができなかったり、恋人ができなかったり人生がうまくいかなかったりしている時点でわかっている。それをやれ自分はさもうまくやっていけてます振る舞うのは滑稽ではないかと思うのである

けれども現状生きるのが相当辛い局面に立っている自分としては、今回改善を指摘されたようなことができたらと憧れるのも事実である

だって自分人生をもう一度立て直したいと思っているし自分は案外悪く無いじゃんと思いたい。しかしやり方がわからない。社会でもいじられているそんな環境風貌をしているのである

一体どうしたら自分は生きて行けるのだろうか。うまく生きたい。

http://anond.hatelabo.jp/20170520004908

お疲れ様、まずは何より心身をしっかり休めてほしい

労基いけ、反撃しろってブコメ多いが、自分がそうしたいならともかく、しんどいなら休む方が優先だ

はてなコメントは割と医療者に優しいけど、実際に社会を見てみると未だに医療者に対する期待は過剰だと感じる

どこかに訴え出ても「病院は仕方ないよ、患者放っといて休めないでしょ?」と言われそうにしか思えない

少なくとも自分の身の周りの人たちは、医療者/非医療者ともにほぼそういう論調だった

はてなーだって自分担当看護師担当医がいなくなるとなれば、引き止めるのだろう(担当が良い人であるほど、そうなる)

所詮人間最後のところで守るのは自分自身利益なのだから増田がそうしたところでお互い様というだけ

人手不足がいよいよどうしようもなくなって、待遇改善してくれることに、まだわずかな希望をかけているけれど

そんな日は永遠に来ないという予感の方が強い

医療者は過剰に期待され、それを裏切り、憎まれるところまで業務に含まれているのだろう

から二度とやりたくない、その気持ちはとてもよくわかる

お酒を飲むと死にたくなる男

お酒を飲むと死にたくなるのは

普段自分自身ごまかしているのが取れて

現実問題自分人生ほぼ詰んでるのに気付くから

と、お酒を飲んで書き込む

2017-05-19

二年前に受けた某企業技術研修について

ふと思い立ったので書いてみる。二年前、新卒として某企業技術研修を受けた。Javaを用いて、自分たちで一つのプロダクトを作るという研修である技術を推している会社なので研修内容にはかなり期待していた。Spring等のフレームワークの話、JavaフロントエンドのAngularやReactをどう連携させるか、もしかして自作フレームワークを作る研修も受けられるかも、などなどの話を入社前にはしていた。実際そうではなかったわけだが。

詳らかに書くことは出来ないが、当時最も憤ったのは研修の成績をどうやって決めるかに関する講師の考え方。中間発表で企画発表を行い、最終発表でプロダクトとしてのレビューを受けて、プレゼン大会を行って成績が決まった。自分はどちらも中くらいの成績だったらしい。

ここで驚いたのが、コード量が成績評価に結び付くということだ。コード量の最適化という意味ではない。フレームワークなどを使ってコード量を減らしてはいけない、フルスクラッチプロダクトを作れということだった。意味が分からなかった。

評価するためには十分量のコード必要ということは理解していた。過去研修で何人かがフレームワークを用いて適当に作ったプロダクトで済ませようとしたエピソードなどを聞かされた。それはわかる。わかるが、そうした怠慢に基づくモチベーションではなくよりよいプロダクトを作るために先人の肩に乗るのは許されるべきではないのか?

Javaによるプロダクトを理解するため、フレームワークを使うとフレームワークが廃れたときに何にもできなくなる、という言葉を何度も聞かされたが、Javaプロダクトを理解するのならそれこそフルスクラッチ要求するのではなく歴史があるSpringで十分だし、フレームワークを使ったからといって魔法のように自分の望むプロダクトが出来上がるわけもなく、自分で考える部分が大部分を占めることは自明ではないか。むしろ、その考える時間という本質的な部分を確保するためにフレームワークなどの技術を用いるべきではないのか。

Reactを学びたいモチベーションがあり、Java側でなければ、というかReactはフレームワークじゃないし大丈夫だろうと思って実装を進めていた時に講師の方からフレームワークは認められない」と言われ、食い下がったもののまるで話が通じなかった。結局自分はそこから大きく計画修正し、適当プロダクトを作った。モチベーションは地の底に落ちた。そもそもプログラム研修なのに渡されたPCWindowsで、エクセル地獄だった時点でモチベーションはまるで高くなかったがReactをやるというのがモチベーションになっていた。それも無駄だった。

今年の新人も同様のカリキュラムだという。しかもまだWindowsフレームワークは一切使えない。エクセルワイヤーフレームを書けという。SIじゃないか大丈夫だろうと思っていたのに、という新人はたくさんいるだろう。配属後もコードを書く時間はどんどん減っていく。自分自身勉強し、論文技術書を読み、週末に自分プロダクトを作る習慣をつけておかないといけない。自衛しないといけない。

そんな不幸な人たちがいればいいのにと思った。

校正の極意

昔、とある会社サイト掲載されていたのに知らない間にページが無くなっていた。

この極意を肝に銘じ仕事をしていたのに残念。

4,5,6条が素晴らしい。

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

【第7条:文字パニックにご注意】

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

第9条:日々是情報収集

【第10条:校正の極意】

"

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

校正マンは何も信じてはいけません。一番信じてはいけないものは「自分」のこと。

校正には知識必要です。だから校正マンである自分仕事関係上、それなりに努力もしているので知識を持っていると思っている人が多いようです。そして自分知識に自信を持っている人も多い。そういう人は、校正マンとして不向き!

自分知識に間違いはないと信じて、いちいち調べて確認することを怠った者は、アシをすくわれてスッ転ぶだけ。知っていることも、いちいち確認するのは面倒な作業ですが、自分知識を信じることなく、確認する労力を惜しまない人が、確認作業プロフェッショナルなのです。

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

校正仕事は、常に「疑う目」で見ることが必要不可欠。まずは、第1条で述べた通り、自分自身を疑うべし。そして確認するための工程使用するアイテムも「疑う眼」で見なければなりません。国語辞典出版社によって、編纂者によって、辞典の大きさによって(小事典・中辞典・大辞典)も内容が違います。どれを使っても大同小異ほとんど同じだと思っている時点で確認プロフェッショナルではありません。同じ言葉でも辞書によって解釈が異なる場合があることを念頭においておかなければなりません。インターネットでの検索も「疑う眼」で確認すること。情報が多く便利なアイテムですが、情報が多すぎることが問題ひとつ。ふたつ目の問題は、間違った情報も多いという点。確かな情報源を手に入れるまでに、情報の海に溺れてしまう時もあります。常に「疑う眼」で見ることを忘れずに付き合っていると、情報の海で土左衛門になる前にインターネット情報の拠りどころとして使えるようになってきます。紙媒体インターネット等、拠りどころは多いにこしたことはない!数値のデータは、最新のデータの方が良いし、旬の時事ネタを調べる場合にも、印刷物書籍など)よりもインターネットの方が断然便利です。インターネット情報を得る場合には、必ず複数データ調査し、公式サイトなどのデータ確認します。校正大切なことは、信頼できる情報確認すること!疑わしい情報確認しても、それって確認作業にになってないし…(汗)。

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

職種によっては「慣れ」ることにでより技術に磨きがかかり熟練工としてして匠と称される場合も多々ありますが、校正プロフェッショナルとしては「慣れ」は大敵でもあります校正のコツを身につけ、経験を生かして間違いを予想して校正することもありますが、この場合細心の注意が必要です。「慣れ」は「思い込み」を生み出すきっかけとなるから…「思い込み」は校正マンの目を曇らせ、ミスを見落とすという最悪の結果を招きます。常に初心を忘れず「思い込み」を全て捨て去り“無心”の状態校正に挑むのが、確認作業プロフェッショナルとしての基本です。

「慣れ」と「思い込み」は命とり…これを肝に銘じて、集中力と根気をもって最初から最後まで校正することが何よりも大切です!

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

校正お仕事は、その結果100点満点が当たり前!満点をとっても誰にも褒められることはまずないという、ちょっぴり寂しいお仕事でもあります。全てのミスを見つけ出すことがお仕事なのですから、当然といえば当然です(…が、たまには褒めてもらえるとうれしいのです。ブタもおだてりゃ木に登るぅ~ってな感じで、次回の校正への励みになりますし…)。満点以外の校正は、言葉が悪くお下品ですが(詫)、“クソ”と同じ…そんな校正なら、しない方がマシ(!?)時間無駄使いをしてしまったと落ち込みます。致命的なミス発見できれば、少々の校正ミス(=モレ)があっても実質的な損害を与えることにはなりはしませんが、お客様からの信頼は確実に減少するのは免れることはできません。校正の精度が疑われるような校正結果では、お客様安心していただくことができません。皆さんも経験があると思いますが、試験100点をとるために何度も見直して「完璧!」と提出した答案が、返却された時の点数は98点…なんてことはザラにあります100点満点を目指すなら、200点目標確認作業をしてトントン校正マンは、200点を目指して、120点を目標として常に全力投球します。その結果の100点なので、満点で当たり前というわけです。

校正業務を開始する際に、体調などに左右されることも。なかなか集中できない場合もありますが〆切は待ってはくれません。どのような状況でも集中できる体制を即座に整えることができる…これがプロフェッショナルです。満点以外の校正はクソですが、集中力を欠いた校正作業はクソ以前の問題です…全身全霊をもって集中して校正に挑んでも、校正ミス可能性はなくならないのですから

校正作業完了し、全責任を担うべく校正紙にサインをした後は、ヘトヘトになり暫しの間放心状態になります校正は毎回が真剣勝負、全力投球ですから当然です…“この一球に悔いなし”!

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

自分のことを「賢い」と思っている人は、大バカ野郎!逆に、自分を「アホ」だと思っている人は、自分のことを「賢い」と思っている人に比べれば「賢い」人です。自分は「アホ」だから、間違うかもしれない!という思いを常に心の隅に常駐させつつ、そんな自分他人様の制作したものに対して間違いを探したり、ミスを指摘したりするなんて恐れ多いコト…と、謙虚姿勢校正に対するのが、確認作業プロフェッショナルです。その謙虚姿勢が、いちいち確認する面倒な作業を怠ることを防ぐための防波堤役割を担ってくれる上、確認する労力の源となるので、自らの間違いやミスの発生率が極端に減少するわけです。自分のことを「賢い」と驕っている校正マンは、いつか取り返しのつかないドツボに填まることになるので、今すぐに校正マン廃業した方が賢明(…!?)です。

なお、自分は「アホ」だという自覚を持っているのにもかかわらず“あほミス(注)”をしてしまったら、それは本当の「アホ」…目も当てられない状態です。そんな状態に陥った「アホ」は、即効で校正マン廃業すべし。

(注)あほミス…「アホちゃう!?」と叫びたくなるような“あほ”みたいなミスのこと。知識能力の不足ではなく、不注意による誤り。SETでは「あほミス」と言いますが、一般用語では「ケアレスミス」のことになりますかね。ちなみに「ケアレスミス」は、careless mistakeの略語です。

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

校正お仕事は、実に意地の悪いお仕事です。制作者もプライドを持って全力で業務に勤しんでいます。「完璧だっ!」と渾身の制作物を校正するのですから、その作品の粗探しをする校正マンは、疎ましい存在なのでは…(涙)。しかしながら、ミスや間違いを発見するのが校正マンの使命ですから、そこのところは一歩も譲ることな任務を全うすべし!粗探しという、一見、意地の悪い作業に誇りをもって、全力で挑まねば制作者に対しても失礼にあたります制作社は、作品ケチをつけられたらカチンときたり、ミスを指摘されたら「クソォ~」と悔しがるのが当たり前。そんな感情が湧かない方がおかしい…湧かない場合は、制作作業に対して手抜きしてるからでは?ミスの指摘を受けて悔しがらない制作者は、問題あり…なので、そんな場合には一言苦言申し奉ります。「ミス校正で見つけてもらったらいいや~」などという怠惰な態度は、校正マンに対する冒涜制作者も、常に100%の完成度と誇りをもって全力で校正マンに挑んでいただきたい。分野は違えど、制作校正プロフェッショナル同士の真剣勝負なのですから

【第7条:文字パニックにご注意】

校正(笑)一種に「文字パニック」という症状があります日常の全てにおいて目にする文字がすべて疑わしくなる病気(!?)です。校正業務ではない日常生活においても、辞書等で確認せずにはいられなくなる…それは読めない漢字意味がわからない用語でなく、通常に使用している簡単漢字であっても。その上、一度確認してもまた同じ文字が出てくるたびに辞書を引っぱり出している自分がいる。やめたいのにやめられない、辞書等で確認しないと落ち着かなくてパニくる…これが「文字パニック」。治療方法としては、休養することしかなく、目と体、そして心を休め落ち着いて回復を待つこと。あわてないことが重要で、確認作業プロフェッショナルなら一度はかかる通過儀礼のようなものなので、自覚症状があらわれた際には、校正マンとして一人前になったのかなぁ~と喜ぶべき病気(!?)ということで、お赤飯でも炊いてお祝いしてください(笑)

文字パニックとは別に校正マンがかかりやす病気として「本が読めなくなる病」もあります活字とにらめっこしている時間が多いため、もう活字は見たくないという原因をもつ場合と、本を読んでいても、無意識誤植を探していて内容を楽しむことができなくなる場合の2種類があり、この病にも特効薬はありません。本人の意思時間の経過により、体力と気力が回復すればそのうち治るでしょう。でも、貧乏ゆすりと同じでクセになってしまったら、なかなか治りません。私の場合子供学校からもらってきた学級便りやお知らせのプリントに朱入れしてしてしまう始末。町内の回覧板広報誌やフリーペーパー等々、印刷物を目にするとダメですね。インターネットの画面では今のところ症状は抑えられますが、サイト情報プリントアウトすると、誤植探しをし、数値を重複確認してしまっている自分に気付く今日この頃です(汗)。

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

何事にも興味を持ち、広く知識習得すべく心を開放しておくこと。自分には関係のない分野の話も、小耳にはさむ程度でもいいので気に留める寛容さが必要です。ひょんなことで、その知識が役立つことがあるからです。校正は、自分知識確認することはなく、調べて確認する作業です。この調べるという作業で、広く知識がある人とそうでない人との差があらわれます校正ではさまざまなジャンル文章校正するため、歴史社会自然科学技術産業芸術など広い分野の知識必要とされます。全ての分野で専門知識をもっているスーパーマンになることは、並大抵の努力では不可能です。用語の大よその意味理解できていたり、見当がついていれば、調べるときに大変助かります校正に費やせる時間無限ではありません。校正マンは、校正だけできればそれでよいというものではなく、定められた納期を守って校正できることもプロフェッショナルとして当然のビジネスマナーです。限られた時間で、どれだけ正しい情報にたどりつけるか…校正マンとしての力量が問われるところです。

第9条:日々是情報収集

前条と内容が重なりますが、ジャンルを問わず知識習得するための心得をもうひとつ友達との何気ない会話、家族との日常職場で流れているラジオテレビ番組CM…等々、日々の生活情報収集に事欠くことがありません。しかしながら、ただただ聞き流してしまうのか、ちょっと意識を持って聞いているかの違いで、情報収集の機会は雲泥の差を生み出してしまます。「さぁ~情報収集だっ!」と意気込んで調べものをすることもありですが、日々の生活でのチャンスを逃す手はありません!いちいちメモして資料を残すなんてことは大変ですので、少し意識を変えるだけで充分です。人間の脳ミソは全く知らないコトを思い出すことは不可能ですが、一度でも耳にしたことは思い出せる可能性が0%ではありません。また、必要に迫られた場合や、自分が興味のある事柄は自ら情報収集することができますが、自分の頭の片隅にもないような事柄についての情報収集することはできませんよね。不特定多数対象情報提供してくるラジオテレビ、街中での雑談や目にする様々な媒体ちょっと意識するだけで、情報収集きっかけは生まれるのです。

校正時での「疑問出し(注)」の巧拙に、期せずして校正マン能力があらわれてしまます。とんでもない見当違いの疑問出しをした場合校正マンは赤っ恥をかくだけでは済まされず、校正の精度そのものに疑いがかかり「この校正マン大丈夫?」という状況を引き起こししまうのです。「これで大丈夫ですか?」と指摘したのに、「オマエこそ大丈夫かい?」という展開に…(涙)そんな事態を招かないためにも、日々是情報収集は、プロフェッショナルとしての日常のあり方です。

(注)疑問出し…原稿の間違いや不備ではないかと考えられるが、調査してもはっきりとは間違いだと判断できない箇所を「これで大丈夫ですか?」と、制作者や先方様に確認するために校正紙に校正マン鉛筆で書き込んでおくこと。

【第10条:校正の極意】

校正に極意はありません。ただ「無心」で校正に対するのみ…

しかするとソレこそが、校正の極意なのかも!?

"

引用http://www.set-inter.com/creator/kotomi-t

http://anond.hatelabo.jp/20170519023230

元増田増田と、どっちの言ってることも正しいし、わかるんだけど、

無駄」ってことはないと思うなー。

自殺可能性のある人を声掛けで助けようなんて、網で水を救うようなもん。最悪その「声掛け」が自殺に繋がることだってある。

無駄から気に病むな」ってんなら同意するけど「無駄から何もするな」ってんなら違うと思うね。

ガン患者を治せる家族はいないけど、末期ガンじゃなけりゃ医者に通えば寛解するだろ。

うつ病も同じ。ただ、ガンと違うのは、孤独だとうつ病は治んないってこと。

元増田別に慰めの言葉を欲したわけじゃないだろ。

後悔するかもしれん人に、「出来る事はあるよ」って言いたかっただけだろ。

自分自身自死遺族から無駄ってのはわかるし、自死寿命って僕は思ってる。

からって全部が全部無駄ってわけじゃないんだな。

出来る事があっても、家族にその余力がないのが大半の現実だと思う。

けど、出来る事があるケースもあるよ。

それでも、自死寿命だと僕は思うけどね。

2017-05-18

夫婦円満秘訣なんだって

https://togetter.com/li/1111223

夫婦関係円満に続けていく秘訣を描いた漫画に「これ大事」「人間関係全てに使える」


妻は他人だろうか??そうかな?

自分自身じゃないし、僕の母親でもないが、他人じゃない、家族だ。

・・・単に言い方の問題なのかもしれないけど。

「妻だからXXして当然」とまでは思わないが、

「妻だからXXしてほしい」事も、

「妻にだからXXしてあげる」事もたくさんある。

だってそもそも人生の良いことも悪いことも分かち合うために結婚して家族になったんだから

お互い家族として、夫として、妻として、父として、母として、

果たすべき責任というのは確実にあって、それを相手放棄した時は戦争やむなしじゃないのか。

ただ果たすべき責任が何なのかという感覚一方的押し付けずに、

すり合わせていく事が相手人生尊重する意味大事だとは思う。

単に「妻(夫)とはい他人から求めない

と言うだけでは、楽だけど家族は成り立たないよ。同居と変わらない。

面倒くさいけど責任を負い、責任を負わせる。

それが結婚するって事で、それができる相手結婚すべきじゃないだろうか。

うそう、一応うちは結婚7年目、子あり。まぁ円満ですよ。


・・・


お、なんかトラックバック?があるな。

では追記。


うーん、正直いって一度も喧嘩が発生しない事が正しいとは思えないし、

その理由が「妻(夫)とはい他人から」というのも納得いかないなー。

対象となる関係性を「恋人」「友達」に拡張しても

やっぱり同じように納得いかない。

知り合いか友達友達から恋人恋人から夫婦に変わるたびに

「だからしてほしい」事も「だからしてあげたい」事も増えるよ。

それは否定すべき事かな?

だって、そうでなければ知り合いのままで十分じゃない。

求めて、応じてもらったりもらえなかったり、

求められて、応じたり応じなかったり、

それで喧嘩する事があってもいいと思うけどね。

そうやって測っていく距離感というか、

ウェットな部分こそが夫婦の、恋人の、友達

関係性の本質」じゃないの?


と、いうわけで

円満でいるために最初から目見当で「他人」のラインを引くのは本末転倒というか。

秘訣だと言われると??となるなーやっぱ。


・・・


うーんまぁもうちょっと付き合うけど。

記事では

相手は妻だから○○を要求する権利がある」

という考えは危険、って言ってるじゃない?

でも僕はそれがなかったら単なる知り合いと変わらないと思う、という話。

しろそれこそが関係性の本質じゃない?と。

勝手要求相手にぶつけないために「他人」の線を引くって、

そりゃ本末転倒じゃないの?と。

そこがメインの主張なわけ。


「してあげたい事」だけで成り立つ関係なんてあるかな

程度の差こそあれ「してほしい」事をぶつけ合える関係

友達恋人夫婦なんじゃないの?


記事は妻と言えど「他人」と意識して

自分勝手な期待を抱かなければガッカリイライラもしないし、

良い事だけ感謝できる。っていう風に僕はとらえた。

僕は、自分勝手に期待して、ガッカリして、イライラして、

相手に伝えてしまう方が人間らしいと思う。

それで喧嘩になってしまう事があっても良いじゃない。

分かり合うためには必要なことだと思う。

まぁ喧嘩のあとで自分か、相手か、両方かが歩み寄れるなら、だけど。


要求平行線なら別れたらいいよ。

折り合わないことを確かめもせずに十年も二十年も過ぎてしまうより

ずっといい、という意見

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