はてなキーワード: 為末大とは
だいたい、なんか心身ともに充実してるはずのアスリートのみんなちゃん、森に文句言ってました?
多様性を尊重するのがオリンピズムだぞ、って言ってた割に声上げた奴いました?
いや居たけどそれがめちゃくちゃ目立つくらいに黙り込んでた連中が圧倒的でしたよね?
為末大学がちょろっと物申したら「よく言ったー!!!!!」って喝采されてましたよね?
なんつうのかな?
黙り込んで逃げる奴はどこにでもいるんだけど、増田もブクマカも世間も「叩きやすい黙り込んでる奴」を選んでぶっ叩いてるよね。
オリンピズムとかの精神をまず尊重すべきはそれの言い出しっぺであり、それで飯食ってるアスリート周りだと思うんだけど。
そいつらアスリート連中に対しては「言いにくいよね分かるよ」とムーブかましつつ、その周辺のオリンピックあんま関係ねえただのおっさんには「声を上げなければお前らも共犯! ジャッポス!」って・・・
控えめに言ってころしたいんですけど。
クドカン 自粛要請無視してライブに行ったり、3蜜でMV撮影 感染後の発言「まさか自分がΣ(゚Д゚)」
鴻上尚史 公演自粛要請に反対し「演劇人として劇場公演の継続を望む意見表明いたします」とコメント
アンミカ 自粛要請中の3月後半に自身の誕生会をする 再三の自粛要請無視して強行開催したK-1を擁護
ケラリーノ・サンドロヴィッチ ツイで暴言を吐く↓
@
早速始まった。わかりやす過ぎる。
金だ。金を出せ。現金をすぐ出せ。日本だけだこんなの。国民に安心して自粛させろ。何の為に税金払ってるんだ。
ブレイクライブリー&ライアンレイノルズ夫妻 1億1000万寄付
アンジェリーナ・ジョリー 1億1000万寄付
ジャスティン・ビーバー 慈善団体へ320万送金
両親に見捨てられてた?新幹線殺傷「小島容疑者」自分から自立支援施設へ
https://www.j-cast.com/tv/2018/06/11331011.html?p=all
司会の小倉智昭「もしも環境が違ったら、順風満帆な生活を送っていたのかもしれません」
為末大(元陸上ハードル選手・「Deportare Partners」代表)「小学校、中学校はもう(性格が)決まった後に近いと思う。幼少期に感情が芽生えている可能性が高いですよね。秋葉原事件の加藤被告の幼少期を思い出しました」
橋口いくよ(作家)「家庭での愛情が足りなくても、社会に出て、他人からもらうもので普通に生きている人もたくさんいます。大事なのは他人とのつながり(を作ること)」
為末さんの発言は自由にやればいいけど、為末さんがそんなこと言う必要もないという、どうでもいい頭の悪い話。
認識の話ではなくて、事実どうかということです。認識は個々人が自由にすればいいと思います。好きでも嫌いでもいいし、競争だと思っても競争ではないと思ってもいいと思います。ただ、事実として自然淘汰によってエコシステムは支えられているということです。 https://t.co/n4GUyxCt3T— 為末 大 (@daijapan) 2017年7月19日
どちらでもいいと思っていてこのように話しかけてきた人には対応しています。ただ一定数以上、価値を生み出す人がいなくなった国家は力を失いますので、私もその一員として、それを回避する程度には私たちは頑張るべきだろうと思っています。 https://t.co/T1N6Mjf3DQ— 為末 大 (@daijapan) 2017年7月19日
結局みんなこう思っちゃうよね
為末大さんは何を言ってるのかわからないというよりよく読むとほぼ何も言っていないに等しいゆるふわダーウィニズムなので、逆に決定的な反論も難しいというところも村上龍先生に似てると思う。— cdb (@C4Dbeginner) 2017年7月21日
↓の為末大さんなる人に関するまとめ見てて思ったのだが、
世の中には、政策の是非を判断する時に、倫理を主軸に置いてしまっているが結構いるのだろうと思う。
「その政策が有効か無意味か。リスクはどうか」という観点ではなく、
「その政策は倫理的に正しいか間違っているか」という観点で判断してしまっているのだ、
と考えると、上記の記事で末為氏に噛みついている彼らの言動の多くが理解できてくる。
「自分の見解は論理的に正しい」ではなく「自分の見解は倫理的に正しい」と考えているから、
反対意見に相対した時、
「相手の論理に瑕疵がある」と考えず、「相手の倫理感がおかしい(相手は人格的に卑である)」という方向で物を考えてしまうのだ。
「負けだ」という人に噛みつきもするだろう。
悪への敗北も妥協も許されないだろう。
これは何も左翼に限ったところでもない。
第二次大戦時の日本の是非については、ネトウヨ仲間同士で対立がある部分ではある。
俺はナチスも日本も相当酷い事をやってたと判断してるし、その動機もアジア解放何かじゃなくて国益と軍部の組織の論理が主だっただろうとは考えているが、
一方連合国側も捕虜の虐殺したり民間人虐殺したりその後植民地を奪い返そうとしたりしてる分、
正義と悪の戦いなどではなく、ごく普通の国益と国益がぶつかった戦争に過ぎなかったと考えているが、
どうにもこの考え方が許せない人たちもいるわけだ。
彼らは政策を倫理的に正しいか間違っているかで考えてしまうので、
俺が「いや、日本は相当酷い事やってるだろう」とか書こうものなら、「証拠を出せ」の方向で戦闘モードに入ってしまう人が続出して、
政策決定プロセスのどこに瑕疵があったのかとか、誰のどこに計算違いがあったのかとか、その反省を踏まえて日本政府の仕組みのどこをどう変えるべきなのかとか、
「利害対立している勢力(主に中韓)の言う事を素直に真に受けてる馬鹿」
または
「他国の歓心を買う事が平和への道だと思っている脳みそお花畑野郎」
要するに、「頭が悪い」の方向で相手をバッシングしているのだ。
およそ政策を論じる時に、主義主張が異なる人と議論する時には、
ではなく
で考えるべきだと考える。
そうでなければ、為末氏の言う「変わるつもりのない相手とは話しても無駄」という状態になってしまう。
そういう点で、為末氏の言う事にも一抹の誤りがあると俺は思う。
相手に「悪」のレッテルを貼った瞬間から、妥協も議論もできなくなる。
それではだめなのだ。
そう考える事はできないだろうか。
政策について議論する時は、「悪」は封印するべき禁句なのではないだろうか。
「お前は馬鹿だ」は言っても良いが、「お前は悪だ」は言ってはならないのだ。
俺達は小市民であり一国民に過ぎないので、政策の結果は右も左も関係なく平等に受け取ることになる。
政策がどっちに振れようが、右翼と左翼で受け取る結果に大した違いは無い。
悪も善もあったものではない。
私のスペック:既婚者子なし。本業を軌道にのせるため、週3でバイトしている。20代前半。
いわゆる夢追うフリーター。一応、食いっ逸れないようにパートといっても専門的技術職の仕事。
先日、正社員として働く友達から言われたことにいよいよ頭にきたので放出する。
(そうだね、拘束時間短いし責任の範囲狭いからね。正社員と比べると そ の 仕事の責任はないよね。
でも君の会社のパートの人は仕事が終わってから遊んでいるのかな?
主婦は帰ってから家事してるよね。パートが副業の人は帰宅後も本業にせいを出しているよね。
人それぞれ他の場所で責任もって仕事している人もいるんだから、パートしてる人全般気楽に生きてると思うなよこの実家暮らしの家事ゼロ女。
【正社員のほうが採用や教育にお金がかかっているから、パートと違って簡単に辞めるなんて言えない。
(じゃあお前は会社に対してすっごい思い入れがあってすっごい感謝してんだな!
そりゃ簡単に辞めるって言えねえな!
【早く自分も結婚して今の仕事辞めたい。フリーランスになりたい。】
あと、フリーランスなめんなよ?
(はい、そうですか。
【上司相手だったら、連れがいても10分以上立ち話するのは会社員として普通。理解出来ないだろうけど、会社員やったこと無い人じゃないと分からないから仕方ない。】
(休日、繁華街を旦那と歩いていると、旦那の会社の上司とばったり遭遇した。
私はちょっと離れていたところで待っていたが、10分以上も立ち話された。
そんなに待たされるとは思っていなかったのでイライラした、と友人に話をしたところ、上記のように返された。
そりゃ会社員の経験ないけどさ、結構そこらへん人それぞれじゃね?
なに?新人研修で受けるの?
休日、上司とばったり会った時、プライベートな話題で10分以上会話しても部下は黙って最後まで付き添いなさい、みたいなさ。
私は用事があるので…といってにこやかに失礼しますわ。会社員やったことないのでね。
まとめ
普段は良い奴なのだが、途端仕事の話になるとやたらとパートと正社員を比較して、より自分は安定して幸せであることを認識させようとしてくる。
認識させようとしてくることで、自分もそうだと認識したいのだ。
そして私は夢を追う自分を認めている反面、会社員をしなかった自分に恥を感じる。世間体だ。
でも自分が死ぬ最後のその瞬間、自分は「世間体」を感じるだろうか?
夢なんか諦めたっていい、その時の状況によってやりたいことなんて変わっていくもんだ。
ただその時、自分の価値観を友達に押し付けるのは、自分はやりたくないって思う。
できれば多くの色んな友達に、自分の葬式に参列して欲しいからね。
追記
「負け」は認めるぜ。
ルールなんていっぱいある。
ひとつの負けは、全部の負けじゃねえ。
為末大(ハードル銅メダリスト)は高校のとき、花形の100mの選手だったが当時のコーチに勝手に大会のエントリー変えられてハードルに転向したそうだ。
その結果オリンピックのトラック競技で、日本人初のメダルを獲得した。
「努力すれば報われる」それは素晴らしい言葉だが、それはある時期を過ぎると残酷になってくる。
あなたが成功しないのは努力が足りないからだという意味にもなるからだ。
「頑張れ」「努力すれば報われる」のかわりに「ダメなものはダメ」とはっきりいうのも、それは優しさだろう。
アニメ版ピンポンみててチャイナにうるっときてしまったので、中国アゲしてみようかと思った。
唐の時代位までは挙げるまでもなく全てかっこいいので、現代限定で。
1. HUAWEI(華為)という世界一の通信インフラ企業がある。会社方針もかっこいい。
アメリカ・フォーブス誌が「ファーウェイは技術面とデザイン面を両立させ、この5年間で世界の通信業界インフラの様相を一変させてしまった。」
と評するように、マーケティング力を兼ね備えた技術力型の企業であり、二番煎じ的なイメージがまだまだある中国っぽい企業とは一線を画する。
国際特許出願数は世界一になったこともあり、従業員の46%が研究開発に従事しており、年商の10%を研究開発に突っ込むなどある種の変態性も感じられる企業である。
また、ファーウェイは従業員持ち株制で運営されており、利益の9割超は約7万人の社員に配当金として支払われるという(少なくとも利益分配での)ホワイトっぷりで、
どっかの最低賃金で指を詰めるまで酷使して私腹を肥やす居酒屋チェーンの社長とは大違いの太っ腹ぶりである。ま、売上からして20倍違うのだから比べるのはどうかと思うが。
2. 自然科学系ノーベル賞を歴代6人受賞している。中国系に広げると21世紀最強の数学者がいる
たまに中国人が自然科学系のノーベル賞獲っていないことを揶揄する言説をみかけるが、南部陽一郎を日本人に含めるのであれば、
同じような中国出身○○人でのノーベル賞受賞者は、6人いる(物理5人、化学1人)。また、中国系に広げると8人いる。
そして、中国系には、国際数学オリンピックにて史上最年少で金メダルを獲得(まだレコードホルダー)、
24歳にしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校正教授に就任し、フィールズ賞を獲得し、専門分化とかを無視した存在のテレンス・タオがいる。
3.アジア人で唯一のオリンピック陸上短距離種目における金メダリストがいる。メジャー競技でも世界有数がちらほら
結構知られていると思うけど、110mハードルで劉翔が2004年に金メダル獲っている。あの日本陸上界最高傑作の一人といっていい為末大ですら、
世界陸上選手権銅メダル2回が限度ということで、やはり中国広いなぁと思わざる得ない。メジャー競技では、バスケットボールで一世を風靡した姚明、
4大テニス大会の内、2大会をシングルで制覇した李娜が耳目に新しい。また、卓球は鬼強い。
例えば、チャン・ツィイーとかチャン・イーモウ。最近、ハリウッドが中国進出本格化させているので、世界的に有名な俳優が続々と輩出されるのかもしれない。
顛末はこれ。http://boran.jugem.jp/?eid=835
何かとマイナス面でお騒がせな中国だけども(我が国も)、もともとかっこいいし今もかっこいいのだからそれで満足しとけばいいんじゃね?
と思うのが周辺国の人間の感想であったりもする(我が国へもだけど)。
1については、
http://www.huawei.com/ucmf/groups/public/documents/webasset/hw_090305.pdf
http://business.nikkeibp.co.jp/article/nb100/20140314/261126/?rt=nocnt
2については、
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=36006からwikipediaをたどった。
3,4,5は割愛
きのう隊長がポストしていた話題で、はじめてJapan In Depthというサイトを知った
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2014/05/post-ddbb.html#more
自分はバイラルブームなどもあり新しいメディアができると、どんどんfeedlyってたので、この1年にできたメディアってどんなものがあって、どれくらいの人気があるのかなということを調べて、ABC順に並べてみた。
「こういうのある」(アダルトはいやよ)という人はコメントでおしえてください。ただ、Similarwebで月間読者数を調べたり、設立年もざっとでいいから調べてくれると助かる、結構、このリストの読者数調べるのも時間かかったんで、ご協力よろしく。。。
月間読者数は http://new.similarweb.com/ で計測(万以下は四捨五入)
【B】
Bushoo Japan!
月間読者数:10万人
設立:2013年7月
Buzzlive!
月間読者数:1万人
設立:2013年12月
【C】
CuRAZY
CurationとCrazyを融合した笑うメディア
月間読者数:130万人
設立:2014年1月
【D】
Dropout
月間読者数:19万人
設立:2013年12月
【J】
Japan In Depth
ニッポンの深層を各界の専門家・識者が分かりやすく解説した新webメディア
月間読者数:計測値以下
設立:2013年10月
主な書き手:安倍宏行(元フジテレビキャスター)、安藤美冬(ノマドの人)、為末大(元陸上選手)
【H】
働くって楽しい
設立:2014年1月
【N】
Netgeek
月間読者数:50万人
設立:2013年9月
TheNewClassic
いま起きていることを分かりやすく伝える「ニュース解説メディア」
月間読者数:41万人
設立:2013年10月
【P】
pocketti
トイレの中でも電車の中でも楽しめる!スキマ時間にフィットするキュレーション
月間読者数:7万人
設立:2014年1月
【S】
マネー・ビジネス・ライフプランの分野で、各種専門家が、専門知識を生かした記事を提供するウェブメディア
月間読者数:3万人
設立:2013年8月
主な書き手:ファンドマネージャーやフィナンシャルプランナーたち
しらべぇ
月間読者数:まだ
【W】
Whats
月間読者数:180万人
設立:2013年12月
コネ、学歴ロンダリングその他諸々の理由があるが、新聞社やテレビ局に入るには
そのステータスを得るには当然ながらそれ相応の資格を必要とする。
その中で勝ち上がってきた人達は皆何がしかの縁繋がりで入社出来た事に感謝する。
しかしながら、そこから焙り出されたいわゆる負け組の新卒はどうにかして滑り止めの会社に入社する。
そんな中起こった労働問題や社会問題に対して、新聞社やテレビ局は何を考えたか上の人間には譲歩をし、
総理大臣経験者などを見ても下の大学出身者は皆無であるし、殆ど全ての人が家族に名士とか大地主、貴族、政治家が存在する所を見ると
敷かれたレールをただ歩んできただけなのだ。
なので、弱者たる労働者階級の人に比べてメンタルがとても弱く、下の人間を社会を混乱させるゴミ程度にしか見ていない。
さて、人生の勝ち組は新聞社やテレビ局に勤めており、負け組ないし弱者はそこでは非正規社員である。
この差で更に格差社会の強者となっている差別構造が形成され、遂には弱者いじめが激化するのは自然の流れであろう。
先日開かれた遠隔操作ウイルスの裁判に立った片山祐輔被告は、そうした社会の構造から生まれた被害者なのである。
彼のように明らかに弱者であるものを何の証拠もないのにメディアなどでは連日彼を犯人扱いして報道を過熱させているのである。
一方、チノパンこと千野志摩が犯した不倫の末に自動車運転過失致死、人によっては殺人罪とみなされる事件では、証拠があるにもかかわらず大手メディアは相次いで口をつぐみ、
また特定秘密保護法に反対としながらも他方でこういった権力を持つ人間への批判は鳴りを潜める事態となっている。
すなわちメディアというものは、弱者を切り捨てに強者を守る事を第一としている、ということである。
これは、前述の人生の勝ち組であるメディア人達が揃って強者であることからも伺えるのである。
新聞社やテレビ局に入った人間は正社員であればすべからくすべての人間が人生の勝ち組であるが、そうした人間が今度は人生の負け組を叩く始末となっている構造である。
メディアは弱者を救済せよと口では煽るものの、今回の遠隔操作事件やチノパンの事件、またオノヨーコや安倍昭恵夫人も知り、海外メディアが報道しているのに日本ではその存在自体を抹消されてしまった吉松育美ストーカー事件でも分かるようにメディアというものは長い物に巻かれる、都合の悪い事は「報道しない自由」による報道しない、非常に偏った思想信条を持ったジャーナリスト集団なのである。
弱者救済が見せかけであることは、新聞社およびテレビ局社員の条件を見ても明らかなのである。
いじめがなくならないのはこうしたいじめっ子が社会構造のトップに立っているためである。
中身の無い人間が、服装だけ着飾ったってすぐにボロが出る。
口ばかり達者な人間は、長く接していると矛盾が見えてくる。そして信頼を失う。
技術だけの人間は、社会に出ても美味しい汁を吸われて安く使われるのがオチだ。
心優しい人間は、言葉や行動を伴わなければ存在しないのと変わらない。
躰たくましい人間は、それを生かす方法を見つけられなければ無意味だ。使い方を間違えたら害にもなる。
努力している人間は、その成果について常に確認しないと努力の意味がない。努力の行為そのものに満足していたら最悪だ。
「着飾ったって意味がない」とか「口達者は信用できん」とか、特徴の一点を否定するような言い分は詭弁だ。
「努力にこそ価値がある」とか「心だけは優しくあれ」とか、特徴の一点だけを肯定するような言い分も足りない。
中身が伴わなくたって、口達者でおしゃれな人間はきっとモテる。
心が冷たくても、躰たくましく頭も回る人間は、文武両道としてきっと一目おかれる。
ダサい恰好してるけど、技術がありさらに努力している人間は、たぶんナメられない。
いくつもいくつもパラメータが積み重なって人間の性質が出来上がるわけで。
ひとつひとつの特徴だけを否定したり肯定するようなことは、論理として足りない。
その行為自体に満足するなんでもっての外だ。
努力は、その結果として何かの成果を出して、それが人に認められなければ無価値だ。努力は手段でしか無いんだよ。
もし貴方が何かに努力しているとして、その姿についてきっと周りは称賛の言葉を投げてくれるだろう。
しかしそれは貴方が挙げた成果への承認ではない。しかし社交辞令でもない。彼らは割と本気で貴方を称賛してくれている。
それは何に対する称賛か。
それは「未来に発生するかもしれない成果に向かう貴方の姿」への称賛だ。承認ではなく応援なのだ。期待なのだ。
もしこの称賛に満足してしまったらどうなるか。
満足は人の足を止める。そこで未来予想図は砕ける。それは彼らの応援に対する裏切りだ。
応援は応援として受け止め、それを「承認として曲解し、足を止めるようなこと」は絶対に避け、
彼らの声に応えたいならば足を留めずに進んでいこう。
ある時点で何か諦めるのも別に悪いことじゃない。それはそれで選択だろう。
それは別の何かの可能性の始まりになる。
でも、何かを辞める理由を「十分努力したから。努力という目的は達成したから」みたいな歪んだ理由として自分を騙すのは、ダメ、絶対ダメ。努力は手段なんだよ。「努力に満足する」なんていう動詞は在っちゃいけない。そんな辞め方したらその先もまた同じような失態を繰り返す。
為末 大 @daijapan
成功者が語る事は、結果を出した事に理由付けしているというのが半分ぐらいだと思う。アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%。そして選ばれた人たちが努力を語る。やればできると成功者は言うけれど、できる体に生まれる事が大前提。
私はこの発言を大肯定する。
これはおそらく現実だ。
でもね、この発言を引用して、「じゃあ才能ないけど努力してる俺の努力は無駄なのかよ」みたいな論調で否定するような行為は愚かだからやめたほうが良い。
才能があるかどうかなんて完全には分からないし、才能がもし足りなくても努力で補える可能性が1%くらい残ってる。そういうところにしがみつくのが本来の努力だと思うのよ。そんな意地も持てずに、彼の発言を理由に自分の努力を無駄扱いするような言動はとても恥ずかしい行為に見える。もっとプライドを持とう。
そうそう。
正確には”私達が思っているより私達は結果をコントロールできない”です RT @haruparu1010: @daijapan "運も実力のうち"というのは為末さんの考えだと、あながち間違っていないということですよね?— 為末 大さん (@daijapan) 2013年3月26日
この「日本人は甘い」というコメントにも「ルールを変える発想が無い」という指摘にも、
何か違和感を感じたので、ちょっと考えてみる。
「1回のフライングで失格」という規定は厳しいなと感じた。
なるほど、こういう理由もあるんですね。
とりあえず、ここでは「この規定は厳しすぎる」という前提で話をしよう。
この発言は一体何を意味しているのだろうか?
直感的に感じたのは、
「今まで俺は(そして多くの人は)理不尽なルールで戦わされてきた。それを強いられてきた。
そして受け入れてきた。ルールは変えられないとあきらめてきた。
ルールを変えてほしいというのは、ミスを許してくれと言うようなもので、考え方が甘い。」
という感じ。どこまで正確に捉えられているか、もしくは見当はずれなのか、よく分からないけれど。
この「一部の人が一部の人に都合の良いルールを作り、結果その理不尽なルールがまかり通っている。」
そしてそれに対して、
A. あきらめてそのルールの中でがんばる
C. ルールを作る立場になろうとする
などの対応をする人がいて、
Aの人にとってBやCは卑怯者のように見える。
これらはいずれも「その集団の中でどうしたら上に立てるか」という発想から来るもの。
「ルールの中で自らは頑張る一方で、正当なルールに変更できないかを考える」
人もいるだろう。そういう人の目的は集団の中での自分の立場ではない。
こういう目的の違いが両者の相互理解を拒んでいるような気がする。
「世の中はどうあるべきか」という発想で見られる人を僕は応援したい。
togetter『為末大「人を喜ばせる為に生きてやいないか」』を読んで思ったこと。
ブコメに書こうとしたけれど、長くなりそうだし、自分の思考まとめのためこっちに書いておこう。
内容をまとめると
・褒められる・認められる・評価されるためだけに生きていると、自分ではなく他人の望む人生になってしまう
・そんな他人依存症で生きるのは苦しい。一度じぶんと向き合って、自分の好きな方へ進むのがいいよ
「苦しんだことはないなー。やっぱり他人からの期待が大きい人だからこそ感じる悩みなんだろうな~」
というのが感想。
ただ2回目読んで、自分の仕事の現状に当てはまる部分があると気付いたら、色々と内容が心に入ってきた。
今。「起業する!」という上司を手伝うため、別の会社に移って半年。今は「何とか実績を!」という状況。
仕事は雑用含め、やりたいこととは違う方向に向かいつつある。会社の先行きは不透明。
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>もし誰かに期待されていたら早めにがっかりさせておいた方がいい。ほっておくと人生がいつの間にか人が期待する方向に向かい始める。
期待というか、この状況における、自分のすべき仕事・役割はわかるので、それをやっている。
すべきこと=上司や会社から望まれていること≠自分のやりたいこと という現状。
まぁ…確かに人生というか、仕事は周りの望む方に向かっている感はあるな。
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>人を喜ばせる為に生きてやいないか
これはなー…。
まず「人生≠仕事」なので一概に「そのとおりだ!」とは思わない。
仕事以外の部分では、そこまで他人(家族も)の望むことを自分の行動基準にしていないのか。
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>自分が幸せになる為に人を幸せにしている事と、人の評価を高める為に人を喜ばせる事は違う
いや、どうかな…
何のために「人の評価を高め」ようとするのか。褒められて、認められて嬉しいからだな。あと仕事も来るし。
てことはやっぱり後者だ。仕事に関しては評価依存・役割依存だな。でも仕事ならばそんなに悪いことか?
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>すごいと言われたい症候群も、がっかりされたくない症候群も、バカにされたくない症候群も、つまり他人にコントロールされている。
がっかりはされたくないな!
がっかりされるのは嫌だし、相手だってがっかりしたくないだろ。私も他人も嫌なことだと思うから、避けようとはするさ。
「すごいと…」「バカに…」はそこまで思わない。
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>人を喜ばせる為に生きている人は誰しもがそれ自体を幸せと感じられているわけでなく、むしろがっかりされない為に無理をしている場合が多いのでは
まぁね。「喜ばせる=仕事で期待以上のパフォーマンスを発揮する」だったら、多少の無理は。
やっぱり「仕事」という人生の一部のみでは当てはまらない部分も多いんだろうな。
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ここまで書いて思ったこと。
私は仕事を「食うための手段」だと完全に割り切っていて、そこまで心を入れていない。
いや、ベストな結果になるよう心血を注いでいるし、楽しいことも多い。けれど、人生と天秤にかけられるほど重きをおいていない。
以前は「仕事≒人生」だと思っていたし、「本当にやりたいこと」「自分の成長できる仕事」とかを求めて邁進していた。
ただ、邁進した結果「現実とのギャップ」とか「給料や仕事量との釣り合わなさ」の壁にぶち当たり、心のバランスを崩した。
今は、仕事と心をやや切り離して、仕事に色々望まないようにしている。
さて、では「人生」全体に関して…
生きているのは「生まれた惰性」と、子孫を残すため、あと死を恐れる本能だと思っています。
目的がなくても生きる意味は何かしらあると思う。いや、意味はなくても生きていけると思う。
わからないけれど…
誰しも、好きなこと・やりたいことが明確に自分の中にあるものなのか?
ああ、結局まとまらなかった。
最近読んで面白かった本から。
脳はやっぱり面白い。少し前に「脳!??内なる不思議の世界へ」展を見てきて、面白かったのでいろいろ知りたいと思って購入した本。人間などの超巨大な脳の対極にある、昆虫の微小脳を取り上げた本。微小脳はわずか1mm3ほどしかないが、巨大脳に負けず劣らず、それ以上にうまく情報を処理し、昆虫族を現在の地位に引き上げた。
本書はこの微小脳についての最新研究を濃縮し、駆け足にまとめあげている。視覚、嗅覚、飛行制御、記憶のメカニズム、蜜蜂のダンス言語。どれもまだ全て完全にわかったわけではないが、実験を積み重ねて得られた仮説が紹介されている。知ってました?ゴキブリもパブロフの犬のように唾液分泌を条件付け出来るってこと(著者の水波はワモンゴキブリの研究者。といっても写真はほとんど出てこないから安心して)。
これを読むと、ゴキブリは時計のように精巧な心を持った生き物であることがわかる。自分はやつらを殺すのにちょっと躊躇してしまうようになってしまった。おそらく人がゴキブリをあれほど怖がるのは、やつらの強さを本能的に悟ってしまうからなんだろう。
水波は最後にまとめとして、巨大脳を持つ私たち脊椎動物と、微小脳の昆虫族との共通の祖先を挙げ、その行動様式による進化の過程を考える。昆虫の脳の研究はまだ始まったばかりであり、巨大脳を持つ人間が学べることはまだまだ多い、としめくくる。面白かった。買って読むといいよ。
http://www.amazon.co.jp/dp/4121018605
何気なく手に取って読んでみたらびっくりした本。為末 大は男子ハードル走のメダリスト。ふつうアスリートと言ったら、こういう新書は書かない、書けないもんだし、書いても編集者とのインタビューを一冊本にまとめたりする(いわゆる「バカの壁」方式( ゜д゜)、ペッ)。ところがこれは本人が自分で書いていて、しかもものすごく文才がある。驚いた(一人称の「私」にはちょっと面食らったが)。
為末はハードル走者として論理的な状況分析を行い、いかに速く走るかということを解説する。日本人という人種はなぜ走りが遅いのか、カール・ルイスはなぜ速いのか、それぞれ理由を挙げていく。そして、その遅い日本人が世界で勝つにはどうすればいいのか。為末はそのための奇策を自ら考案、実践し、成果を出している。読んでいて非常にワクワクさせられた。
そして、ここからがすごいのだが、為末はアスリートとして、自分の社会に対する立ち位置をちゃんと考えている。日本には様々なスポーツ選手がいるが、未だ「論理的なエンターテナー」はいない。そこで自分はスポーツの、ハードル走の面白さを論理的に社会に伝えられたら、と考えているという。それがこの本の題名につながるのだ。すごい。こんな人はめったにいない。
為末は北京五輪に向けて確実に「昨日よりも速い自分」を作っていっているそうだ。そこまでの過程を新書の形にまとめあげ、さらに社会に還元さえしようとする。それもエンタテインメント(娯楽)として。気がつくと一気に読んでしまっていた。自分も何か大きな目標に向けて頑張りたくなるいい本だった。買って読むといいよ。