はてなキーワード: アルコール中毒とは
加えて、大の酒好き
昼から夜まで酒ばかり飲む、あるいは飲もうとする
父親がどこかに出掛けるためには介助して連れていかないといけない
その先でも酒、酒、酒
そうすると帰り道どうなるか知ってる?
5分おきにトイレだよ
まともに帰れもしないよ
そこまでしても「俺は大丈夫」「俺は酒が好きなだけ」という
酒が飲めなくなるのが嫌で病院に行こうともしない
老人ホームに入ることも全く考えてくれない
なのに、身体障害者だしほっとく事なんて出来ない
一度暴力沙汰になりかけて、警察を呼んだが、捕まるほどでもなく
その後1ヶ月くらいしか改心しなかった
行政に頼りたくても本人がそれを拒む
お父さん、お母さん。
産み育ててくれてありがとう。
お母さん、なんで死んでしまったの?
お父さん、ごめんね。早く死んでほしいよ。
俺は曾祖父母8人が全部下戸でその後も血統上の突然変異一切なく全員下戸なスーパー下戸サラブレットでアルコールパッチテストにおいては常に最上位を争い続け、50人程度の母集団あらば1位率50% 2位+3位率40% 程度のアルコール超苦手生命体だ。
そんな俺でもウィスキーボンボンの3個ぐらいなら普通に食べられるし、むしろ好物の部類だ(10個とか食べると頭痛くなるから食べても5個までにするけど)
ある休日、何気なくアルコール入りのチョコレート菓子を食べているとき、ふと気づいてしまった。
『アルコールを口に含んだ直後の、この感覚……炭酸飲料に似ているな……』と。
そこで何かが分かった。
世の中に無数にいるアルコール中毒患者達がなぜあんなにも平然と精神異常をきたす量の毒物を摂取できるのかを。
コーラを飲んでスカっとするけど、一気飲みするとゲップが止まらなくなったり口や喉がヒリヒリするのと同じなんだ。
そして、『他の人間も同じ感覚で酒を飲んでいる』と思い込んでいる。だから平然と、私にとっては致死量に等しいだけの毒物を差し出しておきながら『感謝しろ』と表情で伝えてくる。
悍ましい。
まあ、小麦アレルギーや卵アレルギーの人間と比べれば、私のような特定の薬物に対する分解能力が低いだけの人種は幸福な方だろうな。
日常的な食品に対してアレルギーを持とうものなら、無自覚に、無慈悲に、無理解を罪として自覚することもなくそっと猛毒を手渡してくる輩の数は想像もつかない。
悍ましい。
経験からしか何も学べない人種が多すぎる現代社会において、他人に経験させることが出来ない苦痛を抱えている人間はあまりにも不利だ。
知識によって物を学ぶことをよしとしない者たち、経験こそが全てだといいはる人種の視野の狭さ、そのことへの無自覚さが本当にコワイ。
全員死ね。
お酒のみの増田さんだったら、アルコール中毒で聞こえることがあるって。
聞こえる声の背景にある病気
幻聴(幻声)を引き起こす原因として、いくつかの精神科の病気が考えられます。代表的なものを3つ挙げてみましょう。
一つは、統合失調症という病気です。統合失調症の幻聴は、不安で恐ろしい気分、周囲の世界が変わってしまって切迫したような感覚とともに聞こえてくることが多いものです。10代後半から20代に始まることが多い病気です。
次は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という病気です。心が非常に傷つくような出来事を経験した後に、その経験がよみがえるようにして幻聴が聞こえてきます。短い言葉のことが多いようです。しかし自分では、昔のことがよみがえるという感覚は必ずしもありません。
最後は、薬物によるものです。アルコール・大麻・覚せい剤・シンナーなどいろいろな薬物によって、使用している最中、あるいはしばらくたった後に、幻聴が聞こえてくることがあります。
今考えられる病名
「統合失調症」、「双極性障害(繰うつ病)」、「うつ病・うつ状態」、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」、「強迫性障害(OCD)」
薬物濫用者を徹底的にけなしては「こんなどうしようもないクズ」「手を出すような奴は殺すしかない」「法律で悪いと決まってるのにやる奴は救えない」「生まれつき人間として根っこから腐っている」と繰り返していました。
信じられません。
現在主流となる薬物濫用、再発への最大の対策は心のケアだということは、少し調べれば誰にでもわかることです。誰もが心の弱っているときには薬物の誘惑に屈しうる。ストレス社会への対処こそが最優先。このような事がしきりに唱えられている中で、昭和の古臭い理論を平気で振り回す姿に愕然としました。
そのうえ彼は、「ところで話は変わりますが、最近一番警察で強いのは誰だと思いますか?新人の女性です。こっちが少し軽口を叩いたらセクハラだのなんだの。そのうえ女、特に若い女ってのは何をするのもとろいんですがね、それに対して殴って叱りつけることも出来ない。酷い話だ」なんてことを口にするんですよ。今ではパワハラセクハラは立派な犯罪行為であると法的に決まってるのにですよ。さっき、「法律で決まってることを守らないやつは性根が腐ってる」と口にした人間が、平気で法律なんてクソ喰らえという態度を取るんです。
そのうえ彼は、自分が立派なアルコール中毒者であることを幾度となく匂わせては、それが面白おかしいことであるかのように語っては、薬物にハマる奴は脳みそがパーで腐っていて今すぐ皆殺しだ法律が憎い安倍晋三はクソだなんて話を警察の代表という肩書を背負いながらベラベラまくし立てるのです。
K都にこんな野蛮な人間が住んでいたなんてショックです。
ってコメントをみる度、びっくりしている
え?あの人が「やったことない!」なんて思ってる方が逆にすごいって
正直ファンとしては「若い頃はやってたけどねー、今はそんなもんなくってもハイになれる」ってなっていて欲しかった
いかにもやってそうな人が「やっぱりやってた」より
ああみえて「実はやってない」って方がやっぱかっこいいもん
でも、20年以上利用していても「やってないようにみえる」ということがとうとうばれてしまった
私の周りにも薬物やってる人いたけれど、
みんながみんな中毒になることはない
生まれる子供に影響があるんじゃないのかな?なんて思ったこともあったけれど
そんな例は周りではきかないんだよね
中毒度は薬の方がそりゃ酷いと思うけれどさ、
お酒も合法なのに、飲み過ぎてアルコール中毒になって死ぬことだってある
どんなに禁止しても、夜中に家を抜け出し買いにいくわ、
幻覚見えてわけわかんなくなることもあり、
こんなもん合法にするなよな!って思うこともあった
「酔っぱらっておぼえてません」なんて最悪のセリフだよね
詳しく知らないけれどさ、薬物も一緒で上手く使えば
だって、現に薬物やってた有名人の方々で今も元気で活躍している人いっぱいいるじゃん
でも、儲けようとする側が、利益重視でたくさん売ったりするから薬物中毒になりやすいんじゃないの?
だからさ、とりあえず、売人は無期懲役ぐらい厳しい刑にしてほしい
やっぱりできることなら自分の家族には利用してほしくはないからさ
手軽に手に入るようにはしないではほしい
別に薬物やりたい人はやればいいけれど、
日本では違法だから、見つかった時の責任は取らなきゃいけないと思う
違法だから、ニュースになるのはしょうがないかもしれないけれど、
「ご近所の評判はよかった」なんて
逆に、薬物やっても廃人になるわけじゃないんじゃん!って
宣伝してるようなもんのような気がするんだよね
そもそも働かない親なので以前は家賃、生活費、借金返済に消えてた。
私は16-22歳まで毎月10万ずっと家に入れてて、それをすると私の生活が苦しくなるので家を出て行った。
家を出て2年後、アルコール中毒で死にかけたらしくて病院から連絡が来た。
「どうする?」ってなって、放っておいて死ぬのは夢見が悪いから、最低限の生活ができるようにまでしてやろうってことになった。
借金も返済しきれないから長男が30万払って自己破産手続きして、姉が役所とやりとりを数ヶ月頑張って生活保護うけてもらうようにした。
アルコール依存からくる神経症で持病があるから要支援になっていて、他県に住んでる姉が入れる施設を探し回って、初期費用15万兄が払って施設に入ってもらった。
・年功序列式で仕事が決まるので業務内容と給料の不一致が激しい
・異動の頻度が高すぎて自分も仕事をロクに覚えられないし周りもロクに仕事を覚えていないので非常に疲れる
・異動先を教えられるのがかなりギリギリ(1週間前に急に決まるとかザラ)だがそれに対してフォローがない
・一部配置の業務量が非常に多く部署によっては一番少ない人で平均50h/月多い人では平均100h/月の状態で働いている
・当直勤務のために休日出勤や稼業止め後のお泊りが頻繁にあるがそれらの対価として支払われる代休を取る余裕はない(そもそも年休がまともに使いきれてない)
・みなし残業代式なのでいくら働いても残業代は当然出ない(みなし残業代方式じゃない人の場合は残業代の1/3も出てないようなのでまだマシなのか?)
・常識のない人が結構いるがその人達は自分に常識がないという自覚が一切ない(例のポスター見りゃ分かるよね)
・上司に常識のない人が来た場合はどうしようもなくそれが上司の上司だったり司令部の人だったりすると全てが明後日の方向に行く
・無駄にプライドが高い人が多く分からないことを聞きに来ないし聞きに来た人に対しては冷淡に接しがち
・喫煙者やアルコール中毒寸前の人の割合が多く全体的に不健康でだらしない
・その癖して自分より立場の弱い人間を相手にすると品位を保つ義務の話を持ち出してイビってくる
・総評すると全体的に空気が悪くどこか人間扱いされていないような気がしてならない
ネットで話題になっていたアカシア茶(アワヤスカアナログ)を自宅で作って飲んでみたので
2019/1/19(土)
被験者:
性別:男
年齢:30代前半
体調:健康
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■ 18:30 ー自宅でお茶作り開始
9gのACRB(アカシアコンフサルートバーク)粉をコップ1杯程度の水(南アルプスの天然水)とポッカレモン(大さじ1)とクエン酸(1g)を少々
オーロリクス150mgを砕いて混ぜて鍋で15分程度煮る。
この時点で相当の水が蒸発して無くなってしまったので少しだけ水を継ぎ足す
■18:50ー火を落とし コーヒーフィルターにかけ不純物を濾過する。
卵白を作るのが面倒だったのと、豚皮コラーゲンやベントナイトを持っていなかったので
そのまま飲もうと考えた。
■19:00ーお茶を飲む30分前にオーロリクス 300mgを服用する
今回お茶にまぜた分と合わせてオーロリクスは合計450mg使用した事になる。
600mg/1日まで服用可能らしいが自分の体が小さいのでそんなにはいらないだろうと考えた。
■19:30ー濾過したお茶がコップ1杯分になるまでグレープフルーツジュースで割り一気に飲み干す
コラージュをしなかったので吐き気と下痢の症状が激しくならないか心配になる。
グレープフルーツジュースのおかげで、お茶のまま飲むよりもかなり美味しく飲めた。
サウンドビジュアライザーなどVJ映像を部屋のスクリーンに表示させる準備などを整える
■19:50ー映像と音を流し続けて20分ほどで体の感覚が鈍くなりはじめ、トイレに立つが足元のふらつき出したのを感じた。
目を閉じるとマンデルブロ集合の動画のような不気味な模様がまぶたの裏に見え始める。
目を開けている時の幻覚はないが、意識が混濁しはじめて目を開けているとさらに酔いが強まる感じがして非常に辛い。
かなり急激に酔いが回っている感覚があった。
■20:00ー完全に泥酔状態になる。感覚ではテキーラショットを15杯連続一気飲みしたぐらいの酩酊感
頭がぐるぐる回り正常な平衡感覚が失われ立っている事が難しい。
何かが(誰かが)自分を天井側に引っ張りあげようとしている感覚がある。
魂(意識)が肉体から分離して空中に出て行ってしまうような感覚に驚き抵抗する
強烈な寒気、吐き気、閉眼幻視に襲われるが必死に平静を保つよう集中する。(幸い下痢の症状は無し)
あまりに寒くて布団にくるまり暖をとる。寒さにブルブル震えながら寝転び耐える。
音楽はライブ会場にいるような臨場感があるがそれを楽しむ余裕がない。
意識が濁流の中に流されるような感覚があり、自分の精神を安定した状態に保つのが難しい。
流していた音楽が現実世界と意識をつなぐ命綱となって非常に助かった。
音楽がなかったら意識がえらい所に行ってしまう所だったと思う。
■20:15ー寒気、吐き気、閉眼幻視がおさまり、携帯をいじりながら人にLineできるぐらいの心の余裕が生まれる。
■20:30ー症状がほとんど落ち着くが精神的な影響が微かに残り、誰かと電話で話たくなる。
3時間以上の友人たちと長電話をする。(楽しく無限に喋り続けられる錯覚を覚える)
■4:00ー全く寝れないので体験記を書く
お茶を飲んで効果が抜けてから5時間は眠れなくなるのではないかと思われる。
■翌朝ーかなり良く寝たように感じる。何年ぶりかに夢を見ないで寝る事ができ、すっきり目覚めた気がした。
意識がかなり明瞭になって体も軽くなったように感じる。
■数日後ーお茶後から性欲が大幅に減退した感じがする。お茶の影響なのか単純にそういうタイミングなのかは不明。
男性はチン○の勃ちが悪くなりふにゃちんになる恐れがあるのかもしれない。
その日は、激しい音楽を選んでしまった。聴いてる途中で激しい悪酔いモードに突入してしまいギブアップ
ゲロで死ぬかと思った。音楽のチョイスはかなり重要だとということを学んだ。
お茶を飲んでいる時の音楽は優しく温かみのある音が良いと思います。
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感想:
お茶を飲んでからの10〜20分の効果が発現しだした時の作用が強烈すぎて
肉体から意識だけ空中に吹き飛んでしまうような感覚が10分程度続いた。
今回は運良く自分の意識でコントロールできるレベルの効果だった。
これ以上、摂取していたら、おそらく一時的に意識のコントロールを失う可能性があった。
アワヤスカのような瞑想的なトリップを行うにはもう少し分量を増やさなければならないと感じた。
これ以上の分量でやる場合は、自力で意識を保つのが難しく1人でのトリップはリスクがあると感じたので
次回お茶を飲む際は誰かにトリップシッターを依頼してやった方が安全だと感じた。
ここで書いた分量と同じもしくは、それ以上の量の分量を初回に試すのはオススメしません。
一般的には3〜5gの分量でも十分体験できるとの事ですので無駄に初回から大量に飲まないようにしましょう。
ネットにはわざわざ自分からムカつくものを見に行っては罵倒や批判をまき散らす人がいる
一見ストレスマッハで早死にするんじゃないかとも思うがその実彼らは楽しんでいるのだ
1 ムカつくものを見に行く
2 ストレス、怒りをためる
溜めた怒りが大きいほどスッキリする
しかし気持ちよく叩ければいいが反論されたりすると消化不良になって余計ストレスがたまる
でもやめられないとめられない。あの気持ちよさが忘れられないからだ
ネットで簡単手軽そして馬鹿げた方法で気持ちよくなろうとした、あわれでみじめな連中の成れの果てが
アルコール中毒パチンコ中毒オナニー中毒膀胱中毒にならぶ社会問題だ
あるネトウヨは裁判で訴えられても後日また同じことを繰り返していたという、、
歌詞でカッコいいことを歌っていないロック曲は普通にあるのでは?
Marilyn Manson - The Nobodies Lyrics | AZLyrics.com
https://www.azlyrics.com/lyrics/marilynmanson/thenobodies.html
嘆き
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B03081
アルコール中毒の歌
コミックソングもそうかな?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0
アルコール中毒で普段から酒浸りで、定職につかず、日常的に家族に暴力を振るうような男でも、結婚して子供がいるのはよくある。
本文をうっかり読んでしまうのは時間の無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。
これは一人のクソ女の自分語りだ。
多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクションの小説が好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。
文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。
特に意見やアドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。
そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。
石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。
それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的で趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう。
さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。
私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレの中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。
親に無理矢理突っ込まれた進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値で勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。
結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試のきれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校を受験して合格した。
妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。
彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。
彼は誰にでもそうする人間だ。
そういう人間を私は好きだと思った。
高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛を満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。
彼は時折、家族が留守にしている放課後や休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車をこいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身を他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。
彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。
たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だからと地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。
いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。
部活の大会や模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。
関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。
鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校の卒業も危うくなった。彼のメールを無視し続けた。友人たちのラインもブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。
音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センターも保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。
高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬と睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。
私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業式から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像をはるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校の前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室で卒業式をやってくれた。
さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学に合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。
私は全くもって元気では無かった。
恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。
人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末を説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。
そういうことでお付き合いは継続されることになった。
彼は大学に入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。
私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死に家族に説明し、ひたすら精神科に通った。
彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。
彼はサークルが忙しかった。理系だから男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。
私達はあまり会わなくなった。
彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから。自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。
色々なことがあった。
死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。
私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。
そんな状況を医者は許さず、私は精神科の閉鎖病棟に入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。
看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。
母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。
少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。
これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。
あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。
閉鎖病棟に入院したことがあるレッテル付きの私は母からの罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。
そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。
母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。
彼はおめでとうと言ってくれた。
新調したスーツ、きれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達。
私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。
しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。
私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。
大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。
そういえば私は彼とセックスしていなかった。
呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。
セックスする前に私は酒を飲んだ。
薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。
こんなもんか、と思った。
彼は別にセックスしたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。
その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかったからだ。彼と話すのは楽しかった。
それが数ヶ月前のこと。
それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。
精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠も規則的になった。
兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。
私の生きる価値は無くなった。
ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。
終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。
翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟が一人暮らしをしている家に転がり込んだ。
それから紆余曲折あり、結局兄弟の仕送りで私は生活している。兄弟は大学に行き、私は自分と兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。
もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。
今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。
彼と連絡を取っていない。
これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。
私は多分もう駄目だ。大学は妹宅からは距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。
自分は異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・
彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかもセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛とかいうフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。
友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。
さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学の夏休みの期間を調べている。
でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。
こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。
生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。
そろそろ死んじゃおうと思っている。
メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。
恋愛には向いてなかった。
多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。
罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気を治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。
参ったなあ。