はてなキーワード: stgとは
このFGO1945炎上問題を「韓国のいつもの言い掛かりだ」と切り捨てるFGOユーザーは、過去のディズニージャパンによる8月9日「なんでもない日おめでとう」ツイート炎上問題もスルーできるのだろうか?
自分はFGO重課金勢でもないし、TYPE-MOON作品を網羅し心酔してる型月厨でもないです。
こんな神話・英雄・歴史上人物をてんこ盛りにした創作作品なんて絶対に自分では作れないので、ゆるく娯楽として遊んでるだけです。
けれど海外のFGOユーザーの意見を知れた事と、たまたま知り得た事の内容を照らし合わせて考えると、1945年表記は「そりゃ配慮がないと怒られるよね」と納得せざるをえませんでした。
あくまでも自分がFGOをこれからも遊んでいたい。(1.5部未だクリアできてないから)
でも、今回の炎上をスルーしてプレイするのはさすがにしんどかったので運営にメールしという話であり、要するに愚痴です。
Fate/EXTELLA LINKの発売前日ということで6月6日にニコ生+イベント公式発表となったんだろうなっていうのは理解できる。販促は大事だもんね。
でも韓国語版を配信してるにも関わらず、韓国にとっての6月6日が何の日なのか考えず、タイトルに1945って入れるのは無神経だし、WW2を想起されるのもシナリオに不安を抱かれてしまってもおかしくない。
たしかWW2前後に第三回聖杯戦争があったという設定をうっすら覚えてはいたので、もう一回『コハエースGO 帝都聖杯奇譚』を読み返してみました。
そうしたら。タイトルにも、サブタイトルにも1945って入ってなかった。エー。
このまま沖田オルタ!とか騒いでていいのかなと思っていた矢先に、Togtterのコメントに約20年前くらいに発表された某1945っていうゲーム名が比較としてあげられていました。
ほんとに嘘だろ?ってタイミングなんですが、6月に身内が集まる機会がありまして。
「某1945ってゲームあったよね?」ってゲーマーな身内に聴いたら、あのゲーム会社で某1945、某1945-Ⅱを製作していた当人でした。
製作過程ではタイトルの数字は1944を予定していたそうです。
ですが同時期に他社で1944をタイトルに含めたゲームが発表予定されていたため、1945としたそうです。
ただしこの1945年+WW2で使用された戦闘機を登場させる世界観を用いるにあたって、機体の旭日旗等を徹底して省き、戦争賛美につながらないよう考えて制作されていたとのこと。
当時、すでに日本製のゲームは海外で高評価を得ていましたし、日本国内だけでなく海外でも配信されることが予測できていたから。
「WW2の戦闘機が好きだからあれを使ってSTGを作りたかった」
「でもSTGと戦闘機が好きなだけだし、プロパガンダ要素はこのゲームに必要ない。」
「それなら旭日旗を削るのも、敵を完全に架空のものにするのも当然だろ」とあっさりバッサリ言われました。
ここらへんで「そうか。FGOは同人サークル時代のスタンスのままで商業ゲームとしてやってるってことなんだ」と気づきました。
自分がFGOの面白さだと勘違いしていたのは、公式・製作側とユーザーの馴れ合いや内輪受けのぐだぐだ感だったんだなと。
TYPE-MOONがそもそも同人サークルであったことは承知しています。
でももうFGOは同人サークルの頒布物ではなく、商業ベースの商品という位置づけで世に出ている。
表現の自由は守られてしかるべきだと思います。WW2を作品のモチーフに使ったら駄目ってことではないのです。
1945やWW2を作品の世界観や設定に使うのであれば、これらに関わりのある諸事情も頭に入れて作品を作るのがクリエイターってもんだろ?ってことなんじゃないか。
…という感じのことを、TYPE-MOON・FGO PROJECT・DELiGHTWORKSにメールしてみた。
ご意見メールの返信は無いそうなんで、返信は全く期待してない。
ただ、韓国のFGO運営であるNetmarbleは、何らかのリアクションをするべきなんじゃないかなぁと思う。鬼哭酔夢魔京 羅生門イベやってる場合じゃないよね?
で、今日は6月23日です。やっとライフイベント的なことが一段落ついたので、イベントをすすめてみました。
DBサーバーは分かるけど、APサーバーってなんだよ。App サーバじゃだめなん?あと PG とかも。
書いてて思い出したけど、ゲームも3文字にする文化が継続している。
...
文字数合わせると表にしたとき見やすいから便利なのは理解できる。しかし、グローバル化する前に作られた略語を使い続けることで役割やジャンルを固定化してしまうんじゃないかと思っている。
洋書で AP server とか PG なんて略語は見たことないし、ゲーム業界もすでに日本が牽引している時代ではないのだし。例えば「私は PG、これは AP サーバー、俺たちは FTG を作る」みたいな感じ、2018年で言ってたら違和感がある。
今の時流だったら SE / PG ではなくて Dev / Ops みたいな役割で分けたほうが良さそうだし、クラウドとかサーバーレス系リソースは AP サーバーとは呼ばないだろうし、ハクスラとか3文字表記以外のジャンルも流行っているよね。
これは他のゲームでも同様。
あくまでもちょっと変わった戦闘システムのRPGであって、戦闘システムそのものはゲームのメインじゃない。
確かにパズルが得意ならパズドラは有利だけど、パズルがしたいからという理由でパズドラをやっても救われることはない。
RPGがやりたいという気持ちをぶつける先として、戦闘システムにどういったものを選ぶかにすぎないんだ。
クイズがやりたい人間が黒猫のウィズをダウンロードしても幸せにはなれない。
STGがやりたいのにシューティングRPGをやるのは手段と目的を履き違えている。
それも、終りが見えないどこまでも続いていてスタミナやフレンドや期間限定イベントに翻弄されるスマホソシャゲのRPGなんだ。
そんな事もっと早く気づけばよかった。
的中率80%程度でいいから適職を知りたい。
システムが80%を外したので俺の青い鳥は逃げてしまった、という事なら今の人生にも納得できそうだ。
俺が今の人生に納得できてないのは、自分のデタラメな直感に頼って適当に生きてきすぎた結果、今ここで俺が人生を公開してるからだ。
折角だから暇なら少し話を聞いてくれ、「暇じゃないから聞かない」ってコメントをして帰ってくれてもオッケー。お帰りはあちらにある「B!」のボタンからどうぞ。
さてと、まずは自己紹介だ。
俺は昭和が終わる少し前に生まれた。少し前ってのが曖昧な言い方になってしまうが、これは文学的であろうとしているのではなくて実年齢を完全にはバラしたくないだけだ。
性格は最近流行りの「クラスで浮き続けて生きてきて、会社に入っても浮きっぱなしの、発達障害の可能性が高そうな奴」だ。
今の夢は何か知らんけど突然お金持ちになってニートになること。
今までに作り上げたゲームの数は入門レベルのSTGが2つぐらい。
書き上げた小説は0。
特技は無いけど職場でたまにタイピングの速さを褒められる。パソコンの先生ごっこを頼まれることはあるけど、基本的に役に立てないので3回目ぐらいで頼まれなくなる。
雑に見積もって日本人の100人に1人ぐらいはここまで自分とほぼ一致してるんじゃないかな。
将来の職業を決めようとしたことが人生で何度かあった。皆そうだし自分もそうだ。
13歳のハローワーク、大学の学部選び、就活本番、就活に失敗したあと再出発する時に模索した道。
子供の頃の夢はゲームプログラマーとさっき書いたたけど、子供の頃は割りと本気でそれを考えていた。パソコンを実際に買ってもらうまでは。
まず中学生の頃、パソコン部に入ってゲームを作ろうとした。でも実際はほとんどダベって終わった。その頃に部室にあった本の内容をそのまま手打ちして作った文字通りの入門用STGが人生で1つ目のゲーム。
次に高校生の頃、パソコン部にまた入って今度はちゃんとゲームを作ろうとした。駄目だった。自分もやる気なかったし周りもやる気が無かった。それでも何かを作ろうと空回りしながら一本作り上げたけど、ほとんどがネットから持ってきたコピペコードのスパゲッティキメラで、ゲーム内容も実につまらなかった。そして自分は、ゲームプログラマーになることを諦めた。
だって、自分と同じぐらいの年齢で面白いゲームを作っている人が沢山いることを、ネットを通して嫌でも知り得たのだから。彼らの中には小学生の段階でゲーム作りをしていた人もいる。初めて1年で凄いゲームを作る人もいる。自分は合計で4年ぐらいパソコン部にいて、作れたゲームはショボいし、プログラムに使った時間の合計なんて下手すら100時間あるかどうかのレベル。熱意という点においては微塵も才能がなかった。そして、生まれ持った熱意が低いなりにプログラムに没頭できるような数学的方面への才能も無かった。とにかくプログラムはよく分からなくて、苦痛だった。ただゲームプログラマーになってみたかったという夢の名残、ある種の意地が少しだけあって、それに他人を巻き込んでクソゲを作っただけ。それを目の当たりにして夢を諦めた。キラキラ業界だけあって、好きでないならやってけないほど辛いだろうなって気がしたしね。
ゲーム方面は諦めたけど大学はIT系に進んだ。IT系という括りの頭の悪さから分かるように、今でも自分はITをよく分かってない。その程度の大学に進んで、その程度のことを学んだ。大学のせいというよりも自分のやる気が足りなかったんだけど。
IT系に進んだ理由は、「コミュ障でもできそうだから」「今ITはブラックと話題だから、逆に自分が就活する頃には反転してホワイトになっているのでは」「職場でプログラム覚えてそれからゲームプログラムに再挑戦すれば一石二鳥じゃん」とか。全く理由がないよりはマシに見えて、実際は一見何も考えて無さそうに見える奴より何も考えてない。意識だけ高い系。
そして自分は大学を出て、就活の時になってもIT系はブラックだという噂が絶えなくて、噂を聞いてる内に怖くなって、公務員になろうと思った。
何で公務員になろうと思ったんだろう。
多分、IT系≒不安定 というイメージの逆を全速力で駆け抜けたかったんだと思う。
そう。自分には正しい情報収集能力がなくて、ネット回線の向こうから仕入れることが出来るのは噂話だけだったんだ。
そして、公務員試験に落ちた。
点数を調べたら笑っちゃうぐらい低かった。
面接で失敗しているうちに何だか消えてしまいたくなって、このまま就活を続けたら頭がおかしくなって大学も出られなくなるって気がしたので、とりあえずは大学を出ることだけを頑張ることにした。
そうそう、卒論をやっている時に人生で3回目のプログラムをする機会がやってきてたんだ。
卒業に必要な単位という餌をぶら下げられてのプログラム。プログラムを書いて報酬がもらえるシチュエーション。IT系に向いてるかどうかを試す良い機会だ。そして、何度もめげかけて、お情けで卒業して、自分はやっぱりIT系は駄目なんだなという確信を得て、大学を去った。
その後はダラダラと公務員試験浪人をして、たまたま相性のいい面接官にあたって公務員になった。
何だか全てが曖昧で何となくで前例主義の積み重ねの成れの果てだった。
エクセル方眼紙の体裁だけはシッカリしている事が求められるのに、中身に関しては大分大雑把な世界だ。
書類の形式がちゃんとしていることを優先するあまりに、他の多くが漠然とされすぎていた。
そのくせ、書類の形式が整っているというのはどういう事なのかということに対してすら、明確な定義は前例主義の中に埋もれていた。マニュアルなし。根拠文書は曖昧なスパゲッティの中で腐りかけ。根拠の根拠は多分だけどフィーリング。
仕事をしているとたまに【伊集院光によるお祓いの説明(ハチを箱に入れたから危険だと吹聴して噂に尾ひれがついてから回収するときに駆除料をせびるあの話だ)】を思い出す。
右から左に何かを運んでいるだけの仕事、それも、それを運ぶことに意味があるのかどうかすら曖昧な仕事なんじゃないだろうか、時折そんな不安がよぎる。
そういう時に、民間企業であったのならば「お金が入るならそれでいいんだよ」と言い張れるんじゃないだろうか。
たとえ仕事に意味を感じなくても、その仕事で身についた技能が他の会社で応用できるのなら、そのために頑張ろうと思えるんじゃないだろうか。
何の役にも立たないだろう。
謎のルールに従っている集団の中に混じって、そのルールを一緒に真似するごっこ遊びに意味はあるのか。
マナー教室と称して、自分たちがバラまいたアンチマナー地雷の回避方法を教えている集団と大差はあるのだろうか。
ならば、どういう仕事が向いているのか。
それが全くわからない。
表題はそういうことだ。
そしてその適職当てをしたシステムに責任転嫁をして生きていきたい。
自分が、噂や印象に振り回されて意味の分からない道を迷走した果に人生まるごとを迷路に投げ込んでしまったなんて事実を目の端に入れて生きていくのにはもう疲れた。背中を向けてしまえば、むしろ見えなくなった事で不安が増すのだ。目の端に入れておくのが一番楽なのだ。でもそれは比較的楽なだけで全く楽とは言い難いのだ。
寝る時間なのでこの辺で切り上げる。
小学生:RPGツクール:身内ネタRPG:製作時間ー10時間 プレイ時間ー5分:スクラップ・アンド・ビルドしてるうちに身内ギャグまみれのクソRPGに。一通り友達と笑って5分で飽きた。
中学生:BASIC:ピンポン・陣取りゲーム等:製作時間ー合計30時間 プレイ時間ー各2分:プログラムの基本を学んでいる間に飽きた。PRINT "Hello, world!"が一番楽しかった
大学生:HSP(ホットスーププロセッサー):STG:製作時間ー30時間 プレイ時間ー3分:ゲームの作り方は一通り頭に入ったけどHSPというツールに限界を感じたので別の言語を探そうとしているうちに何かが面倒くさくなって二度とプログラムとかやらねーと誓った。
最近のインディーズゲームってよく出来ているのが多いじゃないですか。
前から面白いのは多かったけどここ数年は特にいい波が来てると言いますか。
それでそれらをやっていたら自分も久しぶりにゲーム作りたくなったんだけど、なるたけ楽して開発の楽しみが味わえるツールや言語って何かないのかな。
WOLFエディターで適当にアクションRPGでも作ってろとか吉里吉里はいいぞとかでも別にいいから何か知ってたら教えてくれ。
HSPみたいな入りやすいけど途中で限界を感じるような言語でも別にいいや。
30時間で限界が見えたとか調子こいてんじゃねえぞって言いたいのは分かる。
すまんかった。
最近HSPでちゃんとしたフリーゲーム出てきて俺が間違ってたと思い知ったよ。
こう言っておいて自分がそもそも何を作りたいのかよく分からんのだけどね。
不思議の城のヘレンや魔壊屋姉妹みたいなオリジナル戦闘システムのRPGとかいいなーと思う反面バランス調整でゲロ吐けるなと思ったり。
まあ目標高めすぎてるからまずはピンポンレベルのからやり直して、自分がやった行動に対してレスポンスが帰ってくるのを楽しもうかなと。
お前がやりたいのはモノ作りごっこなんだからマイクラやカルネージハートでもやっていた方が幸せになれるぞって返答もウェルカムですよ。
ヤフー知恵遅れでやれと言いたくなる人もいるだろうけど、マルチポストはしない主義なのでこっちに絞るわ。
あっちは何かニワカが多いんだよね。
追記:
unityが人気だな。
でもガチガチのプログラミングを久しぶりにやったらゲーム作る前に挫折しそうだ。
それこそキャラ絵取り込んで歩かせたら満足しそう。
とりあえずは前から気になってたScratchで感覚取り戻す事にするか。
だいたい方針決まったありがとな。
ロールプレイングゲームの「ロールプレイ」って何だろうって私はずっと不思議だった。
STGの主人公だってACTの主人公だって皆それぞれの役割を演じているんだ。
それなのにRPGゲームだけがどうしてロールプレイを名乗るのかが不思議だった。
TRPGをコンピューター上で再現してマスター不要で進められるようにしたのが大本の始まりだったとして、そこから何十年たってるのに何時までたってももっと相応しい名前を考えないのは何故なのだろうと思いながらRPGを遊んでいた。
アクション要素が薄いor成長要素が強いからRPGですと言われても、果たしてそれはロールプレイなのかと納得出来ないでいた。
コンピューターRPGは確かにロールをプレイするゲームなのだと理解した。
最初のうちは神の目線でコントローラーを握っていたはずの自分が、いつの間にか主人公と一体化していたんだ。
高揚感のあるBGMが鳴り響く最終決戦の中、一緒に冒険してきた仲間たちを救うためにラスボスを絶対に倒してやるという決意が何度も胸に湧き上がった。
何でラスボスを倒すのかと問われれば、それはEDを迎えたいからではなくて、この世界を救いたいからなのだと本気で思っていた。
その瞬間、確かに私は世界を救うヒーローとしての役割を演じていた。
そして自分がヒーローとなり世界を救うために、これまでの戦いで培った自分の戦闘スタイルを駆使して目の前の苦難を打ち砕くことに対して圧倒的な使命感を燃やしていた。
あの高揚感は何だ。
大切な人を守ろうとしていた。
人間の脳には、フィクションの体験と現実の自分の体験を混ぜ凝ぜにして錯覚を引き起こすような欠陥がある。
それは確実だ。
何故なら私が実際にそうなったからだ。
そして私はそれを喜んで受け入れ、あの世界の住人として最後の戦いに挑んでいた。
いいロールプレイングゲームは役割を演じるゲームである以上に、プレイヤーに進んでその役割を演じさせてしまうゲームなんだ。
間違いない。
人間が現実と空想を切り離せないバグった生き物である事を利用し、いつの間にか役割を本気で演じさせてしまうシステムなんだ。
私の中にあったコンピューターロールプレイングゲームという名前に対する疑問は長い時間をかけてようやく氷解した。
よく出来たRPGは、プレイヤーに思わず演じたくなる役割を提供し、そしてプレイヤーがその役にのめり込めるように創意工夫をこらし、最後にはそのゲームで起きた体験をかけがえのないものにしてしまうのだ。
その道が英雄か、殺戮マシーンか、聖人か、それはゲームによって違う。
だが、完成度の高いRPGは、そのゲームがプレイヤーに与えてきた役割をいつの間にかプレイヤーに納得させ、プレイヤーの側が進んでその役になりきろうと自分の心を動かしていくように仕向けてくれる。
ありがとうUNDERTALE。
私の長年の疑問が1つ解き終わった。
ゆとり世代マジ使えねえ……って思う事の1つがこの質問に来ない現象
とにかく質問に来ない
質問することをSTGのボムか何かだとでも思っているのかギリギリまで使わないように切り札として温存したがる
ググれば全ての答えが出るとでも思ってるのか、調べてもしょうがない事までググってどうにかしようとしやがる
これマジでどうにかして欲しい
俺の時給がお前の2倍だとしても1時間かけて調べるより5分で説明した方が明らかに効率いいだろ
俺の世代では友達同士で分からない所教え合う癖があったからそういう形で勉強できたけど今の子って多分そういう友人関係築けないんだろうね
お前がどこが分かっててどこが分からないかなんて俺分かんねえから
格ゲーがだめになった理由は明白で、「フレームを見る」だとか、「コンボの切れ目で二択」だとかやり始めたからよ。
スト2は面白かった、ターボも好きだった。サムスピも大好きだった。
けどこれが、こなれてきてめくり合いからのコンボゲーになったときに、格ゲーはSTGと同じ道を歩みだしたよ。
コンボが研究されて喜ばれたからって、メーカーがそれに迎合して、そっちを主軸にしだした。
KOFも最初は面白かったのに、数を数えるごとに、どんどんとへんちくりんになる。
これに、「格ゲーの面白さがー」とか吹き上がるバカが、格ゲー潰したんだよ。
STGと一緒。
自分はべつに他人の楽しみ方は好きずきだと思うし、半端な知識で創作するのも別に構わないと思う。
東方Projectの二次創作をしているうち、原作のハードコアな弾幕STGについていける人がどれだけいるだろう?
実際それほどいないと思う。それでも原作未プレイな人たちも含めて立派に同人を支えている。
なぜそれが可能なのか、お察しのとおりだけれども、
最近はネットコミュニケーションの発達で、未プレイ未到達でも、
十二分にストーリー性やキャラクター性のエッセンスを感じ取ることができる。
だから、原作のコアな部分を見ていなかったとしても、あながち見当ハズレとも言い難い創作をアウトプットできる。
それは、実はけっこう面白い現象なんじゃないかと、私は好意的にとらえるようにしている。
エッセンスを掴んだ状態で、だが公式の描き出した「結論」に因われていない状態だからこそ描けるものもあるんじゃないかな。
もちろん逆に、増田の言うように、半端な知識だから細部も半端になることも多かろうが、まあ彼らは好きで書いて見せてくれているものだから、
製品にクレームを入れる時のような感情を抱く道理もない。自分のお眼鏡に適わなければ、以後ご遠慮するだけの話で。
同人作家一人を見続けるという悪趣味なことをすれば、いつまでも原作のコアに手を伸ばさないなぁという人は確かにいる。
そういうのを見つけると、原作に対する敬意やなんやらを欠いているだとか自己表現のためだとか思えるかもしれない。
でも今の時代、ほとんどの人はいくつもの作品を同時並行的に楽しんでいるわけで。
一作品の「深さ」を完全に網羅していくほどの時間的・精神的リソースが割けないのだろう、と思うようにしている。
同人作家に対して悪意的な見方をするようになっても自分は何も得をしないしね。
そもそも自分を振り返っても、二次創作を楽しませてもらった作品ぜんぶをそこまで熟知してフルコミットしていたわけじゃない。
ハマったと自負する作品でさえ、もっとコアな人はネットを漁ればすぐに見つかる。ほとんどの人がそうだと思う。
だから、ニワカを許容できるほうが、自分にとっても他人にとってもオタク活動を気軽に展開できて、楽しみを最大化できるはず。
そう思えるようになると、自己表現のために人気作品を利用しているような人の生き様も、共感はしないまでも可愛いものだと思えてくる。
そんな人の創作でも、いいものがあれば素直に読めるようになるし、なんなら尊敬もできる。消費専門の自分にしてみたらね。
あとは原作至上主義的にならなくなるから、東方でいうと大沖チルノみたいな、
二次創作が独り歩きして生まれたような原作とかけ離れたキャラも楽しめるようになってお得だし。
いい意味で「意識の低い」ものが跋扈していられるからこそ、敷居が下がって一大コンテンツになれるほど盛り上がるんだと東方を見て私は学んだよ。
因果は逆かもしれないけど、この構図はその他の大ヒット商業コンテンツでも同じことだと思う。
もう、自然の摂理として、“「深い」ものほど「浅い」ところでヒットし、その深度差が渦を巻き起こして大きくなる”とでも言ってしまおう。
2chより
169 名前:カタログ片手に名無しさん@無断転載は禁止 (ワッチョイ 7ff5-DbLW)[sage] 投稿日:2017/01/21(土) 20:39:15.30 ID:ER4XJZxt0
去年と今年の例大祭の参加サークルリストから参加状況ザーッと解析したが今回サークル活動一時休止がかなり多い
去年の総サークル数は3751で、うち今年も継続参加するサークルが2267、今年は参加しないサークルが残りの1484
一方で今年の総数は3402で、去年参加せずに今年だけ参加してるサークルが1134
去年と今年のリストから継続参加以外のサークルをランダムに100サークル取りだして傾向を調べたが
去年のみで今年は参加しないサークルでは、何らかの理由によるサークル活動の一時休止と思われるものが38%、サークル活動引退が12%、おそらくジャンル移動による流出が9%、合同誌などのための一時的なサークル名変更が2%、恒久的なサークル名変更が1%、不明が38%
今年から参加するサークルでは、完全新規サークルが24%、一時休止からのサークル活動再開が15%、いわゆる出戻りが10%、他ジャンルからの新規流入が8%、合同誌などのための一時的なサークル名変更が3%、恒久的なサークル名変更が1%、不明が39%
だった
休止と引退による自然減が50%なのに対し、完全新規と活動再開による自然増が39%
このサンプリング結果の比率が仮に母数全体に当てはまるとすると、自然減が742サークル、流出は133
となるので他ジャンルからの流入過多となり、総サークル数減少の主因は自然減となりそう
サークル参加者がちょうど大学卒業や30歳の大台を迎えて役職に就くとかの時期に差し掛かってるのかもしれない
今の若年参加者層がサークル側に回るまでにはあと数年ギャップがあるだろうからしばらくは自然減との戦いか
616 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/01/21(土) 23:49:16.76 ID:nVybHh6m
東方のサークル数の上下に関してなら、「東方コミュニティ白書」っていう毎年出ている評論本がオススメ
200ページに渡り東方に関するあらゆる統計データやグラフを細かく大量に記載していて資料としてすごいよ
ちなみに東方のサークル数の減少は今に始まった話じゃなくて2014年からずっとじわじわ減ってる
その東方コミュニティ白書の資料の中から”例大祭のサークル参加継続率”について抜粋する
例大祭10(2013年)の5013サークルうち例大祭11(2014年)にも参加したのは3017サークル(継続率60%)
例大祭9(2012年)の4985サークルうち例大祭10(2013年)にも参加したのは3108サークル(継続率62%)
例大祭8(2011年)の4778サークルうち例大祭9(2012年)にも参加したのは2618サークル(継続率55%)
これを見るに、東方界隈が上り調子だった時期から例大祭のサークル参加継続率は60パーセントであり、
>>611のデータの例大祭13(2016年)→例大祭14(2017年)のサークル継続率60%も例年と変わらない自然な数値であると言える
ちなみに2年後の例大祭への継続率は約45%、3年後の例大祭への継続率は35%、4年後の例大祭への継続率は30%程度となっている
(継続率の減りが緩やかに安定していくのは、いわゆるずっと東方ジャンルで継続して活動しているサークル層の存在と思われる)
要は、昔も今もサークル参加継続率というものは安定して変わってないってことだね
にも関わらず2013年より前はサークル数が増え続けていき、2014年以降は減り続けてる理由は、単純に東方ジャンルからの流出層に対する新規流入層の数が要因なんだよ
継続率が一定なところから東方自体の魅力、東方を続ける魅力がなくなったわけではないことは推測できるが、
東方同人の世界に新たに参入しようとする新規サークルの割合が確かに減っていってることはデータがはっきり裏付けてるんだね
617 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/01/21(土) 23:59:35.71 ID:eWX+HTan [2/2]
東方も長いから継続率はさすがに年々減少してるもんだと思ってたがほぼ変わらないのか
620 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/01/22(日) 00:38:40.89 ID:V0aWU1eI
ついでに東方コミュニティ白書からもう一つ資料を抜粋(出典は東方イベント10年史とのこと)
2011年:述べ15976サークル(例大祭4940、紅楼夢2328、他8708)
この年が東方の述べサークル数が最も多かった年で2010年は述べ14515サークルだった
以下、
2012年:述べ14388サークル(例大祭4985、紅楼夢2448、他6955)
2013年:述べ14230サークル(例大祭5013、紅楼夢2440、他6777)
2014年:述べ12694サークル(例大祭4311、紅楼夢1924、他6459)
2015年:述べ12141サークル(例大祭3816、紅楼夢1772、他6553)
2011年~2013年の間はいわゆるコミケからオンリーへと東方界隈の風潮が流れた時期なので例大祭や紅楼夢のサークル数が増えているが
全体のサークル述べ数は2011年がピークで以下ずっと減少している
余談だが、メロンブックスととらのあななど委託ショップでの東方同人の委託件数のピークだった年も2011年であり、2011年までは増加傾向、2011年以降は減少傾向である
その他、SNS、動画サイト等、様々なあらゆるデータも含め、コミュニティ白書の概略では東方ジャンル全体の勢いの絶頂期は2010年~2011年とされてある
2011年→2012年、2013年→2014年の述べサークルの推移は比較的ガクッと落ちてるけれど。
2012年→2013年、2014年→2015年の述べサークルの推移は減少というよりほぼ横ばいといえるほど安定している
ピークだった2011年、サークル数推移が安定した2013年と2015年って何があったっけな?と考えた結果
これらの年は原作STGの整数ナンバーの新作が出た年なんだよね
つまり二次創作主体で原作やってないやつが多いと野次される東方界隈であってもなんだかんだいっても原作のゲームの影響は大きく、
新作が出て新キャラが登場すると界隈は盛り上がるのだ(でも普通に考えたら当たり前の話だよなぁ!?)
逆に特にこれといった新キャラも登場せず原作公式の動きが少ない年は、東方界隈の盛り上がりに欠け、新規サークルもあまり入ってこず、じわじわとサークル数減少という結果につながってるのかもしれない