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はてなキーワード: レーシングゲームとは

2020-08-23

朽ちていく 2

anond:20200822033803

ホテルエントランスに戻り、濡れた傘を折りたたんだ。

一泊二千円台の安宿に部屋を借りている。安宿ではあるが、値段の割にサービスも質も悪くないのだ。しかし、どうやらこのホテルは霊がいるらしいと、Google検索ボックスが教えてくれた。確かに、このホテルは何かうら悲しい感じがしないでもない。礼儀正しいフロント従業員から鍵を受け取り、エレベータに乗り3階で降りると、真っ暗でソファの置かれた空間にでる。そこの奥には普段は使われていない宴会場があるようで、いつも消灯されているのだった。そして、数段だけの小さな階段を降りて、私の部屋のある棟へ歩く。私の部屋の前にもソファがあって、壁に時計がかかっている。その時計は一分ごとに、「ギイ」という錆びた螺子の音をさせて、心霊ホテル演出している。

ハムスターが餌をとって自分の巣へ戻るように、私も外から戻るときはいつもなぜか足早に部屋へ急ぐ。いつも通り駆け足でエレベータから私の部屋に向かって、鍵を開け、私の部屋につくと、濡れたパーカーを脱ぎ、帽子をとった。靴下にも雨水浸食して気持ちが悪い。「Do not disturb」の札を下げて何日も封印している私のもので散らかった部屋に帰ってくると、少し安堵した気持ちになった。

この日は確か、目的もなく、見知らぬ駅の周りを歩いた日だった。駅には隣接するビルがいくつかあったが、私が出歩いた時には、商業施設も、映画館営業してなかった。

飲み屋街を歩いてみた。老夫婦が、腕を組んで歩いていた。若者グループテントの下で何か民族的楽器を鳴らしながら歓談していた。スーツを着た3人の男たちが、「じゃあ、また!」とご機嫌に挨拶していた。私は、なんだか自分お化けになった気持ちになって、ゲームセンターに向かってみた。ゲームセンターはもうすぐ閉店するようだった。湿っぽい雨の夜に、真っ白な蛍光灯で照らされて冷たく乾燥した空間は、とても無機質だった。カラフルな景品たちがガラスの中に入っていて、それが無数に繰り返されていた。私は、暇だったので、景品の一つ一つを見て、欲しいか、欲しくないか、考えてみることにした。愛らしい丸みを帯びたデザイン動物モチーフぬいぐるみ、あどけないの顔つきの成熟した身体の女のフィギュア原色で彩られた小包装のお菓子。どれも夢のようであったが、今欲しいものは、そのどれでもなかった。

スロットアーケードゲームのコーナーをうろつくことにした。そちらのコーナーは少し薄暗く、音も大きかった。広くて新しい店内ではあったが、時間時間なので、人はほとんどいなかった。仕事帰りの若いサラリーマン風の男が何かロボット系のアーケードゲームをやっていた。レーシングゲームのコーナーには、若いカップルがいて、二人ともマクドナルドの青い飲み物を飲んでいた。音楽ゲームのコーナーには、もう一人、メガネをかけたサラリーマン風の男が、グローブをしてゲームに熱中していた。

私は、何回も彼らの横を通り過ぎながら、どのゲームをしようか考えていた。でも、うろうろと歩きすぎていいかげん不審者に思われているかもしれない、そう思って、考えるのはやめて個室風に覆われたシューティングゲームをやることにした。そのシューティングゲームでは、ゾンビが次から次へとやってきて、それを銃で撃ち殺していくゲームだった。何かゲームについての説明があったが、その説明の画面が流れるのが早すぎて、理解する前にゾンビが襲ってきた。とりあえず照準を合わせトリガーを引くと、簡単ゾンビたちが死んでいった。ゾンビたちで埋まったパーティ会場から脱出するべく、次から次へと撃っていった。「いけてるかも」普段ゲームをしない私であったが、私がトリガーを引くたびに死んでいくゾンビたちをみて、そう思った。そして、救出しにきたヘリコプターに群がるゾンビにも、乱射をお見舞いした。しかし、次の画面で、何やら今までとは体格の違うゾンビが出てきたと気がついたときには、「Incert coin to continue」と表示されていて、しばらく経って、ようやくゲームが終わって現実に戻ったのだと気がついた。

私が遠回りをして、ゲームセンターからホテルの部屋へ帰る頃には、頭にこびりついたゲームセンター騒音は消えかけていた。

ふと、私は、黄色が嫌いなことを思い出した。黄色、というのは何か溌剌としたエネルギーを感じる色である。けれど、気狂いっぽいそんな雰囲気も私は感じ取ってしまう。ところで、「ち」というひらがなを見ると、私は、黄色をなぜか連想する。

霊(ち)、地、血、乳。

ち、という言葉には、生生しい印象をうける。

ぴちぴち、みちみち、ぱちぱち、かちかち。

ち、という音は、何か瞬時に飛び出していく感じがするのだ。

私が、黄色を好きになれないのは、私に生気が足りないことを叱られているような気持ちになったから、というのもあるのかもしれない。

2020-07-31

anond:20200730153505

その仕様で、格闘ゲームの人気が再燃すると思ってるのか...?

・腹が減る、年を取る、武器劣化する、睡眠必要時間が実時間で経過する、二度と生き返らないRPG

・弾数に制限のあるシューティングゲーム

タイヤが減る、ガソリンが減る、部位が壊れるレーシングゲーム

ちょっとした段差で死ぬアクションゲーム

2019-05-17

anond:20190517115101

レーシングゲームで結果残した奴が実際のレーサーになったみたいな話もあったな

2019-03-16

四月から花京院になる俺にオススメスタンド

特技はレーシングゲームです。

友達と対戦したことはないですけど地元じゃ一番早いですよw

2018-09-05

anond:20180905133951

私は五輪へのe-sports導入に断固反対だけど、これは会長増田の言い分が変だと思うわ。

別に実際に人を殺しているわけじゃない。死ぬのはゲームの中のキャラクター

ゲーム内でも人を殺しちゃいかんのか? ゲーム内での殺人技術を競っちゃいかんのか?

それはリアル人物に向かってフルーレを向けたり大外刈りかけたりするよりタックルするより危険行為か?

そうだ、と思うのなら感覚麻痺しすぎだと思うんだよな。

リアル人間ハイキックしたりリアル人間同士で殴り合ったりする方がよっぽど野蛮だろ……

よろしい、百歩譲って、殺人ゲームダメなのだとしよう。

でもそれなら、e-sportsは導入するが、倫理に背くもの排除する、といえばよくない?

格闘ゲームとか、人殺し要素のない冒険ゲームとか、レーシングゲームとかを導入すればよくない?

なーんか会長さんの言ってることは筋が通ってないように思う。

しかしそれはそれとして、e-sportsは断固として五輪に導入すべきではない。

なぜならそれは不公正だからだ。

サッカーを例にしよう。仮にある業者が、サッカーボール供給を一手に握っていて、有力選手事実上そのメーカのものを使わないといけない状況だとする。

しかしそれでも、私的に作った規格外ボールを使って草サッカーすることは自由である。新しい業者が規格を満たしたボールを作って競争に参入することも自由であるルールブックは万人に開かれており、特定メーカのものを使わなければならない、という決まりはどこにもない(あるメーカ技術力が卓越しているおかげで寡占状態になっているとしても、より優れた技術をもって参入する余地は常に残されている)。

あるいは、e-sportsではないがマインドスポーツを例にしよう。囲碁チェス将棋も、ルールを知ってさえいれば誰でもどんな道具を使ってもプレイできる。ノートに線を引いてそれを盤面にしてもよいし、頭の中だけで完結させてもよいし、地面に木の枝で書いた盤を使ってもよい。

ルールが同一であるならば、名人竜王と地面に駒を書き入れる子供たちは同じゲームを遊んでいることになるはずだ。たとえ使う盤がどんな業者に作られていようとも。ネイマール本田圭佑と、スラム街ボロボロボールを蹴る子供たちもまた、同じくサッカープレイしていることになるはずだ。

私はこれがスポーツ公平性だと思う。

e-sports問題は、この公平性がまったく存在しないことだ。特定ゲーム会社から特定タイトルを購入しなければ、そもそも遊べない。お金がない囲碁好きの子供でも、ノートに書いた盤面に白と黒の点を書き入れていけば囲碁を遊べる、というような余地はどこにもなく、まずゲームスタートするためには特定業者から特定商品を購入する必要がある、そんなもの公的団体競技として公認すべきじゃないと思う。

これは単なる理想論ではない。一歩間違えば癒着にも繋がる。なにせ、ある競技を採択するかどうか、が、そのままある特定民間企業優遇するかどうか、につながるのだ。寡占状態にあるので事実上そうなってしまう、という話ではなく、ある競技を採択することは論理的にある民間企業優遇することとイコールになる、というのは大きい。

IOC高潔組織というのならばまだしも、そうでないことは幅広く知れ渡っているというのに、なんでこんな腐敗臭に満ちたもの競技として採択しなければならないのか。

スポーツあるいはマインドスポーツは、皆に開かれているべきだと思う。ルール策定の段階である程度権力が絡むのは仕方ないにせよ、そもそも特定メーカによる特定商品を購入しないと遊べない、ようなものを、公的スポーツ大会であるオリンピックアジア大会などに持ち込むべきではない。

もちろん、ゲーム会社が自社のゲームを使った大会企画するのは、経済自由趣味自由として大いに肯定されるべきだ。何も悪いことではない。日本法でそういうレジーム賭博にあたる場合があることについては、不当なので賭博罪に関する条文を改正する必要があるとすら思う。

しかし、e-sports公的スポーツ大会にはそぐわない。むしろ積極的排除されるべきだ。ゲーム内で人を殺そうが殺すまいが、それは公平なスポーツという理念に反しているのだから

2018-07-29

anond:20180728155213

壁にぶつかりそうになったときに「一瞬だけハンドルを反対方向に思いっきり回してすぐ元に戻す」という操作を繰り返すと蛇行運転になるんよ

小さい子供に本格的なレーシングゲームやらせるとだいたいそうなる

スパイダーマンのあのシーンは、ピーター自身の反射神経とかそういったものが(第六感も含めたスパイダーセンスの)なせる技ってことで

2017-09-22

eスポーツって格闘ゲームだけなの?

STGとかも、スコアアタック的な感じで

時間が長くなれば3分、5分コースなんか設けて行えばいいんじゃない

あとレーシングゲームとか。

そんで今はやってるスプラトゥーンとかも。

いろいろなジャンルでやって欲しいなぁ。

2016-06-07

知人が全然面白くないって言ってたゲーム面白かった

やっぱりゲーム面白さって人間の適正力に大きく左右されると思うのよね

俺がチェスやっても全く楽しいと思えないように

そのジャンルにはそのジャンルに適した人間スペック本来あるはずなんだよ

 

例えば格闘ゲームに関して言えば最低限の反射神経は必要だが重要なのは反復する練習ができるかどうか読みができるかどうかというのが非常に重要

レーシングゲームも対戦は相手との駆け引きが発生するから読み合いが必要だしミスしない胆力と取り返そうとする心の強さも必要

RTSは全体の大局観というマクロ能力と実際の戦闘勝敗を分けるミクロ能力総合力が求められてさながら一人で軍師将軍をする必要がある

独創性の求められるマインクラフトのようなシティ系のゲームでは発想力が求められて自分いかにして目標設定できるかが鍵となる

モバゲー艦これ系は課金要素を自分領域内でどれだけ効率よく活用して自分の欲求を満たせるかを問われる

チェス将棋なんから特に説明しなくていいか

カードゲームメタ戦略対策されにくいデッキ構築、運の要素に対してどれだけ調整することができるか構築力と判断力が求められる

FPSAIM能力や反射神経、戦況を把握する能力コミュニケーションスキルが求められ単体での戦闘力とチームとしての作戦動力必要

MMO資金調達効率化やレアアイテム取得のための手段模索、目当ての武器調達までの最短ルート模索、条件下での最適解を探す、情報交換能力など探求心を求められる

その他色々

とにかくジャンルによって全然求められる能力が違う

 

なのにゲームゲームっていうジャンル一般人からひとくくりにされてしまってるせいで

適正力があり楽しむこともできる潜在的ゲーマーが埋もれてしま

実際プレイしてる自称ゲーマーは上手くも無いし適正もないのに下手な横好きで遊んでるやつが大半だと思うのよね

もちろん下手でも楽しめてる内はそれでいいけど自分が適正力がないのを

他人のせいにしはじめるケースが1つや2つどころじゃなくて沢山あるので

もっと実際のスポーツみたいにゲームにも向き不向きがあるということを啓蒙させていきたい

 

何が言いたいのかと言うと才能ないやつはゲームすんな

2015-12-04

44歳の母親妊娠して思った事

母親が1年前再婚した。

再婚した相手は36歳、働き盛りだろうなとは思うがそんなにコミュ力は無い系のIT会社社員

幸い自分はまだ19歳だし、弟も若いので相手を父親として無理無く認識出来る年齢だ。

だが、ここ最近なんだか複雑な気分になっている。

原因は母親妊娠

弟が産まれる時、確かに自分母親妊婦姿を見た事が有る。

でもなんだか今の母親妊婦姿を見ると複雑だ。

具体的には何が複雑かと言うと、母は妊娠して明らかに若返った。

外見も雰囲気も明らかに今までの44歳で私達を世話していた初老母親では無い。

昔弟が産まれた時、自分が小さかった時の母親雰囲気な気がする。

少し前の母親写真と比べても顔がかなり若くなった。

これはもしかして女性ホルモンの影響なのだろうか?

なんだかレーシングゲームブーストボタンを押したような状態を感じる。

母親の体が心配なのも、家族が増える不安も有るが、生き物の神秘を見た様な気分で複雑だ。

2014-08-03

F-ZEROの続編はなぜでないのか?

1990年に発売された『F‐ZERO』は、単なるレーシングゲーム以上の意味を持っていた。

まぁいきなり端的にいえば、「ローンチソフト」としての役割を持たされていたのだ。

スーパーファミコンではこんなことができる、こんなグラフィックでできる、こんなサウンドを出せる…

レーシングゲームというジャンルにおいてこうした技術を示す重要任務を与えられていたのが『F‐ZERO』だった。

アクションでは勿論、『スーパーマリオワールド』がこれを担当していた。

結果的にいえば『F‐ZERO』は「ローンチソフト」としての役割を十二分に果たしたと言えるだろう。

SFC、この新しいゲーム機でできることを象徴的にあらわしたのだ。

今改めて『F-ZERO』をプレイすると、ゲーム自体シンプルであったと気付かされる。

しかし『F-ZERO』は、述べてきたような歴史的意味を持っている。

すなわち、SFCという家庭用ゲーム機における偉大な歴史の1ページに、直に関わる存在であるのだ。

ただの古臭い24年前のゲーム、という評価に逢着しない、『F-ZERO』の色あせない部分がここにはあるのだ。

F-ZERO』は、ゲーム新しい時代象徴だった。

2003年に『F-ZERO GX』が登場の後、F-ZEROシリーズの続編はまだない。

これは述べてきたこととの逆の現象が起こっているからに他ならないだろう。

まり、この時期からレーシングゲームの劇的な進化進歩が起こっていないのではないだろうか。

3D化を果たし、グラフィック進化した。しかし、ゲーム歴史を揺るがすような劇的な進歩がここ10年ほどはレーシングゲームで起こっていないのではないだろうか。

いずれ劇的な進歩が再び起こることがあるだろう。

その時『F-ZERO』は再び私たちの前に姿を現すに違いない。

2013-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20130404181514

容量なのかな・・・

だって、もしも頭の中の想像を形にするなら容量は作った後で気になる訳でしょ?

まず、自分の作りたいものを形にしようとした後で、必要になったから後から必要になるものを考える

もうみんな「会社業務」として作っているから「作って良いよ」という下地があってスタートしてるから、そういう純粋な前提じゃないんだろうね。

容量に関して言うと、プレステ初期とかの「容量を使うゲームを作らないといけない」(他のゲーム機スペックの違いを比較させないといけない)という事情もあったんだろうし。

そういう競争の中で、レーシングゲームなんかは「いか現実的にシミュレーションできるか」という争いもあったし。

据置機の歴史の中で、ゲーム本質というより、機械の性能とか開発者の知識自慢じゃないのって争いになってる気がするんだよ。

2012-01-16

昔持っていた自信(自身)は今も消えない分きっと一生まとわりついて離れないのだろう

小学生のころ、水曜日の昼休みは決まって友達コンピュータ室でゲームをするのが常だった。

もちろん今のようなゲームではない。

ちゃちなレーシングゲームと出題されたものフィールドから探すゲームの2つだけだった。

一緒に行く友達と僕はいつもレーシングゲームばかりやっていた。

ほかにはペイントのようなツールもありそれであそんだりもした。変な絵を描いて友達と笑いあったりした。

このころに「パソコン=おもしろいもの」という概念自分の中で定着し、パソコンに対して強気でいられるようになった。

強気でいられる分、トラブルが起きたら両手を挙げるのではなく立ち向かうことができた。

おかげで周りからは「パソコンに詳しい」と思われた。下から見上げられるのは気持ちがよかった。

小学校6年の時に家族パソコンを買った。

当時の僕からして主な用途といえばゲームをするか動画を見るか位であったが、

ネットサーフィンをするようになってチャットというものを知り掲示板というものも知った。

たまにテレビで目にする「2ちゃんねる」というところにいってみたりもした。

中学校に入ったころには痛い「2ちゃんねらー」になっていた。

基本的にニュー即VIPを見てほかは趣味の板をみていた。

このころはかまってちゃん気質だったのでチャット2ちゃんねるでよく実年齢をさらしたのだが、

そのたびに若い若いといわれ、うらやましがれてニヤニヤしたり馬鹿にされて本気で憤慨したりした。

いまもその当時の記憶が残っており、心の片隅で「自分はこの世界で最年少だ」と思っていると思う。

最年少と思っていた自分は、年上の人たちと並んでいると考えていた。

レベルだけ見れば平均より高い、有能な人間だと勘違いしてたところがあったかもしれない。

20ではないが最近成人を迎えた。

2ちゃんねるをみてるとたまに中学生だの高校生だの正体を明かす人間がいる。

有名人を見れば自分より若い人なんて腐るほどいる。同年代なのに親より稼ぎまくってる人もいる。

それを見るたびに違和感を覚える。

自分が最年少ではなかったのかと。

僕が一番だったのではないのかと。

現在自分は、友達の中でもトップとは言えずそれは中学生ときから気づいていたが、

やっとこの年になって実感できるようになってきた。

今の自分は何かをするごとに、この違和感を感じてしまい悩んでいる。

別に1番でなくてもいいことを、それに関してで一番の人と比べて落ち込んだりする。

そしてそれをすべてインターネットの所為にすることもあった。

1つだけ一般人には負けないものがある。胸を誇っていえる。

そして夢がある。

それがなかったらどうなってたか不安で仕方がない。

僕は時代の流れを正面から受け止めきれないでいる若者である

唐突だがこれでこの日記は終了する。

2011-02-21

卒業して一年、やっと進みたい道が見えた

私は昨年度、ゲーム専門学校卒業したが、内定なしでの卒業だった。

就職活動は見かけ上は頑張っていた。見かけ上は。

試験を受けた会社は約40社。就職課にも褒められていた。

しかし、これは就職課の言う「受けろ受けろ受けまくれ!」という言葉を実践していただけで、今思うと受かることより受ける事に比重を置いていたのが良く解る。

受ける会社に入る気はあったのだが、入ってから何をしたいかとかは一切考えず、とにかく受けられるから受けていた状態である

良く書き損じていたので履歴書は何枚書いたかも良く解らないけど、中身のない履歴書だなとは活動中常々思っていた。

 

正直なところ、活動中は自分は何も持っていない人間だと思い込んでいたし、今でもそう思う

次に示すような空っぽ人生を送ってきたからだ

 

というわけで、今までの人生を振り返ってみることにする

幼稚園児の頃は普通に友達を作り良く遊んでいたが、基本いじめられっこであった

既にこの頃から陰気な性格だったように思う

家では偶にMS-DOSを触ってインベーダーゲームだのブロック崩しだのをやっていた

 

小学校に入ってからも低学年の頃は大方似たようなことをしていたが、PCWindows95になっていた

CUIとはおさらばして、GUIレーシングゲームとかをやっていた記憶がある

 

中学年くらいでネットエロサイトを覚え、Yahooアダルトサイトを探していた

この頃にはWindowsの基本操作はマスターしていて、ローマ字も当たり前に知っていたので小学校ローマ字の授業は楽ちんだった

当時の私は非常に馬鹿だったので、毎回「ア」とだけ入れて検索して、何ページもめくって「アダルト」のカテゴリにたどり着いていた

勿論使っていたのは親のパソコンだったので、ばれないように履歴を消したり、Q2ダイアルのアプリを消す方法も身に付けた

からも教わっていないのにQ2ダイアルのソフトが出ないように始末できた自分は凄かったと思う

 

高学年になると、流石にエロサイトの探し方もマスターした

この頃は文系である社会理系である理科の成績だけが妙に高かった

これは小学校理科には数学的要素が皆無だったからであろう

当時文系理系がこなせる天才だと自負していた物である

但し算数はガタガタで国語普通くらいだった

 

中学生活の始まり、これこそが人生を急変させる鍵になった

中学生活が始まると親からお古のノートパソコンを貰うことが出来た

この為、非常にインターネットに入り浸る最悪の生活が始まった

特にYahoo!Chatのボイスチャットである

これが非常に楽しく、社会人主婦を相手にし良くお喋りをしていた物である

あちらからしたら、こんな年少者がいるなど驚愕の沙汰であったのは間違いがない

そうこうしていると、親からネットの禁止令が出たが、幸いにもパソコン回線だけは奪われなかったので、ありとあらゆる手段を使い隠れてネットをしていた

丁度自室の真上の部屋にモデムがあったので、親がトイレに行った隙などを見計らい電源を入れて、水が流れた音がしたら電源を切るなどの姑息な事を良くしていた

最後モデムのある部屋に南京錠を掛けられたが、ばれないように錠前そのものを外して部屋に入ったりしていた

何が何でもインターネットしたかったのである

勿論、勉強などしているはずもなかった

しかも、チャットだけで全てが終わる筈がなかった

自体はどんどん悪い方向へしか行かなかった

因みに部活テニス部に入ったのだが部活は性に合わないという事で三ヶ月で抜けている

 

中学2年になるとゲーム系のコミュニティサイトに入りびたりはじめ、そこでの交流に嵌ってしまう(そこの年齢層は小5~高1程度)

そうこうしている内に自分Webサイトを立ち上げようと思い、HTML勉強を始めた

リファレンスサイトは殆ど見ることなく、正直ソースコードの改変で知識を蓄えていた

ぶっちゃけ中身のないサイトだったが、毎日日記だけは書いていた記憶がある

このサイトを運営していく中で色々な事もあった

他人のサイトで迷惑を掛けたり、こっちが掛けられたり

まぁ中2らしいと言えばらしい、そんなネットライフを送っていた

 

そして中3になり、更に事態は悪化した

リアル友人の勧めや、ネットで知り合った人たちの勧めなどで人生は素敵な方向へねじ曲がる

まずラグナロクオンラインかいタイトルを知ってしま

まだこの頃プレイできる環境はなかったのだがプレイしたいという強い願望にかられた

それとはまた別にシスタープリンセス灼眼のシャナKanonAIRみずいろ月姫水月などと言った作品と出会ってしま

いわゆる萌え系作品への出会いだ

こうした中でどんどんダメ人間度は上がっていく

 

高校に入ると新しいノートパソコンを親から買ってもらい、ラグナロクオンラインを始めた

これのおかげで高校の成績は常にカスだった

高校時代やったことなんてラグナロクオンライン以外にいう事がないくらいだ

学校は寝る場所だった

しいてもう一つ言えば、小遣いと昼飯代とお年玉を全てエロゲーエロサイトに回して3年間で20万くらい使ったこと

因みに銀行の出勤記録から計算した

イーバンクはやばかった

 

そして上京してまで専門学校ゲーム学科に入った、今思えばソフト学科に入るべきだったと思う

理由は座学より実践でしょ!とソフト科の教師に言われたというそれだけ(ゲーム学科は実践、ソフト学科は座学が基本だった)

心機一転ネトゲは辞めようという事でアカウントまで消しただが勉強への熱意は半年で消え

その後はネトゲアカウントを消したという後悔の念に苛まれて何もやる気が起きなかった

二年目にして、ネトゲへの復帰を果たし、再びネトゲ廃人になった

まさに人間クズである

そのまま3年になり、ネトゲ人生の生活に戻っていた

就活もしていたが、冒頭で述べた通り芳しくはなかった、そもそもやる気がなかった

学校ではゲームをするかアニメを見るという腐った状態であった

ただ、そんな中でも真面目に受けていた授業がなかったわけではな

1年~3年にかけ、ゲームプログラミングはクソだと思っていたのだがゲームと関連性のない授業はまともに受けていた物が一部にあった

特に3年のアーキテクチャアプリケーション開発は大分真面目にやっていた

この時、ソフト科に行くべきだったと確信した

 

そして内定のないま卒業した

最初フリーターにでもなろうかと思ったが、決心が固まら新卒就職応援プロジェクトに応募した

そして、もうそろそろ一年が経とうとする今、結果として3社回った

業種は工業系、ITベンチャー系、営業系の3つである

 

専門学校での就活は40社受けたのだが、業種は絞らずありとあらゆる業界、業種を受けていた

それは目的も何もなかったからだ

働ければ何でもいいと思っていた

でもインターンをしてみて思ったのは、働ければ何でもいいなんてことは全くなかった

始めの工業系は仕事がなかった、楽ではあったのだが何か違うように感じた

次のITベンチャー仕事が出来なかった、技量がなさ過ぎた

営業系は仕事はあるが、とてもじゃないがモラルも糞もないし、その内訴えられて潰れそうなことばかりしている

少なくとも社会貢献と言うより、社会破壊する業務しかしていない

客を欺き、金が落ちた後なら客がどうなろうと知った事ではな

とてもじゃないがこんな思想の元で働きたくはないと思った

ニコニコスマイルで限りなく詐欺に近いか、正真正銘の詐欺である営業をさせられるのは辛い

 

そう、働ければ何でもいいなんて言うことはなかった

そりゃ座ってるだけでお金がもらえるなら、それに越したことはないんだろうけど、それだと将来が不安過ぎる

もし会社が潰れたらどうなるのかなんて考えた日には転職先がありゃしない

気が付いたら、もうネトゲはしていなくって、むしろほとんど遊んでいない状態だ

はまだその詐欺営業の会社に身を置いているのだが、業務上でも色々考える事が合ったりして、それを考えたり

今更普通免許の講習を受けたりしている

後はPHPTwitterAPI叩いたりするものを作ったり、Perlファイルフォーマットの変換スクリプトを組んだりしている

最近こういう事をしてて思うのは、プログラミングっておもしれーなってことだ

正直今の私の技術力なんてミジンコレベルなのだけれども、今更やっと進みたい道が見えた気がした

パソコンに触って居たい

 

人生の本当に長い間、多分私は寝ている時間を除けばパソコンに触れている時間が最も長かったかもしれない

別に大した技術を持っているわけでもないが、パソコンは好きだ

今まで散々遊んできた分際でいうのも生意気だろうが、IT系の会社に行きたい

やりたくもない事をやっても仕方がないし、やる気が出ないからどの道何も進まない

ITならやる気が出るのか?と聞かれたら、少なくともほかのよりは出るとしか答えられないけど、でもやりたい

就活でも最終面接まで二度も行けたのはIT系だけで、一般職結果は散々たるものだった

 

正直、そこらの人よりはITが好きだし、技術に興味もある

ネトゲやつまらない事しか書いて無かったBlogTwitterも今では更新頻度が減り、技術勉強ノートと化しているし、Pukiwikiを立ててノート代わりに使ってもいる

やれることはまだまだ少ないけど、やりたいって気持ちはある

自分が長く接してきたのはWebから、特にWebシステムサーバー運用に興味がある感じ

ECサイトとかSEOの類はあんま興味ないけど…

あとは、Tweenたいにな多くの人に利用される一般アプリ作ってみたいって願望もあったりはしますね

 

今までは情熱の欠片もない就活ばかりしてたけれども、今度からはもっと上手くいきそうな気がしま

ここ最近まで大して就活する気がなかったけれど、今になってようやく就職する目的情熱が見つかった感じです

一体ここまで遊んできた私に何ができるのかは謎ですが、出来る限り今後は頑張って行きたいと思いま

ぶっちゃけ遊ぶだけならもう散々遊んできたしね

そこで置き忘れてきたものを今からでもなんとかして取り戻す

諦めたらそこで試合終了、今からでも頑張れば何か成果は出るはず!

 
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