はてなキーワード: 堀井雄二とは
たとえば ゲーム批評 Vol.8(1996年4月号)みたいに
なにかソースあるの?
リメイク版でもそんなエンドは追加されてない
デスピサロは5chでも長らくぶっ叩かれまくりだったぜ。専用のアンチスレもあった
1を高校生時代リアルタイムでやったおっさん世代。8(PS2)までやってゲーム自体から距離ができてた。
生活に余裕もある事で、15年ぶり位にSteam版でドラクエXIを遊んだけど、ものすごい進化と集大成感、そして満足したって話を書く。
思いついた事だけつらつら書く。ネタバレ全開なので、少しでもやろうと思ってる人は読まない事をおすすめする。
主人公の育った町が破壊され、やがては復興する。かつてのナンバリングでも同じように街が滅ぼされたり、街を発展させたりするエピソードはあったけど、皆で力を合わせて日常を取り戻そうとする描写とか、強くあろうとする普通の村の人々の声や態度とかが、一見するといつものドラクエなんだけど、震災を経験してから見ると言葉に重さがあってなんかたまらくなる。
また、かつて有った国や町が滅んで、別の地域に移り住んだ人の8人目のあいつのエピソードや、滅んだ国やそこで亡くなった人に思いを馳せるシーンがさりげなく描かれていて、思わず涙した。
一回目のエンディングでのあのじいさんの行動とか表情とか、もう悲しくてたまらなかったな。
シルビア、もうシルビア良すぎだろ。彼と対話する人間が、彼が自認している性別をありのまま受け入れて、それを前提に会話している所でシビれた。仲間の台詞とか、対話相手の言葉とか。厳格な父親でさえそうなの。普通だったら父親との確執に性別に対する由来なんかを脚本に入れて来そうなもんだけど、それを一切入れない、これは性に関する問題や脚本を避けているというより、そんな事はとっくに解決した世界ので出来事として扱われているのが凄かった。
昭和や平成のノリならオネエネタで弄りに行く表現や、それって良くないよね的な表現やメッセージを入れてしまいそうな所だけど、暗にそんな事はこの世界では既に解決してますよ。という状態だけにして物語を進めているんだよね。ちょっと滑り気味世直し隊のギャグもすべてそう。
多分脚本や表現の至る所にそのコンセプトをきっちりマネージメントして最大限気を使っているのがひしひしと伝わりました。保守的なゲームなのにこういう所がしっかりしてるの凄く良い。
そのくせに奴は、特技で「レディファースト」とかいうのを持ってて、戦闘で自分の番を女性キャラに譲り渡す。ってのがあって戦闘中にも関わらず「お先にどうぞ」とかめっちゃ紳士な対応しててげらげら笑ってしまった。
1回目のエンディングまではひたすら一本道のシナリオやゲーム構成で、一つの問題を解決しないと次には進めない構成を徹底してた。
確かにリッチなムービーとかシナリオは満足感高いんだけど、遊んでるというより、ひたすら一本道の簡単な戦闘の合間に映画みてるというか、作業感があるんだよね。悪くはなんいんだけど、なんかヌルい。UIでも「次にこれをやれ」という記述が徹底していた。最初の方の戦闘とかヌル過ぎて、あードラクエもすっかり今風の作業ゲームなんだなあ、って思いながらやってた。
あと「過ぎ去りし時を求めて」ってサブタイトル、後ろ向きでノスタルジーだなって思ってた。
実際にエンディング後はノスタルジー便りの作りになっていた。でもあえてそれをやる潔さがあって逆にこれで良かった気がする。
そもそもドラクエって日本的な文化に根差した凄く保守的なゲームで、要は水戸黄門だよね。
主人公達は様々な街を冒険して、そこでの問題の解決をしたり、人々の悲喜こもごもな出来事に遭遇しながら諸国漫遊をして
最終的にはボスを倒す。という作り。ゲームの内容もひたすら同じことを繰り返せば、だれでも強くなってクリアできるし反射神経や頭を使う作業はいらない。(但しウマレースを除く)
https://www.masurao-channel.com/entry/2019/06/22/142149
オリンピックの開会式でやるらしいけど世界的な知名度低そうなのに大丈夫か?
でもシリーズ3作目までのドラクエって実は1本道感って薄くて、様々な謎やヒントが各所に散らばって並列して謎が提示されるんだよね。ある意味不親切。下手に見えない境界を越えると強すぎる敵に遠慮なく殺されて、痛い目見て学ばせたり、情報の整理や試みをユーザーに委ねる感じなの、HPやMP、アイテムのリソース管理も厳しくて、それが逆に常に緊張感を生んでいた。だからふっかつのじゅもんと共に、街の人の言葉のヒントをメモしてて、その不便さを楽しんでいたというか。文章入力型のアドベンチャーゲームの系譜としての不便さや謎を解く楽しみを持ったゲーム感があったよね。
その昔の感じがゲームの後半からだんだんと強くなって行く感じが良かった。ある時から一気にできる事が増えて、突然理不尽に強い奴と戦う羽目になって全滅とかした。これは今は無理だな。とかちゃんと思わせる作りになっていたのが逆によかったなぁ。
それでもヒントの提示はしてくれたけど、世界での選択肢が多すぎるのであればアリだと思う。
ところでここ数年アニメ化される異世界転生ものが、ことごとくドラクエの世界観や「勇者」という概念を下地にしたものばかりだけど、改めてその影響ってすげえな。と思った。「勇者」って言葉自体、確かシリーズ3が初出だと思うけど、今や「勇者」って完全に概念だよね。ドラクエ前には「勇者」って言葉には世界のを命運を握る意味合いも、特別な力を保持する意味もなかったけど、今やそれ込みの言葉になってしまった。
関連語 豪傑(ごうけつ)
なんかそんな今の流れを知ってか知らずか、ちょうどの現代のドラクエ自体が作り出した「勇者」って概念に1000%フォーカスした物語を今あえてやるってなんかすげえなと思った。
2回目のエンディングなんて特に、ファミコンでリアルで遊んでいた時の思い出がぶわーっと出て来る感じが凄かったな。
世界の名前が既にロトXXXXと付いているので、そこに繋がるんだろうなとは思っていて、途中で出て来る過去の勇者の姿とか構成がどう見ても3で、たけど、どうつなげるんだろうと思いながら最後を迎えて、あーーーーそうくるかーーーーー!となった。
まだナンバリングの時間の相関が把握しきれてないけど、前提として 3→1→2 でしょ。
11の過去に3があって、11の未来に1に繋がる事を示唆していたから 3→11→1→2 ってことか?
そもそも3→1 の間には結構時間が流れているって事だったけどMAPは同じだったから間に入る11のマップとの整合性が付かないけど、その辺のこまけー話はいいんだろうな。
ドラクエの3やった時に1に繋がる事で、あーそうなるんだー!って強く思った経験が、後にスターウォーズのEP3でも感じられたけど、今回再度同じような感じを味わえたのは良かったなぁ。
ドラゴンクエストのナンバリングは今後も続くのだろうけど、堀井雄二、鳥山明、すぎやまこういちの構成は年齢的にももう厳しいかな。
この構成ならではの保守性を味わえるゲームなので、今後自分が楽しめるドラクエが出る事も無いのかな。という気もしていてる。それこそ過ぎ去りし時の中だけに留めたいと思った。
たまたま立ち寄った古本屋で150円で売られていたので即購入。
よく見たら1500円だった。でも購入。
何の前情報もなしに勢いで買ったけど、これアンソロジーじゃなくて完全な公式なんだね。
作者が堀井雄二で驚き。そして内容の良さに驚き…。
忠実にって言ったってデスピサロ仲間になるのはどうするのってなる
リメイクはシンシアはマジで生き返ってるで。ここからして既に差異がある
あとリメイク版だと話すシステムで膨大にテキストが追記されてる
これに準拠するのかFC版に完全準拠で言葉少なくいくのか問題がある
言葉少なくいくのは膨大な予算とチャレンジャー精神がないと出来ないので
アニメのフォーマットに合わせて行間が埋められる(セリフやお話が追加される)と思うんだよね
堀井雄二が脚本書くならどんなクソシナリオでもそう言うものだと諦められるけど
堀井雄二以外がクソシナリオ(特に倫理観に問題があるヤツ)書いたら耐えられないわ
ですが、淡路島に堀井雄二がいれば、高知県には中村光一がいます。
ドアドア99を売った金でクルーザーを強化して淡路島に侵略しましょう。
ですがドアドア99だけではドラクエライバルズには勝てません。
なのでドアドア99に続く99を考えてみました。
ネットサル、金八、ホームランドの三作品の中ではどう考えてもホームランドが99だから。
99人で手を繋げばトゥルーファンタジーライブオンラインを超えて真のドラクエ9が生まれるはず。
「Twitter」によって誕生したミステリ作家を超えた何者か達が集結すれば、あの伝説オールスター(黒田研二は、まあ)を超える現代のトリックロジックを作れるはず。
円居晩の松屋への熱と知念実希人のワクチンへの冷静さを合体させれば極大消滅呪文を超える呪文が唱えられるはず、
たとえ悪魔が君を拐おうとしてもリジェクトなので、こめっちょは、ぱふぱふを超える面白ギャグに決まっています。
以上です。
99軍の勢いにおされてドラクエライバルズはサービス終了しました。
3営業日はハッピーニューイヤーパーティー眼鏡をかけることにしています。
これは実行中よ!
でね、
なかなかそうはいかないようね。
結構これ長丁場になりそうよ。
やっとこさ1つゲームをクリアして次ドラゴンクエストVをと思ったんだけど、
なかなか歯ごたえやり応えがありそうね。
この伏線って回収されるのかしら?
はぐれてもう二度と会えなくなったと思ってたリディアがファイガで助けてくれたように
あと!そう!
ドラゴンクエストVってビアンカかフローラかってずっと言ってるゲームだとばかり思っていたけど、
ストーリー途中というか序盤も序盤、
サクッとポップにストーリーに盛り込んで言っちゃってるけど、
想像に絶し値するわ。
サクッと言ってる割りにはストーリーが重いのよ。
これ子どもだとどう捉えるのかしら?
私は勇者が王子と一緒に10年間も奴隷として働いていたと言うことを知ったのに驚きよ。
って暢気なこと言ってられないわ。
堀井雄二さんもぺぺぺぺぺってポップにそう言うストーリー作っちゃってるけど、
はらたいらさんがはらたたいて働いていたのとは訳が違うのよ訳が。
そんな涙がちょちょびれるような、
必死にモンスターを倒してレヴェルアップして進めているところよ。
1日30分ずつでも進めていって今年中にクリアできたらいいかしら?って目標にするわ。
言うしね。
隣の部署の人たちが挨拶に来るもんだからどんなもんだ!って必殺の挨拶返しをしていたんだけど、
あーあまた今年もこんな感じの毎日の時間の午後ティーになってしまうのかしら?って今から不安よ。
私の目標はとりあえず、
元旦の計にガンガン元日に目標をここぞとばかりに計画したので、
うふふ。
急須ホッツよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
90年代のゲーム雑誌を「懐かしいな~」とめくっていてね、花形クリエイターのインタビューとか読んでてね、「あれ、こいつら、この時代めっちゃ若くないか?」ってことでゲームクリエイターの年齢を調べてた。
はあああああ~~~若い。業界自体がほとんど80年代に興ったような若い業界だから作り手も若いのは当たり前なんだけど、それにしたって若い。
神童みたいな存在だった中村光一や中裕司が若いうちから代表作を残しているのは当たり前としても、あんな清濁併せ呑むような作風の『タクティクスオウガ』作ったときの松野泰己が20代なんだよ。「ガキが...舐めてると潰すぞ」ってならんか?ならんか?
あと何気にショッキングだったのは、堀井雄二と広井王子ね。元々ゲーム業界外の出身であるこのへんは年齢も高く、ゲーム雑誌を熱心に読んでいた90年代中盤の自分にとっては「おじさん」っていうか殆ど「初老」って感じだったんだけど、年齢みたら40歳前半くらいなんだよな。全然若いなオイ、ソシャゲのディレクターとかのが全然年齢上だぞ、ってなる。
だから年齢の問題はともかく、橋野さんや外山さんに比べて一回り遅れている気持ちが、どうしても僕の中にはあります。若い頃に芽が出なくて、やっと32歳のときに『ドラッグオンドラグーン』でディレクターでしたから。
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ニーア、ペルソナ等の人気ゲーム開発者が激論! 国内ゲーム産業を支える40代クリエイターの苦悩とは【SIE外山圭一郎×アトラス橋野桂×スクエニ藤澤仁×ヨコオタロウ】
ヨコオタロウの「やっと32歳でディレクター」というのは、現在の感覚からすると随分順調なように思えるが、2003年(『ドラッグオンドラグーン』のリリース年)であっても、なおそれくらいの若々しさが残っていた業界だったということだ。この座談会のなかで、外山はコナミで3年目、橋野はアトラスで5年目で初ディレクターを任されたと語っている。
そういうわけで、1975年生まれの俺を「構成した」ゲーム10本を時代順に紹介していく。
それはとりもなおさず、俺自身を紹介することとほぼ同義になるはずだから、長たらしい自己紹介とか前口上はなしで……では、参る。
俺にとっては、ヴィデオゲームの魔法は全て本作に詰まっていると言っても過言ではない。
結局のところ、俺の人生におけるヴィデオゲームは『パックランド』に始まり、『パックランド』に終わるだろう。
今作に出会ったのは俺が8歳の時、駅前にできた『カニヤ』というゲーセンだった。
『カニヤ』は薄暗く、当世風に言うところの「ツッパリ」と「オタク」(という言葉が生まれる前のオタク風大学生たち)でひしめきあい、
当時の彼奴らは『忍者くん』や『ソンソン』や脱衣マージャンに興じていた。
忍び込むようにして入ったこのゲーセンで、俺はこのゲームにひと目で惚れた。
『パックランド』には俺がそれまで見てきたゲームとは全く違った吸引力があった。
キャラクター、BGM、色彩……全てにおいて、ゲームにこれほど「魅せられた」ゲームは生まれて初めてだった。
消火栓を押した時の、水しぶきに押された時の、モンスターの頭上に乗っかた時の、妖精にもらったブーツで空を飛べた時の感動。
それは俺がヴィデオゲームと「契りを交した」瞬間だった。その契約は今なお解消されていない。
もし本作をプレイしてなかったら、初代ドラクエを発売日に購入することもなかっただろうし、
「ADV」というジャンルに注意を払うこともなかっただろうし、
中学生になってから推理小説にどっぷり浸かることもたぶんなかった。つまり、俺は俺でなかった。
推理小説よりもゲームブックよりも面白い「推理もの」をゲームで作り上げてみせたことに大きな意味と意義があった。
シナリオ・堀井雄二/制作・チュンソフト。ゲーム史的に考えても偉大すぎるだろ。
本作がなければドラクエも(おそらく)存在しなかったってことだ。
けどまあ、そんなこともどうでもいい。これまでもこれからも、ポートピアは俺の血であり肉である。
子供ながらに、「堀井雄二で、チュンソフトで、エニックスなら絶対面白いに決まってるや!」みたいなノリで近所のおもちゃ屋に予約した。
初プレイ時は……のっけから震えた。こんなに面白いゲームがあって良いのかと。ゲームにはこんなことができるのか、と。
作者と開発元が同じだけあって、テキスト文体とUIがポートピアと一緒だな……などと子供らしくないことも思ったっけ。
そういえば、ここに挙げたゲームは殆ど全て泣いたな。今となってはゲームで感動して泣くことなんてそうはないけど。
それが年齢によるものだったのか、ここに挙げたゲームの凄さによるものだったのかは知らん。
ある種のゲームが「想像力」を膨らませる最良の媒介であるっていうことはウィズが教えてくれた。
「RPG」というジャンル/概念を意識したことも、ドラクエよりウィズの影響が大きい(というか、ウィズがなければドラクエもおそらくないのだが)。
「?ぶき」を鑑定して、「むらまさ」だった時を上回る驚きと喜びって、もう体験できないんじゃないか?
もろ鳥山明なドラクエとは違って、おどろおどろしくリアルな姿/形状のモンスター(末弥純デザイン)たちに慄いた。
寺院に駆け込んでも、死者が蘇生するとは限らない——人も物も永久に失われてしまうというリアリティに泣いた。
ウィズは俺に「隣り合わせの灰と青春」を理屈ではなく、ゲーム体験として叩きこんでくれた。
おおっと、故羽田健太郎氏の作ったBGMの素晴らしさについても触れないわけにはいかない。
あらゆるクラシック音楽から「いいとこどり」の手法で極上の音楽を作り上げるすぎやまこういち氏に対して、
バッハ以前のバロック音楽へのストイックな愛がびしびし伝わってくる荘厳な旋律は羽田氏ならでは。
タイトル画面、カント寺院、キャンプBGMは永遠ものだろう。もし未聴ならyoutubeで聴いてほしい。
当時、プレステ派とサターン派でゲーオタ勢は真っぷたつに割れたが、俺は迷わずサターンを選んだ。本作をプレイするためだ。
当時は震えるほど高価だった(44800円)不格好きわまりない鼠色のハードをファミマでバイトして購入した。
膨らみ過ぎて破裂しそうになっていた、こちらの勝手な期待ははたして外れなかった。ポートピア以降のADV観はこの1本で刷新された。
トラベルの中でトリップし続けているような、唯一無二のゲーム。それが『MYST』。
インターネットなき時代に本作を自力でクリアできた時の感動は筆舌に尽くしがたい(泣いた)。
ゲーム史的に言っても、その後の国内外RPGやウォーキングシミュレーターというジャンルへの如実な影響が……や、ゲーム史云々の話はよそう。
ここに挙げたどのゲームも、俺にとっては「自分を作ったゲーム」であり、それ以上でもそれ以下でもないからな。
つい最近まで「自分はローグライクなゲームが好きなのだ」と思いこみ、それっぽいゲームには積極的に手を出し続けてきた。
当時、俺は浪人生だったが、心は勉強にも恋愛にも向かわず、文字通り、寝ても覚めても今作とともに過ごした。
タクティクスオウガもドラクエⅥもテイルズオブファンタジアも素晴らしいゲームだったけど、
朝晩取り憑かれたようにプレイしていた今作のせいで、この時期に出たゲームは自分の中で必要以上に印象が薄くなってしまっている。
後期SFCらしい完璧なドット絵も、和風すぎやまこういち傑作BGMも、チュンらしい快適操作とUIも、寡黙なシレンも小生意気なコッパも、
ガイバラもペケジも※アスカも、どのモンスターより恐ろしい店主も、全てが愛おしかった。
手持ちのROMカセットは内部電池が切れてしまってたから、数年前、Amazonで新品を再購入。
「フェイの最終問題」をどうにかこうにかクリアし、地球の裏側に再び出でた。
中年になった今でも、俺の腕と勘は(少なくとも初代シレンにおいては)まだ衰えていないようだな……。※訂正 アスカ→お竜
「昨年ついにSwitchで配信されたし、もうすぐパッケ版も出るから、絶対やっとけ!!!」
それで終わらせてしまいたいところだが、どうも気が済まない。
数多の熱狂的ファンや批評家たちによってすっかり語り尽くされている感のある今作。
俺にとっては、世界の見え方をがらりと変えてしまった哲学書のような作品である。
あるいはクラブカルチャー、サブカル、世紀末感……90年代後半、自分にとって全てだった世界をそのまま封じ込めたCD-ROM。
本作はゲームでありながら、「ゲームを超えた何か」という感じがしてならない。
人生をすっかり変えてしまうかもしれない、それまで夢中になってきた「ゲーム」をやめさせてしまいかねない、超危険物。
もはやゲームから素直に感動を得られなくなっていた、すれっからしの俺をもう一度「ゲーム」に住まわせてくれた、まったき「ゲーム自体」。
世代的にゼルダはディスクシステム時代からやってるが、正直、ドラクエと比べるとゼルダにそこまでの思い入れはない。
『神々のトライフォース』も『風のタクト』も確かにめっちゃ良くできてると思ったが、「自分を作った」とは言い難い。
正直、世界中で大絶賛されたBotWもそこまでとは思えなかった。
あれがオープンワールドの傑作なら、俺はこれからもクローズドワールドで結構。
なぜか? 「広がる世界」を生まれて初めて感じたゲームだから。
BotWと比べれば全くオープンワールドではないのだろうが、俺にとっては本作のハイラルこそ、生まれて初めて感じたゲーム内に広がる「世界」だった。
エポナを手に入れ、高原を走り回っている時以上に「世界」を感じたことは、今のところ、まだない。
夕暮れ時、ロンロン牧場でマロンちゃんとオカリナ演奏しながら過ごした時間よりも麗しい青春を感じたことは、今のところ、まだない。
『moon』ディレクターである西健一氏が数少ないスタッフと生み出した傑作。
『moon』が作り出したうずたかい第四の壁をよじ登り、ついに超えてみせた作品は今なお本作のみと感じる。
エンディングではいい歳して号泣した(物心ついてから号泣した最後のゲーム)。
坂本教授がBGMを作ったにもかかわらず、本作はろくすっぽ売れてない。
内容も恐ろしいほど過小評価されているように思う。
(ドリキャスという幸薄いハードで発売したことと、高めの難易度設定に拠るところが大きいだろう)
おまけにリメイクもアーカイブもないから、『moon』と違って「やってくれ」と気軽に言うこともできない。
だけどもし、ここまで読んでくれて、「こいつとはゲームの趣味近そうだな」と感じてくれたなら、どうか本作をプレイしてみてほしい。
とくに『moon』に強く打たれたゲーマー諸氏! 本作は『moon』の唯一の精神的続編と思ってほしい。やれば、わかる。
しつこく。再発売(配信)をせつに、せつに、せつに、望む。
本作発売時、75年生まれの俺はとっくに「中年」と呼ばれる年齢にたっしていた。
本作はそんな「まさか」という頃にやってきた、俺のラスト・オブ・アオハルだった。
それまでスタンドアローンでしかゲームしなかった俺に、本作はオンライン/共闘でしか味わえないゲームの楽しさと厳しさを骨の髄まで叩き込んだ。
その体験は視界を塗り替え、時間感覚を刷新し、現実を異化した。
これほど夢中になってプレイしたオンラインゲームは本作と『ARMS』しか思い当たらない(やっぱ俺は任天堂シンパなのだな……)。
『PUBG』も『Overwatch』も『Fortnite』も面白かったけど、初代スプラから受け取ったJOYには届かない。
汗を流しながらでかいゲームパッドを握りしめていたあの2年間を死ぬまで忘れることはできないはずだ。
※※※※※※※※※※
俺を作ったゲーム10本は以上です。暑苦しい長文を最後まで(途中まででも)読んでくれて心から感謝。
何年生まれか知らんが、そちらの「俺を作ったゲーム」もぜひ教えてほしい。何本でもいい。マジ知りたいから頼む。
※※※※※※※※※※
【追記】
ブコメ全部読みました。
こういう「○本」みたいな括りって、そこからこぼれ落ちた大事なゲームの思い出とか括りでは語れない気持ちを排除するみたいで、
あんま良くなかったか……って書いた後はちょっと落ちこんだけど、
いちゲーオタ中年男性のハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム」10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。
のっけから「特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。
でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。
個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外。ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現は絶対不可能。
本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。
でも、これだけは言わせてほしい。
本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。
その(一見)破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対。
ああ、すっきり。
では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます。
「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」
ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。
僕はかなり潔癖症だから、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。
けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVRの新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。
ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺で自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちがじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。
「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」
あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。
プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品である。アイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロ風ゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。
そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。
このゲームの印象を喩えて言うなら、
久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感と嫉妬と軽蔑と相いれなさのような感情を腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。
正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。
もし未プレイだったら、このゲームはできればPC(steam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリのコンシューマー勢なので、ゲームでPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利なナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。
作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二や糸井重里の系譜に連なる倭人的王道シナリオ(コピー)ライターと感じる。
確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。
2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域に確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。
その山の森の奥には古い洋館があった。
庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。
君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。
俺は黙って君を見つめていた。
君は俺に気づかない。
俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。
ああ、なんだかこのゲームやってると批評的目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。
本作は「VRで描かれた古典的AVG(アドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。
VRでしか描けない世界と情緒に対して、あまりに意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。
『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。
もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。
かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女がサイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。
しかしPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。
画を作っているサンタモニカ・スタジオ(ゴッド・オブ・ウォー、風ノ旅ビト他)の仕事はいつだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事は白眉と言える。
とにかく、思わず自分と少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつの世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。
そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界を日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」としか言い様のない儚い感情だ。
書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。
が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。
実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色。ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。
終盤の怒濤の展開と比類なき生命体描写のインパクトに心奪われるが、本作の真骨頂は木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔な心持ちを強く喚起させる。
俺にとって『INSIDE』とは、自己の内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分と世界との乖離を自覚するための尖った注射針であり、神なき世界の宗教である。
灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。
人の生には「もっとも幸福な時期」というものがたしかに存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。
俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっとも幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから。
そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったかを確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。
総プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。
が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。
その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。
ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっとも幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的な理由だ)。
ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。
3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である。
それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元に昇華された「理想的格ゲー」であった。
『スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。
そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的な「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。
やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアルの大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初で最後だろう。
余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新性であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。
「いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sports』ゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。
2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。
2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器をPS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間と自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在は可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。
AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが全宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後の体験だった。
これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。
そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。
『Rez infinite』からのまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。
あれだけ昔から『どうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか?
お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。
だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から「仮想世界」における、人間存在の理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。
一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中のゲームファンに「もうひとつの世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつの生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。
『どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。
が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。
それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARとVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズドな世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——
要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的で神秘的なアトモスフィアに由るものだ。
カフカ『城』や村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。
そういうわけで、本作を迷わずにテン年代1位に据えたいと思う。
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長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました。
余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。
でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分内重要度みたいなものがぼんやり浮かび上がってきたので。
異論提言はもちろん、よかったらあなたのテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。
ひたすら被ダメージは上がるが与ダメージは大して上がらない。そんなことをくりかえすうちに、ようやく気付く。「ガチャを回せばスキル付きの武器が出る」と。
ガチャの画面では大々的にレア度5の武器の素晴らしい能力とスキルが表示されている。しかしこれは罠である。
どんなに素晴らしい武器でもそのままではスキルは基本的なものだけで武器を強化せねばたいした能力などありはしない。モンスターを倒して得られる端金と、そうび強化石を用いて武器のレベルを上げねばどんなご大層な武器でもただの「ちょっと強い武器」でしかない。ただ、ここまで頑張ってきたユーザならそれらはたまっているので強化することでとうとう求めていた全体攻撃を手にする。
ここでようやくモンスターと対等になる。なるほど、ガチャ産の武器(+強化)があってモンスターとようやく対等になるわけである、このゲームは。
位置ゲームとしての楽しさをほぼ感じなくなり、さらに雨というバッドコンディション。本当は行くかどうか悩んでいたのだが丁度バーゲンセールがあったため外に出る根性を発揮し事前に公開されていたメガモンスターとうばつに参加することにした。(ポケモンGOで言うところのレイド)
今回は体験会中ということもあり、沸き場所と時間が事前に公開されていた。都内5カ所という触れ込みだが、実質は4カ所(秋葉原が2箇所) 事前に公開されている情報ではレベル20が推奨とのことだったが直前に推奨レベルが15に引き下げられた。(この時点で不穏な雰囲気を感じている)
秋葉原のスポットなら間違いなくユーザもいるだろうと踏んで秋葉原に移動すると、以下のような表示がされていた。
ttps://imgur.com/574rQDz
あれ? 15時開始のはずでは…? と思ったら、10分前を切るとこんな感じ。
ttps://imgur.com/PhoNjV1
ttps://imgur.com/ersykiU
丁度雨が激しくなってきており秋葉原の駅舎からでもタッチは出来たので、駅舎の中からプレイ。駅舎は人が溢れている。このうちどれくらいがドラクエユーザかなぁ。
ttps://imgur.com/tOYan15
ちなみにポケモンGOのように、事前に何人いるか、などの表示は一切されません。バトル募集開始直後の画面がこちら。
ttps://imgur.com/I7B2HqL
…え、スタートまで1分しかないの? とは言え、体験会でかつ初回のバトル。どんどんユーザも来るはず!
…
ttps://imgur.com/vGFxCIs
をい。いくら体験会で抽選式とはいえ、関東圏限定とはいえ、雨とはいえ12人すら埋まらないってどういうことだ。
ちなみにこの後わかったことですが、ポケモンGOのレイドとは異なり途中参加でも既にスタートしているパーティのバトルに参加できたのでこのあたりはまあ良い感じかな、と思います。
一瞬にして冷えた頭を戻しつつとりあえずバトル!
ttps://imgur.com/CE0nFZ3
おー、ゴーレムだゴーレムだ。残念ながらガチャがダメだったのでラリホーは無いからガチンコバトルです。もちろんデバフ系のスキルも一切無し。(ガチャがダメだから)
ttps://imgur.com/SJF8QSV
おおおおお! すごい、協力出来てる! なんかダメージ計算は変だけどみんなで戦ってる感がすごい! これですよこれ。位置ゲームならではの楽しさ。知らない人といっしょに同じ目的で同じ場所で協力して戦う楽しさを今感じてる! ごめんドラクエウォークゴミだなんて言って。やっぱりドラクエは最高だった。ちなみにオートバトルにしてるのは所詮デバフも出来ないのでもはやガチンコでいいという諦念の境地。
ttps://imgur.com/4tHWWHc
…は!?
え、ダメージランキング式なの? いやいや、ただの本当に表示なだけでしょう。きっとみんなで協力すれば良い。このあたりでドキッとしますがとりあえずプレイです。
ttps://imgur.com/YLlYbun
うわー、いいなーゴッドスマッシュ。私にはガチャ運がなかったのできっともう体験会の期間中縁は無いでしょう。あんなダメージが出せたらな。
ちなみに私のパーティの最大火力はガチャで出た星3(最低レア)の杖の初期魔法、メラミ。100出れば御の字。
ttps://imgur.com/6OgzEZK
おお! やっぱりねむりが効いてるんだ。ゴーレムなだけに。…でも自分の画面では元気にがんせきおとしでパーティ全体にダメージ。なるほど、デバフ共有はないのですね…。
ttps://imgur.com/zXX1bpS
なんとか倒したー! ちなみにたぶんHPは10000~15000ぐらいだろうか。
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事前に公開されていたとおり、こころは確定ドロップ(褒賞)ですね。ちなみに能力はゴミであったことをここに記しておきます。ランク上げれば多少は良いんだろうか。
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…むう、やっぱりランキングはあるんですね。
ttps://imgur.com/1HOOiaF
…は!?
いやいやいやいやいや、これ協力じゃなくてどれだけ他の人よりいっぱいダメージ与えたかの勝負じゃん!? ソーシャルゲームで一般的なアレの!? 今回の賞品が正直「どうでもいい」賞品だったからいいもののこれが例えばレア装備品とかだったら目も当てられない。
他のプレイヤーを待っているタイミングというのはオートモードにすると大体1ターンに1回待つ感じなのですがコマンドを入力する手間を考えるとこのレイドバトルで最大利益を取ろうと思うと「最大火力が出る武器で」「とにかくオートモードで」「ひたすら殴る」というのが正解です。だって他の人とデバフ/バフ共有ないんだもん。そんなことしてる暇があるなら殴ったほうが自分の利益は最大化する。
もしひとりで倒せる火力があるというならひとりで殴ったほうがいいということになる。ひとりで倒せないレベルのモンスターならどれだけ他の人を差し置いてダメージを上げられるか。
このあとダイビルの裏でいくつか試してみてわかったのは
1.既に開始しているバトルに参加出来る
3.もちろん逃げることも可能(人数が少ないと思ったら逃げられる)
4.だけど再参加するとよっぽどの事が無い限り同じパーティに設定される
(たぶん前のパーティが満員にならないか、ボスが倒されるかしない限り。 バトル制限時間が1時間いっぱいになってるから余計に)
なので、回復方法(回復スポット)があるなら、ダメージさえ与えられる条件下であれば何度も何度もやればどうにか倒せるのでしょう。(火力がなかったら終わりです)
ちなみに二度目に参加したバトルはすでに6割ほど削られていたゴーレムだったのですが
ttps://imgur.com/yR0soEd
ttps://imgur.com/gCe3J58
途中から参加して3位に割り込む…。
ttps://imgur.com/YvS8g9q
…これって下手したらリアルバトルになりません? だって位置ゲームですよ…? おんなじ場所にライバル(ランキング褒賞を狙う)がいる訳です。ガチプレイヤーになればなるほどそうなる可能性があるのでは。
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対戦後はフレンド申請も出来ますってか。今回の褒賞だからいいけど、褒賞が良かったらどうなるのか。あ、フレンド申請してくれた○○さん、ありがとうございます。なんだかようやく位置ゲームでつながれた感がありました。
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ttps://imgur.com/DziWeTw
拡大すれば遠隔地でもわかります。
ttps://imgur.com/5bt3zrv
このあたりはまあ、いいとこポイント
メガモンスターとうばつで活躍&褒賞をゲットするためには火力が必要。火力を出すためにはスキルが必要。というか必須。スキルがなければただのゴミ。デバフは共有できないから自分のためでしかない。良スキルが欲しければガチャをまわしなさい。
…位置ゲームとしての良さがどこにあるのかわからない、このゲーム。
歩いた歩数はまともにカウントされず(システム上やむを得ない)歩いた褒賞は自宅の置物&敷地をレベルアップさせるだけ。設定した自宅は誰も訪れず、ただ自己満足(ただし現時点でのみ)(自宅を秋葉原駅舎とかにすれば人が来るんでしょう。実際秋葉原駅が自宅設定の人が結構いました)
なにより不思議なのが、各所で書かれているレポートがなんかまるで人の記事をコピーしたのかのように礼賛記事しかない。
否定しているのはtwitterとか、某所の掲示板とか。その場所ですら礼賛する話とかすら出てくる。
これは位置ゲームではありません。位置ゲームの姿を借りたただのソーシャルゲームです。
発表の時に、ポケモンGOに感銘を受けたといってたのはなんだったのか。堀井雄二氏は本当にプレイしたのか。ドラクエ9の時と同じように、というのは何の話だったのか。
目的地を設定し、そこへ向けて楽しむというのは最初しばらくの間だけです。
ちなみにメインストーリーはただのゴミです。ストーリーのかけらもありません。折角自分の手で町やダンジョンを設置していくのに、章が終わればそれらの施設はまっさらになります。ストーリーが終われば町もNPCも苦労したダンジョンもすべて消えます。もちろんもう一度過去のクエストを選択すれば再設置はできますが…。(完全に置き直しになるので、過去設置した場所は無視されます)
こんなものがドラゴンクエストという一大IPを使った位置ゲームなんて正直信じられません。ただただ初期の時点から収益化を目指しているソーシャルゲームでしかないでしょう。
一応擁護ポイントはあります。まだベータ版ということで、位置ゲームならではの「ご当地クエスト」は設定されていません。メイン画面にある「おみやげ」も同様にベータ版以下略で動作していません。
しかしながらドラクエシリーズでおなじみとなった錬金なのかもしれない「まほうのつぼ」機能はまだ設定されていません。フレンドは機能としてはありますが、他の人の装備を見て自分と比較する程度の機能です。
職業で覚えられるスキルは最低ランク。職業にかかわらず装備品はだれでも装備可能。転職機能はあるものの体験会の時点では頑張って別職業を極める価値を感じない。(一応職業で覚えたパッシヴスキルは転職で引き継げます。可能性は感じる。あ、ホイミとかメラとか魔法は引き継げません。)
位置ゲームならではの面白さ・楽しさが無くただただスタミナシステムが面倒な移動に変わったという感しかありません。
まず、短期的な収益化な視点を捨てた方が良い。ユーザ数を多く、層を広く、薄く課金できるような体制を作るためには何が必要なのかを位置ゲームの意味を考えた上でしっかりとプレイして欲しい。そして、他のユーザとの体験を大切にしてほしい。ゲーム上だけではなく、位置ゲームならではのゲーム外での楽しさを見て欲しい。
ベータテスト後アンケートがあるそうです。私はしっかりとここで意見をするつもりですが現在のス○マ状況(仮にス○マではないとしてもステマとしか思えません)を見るに改善してくれるのかは謎です…。
スキルのないプレイヤーを尻目に、モンスターは平然と全体攻撃や状態異常付きの攻撃をかましてきます。中盤でのドロップアウトポイントは、のろい攻撃(MAX HP半減&ダメージ)でした。これで僧侶が一発で沈んだ。50%の確率で○○を与えるスキルはプレイヤーにとっては10%くらいを示しモンスターが使う限り正しく50%を意味している。
ガチャの大半はゴミ。武器がなければ生きる価値は無い。あとガチャが光っても大半防具。防具か武器かせめて選ばせてくれ。
そしてモンスターは
ttps://imgur.com/Gf9fVww
もうお前が勇者でいいよ。
ttps://imgur.com/JubjnJo
全体火力+ルカナン効果。死ねばいい。ちなみにとなりの豚は平然と平均60ダメージのブレスを連打してきます。
ttps://twitter.com/DQWalk/status/1139834541286154240
・15:00よりバトル開始です
※負荷テストを兼ねた開催とさせて頂くため、出現場所を限定させて頂きました。ご理解のうえ、たくさんのご参加をお待ちしております。
知ってる。あんまりにもユーザーが少なかったから負荷テストすら出来なかったんですね。
具体的にはマルティナの扱い
思い詰める性格なだけで潔癖とかはないぞ
男は汚いとかそんなこと言ってるシーンあったか?
社会の底辺で犯罪者でもある盗賊のカミュにも特に抵抗示してない
仲間のスケベ爺さんがエロ本持ってるだけで怒るのに
王に相応しくないからであり自分の保護者だった実質的父親にたいする娘目線だぞ
あの時代の放浪者や旅芸人というのは世間的なモラルから比べるとめっちゃ破廉恥で正解
そんなこと言ってるやつァごく一部であって殆どは喜んでたぞ
いや他のキャラも同程度に雑だろ
これはさすがについマジレスになるわ
全部のキャラが変だよ
でもドラクエってずっとそうだよ
あの設定だけの幼馴染でプレイヤー視点ではさしたる思い出も思い入れもない女の子と結婚させるのとかやめてほしいわ
あのガバガバゲームでマルティナだけが雑ってお前マジで政治思想のせいでメンタマがゆがみ切ってるよ
それはねえわ
あの人数でもとっちらかってるのにそれは多すぎ
あと過去シリーズも含めてそんな「お色気特化」キャラってほぼいない
そうかあ?
あの爺はキャバクラ好み丸出しのほうをどうにかすべきだろ
おもしれーからいいけどさ
っていうかマルティナがお色気方面に育てるとエロいことしまくるのは
過酷な生い立ちや姫としての自覚のせいでああいうきりっとしたペルソナがあるだけで
内側には享楽的で堕落的なドSねーちゃんみたいな別の側面があるのだと
なんていうか女性差別がどうのこうのって言う奴って
大概こういう風に物の見方が貧しくて浅いんだよな
なんかすごい刃物を手に入れたみたいにいろんなものをその角度で斬ってあーだこーだ言ってる感じ
頭悪くない人は作品を楽しむ上で
そういう頭悪いリベラルの何十倍もいろんな角度やいろんな考察・妄想で作品をしゃぶってるのにさ
頭悪いと全部同じなまくら刃物で同じ切り方で調理して同じようなけしから無さを発見してそれで終わり
脳が貧しいのよ要するに
具体的にはマルティナの扱い
作中でのイベントでの性格は真面目で潔癖なのに、戦闘中スキルとしてはお色気技を使う
なので主人公がぱふぱふ屋行けば怒り、仲間のスケベ爺さんがエロ本持ってるだけで怒るのに
戦闘中は敵にも主人公にもその爺さんにもぱふぱふする、と言う最早二重人格状態になっていて
プレーヤーにも性格変わり過ぎとか矛盾してると言われまくっていた
(邪推すると、当初はもっとキャラ数が多い予定だったそうなので
元々は他にお色気担当のキャラがいたけど削られてマルティナに統合されたんじゃないか、と思っている)
堀井雄二って、女性もちゃんと一人の人間として人格設定してキャラ作れる人だと思うんだけど