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はてなキーワード: 嘲笑とは

2022-03-26

anond:20220326194413

ニュースとかで上級国民に不幸があったら嘲笑ってやればいいじゃん?

そういう時、上級国民が「上級国民を笑う奴がいるなんて、ひどい」ムーブするけど

それすらおもろい

気付いちゃった気付いちゃったわ〜いわい

 

お前も俺のこと嘲笑ってるんだろ❓❓❓❓

anond:20220326160933

れい新撰組なんかを支持してるような手合いがまともに相手してもらえるとでも思ってんのか?

逆張り野郎のお仲間には罵声嘲笑こそが最大の賛辞だ

ありがたく頂戴しとけ

進撃の巨人安心して読めると言う人を批判するお前らへ

毎回恒例のことではあるが、フェミニスト系の話題議論が白熱している。

私の立場基本的過激派フェミニスト連中(通称ツイフェミ)による表現規制の流れに反発している立場だが、今回の騒動は青識亜論含む反フェミニスト陣営の方がどう考えてもおかしいと思ったためなれない増田で書かせてもらう。

まず、主張を整理するためにおそらく今回の騒動の発端となったであろうツイートから紹介したい。

この下に続けて2つほどツイートが連なっているが概ね、進撃の巨人男性に媚びてない感じがして安心して読めるといったような内容である

ここで注意しておきたいのは、この感想あくま個人主観に基づく感想であり、このスイ氏は「だから他のも漫画進撃の巨人のようにしなければならない」や他の男性に媚びている漫画規制すべきだというような表現規制問題に立ち入っていないということだ。

もしこのツイート表現規制問題言及しているならば、主観に基づく規制として批判されるべきだろうが、そうでない限りただの一介のオタク感想ツイートしかない。

極論私が「たこぴー、鬱漫画だけど最後ハッピーエンドで超すきー!!!」といっているのとなんら変わらない。

しかしながら、この本来批判されるべきでないツイート現在ネットを騒がせているのは反フェミ派のへりくつのような批判存在しているかである

一例として以下のようなものがある。

これを読んで私は何言ってんだこいつしかならなかった。個人感想ツイートケチをつけるのはまあいいとして、その感想に対し共感する能力を持ち合わせていないかである

この人は本当に進撃の巨人安心してよめる感覚の人がいることを"想像"できないのだろうか?

もし感覚がわからないという人がいるのであれば以下のようなパターンだとより身近に感じられるのではないか

「私が学生時代ジャンプを買っていたころ、ToLoveるという漫画が連載していた。Toloveるは上で言うところのラッキースケベ代表格のような作品であろう。

ただハンターハンターなど他作品リビングで堂々と読んでいたが、Toloveるをどうしても親の前で読むのは躊躇していた。女性の裸体やラッキースケベ描写思春期自分にとってはとても気恥ずかしいものだったかである

これに対し、いやハンターハンターの方が人が死ぬシーンがあるからより親の前で読めねえだろ!というツッコミをする人間はいないだろう。

安心して読めるを評価するのに、グロさとか生死に直結するシーンがあるとかそういう尺度で考えるのがそもそもナンセンスなのである

こういうよくわからない対比構造を持ち出してこっちの方が安心できるだろ、そうでなきゃおかしいと言っている人間の方が理解できない。

似たようなものに以下のツイートもある。

繰り返しになるが、発端が個人感想ツイートなのだから、「感想は人によるよね」でいいのである。それを一つの評価軸におとして万人がそれに当てはまるように考えているかおかしなことになる。

当然先の青識氏のツイートには批判が多く付いたが、それに対してはこのようなツイート投稿している。

いやちゃん説明しているのあるだろ!それ読めよ!

このツイートに対するリプや引リツにも、罵倒嘲笑を含まずに丁寧に説明してくれているようなツイートがあるのだが、彼はガンスルーである


自己の単なる好悪の感情にすぎない」

少なくとも元ツイのスイ氏はそれを認識しているし、この言葉は誰に対して言っているのか正直よくわからない。

まとめるが、私は今回の騒動個人感想ツイートに対して、勝手表現規制していると決めつけて攻撃しているようにしか見えなかった。

もしスイ氏の感想ツイートをツイフェミvs反フェミという対立構造に無理やり仕立てて、攻撃しているのだとしたらそれこそツイフェミ批判する理屈である表現の抑圧」を、反ツイフェミ派がしていることになる。

ツイフェミ批判したいのであれば、まともな感性分別を持って批判すべきであり、批判側も過激派と同じ土俵には立ってはいけない。

青識亜論氏のような反ツイフェミ派を支持するのは構わないが、「担ぐ神輿は選んだ方がいい」と言いたい。

2022-03-22

anond:20220322163536

自分から行くのがダサいかい努力嘲笑おうって層は一定数いるし、まあある程度は仕方ないな。

ただいい年齢になったら自分が、迎えに来てもらえる側なのか、その手で獲得しなきゃ得られない側なのかはわかりそうなものだと思うのだが……、非モテ系の話をネットで見てるとそうでもないのかなとも思うね。全部釣りだと嬉しいんだが。

2022-03-21

リスカしてみたい

今まではリスカなんてメンヘラかまってちゃんの注目集めだろと思って嘲笑っていたんだが、

リスカについて調べてみると

リスカをすると気分が落ち着く」「ドラッグをキメたときのような高揚感がある」

といった証言が多数見つかって俄然リスカに興味が湧いてきた

しかしいい歳したおっさんが手首に傷をつけててもかっこ悪いんだよな

どうすっかな

2022-03-20

anond:20220320153320

って言いながらなろう読んでたら嘲笑

マジレスすると絵なんて俺らと同じ人間ではないんだからエロ要素で少しでも人間に近づいた姿じゃないと感情移入とか出来ないわ

anond:20220320145435

BL同人作家の頃はあんなに乙女向けやTLを叩いてたのに

商業デビューして毛嫌いしてたTLを描いてるのはどんな気分?って嘲笑されてる人は見たことある

2022-03-18

権利だの何だの世の中のあれこれを面倒臭くしてる連中を

嘲笑うかのように自由な物作りをして生きたい

2022-03-17

anond:20220317152949

通報もしてもらえるぞ

嘲笑はしてもらえるぞ

anond:20220317152247

「私は童貞です」って書いた紙持って、通学路で立ってると、嘲笑はしてもらえるぞ

アンチフェミの「人をオモチャにしていたぶる」行動が大嫌い

アンチフェミ最近、「人を晒しオモチャにしていたぶる」行動が加速しすぎている。

おもちゃとみなしたフェミは悪だから何をしてもいい、たとえ死んでも構わない、と言わんばかりだ。そのくせ「正義暴走ガー」と言う。暴走してるのはどっちだよ。


榊英雄告発する石川優実さんを襲う嫌がらせの嵐

https://togetter.com/li/1859568

暴力加害者への糾弾よりも石川優実さんを叩いて叩いてオモチャにする方が大事らしい。告発する為に敵だらけの戻ってきた勇気がわからないようで、茶化して茶化して攻撃しまくっている。

フェミ松速報のコメ欄、一線超えすぎだろ…

https://togetter.com/li/1854998

ここのコメ欄なんか、「4トントラックに轢かれてクソ漏らしながらくたばれ」というコメント咎め人間は一人もおらず、フェミ自業自得だと嘲笑コメントばかり。おぞましすぎる。

熱海のあっつん氏、長期間の度重なるオタク誹謗中傷に心が折れ、温泉むすめコラボ返上検討する

https://togetter.com/li/1859568

熱海居酒屋に関しては一層酷い。「お前はフェミの味方をしたな!許さん!」と営業妨害犯罪予告宗教団体と繋がってるなどのデマ流し、「おもちゃ壊れちゃった」「娘さんは親ガチャ失敗」などの誹謗中傷とやりたい放題だ

その結果がこれ。

彼らが守りたいのは温泉むすめでも表現の自由でもない。人をおもちゃにしてサンドバッグにしてゲラゲラ笑う権利だ。


そういうことをするのは、トゥーンベリゴンフェミ松速報や幻集郎といった、フェミおもちゃにして周りと一緒に楽しみ飯の種にする連中とその信者ばかり。青識もそうだ。

すもも小山晃弘はミソジニストで変なことを言うが、少なくともこんな嫌がらせクソリプのような真似はしない。彼らは真剣アンチフェミ論を語っている。いや小山は怪しいが。

少なくとも昔のアンチフェミはここまで弱いものいじめ様相を成してはいなかった。青識も、フォロワーが少なかった頃は不遜だったが礼儀正しく真剣フェミ理解対話しようとしていた。どうしてこうなったよパパミルク太郎

最近そんなアンチフェミは急増している。

フェミや「女さん」を嘲笑ゆっくり解説動画vtuberが量産され伸びまくっている。彼らは性被害の話も嘘松扱いして嘲笑う。

そんな奴らに何万人もチャンネル登録者がいる。

アンチフェミはどんなに変なことを言っても「これだからアンチフェミは」とは言われない。責任取れ自浄作用しろとは言われない。

もう、ね…

anond:20220317011344

最初からそう言えばいいんだけどね。

「何の訓練も受けてない俺たち民間人はさっさと自衛隊の指示に従って大人しく避難するのが最大の貢献だ」と。

でも元増田みたいなのは相手嘲笑する事にばかり熱心なんだよね。

2022-03-16

anond:20220316125205

普通不快が勝つんだよね

テレビブサイクだらけで4Kテレビ台無し

でもそういうのを笑える人間がいるんだよね

根底にある差別意識全然気付いてない人間

フェミとかポリコネはそういう潜在的差別を煽る芸人に対してはスルーおかし

不快に思って怒る視聴者よりも嘲笑視聴者のほうが圧倒的に差別的だ

ヘルプマーク付けてる人見ると嘲笑したい気分になるのよな

俺の中の差別心とか弱者馬鹿にしたい気持ちが刺激されるっていうの?

老人とか身体障害の人は全く何も思わん。むしろ困っていそうなら積極的に助けるけど、発達障害で……みたいな人は正直、「そうなんですか(笑)」って言ってしまいそうになるのを押さえている

2022-03-15

anond:20220315140607

2017年5月28日朝日新聞8面に掲載された

17歳女子高生からの投書「『料理女性』って考えてない?」や、

2019年1月6日東洋経済ONLINE掲載された作家生活研究家である阿古真理の手記[13] などのように、

料理女性がするものという古い先入観から差別

若い女性を中高年男性嘲笑する構成に疑問」

「コーナータイトルは『平成常識』にも関わらず内容が時代にそぐわない」といった声も上がっている

anond:20220315135613

周りの客から「玉牛顔だなw」って嘲笑われてるぞ

anond:20220315032521

から芸人はすごい

嘲笑われることは簡単だが笑わせることは難しい

2022-03-14

趣味友達配偶者恋人代替にはならない

当方、いない歴=年齢の童貞非モテアラサー

上京を機に周囲の人間関係を完全に断ち切ってしまったので、まず同性の友達すら居なくてはお話にならんな、と思い立った。

趣味の集まりや行きつけの飲み屋、同僚間の飲み会などにこまめに顔を出し、その中で趣味や波長の合う数名とLINE交換して友達になった。

月に数回以上は飲んだり、趣味の場に一緒に出かけたりする仲になって、正直彼女居なくてもこれくらいの関係性の友達が何人か居れば十分かもなと感じ始めてた。

もう女関係は諦めて、いっそ趣味に振り切って生きて、野郎同士シェアハウスハイボール片手にゲラゲラ笑い合って、おっさんになっていくのも楽しそうじゃない。

でも結局その友達なんやかんやで徐々に同棲結婚し始め、彼女や妻・子供優先で郊外引越したりし始めてしまって、会える回数は自然と減りつつある。

そらそうだよな、家族恋人の方が大事に決まってるよ。経験が無いので想像するしかないが、俺も同じ立場ならそうするもんな。

結局のとこ俺にとっての友達生命線だが、彼らにとっての友達はいざとなったらサッと手放せる手慰みの嗜好品程度に過ぎない。

そんな友達も今でもたまに会えば以前と同じテンションで優しく接してくれて、その時々は楽しいんだけど、帰りの電車に乗った瞬間にとても惨めな気持ちになる。

これは昔、俺がニートフリーターの三交代制みたいな生活をしてた時に、大学生正社員友達遊んだにのしかかってきた劣等感と全く同質の物だ。

周回遅れながら、そこから一念発起して正社員になってやっと彼らに追い付けたかなと思ってたけども、また知らぬ間に置いていかれてたわけだ。

年明け以降、オミクロン流行で更に友達とも会いにくい状況が延々と続き、自分自身でも徐々に抑鬱っぽくなりつつあるのが手に取るように分かったので、

テストステロン確保の為の筋トレと、思考が鈍らないよう読書(古典文学哲学)を始めたが、どちらも独りよがり感が否めず、徒労感だけが残る暗鬱な日々を過ごしている。

更に気を紛らせる為に以前やっていた語学楽器練習の再開も検討したが、更なる出費と徒労感だけが増えそうで、二の足を踏んでいるのが正直なところ。

結論として、代替品でなんとか満足しようと悪あがきしたところで、ほとんど意味はなかった。

まあ友達が出来たのは確かに何事にも替え難い財産ではあるが、どう頑張っても趣味友達配偶者恋人代替にはならない。

この厳然たる事実をこの数年で身を以て理解した。

かといって身の回り一切合切を打っ棄って、クローゼットに縄をかけて首を括ったり、自宅から徒歩二分の大きな踏切に飛び込む勇気も俺にはない。

俺に残されている救済の道は、「彼女を作る≒結婚する」。もうこの一点しか残されていないんだろうな。

二十歳の頃に正社員登用ありのバイトに潜り込んで、なんとか毎日必死こいて実績を積み上げて正社員になった時のことが脳裏に蘇る。

なんと辛い道のりか。しか受験就職仕事と違って、何をどうしたら努力すれば良いのか、非モテ童貞の俺にはてんで分からない。

言って俺ももう30手前、ただでさえ心が弱ってるのにその上で女性から嫌悪されたり、嘲笑されたりしたら自尊心が音を立ててポッキリ折れそうだ。

とりあえず筋トレで体が少しずつ絞れてきたのでこれは継続、年度内にでも3回目のワクチンを打って、4月から知りうる限りの方法を一通り試してみるか。

服を全て新調して、レーシックにして、髪型を整えて、やたらと盛場に出かける。健全男子ならどれも高校生大学生の頃にやってたことを今更ながら一つずつ行う。

スペック重視のマッチングアプリじゃまず勝ち目は無いだろな。人権が獲得できる程度の身長は有しているが、それ以外はマジで誇るところがない。

学歴トホホ年収も低い、顔もイマイチ。今時アニメ一秒も見ないのは吉と出るのか凶と出るのか。ファッション好き。音楽出来たり、文章書けるのは加点対象

うーん、SNS経由で趣味の繋がりから狙うべきなのか。それともハラスメントリスクを冒して単純接触効果の望める職場に活路を見出すのか。

本当に一から十まで分からないことだらけだ。合コン開催してよ!なんていう年頃でも無いしな。てか、この歳だと恥ずかしくて友達にもこんな話できない。

様々な検索ワードで手を替え品を替え丹念にググったところで、検索結果は悪徳アフィリエイト詐欺丸出しの情報商材に完全に汚染されてしまっている。

初っ端から八方塞がり・手詰まり感がムンムンに漂っているが頑張るしかない。30にもなって何やってんだ、俺は。いやー、考えるだけで頭がクラクラしてくる。

全て徒労・失敗に終わったとしてもミソジニーだけには絶対ならないようにしなきゃ。それだけはあってはならない。そうなったらマジ人としておしまい

2022-03-13

33歳の僕たちについて

僕たちは生まれながらにして不幸だった。

僕たちに希望が語られるときはいつも建前だった。

物心がついた時には経済成長など実感できないほどなく、平和のみが幸運にも固定されていた。少子高齢化無責任押し付けられ、いつも年金説明では僕たちが下で、いっぱいの先人が上に伸し掛かる絵を繰り返し見せられた。

小学生のころには阪神淡路大震災があり、生活不条理に突然破壊されることを知った。

オウム真理教天災だけでなく人災があることを教え、それを報道するテレビには頭のおかしい人をいじめることの楽しさと正しさを刷り込まれた。

学校はいじめがあっても誰も救ってくれなかった。子ども大人も誰も責任を取らずに済んだ。

どう大人を信じようと努めても、彼らの正しさの裏にある保身だけが形を濃くするだけだった。

いじめ学力低下、キレる十四才、僕たちだけが責められている気がした。勝手に「ゆとり」を与えられ、数年後には「ゆとり」だとバカにされた。

ノストラダムスの大予言も二千年問題世界を無くしてはくれなかった。変わらないんだ、という陰鬱な気分を虚構ごと生活に仕組まれた。

社会に参加するまでの過程で、どんどんと多様性という理想が叫ばれるようになっていった。でも現実はまだそう出来ていなかった。ゆとり教育でも、AO入試でも、新卒一括採用でも、実験最前線で僕たちは消費された。

社会の正体に近づくほど、実験甲斐なく何も変わらずに、大人たちは利権を固定させようと頑張っていることがわかった。かつて多くの若者たち理想主義が現実主義に敗北し、僕たちの生活には既に革命の「か」の字すらなかった。

センスが良いとされる大人は肌触りの良い冷笑諦観で、理想から現実からも逃げているだけだった。

芸術に届くわけではないわずかな詩情の中に逃げ、丁寧な暮らしとやらで現実隔離しただけだった。雑草も食えるらしいと、何も新しくない発見雰囲気の良い雑誌で語った。

とにかく真っ当ではなかった。僕たちには老朽化した線路と駅が残された。

いつかみんな死ぬ、くらいしか希望はなかった。僕は、小学校四年、五年と苦労したあとに六年生になったときのような開放感を待っていた。

インターネットは唯一僕たちに与えられた現代的で民主的革命だった。僕たちは最前線に立つことを初めて喜んだ。僕たちが社会実験していた。大人の腕の中で揺らされるのではなく、自らが世界開拓していた。

過去日本では文学学生闘争に向いたであろう若者の活力がインターネットで遊ぶことに費やされた。情報の波をサーフィンしていた。

けれどアナーキズムなど思想と呼べるほど突き詰められてはいなかった。脱法とジョーク、たくさんの知識組織化しない雑多なカオス世代や日陰者の雰囲気ベースとしてただ在った。

東日本大震災とき、僕たちは初めて大きな波を感じた。世界ごと変えてしまおうというワクワクがあった。

ネットから始まる民主化現実世界にも網目を伸ばし、キレイ情報を伝播させることを夢見ていた。

実際のところ我々には思想がなかった。正確には思想が育っていなかった。長い間の自己否定カオスたちの団結は思想形成させなかった。

論壇はインテリっぽい動きに酔っているままで、ほとんどの人間責任を背負おうとしなかった。

大衆は十分なリテラシーを持っていなかった。目の前の文字自分を騙そうとしているかだけを考えていた。

もちろん先行者と同様に誰も責任を取りたがらなかった。波は結果的芸術の一部分だけに還元された。

僕たちの革命は、革命という皮すら被れずに失敗した。あの頃目立った人間たちのどれだけがまだ実際に社会有効なことをしているのだろう。

僕たちは生まれから今までずっと負け続けている。逃げ続けている。立ち向かう人間を冷たい視線嘲笑っている。かつて"カッコイ大人たち"がしていたように。

拗ねた子どものままで皮肉センチメンタルを捏ねくり回している。

最近は「多様性尊重」がブームになっている。拡がり分化する人間の在り方を認めようとするのは正しいことだと思う。

だが、それは欺瞞だ。多様性排外主義への攻撃だ。多様性を求める社会多様性をもたらさなもの排除する。

最大限の寛容ではなく、この時代この社会における妥協点でしかない。

ただそれよりも深刻なのは多様性未満の僕たちだ。多様性で救われるのは国籍、性指向、いくつかの快い思想である。いわば十分に形作られたアイデンティティーのうち、現代社会適応するものだ。そして主張に成功したものだ。

僕たちの苦しみはアイデンティティーの未発達である差別をされたり、大事に築き上げたもの喪失したわけではない。時代により幾度となく無意味化された結果、育たなかったのだ。

社会の複雑さへの想像力ありのまま他者の受容、明確な善への地図が無かった。

今までのシステム近いうちに崩壊すると言われつつも、なかなか崩壊しない。仮に崩壊したとしてもサバイバルを生き抜く知恵が無い。広大な大地に丸腰で放たれるのだ。

僕たちは無責任という親に育てられ、不勉強という病気死ぬ

ちゃんとしなきゃ死ぬ」とトリプルファイヤー吉田靖直は歌った。「ちゃんとしなきゃ」という要請けが社会にある。

なんとなく、どこか生きにくい僕たちの行き場はどこだろう。ちゃんとした職があればいいのか?ちゃんとした病名がつけばいいのか?ちゃんとした人になれればいいのか?ちゃんとした人ってなんだ?

今になってようやく哲学文学などの人文学に解答を求めることができるだろうことに気づいた。それは人間として真っ当な足掻きに思えた。

まだ遅くはないと信じて、攻略サイトには無く、ビジネス書より直接的な、人間思索の旅に出ようと思う。良い哲学の書を教えてくれ。

2022-03-06

ヴィーガンヴィーガンの素質あるよ

ヴィーガンの主張(①動物を苦しめるな ②畜産科学的に見て環境に悪い)を見て心が揺れ、しかし肉食を捨てるのは嫌なので自らを正当化しようとした結果、インターネット上でヴィーガン嘲笑うって行動に出てんだと思う

俺はその点違う

動物ドンドン苦しめるべきだと思う(自分以外の存在が苦しむのは嬉しいから)

環境ことなんか気にしなくていいと思う(俺は環境が本格的にヤバくなる前に死ぬから関係ないし、そうでなくても地球生命は存続させるに値しないと思うから)

この二つの明確な思想を持ってる

それでヴィーガン嘲笑いたいか

べつにそうでもない

他の生命の苦しみに目を向けられるのは優しくてスゴイと思うし、地球環境を守っていきたいと思えるなんてスゴイと思う

自分にはできないことをやってるなと思う

それだけだ

本当に興味がなかったら、わざわざネットヴィーガン揶揄投稿なんかしない

NTR作品に怒り狂う人間は、NTRにハマる素質がある

ヴィーガン思想に怒り狂う人間は、ヴィーガンになる素質がある

 

(俺はヴィーガンには興味ないけど、ヴィーガン揶揄人間には興味がある…ってことは、ヴィーガン揶揄人間になる素養があるのか?!)

2022-03-05

ネトウヨくんってパラリンピックの開会スピーチ冷笑ちゃうの?

21世紀対話外交時代であり戦争と憎しみの時代ではない」という感動的なスピーチだったけどさ。

あれにも「9条教w」「じゃあロシア対話してやめさせろよw」って嘲笑ちゃうの?

俺のこと嘲笑ってるんだろ?????

2022-03-04

上手い以上に腹立たしく感じた思い出

今となっては大昔の話だが、大学サークルで、同じ楽器演奏する先輩で、とても上手い人がいた。

本当に上手いし楽器も良い音で、そこはもう何も言うことない。

しかし…個人的にその人の演奏聴くと、上手いよりも先に、なんだか知らないが妙に癇に障る感覚が抜けなかった。

でも当時はそれが何なのか、卒業するまで原因が全くわからずじまいだった。

あれからだいぶ年月を経て、今だったらその理由がハッキリわかる。

単純に下品だったのだ。

具体的に言えばなんのことはない、その人の演奏は音はもちろん、姿勢や表情まで、まさに全身で

「俺って上手いでしょ」

というマウンティング全開だったと。

お前さー、下品クズのくせになんで音楽やってんの?下品でもいいか楽器弾くときくらい、音楽を追求しろよっていう。

今でも思い返しては腹が立つというか、その人の音は不快感とセットで再生される具合だ。

こういうマウンティングが透けて見えるやつは、少なくともアマチュアの間では嫌われポジションになりやすい。

まあでもこの先輩の場合、当時から一定のウケを取れていたことは否定しない。

それにもしプロだったら下品でもなんでも「売れたもん勝ち」だろうからあんまりうるさく言うつもりはない。

ちなみにアマチュアの間で困ったやつポジションになりやすいのは、上に書いた演奏自己顕示欲出汁に使うやつの他、もう1パターンある。

それは大して上手くないどころか下手なくせに「俺の演奏はこれでいい」と勘違いしているやつ。

こういう人は嫌われるというより、裏で嘲笑され、バカにされる。

それくらい音楽趣味人間は、空気も読まずに根拠のない自信だけで汚い音を出すやつを、不愉快に感じると言い換えてもいい。

ドラえもんジャイアンリサイタルしずかちゃんバイオリンは、決してフィクションではないのだ。

せめて下手なやつの顔をするのが礼儀だろっていう。

2022-03-01

ウクライナ戦争で明らかになったのは平和平和を訴える連中の胡散臭さ

れいわの、国会決議への反対ね、あれ大層非難されているけど、経緯認識としてはだいたいあってる。と言うか、あの激動の89年をリアルタイム経験した人たちなら、言わずもがなのことだから却って文献資料に残ってないため、「NATO不拡大方針合意」がロシアの陰謀扱いされてしまってるのかなって思うわ。89年から92年までの新聞、読んでみて。むしろそう言う解釈デフォルトからゴルバチョフがそれを求めて、ベイカー国務長官が「まあ、そうよね」と発言して、そのうえでのマルタ合意ってのは順を追っていけば分かるようになっている。もちろん他国主権を、ボス間で合意する内容だから正式文章として組み込まれるはずがない。

ゴルバチョフブッシュとの間で問題になったのは、旧東欧圏の扱いだけども、NATO不拡大の方針自体は、ソ連要求を出して、アメリカが「まあ、そうね」になったからこそ、マルタ合意と言うカタチになっているのだ。

キューバ危機も、あれは逆にアメリカによる主権国家への武力恫喝の例だけども、ケネディフルシチョフの間で正式文書として合意があったわけではない。そんなもの外交文書として残るわけがないのだ。


ロシアの側から見れば、WTO諸国に手を突っ込まれて、バルト三国に手を突っ込まれて、旧CISにまで手出しをされた、どこかで歯止めをかけなければならないとなるのは「良いかいか別にして」、当たり前ではある。戦争の多くはそうした予防戦争として発生した。

であるから平和を望むのであれば、主権国家は「疑いをもたれない、巧妙で丁寧な外交」が必要になるのだが、能力的にそれが出来ない国もある。スイス永世中立国を続けていてベルギーが止めたのは、ベルギーは地形が平坦であるため、自力で守り切れないからだ。つまり列強としては、中立国他国に屈さずに中立国として振舞う能力があるのであれば、得にも損にもならないか放置しておいてもいいのだが、無能力であれば、別の列強占領されて、敵を太らせる餌になりかねないから予防として占領しておくか、となりやすい。

ウクライナはこの、ロシア疑心暗鬼を宥めると言う外交タスクに失敗した。それはやはりウクライナのせいなのだ。予防戦争に手を染めていない列強歴史上、ただの一ヶ国もない以上(直近ではイラク戦争は予防戦争典型例)、ウクライナは①ロシア配慮した外交政策を採り、疑心暗鬼を解く必要があった。②国防力を高めて、侵攻した場合ロシア見積もり損失を高くしておく必要があった。のいずれにも失敗したと言えるからである。これは法理的な話ではなく、能力問題力学的な話である

なんでも、「定点観測をしていてたらドイツをたたいときゃいいだろと雑な発想している奴がいてプゲラ」的な雑な反応をしているヤカラもいるのだが、ドイツが責められるべきなのはロシア弱体期に率先してEU拡大、NATO拡大を推進したのがドイツからであるドイツとしては国境を東に移したいと言う欲求のなせるわざであったのだが、平和毀損する行為であったのは間違いない。平和とは弱者犠牲の下に築かれた強者間の合意に過ぎないかである

これは平和主義者が、異様に共産政権などの圧制下で苦しむ人々に対して「ウイグル話法」などと言って嘲笑的に振舞い、冷酷である理由である基本的には彼らは、「フランス革命前の穏やかに暮らしている貴族であるに過ぎない。


私はドイツウクライナ批判したし、ある意味ロシアを一部免罪した。これは構造的な話であるが、起きてしまえば、表徴として問題処遇するしかない。これはNATO拡大に関して確たる定見が無かったアメリカ外交的失敗のせいでもあるのだが、この表徴的に言えば「だからと言って侵略が許されるわけがない」と言うのは現代国際法では当たり前の話だ。ここに今回のれいわの行動の問題点がある。

いったいどこの国の政党のつもりなのか、と言うことだ。言ってみれば「情状酌量余地ロシアにまったくないわけではないにしても」、ロシア現在進行で侵略をしているのは事実であるし、日本政党がそれをかばいだてする理由は皆無なのである。異常なのはれいわがこの件だけに限って極端なプラグマティストとして振舞っていて、ウクライナ国民真情としては列強合意があろうとなかろうとも、数百万人の犠牲を強いたロシアとは「距離を置きたい」と思って当たり前だ。NATOにすがりたいと思って当たり前だ。

これはまさしく、平和主義者が人権侵害国家圧政被害者に対しては極端にサディスティックに振舞いがちだと言う典型例であって、国益観点から言っても、いまさら表向き、ロシアに同情的な姿勢を示しても日本には何一つ益がない。構造に基づいてドイツ批判するのは、個人資格考察としてやるか、あるいはG7の席でないないにやるべきであって、日本国の損得勘定から言っても、れいわの行動は日本国益を害している。そこが問題なのである

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