はてなキーワード: しまとは
https://dailyportalz.jp/kiji/okinawa-lace-tawashi
定期的にネットではスポンジ論争が起きているがレースたわしユーザーはなんとなく蚊帳の外である。たわしだからね。
色んなスポンジを使ってきたがレースたわしを試したら戻れなくなってしまったよメモ。
・水キレが良い
・泡立ちが良い
・乾燥も早い
・シックな色を選べば部屋に馴染む
・スポンジと比べて寿命が長い
・1個700円~1200円前後なのでちょい高い
一人暮らしで1日1回程度の使用頻度なので大家族だと違ってくるかもしれないが寿命は今まで使ったどのスポンジより長い。まあたわしだけど。
ただでレースが引っかかるようなものを洗うと破れてしまうので注意が必要かも。刃のかけた包丁とか凹凸のあるスライサーやおろし器など。
マッチングアプリでものすごく好みの3歳歳上の女性とマッチした。LINEも交換出来た。美人で美容やオシャレにも明るくて凄いと思う。最近美容に興味を持った俺の質問にも丁寧に答えてくれてすごく優しい人だと思う。
彼女のことを知りたくて趣味や好きなことを色々質問していたら「好きなものを教えて色々言われるのが苦手だからこれ以上はあんまり話したくない。それが駄目なら切ってもらって大丈夫」って言われてしまった。これはどういう意図なんだろう?好きなことをジャッジされるのが苦手?心当たりのある方教えてください。
何も考えずに口から出てしまった言葉の出どころってどこなんだろうか
カッとなって出てしまった相手を傷つけるような言葉なんかがそうだけど、まるでプリセットされてるかのようにスッと口から出てくるのって、自分で意識してないだけで本心で思ってたりすることなのかな
好きだった相手に対して恨みつらみを吐くようになるのを愛情の裏返しとか言うけど、本当は自分でも意識しないうちに相手の粗探しして嫌な部分とか劣ってる部分とかを相手に突きつけてマウント取れるようにしてるのかな
それじゃ何のために好きって感情があるんだろ
彼女を妊娠させてしまったっていう増田をよんで、うちも結婚はじめたころもいろいろあって大変だったなぁと思いだしたよ。
辛さも寂しさもなんか思い出してきたので書いておくよ
結婚も、妊娠も、出産も全然順調じゃなかったうちは、だいぶ参ったから妻は実家に戻ることになったんだよね。
子どもと一緒にね。
当時はLINEもなく、ビデオ通話なんかなかった。携帯電話は家族通話し放題だったので、電話話できたけれど顔も見れないし、生まれたばかりの子どももみれないしで結構参ってたんだね
実際、いろんな想定外のことで参っていたのは妻で、僕はサポートに回っているから弱音なんて吐いてはならないとおもってたんだが、一人になると実際弱ってたと実感したよ。
で、タイトルの通り、参りすぎて孤独すぎていきついたのがタルパなんだ
タルパってのは、想像力を働かせてイマジナリーフレンドを作り出すみたいなやつで、暗示で人物を想像させるみたいなもんらしい。初期のころは自分が操っている感がでるが、相当つよい暗示がかかれば自分の想定外の動きをしてくれるみたいなこともあるらしい。
創作者が自身のキャラクターが勝手に動くみたいな感覚に近いのかな。
ネットで書かれていた方法で夜な夜ないろいろ試して、「俺の悩みを聞いてくれる存在になってくれー」とか必死になってたんだが、ある時30歳の男が何やってんだと冷静になって辞めた。
全然でてきてくれなかった。
結局すぐ妻は僕のもとに帰ってきてくれたしその必要もなくなったってことだね。
二度と不安定にさせないということで、在宅の仕事になったし、息子の世話も僕が主体でやった。
そのおかげて、妻はいまでは僕の悩みを聞いてくれる存在になってくれた。
まあ、ワガママなのがたまにきずだな
犬が欲しいって言って飼ったんだけど、餌も散歩も僕か息子しかしてない。
息子も頼もしく育ってくれて、就職をするために一人暮らししてほしいとは思っているんだが、なんだが俺のことを心配して一緒に住むっていってね
過不足や異論ありましたらご指摘のほどよろしくお願いいたします。
・ネット上では総スカンだが、これまでの経緯に疎いユーザーが購入し、少しは売れる
・それでも全体的な売上は不振。大規模な会社なので廃業はしないだろうが、経営者を刷新しての再建や買収の道をたどる
・ラスアス2のアビー同様、弥助を意図的に4なせるプレイ動画が流行る
・ストーリーがショボくて叩かれる
・アサシンクリードバグハラ同様、多数のバグが明らかになり叩かれる
・バグではないが挙動の怪しい箇所(馬のムーンウォークみたいな)が多数露見してやはり叩かれる
・ユーザーレビューは低評価爆撃。UBIは「叩くヤツはレイシスト」と(略)
サラダとサラダオイル、どちらも食卓に欠かせない存在ですね。それぞれについて、もう少し詳しく知りたいことなどありますか?
様々な種類のサラダとその特徴
サラダ油の種類と特徴
サラダ油の選び方
サラダ油の使い方(炒め物、揚げ物など)
これらの情報以外にも、何か聞きたいことがあれば、お気軽にご質問ください。
「サラダ油は毎日使うけど、種類がたくさんあってどれを選べば良いか分からない」
「サラダは好きだけど、いつも同じようなものばかり作って飽きてしまう」
より詳しい情報を得るために、以下のキーワードも参考にできます。
サラダ油 種類
これらのキーワードで検索すると、さらに多くの情報が見つかるはずです。
どのような情報にご興味がおありですか?
ぼく「頑張りすぎて心身壊れちゃいました」
社会「頑張れ」
ぼく「安楽死させて」
これひどくないですか…?
社会は飴と鞭を使ってぼくを頑張らせました
頑張ったら褒めてくれて、頑張らない人のことは蔑んでお前もああなりたくなければ頑張れと圧力をかけてきて
うつ病になっては不眠症になって、今でも毎日夢を見ます常に身体のどこかしらが悪くて、完全には治ってないです
なのでもう安楽死させてもらいたいのですが、安楽死はダメだと言うのですがなぜなのでしょうか
自殺は成功率が低いですし、運悪く生き残ってしまって更に苦痛が増えたら最悪です
外国人の安楽死を受け入れているのはスイスだけですが、スイスも名ばかりで実際には現地に行って毒入りのコップを渡されるだけ
もちろん飲み干せないと死ねません
以前に全身麻酔を受けたのですがアレは素晴らしかったです、ふっと意識が消えて目覚めたら全てが終わっていました
あれで意識が目覚めなければ、なおよかったですね
社会の要請に応えてきたのだから、最後に私のささやかな願いを叶えてほしいだけなのに何故ダメなのでしょうか
日本尊厳死協会には加入しましたが、末期がんとかじゃないと尊厳死はさせてもらえないみたいです
残念です
中学でメンタル壊して10年引きこもった俺が何とか必死に生きようと頑張って病院行ったり仕事してみたり頼れる制度ないか探してみた結果がこれ。
生きる気力が削がれてしまう。そもそも金無さ過ぎて生きていけないんだけど。
まあ制度の公平性や福祉としての在り方を考えれば理解はできなくないけど、それでもいくつか不条理を感じたのでいくつかまとめてみる。
障害年金は基礎と厚生に分かれるが、どちらに該当するかは初診時にどちらに加入していたかで決まる。
厚生年金に加入していなければ基礎になるわけだが、当然20歳未満や学生のうちに発症すれば問答無用で基礎となる。
で、ここからが問題だが厚生には1~3級があるが基礎には1級と2級しかない。
ざっくり1級はほぼ寝たきり、2級はサポートなしでは日常生活が送れない、3級はサポートなしでは労働ができない程度の障害者が認定されるらしいが
基礎には2級までしかないので、障害を押してでも頑張って働く人間は「労働ができる」ために年金が支給されないのだ。
当然、働いて十分な賃金をもらえていればそれで問題はないのだが、障害を抱える人間にとってそれは至難の業だ。
厚生であれば3級で月5万円ほど貰いながら時短で働くなど選択肢があるだろうが、もらえなければフルで働くしかない。
結果無理がたたって休職や退職になり生活が苦しくなり、療養期間中も金銭面の心配で心が休まらず、そして金のためにと無理して就職してまた潰れる。俺みたいに。
たまたま若いうちに障害となって長く苦しんできた人間が不利になる制度ではないかと思う。
上記と一部被るが、障害基礎年金は「労働ができない人間」が貰えるものだ。
一方、失業手当は「労働する意欲と能力がある人間」が求職中に貰えるものである。
疾病や障害が原因で退職した者は失業保険を申請する際、支給条件の緩和と引き換えに労働に問題がないことを証明する主治医の意見書の提出が求められる。
当然この2つの条件は矛盾するので、両方を受け取ることは不可能だ。
ここまでは実に合理的な話だと思う。
そして障害年金は申請まで1~2か月、審査が終わるまで3か月、支給決定から支給まで1か月半ほど、合わせて長いと半年以上かかり尚且つ支給されるかは不明瞭だ。
しかしながら支給も早く確実性の高い失業保険をもらってしまえば年金が貰えないのである。
無収入の時間を耐え、わずかな希望を年金にかけていた人間が不支給の通知書を見た時の落胆はそれはもう堪えるものである。
年金申請の手順はまず初診日を確定させ、これまでの年金の未納がないか調べ、診断書をもらい、添付書類を集め、申立書と申請書を書き提出し、
年金機構から問い合わせがあれば対応し、その末審査されるものだ。
正直煩雑で辛かった。
そもそも働けず日常生活もままならないから年金を申請しているのになぜ仕事よりも大変な作業をしなければならないのか。
俺はなんとかできたからまあいいものの、おそらくこの作業ができなくて申請にすら至ってない人が相当数いると思う。
まあ社労士に依頼すれば個々の労力はほとんどいらないわけだが、さんざん言っている通り金がない。
成功報酬は支給される年金から出せるとしても、そもそも着手金の数万すら捻出できないのである。
つらい。あまりにつらい。
ここまで書き連ねて思ったが、この制度は重度の障害があり自分の代わりに動いてもらる支援員やサポートできる人間、後見人などがいる人たちのためのものではないだろうか。
つまり俺のようになんとか短期間なら働くことができなくもなくて、煩雑な申請作業もできなくはない人間は端から対象外なのではないかという気がしてくる。
そう考えるとなるほどどうして、このプロセスは審査前に非該当の人間を振るい落とす「一次審査」として機能しているのではないか。
だったら俺みたいな疾患の人間は対象にしなければいいと思うが。
寛解したと思ったら10年以上前の古傷のせいで念願の仕事に就いたのに辞めざるを得ない状況に追い込まれ、何とか希望を見出して頑張った結果がこれ。
Javaとかのほうが素人が書いたゴミの山でもどうにか動いてしまうことが多いから不良であろうと残ってしまう
PHPとかのほうがどうしようもなくなって1から作り直すが発生するので残り続けない
結果印象としてはJavaとかのが悪く思える
はじめまして、私は30代前半の男です
年収300万のいわゆる貧困家庭に産まれて、貧乏でみじめな思いをしてきたので、家が貧しくても努力すれば覆せると信じて頑張ってきました。
その甲斐もあってか、年収1000万円に到達することができました。
ただ、その過程で長時間の勉強や長時間の労働により身体の限界以上の努力を続けたことで、心身ともに壊れてしまいました。
今はうつ病の薬を飲みながら騙し騙し働いていますが、何事も楽しくなく過ごしています。
旅行とかが好きだったのですが、身体の不調があるとそれもできません。
それに、年収1000万に到達して同僚とかと話していると、みんなお金持ちの家庭出身で、私が文字通り命を削って得たものはみんな生まれ持っていました。
それに気づいて虚しくなりました。
調べてみると、アメリカなんかでも貧困層から成り上がった人は心身ともに壊れているケースが多いようです、日本も海外も同じでした。
では頑張らないほうが良かったのでしょうか、そう考えるともう貧困家庭で生まれた瞬間からダメだった気がしてなりません。
私はどうすれば良かったのでしょうか、誰か教えてください
まず、
どのネットコミュニティにもこの人みたいなこと言う人はいます。
私は匿名掲示板利用が多かったのでこのタイプの人を大量に見てきました。
わりとどこにでもいます。
みんながめいめい『〇〇』の感想を言い合ってやりとりしてる中で
自分は居づらい・語りにくい」
的なことを言い出す。
それもこんな整理した言い方のクレームじゃなくて、
だけどまあまあ強い非難の口調でその場所への不満を表明しだすわけです。
気付いて見慣れてくるといろんな場所で
そういう時に私は
「じゃあなたのしたい話題をふってみ、ちゃんと乗るよ」と言うんですが
そこで「ほんと?!ありがとう!じゃあさあ…」って息せき切って語りだした人はこれまでゼロです。
誇張抜きに本当にゼロ。
反応はむしろ逆で、喜ぶどころか
「所詮こんなところでは語れないから~」的なことをごにょごにょって言って
逃げ去るように居なくなっちゃうんです。
「好きな話題語っていいよ」「聞くよ」「合わせるよ」と言うと困った感じになって去ってしまう。
これも誇張抜きでゼロ。
じゃあ何を書き込んでるのかというと、
人の書き込みにぼんやりしたケチを付けたり居づらさ表明をしたりだけ。
そりゃあこれだと輪に入れないでしょう、となります。
そもそもきょうび「どこにも居場所がない」はおかしいんですよ。
同じぐらい古いふたばや5chですら無数に板もスレッドもあるし、
ジェンダーの話もウヨサヨの話もしない場所くらいいくらでもあるんです。
メジャーなトレンドとは没交渉で交流したり喧嘩したりしてますよね。
(たとえば私の好きな在来馬乗馬界隈はおおむね仲良しで平和だけど
ウエイトトレーニング界隈はしょっちゅう界隈内で喧嘩してるし
若い女性向けインチキエクササイズ界隈に戦争を仕掛けてまでいる。)
最低限の主体性がある人なら
語りたいことがあれば勝手に語りだして語り続けることができるし
そんな2024年のインターネットで
「居場所が見つからない」ってなかなかあり得ないと思いません?
結構長いことこのタイプの人の主張や行動を観察してきた末の結論として
この人たちは語りたいこと・語れることなど何もないのだと思います。
この人たちがどこへ行っても疎外感を抱くのは
場の話題が合わないとか場の人達のマナーがよくないとかではなくて
じゃあそれはなんなのかというと
当人の読み書き・発達・認知あたりに軽度の難を疑っていいと思います。
というかたぶんオフライン生活でも何かしらの困難を持ってるのでは?と考えます。
idのあるところでこのタイプの不平を漏らしてる人の書き込み履歴が
必ずぼんやりした感じで自分の意見らしいものが皆無なのもそれで、
要するにほぼ思考がまとまらないし言葉にもならないっぽいんですよね。
コミュニケーション自体がうっすら難しく、文字コミュニケーションは更に苦手。
「どこへ行っても居場所がない」
「どこへ行っても場所が悪い」
「どこへ行っても自分に意地悪」
といった主観になって、
社会が悪い人が冷たいという感じのぼんやりした不平不満に回収されるから
「自分が原因かも」とは気づけなくなる。
(これは性格が良い悪いの話ではなく知的能力の話をしています。)
これとよく似た症状&不満を呈する人たちがいます。
高齢者です。
元々の知能が高かった人は末期まで活発に活動して認知能力も維持し、
元々の知能が高くなかった人はどんぼんぼんやりして認知症様の状態になります。
(アルツハイマーなどの病変は除く)
後者にすごく似てません?
真っ先に何らかの知的能力の不調や欠損を疑うのは合理的だと思います。
周りが何を言ってるかよくわからない、
軽度知的障碍者と高齢者は結局同じ問題を抱えて同じ困難にぶち当たってません?
彼等の最良のネット参加と言うのはおそらく
積極的に参加できずにボーっと読んでる(一部しか理解できない)
みたいな感じだろうと思います。
(スレッドの流れが自分の狭い好みにそぐわない話や理解が難しい話になると文句を言いに現れる)
差別主義者だとかバカにして笑ってるんだみたいなことを言われますが
そんなくだらないことするためにわざわざ長文書きません。
「自覚がないけどちょっと人より能力が落ちるから独特の困難にぶち当たってる人」
リリースからだいぶたった今になっても「デザイン・意匠方面では攻められなかったから特許方面で無理矢理訴えた」みたいなこと言ってる奴がいてあきれるな。
①デザイン・意匠方面では(現時点では)問題ではないと判断しているから訴えを起こされていない
②特許方面では問題があると判断したから訴えた(それが正当かどうかは法廷で決まる)
っていう2個の事象が別々にあるだけなのに
「本当はデザインをパクったのを咎めたいのにそれができないから怒り心頭になって本来ならお目こぼしするはずの特許権で訴えた」
土方の愚痴。
近隣住民の方から信じられないクレームをいただいて心が折れてしまった。
おそらく,その方は我々を人間扱いしていない。
ただ,社会の大多数の人も,心の奥底では我々を人間扱いしていない。
建設業従事者は残業がつかない―正確には定時に出勤し定時で帰っていることになっている―上に,給料が安い。
楽そうに見える仕事にもその仕事なりの苦労はあるかもしれないが,建設業は肉体的にも精神的にもつらい仕事だ。
靴や手袋など衣類の消耗が激しいため,金がかかる。夏場は飲み物を準備するのに,金と手間がかかる。
にもかかわらず,20代の後半で月の手取りが16万円,ボーナスは1.5か月分,定期昇給はない。残業もつかない。
正直なところ,みじめだと思う。工業大学を卒業したが,土木・建築系の学科を選んだのが間違いだった。
そういった人たちの給料が高いと,まともに道路が作れないし家も建たない。食料の値段は高騰し,税金はさらに高額になるだろう。
ただ,その犠牲の上でのうのうとくつろいでいる人が「〇〇って必要不可欠な職業だから尊敬している」とかいうたびに吐き気がする。
だから,自分の利益と我々の仕事が衝突するとき,例えば食料品の値段が高いとき,インフラを維持するための税金が高いとき,近隣の工事の音がうるさいとき,
信じられないほど残酷なことを口にできる。
食料品の値段が高い,というのはよくわかる。しかし,その矛先がなぜか農家に向かい,農家が利益を出すために価格に転嫁することを認めない。
私の体験で言うと,作業の合間の休憩中,施主に「そうやって日陰で休んでないで働け,金払ってやってるんだから」と言われたことがある。
ある日、友達と一緒にパヨクの集会に潜入したんだ。そこで見たものは、まさにカオス!みんなが「平和」とか「愛」とか叫んでるけど、その合間に突然、巨大なピザが空から降ってきたんだ。パヨクの集会では、どうやらピザが神聖な象徴らしい。
そのピザを見ていると、なぜか頭の中でカエルがバイオリンを弾き始めた。音楽に合わせて、パヨクの尻がリズムよく揺れているのを見て、俺は思わず笑ってしまった。あのプリップリの尻が踊る様子は、まるで宇宙の真理を表しているかのようだった。
そして、突然現れた宇宙人が「我々もパヨクの尻を研究したい」と言い出して、会場はさらに大混乱。ネトウヨとしては、こんな奇妙な状況に巻き込まれるとは思ってもみなかったけど、なんだか不思議と楽しい気分になった。
結局、その日はパヨクの集会で踊り狂う尻たちを眺めながら、ピザを食べて帰ったんだ。人生って、本当に何が起こるかわからないよね。
俺はこれを娘と見ていたのだが、娘が「猫背のまま虎になりたい?どういうこと?」と聞いてきた。
いきなり娘に山月記の話を始める自意識歪めママにはなりたくなかったので「虎みたいに強くなりたいってことだよ」と説明した。
ああ、なんてことだ、本来の意味の3割ぐらいしか伝わっていない。
「猫背のままで?」と娘は返してくれなかったので、ただ「強くなりたい」という歌だと思ってしまったかも知れない。
でもそこで掘り進めるのは感想押し付け狭量ママみたいだから辞めた。
でもそれは弱いままの自分に対して否定と肯定を織り交ぜた強さだ。
李徴のように自意識過剰な自分の存在に対して「心が弱いままでも、物理的には強くなれるなら、そんな不健康な強さを自分のロックとして貫きたい」と宣言している、はずだ。
ギターヒーローとしての強さと、後藤一人としての弱さ、その二つを合わせた自分を「ぼっち・ざ・ろっく」として肯定してくれたことで、走り出した思いを載せた歌詞、のはずだ。
だから「虎」が意味しているのは「強くなりたい」では不正解なのだ。
「猫背のままで」と合わせて2回分の弱さと1回分の強さで、2:1で弱いに偏ったままの歪な強さ、それしか出来ないならそれを目指すという決意なのだ。
たとえば世の中によくあるのは「健全な精神と健全な肉体の両立。つまり強くなることで両方手に入れる!」という完全に前のめりな精神、最終的に0:1で強さが圧勝する強さ、それを目指すことが肯定されがちだ。
そんな世界に押しつぶされ、自分を偽りながら手に入れた見た目だけは0:1だけど実際には1:1の強さなギターヒーロー、そして結局残った1:0で切り捨てた弱さばかりの自分の心、それらを混ぜ合わせて生まれる2:1の弱さ多めの強さ。
「ぼっちちゃんのロックを」と背中を押されたことで、弱さ成分多めなままの自分を光の下に曝け出すことを選らんだから手にした1:0じゃない自分、それが「猫背のままで虎になりたい」なんだって、俺は思ってるから。
でもこんなこといきなり言われても相手は困るだろうな。
一生始まらないんだ。
なんてことだ。
10年ぶりぐらいかな?いやー、正直驚いたね。駅を出た瞬間、ヨドバシAkibaの大きさに圧倒されてさ、こんなの昔あったっけ?って。
10年前は確か、こんなに大きな家電量販店はなかった気がするんだけどなぁ。
周りを見渡すと、すっかり様変わりしていて、なんだか一瞬ここが本当に秋葉原か疑っちゃったよ。
昔よく通ったあのパソコンパーツのお店、ドスパラとかツクモはまだ健在だったけど、全体的に商店街の雰囲気が薄れてきてる気がする。
新しいビルがどんどん建っていて、特にアトレ秋葉原なんておしゃれなカフェや雑貨屋が入っていて、ここアキバ?みたいな感じ。
ラジ館もリニューアルされてて昔のくたびれた感じがなくなって、なんか都会的になっちゃったなーって思って歩いてた。
でもさ、@ほぉ〜むカフェは健在で、そこだけは全然変わってなくてちょっと安心したんだよね。
10年前もここでメイドさんに「お帰りなさいませ、ご主人様♡」なんて言われて照れ臭かったなぁ、なんて思い出しながら入店したわけです。
店内の雰囲気は相変わらず。
青臭い学生時代にタイムスリップしたみたいで、何だか目頭が熱くなってしまった。
そういえば、昔お気に入りだったももこちゃんはどうしてるんだろうなーなんて思ったけど、流石に10年も経ってるからね、居るはずもなかった。
メニューを見てみると、懐かしの萌え萌えオムライスを見つけて、迷わず頼んだんだ。あのケチャップでハート描いてくれるやつ。
で、オムライスを食べていると、近くの席のオタクたちの会話が自然と耳に入ってきた。
彼らは熱心に呪術廻戦について話してて、五条悟の強さについてとか、アニメの作画が神レベルだとか、聞くつもりなかったけど、声がでかくてね、つい聞いちゃったよ。
その二人のオタクが話してる様子を見てたら、ふと大学時代の自分と友人を思い出して、なんか微笑ましかったんだ。
俺と友人も昔はここでこうやって熱くアニメとかゲームの話してたなーって。
そう考えると、時代は変わってもオタクの情熱は変わらないんだなって、妙に安心した。
オムライスは美味しかった。店を出て、ふと空を見上げると、秋だっていうのにまだ熱気が残ってる感じがして、その熱気がこの街には似合ってた。
でも、根っこの部分は変わってないんだなって感じがして、なんだかほっこりしたよ。
もし、経済支援せずに発展途上が長く続いてたら
封鎖してもガンガン中国人や韓国人が日本に移民難民として流れ込んできてたわけだろ
事務処理をミスし、それに気が付かず数ヶ月が経過してしまったことに先週気がついた。
新車を買っており、親がそのローンの保証人になってるけど、彼女との結婚のために貯めておいた貯金があるから繰り上げで返せそう。
実家暮らしだし他に借金もないから負債を残して迷惑をかけることはないはず。
スマホやパソコン、タンスの中の見られたくないデータや物の処分も始めないと。
後始末をすることになる係員や係長に迷惑がかかることだけが気がかりだが、それ以上に課長と課長補佐の机の前に立たされて事情を聞かれる「あ、あの人何かやからしたな」状態になるのが嫌だからな。
だからと言って休職すると「あ、あいつメンタルやらかして潰れたか」って目で見られる。
バブル入社で就活ヌルゲーしてる先輩を見てきたせいで学生時代は「勉強なんてしなくてもぶっちゃけ余裕っしょ!?親戚のニーチャンがそう言ってたぜ~~~」みたいに適当やってきたからちゃんと勉強する癖や将来についてまともに考える癖がついてない。
唐突にやってきた現実を前に逃避と責任転嫁を繰り返すことしか出来ず、皆してそれをやっていたからそれが普通なんだと思い込んだまま精神が成熟。
戻れない所までやってきた辺りでふと周りを見渡すとちゃんと頑張ってきた人間は結果を出していて、生まれた時代を言い訳にしている自分たちだけが取り残されている。
そんな中でこれまた残されたもの同士で寄り集まって「全部政府が悪かった!生まれた時代のせいだ!戦時中に生まれた人は夢を叶えられずにガダルカナル島で死んだでしょ?僕たちも同じなんだ!」と喚き散らすばかりになっていった。
次第に周囲からは完全に呆れられていき、社会から切り離されて氷河期世代の恥晒し集団だけでエコーチェンバーを形成。
凝り固まった考えはもはや治すことも出来ず、「自分たちの人生で一番マシな時期」であった「まだ何者でもない学生時代」に思いを馳せいつしか精神年齢がそのレベルで凝り固まってしまう。
そんなどうしようもないまさしく「超ガキ」としか言いようのない「氷河期生の失敗作の煮凝り」みたいな奴らの叫びがちょくちょくインターネットでは聞こえてくるよね。
あれさ、見ててマジで恥ずかしいなって思うんだけど、本人たちもそれを分かってやってるのかな?
特許制度というものがゲーム業界と合っていないように思う。業界の常識をわかっている同業ならクロスライセンスで許すけど、空気を読まない新規参入は幅広い基本特許で刺す、というのは寡占市場で邪悪な企業がやっていることだ。特許制度によって経済厚生が下がるケースに思える。
特許制度の重要性はよくわかる。薬品業界の発展は特許制度がないと遅れるだろう。画期的な材料の開発とかもそうなると思う。ただ、ゲームのソフトウェア面に関しては、ブランド名と著作権、それに不正競争防止法あたりで保護すれば十分で、それ以上の保護はいらないんじゃないか。特許制度がゲームソフトには適用されない、となったとしても、そのことでゲーム業界の発展が遅れたりして消費者に害を及ぼすとは思えない。ある程度の操作性はゲーム会社を超えて統一されたほうがユーザーにとってはプラスなことを考えると、特許制度はユーザーに直接害を与える制度に思える。実際大手ゲーム開発会社間では適用されてないわけだし。
たぶん、ゲーム業界が日々急速に発展していて、すれ違い通信とか今までできなかったことがどんどんできるようになり、あまりに基本的な特許を取れてしまうことが問題なんだと思う。自動車業界でいうと、ブレーキペダルを踏むと後ろのランプが光る、とか、曲がる方向にランプを出す、みたいな特許が許可されるようなことが起きているのではないか。
ちなみに、薬品とか材料とゲーム業界の違いは、基本的な技術革新が業界内で起きているのか、外部の産業、とくにゲーム業界なら、電子部品産業の発展を受けて作っている要素が大きいのか、の違いだと思う。すれ違い通信とか、基盤となる電子技術の発展には任天堂は関係してないでしょう。だから、特許制度の存在に依存するような研究開発はあまりないのではないかと見ていて思う。現在のこの技術を前提とすると、こういうソフトウェアが自然だよね、というのが特許になってしまう、というか。