はてなキーワード: 背徳とは
もともと女性一般から広くモテたいとか、誰でもいいからセックスをしたいとかさせてほしいとか、社会から魅力的な男性として認められたいといった願望はない。俺が惚れた女がたまたま俺に惚れてくれないという状況がン十年続いているだけだ。しかし世間一般ではその状況こそ恋愛弱者とされているのだろう。俺からしてみれば弱者という自覚などないしこうした現状を特に気に病んでもいないが、うるおいのない人生であることもまた事実だ。たしかに人生はパサパサだ。顔は脂でネチョネチョしているが。さて、独り身の男がうるおいのない人生に慰めを見出すとしたら? もっとも手軽な手段は読んで字のごとく自慰である。というわけで、ここから先はオナニーの話をします。恋愛弱者論は出てきません。お引き取りください。
100%イマジネーションだけで登頂できる程度にはまだ元気な私だけれど、もちろんよいおかずがあればそれに越したことはない。私の世代の男性はさまざまなおかずで食事をしてきた。うつろいゆくエロメディアの変遷をすべて経験してきた。いや、ピンク映画は経験してないか。まあいい、それはさておき、自宅の電話線に通信モデムが接続されるまでの長い長い間、私の主食は紙媒体だった。エロ本、エロ小説、エロマンガである。劇画タッチの暗くて薄汚いエロマンガに代わってアニメ調のかわいらしい絵柄の美少女エロマンガ雑誌が続々登場し、それに夢中になったりもした。アダルトビデオもすでに文化としては大輪の花を咲かせていたが市場的にはレンタル専用の位置づけで、日々の主食とするにはコストがかかりすぎるごちそうだった。どんなに気に入った作品でもレンタルは返さなければいけないし、セル用VHSともなると1本が1万円以上したのだ。
こうしたおかず環境はインターネットの登場で激変し、通信環境やパソコンの処理能力の向上でもう一度激変した。このあたりの変遷はくだくだしく振り返る必要はないだろう。かつて、何世代ものダビングを経て裏か表かすらよくわからなくなった飯島愛のビデオに目をこらしていたことを考えると、常時接続のネット回線からフルハイビジョンの無修正動画が無料でドバドバ降ってくる現代の状況は「隔世の感」などという月並みな言葉では語り尽くせない感慨がある。「この世の春」が少し近い。
もっとも、この変化はあくまでも量的な変化に過ぎない。ガビガビの飯島愛とフルハイビジョンの七沢みあの違いは、端的には解像度と入手性だけであり、メディアとしての質的な差はないと言える。どっちも同じ動画だ。そこには、かつてエロ本(静止画)に代わってエロビデオ(動画)が登場した時のようなパラダイムシフトはない。作品の内容についても同様である。80~90年代のAVに比べると現代のAVは内容がめちゃくちゃに高度化していて、とんでもない美人がとんでもなくエロいことをとんでもない演技力でやってのける時代になったが、これとても地道に連続的に向上していった結果であり、その間に何か飛躍があったわけではない。
この先もこういう線形な向上がひたすら続くんだろうな、と俺は思っていた。モデルはますます美人になり、エロ演出はますます洗練され、解像度は4K、8K、16Kとますます向上し……そのうちテレビも買い換えなきゃだな、と。この先に非線形な、飛躍をともなうパラダイムシフトが起こるとは思っていなかった。
ところが2016年になってそれは起こった。アダルトVRの登場である。
それはまさにパラダイムシフトだった。静止画が動画になったあのパラダイムシフトさえ超える革命だった。初めてアダルトVRを見たとき、「これは今までのAVとはまったく異質なものだ」と私は確信した。
VRゴーグルをかけて再生を始めた時、自分は行為の「当事者」になっていた。それまでのAVでは(一人称視点モノであっても)自分はあくまでも「傍観者」だった。見慣れたハウススタジオで繰り広げられている知らない誰かと誰かの性行為を神の視点で眺めるだけの傍観者だ。男優の求めに応じて、あるいは自発的に女優が行う行為の淫靡さ大胆さ、背徳さや不潔さ、それを傍観して興奮するのが従来のAVだ。AV嬢は裸になるのが当たり前だし、裸になるまでのチンケな三文芝居など早送りするしかない。
しかしアダルトVRはそれとはまったく違った。なぜか間取りをうっすら知っている家の中に自分はいて、目の前にはめちゃめちゃきれいな女の子がいる。冬服に変わったばかりで今タンスから出してきたようなブレザーの制服を着ている。樟脳のにおいがしてきそうだ。その子がこっちを向いて「うふふっ」と笑う。こちらもつられてつい笑ってしまう。「ンフッ」 今までAVを見ていてそんなことがあったか? 俺はなかった。画面の中で何が行われていても、握力と緩急の調整こそすれ、表情は真顔のままだったと思う。
驚くべきは女優たちの演技力だ。アダルトVRは基本的に「女優の一人芝居」である。自分役の男優はいるがただの木偶であり、ストーリー進行はすべて女優の演技に任されている。女優たちはこれを見事にしてのけるのだ。イッセー尾形とまでは言わないが、正直私はAV女優たちがここまでちゃんとしたお芝居をするとは思っていなかった。また、そのくらいアダルトVRは女優の演技力が重要なジャンルなのだった。棒読み学芸会の芝居だとまったく白けたものになってしまうのだ。結果として、ただかわいくてスタイルがいいだけの女優ではなく、きちんとお芝居のできる女優が日々発掘され、適性が見いだされ、人気を得て活躍していくようになった。
一人称AVというジャンルは古くからあるが、久しくマイナージャンルであった。しかしここへきて一人称AVは突然業界のどセンターに据えられることになったのだから世の中わからないものである。
一人称という形式により、2Dでは早送りしていたような行為前後のたわいもないドラマシーンががぜん意味を帯びてきた。この女性は下宿の美人管理人さんで、俺はしがない浪人生。この女性はかわいい妹で俺はモテない兄貴。この女性は神待ちJKで俺は一人暮らしの冴えないおっさんリーマン。2Dではわりとどうでもよかったそんな設定がいちいち重要になってきた。その設定に没入すればするほど、目の前の女性が服を脱いだ時の衝撃と興奮が大きいのだ。もし美人教師やかわいい看護婦さんが「現実に」目の前で服を脱ぎだしたら、誰だってびっくりするでしょう?
風呂上がりでバスタオルを胴に巻いただけの妹が俺のほうに上半身をのり出してきて、急にまじめな顔になって聞く。「ねえおにいちゃん、そらのおっぱい見たい?」俺はあまりのことに声も出せずただブンブンと首をタテに振るしかできなかった。「ほら!」バスタオルの前が勢いよく開かれた。椎名そらの、いつもAVで見ていたあこがれの椎名そらの、あの白くてすべすべしてふっくらとまろやかで、ぷにぷにと弾力のあるかわいい乳房が、俺の目の前でぷるんと揺れた。「あっ、あっ…!!」人は感極まるとカオナシみたいな声が出てしまうことを知った。「興奮する?」「うん…する…する!」思わず答えていた。
目の前に素敵な女の人がいて、自分を信頼して親密に身を寄せてきてくれるあの幸福感が脳を満たす。「幸せ物質」みたいなものがあるとしたらそれが体中を駆けめぐる感じ、2DのAVでは決して味わうことのないゾクゾクする感じがアダルトVRにはあった。もちろん相手が生身の女性だったらその歓喜はもっとずっと大きいはずだが(長いこと感じていないのでどのくらいか忘れてしまった)そんなことはもうどうでもいい。少なくとも2Dにはそれがなく、VRにはそれがあるのだ。
心通じ合うパートナーがいなければこの先ずっと得られないと思っていたあの歓びを、わずかでも擬似的にでも感じることができたし、ゴーグルをかければいつでも感じることができる。そしてこの先まだまだVRゴーグルの性能は向上するし、きっと動画の解像度も上がっていくだろう。素晴らしいじゃないか。コロナにおびえながらキャバクラや風俗に通わなくてもいい。俺はもう、大丈夫だ。これさえあれば、アダルトVRさえあれば大丈夫だとわかった。生きていける。
ヒトラーは、
戦争にも
経済政策にも
すべてに失敗しているし
どの角度からもどうにもならない
お寿司食べた過ぎて眠れないしこんな真夜中にコンビニに行くのは少し怖いし背徳感があった
無理やり寝た後
朝になって用事を済ませて寿司のタイミングを計っていたら夕方になった
よし、寿司行くぞ!
迷った
こんなに大きな地震の後に寿司屋に来るなんて危機管理能力がなさすぎないか?
のんきな客が来やがったぜと思われかねない
第一、この後寿司を食べに行って大きな地震が来たら本当にシャレにならない
たぶんこんな時でも寿司食べに行っちゃおとかいうやつが怪我をするのかもしれない
というかそういう人もこの世には多いんだろうか(自分含め
友人から安全確認の電話が来てお互いの状況を話し合っていたらもう19:20をまわっていた
友人に私がいかに寿司を食べたいのか昨日からとらわれているのかを語っていたら
寿司行きの決断を応援していただき電話を切り急いで自転車に飛び乗り最寄りの回転ずしに
時間はすでに30分を過ぎていた
自分の愚かさが情けないやら悔しいやらでスーパーで寿司を買う場合は場合は2パック買っちゃおう
もはや手遅れかとも思ったがアルコールの提供は終了しましたが…
とのことで入店を許された
30分という時間に焦りながら食べる寿司はもはやスポーツであった
口へ運ぶ。でも目線は次の獲物へ
たくさん食べたい!と必死になってしまったが早く食べるのが申し訳ないほどおいしかった
初めて行く地元で愛される系のお寿司屋さんだったがだいぶ繁盛していた
脂がのってぷりっとしたえんがわや、甘辛いたれとふっくらとした食感が美味しいあなご
いつもえんがわ2皿とかサーモンだとか定番のネタを食べてしまい一生食べなさそうなネタもあるけれど
人はどのタイミングで今まで食べたことのない寿司ネタにチャレンジするんだろうか
次回は開拓していきたい
あっという間にラストオーダーになってしまったがとってもとってもおいしかった
去り際に美味しかったですと言って退店したけれど
お寿司は良いなあ
寿司欲満たされてよかった
お寿司最高
若い子が居る事で評判のソープランドに行った時に、女の子がTwitterをやっていると口を滑らせた。
流石に、アカウント名は言わなかったが、プロフィール欄に個性的なワードを入れているなんて事を雑談の中で明かしてくれた。軽い気持ちで言ったんだろう。
プレイが終わり退店後、このワードで検索すると、そのアカウントが見つかった。
内容を見て驚いた。
それは、完全に普通の趣味アカウントで、ソープはおろか風俗に関する事など、一言も触れられていなかったのだ。
その後、ソープの出勤時間にはツイートしないなど傍証も取れたので間違いないと思う。
営業用アカウントではないにしても、所属を隠した風俗嬢アカウントと思っていたので、これは予想外だった。
そっと、非公開リストに追加した。
その後の話だけど、二週間に一回程度、暇な時にチェックしていた。ある意味ストーカーだ。
多分、知らない人からは付き合った彼氏の話だと捉えただろうけど、素性を知っている自分は悪い客に当たってしまったのだろうなと感じた。
その後、この娘はお店を辞めた。(お店のサイトから名前が無くなった)
もしかしたら別のお店に行ったのかも知れないけど、それはわからない。
それから何かあったかというと何もなく、彼女は今もTwitterは続け日常を呟いている。
自分もたまにアカウントを覗くだけで、触れる事はしない。それはいろんな意味でルール違反だ。
ただ、一見普通のアカウントの持ち主が、一時的にとは言えソープランドに在籍していたと考えると、少し背徳的な気分になる。
そんな事を、珍しく暇なリモートだったので綴ってみた。
我ながら、悪趣味だと思う。
夫と子供がいる女性と付き合っていた。
彼女は都内の公団住宅に住んでいた。夫の人がリストラされたためパートタイムで働き、病弱な子供の世話もよくしていた。
勤め先でたまたま知り合い、折に触れて身の上話を聞いているうちになんとなく、そういう仲になってしまった。
かかわった年数は長かったけど、同衾したことは数回しかない。彼女が泊りがけで表に出るのは難しかったし、相性もあまりよくなかったのか、お互い行為に没入できなかった。
夫の方には何の恨みもなかったので、罪悪感をスパイスに盛り上がれるような関係でもなかった。私は無理にがんばらないタイプなのだ。努力が足りないのかもしれない。
でもキスはいっぱいした。
週末の昼下がり、彼女の家から数駅離れた駅前で待ち合わせ、特に見るべきもののない町並みを散歩し、見知らぬマンションのエレベーターで適当に上の階のボタンを押して、ドアが開くまでキスをし続けた。
彼女のことは大事に思っていたし、でも夫や父親の代わりになるのが無理であることもわかっていた。だからキスするしかなかった。当然、住民に出くわして赤面したこともしばしばだ。
彼女は「私は都合がいい女なんだからどうぞ弄んで頂戴」と悪ぶっていたけど、本当のところはどうだったのか。
パート先の不満やしがらみを日々愚痴りながらもそこから決して離れようとはしなかったのと同じように、きっと家族関係も保ちながらキスだけの交際で満足しているのだろう、と勝手に想像していた。
しかし送ってくるメッセージが次第に真剣味を帯びてきて頻度と分量がどんどん増し、これ本当に自宅で書いているんだろうか、だとしたら家で端末に一日中向かい合っているんじゃなかろうか、という規模になってきて、同居家族が気づかないわけがないと思うに至った。
これはまずい。既にもう背徳行為はしているわけだけど、露見することで周りの人をさらに不幸にする前にどうにかしなくてはならない、と思った。
責任を取るとか取らないとかいう関係ではなくあくまでも対等の立場のつもりだったが、身一つの私と比べて彼女は失うものが多すぎる。加えて私にはどうしてもその先に踏み切れない事情があった。
夫と子供から彼女を奪う悪役になったら一生負い目になるな、という思いももちろんあったが、問題だったのが彼女の文才のなさだった。
飲食店勤めの彼女には小説家になる夢があった。なろう系というのだろうか、小説投稿サイトで発表している(もちろんペンネームだ)作品について感想を求められたりもした。
あからさまなイケメン登場人物について「このキャラはあなたがモデルなの」と言われたこともあり、まあストーリーの都合上無理やり美化しなければいけない事情があるのだろうと苦笑するしかなかった。私は自分の分をわきまえている。
残念なことに、彼女には小説家の才能が決定的に欠落していた。なんというか、言葉が上滑りしているのだ。好きそうな小説の雰囲気を真似ようとしているのはわかるが、読むのと書くのとでは話が違う。
ストーリーが凡庸だとか構成がよろしくないとかのレベルではない。自分の頭の中の設定を文章で他人にうまく伝える、という第一歩の部分で、彼女はもう失敗していた。
夢見がちなのは悪くないけど、そのイメージを人にわからせるためには客観性が必要だ、自分だけわかっていてもだめなんだ、ということを最初は間接的に、次第に直接的に伝えた。こちらの言い方も悪かったのだろう、最初は聞いてくれていた彼女も「あなたに何がわかるの」と耳を貸さなくなった。
「医者とか有名スターとかが登場する話より、日頃話しているお店の話から膨らませていった方がリアルで面白いエピソードがいっぱいあるんじゃないの」と言ったら「あなたは何もわかってない」と拒否レベルがさらに上がった。そういう日常が嫌だから創作に走っていたのだろうか、とこれは後知恵だけど思った。
そんな関係に数年前、私の配置転換で終止符が打たれた。
出世の望みは絶たれたけどまあのんきに釣りでもして暮らすかね、と思ったらしっかり三人前ぐらいの仕事を背負わされ、支店で残業続きの毎日だ。世間は厳しい。
「飛行機代出すからたまに遊びにおいで」と彼女に言ったが、パート主婦には無理であろうこともわかっていた。「もしかしたらこれを機会に彼女が一大決心するかも」というずるい期待もほんの少しだけあったのだけど。
そして、もしそれが実現しても、才能のない作家志望者との同居に私が耐えられるかどうか微妙なことも知っていた。もともと小説の話がきっかけで付き合い始めたのだったけど、同じ言葉が通じない相手との生活には現実感を覚えられなかった。
メッセージのやりとりは次第に間隔が空き、やがて途絶えた。SNSなどの共有はいつの間にか解除され、モデル小説も消えていた。そういうことなのだろう。
コロナで長らく出張とはご無沙汰だったが、来月末に久々の東京本社出張を予定している。
彼女の唇の感触を思い出す。そばに行くことを思うと少しだけ心は騒ぐけど(会社のそばにもキスしたビルはある)、たぶん彼女は彼女なりにけりをつけた関係だろうから今更波立ててはいけない、と思った。私はがんばらないタイプなのだ。
ズル休みで得る背徳感のある快感と自己嫌悪が混ざって複雑でなんとも言い表せないぐちゃぐちゃな感情がそこにはある。
仕事は大した内容は任されていないが
突然休なんてしたらやはり社内的には迷惑だろう。
私も前職ではそういう人を間近で見てきて
人間関係や社風が合わない のだろう。
決して周りの先輩社員や上司が倫理に反するようなことやハラスメントもしているわけではないし、むしろ人当たりもよくて働きやすいとも思うのに、何故か合わない。
こればかりは自分に非があると思わざるを得ない。
結局は「何も努力しなかった人間の末路」になりかけている自分をただ受け入れるしかない状況になった。
高校生の時はただただ漠然と大人になったら普通に社会人になって社会的に評価されている人になるんだろうなって思っていた。アホな話、勉強もろくにしない奴がそんな評価されるわけないだろ、と。
だとしても気づいた時にはもう遅くて、仕事は全然長続きしない。
もともと勉強も習い事も年単位で継続したこともない人間がなにも長続きしないわけだから
なにも身に付かないわけで結果、転職の繰り返し。
継続と習慣が壊滅的。
なにかしら仕事に飽きがでる。
やれ収入が低いだの、もっと上流やりたいだの、技術者になりたいだの、、全部言い訳。
なのにほんの少し、多少のデスクワークとべしゃりができるだけで筆記・面接クリアはできてしまうし社会に若干の受け口がある。
いっそのことバッサリと社会不適合者だと切り捨てて
何者かになれる可能性を感じているようで手を伸ばさないし挙句働くことを諦めかけて
社会的な居場所や立場を求めて、見つけては自分の手で破壊する。
何者かになりたい。
こんな思いを心底願っている自分がすごい嫌いだ。
・仕事が単調、もしくは合わない
・組織としての統率感のなさ
・定時退社しない人多くて帰りにくい
明確化するために書き出してみようとしたが抽象化してしまった。
もう働きたくないんだねきっと。
背徳感を感じることはあっても、罪悪感を感じることは無いな。
先月、徒然なるままに「夫に隠れて寿司を食べている。 anond:20210112213223 」を書き綴ったところ、非常に多くの方から反応を戴けた。
妖怪寿司女なるなかなか的を得た、夫に自慢したくなってしまう名も頂戴してしまいとても嬉しかった。美味しいことは良い事だと常々思う。
しかしその所為で夫が出張から無事に帰宅した今日までの間に何度自分の日記を見せぬようにと我慢したかは計り知れない。
夫は然程怒らないだろうが、この美と背徳の味は私の胸に秘めておいた方がきっと幸せだろう。
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「101」は、恐らく私が初めて覚えた数字だ。青森県から秋田県へ続く文字通り一本しかない国道の名前。
私は大半の大人が漁師か猟師をしながら漁業に務めているような限界集落で育っていた。バブルも弾けた平成前半の事。
故に、なかったのだ。
節分の2月2日、家族揃って恵方を向きながら容赦ない太巻きを無言で食べる文化や概念は、北の外れに存在しなかったのだ。
だから節分とは、玄関に落花生をばら撒き、そそくさと片付け、雛祭りの前祝い程度の雰囲気でささやかな夕食を取る健康的行儀。
私は、節分の2月2日は、お小遣いでお寿司が買える。それに気付いてしまった。
企業努力の賜物である。小学生のお小遣いでも当時は恵方巻が買えたのだ。
しかも、ピンクのでんぷが入っている一番安い太巻きなら、2本買える。2本。
高級感と憧れのハッピーセットというとんでもない行事があると、当時小学生は気付いてしまったのである。
それこそ普段はちょっと高くて、輪切りになっていて、綺麗にパックされていて、なんか微妙に物足りなさもあるサラダ巻が、一年に一度の節分の日だけは威風堂々丸かぶりする事が許される。なんということか。
そのうえ「これぞ西側の文化なり」とでも胸を張って主張すれば、行儀が悪いと窘める母もなにやらおとなしくなってしまう。
そして何故か祖父がとても嬉しそうだったのをぼんやりと覚えている。
そして、現在。
恐らく夫は今日の事を
「海産物や寿司に対して並々ならぬ執念を抱いている妻による年に一度の恵方狩りの日」
とでも思っている。
概ね間違ってはいない。何年も付き合っていれば、この習性はもはや隠せる類ではない。
昼休みには「恵方巻食べれた?」とラインが来た。「夕方から出て、4ヶ所くらい確認できたら良きかな。サーモンサラダ巻、いと美味し」と返事をした。
仕事は早めに切り上げて、大型スーパー2件と小型スーパー1件、近所の個人経営の居酒屋の4件を巡り、先程帰宅した。ふと誰かが、これは増田に書けよと、耳元で囁いた気がした。
エコバッグの中を開けてみると、何故だか少し寂しくなった。
年々、中身が軽くなっている気がするのだ。
豪華な海鮮巻や奇抜な肉の海苔巻が増え、値段自体も毎年上がっているように感じた。
美味しい事は良い事だ。適正価格なら仕方が無い。
今年はウーバーイーツにハマってあまり恵方貯金できていなかったからなぁと思い、取り敢えずサラダ巻とマグロ納豆巻を用意する。
先程、夫から、職場で緊急事態が発生した為、今夜は現場に泊まるかもしれないという連絡を受けた。
会える範囲の友人たちもコロナ禍の下、確かに無言・黙食とはいえ、恵方の飲食に誘うのは気が引ける。平日都会のベッドタウンを過ぎゆく風は、まだあまりにも寒いのだ。
冷蔵庫を圧迫する恵方巻をどういう順で食らおうか、何度も何度も考えていると、だいたいの悩み事はあとでもなんとかなりそうだという気になってくる。
夫からのラインに私は大型スーパーで買ったスパム巻の写真を撮影し、夫に送った。夫は喜んでいるようだ。
しかしこのあと思い知るだろう。恵方巻はスパムだけではないことを。
深夜か明日が、夫が冷蔵庫を開けた時にいかなる反応をするか、本当にとても楽しみだ。恵方 is サプライズ。サプライズ is プライスレス。つまり恵方 is プライスレスということ。
そう考えると、なにやら不思議と強くなった気が沸いてきて、夫の不在を良い事に家事でもするかと思ってしまう。
そして、そのついでに、もう少し遅くなってから、値引きシールのついた恵方巻の散策にでも乗り出そうかと思うのだった。
サーモンサラダとサラダ巻とマグロ納豆恵方巻は、とても美味しかった。
※妖怪寿司女:寿司を食らう量は恐らく人より多い為、概ね間違ってはいない。ありがとう
※落花生:投げる豆が落花生か大豆かで戦争が起きるらしい。自分は落花生派だったが、夫は大豆派である
※99円の海苔巻:あらゆるものが値上げしていく世界で価格を維持してくれる心の友達
※桜でんぶ:桜でんぶは雛祭りと恵方巻と運動会くらいでしか見る機会がなかった気がする。美味しいし可愛いしなんだか嬉しくなる
※祖父:20人くらい乗れる船を持っていた漁師。本名は文字面が「寿司」にかなり似ている
※サラダ巻:ヘルシーじゃないのにヘルシーな気がする
※恵方貯金:今年は全くできなかったので、800〜1000円クラスの高級恵方巻を買うことはできなかった。でも毎年サラダ巻を中心に色モノ系と定番中心で高級品は買ってなかったから平気だった
※スパム巻:初めて見た
※恵方:南南東。位置的には猫のトイレがある方角の為、細かいことは考えないようにしている
※恵方巻:食品ではなく嗜好品の扱いの為、私の財布から生まれる。結果、食費が少し浮く
※恵方巡り:今年はDQウォークしながらスーパーを歩いてまわった。心から美味しく食べる為には減量大事だと思う
※マグロ納豆巻:もしかしたらこいつは恵方巻じゃなかったかもしれない
※冷蔵庫:恵方巻があると思うとわくわくしてしまい無意味に何度も開け締めしてしまう
※予約恵方:基本現物を見て美味しそうだと思うものだけ買うタイプなので滅多にしない
※居酒屋の恵方巻:今年唯一の予約恵方。お会計をする時に現物見せてもらったらついテンションが上がっちゃって「美味しそう!え、これ、めっちゃ安い!すごい!」ってはしゃいでしまった。店長が笑ってたからよかった
※恵方巻:なるべく早く食べる方が美味しいのは当然だが無理して今日中に食べきらなくてもよいので、2,3日くらいは強い気持ちでいられる
※値引き恵方:学生時代は値引き恵方が中心だったので昔の血が疼いてしまう
※恵方巻:スーパー次第では2月3日に半額で買える場合もあるが、現在住んでいる地のスーパーは2月2日のみ販売を貫いている
※恵方巻:実はあまり魚介系は買わない。漁村出身補正を抜いても、価格に対して合ってないと感じる場合が多い
※野菜:山本ゆりさんや有賀薫さんのレシピにはよくお世話になってます
※恵方巻:しかしながら改めて書き起こすととても二人暮らしとは思えぬ量である。
購入恵方
・サラダ巻 298円
一方で、中学生ぐらいになると性欲が湧いてくる事自体は理解されているのですよね?
LGBTの流れとBLはあまり結びつけない方がよくて、BLが若い女性の中で流行っているのにはいくつかの複合的な理由があります。
こういった事情があり、若い子の間では単に「流行っている」んです。
実際には絵柄や登場キャラクターがイケメンだから好んでいるだけだったりします。
あなたも、今思えばちょっとなんで好きだったか分かんないけど、流行ってたから嗜んでいた趣味の一つや二つ、あるのでは。 理解しがたいかも知れませんが、現代の女子の一部グループにおいて、BLはそういう立ち位置なんです。
ただし、腐女子文化はそのまま非モテ文化への入り口でもあるので、高校生になる頃にそっちの道に行かないように気を配ってあげるのがいいと思います。
娘さんが年頃になっても身なりに気を遣わないようだったら、オシャレの仕方などを教えてあげるなど、してあげるとよさそうです。
https://anond.hatelabo.jp/20210118105022
んーとね、どれも要素詰め込みすぎだと思う。そこまで描き切れる技量を持ってる作家さんほとんどいないよ。
微妙。ここまで行くケース自体がほとんどないっすね。「火箭 ゆるすまぢ!」くらいかな。
寝取られた女が間男に開発され、S女に。騎乗位でイッちゃうなんてだらしないおちんちんね、などと言われつつ逆レイプ。心は戻らず。
これはあり。主に皇女様が魔に堕ちたケースなんかで見るね。ただ、逆レイプまで描いてくれるケースもほとんどないね。「エロ―ナ」くらいかな。
蛇足感があるのでなし。ドM女まではよくあるけど逆寝取りはほとんどないね。「異世界ヤリサー」くらいかな。
寝取られた女と間男が秘密を共有して、元男といるときにも電動バイブ遊び。間男の精子が入ったまま元男の精子で上書きされ二重の背徳感でイク女。
ありだけど描き方次第ではクソになりそう。 「ねらいうち」あたりがそうかな。