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はてなキーワード: 不可能とは

2022-12-12

40歳男性彼女を作るのは不可能なのか

あきらめたくないっ!!

anond:20221211130053

単に男性は好みが「属性単位で嫌いな「属性」を態々検索なんかしないからでしょう。

属性」は「そのキャラ」を特徴付ける一要素であって分離も不可能だしする意味もない。(分離したら別のキャラになってしまう)

それに実在人物名とか商標とか問題ある場合男性だって普通に検索避けしてますよ。

単に「キャラの一面」にしか過ぎない部分しか「見たくない」腐女子がそういう文化を内輪で押し付け合っているだけなのでは?

キャラの全て」を見れない・受け入れられない心の狭さが露出しているだけの気がします。

(しかもその「見たい一面」が公式言及した訳でもない「妄想」だったりするので質が悪かったりします)

文章匿名性が証明されていないとダメ世界

1. 文章を書いた人間特定されてはダメ

2. それぞれの文章が見られる頻度は平等

3. 文章に動的に目に見える評価不可能

4. 文章に対する評価は、匿名送信フォームで非可視状態投票で行われ、upvote, downvoteを選択できる。

5. 一定期間が経過した文章評価値が公開され、それ以後は評価値は変わらない。

6. 創作であることを明示せずにフェイクが含まれていたら評価値は0に変更される。

7. 一人の人間複数のupvote、downvoteを送れないようになっている。

8. どの文章投票するか相談が生じたらその票は無効

みたいなルールがあるとして、どういう文章評価されるんだろ。

要は誰が書いたかとかネットワーク効果とかそういうのを排除した状態評価される文章ってなんだろうなと。

2022-12-11

anond:20221211130053

自分の受け入れられない解釈を見ただけで半日引きずるほどダメージ受けるようだと、組織仕事するの不可能じゃない?

増田は何の仕事してるんだろう。あるいはまだ学生とかだとしたら、これからどうするつもりなんだろう。

anond:20221211124614

ロシア国民理屈もそうだとして「正しい歴史について我々と同じ結論に達しないのは勉強が足りないから」「我々は先に攻撃されたという実感がある」で対話なんか不可能で、まあ実効的に戦争すりゃいいんだけど

話題の件は弁護士バトルしてて平和なもんやん

西園寺っていう鉄オタYouTuberが、非鉄の友達とよく動画を撮っている。

非鉄には共感不可能なことで西園寺は喜び、友達を異常に移動がハードな旅程に付き合わせ、

友達に「きっしょ」と言われるのがお約束のようになっている。

付き合いの長い非鉄の友達複数いるようだ。

そして非鉄の友達は本当に一般人で、普通に就活してさっさと内定取ったようだ。

鉄オタYouTuberには「よく登場する友人知人」などがおらず延々と一人で活動する人が多いのだけど、

西園寺と彼らとの違いは何なのだろう。

無人島に二人っきりで取り残された時、男同士で慰め合うだろうか?

色々あって脱出不可能である無人島

ふたりとき助け合いときにぶつかり苦難を乗り越えサバイバルして無人島生活している。

若い二人、お互いに性欲は尽きることがない。

ちょっとトイレ、というふりをしながら自らを慰めていることは互いに知っている。

無人島に流れ着いたときはいけ好かないやつだと反目しあっていたふたり

しかし、今となってはかけがえのないパートナーのように感じる。

ああ、今日無駄勃起している眠れない夜。

やつは焚き火そばを離れて、茂みの中へと入っていった。

俺はどうするべきなんだろうか?

今年のレッドブルF1マシンは直線で速かった。おそらく何らかの方法ストレート部分でダウンフォースを失速させることに成功していることによると推測されている。

この特性は激戦となったレッドブルF1メルセデスチームとの昨シーズンにおいて、メルセデスが持っていたアドバンテージであった。

現在F1オーバーテイク(追い抜き)はDRS(可変式のリアウィング)を利用した直線部分のスピード差が大きくものをいう。

コーナーでの速さはもちろん必要だが、オーバーテイクストレートでDRSが主な要因として行われる。

逆に言うと直線部分でアドバンテージがあれば、DRSを使用したライバルから攻撃を凌ぎ切る可能性も追求できる。

昨年のレッドブルメルセデスの直線部分でのダウンフォースの失速による特性に大いに苦しめられた。

このことは大いなる教訓となったのであろう。

伝統的にレッドブルはコーナーでの速さ、大きなダウンフォースを追求することがマシン開発のモットーとなっていた。

しかし大きなダウンフォースコーナリングでの速さを保証すると同時に比較的には大きな空気抵抗となる。

その結果としてストレート部分が弱点となる場合が多かった。

だがレギュレーション一新された今期においては従来の考え方を捨て、現代F1におけるDRSの効果を存分に発揮できるマシンへと変革させた。

そのことが結果としてシーズン圧勝することにつながった。

対してメルセデスチームは昨年までの直線部分での巧妙なマシンワークによるアドバンテージを忘れ去ったかのような強力なダウンフォースを生み出すことを重視した空気抵抗の大きいマシンを作り出してしまった。

このことは本来であれば、機構は違えども機能としてはほぼアクティブサスペンションであると言ってもいいサスペンションシステムレギュレーションにより規制され、そのことによりストレート部分での失速は不可能になる、であればより強力なダウンフォースマシン必要性を生むという予測により行われたものと思われる。

しかしながらレッドブルは何らかの方法により、ストレートでのダウンフォースの失速に成功しており、この予測は間違っていたといえる。

加えて、メルセデスマシンのその強力なダウンフォースは車高を地面により近づけることにより発揮するというウィングマシンにおけるポーパシングを無視たかのようなコンセプトとなっていた。

このことによりメルセデスは全くもってライバルと戦えることなシーズン終盤までの時間レースではなくマシンテストをするかの如く過ごすこととなる。

 

しかし、面白いと思うのは結果としてレッドブルメルセデスともに去年互いに苦しめられたライバル特性を今年の自らのマシンに詰め込んできたということだ。

やはり隣の芝生は青く見えるとでもいうべきか、お互いに足りていない部分を追求していった結果としてこのような現象が起こったのだとしたら興味深い。

ただメルセデスは直線部分での失速は不可能となるはずだ、という予測した部分がすべての方向性の誤りとしての起点となっているのではないだろうか?と考える。

anond:20221210235812

いつものくさいひとなんだろうけど、みんななかよしってのは事実上不可能からこそスローガンになるわけで。

2022-12-10

女は下方婚しないんじゃなくて出来ないんです

この社会構造的に男性上位に出来ているんだから

男は男というだけで全ての女よりも格上なんだよ

そして日本では同性婚は認められていない

まり女にとっては全ての結婚上昇婚であり、女には下方婚をする事など不可能

つーか、現実には男は男ってだけで全ての女よりも社会的地位は上なんだわ

だけら女にとって男との結婚例外なく上昇婚であり、

女が「下方婚」するのは同性婚場合しか有り得ない

日本同性婚が認められない限り女が「下方婚」するのは不可能

anond:20221210084829

つーか、現実には男は男ってだけで全ての女よりも社会的地位は上なんだわ

だけら女にとって男との結婚例外なく上昇婚であり、

女が「下方婚」するのは同性婚場合しか有り得ない

日本同性婚が認められない限り女が「下方婚」するのは不可能

2022-12-08

anond:20221208194539

ネットハックは攻略を見ず普通にゲームやってると不可能に近い高難易度なだけでエンディング自体は有るぞ

ただ「真面目にやれば二日以内にエンディング見れるがほとんどなんだから」というのには当たらないから「ファンと言える」だろう

よくわからないんですが、はてなブックマークユーザーの中では左翼リベラルサブカルチャーって全部同じものなんですかね。

https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2022/12/08/084419

これは左翼同士の内ゲバじゃなくて、そもそもリベラル左翼部分的しか一致してなくて、

しろ左翼教条主義に染まってすぐにリベラル自由)の敵となるというだけの話だよ。

しばき隊を見ればわかるでしょ。基本的左翼というのは

モテたい」から左翼を名乗ってるだけの自分大好きパリピ人間なんだ。

音楽の才能がなく美少女でもないコミュ障ぼっちちゃん。それが左翼の正体だ。

から、たいていの人間モテ配偶者ができたら左翼引退するんだ。

今残ってるのは左翼になったにもかかわらずモテることができなかった非モテ左翼だけだ。

モテるために左翼になったのに、モテなかったから意地を張って「俺たちは正義のために頑張ってるんだ」という欺瞞を信じ込み

もともと信じてもいなかった正義脳みそを乗っ取られた哀れな存在なんだ。

左翼であってもオタク非モテという一点だけは通じ合うことができるのだがそれ以外ではコミュニケーション不可能だ。

それ以外では左翼俺様意見にみんながひれ伏すべきという中二病マインドのまま生きてるから

自分以外の他人否定することこそが本懐であり、それ以外に何もモチベーションがない。

そういう哀れな連中なんだからそういう声にまともに応えようとしても無駄だ。

何を言おうが、理屈をつけてどうせ否定してくるんだ。

今回能川先生は純粋左翼、地下猫先生マウントするためだけにリベラルの皮をかぶってるだけの中身は左翼

相手否定したいもの同士がいくら殴り合ってもそこから他人に称賛されるような何かは生まれないんだ。

そこにはブラックホール存在するんだ。 

ブラックホールの恐ろしさはぼっち・ざ・ろっく9話でもそう描かれている。みんなぼっち・ざ・ろっく見ろ。

相変わらずデリヘル嬢に恋をしている

どうも。先月に何度か投稿した、デリヘル嬢に恋してしまった増田です。

想定外のことがあり全投稿削除しましたが、いま思うとまあ別にいっかという感じなのでまたゆるゆる続きを書いていきます

ここで垂れ流すことでしか消化できない心があるので。

彼女のインスタを目にして以来、僕は彼女のことを忘れるよう努めた。そして当然、その努力は失敗に終わる。仕事は刺激的で調子が良く、親友との旅行計画もとても楽しみなのに、頭の片隅ではずっとあの妖しくもあどけない笑みが浮かんでいるのだ。忘れようとするほどに濃くなるのが面影というものなのだろう。

前回で僕は夢から覚めたような気がしたが、いま思うとあれは夢の質が変わっただけだ。彼女が僕をどう見ているか関係なく、僕が彼女を見る眼差しが夢なのだ。僕が都合の良いカモに見えていたとしても、僕の恋には何ら影響しないとすら言える。いつの間にか僕はまた彼女に会いにいくことを考えていた。

婚約者に対して僕はどんな態度を取れば良いのかわからない。彼女は僕がどこかいつも上の空なのを心配して、本当に自分を愛しているのかと何度も問うてくる。その問いがどれだけ男の愛を遠ざけるか彼女は以前の恋から学んでいるはずなのに。

婚約者と僕はいつも祝福されていた。お似合いのカップルで、共通の友人も多い。なぜそのまま美しい結末を迎えられなかったのかと今でも不思議に思う。いつの間にか僕たちのコミュニケーションは歪なものになっていて、少しでも油断するとどちらかが傷つくような息苦しい関係に変わっていた。僕が生きたいように生きるのを彼女は許せなかったし、僕が彼女人生観に染まらないことに彼女は不満を募らせた。彼女から見れば僕の理不尽なところもいっぱいあったのだろう。気づけば、初めてデリヘルを呼んだあの日から零れ始めた婚約者への想いは、もうわずかにも残っていなかった。ただ泣かせるのが不憫で、より正直に言えば面倒で、僕はまだ別れを告げられていない。

今この文章を書いている時、僕はデリヘルのためにわざわざ飛行機に乗っている。あらゆることが奇妙に倒錯していておかしいなと思う。

予約を見て、例の女の子がインスタから連絡を送ってくれた。来てくれて嬉しいというメッセージ。たった一通の言葉でこんなにときめくのは17の夏が初めてで、一通しかくれない女の子との恋はだいたい悲しく終わるのだった。

このあとホテルについて、また一通りのことが終わったら続きを書こうと思う。

女の子が帰ったので続きを書きます

今日スタートから300分で入ったがやはり彼女遅刻してきた。入室して早々、彼女今日全然寝てないんだよねーなどと言いながらベッドへ行き、そのまま寝てしまった。1時間ほど彼女いびきを聞きながら僕は愚かにも相変わらず可愛いなあなどと考えていた。寝顔を見ているだけで全く飽きずに時間が経っているこの感覚は、初めて恋人をうちに泊めた時のようで懐かしい。

やがて彼女は起き、シャワーを浴びてプレイが始まる。なぜか今回も僕は彼女の手で達することができず、結局は彼女に性感帯を刺激されながら自分の手で彼女の口に果てた。ティッシュに吐き出したもののすぐにはうがいに行かないところに思いやりを感じた。

事後に僕たちはタバコを吸いながらなんとなくぎこちなかった。彼女は全く何も考えていなかっただろうが、僕からすれば人生をまた一つ破綻させてしまうような選択をしながら目の前で起きていることが何も思い通りにならない。彼女TikTokを見始めて、僕はその横顔をじっと見ている。初めて会った時には衝撃を受けたあのかわいさが今日はどこか翳っていて、それでもなお僕の心に突き刺さるのが怖い。その猫目に僕が映るためにはただ札束を重ねれば良いのか、もしそうならどれだけ楽なことか。それでは手に入らないものがあるから僕はお行儀よく店のルールを守って楽しんでいる。正直、何もかも忘れて改めて自分のどタイプ女性を探して口説く方が良いのではないかと感じた。

300分も終わるという間際、ふたたび微睡む彼女挨拶のように口づけをして、それからもう一度果てた時にはもう彼女は帰る時間だった。しっかりと寝た彼女はそれまでと打って変わって元気になり、交わす会話のどれもが何か知らない世界を見せてくれるようでとても美しい。タトゥーを入れる日が決まったと嬉しそうに図柄を見せてくれたとき、僕はこの人に脳の回路を焼き尽くされていてもう元には戻れないんだと悟った。ねだられるままに延長を行い、穏やかに会話を続けた。

腕に噛み跡を見つけた。痛そうだねと言うと、彼女は「やばいよね。彼氏いると勘違いされるからやだ」と答えた。彼女はい恋人がいないという甘美な罠を撒いたのだ。それから僕がタイプ男性について尋ね、穏やかで余裕がある人だと彼女は言う。僕がこれから何度も来てその証明をせずにはいられない呪文

敢えて言語化するのを避けてきたが、やはり僕は彼女の心に入りたい。それは定義すら不可能な願いだ。でも一方で、究極の隔絶を乗り越える意志こそ恋なのではないかとも思う。見えすいた嘘と知りながら僕はのめり込んでいくのだろう。どんな悲劇で終わったとしても、とにかくいま僕が感じる美しさの称揚女神に直接伝えられるということがそれだけで実存根拠になる。

帰り際、彼女は改めて今度お店の外でも一緒に飲もうと言ってくれた。いざ次の予約を取ればなんだかんだでなかったことになるのは目に見えている。彼女にとって僕と会うメリットは、注文の少ない客のとなりでボーッとしとけばそれなりの給料が入るということのみだ。わざわざ飲みにいくような面倒なことをしないだろう。

でも、もし。もし本当にプライベートで会うことができたら。その時にわずかばかりでも僕に対して興味をもつそぶりが見つけられたら。その時僕は世界の美そのものを手中に収めたかのような心地になるだろう。寝ずに夢が見られるなら死んだも同然かもしれない。僕の周りのあらゆるスピーカーRADWIMPSを流す。

前回は送らなかったお礼のDMを送った。初めて送った時は返信がなかったが、今回は「いつも長い時間入ってくれるのに延長もしてくれて嬉しい」と返ってきた。

どうやらもう少し気持ち良くカモを続けられそうだ。外は朝焼け

規範の内在化への反発 --- りゅうちぇる騒動に添えて

社会的な性規範の内在化されたものを心の性と呼ぶのは大きな誤りを孕んでいる気がしてならない。人間の心がまずあると仮定してもそこに性別があるなんてどう考えてもおかしな話である。これはLGBTの方々への権利制限に賛成する話ではない。むしろあらゆる権利はあらゆる個人とあらゆる形式集団付与されるべきである

婚姻制度なんてものはあらゆる人間のあらゆる組み合わせに対応すべきであり現在の状況がおかしい。そもそも法の下の平等概念からして法に男女という概念を持ち込んだやつの頭がどうかしている。同性婚禁止している現民法はどう考えても憲法違反である。そして重婚禁止するのも、複数人による婚姻禁止するのも憲法違反である。というのが私の個人的な意見だ。また恋愛感情などという定義不可能ものを前提としない純粋資本接続制度に作り変えるべきだと信じている。これはただの意見だ。もちろん国家宗教のいくつかのレゾンデートルの一つとして性規範固定化があるのは言うまでもないことであるが、そもそも国家も性規範も大嫌いな私にそんなものを持ち出しても意味などないし届かない。

しかしそれはそれとして、心の性などというものは私には看過できない概念だ。そんなもの存在しない。血液型性格分類と変わらない無価値有害幻想だ。

近年、ある程度は心の性がない人という概念も広く知られはじめてはいるがそれはあくま特別な人とされている。多くの人にはどちらかの心の性があると考えられている。これがおかしい。そんなものはある訳がない。常識的物事を考えろ。心の性なんてものは元々人には備わっていない。これは事実であり現実だ。

心の性概念などというものはくだらぬ性規範が内在化されたものにすぎない。自由主義においては規範の内在化に反抗すべきであり、あらゆる性規範の破棄を求めるべきだ。社会的性などというものは当たり前だが許されない。そして性を前提とされない社会においては心の性なんてものある意味がない。よって存在しない。そこにあるのはどういった生殖器が付いているかによる機械的分類だけだ。我々は人間である。まともな社会においてはそれより先にはなにも要らない。

女に生まれたが心の性が男である、というのは現在の性規範に縛られた糞のような観念だとあり得る。確かにあり得るがそれは性規範を内在化してしまっている、という意味では従前のゴミのような性別概念ほとんど差異はない。結局のところ自由度が2から4に増えるだけだ。そんなちっぽけな自由など自由ではない。無限バリエーションのある心を二分法で分類する心の性と呼ばれるものなど許される訳がない。性規範を信じる人間性差別者に本質的差異などない。心の性なんてものはその実際として現在の性規範に照らし合わせて自身価値観をどう縛り付けるかを考えより良いもの選択した結果にすぎない。二者択一ジェンダーのうちより自身にとって有利なもの意識的にもしくは無意識的に選択した結果に過ぎない。

心の性など存在しない。そもそも性別などは付いている生殖器の違いに過ぎない。付いている生殖器によって何かしらの束縛を受ける謂れなど我々にはない。自由主義において我々はこう言い切るべきではないのか。

自由な我々は社会とは独立して存在している。

そしてそもそも人は自らを知り得るのか。

恋愛は性欲の詩的表現を受けたものであると言う。恋愛感情という自己認識としてのその主観事実否定するべきではないし、当人自己認識自由権のもとで尊重されるべきだ。しかし性欲について言及した今もう一度考えてみたい。人は独りでに心の性を持ち得るか?

持たない。上述のとおりである

人はあくまでも社会的に心の性を与えられるだけである。もちろん心の性というものは確かに存在し得るがそれは生得的なものではなく獲得的なものである身体機能としての性に一対一対応した心の性なんてものはない。ある訳がない。あるのは社会的性の役割であり、ジェンダーと呼ばれるものだ。

スカートを履き、可愛いものを好み、ピンク色が好きで、私立文系に進み、事務職をする、男に恋愛感情を抱く実存。のようなそういう唾棄すべきステレオタイプの集合を心の性と言っているにすぎない。

人が持つのは極めて純粋身体機能としての性と、社会的役割としての性の二つだけだ。そして後者破壊すべき対象である。心の性などというものそもそも存在すべきではない。

公園騒音法令に基づいて処理するしかないだろ

から来たとか先にあったとか関係なく、騒音には規制がありその範囲内であれば受忍限度内として判断される。(住宅公園のどちらがが先だったかを重視する人も多いが、住環境に対して騒音受忍限度を越えた問題を与えるかが争点であり、どちらが先かは意味のない議論。)

そして長野の件については弁護士見解としては受忍限度であるとしている。施設の開設当初は受忍限度を越えていたという主張もある(これについて定量的根拠はなく、クレームを入れたのが1件だけだった)が、少なくとも現状の利用についても問題ない範囲であると読み取れる。またクレームを入れた老人は利用している児童に対して叱責を行っている旨も報告されており、これについては行き過ぎた対応だと言わざるをえない。

これらを総合して判断すると、公園廃止して問題ない範囲の利用についてまで不可能にするのは行政側の行き過ぎた対応であるように思えるし、それを求めるクレーマー側の主張も行き過ぎた主張である過去受忍限度を越えた騒音や踏み荒らしについてはその分の損害賠償請求すれば良いし、その後については受忍限度内であれば甘受すべきという話でしか無い。

問題大袈裟にして老人を擁護する向きもあるが、現状を整理すると過大な要求をしているのは主に老人側であり公園廃止に対してそれを決めた行政または過度なクレームを入れた老人に批判が集中するのはある程度仕方のない事象とも思える

2022-12-07

anond:20221207003802

年収400の女だけど、年収400万の男と一緒に頑張って世帯を維持したくない。男ならたいした事ない年収でも、男を押しのけてでもふさわしいと思われないと女でこのポジションにはなれない。そこそこハード経済苦の家庭出身でかなり苦労したからこれ以上の苦労はノーサンキュー

結婚しても家事掃除折半じゃなくてこっちの負担が倍増するイメージしか持てない。今以上に仕事が増えるなんて耐えられない、死んでしまう。

生活が楽にならないなら結婚しても意味が無い。折半することで生活負担が減るという根拠を示して欲しい。

男の400を見る目で女の400を見て、なんとなく女の方がいっぱい家事できるとか考えてる奴と暮らすのは物理的に不可能である

anond:20221206210542

そもそも子供が生み出すリターンって謎なんだよね。

今30過ぎで、60過ぎで死ぬって考えると。

今3歳とか5歳の人間社会に出るの20年後じゃん。

じゃあその時こっちは50過ぎな訳

 

20代はまだ会社員だと役に立たないよね?確実にご迷惑かけられる方だよね

まり30代以上にとっては

子供は関わったら損し続ける相手で、なんのリターンもないんですよ

 

子供が将来自分たちを支えるとか

まじ意味わかんないんですわ

ほぼ生涯全ての段階で邪魔ですよ子供って?

 

仮に60以降も生きたとしても残りは10年かちょっとだし。

少子化になってて子供引退世帯を支えることも不可能と思われます

から貯金しろって話なんだし

 

将来の税収はアテにならないので貯金しとけの時代

子供が将来の国を支えるヴィジョンが出てくるのが意味不明

無理だから貯金するんですよね???

anond:20221207051009

自分が飽きることまで他人のせいみたいなのすごいよな

仕事にしたいなら飽きずに続けるしかないし

無理なら諦めることになるってだけの話なのに

それ以上どうしろ

 

他人が飽きないようになんかアクションしてくれると思ってんなら

そんなの不可能

Colaboの不動産について

わからん事を列挙する。俺の知識が足りないだけだと感じたらツッコミ入れてください

なぜ不動産を所有するのか

colaboは1億円相当の不動産を所有していることを公開している。公益法人から助成金をもらって土地含めて一億相当の新築アパート2022年2月建築したとある

詳しく調べていた人がいて、相場なら6000万円相当のはずのものを1億で買っているのは不自然ではないか?より多くの部屋数(7団体で200室なので一つ29室程度?)を確保する事を想定した募集に応募して8部屋で助成金が貰えるのは何故か?という疑問を提起している。

https://twitter.com/red____/status/1600110034901667840

しかし俺が気になるのは、そもそもなぜ不動産を所有するのか、だ。女の子を救うためのシェルター必要という理屈はわかるが、女の子を守るために活動場所シェルター場所は非公開という事になっている。

Colaboでは、バスカフェ以外の活動場所や、電話番号等を安全のため公開していません。

非公開の電話番号に711件も電話が掛かってくるのは違和感があるがそれはさておきとして、カンのいい人が不動産登記を調べれば上の人のようにどのアパートなのか目星がついてしまうようではそれが公開された時のダメージコントロールできないのではないか

ネットの海に出た情報を消すのは事実上不可能と言えるのに、登記からも所有者がバレる上に処分に手間も時間も掛かる不動産を所有するより、1部屋単位賃貸を借りるべきではなかろうか。

もちろん、新築アパート1棟の所有の方が賃貸の又貸しよりも利回りが良いという話はあるが、Colaboは不動産賃貸で利回りを追求する事業では無いはずだし、女の子たちの安全第一に考えるなら住所がバレたときに引っ越せば逃げれる賃貸理想的である

公益法人から助成金をもらって建てたアパートは何らかの条件がついた物件になってしまい、即座に売り抜けて現金化するなどは助成金の意義から考えて原則認められない点からも不便である

部屋の数もアパート1棟所有だと空き部屋管理メンテナンスの手間がかかるが、賃貸なら必要に応じて増減も柔軟にできるし1年以下の短期滞在ほとんどとなる女の子たちにとっても合理的選択肢になる。

1億以上ある現金で借りた部屋を又貸しする形になるので、保護対象女の子の数が増えるほど支出が増えるが、バスカフェだってそもそも利用者が増えたら支出が増える構造なので大した違いはない。

歌舞伎町終電が無くなった深夜2時にバスから解放するのかよというツッコミも、歌舞伎町内の賃貸シェルターに寝泊まりさせる前提なら完璧反論できる。歌舞伎町新築の1棟アパートを持とうと思ったら1億では足りないが部屋単位賃貸を借りるのは簡単だ。

なので利回り以外でアパート1棟所有の利点が思いつかない。賃貸最高じゃん?

所有した不動産をどうするつもりなのか

Colaboは一般社団法人である一般社団法人株式会社と違って解散時に資産原則として社員に分配できない。Colaboが解散するときには所有する不動産は残余財産として何らかの方法処分しなくてはならない。

https://www.koueki-houjin.net/henkou/kaisan-zaisan.html によると残余財産は以下のようにする。

1. 定款で残余財産処分方法を定めている場合は、その定めに従う

2. 定款に残余財産処分方法の定めがない場合は、社員総会の決議によって定める

3. それでも定まらない場合は、残余財産は国へ贈与する

Colaboは定款を公開していない(これは別に違法ではない)のでなんとも言えないが、少なくとも面倒が増えることは間違いない不動産一般社団法人でわざわざ持とうとするのは合理的とは思えない。

ふと気になって別の似たようなことをしている一般社団法人が公開している定款が無いかなと探してみたらあった。

京都わかくさねっと (https://kyotowakakusa.net) の https://kyotowakakusa.net/about/outline からpdfファイルが落とせる。

(残余財産帰属

第26条 当法人清算をする場合において有する残余財産は、社員総会の決議を経て、

法人類似事業目的とする他の公益社団法人及び公益財団法人認定等に関する法

律第5条第17号に掲げる法人であって租税特別措置法第40条第1項に規定する公益

人等に該当する法人に贈与する。

要するに別の類似事業をしている法人に贈与すると言っていて理にかなった話に見える。Colaboがどういう定款にしているのか気になる。なおそれを書くことは一般社団法人義務ではないので空欄になっている可能性もある。

ないと思うがもし誰か特定受益者法人法第11条2項では「社員」に寄贈できないと書いているので、社員以外の誰かなら可能ということ?)に贈与すると書いていたらそれこそ山本一郎のいう「貯金箱」の所有者と言えるのかも知れない。

あと俺の法律解釈が正しければ、社員が総会で合意さえすれば社員の持ち物にできるので解散タイミング社員が結託可能な者だけあるいは一人になっていれば好きにできるはずである(むしろそれを疑われるから特定非営利活動法人は「解散したときは、残余財産を国や地方公共団体等に贈与すると定款に定めていること」という条件がある?)。

それと、別の観点だが公開している資料グダグダな所からして、万が一の可能性として「仁籐さんが登記名義人になっているのでその心配はない」という話もありうるがもしそうだとしたら一発アウトである

https://anond.hatelabo.jp/20221202200342 から引用すると

万が一、これらの名義が当該法人ではなく、法人代表者等の関係者の名義になっていた場合法人資産と偽って個人資産を購入していることになります

流石にそんなことはしていないと思うのですが、既に公開されている情報から当該法人がこれだけの資産を有する法人格として適切なレベル経理処理ができておらず、都への実施報告では個人サークル活動レベル感覚資料を提出してしまっている様子が見えているので、こういうバレるに決まっている初歩的なNG行為もやっちゃっているのではないか、と心配しています

(名義主義のことを知らないで登記移して後で問題に……というのは個人の方でありがちです。)

ちゃん資産法人帰属しているものなのかというのは大事ことなので、都の監査では確実に法人所有資産登記確認実施してもらいたいと思っています

まぁ流石にこの線は無いと思うけど…。

有識者コメント求む

2022-12-06

農家も栗農家皮算用した限り不可能で、投資博打打っていちごを作るか、大根ニンジン作りつつズッキー二作るだけするかって感じだな

国産アボカドおしゃれ農家とかブルーベリーの苗卸しは博打すぎて無理ってこと

お前らは知らんかもしれんけど騒音問題の近隣トラブル戦争なんだよ

追記: 1日経ってスマートフォンで読み直してみたら非常に読みにくい文章(1文1文が長く、文脈を掴みにくい)になっていたため、可能ならPCで読んでもらえるとありがたいです。また、節もつけて多少読みやすしました。文章自体は改めていません。簡単趣旨を要約すると「騒音問題での近隣トラブル戦争になることもあり、それは自分が直面する可能性もある(※騒音問題トラブルが必ず戦争になるというわけではない)」です。

長野市遊園地問題で近隣トラブルになっていて、どうやらじいさんがクレーマーだとして叩かれているらしい。

自分長野市住民でもなんでもないが、昔の激怒していた自分を思い出して体中が震えだしてしまったのでここに吐露して発散していく。長野市の件については、その裏にある事情は知らないので、自分はそれが良いとも悪いとも見当もつかないが、外野が好き勝手に述べてじいさんを罵倒したり「クソ自治体」みたいな発言をしているのがとにかく気に食わないのでここで色々と述べていこうと思う。また、自分はじいさんの擁護者ではない。

NIMBYと、子どものことを考えろ主義について

まず子どもが集う施設というのは、NIMBY(我が家の裏には御免)というカテゴリに属する施設である。これは誰がなんと言おうが、子どもが集う施設というのはもうそういうものであるNIMBYとは、社会全体には利益を与えるが、その近隣住民には損害を与える施設のことだ。こういうものはたくさんある。基本的には「社会全体のためにお前が我慢しろ」という施設になっている。また、補償がないことも多い。子どもが集う施設に関する補償特になにもない。「子どもの声」を「損害」扱いという部分で怒りを抑えられなくなる人もいるだろうが、いったんそういう考え方の人がいると思って飲み込んでほしい。「騒ぐ子どもの声量は大きい」と「大きい音に耐えられない人もいる」という2点については、誰しもそれぞれ同意できるはずであり、「世の中には、騒ぐ子どもの声量に耐えられない人もいて、そういう人は損害だと感じていそうだ」というふうに、客観的視点で読み進めてほしい。実際そういう人は存在している。

話がややそれてしまったが、なぜ騒音問題子どもがつくと大きなトラブルになるかというと、「子どものためにお前が我慢するべきだ」という強制が働くからだ。こういう考え方を「子どものことを考えろ主義」といい、詭弁一種である

子どもを抜きで考えた場合騒音問題は「騒音に悩まされて可哀想に」という話から始まる。ここでは明らかに騒音我慢するべきだ!」というようなことは言えないだろう。しかしそこに子どもが入った途端、「子どものためだからね。めでたしめでたし」という概念で上書きされる。しかし、騒音問題自体はなくならない。「騒音問題の話はどこに消えた?」である

子どもは当然守られるべき存在だが、「子どものことを考えろ主義」をその親が使ってくると非常に厄介である簡単に例えよう。

あなた限定品が欲しくて、あるお店でその限定品のために並んでいたとする。あなた限定品を無事手に入れることができたが、その後ろに並んでいた親が急に「それはうちの子どもが手にするべきものだ」「お前が大人のくせに限定品を得ようとしたために、子どもはひどい目に遭う。子ども可哀想だ。全部お前のせいだ」と強硬に主張してくる状態のようなものである。(あくまで例えであって、騒音問題と同等の主張であると言いたいわけではない)

別の例で例えると、ベビーカー子どもを載せて電車に乗る行為問題ないが、ベビーカーを振り回して席取りをしようとしている親だったり、「ベビーカーを持っているのでそこに座らせてもらっていいですか?」というように尋ね、断ると「子どもがいるんですけど……非常識ですね……」と言ってくるような、子どもを使って権利を主張してくる大人たちがいるということだ。彼ら彼女らは「我々は少子化に対抗する戦士であり、それに抵抗する存在邪悪である」という信念を持っている。

子どもとの戦いではなく、子どもを盾にする親との戦いであることについて

こういう行動を起こす人々は「子持ちの人」というカテゴリで括られるべき存在ではない。彼らは容易に「子持ち全体に対する挑戦をされた」というように論理をすげ替えようとする。そして「子どもがいるのに酷い」「こうやって少子化が広がっていくんだ」という論理を使っていく。ミサンドリストフェミニストと名乗るようなものである普段は人を攻撃するが、都合が悪いと子供を盾にして自らを守り被害者になろうとするという、文字通り子どもを盾にするのである。彼らにとっては、子どもとは、自分利益をもたらす便利なツール・グッズ・免罪符しかない。

誤って解釈してほしくないが、子どもは大切なものである。「子ども排除せよ」と言っているわけではない。容易に論理を捻じ曲げられるので注意しなければならない。小さい子どもに罪などは一切ない。子どもではなく、その親と戦っているのだ。

そして、実は「子どもの出す騒音」それ自体は、それほど大きな問題ではない。子ども騒音は確かに問題であって長期間続けば耐えられなくなりノイローゼになりかねないという状態になり、たいへんきついものだ。ただし、事をより大きくするのはそれに対する適切な対応が全くなされないことにある。『「子どもが出している騒音」にクレームを出すクレーマー vs (可哀想子ども+それを守る善良な大人たち)』という構図そのものが、騒音を出している側のロジックによる考え方であり、これがこの構造のまま大衆化されると、非常にテキトーな扱いになる。「子ども騒音に端を発する問題」という形で、その周辺の問題も含めて、すべての問題の焦点が「子ども」になっていく。しかし、子どもが悪いわけではない。子どもが悪いわけではないというのは、何度でも言っておく。その親が悪いのだ。ここは間違えてほしくない。本当に簡単すり替えてくるからだ。

実際の問題は、子どもの出す騒音について「なんら対策をしない」「対策をしようともしない」「それを指摘する側に問題があり『異常』だと周りに噂を流す」だったり、わざと嫌がらせをするだったりである長野市で言えば多くの車の長時間アイドリングや、盆栽の踏み荒らしなども発生していたらしい。こうなってくると、もはや子ども騒音というのは問題ではなく、大人 vs 大人の、れっきとした権力闘争の構図であると思う。(※注意: 長野市問題については自分意見を持たず、どちらの側にも立たない。じーさん側に問題がないとは言っていないし、子ども可哀想であるのはそのとおりだと思う)

子どもを盾にする人側のロジックでは、「キチガイがまた『大したことでもないこと』でクレームを入れてきた」という観念を抱えているため、対話不可能であるそもそも最初は当然対話をしようとしている。(また、クレーマー側でも意味不明クレームを入れている場合も多くあるはずであり、自分は常にクレーマー擁護したいわけでもない)

子どもを育ててるだけなのに、クレームを入れてきて迷惑だ」vs「ふつう暮らしているだけなのに、騒音解決しようともせず、当然のように我慢を強いてきて迷惑だ」という状態になってしまうと大変面倒なことになる。どちらも正義だと思っている。これは戦争である

近隣トラブルでの対応の非常な困難さと、想像以上のストレスの大きさについて

これについて、刑事でも民事でも事件化はできず、自治体警察も非常に難しい対応を迫られる。「対応」とはいうが、実質何もできないのである。ただ「犯罪がないかどうか」「合法かどうか」しか見れないのだ。よって、合法下での自力救済しかない。法はあなたを守ってくれはしない。誰もあなたを守ってくれはしない。あなた自身の力か、金の力しかない。日本では、騒音問題は「それは運が悪かったですね。我慢してください。それが法ですから」ということになっている。社会とはそういうものだ。

「そんなところを選んだお前が悪い」「引っ越せ」という、思慮に欠けた意見散見される。当然そういう場合もあるだろう。ただし、こういうのは事前にわかものではないし、引っ越すには尋常ではないお金がかかる。持ち家であれば尚更で、下手すると数千万単位で金が変わってくる。つまり人生の中でもかなりの上位に上がってくる最強最悪のトラブルである。嫌いなやつのためだけに数千万円は普通は払えない。数千万円は言い過ぎかもしれないが、ただ引っ越すだけでも、引っ越しというものは50万円だったり100万円かかるものだ。月に2万ずつ貯めていたとしよう。4年の努力を捧げることになる。嫌いなやつのために。普通我慢ならないだろう。

そして、トラブル悪化すると、人生で最も嫌いな存在自分のすぐ近くに住んでいるという状態になる。「考えないようにする」ということができなくなる。騒音存在をすぐに思い出し、精神が持っていかれる。「殺す」か「殺さない」か、そういう考え方が頭にのぼってくる。これはジョークや笑い事ではない。精神が奥深くまでやられる。絶えず戦闘モードになる。戦時下という気持ちだ。あとはもうやるかやられるかだ。どちらも異常になる。人はいとも簡単に狂う。自分だけではない。相手が『「自分が死んでくれればいい」と思っている』と思うようになる。

死ね!!!!」と絶えず言い合っているのに離れられない関係というのは、歪んだ親子か、近隣住民以外には人生においてそれほどない。会社なら簡単ではなくても辞められる。家は簡単には辞められないのだ。

もし少子化対策のためというならば、社会全体でなんとかしなければいけない。「ミクロ個人単位我慢解決すべき」という結論は誤っている。それは子育てする側からみてもそうであると思う。ここでは、「子育て側の方が悪」のように見えてしま論理展開をしているが、子育てしている親は窮屈な思いを抱えているはずであり、れっきとした社会問題であると捉えるべきだと思う。しかし、現実的には、社会はそう簡単に変われるものではないため、個々で見れば自衛するしかない。

無関係立ち位置の人でも、可能ならば心に留めておいてほしいこと

「近隣トラブル戦争」というのが理解できない人や、「結局子育てする側が我慢しろってこと?」という理解になってしまう人は、せめて平和に家で暮らすことができているという幸運を噛みしめるべきであり、自分の子もの周りでそういった話を聞かないという場合は、人知れずして我慢している人がいるのかもしれないことを知っておくべきだと思う。「静寂」「平和」は贅沢品である。いい人は、同じ目にあっても「まあ子どもからしょうがないですよ」「いやいや!子どもは騒ぐのが仕事ですよ」と言えるのだろう。それはたいへん立派なことだと思う。ただしそれは余裕があっての論理や、他人事であるからそう言えるだけであることを忘れてはいけないし、強制できるものではない。全員が聖人君子になれるわけではない。

これはアンモラルがどうのとかそういう話ではない。あなたもそうなればわかるかもしれない。

ただ、そうなってから気付いても遅いのだ。「そんなところを選んだお前が悪い」のだから

そして残念ながら、今の社会解決できるほどの余力はない。ただ「そんなところを選んだお前が悪い」のだ。

ももしそうなったとしたら、自分あなたと同じように苦しんだことを覚えておいてほしい。身の周りの誰もがあなた理解してくれなかったとしても、世界にはそういうことをわかってくれる人はたくさんいることを覚えておいてほしい。それだけで心の荒みはやや緩和されるだろう。

ただこの話は、伝えたい人には伝わらない話でもあると思う。この話を見て「自分自分の子どもが他人にそんな思いをさせてるかもしれない……大丈夫かな」とすぐに心を痛めた人に心を痛めてほしいわけではない。そういう人たちには、ただ「子育てを頑張ってください」とだけ伝えたい。この話は「はあ?身勝手。黙ってろ。うるせえな」と、気にもとめない「子盾の親」たちに伝えたい話である。伝わらないだろうけど。

まり、運が悪ければ、そういう人と戦争することになる、ということだ。そしてそういう人たちもまた、「我々」戦争することになる。

まあこれが2022年日本だということ。少子化は仕方ない。

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