はてなキーワード: リップサービスとは
「嬉しいなー」とか「はい~」とか
ひたすらニコニコするだけは?
リップサービスで過剰に気に入られたり「口説かれた」みたいに勘違いされてしまうのも面倒ならば、
もうただ「笑ってる」くらいで良いかも。
その方を増田さんが好きなら「**さんに言われると特別に嬉しい」など言えばよいかなぁ。
あるとき「誰にも年賀出していないんだけど、増田さんにだけは出そうと思って一枚だけ買って出したんだよ!」と
言われて、さすがに顔が赤くなってしまい、席を立ってしまったことがあります。
ずっと交際して欲しいって言ってくれていた人だっただけに、あれは本当にドキドキしました。(恥ずかしくて付き合えませんでしたが)
はじめに謝るけど私は文章が上手くない。
自分の心の整理としてここに書いておきたいだけなので、誰かにマウントとるつもりも全くないし、自分が特別な人間だなんて思ったこともない。
小学校から大学に至るまでいじめられたことばかりだし、人の輪に入って気さくに話すこともできない、人間の落ちこぼれだと思う。自分のことをずっと人間の落ちこぼれだと思ってきたから、誰かを見下すなんてこと考えたことない。自分がいちばん下で、いつも輪の外で、入る勇気もなく、馴染む努力もしない、できそこないだから、当然だ。
…こういうことを書くと、アスペっぽい、とかコメントがつくのかな。顔の見えない他人なら、なんでも言えるその強さも私にはないので、すごいなと思う。でもはてな匿名だから、コメントは自由にやってもらっていい、私も匿名で書いてるんだから、しょうがない。
絵を描くのは昔からずっと好きだったから続けていたけど、それで漫画を描くのはちょっとやってみたことがなかった。
二次創作ですこしばかしのページ数の漫画もどきみたいなものを描いたことはあったけど、最初からオリジナルでキャラクターを考えて、ストーリーを考えて、なんてことが自分でできるなんて考えたこともなかった。
あるとき、地元で創作漫画のイベントがあると聞いて友人と行ってみた。
すごくいいイベントだと思った。みんなが好きな作品を描いて発表して、漫画を好きな人しかいない空間、本当にすごいと思った。自分にもできるだろうかと思った。あの中で、漫画を描いて、売って、誰かと繋がることができるだろうかと。
一番最初の漫画を描いたのはわりとすぐで、直近のコミティアに申し込んで、サークル参加をした。最初の同人誌は25部刷って、完売だった。
冊数はどうでもよかった、完売したことすらもどうでもいいことだった。
ただ私の、私が部屋の隅で、人の輪の外で、そこに憧れながら、自分の脳内だけで繰り広げてきた理想の物語が、たぶんみじめな妄想が、かたちになって、かたちになったら誰かが買ってくれて、読んでくれて、それだけが嬉しかった。
はじめて誰かとコミュニケーションを取れた気がした。
多分はじめて誰かに、自分の思っていることを正確に伝えられた気がしたのだ。
何回か参加しているうちに、同人誌を読んで、感想を呟いてくれたり、メールをよこしたりしてくれる人もできた。有り難くて涙が出た。
コミティアに参加して、同人誌を出して、誰かに手渡す瞬間だけ、人間とコミュニケーションを取れている気がした。まっとうなコミュニケーションを、できている気がして、本当に息がしやすかった。多分私にはこれしか自分の考えを表せる手段がないのだと思った。それくらい、本当に楽しかったし、幸せだったし、コミティアという場所があることに死ぬほど感謝した。
スペースにも、編集者だと名乗る人や、委託の人が来るようになって、自己紹介だけして去る人もいれば、スペースに居座ってひたすら喋り続ける人もいた。
一度、「漫画の描き方を教えてあげる」と言われたこともある。どうして描いたことのない人がそんなことを自信満々に言えるのだろう、と思ったし、そもそも私の友達でも知り合いでも師でもない人に、なぜそんなことをされなきゃいけないんだろうと思った。
不思議に思ったけど、声をかけてくれたやさしそうな編集者の人に、ネームを送ってみることにした。
今思えば、ちょっと卑しい期待もあったんじゃないかなと思う。もしかしたら漫画家になれるかも、とか。それは本来の目的ではなかったはずなのに、たぶんそこで道を見誤った。
これは今見返すとそりゃ通らないな、と思える未熟なものなのだけど、その時は一ヶ月くらいかけて100pちょっとのネームを送った。その時は当然、通らなかった。
そのあと、小さい賞をとったり、読み切りをいくつか載せてもらったりして、お金をもらうこともできたから、編集者の人と知り合ったのはよかったこともあった。
でも、編集者の人はプロになることが、単行本を出すことが、連載をすることが、正解だといつも話す。漫画を描いていると言うと、漫画家が将来の夢なんだねと言われる。
でもそうじゃない、そうじゃなくて、ちがうのだ。私はコミュニケーションがしたいのだ。誰かと繋がるために同人をやってるのだ。
雑誌に載って漫画家になることが目的なんじゃなくて、雑誌に載って、もうすこし知名度があがれば(これは雑誌の大きなメリットだと思う、というよりこれ以外にお金以外でメリットなんてない)同人誌を買ってくれる人も増えて、もっとたくさんの人と繋がる体験ができるんじゃないかと思ってやってるのだ。要するにずっと手渡しをしていたい人なんだな、私は。
でも、悲しいことに新人の漫画なんて、ろくに宣伝もされない。公式のSNSアカウントですら、宣伝されないから、まったく意味がない。出すメリットなんてなにもない。宣伝する仕事をしないなら、出版社になんの利用価値があるんだろう。あのアカウントなんのためにあるんですか?私にはわからない。
それなのに、連載を連載をとせっつく。うるさい。その間にもコミティアで会った編集者からメールが来る。連載か単行本に興味はありませんか、無いよ。無いんだよ。わかれよ。そのふたつがあれば、誰でもホイホイ描くと思うなよ。それは、それはとても失礼だ。
絵が多少描けて、それなりに話が構成できれば、そういう話はいくらでも来る。
でも、ゆっくり育てなきゃ、みんな枯れちゃうよと思う。せっつかれて描いて、何度も没にされて、絵が下手だって言われて、画力あげましょうねって言われたりする、そして描いた漫画は楽しいだろうか。編集者の人ってどの立場からものが言えるんだろう。なにか契約を交わしたわけじゃないのに、彼らは妙に…偉そうだ。うん、えらそうだ。不思議な人たちだ。関わりたくない。そう思うようになってしまった。
漫画を否定されることは、自分の子どもをぶたれるような気持ちなんじゃないかと思う。
もちろん、私に子どもはいないから、これは比喩だし、実際に子どもがいたらたぶん子どもがぶたれたほうが腹が立つと思う。
でも、漫画を子どもに例えた時、私の描く漫画は何才くらいだろうかと思う。きっと、4才とか、それくらいなんじゃないかな。まだ幼稚園児だ。編集者に何を言われても、きっと意味がわからなくてぽけっとしてるんだろう。まだ育ちきっていない子どもに、難しい言葉を投げつけて、ひたすら否定して、殴り続けたら、子どもは正しい行いをするようになるだろうか。
これは極論だし、比喩にしても行き過ぎているから、ちょっと微妙かな。でも似たような気持ちで、私は私の子どもが訳もわからずぶたれているのを見ている。かわいそう。私の技術が育っていないばかりに、そういう扱いを受ける。しかも身内でもなんでもない他人から。私の責任だろう。私が未熟だからだ。私のせいだ。
そう思って、漫画を描く足が止まった。私のせいで、私の漫画が愛されない。ゆっくり育つことも許されない。なら描くのをやめた方がいい。そう、思うようになった。
でも、まぁ、結局、描くのはやめられなかった。
だから今も描いているし、読み切りも載る。相変わらず宣伝はされない。期待されてないってことだと言う人も居ると思うし、私もそう思う。でもお金はもらえるし、宣伝はされないけど読んだ人は同人誌を買ってくれたりするから描いている。
で、結局何を言いたいかって言うと、コミティアに参加している人全員が全員、漫画家になりたくて漫画を描いているわけじゃないってことを、編集者には理解してほしいということだ。
人の数だけ漫画があるように、人の数だけ、その人が漫画を描く理由がある。
漫画を描くときの衝動は悲しみだったり、怒りだったり、嬉しさだったり、さみしさだったり、お金がほしいってことだったり、有名になりたいってことだったりするのかもしれないけど、それぞれの理由があって、みんなこんなことをやっている。
どうしようもない衝動がなければ、こんなことはしないし(だってかなりめんどくさい作業だ、同人誌を作ると言うのは)、続けようとも思わない。
私に、他人と繋がりたいという理由があったように、他の人にもいろんな理由があるだろう、と思う。
編集者は、そこを理解するとことからはじめなくてはいけないのではないのだろうか、と思うのだ。
というか、これは私の願いだ。そこを理解してほしい。いろんな理由があってやっている。そこをわかってくれないと、私たちは繋がれない。ずっとディスコミュニケーションのままだ。プロになれる、ということだけを目的にしたままで、走り続けられる人間と、そうでない人間がいる。
そうでない人間の描く作品には、価値はないだろうか?そうじゃないと私は思う。
誰だって漫画や小説や、作品を作る能力がある。衝動があれば、誰だってなんだって作れる。そしてきっと、違う誰かに届いて、その人を震わせることもできると思う。誰のどんな作品にも、その可能性は必ずある。
それを信じることから、信じて育てることから、始めてほしいと思う。
切に願う。最近は、没にされ続けて描くことをやめた人が多すぎる。
コミティアに参加する。コミティアはいろんな作品を受け止めるでっかい大皿だ。
間違いなく最高の場所だと言える。神格化しすぎて気持ち悪いかな、でもごめん、私は死ぬほど好きな場所なんだ。
でも一度、趣味で描いている人たちばかりの空間で、仕事をするということについて考えてみてほしい。
雑誌にも、単行本にも、夢のない時代で、どうメリットを提示するのか。そろそろ考えるべき時なんじゃないだろうか。もちろん、考えてる人もいるんだろうけど、私はまだ出会ってないので。潰しにきたんじゃないのなら、個人個人を尊重して仕事をしてくれ。お願いだから。
…タイトル、「コミティアに来る編集者がしんどい」にしてしまったけど。
いやでも、編集者の悪口を言いたいわけじゃなくて(十分悪口になってしまった気もするんだけど)、自分の思考整理というか、そういうあれなので…支離滅裂な文章になってしまって申し訳ない。やたら長くなったし。やっぱり文章書ける人はすごいな。私には、やっぱり漫画の方が合うんだろう。
●追記
なんだか、考えていたよりも反響があって、驚きました。
みなさんのコメント、ひとつひとつ、読ませていただいています。
自分の考えを整理して、せめて落ち着いて生きていきたいと思って書いただけの文でしたが、これに対して、さまざまな立場の方が自分の考えを話してくれていて、いろんな考え方を知ることができてとても興味深く、嬉しく思いました。
私の考え方はきっと私なりに歪んでいますし、これが正解という考え方は無いのだと思います。だから、こういう場で、さまざまな考え方に触れられたことは本当に有り難かったですし、私の文は置いておいて、いろんな立場の人が自分の経験を話してくれたことに価値があったと思うので、とても良い機会に巡り合ったなと感じています。
ありがとうございました。
ここからは本当に蛇足な私なりの結論なので、読まない方がいいかもしれないです。
人によっては不快に感じる人もいると思うので、嫌な人は読まないことをおすすめします。
いろんな方の意見を読んで、よくよく考えてみたのですが、いや、ちょっとこれは正直情けないし自分でも厚顔無恥…!という感じなのですが、本腰を入れて、編集者と向き合ってみようと思いました。
同人は私の大好きなことなので、それはちゃんと続けたままで、でも商業でも、よく思い出してみたら、ツイッターで読み切りの感想を呟いてくれた人がいたり、コミティアでスペースに来てくれた時に感想を言ってくれたりしたことがありました。
それに、担当の編集者も、いつも「今回の読み切りもいいですね」みたいに言ってくれていました。
私はもうすっかり人間不信になっていたので、「なんであんな大したものでもない作品にこんなこと言ってくれるんだろう、リップサービスかな、別にそんなのいいのに」と思って、話半分に聞いていましたが、これ、すごく読者の人に失礼だと思いました。一番最初の読者である担当にも失礼ですね。失礼…失礼すぎますね。もう最悪だと思います。
同人は私のやりたいことのメインではありますが、商業でも確かに他人と繋がることはできていて、それはないがしろにしていいことではないのだと思い直しました。
私は漫画を描きます。それは同人でも商業でも変わらないことです。
私は誰かに向けて描くことをやめないし、たぶんやめられないし、それはどの場所でも変えなくていいことだと思えるようになりました。プロ意識?とかよくわからないので、そういうのはとりあえず一旦おいておきます。
煩わしい色々なもの抜きで、シンプルに、とりあえず漫画を描きます。楽しく。自分のペースで。「なんだ、いろいろ書いておいてこんな結論かよ」と思う方もいると思いますが、こんな単純なことに気付くまで、時間がかかるやつもいるんです。
世界にいろんな人がいるように、コミティアにもいろんな人がいて、私みたいにごちゃごちゃ悩んで愚痴って立ち止まってるやつもいて、それがたぶん、この世界の面白いところなので。
まずは私も編集者という他者への理解と、そして尊重を。お互いの目的を擦り合わせる努力を。これは私個人の反省として。自分がしてもらう前に、自分がしてみようと、そう思いました。
色々と言われてるのを見て読んでみたけどまあ普通に面白くはあったけど店売りの本を買うほどのものではないなって感想。
たぶんそのあたりは全部主人公が性格悪いせいだろうなーとは思う。これは好みの問題であって、主人公に好感が持てない話は好きじゃないってだけのことなんだけど。
で、個人的にこの人にすごい聞きたいのは「アレ呼んで本当に主人公のこと英雄とか思ってるんです?」っていうこと。
英雄とはつまり人殺し(ただの人殺しでなくて大量殺人者)のことである、という認識であればハルは英雄かなーと思うけどよくあるヒーロー像としてはハルはかけ離れた存在で自分勝手でわがままなただの小娘でしかないから真逆だと思うんだけど。
ネタばれかましまくるけど、ハルって自分がいわゆるチートスキル持ってるのにそれを使ってどうこうしようってつもりはなくて自分でも「千葉の方がまだ考えてる」って言うくらいに怠惰だし、自分の身の安全のためとは言え同郷の千葉に恨みを持ってる相手に対して「あんたの女になるから(千葉のこと)殺して!」って言いながら、実際そいつに千葉が襲われたらその返り血を見て「なんで殺してるの!?」とか言っちゃうような子なんですよ。しかも「殺してはない」って言ってるのに「なんでそんなに残酷なことができるの!?」とか言っちゃう子なんですよ。お前がけしかけたせいやがな。
ハルが生きるためにはそういうリップサービスも必要だっただろうし、千葉はある程度強いってことも知った後なんだからけしかけたことそのものはまあ仕方なかろうと思うけど、それに対して殺しにかかってきたから相応(どころか温情もあったと思う)の対応で返した千葉にサイテーって言っちゃうのはどうかと思うし、自分はヤリ殺されそうになっても日常でそういうことがあったらそれに対しては残酷だなんだ言うのはまあどう考えても身勝手ですよねとしか。
ハルって子は結局自分のせっまい物差しでしか周囲を見てなくて、しかもその基準って自分かわいさにまみれてて、けどまあ逆にだからこそ人間臭くて生生しいし一種の面白さが出てるとは思うんだけど、最後にあのおじいさんが言ったことって何もはずれてないんだよね。その通り、彼女はただ自分のわがままで人も魔物も殺してるんですよ。その恩恵にあずかってた人達のことは何も考えないし、それで助かってた人に対しての補てんなんて一切考えてない。
正しくは行ったというより待ち合わせて来てもらった。
もうどうしようもなくムラムラする夜に、ネットで読んだレズ風俗に行く漫画を思い出して、レズの気分じゃなかったので、ふつうに「女 風俗」で検索した。レズ風俗の漫画、どうもありがとう。
ムラムラ解消するどころか、ムラムラ悪化しています。ほんとうにありがとうございます。
今回勇気を出して予約したのは、性感マッサージというジャンル?で、ホテルで待ち合わせて、部屋行って、軽くシャワーして、オイルマッサージしてもらって、またシャワーして、お会計して、駐車場まで行って、それぞれ帰る。
肉体的には50、精神的には80満たされた。100じゃないのは私自身の体の問題とか、恥ずかしさが上回って心を開ききれなかったりとかのせい。お金を払うから、何を言われても「はいはいリップサービス」とか思っちゃうひねくれた精神なので、そうじゃなくその場の雰囲気や自分に酔うことができる人間だったら100満足だっただろうなあ。
雰囲気に入り込めなかった原因にもうひとつ思い当たる。めちゃめちゃ顔がどタイプの方が来たこと。合流して、挨拶交わしながら、顔直視できない。もう、好き。顔だけでときめく自分に自己嫌悪するぐらい顔が好き。いや、ほんとは想定外ではなかった。似てる芸能人欄に、顔が好きな韓流アイドルの名前があったの知ってた。でもどうせ盛ってるでしょ変なおじさんが来るんでしょ…って思ってた。と こ ろ が ど っ こ い実際もテレビから取り出したらこんな感じだろう!問題ない!ってぐらいに似てる人来ちゃった〜〜施術中も「あ〜〜見上げた顔がまた似てるよ〜〜マッサージの気持ちよさに集中できない〜〜顔眺めてたいけど目が合うと照れる〜〜」状態。想像してほしい。堀北真希が好きなら堀北真希に少しだけ現実感足した感じのあー結婚して妊娠して雰囲気変わったんだ?でも全然堀北。って人が来る。高橋一生が好きなら思ったより背が低い?声は違うね?でも顔が全然高橋。って人が来るの。すごいよ。
え?じゃあ好きなアイドルにえっちなマッサージされて最高じゃん?って思うじゃん。自己肯定感の低い女なので、私なんかがそんなめっそうもない!!となってしまって興奮しきれなくて困った。相手はそのアイドル本人じゃなく、ただ似てるだけなのに。
軽くお互いシャワーを浴びて、利用のきっかけとか要望とか、性感帯とか性癖とかのえっちな話を顔がどタイプな人としながら普通のオイルマッサージをしてもらう。座り仕事で凝った肩と首らへん揉まれるの最高にきもちいい。だけど顔が好きすぎて集中できない。からのえっちなマッサージ(察して)。きもちいい気がするけど顔が好きすぎて(略)
オーガズムには至らなかった、なのでめちゃめちゃがんばってくれた。それがまた申し訳なかった。お金を払っていれば尽くされても受け入れられるかな、と思ってたけど関係なかった。むしろ金払うからtnk見せて触らせてって思った。言わなかった。
利用してよかったな、って思うことは、私は尽くしてもらうのが苦手なのかなと確認できたこと、お仕事として色んな女性の裸体を見てる人のお世辞はお世辞でもとても嬉しく、女性ホルモンがんがん出たこと。あとマッサージ普通にきもちよかった。
利用して困ったな、と思うこと。顔がど好みすぎてもうまた会いたい。困った。どハマりしそう。
今回は初回割引で90分6000円だったので、プラスホテル代でも1万ちょいで済んだ。けど次回からは90分12000円。プラスホテル代。90分じゃ短いと感じたので延長30分ごとに3000円…お値段の価値あるサービスだけど、ホストより安いけど、だからこそ気を抜いたら依存しそうなのこわい。あと、「そろそろ時間です」「お会計6000円です」の現実引き戻し感ハンパない。これ男性は射精して、賢者タイムで既に冷静になれるよね?女は醒めることがなくて、しかも顔がどタイプの男の人にめちゃめちゃ尽くされたら好きになるよね?女の依存ってほんと厄介だしストーカーとか普通にありそうで、(自分も予備軍の自覚あるし)たいへんなお仕事だなと思った。私と会う前にも1件仕事していて、私の後にももう1件あるんだーと言ってた。純粋にすげえ。がんばってください。
ちなみに、顔がめちゃめちゃ好きで直視できなかったんです、と最後の最後で伝えた。(韓流アイドルのことは失礼な気がして言わなかった)そうしたら、え!そんな風に思ってくれてたの嬉しいなあ。ってめちゃめちゃタイプな顔の人に言われた。じゃぁもっとこっち見て。目みて。ってめちゃめちゃ顔近づけられた。あーーーーー思い出しただけでtnkついてたら射精してるよ
この興奮をだれにも話せないのが辛くて書きました。ありがとうございました。
ムラムラしてる世の女性たちへ、風俗は男の人だけのものじゃなかったよ。ムラムラ悪化するかもしれないけど、それ以上に精神的に満たされます。ただ身の危険もあるのでお店選びは慎重に。
合コンで心身消耗した話
昨日行った合コンが近年稀に見る大惨事だった。1日経っても気持ちの整理が付いていないので書く。
結論を言うと40近いハゲとハゲとジジイと勘違いクソ野郎の大ハズレを引いた。一目見て今日は終わったと卒倒する位のインパクトだった。
女側は最高とまで言わなくても、そこそこのラインナップだったと思う。27歳、私を含め皆こぎれいにしてた。
相手は40近い、いかにも売れ残りのモテない男達。見た目のいけてなさは勿論のこと、気遣いやコミュ二ケーションもなってない。
今まで彼女が居たことが無いのではとすら思う。
でも落ち込んでいるのはマッチングのせいでは無い。向こうもどんな女が来るか分からなかったわけだし、そもそも40近い男が未婚・彼女居ないメンバーを集めようとするとそうなってしまうのもしょうがない。
最初のエンカウントでひとしきり落ち込んだ後、私は決心したのだ。
もう席に着いてしまったのだから、いずれにせよ後2時間はこのモンスター達と対峙せねばならない。
それならば萎む心を奮い立たせ、精一杯盛り上げてこのおじさん達を楽しませようと。
いいじゃないか。狭くて小汚い居酒屋だけど、世にも珍しいモンスターの生態を観察しながら、タダで飲み食い出来ると思ったら。ねぇそういえばさ、2017年は頭からモンスターにエンカウントしたよね〜!
いや本当に死ぬかと思ったwwww
皆で瀕死になりながら何とか脱出できたね!いや〜あの時のよしえのホイミが無かったら今頃死んでたよ〜!
そうやって笑い話にすればいい。
2時間経つ頃には目の前のモンスター達も「過去の美しい思い出」となりかけていた。
私(^ω^)?
私(^ω^)
モンスター(^ω^)
女達(^ω^)
怒りで目の前が真っ白になった。
ニットを1枚買えばすぐに飛んでいく。
しかしそれは、
今まで使ったどの2000円よりも
重い2000円だった。
なぜ彼らは払ってくれなかったのだろう。
3000円のコースで
10歳離れた女と飲んで
女は2000円、男は4000円。
払ってくれなかった理由が知りたい。
それともその価値が私達に無かったのだろうか。
実は私達こそがモンスターと思われていたのだろうか。
そう思うと身の毛がよだつ。
「ただ運が悪かっただけ」
「そもそも気を使える男ならそうなってない」
そう思いこむには、HPの残が少なすぎた。
別名と言うか、長々と書いてみると。拗らせた承認欲求と依存、嫉妬心と独占欲を爆発させたヤンデレ、その根源に巣食い続けた劣等感のはなし。
今こうして自分で並べても笑える程に、救いようのない要素だけで生成された恋の寿命は、三年に届かず終わりを告げました。大層に書き出してみましたが、結局何があったのかと言えば、好きな人を失いましたという、20文字にさえ満たない、世間一般に転がっているような、何の変哲も無い話なんですけど。
そんな、何の変哲も無い話だからこそ、タイトルを付けるにあたって、ヤンデレと言えば多少はライトに聞こえるだろうかと希望を籠めて。それでも結局は、どうしようもない程構ってちゃんな我儘メンヘラが、独りの人間を食い潰した話です。追い詰めて追い詰めて、限界がきて縁が途切れて、そして、私も自滅しましたという笑えない救えない話です。
それでも、この文章を書き切ることで、この喪失感が埋まりやしないだろうかという期待をしています。悲しいです。苦しいです。でもそれ以上に、この恋がもう駄目だったのだという事を、誰より私自身が理解しているつもりです。そう書きながら、それでもやっぱり苦しいですと続けたくなるぐらいには、依存していた心はどうしようもなく、矛盾していて。
それから、もうひとつ。私自身、時間がある時は常にネットの読み物を漁っていて。匿名のまま、色々なことに真剣に長文を書いている人がいる。そういうのを読むのが、好きなんです。以前Twitterで見掛けたんですけど、文字や長文を読むことに依存していて読み物のジャンルは問わない、っていう状態。私、それも当て嵌まるなぁって想ったので…どうしようもないこの歪んだ恋のなれの果てが、とあるヤンデレの恋の顛末が、ネットを漂う読み物のひとつになればいい、と想っています。こんな想いは有り得ないと一笑に付されるのでも構わないし、この歪んだ欲求が誰かに共感して貰えるなら、それはそれで凄く嬉しいこと。勿論匿名ダイアリーなのでそれを私が知る術はおそらく無いんですけど、それでも、このメンヘラ日記が誰かに見て貰えるのなら、この恋が誰かの時間潰しになるのなら、なんて願望も抱いています。
わたしが最初にあの人と出逢ったのは、共通の趣味の世界で、その場所はTwitterでした。
まずはその上手さに本当に驚いて、心底、凄いと想いました。ただ見惚れて、あの人にしか出来ないことに、心から惹かれた瞬間のことを、未だに強く覚えています。この人と関われなかったら後悔すると想って、勇気を出して声を掛けて、関わりを持てるようになって。そこから幾つかの幸運が重なって、あの人に、私の出来ることも認めてもらうことが出来て。一緒に、趣味に携わることが出来て。
毎日毎日Twitterでお互いにすごい熱量でその趣味のことを話すことが出来るようになって…本当に幸せでした。仕事が終わって、あの人がTwitterに浮上するのが本当に毎日の楽しみで、どちらともなく声をかけ、楽しい会話が始まって…眠る瞬間までそれが続くんです。本当に、睡眠さえ惜しい程、ずっと喋っていたいぐらいでした。あの時期、私の思考回路も自由な時間もすべてあの人の為にあったと言い切れますし、憧憬と尊敬混じりの好意は、募る一方でした。たくさん時間を重ねて、私自身も、あの人の思考回路を占められていた自信があります。恋情ではなかったとしても、好かれていた、という自負も。本当に、私の一目惚れに近かったので…奇跡みたいな話だと、状況だと、ずっと想っていました。ずっと、夢中でした。まるで夢のような日々が、あっと言う間に始まって、私の日常を侵食していきました。
だけど、奇跡はやっぱり奇跡で。私にとっての夢は、長くは続きませんでした。
その趣味の世界で、あの人は、私より素敵な人と、出逢ったんです。それはいつか起こることだと理解していましたが、本当にあからさまなぐらい、毎日たくさん話していたTwitterでの会話はぱたりと止みました。あの人は、新しく出逢った人と毎日時間を重ね、私としていた時と同じように…いいえ、それ以上の熱量で、沢山の言葉をその新しい人に向けました。趣味は私ではなくその人とやるようになり、私が構って欲しくて、お話がしたくて近付いても、ええと、その頃はまだ星のマークでしたので、星が飛んでくるだけで。やるせなくて、悲しくて悔しくて寂しくて、どうしようもなくて。私はその時、一回目の失恋をしました。
所詮はTwitterでの話し相手を失っただけだ、と笑われるかも知れません。それでも、会話をする内容や頻度、趣味の世界の話。文字はその人に惹かれるには充分な要素であると、私は想います。あの人に向けていたのがその時点で好意だったのか、恋情だったのか、その当時の私にも、今想い返してみても、断言は出来ません。それでも、欲しくて欲しくて堪らない人が私の方を向いてくれない、明確に"興味を失われた"その感覚に、涙が溢れて止まらなくなりました。毎日毎日、あの人がTwitterに居るのに、私とは話さずに、新しい人と、趣味に夢中になっているその姿をぼんやりと見ているその日々が、辛くて苦しくて、息を止めてしまいたいと想って。それでも、Twitterから離れることは出来ませんでした。心の何処かで、あの人が私の方を向いてくれていたのなんて最初から奇跡だったのだからと諦めを付けようとしている自分自身が居るのに、それに堪えることも割り切ることも出来ず。新しい人が私よりずっとずっと上手な人だったので…劣等感も悔しさも、仕方ないと想う心も。全部が、綯交ぜになったまま、ただ、其処に存在し続けました。
そして、私自身も、誤魔化すように、また違う誰かと出逢いました。そして、趣味の話を、あの人以外の人と、とりとめも無く喋っていました。文字は凄いと想います。笑っていなくても、笑えます。心が沈んでいても、テンションは幾らでも取り繕えます。そんな風に、Twitterでは誤魔化しながら、現実世界では泣いて吐いて、眠れなくて、ただひたすら、あの人が恋しくて、悔しくて。私は飽きられたんだ、捨てられたんだと泣いて喚いて、だけど新しい人の上手さに叶う気もしなくて、幸せそうに楽しそうに趣味に耽るあの人を見るしか出来ず、絶望するように目の前が真っ暗になって……失った喪失感で一杯の、日々でした。
それから、日を重ねましたが私とあの人の立ち位置は、共通の趣味の世界の仲間、のままでした。私が一方的に抱いた喪失感も失恋の感覚も、悔しさ寂しさ、嫉妬心も…言葉になる事は無く、消える事も無く、勿論あの人が知ることも無く…ただ、私の胸の内で、私の心に影を落とし続けていました。時折言葉を交わすことはありましたが、あの人が夢中なのは、新しい人でしたから。幸せそうだなと想いながら胸の何処かが酷く痛み、けれど私よりずっと上手な二人を見て、お似合いだなと感じて。苦しみながら、憧れながら…そんな、矛盾を孕んだ生温い日々を送っていました。
そんな日々が変わったのは、知り合って数か月経った頃。奇跡の夢から覚めて、絶望の淵に立って。
それでも、私があの人を好きなことは変わらないし、趣味だって辞めるつもりはない。そんな、一方的に私だけが居心地の悪い関係は、突然新しい道を見出します。
既存の趣味の…変化版?に、二人で手を出す事になったんです。匿名で、伏せに伏せて今更、なのですが…例えるなら、パン作りが趣味だったなら、二人でお菓子作りにも手を出すことにした、とか。ネットゲームが趣味だったなら、二人で新しいサーバーにも行くことにした、とか…調理やゲームなどの趣味としての大きな枠組みは変わりませんが、何にせよ"二人だけ"の、ことが出来ました。それは私にとってとんでもなく幸福なことで、近くで見るあの人の出来ることに、やっぱり改めて憧れ惹かれました。その憧憬に加えて今度は、その素晴らしいことが、私だけ、独り占めが出来るんです。新しい人ではなく、私となんです。そんな感覚に、嫉妬で喘ぎ、苦しんでいた自身が満たされ癒されるような、快楽を味わいました。好意も恋情もすべて含めて私はこの人が好きで、関わっていたくて、話がしたいんだ、という気持ちが、確固たるものに変わりました。
其処からは、また、幸せな日々が始まりました。飽きられ捨てられたと想っていた、それでも好きだった、あの人との関わり。大きな枠組みが同じとは言え、やはり今までの趣味の範疇からは少々外れていたので、二人とも新しくTwitterアカウントを取りました。二人ともいずれ誰かをフォローする予定ではいましたが、その時点ではお互いにお互いだけをフォローしているアカウント。そこは私にとって堪らなく居心地が良い、幸せを増長させる秘密の場所になりました。
毎日繰り返す、共通の趣味の世界の話は昔の熱量を想い出して堪らなく胸がときめきましたし、そのアカウントは二人だけと言う気易さからか、少しずつ世間話も入るようになって。あの新商品が美味しかったよだとか、今度どこでどんなイベントをやるみたい、だとか。他愛ない日常の世間話はまるでLINEのような一対一の会話で、Twitterで新しい人は勿論誰かに向けて話されるのとは確実に違うものだと感じて、私は至上の喜びを味わいました。
あの人が私と、私とだけ喋っている、ということ。嫉妬を拗らせて鬱屈させていた私が、あの人を独占出来るその時間に依存していくのに、時間はかかりませんでした。けれど、同時に。過ぎたる幸福は、抱いてはいけない欲を育てるのも、早かったのです。
私は次第に、あの人が、今まで通りのTwitterアカウントで喋ることに、恐怖と苛立ちを覚えるようになったんです。
どうかしていると、笑われるでしょうか。あの人の自由を奪う行為に、賛同はきっと得られないでしょう。解っています、解っていても、それでも、尚。脳裏にこびりついた、また捨てられるという恐怖が、私の心を蝕んだんです。
また奇跡が起こって、私はあの人と二人の場所を手に入れて。これ以上無い幸せを味わいながら、その幸せは、いずれ弾けるものなのだと心の何処かで想っていて。あの人がまた新しい誰かと出逢うのはいつだろう、私には抗えない、勝てない、私よりもっとずっと上手な人と出逢い、その人に惹かれるのは、いつだろう?また、私との会話をぱたりと辞めてしまうその時は、いつ訪れるんだろう…?
そんな恐怖が日に日に増していき、あの人が今までのアカウントで喋っていると、その恐怖と焦燥感で一杯になるようになりました。あの人に捨てられる、飽きられてしまう恐怖が、あの絶望が、どうしても忘れられないんです。奇跡が覚める瞬間のあの足場が崩れるような、あの感覚を、二度と味わいたくはなくて。新しい人と出逢ってしまったら、私が勝てないことは目に見えていて。
あまりの恐怖に、私は、あの人に、二人の場所に居る時間を増やして欲しいと、今までのアカウントに行く頻度を少し減らして欲しいと、お願いしました。それは、強制力のあるものでは無かったと記憶しています。ただ、二人の場所が大好きで大事であること、たくさんの人と繋がっているTwitterアカウントで皆に囲まれている姿を見ていると、寂しいこと、嫉妬してしまうこと…。今想い返しても、少し甘えたような可愛い我が儘だった、と想います。勿論、自分を可愛いと言っているのではなく――後々言うことになる言葉に比べれば、かわいいもの、と言う意味で。
最初に私がその葛藤を、恐怖を…嫉妬と独占欲に言い替えてあの人にぶつけた時。その我が儘をあの人は喜んで受け入れてくれました。そして同時に、あの人が新しい人と出逢った頃、私自身その孤独に堪え切れずに誤魔化して他者と関わっていた頃。あの人も、他者と関わる私に対して嫉妬をしてくれていただなんて、リップサービスだとしても嬉し過ぎることを教えてくれました。私は、堪らなく幸せでした。そして、憚ることなくあの人に好意を伝えることが出来て、あの人からも、好意が返って来て。二人のTwitterアカウントは、本当の意味で特別で、秘密の場所に、なりました。迷うことなく二人の関係を恋だと定義付け、二人で趣味の世界に没頭しました。お互いが、お互いのものになったんだと、幸せで、日々が満ちていました。あの人に感じる憧憬混じりの恋情はもう私の一番根の深い場所まで侵食していて、あの人が二人のTwitterにログインしてくれるのを今か今かと待って、二人の時間に躊躇いなく依存して…あの人が喋るたびに、通知が来るようにして。専用の通知音が、私の幸福を彩りました。
だから、きっと忘れていたんです。夢が覚めるものだと言うこと、奇跡が長くは続かないことを。もしくは、見ない振りを、気付かない振りを、していたのかもしれません。
そもそも、私の我が儘は叶えられたとは言っても、その言葉に―二人のTwitterに居て欲しいというお願いに、強制力はありません。今までのアカウントにログインしたところで、私以外の人と本来の趣味に没頭したところで…それを責め咎める権利など、私には最初から無いのです。
元々他者に囲まれることも、評価されることも好きなあの人は、今までのアカウントも変わらず利用していました。二人のTwitterにも勿論来てくれてはいましたが、私自身も今までのアカウントで喋っていましたし、割合は日によって変わりました。
今、本当に、此れを書いている今、想い返せば。これで満足出来なかった時点で、この恋は、いつか終わる運命だったのだろうと、私は想います。私は、幸福の量にも、恐怖の量にも、堪えることが出来なかったんです。あの人が今までのアカウントで喋っていると、恐怖で恐怖で、堪らなくなりました。叶えて貰った筈の我が儘では物足り無くて、納得出来無くて。不安は益々色を濃くするばかりでした。だって、また新たな人に出逢ってしまってからでは遅いのです。もっと素晴らしいことの出来る人に出逢い、惹かれて、あの人が私のことをまた捨ててしまってからでは、遅いのです。私が、その新しい人に勝てる訳は無いのです。だからこそ、二人のTwitterの時間は堪らなく安堵して幸せで、もっと此処に居て欲しいと願うように、なりました。
それからの私は、恐怖と絶望に憑りつかれ、唯一の希望が二人のTwitterだ、と定義付け、お願いを繰り返すようになりました。いつものアカウントで趣味の話をして盛り上がっているところに水を差すように帰って来てとコールしたこともありますし、今日はあちらのアカウントに行かないで欲しいとお願いしたこともあります。今日だけは私のもので居て欲しいとお願いし、それが表面的に叶えられ、私は仮初の満足を得て…そして、翌日になればまた不安に駆られ…気付けば、私のお願いは、お願いと言う枠を随分と超えるようになっていました。今日は行かないで欲しいと言う回数は日に日に増え、ある時は酷く甘い言葉で、ある時は、酷く乱暴な言葉で。まるでDVの飴と鞭のように、私はあの人を、追い詰めました。
好意と嫉妬、独占欲を盾に、私の歪んだお願いは時として命令染みた強制力を持つようになりました。あの人が他者と関わろうとしたら、私も同じように他者と関わって、嫉妬しましたかと問うてみせて、それなら二人でTwitterに籠りましょう、嫉妬するのは痛いでしょう、と…身を以て感じさせるようなこともあって…まさに、泥沼でした。私は、あの最初に"捨てられた"感覚から、抜け出せていませんでした。あの人を、根底から信じられなかったんです。いつか誰かに惹かれ消えてしまう人なのだと想い込んで、もう、その固定観念から、抜け出せなくなっていたのです。私の行動はエスカレートし、あの人の行動を制限し、出来ることがどんどん消えていき、いつしかTwitterアカウントに割く時間は逆転して――二人で、二人の居場所だけに引き籠るようになっていきました。
それでも私の膨らんだ恐怖は拭い去ることが出来ず、私は二人の居場所に居ても尚不機嫌で、苛立ちが隠せなくなる日が、増えてきました。お互いに没頭していたはずの趣味の話も出来ないことが増えて。そんな日々が、楽しい筈がありません。あの人は楽しさを求めて今までのアカウントにログインし、私は其れを見て益々苛立ちと恐怖を募らせて…まるで、鼬ごっこです。沈み始めた泥沼は底無し沼のようで、私も、きっとあの人も。正解が解らないまま、お互いの可能性を、殺し続けました。
何処かで、きっと満足出来るラインがあった筈なんです。だけど私は、それを見付け出すことは出来なかった。満足することは、出来なかった。あの人は私の歪んだ独占欲と嫉妬を受けながら、他者と関わることを辞めはしませんでしたが、それでも出来る限り、私に愛を誓ってくれました。でも、それって、とてもとても中途半端で、生半可で、生殺しなんです、と書いてしまう私は、やっぱり冒頭にも書いた通り、救いようのない、ヤンデレでメンヘラだと想います。
でも、だって、私はこんなにもあの人が欲しいのに、私はあの人だけで構わないのに、あの人と二人きりで趣味に没頭していられるなら、それだけでも幸せなのに。どうしてあの人は、私を愛していると言いながら、他の人を見るんでしょう。そんなに、他の人と行う趣味、楽しいですかと問いたくなって、そうですよね私なんかと一緒に居るより楽しいですよねと、黙ったまま、傷付くんです。勝てる訳が、無いから。あの人が他の人と関わるたび、私よりずっとずっと凄い人と出逢って、どこかに行く為じゃ、ないんですか?どうして、私を見てくれないんでしょうか、と、恐怖から来る理不尽で身勝手な欲求が、抑えられないんです。劣等感が身動きを取れなくさせて、あの人に、誰より愛していると言って欲しい、認めて欲しい、何処にも行かないと言って欲しい…と、私の存在意義は、どんどんあの人からの言葉に委ねられました。承認欲求を満たして欲しい、独占欲を嫉妬を慰めて欲しい。そんな風に、転げ落ちていきました。
何度も何度も責めました。何度も何度も謝ってくれて、二人の場所に居ると誓ってくれました。それでも、あの人は想い出したようにいつものアカウントで趣味の世界を拡げては知らない誰かと出逢って、愛されそうになるんです。気が気じゃなくて、私は、いつも、あの人を監視していないと、落ち着いていられなくなりました。その頃にはもう、私の余裕なんて微塵も残っていなくて、私とあの人の趣味の話は殆ど無くなっていました。悪循環だ、と気付いた時にはもう遅く、趣味の話なんて残っていない、ただあの人の存在に執着して二人の場所に籠り切り固執する私と、息苦しそうに、私とは趣味を共有出来ないと判断して、いつものアカウントにもログインし続けるあの人が、残りました。今、想い返しても、可哀想だ、って想います。妄想に憑りつかれてしまった私の心も、その我が儘に振り回された、あの人も。
そんな悪循環から抜け出す術があれば、それを私が知っていれば、この文章にも起承転結が生まれて、もしかしたらこの恋はハッピーエンドを迎えられたのかも知れません。もしくは、少しでも泥沼から抜け出せたのかも知れません。けれどこれは、私の歪んだ恋心が終わるまでの顛末ですから、結局は"このあとも、あの人が限界を迎えるまで、この地獄のような鼬ごっこは繰り返されました"と、作者が放り投げたような展開しか、待っていません。
私は、趣味の世界に二人で没頭したくて、あの人の存在が行動が誰に与えられることが許せなくて、何処にも行かないように安心したくて、生活のすべてを呟くように義務付けました。お願いのつもりでしたけれど、暗に脅迫めいたことを含んでいる言葉など、命令でしかないと、今は想えます。それでも、私は、そうしないともう自分を保っていられなかったんです。帰宅したら二人のTwitterに来て、眠る瞬間まで、居て欲しい。会話をしながら、その返事が1時間以上空くのは堪えられませんでした。誰かと連絡を取っているかもしれない、もしかしたら見えないだけで、いつものTwitterで誰かとDMしているかもしれない…。そんな妄想に憑りつかれて、居ない時にはただひたすらあの人を責め、あの人の存在に餓え続けて。言い争うことも毎日のようになっていき、互いの言葉はどんどん酷くなり……そして、決定的な終焉を、迎えました。言っていいライン、と言うのは確実に存在して、それでも餓えて麻痺して、心の何処かで被害者を気取っていた私は、その地雷を、踏んでしまいました。それはあの人にとって堪えられる言葉ではなく、けれど其れを言うに至ったまでの経緯も私にとって堪えられるものではなく。お互いに追い詰めて、お互いに限界を迎えて……当然と言えば当然の、結末でした。
あの人は私と関わりたくないと言い、私も、もうこの恋を続けてしがみついても幸せになどなれないと、想います。この先、私が癒える方法など私自身では想い付きもしませんし、それはつまりあの人の自由を許せないことです。息苦しい想いだけを、させることになるのです。私も、裏切り続けられ疲弊し、泥沼に沈んだままです。追い詰め、逃げ、それを責め……そんな悪循環にしか戻れないと、お互いに解っていて、だからあの人は私との関わりを無いものにします。そして私はそれを上手く出来ずに、この文章を、書いています。
依存しきっていた、毎日交わしていた言葉が無くなって、私の日々は表面上、穏やかです。
ただ何もせずとも、ぼんやりと時間は過ぎていきます。けれど、壊れてしまった私の箍はどうしようもなく、今でも、あの人が何をしているのかを考え、頭のおかしいヤンデレから解放されてきっと幸せなのだろうと想うのに、一言でいいからまたあのTwitterで喋ってくれないだろうかと待ち、いつものアカウントにはいかないで欲しいと、願ってしまうのです。
愛しています、と、愛していました。どうか私のことを忘れて幸せに、と、今すぐ私と死んでくれたら良いのに。今、あの人に向ける言葉は何を想ってもぜんぶが矛盾していて、自分の往生際の悪さに、辟易しています。この恋に未来は無かったと、泥沼だと散々書き連ねてきたのに、それでも尚、この恋さえあの人さえ居れば私は他に何も要らなかったのにと、未練がましいことばかり想ってしまって、でもその数分後には、最低だと、あの人が私にしたきたことを反芻しては心の中で罵って。私はどうしたいのか、もう解らないまま、この文章を書き終えようとしています。
私はこの恋をまだ教訓には出来ていませんから、お説教染みた、愛した誰かを大事にしてくださいだとか、相手を信じてだとかをこんこんと語る気はありません。この文章は何処まで行っても私の歪んだ恋愛録でしかなく、フェイクが多分に含まれている時点でその記録としても殆ど価値は無いものです。それでも、この飽きる程に長い文章が、愛しくて愛しくて堪らなくても上手くいかなかった、拗れて病んだこの愛情が存在していたことが、このネットに残れば良いなあ、と想っています。
台湾を国家としてみなすかどうかという、中国に対してちょっとセンシティブな内容だからボカしておいたら
過去自分がやってきた重箱の隅つっつきが気に入らなかった人たちから攻撃されてて
因果横暴とは言わないけど、攻撃で自己を確立するスタイルって敵が増えてリスキーだねって感じ。
で二重国籍うんぬんよりも日本のためになることをやるかが重要なんであって
そういう意味でR4がそうやってるとは全く思えないけど、別に間者ではなく思想の違いで
スパイならさすがにそんなあからさまに二重国籍持ち続けないでしょ。
なお、CREAだか何だかの十何年前の雑誌取材と整合性がないのは
・細かい中国への感情あたりはリップサービスとキャラ作りだろきっと
・でも台湾国籍を30まで持ってたのは多分そうなんでしょ、自分で言ってるし
だからまあたたかれてもしょうがないと思うし、好き嫌いでいうと嫌いだけど
議員辞職まで追い詰めると結局今度追い詰めたほうにもなんか将来的に跳ね返ってきそうだし
どうせR4に今更大した支持なんてついてないし、そこまでやっても各政党にそこまでメリットないし