はてなキーワード: 青春とは
色々波乱万丈な人生みたいは話が世間にあふれているじゃん?例えば中高不真面目だったとかさ。
でもだいたいそういうやつって、過去にあれていても結果うまくいったりするわけ。そもそも中高生のときはわりと学生生活エンジョイしてるわけよ。
じゃ、おれにちょっと半生語らせてみてみ?
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小学生低学年で逆上がりがなかなかできず、運動神経がよくないことに気づく。宿題はこなすことはできるので、なんとなく勉強は人並みにできるのかもしれないと思い始める。
高学年でバレンタインデーなどのイベントを知るが、全く数にはいってなく、チョコはもらえず。しかし異性に興味をもちはじめる。
頭はいいほうで模試でもだいたい学校の上位10%に入る。通知簿にはおとなしく真面目の評価。年によっては皆勤賞も。
一方で軽いいじめとキツイいじりの中間のような扱いをされて、「学校が楽しい」というワードはイマイチぴんとこない。
似たような雰囲気の男同士で教室の端っこでもそもそしている。陽キャが女子と仲良く話しているのを尻目に、必ず逆転してやると負のエネルギーをためこんでいく。もちろん自分は女の子と仲良くなったり告白されることもなく、大してコミュニケーションもないまま大学へ進学。
有名大学へ入学。サークル、学業は充実する。ここでも真面目さを発揮し、GPAは良いほう。
研究室は希望のところへ入るも、研究自体は泣かず飛ばず。サークルで仲良くなった女の子に告白するも撃沈。就活に精を出す。
そのまま大手企業に就職。大企業のため親は大喜び。でも結局、童貞のまま。社会人になってもガールズバーやキャバクラの類には行かない。でも、さすがに童貞のままじゃいかんと思い、会社の同僚とともに風俗へ。「なんだ、あれほど切望していたセ●クスってこんなもんか..」と27歳にしてやや幻滅する。
30前後で彼女がいないことに本気で焦りだし、出会い系サイトで女性と知り合う。そこで体の関係をもってくれたことに感激しつつ責任を感じ結婚する。しかし、体の相性もテクニックもしらない俺はまたたく間にセックスレスへ。家庭内の自分の価値を少しでも上げようと掃除・洗濯・炊事と家事のほとんどをこなし、優しい夫をアピールしている。
せっかく入った大手だが、思った以上に収入はのびない。ホワイトっちゃホワイトだが、年収500〜600万がいいとこ。結局学生のときフラフラしてたやつらとそう変わらないどころか、彼らは自分で店を経営してたりする。学生のときに誓った逆転も、全くできていない。
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はい、ここまで書いたが、これ真面目系クズの話に近いよね。でも別にクズ要素ないよね。で、増田に結構当てはまってるんじゃないかと思う。もちろん、仔細は異なるだろうが、共感するところがある読者も多いのではないだろうか。
学生のあいだは大人の言うことを疑わずに信じ、要領を得ることを知らず、モテに対しても斜に構え、特段の努力もしてこなかった。
今でも青春コンプレックスはぬけないため、日本のドラマはキツくてみれない。現実であっても、彼女に外でフ●ラさせたとか、会ったばかりの女とヤったとか、信じられない刺激的な話題で溢れている。自分の人生にはそういう体験は訪れないんだろうと思うと、呆れ、絶望する。
違和感があったので書いてみる
引用元が言いたいのはおそらく「あのサブカル感なんでなくなっちゃったの」が正しい
サブカルというワーディングに反感を覚えるかたもおられるだろうが、まあまあ、どうどう
あとゲンガーの話してるけどエロゲンガーがあこがれだった時代は存在したのだろうか……
あの当時、なぜエロゲに謎のテキストライターが集まったかというと、
『ライター』という職業を志す者にとって一番稼ぎやすい場所だったからだ
また、1作品あたりの予算もコンシューマほどかからないからプロデューサーも適当で
企画さえ通ればあとはテキストライターが好き勝手やることができた
ライターの供給源となる場所はテキストサイトが多分に役目を果たしたはずで、
自分もそのうちの一人だ
それに原始インターネットを混ぜこんで鍋でぐつぐつ煮てでてきたものがあのエロゲ文化だ
社会の空気とカネと「プロデューサー」の雑さ、これがエロゲを生み出していて、
読んでくれる顧客もヒマだった。
ニコニコ動画が出てきてコンテンツは映像的な消費しやすさが意識され
Twitterが出てきてコンテンツのリアルタイム性が要求されるようになった
クズライターは放逐され、かつ主婦層のインターネット参戦が目立ってきた頃には単価もクソ落ちてきたので俺もライターをやめた
最近はエロゲ業界でもソシャゲ業界でも「未経験からライター」が増えている
ちゃんと規定の量をサラリーマンライクに生み出すのがこの時代ライターに求められる一番の才能だ。
さて、あのとき、あそこに確かにあった空気は一体どこへ行ってしまったのであろうか。
そして持続可能だったのだろうか?
儲かる場所はすぐ商業化され、ニコニコ動画でも小説家になろうでもnoteでもYouTuberでも「あの空気」は一瞬発生してすぐ消えてしまった。
自分はテキストサイトに最初見て、エロゲライターになり、ニコニコ動画を経てソシャゲ屋になりVTuberのライターもした。
ずっとそれを追いかけている。
いつもそれを夢見ている。
『ハウルの動く城』でソフィーが、おばあちゃんになったら何も怖いものはない、という感じできらめきやらときめき、自分の本心から逃げるシーンが有る。あれと同じ。
おっさんだから多少恥じ入る行為をしても、頭をかいて「こりゃしまったなあ」、なんつってりゃとりあえず格好はつくけど、若者の容姿で若者の精神を持って今からリア充やギャルと話し込んでください、と言われたらキョドる自信がある。しかしおっさんのままギャルと話をしろと言われたら別に困らない。彼女たちは相応のおっさんとして対処するだろうし、自分も若い娘として普通に対処する。社会がそうなってるから。ラベルは人の精神を変えてしまう。所詮おっさんだしと思い込んでると中身まで老けてくる。「仮に増田が若者だとすれば」若い内いギャルナンパして遊び方教えてもらうとか、やり残した青春を焼き尽くすような恥を、いっぱいかいてほしいなと思う。
史上最高のイギリス映画と煽られていて、公開当初から気になっていたが、
見る機会がなかった。なぜか日本版映像メディアは入手困難だったりするし。
80年代当時のイギリスの社会背景について肌感覚で理解できている人、
サッチャーによる緊縮経済と、移民に向かう憎悪、暴力的な労働者階級右翼スキンズが持つ不満
自分も知識がない訳ではないが、当時のイギリスで暮らしてた訳でもないし、そこまで入れ込めなかった
逆に当時イギリスで暮らしてた人とかは、凄いリアリティを感じて面白がれるのかもな
とはいえ、コロナ直前ぐらいの日本は、政府による緊縮政策で高まる経済的苦境、貧困階級で蔓延する国粋主義的右翼思想への共感、
移民への排斥感情と、かなーり近しいものがあるのではとも思わされた。
ストーリーはリアリティがある一方で、リアリティを追求するあまり映画的には伏線の回収が甘く不満だった。
彼は主人公ショーンをグループに引き込み、母親とも面倒を見るという対話を行いながら、
コンボの行いに対して能動的なリアクションを何も行わないままフェードアウトする。結構無責任男じゃないかと思った。
またコンボの失恋のくだりも、結構あっさり引きさがってて、この設定いる?と消化不良感があった
主人公ショーンも、典型的な巻き込まれ型主人公で、監督の実体験ベース+子供であることを考慮すると、
リアルなのかもしれんが、ウディに誘われてスキンズ入り、コンボに誘われて暴力的犯罪行為を行う、
最後はコンボの暴走に傷ついて終わる。というお前勝手に周囲に振り回されとるだけやんけという不満を感じざるを得なかった。
当時のスキンズの生態をしっかり捉えたという点は褒められるのかな?自分には判断を下す自身はない。
映画的にはあんまり盛り上がらんし、ストーリーの構築感も低い。5点満点で3点てとこだな。
これで英国史上最高の青春映画は言い過ぎだと思うぞ。トレインスポッティングの方がまだ面白い。終わり。
女性に関する嫌な思い出は特にない いや嫌な思い出自体はまあちょくちょくあるけどそれを言うなら男性に関する嫌な思い出もあるし、ことさら女性性を強調する必要なものはないようなものばかり
モテなすぎて拗らせてるって感じでもない 青春時代モテなかったのは事実だけど、大学のときに一目惚れした女性と交際に至り今も仲良くやっている
でも女が憎い 女全体というか、「女であるというだけで性的・恋愛的な価値が高いこと」が憎い
好きでもない相手に言い寄られるのは嬉しくないどころかむしろ苦痛ってのは分かるし、性的価値が高いとむしろ損することが多いって話も理屈では分かるんだがどうしてもムカついてしまう
年収1000万の人間が税金の多さを嘆いているのを聞いたときみたいな気持ちになってしまう
女は「多少モテる」くらいが標準装備だからいいよな!と、「告白されたことない」のがモテないことの基準なんていいご身分だよな!と思ってしまう
俺が学生時代女子と全然話してなかったのは純粋に話しかけてなかったからだし、つうかよく考えたら席が近い人とは普通に話してた気すらするのに、「キモい男であった俺はそれだけを理由に全学の女子から爪弾きにされていた」みたいな修正版暗黒青春が頭の中に生成されて行ってる
怖すぎる
男とか女とかのことを考えないで生きたい Twitterやめたらいいのかな でも非モテ男の拗らせ言論みたいなのって妙に共感性あるしつい読んじゃうんだよな ううう
「アーティスト(芸能人)の政治的発言が好まれない理由は「立派だと思っていた人が間抜けたことを言っているのを見たくないから」という話 - Togetter
ここで芸能人の政治的発言を見たくないと言うファンを批判している方々、自分たちが石を投げられる立場なのか胸に手を当てて考えてみて欲しい。
過去に芸能人が自民党の候補者になった時に、本人がどういう政策を掲げているのかも吟味しないうちに、
「俺の同世代にとっては青春の象徴だったけど、こんな人になってしまって残念だ」
ワイは飽きなかったやで
ニコ動でどんどん増えてく比較動画を見ながらひたすらクリエーター魂すげーと思ってただけやで
そもそもワイは話の続きが見たいという感情はそんなになかったんよ
ワイはむしろあの繰り返しの中でも毎週生き生きとアクティビティを積み重ねる団員達の様子を永遠に見ていたかった
8月がついに過ぎ去りハルヒが終わってしまったことでワイは次なる青春のキラキラの中にワイを閉じ込めてくれる作品を探す無限の放浪を始める羽目になってしまったんやで
時間を失い止まりながら進んでいるワイにとって世界が進まないことは最大の癒しなんよ
そこんとこ分かってくれるとワイの魂も浮かばれる感じやで
安倍ちゃんも人間ですけども、1億2千万人の日本人の全生命について責任のある人間なので、お前ごときの「頑張り」と同等じゃ困るんですよ。
日本のトップである人間と自分を同一視して「この人こんなに叩かれたらかわいそう」なんて思うほうが首相に対してよほど僭越なのでは。
つーか、野党の仕事は政策批判ですよ?失敗したら日本が死ぬ政策なんだから、ありとあらゆる批判をもとに政策は練り直し吟味してもらわないと困ります。「失敗していいからやらせてみようよ」みたいな企画とは違います。国家の運営をなんだと思ってんですか?1億2千万人の運命がかかってんですが。
苦しいときほど一致団結して頑張ろう!みたいな青春ドラマ?またはシン・ゴジラ?みたいな美しいストーリーがみたいんですよね、国家運営においても。ハイハイわかります。
現実に狭い日本の1億人の生活をなんとかしなきゃいけない政治の場では、お互いの利益は衝突し、誰かの生活のために誰かを犠牲にし、一つのパイを取り合い、醜い利権の奪い合いが頻発し、その中でどうにかこうにかバランスを取って物事が進んでいくのが現実です。野党だって誰かの利益を代表してんです、安倍ちゃんを応援するために自分の後ろにいる有権者たちの利益を諦めてもらっちゃ困るんですよ。彼らの命と生活がかかってるんですから。
まぁでも安倍ちゃんに自己投影する人の思考回路がよくわかって面白い日記。つまり彼らの中では、安倍ちゃんは政治家ではなく、天皇みたいなものなんでしょう。
わたしはなぜこのブログを書いているのだろうか。もういまさらわたしが口出しすることでもない。それでも今日が記念日ということに気づいてしまった。気づいてしまったのだからしょうがない。しょうがないことにしてほしい。
今日は、すこし特別な日なのだ。ほんのすこしだけれど。2年前までだったら、かなり特別な日だった。
うれしくて、ふわふわして、気持ちが浮いて、地に足もつかなくて、そんな日だった。だって、あなたたちの誕生日だから。あなたたちが生まれた日だから。あなたたちに名前がついた日だから。
ジャニーズJr.という世界は、このブログを読んでいる人が思っている以上に厳しいし、わたしたちが思っている以上にシビアだ。ジャニーズJr.に、約束などない。
たとえば、次のコンサートが終わると同時にグループが消されることもあるし、昨日まであったグループが突然消滅していたなんてこともある。酷いときはコンサート中に解散が発表される、なんてこともあった。正確に言えば「様々なグループから色々なジャニーズJr.を選抜してのデビューを発表した」になる。解散が発表される、とは少し違うがまあ同じようなものだ。ジャニーズJr.とは、そういうものだ。
わたしはそれを去年の1月に知った。知識としてそういうことがあったことは知っていたし、実際に突然干されてそのまま全員で退所していった一部始終も見ていた。5人グループが6人グループになったところも見ていたし、名前が突然変わったところも見ていたが、まさか自分がその当事者になるなんて思っていなかった。わたしはあの日、突然渦中の人物になった。大好きだったグループの、愛していたグループの突然のメンバー加入発表。増員発表。
ジャニーズJr.に「絶対」がないことは知っているつもりだった。覚悟もしていたつもりだった。でも、だけど、それは「つもり」でしかなかった。心のどこかで(そんなことが起こるのは人気のあるメンバーだけだし、デビュー路線にのったグループだけだ)と思っていた。はっきり言ってしまうと、わたしが応援していたひとは人気というわけではなかった。アンチはいないけど、ファンも少ない。そんなひとだった。グループとしてもデビュー路線から少しずつ外れ、舞台班としての道が見えていた。わたしは当然そちらに進むものだと思っていたし、ファンとして最低なことを言うと舞台班になることを祈っていた。一年に一度大きなツアーがあるだけなんてわたしには耐えられなかった。毎月毎月会わないと、生で見ないと息ができなくなってしまうのではないかと錯覚するほど毎月現場があったからだ。
あぁ、わたしはなんて馬鹿なんだろう。こんな記事を書くのだからと、久しぶりにあなたたちのプレイリストにしたのが間違いだった。想いのつまった曲が流れ始めてしまった。つらいなぁ。だいすきだったんだ。愛していたんだ。わたしがかけられるだけの時間もお金もかけてきたつもりだった。それじゃ、不満だったのか。まぁ、当然か。生活がかかっているわけだし、いつまでも「アルバイト」のようなジャニーズJr.という不安定な立ち位置で満足なんかできないだろう。「正社員」に近いデビュー組を目指すのは当然だ。
あなたたちは、この曲をどんな気持ちで歌ってくれたの?歌詞に自分たちの名前を入れて、ペンライトは誰のメンバーカラーでもない白にして、おたくが踊れるような振りにしてくれた。涙を浮かべて歌ってくれたあの景色は嘘だったの?
涙で滲む約束は、あなたたちで果たしてほしかったのに。人数が変わってしまったら意味がなかったのに。もう少しなんて言わなくたって、ずっとそばにいるつもりだった。手を離したのはどちらなんだろうか。まあ、当然わたしなのだ。だってまだそばにいる人はたくさんいるのだから、わたしがあの増員に耐えられなかったのはわたしの責任なのだ。わたしが悪い。
「気持ちが強すぎた」なんてそんなことは口が裂けても言わない。わたしが単純に聞き分けの悪いお子ちゃまだった、それが正解なのだから。
ただ、わたしの生活にはあまりにもあなたたちが入りこみすぎた。四季折々共に過ごしてしまったから、春にも夏にも秋にも冬にもどの季節にも思い出がある。いまだに聞けない音楽がある。行けない劇場がある。言えない言葉も聞きたくない言葉もたくさんある。
だけど、時間というものは残酷だ。出来事というものはその瞬間に記憶になる。記憶は思い出になり、思い出はいつか薄れてなくなっていく。そういうふうにできているのだ。なんて残酷なのだろうか。あなたたちと過ごした思い出も、苦しんだあの日々も、ぜんぶいつかは消えてしまう。たとえ今は結成日が忘れられていなかったとしても、だ。間違いなくいつかは消えてしまうだろう。
だけどなかったことにはしないでほしい。腫れ物を扱うように当時を振り返らなくなるのはやめてほしい。わたしの大切な日々であり、消したくない青春なのだ。
6という数字に縛られるのだろうか。
6人組のアイドルグループに羨望の眼差しを向けなければならないのだろうか。
どれも答えはわからない。わたしがどれだけ見ないようにしたとしても、わたしの周りにはあなたたちのファンがたくさんいるし、テレビにだってたくさん出ている。
デビューとはこういうことだ。見たくなくても目に入ってしまう。聞こえてしまう。今まで、わたしがどれだけ好きだと叫んでいても見向きもしなかった友達が「かっこいい」「好き」と言っている。掌を返したように何人も何人もだ。あの日わたしに「かっこいい人だれもいないしJr.とかガチすぎてこわいよ」って引き気味に言ってきたあの子でさえそのうちの1人なのだ。興味も持たなかったくせに。
だけど、この「今」を彼らは望んだ。彼らは願った。わたしが願っていない未来を、彼らは願っていたし、わたしが嫌な今を、彼らは喜んでいる。そういうことだ。彼らの望むこれからは、わたしの望まないこれからだ。彼らに必要ないのはわたしのような人間だ。そんなこと1番わかっている。だからファンと名乗ることをやめた。無理矢理別の人を好きになった。
もし今、似たような状況の人がいたとしたら無理矢理別の人を好きになるのはおすすめしない。好きだったのに。大好きだったのに。そんな風に思いながら生活からそのひとを切り離したおたくの成れの果てがこのわたしだ。
春になれば春の思い出で泣き、
夏になれば夏の思い出で泣き、
秋になれば秋の思い出で泣き、
冬になれば冬の思い出で泣き、
そんな風に考えてしまう自分に、簡単に泣いてしまう自分に、こんな文章を綴ってしまう自分にうんざりする。わたしは、こんなわたしが嫌いだ。すごく、すごく嫌いだ。自分で自分の首を絞め続けて、感傷に浸って、悲劇のヒロインぶっている、救いようのないほどの馬鹿で阿呆な自分が嫌で仕方ない。
だけど、たぶん簡単には変わらない。何年間も毎日あなたたちのことを考えて生きてきた。言葉では言い表せないほど、愛してきた。そんなに簡単にわたしの中から消えてもらっては困る。かけてきた時間もお金もそれなりな、わたしの大切な青春だから。
だから、何年も何年もかけて悲劇のヒロインから一般人になれればいい。いつかあの日々を笑って話せたらいい。「好き」と決してかえってこない片思いに似たような日々に浸ればいい。この傷が時間によって癒されてしまうまでの期限付きだ。
わたしのなけなしのプライドでグループ名もタレントの名前も出さなかったけど、ここまで読んでくれた誰かが理解できるように書けているのだろうか。降りてまで迷惑かけたくないから出すつもりもないが。
そもそも、今まで「ミュージカル刀剣乱舞」という作品に対して「刀剣乱舞のキャラクターの服を着た人が歌って踊る」くらいの認識しかなく、むしろ「世界を守るために戦っているのに歌って踊っている場合なのか?」と思っていた。
そんな私が刀剣乱舞ミュージカルを見て楽しめるのか? と訝しながらも、刀ミュガチ勢の友達が薦めてくるのでせっかくだからと見てみることに。
結果、最高。
本来「モノ」であった刀剣が肉体とこころを持ってしまったことで生まれる葛藤、死んでしまった主に再会できたことに喜びながら、でもここに派遣されたということは主の最期を見なければならない、幸せな時間はうたかたの夢であることに気付いている刀剣男士の苦しみ……。歴史の渦に翻弄されながらそれでも『生きた』人たち……(しんどい)。
それと対照的に、第二部や真剣乱舞祭の圧倒的なエンターテイメント性……。キラキラしてる……。あんなにキレキレで踊ってるのになんでめっちゃ歌うまいの?????? 私と同じ生き物ではない。
すっかりファンになってしまった……。「イケメンが歌って踊ってるだけでしょ」とか言っててすいませんでした。靴舐める。
しかも、現在進行形でこのコロナ騒動で翻弄されている受験生の私にとって、特に救われたことが二つあった。
まず一つ目。
現在私の学校は集団授業再開のめどが立っていない。三月一日から授業ができなくなり、そこから一度も授業を受けてない。映像授業もようやく再来週から始まる状態で、できることといえば週に一度だけ配布される課題を黙々とこなすことだけ。私は予備校の映像授業も受けていたのでまだラッキーだったけど、ほんっとに……ほんっとに虚無(でも私の学校はまだしっかり対応してくれてるほうだと思う)。
一日中パソコンで映像授業を受けているのでターゲッティング広告がすべて東進予備校になった。「模試受けませんか?」ってもう受けとるっちゅーねん!!!!!
しかも私、ちょっと変な大学に進学しようとしてるので、予備校の授業を日本史しかとってない。学費クソ高いからこのままじゃ進学できるかもわからんのに毎日毎日日本史を勉強する日々……。
「お前は王族の血を引いてるから」ってわけわからん滅んだ国の文字を勉強させられてる在りし日のムスカ大佐に異様に感情移入してしまう。
読める、読めるぞ!!!!!!!!!!!!!!(クソデカボイス)
文字と戦果の羅列でしかなかった歴史が、ミュージカルのおかげで色づいた。ムスカがあそこであんなに興奮してる気持ちが痛いほどに分かった。だってこれ進研ゼミでやったもん。
「みほとせの部隊が竹千代を保護して最初にするのが『城の修復と日々の記録』ってめっちゃエモいな(家康が征夷大将軍になって最初に行ったのが江戸城の造成と郷帳、国絵図の作成)」
とか、
「結びの響、はじまりの音によってもたらされた変化は、みほとせであれだけの祈りをもってもたらされた泰平の世を塗り替えるものなのかぁ」
とか習った歴史を思い出しながらしみじみできる。む、報われた……。日本史勉強しててよかった。
個人的に、榎本武揚の五稜郭籠城中、榎本が秘蔵していた国際法研究書を「これからの日本に役立つものだ、戦火の灰にしてはいけない。これからの日本に役立ててほしい」となんと敵方である新幕府軍の黒田清隆に送ったエピソードがすごく好きなので、ミュージカルであんなに魅力的な人物にえがかれていて納得しました。そりゃ黒田も感動して助命嘆願するわ……。
黒田清隆、死刑にするべしと言われていた榎本を救うために坊主頭にしたんですよね。敵であった人物にそれだけさせるだけの説得力があった。
しかも、戦火の灰にしてはならない、と言うってことは榎本には五稜郭を戦場にする覚悟があったってことなんですよね。そんな覚悟をさせるだけの土方歳三……流れ星を見つけ流れ星のように生きた男……。
話が脱線した。
でも、それだけミュージカル刀剣乱舞は魅力的でした。最高。日本史勉強しててよかった、って思えてよかった。ありがとう。大学受験はどうなるかわかんないし、志望校に受験できるかわかんないし、高校さえいつ始まるかわかんないけど、それでも日本史を勉強してたから私はこのミュージカルをたくさん楽しめた。
ならいいや!!
二つ目。
運動会はほぼ練習終わってるし、学園祭も夏休み中に劇の練習があるので、夏休みが無いと言われている現状、開催が絶望的。もっと言ったら友達の引退ライブもたぶんできない。
つれ~~~。ほんとならライブハウスを貸し切って、めちゃめちゃモッシュして最高に盛り上がるはずだったのに。
でも!!
ミュージカルを観て、舞台の上にいる誰かの真剣な顔を見てはっとしたり、真剣乱舞祭でキラキラしてる誰かにキャーキャーしたり、なんかそういうので『『青春』』成分を補給できた気がする。
そりゃ、何か月も稽古をして、それが本業の俳優さんと同級生を同列に語るのはとても失礼だけど、でも、二か月も友達としゃべっていない虚無虚無プリンな今の私に一番必要だったのは、友達と一緒にかっこいい誰かにキャーキャー騒げる、そういう他愛ない時間だったのだと痛感した。
もう、ぼろっぼろに泣いてる。アホほど感動している。
私、全然刀剣乱舞知らないんだよ……言っちゃえばミュージカルがほぼ初見なので、キャラクターとしての彼らをあんまり知らない。え、ゲーム内の彼らは歌って踊らないですよね……。刀だもんね……。
のに、刀剣男士が、主を、仲間の刀剣を、歴史を、どれだけ大事に思っているか。
主とともに紡いだ歴史とともに、自身をどれだけ誇りに思っているか、
そして主(審神者さん? とにかく観客席の方たち)がどれだけ刀剣乱舞というコンテンツを愛しているかがビッシビシに伝わってくる。ミュージカル観ただけなのに。素敵なジャンルだ……。
受験終わったら円盤買いますね。年末にはコロナ渦が収束してたくさんの審神者さんたちがまた騒げることを願っています。
最後に昨日「三百年の子守唄」の見どころを友達に聞いたところ、「ファンサのとき良い匂いがした村正」と言われた。
どう味わえと。