はてなキーワード: 自力とは
ゴッ!ガチャンッ!
東京工業大学内の実験場所で、大小のダミー人形2体が床にぶつかる鈍い音と自転車が倒れる音がほぼ同時に響きました。
大きい人形は大人の女性サイズ。6カ月の赤ちゃんを想定した人形をおんぶひもで背負っています。
実験では、人形がまたがった自転車を、止まった状態から少し前に押し出すようにして横に倒しました。
実験をしたのは、NPO法人・Safe Kids Japan(SKJ)の小児科医や研究者ら。
今年5月、東京都国分寺市で赤ちゃんをおんぶして自転車に乗っていた女性が横断歩道のないところを渡った時に車と衝突し、
頭を強打した赤ちゃんが亡くなった事故をうけて、倒れたときの危険性を科学的に調べました。
街でみかける「おんぶ自転車」の赤ちゃんの多くは0歳児で、ヘルメットをかぶっていません。道路交通法は、
保護者は自転車に乗る幼児にヘルメットを着用させるように努めるべきとしています。
しかし、自転車の研究者などでつくる団体「自転車の安全利用促進委員会」によると、
一般的にヘルメットの多くは推奨年齢が1歳以上のため、0歳児の場合は頭を守る手段が限られてしまいます。
「自転車の安全利用促進委員会」のメンバーで、自転車ジャーナリストの遠藤まさ子さん(38)は、「おんぶ自転車」の悩みは、
「通っている保育園や幼稚園が車を使う送迎を禁止していたり、車を持っていなかったりする都市部の保護者に多いのでは」と指摘します。
3人の子どもがいる遠藤さんも以前は世田谷区に住み、おんぶ自転車を経験。自宅と保育園の直線距離は約3キロでしたが、
路線バスは遠回りで1時間かかる環境。車の登園は禁止で、坂道が多い住宅街を自転車で20分かけて通いました。
「出費は負担でしたが、安全には代えられなかった。やはりヘルメットを着用できない間は、おんぶはおすすめできない。
着用していても無理な運転はNGだし、住宅街の小さな交差点でも一時停止するなど細心の注意を払ってほしい」と話します。
バランスを崩したらもう終わり?
一度バランスを崩して傾き始めると、そのあまりの重さに、自力ではどうすることもできなくなって倒れてしまうという恐怖の事実なのでした……!
ママスタコミュニティにも同じことが起こったママがいらっしゃるようで……。
『雨の日に子ども乗せた状態で2回転倒した。転びやすいわけではないんだろうけど、普通の自転車と違ってバランス崩したら最後。
もう立て直すことは確実に不可能。本当、いかにゆっくり倒れるかだよね』
『雨上がりに何度か滑って転んだ。普通の自転車では大丈夫だけど、電動の重さだとバランスを崩すともう持ち直せない』
『倒れるって分かってるけどもうどうしようもないよね。通りかかった若い兄ちゃんが起こしてくれたよ』
子どもを乗せた状態の電動自転車が傾き始めると、もう自力で持ち直すことができないので、
あとはいかにゆっくりと倒れて、子どもへの衝撃を少なくするかのみ。
持てる力の全てを出して自転車を支えることになります。まるでスローモーションのように長く、絶望を感じる時間でした。
倒れたらSOS!お願い、誰か手伝って下さい!!
『転んだことあるけど、現場近くの家から人が飛び出てきて起こしてくれたよ』
『私も雨の日に黄色い点字ブロックにはまり、転びました。2回もあります。雨の日は慎重に運転してますが、
点字ブロックのまっすぐな溝って、すごく滑るんですよね。なるべく避けていますけど、絶対に通らなくちゃいけない場所は、
『1回ダイレクトにこけて、もう1回はなんとか耐えた。やはり雨の日。マンホール、鉄板、側溝の蓋は危険!』
『坂道を登ってたら車が脇道から急に出てきて、ブレーキをかけた拍子に転んだ。子どもも後ろに乗ってたけど、
チャイルドシート&ヘルメットのおかげで無傷。私はハンドルにぶつかって肋骨骨折……』
“雨の日”“マンホール”“点字ブロック”が、危険ポイントのようです。確かに、雨の日はただでさえ視界が狭まるうえに、
地面は滑りやすくなります。ましてやマンホールや点字ブロックは、雨水で濡れてツルツル。
ちなみに、筆者が転んだのも雨の日のマンホールの上でした。ドンピシャ……。
電動自転車で走行中に転倒し、抱っこしていた当時1歳4カ月の次男を死亡させたとして、神奈川県警は14日、
横浜市都筑区の保育士の母親(38)を過失致死の疑いで書類送検した。県警への取材でわかった。
専門家や業界団体は、乳幼児との同乗はバランスが不安定になりがちだとして注意を促している。
県警都筑署によると、母親は7月5日午前8時25分ごろ、同区の市道で、次男を抱っこひもで前に抱え、
左手首に傘を提げた状態で電動自転車を運転。過失によって転倒して次男の頭を強く打ち付け、死亡させた疑いがある。
雨が降っていて母親はかっぱを着ていたが、提げていた傘が自転車のフレームと前輪の泥よけの間に挟まったことで、
ハンドルが動かなくなり、転倒につながったと署はみている。
母親は前部の幼児用座席に事故当時2歳だった長男を乗せ、次男とともに保育園に送り届ける途中だった。
文字書きではないので読みづらい文だと思います。またある程度ぼやかして書いてるのと私自身の記憶が曖昧な部分もあります。御容赦下さい。
私はTwitterで1つのアカウントを用途やジャンルなど垢分けせず10年以上使っている。取引する時も同じ垢。取引ツイートするのも半年に1回くらい。
ある時某ジャンルのグッズを譲渡に出した。いくつかリプを貰ったうちの1人をAさんとする。
Aさんもいわゆる雑多垢のようだった。ツイフィ必読とは書いていなかったが取引の返信前にプロフも読んだ。そこには今回の取引のジャンルを含め好きなキャラやAさん自身の性格等が書いてあった。
Aさんは、よく自傷をする、と記していた。そして、「生きてたら良いことあるよ」みたいな中途半端に慰めの言葉をかける人の事が嫌い、とも。
前者に関しては「そういう人もいるよな」ぐらいの感想しか持たなかったし、後者に関しては私も同意見だった。
DMでの会話も問題はなく、Aさんからは住所をもらい、こちらは口座の情報を送った。
詳しい日付は忘れてしまったけど、やり取りした日を1日として、「4日にお金を振り込みます」ぐらいの間隔だったと思う。私はそれを了承し、入金確認後にグッズを送りますね、と伝えた。
その翌日。Aさんがツイートをしていた。
「今度こそ死にます。」
場所は〇〇の△△号室で□□時にどうやって死ぬか等細かく記されていた。そしてツイートされた日からAさんのアカウントは鍵がかかった。
自身で命日としていたその日は、グッズ代を振り込みますと言っていた4日だった。
あぁそうかぁ、ついに死んじゃうのかぁー。せっかく価値観の合う人に会えたけど、引き止めてほしくなさそうだし、つい最近知り合ったばかりの人にそんなこと言われても気持ち悪いだろうしなぁー。場所は私の家から遠いけど今から新幹線に乗れば間に合うかもしれないな。死ぬまでに振り込んでくれたらグッズ送るけどな、そしたら棺に一緒に入るかなぁ。いやもう最期なら無償で送るか。でも親と上手くいってなさそうだったし、死んだ後に娘宛ての荷物が届いても開けてくれないかもしれないなぁ。どうしようかな。
悩んでいるうちに4日になった。
その日のAさんは命日を満喫していた。楽しそうな写真やツイートがいくつか投稿されていた。入金の連絡は来なかった。
まぁ、最期の日だしな。取引のことはもう忘れて楽しんでほしい。心からそう思った。そしてAさんの決めていた時間になった。遺言のツイートが投稿された。
そこから私は警察署のサイトを調べた。死ぬと言っていた地方の管轄で、死亡者を確認しようと思った。すぐには更新されないし、発見に時間も掛かるだろうし、と思い2〜4日くらい巡回した。
その4日後。
「生きてる」とのAさんのツイートが。
なんでも親に捜索されて止められたそう。
なんだ、生きてたなら良かった。
親と東京観光してから実家に戻ると言っていた。なら落ち着くまで待とう。
Aさんはそれ以降も連日他ジャンルについて楽しげなツイートをしていた。
メンタルもきっと回復しただろう。7日経って入金催促のDMを送ってみた。
その後Aさんから返信が来ることは無かった。
2日経っても返信が無かった為、私が送信を忘れていた可能性も考えて、DMを開いてみると、ブロックされていた。
なるほど。
死のうとした時に引き止めてくれなかった人との取引は辞めて、自分のメンタルを優先させたんだな。賢明な判断だと思った。
それと同時に他人からブロックされるのってこんなに恐いことなんだな、と思った。私はちょっとだけ傷付いた。
しばらくして、私は自分の鍵垢にログインした。いつも使っている雑多垢と別に、自分しかフォローしていない垢だ。
Aさんにブロックされていない垢から、Aさんのツイートを見た。Aさんは実家に戻ってきてから鍵を外していたのでフォロー外からでも見ることができた。
Aさんはグッズを私から受け取らなかったけど、そのあと自力で手に入れたかもしれないし、無くても生きていけるんだったかもしれない。私はAさんにグッズを送らなかったけど、それで良かったのかもしれない。
生きてるなら良かったと思った。
悪趣味かも知れんが、大好き
「ドキュメント 気象遭難」は、ほかの作品に比べて、ものすごく人が亡くなる。
吾妻連山の楽しい仲間たちでの中高年の登山から、道迷い、天気の悪化、体力がないことにより、一人また一人と欠けていく。
すごく怖い。
絶対山には登らないぞと思う
トムラウシのツアーによる大量遭難が有名だけれど、その前にほぼ同じ場所で類似の気象遭難事故があったことも知る。
悪天候なのによろよろと山頂を目指したのはどういう気持ちなんだろう。
間近で友人が絶命するとはどういった状況だろう。
こわい、絶対山には登らない
山岳部に所属する高校生が、近所の山で遭難する、「空と山のあいだ」も恐ろしい。慣れ親しんだはずの山が、突然牙をむく。
年末年始、剱岳に挑戦し帰ってこなかった3人のメンバーを、同じ登山会の人が目撃証言を辿って、行動を推測し、遺体の場所を特定する「いまだ下山せず」も面白い。
証言や性格から、足跡を辿って答えに至る様は、ミステリのようでもある
後者は、高度8000メートルを超える、その場所にいればいるほど死に近づくデスゾーンで、ほかの仲間のサポートをしていた、若い男性登山家が力尽きてしまう
その人が生き残ったのは、何がよかったのか、逆にそういう苦境に陥ったのは何が悪かったのか、が知りたいのかな、と思う。
何度も思い出してしまうのは、羽根田治「ドキュメント 道迷い遭難」にあった、遭難者が行き合った、犬を連れたおじいさんの話だ。
遭難者は不安になりながらも、「こちらだとおもう」と進んでいた。
そこでおじいさんに出会い、話す。
「この道で合っているか?」と尋ねられ、遭難者は「合っているとおもう」と返した。おじいさんは犬を連れて道を進んでいく。
その後、遭難者は迷っていたことに気が付き、生還することができた(自力で下山までできていたと記憶している)。
しかし、そのあと犬だけが戻ってきて、おじいさんの姿を見た人はいない。
そのエピソードがずっと胸に残って忘れられない
エンタメだと情報過多になるほど入れ込まないと面白いと思われない。
テンポ良くすると情報量は多くなっていいんだが、見て理解したつもりの動画が出来上がる。
情報量も多い方が、見てる方としては退屈しない。
自動レジが導入されたのだけど、楽になるどころかかえって面倒臭さが増して辛い。
自動レジ接客マニュアルでは、お客様がお金をレジに自分で投入している間に、店員は袋詰めをしましょう、お客様がマイバッグをお持ちの際にはマイバックに商品詰めていいか許可を得てから詰めましょう、とある。だが、当店ではオーナーの方針で、マイバックにはお客様が袋詰めしろよ!と圧力をかけて来ない限りは意地でも袋詰めしないことになっているようだ、多分だけど。私はオーナーから面と向かって言われた訳じゃないので本当のところは知らない。
「やっぱりお客さんがお金入れてる時こっちはやることなくて居づらいよねぇ。だって、マイバッグ持ってるお客さんでも、こっちが詰めてあげちゃダメなんでしょ?」
と言っていた。
実際のところ、お客様がお金を投入し終え、そのあと袋詰めもお客様ご自身がやるとなるとすーごい時間がかかって会計待ちに長蛇の列が出来てしまう。なので私はオーナーが居ない時間帯なのをいいことに、「袋詰めしてよろしいですかー?」と言ってさっさと袋詰めしちゃうんだけれども、そうすると常連の人ほど畏れ多い!って感じで、
って頭を下げるので、なんか逆に悪いことしちゃったかなと、私も頭をペコペコ下げることになる。地味に削られる精神。上から怒鳴りつけられるよりは遥かにマシだけど。
マニュアルには正しい流れしか書かれていないので、いざ実戦にならないとわからないことがある。その代表例が、レジに商品をスキャンし終えて、店員が客層ボタンを押し、お客様用ディスプレイの表示が切り替わって、お客様に支払い方法を選んでいただいた、その直後にお客様が商品券やクーポンを後だししてきた場合はどうすればいいのか?という問題だ。マニュアルに登場するお客様はヘマをしないという設定なので、そんなトラブルに対応する術はマニュアルには載っておらず、私ども店員が自力で裏技のようなものを探し出さなければならないのだ。
世の中の半分は馬鹿であることを前提にして、機械とマニュアルを作って欲しいと切に願う。
先週、Aさんが長らく続けていた悪事がひょんなことからオーナーにバレてしまい、そこから芋づる式に色々バレちゃったらしく、Aさんはちょっと面倒なことになってしまったらしいが、自業自得と本人は諦めているらしい。一方、オーナーはAさんに辞められると詰むので、Aさんがこれ以上ルールの抜け穴を掻い潜って悪い事をしないように、作業手順等を見直しているようなんだけど、「本部の主催している営業カウンセリングを受けて、ウチの弱い所を洗い出してもらった結果、色々変えることになった」と言った。
そんなこんなで、急に作業手順が色々変わったのを見たBさんがすぐに「あーこれはAさん遂にやらかしたな」と気づいていた。Bさんは、Aさんがよく「楽して金を稼ぎたい」と言ってそれを実践していることに呆れているしちょっと批判的に思っているようなんだけど、
「まあウチらからAさんに言えることって無いんですよね、残念ながら!」
と私が言うと、「だよねぇ……」と悲しそうに笑うのだった。私とBさんは同い年で氷河期世代の一番下なのである。真面目に働いてもこき使われて弱ったらポイ捨てされるのが世の中というものなので、Aさんくらいの強かさを持っている方が生き残れるというのはよくわかっている。
出版社と作家の関係なんかもそうなんだけど、Webで個人の発信能力がある程度発揮できるような環境になったとき、プラットフォーマーの広報能力って実はそんなに大したものじゃないってのが可視化されちゃったんだよ。
(そっちのほうが詳しいので)出版の話をすると、出版社が多少金をかけて宣伝したとしても、その規模感で言えば、作家なり個人担当編集者が豆にフットワーク軽くSNSなんかでまめに情報をばらまいたほうがよほど宣伝効果が高い。
もちろん超大規模な広報活動(テレビCMや映画化などのメディアミックスを用いたもの)をすれば、そりゃそれなりに広報効果はあるけれど、それは当然もとより超有名で売れてる作家だからこそそういう事ができる。
そもそもメディアミックスなどのそれそのもので利益が見込める広報以外の、純然たる宣伝としての広報なんてのはその作家の売上の出版社の取り分のそのまた内側の割合でやることなわけであって、経済原理から言えば、その作家が出版社に提供した利益以上の広告宣伝費用が費やされるなんてありえない。
身もふたもない話で言えば、売れてる作品を宣伝してその売上を何%か増やすほうが、売れてない作品を宣伝してその売上を同じ%で増やすよりも、基底となる売上規模差の問題で、前者のほうがプラットフォーマーの広告宣伝戦略として、合理的なんだよ。
そんなわけでメディアへの露出は、人気作とそれ以外の二極化が進んでしまう。
名もないアーティストや作品が、まずは広告宣伝の可否という戦場に進むまでの知名度獲得は、いまやまったく自助努力の世界になってしまった。
その段階まで自力でたどり着けないアーティストや作家は、プラットフォーマーが目にかけてもどうせ芽が出ないと判断される時代になっちゃったんだ。
※※ご注意!※※
伊坂幸太郎著『ラッシュライフ』(新潮社刊)の伏線の考察であり、トリック的な部分に深く触れています。未読の方はこの記事を閲覧しないことをお薦めします。
画商と画家、プロの泥棒、新興宗教の信者、精神科医とサッカー選手、失業した男・・・5つのストーリーが併走する、巧緻な群像劇ミステリーで、とても好きな作品である。
先日、書店に行ったところ、作家生活20周年を迎えた伊坂さんのフェアがスタートしていて、伊坂さんのインタビューが載った特別記念冊子も置かれていた。このインタビューの中で「二十周年だから明かせる、作品に関する秘密」はあるかと質問された伊坂さんは、『ラッシュライフ』について興味深い発言をされていた。
ここに引用してみる。
『ラッシュライフ』の冒頭の章扉に、「最高時速240キロの場所から~」と書いてまして、ある機会に一度話したことがあるんですが、あれって物語の構成を示唆している伏線なんですよね。その分野に詳しい人が、「あれ?」と違和感を覚えて、読み終えた後に、「そういうことだったのか!」と喜んでくれるんじゃないか、と期待していたんです。ただ、意外にそういった声は聞こえてこなくて、独りよがりだったかなあ、と少し反省しています(笑)。当時、最初の一行目にヒントがある、というのをやってみたかったのかな。
この「物語の構成を示唆している伏線」というのが気になってしまった。
引用文では「最高時速240キロの場所から~」と省略されているが、正しくは「最高時速240キロの場所から物語が始まる」。伊坂さんが話しているように、章扉に書かれている一文なので「章題」と呼ぶべきものだろう。
自分は『ラッシュライフ』は複数回読んでいるが、そういえば、この章題をさほど気に留めたことはなかった。
章扉の次ページから『ラッシュライフ』の本文になる訳だが、その始まりは「画商と画家」のパートだ。画商の戸田と画家の志奈子は得意先回りのために「のぞみ500系」に乗車している。
だから当然、「最高時速240キロの場所」とは、この「のぞみ500系」のことだろう。今まで単純にそう思いながら読んでいた。
1人でただ考えていても見当がつかず、何か手掛かりはないかと「のぞみ500系」でネット検索してみた。
すると、あれっ?と思う結果が出たのだ。
「のぞみ500系」は2010年に引退し今は走ってはいないが、運行していた時の最高時速は「300キロ」だというのである。
「240キロ」ではない。
では、この章題は、間違っている・・・?
やはり考えても分からなかったので、さらに『ラッシュライフ』の再読を進めることにした。
すぐに、あることに気づいた。
文庫版(初版)だとp.21、ここから「新興宗教の信者」のパートが始まる。仙台駅近くの喫茶店で、信者の河原崎がコーヒーを飲んでいるシーンだ。
河原崎がぼんやりと窓から眺めているのが、ホームに入ってくる「MaxやまびこE4系」である。
この車両も2012年に引退しているそうだが、それはともかく。
その最高時速。
「240キロ」だった。
重大なネタバラシをしてしまうと、『ラッシュライフ』は数日間の物語だが、時間的に古いエピソードから順に書かれている訳ではない。作者は5つのパートの時系列を崩して配置しているのだ。その配置によって、異なるパートの登場人物たちが接近しているように見えたり、時間を隔てたエピソードが連続して起きているように見えたりする。そう見えることがさらに謎を生み、ストーリーが錯綜しているように読者は錯覚してしまう。本書の読みどころは、その「騙し絵」のごとき、巧みな構成だ。
具体的に言えば、前述の戸田と志奈子の「のぞみ500系」乗車シーンは、冒頭ではあるが、実は物語の「いちばん古いエピソード」ではない。
それがはっきり分かるのが、p.450からの本文。仙台駅前に白人女性が立っている。彼女はスケッチブックを手にし、街行く人に声をかけて「好きな日本語」を書き込んでもらっている。登場人物たちがスケッチブックに書き込んだ順番がここで明かされることで、物語の正しい時系列が判明するのだ(本書には、このスケッチブックのエピソード以外にも、読者が正しい時系列を把握するための描写が随所に散りばめられている)。
時間的には、『ラッシュライフ』は河原崎のパートからスタートするのである。
河原崎は喫茶店から、最高時速240キロの「MaxやまびこE4系」を眺めている。
この章題は、「間違い」などではない。
これは「MaxやまびこE4系が描写されているシーンから、物語が始まる」という意味だ。
伊坂さんはインタビューで正解を語っていないので断定はできないのだが、「物語の構成を示唆している」とは、こういうことだろうと推測する。
インタビュー中の「その分野に詳しい人」とは、鉄道マニアのことだろう。
確かに、鉄道に詳しくないと、自力でここが「伏線」だと発見するのはかなり難しい。
鉄道が話の筋にに大きく関わる訳でもないのに、「500系」「E4系」と車両形式まで書かれていることにまず疑問を持つべきだったのだが、残念ながら今までまったく気にせずに読んでいた(戸田と志奈子は「のぞみ500系」を降りた後、東京で食事をし、仙台へ向かうためにまた新幹線に乗るのだが、その場面では、ただ「東北新幹線」と書かれているだけ。愛称も車両形式も記されていない。問題の伏線とは関係ない新幹線なので描写する必要がなかったのだろう)。
それでも、伊坂さんからのヒントによって、こうして『ラッシュライフ』に秘められた、伊坂さんの洒落っ気、遊び心を知ることができて嬉しい。この作品がより好きになった。
最後に、『ラッシュライフ』の5つのパートの構成については、『文藝別冊 総特集 伊坂幸太郎』(河出書房新社刊)に、詳細な「時間/事件相関図」が掲載されているので参照するといい。
あくまでも、産後鬱っぽくであって、苦しんでいる当事者の方々よりもマシだったとは思う。
私は子供の4カ月健診の時に、産後うつの気があると診断されて少しだけカウンセリングを受けた。
あまり覚えていないが問診票に母親の状態を尋ねる項目もあって、そこの回答がマズかったのだと思う。
喉元を過ぎてしまえば出産から4ヶ月間はしんどかった、大変だったで済むけれど、当時は地獄だったと思う。
どんな感じだったのか、思い出せる限りで書いておきたい。
前提として、夜泣きや授乳で常に寝不足。思考力が落ちていたと思う。さらに出産直後の伸びきった醜い体に日々嫌気がさしていた。
その上で、共働き夫婦二人の時間が長かったからかもしれないが、出産した直後から私は突然〇〇ちゃんのお母さんとしか呼ばれなくなった。
スタバで一人、ぼんやりお茶をしてスマホをいじる。今までは普通だった時間が、ご褒美になった。我が家の育児は私のワンオペ ではないが、それでも礼儀として一人で出掛けるためには前もって夫に「今週末は一人の時間が欲しいな」と伝え、同意を得る必要がある。
外食にだって気軽に行けないし、美術館に夫婦で行って感想を言ったりもできない。今まで楽しいと思っていたことは簡単にできない、手の届かないものになった。
出産する前に想像力が足りなかったと言われるかもしれないが、覚悟していた以上に私個人が消えてしまったし、それまで築いてきた価値観を奪われた。
小さな子供のいる家庭は日中公園や子供向けの施設や催しに行って子供と遊んで、食事はファミレスや家庭で。私も当たり前にそういうものだと思っていたけれど、それまで好き勝手生きてきた人間が突然、そこに幸せを見いだせというのはよく考えたら難しい話だ。
今までの幸せを手放して手元にいるのは、簡単に死んでしまいそうな赤ちゃんだ。少し表情は出てきたかな?とは思うものの、まだまだ宇宙人とお猿を混ぜたみたいで考えてることはよくわからない。
それでも、我が子はとんでもなく愛しい。この子に何かあるなら、自分の命を躊躇いなく差し出せる。宝物。それは絶対に間違いない。
離乳食だって始まってないし、赤ちゃんが自力で動くこともないから、実は面倒ごともあまりない(と、今なら思える)。
でも、初めてやってきたか弱い生き物の命を預かっているというプレッシャーは非常に大きかった。自分が判断を誤ればこの子は死んでしまう。そんな気持ちが強かった。
砕かれた価値観と強いプレッシャーの中で、時折子どもがいなければと思ってしまう。それで、そう考えた自分に自己嫌悪する。
私には夫がいて、復帰する職場があって、子どもは元気で、世間から見たら恵まれた環境で幸せなのだ。頭では分かっていても、心が追いつかない。
いつか、子供に手を出してしまうんじゃないか。そんなことする前に消えてしまいたい。戻りたい、戻れない。そんな気持ちがグチャグチャになって、時々頭の中で包丁を取り出して、まず子供を刺して次に自分を……と考えることもあった。
それが多分、出産3〜4ヶ月くらいのことだったと思う。
私が持ち直せたのは、遠方に住んでいた友人がその頃たまたま会いに来てくれたからだ。彼女が「出産して半年くらいして、やっと子供の存在を受け入れられるようになった」とサラッと言った言葉を聞いて、心が楽になったことだけはよく覚えている。
自分が産んだ我が子であっても、出産後しばらくは受け入れられなくても何もおかしくない。母親になったらからと言って全てを受容できるわけじゃない。
それでいいんだ、と。思えてからやっとペースを掴めるようになった気がする。
きっと私たちが知らないだけで、昨日通りすがった女の人、レジで対応してくれた男の人、一緒に信号待ちをしたサラリーマン、スーパーでお菓子を選んでいた女の子、そういうちょっとだけ自分に関わったともいえない誰かが、今日この時にしぬことを選んでるかもしれないですね。
私も、一度しのうとおもっていました。
理由は伏せますが、とにかくもう現状が自力ではどうにもならないと思い込んで、今思えばそれ以外の道はあるのに、「しぬしかないなぁ」と思っていました。
「明日のごはん、何を食べようかな?」と「明日の夜、どこでしのうかな?」が同じくらいの悩みになっていました。
正直に言えば、私はその有名人の方はあまり知らないし、出ていた番組もあまり見ていなかったのですが、
ただその人が出ていた舞台作品でひとつだけ、いつか見たいなぁ、と思っていたものがあって、今後機会があれば……と考えていました。
人気があった舞台だから、再演もあるだろうなぁ、という考えです。
でももうその「いつか」は絶対来ないんだと知った時に、とてつもない喪失感がありました。
という一点だけで、です。
ファンというのもおこがましい、そんな私がです。
SNSやテレビやニュースで、その人がいなくなった事を嘆いている人たちがたくさんいました。
ツイッターでは私の知り合いも落ち込んでいました。
もちろんその有名人の方と交流のあった方々はもっと悲痛なお顔をしていました。
それを見て唐突に、「私がしんだら、もしかしてこの人たちに、同じくらいの苦しみを与えてしまうんじゃないだろうか」と思いました。
その有名人より私が価値があるとか、私の方が悲しんでもらえるとか、そういう事ではなく、
単純に、一緒に学校に行ったり、映画に行ったり、旅行に行ったりした友人を喪ったら、こんな苦しみを与えるんじゃないか?と思ったのです。
この文章で誰かのじさつを思い止まらせたいだとか、有名人のじさつの報道の是非を議論したい訳ではありません。
もしかしたら今後また視野が狭まって「しぬ」という道しか見えなくなるかもしれないので、その時に「でも私は踏みとどまれたよ」と思い出すために。