2020-09-29

産後鬱っぽくなった話。

あくまでも、産後鬱っぽくであって、苦しんでいる当事者の方々よりもマシだったとは思う。

私は子供の4カ月健診の時に、産後うつの気があると診断されて少しだけカウンセリングを受けた。

まり覚えていないが問診票に母親状態を尋ねる項目もあって、そこの回答がマズかったのだと思う。

喉元を過ぎてしまえば出産から4ヶ月間はしんどかった、大変だったで済むけれど、当時は地獄だったと思う。

どんな感じだったのか、思い出せる限りで書いておきたい。

前提として、夜泣き授乳で常に寝不足思考力が落ちていたと思う。さら出産直後の伸びきった醜い体に日々嫌気がさしていた。

その上で、共働き夫婦二人の時間が長かったからかもしれないが、出産した直後から私は突然〇〇ちゃんのお母さんとしか呼ばれなくなった。

スタバで一人、ぼんやりお茶をしてスマホをいじる。今までは普通だった時間が、ご褒美になった。我が家育児は私のワンオペ ではないが、それでも礼儀として一人で出掛けるためには前もって夫に「今週末は一人の時間が欲しいな」と伝え、同意を得る必要がある。

外食だって気軽に行けないし、美術館夫婦で行って感想を言ったりもできない。今まで楽しいと思っていたことは簡単にできない、手の届かないものになった。

出産する前に想像力が足りなかったと言われるかもしれないが、覚悟していた以上に私個人が消えてしまったし、それまで築いてきた価値観を奪われた。

さな子供のいる家庭は日中公園子供向けの施設や催しに行って子供と遊んで、食事ファミレスや家庭で。私も当たり前にそういうものだと思っていたけれど、それまで好き勝手生きてきた人間が突然、そこに幸せを見いだせというのはよく考えたら難しい話だ。

今までの幸せを手放して手元にいるのは、簡単に死んでしまいそうな赤ちゃんだ。少し表情は出てきたかな?とは思うものの、まだまだ宇宙人とお猿を混ぜたみたいで考えてることはよくわからない。

それでも、我が子はとんでもなく愛しい。この子に何かあるなら、自分の命を躊躇いなく差し出せる。宝物。それは絶対に間違いない。

離乳食だって始まってないし、赤ちゃん自力で動くこともないから、実は面倒ごともあまりない(と、今なら思える)。

でも、初めてやってきたか弱い生き物の命を預かっているというプレッシャーは非常に大きかった。自分判断を誤ればこの子は死んでしまう。そんな気持ちが強かった。

砕かれた価値観と強いプレッシャーの中で、時折子どもがいなければと思ってしまう。それで、そう考えた自分自己嫌悪する。

私には夫がいて、復帰する職場があって、子どもは元気で、世間から見たら恵まれ環境幸せなのだ。頭では分かっていても、心が追いつかない。

いつか、子供に手を出してしまうんじゃないか。そんなことする前に消えてしまいたい。戻りたい、戻れない。そんな気持ちがグチャグチャになって、時々頭の中で包丁を取り出して、まず子供を刺して次に自分を……と考えることもあった。

それが多分、出産3〜4ヶ月くらいのことだったと思う。

私が持ち直せたのは、遠方に住んでいた友人がその頃たまたま会いに来てくれたからだ。彼女が「出産して半年くらいして、やっと子供存在を受け入れられるようになった」とサラッと言った言葉を聞いて、心が楽になったことだけはよく覚えている。

自分が産んだ我が子であっても、出産後しばらくは受け入れられなくても何もおかしくない。母親になったらからと言って全てを受容できるわけじゃない。

それでいいんだ、と。思えてからやっとペースを掴めるようになった気がする。

今、似た感じで苦しんでいる人が誰かにこう言った言葉をかけてもらえる事を祈ってやみません。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん