はてなキーワード: 天災とは
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1805/31/news125.html
ユカタン半島の200kmクレーターの中心部に堕ちて数年レベルで生命が復帰していたらしいんだけど、これって要するに「何が起ころうが生命は意外と環境に適応するのが速い」ってことで、地球規模の天災が起きても人間のライフスケール間で環境が元に戻る可能性をも示唆している。
流石に長期に及ぶ氷河期だったりといったものは元には戻らないだろうが、チェルノブイリだったりフクシマがそうであるように「のちの数万年はぺんぺん草も生えない」ような事故というのは意外とそうでもないってことだ。
変な風に思われたくないので、人前ではあまり公言しないのだけれども、私は幽霊をみます。
母方の祖父母二人ともが、いわゆる、霊感が強かったらしく、そっちの親族はだいたい見える人です。
子供の頃から見えていましたが、子供心でも、これはあまり人前で言う事ではないと思っており、大人になってから、その血筋の事を知りました。その時は、もっと早く言ってよー、っと思いましたが。
ちなみに、本当に見える人には分かるのだと思うのだけども、普通の人と見分けがつかないくらいハッキリとしています。なので、きっと幽霊と気付かずに通り過ぎている事も多いと思います。
例えば、最近だと、スーパーに車で買い物に行った時にこういう事がありました。駐車場で車を止めようと探していたら、ある車の運転席に人が座っていたので、もうすぐ出ると思い、少し通り過ぎて、車が出るのを待っていました。バックミラーで出るのを確認していましたが、2〜3分経っても出る気配がないので、運転席を凝らして見ると、誰も乗っていませんでした。もちろん、助手席に移ったわけでも、車から出て行った訳でもありません。あー、幽霊だったんだ、と思い、他の場所を探しに行きましたが、こういう事がしばしばあります。
あくまで自論なのですが、幽霊に対しての良くある指摘について、見解を書きたいと思います。
◆幽霊見えないし、そういう場所にいっても、結局、幽霊出ないじゃん
さきほど説明しましたが、生きてる人と区別が付かない事が多いので、実は、気付いてないだけで、見てるかも。
あと、感覚的な事ですが、テレビのチャンネルみたいなものがあり、それが合わないと見えないのかな、と思っています。よく見える人は、地上波、CS、BSの全チャンネルを見れる感じ。しかも、2画面とか4画面対応。逆に、見えない人は、何も放送してない1つのチャンネルしか見れない感じ。なので、人によって差が出るのかなと思ってます。
◆幽霊が本当にいるんなら、戦争や天災で人がいっぱい死んでるから、幽霊だらけのはず
幽霊にも寿命があるのかなと思ってます。多分、50年くらいが最長。法事の最後って、50回忌だけど、多分、幽霊の寿命に由来してる気がします。でも、実際の平均寿命はもう少し短いと多いと思ってます。母方の法事で集まった時に、一度に、ある先祖の23回忌と別の先祖の33回忌をしたことがあります。その時に、どっちか忘れたけど、1人しか来ませんでした。親族何人かで同じ人しか見てないから、もう1人の方は寿命を終えた(成仏?)のだと思います。
なので、戦争とか関東大震災とかの幽霊はもうほとんど居ないと思う。
天災周りの人たちめんどくさい。俺はもう関わりたくない。
俺は生まれてから名古屋以南は行ったことがない人間なので、熊本の事情がよくわからん。なので今回のセイコーの件もどっちが悪いとは言わず経過を見ていた。
例の店とは別の、他の2店はノルマを達成していたという話が耳に入ってきたので、「他の店は営業してたっぽいけど、くだんの店はどうなってたの?建物が潰れちゃってたの?」と誰宛でもなくつぶやいてみたところ
「被害状況は様々。だから他の2店と比べるのはナンセンスwwwww」(例の店がどのような壊れ具合だったのかは一切教えてくれない)
「お前もあの店が甘えてたって言いたいのか?関係ない地域の人間は冷酷だな」と何故か長々と粘着説教された
事の成り行きを知りたかったので事情を聞いた。それだけで敵認定?されて粘着された。
ツッコミ入れてきたのが頭がアレな人だとわかってたけど、それでもこんなに疲れるんならもう関わりたくない。
募金は続けるけど(累計たったの5諭吉ほどしかしてないけど…)、それ以外では天災のことは何一つ言わず無視することにしようと心に決めたのでした
私は性格はとてもネガティブ。頭も顔もスタイルは中の中といったところだ、決して美人ではないがブスでもない。キツめな顔立ちだがそれなりに告白もされたし結婚を申し込まれたこともある。ごくごく平凡だ。そしてとても親不孝者だ。
父は既に他界した。
記憶にある限り父は働き通しの人だった。成人式で一般的な家庭では記念に家族写真を撮るだろう、我が家でもそうだった。しかし私は写真を撮るときに笑顔が作ることが出来ない。どうしてかいつからかは分からない。自分が醜いと心の底から理解したときなのだろうか。他人からの世辞も鳥肌が立つし告白の言葉も友達の言葉もどうせ嘘だろうと受け止められない、そういう捻くれた心のせいなのか自分の笑顔に吐き気を感じる。当然のように「ハイ、笑って」と言われる写真は心底苦手なものだ。振袖を着て、ドレスアップした家族と写真館に連れて行かれたとき私は笑顔を浮かべることがどうしてもどうしても出来なかった。頬が引き攣り動悸が激しくなり涙が溢れた。一生に一度の記念写真を撮ることすらままならない。写真館のスタッフも家族も困惑したことだろう。写真が嫌いなことを知っている母でさえそれ程とは思っていなかったのだろう、自分まで涙を浮かべていた。本当に申し訳ない。どうして笑えないのか、どうしてそんなことも出来ないのか。そんな当たり前のことも出来ない自分に情けなさと悔しさと悲しさと全てで苦しかった。結局安くない代金を支払い、記念となるはずだったそのアルバムを家族の誰も受け取りに行っていない。もし私が普通の子たちのようにカメラの普通に笑うことさえ出来れば普通に撮影を終えることが出来ていたのなら、仕事ばかりであまり写真のない父の遺影になっていたかもしれない。遺影写真を母と探したときにひっそりと申し訳なさで涙が出た。仲が良い家族とは言えなかったが大きくなってからの家族写真は本当に一枚もない。
親の兄弟含めても私が初孫だった。だから一番に甘やかされさぞ可愛がられたことだろう。姑に少しいびられていた母から私がどんなに祖父祖母から甘やかされ放題だったかという話を思い出話とセットで昔よく聞いた。みんな私の結婚式に出たいと孫の顔がみてみたいと言っていた免許を取ったらドライブに連れていって欲しいと言っていた。私が心配だと言っていた。最後を看取ることは出来たがみんな意識が戻らぬ状態のまま亡くなったので誰とも最期に言葉を交わすことはなかった、父とも。もし言葉を掛ける時間があったとして、私に何か声を掛けることが出来ただろうか。父の遺品整理のときに常に持っていた財布から私が子供の頃に書いた手紙を見つけた。頭が痛くなるほど泣いた。なんて親不孝者なんだろう。
母はまだ元気に笑っているが私は彼女に申し訳ない気持ちしかない。
彼女は賢くはないが明るくよく笑い周囲に気を使うことが出来る。カウンターで隣り合わせになった相手ともすぐに打ち解けられ店員とも友達になるようなタイプ。そんな彼女は子供が大好きだ、だから彼女自身も早くに結婚して子供を産んだ。私にも学生の頃から貴女の子供が出来たら可愛いよ子供が出来たらいつでも面倒見るからねとあれがしたいこれがしたいと話をされ、同級生の誰ちゃんが赤ちゃん産んだみたい抱っこさせてもらった可愛かったよと笑顔で話をされる度に私は子供好きじゃないからと嫌々と返していた。申し訳ないが本当に苦手なのだ、小?中?学時代の子供の頃から既に例え結婚したとしても子供は産まないだろうとずっと思っていた。私は自分自身が大嫌いだから自分の子供も愛せないだろうとその事実に子供の頃から気が付いていた。しかし成人をとうに過ぎ三十路を迎え婚活の必要性を友人に説かれたとき、ふと自分が好きなところを見つけて結婚に至れる相手の子ならば愛せるかもしれないと思った。母が大好きな子供を、初孫を抱かせてあげえることも出来ると思った。それが唯一出来る親孝行のような気がしたのだ。結果として婚活は中断しているが、きっとこの先も独身のまま天災に巻き込まれるかどこかで孤独死するのだろう。結婚相談所に入会することを母が気付いたとき彼女は喜んでいた、退会を伝え孫はもう無理だろう諦めてほしいと伝え面と向かって謝罪したとき彼女は泣いていた。ある日、母の友人に孫が産まれたという話を聞いていると「もし私に子供出来てももう丸一日面倒見てあげることは出来ないね、私も取ったんだなぁ」と言われた。前は孫とどうしたいと理想を話してくれた、近年はその度に申し訳ない気持ちでごめんねと返していたが段々とそのやり取りもなくなってきた。きっと自分が娘を産んだ時から私のウエディングドレス姿や孫を抱く日のことをそれはそれは楽しみにしていたんだろう。それすら叶えることが出来ない不出来な娘で親不孝者で本当に申し訳ないという気持ちで苦しくて、突然涙がこみ上げる夜がある。
SNSを眺めていると頭がおかしくなりそうになることがある。鳥肌が立ち吐き気に襲われることがある。
どう見ても可愛いと思えない子の自撮りした笑顔が流れてくることがある。どうしてそんな笑顔で写真に写ることが出来るんだろう。その写真を見て気持ち悪いと思われるとは思わないのかその顔が周りを不快に不愉快にさせるとは考えないのか。もし私がその顔に生まれていたら即整形している。その姿でどうして幸せそうなのだろう。わからない。
どう見ても可愛いと思えない子が母になり子供との笑顔が流れてくることがある。性格が良かったんだろう料理が上手かったんだろうもしかしたらその顔が好みだったのかもしれない。そうだろう理由なんてそれぞれに山とあるのだろう。どうして私にはそれすら叶えることが出来ないのだろう。どうしてどうして。マウンティングという言葉を聞いたときなるほどなと感じるが私のそれはもっと根本的で病的なものだ。あの子が不細工だからというところに強調がつくのではなく、そこに劣るほど自分が駄目な人間であるというところに強調をつける。私はどうしようもなく醜く駄目な人間なのだ。
明るく社交性が飛びぬけている母とは違い不器用な人だった父。
私たち家族は仲の良い家族ではなかった。みんな帰宅してもそれぞれの部屋に籠るような生活になっていたし父が死ぬ前数年間は言葉も交わすことも少なくなっていた。父が倒れる前の晩、最後に声を掛けられた私が返した言葉は「なんでもない」だ。本当にどうしようもない。それでも血縁者であり家族であることに変わりない。父に似ているとよく言われたことが多くある。どこでこうなったのかわからない、不器用な人だった父もきっと生きるのは大変だっただろう。それでも一般的に恋愛結婚し仕事を貫いた点で彼は私と比べるまでもなくまともな人間であったのだろう。もし私が母に似て愛嬌たっぷりになっていたのなら人生は違っていたのだろうか。私には愛想笑いすらとても難しい。笑顔での接客対応ですら必死で仕事終わりには顔が痙攣することもある。いつも笑顔の母とは似ても似つかない。
両親の兄弟を思い返しても血縁を切ったような相手しか浮かばない。もしかせずとも我が家の家系はここで途切れるのだろう。かもしれないと別の可能性を見出すことすら出来ない。私が母と出掛けねば手入れされていないお墓を想像がつく。祖父祖母に申し訳ないと思っていた、両親に申し訳ないと思っていた。ほんとはそれだけではなくもっともっと多くの人に申し訳が立たないんだろう。私はどこまでも親不孝者なのだ。
先日母に頼まれて年金保険というものに加入したが受け取る日はこないだろう。痴呆が始まるようになった日には自殺しようと心に決めている。吐き気がするほどネガティブな私にもいまが幸せだと思う瞬間はあった、それを忘れてしまうくらいなら自分で幕をひく。家系的にそう長生きするタイプではないから平均寿命もいかないだろう、きっとあと40年もない。30年程とすればゴールまで折り返しだ。憎まれっ子世にはばかる渋柿の長持ち論で性格の悪さから長生きする可能性もあるが、それを上回るメンタルの弱さで心から蝕まれているのでことわざ効果は大いに打ち消してくれていることだろう。人生は死ぬまでの暇つぶしに過ぎないという言葉を聞いたときほんの少しだけ心にある澱みが軽くなったような気がした、そのまま日々ゆるりと死に向かっている。最近体調がすぐれないこともあるが無性に眠い。抗えない虚脱感と眠気に襲われるときこのまま死ぬのだと毎度感じる。いつの日か本当にそのまま死ぬのだろう。何を産み残すこともなく継がせることもなく。誰に何を返すことも出来ず。本当にごめんなさい。
どこかに書きなぐりたくなった。
朝日新聞の記事を鵜呑みにして検証が表立ってほとんどなされず、毎日新聞他の記事は黙殺されたままに見える。挙げ句は大元が「改ざん認める」と言う。決済された文書を、何をどう書き換えたのかを明示して欲しい。
というか、枝葉のところばかり見ていないで、全体の整合性を意識して欲しい。万が一、決裁者全員が結託して書き換えたのだとしても、大きな組織の中の末端が起こしたトラブルなぞ最上位の人が知るわけないじゃない。毎回末端まで把握する必要があるのなら、アホほどコストを払う必要があるし、木構造の組織にする意味もない、実に非現実的な世界が待っている。
全体の舵取りが実におかしい。
ともかく、国運営が自国のみならず周辺国交えて微妙な立場(北朝鮮だけでなく、中国の圧力や、暴れ米国の手綱、国際的イベントである自国オリンピック開催を控えて(韓●は自分のところのが概ね終わったら反日をモリモリ出してきているし)、また国内の生活水準の底上げが始まったばかり)なのに、足を引っ張っている人たちは何をしたいのか。
軍という単語にアレルギーを持つのは仕方ないにしても、平時の備えがいざというときに役に立つのは天災に対してだけでは無いことを認識して欲しい。
国際的イベントで恥をさらすということは、それだけ国力の低下を海外にさらすことにもなる。
景気(「気」だけあって心持ち次第)回復についても、稼いだ人たちを引きずり落とすつもり満々な発言をしている人たちがいる。どう考えてもアベノミクスを打ち出した当時は、金を持っている人たちを太らせて引っ張ってもらうトリクルダウン方式が効果的だっただろうに。行き渡りにくいという問題については改善の余地が大ありだろうけど、皆で貧乏になる案よりははるかにマシだったろう。
「国民は納得していない」という無敵ワード(前に進まないし、そもそもここでの「国民」って具体的にだれ?)だけで足を引っ張り続ける野党さん左翼さんはどう責任を取ってくれるのだろう。こちらこそ納得してないわい。
一行目と国運営についてだけをどこかで言いたくて勢いのまま書いてしまった。反省はしていないけど、自分の生きる世の中の動きが本当に心配だ。
元々、2019年1月1日に譲位という案が有力だったのに、それが2019年4月という話になり、ついには5月まで先延ばしになった。
国民生活への影響を少なくするとか、憲法の規定に抵触しないようにとか、表向きの理由はいろいろあるけど、真の理由は違うと思う。
安倍政権を支えている右翼連中はいまだに天皇の譲位を認めたくないから、少しでも譲位の時期を遅らせて時間を稼ごうとしてる。これが本当の理由だと思う。
時間稼ぎしてる間に北朝鮮と戦争にでもなれば、非常時ということで譲位もまた先延ばしにできるだろうし、それが終われば今度はオリンピックのゴタゴタが待ってる。そうやってなんとか先延ばししてれば、天皇の寿命が尽きてコロッと逝ってくれるかもしれない。安倍政権はそれを狙ってるんだと思う。
まあ、天皇陛下は今もお元気だし、来年までに大きな戦争や天災が起こる可能性も低いだろうから、譲位は問題なく行われるとは思うけど。一番心配なのは、譲位を認めない連中が天皇暗殺を企ててアサシンを送り込むんじゃないかってこと。
今回のこのタイトル、
『いち風の戦士が書く~~』ってカッコつけてやろうとしたんですけど、
あまりにも偏見とか私感なんちゃらが入りすぎてたのでやめました。
同僚への配慮です。
(そのため、この記事には読む人によっては気分を害する内容が含まれている可能性があります。
心が穏やかな状態の人だけ読んでいただければ幸いです)
さて、大丈夫でしょうか。
まあ、こんな記事を好んで読むような方は、TB投票とはなんちゃらをよく理解しているだろうし、
私は日々、ミリオンスターズの一人、七尾百合子をプロデュースしており、
その七尾百合子は、
そこで私は、
Nカードの姿はちゃっかり本を抱えている。
(TA投票ではその要素を活かして『勇者役』を勝ち取ったりもしました)
そんなこともありまして、
SNSやコンベンションセンターではさほど荒れることもないく、
百合子が探偵一本に絞っていく!というのは早い段階で決まりました。
もしかしたらテーマと役が発表された時点で大本は決まっていたかも。
多くの票を一気に集中させ、盛大なスタートダッシュに成功しました。
②、コンベンションセンター、discordを用いた一斉投票企画
まあ意味合いとしては、いずれ消え逝くコンベンションセンターの代理と言ったところでしょうか。
それはさておき。
百合子陣営、一斉投票企画がとても上手く行っていた印象があります。
2位以下を大きく引き離しました。
コンベンションセンターやdiscordでの意思疎通はとてもスムーズに行き、
(これも、役がピッタリハマっていたことが一要因ではあると思うが)
これは若干反則技のような気もしますが……。
多くの票数を獲得することができました。
初限定SSRカード、イベント上位報酬、Princess Starsのイベントにも参加……。
ミリシタの第二弾PVでは扉を開いて入ってきたプロデューサーを出迎えたのは百合子でしたし。
39人のミリオンスターズの中でも、百合子は特別な優遇をされていました。
あまり声を張って言うようなことでもない気がするけど……。
さて、これで四つです。
ぱっと見たところ、どうですか。
これ絶対に勝ってるやつやん。
……自分でも書いていながらそう思いました。
とてもスムーズに事が運んだ印象です。
それでなくても、風の戦士たちです。
ミリオンスターズの中でも最も大きな派閥と言っても過言ではない。
その勢力が、決まりきった役どころに、すべてをかけて、役を取りにきた。
でも、
負けたんですよ……。
この記事を書いている現在(1月27日)、まだ正式な結果は出ていませんが、
その差、6万票ほど……。
圧倒的な敗北でした。
流石に6万票差……。
幾ばくか票数は変わるとのことですが、
それでも6万票差……。
(それに不正投票の除外を期待するのはなんだかイヤですし)
百合子Pたちが……。
圧倒的な票差をつけられ、破れました。
はい。
本当にですよ。
本当に、勝つ要素しか無かったんですよ。
言い訳がましいですが、それでも本当に、
スタートダッシュを決め、
更には、百合子が2位に陥落した時、
百合子を勝たせようと、多くの他担当Pが助力をしてくれました……。
それでも、負けたんです。
勝ちに不思議な勝ちあれど、
負けに不思議な負け無し。
本当に、どうして負けたのか……。
抜いた抜かれたの大接戦を繰り広げた後に
僅差で破れでもしたのなら
天災……。
天災。
……。
それだけなのに、致命的すぎた。それが致命的だった。
巻き込まれたら最後、他のどのアイドルでも太刀打ちできなかっただろう。
……こんな感じでしょうか。
そうでもしないと、納得ができないというか。
反対に、『探偵白石紬』の敗因となりえた部分にも触れておきますか。
TB投票イベが始まってすぐ、白石紬は総投票数ではトップクラスに躍り出ました。
その反面、特定の役で1位になることは長らくありませんでした。
3テーマ15役全てのトップ5に入ったこともあるくらいでしたし。
TA投票時の北沢志保……。いや、それ以上の死票が出たのではないでしょうか。
普通、あれだけ死票を作ってしまえば、後々取り返すのが苦になるものです。
実際、そうでしたし。
②、ゲーム内コンベンションセンターが無いという事実。
グリマスゲーム内コンベンションセンターがありませんでした。
投票が始まった直後は意思疎通をする場も無く、担当Pは大変だったのではないでしょうか。
……こんな感じでしょうか。
多くの勝因を備えた七尾百合子。
そして、勝敗の結果は先のとおりです。
本当に、運。
運の悪さ。
……。
少し、前言修正。
そういうことは決して思いません。
決して、決して。
意見をまとめあげ、役を決定するまでには多くの苦労があったことでしょう。
ただ、それでも、
それらを乗り越えての6万票差という結果。
それらは説明がつくのかというと、
やはり、難しいのではと思うのです。
そして、もう一つ思ったのは、
その勢いは、既に全盛期のそれでは無いのでは……。
ミリシタでの『Growing Storm!』イベも、ボーダーが跳ね上がるということは無かった……。
たった、それだけの存在であった……。
ええっと、なんだっけ。
……にしても、書きたいことは書けたはず。
うん、多分。大丈夫。
ここまでこの拙文を読んでくれた方はいるのでしょうか。
もしいるとしたら……。ごめんなさい。変なものを読ませてしまって。
ただ、本心です。
運悪く、天災のような勢いに飲み込まれ、役を得られなかったこと。
それらを、なんとか文にしたかったんだと思うし、それができてよかったと思っています。
で、文を書いたなら締めないといけないんですけど、
どうやって締めたものでしょう……。
まあ、そうですね。
二度ある事は三度あると言いますし
また投票イベがあることを信じながら、
もし、次の投票イベがきた暁には、
いや、ゼッタイにあげてみせる!
みたいなことを決意しながら、この拙文を締めようと思います。
お疲れ様でした。
以前、災害や天災があった時に国の機関が「不要不急の外出を控えるように」と呼びかけた時に会社と一悶着あった事を思い出した。
・派遣先に休みますと前日に電話したのだが怒られた(こっちは金を払ってるんだぞとか)
・派遣元から家に携帯で怒りの電話がかかってきた(ふざけるな、殺すぞとか)
・派遣先から怒られつつ有給の承諾を得たのだが翌月に契約打ち切り
・派遣先からも「天候の悪さ程度で休み奴はいらない」と言われ退職を迫られた
・会社に休みますと前日に電話したのだが怒られた(客や出社してきた社員の事を考えろとか)
・休んだ翌日に出社したら自分に振られてた仕事を全部他の人にまわされ強制社内ニート化
・毎月追い出し面談を受けるようになった
・面談で退職を迫る理由を聞いたら「天候の悪さ程度で休み客や出社してきた社員に迷惑をかける奴はうちには必要ない」と言われた
「不要不急の外出を控えるように」で会社を休んではいけない、休んでも咎められない人は社長か役員(もしくはエリート技術者)またはフリーで働いている人のみ。
NHKのあの記事で判断に迷うと言ってる人は「休みたいけど自分自身で判断するとまずいから判断できるように外出禁止令を出してくれ」って事だと思う。
・支配者アメリカ合衆国は正義ではない、かといって完全なる悪でもない、この世に悪があれば崩壊、善なるはパワーバランス、我が国ができる平和的役割は服従と監視と調整
・家庭や人の出会いは運であり、運がないものは手負いとして前進するべし、生より出でて疑問を持ち、死を悩み、通り過ぎた先にまた新たな謎と答えを求め歩きだすのが人の道
・信じることなかれ、不信を信じることなかれ、己の餓鬼と向き合い声から耳を塞ぐなかれ、そに食わせるは堕落した蜜ではなく己の血肉から分け与えし小さな勇気
・いついかなる時も人らしくあれ、大宇宙に人が人たらしめんことを等身大を持ってして示し、その有様を刻むことと心がけたし
・眼を曇らせることなかれ、公正を問い続けることを誓い、己と他者を貶めるなかれ、理解と助力と分別を弁えた先に評価するべし
・ただ生きることで終わることなかれ、いかにして死するかを考え、死を想い、足に力を使うべし、立てぬ時それは終わりし時、されど足がなくとも心が立てば、それでよし
・まず理解ではなく己の恥と謝罪から入り、真心を入れ、初めて理解をするべし
・かくあるべきか、問われたら、やさしくあれ、と答えるべし
・美化することなかれ、ただありのままを受け入れ、そこで起きたすべてを素直な思いで包み込むべし、さすれば双眸に移る光はより輝きを増す
・競うべし、敗北とは立ち上がらぬこと、勝利とは己の心に負けぬこと、人の人として呼吸の限り立ち上がるべし、我らが敵である運命をねじ伏せるその時まで戦い続けるべし
・神を憎むべし、風を憎むべし、雨を憎むべし、天災を憎むべし、そして人を愛せよ、人の心を愛せよ、そして己を愛せよ
・一人であろうと独りであると思うなかれ、五臓六腑に己の関係を大繩にして張り巡らすべし、骨砕けようとも四肢は繋がり時がすぎ立ち上がる時、また来たる
・学び、そして使うべし
・まず歩むべし、そして考えよ
東日本大震災時における学生に対する社会人の嫉妬。これが企業やPTAを動かしてバイク3ない運動が廃止されたという都市伝説がある。
「日本の民営公共交通ビジネスは破綻状態」 2017年11月のネットサーフィンで日本人の社会人は、この現実を目にしたあと泣き崩れた。
「気づいてください 東京都内の高校生です 中堅なのに じわじわと道路社会の波を感じてるんです」
「関東地方でオートバイを乗り回す16,17,18の中堅校高校生が出現している。大人が云いたがらない話です」。
16歳を過ぎたころ「二輪車の免許取ったよ」「昔がうらやましい」 / この元女子高生は今年、交通事故のために亡くなった。
大人のような10代を見ることは突然変異した日本人たちがどんどん登場していくにつれて次第に生じるでしょう。
マイトレーヤによれば、車社会は子供の生育を妨害し、高校生など成長ホルモンが妨害されると廃人化します。
マイトレーヤの唇からますます厳しい警告と重みが発せられることを覚悟しなさい。彼はいかなる人間よりもその危険をよくご存じです。
日本の出生率は車社会が後退されれば1年か2年で増加するでしょう。
日本の道路では多くの10代の学生が心身の危険をもたらす量のストレスを浴びています。健康上のリスクは車社会の参画年齢が若いほど、高まります。
日本の高校生を大人扱いすることは、それほど健全ではありません。危険かもしれないものは避けるべきです。
日本はさらに高校生の一部成人扱いをさらに拡大しようとしています。大学生や大学院生はおろか、高校生ですら自ら運転する車両の事故の影響で死んでいるのに、彼らは幻想の中に生きています。