はてなキーワード: 言論の自由とは
ジャンプ漫画の話題が出ていたので再掲。我々男子は、作中キャラが女性に向かって行おうとするセクハラや、吐きちらかす暴言、女性の「品評」などは、単なる「過激ギャグ」とみていた。ある種「あるある」だった。それが女性のエロ描写よりも耐え難いという事は、指摘されるまで全く気づいていなかった https://t.co/WV5eSlwDxK— 向川まさひで (@muka_jcptakada) 2019年11月4日
前の共産区議と言い、この共産市議と言い、全力でフェミに媚びに行って、オタクに喧嘩売りに行ってて草。
こういう遊びも含めて、私の高校大学時代のオタク仲間との交流は、異性への認識を高められたものだった。時には男性向け・女性向け相互の異性描写についての批判合戦もあった。それが断絶的な方向にならなかったのは、違いがあることを十分に認識したうえで、同じオタクだという意識があったからだろう https://t.co/KCrDBJFNwJ— 向川まさひで (@muka_jcptakada) 2019年10月24日
しかし何でこう言う事言う人に限って、いつも俺はオタクだよと言うポーズをとりたがるんだろうね?
こう言う態度こそ一番オタクが嫌うのにね。
5年前の児童ポルノ禁止法改正案でロビーした際、漫画など創作物を対象から外して下さった国会議員さん達がいて、私は生まれて初めて政治資金パーティというものに参加し、お礼を言って回った。こういう応援は続けることが重要で、助けてほしい時だけ会いに行くのでは虫がよすぎる。今年も7件行った。— 赤松 健 (@KenAkamatsu) 2019年11月5日
表現規制の問題は、最終的には政党本部や議員会館でのロビイング(働きかけ)合戦に行き着く。ネットでの叩き合いも無意味とは思わないが、最終的にはそこだ。
規制派は外圧に乗って適宜ロビイングを行うので、慎重派も対抗ロビーしつつうまく広報していかないと、いずれは法規制されてしまうだろう。— 赤松 健 (@KenAkamatsu) 2019年11月5日
我々愛好家が目指すべき道は、理解ある人材を何人も国会に送り込み、法改正に対して強固な「最終防衛ライン」を築くことだ。その安心感があってこそ、「相手側の意見をよく聞き尊重する余裕」も出てくる。その上で取り入れるべき意見は取り入れ、より高みを目指していくべきだろう。— 赤松 健 (@KenAkamatsu) 2019年11月5日
言いたい事も判るし、実際その通りなんだけど、これ10年前の児童ポルノ禁止法の時や都条例の時に漫画家や出版がほぼ動かず、俗に当時言われた規制反対派と言う人にばかり、行動させていたのは本当に異常だったと思うよ。
言っちゃ悪いけど、その反対派の人は業界に関わり合いもない「ただの一般人」だったんだ。
それらの人にばかり責任を押し付けて、業界は当時何もしなかった事実もあるし、今に関してもこういう事を世間に言って、オタクを頼ろうとしているのは愚の誇張だよ。
今なら当時と違って、うぐいすリボンみたいなNGOがあるのだから、そこに資金を入れるなり、やり方は色々ある訳なんだけどね。
言い方は悪いし、厳しい言い方だけども、それでこの発言見ている限り、オタクを手駒程度にしか思っていないんだろうなと思う。
オタクの反対派と言っても反対する理由はそれこそ色々ある訳で、皆が同じではないのは当時からも判っていた事だしね。
何も表現の自由を守りたいのであって、出版の利益を守りたいわけじゃない人も多いんだからね。
それを間違えれば偉い目にあうと思うけどね。
少なくとも表現の自由や漫画家の権利を主張しておいて、国連のガイドラインの件には動かず(動いたのはマンガ学会の方)、海賊版対策で裁判をするのは良いし、それで結果を出したにも関わらず、あろう事か文化庁と手を組んで、リーチサイト規制やダウンロード禁止法と言う、国民の言論の自由や知る権利を奪う様な政策に加担するダブスタを行っているのだから、場合によっては本気にその反対派のオタクからも総スカンを食らう可能性がある事位に認識しておいた方が良いと思うよ。
本来海賊版対策に必要なのはプロバイダ責任法の改正だと指摘されたにも関わらず、今回の著作権改正に加担したからね。
だから、この辺はき違えると次は偉い目にあうと思うがね。
宇崎ちゃん騒動、表現の自由の範囲内と思うけど累積的な社会的文脈やジェンダー状況からあれ見て(グラデーションはあれど)不快に思う女性がいることは事実なわけで、あれを相互理解目的とした議論にどうつなげるかが重要なのでは。もっともあいトリは脅迫でその議論の場すら奪われたわけですが……。— 津田大介 (@tsuda) 2019年10月30日
こいつに関しては宇崎ちゃんの事も言える義理ではないし、著作権のパブコメもほぼ放置して、あいトリの事ばかり夢中になっていたのだから、こんな事言える義理はないよ。
MIAUは最後の最後で夏休みの宿題みたいにパブコメ提出したみたいだけど、実質今回何もしていないのと同じだしね。
何せこのおかげで、言論の自由や表現の自由においてはリベラル左翼やフェミのダブスタっぷりが世間に露呈したのも事実だしね。
知事もそれまでは割と世間でも同情的意見もあったのに最後の最後のあの発言で、これまで同情的意見をしていた人からも総スカンを食らったのも面白いね。
彼等はここでも失策を犯した。
あいトリに関しては右も左も偏り過ぎたら、結局は言論や表現弾圧すると言うのが今回得た教訓じゃない?
今回に関しては明らかにリベラル側の失態の方が多すぎるのも事実としてあるけどね。
それと津田大介氏と岩渕潤子氏は完全にネットの玩具になってる感はある。
https://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20191031/3000007469.html
面白いな。
木曜日のニコ生を文字起こしして頂きました。 https://t.co/yQm9O9i879 明日締め切りのパブコメを書くときの参考になればと思います。
本物のリーチサイトを見て仕組みを理解し、実際に海賊版をダウンロードしてその画質を調べる中盤が見ものです。— 赤松 健 (@KenAkamatsu) 2019年10月29日
皮肉だよな。
今回文化庁と一緒になって、事実上、ダウンロード違法化拡大やリーチサイトを押し進めている赤松健等の漫画家等の方がまだ問題点を洗い出そうと色々意見を求めているんだからな。
オタクにしてもダウンロード規制自体に問題点が多いのを認識しているから、規制自体に反対しているのも多いわけだしね。
そもそもヤマベンにすら、こんなユーザーと言う第三者を巻き込み、弊害ばかりで、海賊版対策には一切役立たない規制よりも裁判でやれ、その関係からプロ責法を改正をしろと言われているわけだしね。
それに比べ、フェミやリベラルはあいトリばかり、表現の自由を叫び、宇崎ちゃんの献血ポスターの一件ではポスター潰しに走ってダブスタをしたり、挙句の果てには献血ボイコットや実在女性への巨乳バッシングまでしているのだから、本当にどうしようもないと思うよ。
あいトリにしても今日何か知事が、ダブスタをやらかしたみたいだしな。
そしてこの著作権のパブコメには一切リベラルやフェミは話題にすらしなかったよね。
また今回、逆にポスターの一件はこのパブコメを隠す為ではないのかとフェミはオタクに疑いをかけられていたのを見たぜ?
私はどう考えても今回フェミやリベラルはパブコメ出した方が有利になるので、その可能性は低いと思っているのだけども今までが今までで陰湿で卑劣な手段で、規制を強硬していた経緯もあるから、そりゃこんな疑いもかけられるのも残当だろうなと思うよ。
それと、リベラルやフェミの人は山田太郎議員のオタクが54万票を集めた一件以来、特にオタクを敵視しているけども、何も表現の自由や言論の自由で敵に回ったのはそのオタク方面だけではないからな。
(オタクに関してはそれまでオタクは票にならないと見くびられていたのにね、結果を出した途端これだからある意味笑うしかないよ。馬鹿にしていたのは何も自民だけではなく、野党側もだったと言う事だ。)
当時、リベラルがヘイトスピーチは表現や言論の自由ではないと突然言い出した、ヘイトスピーチ問題では、ネット規制問題を主として見ていた人から達はこいつら突然何を言い出しているんだ?と普通に見切って、この辺の層は逆にリベラルに対しては敵に回ったし、この著作権問題を問題視している人からも今までのダブスタぶりから失望、あるいは敵視されている訳なんだわ。
特にヘイトスピーチ問題なんて、今回の騒動を見ていたら、あいトリが一番のヘイトスピーチなのだから、皮肉そのものだよなと思う。
当時はネトウヨがブーメラン使いと言われていたけど、今じゃリベラルやフェミが一番のブーメラン使いだよなと思う。
だから、もっとリベラルは今までのダブスタやらの騒ぎで、表現の自由や言論の自由のクラスタから総スカンを食らっている事を認識はした方が良いと思うよ。
漫画家赤松健と山田太郎議員がDL違法化を語る生放送https://t.co/07P1WXL6ai
漫画などを海賊版と知りながらダウンロードする行為を
違法とする著作権法の改正について、ユーザーの皆さんにも是非を問うたところ、意見が分かれました。— ニコニコニュース (@nico_nico_news) 2019年10月24日
あのブロッキングや今回の著作権ダウンロード違法化拡大を強烈に推進している角川子飼いのニコニコのヤラセアンケですらこの結果か。
盛っててコレって本当に嫌がっているの多いって事じゃん。
これ与党と言う権力が味方についたからと一緒になって、推進している漫画家も本気で場合によっては嫌われるフラグとしか思えないけどね。
特に赤松なんて今回に至っては規制を推進しているのに味方面していて、内心嫌いだしている人も増えているでしょ。
普通に映画業界や音楽業界の嫌われ衰退具合の後追いをしたいとしか思えんぞ。
https://togetter.com/li/1421634
ただその間に表現の自由戦士やら真の表現の自由(笑)やらオタクはエロしか守らないやら言っていたあの人は例の赤十字での献血の宇崎ちゃんポスター叩きに必死の様ですがね。
リベラルやらフェミやらの言う表現の自由とやらがどういうものかが良く判るね。
今回は特に文化庁と漫画家がダウンロード違法化拡大と言う、一般人に嫌われる様な言論の自由や知る権利を奪う等の材料が多く、有利な材料が多いであろう、著作権問題に興味もない時点でどういう事か本当に良く判る。
ここでパブコメ出す様に集団で動いていれば、このダウンロード違法化拡大に関しての事も後々指摘できるだろうにな。
この問題に関して言えば、選挙時期になってもこいつらはこの事を言う権利すらもないと思う。
何せリベラルやフェミはこの時点で著作権のパブコメなんざ話題にもせずに必死にあいトリ問題ばかり熱を上げ、あろう事か献血の妨害工作や地下鉄やJALまで噛みつこうとしていたしな。
天皇陛下にも人権をと言うことなら、天皇制を廃し、天皇を辞めるのも陛下の意思決定次第なのかと思うけど、千年単位で続く事柄の取り返しのつかない決断は、一個人の判断に任せるにはあまりに荷が重い。
だけど幸いにも日本は言論の自由が保障されてるので、特にネットの普及した現代では国民が陛下に対しこうした“お手紙”を書くことも自由だろうと思う。
こうした声を普及して、いつでも辞めやすい環境を作りつつ、陛下の“お気持ち”を尊重する、それで良いんじゃないかと思った。
辞めるとしたら、天皇と言う個人ではなく存在に対して世界がこの人権感覚になるまでの2000年ほど、これまでこの国のことをありがとうございました。と、心から思えそう。
歴史的には戦争もあったけど、2000年と言うのを鑑みるとそれだけには捉えられない、と言うかとてもじゃないけど計り知れないし、その代の天皇個人も何とも言えないと思う。
侵害コンテンツのダウンロード違法化等に関するパブリックコメントの実施について
https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001067&Mode=0
いやね、本当に不思議で仕方がないのよ。
あいトリや宇崎ちゃんばかりに注目して、文化庁のパブリックコメントに注目しない事がね。
そもそも文化庁と言えば、彼等からすれば、あの表現の不自由展で話題になった、あいトリの補助金を切った諸悪の根源な訳だし、それこそ今回のダウンロード違法化拡大からのパブコメの話自体が、発端は彼等の大嫌いな赤松健や漫画家や出版が招いた事なんだわ。
そして今回のダウンロード違法化拡大も漫画家が賛成して、文化庁と一緒になって行っているんだ。
こんな感じにね。
漫画家協会などがダウンロード違法化要求=著作権法の早期改正を
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019092501014&g=soc
なのに彼等リベラルやフェミはあいトリや宇崎ちゃんばかりを話題にして、文化庁の著作権のパブコメには見向きもしないのよ。
そもそもその献血の赤十字のポスターで話題になっている宇崎ちゃんだって、角川から出ているんだし、その角川自身、ブロッキング等の著作権改正を押し進めようとしている大元なわけなんだわ。
普通に変なクレームつけて騒ぎになるよりも余程、正式な手段で非難や罵倒をする事が出来るのが、パブリックコメントって奴なのにな。
自由主義増田とかいう適当なこと書いてるやつが900user超えててビビるわ。
しかも好意的な反応がほとんど。マジで?はてブの知性やばない?
Twitterでも消極的自由・積極的自由についてさも前から知ってましたみたいな体で誤った知識を語りだすやつが増えてて笑える。
お前ら騙されすぎで本当不安になるよ。
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そもそも、今回の件は消極的自由・積極的自由の議論と関係がない。
消極的自由というのはつまるところ自由権(=国家からの自由)のことで、積極的自由は社会権(=国家による自由)のことだ。ここはもう1回Wikipediaでも読んでくれ。
察しのいい方はこの言い替えだけで先のエントリの違和感に気づくかもしれない。
バーリンは国家と個人の自由との関係を論じているのであって、個人間の自由が衝突しているのをどのように調整するかという議論である今回の件とは全く別問題。
「表現する自由」と「それを見たくない自由」は、どちらかを優先すればどちらかが損なわれるというトレードオフの関係性だ。
一方、自由主義増田が例示しているような「六本木から強制排除されない自由」と「六本木に住むための補助金を受ける自由」って別に衝突していないしトレードオフの関係じゃない。
強制移住させずに住む自由を保証しても、補助金は出せるでしょ。実際出すかはともかく。
(というか、この例示も「消極的自由が優先される」という結論を印象づけるために恣意的に選ばれていて卑怯だよね。強制移住させられて居住の自由が直接侵害されるような状況だと補助金が重要じゃないのは当たり前。)
誤読マンが多いのも、自由主義増田が国家対個人の自由なのか個人間の自由対自由なのかを混同して意味分からんこと書いているから仕方がない。
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ちなみに、消極的自由が積極的自由に優先されるのが現代の自由主義の主流なんてことはなく、この点でも間違っている。
自由権と社会権は両輪であり、一方を欠けば他方も真には達成されない。また、教育を受ける権利と教育の自由など、どちらにも峻別できない権利もあるし、環境権などのどちらの特色も持った新しい人権も出てきている。
こうしたことから、現在では、この2つをある程度区別することに意義はあるが、厳格な峻別が不可能だし両方重要だよねってのが一般的な学説。
バーリンの主張では、当初他者からの強制や干渉のみを消極的自由の欠如としていたが、貧困などの手段や能力の欠如といった積極的自由の要素も含むことになった。こういう点でも当然批判も多い。
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自由主義増田の主張に従えば、献血ポスターが仮に適法的に作成されたヌードやAVだって問題ないということになる。
なぜなら、今回の宇崎ちゃんの表現者の自由とそれを見たくない人の自由と、より過激な表現の場合の、表現者の自由とそれを見たくない人の自由とに法益の差がないから。
「よほどの理由がない限り」消極的自由は制限されない世界で、見ない自由・子どもに見せない自由はよほどの理由じゃないらしいので、表現をより過激にしたところで条件は同じだ。
でも、実際のところそれでよしという人はおそらくほとんどいないだろう。
結局、国家による表現の自由が保証されている中で、どのような表現までならOKかというのは、市民の中で議論して線引きを決めていくしかない。
なお、私見を述べれば、今回のポスターは、場にふさわしくない程度に性的ではあるが、セクハラというほどではないと思うので、全く問題ないとも絶対にありえないという意見も持てない。
ポスターに反対しないという意味では自由主義増田と同じ立場だが、元増田のような健全な(=暴力的ではない)批判を誤った原則論で封殺してしまう自由主義増田は、むしろ悪貨であると言わざるを得ない。
ちょっと話は逸れるけどさあ、中東みたいに女性が肌をさらして歩くのが禁止されてる国もあるわけじゃん。
昔の日本だって、女性が男性と二人きりで話すことなどとんでもないとかそういう抑圧がすごかったわけじゃん。
ましてや性的なものを連想させる格好なんて御法度で、体型を出さないように着付けてたわけじゃん。社会的圧力で。
この辺りは西欧も似たようなもんで、女性が女性らしさを強調する服なんてありえなかったでしょう。
そういう抑圧が長い歴史の中で解放されて、女性は自分で着たい服を選べばいいということになって、
例え性的な興奮を催させるような服を着ててもそれは、そういうことを考える方がいやらしいんだみたいな
考え方が受け入れらていっていていると思うのね。
そんで今回のポスターは、もちろん男が男のために作ったようなもんだと思うけど、
そうやってやれ性的だとかどうとかそういうことをうるさく言い建てたら、
折角の女性の自由がまた抑圧の方向へ進んでしまうとかそういうことはないのかね?
それこそ男の側にだって、女の自由を奪って狭い世界に押し込めておきたいやつなんてごまんといるわけで、
三歩下がって、地味に控えておれというそういうのに付け入る隙を与えはしないのかね?
anond:20191016163058だけど、ちょっとブコメに誤読マン多すぎない? なんで? 3つくらい具体例を示してるのに何でそういう理解になるの?
こんな基礎的概念をいちいち説明するのアホらしいんだけど、消極的に~をやりたくないっていう自由が消極的自由で積極的にやりたいことやる自由が積極的自由ではありません。
行動を制約されず好きなことをできるのが消極的自由で、そもそもその行動のためのリソースを得られる、自由の物質的基盤を手に入れられるっていうのが積極的自由です。
「自由に書きたい本を出版したい! 国家に検閲されたり出版を禁止されたりしたくない!」という要求が消極的自由を求めているいっぽう、
「確かに検閲はないけど紙の値段高すぎて自由に出版できる状況じゃないじゃん! 政策的介入してもっとお値段下げてよ!」というのは積極的自由を求めている。
「好きなところに住みたい! 強制移住なんてさせられたくない!」というのを問題にするのが消極的自由で、
「確かに住居選択の自由は保証されてるけど特定のエリアにしか水道引かれてなくね? 実質的に選ぶ自由がなくね?」というのを問題にするのが積極的自由。
「お小遣いの範囲でならどんな本を買ってもお母さんは関知しません」が消極的自由で、
「でもお小遣いが月額500円じゃ新潮文庫も買えないじゃん! せめて3,000円ちょうだい!」が積極的自由。
「好きなイラストをポスターに描いても検閲されない日本は自由の国!」は消極的自由が保障されている状態だけど、
「でも好きなイラストを自由に描くためには画材を買うお金がいるよね。イラストレーターの給料が安くて自由に絵を描けない……」という状態ならば積極的自由が損なわれている。
「どんな性教育をしようが親御さんの自由です」が消極的自由で、
「でも事前に歪んだ情報が入ってくるような環境だと私がやりたい性教育ができなくなる」というのは積極的自由を求めているわけ。
こう並べれば、なんで消極的自由の方が重視されるべきか、なんで元増田の要求が積極的自由とみなされるか、ってのもわかるでしょ。
積極的自由も重要だけど、それは消極的自由のほうが重要だって認めた上での話でしょ。
現代自由主義では、消極的自由の保護だけだと実質的に自由が制約された状況(=積極的自由がない状況)が改善されないので、積極的自由も保護していくべきだと主張することが多いし、私もそれを支持する。
場合によっては、比較衡量のうえで、大きな積極的自由を獲得するためにささやかな消極的自由を犠牲にすることもありえるだろう。
でも、原理原則としては、消極的自由の方が積極的自由よりも重い。
最初の増田でも書いたように、国は俺に六本木ヒルズに住めるだけのカネを補助すべきだ、と主張したら頭がおかしい人だろう。この場合、俺が六本木ヒルズに住むための物質的基盤は保障されていないので、俺には六本木ヒルズに住む積極的自由がないことになる。でも、それを問題だと思う人なんているわけがない。
しかし、もしも、合法的に居住し家賃も毎月きちんと払っているのに、国が俺を六本木ヒルズから追い出したらどうか? それはひどい、住居選択の自由を侵害している、国家権力の横暴だ、とみんな怒るのではないか。これは俺の消極的自由が侵害されている状態で、それは多くの人に不公正だという感覚を抱かせるだろう。
多くの場合は、六本木ヒルズじゃなくて義務教育とか女子教育とか最低限の住居とかそういったものが賭け金になっているから、積極的自由は必要だ、と主張されることが多いんだけど、こういう極端な例を考えてみると、消極的自由は原則的に保護されないといけないけど積極的自由はまあ程度問題だよなという話になる。つまり消極的自由の方が重い。
これが消極的自由と積極的自由の違いだ。行動や動機が積極的か消極的かなんてこれっぽっちも関係ない。
なので、
いや、なんとなくおかしいというか、例示の文脈に恣意性を感じる。献血にくる人を増やしたいから人気漫画とコラボするって献血のあれは、どっちかと言ったら積極的自由って概念に入れるのが正確じゃないかと。
つまり公的機関が性的イラストを掲示したいと思う積極的自由は公の場で性的イラストを見せられたくないという消極的自由に劣後するわけね。筋の悪い議論
お色気イラストで客を呼びたい、なら積極的自由に、子供の環境に性的刺激を持ち込まないで欲しい、なら消極的自由になるような(´-`)既特性なんかも考えると視点によってがらりと変わるよね
詭弁。原理原則としては同意するが、当該問題への適用が雑。掲示は明らかに他者に広報(干渉)する目的でされているから積極的自由ともいえるし、これを差別表現とする立場なら見ることを強制されないのは消極的自由。
アホかこいつ公共の場所で性的な表現を披露したいって方が積極的な自由の範疇だろ、猥褻な絵画を見たくないがなんで積極的な自由の追求になるんだ
積極的自由と消極的自由”解りやすく言うと「やりたい放題やる」自由と「遮断したい」自由ね。でもそれ精神年齢とかで個人差あるモノだから間尺合う人とだけ付き合いたい
このへんのコメントは軒並み、問題文を理解していませんね、零点、でおしまい。漢字は正しく書けてるみたいだから部分点はあげようかな。
義務教育なんて積極的自由の最たるものでしょ。日本社会における消極的自由を実現するためには日本語の読み書き能力とか日本社会についての基礎知識とか計算能力とかそういったものが必要で、それを叩き込む――つまり、自由を実現するためのリソースを与える――のが公教育の役割。
言論の自由を実践するためには表現を世に問うための読み書き能力が必要だし、職業選択の自由を実践するためには望みの職業に就くためのスキルとかが必要だよね。
政府批判をしても逮捕されない、自由に好き勝手言える、といった消極的自由を保障されたって、日本語の読み書きが全然できない人とか日本社会の仕組みを全然知らない人とかは実際問題としてその自由を使いこなすことができないじゃん。だから最低限の消極的自由だけじゃダメで積極的自由が必要なんだよ――というのが現代自由主義では割と受け入れられている考え方だと思う。
積極的自由の恩恵は俺もお前もこの社会に生きるほとんどの人が受けているんだよ。
ただ、上で書いたようにあくまで程度問題。「女だから十分な学力を持っていても医者になれない」とかは直接的に職業選択の自由が侵害されてるから大問題になったけど、そもそも大学に行けるほどの教育を受けてないから医者になる道が最初からなかった、というのが問題視されることは少ない。医者になる気があって能力もある人間が性別を理由に選ぶ機会を奪われるのは消極的自由の侵害だから絶対にあっちゃいけないとみんな考えてるわけだけど、医者になれるだけの能力を育てる機会を持てなかったからそもそも選ぶ機会そのものがなかったというのは積極的自由が欠如していたということだから問題になりにくい。でもこれも直接的に奪われるのとは違った形で自由を持っていないともいえるよね。ではどこまで国家が介入するべきか? どのくらいの不自由までに国家が責任を負うべきか? というのが、現代自由主義でよく議論される点。
我々法学徒は民法の最初に出てくる「悪意」で、あっこの世界は字面を字面通り読むと単位がもらえないんだなーと理解する(理解できないと単位を落とす)が、一般人はそういう洗礼は受けていないので
文学部卒ワイ「なるほど~~~~~~~知らなかった~~~~~~~」
英語でもnegative libertyとpositive libertyだからこれ以外に訳しようがないんだよね……
句点毎に改行入れるのはわかるけど読点に改行入れる人って(´・_・`)しかも全部の読点に入っている訳でもなければ、句点との差や話の区切りの見やすさにつなげる訳でもない
流石にこの文章を読んで読点での改行の意図をご理解いただけないのであればずいぶんと日本語の読解力が、その、なんというか、必要最低限に届いておられない方なのだなという感想しか湧いてこないですね……
前の記事でもこの記事でも増田自身程度問題とわかっていながらその線引きを増田の正義における絶対的に正しいものと仮置きして喋ってるように見えるからいかんのでは?
程度問題って書いてるのは「積極的自由をどこまで保障すべきか」なんだけど私そこの線引きに関して何か断言したっけ? 義務教育は絶対に保護されるべき積極的自由だと主張したけど、そのほかの論点では特に断言とかしてないよね。
まあ、「何が消極的自由で何が積極的自由か」とかそういう話では線引きした上で断言したけど、私そこに関しては「程度問題」って言ってないよね。大丈夫? ちゃんと日本語読めて議論の流れ追えてる?
読んでいてまんまリベラルに俗に言う所のブーメランが返っていて草。
要は当時反権力で自民が規制を推進していたから、利用できると踏んで、規制反対に協力していただけと言う構図だったわけだ。
それが状況が変わった途端、今度は表現の自由戦士とレッテル貼りをし、オタクをたたき出したわけだ。
そもそも元々この手の規制反対派はリベラル寄りの人間も多かったにも関わらず、フェミとコラボしてレッテル貼りをして、ぶっ叩いたから逃げられたのが実際の所としてある事実ではないか。
そりゃオタクも愛想を尽かすのも当たり前だよ。
それに少なくとも君らが表現の自由戦士とレッテルを貼る彼等オタクの方が、余程表現の自由や言論の自由等について深く考えていると思うぞ。
君らリベラルはあいトレの一件でしか表現の自由を論じず、それ以外の事象には全く興味すらなく、場合によっては逆に昨今の宇崎ちゃん赤十字コラボの様に気に入らない表現を潰したりもするじゃないか。
それに比べて彼等表現の自由戦士ことオタクは漫画家が音頭を取り、突然キャンペーンを行った、著作権問題改正問題についてもダウンロード違法化拡大やリーチサイト規制についても問題視している人間も多い。
また国連の児童ポルノのガイドラインの一件についても色々注視したりしていたし、他国のセックスドール規制についても注視している人間もいる。
このあいトレの問題も不快に思いつつも表現の自由の観点から開催はすべき(そして批評で非難させろ)と多数の人が言っていたのも事実だ。
これを見ても君らがエロしか守らないと叩く、表現の自由戦士ことオタクの方が余程まだ表現の自由や言論の自由について理解している人間も多いと思うぞ。
『「宇崎ちゃんは遊びたい」の献血PRポスターはセクハラ』との批判と、それに関する議論
何時もの事と言えば何時もの事だけども一般人なら兎も角これ仮にも弁護士の発言と言うのが驚きだろう。
以下に日本の法政のレベルが低いかを象徴する出来事とも言えるだろう。
以前も募金の一件でも問題を起こしたみたいだし、一度弁護士資格の制度の見直しもした方が良いのでは?
個人的には昔あった建築士見直しの契機となった姉歯並のインパクトだよ。
これ等から見てもどういう事なのか良く判るね。
彼女等の言うネトウヨだのロリコンだのペドだのセクハラだのは相手を貶める為に発しているレッテル貼りに過ぎないし、青少年に悪影響だの子供の権利や女性の権利や人権だの平等だの言う言葉は単に相手に意見を飲ませる為に主張している口実に過ぎないからな。
これも要は理由なんて何でも良いから言う事聞いて規制しろと主張しているに過ぎない。
こんな事だからポリコレ棒だのまなざし村だの言われたりするんだよ。
そもそも児童ポルノ禁止法の一件にしても規制の強化ばかりで児童保護に関しては指摘されていたにも関わらず、ずっと無視し続けてきた位だしな。
山田太郎議員が子供庁とか言う話をしているのもその辺の事情もあるのよ。
「スクショ違法化」にしないための落としどころはどこか? ~ 著作権法は権利保護と権利制限のバランスが重要だ
元々赤松健氏の音頭取りをした今回の著作権改悪の初めの発端となったツイッターに貼られていた以前の記事と今回の題名を見て、結論ありきだろうなと思って読んだら案の定だった。
要は出版や漫画家と同じで僕たちを巻き込まない規制にしてねと言う、ふざけた内容に過ぎない記事。
そもそも前回にしてもSSや静画だけでなく、実際は制限をなくすものだから、テキストにすら適用されるのだから、記事の前提自体が間違っている。
まるで前回がSSまでだけしか問題で無かった様な書き方だよこれ。
DL違法化自体、海賊版対策として余り有効ではないのは今までの現状見ても判る事だし、それ以前に弊害が多すぎて、まともにやらかせば一般人がネットを使うだけでもヤバくなりかねない代物だからな。
世間の印象が最悪なのは当たり前だし、だからこそここまで大騒ぎされている訳だ。
それに著作権を使って、この手のインターネット規制を推進する連中が余りにも手口が卑怯なのも問題。
そもそも一般人の大多数に指摘されているアップロード側を取り締まれと言う意見を都合良く無視しているのが判らんね。
漫画村とかの一件にしても裁判による手法が効果を上げており、それでブロッキングやDL違法化、リーチサイト規制よりも先に裁判の方の改正を行うべきなのは専門家や議員に突っ込まれている時点で明白なのになぜかそっちも今回都合良く、その一切を無視しているのよ。
こう言う記事や経緯を見ていても本心は別の所にあるとしか思えないよ。
そこまでインターネット利用者を犯罪者扱いしたいのかねえ、漫画家や出版は。
表現や言論の自由で飯を食っている連中が弾圧しだしているのは本当に笑えない。
こういう一般人にもバランスを考えてますよアピールはもういいから。
こいつらが前回突然慎重とか言い出したのも単に世間の非難が漫画家や出版にも飛び火しそうだったからだけだしな。
この手の綺麗事を言う蝙蝠は一番嫌われるよ。
本当こいつら自分達さえ良ければ、他の一般国民にどれだけ迷惑が掛かろうがどうでも良いのな。
要はこれ、ネットで勝手に見ているかもしれない連中が(推定でいるかもしれないし、そいつらの存在自体が)ムカつくから、ダウンロード違法化拡大はしてほしいけど、自分達に弊害のある部分は取り除いてほしいって言ってるだけだな。
文化庁の公式がパブコメ開始について連続ツイート。https://t.co/Cv102SICrq
「結果等をもとに,漫画家(中略)を交えて,検討を深めていきたい」とのこと。ではスクショなど軽微なものは当然除外してもらうとして、二次創作やパロディ、事実上の黙認についても気を使ってもらおうかな。— 赤松 健 (@KenAkamatsu) 2019年10月3日
関連:文化庁の違法ダウンロード法案のパブコメ、誘導質問など問題がありの模様
文化庁が「ダウンロード違法化拡大」巡るパブリックコメントを募集 ネット利用の萎縮招く点について意見あおぐ
しかし表現の自由や言論の自由で商売をしている連中が、この様な海賊版対策に(今までその規制を押し進めてきた業界を見ていても)効果自体があるかが怪しいダウンロード違法化拡大を推進して、国民の言論の自由や知る権利を奪おうとしているのだから呆れる他ないね。
そもそも漫画村の一件から堅実な効果が出ていて、山田太郎議員や山口貴士弁護士や専門家も指摘している裁判の方の改正をすべきなのにな。
以下にこいつら漫画家や出版が自己の利益の為だけに今まで表現の自由とか言ってきた事が良く判ったよ。
だから当時の児童ポルノ禁止法や都条例とかでも殆ど何もしなかったし、今回の国連の児童ポルノガイドライン改正にも動かなかったんだな。
本来ならば自分達にも関わる問題なのだけど、直接利益や利害にかかわる問題ではなかったからこれらには動かず、自身の利益に関わる海賊版対策とやらで推し進めている海賊版対策としては効果が怪しく、国民のネット規制にしかなりえない著作権改正ばかりを押し進めるんだな。
こんな事ばかりしていたら、そのうちまともに反対してくれていた人達にもこいつらいつか呆れられ見捨てられる事になると思う。
侵害コンテンツのダウンロード違法化等に関するパブリックコメントの実施について
どうせ無駄だろうけども提出した。
今回の日本漫画家協会と出版及び文化庁の一連のある意味談合とも言える動きには本気でイライラしている。
特に出版はいつもよりも広告対策とか言い出して調子に乗りまくっているしな。
そもそも日本漫画家協会は世間の風当たりが自分達の方に来そうになったから最後に少しだけ慎重な意見を載せただけだし、出版に至っては最後までダウンロード違法化拡大に賛成したままだったしな。
こんな感じで裁判の有効性が実証され、そちらの法改正の話ならば、まだしもこんなゾンビ法案が出てくる時点で、著作権はもはや建前であり、本心は別の所にある気がしてならないよ。
しかしこの一件一番皮肉なのは本来表現の自由や言論の自由を一番尊重しないといけない漫画家や出版が国民の知る権利や言論の自由等を奪うこの様なリーチサイト規制やダウンロード違法化拡大を含んだ著作権改正の音頭取りをしている所だね。
マジで弾圧された歴史があり、最も言論の自由を尊重しなければいけない共産党が新日本婦人の会と繋がり、リベラルやフェミと裏で手を組んで、表現規制を行っていた例と同じことをしている様な気がするよ。
最もこいつら出版の場合、児童ポルノ禁止法や都条例等の当時は弾圧される側で、それが与党とくっついた途端、国民を弾圧する側に回った分猶更性質が悪いけども。
日本の現行法だと、刑法に限っても名誉毀損罪、侮辱罪、脅迫罪など、また、例えば労働法まで広げると、いわゆる男女雇用機会均等法におけるセクハラの防止などなど表現の自由を制限する前例がすでにあるわけだけど、これらに対して明確に反対する行動を起こしていた者だけが、ヘイトスピーチ規制に石を投げる資格があるのではないか。
ヘイトスピーチ規制ダメゼッタイ論者さんたちはその辺の整合性はどう折り合いをつけてるの?
「ヘイトかヘイトじゃないのか内容によって判断すべきだというのであれば、だれが判断するのかという問題が出てくるのは当然」なら「名誉毀損か名誉毀損じゃないのか内容によって判断すべきだというのであれば、だれが判断するのかという問題が出てくるのは当然」「脅迫か脅迫じゃないのか内容によって判断すべきだというのであれば、だれが判断するのかという問題が出てくるのは当然」とか、当たり前だけどその辺の
逆に「日本死ね」は許さないくせに「韓国要らない」は許す右翼。
こういうダブスタの奴らはクソ。
「日本死ね」も「韓国要らない」も許す言論の自由を重視する派か
「日本死ね」も「韓国要らない」も許さない言論コントロール派か
どちらかなら分かる。
過去のツイートやブコメ検索して自分がダブスタのクソになってないかチェックしてくれ。
https://twitter.com/Conscript1942/status/1168789695511187456
https://www.huffingtonpost.jp/2016/03/14/hoikuenochita-blog-_n_9457648.html
https://www.huffingtonpost.jp/entry/shukanpost_jp_5d6ca02fe4b09bbc9ef12c9d