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2023-12-21

anond:20231221180034

日本語祖語は偏堡(Pianpu)文化紀元前2700年頃の遼西地区東部もしくはマンチュリア南部遼河流域に起源があり、

紀元前1500年頃に朝鮮半島北部中央部ゴングウィリ(Gonggwiri)式土器を介して朝鮮半島南部の無文(Mumun)文化形成し、

この頃に磨製石器を伴う稲作など灌漑農耕が山東半島から遼東半島経由で朝鮮半島南部へと広がり、

紀元前9世紀に九州北部へと広がり弥生文化形成に至って、日本列島在来の「縄文語」系統を(北海道を除いてほぼ)やがて駆逐した、とされます(Miyamoto., 2022)。

一方、朝鮮語祖語もマンチュリア南部とその周辺に起源があり、現在北京付近位置した、いわゆる戦国の七雄の一国である燕の東方への拡大に圧迫されて朝鮮半島へと移動し、

その考古学指標紀元前5世紀頃の粘土土器(rolled rim vessel、Jeomtodae)文化になり、やがて朝鮮半島から日本語系統駆逐した、と指摘されています(Miyamoto., 2022)。

まりマンチュリア南部とその周辺から、まず紀元前二千年紀半ばに日本語系統朝鮮半島へと到来し、その後で九州北部に広がったのに対して、朝鮮語系統紀元前千年紀半ばに朝鮮半島へ到来した、というわけです。





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2023-10-04

古代ギリシャにフリュギアという土地があります

英語スペルで綴ればPhrygia、古代ギリシア語で綴れば Φρυγία。

まりプリキュア紀元前5世紀のペロポンネソス戦争時代にはすでに一大勢力を築いていた。これは確かな事実です。

更にこのオリエント風の語感はギリシャに限らず、広くトルコシリアペルシャエジプト、要するに地中海東岸を探せばギリシャ香りがする土地は数えきれないほど見つかります

さよう。ここを探せばプリキュアはいくらでも発掘できるのです。あの伝説に謳われたトロイ、それにも劣らぬ偉大な古代都市プリキュアポリスもきっとみつかりますすばらしいすばらしい

2020-11-30

ベリーダンスマーニャふんどし

ベリーダンスとの出会い

幼いころに観た、「ドラえもん のび太ドラビアンナイト」には、ぜんまい仕掛けの舞姫が出てくる。しかし、まだ自分はそれに欲情することはなかった。パンツエッチもの認識はあったのに、しずちゃんのへそ出し衣装にも、それどころかオアシスでの全裸水浴にも何の感慨も抱かなかったのである

もう少し大きくなってからとある学習漫画で見たベリーダンスには、なぜかエッチ気持ちになった。確か、アラビアと聞いて半裸の女性が踊っている不埒妄想をしているシーンだったような気がする。性の目覚めとは不思議もので、その時に出会ったものタイミングによって、その後の性癖に多大な影響を与えてしまうし、パンツの向こうにある女性器に興味が出てきたのは、中学生以降になってからだった。

文学ベリーダンス出会ったのはオルハン・パムク2006年ノーベル文学賞作家を読んでいた時だ。結婚式などの場にベリーダンサーを呼ぶべきかどうかについて議論している個所が作中に出てきた。どうやら、ベリーダンスの持っているイメージ社会的意味が、ヨーロッパとはかなり違うのではないかと気づいたのはこの時である

イスラーム圏におけるベリーダンス

今回はかなり日英のウィキペディア記事が充実しているので、そこから抜粋しよう。

そもそもベリーダンスには二種類の社会的コンテクストがある。一つはRaqs BaladiまたはRaqs Shaabiと呼ばれる社交ダンスで、別に露出度の高くない通常のファッションで行われる。保守的地域では男女別に踊るものとされている。もう一つがパフォーマンスとしてのダンサーだが、社会的地位はまだ高くない。想像する通り、イスラームでは禁忌とされる肌の露出を行うからである

衣装はbedlahと呼ばれ、典型的なのはぴったりしたブラトップ、臀部のベルト、そしてロングスカートハーレムパンツの組み合わせでできている。ブラとベルトはビーズスパンコールクリスタルコインビーズ刺繍で飾られている。ベルトはスカートと一体のこともあれば、別々のこともある。

起源

ベリーダンス起源は諸説存在するが、地中海世界中東アフリカ関係があるという証拠が最も多く挙げられている。たとえば、紀元前5世紀のものといわれるエジプトの墓の壁画には、半裸のダンサー達が描かれており、その姿はベリーダンサーが鏡の前で行う柔軟体操姿勢に似ている。ウィキペディアにはこんなことが描かれているが、画像がないのがもどかしい紀元前14世紀のネブアメンの墓には、少女が帯だけを身に着けて裸で踊る姿が描写されているが、紀元前5世紀とは年代が合わない。紀元前13世紀のもので、トップレスのダンサーの姿を描いた陶片も出土している。

健全精神がどうたらという言葉で有名なユウェナリスや、風刺詩人のマルティアリスは、現在スペイン小アジア地方で波打つ動きやカスタネット、太ももを震わせて床に沈み込む所作のある踊りを記録している。

そして、12世紀から13世紀にかけてのペルシアの細密画の中においてもベリーダンス描写が見られ、その歴史の長さを伺わせる、とあるが、これもウィキペディアリンクを貼っていない。やれやれ

ちなみに、アンダルシア地方ロマ人の踊りと融合してできたのがフラメンコだという説がある。

エジプト

エジプトベリーダンス西洋人最初に見た様式とされる。ナポレオンエジプトに侵攻した際、ナポレオン軍は芸人音楽家としてられるガワーズィー族と遭遇した。フランス人たちは重たげな宝石髪型に飾り立てられた踊りに徐々に引き付けられた、という。

現在エジプトベリーダンスの多くはカイロで行われ、その起源ナイトクラブにある。多くのダンサーエジプト映画に出演し、エジプト様式ダンスの発展に寄与した。

プロダンスエジプト人に限られていないが、2004年当局外国人ダンサーパフォーマンをすることを禁止した。現在は解除されてはいるが、排他的雰囲気は残っているようだ。

エジプトでは、ダンサーはbedlahを着用している。また、メッシュで覆われた切り込みの入ったドレスを着ることもある。エジプトには、ダンサーが着用できるものとできないものに関する法律があり、文学作品検閲に関する法律第430号によると、ダンサー乳房や腹部を含む下半身を覆わなければならない。事実衣装については「Raqs sharqi」の項にも詳しいが、1950年代以降、エジプトではベリーダンサーが腹部を露出して公の場でパフォーマンスをすることは違法とされ、ワンピースガウンを着用することが一般的になってきている。

と、書かれているそうだが、一般的には、肌色の薄手のメッシュ生地で腹部を覆うだけで十分である、という記載もある。カイロの多くのダンサーはこの規則無視しているが、この規則はそこまで厳密に施行されておらず、腹を出してパフォーマンスをした場合は単に罰金を科されるだけであるしかし、外国人ベリーダンサー衣装を着て逮捕されるという事件が何度も起きているとのこと。

ブラとスカートを別々に着用する場合は、ベルトはほとんど使用されず、タイトでなめらかなlycra(?)のスカートに直接刺繍が施されている。腹をカバーするために、薄手のストッキングを着用しなければならない。

エジプトダンサー伝統的に素足で踊るが、最近では靴を履いてハイヒールを履くことも多い。また、抑制のきいた正確な動きでも知られている。

トルコ

子孫繁栄を祈る踊りでもあるため、中東各国では結婚式に欠かせないそうだ。なるほどパムクの小説に出てきたのもこれで説明がつく。

トルコベリーダンス衣装は肌を露わにしたものであり、ダンサーたちは腰より高い位置で留められたベルトに脚を完全に露出させるようなスリットの入ったスカートをしばしば身にまとっていた。

多くのトルコ衣装の特徴的な特徴は、V字型または三角形ベルトが含まれており、上端の周りに形を整えたり、輪郭を描いたりすることができる。また、ブラジャーベルトの両方に多くの装飾やビーズフリンジが含まれる。スカートは、しばしばエジプト対応するものよりも充実しており、lycraよりもむしろシフォンベルベットで作られている可能性が高い。

1980年代から90年代にかけては、両足をヒップまで露出させたスカートや、広く開けたブラジャーやはなはだしくはスパンコールのみなど、非常に露出度の高い衣装採用された。何があったのだろう?

今日ダンサーエジプトスタイルを想わせる、淑やかなマーメイドスタイルスカートを穿いている。ダンサーたちはハイヒールプラットフォームシューズ(厚底靴)を履く事でさらに、ターキッシュスタイルである事を強調する。ト

トルコベリーダンスオスマン帝国スルタン宮殿にあるハレムに深いルーツを持ってはいた。しかし、今日トルコベリーダンスは、エジプトシリアレバノンと言った姉妹様式よりも、ロマ民族やローマ人様式により強く影響を受けている。現に、現在トルコダンサーの多くは、ロマ民族にルーツを持つ。トルコ法律は、エジプトのようにダンサーの踊りの様式衣装制限を課さなかった。

レバノン

エジプトトルコ様式中間であると言われる。レバノンダンスは、古典的オリエンタルダンスベースにしながらも、現代的でもある。大きなステップ体幹の後方への傾き、ヒップローテーションのねじれ、大きくて忙しい腕、そして多くのシミー(体自体は動かさず、肩のみを前後に動かす所作)がある。

衣装については、腹部を見せることを禁じる規定存在しないため、bedlahスタイル一般的であるスカートエジプトのものよりも透けている傾向にあり、ダンサー身体がよく見える。ヴェールエジプトと比べて広く用いられ、ハイヒール一般的レバノンダンサーエジプトよりも衣装自由享受している。

イラン

アラビア様式によく似ており、イランではベリーダンスのことをアラブダンスと呼ぶ。

tribal style

その他の伝統的な様式がある。興味深いのは、民族的スタイルのブラに着けられたコイン中近東のものとは限らず、日本や中後のものらしいものが含まれることだ。参考、ブラトップ。乾隆通宝とあるので、18世紀のものだ。当時からそこまで交易網が広がっていたことがありありと浮かぶインド洋交易歴史もっと古いが)。

欧米におけるベリーダンス

ベリーダンスという名称も、https://en.wikipedia.org/wiki/Belly_dance#/media/File:Jean-L%C3%A9on_G%C3%A9r%C3%B4me_011.jpg:title-ジャン=レオンジェロームの絵画]の俗称に由来しているという説がある。この絵画では腹部どころか乳房をあらわにして兵士たちの前で踊っているが、この画家空想を織り込むことで有名だ。たとえば別の有名な蛇使いの絵画]

の後ろにある青い壁と床の組み合わせも、確かどっかの宮殿モスク適当に組み合わせたもので、正確さに欠けている。異国情緒あふれていて魅力的だが、今ではたぶん許されない表現だろう。実際、ベリーダンスからイメージされるものは、元来その地域のものであったものとは異なる。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a9/Jean-L%C3%A9on_G%C3%A9r%C3%B4me_-_Le_charmeur_de_serpents.jpg

普通ベリーダンス衣装としてまず想起されるものは、1930年代エジプトダンサーたちが身にまとい、他の地域へと知れ渡った衣装で、たいていビーズコインがブラの周辺に飾られたブラジャー風のトップスで、腰のベルトにもビーズコインが飾り付けられている。下半身ハーレムパンツストレートタイプスカートサーキュラー・スカートパネル飾りがあしらわれたスカートである

20世紀バーレスク映画産業がこうした幻想を広めたのだが、当のエジプトダンサーたちもまたまたビーズで全面を飾り立てた衣装を身に纏うようになった。映画でも、セクシーな悪役のイメージとも結びつき、胡散臭いものとして見られることも増えてしまった。このイメージ払拭には時間がかかった。

今でもカイロにあるナイトクラブオーナー、バディア・マサブニは西洋人旅行者の期待に添うために露出度の高いドレス採用している。身体輪郭を覆い隠し、ダンスのたびに強調されるのはスカーフやお尻に巻かれたベルトくらいであエジプト民族衣装とは異なるのである

日本ゲーム漫画アニメベリーダンス

マーニャ

https://dic.pixiv.net/a/%E8%B8%8A%E3%82%8A%E5%AD%90%E3%81%AE%E6%9C%8D]

踊り子と聞けば川端康成ではなくこっちを思い出してしまう人は多いだろう。

たぶん、日本ゲームベリーダンス的な幻想を多くの青少年に植え付けたもっとも古いものの例だ。今に至るまで踊り子といえばへそ出しであり、無数の同人誌で多くの人を悶絶させたはずである。ただ、中東ベリーダンス伝統的にはここまで脚を出さない。

ファンタジーの謎の前垂れの起源もこれだろうか?

マギ

【マギ】モルジアナさんの踊り【ぬるぬるな高画質】 - ニコニコ動画

現代漫画オリエント幻想を一番前に出しているのはこの作品だと聞いたのでリンクを張る。読書の傍ら、漫画も読もう読もうと思って全然読めていないのが悔しい。短篇ばっかり読んでいる。

ただし、書かれているのが謝肉祭とのことであり、結婚式の場ではないようだし、伝統的な衣装とは幾分異なる。

翠星のガルガンティア

https://www.nicovideo.jp/watch/sm21377022]

英語版ウィキペディアアニメの中のベリーダンスとして紹介されたのがこの作品だ。鳴子ハナハル作品については、エロ漫画ソムリエの友人から薦められて楽しく読んだ。大体、彼が進めてくれるのはストーリー重視で性欲があまり刺激されないものが多いのだが、それはさておいて、上の動画深夜アニメなだけのことはある。

しかし、衣装や腰の動きは半ばリオのカーニバルじゃなかろうか。未来舞台から文化が混交しているのかもしれないが。

イスラームと親密さ、異性に見せてもいい場所

Intimate parts in Islam - Wikipedia

で、実際イスラームにおけるへそ出しファッションってどのくらいのタブーに当たるのか?

上記記事によれば、身体のどの部分を覆うべきかについては大きな差があるようだ。主要な見方をまとめると次のようになる。

とはいえトルコのようにかなり世俗化しているところもあるし、特に教徒に対して顔を隠すべきかはかなり差があるようだ。

長くなったが、結論

実際のところ、イスラーム圏でへそ出しダンスって普及しているの? と思っていたので、意外と広まっていたのには驚いた。しかし、あれだけ広い地域に広がっている宗教なのだから戒律をどのくらい守っているかには地域差があって当然だし、都市農村では法の運用方法にも差があってもさほど驚くべきではないだろう。悪名高い女子割礼や名誉の殺人にしたところで、イスラーム本来の教えというよりはその土地部族の慣習が強化された面もあるようだ。海外に行くと善意から両手を合わせた挨拶をしてくれることがあるが、タイ人日本人を混同するような誤解を、きっと僕らもしていることだろう。

2020-04-03

anond:20090221123741

近代登山」の開始はスイス貴族オラス=ベネディクト・ド・ソシュール

1760年モンブラン山の登頂に懸賞をかけたことに始まるらしいね

一般には登山という概念さえ希薄であった当時、1760年シャモニーへの最初滞在で、未踏峰であったモン・ブラン (4811 m) の初登頂に対して 20 ターラー懸賞をつけた。1785年には彼自身がエギーユ・デュ・グーテ (Aiguille du Goûter) を経るルートから登頂を試みたものの果たせずに終わっている。初登頂はグラン・ミュレ (Grands Mulets) を経たルートによって1786年シャモニー医師ミシェル・パカール (Michel Paccard) とポータージャックバルマ (Jacques Balmat) とによって達成され、翌1787年にはソシュール自身も多数の観測機器を持って登頂を果たし、山頂で沸点や雪の温度、脈拍などを測定した。

観測をしたい」とか「隣国に攻め込みたい」といった理由付きで山に登った記録は古代からあるわけで

それからすると「未踏峰に登ってみたい」というだけで登山を行うことこそ、

元増田の求める「ロマン」的な登山だと言えそうだ。

登山に限らず、そもそも冒険は「ロマン」で行われるのではなく、

遠くのどこかに入植する、遠くの誰かと通商する、

あるいは王様などに派遣されて未知の土地調査する、

などといった「実務上の目的」があって行われることが多い。

張騫もレイフ・エリクソンマルコ・ポーロイブン・バットゥータ鄭和もだいたいそうだ。

元増田はどちらかというと、冒険のもの目的になっている、

未知の探求のために個人的衝動にもとづいて行われる冒険を求めているようだから

あんまり噛み合わない気がするね。

それで言うとたとえばヘロドトス

現存する最古の歴史書である歴史(historia)」を紀元前5世紀に書いた人だけど。

ヘロドトスはサモスを去って以降、その人生のうちに少なくともアテナイ、キュレネ、クリミアウクライナ南部フェニキアエジプトバビロニアなどを旅したはずである

ヘロドトス調査・探求して記した『歴史』は当事者関係者がまだ存命中出来事についての記録であった。そしてそのための探求の方法現代歴史研究とは異なり、史料確認して情報収集するよりも、現地を回り関係者聴取し、また自ら経験することが主となった。

彼は、誰かに命令されたり、土地を追い出されたりなどの理由ではなく、

未知の事柄を「調査・探求」するために各地を実際に見聞した。

調査・探求」を意味する「history」という言葉が後に「歴史」という意味になったほどだ。

これはわりとロマンポイントが高いんじゃないだろうか。

2020-04-01

ラモン教からヒンドゥー教バラモン教は、インド支配するアーリア人祭司階級バラモンによる祭儀を重要視する宗教を指す。紀元前5世紀頃に、バラモン教の祭儀重視に批判的な仏教ジャイナ教が成立した。

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としては高位カーストの独占物となった。 紀元前5世紀ごろ、ジャイナ教仏教勢力を伸ばし始める。これらの宗教不殺生を標榜し、動物供犠や屠殺非難して低位カーストの支持を集めた。その後9世紀にわたってヒンドゥー教不殺宗教の抗争は続いたが、インドにおいてはヒ

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2020-03-31

アーリア人イランからインド北西部侵入した。彼らは前1500年頃ヴェーダを成立させ、これに基づくバラモン教信仰した。 紀元前5世紀ごろに政治的な変化や仏教の隆盛がありバラモン教は変貌を迫られた。その結果、バラモン教民間宗教を受け入れ同化

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2019-11-20

anond:20191120091455

紀元前40年頃のポンペイ壁画には遠近法が使われていたようだ。

ポンペイの壁画の様式 - Wikipedia

また壁画トロンプ・ルイユ的効果を与えるための平行投影法(正確な線遠近法ではない)の利用も第二様式を特徴付けている。イオニア式の柱や舞台のような建築構造物を描くことにより画面に表される空間は壁面の後方に押しやられた。これらの壁画ローマの家々の窓がなく狭い部屋を少しでも広く見せる効果があったと思われる。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Roman_fresco_from_Boscoreale%2C_43-30_BCE%2C_Metropolitan_Museum_of_Art.jpg

またそれ以前でも古代ギリシャ舞台美術などに遠近法は使われていたらしい。

遠近法 - Wikipedia

もっとも初期の遠近法は、紀元前5世紀頃の古代ギリシャ舞台美術に使われたものだった。舞台の上に奥行きを与えるために、平面パネルを置いてその上に奥行きのある絵を描いたという。

まり、「本物の風景のように錯覚させる」ための写実的な絵には、古代から遠近法が使われていた。

逆に言えば、中世で主流だった宗教画人物画は、それほど写実的風景を描く必要がないために、遠近法が用いられなかったということだろう。

2019-09-03

平和少女像について岡﨑乾二郎評論を書いている

紀元前5世紀ギリシャの壷に描かれた絵とキーツの詩から始まるとんでもなくかっこよい文章

まだ読んでない人はぜひ。

http://www.webchikuma.jp/articles/-/1808

2019-04-09

ドラゴンが火を吐きはじめたのっていつごろなの?

ギリシャ神話のテューポー

今日ギリシア神話として知られる神々と英雄たちの物語の始まりは、およそ紀元前15世紀頃に遡ると考えられている。物語は、その草創期においては、口承形式でうたわれ伝えられてきた。紀元前9世紀または8世紀頃に属すると考えられるホメーロスの二大叙事詩イーリアス』と『オデュッセイア』は、この口承形式神話の頂点に位置する傑作とされる。

巨体は星々と頭が摩するほどで、その腕は伸ばせば世界東西の涯にも達した。腿から上は人間と同じだが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしているという。底知れぬ力を持ち、その脚は決して疲れることがない。肩からは百の蛇の頭が生え、火のように輝く目を持ち、炎を吐いた。

半人半蛇だけど「炎を吐く邪悪な蛇」のイメージにはなっているかも。

ギリシャ神話怪物はだいたいテューポーの子孫だし。

ギリシャ神話ラードーン

ラードーン(古希: Λάδων, Lādōn)は、ギリシア神話に登場する、林檎園の黄金林檎を守っていた、100の頭を持つ茶色ドラゴン

(中略)

から炎を吐き、一説では顎の関節が尾にある為、体全体が口のようになっており、百の首を持つといわれている。

と、Wikipediaには書かれているが、ラードーンが火を吐くかどうかは定かでない。

何が出典なんだろ?

旧約聖書レヴィアタン

ヨブ記』(ヨブき、ヘブライ語:סֵפֶר אִיּוֹב)は、『旧約聖書』に収められている書物で、ユダヤ教では「諸書」の範疇の三番目に数えられている。ユダヤ教伝統では同書を執筆したのはモーセであったとされているが、実際の作者は不詳。高等批評に立つ者は、紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献と見る。

ヨブ記』によれば、レヴィアタンはその巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹く。

(中略)

その姿は、伝統的には巨大な魚やクジラやワニなどの水陸両生の爬虫類で描かれるが、後世には海蛇や(それに近い形での)竜などといった形でも描かれている。

ドラゴンになったのは後世。

サラマンダー

プリニウス著作で唯一現存しているのが、自然芸術についての百科全書的な37巻の大著博物誌である自然界の歴史網羅する史上初の刊行物であった。

(中略)

最初10巻は77年に発表され、残りは彼の死後おそらく小プリニウスによって公刊された。

プリニウスの『博物誌10巻には、サラマンドラは斑点を持つ小さなトカゲで、雨が降ると現れるが晴れると姿を消し、体が冷たく火に遭うと溶けると記録されているが、これはサンショウウオに関する記述と考えられている。

また、『博物誌11巻にはピュラリスというキプロスの炉の炎の中でしか生きられない動物が登場しており、精霊サラマンダーこちらに近い。上記の通り、炎を操る特徴からファイアードレイクと同一視され、ドラゴンとして扱われることもある。

「ベーオウルフ」のドラゴン

『ベーオウルフ』が成立した時期は、作品内部にも外部の言及としても成立の時期を特定する記述存在しないため、必ずしも明らかではないが、8世紀から9世紀にかけての間に成ったと考えられている[3]。

第一部でベーオウルフは巨人ドラゴンとも言われている)グレンデルとその母親と戦い、第二部では炎を吐く竜と死闘をかわす。 なお、インパクトが強くかつ謎の多いグレンデルとその親に関しては言及されることが多いが、炎を吐く竜に関してのものは少ない傾向にある。だが、同時にいわゆる「ドラゴン約束事」(財宝を蓄え守っている、翼を持って空を飛ぶ、火を吐くなど)をほぼそろえている珍しいドラゴンでもある。

スラヴ神話のズメイ

スラヴ民族文字を持たなかったため、伝えられた神話民族独自に記録した資料存在しない。スラヴ神話存在した事を記す資料として、9世紀から12世紀の間に行われたキリスト教改宗弾圧の際の「キリスト教」の立場から記された断片的な異教信仰を示す内容の記述が残るのみであるスラヴ神話地方により様々なバリエーションがあったことが近年の研究により明らかになっている。

ズメイ・ゴルイニチ(「山の息子の竜」の意)の場合、3つ首以上、多ければ12体幹を持つと表現され、火や毒を噴くなど、歴然とした一般の「竜」のイメージで描かれる。

アングロサクソン年代記ファイアードレイク

アングロサクソン年代記』はアングロサクソン史を古英語で綴った年代記集大成である編纂9世紀後半のアルフレッド大王の治世に、恐らくはウェセックスにおいて行われた。

火の竜」を意味する名前の通り、炎をまとい、口からも炎を吐く。空を飛び、それが現れる時は辺り一面、昼のように照らされる。曇天の空に不思議な光が走る時はファイアードレイクが飛んでいるのだとされた。

隕石という説があるらしい。

獅子騎士イヴァン」のドラゴン

イヴァンまたは獅子騎士』(イヴァンまたはししのきし、Yvain, le Chevalier au Lion)は、1170年から1181年頃にかけてクレティアン・ド・トロワにより著作された散文騎士物語であり、アーサー王伝説主題にした5作品ひとつである

イヴァンは旅の途中で火を吐く大蛇獅子が戦っているところに出くわす。イヴァンは問答のすえ獅子に加勢し、大蛇を倒した。これに恩義を感じた獅子は、イヴァンと行動を共にするようになり、イヴァン獅子を連れた騎士とだけしか名乗らなくなる。

黄金伝説」のドラゴン

黄金伝説』(おうごんでんせつ、羅: Legenda aurea または Legenda sanctorum、レゲンダ・アウレア)は、ヤコブス・デ・ウォラギネ1230頃 – 98)によるキリスト教聖人伝集。1267年頃に完成した。

その時代エチオピアの町では一人の魔術師権力を持っていた。彼は常に恐ろしい二匹のドラゴンを連れていて、自分にはむかう者にけしかけていた。あまり大きなドラゴンではなかったが、口や鼻から火や燃える硫黄を噴出し、人や家を焼きつくしたので誰も魔術師に反抗できなかった。その噂を聞いたマタイ魔術師の元を訪れた。魔術師マタイドラゴンをけしかけたが、マタイが十字を切るとドラゴンは地面に倒れて眠り込んでしまう。

同じく「黄金伝説」に書かれている、有名な聖ゲオルギウスが退治したドラゴンは、毒を吐くが火は吐かない。

マルタが退治したタラスクは、「燃える糞を撒き散らす」と言われているけど、これ英語版では確認できなくない?

タラスクは、レヴィアタンボナコンの子なのだが、ボナコンの特徴である燃える糞」が、日本語訳されるとき混同されたのでは。

といったところから考えると、5世紀くらいまでは「火を吐くドラゴン概念は薄かったが、

8〜9世紀から伝承として語られはじめて、1012世紀頃にはすっかり定着していたという感じだろうか。

なぜ火を吐くようになったのか?

候補1:サラマンダーとの混同

サラマンダーは、火をより大きく燃え上がらせる能力があり、火山溶岩の中に住んでいるという伝承もある。

ズメイや、ヤコブドラゴンは、吐く息から硫黄臭いがするといい、火山連想させる。

候補2:雷や隕石などの自然現象に由来

ドラゴンには「地を這うドラゴン」と「空を飛ぶドラゴン」の二種類のイメージがあるが、

蛇や蜥蜴からは空を飛ぶイメージしづらいことを考えると、隕石から連想には説得力がある。

候補3:「身体が灼けるような猛毒から「火」に転じた

古典的ドラゴンはやはり「蛇」「毒」のイメージであり、

そこから火を吐くように変わっていったことを考えると、これも自然解釈に思われる。

うーん、わかんね。

anond:20190408143752

追記

というか最初、つまりギルガメシュ叙事詩(フンババ)の時点で『その口は火で、その息は死』と形容されてる。強力な怪物が火や死を吐くのは有史以前からの常識で、「最初から吐いてたが記録に残ってなかっただけ」では - cider_kondo のブックマーク / はてなブックマーク

フンババの咆哮は洪水であり、彼の口は火を意味し、吐息はまさに死である」というのは単なる比喩なのでは。

まあ比喩として記述されたものが、後に「そのもの」として受け取られるのは、この手の伝説ではよくあることだけれども。

仮にフンババが火を吐くとしてもそれだけで「もともと怪物は火を吐くのが常識」というのは飛躍ではないかと思う。

2018-01-04

先住民族黒人

アフリカ熱帯雨林で我々調査隊は、

先住民族黒人との接触に成功した。

歴史上で公にはされていないが、

アフリカ諸国との関わりは深いらしい。

身体的特徴はどんな光も吸収する点

カラーコードで表すと常に #000 となる。

現代ナイル川支流の原生林でひっそりと暮らす暗黒人も、

紀元前5世紀頃は、アフリカの有力部族奴隷として取引をされていた。

歴史からは抹消されているが、

黒人の間では、黒人差別時代認識されている。

現代アフリカ社会でも、時々タブーを犯して暗黒人ネタを放り込む芸人存在する。

アフリカ人人権派公共電波を利用した差別助長に目を光らせている。

そのため、黒い画面、夜のシーン、暗い部屋は放送することが出来ない。

黒人は暗闇で識別出来ないからだ。

アフリカ国内でも、このような過激差別規制に対し疑問を投げかける人は多い。

ーーー

日本年末番組で、ホラー演出の一環として暗い部屋を放送するシーンがあった。

ムーやTOCANAを熱心に読み、アセンション陰謀論意識が高くなってるリベラル派が、番組を一斉批判し始めた。

ーーー

ナイル川支流の原生林、

昼間は寝ているだけに見えた青年は、

夜中に目を覚ました。

狩の時間である

昨年彼の父が腰を痛めてしまったため、

今年からは、1人で食料を調達しないといけないのである

ナイル川は獲物が豊富ですし、狩には困らないです。父がいないので村に持って帰るのが大変になりましたけどね」

2015-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20150926123957

バギナ【(ラテン)vagina】

膣(ちつ)。ワギナ。

アイギナ【Aigina/Αγινα】

《「アイーナ」とも》ギリシャ南部サロニコス湾に浮かぶエギナ島にあった古代ギリシャ時代ポリス都市国家)。紀元前6世紀頃まで海上交通の要地として栄えたが、紀元前5世紀前半に競合関係にあったアテ...

エギナ【Aigina/Αγινα】

ギリシャ南部サロニコス湾に浮かぶエギナ島の中心都市。同島西部に位置し、本土ピレウスフェリーで結ばれる。19世紀初頭のパナギツァ大聖堂近代ギリシャ聖人クタリオスを祭るアギオスネクタリ...

すぎ‐な【杉菜】

トクサ科の多年生のシダ。地下茎が長くはい早春に節からツクシとよばれる胞子茎を、次いで栄養茎を出す。栄養茎は緑色で、高さ10~30センチ輪状に枝を出す。葉は退化し、鞘(さや)状。若い胞子茎は食...

ベルギナ【Vergina】

ギリシャ北部の町。19世紀に、この町の近くでマケドニア王国最初首都ゲスアイガイ)の遺跡発見された。モザイク模様を多用した宮殿と300を超す古墳群が発見されたが、そのうちの一つはフィリッ...

ワギナ【(ラテン)vagina】

膣(ちつ)。バギナ。

ギナで終わる単語

https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AE%E3%83%8A%E3%81%A7%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8B%E5%8D%98%E8%AA%9E&oq=%E3%82%AE%E3%83%8A%E3%81%A7%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8B%E5%8D%98%E8%AA%9E&aqs=chrome..69i57.765j0j9&sourceid=chrome&es_sm=93&ie=UTF-8

「ギナ」で終わる言葉 - 辞書すべて

http://dictionary.goo.ne.jp/srch/all/%E3%82%AE%E3%83%8A/m2u/

 
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